本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】僭神の深紅

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
15人 / 8~15人
英雄
15人 / 0~15人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2017/12/10 23:36

掲示板

オープニング

●僭称の神
「僕は慈悲をもって諸君に与えよう。わずかな生を惜しみ、嘆くに足るだけのね」
 それは悠然としていながら、やけに急いたような声音であった。
「刮目せよ」
「先導者たるお方の御姿を」
「真なる世界へのきざはしかけしお方のご到来を」
 言われるがまま、その場にあるすべてのエージェントが空の一点を見た。
「金炎舞い散る空。色味は悪くないけどね。いやはや愚者の黄金とはよく云ったものだけど、どうにもいけない。品がないよ。いや、品というたったひとつの要素がすべてを決めるなんて言うつもりはないけれどもね。それほどに僕は狭量ではないつもりだから。でも。ここで僕が問題にしているのは、格だ」
 丹念に棘をとりのぞいた薔薇の茎で編んだ輿。30のヴァルキュリアによって空に浮かぶその内に在る者こそ、ラグナロク首魁バルドルだ。
「ヴァルキュリア諸君、花を。穢れなき深紅で飾ってくれたまえ、――そう! 永遠の肉、永遠の酒、永遠の栄華を約束されしエインヘリャルの座を拒んだ愚者どもに見せつけてやろう! 旧きぬかるみに蠢動する奴原に! この僕の来臨を!!」
 ヴァルキュリアどもが宙に薔薇の花弁を撒き散らす。
 エージェントが地にこぼした血が。狼が散らした黄鉄とアルミの欠片が、ただ美しいばかりの深紅に包み隠されていく。
「愚者諸君、ここまで来たまえよ!」
 輿より飛んだバルドルの背に、どこからか舞い来た金の鳥が取り付き、翼となった。
「石の女神の翼! 悪くはないが、黄金でないのはいささか残念だね。そもウルカグアリーとは黄金郷インカの神の名なんだろう? その女神に与えられし金、僕にこそふさわしいものじゃないか?」
 隠しきれない苛立ちを滲ませて言い募るバルドルへ、ウルカグアリーは冷めた声音を返した。
『汝に与えるは翼のみ。それが交わした約ゆえな。妾を尽くしてほしくば生き様を見せよ』
 あえて“愚者の黄金”たる黄鉄の翼を与えたことを、言外に示唆するウルカグアリー。
 バルドルは憤りを一転、笑みへと変えて。
「なるほど。僕はまだ女神に見せてはいなかったね。黄昏をも裂く僕の力を! ああ、高鳴るよ。僕はこの戦場で旧き世界に示す。真なる世界の開闢を――エインヘリャルの導き手たる僕の峻厳と慈悲とを! 女神は特等席でそれを見届けてくれればいい。そしてその暁には言祝ぎを! そうと決まれば急ごうか。事も善も、そして僕にインカを取れと告げたあの者も! 僕が踏み出す一歩を待ちわびているんだから!」
 花弁を散らしながらヴァルキュリアが散開し、バルドルへ従う。
 主たる少年の前進が果たして推参なのか到来なのか、それを世界へ問うために。

●援軍
「みんな大丈夫!?」
 狼群が姿を消した戦場に、高く、そして強い声音が響く。
『テレさん!? って、ほんとに来たんすか!?』
 通信機の向こうで声を裏返した礼元堂深澪(az0016)に「当然よ! 手が足りないって言ったのはあなたでしょ!?」、まっすぐ返した彼女は、引き連れてきたエージェントたちに指示し、傷ついたエージェントたちの治療にかからせた。
「H.O.P.E.特務エージェント、テレサ・バートレットよ! 正義を示すために、ここへ来た!!」
 そしてエージェントたちが守りぬいたマスドライバーをバルドルからかばうように立ち、閃光がごとき視線を突きつける。
「でも、あの子をこの手で引きずり落とすのは、途中から首を突っ込んだだけのあたしじゃない。それはこの戦場を守り抜いたあなたたち東京海上支部の役目だから……」
 テレサは握り締めた拳を天にかざし、エージェントたちを返り見た。その目にあらんかぎりの思いを燃やし、滾る力を言葉に変えて言い放つ。
「あなたたちの戦い、あたしが支える! だから行って! 神を僭称する悪を倒すために!」

解説

●依頼
・バルドルを撃退してください。

●状況等
・全員での空中戦となります。
・バルドルを中心に、ヴァルキュリアが円状に展開。
・作戦に合わせてタグ(小隊)分けを。
・エージェントはライヴスジェットパックを背負ってマスドライバーで上空へ打ち上げられ、3ラウンド戦った後に「地上へ落ち、新しいパックを背負って打ち上げられる(1ラウンド消費)」を繰り返します。
・打ち上げられる方向は大まかに指定可。
・マスドライバーはテレサ・バートレット(az0030)とその部下が防衛。地上で短い会話等は可能です。
・空には薔薇の花弁が舞っており、あらゆる通信をジャミングします。近くにいるエージェント同士は会話可能。ただし聞かれる恐れも。

●バルドル
・自らを絶対防御するバリアを張る能力(バルドルがいるスクエアのみ有効)、そのバリアを拡げて攻撃する能力(周囲5スクエア程度?)を有します。
・「悠然」を意識してゆるやかに飛びます。
・激高しやすく、精神的に不安定です。
・憤ることで未知の大技を放つことがあります。

●ウルカグアリー
・攻撃行為は一切行いません。また、バルドルを守りません。
・防御力はそれなり以上。黄鉄の性質により、帯電しやすく、打たれると火花を発します。

●ヴァルキュリア
・細身の槍と丸盾で武装。
・槍は直接攻撃(射程2)のほか、光線(射程20)による遠距離攻撃も可能です。
・個体としての戦法はヒット&アウェイですが、連携して取り囲んでくることも。
・会話は可能です。

●備考
・この場にバルドルが姿を現わしたのは、彼自身の考えによるものではありません。
・バルドルへ一定以上のダメージを与えると、ある理由でヴァルキュリアの数が減少していきます。
・『【森蝕】愚者の黄金』参加PCは3ラウンドめからの参戦に、重体だったPCは5ラウンドめからの参戦になります(治療のため)。その間も会話は可能です。

リプレイ

●到来
『京子、敵が来ます!』
 志賀谷 京子(aa0150)の内よりアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)が告げた。
「カウントはいらないよ、それはバルドルくんにお任せ」
 京子は37mmAGC「メルカバ」を三連射。バルドルを中心に据え、HEAGの爆炎をばらまいた。
『ロロロ』
 ここだ。内の辺是 落児(aa0281)の声の先をたどるように、構築の魔女(aa0281hero001)は京子と同じ37mmAGC「メルカバ」の引き金を絞る。
 爆炎を吹き飛ばす、爆炎。
 しかし。
『ロ、ロロロロ』
 防がれたという落児の報告どおり、射線に割って入ったヴァルキュリアの盾が榴弾を弾き、バルドルまで届かせない。
「予想どおりだけどね、っと」
 魔女と共に、下方のヴァルキュリアの槍から降る光線をかわし、京子は駆ける。
「このまま攻撃を引きつけて打ち上げを援護します! その後は相手がどう動くかによりますが……戦線を崩せれば重畳ですね」
 魔女の言葉にサムズアップで応え、京子は幻想蝶から拡声器を引っぱり出した。
『京子、その拡声器は?』
 メリッサの問いに京子は人の悪い笑みを向け。
「ん。わたしたちの説が正しいか確かめる間に、今度こそバルドルくんをおちょくって遊ぶ!」

 マスドライバーの前で仁王立つテレサ・バートレット(az0030)が、ライヴス・ジェットパックを装着し終えたエージェントたちに告げた。
「今のうちに飛んで!」
 人狼群との戦いに臨んだエージェントに代わり、この戦場に立った者たちの先陣を切るのは、3班に分けた内のAチームに所属する迫間 央(aa1445)である。
「前にも高度1000メートルに転送、降下制圧作戦なんてのがあったな」
 マスドライバーのレールに身を預けた瞬間、猛烈なGを突き破ってその体が空へと投げ出される。
『作戦に文句を言うつもりはないけれど、エージェントの扱いって雑よね』
 うそぶくマイヤ サーア(aa1445hero001)へ内で苦笑を返し、央はジェットに点火した。
「空に潜む場所はないが、せいぜいかき回すか」

 ずいぶんと芝居がかった子ね。
 水瀬 雨月(aa0801)はヴァルキュリアの渦に守られ、悠然と飛ぶバルドルを見やって息をつく。
『残念ながら、蝋で固めた鳥の羽ではないようだぞ?』
 冷めた声音で雨月へ語るアムブロシア(aa0801hero001)。
「……じゃあ、太陽に近づいても溶けたりはしないのね。あとは、凍らせられるか」
 もう一度息をつき、雨月は終焉之書絶零断章の白き表紙を開き、その内に囚われた絶対零度を呼び覚ます。

「キレやすい坊らしいやんか。あないなんがトップ張っとるとは思えへんな」
 赤の先から伸び出す銀髪をなびかせて飛ぶ弥刀 一二三(aa1048)が口の端を吊り上げた。
『裏に愚神がいるか、愚神に乗っ取られているか……どっちにしろ正義を名乗るにはいらぬ犠牲を出しすぎだ』
 キリル ブラックモア(aa1048hero001)が熱のこもった声音を紡ぎ、ライヴスを燃え上がらせる。
 共にヒーローたるを尊ぶふたり、気合は十二分だ。
「杏樹はん、準備ええか!?」

「いつでも、いけるの!」
 ジャミングされた空に、泉 杏樹(aa0045)が凜と声音を響かせた。
 その内で榊 守(aa0045hero001)はひとり思いを馳せる。アガリーの奴、バルドルを守る気はなさそうだな。……まさか、バルドルの死を望んでいるのか?
 思考に沈む彼を、杏樹の声が引き戻す。
「バルドルさんの中にいる、第二英雄――愚神、なのかも。杏樹が、みなさんを、絶対守るの」
『はい。及ばずながらお支えいたします、お嬢様』
 かくて一二三と杏樹によるカチューシャMRLの饗宴が空を揺るがせた。

『真なる世界のきざはしね……拓くだの導くだの謳いながら、いざ顕現させるは拒絶の力か』
 イリス・レイバルド(aa0124)の内、アイリス(aa0124hero001)が熱の薄い皮肉を閃かせた。
『この戦場、神話になぞらえて奴を殺す儀式の場だと警戒する動きもあるが……果たしてどうかな』
 アイリスの言葉に、イリスが内で応える。
『どっちにしても倒すだけだよお姉ちゃん! その後のことは余裕ができてから考えればいい』
 かくて透き通りし宝石盾『ルミル・エル・レガリス』を掲げたアイリスが、こちらへ穂先を向けるヴァルキュリアから班分けしたBチーム――次に飛ぶ仲間を援護すべく前へ進み出た。

「毎度毎度、こちらが驚くような現われかたをしてくれるな、彼女は」
 戦闘を開始したAチーム、そしてマスドライバーとエージェントたちの盾となって立つテレサを見やったリィェン・ユー(aa0208)はマスクの下でため息をついた。
『心の内の喜びがだだ漏れじゃ。武人にあるまじき有様じゃの』
 あきれ顔のイン・シェン(aa0208hero001)にリィェンは苦笑を返し。
「しょうがないだろう、久しぶりに顔を見ることができたんだから……」
『声をかけてゆかぬのか?』
「今はいい」
 長くなってしまいそうだからな。リィェンが噛み殺した言葉を思い、インはうなずいた。
『惚れた女の前で無様を晒すなよ』

 空へと至ったフィアナ(aa4210)はその向こうにあるバルドルを見て思う。
 なんとなく、ちょっとだけ、興味あるのよね。
『光の神かぁ。奇遇だけど、僕もだ。似ているね、あの少年と僕は』
 ルー(aa4210hero001)の言葉を聞き、フィアナは自分がバルドルに持つ興味はまさに、兄と慕うルーと似ていればこそなのだと気づく。
 ルーとバルドル、共に「光の神」を名乗る存在。
 ここで見極めるよ、光の神を名乗るあの子が光たりえるのか。

 空中でカチューシャMRLを展開したGーYA(aa2289)はトリガーに指をかけ。
「美空さん、合わせられるか!?」
『まだ治療中みたいよぉ』
 まほらま(aa2289hero001)が肩をすくめて言った。
 地上でGーYAと攻撃を合わせる予定だった美空(aa4136)は、先の戦いに臨んだ仲間たちと共に緊急治療中だ。
「じゃあ、美空さんたちが上がってくるまでの援護ってことで!」
 16連ロケット弾を、先にAチームが放った攻撃へ重ねる。盾で防がれているようだが、さすがに無傷ではすむまい。
『誰かの思惑通りに踊らされているような、妙な感じよねぇ』
 彼の内でぽつり、まほらまが声音を漏らした。
 フレイヤ、フレイ、トール、そしてバルドル……誰もが自らの意志で動いているようでいて、誰かの意志に動かされているようにも見えて。
「今日で少しはなにかが見えるといいんだけどな」

「治療完了、行ってくれ!」
 じりじりと仲間たちを見送るばかりだった先の戦いからの居残り組が、ロンドン支部のバトルメディックたちに一礼してマスドライバーへ向かう。
「あれか、今回の首謀者は」
 赤城 龍哉(aa0090)が口の端を吊り上げた。集中治療のおかげで体は完調。これなら存分に戦い抜ける。
『傀儡の可能性もありますけれど』
 先にバルドルが語った言葉をなぞり、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)が言う。
『そもそもバルドルはエインヘリャルの導き手ではありませんし』
 龍哉は苦笑を返してテレサへ向きなおった。
「挨拶は後にさせてもらうぜ。この場は頼んだ!」
『お願いいたしますわ、テレサさん』

『あれが……“自称”頭首様』
 龍哉と同じタイミングで、内でうそぶくニウェウス・アーラ(aa1428)。
 内の英雄ストゥルトゥス(aa1428hero001)が皮肉な笑みと共に言葉を返した。
『薔薇の花弁を撒いてへらへら悠長に飛ぶとかまぁ、趣味が悪いことで』
 ニウェウスはストゥルトゥスによってルーン魔術を書き足された終焉之書絶零断章を抱えて飛ぶ。
「虚飾が過ぎて、うざいよ」

『む、あれが今はやりのアイドルゲーム』
『どこのPだよ。バルドルだっつーの』
 バルドルを見上げて内で漏らす美空に、R.A.Y(aa4136hero002)がだらだらツッコんだ。
『それにしてもあのまっすぐな豪胆さ……テレサさんは美空のお母さまにふさわしいお方なのであります』
『言うなよ? あの女、マスターの兄ちゃんより若ぇからな?』
 欲望はさておき。美空はGーYAの張った弾幕に紛れて空へ飛ぶ。

 その後を追うのはクー・ナンナ(aa0535hero001)と共鳴したカグヤ・アトラクア(aa0535)だ。
「くふふ、ああいう手合とは敵対してこそじゃな。難を言えばもっと大規模な軍勢で攻め寄せてきてほしかったものじゃ」
『事件がないとエージェントも廃業だしねー。ある意味マッチポンプ?』
 カグヤとクー、それぞれで物騒なことを言いながら上空へ。美空と共にA、Bチームから繋がるつるべ撃ちを実現すべくカチューシャMRLを展開した。

「あと20秒で送り出すから! 耐えてちょうだいよ!」
 バトルメディックたちの治療が続く中、加賀谷 亮馬(aa0026)は戦場へモニターアイを巡らせていた。
『気力は損なっておらぬな』
 Ebony Knight(aa0026hero001)が内から問う。
 亮馬は静かにうなずいた。声を出さないのは、体の内で滾らせたライヴスを漏らさないためだ。敵の虚を突き、仲間の攻撃を繋ぐ“点”を見定める。それが戦場から退避した仲間たち――妻への、そして今戦うために飛んだ仲間たちへのただひとつの贖いとなるだろう。
『深手を負ったは鍛錬不足。それは心に刻んでおけよ。しかし、我らにできることなど突撃と突貫しかないことも事実。ゆえに、一撃をもって奇貨となるぞ』
 Ebonyと共に飛ぶべき戦域を探り、亮馬は静かに息を整えた。

●拡大
 自由落下にその身を任せ、央は九陽神弓を引き絞る。
「ふっ」
 落下で受ける空気抵抗を織り込んで照準を調整した矢は狙いどおりに飛び、ヴァルキュリアの盾を弾いた。結果、その奥に隠れていた表情が露となる。
「笑っている?」
『信仰に殉じる狂信者の顔ね』
 マイヤが冷めた声音で返し。
『遠距離攻撃ではあの盾の陣を崩せない。裏を取ってバルドルを探るわよ』
 彼らはこの戦いで唯一のシャドウルーカー。バルドルを牽制し、彼が張るバリアの特性を探るのは当然、自分の仕事を心得ていた。
 ひとつ懸念があるとすれば、この戦場では威力偵察にならざるをえないことだが。
「……当たらなければいいだけのことだ」
 飛び交う光線を最小の動きでかわし、央が口の端を吊り上げた。

「央くんがしかけるみたい! ボクも出るよ!」
 イリスが歌声を紡ぎ、守るべき誓いを成した。
 ヴァルキュリアの槍から放たれた光線がその盾へと降りかかるが、盾を包む破邪の光はそのか細い光を圧倒し、寄せつけない。
 さらにはヴァルキュリアが突き込んできた穂先を下から押し上げていなし、そのまま仲間の待つ後方へと送り出す。空中戦の経験に裏打ちされた、見事な動きである。
『問題は、今このときにバルドルの盾が存在しているのかだね』
 アイリスは目をすがめてバルドルを見るが、花弁のジャミングとヴァルキュリアの盾とで守られた少年は未だ遠い。
『……黄鉄の翼背負って人のこと愚者呼ばわりとかねぇ』
「光の神とか名乗ってるくせに、あれならボクのほうが光ってるじゃないか。光れよ」
 どちらが愚者かをはっきりさせよう。
 イリスは自らの四翼に同化させた救国の聖旗「ジャンヌ」の輝きで、戦場に祝福をもたらした。

「先駆けは任せたで、央」
 カチューシャをパージした一二三が口の端に笑みを作り、友の背に投げた。声音が届かぬことは知っているが、この気持ちはきっと届くはずだから。
『30という数が意外に困る。散開しているわけではなく、密集しているわけでもない』
 キリルが厳しい顔で言う中、一二三は緋獅子の剣を抜き出した。
 光線がその体をかすめて肉を焦すがかまわない。バルドルへの道を阻むヴァルキュリアの盾へ大上段から叩きつけ、体勢を揺らがせる。
「そしたら一体ずつ減らしてくだけやろ」

 杏樹の藤神ノ扇がふわりと舞い、光線を払いのける。
『やはりバルドル様への道行き、平らかなものではありませんね』
 守がバルドルの前を飛ぶヴァルキュリアを見やる。ため息はつかない。執事として、主の前で私情を見せる無作法は許されないから。
「あの盾、射撃に強いみたいなの。情報、テレサさんに伝えて、みんなにも」
 ヴァルキュリアの盾はどうやら対弾・対爆効果に優れているようだ。デクリオ級従魔を無策のまま投入するほど、バルドルも迂闊ではなかったということだろうが、しかし。
『射撃に対して無傷ではありませんし、直接攻撃に対しては防御効果を十全に発揮できません。連携を重ねればあの盾は払えるかと』
 前に出た杏樹は一二三が崩したヴァルキュリアの首筋を扇で打ち据え、その背を足がかりとしてさらに前へ。
「落ちるまでに、少しでもみなさんの道、拓くの」

 杏樹が跳んだことを確かめ、雨月が白き書を開いた。
 書から忍び出た凍気は白の杭と化し、宙に体を泳がせたヴァルキュリアの背を突き抜いてその命を吸い取った。
 零に還れ――どこからともなく響く声音を聞きながら、雨月は新たなページを繰る。
「この程度で散る。ヴァルキュリアの名前にふさわしいとは思えないわね」
 アムブロシアは薄く肩をそびやかしてみせ。
『憧憬を映せばこその不相応。かわいらしいものではないか、あのバルドルとやらもな』
 ヴァルキュリアを従え、黄鉄の翼持つ少年来たる。
「一角を崩したことで状況が動くわね」
『いかにする?』
 雨月はリフレクトミラーを展開し、バルドルとの間合を測りながら返した。
「攻める」
 ヴァルキュリアの動きはおおよそ知れた。次はバルドルの動きを確かめる。その能力の丈を露わとし、墜とすために。

 ヴァルキュリアの穂先をレーギャルンに収めたウルスラグナの柄頭で弾き、フィアナはその翼持つ修道女めいた体を蹴り退けた。
「ヴァルキュリアもウールヴヘジンと同じなのかな?」
 フィアナの疑問にルーがしばし黙考し、答える。
『茶会の報告書を見る限り、その可能性は否めないな。バルドルの“盾”がなにかを消費するのだとして、そのなにかが従魔を殺すことによって得られるのなら……』
 抜き放ったウルスラグナよりその剣身の金を宿した衝撃の刃が伸びだし、後方から光線を撃とうとしていたヴァルキュリアを斬った。
「盾の数えかたが気になるのよね。張った盾の数……なのかしら」
 疑問はあるが、それを確かめるよりもまず、バルドルの盾の素となる恐れのある従者どもを減らさなければ。
「もしバルドルがヴァルキュリアを殺し始めたら、数とタイミングを確かめる」

「そぉれ、派手にかますぞ!」
「了解じゃん?」
 カグヤと美空のカチューシャMRLが濁ったハーモニーを轟かせ、空域を火と衝撃の面で押し潰した。
「とはいえ、結果は知っておるわけじゃがな」
 これまでの仲間の爆撃が大きな成果をあげていないことは承知していた。しかし、強力な打撃は敵の先陣を揺るがし、隙をこじ開ける。
『バルドルの守り、薄くね?』
 R.A.Yは散漫な盾の守りの間にあるバルドルを指す。
「あの絶対防御? 敵も味方も区別できねぇんだろーさ。バルバルじゃなくてバルドルからすりゃ、ヴァルキュリアに固まってられっと都合悪ぃんじゃん?」
 答えた美空にカグヤが言葉を重ねた。
「うむ、邪魔ならわらわたちも手伝ってやろうかの。今のままではアミーカとの立ち話も捗らぬ」
 敵の動きは地上に縛りつけられている間に確かめた。ヴァルキュリアがバルドルのまわりに固まらず、展開しているのは、カグヤも美空の推論どおりと見ている。
 パージしたカチューシャの代わりに呪符「慚愧怨惨」を構え、カグヤがヴァルキュリアへ高く告げた。
「霊たちはそなたらの導きとやらを拒んでおるぞ。この者らの恨みの重さ、知るがよい」
『逆にカグヤが思い知らされたら笑っちゃうよねー』
 一方美空はウェポンディプロイでコピーしたカチューシャを再展開。この16連ロケット弾は回避を鈍らせる毒つきだ。
「ザコは崩して討ち取るじゃん?」
『なんだよ、バルドル狙わねーのかよ?』
 R.A.Yの疑問に美空は内で答えた。
『ウルカ姐さんの考えが気になるのであります。なぜこの戦場へ戻ってきて、どうやら守る気もないバルドルさんの羽をやっているのか……』
 契約主の不安がバルドルの命に関わっていることはすぐに知れる。しかし、この状況では撃ち、討つよりないだろうに。
 R.A.Yは『あー』、自らの思いを濁して頭を掻き、美空へ提案した。
『殺す気でやったってそんな簡単に死なねーよ。もっと気楽にやっちまおうぜ?』
 殺るのではなく、やる。R.A.Yの不器用な気づかいに美空はこくりとうなずいた。

 カグヤと美空の攻撃で揺らいだヴァルキュリアへフリーガーファウストG3を撃ち込む龍哉。吹き飛んだヴァルキュリアが燃え立つ花弁にまかれ、高度を大きく下げた。
『花弁、戻ってきていますわね』
 ヴァルトラウテの言葉どおり、どこからか舞い飛んでくる新たな花弁。こちらからすれば厄介この上なかったが。
『それだけバルドルが神経質に“ノイズ”を嫌っているとも思えますわ』
「そのへんは後で確かめるとして、やることは山積みだ。手早く行くぞ」
『あの障壁の謎解きが必要ですものね』
 Aチームを後退させ、央を弾き飛ばしたバルドルのバリア。あらゆる手を尽くしてしかけを暴く。
 槍を構えて突撃してきたヴァルキュリアを立てた膝でいなして置き去り、姿勢を保つ。
『龍哉、バルドルに近づき過ぎては迫間君のように打ち払われますわよ』
「間合は見誤らねぇさ」
 ヴァリアブル・ブーメランに換装した龍哉は口の端を吊り上げ、中空を行くバルドルへ鋭い視線を突きつけた。

『魔法攻撃は盾越しでも効く! テンション高いうちに行くよー』
 ストゥルトゥスに促されたニウェウスが断章を開き、凍れる刃を召喚する。
 彼女の腰部に装着されたコンテナより展開した6枚のリフレクターが、互いの間で刃を反射させて砕き、その欠片を雨のごとくに降りしきらせた。
「迫間さん出過ぎじゃないかな? まだ始まったばっかりなのに」
『バルドル君、意外に出し渋ってるからねぇ。つついてきっかけをってのは手ではある。射撃だけじゃ取り巻きの盾だって越えられない状況だし、どのみちボクらの声は彼に届かないし』
 今できることは援護だよ。添えられた言葉を心に据えて、ニウェウスはストゥルトゥスの書きつけたルーン文字を指先でなぞった。

「俺ももたついてはいられんな」
“極”の異名を持つ屠剣「神斬」から斬撃を飛ばし、フィアナが蹴り飛ばしたヴァルキュリアを打ち据えたリィェンが、ゆっくりと迫り来るバルドルを見る。
『備えよ』
 バルドルから発せられる気配に眉をしかめたインが警告した、まさにそのとき。
 先陣を切っていた央が吹き飛び、その後方で援護していたAチームの面々が数メートル押し退けられる。
「あれがバルドルの拡大するバリアか!」
『目に映らぬから形は知れんが、高度によらず押し退けられた。半球状か、球状か』
 茶会で収集されたデータによれば、その有効範囲は10メートルそこそこであったはずだが、今のあれを見るに少なくとも二倍は伸びる。
 リィェンはすがめた目で距離を測り、息を吐いた。
「が、吹っ飛ばすにはやはり近距離である必要がある」

「今数えたよな!? なんて言ってた!?」
『さすがにここからじゃわからないけれど』
 GーYAとまほらまが外と内とで言葉を交わす。
 と。リィェンに斬られたヴァルキュリアが体勢を立てなおし、死角から槍を突き出そうとしていた。
 飛びつくように割り込んだGーYAはネビロスの操糸を伸ばして穂先を絡め取り、柄をこすり落とすようにしてヴァルキュリアの持ち手を裂いた。
「背徳の愚者!」
 ヴァルキュリアの甲高い叫び。
 反撃の刺突を肩で止め、再び操糸を放って敵の首へ巻きつけたGーYAは顔をしかめ。
「バルドルが行く己の道は、ラグナロクからしたら正義だ。昔見たヒーローはカッコよかったけど、敵から見たらそのヒーローが悪役なんだよな」
『そうねぇ』
 まほらまの答えは否定も肯定もなく、短い。自分がそれを断じる立場にないと思い定めているかのように。
「でも、俺は生きてく意味を見つけるためにここで戦ってる。それは義じゃなくても正しいことだって思うから。俺は、ためらわない!」
 首を落とされ、墜ちていくヴァルキュリアを見送ることもなく、まほらまはただGーYAへうなずいてみせた。

●カウント
『京子、迫間さんが墜ちてきます!』
「リンカーは墜ちても大丈夫! それより追撃来るよ!」
 京子は戦場に舞う花弁を貫き、下降してくるヴァルキュリアをHEAG弾で突き上げ、追い散らす。
 その爆煙を抜けてきたヴァルキュリアが、続くHEAG弾を食らって煙の向こうへ消えた。
 ノイズキャンセラーの効力で集中を高めた魔女の一射。
「遮るものがなければ届く。道理ですよ」
 幾枚かの花弁と共に燃えたヴァルキュリアを見上げ、魔女はため息をついた。
「それにしてもあの花弁、本当にジャミングの効果しかないようですね」
『ロロロ、ロロ、ロ』
 雑念を払うだけにしては大がかりすぎるがな。落児が応えた。
 その間にも方々から光線が降り落ち、メルカバの装甲をちりりと焼き焦す。
 それにしても。デクリオ級が持つには過ぎるヴァルキュリアの盾。あれのおかげで思うように攻撃が通らない。
「崩す役にはたっていますし、むしろバルドルに通じるかを図りたいところですが」
『……ロ…ロ、ロロロ、ロロ』
 京子しだいだな。
『ヘイヘイ、バルドルくーん! 現場監督も兼任とか、人手不足が深刻すぎなーい? 福利厚生見なおしたらー? それとも実は、君が小間使いなのかなー?』
 拡声器でバルドルを煽る京子。
 バルドルが揺らいだ様子はないが、盾を構えたヴァルキュリアが口々に叫び返してきた。
「救いの御方は真なる世界への導き手であらせられる!」
「地を這う愚者に、あの御方の鴻鵠の志は知れぬ!」
「すばらしき御方! 我ら喜びをもって世界の礎とならん!」
 それを聞いたアリッサが首を傾げ。
『なにか、ずれていますね』
「おつきの乙女は狂信者ってとこかな。弾が届かなくてもこの声は届いてるはずだし、続けるよー」
 意気込む京子を横目で見やり、魔女は駆けてくる央と、タイミングを合わせて地へ降りたAチームの支援を開始した。
「京子さん、言葉よりも語調で煽るタイプなのですね……」

 地に墜ちた央は背を丸めて転がり、その勢いをもって駆ける。
「バルドルのカウントは“ふたつ”だ! B、Cチームに共有を!」
 京子、魔女、そしてテレサへ告げた彼はジェットパックを換装し、マスドライバーへ。
「あなたの言葉、ジーニアス・ヒロインが確かに預かった!」
 サムズアップで応えたテレサ。
 と。央の背に一二三の手が触れる。
「ぶちかましたれ、央」
 一二三が空を差し。
『央殿、次は私たちが受け止める』
 キリルが強く言葉を重ねた。
 背を押す友の思いが、その手を伝って流れ込んでくる。
「頼む」
 レールに身を預けた央の内でマイヤが静かに言う。
『応えるわよ、央』
「かならずな」
 短く応えた央が、再び空へ飛んだ。

「私たちも合わせるわ」
 換装を済ませた雨月がアムブロシアへ告げた。
『小僧に絶対防御を使わせるか』
「ええ。思いついたこともあるし」
 地に降りたと同時、彼女はその手の内に“思いつき”を握り込んでいた。
『さて。それが文字どおりの一石となるや否や……』

『わたくしどもでは、お渡しできる方がかぎられてしまいますので』
 守の言葉に続き、杏樹はヒールアンプル3本をテレサに託した。
「央さんにお任せじゃ、だめなの。杏樹も、お手伝い、するから」
 主の決意を受けた守はただ深く一礼し。
『参りましょう。ご存分にお力を尽くされますよう』

 飛ぶための準備を整えるイリスがアイリスに語る。
「バルドルの前に行くよ。なにが来たって、絶対通さないから」
 意気込んで応えたイリスにアイリスはうなずき。
『でも警戒はしたまえよ。まさになにが来るかわからない状況だからね』
「うん!」

 亮馬はまだ動けない。あと15秒がたまらなく長かった。
『短期戦となりそうだな』
 ぽつり、Ebonyが漏らした。敵大将のバルドルが前に出てきているのだ。長く続くはずがない。勝つにせよ、負けるにせよ――
「上等だ。最初っから全開で行く」
『帰るべき家があることを忘れるなよ』
 Ebonyの言葉に、亮馬は青き機甲で鎧われた右手を握り締めた。ギヂッ、硬き指が込めた力でこすれ合い、鈍い音を鳴らす。
「帰るさ。俺を尽くして戦って、勝って帰る」

「三つ」
 エージェントの攻撃にバルドルが不可視のバリアを張った直後。
「そこっ!」
 ニウェウスが呼び出した凍れる炎がリフレクターの間で跳ね返り、フレアのごとき炎流を描いてヴァルキュリアども、そしてバルドルを撃つ。
「四つ」
 バルドルは不可視のバリアを張り、これを防御。燃え墜ちようとしたヴァルキュリアへ目を向けた。
「そのまま死ぬか?」
「バルドル様の御慈悲を――!」
「いいだろう。君の魂を刻んだこの刃、僕はかならずや真なる世界へ携えて行こう。――旧き世界にその骸を積もらせ、僕が踏むきざはしとなるばかりの者たちがいる。君はその中にあって僕に共連れる栄誉を得た。真なる世界での復活に胸躍らせて、心やすく逝け」
 感涙するヴァルキュリアの首を剣ではね、バルドルはニウェウスを見やった。
「我が戦乙女たち、愚者諸君に貶めさせはしないさ! その生も死も、すべては僕の歩みを支える踏み石となるのだからね!」
『踏み石って……部下貶めてんの、自分じゃないか』
 ストゥルトゥスが口の端を歪めて言い捨てた。ヴァルキュリアの狂信が、バルドルの身勝手が、ただただ不快だった。
「卑屈な選民主義ってのは聞くに堪えんな。要はきみ、あれだろ? 自分がかわいいだけだろう?」
 リィェンの斬撃を、「ふたつ」。バリアで弾いたバルドルが眉根をしかめた、そのとき。
「これならどうだよ!?」
 虚を突いて飛び出したGーYAが、隠し持っていた正体不明のオイルをバルドルへぶちまけた。
「っ」
 目を剥くバルドルだが、その体は黄鉄の翼によって後方へ運ばれ、かろうじて汚されることを回避する。
「女神! 僕を護ることを決意してくれたのか!? このときをもって僕は」
『万が一、妾に火がつけば汝(なれ)を墜とすことになりかねなんだ。さすれば我は約を損なうこととなろう。それを避けたまでのこと』
 ウルカグアリーの言葉に顔色を失うバルドルだが、すぐに無理矢理の笑みを取り戻した。
「焦りすぎてはいけないね。許してほしい。でも、それだけ僕が女神を高く買っていればこそだよ」
 ここでニウェウスが冷めた目をバルドルへ向け。
「神話に則っている、なら。そのバリアは、母たるフリッグのおかげ――かな?」
 ニウェウスの意図を汲んだストゥルトゥスが言葉を継ぐ。
『だとしたらさ、その翼も含めて言うとぉ』
「ひとりではなにもできない、お子様……ってこと、だよね?」
 ストゥルトゥスがことさらにあきれた声を作り、突きつけた。
『おまえ。ほんとに頭首ってタマか?』
 バルドルの笑みに激情がはしる。
 薄っぺらい余裕が容易く割れ砕け、歪んだ憤怒が噴き上がる。
 しかし。
「……ふたつ」
 エージェントの追撃をバリアで弾いたバルドルは、悠然と高度を上げた。誰の目から見てもそれは装いだ。しかし、なぜ激情を抑えられたのかは窺い知れなかった。
「カウントが戻ったよ」
 ヴァルキュリアの攻撃を聖鞘「キングスシース」へ収めたウルスラグナで弾いたフィアナが、内のルーへささやきかけた。
『先に四つ、ヴァルキュリアを殺したその後でふたつ……茶会でカウントが戻ったことはなかったんだよね』
 ルーの返事に、フィアナは小さく首を傾げた。
「バルドルが従魔を殺すのが大事なのかも。だったら、殺させちゃだめだよね」
 フィアナはあらためてヴァルキュリアの群れへと視線を据えた。バルドルが従魔の命を使うなら、それをさせないうちに1体でも減らしておくべきだ。
 かくて戦いは停滞し、エージェントにとっては我慢の時を迎えることになる。

●絶対防御
 最大戦力であるAチームが、空に留まることのできる最後の10秒にラッシュをかける。
「まったく。分をわきまえない愚かさに付き合わされる僕の身にもなってほしいところだね。諸君らに僕を傷つけることは無理だよ。つまりは、なにをしようと無駄だ」
『光と音は脅威ではないと思っていたんだけどね。あのおしゃべりは聞くに堪えないよ』
「だったら止めちゃおう!」
 アイリスに応えたイリスが影なる刃を上書きし、無影の光刃へと転じた『ルミナス』を構えた。
「螺旋槍!」
 鋭い回転が螺旋の軌道を描き、光渦と化してバルドルへ。
「捧げろ」
 バルドルの言葉を受けたヴァルキュリアが傷ついた体を飛び込ませ、渦を受け止めた。
 笑いながら死にゆく従魔を無造作に剣で貫き、バルドルが「四つ!」。
 拡大したバリアがイリスの盾に浸透し、その体を押し飛ばす。
『すいぶん嫌ってくれるじゃないか。女の子は苦手かな? それとも――』
「――近づかれたくない理由でもあるの!?」
 イリスが飛ばされてきたヴァルキュリアの骸をつかみ、不可視のバリアへ押しつけた。
 血で表面が汚れ、不可視が可視へと転じるが。
『バルドルを起点に拡がるバリア。内に入るのは無理で、かわせる速さでもない。でも』
 アイリスの余裕にバルドルが眉をひそめた、そのとき。
 イリスのカバーを受けていた央が空へ染み出し、圧力の狭間へその体をすべり込ませた。
「数えるより早く撃ち込めば、どうだ?」
 置き去るように撒かれた縫止の針がバルドルの体に突き立つ。
「っ!?」
 唐突に央の体が弾け飛び、宙を二転三転、杏樹に受け止められてなんとか体勢を立てなおす。
『針ごと弾かれたわ。バルドルの“ふたつ”に』
 杏樹に礼を告げた央は、マイヤの言葉に眉尻を跳ね上げる。
 あのバリアは自動ではなく、アクティブスキルのはず。それが今、自動で起動した――いや、誰かの意志で?
「ふん、礼は言っておこう」
 バルドルのうそぶきで、央は思い至る。
「英雄が内から見張っているようだな」
『監視をかいくぐるのは難しそう?』
 意図を含ませたマイヤの言葉に口の端を吊り上げて。
「そいつが気づくより迅く斬り込む」
「先と同じだ! 墜ちてしまえば戯言も消える!」
 央の言葉に苛立ち、剣を振り上げるバルドル。その鼻先に投げ込まれた目覚まし時計「デスソニック」がけたたましいアラームを吐き出した。
「ちっ、わかっていると言っているだろう!」
 不可解なセリフを紡ぎ、バルドルが央へ向けていた剣でデスソニックを弾いた。
「真なる世界の夢、覚めた?」
 デスソニックをキャッチした杏樹がそのままバルドルへと迫る。
「杏樹と言ったな。愚かしい選択、愚かしい行為、愚かしい抵抗、これ以上なにを重ねるつもりだ?」
 顔を引き歪めて吐きつけるバルドルに杏樹が向けたのは、最高の笑顔。
「お茶会で、嘘ついたの。約束守れない、バルドルさんは、ラグナロクにふさわしくないの」
「なるほど、愚かしい挑発というわけだ。ノイズよりも耐え難い――三つ!」
 バルドルの拡大バリアが杏樹を襲う。杏樹の体が押し戻され、肉が裂け、骨がきしむ。しかし。
「――黄昏をも裂く力、自慢しても、杏樹は裂けないの。杏樹は不死の巫女。バルドルさんの、偽りの力に、負けません」
 杏樹は両手を拡げたまま耐え抜いた。
 仲間を守り抜く。ただそれだけの意志がたおやかな身の内で滾り、その不動を支える。
「実に愚者らしい強がりだね。さえずるならせめて無傷を保ってくれたまえよ!」
「はっ、鏡見たほうがええな。自分、見られたもんやない薄汚い顔してんで!」
 杏樹の影から飛びだした一二三が飛盾「陰陽玉」の白盾を踏んでバルドルの頭上を飛び越え、黒盾を踏みつけて蹴り込んだ……と見せかけて、それを足場にさらに後方へ回り込んだ。
「“ひとつ”の後に“ふたつ”めが出せるんはわかってるけどなぁ!」
『“ふたつ”の後にも“三つ”か“四つ”を数えられるか!?』
 バルドルの絶対防御は予備動作なく発動する。しかし、拡大バリアの発動直後にすぐ新たなバリアを張れるのか。それをここで試す。
 一二三の右足が、呼び戻した白盾を今度こそバルドルへと蹴り込んだ。
「四つ」
 バルドルのバリアに弾かれた一二三はそのまま黒盾をつかんで飛び、墜ちるのを防いだ。
「数えられるんかい!!」
『くっ、絶対防御とはよく言ったものだな』
 奥歯を噛み締めるキリル。
「どこまで、いつまで絶対か、確かめたるわ……!」
 一二三の言葉にバルドルは青ざめた顔を薄笑ませ、吐き捨てた。
「口喧嘩なら勝てると思っているのか。どれほど僕を挑発したところで、この心を侵すことはできないよ。なぜなら僕は意を決しているのだからね。愚者を蹴散らして踏み出」
「おおおおおおお!!」
 バルドルの言葉を引き裂き、まっすぐに飛び込んだ亮馬が、割って入ったヴァルキュリアを下から突き上げた。エクリクシスの重い刃が盾を弾いて体勢を崩し、続く突きでその胸を貫いた。
「バルドル様! この魂を真なる世界へ……!!」
 バルドルの掲げた刃へ背から飛び込んだヴァルキュリアが息絶え。
「三つ!!」
 拡大したバリアが亮馬を骸ごと吹き飛ばした。
 腰部に接続されたジェットパックが火を噴き、墜落する亮馬。
「赤城さん!!」
 龍哉がブーメランを投じ、亮馬の体を隠れ蓑にしてバルドルへと向かわせる。
 弧を描くブーメランはバルドルの脇腹を叩くかに見えたが。
「――うるさい! ふたつ!!」
 バルドルのバリアで阻まれた。
『加賀谷君に言ったのではありませんわよね?』
 頭を抑えてわめくバルドルの様子に、ヴァルトラウテが疑問を発した。
「頭ん中にいる英雄か? しかし……本気で死角がねぇな。全方位、絶対防御かよ」
 これまでさまざまな角度とタイミングで試してきた攻撃はそのことごとくが弾かれてきた。だが、それゆえに見えたことがある。
『絶対防御は自動的に発動するわけではなく、止められる攻撃は“ひとつ”で一回きりですわね』
「拡がるバリアが“ふたつ”だろ。カラクリはわかってきたぜ」

 仲間と共に降下しながら雨月がバルドルを見据える。
「あとひと押しで、偽りの余裕を崩せるわ」
『やるか』
 アルブロシアにうなずきを返し、雨月は左手を握り締めた。その掌に伝わる頼りない固さ。
「盲点は意外なところにあるものよ」

 《白鷺》と《烏羽》を携えた美空はメタリックボディを駆り、ヴァルキュリアと対していた。
 すでにカチューシャは撃ち尽くしている。できることならバルドルへ向かいたいところだが……バルドルの裏にいる誰かの狙いが、エージェントを「ヤドリギ」に仕立て上げ、バルドルを殺させることでラグナロクの開幕を招くことなのではないとの推論が頭から離れなかった。
『儀式は止めなければいけないのであります。そのためにも、なんとかしてバルバルさんを捕縛しないと……』
『バルドルな。って、なんでもいーからサクっと殺っちまおーぜー』
 内で考え込む美空をR.A.Yが揺り揺り。
 そんな彼女を置き去り、カグヤは光線を撃ってくるヴァルキュリアへ20mmガトリング砲「ヘパイストス」の砲弾をたっぷりとお返ししながら前へ進み出た。
「チャオ! アミーカ!! 此度は通信機が使えぬようじゃから大きな声を出すぞ! 小僧のお守りをそなたに命じたはどこの愚神じゃ!?」
 果たして返答はなかった。
「ぬぅ、黄鉄を依り代としておるわりに黄金なみの口の重さじゃな。沈黙は金……いや、気が重いだけかの」
『大きな声とか出したくないだけなんじゃないのー? ほら、ヴァルキュリアがつられて寄ってきてるし?』
 クーのツッコミにカグヤはふんと鼻を鳴らし、ヘパイトスを構えなおす。
「小物はもうよい。小僧をつついて遊ぼうぞ」
 位置を固定し、あと20秒、撃ちまくるのみ。
 カグヤがそう思い定めたことを悟ったクーは、ガトリングってうるさいから寝られないよねーなどと思いつつ、あくびをため息に変えて吐き出した。
「さて。近々契約書を持っていくからの。それまでの間、わらわとも遊んでほしいのじゃ」
 ヴァルキュリアの向こうにあるバルドルへ不敵な笑みを投げ、カグヤは引き金に義指をかけた。

 GーYAは美空と同じ思いを胸に抱いたまま戦い続けていた。
「俺たちがバルドルにとっての“ヤドリギ”なんじゃないか。だとしたら、ラグナロクを引き起こすのは俺たち自身だ」
 彼の言葉を聞いたヴァルキュリアが「愚者がつけあがるな!」、槍を振るって襲い来る。
 GーYAは掲げたツヴァイハンダー・アスガルの長大な刃にライヴスを込め、大上段から斬り下ろした。
 肩口から腹まで斬り裂かれたヴァルキュリアががくりがくりと高度を下げ、ついには墜ちた。
『普通の人から見れば、英雄と共鳴して人を超えるリンカーと人外の戦いはラグナロク……神々の戦いみたいなものだけれど』
 まほらまは息をつき。
『でも、互いに譲れない戦いだから。信じるままに戦い抜くしかないのよ』
 置き去ってきた過去を透かし見るような、目。
 GーYAは言葉をかけることはしなかった。横腹へ突き立った槍を抜き取って投げ捨て、次の敵を目ざす。

「っは!」
 地に墜ちた亮馬が息を吐き、跳ね起きた。
『一点を狙うことと闇雲に突っ込むことは同義ではないぞ』
 Ebonyが静かに語り。
「ああ」
 亮馬が意を決して応える。
『それでも闇雲に突っ込むよりないのならば……肚を据えるよりない』
「ああ」
 亮馬が肚を据えて応える。
『行くぞ。あの絶対防御を突き破る!』
「おお!」
 亮馬とEbonyがライヴスを重ね、青き炎を燃え立たせた。

「豆鉄砲ってわけじゃあないし? 足元気をつけないと転ぶよ?」
 ヴァルキュリアを撃つ京子が挑発を込めて笑む。
「ヴァルキュリアの守りは固いですが、バルドルの拡大バリアの範囲内を開けて展開せざるを得ません。そしてバルドル自身の手で殺されなければカウントは巻き戻らない。バルドルに近づけずに倒せばカウントの回復はありませんが……」
 京子に引き寄せられるヴァルキュリアを押し戻すのは魔女の仕事だ。彼女がきっちり役割をこなしていればこそ、京子は奔放に行動できる。
『その点は予測どおりですね。バルドルにとってヴァルキュリアは守護役であると同時にカートリッジである』
 うなずいたアリッサが言葉を重ね。
『ロロロ、ロ、ロロ』
 問題は、カウントの上限がいくつなのかだな。落児がさらに疑問を上乗せた。
「小まめに回復してるから、多分そんなにストックしておけないんだろうけど。ヴァルキュリア1体につき“三つ”巻き戻ってるっぽいからなー」
 仲間からもたらされた情報と推測を照らし合わせ、京子は高度を下げたバルドルへ榴弾を撃ち上げた。だが、これはヴァルキュリアのカバーで阻まれる。
『倒しきりたいところですね……いつバルドルの餌にされるかわかりませんから』
 アリッサの声にかすかな苛立ちが滲む。
「こちらに引きつけていることでバルドルへの直接攻撃が可能となっています。このままリミットまでカウントさせられれば私たちの勝利ですよ」
 あえてかるい口調で紡いだ魔女が返した。
「了解了解。張り切って行くよー」
 それに乗った京子がウインク、拡声器越しにバルドルへ罵声を浴びせかけた。
『おーい、おしゃべり愚者坊や!!』
 かくてバルドルよりもヴァルキュリアの集中が乱れた瞬間を突き、魔女はストライクを乗せた榴弾を撃ち込んだ。
 翼を中程から吹き飛ばされたヴァルキュリアがバランスを崩して地に墜ちる。
「骨の構造と動作、そして感情を読めば、地上からでもこのくらいのことはできるのですよ」
 その内より落児はバルドルを見上げ、重い息をついた。
 魔女はあえて真意を問わず、Aチームの降下に備えて次弾の装填を急ぐ。

『Aチームが降下する。前に出るよ』
 ルーがフィアナを促した。
 イリスが戦場から離脱する10秒、戦線を支えるのはフィアナの役目だ。
 ヴァルキュリアの光線を避け、あるいはその腕で受け、彼女はバルドルの間合へと至る。
 その間にもバルドルはエージェントの四方八方からの攻撃を受け止め、無傷を保って飛び続けていた。
「愚者諸君! いいかげんに気づいたらどうだ!? 僕の盾は絶対に破れない! そう、僕は絶対に敗れないんだよ! この道行きは約束された未来への凱旋だ!! 僕は旧き世界より征くのではない、あるべき真なる世界へ還るのだよ! 塞がれた目で見上げるがいい、絶対不墜たる光神の威を!!」
『……甲高くてよく通る声だね』
 肩をすくめるルーにフィアナが同じく肩をすくめ。
「悠然を気取ってるわりにはせわしないのよね。いったいなにを意識してるのかしら」
 バルドルの拡大バリアを十字に組んだ腕で受け止めたフィアナに、数体のヴァルキュリアが襲いかかった。手負いとは思えぬ勢いだ。
 体を張ってこれに対し、フィアナはウルグラスナを抜き放った。
「これ以上、カウントは巻き戻させない」

「四つ!」
 バルドルがカウントし、拡大バリアが押し広がる。
『一二三、直撃を食らうとジェットパックが!』
 キリルの警告がはしった瞬間、一二三のジェットパックが火を噴いた。
「ち! タダじゃ墜ちてやらん!」
 失速しながら、それでも一二三はロケットアンカー砲をバルドルへ撃ち込む。
「そんな苦し紛れ、数えるまでもないね」
 ふわりと浮き上がり、アンカーを避けたバルドルが高笑う。
『こちらとちがい、飛んでいるからな……くっ、遠い』
 墜ちながら一二三はキリルへ口の端を吊り上げてみせた。
「まだ試してへん手ぇはある。どれか当たったら、そんときわろたったらええんや。ハナっからこれ狙ってたんやで――ってな」
 その不屈に、キリルは笑みを返す。
『私の気力が尽きぬうちに当てたいところだな』

 一二三とほぼ同時、リィェンのジェットパックもまた爆ぜていた。
「バルドルはかわせても、きみたちはどうだ!?」
 手から投じたネビロスの操糸で手近なヴァルキュリアの腕を絡め取り、引き落としにかかるが。
 ヴァルキュリアは盾を犠牲にして腕を引き抜き、結果、リィェンだけが墜ちる。
『――どのみち我らが降りる番じゃ。換装するぞ』
 地に墜ちた彼は、他のBチームメンバーが降りてくるのを確かめた後にマスドライバーへ駆けた。
「なにか共有できる情報はあるか?」
 努めて平らかに問う彼に、テレサはかぶりを振り。
「状況を打ち砕くきっかけがあればいいんだけど……」
 語るテレサもすでにところどころ傷を負っている。この支えがあればこそ、俺はここから飛べるんだ。
 リィェンは音にしかけた思いを噛み締め、代わりに低く告げた。
「バルドル目がけて飛ばしてくれ」
 終わらせる。そしてきみに勝利を。

●一石
 ヴァルキュリアの数が減じていく。
「五つ!」
 エージェントのヴァルキュリア退治が進むことで、バルドルのカウントの巻き戻りが鈍っていく。
「愚者め! 愚者め愚者め愚者め!! おののけ! 跪け! 乞え! 光たる僕を遮ることが許されると思うか!? ああ、耳が痛い……ヴァルキュリア、花を撒け!! 僕を侵すノイズを止めろ!! うるさいうるさいうるさい、僕には力があるんだ! 誰も僕を傷つけられやしないんだよ!!」
 バルドルが剣の柄頭へ自らの頭を叩きつけ、わめく。
『恐怖に立ち向かうことのできぬ童が下手に力ばかりを持てば、それはこうなるじゃろうよ』
「傷つくのが怖いか? それを認められず、周囲を見下すことで自分を特別だと思い込んでいる。ようは現実逃避の妄想だ。それにいつまでも付き合う気はない」
 インに続いて言葉を紡いだリィェンが、大上段から“極”を叩きつける。
「六つ!」
「俺は見てるだけの神様なんて大嫌いなんだよ。優しい嘘で生かされるのも、なにかに縛られるのも。俺は俺を認めてくれる世界と、俺にぬくもりをくれる人たちのために戦うよ」
『行きたい世界、生きたい世界――きみの真なる世界って、ほんとにそう思えるところなのかしらねぇ?』
 GーYAとまほらまが問いと共に刃を突き込んだ。
「七つ!」
「借り物の翼で得意げに飛んで、追い詰められれば怒って騒いで――神様にはほど遠いよね」
『自称だからね。僕も今のところ自称だから、あまり偉そうなことは言えないんだけど』
「九つっ!!」
 フィアナとルーの一閃をBチームごと拡大バリアで地へ墜とし、バルドルは激しく息をついた。
「愚者めっ! したり顔でっ! がなるな! 僕は、僕は」
「真なる世界へ行けた後、あなたはなにを望むの?」
 バルドルが顔を上げる。
 10メートルの先で静かに彼を見つめていたのは、今降下しているAチームのひとり、雨月だった。
 それなのに、彼女はいた。魔力を編んで形作った箒にまたがって。
「実はそんな望みは建前で、旧き世界に生きる人たちが憎いだけ?」
 と、雨月が手にしていたなにかをバルドルへ投げつけた。
「っ、十!!」
 バルドルのバリアが弾いたものは。
 ただの石ころ。
『ライヴスで判別して弾いているわけでもないのか』
 アムブロシアに雨月は息をつき。
「でも石ひとつに血相を変えた。神にしては、滑稽ね」
 ぶつり。バルドルの目の血管が憤怒に破れ、血涙と化して吹き出した。
「力を渡せ!! もう僕には力が――ええい、すぐに返してやる!! これはただの前借りだ!!」
 バルドルの突き出した手が、不可視の力場を成して雨月の体内に突き込まれた。
「僕が滑稽だと!? 光神が……汚泥の底を這う愚者ごときが天統べる光神を愚弄するなど!! 魂の欠片を残すことも許さない!! ひとつ!!」
 雨月の血肉がかきまわされる。骨が砕かれ、命がすり潰される。
「ふたつ! 三つ! 四つ!!」
 マジックブルームがかき消え、雨月は墜ちた。
『防御不能の攻撃。しかし、我らを墜とすに四つを必要とする……効率はそれほどいいとは言えぬようだ』
 かくてアムブロシアが沈黙。
「ヴァルキュリアぁああああ!! 捧げろ!! 僕に命を捧げろ!! ……僕は確かに返した! あとは僕の分だ! もうやらないからな、いいな!!」
 無様に叫び、残り少ないヴァルキュリアを自らの手で殺し尽くすバルドルを見上げ、雨月は薄笑んだ。
「後は皆に任せましょう。僭神へのきざはしは、かけたわ――」
 彼女が残したきざはし。
 それを踏んで駆け上がったのは、雨月の稼いだ10秒をもって空へと戻ったAチームの央。
 執拗にまとわりつき、Cチームの龍哉とも連動して、何度も弾き飛ばされてきた。一二三や仲間の援護を受け、幾度となくしかけてきた。すべてはバルドルと内の英雄の視界を見定めるために。そして。
 両者の視界が奪われ、乱れるそのときを。
 無音の暗殺剣をバルドルの頭上から降り落とした彼が、ようやく口を開いた。
「返した? 結局はその力も借り物か。笑わせてくれるな、坊や」
「ひ――」
 バルドルが言い切ることができぬうち、ウルカグアリーとの境目へ深々と天叢雲剣を突き立てた彼の内よりマイヤが言った。
『私たちの剣は神をも穿つ』
「ふ、ふたつっ!!」
 弾かれた央が手を伸べた。
「ここで“ふたつ”を発動すれば、当然この角度で飛ばされる」
『計算尽くよ』
「なんだと!?」
 央の手をつかんで弾みをつけ、拡大バリアへ突っ込んだのは亮馬だ。青き機械甲冑はバリアとの衝突で欠け、ひしゃげるが、その勢いと決意はついに不可視の盾を突き抜ける。
「思いっきり勢いつけたら突き抜けられる程度かよ!」
『ふん、まさにその程度ではあったな』
 鼻で笑うEbonyに、バルドルの引き攣った怒気が爆ぜた。
「うる、うるさい!! 愚者がっ! 死ねよぉぉぉぉ!! 三つ四つ五つ六つ!!」
 先に雨月をかきまわした防御不能技が発動し、亮馬の内臓をミンチに変えていく。
 と。その身を包む癒やしの雨。
「癒やしのアイドルあんじゅーです」
『加賀谷様。後は、お願いいたします』
「ありがとな……これで、食らわせてやれるぜ」
 杏樹と守に礼を述べた亮馬がエクリクシスを振りかざした。重刃が爆発エフェクトを散らし、バルドルを斬り下ろし、斬り上げ、薙ぎ――
「八つ!!」
 ついに叩き墜とされた。
『繋いだぞ、頼む!』
「おお!」
 Ebonyに応えたのは、反撃の狼煙をあげた一二三。高機動型PAEスーツに換装した体が砲弾さながらにバルドルへ飛び、ライヴスブローを乗せたザミェルザーチダガーをその胸元へとねじり込んだ。
「九つぅぅ!!」
 絶対防御がその切っ先を阻むが。
「オレを吹っ飛ばせんのは、自分のカウントが10で終いやからやろ?」
『貴重な“ひとつ”を浪費したことがどのような結末を招くか、その身をもって味わうのだな』
「黙れ! 黙れ黙れ黙れぇ!!」
 闇雲に剣を振り回して一二三を振り払ったバルドルの目の前に、龍哉がいた。
「あとひとつ、俺に使うか?」
『それどころではないかと思いますけれどね』
 ヴァルトラウテの声音が凍れる轟炎にかき消された。
『矛盾に苦しみながらあがく人々の、生をつかまんとする意志は美しい。おまえたちはそれを嘲り、踏みにじった』
 ストゥルトゥスの静やかなる激情をニウェウスが継ぎ。
「そうして、人の未来を消し潰すと、言うなら」
「『その因業――ことごとくを、疾く滅却するのみ!」』
 虎の子のリーサルダークは先に弾かれた。しかし今、仲間の連携が、ふたりの意志が、ただのブルームフレアを絶対零度で燃え立たせた。
 結晶化したフレアの内よりもがき出たバルドルがあえぐ。
「痛い――熱い冷たい、痛い――僕が――この僕が、愚者に、愚者ごときに」
 後方から狙いを定めていたカグヤが鼻を鳴らし。
「契約は見送りじゃな。なにせ教祖に魅力がまるで足りておらぬ」
 ダダギドズダビガ! 互いの炸裂音を喰らい合って飛んだ砲弾がウルカグアリーたる翼へ殺到した。
 バルドルの体を旋回させて弾を避けた翼はおもしろくもなさげに言う。
『小僧を撃つは見過ごそうものを。赤衣、なんぞ企んでおるのか?』
「アミーカよ、むしろそなたの企みを聞きたいものじゃ。契約だか約束だかを交わしておるのはその小僧ではあるまい?」
 バルドルとなんらかの約定を交わしているならば、ウルカグアリーはアバタを使い潰して彼を守るはずだ。バルドルの窮地をこうして傍観している以上、彼女の真意は別にあるはず。
『契約相手、その子の内にいる英雄とかー?』
 クーの声にウルカグアリーは『さてな』。
『それを答えるは規約に背くゆえ、妾は口をつぐむばかりよ』
『だったら黙ってこっちにバルドル渡してもらおーじゃん!?』
 R.A.Yが言い放ち、続けて美空がバルドルへ《白鷺》を投じた。
 光の尾を引いて飛んだ短槍は狙い過たずバルドルの背へ吸い込まれるが、「十っ!!」、バリアに止められた。
「でもよ、これでカウント10だぜ? リンカーのくせに墜ちんの怖ぇか? ああ、そりゃ怖ぇか。あんたもう、ぼっちだし? 石ころ一個にバリア使っちまうチキンハートだしなぁ」
 美空はふと表情を正し、バルドルへ呼びかけた。
「なぁ、おとなしく捕まっちまえよ。俺らが守ってやっから。怖ぇのからも、ヤドリギからもよ。そんだけガッチガチに自分守ってんだ。死にたくねぇんだろ?」
 声にならない絶叫をあげ、バルドルが剣を振り回す。
「神に同情ぉ!? 下がれぇ! 僕にはぁ! 天の座こそふさわしいんだよぉぉぉぉ!! 墜ちるかよ、墜ちるもんかよぉ! フレイ! フレイヤ! トール!! 僕を守れ!! ああ、フレイはもういない。……いない? なぜいない? 僕は、僕は僕は僕は」
 呆然と頭を振るバルドルの背で、ウルカグアリーが平らかな声を発した。
『叩けばなおるのか? ――冗談はともあれ、いかにする?』
「どうもさせねぇさ」
 ブレイブザンバーを脇構え、龍哉が空に立つ。
 左足を前に出して体を横にし、刃を右脇に下げた構えは、己が体の正中線と剣とを敵から隠すもの。そして。
『すでにバリアは尽きている。そして私たちの間合は測れない。どうにもできませんわね』
 ヴァルトラウテの言葉をなぞり、龍哉がまるで地の上にあるかのように踏み出した。
「ここまで来たら小細工する必要も、“凱謳”の力を借りる必要もねぇ……なぁ、バルドル。聞こえるか? ひとつだけ言っておく」
 ドレッドノートドライブが彼を加速する。
「うるさいぃ!! 狼ごときにいいようにやられた愚者がああああああああ!!」
 甲高い声音を割り、低く強い声音がバルドルの歪んだ顔を叩いた。
「他者の命を使い潰してまで自分を守りたがるおまえに、傷つく覚悟を負って戦った人狼を蔑む資格はない」
 膂力、前進力、遠心力、そしてチャージラッシュ。すべてを吸い込んだ重刃が龍のごとくに駆け上がり、バルドルの横腹から胸を斬り裂いた。
 為す術もなく宙に投げ出されたバルドルが細くわめく。
「ああ! ああっ――痛い痛い、いたいいいいいいいいい!! いやだあああああぼくはあああああしにたくしなないしなないシナナイコロスコロスシネシネシネシネシネ」
 どくり。バルドルから迸る鮮血が、黒く濁った。

『火急ですので、承諾は後回しにしてあなたを十、いただきますよ?』

 男のものとも女のものともつかぬ、声。
 バルドルの傷から這い出してくる、なにか。血を舐め取り、傷を押し包んだそれは樹とも肉とも見えたが……少なくともバルドルという少年から生じたものではありえない。あまりに異質な“なにか”であった。
『はじめまして、みなさま。そしてごきげんよう』
「みんな下がって!!」
 フォートレスシールドを我が身にかけたイリスが叫ぶ。
 とてつもないものが来る。正体こそ知れずとも、それだけはわかっていた。
『ふたつ』
 バルドルならぬものが数え。
 凄絶な衝撃がエージェントたちへ押し寄せた。
 押し下げられながら持ちこたえたイリスが、盾の奥から視線を巡らせる。
「――」
 仲間をかばった杏樹が“ふたつ”に二度巻かれ、大きく弾け飛んだ。
 “なにか”の声音以外に聞こえる音は、なにひとつなかった。

「杏樹ちゃん!」
 魔女が地に叩きつけられた杏樹へ駆けた。育て上げたメルカバの重さが、このときばかりは忌々しい。
「傷は!?」
「大丈夫、なの。でも、音が、しなかったの……」
『こちらの音もあちらの音も、あのバリアに触れた瞬間に消えました』
 杏樹と守の報告を聞いた落児が、魔女の内より空を仰ぐ。
『ロロロ、ロロ、ロ』
 バルドルの“ふたつ”とは威力がちがう。数十メートル押し流され、傷ついた仲間の姿に、彼は厳しい表情でつぶやいた。

『ああ、これでは足りませんか。重ねてみましょう』
『イリス、私たちで受けるよ!!』
「わかってる!」
 音を取り戻したアイリスに応え、イリスはライヴスシールドを展開。バルドル――いや、その内のなにかへ向かうが。
『四つ』
 ライヴスの盾が砕け。
『六つ』
 肉が爆ぜ。
『八つ』
 姿勢を崩され、飛ばされた。
 防御姿勢をとっていた仲間たちと共に、イリスは地へと墜ちていく。
『名残惜しくはありますが、この子を喰い尽くすわけにもいきません。今日はこれで失礼しますよ。石の女神、申し訳ありませんが運んでいただけますか? 報告はこちらで請け負います……九つ』
 バルドルの脇腹の右後ろへ現われたテレポートショットがバリアに抑えられ、爆炎をあげた。
「バルドル、やはり自らの意志で動いていたのではありませんでしたね」
 メルカバに次弾を装填した魔女へ落児が応える。
『ロロロ、ロロロ、ロロロ、ロロ』
 あれが、英雄か、愚神か、だな。
「――そう簡単に逃さない!」
 メルカバをパージし、ジェットパックを装着して飛んだ京子のオートマチック「グラセウールIS000」が銃弾を吐き出した。
 白煙を割った銃弾が突然姿を消し、昏倒したバルドルのこめかみのすぐ横に現われたが。
『十。生憎と外に染み出していますのでね。よく見えるのですよ』
 やはりバリアに阻まれ、力を失って地へ落ちた。
『やあ、先に墜ちていた方々もご登場ですか』
 京子の後ろから飛びだしてきたBチームの3組を見やり、“なにか”が鼻を鳴らす。
「カウント10、これでエンプティだよな!」
 GーYAが操糸を投げてバルドルを絡め取り。
「繰り言にはなるが、きみたちを逃すつもりはないからな」
 宙で腰を据えたリィェンが勁を込めた“極”の切っ先を“なにか”へ突き込み、鍔元を叩きつけ、柄頭で突き上げて変形の三連撃を決めた。
『なかなかに、痛い。この子がわめくのは稚気ばかりのことではなかったようですね』
「そう思うなら両手をあげたらどうだ? あと何秒かで仲間が戻ってくる」
『さすがにバリア抜きではしのげんじゃろう?』
 リィェンに言葉を添えるイン。
 “なにか”は大仰に『そうですね』と前置き。
『むしろ我らが元へいらしては? あなたがたならば救済を共に為し、美しき天の座をわかちあえるでしょう』
 対してリィェンは迷わずに。
「俺の救済の女神は地上にいるんでね」
『ならば、あなたの女神が待つ地へ墜ちなさい』
「――下がって!」
 このときのために控えていたフィアナが割って入る。
 不可視の攻撃を受けたライヴスシールドが砕け、空に残されていた薔薇の花弁が吹き散らされた。
 圧に押され、Bチームが後退したエアポケットのただ中で“なにか”は静かに笑んだ。
『“宿り木”たる我が姿をここで晒すことになろうとは思いませんでしたが、まあいいでしょう。それでは今度こそ、ごきげんよう』
『此度の約は小僧を飛ばし、こやつを運ぶことゆえな。恨むなよ』
 黄鉄の外装を剥ぎ落とし、内の黄金を晒したウルカグアリーが加速。バルドルと“なにか”は疾く姿を消した。

 果たしてエージェントは多くの謎を暴き、しかして新たなる謎と対峙するのである。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445

重体一覧

  • 語り得ぬ闇の使い手・
    水瀬 雨月aa0801

参加者

  • きみのとなり
    加賀谷 亮馬aa0026
    機械|24才|男性|命中
  • 守護の決意
    Ebony Knightaa0026hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命
  • 難局を覆す者
    アムブロシアaa0801hero001
    英雄|34才|?|ソフィ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
    人間|10才|女性|防御
  • 悪の暗黒頭巾
    R.A.Yaa4136hero002
    英雄|18才|女性|カオ
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 翡翠
    ルーaa4210hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
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