本部

珊瑚礁ともみの木と

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/12/24 00:57

掲示板

オープニング

●牙をむく穏やかな海
 昨日までの雨が嘘のように青い空には白い雲が広がり、降り注ぐ陽光が静かにたゆたう海面をキラキラと輝かせている。
 宝石のような輝きを湛えた海面下の青く澄んだ海中にはサンゴ礁が広がり色鮮やかな魚達がその中を悠々と泳いでいる。
 地上最後の楽園の名に相応しい美しい景色に神代 優が息を飲むように言葉を零す。
「すごいですね……」
 美しい景色に魅入る優の姿に微笑みを浮かべてイリス・アーネットは計測器を海中へと降ろす。
「ホント、仕事じゃなきゃ最高の景色ね」
 優の英雄である結衣がため息交じりに視線を向けた先には海中から寄り添うように伸びる二本のもみの木の姿がある。
 それはクリスマスツリーワームの鰓冠(さいかん)だと思われた。
 通常のクリスマスツリーワームは五~七センチメートル程の大きさなのに対してもみの木のようなその鰓冠は十メートル近い大きさが有る。
「従魔で間違いなさそうですね」
 計測器の数値を確認したイリスがそう言って頷く。
「いつもそうやって調査してるんですか?」
 優の問いに海水温等の計測値を確認しながらイリスが「出来る限りですけどね」と応える。
 イリスも優もH.O.P.E.の職員である。
 二人の所属支部は異なってはいるが、基本業務は変わらないはずである。
「何でそんな事するの?」
 結衣の言葉にイリスは端末の画面から顔を上げる。
 従魔や愚神への対応はエージェントが直接する事が多く、優のようなリンカーならともかくイリスのような非能力者の職員が従魔の調査を行うことは多くは無い。
「今回は近くに居ましたからね」
 そう返したイリスの言葉に調査船の船長が言葉を重ねる。
「嬢ちゃんの言う近くってのは範囲が広すぎるぜ」
 中年の船長の声に結衣が顔を向ける。
 元々、優と結衣はイリスが担当している別の従魔事件の調査に協力する為に派遣されたのだ。
 当然この船も担当はその従魔事件である。
「手掛かりも他に有りませんでしたし、近隣の情報は把握しておきたかったんですよ」
 船長に言葉を返してイリスは遠隔操作の無人観測機を海中へと降ろす。
「ホント、手掛かり無いもんね。もうクリスマスだって言うのに仕事ばっかで休めないし」
 従魔の周りを泳ぐカラフルな魚達のせいでもみの木のような従魔は飾り付けられたクリスマスツリーに見える。
「そういえば、もうクリスマスなんだよね……」
 結衣の言葉に優が空に目を向ける。
 南半球の太陽は夏本番の輝きを見せている。
「変な感じでしょ」
 イリスの声に優が視線を戻す。
「私も転属になった直後は不思議でしたよ。クリスマスにサンタがサーフィンしてるんですから」
 その時の事を思い出すようにイリスが笑顔を浮かべる。
「日本もクリスマスは雪が降るんでしょ?」
 イリスの笑顔に見とれていた優が咄嗟に言葉を選べないでいるうちに結衣がイリスに応える。
「東京は滅多に降らないわ」
 そう言いながら結衣は優の横顔を盗み見る。
「イリスはクリスマスに一緒に過ごす彼氏とかいないの?」
 結衣の言葉に優が慌てたように視線を彷徨わせる。
「そんな特別な相手なんていませんよ」
 無人観測機を操作するイリスの言葉に安堵したように息をつく優に苦笑して結衣はイリスの横から観測画面を覗き込む。
「優とかどう?」
 内緒話のような結衣の言葉にイリスが苦笑する。
「日本と違って私達のクリスマスって家族で過ごすものなんですよ」
 その言葉の意味を理解して結衣は「それは、そうね……」と何も理解していない優に目を向けて言葉を濁す。
「おかしいですね……」
 呟くようなイリスの言葉に結衣が視線を端末の画面へと戻す。
 無人観測機からの画像が激しく揺れている。
「何これ?」
 従魔まで数メートルの位置に迫っていた無人観測機が海中を激しく揺さぶられながら従魔から離れる方向に押し流されている。
「無人観測機の周りにおかしな水流が起きてるね」
 そう言いながら優は結衣を呼んで共鳴する。
「水流は従魔が起こしているようですね」
 従魔の周りにライヴスで引き起こされた不自然な水流が発生している。
「ただそこに立ってるだけじゃないって事ですね」
 水流が収まり流された無人観測機を回収してイリスが言葉を零す。
 海上からも見えるほどの大きなこの従魔は昨日の朝発見されH.O.P.E.に通報された。
 それから一日。
 従魔はその場から一切動いていないだけではなく、サンゴ礁にも魚達にも影響を与えていない。
 状況だけ見れば無害と言って差し支えない様子である。
『近づけたくないのかな?』
 結衣が不思議そうな声を上げる。
「どうだろうな……」
 優が警戒するように目を向けたまま結衣に応える。
「水流の発生は限定的ですね」
 記録されたデータと画像を確認してイリスが優に声をかける。
「水流を操作できるって事かな?」
 そう言って優が放った矢が海中で水流に押し流されて従魔を逸れる。
『遠距離からの攻撃は難しそうね』
 結衣がそう言って弓を降ろす。
「もう少し調べてみましょうか」
 そう言ってイリスは舷側に吊ってあるボートを降ろしはじめる。
「嬢ちゃん! まさか近づくつもりか?!」
 船長の言葉にイリスが頷く。
「大丈夫です。命綱はつけていきます、何かあったら引き上げてください」
 イリスの言葉に船長は大きなため息をつくと船員に指示してロープを準備させる。
「やばそうならすぐに引き寄せるからな」
 ボートに移ったイリスに船長が声をかける。
『そこまでする必要ないでしょ』
 結衣の声にイリスが顔を上げる。
「少しでも情報が有ればエージェントの人達の怪我が少なくなりますから」
 突然船が揺れた。
 それは従魔が起こした水流による波だった。
 イリスの体が宙に投げ出される。
『優!』
 結衣の声に優がロープを持ってイリスを追って飛び込む。
「こんな場所まで!」
 船と従魔の距離は充分に離れていたはずだった。
 だが、従魔の操る水流は優を阻むようにイリスとの間に壁を作っている。
 水面に顔を出したイリスの体が水流に引き込まれる。
「優!?」
 結衣が声を上げる。
 共鳴を解いた優に水流の壁が位置を変える。
 結衣を壁のこちらに残して優は壁の向こう側に取り込まれる。
 従魔へと吸い寄せる流れに乗って優がイリスに近付き腕を掴む。
 優の持つロープが吸い寄せられる二人の体を海中で引き留める。
 手を離してしまわないように腕にロープを巻き付けて優はイリスを胸へと抱き寄せる。
 喰いしばった優の歯の隙間から空気が零れる。
「くっそ、びくともしねぇ!」
 ロープで繋がった船すらも従魔へと引き寄せられている。
「錨を降ろせ!」
 船長が声を上げる。
 その声に被るようにプロペラの音が聞こえてくる。
 見上げた空にエージェント達を乗せた水上飛行機の姿が見える。
「助けて!」
 結衣の助けを求める声が飛行機の通信機から響いた。

解説

●目標:従魔の撃破
 ※観光局から要請によりできうる限りサンゴ礁への被害は避ける事になっている。
 ※今回の依頼達成にイリスと優の生存は含まれません。

●クリスマスツリーワーム型従魔
・緑と白のもみの木のような二本の鰓冠(らせん状に鰓のついた触覚のような物)
・計測の結果から鰓冠部分以外は存在しないと思われる。
 ※サンゴに張り付いているだけで本体となる部分は存在しないか、存在していたとしても鰓冠と不釣り合いなほど小さいと思われる。
・水流を操作する能力を持っている。
・鰓冠の内部に捕らわれると徐々にライブスを奪われていきやがて死亡する。

●神代 優 男 21歳
 H.O.P.E.東京海上支部所属のオペレーター。
 現在はイリスが担当する従魔事件の調査協力の為に出向している。
 出向期間は年末までで正月には日本に戻る予定である。

●結衣 女 14歳(外見年齢)
 優の英雄。

※二人の戦闘能力は低く従魔討伐には向いていない。
 現状況で幻想蝶は優が持っている。

●イリス・アーネット 女 26歳
 H.O.P.E.職員
 太平洋エリアでの事件を中心に担当している。

●状況
 イリスと優は調査船と命綱で繋がっています。
 調査船が錨を降ろして船を固定したので二人は現在位置を固定できています。
 イリスは一般人ですし、優も共鳴を解いているため、息は長くは続きません。
 優が酸素不足で意識を失えば二人は従魔の口に吸い込まれます。
 口の中に吸い込まれた場合、イリスは五分、優は十分で全てのライヴスを吸いつくされて死亡します。
 吸い込まれた後、体に害の無い状態で救出するならばイリスは三分以内、優は六分以内が目安です。

●装備
 調査船には海中、海上で非能力者が活動に必要とする装備一式が揃っています。
 水上飛行機はエージェントの移送が目的なので救護装備はありません。

リプレイ

●救難信号
 操縦席に続く扉の開く音に端末から顔を上げた構築の魔女(aa0281hero001)は志賀谷 京子(aa0150)の隣に立つ見知らぬ少女の姿に首を傾げる。
「京子さんに……あら? そちらの彼女は?」
 構築の魔女の声に京子が隣に立つリディア・シュテーデル(aa0150hero002)に目を向ける。
「あ、魔女さんはじめてだっけ? わたしのもう一人のパートナー、リディアだよ」
 京子に紹介されたリディアは構築の魔女に笑顔を向ける。
「はい、リディアです! よろしくお願いしますねっ」
 明るいリディアの声に構築の魔女も立ち上がり挨拶を返す。
「ふむ、私は構築の魔女と……彼は辺是と言います」
 立ち上がった辺是 落児(aa0281)にもリディアは「よろしくお願いしますねっ」とお辞儀をする。
「……ロ―」
 落児もそれに応えるように微かに頭を動かす。
「何をされていたのですか?」
 京子達が出て来た扉に目を向けた構築の魔女の言葉に京子がより先にリディアが応える。
「海を見てたんです! キラキラ光って宝石みたいですごいきれいなんですよ!」
 楽しげに説明するリディアに微笑んで見せて構築の魔女は京子に目を向ける。
「海域の情報を確認してたんです。目的地にはもうすぐ到着だそうですよ」
 そう言って京子は構築の魔女の手元の端末に目を向ける。
「魔女さんは何を調べていたんですか?」
 京子の言葉に構築の魔女は端末の画面を京子の方へと向ける。
 そこにはイバラカンザシの情報が表示されている。
「ロ…―」
 窓の外に目を向けていた 落児が構築の魔女に声をかける。
 海上に小さく調査船のシルエットが見えている。
 突然、緊急通信の受信を伝えるブザー音が鳴り響いた。
「何!?」
 声を上げた月鏡 由利菜(aa0873)に応えるように通信機から「助けて!」という声が響く。
「どこからどすか!?」
 操縦席への通話機を掴んで弥刀 一二三(aa1048)が問いかける。
「調査船? なんが起きとるのどすか?」
 一二三の問いに操縦士が状況を説明する。
「すぐに降りられるか?」
 リーヴスラシル(aa0873hero001)の問いに操縦士は高度と速度を落とす時間を告げる。
「伝えてください!」
 その時間を聞いて禮(aa2518hero001)が声を上げる。
「スクーバセットを二式、それから命綱をもう一本。急いで用意を!」
 操縦士から了解の声を聞くよりも先に禮は機外への扉に向かう。
「急ぎましょう、事は一刻を争います。陸の生き物は海じゃ生きられません」
 扉の開閉レバーに手をかけて禮が海神 藍(aa2518)に声をかける。
 禮の考えに気が付いて藍が一二三に声をかける。
「先に行く、ドア開けるよ!」
 共鳴した藍の声に一二三が操縦席に扉を開放する事を伝える。
「藍はん、すぐ追いつきますよって、お気をつけて」
 一二三の声に片手を上げて応えると藍は扉を開けて機外へと飛び出す。
「……!?」
 空へと飛び出した藍に驚いて扉に駆け寄った温羅 五十鈴(aa5521)の前をマジックブルームで飛行する藍が横切る。
 空を飛ぶ藍の姿に驚く五十鈴の代わりに沙治 栗花落(aa5521hero001)が扉を閉めてロックする。
「……従魔討伐が優先、どすか……」
 通話機を持つ一二三の言葉にリーヴスラシルが眉をしかめる。
「珊瑚には被害を与えるな、二人の救出の成否は問わない、と……?」
 それは本部から依頼の再確認で伝えられた言葉だ。
「……どちらも守るべき生命ではないのか!」
 声を荒げるリーヴスラシルに構築の魔女が声をかける。
「優先順位の話です」
 さらに京子が言葉を続ける。
「従魔討伐も珊瑚の保護も人命救助も全部やっちゃえばいいのよ」
 そう言った京子の腕をリディアが引っ張る。
「京子姉さん、急がなきゃ!」
 調査船の姿はまだ小さいが人影が判別できるくらいには接近している。
「リディア、落ち着いて、ね。まずは共鳴、それから……」
 慌てるリディアの目を見つめて京子が真面目な表情で語り掛ける。
「それから?」
 京子の声につられるようにリディアが緊張した声で言葉を返す。
「飛び降りるっ!」
 笑顔を浮かべた京子の声にリディアも元気よく返事を返す。
「はいっ!」
 二人の会話を聞きながら構築の魔女は操縦士に着水せずに現場上空で旋回するように声をかける。
「いくら従魔やからって水流まで操るとか、どないな生物なんどす?」
 窓から外へと向けた一二三の視界に海中にそびえる巨大なもみの木のような姿が映る。
「水中の生物はまだ謎の部分が多いらしいな」
 一二三の横から同じように外の景色を見ながらキリル ブラックモア(aa1048hero001)は悟ったような口調で貰った本から飛び出したチョコを口に運んでいる。
[どう? つーくん]
 従魔と調査船の間の水流に目を向けていた栗花落に五十鈴が手話で問いかける。
 五十鈴の問いに栗花落は首を横に振る。
 従魔に操作されているせいで水流は複雑すぎて読み切ることが出来そうにない。
[従魔討伐の仕事であると理解している、けれど……]
 張りつめた表情でそう手を動かす五十鈴に栗花落は首を傾げて見せる。
[誰かを苦しめてまで得られる結果に価値なんてないと思うの]
 続いた五十鈴の言葉に栗花落は視線を合わせる。
[だから、人命救助を優先したい]
 そう伝える五十鈴の目には決意が満ちている。
[イリスさんも優さんも、船の船員さん達も皆助ける。絶対に!]
 それは任務の優先順位に反する事だが栗花落は五十鈴に頷いて見せる。
[手伝うよ]
 栗花落の言葉に五十鈴が表情を綻ばせる。
「事態は一刻を争う……優さんとアーネットさんの救出に時間はかけられません!」
 海面近くまで飛行艇が高度を落としたのを確認して由利菜が再び機外への扉を開く。
「手は多い方がいいだろう」
 由利菜に声をかけてリーヴスラシルが共鳴する。
「私も先行します」
 そう声をかけて由利菜は海上へと飛び出す。
 アサルトユニット・ゲシュペンスト「シュヴァルツリッター・アーベント」の蒼の力場が由利菜の体を支え海上を滑走して飛行艇から離れる。
「取り敢えず、従魔の真上で落ちよか」
 滑走していく由利菜を見送って一二三はレーダーユニット「モスケール」を展開する。
 戦場を確認するつもりだった画面に映し出された情報に一二三が顔をしかめる。
 レーダーにはライヴスの反応を示す輝きが雲のように広い範囲に広がっている。
『水流を操作するライヴスも検知しているのではないか?』
 キリルの言葉に一二三が窓の外に目を向ける。
 確かにイリス達を引き込む流れの辺りの輝きが強くなっている。
『しかし、あの従魔、よく似ている……』
 キリルの呟きに一二三も「そうどすな」と応じる。
『傘の形のチョコレートそっくりだ』
「そっちどすか!?」
 思わず上げた一二三の声に操縦士の声が被る。
「直上に入ります!」
 降下の為に機外に出た京子が海中の従魔の姿に目を向けて言葉を零す。
「今のところ動いてないけど、いざとなったら水流に乗って逃げそうかも」
 集まった情報から判断してこの従魔は随分と慎重なように思える。
『……そうなったら一緒に水流に乗って、張り付いていってやりましょう!』
 リディアの躊躇いの無い声に京子は楽しげに笑顔を浮かべる。
「そうね、そうしましょう」
 そう言って京子も飛行艇から飛び出す。
 落下の目標位置はイリス達と従魔を繋ぐ線上、吸い寄せる水流に向かいスカイダイビングの要領で落下位置をコントロールする。
「……ふむ、なぜこのような状況になったのでしょう?」
 降下する京子と戦場全体を確認して構築の魔女が呟く。
 いきさつは結衣達から聞いていたが理解できない事もある。
『ロ―……』
「そうですね、まずは従魔の排除ですね。救助のためにも気を惹けるよう派手にいきましょう」
 落児の意識にそう応えて構築の魔女も海上へと身を躍らせる。

●救助作戦
「水中戦になるな。禮、今回は任せるよ。人魚の英雄の力を見せてくれ」
 飛行艇から飛び出して調査船に近付く間に藍が禮へと声をかける。
「任せてください、海難救助も人魚の仕事です! サポートはお願いしますね、兄さん」
 言葉と同時に共鳴の主体が藍から禮に切り替わる。
「頼むよ、嬢ちゃん!」
 船に接近するとすぐに船員達が準備していた機材を禮へと手渡す。
「水流が弱くなったらみんなで神代さんのロープを引いてください。行ってきます!」
 機材を幻想蝶に収納して腰に命綱を留めると禮はすぐに飛び出して行く。
『上からなら、行けるはずだ……!』
 藍の言葉に禮は二人の直上から水中へと飛び込む。
 だが、水面に触れた瞬間に新たに発生した水流が禮の体を押し流す。
 弾かれるように空中に戻ると禮は海中の水流を読むように視線を巡らせる。
 従魔へ向かう水流は水平方向に流れている。
「それなら!」
 禮が浦島のつりざおを振るい釣り上げるように優とイリスの体を海面へと引き寄せる。
 水流も二人に合わせて海面近くまで上がってきたため海上へ引き上げることは出来なかったがそれで充分だった。
 海面近くの水流に飛び込みイリスと優に手を伸ばす。
 激しい水流の中、禮は二人の元へとたどり着くがそれが限界だった。
 流れが激しすぎて二人がタンクを受け取ることが出来ないのだ。

『……ミイラ取りがミイラになる、等という事態にはならぬようにな』
 リーヴスラシルの言葉にシュヴァルツリッター・アーベントで海面を滑走しながら由利菜が応える。
「分かっています」
 禮が海中の二人にたどり着いたのを確認して由利菜は従魔へと視線を向ける。
「禮さんを援護します」
 滑るように海面を滑走しながら由利菜はレーギャルンの鍵を開放する。
 一番海面に近い先端を狙い直上で抜いたフロッティの斬撃がルーンを刻まれた赤い三日月となり従魔へと飛ぶ。
 だが、その斬撃は海中に入ると水流に流されて本体へ届くことなく消失する。
『奴は海域の水流を操る……。飛び道具では決定打にならないだろう』
 リーヴスラシルの言葉に由利菜は頷く。
「それならば、接近して打ち込めばいいだけです!」
 そう言ってフロッティを構え直した由利菜は聞こえてきた声に視線を上げる。
「誘ってくれるなら、乗ってあげるよ」
 飛行艇から飛び降りた京子がイリス達と従魔を繋ぐ水流へと飛び込む。
『絶対に助けるから、頑張ってくださいね!』
 リディアは水流に翻弄されている三人に声をかけて水流の行きつく先、従魔の姿へと意識を向ける。
 突然、従魔の姿が横に流れる。
「そう簡単にはいかないか……」
 新たに発生した横向きの水流が京子の体を押し流したのだ。
 だが、二つの水流が交差した事で禮達三人を吸い込んでいた水流が僅かに弱まる。
 その瞬間を逃がさず禮がタンクを現してレギュレーターを優の口にくわえさせる。
 さらにオクトパスをイリスに手渡して二人の呼吸を確保して優の腕に食い込む命綱へと手を伸ばす。
 離さないように腕に巻き付けた命綱が食い込み優の腕はすでに壊れかけていた。
 だが、腕を開放するよりも先に従魔の水流が再び強くなる。

「これは……」
 海上から従魔を観察する構築の魔女が言葉を零す。
『ロ―……』
 落児の意識に構築の魔女は小さく頷く。
 ライヴスゴーグルに映るライヴスの流れは海中全体に広がり、濃い霧に覆われているかのように見える。
「このライヴスが海水を操る仕組みなのでしょうね……」
 観察する構築の魔女の横に一二三が並ぶ。
「まるでこの辺り一帯全部従魔の一部みたいどすな」
 一二三の言葉に構築の魔女も頷く。
「海中は従魔の身中と言う事ですね」
 言葉を返して構築の魔女は流れるライブスの動きに視線を向ける。
「イリスはんの調査時にはこの現象は観測されていないそうどすえ」
 その言葉に構築の魔女は従魔へと目を向ける。
「見かけによらず知能が高いのかもしれませんね」
 そう呟いて構築の魔女は周囲へと視線を広げる。
「全体は見れませんが、旋回や収束……流れの特徴を読み解いていきましょう」
 周囲の雑音を締め出して集中する構築の魔女に「ほな、こちらは任せます」と声をかけて一二三がその場を離れる。
『アレを倒すのではないのか?』
 従魔から離れる一二三にキリルが声をかける。
「今回は珊瑚礁の保護も仕事どす」
 そう応えて一二三は海中の珊瑚礁へと視線を向ける。

 飛行艇が着水すると同時に五十鈴は慌てて調査船に跳び移る。
「ぁ……」
 急ぎ伝えなければと手を動かしかけて五十鈴が動きを止める。
 慌てて辺りを見回すが筆談に使えそうな物も見当たらない。
「嬢ちゃん!」
 響いた大きな声に五十鈴は体を強張らせて反射的に視線を向ける。
「[手話で大丈夫だ]」
 船長の手話に五十鈴は驚きの表情を浮かべるが、すぐに手を動かして伝えるべき事を言葉にする。
[ロープを緩めてください]
 船長は何故とは聞かず船員に命じてすぐに優の命綱を緩める。
 ピンと張りつめていた命綱が緩み禮が優の腕を命綱から解放する。
[私も……]
 五十鈴が言葉を全部紡ぐよりも先に栗花落が意思を送る。
『全員出ているんだ、お前は海に飛び込むな』
 中途半端に動きを止めた五十鈴に船長が声をかける。
「[どうするんだ?]」
 その言葉に五十鈴は慌てて言葉を返す。
[私はここに残ります]
 その言葉に船長は頷くと五十鈴を近くに招く。
「[指示を頼む]」
 そう言った船長の言葉が五十鈴の肩に重くのしかかる。
 だが、その重みは不快ではなかった。
 五十鈴は船上から仲間達へと目を向ける。
『とにかく、一刻も早く三人を、船に上げないと……』
 以前に溺れた時の苦しさを思い出す五十鈴の意識に栗花落が冷静な意識を重ねる。
『水流操作が厄介だな。これでは浮環も意味がないだろう』
 慌てた様子の無い栗花落とは逆に五十鈴は不安げな意識を返す。
『共鳴している禮さんは大丈夫かもしれないけど、イリスさんと優さんはその限りではない……よね?』
 五十鈴の不安げな意識に栗花落が応える。
『呼吸はともかく、体力が心配だ』
 禮が届けた空気で呼吸は確保できても失った体力は回復しない。
「少し手伝ってもらえますか?」
 状況を確認していた五十鈴達に構築の魔女の声が届く。

「人の方の助けもいるみたいやな」
 海珊瑚礁の上に保護シートを広げていた一二三は海上の様子の変化に作業を中断する。
『命綱が無くなっているな』
 優の腕に巻き付いていた命綱が解かれている。
 今三人を支えているのは禮が腰に留めた一本だけである。
 水面まで浮上すると一二三はザイルを海中に流して藍へと声をかける。
「藍はん!」
 一二三の声に禮が流れて来たザイルの端を掴む。
「何とかしますよって、もう少し辛抱しておくれやす」
 禮がイリスの腰の固定具にザイルを留めるのを確認して一二三は調査船へ向けて走る。

「月鏡さんと京子さんも協力していただけますか?」
 構築の魔女の呼びかけに従魔へ近付く方法を探していた由利菜が問いかける。
「何をするのですか?」
 その問いに構築の魔女は作戦を説明する。
「従魔が操るライヴスの根元を断てばこの水流を何とか出来るかもしれません」
 提示された作戦に京子が笑顔を見せる。
「面白そうね。どうすればいいの?」
 楽しげな京子に船長からの通信が届く。
「今、情報を送った」
 届いた情報に由利菜が眉をしかめる。
 示された場所には海水以外何も見えない。
「これで合っているのですか?」
 由利菜の問いに構築の魔女が応える。
「間違いありません」
 それは構築の魔女が読み解いたライヴスの流れと栗花落が読んだ水流の流れを合わせた結果だった。
「試してみれば分かるわよ」
 そう言って京子が水中へと潜る。
『私達も行こう』
 リーヴスラシルに促されて由利菜も指示されたポイントへと移動する。
「仲間をさ、助けないなんてかっこ悪いじゃない?」
 何もない空間に向かいザミェルザーチダガーを構えて京子がそう口にする。
「その水流、止める!」
 京子のザミェルザーチダガーへとライヴスが流れ込む。
『力では勝てなくても、技巧なら負けませんっ』
 リディアの声と共に放たれた京子のライヴスリッパーに合わせて由利菜もライヴスリッパーを放つ。
 二人の攻撃は手応えも無く何も無い空間を通過する。
 だが、効果は有った。
 ライヴスの流れをかき乱されて従魔が操る水流が弱まる。
「……ひ……て!」
 必死に声を出して五十鈴が禮の命綱を引き寄せ、船員達もすぐにそれに加わる。
 海上では一二三がザイルを牽いて調査船と並ぶ。
「……も、ちょっと……! だ、じょぶ……だい、じょ……ぶ……!」
 自分に言い聞かせるように声に出して五十鈴はロープを引き寄せる。
「……つかま、って……!」
 手の届く場所まで近づいた三人に船上から五十鈴が手を伸ばす。
 禮と一二三に押し上げられるようにイリスが最初に船へと引き上げられる。
『体温が、下がると、寒い……南半球だから大丈夫だと思うけど、体、拭かないと……』
 ずぶ濡れのイリスの体を毛布で包んで慌てる五十鈴に栗花落が声をかける。
『代わって』
 その言葉に五十鈴は栗花落へと体の主導権を譲る。
 手早くイリスの状態を確認して栗花落は優へと目を向けるが、結衣と共鳴した事でそちらの心配をする必要は無くなっていた。
 突然船体が大きく揺れる。
 慌てて海へと目を向けると回復した従魔のライヴスが嵐のように海水をかき回しはじめていた。

●殲滅作戦
「唯でさえ珊瑚減っとんのや、掻き回すな阿呆!」
 珊瑚を護るように盾を掲げて一二三が声を上げる。
 海上では波立つ海面をシュヴァルツリッター・アーベントで滑走して由利菜が従魔の真上に到達している。
「その場所です」
 構築の魔女の言葉に由利菜が海面下の従魔に視線を向ける。
「ラシル、行きますよ」
 由利菜の言葉にリーヴスラシルも「了解だ」と応じる。
「ヴァニティ・ファイル!」
 海面を切り裂いた由利菜のフロッティから放たれたライヴスリッパーの一撃が水流の根元をかき乱し、嵐のように荒れ狂っていた水流が弱まる。
「今です!」
 構築の魔女が声と共に魔導銃「アナーヒター」を放ち、鰓冠の軸を貫く。
「ようやく届くわね!」
 京子の斬撃が広がった鰓冠の一部を斬り払う。
 だが、巨大な体の一部を傷つけた程度では従魔に弱った様子は見られない。
「珊瑚から引き離さんと……」
 海中の生物を保護して従魔から遠ざけながら一二三が声を上げる。
 再び従魔の周りに水流が戻り始めている。
『ユリナ、珊瑚を傷つけず根元を断てるか?』
 リーヴスラシルの言葉に海中へと潜った由利菜が頷く。
 その目の前には巨体に相応しい太い軸が珊瑚岩の上にそびえたっている。
「従魔だけを狙う……。水中でもやってみせます」
 そう言って由利菜がフロッティを構える。
「ラシル! ディバイン・キャリバー、発動します!」
 由利菜の言葉にリーヴスラシルが応じる。
『あの二人に手を出したのが、貴様達の運の尽きだ……!』
 二人の絆に応えてフロッティが強く輝く。
 光の尾を引く無数の斬撃が従魔の体を切り裂いていく。
「これで終わりです!」
 振り抜かれた最後の一撃が従魔の軸を切り離す。
「海から出て行きなさい」
 支えを失った従魔を京子の飛盾「陰陽玉」の一撃が海面へと弾き上げる。
『アレを倒せば終わりなのだろう』
 そう呟いてキリルが浮かび上がった従魔の体に打撃を加えてさらに上へと押し上げる。
「後は任せてください!」
 海面から伸びた禮の浦島のつりざおの針が従魔の体に掛かる。
「そこです!」
 一気に引き上げられた従魔の体が海面を抜け宙に舞う。
「これで……」
 栗花落の放った光弓「サルンガ」の矢が空中の従魔の体に突き刺さり、矢に蓄えられた光が爆発のように広がり従魔の体を吹き飛ばす。
「念には念をですね」
 構築の魔女の魔導銃「アナーヒター」が従魔の欠片を打ち砕き、その姿は解けるように輝く粒子へと変わり海へと降り注いだ。

●作戦終了
「いつも世話なっとるし、何かあったら困るさかい無茶せんでな!」
 毛布にくるまるイリスにそう声をかけて一二三はコーヒーとチョコを差し出す。
「イリスさん……無事でよかった」
 コーヒーを受け取るイリスに藍が声をかける。
「すいません、今回も助けていただいて」
 頭を下げるイリスに禮が声をかける。
「できるだけ早く病院に行って下さいね。肺に水が入ってると陸の上でおぼれちゃうこともありますから」
 その言葉に「年末は病院で過ごすことになりそうです」とイリスが応える。
「温羅さんと、沙治さんもありがとうございます」
 引き上げた後のケアをしてくれた五十鈴と栗花落にもイリスが声をかける。
 その言葉に五十鈴が恥ずかしげに頷く。
「夏のクリスマスもステキだなあ。寒い日本には帰りたくないよ」
 周辺の確認から戻った京子がリディアに話かける。
「それに従魔ですけど、ほんとにツリーみたいで綺麗でしたね!」
 リディアの言葉に京子も頷く。
「ねー。資料用の写真とかとってないのかな。ちょっと欲しいかも」
 そんな会話をする二人から離れて構築の魔女はイリスに声をかける。
「貴方が願い行動する……その天秤の反対側には沢山の物が載っています覚悟はできていますか?」
 構築の魔女の言葉にイリスは顔を上げて真っ直ぐな視線を向ける。
「きっと最後の瞬間は後悔するんでしょうけどね」
 言葉よりもその視線がイリスの覚悟を示していた。
「そうですか、それならば構いません」
 構築の魔女の言葉にイリスは「はい」と応じる。
「欠片すら残らなかったな」
 輝く粒子となって消えた従魔のいた空間に目を向けてリーヴスラシルがそう口にする。
「そうですね、何か意味が有るのでしょうか?」
 従魔の消えた海を見渡した由利菜は遥か彼方の水平線に微かな真珠色の煌めきを見つける。
「それで、この辺の甘味処は何処だ?」
 すぐに消えてしまった煌めきに首を傾げる由利菜の側でキリルが一二三に声をかける。
「……さあ?」
 殺気すら感じるキリルの気配に一二三は周囲へと逃げるように視線を彷徨わせる。
「何処や……! 船長はん、急いで甘味処へお願いします!」
 一二三の悲痛な声が穏やかな海に響いた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • 分かち合う幸せ
    リディア・シュテーデルaa0150hero002
    英雄|14才|女性|ブレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 命の守り人
    温羅 五十鈴aa5521
    人間|15才|女性|生命
  • 絶望の檻を壊す者
    沙治 栗花落aa5521hero001
    英雄|17才|男性|ジャ
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