本部
本当に欲しいものは
掲示板
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【質問卓】
最終発言2017/12/10 02:23:43 -
鏡の向こう側【相談卓】
最終発言2017/12/11 19:12:01 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/12/10 17:09:20
オープニング
●欲しいもの
ほしいもの?
ほしいものなんてないよ。
うちがびんぼうなのは知ってるし、サンタさんなんていないって、もう知ってるから。
……でも。
おかあさんがおしごとじゃなくて、おうちにいてくれたらいいのにな。
サンタさんなんかこなくってもいいから。
「じゃあ、行ってくるね。良い子にしていてね」
「うん」
「ご飯は適当に温めてね」
「うん」
しごとにいくママに、それは言えなかった。
女手一つで子供を育てるのは、子どもながらに大変だとわかっているから。
「いってやっしゃい」
●雪の降る町
今日は学校は休みだった。
なんとなく家にいる気もしなくって、少年は町を歩いている。
町はクリスマスムード一色だ。
盛り上がる町中の風景を見ていると、なんだか自分とは無関係なことに思えて、なんとなく気分が沈む。
マフラーに首をうずめて、少年は歩いていた。
「やあ」
デパートの前で、サンタクロースが少年に声をかけた。
「ぼく、ひとりかい? おとなのひとは?」
「しごとだよ」
「クリスマスプレゼントは何にするか決めた?」
「プレゼント……」
「何が欲しいの?」
少年はしばらく考え込んだ。
「分からない……」
「そうか、分からないか」
サンタクロースは笑った。
「案外、人間は自分が何を望んでいるかというのはわからないものだね。君が本当に何が欲しいのか。……見せてあげよう。こっちにおいで」
一瞬、ついていってはいけないと思った。
でも。
ちょっとだけ、パパに似ていたから。
●鏡は映し出す
「さあ、こっちだよ」
少年が連れてこられたのは、巨大な鏡が周りを取り囲むデパートの衣装室だった。
「……?」
「ごらん。何が見える?」
サンタは笑う。とてもやさしそうな笑顔で。
「……!」
少年は息をのんだ。
鏡の中には自分が映っていた。とても幸福そうな自分が。
鏡の中の少年は、クリスマスツリーの下に置かれたプレゼントに手を伸ばす。
そこにいたのは……。
『どうだ、気に入ったか?』
「パパ!」
鏡に映っていたのは、離婚してほとんど会えなくなった父親。
『パパ、ありがとう! サッカーボール! ずっとほしかったんだ!』
『良かったわね、マーク』
「あ……パ、パパだ。パパ……ママ」
少年は鏡に魅入られるように、その場にしゃがみ込んだ。
『さあ、外で一緒に遊ぼう』
『ちょっと、風邪なんて引かないでよ?』
『だいじょうぶだよ! ね、パパ』
鏡の中のぼく。それは、自分だ。
吸い込まれるような感覚がした。
「ずっとここにいていいんだよ」
サンタクロースは優しく笑った。
「そう、ずっとここにいていいんだ……ずっとね」
●H.O.P.E.本部
「デパートで行方不明事件が起こりました」
H.O.P.E.職員は、事件現場を壁に映し出す。
「失踪した少年はマーク・ウィリアム。
直前にデパートをうろついていたところを目撃されていました。しばらくプレゼント売り場を眺めていたのですが、ふいに少年は姿を消しました。誰とも一緒ではありませんでした。
少年が一人でいるのを不審に思った警備員が声をかけましたが、誰かと話していたようです。その警備員はスマートフォンで電話でもしているのかと思い、それ以上は追及しませんでした。
現場の近くのデパートに、強いライヴスの反応が見られます。……おそらくは愚神の類だと思われます」
「……よろしく、お願いします」
少年の母親は泣きはらした顔をしていた。父親が、エージェントたちに頭を下げた。
解説
●目標
マークの救出、愚神の撃破。
●場所
改修中のデパート、地上5階に展開するドロップゾーン。
突入したところから開始。
ただし、事前準備があればしても構わない。
数年前の建物の立て直しによりデパートは4階建てになっており、5階はなくなっているのだが、そこには愚神のドロップゾーンが展開している。
(PL情報)
一面の鏡張りの衣裳部屋。
鏡の中にそれぞれの『その人間が望む』光景が映し出される。
この幻想から逃れるためには、任意の行動によりこの幻想を拒絶する必要がある。
魅入られている者は、この幻想を守ろうとする。
●登場
愚神ウィッシュ
誘いこんだものの望む幻影を映し出し、ライヴスを食らう愚神。
ウィッシュの姿は、各々違った姿に映る。
例えば、マークの場合は父親の面影のあるサンタクロースだった。
戦闘能力はまるでなく、ウィッシュ自身は行動をしない。
・夢喰い
幻影に魅入られているものは、毎ターン継続ダメージを被る。
・マリオネット
幻影に魅入られているものは、無意識に鏡を守ろうと行動する。
※無意識の反撃であるため、戦略性はなく愚神が命じるわけではない。
・見果てぬ夢
その場に幻影に魅入られているものがいる限り、人数比に応じて毎ターン体力を大量に回復する。
すべての鏡を破壊すれば、愚神は消滅する。鏡は合計で20枚で、ある程度の強度を誇る。
<注意>
魅入られているものが幻影を拒絶せずとも、鏡を破壊する等物理的な方策で助け出すことは可能だが、精神的に大きなダメージを受ける。
強硬策をとる場合は、何かしらの精神的な配慮をするのが望ましいだろう。
マーク
おとなしい少年。9歳。
両親の離婚は性格の不一致。
父親は仕事が忙しく、会えていなかった。
戦闘には参加せず、ただぼんやりと鏡を眺めている。
※敵対しないため反撃のターゲットになることはないが、巻き込まれには注意。
リプレイ
●一歩
ドロップゾーンへと足を踏み出す。
「……」
ただならぬ気配。
無音 冬(aa3984)は素早く間合いを取り、相手の出方をうかがった。攻撃らしき攻撃はない。
『……何だ?』
眼前に広がる光景に、イヴィア(aa3984hero001)は思わず目を細める。
そこにあるのは、一面の鏡。
煌々と輝く、偽りの世界。
●優しい世界
愚神は問うた。何が欲しいのかと。
「私の、ほしいもの……」
【ぼくの、ほしいもの……?】
柔らかな笑い声が聞こえた。
懐かしい声に、胸の鼓動が激しくなる。
御代 つくし(aa0657)とカスカ(aa0657hero002)の共鳴が揺らいだ。
いる。仲間たちが、鏡の中に。
つくしは鏡に手を伸ばす。
【……! ……!】
共鳴の意識の底からのカスカの制止は届かなかった。
鏡の中に映ったのは、『仲間が傷つかずにそこに在る世界』。
戦いなどない、平和な世界。
誰一人欠けることなく、誰一人傷つくことなく。
(そう、私がほしいのは……)
みんなで出かけたり、遊んだり、楽しいことがたくさんある世界。
たったそれだけの、かけがえのない世界。
●笑顔
誰かに呼ばれた。
笹山平介(aa0342)は思わず振り返る。
よそ見したらだめだと、その声は言った。加勢しに来たというエージェントたち。
「僕らはここに居る、リンカーになり共に戦える」
懐かしい顔だちの子供たち。成長した彼らが、目の前に立っている。
鏡は平介を映さず、ただ、そこには子供たちがいる。自分がどんな表情をしているか分からなかった。
思わず魅入って、その場から動けない。
言葉が出ない。
なんと言ったらよいか分からなかった。
かつて、子供達は目の前で愚神に喰われた。平介自身が子供たちが生きていない事は痛いほど分かっている。
平介を助けようとした子供たちが標的となることで、結果的に平介は生き延びた。
これは幻影だ。
だが。
それは見ることのできなかった未来の姿。
目が離せない。言葉も出ない。
笑って。
子どもたちが言う。
平介の笑顔が好きだという。
ずっと待ってたんだとその口で言うのだ。
だから、笑って。
彼が見たものは、自分を助けて亡くなった子達が、自分を恨んでいない姿だった。
●笑って
エージェントたちは、鏡の中に思い思いの光景を見ていた。
笑って。
冬の頬に手が触れそうになる。差し伸べられたことのない手。拒絶してしまったその手の体温を想像する。覚えがなかったから、温度は想像がつかなかった。
「……」
冬は身じろぎ、肌を隠すよう腕を押さえ、鏡越しに母親を見据えた。
そんな顔しないで、笑って、素敵な笑顔を見せて。
母が冬に言葉をかけるのは、絶対にありえない事だった。
冬の母親は、弟だけを愛した人だった。冬の目はまっすぐに偽りの光景を射貫いている。
無意識のうちに、一番に愛情を求めていた相手。
愛情。
時を同じくして、イヴィアもまた別の光景を見ていた。
胸の奥で一つの感情が呼応する。
【僕は●●さんの事……大好きだよ……だって、こうして助けてくれたから】
誰だろうか。
名前こそ聞き取れなかったが、懐かしい響きがこもっていた。慣れ親しんで身になじんだ名前。
鏡の中のイヴィアは、小さな子供の手を引いていた。何かの危険から子供を逃がしたのだとわかる。安心しきったかのように、小さい子を抱きしめている。
自身の背を見て言葉が出ない。ただこれはもう終えた記憶である事だけは理解する。遠い、遠い記憶。
誰からも愛されたが誰からも抱きしめられた事のない子。
生まれながら贄として生き死ぬ事を定められた子。
たった一度だけ抱きしめたときの、何物にも代えがたい尊さとぬくもり。
胸の奥で何かがこみあげてくる。
●頼りにしてる
頼りにしてる。
探していた幼馴染が、砌 宵理(aa5518)の先を歩いてそう言った。
生死すらわからぬまま、ある日突然姿を消した宵理の幼馴染。
昔の自分はこの幼馴染の後ろ姿をよく追いかけてた。
追いつこうと足を速める。
もうすぐ、追いつくことができる。
『――』
誰かに呼ばれた気がして、宵理は立ち止まった。そうしている間にも、幼馴染は行ってしまいそうなのに。
心に何かがひっかかる。
●家族
ちょっと背が伸びたんじゃないか。
レイルース(aa3951hero001)とマオ・キムリック(aa3951)の目に映るのは、今は亡きマオの兄の姿だった。
何でもない日常。失われていない故郷。
マオは戸惑いしばし魅入るも、失った家族……鏡に映るものが現実ではないとすぐに理解する。
両親が健在であったなら、村が愚神に襲われていなければ……訪れたかもしれない、「今」の風景。
記憶から少し大人びた、兄の姿。
レイルースにとって、マオの兄の存在がどうしようもなく懐かしかった。同時に自分だけが生き残った拭えぬ罪悪感が胸を突く。
あの時、自分ではなく彼が救われていたならば……。
ただ立ちつくすレイルースを、彼は不思議そうな顔をして見ている。
●ありふれた一日
「……また、見ることになるとはな」
真壁 久朗(aa0032)は夕暮れの河川敷を歩いている。
在りし日の幼馴染と自分。
彼女は綺麗な白い髪を揺らして、翡翠の瞳を細めからかうように笑い、まだ高校生の自分は呆れ顔で溜息をつく。
夕日に照らされて、影は長く伸びる。
特別でもなんでも無い、ありふれた日常。
『なんだかあの時を思い出しちゃいますね』
セラフィナ(aa0032hero001)が言う。こうしてみると、生き別れてしまった幼馴染と本当に生き写しだ。
「我ながら未練がましいな……」
『それだけでも無いようですよ』
幻は姿を変え、英雄達と過ごす和やかな毎日から小隊の仲間達との賑やかな談笑の風景へと変わる。
数々の思い出が浮かんでは消えていく。
「……アイツの姿が出てきた時点で、この鏡がどういう代物なのか見当はついた」
立ち止まり、鏡の幻に手を触れる。
固い感触。そっと表面を撫でる。
そこにあるのは一枚の鏡。
それが幻であるという、何よりの証左。
●母
ユエリャン・李(aa0076hero002)は、一瞬だけ遠のいた意識を取り戻す。辺りには現代というには先進的な設備があった。
ここはユエリャンにはなじみのある場所。かつていた世界の研究施設だ。
生暖かい感触。黒豹がぺろりと手の平を舐めた。
まだ少し小さい黒豹の子供が沢山ユエリャンのもとへと群がってくる。おいで、と手を伸ばす。どれもこれも愛らしい我が子達。そして、いずれは戦場へと行くであろう兵器達。
かつての世界で、ユエリャンは数々の兵器を考案、制作し、そして売った『万死の母』と呼ばれていた。
『……いや、これは』
はたと手を止める。
(我輩は知っている)
これは、『我が子達』を手放す前の頃の夢だ。
足元に縋ってくる可愛い子供達は、この先で悪用され、危険視されて全頭殺処分となる。
ユエリャンは知っていた。安楽死させたのは自分だということを。
悲しい未来を知っている。知っているなら止められるはずだ。
『今度こそ行かせはしない。君達はここで、皆幸せになるんだ』
全身で信頼を寄せ、あどけなく身を寄せる子供たち。
「ユエ、だめです。そこにあなたの子供はいない」
鏡に映る父母の影を振り切り、紫 征四郎(aa0076)は叫ぶ。征四郎には、それが幻影だと分かっていた。
ユエリャンは子供たちをかばう様に立ち上がる。
誰が来ても、母が守ってあげるから。
●反響する言葉
何故。
何故。何故何故何故……。
オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は鏡の前で立ちつくし、目の前の光景を凝視していた。
映る光景は自分と想い人。
二人連れだって、穏やかな午後の日の下を歩いている。
(……と、隣にいられれば、良かったんだ)
なら何故鏡の中の己は手を繋ぐ。
(あれはあれで、いつか、誰かと幸せになればいいって)
なら何故そんな幸せそうに笑う。
(想ってたはずで……)
想ってたはずで。
鏡は無意識のうちに自分の望みを映し出しているようだった。
あんなの、どこかで見たメロドラマのようだ。リュカと征四郎が読んでた少女漫画にもあった。目を背けるようにしたそれらは、心のどこかでくすぶっていた。
自分が認識しているよりも、ずっとずっと浅ましい自分の姿。
「お、っと」
木霊・C・リュカ(aa0068)は鏡からはじき出された。どうやら、共鳴が解けてしまったようだった。
それはオリヴィエの意志であるのだろうか。幸いにして、彼がどのような光景を覗いているのかはリュカには分からなかった。
激しい交戦の様子はまだない。
ただ、辺りは静謐に満ちている。
(何が欲しい?)
愚神は問う。声が響き渡る。
「俺? 一瞬だけ鏡は見えたけど、すぐ弾かれちゃったからわかんない」
今は残念ながら望みを見る視力も無いからね、と、リュカは緩やかに笑う。
「いいの、相棒に弾かれたのは見られたくなかったからでしょ。なら待つよ」
相棒は遠からず幻影を打ち破る。少なくとも飲み込まれるようなものではない。
「ねぇ、それより君の話をしよう」
リュカの言葉は、部屋に反射して木霊する。
愚神は僅か黙った。
静寂。
木霊は物語を紡ぐように、言葉を続ける。
「君はどんな姿をしているの?」
「どうしてこんなに回りくどいやり方してるの?」
「君に望みはあるの?」
静かな世界に、問いかけが反響する。
「何が欲しいの?」
透明で優しい声。あまりにも穏やかだった。
●揺らぐ、世界
宵理は歩みを進める。
幼馴染がいる。
やっと追いついたのだと嬉しく思う。
けど。
『――貴殿が終わりなき水底を揺蕩い続けるのは勝手ですが、/其れは契約違反ですよ、砌宵理』
センノサンオウ(aa5518hero001)の凛とした声が、宵理を現実へと引き戻す。
『貴殿が前に進み続けると言った其の理由は何でしたか?』
……其れは、今度こそ誰かを守れる様にと思ったからだけではない。
幼馴染が自分に頼る事をせず常に先を進み続ける人だったからだ。
「だから俺は、前に進むんだ!」
宣言するようにはっきりとした言葉。
幼馴染の姿がぐにゃりと歪む。おぼろげに消えていく立ち姿。
宵理はニッと笑う。
「また会おう。今度こそ、本物のあんたに」
また、と、聞こえるはずのない声が聞こえた。また。
鏡が割れた。
再会するのは今ではない。
幻想を打ち砕いた宵理はマークを探す。
果たして、少年は部屋の隅で鏡に見入っていた。
オリヴィエは暫し幻影から目を背けた後、おもむろに立ち直る。
『感謝する、幻影。そしてさよなら』
自分の本当の望みなんて、見たくなかったし知りたくなかった。
胸に生まれた感情は、確かに恋だった。
自覚して反芻してみると、答えは単純なものだった。
認めてしまえば、目を背けてきたはずのそれはなぜだか温かい。
もう言い逃れできない、誰にもしない。
昔愛した人がいたなんて知らない、これからの彼奴の普遍的幸せも考慮していられない。
『俺の顔で、嘘でも彼奴の横に立つな』
幻想を撃ちぬけば、そこにはすでに幻はない。代わりに、相棒の帰りを信じて待っていたリュカがいる。
オリヴィエは共鳴を果たす。
もうあの穏やかな日々は戻ってこない。
久朗には分かっていた。
いや、鏡を見た時から、はじめから。
今此処にあの幼馴染と似た面影を持つ英雄がいることが何よりの証だ。
(かつては英雄の事を幼馴染の身代わりの存在としか思えなかった。けれど現在だって過去と等しい程に尊いものになった)
少しだけ息を吸って、揺るがない決意を口にする。
「得難いものは……たった1つでは無くなった。あとはそれを、俺の世界をーー守るだけだ」
隣でセラフィナが微笑む。
『初めて僕の顔を正面から見てくれた……あの日から僕達は同じ時間を生きています。傍にいますよ、これからも』
だから。
「眺めるだけの望みなんて、そんなのお断りだ」
幻影を拒絶する。
鏡に映し出される光景は、すさまじい早さで加速する。
過去は流れ行き、『今』の二人を映し出した。
鏡が割れる。破片が飛び散る。
どうして。
つくしは立ち上がった。
どうして、苦しまなくてはならないのか。
「私は『この世界』を護りたい」
つくしは強い意志を持って、エージェントたちに向き直った。
「みんな、みんな傷ついて、戦って、頑張って、ぼろぼろになって、そんな世界私は――っ」
胸が痛んだ。言葉は続かなかった。
簡単に投げ捨ててしまえるほど、この世界は軽くなかった。
答えの代わりに武器を握る。その両目には涙があふれている。
(いらないとは言えない。でもこの世界がいいとも言えない。傷ついていくのを見るのがつらい)
理想の世界は、すぐそこにある。
「どうしてずっと戦わなきゃいけないの。どうして傷ついている人を助けられないの。どうして」
私は私の大切な人を護れないの。
魂からの叫びだった。
理想の世界。
ゼム ロバート(aa0342hero002)もまた、平介の影響で鏡を見ていた。
仲間が生きている世界。つくしが望んだような世界を、確かに望んだ。戦いが終わった平和と呼べる理想の世界。
だが。
むしろ、ゼムの顔が険を帯びる。
(理想の世界にする為に相応の、『代償は誰が払った』)
自分の身の振り方はどの世界に行こうと変わらない。もとより、この代償を仲間に支払わせるべくはないのだ。
鋭い音がした。
共鳴を解いたゼムが、平介を容赦なく殴り付けていた。
手加減はなかった。
平介は大きく吹き飛ぶ。
それでも、平介の目はまだ鏡を追う。こらえきれずゼムは胸倉をつかみ上げる。
何を見たのか大体想像はつく。
『……』
ゼムは平介の耳元で何かを告げる。平介もそれに答えた。
小さな声。
『数秒しか待たねぇぞ……』
「……あぁ……わかってる」
平介は目をこすり立ち上がる。ゼムのマントが、彼の表情を隠す。
失ったものは多かった。
だが、まだ護りたい人達がおり、彼らを傷つけるモノから護ると自身に誓っている。
だからこそ、エージェントたちは立ち上がる。
もし、みんなが生きていたら。今が平和だったら。
「そうならどんなにいいか……でもこれは、どんなに願っても叶えられない幻想」
『……だから、前を向いて二人で進むと誓った』
マオの言葉を、レイルースが引き取る。二人の影がせめぎあい、共鳴を果たす。
「……私たちの大切な思い出を汚すなっ!」
幻想を拒絶する。鏡が砕け散る。
思い出の中の兄はにこりと笑った気がした。
それでいい、というように。
幻想から脱すると、足元がふらついた。
ライヴスを奪われている。
こうしている間も、今も。
これが愚神の攻撃か。唇を噛み、エージェントたちは攻勢に転じる。
「……イヴィア?」
『……あぁ……すまん』
「……」
「見たか?」
ゼムの問いかけに、冬は頷きを返した。すでに幻だとはわかっている。冬は鏡を冷徹に撃ちぬいた。
何があったかを話す。どうやら、個人によって内容が異なるようだ。
となれば。
理想、望むものを写す鏡は作り出された物だ。
「……怪しいのは……鏡……だよね」
「本人の心から写し出された幻だとしたら迂闊なことはできないな」
「笹山さん……お願いします」
ドロップゾーンは早めに何とかしたい。時間をかければ従魔が現れるかもしれない。
冬が注意深く経過を観察するさなか、久朗ととオリヴィエ、マオは、幻が写し出された鏡には触れずに空白の鏡を打ち砕いてゆく。平介がマークに両親が近くまで来ている事を伝えると、わずかに反応があった。
宵理はマークに近寄ると、優しく声をかける。
「父さんと母さんが心配している」
「……」
「帰ろう」
宵理は預かってきたボイスメッセージを流す。
(赤の他人である自分ではきっと駄目だけど、親しい人の声なら届くかもしれない)
宵理は両親に愛されていないが、関心すら寄せてもらえていないが、だからこそ愛情というものがかけがえのない尊いものだと分かる、美しいと思える。
「ん……」
マークが反応した。呼びかけ続ければ、愚神の支配が弱まれば、あるいは。
宵理は仲間たちを見回した。親しい人が此処にいるなら彼らに任せた方が良い。仲間たちならば、きっと帰ってくる。
「ユエ!」
征四郎は攻撃を受けても反撃せず、ひたすらに言葉を投げ続ける。
「ユエが願うのは自分の幸せではなく、いつも子供達の幸せだった。だから私は連れて帰る! 絶対に!」
どうか、信じて。
気持ちを込めて攻撃を弾く。もとより、ユエは兵器の扱いにのみ長けている。体格の差こそあれ、征四郎の速さが上回る。
戦いのさなか、ユエは誰かに優しく手をひかれた。
『……!』
それは、意識を呼び戻そうとするオリヴィエとリュカだ。
隙ができた。
もとより征四郎が攻撃するはずもなかったが、黒豹の一匹が目の前に飛び出す。
『来るな!』
征四郎の構えが、非力な黒豹の攻撃を受け流す。
「死んだ彼らも、流した涙も、嘘だったのですか。それでは、あなたの悲しみは、どこへも行けなくなってしまい、ます……」
武器を下ろした。豹はただじっと伏せている。
わかっていた。
これが本当ではないことは。
『……』
黒豹はユエの足に名残惜しそうに顔をすりつけると、幻影の中へと戻っていった。目覚めなければならない。
「ユエ、行きますよ」
凛とした声。小さな体から発せられる、まっすぐな気概。
共鳴して一太刀を振るえば、鏡は真っ二つに割れた。豹はその裂け目を飛ぶように飛び越え、幻想の中へと還って、消えた。
エージェントたちは、次々と幻影を打ち破っていく。
鮮やかに鏡を駆け巡る思い出も、一度立ち上がったエージェントたちをとどめることはできなかった。
偽物の世界が、揺らぐ。
「つくしちゃん……」
冬は苦しむつくしの様子に気が付いた。
「いやだ、やめて、私の世界を壊そうとしないで」
つくしは鏡を守るために立ち上がる。だが、そこには殺意がない。攻撃をかわしながら、鏡の数を減らしていく。
「こっちは大丈夫です!」
征四郎はマークへ攻撃が流れないように位置取り、防戦の構えをとる。
「つくしちゃん……君には何が見えるの……」
つくしの頬を涙が伝っていた。
「ど、どうして……」
つくしの攻撃は痛々しかった。守る、といいつつも、自分などどうなっても良い、とでもいうかのような無理のある攻撃。守るべき世界に自分はいないかのような、捨て身の攻撃。
「つくしちゃん……嘘はいつかバレるよ……」
「無理、なんて……」
「君に……」
無理をさせてるのは誰。言葉を紡ぎそうになったが、止めておく。それを受け止められる余裕は、今はなさそうだったから。
「!」
つくしの足元が揺らぐ。
つくしの中では、カスカがせめぎあっていた。
カスカの望みを、鏡が映し出す。カスカは気にも留めず、幻影を破る。
【(何が望みでも、それを叶えるのはぼく自身だから)】
腕を振るうごとに消えていく、望み。
【(ぼくが叶えたいのは『この世界』でじゃない。ぼくが今生きている世界で、ぼくはぼくの望みを叶えたい】
「!」
意思をもぐように、共鳴が解除された。
エージェントたちも迎撃を止める。
カスカはつくしに駆け寄った。
ぱん。
乾いた音が鳴った。
カスカが、つくしの両頬を両手で挟み込むように思い切りはたいていた。
「……」
つくしは呆然として、カスカを見ている。
【一緒に、戦うって、言った……!】
それは一番初めの誓約。
「だって……」
【どうして、一人で、行こうと、するの……っ……隣に、いるのに、どうして、手を、掴んで、くれないの……っ……?】
「……でも……」
一番つらい所を共有してくれない。寂しいという感情が、カスカの中にせりあがってくる。言葉が止まらない。
つくしの意識が、わずかにこちらを向いた。
目が合う。
再び共鳴し、カスカが主導権を握る。
「まって……! やめて!」
思い切り大剣を振りかぶって、つくしが見ていた鏡を破壊する。つくしは目を見開いた。
つくしが傷つこうと、今ここで否定しなければいけない。
共鳴しているが故の、感情の共有。
カスカの中に痛み、悲しみが奔流して流れ込んでくる。涙があふれて止まらない。
でも、必要なことだった。こうでもしなければ、ずっと囚われたままだった。
つくしは気を失った。
意識を失うつくしを、無音がそっと抱きとめた。
つくしが気絶してなお、鏡には世界が映し出される。平和な世界。何気ない日常。彼女の、各々の望みを反映するように、目まぐるしく変わる。
「ごめんなさいっ!」
マオが鏡を割っていく。
幻影が揺らいでいく。追いすがるように、マークは手を伸ばした。
「帰りなよ……心配してくれる人が君にはいるんだから……」
「しん、ぱい……」
冬の言葉に、マークはどうしてか心が痛かった。どうして、君には、なんていうのだろう?
「……このサンタクロース、お前の父さんか?」
久朗の呼びかけに、マークはにこりと笑った。ケアレイの癒しの光が、傷ついた体を癒していく。
「わからなくは無いのです。征四郎も、父さまも母さまも、大事です、から」
「ん……」
征四郎の言葉は、まっすぐだった。
「でも、本当にそれは、あなたのお父さまなのです? マークだってわかっているのでは無いですか?」
「……」
「だったらその願いは、ちゃんとお二人に伝えなければ。例え迷惑になっても、辛い思いをさせてしまうとしても。そのくらい、我儘になって良いはずです」
「お前の母さんも父さんも、心配してたぞ」
「そっ……か」
久朗は共鳴を一旦解いて、英雄と共に彼と正面から向き合う。そのセラフィナの姿に、少年は目を見開いた。まるで、聖書に語られる天使のようだった。
「今ならお前の欲しいもの。見つけられるかもしれない。だから……帰るぞ」
『貴方の帰るべき場所に、きっと答えはあります』
セラフィナは温もりを与えるようにそっとマークの手を取って微笑みかける。
「あたた、かい……」
「全てが終わったら自分が何の幻を見たのか両親にも話してやってほしい」
「ん……」
マークは力尽きたように意識を失った。
眠っているだけのようだった。
「弱みに付け込むなんて、許せない、です」
鏡が割れると、愚神は消滅した。
はじめと同じように、あたりには静寂が満ちていた。
●結末
「……口の中切れてる」
平介は口内に鉄の味を感じた。
『当たり前だ……』
ゼムは殴り返せと頬を指さす。だが、平介は首を横に振った。目を覚ます為に必要だったことだ。
「これは代償として受け取っておくよ……」
浮かんでいるのは苦笑である。
やり返さない平介に呆れ、ゼムは久朗に声をかける。
『キタロー……まだ使えるか』
「ああ」
ケアレイ。癒しの光が、仲間たちを癒やしていく。
「……今日はすこし疲れましたね」
平介は久朗に笑顔を向ける。
「御代さんは大丈夫ですか?」
「気を失っているが、大事はないだろう」
少なくとも、肉体的には。
精神的にはどのような負荷がかかったかは計り知れない。
倒れてようやく止まれた、といったところだろうか。
『カスカ……大丈夫か?』
【ん……だいじょうぶ、だったりなんだりして……】
カスカは小さく、それでもしっかりと答えた。疲弊しているようだったが、少なくとも無事だ。イヴィアはほっとしたように笑いつつ頭を撫でる。
「送っていきますよ」
つくしを背負う平介に、久朗と無音が続いた。
「……」
無音はただ黙っていた。笹山もつくしも、理由は違えど本当に笑っているわけではない事はなんとなくわかる。
散らばった鏡の欠片は、きれいだった。
「ほんとは、幻でも会えて嬉しかったよ……」
マオはそっとひとかけらを持ち上げ、つぶやく。
「頑張るから見ててね」
寝ているマークを両親が駆け寄り、かわるがわるに抱きしめる。生きていることに安堵し、何度も礼を言った。
「貴方達がマークを大事にしてるのは分かる。だからこそ仕事が忙しいのを駄目だとは思わない。でも少しでも良いから、想いを伝えてやってくれませんか。言葉でも良いし、手紙でも良いし、交換日記とかでも良いかもしれない。それだけで少し、心が軽くなる……と、思うから」
宵理は告げる。
もしかしたら想いを伝える事で何かが変わるかもしれないから。……ずっと昔の自分はその想いが欲しかった。だから、与えてやってほしい。
そこに一切の自虐や羨望はなく、只素直に心から口に出す。自ら得られなかったものを与えることが、どれほど難しいことか。
宵理のことを、センノサンオウは興味深く幻想蝶から見守っていた。
「わかりました……」
両親は神妙に頷いた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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