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【相談卓】姫様と珍道中
最終発言2018/01/03 19:07:00 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/01/03 13:15:03
オープニング
この【初夢】シナリオは「IFシナリオ」です。
IF世界を舞台としており、リンクブレイブの世界観とは関係ありません。
シナリオの内容は世界観に一切影響を与えませんのでご注意ください。
●江戸の姫
江戸の城下は、今日も活気に満ちている。
特に今日は、正月。
一年のうちで、一番特別な日である。娘たちは少ない小遣いをやりくりして着飾り、少年たちは商売に精を出す。男たちは歌舞伎に足を運んで日ごろの憂さを晴らし、女たちははしゃぐ小さな子供たちを叱りつけたりと何かと忙しい。
そんな活気あふれる江戸に向って、城のなかの姫はため息をついた。
「たのしそう……」
江戸の城で、ちょこんと座っているのはエステル。城のお姫様であるが、ほんの少し前にお忍びで城の外に連れて行ってもらったことがあった。そのときの江戸の町が大変賑やかで、びっくりしたのと同時にとても楽しかった思い出があった。
「また、行きたい……」
近々、姫は遠くの土地へと嫁いでいく。
その前に、もう一度だけ江戸の町を目に映したい。姫は、そう願っていた。そして、ガラにもなく乳母に願ってしまった。
姫に甘い乳母は涙した。
遠くの土地へと嫁ぐ姫の望みをかなえてやりたい親心と姫の心配する親心で揺れていたのである。姫には明かしていないが、以前城下に下りたときから姫宛に城に不穏な手紙が届くようになっていたのであった。
『――あなたの大切なものを預かっている』
『――あなたに返したい』
『――あなたにもう一度会いたい』
現代で言うところのストーカーからの手紙である。
この手紙の主は、恐らくは城下に住んでいることであろう。しかも、ミミズがのたくったような文字を見るところ高等な教育は受けていないようだ。きっと荒くれ者に違いない。そんな人間が居る城下に嫁入り前の姫を連れて行くなんて、安全面からできない。
「そうだ、護衛を雇うことが出来れば」
乳母は、そんなことを呟いた。
●スリのアルメイヤ
アルメイアは、簪を日光に当ててため息をついた。上等な鼈甲の簪は、きらきらと輝いている。アルメイヤは女スリとして、裕福な人間から小銭を巻き上げている。そんなアルメイヤが出会った、少女エステル。彼女は江戸の町をものめずらしそうに歩いていて、きっと世間知らずな商人のお嬢様だろうと考えた。
だが、この簪を落としたときエステルはこう呼ばれたのだ。
「姫様」と。
それだけで、アルメイヤにはエステルがどんな身分なのか想像がついた。
自分とは釣り合わない。
それでも、この簪を返したい。
だって、この簪は世界で一番彼女に似合っていたのだから。
「エステル、次に会ったらこの簪を返そう……」
解説
・エステル(姫)の護衛になって、江戸の観光を楽しんでください。
※なお、このシナリオでは参加する皆様はリンカーではなく、江戸に住まう人間となります。故に、共鳴はできません。
エステル――お姫様。常におどおどしているが、好奇心旺盛で目を離すとどこかに行ってしまう。本人に悪気はない。いちおう街娘の格好をしているが、高価な着物や簪を身につけているためあまり効果はない。
アルメイヤ――女スリ。エステルに簪を返すために、彼女の前に現れるが粗末な格好をしているために悪人のように見えてしまっている。小間物屋に出現し、エステルの着物の袖に手紙を入れる。その手紙でエステルを呼び出そうとする。
悪漢――エステルに難癖をつけて、金品を奪おうとする。小間物屋に五名出現する。
以下、乳母が指定してきたお姫様観光コース(回る順番は変更可能だが、舞台時間の関係上歌舞伎座はかならず最後になる)
・神社(昼)――人でごった返している、神社。だが、周囲にはたくさんの出店がならんでいる。人気の出店はおでん、寿司、天ぷら、餅、蕎麦である。
・小間物屋(昼)――年頃の女の子が集まる小道具屋。化粧道具や簪、櫛といったものが売っている。年頃の女の子で賑わっている。
・古着屋(昼)――たくさんの古着が売られている店。男性用女性用の双方が売られている。普通の店より少し値段が高めなので客は少ない。
・歌舞伎座(夜)――人気の恋愛物を上演しているが、エステルは上演中に抜け出してアルメイヤに会いに行く。
以下PL情報
・歌舞伎座の裏――エステルが呼び出された場所。アルメイヤもいるが、PLたちが向うと日中に現れた悪漢たちも現れる。周囲は人通りがなく、明かりも最低限しかないために見通しが悪い。
リプレイ
場所は、花のお江戸。町人に、武家に、商人が集まって年中賑わう町。そんな江戸の神社の一角で、参拝を後回しにしてまで腹をみたそうとする女子が二人もいた。
『もう一貫おかわりー』
屋台をひく親父に、おかわりを強請ったのは百薬(aa0843hero001)。それを見た、餅 望月(aa0843)はため息をついた。
「おいおい食べ過ぎだってば、お品書きのほとんど制覇しちゃったじゃないの」
『だって美味しいんだし』
「うーん、たしかに、半分はあたしも食べた」
少女二人は男もあきれかえるような食欲で、ぺろりと屋台のネタを食べきっていた。今夜はこれで店じまいですぜと主人が言うので、望月は財布を取り出そうとした。
「それじゃそろそろお勘定を、あれ、お金、すられた?」
いくら探しても巾着のなかに財布はない。
二人そろって食べた金額を思うと望月は肝を冷やした。
百薬が暢気に『まーだー』と駄々をこねているが、望月はそれどころではない。ツケにできるような付き合いの深い店ではないし、このままでは二人そろって吉原にでも売られてしまうかもしれない。
「ちょいと、お嬢さん方」
望月に話しかけたのは、人相が悪い男だった。
●
江戸中の人々が集まったのではないか、というほどに神社は賑わっていた。その人ごみの多さに、江戸城の姫エステルは思わず目を回す。怪しげは文が日々届けられるという箱入りのお姫様には、ちょっとばかり刺激が強すぎたらしい。
そんなエステルを支えたのは、沖 一真(aa3591)である。一真は、にっこり笑って手書きの札を差し出す。
「お加減が悪いようですね。さて、エステル様、どうです、このお札があれば、どんな病魔や怨敵からも御身をお守りすることが出来るのですが、なんと、今ならたったの――」
『ハイハイ、御用になる前にその胡散臭い札しまう』
姫に自作の札を売りつけるという商魂たくましすぎる幼馴染に、月夜(aa3591hero001)はため息を漏らす。女だてらに武道の心がある月夜であったが、今回の仕事はちょっとばかり不安が残る。
なにせ自分はちょいと腕が立つだけの村娘だし、一真にいたっては隙を見せれば姫にまで札を売りつけるガメツイ陰陽師だ。
「ええ、ええ、大事なお得意先ですもの、喜んで働かせていただきますよ♪ ところで、姫様。こちらは試供品ですが、よければどうぞ」
シエロ レミプリク(aa0575)は、エステルに鈴を渡す。からくりグッツ家「あやしもの屋」の主人シエロは、奇怪な品を作ることで有名だ。
自身も自作した車輪付きの椅子に座って移動しており、店の丁稚と思われる少年ジスプ トゥルーパー(aa0575hero002)にそれを押させている。なんでもシロエは江戸城になんどか品物を卸しており、それが縁となって護衛の任を任されたらしい。
『主様の作るものに間違いはありません』
ジスプも自信たっぷりに、姫に試供品を勧める。なんでもこれ、緊急時には大きな音が鳴り響く「ぶざー」という商品らしい。
「気に入ったら、またまとめてご発注を」
シエロは、これを機に試作品という名の新商品の売り込みをするようだ。商人はたくましいだねぇ、とミツルギ サヤ(aa4381hero001)は感心する。そして、何名かが自分たちを不思議そうに見ているのに気がついた。
『御剣だよぅ。あたしゃ流しの三味線弾きしてンのサ。あやかしもの屋の主人ほど有名な人間じゃないが、いざって時にゃ三味と番傘が武器になる』
隣に経つ男も、サヤに習ったように名乗りを上げた。
「一だ。俺ぁ剣客だってんで、素性はよろしくない。お姫様にくっついて歩くのは無理だろう、ってんで怪しい者がいねぇか、そぞろ歩きのついでに見てやらァ」
ニノマエ(aa4381)は「まっとうな護衛はあっちのお嬢さんにまかせるぜ」と顎をしゃくった。その方向にいたのは、三木 弥生(aa4687)である。武家の出の彼女は厳しい鎧姿のままで、生真面目にエステルの隣にぴたりとくっ付いている。
「えすてる殿は、私が守ります。ですので、本日は存分にお楽しみください」
幼い弥生だが、武士だけあって将軍家のために働く覚悟はできているようである。
「あら……あれは、なんなのでしょう」
護衛たちの自己紹介もそこそこにエステルは、ふらふらと興味を持った屋台の方向へと歩いていく。それを見た弥生は、慌ててエステルを追いかけていった。
「あまり外を出歩かれては危ないです! 私がお供致しますよ!」
その後姿を見たニノマエは、ぼそりつ呟く。
「これは、思ってより手こずる仕事になるかもねェ」
●
神社の境内に並ぶのは、人気の屋台ばかりである。どれもこれもが旨そうな臭いを漂わせ、参拝客の胃袋を刺激する。
『フラン。お願いがあるのですが、はぐれないように手を繋いでもよろしいでしょうか?』
CODENAME-S(aa5043hero001)は、フラン・アイナット(aa4719)に手を差し出す。たしかに周囲は人で賑わっていて、手でも繋いでいなければはぐれてしまいそうだ。
「手を繋いでなくても、お姫様は見失わないぜ。でも、今は俺も手を繋ぎたいから、繋ごう」
フランは微笑みながら、CODENAME-Sの手を取る。
『護衛対象は、私ではないですよね』
「ああ、護衛対象は江戸の姫様。Sは、俺のお姫様」
フランの自然なくどき文句に、御剣 正宗(aa5043)は齧っていたリンゴ飴を落としそうになった。さすが逢引前に女に着物まで送って「お、やっぱり俺の選んだ着物着てくれたんだな……綺麗だ」といえる伊達男である。
CODENAME-Sは満更ではなさそうだが「姫の護衛が本来の仕事だったよな、そういえばな」と若干大きな声で指摘してしまうのが男心というものであろう。
『そういえば、そうでした。頼りにしていますよ、フラン』
CODENAME-Sはいつもより目をキラキラさせて、フランを見つめる。
『正宗くん! ほら、出店がいっぱいだよ!』
フルム・レベント(aa4719hero001)は、たくさんの出店に目を輝かせる。きっと端から端まで制覇したいと思っているのだろうが、さすがに仕事中である故に控えているようだ。
「まぁ……あっちも、ああだしな」
正宗はそう呟きながら、フルムのために甘味を購入した。
「ふふ、しばらく見ない間に江戸の屋台の趣向は変わったようでありんす」
屋台を冷やかすミラルカ ロレンツィーニ(aa1102)は、飴細工の店で足を止める。花魁黒髪太夫として吉原から出てこれないミラルカであったが、姫の一大事であるからという理由をつけて一日だけの自由を味わっている。
「佳い人は来ず…・…姫君の護衛で花魁の名を揚げよとは、街へ出る良い口実。ジキル。連れ出しておくれなんしたとは、南蛮男の主の方が誠がおざりんすぇ」
ミラルカの姿は、豪奢な花魁姿。吉原でも一層目にひく美貌と豪華さが、街で艶やかに花開いていた。これはミラルカの作戦でもある。姫よりも豪奢な護衛なんて普通はいない。豪奢なほうを姫だと思うであろう。
『敵の目を引きすぎて、自分を危険にさらすな』
イリヤ イザード(aa1102hero001)がミラルカに注意を促すが、彼女は笑うばかりだ。そのさまを見て、ジキル=ハイド(aa5215)はにやりと笑う。遊郭で働く若い衆のジキルは、一目で南蛮人であると分かる髪を無造作にかきあげた。
「南蛮男は良かったな。なぁに、俺みてぇなのに親切にしてくれる花魁の頼みなら何だってしまさぁ。今回は面倒な名目がありやすが、気にせず行きてぇ所を言っておくんない」
花魁と若い衆のやりとりを聞いていたサヤは、首をかしげる。
彼女の手には、暖かな蕎麦が入ったどんぶり。
『想像していたより、ずいぶんとのんびりとした護衛だねェ。江戸の姫様の身柄を預かっているとは思えないもんだ』
集まったのも烏合の衆。
さて、これが凶とでるか吉とでるか。
ずずずっとニノマエも蕎麦をたぐる。
「俺達はこの仕事が成功して、心配性の乳母から金がもらえればそれでいい。こうして、旨い蕎麦も食えるしな。おい、親父。やっぱり、葱もうちょっと多めにくれ」
『年明け蕎麦もいいもんだねェ』
ふぅとサヤは、息を吐いた。弥生は、じぃっと二人を見ていた。
恐らくは、蕎麦を食べたいのだろう。まだ寒い季節に蕎麦を食べて温まりたい気持ちは分かるが、きっと彼女は姫君に蕎麦なんてものは食べさせられないと思っているに違いない。さっきから弥生がエステルに薦めているのは、可愛いながらに上品な菓子ばかり。腹には溜まらないし、きっとそろそろ口がしょっぱいものを欲しているはずだ。
「蕎麦……って?」
エステルは、弥生に尋ねた。
「あれは庶民の食べ物で、高貴な方のお口には……」
ぐぅ、きゅるるるるる。
派手な腹の音が鳴り、弥生は顔を真っ赤に染めた。
「屋台のお蕎麦もいいものよね」
月夜は、さっと暖簾をくぐってかけ蕎麦を四人前注文する。
「ま、まだ食うのか」
『勿論! 一真も付き合ってよ? もちろん、弥生ちゃんも』
「わ、私はご、護衛なので今食べるわけには……」
おまち、と素早く出される蕎麦。
その蕎麦を前にしては弥生が何か言える訳もなく、ただ無言で箸を取ったという。遅れて暖簾をくぐったジキルは、連れのミラルカの分も支払いをすませる。
「幾らだい、十六文? ひぃふぅみぃ蕎麦屋さん今何時で? 三つ? よぉいつむぅななやぁ、とぉじゅういちじゅうにじゅうさんじゅうしじゅうごじゅうろく…・・・払ったぜ」
その様子を見ていた、ミラルカはあでやかに微笑む。
「時そばなんて、悪いお人でありんす。でも、相手は全うな商売人。その腕は悪党にとっておいてもらわねば」
ちりん、とミラルカの袂から一文が零れ落ちた。
「吉原一の花魁は、心まで別嬪ってことかい。あんたと一緒にいたんじゃ、俺は悪いことができなぁ」
ジキルはそう呟きながら、財布を懐にしまった。
『花魁に恥をかかせるな』
ミラルカの護衛であるウォルター=レクター(aa5215hero001)の忠言に、ジキルは「ちょっとした遊び心よ」と答える。
「蕎麦も乙なもんですが、団子なんて如何でしょう? 行き付けが近くにあるんですよぉ」
蕎麦を食べ終わった一行を、シエロは行きつけの店へと案内した。
『すごく美味しい団子です。江戸で一番かもしれません』
ジスプに言葉を、シエロは軽快に笑い飛ばした。
「江戸一番とは規模が小さいな。日本一の美味しさで間違いはないよ」
シロエが案内したのは、境内の屋台の一つ。掲げる屋号は江戸に店を構えている店のものだが、毎年この季節になると出張販売も行なう餅屋なのである。
「はーいはい茶々子ちゃんあけまして、早速食べに来ちゃったよ♪」
「シエロおねえちゃん! いらっしゃいなのです!」
元気よく声を張り上げたのは、看板娘の白金 茶々子(aa5194)であった。女主人のシェオルドレッド(aa5194hero001)は、馴染み客の顔をみただけでいつもの注文の品を竹の皮に包む。
『はい、いつもの餡子餅よ』
「いつもありがとう。だが、今日はちょっとばかり厄介ごともあるんだよ」
シロエは、エステルの元に届く手紙の話を茶々子に聞かせた。むろん、エステルの身分の話も包み隠さずにだ。
「えっ……えええっ!!」
シロエから話を聞いた茶々子は、目を見開く。シェオルドレッドも同じような反応で、持っていた団子の串を落としてしまった。なにせ、お姫様の護衛である。話には聞いたことはあったが、お姫様なんて見たことなんてまったくない。
大名行列が通ったときのように頭を下げたほうがよいのかな、と考えた茶々子であったがすぐにコレがお忍びの散策であるのだと察した。ならば、必要以上に恭しく接するのは逆に迷惑になってしまうかもしれない。
「エステル姫さま、お手紙をお出しした相手に心当たりなどありませんか? なのです」
エステルは小さな声で「……いいえ」と答えた。どうやらエステルは、前のお忍びときには町人と一切話さずにいたらしい。彼女の本来の身分を考えるならばそちらのほうが自然なのかもしれない、と茶々子は納得する。
『あんた、何歳だい?』
ウォルターは、茶々子に尋ねた。突然の質問に、茶々子は目を丸くしながらも「八歳です」と答えた。
『木を隠すなら、森の中。俺の相棒は南蛮人だから江戸で目立っているが、南蛮人だらけの外の国だったら目立つなんてこともないだろうさ』
『ああ、なるほど』とイリヤは納得する。双方共に、護衛を任された身だ。考え付く小細工は簡単に察することが出来る。
『同じような年頃の娘を側におけば、姫がまぎれるってことだな』
イリヤの言葉に、茶々子は再び「えええっ!!」と驚きの悲鳴を上げた。
●
姫を隠す森となれ、と言われた茶々子は一行についていくこととなった。シェオルドレッドも付いていく。
『看板娘に怪我をさせるわけにはいかないの』
というのが彼女の言い分だ。
『それに、お姫様がどういう簪や置物を選ぶのかを見てみたいような気もする。だって、姫様はもうご結婚が決まっているのよね。茶々子とあまり歳はかわらないのに』
美人過ぎて男がよってこないシェオルドレッドは、にこにこと笑いながらエステルが様子を観察していた。
『武家の結婚は親が決めるので、モテるモテないは関係ないと思うのだが……』
作戦の言いだしっぺであるレクターは、座り心地わるそうに「うーん」と唸った。
『木が多いことに悪いことない。あちらも、嬉しそうだ』
イリヤは、楽しそうに小間物へと入っていく女集を眺めていた。小間物屋は簪や櫛といった女性が身だしなみを調えるのに使う小道具を売っている店であり、特にこの店は安くて良いものを扱うために若い女の客でごった返していた。
『これすっごい可愛いよね。あっ、こっちの紅い櫛も大人っぽくて素敵だよ』
フルムは目をキラキラさせながら、店内を歩き回っていた。
妹ができたかのような気持ちでその様子を見守っていたCODENAME-Sは、ふと一枚の手ぬぐいを目に留めた。近くにフランの気配はないことを確かめてから、藍染の手ぬぐいを手に取る。
「む……この手ぬぐいはなかなかです。フランの着物の柄ともあいそう」
フランは、さっき足を運んだ古着屋で会計をすませているところである。古着屋で、フランと正宗は「どちらが伊達な男であるか」を競うために勝負をしたのだ。互いの連れに似合いの着物を選ぶという勝負内容であったが、勝敗は正宗の圧勝であった。
というのも正宗は女装の趣味があり、女の着物を選ぶのも慣れている。いくらフランが粋を知る男であろうとも、ちりめんの帯の可愛さや蜻蛉玉の帯止めの美麗さに心奪われる女子心までは理解できなかったのだろう。
『敗者は、もちろん全額買取だよね』
フルムはうきうきとした様子で、正宗が選んだ着物を強請った。安いものでもないのに、随分と散財させてしまったなと思いながら正宗は傘を手に取った。フランの着物の柄と似ている模様の傘であり、これを送ることで相子にしてもらおうかと考えたのである。
一方そのころ、月夜は店内にあった簪に目を奪われていた。キラキラ輝く銀色の簪で、三日月とウサギの飾りがついていた。思わずじぃっと見つめてしまうのは、簪の可愛らしさだけではない。自分の名前の由来となった月をかたどった簪……もしもこれを誰かから送られたりしたら――。
「……そんなに欲しいなら買えばいいだろ」
『ぐぬぬ』
女心の分かっていない一真の言葉に、月夜は拳を握る。それでも、なんでもないような顔をして簪の前から立ち去るのは強がりばかりが原因ではない。簪は可愛いが、自分で買ってもきっと意味はあまりない。
「わぁ……綺麗ですね……」
弥生は小間物屋になれていないらしく、感嘆の声を漏らす。
『一つだけだったら、買ってあげるよ』
安いものだけど、と月夜は財布に手を伸ばす。だが、弥生はぶんぶんと首を振った。
「わ、私ですか!? 私には似合いませんよ!! さっきの古着屋でも言いましたが基本的に鎧つけてますし……そ、それに……太ってますし……」
「せっかくだから、月夜にこれに似合う簪でも選んでもらうといいぜ」
遠慮する弥生に、一真は風呂敷包みを渡す。なかに入っていたのは、桜色の着物である。可愛らしい柄は弥生が普段着ないものである。
「え……でも、いただくわけには」
『……せっかくだから、受け取るといいと思うよ』
弥生には見せないように、月夜は少しだけふてくされる。私には何にもないのになんで、と思ってしまったのだ。
「あ、ありがとうございます! ……後生大事にさせていただきます」
弥生は、ぎゅっと着物を抱きしめた。
そのとき、店に男の声が響いた。
「おうおう、お譲ちゃんたち。随分と羽振りがよさそうじゃないか。こっちは今日の蕎麦代にも難儀しててね。ちょっとばかり、恵んじゃくれねぇか」
現れたのは、いかにも柄が悪そうな男達である。
悪漢と言っていいほどに、分かりやすい出で立ちをしていた。そのなかに、男達と雰囲気がそろわない少女が二人混ざっていた。
『先生、お願いしますって言われたら仕方ない』
「言われてないよ、寿司代分働けってさ」
満足げな百薬の顔に、望月は思わずツッコんだ。食べた寿司代を返すためにしっかり働かなければならないが、なんだか肩の力が抜けてくる。
「なるほどあれが百姓町人に重税をかける悪代官の娘ってわけだね。護衛もなかなかの手練れのようじゃない。なんだかみたことある気もするし」
『悪いけど、ワタシは故あってこっち側につかせてもらうよ』
ワタシたちがそろったら百人前だ! と百薬は歌舞伎役者の真似をして見得を切った。望月は心の中だけで「食べた分だけならばね」とツッコむ。
『手荒な真似なんて無粋さねェ』
さっとエステルの前に出たのは、サヤである。
『ここは野郎が来る場所じゃぁ無いよねェ? あんたら、私たちをつけてたんだな。そんなふちらな真似をするのは、どこの奴らだい? わざわざ手紙まで送りつけて』
悪漢を睨みつけサヤは訪ねる。だが、悪漢達は手紙の一言に首を傾げていた。
『そうか……あんたらは、手紙の送り主ってわけじゃないんだな』
「なんだか、話が噛み合っていないような? 私は悪代官の一人娘を誘拐する手伝いをはずなんだよね」
望月もおかしいと思い始めて、首をかしげる。
『あの人たち、ここらじゃちょっと有名なゴロツキよ。お店の支払いを踏み倒したり、綺麗な女の子にちょっかいをだしたり……腕が立つから誰も逆らえないのよね』
シェオルドレッドが幼い茶々子を守ろうとするが、すでに彼女はエステルを守るために両手を広げていた。
「おっ、お姫様は渡さないです! お江戸の大事なお姫様なんですから!!」
茶々子の必死な言葉に、望月はぽりぽりと頬をかいた。
「この連中は評判の悪漢で……お嬢様は江戸の姫様? 確かにエステル姫は悪人の顔ではないな」
『つまり、ワタシたちはだまされたのね!』
百薬は、笑いながら腕まくりした。
「……騙されたわけじゃない気もするけど、ここは善玉に返るところだから、勘弁してね。あっ、お寿司おごってもらってありがとうございました」
『とっても美味しかったよ!』
望月と百薬の言葉に、悪漢たちの頭から火が吹き出た。
「せめて、金はかえせ!!」
ニノマエは、小間物屋の前で待っていた。自分が可愛らしいものを置いている店に出入りするのは目立つし、若い女に贈り物でも選んでいるのかと詮索されるのも御免だったからである。
「それで、結局のところ財布はスリにやられたんだっけ」
『寿司屋の前におでん屋で落としてたよ』
「見てたなら言ってよ」
店から出てきたのは、少女が二人である。互いに望月と百薬と気安く呼び合っていたから、友人同士なのかもしれない。その子らに続いて出てきたのは、サヤであった。
「なかがちょっとばかり騒がしかったが、大丈夫だったか」
『そうさねェ。バットと槍の大安売りがあったぐらいだ』
サヤの言葉に首をかしげたニノマエには
『次の旅先では、お金持ちの大名か大商人の養子になって三食昼寝つき生活しないとね』
「それは違う気もするけど、ともかく旅立つよ、気まずいことこの上ないし」
という女子たちの暢気な話し声が聞こえていた。
●
歌舞伎は江戸の一番の娯楽である。日はどっぷりと沈んでいたが、ちょうちんに灯ったあかりを頼りに芝居を見ようと多くの人が歌舞伎座へと足を向けていた。今日の題目は人気の恋愛物で、若い娘が高い声で見物を大いに楽しんでいる。
『冬といえども、たくさん歩くと少し汗ばむような気がしますね。たくさん着込んでいるせいでしょうか。フラン、よかったらこの手ぬぐいを使ってください』
CODENAME-Sは、さきほど小間物屋で選らん手ぬぐいをフランに手渡す。
「ありがとう。俺も、ちょっとSに似合うと思って……」
フランは結い上げていたSの髪に、睡蓮の簪を挿した。
『これじゃあ、見えないです』
『じゃあ、これだよね』
フルムはニコニコしながら、正宗に花の飾りがついた手鏡を渡した。「ありがとう」と正宗は礼をいい。その手鏡でCODENAME-Sは髪に刺してある小さな睡蓮の花を見つける。
「よく似合ってるよ」
『お兄は、私には簪を買ってくれなかったんだよ』
フルムはすねたような顔をするが、腕にはしっかり兄に買ってもらった着物を抱きしめている。
そんな賑やかな歌舞伎座から、エステルはそっと抜け出していた。護衛たちに心配をかけるとは分かっていたが、いつの間にか袖に入れられた手紙を読んだらいてもたってもいられなくなってしまったのだ。
『――あなたの大切なものを返します』
エステルは、もうすぐ遠くへと嫁ぐ身だ。もう二度と、江戸には戻ってこれないかもしれない。それなのに、自分は一体どんな大切なものを失くしてしまっていたのだろうか。
そう思い、エステルは歌舞伎座の裏へと急いだ。
「姫!」
そこで待っていたのは、女スリのアルメイヤであった。アルメイヤはエステルに駆け寄り膝を着くと、荒れた掌で鼈甲の簪を差し出した。
「これを、あなたに返そう。これは、あなたに一番似合う簪だ。そういう思いがぎゅっと詰まった簪だ」
エステルは震える指で、アルメイヤの掌にある簪をなぞった。なくしたことにさえ気づかなかった簪。それをアルメイヤは『大切なもの』と表現した。
なぜ、と思った。
エステルの思いを察したアルメイヤは、立ち上がって姫の髪に簪を挿した。
『……これは、あなたに返したいという思いともう一度会いたいという思いをぎゅっと詰め込んだ特別な簪だ』
「あなたは、これを……私に特別だと思って欲しかったんですか?」
エステルの問いかけにアルメイヤは答えず、その場を立ち去ろうとした。
しかし、彼女は足を止める。
「よう、スリのアルメイヤ。金持ちに対して鼻がきくお前ならと思ったが、良いカモを見つけてきてくれたじゃないか」
現れたのは、小間物屋に現れた悪漢たちである。
このままではアルメイヤが危ないと考えたエステルは、もらった試作品をぎゅっと握り締めた。
けたたましい音に歌舞伎座は、騒然となった。なにせ聞いたこともないような音が大音量で鳴り響いているのである。
「急ぎの用だ、ちょいと本気を出そうかね」
シエロが載っていた車椅子が二つに割れて、誰も見た事がないような形に変形する。歌舞伎座のあちこちから「なんだ、あれは!」「あやしもの屋がまたなにかやったぞ!」といった悲鳴があがる。
「先に行くよ、お前は後から来ると良い」
『は、ご武運を』
ジスプに背を向ける前にシエロは、茶々子をひょいと自分の肩に乗せる。観客席からは未だに悲鳴が上がっていて、シエロは己が奇異な姿であると再確認する。
ぽろり、と弱音が唇から漏れた。
「……ねえ茶々子ちゃん、どうしてこんなウチと仲良くしてくれるのかな?」
「当たり前なのです! シエロお姉ちゃんは大切なお友達なのですよー!」
茶々子は子供らしい屈託のなさで、シエロに微笑みかける。
シェオルドレッドも特に驚く様子なく『怪我だけは、しちゃだめよ』とおっとりとした口調で二人を見送った。
「……そう、ありがと」
もしかしたら、今日の団子は少ししょっぱく感じるかもしれない。
「剣客を商売にしてンだ、危険に身ィさらしてなんぼってやつサ」
ニノマエは、ばっさりと悪漢の一人を切り捨てる。いや、峰打ちである。仮にも姫様に血など見せるわけには行かない。
『多勢に無勢とは、このことだねェ。有事にゃ大人数、入り乱れての乱闘になるのはお約束だけど、これじゃあ見方か敵かもわかりゃあしないよ』
ニノマエに背を預けたサヤは、番傘を振り回す。
『誰が敵で味方かちょいと見極めさせてもらうね。姫さんを助けようって働く奴ぁ味方ってね』
聞いたことのない音を頼りにここまで来た二人であったが、彼らが訪れたときにはすでにエステルはアルメイヤに守られていた。ここでアルメイヤを疑う理由はない。
『姫さん、すまないねェ。嫁入り前の思い出が、こんなに物騒なもんになって』
サヤは、心から残念に思った。喧嘩も江戸の華ではあるが、花火も桜も祭りも喧騒も全てが江戸の華なのだ。たった一日、そして最後の一日であるのならば、喧嘩みたいな泥臭い華ではなくて花火みたいな一等綺麗な華を見せてやりたかった。
「出合えであえー! 私がいる限り、えすてる殿や月夜殿、御屋形様に傷を追わせられると思わないでもらいたい!!」
弥生が勇ましく刀を抜き、悪漢を切り倒す。
「おまえ、できることなら峰打ちにしな。姫さんの心臓が止まっちまう」
ニノマエに言われた弥生は、はっとして戦法を変えた。
だが、その隙をついた悪漢に懐に入られてしまう。
「なんだこりゃ!!」
驚きの声を上げたのは、弥生の懐に入ったはずの悪漢であった。彼の足元にはたくさんのふだが張り付いており、それすべって悪漢は転んだのだ。
「ほらな、病魔も怨敵を討ち果たせただろ?」
『……調子いいんだから』
闇夜のなかで笑う一真に、月夜は本日何度目になるか分からないため息をついた。
「そんな顔はするなよな。あとで、お月さんより綺麗なもんをやるからよ」
『はいはい』
どこか呆れ顔の月夜に、一真はとても小さな声で呟いた。
「こいつは、日ごろの感謝とかお礼って意味のもんじゃないんだからな」
●
「ジキルは、美い男ぶり。この煙管ちょいと吸い付けてごらんな」
ミラルカは楽しげに、自分が選んだ銀細工の煙管をジキルに手渡す。猪牙舟に揺られる二人は、今だけは花魁と遊郭の若い衆ではなかった。
今のミラルカは目立つ花魁の姿ではなく、友禅に袖を通した街娘姿。もっとも江戸一番の花魁の見立てのせいで、どこぞの大店のお嬢様のように見えた。
「吉原一の花魁からの吸い付けたぁありがてぇ。寿命が延びるってもんだ、頂戴いたしやす」
火をつけて煙管をふかすジキルも水色の唐桟の着物に着替え、手ぬぐいで目立つ髪色を隠していた。浮世絵に描かれる男女のように寄り添って、エステルの乳母の下へと船を走らせる。
二人は小間物屋から出てきたアルメイヤに接触し、彼女から事情を聞いていたのだ。アルメイヤの言葉が真実であると確信した二人は互いの衣装を調達し、こうして江戸城へと急いでいる。その理由は――
「おめでたい、お正月。追うのも風流に二人船とさせて下っし。早く城へ。乳母殿に『アルメイヤには罪の心なし。ご寛恕を』と願い出なくては」
「普段なら叶わねぇこった、二人船大歓迎でござんすよ」
苦い煙を吐き出し、ジキルは呟く。
「わっち、姫様の随伴楽しゅうおざりんした。吉原の外に出れぬ花魁が、こうして外の世界を自由に歩きまわれるなど夢のよう。いいや、初夢のようでありんす」
「姫に、花魁、剣客に、武士。胡散臭い陰陽師、あやしもの屋、団子屋ついでに町人達とここまで出揃ったら、本当にいっそ誰かの夢かもしれねぇ。けれども、江戸っ子らしい粋がつまった初夢でござんすよ」
富士にナスも鷹も出てこない。
けれども、江戸らしい賑わいに二人は大いに満足していた。
「さぁ、そろそろ初夢も終わる頃合でありんす」
吉原一番の遊女は、提灯のあかりに照らされる江戸の夜にむかってそう呟いた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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