本部

【幻灯】痕

電気石八生

形態
シリーズEX(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/12/21 18:22

掲示板

オープニング

●平等
 夜の海より頭を突き出す魚人どもへと視線を巡らせ、若き日の現ジョアンペソア支部長“天鎚”が口を開いた。
『哲、君は東京海上支部の増援を迎えに行ってくれないか?』
『マーカーで知らせてありますから、迷子になる心配はありませんよ。ただ、支部長にアイサツがすんでないとかで、もう少し時間がかかるようです』
 肩をすくめてみせたのは、東京海上支部からの短期出向でこちらへ登録を移しているエージェント、伊藤哲だ。
『この期に及んで……Anta!』
 ポルトガル語で阿呆を意味する単語を“天鎚”が吐き捨てる。
 このときのジョアンペソア支部長は非常に優秀な男だった。しかし、それだけに自身の優秀さを貶めることを極度に嫌う男でもあった。
 それを辛抱強く説き伏せ、ジョアンペソア支部からもっとも遠い東京海上支部から最小限の増援をもらうことを了承させたのは、他ならぬ“天鎚”であった。
 手柄を増援に渡したくないからって、20組で1000体をなんとかできるものか! その後ろには愚神だっているんだぞ!?
 それでも。
 彼らの後ろには、守るべき人々がいる。
『哲、後方援護を頼む。私たちにはブラジレイロ(ブラジルの男)の意地がある。先陣は譲れないよ』
 “天鎚”を押し退け、哲が進み出た。
『俺らはいっしょにメシ食って、いっしょに酒飲んだ。だからいっしょに戦うだけです』

●ブランコ岬防衛線
〈1〉1~2ラウンド
 海から津波のごとくに魚人どもが押し寄せる。
『射程に入った! 焼き魚にしてやれ!』
 “天鎚”の号令で海へ範囲攻撃が飛び、そのライヴスの轟炎で魚人の柔らかい肉を爆ぜさせた。
『直前までは範囲攻撃で削る! ドレッドノート、ブレイブナイト、次の斉射後に突っ込め! バトルメディックは回復準備!』
 3組のジャックポットと共に追撃の準備を開始、“天鎚”が吼えた。
『機を見誤るどころか、見るべき機がないのは痛いですね』
 ぼやく哲に“天鎚”は苦い笑みを返した。

〈2〉3~4ラウンド
 海岸に到達した800以上の魚人を迎え討つのは、ドレッドノートとブレイブナイトの総数10組である。
 陣形もなにもない。そんなものを整えていられる数の差ではなかった。だからまっすぐ走り、当たるを幸いにスキルを乗せた得物を振り回す。
『援護!』
 吹き荒れるゴーストウィンドを突き抜けて飛ぶトリオの矢弾。
 しかし、魚人はひるむことなく自らを、そして仲間を使い潰し、その屍を乗り越えて攻め寄せる。
 無数の魚人に取りつかれ、前衛陣が倒れていった。
 2組のバトルメディックが駆けつけようとするが、魚人の壁に阻まれて届かない。
『こじ開けます!』
 哲が虎の子のサンダーランスを放ち、魚人どもを貫いた。その隙間から潜り込んだケアレイが前衛陣を癒やす。
『シャドウルーカー!』
 “天鎚”の声が、戦場の横合いで潜伏していたシャドウルーカー3組が動く。
 ジェミニストライクが敵を裂き、小さな混乱を作り出すが……
『数が、足りんか』

〈3〉5~6ラウンド
 すでに戦場は魚人で埋め尽くされていた。
『後ろにも回り込まれてます。ジャックポットが後退してますから、俺たちも』
 哲が“天鎚”にささやきかける。
 白兵戦開始からたった30秒余りで、互いに支え合っていなければ立っていることができぬほど傷ついていた。
『しかし――』
『もう一発ぶっ込んで穴開けます。あんたまで倒れたら本気で支えられなくなる。……それにね、俺は1秒でも早く早くカイピリーニャがやりたくてしょうがないんですよ』
 カイピリーニャとは、ブラジルでよく飲まれるサトウキビの蒸留酒にたっぷりのライムと砂糖をぶち込んでシェイクしたカクテルだ。
『ジャックポットは灯台にいるな? 高台の際まで下がる。哲には後でオシルコを奢ろう』
 肩の力が抜けたように“天鎚”が言い、生き残りのエージェントたちに後退の指示を出した。
『ちょ、汁粉はもう一生分飲みましたよ!』
 哲のサンダーランスが後方を塞ぐ魚人をぶち抜き、か細い退路を確保した。

〈4〉7~8ラウンド
 退路に突き出される無数の三叉槍。それに貫かれて2組が倒れたが、哲と“天鎚”を含む5組は後退に成功し、高台を背に抵抗戦を開始する。
『増援から連絡です。アイサツはすんだ、急行するって話です』
 哲の報告に、“天鎚”ならぬ女ブレイブナイトが応えた。
『状況を説明する役が必要ですね。私はブラジレイロじゃないので辞退します』
 ブラジルの女――ブラジレイラが血まみれの笑みを投げる。
『腹の調子が悪いんで、自分もパスだな』
 シャドウルーカーが続き、ドレッドノートもまた『舌噛んじゃったんでボクも無理』と辞退を告げた。
 そして。
『面倒な役目は生き残ったら偉くなる人に丸投げってことで』
 哲が“天鎚”の肩に手を置き、横へ押し出した。
『待て、私は』
『後悔も思い出も平エージェントには重すぎます』
 万感のすべてを飲み下し、“天鎚”はその場に残った4組と灯台上からのジャックポット3組の援護を受け、駆け出した。
『とっときの策がある。みんなも後退して、最後の壁役頼むぜ』
 口の端を吊り上げた哲が3組を促した。

〈5〉9~10ラウンド
 ひとり立つ哲へ、魚人群が包囲陣を形成して迫る。その慎重さがくれた時間が、今はなによりありがたかった。
『ジュリア、今までありがとう。契約はここまでだ』
 それはふたりの契約、「楽しく生きる」ことの放棄に他ならない。すなわち、生きることをやめるという意思表示。
『いや、今さら「苦しんで死ぬ」にはできないだろ?』
 ジュリアの激しい抵抗を受けた哲は少し悩み、思いついた。
『じゃあ賭けようぜ? 俺が死んだら俺の勝ち。俺が死ななかったらおまえさんの勝ち。勝ったほうの意見に従うんだ』
 何度挑んでも自販機でおしるこしか出せない不運のくせに。でも。
 この男の不運なら、もしかしたら――死神の鎌だって外してみせるのかも。
『共鳴、解くぞ』
 そして哲は幻想蝶に戻ったジュリアを高台の麓へ埋めた。
『条約違反なんで隠しといたんだが……従魔相手なら大丈夫だろ』
 哲の笑みに不穏を感じたか、魚人どもが殺到。三叉槍をその生身の肉に突き立て、抉り、かき回した。
『くそ、痛ぇ……のも感じねぇや。ありがたい』
 哲のちぎれかけた親指がスイッチを押す。
 砂に浅く埋められていたライヴス式対人地雷の列が冷たい電気信号で起爆し、哲ごと従魔どもを消し飛ばした。

解説

●依頼
 オープニングに記載された〈1〉~〈5〉のいずれかに介入し、情景の中の哲を生き延びさせてください。

●状況等
・ひと組(能力者+英雄)が介入できる情景はひとつだけです。
・すべての情景に介入する必要はありません。
・ひとつの情景に入れるエージェントは最大4組となります。
・それぞれの情景に隠し難易度が設定されています。
・11ラウンドめに増援が到着し、魚人群は一気に押し返されて敗走します。
・哲が〈5〉を経て生き延びた場合、彼はジュリアに「楽しく生きてくれ。俺はいつだって汁粉の缶の中にいる」と言い残して消えます。エージェントの言葉や行動で物語を彩り、ジュリアの心を救ってあげてください(ある意味でこのシーンは全員参加の〈6〉となります)。
・ここで哲を救っても、現実を改変することはできません。

●ジュリア(14歳/ソフィスビショップ)
・表情豊かで元気な少女でしたが、今は無表情で頑なです。
・哲との誓約は「楽しく生きる」。

●魚人(ミーレス級従魔)
・三叉槍装備。
・口から水鉄砲を噴きます(射程1~5)。
・知能が低く、取り囲む程度の連携しかできません。

●備考
・時系列は『【幻灯】虹の橋を渡って』の直後。エージェントがまだ鏡面体から脱出していない状況となります。

リプレイ

●開戦
 海から顔を突き出した魚人がさわさわと波をたて、一気に速度をあげた。
 まるで津波だ。地にあるすべてを舐め尽くし、噛み砕く、無機質な暴力。
「射程に入った! 焼き魚にしてやれ!」
 その圧力に屈することなく得物を構えて立つエージェントたちの先頭、冷静に魚人との距離を測っていた“天鎚”が号令を下した。
 ジャックポットのトリオが、ブレイブナイトのライヴスショットが、ソフィスビショップのブルームフレアが、津波の先を打ちつけ、押し戻す。
 しかし、それも一瞬のことだ。仲間の骸を飲み下した津波は、さらに勢いを増して迫り来る。
「直前までは範囲攻撃で削る! ドレッドノート、ブレイブナイト、次の斉射後に突っ込め! バトルメディックは回復準備! ――スキルを惜しむな。奴らがここを越えるとき、私たちはもう死んでいる」
 “天鎚”が皮肉な笑みを頬に刻んだ、そのとき。
「間抜けどもにウォーウォー唸るクソモード起動! 同時にリンクコントロールを開始する! 同志サーラ、小官の砲撃まで繋げ――と、なぜ貴官がここにいる!?」
「上官殿のお戻りを近隣でお待ちしておりましたらなぜか……ともあれ了解であります!」
 高い声音が響き、人造の光明に照らされた魚人どもに3発のHEAG弾が降り落ちて――業炎の架を噴き立てた。
「これより100秒の後、援軍が到着します! 先走らず、粘り強い防衛を!」
「君は――」
 わけがわからぬ顔で問う“天鎚”。
 サーラ・アートネット(aa4973)は、共鳴によって自らの外殻となったオブイエクト266試作型機(aa4973hero002)を繰り、敬礼した。
「サーラ・アートネット伍長であります。緊急出動要請を受け、増援本隊に先んじて参りました」
 その奥に立つソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は独り言ちる。
「ただひとりの英雄を救うための戦場であれ、小官らは力を尽くして戦うだけだ。軍人だからではなく、一個のライヴスリンカーとして」
 そしてサーラの言葉を継ぎ、“天鎚”を始めとするジョアンペソア支部のエージェントへ告げた。
「小官はソーニャ・デグチャレフ少佐である。かいつまんで言えば貴官らの味方だ」
 そしてサーラは四肢に装備した履帯で砂を噛み、オブイエクトを急速発進させた。
「我が身は盾だ! 屍は壁だ! 一秒を、一分を踏み越え続け、明日へ至る――そのために生き延びろであります!!」
 敬礼を残し、400キロの鋼が魚人の先陣に突っ込んだ。
『戦車に踏まれたらマジ魚人バビるっしょ』
 履帯ににじられ、鋼の機体に弾かれ、陣をかき乱された魚人は、高く鳴きながら三叉槍を突き出し、あるいは水鉄砲を噴いて対抗する。
「勢いが弱まってる!」
 この場で唯一の日本人――伊藤哲が歓声をあげた。
 死地にあって悲壮に飲まれぬその心根、いい軍人だ。ソーニャは押し上げられたリンクレートの滾りを息に変えて短く吐いた。
「砲角は?」
 彼女の外殻を成すラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)がきびきびと答える。
『固定完了、5秒で発射体勢が整います。……しかし、いいのでありますか? 裏モードは長く保ちませんが』
 ハイテンションの効果は3ラウンド。これが迎撃戦である以上、サーラの言ったように粘り強い防衛姿勢が要求されるはずだ。
「ここは細切れの情景のひとつに過ぎん。長く留まることはできぬだろうよ」
 彼女は“天鎚”へ目をやり。
「小官らが援護する。貴官らも存分に戦われたし!」
 そして口の端を吊り上げた。
「生き延びさえすれば為すことができる。為すことができれば事は成る。簡単な話だ」
 ソーニャの笑みは鋼に遮られて見えはしなかったが、“天鎚”はその波動を感じ取り、同じように口の端をほころばせた。
「至言だな」
 彼は振り向き、仲間たちに告げた。
「直前まで範囲攻撃で削る! ドレッドノート、ブレイブナイト、次の斉射後に突っ込め! バトルメディックは回復準備! 勇敢なお嬢さんを放っておいてはブラジレイロの恥だぞ。Bom servico(いい仕事をしろ)!!」
「結局やることはいっしょですか。機を見誤るどころか、見るべき機がないのは痛いですね」
 おどけてぼやく哲にソーニャは鋭い視線を投げて。
「いかな戦場であれ、見るべき機はある。それをして目を閉ざすは生の放棄と知れ! 守るべきものを守り、戦う意志貫かばかならず機は訪れる!」
 と、語調を和らげ。
「絶対の不利を覆せば、その後の宴はこの上もなく盛り上がるだろうよ。それだけでも千金の価値があろう」
 観念して首をすくめた哲に、“天鎚”はほろ苦い笑みを向けた。
 その間にソーニャがサーラへ通信を飛ばす。
「同志サーラ、そこから見えるか!?」

「まだ見えません!」
 ギギッ! オブイエクトの鋼が槍の穂先に削りとられた。
『やっぱブレイブナイトみたいにゃいかねっすね』
 ミーレス級といえど、圧倒的な数の差がある。多少の援護で覆せる勢いではなかったが、しかし。
「20組で1000匹を100秒耐えきったって、知ってっからな。22組で何十秒かもがんばれませんでしたとか言えっかよ」
 荒い息をつき、サーラは思わず素の言葉を吐き出した。
「……探すぞ。上官殿の言葉ではないが、従魔を操る愚神がどこかにいるはずだ」
『こいつらピクニックに来てんじゃねーんすか?』
 かるい口調で言いながらも、オブイエクトは視界を保つために動き続け、魚人の攻撃をしのぎ続けている。
「ピクニックに来ているのは自分たちだ。かるい気持ちで景色を楽しもう」
 サーラの覚悟に、オブイエクトが傷ついた肩をすくめてみせる。
『敵の後ろっかわが怪しいっすね。探検しに行きます?』

『アートネット伍長、孤立しておりますな。援護射撃に切り替えますか?』
 魚人をかき分けて奥へと入り込んでいくサーラの様に、ラストシルバーバタリオンがため息を交えて問う。
「いや、あれでいい。すでに情景が崩れ始めている。愚神は同志に任せ、我らは最大の効果を次へ残す」
 サーラを信頼すればこそ、その行動をとがめない。
 ソーニャは端から欠け落ち始めた情景の内で12.7mmカノン砲2A82改2型“ディエス・イレ”の引き金に指をかけた。
『射撃姿勢よし。照準修正完了』
 ラストシルバーバタリオンが四肢を砂に埋めて自らを固定する。理性という枷を解かれた鋼の体に浮かぶ文様が禍々しい赤を灯し、力……ただそれだけを顕現させるべく燃え立った。
 あとは――為すべきを成すだけだ。
「てぇーっ!!」
 ソーニャが引き金を絞り、140センチの砲身内のライフリングを辿って撃ち出された砲弾が敵先陣に着弾。爆炎まとう衝撃波で魚人どもを引き裂いた。
 その混乱に乗じて突っ込んだエージェントが、すかさず魚人に食らいつく。
 乱戦の中でブルームフレアが燃え立ち、銃弾の雨にかき消され、突き出された刃が傷ついた鱗を抉って突き倒していく。
「愚神に鋼を撃ち込めなかったのは心残りだが……同志サーラ。この炎を標とし、かならずや撃て」

「これだけ灯がついていれば……」
 炎に照らされた戦場の向こうへ探索の光を伸ばしていたサーラがついに発見した。魚人の後方にある巨大な影を。
 オブイエクトに答えたサーラが37mmAGC「メルカバ」の砲口を突き出した。それにより、下部に装着されたライトが闇を押し退け、影に色をつける。
「スキュラ!」
 影の正体は、太く長い八足を備えた下半身に女の上半身を生やした怪物であった。
『昔話の怪物と遭遇って、こりゃヨタ話っすね』
 ショートする関節部をギチギチ鳴らし、照準を合わせるオブイエクト。
 サーラは元から割れている眼鏡の右レンズの奥の眼をすがめた。
「愚神発見。距離170メートル。報告は後ほど。今は、全力で撃ち抜きます」
 そして。
 HEAG弾のロングショットが愚神の体表に爆ぜ。
 情景ごと薄氷のごとく割れ砕けた。

「小官らの任はここまでだ。日暮殿、あけび殿、後は託すぞ」
 ソーニャが左眼を閉じて――暗転。

●捕捉
 後から後から魚人どもが押し寄せる。進路を塞ぐ混乱した先陣を押し退け、ときには突き殺し、その骸を踏みにじって前へ、前へ、前へ。
 と。闇より滲みだした中背の少年が分身、先頭に躍り出た魚人の胸元にデストロイヤーのヘッドを打ちつけ、魚人どもを数匹まとめて生臭いツナフレークへと変える。
『シャドウルーカー陣と合わせなくていいのか?』
 追いかけてくる三叉槍を右へ左へ転がってかわすハーメル(aa0958)に、内から墓守(aa0958hero001)が問う。
『とにかく手数が足りてない! 僕らがやらなくちゃいけないのは陽動だ!』
 頭を横に振って上から突き下ろされる槍を避けたハーメルはその柄をつかみ、体を巻き付けるように回転させた。いわば横向きの大車輪である。
 大きく旋回させた足で魚人どもを蹴り放し、下になっていた左足を砂に突き込んで停止。さらに体へ残る慣性力を利して回し蹴りを放ち、蹴りつけた魚人の体を足場にして離脱した。ここまでワンアクション。まさに息をもつかせぬシャドウルーカーの技だった。
「今の何点!?」
『42点。初動の甘さのツケを返すため、無茶をしなければならないのは未熟の証。……特訓が必要か』
 ぎくりと肩をすくませたハーメルより4メートルの後方、日暮仙寿(aa4519)は雷切の鯉口を切り、抜けてくる魚人を見据えて踏み出した。
「この魚人の混乱、ソーニャたちがやってくれたようだ」
『私たちもがんばらなくちゃ!』
 内の不知火あけび(aa4519hero001)にうなずきで応え、仙寿が抜く。EMスカバードの電界に乗って加速した青刃が闇を裂いて閃き、再び鞘の内に収まった次の瞬間――ずるりとすべり落ちた魚人の上体が砂に落ち、内臓をぶちまけた。
『哲さんの援護でいいんだよね?』
「ああ」
 仙寿とあけびは自らを“繋ぎ”と位置づけている。次の情景への繋ぎ、そしてこの情景に立つエージェントたちの行動の繋ぎ。
『それにしてもひどい有様だな』
 内で吐き捨てた仙寿にあけびが大きくうなずいて。
『上がダメだと下が苦労するよね……典型的な感じ』
 仙寿は気持ちを切り替え、ジョアンペソア支部のエージェントを見やった。
「作戦は心得ている。陽動は任せてくれ」
 あえて薄笑みを投げる。たとえこの情景を覆したとしても今という未来を変えられぬことはわかっていた。しかし、この過去の先にいるジュリアに、なんとしても哲という“思い出”を送り届けてみせる。
『戦いはまだ序盤だよ! ちゃんと考えて!』
 ただまっすぐ敵へ突っ込んでいこうとしていたドレッドノート及びブレイブナイト陣が一拍動きを止め、互いに距離を整えてまた駆け出した。

 ハーメルが得物を冷魔「フロストウルフ」へ換装し、視線を巡らせた。
 戦場にゴーストウインドが吹き荒れ、それを突き抜けて飛ぶ弾丸は魚人の鱗を肉ごと抉り取ったが。
『まさに“天鎚”の言葉どおりだな』
 墓守が苦い声音を綴る。
 真っ向からの激突を制するものは攪乱ならぬ打撃力だ。そして力とは数。圧倒的に、数が足りていなかった。
「気合でなんとか――っと!」
 ハーメルは突き出された10の穂先のひとつを叩き落とし、残りを上に跳んでかわす。そのまま一本の槍の柄を足がかりに蹴りを打ち、魚眼のひとつを潰した。
 キョッ! 槍を取り落として眼を覆う魚人。その体が、後ろから伸びた槍に突き倒され、群れの内に消える。
『恐怖や仲間への情がないだけに、このような戦場では強い』
「でも、それって逆手に取れるよね!」
 ダッキングしたハーメルの頭上を槍が行き過ぎ、同じ魚人を貫いた。
『数は多いけどそれだけだよ! 連携とカバーで戦線、崩さないで!』
 後方からあけびの声が響いた。
「常に勝機を探せ! 守るべき者たちのために、それを守る自分のために」
 仙寿の声がそれを継ぐ。
 足りない数は気合で補うよりない。無勢が心でまで負けてしまえば戦いは筋書き通りに終わるだけだ。
 ハーメルは穂先を叩き落とした際に裂けた掌を握り締めた。
 傷は見なかったことにする。そんなものに構っている暇はないから。痛みや辛さの忘れかたは、それこそ墓守に課せられた特訓の中でいやというほど学んでいた。
『ジョアンペソアのシャドウルーカーが突っ込むまで盾役を守るよ! 後は申し訳ないけど、次の情景にお任せで!』
 内で言い、さらに多くの魚人を引きつけるべく前へと向かうハーメル。
 墓守は息をつき、その胸中で独り言ちた。
 ハーメル、きみは前へ進むことを選ぶのだな……あの日、前へ進むことを選んだように。ああ、それでいい。他の誰が否定したとしても、きみと共に行くことを選んだ私だけは、きみが正しいと背を押し続ける。

「頼むよ、行けっ!」
 再びのジェミニストライクで生み出した分身と共に、ハーメルが凍気の狼を召喚し、魚人群へと駆け込ませた。
 ドレッドノートに迫った魚人の槍が持ち手ごと狼の牙で凍りつき、砕け落ちた。
『それでも二手。回避に専念することで敵に何手かを浪費させられはするが』
 墓守が油断なく仮面の下の瞳をこらし、魚人の攻撃をハーメルへ知らせる。
「それでもやるしかないから。僕は止まらない。そう決めたから――!」
 跳び、すべり、回り込んで敵を引きつけるハーメルを軸に、ジョアンペソアのエージェントたちが魚人の先陣へ攻撃を加えていく。しかし、一合刃を繰り出すごとに圧倒的な数の面に押し込まれ、その足場を失いつつあった。
「援護します!」
 前へ出るタイミングに迷うバトルメディックへ言い残し、哲が仙寿の脇をすり抜け、前に出た。あと一度のブルームフレアを撃ち込もうというのだ。
『こじ開ける、じゃなくなったのはいいけど。スキルなくなっちゃうのはだめだよね』
 あけびの言葉を聞き終えるよりも早く、仙寿が左手で哲を引き戻し。
「俺が道を拓く」
「いや、でも」
 哲の声を濁らせる焦り。仲間の窮地にいてもたってもいられない気持ちはわかる。
『戦いは序盤だって言ったじゃない。援軍が来るまでスキルは取っておかなきゃ』
 あけびがいつになく静かに語った。先を知ればこその落ち着きではない。哲とその内に在る過去のジュリアへの思いが、その声音に押し詰まっていた。
「 Entendi(わかったよ)。任せるさ」
 仙寿は息を止め、押し戻されつつある防衛線まで一気に駆けた。
 隠し持っていたノーシ「ウヴィーツァ」の刃を下から撃ち込んで魚人の注意をさらった瞬間、繚乱を吹きつける。
 薔薇の花弁ならぬ天使の翼より降り落ちし羽が影となって逆巻き、闇へとすべり込んで魚人をなぜ、翻弄した。
 キョッキョッ! 我を失った仲間ごと、後方の魚人たちが水鉄砲で仙寿を撃つ。
「このときのために磨き上げてきた」
 美丈夫然としたその身の重心を傾け、横へとずれた。どれほど洗練されているとはいえ、それはただの一歩に過ぎなかったが。
 魚人はただそれだけの挙動に、ただそれだけの距離に的を見失い、無駄に仲間ばかりを撃ち据えて先陣の厚みを減じさせていく。
『今!』
 右往左往する魚人のただ中より放たれたあけびの声音をたどり、バトルメディックが来たる。
 回復スキルがドレッドノートを癒やし、ライヴスヒールを発動したブレイブナイトたちが盾を壁と成して魚人へ打ちつけた。
「っ!」
 ハーメルが貫かれたままの肩で魚人を押し返す。三叉槍の構造上、肉に食い込んだそれを抜き取ることは難しい。魚人が槍に拘るほど、その動きは制限されることになる。痛いけど、痛くない……だから特訓はなしの方向でお願いするよ、墓守さん!
「“天鎚”さん!!」
 あえぐ代わりに呼んだ。今このときこそが唯一の攻めどきだと。
 果たして。
「シャドウルーカー!」
“天鎚”の合図で、戦場の横合いに待機していたシャドウルーカー3組が潜伏を解除。ジェミニストライクを発動して押し詰まった魚人どもへ噛みついた。
 パギリ。情景が割れる。
 景色が薄らぎ、欠け落ちていく――暗転。

●雨
 眼前を埋め尽くす、魚人。
 レイラ クロスロード(aa4236)の内でN.N.(aa4236hero002)がため息をついた。
『結局のところ戦いは数ね』
 レイラは包帯で塞がれた眼をすがめ、肌に触る気配に集中した。
 左右から押し包むように攻め寄せる穢れたライヴスの群れ。これから自分がすること、できることが、どれほどの抑止力となるものか。
「でも、繋がなくちゃ」
 レイラはうなずき、車椅子を前進させた。
「私とN.N.の初めての戦いだね」
『怖い?』
「負けるはずないよ。この情景、私と私で塗り替えよう」
 ジョアンペソア支部のジャックポット陣が、後退する仲間を支援すべく戦場から這い出してきた。彼らに「援護するよ!」と伝えて、カオティックソウルを発動させたレイラが加速した。

「後ろにも回り込まれ始めてますね。ジャックポットが後退してますから、俺たちも」
 哲が“天鎚”にささやきかける。
 東京海上支部のエージェントによる支援があったおかげで、サンダーランスは手つかずで残っていた。
「しかし、ここで打撃を与えておかなければ……」
 渋る“天鎚”。ここで踏みとどまり、彼の代名詞である全ライヴスを込めたサンダーランス――天鎚を撃ち込めば、あと数十は仕末できるはずだ。
『指揮官が真っ先に死にに行くのは責任放棄よ!?』
 後方で弾けた声音に“天鎚”が、哲が、エージェントたちが振り返ると。
 魚人の包囲の向こうにぽつりと置かれた車椅子に座す金髪の少女がいて。
 その頭上に、夜空を埋め尽くすV8-クロスパイルバンカーの群れがあり。
『まだこの世界にはいないのよね。カオティックブレイド――あなたたちが未来で出逢うことになる英雄よ』
 N.N.の言葉が無数の駆動音にかき消された。無数のパイルバンカーが8基のライヴスシリンダーをきしらせ、内に抱え込んでいた杭を一気に吐き出した。
 それぞれの横腹をこするように降りそそぐ杭の豪雨に、肉を貫かれ、骨をすりおろされて、魚人だったものが地に跳ねて転がり、二度と動かぬ生ごみと成り果てる。
「今のうちに下がって! 大丈夫! こんな奴ら、怖くなんてないから!」
 レイラは車椅子を駆り、前へ。彼女を脅威と見、さらには与しやすい相手と見たか、魚人どもがその不自由な前進を追いかけ始めた。
「あんな体で敵を引きつけるつもりか。そして見たことのない、英雄の力。東京海上支部とはいったい……」
「今はそんなこと言ってる場合じゃありませんよ! もう一発ぶっ込んで穴開けます。俺は1秒でも早く早くカイピリーニャがやりたくてしょうがないんですよ」
 哲がサンダーランスを放ち、レイラのウェポンズレインで厚みを減じた魚人群の真ん中に風穴を開けた。
「早く早く、か。繰り返し急かされてはしかたない。ジャックポットは灯台にいるな? 高台の際まで下がる。哲には後でオシルコを奢ろう」
「ちょ、汁粉はもう一生分飲みましたよ!」
 後退を開始したエージェントの一群を見やり、N.N.がレイラに告げる。
『後退開始したわ』
「そっか。これで巻き込んじゃわなくていいね」
 さすがに誰ひとり欠けることなくってわけにはいかなかったけど。息をつくレイラに伝えなかった言葉を飲み下し、促した。
『周りの被害は考えなくていい。敵を1体でも多く葬ることだけ考えなさい。私たちにできるのはそれだけだから』
 その華奢な体を槍が裂き、水砲が撃ち据えた。それでも止まるわけにはいかない。自らを守っている暇もない。もっと集めなければ。
 車椅子が重い。しかしレイラは懸命に手を繰り、哲へと向かう魚人どものただ中にその身を固定する。
 カオティックソウルで呼び起こされた武具の魂がレイラの体を突き上げ。そして。
「ふっとべぇぇぇぇ!!」
 再びのウェポンズレインを嵐と成した。
 無数の三叉槍に縫い止められた彼女を取り巻く情景にヒビがはしり、ついに割れ砕けた。
「伝えて……あの子に、あなたの言葉」
 ――暗転。

●誓いと絆
 後ろから投げつけられた三叉槍が最後尾についていたバトルメディックの脚を抉り、転倒させた。
「ちょうど休みたい気分でしたし……先に行ってください!」
“天鎚”と哲が無言でバトルメディックを左右から引き起こし、他のエージェントがカバーに入る。
 しかし。速度が大きく落ちたジョアンペソア支部のエージェントたちを魚人が見送るはずはなく、その距離は瞬く間に十数メートルまで縮まった。
 ――生臭い空気が唐突に、全速で駆けていた魚人の先陣ともども砂へと押しつけられた。そこへ突っ込んできた後続が玉突き衝突を起こし、胃袋を吐き出した。
『ただ押し寄せるしか能のない奴ら、これ以上図に乗らせてやらんさ』
 魚人を捕らえた重圧空間の“目”に立つ加賀谷 ゆら(aa0651)の内よりシド(aa0651hero001)が低く語り。
「たかがふたり、されどふたりだ」
 ゆらの薄笑みを、巻き起こった爆発エフェクトが赤く照らし出した。
「天下御免の狂戦士、今日に限ってヒーロー返上っ! 加賀谷亮馬、吶喊するぜ!!」
 偽りの爆炎を青き重装甲に映し、加賀谷 亮馬(aa0026)がエクリクシスを閃かせる。横薙ぎ、斬り上げ、斬り下ろし、燕返し――最後の5体めの眉間に突き立てた太い切っ先をねじりながら引き抜くその様は、まさに青鬼である。
『どこぞで聞いたことがある。戦いとはノリのよいほうが勝つのだと。……もっとも魚の頭では、我らの言葉を理解できるものでもあるまいが』
 Ebony Knight(aa0026hero001)が肩をすくめてみせた。
 実際、魚人は仲間の惨状になにを感じる様子もなく、淡々とこちらへ向かってくる。
「10秒抑える!」
 亮馬の声を受けたゆらが、ジョアンペソア支部のエージェントたちへ振り向いた。
「灯台まで後退を――ジュリア」
 ふと哲の内に在るはずの、“あのとき”のジュリアを呼んで。
『私たちは哲さんのこと、独りにしないよ』
 共鳴体ならぬゆら自身の言葉で語りかけた。
 返事がないことはわかっている。このジュリアに、ゆらの思いは理解できないはずだから。それでも……
 そんなゆらへ、すべてを心得た顔でシドが言う。
『亮馬も同じ思いだろう。心を合わせて思いきりやれ』
『え、めずらしい! 止めないの?』
 驚くゆらにシドは苦笑を返し。
『生と死。その狭間で揺れ続けるおまえには好機となるだろう。戦え――生きるために』
「生きる、ために……」

『実に長い10秒となりそうだ』
 Ebonyがため息交じりに言う。
 どこを向いても魚人、どこへ踏み出しても三叉の穂先、どこへ退いても水鉄砲。
 今までもさんざん数の暴力は味わってきたが、この数はまた格別だ。
「うおおおおおお!!」
 ショートした左腕を盾代わりに押し立て、亮馬がさらに敵陣深くへ食い込んでいく。無謀であることは承知していた。しかし、この一歩が哲たちが後退する一歩分の時間を稼げるなら、それでいい。
「ゆらといっしょなら、この程度なんぼのもんだ!」
『そうして見栄を張ったあげく、腕がもげたりひしゃげたりするわけだがな。すでに左腕を捨てる気だろう? ゆら嬢が後ろにいるのだ。少しは我が身を顧みよ』
 Ebonyの説教に亮馬がさらりと問うた。
「俺が俺を顧みて、なにかできると思うか?」
『まことに遺憾ながら、どうにもできぬであろうなぁ……』
 観念したEbonyに獰猛な笑みを投げ、亮馬が魚人の槍を大剣で絡め取りつつまた踏み出した。
「まだまだ行けるぜ! もっと来いよ! 加賀谷家の大黒柱、こんなことでへし折れやしないんだよ!!」
『ああ、ちなみに稼ぎはゆら嬢のほうが多いぞ?』
「なん――だと!?」

 亮馬の奮闘の後方、灯台の建つ高台の下までたどりついたジョアンペソア支部のエージェントたちが息をつく。
「増援本隊から連絡です。アイサツはすんだ、急行するって話です」
 哲がライヴス通信機から耳を離し、報告した。
「なんとかそれまでは持ちこたえられそうだな」
 20組の内、生き残ったエージェントは灯台に登っているジャックポット3組を含めて10組。全力で抵抗し、高台に到達させさえしなければ……。
 哲がゆらの肩を叩き、立てた親指で後方を示した。
「なああんた、本隊迎えに行ってくれよ。前で体張ってくれてる旦那? と、うちの“天鎚”連れて」
「哲! 私は仮にも指揮官だ! そもそも迎えに行くなら顔なじみの君が」
 抗議する“天鎚”に、哲と他のエージェントは同じ笑みを見せ。
「面倒な役目は生き残ったら偉くなる人に丸投げってことで」
 思わぬ援軍の助けは得られたが、状況を覆すには至らなかった。しかし、こうしてわずかばかりの余裕をもらったことで、後を託せる人物の命が繋げた。
「大丈夫ですよ。とっときの策がある。みんなも高台の登り口まで後退して、最後の壁役頼むぜ」
『こんなときに言う「とっとき」がとっておきだったためしはない。忘れるな、自己犠牲はけして美しいものではありえないのだと』
 シドが発した言葉にぎくりと眉尻を跳ね上げる哲。
 彼を置き去り、ゆらが亮馬の戦う戦場へ踏み出していく。
 戦いの向こうにちらつく死。手が届く場所まで行き着いたと思いきや、それは彼女の前からかき消える。
 ゆらはいつもどこかで死を追いかけている。
 その脚を引き留めるのは「幸せになる」というシドとの誓いであり、人としての生を共連れて行くことを望んだ亮馬との絆だ。
 誓いと望みがあるから、私は幸せなんだ。
 誓いと望みがあるから、私は生きるんだ。
 たとえなにをなくしても、ふたりがくれた誓いと望みがある限り、私はこの世界に在るよ。
「たとえふたりの誓いが果たされずに散るのだとしても……互いが込めた望みは変わることなくその胸に在り続ける」
 だから思い出して、ジュリア。

 ゆらのブルームフレアが亮馬に取り付いた魚人どもを焼き払う。
「やっぱり俺の嫁は最高だぜ!」
 潰れた右のモニターアイを抉りだし、亮馬は魚人へ投げつけた。気を逸らしておいて、肩を打ちつけて吹き飛ばす。
『これで間合は取れたが、どうせ空けておく気はないのだろう?』
「当然!」
 Ebonyとライヴスを併せた亮馬が踏み出した。その強さに、重さに、砂が粉塵と化して噴き上がり、魚人どもの視界を塞いだ。
「ドレッドノート!!」
 自らの有り様を咆吼と成し、もう一歩を踏み出した。ドレッドノートドライブがその足へさらなる強さを、重さを叩き込む。
『ドレッドノート!!』
 Ebonyのライヴスがさらなる輝きを放ち、さらなる一歩を刻む。
「『ドレッドノート!!」』
 加賀谷亮馬とEbony Knight、両者が織り成す共鳴体を超えた、純然たるドレッドノートが今、ここに、顕現する。
 動かぬ左腕をそのままに、右腕一本で振り上げたエクリクシスが魚人を袈裟斬りに斬って落とし、そのまま砂を深々と抉って砂柱を噴き上げた。
 恐れを知らぬはずの魚人どもがざわりと退く。
 どこにあるものか知れぬ従魔の本能が、目の前にあるただひとりのドレッドノートの鬼気におののき、圧されていた。
「どうした、俺を越えなきゃ獲物にありつけないぜ? あんたらのご主人様は許してくれるのか?」

“天鎚”が高台を伝い、増援に向けて駆けていく。
 それを背で見送ったゆらは短くため息を吹いた。
 この偽りの情景を改変したところで、現実は変えられない。わかっている。しかし、それでも。
『繋ぐから。最後まで絶対』
 情景がひび割れ、欠け落ちていく。
『情景はここで終わりか。結末を託すことになるな』
 うそぶくシドにうなずき、ゆらは戦場へ駆け込んだ。そして傷ついた亮馬の背に自らの背を合わせる。
『情景が消えるまで、りょーちゃんの背中は私が守るから』
 Ebonyが亮馬にかぶりを振ってみせた。
『つくづくできた嫁御を持ったものだな』
 亮馬は応えず、迫る魚人にただ体を晒して立つ。
 後ろまで通すかよ。全部俺が止めてみせる。ゆらは俺より強いのかもしれないけどな、それでも俺がゆらを守りたいんだ。
 ――暗転。

●思い
「ジュリア、ふたりっきりだな。ロマンチッ――ぶへっ、中から殴んなよ! ふたりぼっちとか言ったらさみしくなんだろ!」
 哲は顔をしかめ、ゆるやかに迫り来る魚人どもを見渡した。
 減っているのだろうが、とても数える気にはならないほどの数だ。
「あいつに食らわせてやれないのは残念だけどなぁ」
 魚人たちの後方に控える愚神は八本足のスキュラである。序盤戦で現われた増援の先駆けが一発撃ち込んでくれたが、それ以降海へ潜り、今さっきようやく姿を現わした。
 とっときの策ってなに? ジュリアの問いに哲は口の端を歪め。
「ジュリア、今までありがとう。契約はここまでだ」
 まさか、死ぬ気!? そんなの許さない! お汁粉じゃないジュース出すまでがんばるって約束したよ!? ……契約しなおそう。今、ここで! 死んでもいっしょだって!
「いや、今さら「苦しんで死ぬ」にはできないだろ? ――じゃあ賭けようぜ? 俺が死んだら俺の勝ち。俺が死ななかったらおまえさんの勝ち。勝ったほうの意見に従うんだ」
 ジュリアが押し黙る。哲の願いを、思いを、彼の内で直接突きつけられてしまったがゆえに。それにこの男の不運なら、もしかしたら――
「カッコつけてるとこ悪いけどさ。それを押すのはちょっと待ってよ。ここで君が英霊になっちゃったら困るんだ」
 かろやかな、しかし情感の重さを湛えた声音が哲の頬を叩き、ポケットに伸びかけた彼の手を、なめらかでありながら固い手がそっと押さえた。
「なん」
 だよ。言いかけた哲を押し退け、志賀谷 京子(aa0150)が立つ。
『この再演はジュリアさんを傷つけるための凶器だ。でも、わたしたちを呼び込んだのはとんだ油断だよ』
 内で言う京子にアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)がうなずき。
『凶器は得てして所持者に仇なすもの。状況を逆手にとって、敵の喉元に突き返してやりましょう』
 手にしたAGWはオートマチック「グラセウールIS000」。銀の銃身に刻まれた雪結晶をライヴスがなぞり、冴えた光を放つ。
「たとえ偽りでも。ジュリアさんには彼の口から語られる想いを受け取らなきゃいけないって思うから」

『覆ったわけじゃないけれど、仲間が繋いでくれた情景は確かに変化してる。あたしたちも繋がなきゃねぇ』
 まほらま(aa2289hero001)の言葉を受けたGーYA(aa2289)が哲にチョコレートを振ってみせた。
「いろいろ言いたいことも訊きたいこともあるだろうけど。俺たちはこれから何十秒か仲間だ。だってほら、同じもん食べればいっしょに戦う仲間だろ」
 半分に折ったチョコの片方を哲に渡し、自分の分を口に放り込む。
「……なんだかよくわかんねぇが、俺がいない間に東京海上支部、どうなっちまったんだ?」
 とまどいながらもチョコをくわえる哲に笑みを残し、GーYAもまた踏み出した。
『過去は変えられない。でも、思い出の中で救われることが無意味だなんて思わない。だから、俺は行くよ』
 GーYAが内で積んだ言葉にまほらまが薄笑んだ。
『いつ愚神からの干渉があるかわからないわ。心はホットに、頭はクールによぉ』
「ああ」
 ツヴァイハンダー・アスガルの柄を強く握り込み、GーYAは両脚にライヴスを注ぎ込む。先陣を切るのはドレッドノートの役目だ。他の誰でもない、自分の。
「ジュリアさんを哲さんと最後まで戦わせる。逝かせるためじゃなく、生かすために」
 たとえそれがわずかばかりの時間、偽りの生を繋ぐだけのことだとしても。

「この場で主に救いを求めはしません。祈りはこの胸に、意志はこの腕に宿し、懸命に先へと進みましょう」
 哲の前に立ったシェオル・アディシェス(aa4057)がその背で静かに語り上げた。
 この身は壁と成すにはあまりにもろく、儚い。されど10秒を稼ぐことができたなら、哲の指を10秒止めることができよう。
『すべては主の御心のままに。しかしこれよりわずかな時、わたしはわたしの心に従いましょう』
 彼女の言葉にゲヘナ(aa4057hero001)が反応した。
『元より過ぎ去った過去。滴り落ちた水滴が盆に返ることはない。なにを思えど愚考、なにを果たせど愚行に過ぎぬ』
 淡々と嗤い、シェオルの思いを斬って捨てる。
『思いを込めて伸べられた手は救いとなります。たとえ愚かしい行いだとしても、かならず』
 シェオルの抵抗にゲヘナは息をつく。
 愚考と愚行、されどそこに意味がないわけではない。人は、己が救われたと思うことで救われるものなのだから。実に単純なものだ。ジュリアもこの場にいるエージェントも、そしてシェオルも。

『敵先陣との距離が30メートルを切りました!』
「じゃあ、行っちゃおうかっ!!」
 シャープポジショニングで見定めたポイントで腰を落とし、腰だめに構えたオートマチックの引き金を絞る、絞る、絞る、絞る絞る絞る絞る――
 冷たい拳銃弾がまさに横殴りの雹と化し、魚人へ殺到する。
「――数が多すぎて頭の神経が焼き切れそうーっ! ガトリングとかにしとけばよかったっ!!」
 右手の速射と同じ速度で左手が空の弾倉を抜き落とし、新たな弾倉を銃身に食わせていく。銃の力で頭は恐ろしいほど冴え渡っていたが、その銃自体が連射の熱で焼かれ、煙をあげ始めていた。
『京子の太い神経なら耐えられます。ほら、これで100減らしましたよ』
 アリッサが京子に告げた数は適当なものだ。しかしモチベーションを保てなければ心が焼き切れる。気持ちひとつで京子を守ることができるなら、嘘も方便というものだ。
 果たして京子のバレットストームが切れた瞬間、GーYAが駆け出した。
「魔法支援よろしく!」
『ジュリア、しっかり哲をサポートするのよ!』
 GーYAとまほらまの意図は、彼らの共鳴を維持させることにある。ここへ来る前に見た情景では、ふたりの共鳴解除が悲劇の引き金となっていたから。あと数十秒を繋ぐためにも、哲に考える隙を与えてはならない。
「志賀谷さんのおかげで道が拓いた!」
『もっと速く! たった10メートルでいいんだからね!』
 同胞の骸を踏みしだき、後方から魚人どもが迫り来る。しかし、もう遅い。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
 GーYAの肚の底から噴き上がる、咆吼。臥謳の激震に空気が激しく揺すぶられ、魚人の本能を恐怖で打ち据えた。
 立ちすくむ魚人どもを哲のサンダーランスが貫き、GーYAに進む道を示す。
「哲さん、まだ共鳴してるな!?」
『ええ。このまま引きつけて持ちこたえるわよ。亮馬もきっとそうしたでしょうから』
 ひとつ前の情景へゆらと共に踏み入ったもうひとりのドレッドノート。そうだ、亮馬さんならそうするよな。ドレッドノートは体張って仲間に道を作るのが仕事だから。俺も作るよ。あのときの哲さんに、道を。
 八方から突き出された三叉槍がGーYAの体を刻む。これだけ密集されてはもう、かわすどころではなかった。かすり傷が切り傷となり、切り傷が深手となる。
「その傷はあなたの勇気を示す聖痕(スティグマタ)。あなたの貴き心をたどり、私は祈りを届けましょう」
 シェオルの清冽な声音が凜と響き、GーYAの傷に癒光が灯った。
『ふむ、相も変わらず見境なく救うものだ。博愛も過ぎれば己を殺す毒となろうに』
 ゲヘナの皮肉にたじろぐことなく、シェオルは真摯に言葉を返した。
「誰かのために命を賭けることはけして正しい行いではありません。けれど、そう祈る誰かがあると知ればこそ、贖うために生きることができましょう」
『詭弁だな』
 ゲヘナの一蹴。
 最後に残されたサンダーランスを編みにかかった哲を横目で見やり、シェオルは駆け出してきた魚人の槍をその身で止めた。
「……これはただの願いです」
 自らを突き刺した槍の柄をつかみ、彼女はそれを軸として魚人をひねり倒した。
「誰かを想うことは正しいのだと信じたい。誰もが救いを求めることを罪と断じたくない。想いが報われ、誰もが救われ、笑むこと。それが私の、願い」
 童のごとくに欲深い。其は願いならぬ我儘だ。ゲヘナは思いながら骨の喉をくつりと鳴らす。その我儘がシェオルを先へ進ませるなら、正邪はともあれ価値はあろう。

「これで正真正銘、最後の一発だ!」
 哲のサンダーランスが紫電の尾を引き、魚人を一直線に突き抜いた。
「増援が来るまであと10秒だよな! まほらま、あと少しだけ無茶するぞ!」
『あと少し無茶したら死んじゃいそうだけど……ここで死んだらどこにいくのかしらねぇ』
 GーYAの内でまほらまがため息をついた。
『あと10秒なら、ダメ押しで敵を怯ませましょうか』
 アリッサにうなずいた京子が幻想蝶から手早く抜き出したフリーガーファウストG3を肩にかつぎ、狙いを定める。
「じゃ、もう3つ小さい花火を追加だね!」
 片膝をついて体を固定、引き金を絞る。
 飛び立ったライヴスロケット弾がその軌道を3方向へ伸ばし、敵前衛を爆ぜさせると同時に衝撃でまわりにいた魚人の肉を引きちぎった。
『共鳴を解くつもりはないようですが』
 アリッサが、ぽつり。
 視界の内には常に哲を収めている。今のところ、不審な動きは見受けられなかった。
『でも、この情景を作った愚神があそこにいるんだよね。なにかしてくるかも』
 手下どもが死んでいくのを黙って見据えるばかりの愚神。
 過去の情景の一部かとも思われたが、あまりにもライヴスが濃すぎる。少なくともただの景色ではありえない。
 エージェントの疑念をよそに、愚神はなにも考えていないように、なにかを図っているように、得体の知れぬ不気味さだけを湛えてこの場に在り続けた。
『これだけのことを為しながら、これ以上は為さぬか。なにを企んでいるかは知れぬが、愉快なことではなかろうよ』
 骨の眉間を掻くゲヘナ。
 シェオルは組み合わせかけた両手を離し、GーYAの支援へ向かう。今このときをないがしろにしては、10秒の先へたどり着くことなどできようはずがない。
「活路の拓き手に、活路へ繋ぎ、導く手を伸べましょう。たとえなにが待ち受けるのだとしても、私は進むと決めたのですから」
 その先を駆けるGーYAが包囲陣を整えなおしつつある魚人のただ中へ突っ込み、前へ出した左足を強く踏み止めた。
『剣に振り回されちゃだめよ、ジーヤの手で剣を振り回すの』
 左脚を軸に振りだした大剣ごと我が身を回転させ、一気に5体を薙ぎ払う。
 吹っ飛んだ魚人の上体が同胞にぶち当たり、陣形のバランスを崩すが、それも一時のことだ。
「っ!」
 鉄砲水のごとき魚人の突進に巻かれ、GーYAの体が崩れた。そのまま次の奔流に押され、突かれ、飲み下される。
『最後の最後でこんな……!』
「くっ、哲さん!!」
 それはシェオルも同様だった。哲への道を塞いだその体はあえなく突き倒され、踏みにじられる。
『修正力というものか。かくて過去は繰り返される』
「それでも、私は!」
 必死で哲へ伸べた手が、魚人の槍の石突で砂へと叩き落とされた。
 さらに最後尾で壁となっていた京子もまた、魚人を押しとどめきれず弾き飛ばされている。
『京子!』
「やらせない! 絶対、やらせないっ!!」
 声音ばかりが虚しく響き。
 哲の右手が引きちぎった幻想蝶を砂に突き込み、左手がスイッチを抜き出した。
「言いたいこともあったんだけどな。ごめん」
 親指がスイッチにかかった、そのとき。
「H.O.P.E.東京海上支部、推参やでぇ!」
 少女の声音が高く弾け、撒き散らされた手榴弾が砂浜を爆炎で焦し。
「哲、待たせたな、ここからが本番だよ! 後は任せるがね」
 “天鎚”の全ライヴスを込めたサンダーランスが魚人の縦列陣を一気に突き通す。
 それに続き、先ほどの少女を先頭に立てたエージェント80組が戦場へとなだれ込んだ。
「繋いだ、のですね」
 シェオルの言葉にGーYAが何度もうなずき、天を仰いだ。
「最後まで哲さん、守ったぜ」
 京子も膝をついたまま、80組が織り成す範囲攻撃の嵐をながめ。
「都合のいいIFだけど……でも」
 その向こうで愚神が身を翻す。
 見るべきを見たとでも言いたげに、未練もなく手を握り締め、情景を割り砕いて――暗転。

●Ate
 情景の書割を失った黒の内にただひとつ、彩づくものが在った。
 褐色の肌に赤い髪を持つ少女――黒に塗り潰されたものたちは悟る。これまでの情景を描き出してきた主、ジュリア・イトウだと。
「哲はいない。あたしの思い出の中で救われたって、哲はあたしが殺したんだから。もういいからって、あたしが――」
『とんだ侮辱だな』
 ふと響いたのはソーニャの声音。
『現実で貴公は賭けを自ら反故とし、投げ出したのだろう。貴公自らが描いた情景の内でまでそれを繰り返すつもりか?』
 ジュリアが唇を噛み締める。そうだ。自分は目覚めることのない哲と向き合い続けることが怖くて、パートナーとして責任を取ると言い訳しながら、投げ出した。
『いずれ行くだろうヴァルハラにて哲殿と再会したとき、貴公は誓ったままに楽しく生きたと、胸を張って言えるのか?』
 続き、サーラの声音が流れ出る。
『自分にも置いてきたものがあるのであります。しかし、それを取りに戻るつもりはありません』
「じゃあ、どうするの? 忘れて笑って生きていくつもり?」
 サーラの声音がさざ波を黒に立てる。苦く笑うように、強く揺すぶるように。
『取り戻しに“行く”。深淵の底に残された父の遺志を辿り、まっすぐに進むのでありますよ』
 意志をもって遺志と対する覚悟。そんなものは、ない。だから逃げだして、逃げ込んだ。
『哲は自分が死んでもおまえを守ろうとした。そんな男が相棒の苦しむ姿を望むはずがないだろう。楽しく生きてほしい、哲はそう願っているはずだ』
 仙寿の声音にジュリアが大きくかぶりを振った。
「でも――あたしは忘れられない! 忘れたくない!」
『忘れる必要はない。ただ、叶えてやれ。哲の願いを精いっぱい』
 仙寿の言葉を継いだのは、ハーメルを制した墓守だった。
『立ち止まり、後ろを振り返って感傷に浸るのは簡単なことだ。その行為は当人にとっては美しくさえあるだろう。しかし』
 墓守が語るべき言葉を探り、そして重ねる。
『前を向いて、進んでみるのもいいんじゃないか? 傷を置き去るためじゃなく、傷を共連れて。今の私は――そうしてよかったと思えているよ』
 迷うジュリア。この痛みといっしょに進む? 哲の願いを、かなえるために?
『死者の願い、生者にとってはほとんど呪いよね。でも、願いを託されるのは不幸なこと? あなたは幸せだわ』
 万感を込めたN.N.の声音。
 死んでいった仲間は彼女に呪いすらも残してくれなかった。だからこそジュリアがうらやましくもあって。
『嘆くな、悲しむな、不条理を憎むな……なんて言わない。下手したら俺もきっと君みたいになるだろうから』
 亮馬の声音が傾いた。なにも見えはしなかったが、確かに感じるゆらのぬくもりへ向けて、語る。
『けど、君の大事な人が「楽しく生きてくれ」って言ったんだ。応えてやれるのは君だけなんだぜ?』
 亮馬の言葉に込められた情愛を感じながら、ゆらは静かに言葉を継いだ。
『寂しいよね。大切な人を失って。でも――哲さんはいるよ。ジュリアさんの側に。哲さんとの誓約はずっとあなたといっしょにあるから。ジュリアさんがこの世界にいる限り、ずっと』
 シドと亮馬がゆらをこの世界に繋ぎ止めてくれている。だからこそ、ゆらは在る。たとえ独りになっても、きっとふたりがくれたあたたかいものをよすがに、在り続ける。未来に向かって、歩き続ける。
『哲さんの気持ちはわかる気がするけど、ごめんなさい』
 GーYAが虚空に断りをいれ、ジュリアに声音を投げかけた。
『ジュリアさんはさ、どうしたい?』
 自分たちはジュリアを救うためにここへ来た。哲はジュリアを生かしたくてあんなことをした。でも、そんなことはどうでもいい。他人の感情よりも相棒の遺志よりも、ジュリア自身の意志を尊重する。
 GーYAの思いがジュリアを揺さぶった。
 今、自分がしたいこと。
 ひとつしかない。
「哲に、逢いたい」
 幽霊でもいいから。1秒だけでもいいから。哲の言葉が聞きたい。
『主よ――』
 シェオルが低くつぶやいた。
 見えはしなかったが、祈りを捧げているのだろう。自らがあれだけの死別を重ねておきながら、他者のために再会の奇蹟を願うか。
 ゲヘナはなにも言わず、息をついた。死が絶対である以上、別れもまた絶対である。ゆえに奇蹟など起こりえない。しかし、この偽りの情景の内ならば、あるいは……。

 ジュリアの前に浮かび上がる彩。
 とぼけた顔をした青年は――情景で見たままの伊藤哲だ。
「おまえの思い出なのか俺の未練なのかわかんねぇけどさ、言っときたいことがあって、出てきた」
「哲……死んでるの?」
 触ろうと伸べたジュリアの手が、哲を突き抜けた。
「見事に死んでるな」
「あたしが哲のこと、殺したから」
「じゃあ俺の分まで楽しく生きてくれ。そんでとんとんだ」
「楽しくなんて生きられない。寂しいよ」
「寂しくなったら自販機で逢おうぜ。俺はいつだって汁粉の缶の中にいるから」
「……バカ?」
「汁粉だからちょっと甘過ぎたかもな」
 不器用なウインクを残して哲の彩が消えていく。
「ジュリア、Ate(またな)」
 ジュリアは追わなかった。
 ただ、哲を最後まで見送って、目を閉じた。
『ばか野郎のほっぺた張り飛ばせなかったかぁ』
 京子のおどけた声音がジュリアに寄り添う。
『だって自分が死んでおいてさ、楽しく生きろだなんて、ばかだよね。でも死んだ後にまであんなこと言いに来るくらい、ジュリアさんのこと思ってた』
 本当にあれが哲だったのかはわからない。でも――
『この世界が嘘でも、あの人の言葉は真実だと思うから』
 レイラが言い。
『あいつの証となれ。夢の世界ではなく、現実に生きる証にな』
 シドが重ね。
『毎日お汁粉飲まなきゃね! だって缶の中にいるって……言われると飲みづらい? あ、だったらいっしょに飲もっか。いつでも呼んで!』
 あけびが笑んだ。
 20のエージェントの思いに支えられてジュリアが目を開き、黒の内へ手をかざす。

「Ate mais(また後でね)、哲」

 黒が砕け、世界がなだれ込む。
 それはジュリアのFilmeの閉幕であり、彼女が行くべき未来の開幕であった。

●舞台裏
 散り落ちる黒の破片が鳴らすものは“わたし”と“己”の音。
『リサーチはだいたい終わったわね。あとはどうやってエージェントを蹴散らすか』
『それためな力が研へ。そこためと兵へ生せ、そはためを行動で起こし』
『ええ。再演が前と同じじゃ興ざめだものね。いつだって新しいしかけが必要なのよ』
『別が獲物のもって試へ。リハーサルな』
『わかった。砕けたセットを組みなおすのは面倒だけどね』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • きみのとなり
    加賀谷 亮馬aa0026
    機械|24才|男性|命中
  • 守護の決意
    Ebony Knightaa0026hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 切れ者
    シド aa0651hero001
    英雄|25才|男性|ソフィ
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 一人の為の英雄
    墓守aa0958hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 救いの光
    シェオル・アディシェスaa4057
    獣人|14才|女性|生命
  • 救いの闇
    ゲヘナaa4057hero001
    英雄|25才|?|バト
  • 今から先へ
    レイラ クロスロードaa4236
    人間|14才|女性|攻撃
  • 先から今へ
    N.N.aa4236hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • さーイエロー
    サーラ・アートネットaa4973
    機械|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    オブイエクト266試作型機aa4973hero002
    英雄|67才|?|ジャ
前に戻る
ページトップへ戻る