本部

【白刃】だって君達は興味がないんだろう?

岩岡志摩

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/29 21:27

掲示板

オープニング


 生駒山周辺に配置されたドロップゾーンの一つから、愚神の気まぐれと支援を受けて、閉じ込められていた人間の1人が脱出に成功した。
 彼は近くのH.O.P.E.支部まで到達し、ドロップゾーンの破壊と、閉じ込められている人々の救助を依頼した。
 閉じ込められた人達が必死にかき集めたと思われるお金と、彼らがドロップゾーン内でどんな目に遭わされているかを示す『証拠』、そして人々の『願い』と共に。
「閉じ込められている人達からの伝言を皆様にお伝えすると共に、依頼の説明を補助します」
 奇妙な言い回しと共に、担当官は機械を操作する。まずは現場を示す地図が現れ、ドロップゾーンへ入る事ができるルートが矢印となって地図上を這っていき、ある所で止まる。
「ここがドロップゾーンであり、今回の依頼を下さった方々が捕まっている場所です」
 そして画面は、内部の映像に切り替わる。ハンディカメラで撮影されているようで、ゆっくりとドロップゾーン内の映像を詳細に映していく。
 そして画面の前に、閉じ込められた人々らしき姿が並んで映し出された。
『はじめまして。能力者の皆さん。私達が今回の依頼者です』
 映像の向こうから、10代より前の女の子が笑いかける。
『状況を説明します。ここには周囲から多くの人達が集められ、養分にならないと判断された人達は全員化け物に変えられてしまい、今は私達を包囲して、逃げる者は殺すよう命じられて、私達を見張っています。私達からの依頼は、この場所にあるドロップゾーンの破壊と従魔退治です」
 しかしその外見と表情にそぐわない、物騒な言葉が映像に移る少女の口から放たれた。
『あ、私達の救助は依頼の中には含まれてないです。だからそれは考えなくていいですよ』
 そして少女は自分達を救助しなくていいと断言した。
『何故なら能力者の皆さんがドロップゾーンを破壊すると同時に、私達も一緒に死ぬからです』
 その言葉と共に、少女の横にいた男が胸元を開く。そこには毒々しい色をしたキノコが生えていた。
『これはライヴスを感知したり、ドロップゾーンが消えると破裂して胞子をばらまく仕組みになってます。その胞子ですが、皆さんにもダメージを与える代物だと、ここの支配者は言ってました。……私達が必死になってドロップゾーンを守るよう、ここの支配者が私達全員に化け物をくっつけたんです。……ふふ、少しは驚いてくれたかな?』
 俯いて年齢にそぐわぬ虚無に満ちた笑い声を引っ込めると、映像の中の少女は再び顔を上げて笑顔を見せた。
『あ、でも遠慮しないでドロップゾーンを破壊して下さい。私達もお手伝いして周りの化け物達は私達が必死に食い止めます。皆さんはドロップゾーンを破壊する事だけに集中して下さい。そして』
 笑顔のまま、ぽろぽろと涙を零し、声を震わせて、少女は訴えた。
『多分皆さんとお会いできた時、私達はとってもみじめな姿になってると思います。ボロボロになって。泣き叫んで。死にたくないってのた打ち回って。そんな姿で思い出されるの、嫌です。だから……』
 そこまでだった。必死に笑顔を張りつかせていた少女の顔が泣き顔に変わり、周囲に映っていた人たちの顔も泣き崩れていく。
『大事な部分で声を詰まらせてどうする』
 不意に耳障りな響きが伴う男らしき声が響き、少女や人々の顔が恐怖にひきつった。
『ああ、カメラはこちらに向けなくていい。音声だけ向こうに伝えるよ』
 そして映像は途切れ、黒い画面に何者かの音声のみが響いた。


『お初にお耳にかかる、自称正義の味方諸君。私がこのドロップゾーンを管理するものだ。君達で言うところの愚神にあたるかな。先程の子は「思い出す私達の顔が笑顔でありますように」と言おうとしたんだ。依頼は私が許可した。私の目的は、用済みの連中の処分を兼ねた探しものかな」
 自らを愚神と言った存在の言葉だけが部屋に響き渡る。
『彼女らは救助しなくていいと言ったが、君達のやる気を起こさせるいい事を提案しよう。君達がこのドロップゾーンを破壊する為来るならば、来てくれた人数分だけの人間から、憑依を解かせよう。悪い話じゃないだろう? 君達が来るだけで人が助かるといってるんだ。方法は……そうだな、これだ』
 再び映像に色が戻り、そこには1から100までの数字が記載されたダイスが地面に転がっていた。
『ここの人間達は全部で100人だ。1人1人に番号を割り振っている。来てくれた人数の分だけ、私はこのダイスを振り、出た数字の番号の人間につけた従魔の憑依を解除する。私が振るのが嫌だというなら、君達の方で1から100までの間で好きな数字を1人1つだけ言え。それを解除の対象とする。時期は……そうだな、今から9回夜になるまでだ』
 依頼を求めに来た人間が来たのが2日前だった。つまりあと1週間以内の話になる。
『もっとも、この期限すら私は無駄と思っている』
 なぜなら、と愚神は能力者達に告げた。
『だって君達は興味がないんだろう?』
 映像がいやらしく頬をつりあげた男の顔に切り替わる。
『君達はまったく興味がない。私達の行動も。誰かの生死も。救いを求める声や願いも。何もかも。私達を愚神と呼び、罪とやらを責めるのは勝手だが、では救う力を持つ君達がそこで興味がないとほざき、現実に起こっている事を見ようともしない姿が正義だとでも言うのかね? 君達と私達は同類だよ、自称正義の味方諸君』
 それは映像先にいるであろう能力者達に向けた愚神の侮蔑だった。
『だって興味がないから見ないんだろう? こいつらが死ぬ事すら興味がないから来ないんだろう? 違うと言うならここまで来て直接口にしろ。歓迎してやろう。だが、君達は来ない。興味がないから。後でこいつら全員が無様に死んでいく姿の映像を送ってやるが、それも興味ないか』
 愚神の嘲笑と共に、映像と音声がそこで途絶えた。

解説

●目標
 ドロップゾーンにいる作成者らしき愚神の撃破か、10ターン以上しのぎきる

●登場
 以下は全て愚神からの自己申告なので真偽不明。
 従魔
 通称『茸』イマーゴ級。現地住民達全員に憑依中。ライヴスを感知したりドロップゾーンを破壊されると破裂し依代の体も破壊する。
 ミーレス級は集落周囲を包囲中。全て骸骨のような外見。通称『骨』。
 能力者達が到着時には現地住民達がその従魔達に組みつき抑えこんでいる。
 
 愚神
 自称ケントゥリオ級。片腕が砲身と化し、もう片手は蛇腹状に短く分割された刀身を細い何かで繋ぐ武器を振るう。
 防壁 範囲1。射程3以上の攻撃を防ぐが、射程3未満の攻撃で壊れる。
 『鎌』範囲7以内に浮遊する鎌を4つ具現化し近くの敵を襲う。
 『雷』片腕の砲身より雷を放つが、発射までの貯めと再装填に時間がかかる。最大射程18。

●状況
 生駒山ドロップゾーンの一つにある集落。ここに愚神は人を集めライヴスを収奪中。
 残存人数は60歳以上10人、40歳以上20人、20歳以上30人、20歳未満40人の合計100人。愚神は1から100までの数字を人々へランダムに割り振り管理中。
 現地までは山道が走り、H.O.P.E.別働隊が案内する。
 戦場は最初集落の広場だが、愚神は集落全体を巻き込む予定。
 今回H.O.P.E.よりハンズフリーの無線機が貸与され、別働隊に救った人達の搬送を頼むのは可能。周辺地域は無人。

リプレイ


 生駒山周辺にあるとあるドロップゾーンの中では、中にいる人々が従魔に組みつき、抑えこんでいるという、本来ならありえない光景が広がっていた。
 数にしておよそ100。つまり人間1人当たり1体、合計100体の従魔にしがみついている計算となる。
 本来ドロップゾーン内では基本的に内部の人々は昏倒し、ライヴスを喰われるだけの存在になる筈だが、作成者のルールが反映される事も多い。ここのドロップゾーンでは、人々が動き回ることが出来る。周辺の景色も出入りが不自由な事以外は、異界を思わせるような光景はない。良く知られているドロップゾーンとまるで異なるルールが『設定』されている。
 黒塚 柴(aa0903)は共鳴化し、内にいるフェルトシア リトゥス(aa0903hero001)から発せられる『今すぐ人々を助けて守りたい』という声を抑えつつ、ボロボロになりながらも必死に従魔に組みつく人々と、押し倒されている従魔達の姿を見て、『話全てが愚神の嘘か茶番だ』との思いを強くする。
 間違いなくこれは管理者を名乗った愚神の演出だ。だからこそ愚神の動向に目を向けつつも、人々と骸骨姿の従魔の動きも警戒する。
既に全員、ハンズフリーの無線機が貸与されているので、仲間達やこの場所まで道案内をして、今は待機しているH.O.P.E.別働隊別働隊との連絡も常に可能だ。
 全員が広場へ向かう際、エステル バルヴィノヴァ(aa1165)は、共鳴化した泥眼(aa1165hero001)と共に、骨達にしがみつく人々を助けようと人々達に助けが来たことを訴えた。
「今、私達は皆さんを助け出したいと思ってここに来ています。私達だけでは有りません。多くの人達が皆さんを助けるために近くまで来ています。最後の顔は笑顔でと言った……ねえ、そうしましょう、あなた」
 映像に映っていた少女を見つけ、エステルはさらに話しかける。
「今、皆さんの解放の為に彼と交渉に私達が向かいます。信じて待っていて下さい。絶望しなければ出来ます。もちろんここで無くベッドの上で。さあ、手を離して下さい、皆さん」
 そして近寄ろうとしたエステルに対し、少女は怯えた顔を見せ、無線を通じ柴から『今はやめとけよ、エステルちゃん』と制止する声が届いた。
 普段の飄々とした言動ではあったが、真剣味も感じ取れる柴の声にエステルは足を止め、無線で柴に問いかける。
『なぜ止めたんですか』
『エステルちゃんがあの女の子に近づいた時、あの子、怯えた顔をしてたじゃん。あれは何かあるんじゃねーの。それとあの愚神、エステルちゃんの動きを見て、最っ低の嬉しそうなツラしてやがった。あのツラだけは本物だ』
(ここは柴さんの意見に従いましょう。助けに行くのは、交渉が終わってからでも遅くはないはずです)
 自分の内にいる泥眼にも諭され、駆け寄りたい衝動を抑えこんだエステルは仲間達のもとへ向かった。
 その愚神はこの場に集うであろう能力者や英雄達にこう告げた。
『来てくれた人数分だけ人々に憑依する従魔を解除し、救わせてやろう』
 そして道具として示されたのは1から100まで番号が振られたダイスだった。そしてその数字は、1つ1つが現在従魔に組みついている人々に割り振られた番号で、『私がダイスを振るか、君達が番号を選べ』と人々の生死を能力者や英雄達に選ばせるという酷な選択を迫っていた。
 そして今、集落の広場にて、愚神から突きつけられた問いに、この場に集った能力者と英雄達からの答えが示される。
 既に全員が、その次に起こるであろう事態に対応する為、共鳴化を終えている。
「答えを聞こう。私がダイスを振り数字を言うのか? 君達か、自分の決めた数字を言うのか?」
 まずはカグヤ・アトラクア(aa0535)がクー・ナンナ(aa0535hero001)との共鳴化を済ませ、蜘蛛の巣の模様が美しく映える装束と、体の一部を黒色に整えた己の姿を従えて進み出る。
「サイコロで一人しか救えないとかケチじゃな。戦闘で決着をつけぬか? こっちが勝ったら残りの従魔が無力化するよう命令しておけ。負けたら邪英化した正義の味方をくれてやるわ」
 『答え』を口にすると共に、妙に人間くさい状況を作った目の前の愚神がどう動くのか、カグヤは観察する。
 続いて仮面と装束で、自分の顔と体を隠すエクス(aa0965)がミニー・キャロル(aa0965hero001)と共鳴化して進み出る。
 「お前は人質なんてどうでも良いはずだ。僕達を集めるために使ったんだろ……ならば人質を『全員』解放しろ。そして何が目的か正直に話せ……」
 普段は無口で、ミニーを介して自分の意志を周囲に伝えるが、今回の敵は知能があると判断した為、体から発せられるミリーの声でなく、自分の口での会話を決意したようだ。
 そして、綱(aa0846hero001)との共鳴化で、兎の特徴が残る姿となった稲葉 らいと(aa0846)は、自分の中にいる綱から発せられる憤りを心の中で宥めながら、別方向からの『答え』を口にした。
「ここに居るのは『犠牲者と出さずにドロップゾーンを破壊する為に来たH.O.P.E.別動隊も含めた100人』です。つまり住民達と同じ数となります。さぁ、人質『全員』の憑依を解いてください!」
 出された条件に人数制限がないと気付いた、らいとならではの答えだった。そして不安を抑えこんで愚神を睨み据える。
 宇津木 明珠(aa0086)は金獅(aa0086hero001)金獅と共鳴化し、銀髪と金眼、左腕に機械的な刺青、背中に白い蝶のような羽根の幻を持つ妖艶な美女となった姿になったが、愚神側から誰かに攻撃があれば即座に庇えるよう控えている。内にいる金獅からの明珠への心配やため息は気にしない。
 リーゼロッテ アルトマイヤー(aa1389hero001)と共鳴化した駒ヶ峰 真一郎(aa1389)は、仲間達の交渉に沿う動きを示していたが、同時に何かあった時、迅速に人々を救助できるよう、いつでもドロップゾーンが普通の人々へ与える影響を緩和できるリンクバリアを発動する姿勢を見せている。
 そしてテミス(aa0866hero001)と共鳴化した石井 菊次郎(aa0866)は、テミスが宿った事を示す十字の剣の意匠が浮き出した武器を片手に、愚神に取引を申し出た。
「御身には何か求めるものが有るとか? こうして我々を呼び出したからにはそれを我々が提供できるとお考えですね。ですから取引きをしませんか?」
 今回は嫌いな相手には尊大になるテミスよりは自分のほうが『取引』に向いていると菊次郎は思い、愚神に告げた。
「決闘をしましょう。我々は決して逃げぬと誓います。ただし、住民達を『全て』別働隊に引き渡し、御身が滅んでも住民達に影響が無い様にする事が条件ですが」
 菊次郎はサングラスを外して愚神に己の瞳を突きつけて回答を迫る。
「いいだろう。現時点をもって、全ての人間達の解放及びドロップゾーンの放棄を表明する」
 あっさり愚神は要求に応じ、何事かを呟いた。
 すると周囲にいた人々の体から『何か』が抜け出していき、愚神の懐へ集められる。
 直後愚神の体が爆発した。
 爆発は次々と連鎖し、毒々しい色の胞子が周囲にばら撒かれ、愚神を包む。
 しかし胞子の煙幕をかきわけ再び現れた愚神は無傷だった。
「これで、人々に憑依していた従魔は全て解除され、呼び集めた私の中にあるライヴスに反応し、その役目を果たした。威力はこの通り情けないが」
 しかし愚神の足元の地面は爆発で吹き飛ばされ、大きく陥没していた。
「あの骨どもを住民達から引き離す事も忘れるんじゃねーよ。あんなヘタックソな芝居、誰が信じるかっつーの」
 柴の言葉に愚神は笑みを向け、従魔達に命令を出した。
「総員、人間達をその場へ置いて、作成者のもとへ帰還せよ」
 言葉に従い、それまで押し倒されていた骨達が起き上がると、しがみついていた人々を簡単に引きはがし、その場に置き去りにして集落の外へと駆け出し、次々と姿を消していった。
「私はただ言ったまでだ。人間達にはこう告げた。『君達が骸骨達にしがみついている限り、私はこれ以上の危害を加えない』。そして骸骨達にはこう命じた。『脅威となりうる攻撃を受けたら反撃せよ。それまでは地面に倒れていろ』とね。確かに君の言う通り、人間でいうところの芝居だ」


 骨達が姿を消し、それまで人々へ駆け寄る事を抑えていたエステルが人々のもとへ駆けていく。
「どういうつもりです? まだ何か隠しているんじゃないでしょうね」
 真一郎が罠の可能性を疑い、愚神の動きを警戒しながら問いかけるが、愚神はひょいと肩をすくめて告げた。
「心配せずとも君達は正解を述べた。だから不要となった人間達は全て必要だと言った君達へ託し、従魔達はこのドロップゾーンの作成した存在の拠点へ返した。そしてドロップゾーンだが、管理はしているが不要だから放棄した」
「あたしの100人連れてきたって答えが正解ってことなの?」
 らいとがそれまで頑張って使っていた敬語を消し、本来の言動で愚神に問う。
「君の場合は『そういう解釈もある』という意味での正解だ。人々を助けに来たという話が本当なら、脅威が去った今、君達が集めた100人の別働隊に人間達を運び出すよう連絡した方がいいのではないかな?」
 慌ててらいとは無線で別働隊に人々の搬送を依頼すると、数分後には待機していた別働隊が到着し、周囲に転がっている人々を担架に乗せて搬送し始めた。
 実はらいとの発した100人という数字はブラフ(はったり)だった。
 事前にらいとは愚神の残した映像と音声を携え、H.O.P.E.のうち手の回る範囲で有志を募っていた。確かに全員『興味がない』と言われ憤ったものの、既に様々な案件を抱える多忙の身の者達が多くて参加できず、かろうじて現地に近い支部より『救助する為の人員は出すが、人数は言えない』との約束だけとりつけられた状況だった。
「この瞳を他で見た事は有りませんか? これは貴方がたの罪の刻印です。つまりこの取引は救われぬ者同士の道化話という訳ですが……」
 菊次郎もまた、事前にこの地域一帯でのH.O.P.E.の活動記録を調べたものの、自身の探す対象が見つからなかったので、目の前の愚神にそう問いかけるが、愚神は首を横に振り、こう答えた。
「少なくとも私は知らない。そして君と同様、私も何かに救いを求める真似はしない。この馬鹿げたドロップゾーンを作ったグリスプという奴なら知っているかもしれないが、そいつは今別件でここを手放して遠出している。今は私が管理することになったが、君達が攻め込んできたなら十分放棄する理由になる。だから依頼を出した」
 やはりこの依頼は目の前の愚神から出されたものだったと、この場の全員が確信した。そして用済みの範囲に人間達だけでなく、ドロップゾーンと恐らく従魔達も含んでいる。
 その従魔達は既にこの場になく、菊次郎は愚神戦に意識を切り替える。
 実は柴は遠まわしに茸型従魔の性能についても愚神から詳しく聞くつもりだったが、従魔の憑依が解除され、人々が救出された今となってはどうでもいい話と思い直し、残る脅威である愚神に向き直る。
「助かりました。これで状況はかなり単純になります」
 救い出せた少女にできる範囲で治療を施していたエステルが戻り、そう告げた。
 本当は自分の術で少女や人々を治療したかったが、愚神との戦いでの仲間達の治療の方が大事と己に言い聞かせて、本格的治療を別働隊に託し、今は愚神と対峙する。
 運び出されていく人々と別働隊が動き回る中、ようやく愚神は自分の目的を告げた。
「私の目的は探しものと言った。それは『私という理不尽に対し毅然とした意志を持って抗い、打ち倒す』事の出来る強者だ。君達は私の突きつけた選択を拒絶し、全員を救うという意志を示した。よって『君達』が探しものである強者とみなし、人間達を解放し、従魔達を退かせた」
「そんなことで……」
 こんな回りくどいことをしたのか。人々を苦しめたのか。その上で俺達に依頼を出したのか!
 エクスは憤りを抱えつつも、すでに人々の救出がなった今、この怒りは愚神にぶつけようと心に決め、愚神との距離をとるべく静かに下がり始めた。
「さっきから聞いていれば、下らんな」
 人々が救助され、障害となりうる従魔達も去ったので、改めて明珠は愚神と対峙し、そう告げた。
「誰が自分の手の届く範囲、目の届く範囲以外に気が回せる? 我々はそこまで暇を持て余していない。興味がないのではない。汝らが引き起こす事件が多すぎて、手が回らないだけだ。思い込みで我らを一緒くたにする事を責める気はないが、嘲笑されるいわれもない」
 ゆえに明珠はこの愚神の嘲笑に『興味を持ち』、打ち倒すと決めていた。
 従魔戦も想定していた真一郎やとりるも、残るは目の前の愚神を倒すのみと意識を愚神に集中する。
「わらわはカグヤ。そなたの名を覚えるから名乗れ」
 カグヤの問いに初めて愚神は自分の名を名乗り、告げた。
「私の名はレゾ。それではお互いを否定しあおう」


 戦いでは8手待つと告げた愚神だったが、いざ戦いが始まると、愚神はそれ以上待たされることを強いられた。
 8手を待ち受ける間に防壁を作った愚神だったが、明珠に一気に間合を詰められて、一瞬垣間見えた獅子の咆哮や幻影をともなう大剣の1撃で壁は破壊された。
 次に壁が壊れた事を確認したエクスの狙撃銃より放たれた弾丸が、銃声と共に愚神の右腕へ喰らいつき、エステルも魔術的な光を帯びた扇子を右腕に叩き込み、右腕へのダメージを重ねる。
 さらに予め知らされた敵の間合から十分距離をとった菊次郎が、十字の意匠を施された本より魔法の剣を生成すると、愚神の右腕へと射出し、放たれた魔法の剣は愚神の右腕にダメージを与え、柴も銀色の銃身を持つリボルバーを構え、銃声と共に被弾音を愚神の右腕に響かせ、菊次郎と柴の援護を受けた真一郎が死神の名を冠する大鎌を愚神の右腕に振りおろし、その右腕に異音を響かせる。
 ここまで6手の攻撃が全て愚神の右腕に集中している。そこにあるのは、雷を放つとされる無骨な砲身であり、この場で戦う能力者や英雄達が最も脅威とみなす愚神の武器だった。
 だが7手目でらいとが放った攻撃が命中したあたりから愚神の行動が強引に停止させられる。
「綱が『興味がないとは、この愚神失礼千万でござるな』と猿になって怒っていたから、あたしの姿をした綱と一緒に攻撃するよっ」
 らいとが2つに割れ、1対になった紡錘状の赤黒い槍を同時に愚神の右腕に繰り出してダメージを与え、愚神を狼狽させる。
(らいと殿もムキーッと猿になっていたでござろう?)
 内からの綱のツッコミを、らいとはあえて無視し、なおも攻撃の手を緩めない。
「こっちの世界はどうじゃ?」
 その横でカグヤが、目の前の愚神が質問に答えられる状態でない事を知っていて、意地悪く様々な質問をぶつけ続けていた。
 その間にも愚神は明珠の大剣が放つ切り上げやエクスの狙撃、エステルの扇子に右腕の砲身を打ち据えられ、菊次郎の魔法の剣がさらに食い込み、柴の銃撃と真一郎の大鎌の一閃を受け、右腕へのダメージが蓄積されていく。
「もう8手過ぎたからよいかの」
 カグヤはそう呟くと、ライヴスで生成されたメスを放ち、愚神の右腕を引き裂いた。
「人々の痛みを味わうがよい」
 なんとか愚神が意識を取り戻したところで、今度はらいとから放たれた無数の針が愚神を縫い止め、愚神の動きを阻害し、その間にも残る7人の猛攻は続く。
 そして愚神の右腕にヒビが入り、崩壊の兆しを見せ始めたころ、これまで仲間の猛攻を支えていたらいとの術が途絶えた。
 術の使用回数切れと判断した愚神は、己の砲身を上へ向けた。
 火花が散る音と共に砲身が紫色に光りだす。そして紫に光る砲身の前に紫電が集い、球形となって膨張を始める。
 発射させまいとカグヤから射出された魔法の剣や、明珠の大剣、カグヤを援護する柴の銃撃が砲身への攻撃を続けるが、ヒビを増やし、破片を散らしながらも砲身前の紫光球が膨張から収縮へと変わる。
 そして砲身が下りて、愚神は狙いを定める。狙われたのは、長距離射撃を続けていたエクスだった。
(俺を狙うのか!?)
 普段あまり感情を表に出さないエクスもさすがに驚き、攻撃されない距離への退避を考えたが、その場合今度は別の仲間が砲撃される可能性を考え、直前までひきつけてから砲撃を躱す覚悟を決めた。
 そして砲身の光球が固定されると、轟音と共に紫電の奔流がエクスへ放たれた。
(思い切り右へ飛んで!)
 内にいるミリーがタイミングを報せ、エクスは身をひねって右横へ大きく飛翔する。
 殺到した紫の奔流は、先ほどまでエクスのいた空間を貫き、背後の岩や木々を巻き込んで爆散させた。
 そして砲撃を終えた砲身に、エステル、らいと、真一郎、菊次郎の攻撃が次々と喰らいつくと、遂に砲身はひしゃげ、異音と共に砕け散った。
「おめでとう。君達は戦いにおける強者の条件をまた一つ達成した」


 大砲を砕かれた愚神の賛辞に、真一郎が問いかける。
「これが条件、ですか?」
「戦いは常に生きる為に必要な何かを得る為に行われる。理想や願望を口にしているだけでは現実は何も変わらない。それを現実とする為には行動を起こす必要がある。そして行動にはそれ相応の力が必要であり、有する者が強者だ」
 人在らざるものが、行動とは裏腹な事を口にする。言っている事はもっともだが、この愚神に言われたくない。
「さあ、私を倒せ。己自身を輝かせ、何かを明日へ繋ぎ、進む可能性を私に見せてくれ」
 今、貴方達が行動し、この愚神と戦う事は、その先に生きる貴方がたと、貴方がたが護り、救うべき何かの為にあるのだから。
「言われずともたっぷりお見せして差し上げますよ」
 菊次郎が慇懃無礼な言葉と共に、魔法の剣を愚神に放ち、直撃を受けた愚神が腕を振ると、周囲に何かが一瞬煌めいた。
(躱して!)
 無口な筈のリーゼロッテの声を受け、飛び退いた真一郎の前を、無音のまま鎌の光が弧を描いて消えた。
 同じような攻撃が、残りの能力者達にも襲いかかる。
 砲身を失った愚神は弾丸のような速さで間合外にいる能力者達に接近しては鎌を放つ攻撃を繰り返すが、受けた負傷は即座にカグヤやエステルが治療し、攻防は続く。
「1つだけ答え合わせをしよう。恐らく君達が知りたがっている事。最弱の従魔、君達の言うところのイマーゴ級についてだ」
 ライヴスが刃や弾丸、あるいは魔法となって飛び交い、互いの威力を主張し合う中、愚神は平然と告げる。
「イマーゴ級であっても、条件が揃えば普通の人々の体を損壊させる程度の事は可能だ。例えば、目に見えるほど実体化していたり、対象にダメージが蓄積していたり、とかね」
 愚神から申請のあった俗称『茸』のイマーゴ級従魔の性能についてはブラフと疑うエージェントもいたが、戦闘前に愚神が見せた光景はブラフでなかったことを証明していた。
「そして君達は人々がボロボロの姿になっているのを確認した。賢い君達のことだ。イマーゴ級従魔が普通の人間達の肉体を損壊させる程度の条件は揃っていると判断し、人々へ近づくのを止めたんだろう?」
 その言葉に柴は、あの時エステルを止めて正解だったと思うと共に、この愚神はやはり最低のゲス野郎だとの認識を強める。
 銃の引き金を引き、愚神の体に銃弾を撃ち込む柴の攻撃が一段と冴え渡る。 
 攻防の中で愚神の特徴を見抜いた明珠は無線で仲間達に自分の考えを伝えると、まず動いたのはカグヤだった。
 鎌の間合から下がろうと後方へ飛ぶカグヤに向かい、愚神が疾駆する。だがそれこそが能力者達のしかけた罠だった。
 カグヤに追いついた先で、愚神は待ち受けていた能力者達による複数の方角からの迎撃を受け、膝をついた。
「馬鹿な……」
「動き回り過ぎじゃ。全員を強引に鎌の射程に入れようとするから、逆手に取られてこうなる」
 最後まで温存していたライヴスのメスを愚神に突き刺し、カグヤは明珠が見抜いた事を愚神に告げた。
 そこへらいとが再び2つに割れて愚神にブラッディランスを繰り出し、愚神の判断力と生命力を奪う。
 愚神へ使用回数切れと見せかけ、らいとは最後まで残していたジェミニストライクを今繰り出し、仲間達の攻撃へと繋げた。
(私はこの存在も、その行いも許せないです。そんな理由であんな事を。シバ、あの……!)
(だから助けに来たんだろ? そしてみんな無事に助けた。あとは『正義の味方』のオシゴト、きっちりやるだけだぜ)
 自分がフェルと呼ぶ英雄の声に心の中で応じ、柴は銃から不浄の風を放った。
 柴の銃から届いた風が愚神の体を包むと、その体を腐食させていく。そこへエクスから、英雄との繋がりを力に変えた弾丸が放たれ、弾丸は愚神の脇腹に当たり、その体を大きく穿つ穴を開けた。
 そこへ真一郎が間合を詰めると大鎌を一閃し、愚神の左腕を斬り飛ばす。散々鎌で攻撃されたことへの意趣返しらしい。
 そして再び明珠より、獅子の咆哮や幻影と共に振り下ろされる大剣が、ついに愚神の体を袈裟切りに両断した。
「今回、我は気が向いてここに来たが、汝の説明は回りくどくてわかりにくい。依頼で人を集めたくば『やるべき事をわかりやすく説明する』努力をせよ。もっとも、汝に次はないが」
 明珠は愚神に向けて今回駄目だった部分を指摘した。
「悔しいかよ愚神さん? いやいや、んなことねーよな? だってオマエ『が』興味がないんだろ? オレ達の行動も住民の生死も。オマエ自身の命すらも」
 体を両断され、光の粒子となって消えゆく愚神に、柴はそう告げた。


 後日。
 ドロップゾーンは無事、専門家の手により消去されたとの報告が、参加した能力者や英雄達のもとへ届けられた。無事病院へと収容された100人の人々から寄せられた、100人分の御礼の手紙と共に。
 そこには命を助けてくれた御礼の言葉が切々と並ぶと共に、謝罪の言葉も並べられていた。
 あの映像で話していた内容は、やはりあの愚神に言わされたものだった。その中で『詰まらされた』言葉があるとも書かれていた。
 その内容は、茸の性能に関するもので、反応する対象であるライヴスの事を、『貴方たちのような上質なライヴス』と言わせてもらえず、ただ『ライヴス』として言わされた、というものだった。
 あのとき愚神がいった『大事な』というのは、この部分の事だった。
 嘘はつかないが、あえて言葉を減らして人間を騙す愚神のやり方は卑劣だったが、消えゆくはずだった100人の命をこうして救えた事で十分お釣りがくる。
 悲劇に終わるはずだった話は、能力者と英雄達の手によって、救出劇となったのだから。
「ここにも手掛かり無しか?」
「…まだ分かりません。ここで諦めれば愚神共にすら、たばかる事になります」
 どこかの会社の女上司と部下を思わせる2人が、どこかで呟いていた。
「結局、人も愚神も無明の中でのたうち回る事しかできないのでしょうか」
「そう言ってしまったらあの人達に言った事が全部嘘になってしまいます。でも……」
 どこかで民族衣装風の法衣を纏う女性と東欧系を思わせる少女がそう呟いていた。
『結局あの存在へ自分達の言葉は届いたのだろうか?』
「これが正義の力じゃよ」
「相変わらず悪趣味だよね」
 クーの突っ込みもカグヤは涼しい顔で受け流す。
 良いことも悪いことも含めて、やはりこの世界は愛しく、興味が尽きる事はない。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • Analyst
    宇津木 明珠aa0086
    機械|20才|女性|防御
  • ワイルドファイター
    金獅aa0086hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 戦慄のセクシーバニー
    稲葉 らいとaa0846
    人間|17才|女性|回避
  • 甘いのがお好き
    aa0846hero001
    英雄|10才|?|シャド
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • エージェント
    黒塚 柴aa0903
    人間|18才|男性|命中
  • 守護の決意
    フェルトシア リトゥスaa0903hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • エージェント
    エクスaa0965
    人間|22才|男性|防御
  • エージェント
    ミニー・キャロルaa0965hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • 悠久を探究する会相談役
    エステル バルヴィノヴァaa1165
    機械|17才|女性|防御
  • 鉄壁のブロッカー
    泥眼aa1165hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • エージェント
    駒ヶ峰 真一郎aa1389
    人間|20才|男性|回避
  • エージェント
    リーゼロッテ アルトマイヤーaa1389hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
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