本部

ネフシュタンの欠片 ~のたうつ岩蛇~

ケーフェイ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/12/04 19:54

掲示板

オープニング

●青銅鏡の蛇

 ワープゲートが開発されて以来、H.O.P.E.職員は洋の東西を問わず奔走させられている。オペレーターであるキターブもその一人だった。
 富山県魚津市、僧ヶ岳の麓でスマホを頼りに歩く数時間。キターブは目的の場所に辿り着いた。
 規則的に掘られた四角い穴だらけのそこは、遺跡の発掘現場である。
「ようこそお越しくださいました。H.O.P.E.の方ですね」
 キターブの存在に気づいた壮年の男が早速話しかけてきた。彼はこの発掘現場を仕切っている大学教授だという。
「H.O.P.E.から派遣されましたキターブです。教授、早速例のものを」
 挨拶もそこそこにキターブは催促した。ほどなく通されたテントには、白い小さな机に青銅の鏡だったと思われる破片が散らばっていた。
「今回発掘されたものです。非常に珍しいもののため、H.O.P.E.に連絡を――」
 生返事を返しながら、キターブは鏡の破片を繋げ、スケッチブックに書き写す。欠けた部分を補っておおよその形が見えてくると、彼は低くうなった。
 素朴な手法で描かれた蛇や竜にグリフォン。体は横で顔や翼だけ正面を向いていたりと、視観がごっちゃになっているため下手にすら見える。
 このように正面観と側面観を一つの画面に組み込む手法は原始的な絵画に見られる特徴である。例えば古代メソポタミアの都市ウルクで出土した紀元前三十五世紀ごろの円筒印章に描かれた獣たちがこのような特徴を有している。
 正面に嘴を垂らし、体を横に向ける翼のないグリフォン。首を絡ませる番の蛇。横に歩く四足の龍に乗る神は正面を向いている。
 確かに日本的ではない。ヨーロッパやアフリカの支部で活動しているキターブが呼ばれたのもこれが理由だろう。
「図像だけで言えば、古代メソポタミア、ウルクやスーサから出土したものに酷似していますね。エジプトでもこれに近い手法で描かれた化粧板がありますが、こことは地域も時代もあまりにかけ離れている」
「それほど古いものですか」
「モチーフや手法だけを見れば、という話です。炭素年代測定で調べれば詳しい年代が分かりますが、恐らく他の銅鏡と同じで降っても紀元前三世紀もいかないのでは?」
「確かに弥生時代のものである可能性が濃厚です。偶々類似したと考えるのが妥当ですな」
「いや、そうとも言い切れません。例えば室町時代のものである『八幡菩薩縁起絵巻』に描かれた牛が、ギリシャ神話のおうし座と酷似していることなどは以前から指摘されてました。星座の資料が海を越えて日本に渡り、敢えて真似て書いたと考えられています。手法とモチーフが時代を超えて再現される例もないとは言い切れません」
 教授が感心したふうに額を叩くと、ゆっくり頭を下げた。
「H.O.P.E.からのオブザーバーとのことでしたが、この手のことにお詳しいようで安心しました。それでどうでしょう。オーパーツとやらに入りますかね」
 オーパーツ。いわゆるライヴスと親和性が高かったり、不可思議な現象を引き起こす物品を指している。ものによってはH.O.P.E.の管理下に置かれてしまう場合があり、学者にとってはせっかくの発見を攫われる形となる。神経質になるのは否めない。キターブの仕事はその審査でもある。
「考古学的には重要な発見ですが、不可思議な現象が起きてるでもないですし、恐らく大丈夫でしょう」
 一応はライヴスとの親和性などを調査しなければだが、それほどの大事にする案件でもない。その旨を伝えると教授は頻りに礼を述べた。これで誰にも邪魔されず発掘に専念できると喜んでいる。
 あとは二、三の確認事項だけで教授との話を済ますと、キターブは予約していた旅館にチェックインすることにした。
 部屋に入るなり、発掘現場の資料を座卓いっぱいに広げる。彼の頭の中は、あの銅鏡で占められていた。
 古オリエント的意匠の見られる銅鏡。恐ろしいほどに情報の通りだ。これが依頼の品であることは間違いない。何としても手に入れねば。
 H.O.P.E.への引き渡し義務も、根拠となる調査レポートはオブザーバー次第なので問題ない。それにあの銅鏡、確かに珍しいが年代測定自体は弥生時代の範囲となるだろう。そうなればあれは単なる銅鏡でしかない。発掘現場から一つ消えたところで、あの日本人の教授が少し騒ぐだけのことだ。
 発掘現場へ盗みに入る算段を立てている間に、もう夜は更けていた。
 そのとき、部屋全体を揺する轟音が一度、大きく鳴り響いた。何事かと窓を開けると、山向こうから地響きが続いている。正に発掘現場の方向だ。
 必要なものだけ身につけて旅館を飛び出す。息を切らして小高い山に登ると、発掘現場のある谷が一望できた。
「……くそがっ」
 既に頭を過ぎっていた悪い予感が的中する。それも最悪の形で。
 ずずん、ずずんと谷の間に響くのは、いかめしい巨体を引きずる音。眼下を這いずる化け物――大きな岩が長く連なった姿は、蛇以外の形容を許さない。
「愚神、いや従魔か。よりによってこんなときに。それにしても――」
 一体何に憑りついたというのか。双眼鏡で岩蛇の頭部辺りを凝視する。そこには昆虫の単眼のように、あの銅鏡が配されていた。
 いらつきのあまり、寄り掛かっていた枝を折ってしまう。これで計画は変更を余儀なくされる。
 いずれにしろ自分だけでは事態を収拾できない。キターブはスマホを取り出し、最寄りのH.O.P.E.支部へ連絡を入れた。


●岩蛇を見守り

「敵は従魔の集合体だと思われる。岩が連なって蛇の姿を為している。動きは早くはないが図体があるし、何より固い。ひとまず誘導し、足止めに専念してくれ」
 こちらへ向かっているリンカーたちへスマホでブリーフィングを行なう。オペレーターが現場にいるのなら、そのまま詳細な情報を伝達できるとの判断だ。
「現場は地元の大学が発掘を行なっている。考古学的に重要な発見もあるから荒らさないようにしてくれ。あとは……蛇か。青銅の鏡から現れるとは。蛇は古来より生命力の化身として崇められてきた。せいぜい念入りに砕いてやるしかあるまい」
 言っている間に岩蛇が移動を始める。もはやキターブとしては気が気でない。まともに思考が働かないでいる。
「敵の体についている青銅鏡は貴重な発掘品だ。出来れば無傷で回収してほしい。頼んだぞ、リンカーたち」
 最低限の情報は渡した。あとは彼らに託すしかない。

解説

・目的
 青銅鏡に憑りつき、巨大な岩蛇と化した従魔の討伐。

・敵
 岩蛇
 巨大な岩が連なった蛇のような姿をしている。動きは遅い。
 憑依元と思われる青銅鏡は単眼のように先頭の岩に埋め込まれている。

・場所
 僧ヶ岳山中。山林に囲まれた谷間にある発掘現場。

・状況
 真夜中の山であるため光源が乏しく、注意が必要。

リプレイ

●岩蛇との邂逅

 月光を遮る雲が薄れても、人の光を感じさせない山奥には従魔が巨体を引きずる厳めしい音だけが響く。
「こんな時間にまた随分と辺境の場所に現れたな」
『夜は穏やかな安らぎに身を委ねる時間。無法者にはお帰り頂きましょうか』
 真壁 久朗(aa0032)とアトリア(aa0032hero002)は森の中を疾駆する。オペレーターから連絡があった地点に到達すると、身を隠しながらノクトヴィジョンで谷間を覗き込んだ。
 確認した従魔の姿は、まさに岩が連なった蛇。目算で二十メートル程度。従魔としての位階が低くともその巨体は十分に脅威だ。
「敵従魔視認。配置についた」
「こちらも配置完了しました、いつでもどうぞ♪」
 真壁の通信に笹山平介(aa0342)がすぐ答えた。二人は谷を挟んで従魔を挟み込むような位置取りを完了している。
『ヘマするんじゃねぇぞ……』
ゼム ロバート(aa0342hero002)が諌めるが、ドラグノフを構える笹山の笑みは消えない。
「なあに、ただのご機嫌窺いさ」
 真壁と笹山はほぼ同時に銃撃を開始した。まずは遠距離から敵の反応を探り、可能ならば誘導を行なう作戦だ。
「……始まった」
 自動小銃のコックを引き上げながら茨稀(aa4720)が呟く。
「永く……変わらずに在るもの。そんな物も……在るん、ですね……」
 機械の左腕を見つめ、その調子を確かめる。
『月も星も、歌も……この世の流れの中でのオマエも、だ』
 どこか慰めるようなファルク(aa4720hero001)の言い様に、茨稀は薄い笑いを返した。ノクトヴィジョンで敵の位置を確認する。ゴーグルが映す青白い視界は十分にクリアで、狙いを定めるのに不自由はない。
 先の二人とは違う箇所へ銃撃を開始する。岩の肌や連結部分など、ともかく反応を探るべくそれらしい箇所へライヴス推進弾を集中させる。
 谷間の窪地への誘導のためにそれぞれ離れて配置についていた他のリンクスたちにも、戦いの始まりを告げる銃撃が届き始めていた。
『ライトの調達、間に合いませんでしたね』
 エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)が少し残念そうに言うが、晴海 嘉久也(aa0780)は特に気にしなかった。既に雲は晴れつつある上に、三門の銃火器による攻撃で敵の姿は瞭然のため狙いをつけるのは容易だ。
 2メートルほどもある携行型速射砲を腰溜めに構え、蠢く岩へ照準を合わせる。
「大丈夫。要は当たればいいんですよ」
 岩蛇の胴体目がけて携行型速射砲をぶっ放す。60mm口径の砲弾の反動を抑え込んで連射すると、激しい曳光弾の輝きが跳ねまわる。岩蛇の肌が削り取られ、砂ぼこりが月光を反射して立ちのぼる
 やがて岩蛇は緩やかに速度を落とし、進軍を停止した。
『撃ち方待て!』
 アトリアが通信で呼びかける。敵従魔の反応が変わったためだ。銃撃が水を打ったように引き、静寂が山間を満たす。
 やがてゆっくりと、岩蛇は体を起こし始めた。
「さあ、貧乏くじは誰かな?」
 ドラグノフを油断なく構えながら笹山。そのスコープは岩蛇の眼のように取り込まれている青銅鏡を捉えている。
 月光に照らし出される巨体。尖塔のような体が反り返り、回転し、笹山のほうを向く。
「……私ですか」
 ごりごりと耳障りな音が響く。見れば岩蛇の頭に当たる部分が割れ始め、口のように開いていった。皮肉にもより蛇らしい様相になっていく。
「平介!」
 ゼムと笹山がリンクするのと、蛇の口が大きく開いて突っ込んでくるのとはほぼ同時だった。
 飛び退いた笹山た入れ替わりに小さな影が岩蛇の前に躍り出る。
 直後に響いた激音と共に、岩蛇の頭が一気に横へずれた。
「どっせ~い」
 遅れて聞こえる幼い声。既にギール・ガングリフ(aa0425hero001)とリンクしたエミル・ハイドレンジア(aa0425)が、大剣を据えて残心する。
「鏡、大丈夫だったかな? 何だか従魔ってよく分からない事も多いよね……。なーぞー……」
『横っ面を引っ叩いただけだ。心配なかろう。それに倒さねばならぬ事に違いはあるまい』
 エミルの一撃に吹き飛ばされた岩蛇は二つ折りになって谷間に叩きつけられた。足止めには絶好の位置取りである。
「……相変わらず時間も場所も弁えねえな……あとは帰って寝るだけだっつーのに。めんどくせぇ」
 文句を垂れつつも、ツラナミ(aa1426)は玻璃『ニーエ・シュトゥルナ』を幻想蝶から取り出す。
『緊急しょう……しゅう……しか、た……ない。仕事……』
「あー……はいはい、わかってますよ。……ったく、遠出仕事はこれだから……」
 38(aa1426hero001)とリンクを行ない、ツラナミの片目が赤く染まる。急上昇したライヴスによって彼らを取り巻くように玻璃が展開される。
「縛ってりゃあ終わる簡単なお仕事だ……楽でいいねぇ」
 玻璃の一つ一つから白い糸が夥しい量で吐き出される。それはネットのように覆いかぶさり、岩蛇を谷間の窪地に縫い止めた。
「相手は従魔の集合体で頭の青銅鏡は無傷で回収しろ…か。退治だけなら楽な仕事だけれど」
『教授もキターブとやらも口を揃えて大したものではないと言うのに、何をそんなに拘るのかのう』
「……実際にはリンカーを動員してまで無傷で手に入れたい理由がある。ということね。ま、仕事は仕事。さっさと片付けましょうか」
 橘 由香里(aa1855)と飯綱比売命(aa1855hero001)が岩蛇へ走り寄る。共鳴時に特有のライヴス光をたなびかせながら一飛びに岩蛇の胴体へ取りついた。
「硬い相手には硬い相手なりの戦い方があるものよ。伊達に場数は踏んでないの!」
 彼女の右腕から特大の杭が飛び出す。装着されたパイルバンカーを引き絞り、岩と岩の隙間に打ち込んだ。
 杭が深く入り込む手応えを感じた橘は、砕けた箇所にすかさず左手をかざす。こちらに装着されているのはヴァルカン・ナックルだ。
 掌から生じる爆発によって岩が破片となって飛び散り、リロードで間断なく爆裂させることで岩蛇の体を断ち切るように掘り進んでいく。
 装填されたライヴスを使いきると同時に、体節が音を立てて切り離された。
『よし。いけそうじゃな』
「ええ、この調子で頭を――」
「橘さん、離れて!」
 乙橘 徹(aa5409)からの通信に、橘が本能的に飛び退いた。一瞬前にいた場所を切り離した岩蛇の胴体が通過する。
「まだ動くの!? しぶといわね」
『こやつは従魔の集合体。頭を失えば無秩序に動きかねんぞ』
 一旦後退する橘がエミルと合流する。
「ん、でも体は小っちゃくなった。あとは叩いて潰すだけ」
「そうね、エミルちゃん。こうなったらバラバラに砕いてやるんだから」
 その様子を遠くからスターライトスコープで確認していた乙橘が肩を撫でおろす。
『遠目に見ていて助かったな』
 ハニー・ジュレ(aa5409hero001)が乙橘を励ます。いち早くキターブと合流していた彼らは住民の避難を優先し、それを確認した時点で現場に合流する算段だった。
「既に発掘現場からは離れている。避難も間もなく完了する。遠慮はいらんぞ、リンカーたち」
 スマホで呼びかけて一息つく。キターブの仕事はほぼ終わった。あとはリンカーたちに任せるのみだ。
「ありがとう。乙橘さん、それにハニーさん」
「いえ、あなたこそ無事でよかった」
「敵は分断されても活動できる集合体だ。いざとなれば青銅鏡の破壊も視野に入れた対応を頼む」
『よいのかね、オペレーター殿。貴重な遺物だろうに』
「人的被害には替えられんよ、英雄殿。それに……従魔の手に渡るくらいなら、壊してしまえと思うのが人情ではないかね」
 軽やかなボーイソプラノで笑うハニー。キターブの明快な言い様が彼の興味を擽った。
『とはいえ、守るに如くはなかろう』
「だね。行こう、ジュレ」
 二人が手を取り合ってリンクを開始する。光を伴って現れたのは天使のような青年だった。能力者ではないキターブにも感じられるほど濃密なライヴスを漂わせている。


●蛇は相身違い

 二つに分かれた岩蛇のうち、頭がついているほうがぐるぐると回転し始める。ツラナミが放ったネットを周囲の木や岩を巻き込むようにしてもぎ取り、拘束から抜け出してしまった。胴体半分を失った分、身軽になっているのだろう。
「ちいっ、頭のいい野郎だ」
 救いなのは残った尻尾のほうはただただ暴れるだけでネットを破る様子はないことだ。
 ツラナミとリンクしている38が鋭く観察すると、破断面から確かに岩が、その成りかけのようなものが徐々に伸びていた。
「……ツラナミ、あれ」
「再生してやがるのか。さすが蛇だ、しつこいな」
 すぐさま破断面に女郎蜘蛛のネットを被せる。再生だけならまだいいが、再び尻尾と繋がることになれば厄介だ。せめてそれだけは阻止しなければならない。
「そちらは任せる……平介、頼む」
「アイ・サー! 無理しないでよ、真壁さん」
 谷を滑り降りて笹山が頭を追い、橘とエミル、晴海がそれに続いた。
 真壁は残った尻尾の体節に淡々と照準を合わせると、的確に銃弾を集中させた。その近くにツラナミがふわりと降り立つ。
「俺もいるぞ。真壁の」
 宙を飛んで玻璃の輝きが降りかかり、暴れる尻尾を強かに打ち据える。
「ツラナミさん。頭のほうを捕まえなくていいんですか?」
 茨稀の問いかけにツラナミは軽く答えた。
「とっとと片付けて合流すりゃあいい」
 手掌で玻璃を操り、光線が威力を増していく。機と見て取った真壁が尻尾へ近づいた。既にアトリアとのリンクを完了し、素早い所作でワイヤーを引き抜く。
「行けッ!」
 爆導索のプローブが火を噴いて飛んでいき、岩蛇の体に巻き付いていく。
「ツラナミさん、上から女郎蜘蛛かけてくれ!」
 一瞬だけ逡巡したツラナミだったがすぐに思い至り、爆導索を覆い隠すように糸を満遍なく吐き出した。それが終わるのを見届けてから、真壁は爆導索を起爆した。
 女郎蜘蛛の膜に押し込められた爆発エネルギーは行き場を失い、接着していた岩蛇を深く貫いた。
 ガラガラと音を立てて崩れる岩蛇の尻尾を見て、さっそく煙草に火をつけるツラナミ。
「即興にしてはうまい連携だったな」
「そしたら、頭のほう行ってきます」
 軽やかに言ってから真壁は走っていく。あれだけ人数を割いておけば向こうは大丈夫だろう。茨稀とツラナミは尻尾が活動を止めたことを確認するために降り立った。
 丸く大きな岩がばっくりと割れている。茨稀とツラナミが見て回るが、先ほどのような活発な動きは見られなかった。
 だがツラナミは目の端に動くものを見咎めた。それは僅かに震える岩。ちょうど茨稀の後ろで徐々に盛り上がっていく。
「――茨稀ッ!」
 ツラナミの叫びに硬質な鈴の音が重なる。幻想蝶からの顕現が、斬撃へと――
「ファルクッ!!」
「応よ!」
 言うより前にファルクは光に包まれ、茨稀と共鳴していた。ライブズの光を裂いて放たれた呼気は一閃。軌跡は十閃。一際大きく残っていた岩が、妖刀「華樂紅」の十連撃を受けて見る影もなく崩れ落ちる。
「……どうかしました? ツラナミさん」
 金色の瞳を妖しく光らせる茨稀。彼が振り向いた時には、刀は幻想蝶の中へとしまわれていた。
「いや、なんでもねえよ」


●首、擡げる蛇

「さて、ようやく使う時が来たね」
 岩蛇の頭に先回りした笹山はドラグノフをしまい、代わりに消火器のようなものを取り出した。谷間まで降りた彼はそれを岩蛇に向けて中身を放出した。
 噴射された白い液体がみるみるうちに固まっていき、岩蛇の体に絡みついていく。一本を使い切るとすぐに二本目を取り出した。岩と岩の隙間を埋めて動きを制約する。
『なるほど、ウレタンか。面白いな』
 ギールが感心したように呟く。動きの鈍った岩蛇の頭はもう目の前だ。
「ん、ひっさつ、さんれんげき。ずばずばずばー」
 気が抜けるほど可愛らしい声を裏切る、疾風怒濤の三連撃。岩蛇の頭、その首元に当たる部分が盛大に砕け散った。
 連結部を壊され、押した首は力なく転がっていく。
『これは、やったな』
「ん、そーかな……」
 ギールの声に同意しかねるエミル。あとは残った胴体を砕き、青銅鏡を取り出すだけ――
「危ない、エミルさん!」
 腰に腕が回されたときには、突き飛ばされるようにして運ばれていた。橘が助けてくれなければ、転がってきた岩蛇の首に潰されていた。
『まずいぞ、このままでは――』
 飯綱の不安が的中したのか、岩蛇の首は坂に差し掛かる。加速度的に勢いを増していき、リンカーたちも追いかけるので精一杯だ。
 このままでは取り逃しかねない。いや、山を下りるのにもそれほど時間は掛からないだろう。方向としても人のいるところに近くなってしまう。
「いけない! とにかく追いつかないと!」
『速度がついたあれを止めるのはホネじゃぞ。腰を据えて打ち込まねば』
「ともかく撃ちまくればいいんじゃないですか」
「そんなことをしたら青銅鏡が――」
「いざとなれば構わん。とにかく奴を止めてくれ」
 リンカーたちの声にキターブが割り込んだ。
「青銅鏡は敵従魔の憑依源であり弱点と思われる。弱点は突くのが定石だ」
「貴重なモノなのでは……いいんですか?」
 探るような笹山の台詞に、キターブは間髪入れず答えた。
「大学教授には話をつけた。人命には替えられんとさ。よくできた御仁だよ」
 ならばと覚悟を決めるリンカーたち。笹山もまたライヴスを活性化させ、手に持ったウレタン噴射器を転がる岩蛇に向かって投げつけた。
「止まれっ……!」
 すぐさまスライディングし、坂を下りながらの膝射態勢を完成させる。山肌を滑り降りる数秒は、彼にとって照準を完了するのに十分だった。
 スコープの点に、噴射器のラベルが重なる。その向こうには岩蛇の首――
 ドラグノフのライフル弾がウレタン噴射器を打ち抜く。当然、その内圧に耐えかねた容器は秒を待たず炸裂し、残った中身を一気にぶちまけた。
 白いウレタンが大きな手のように広がって岩蛇に急制動をかける。だがそれは危ういほど引っ張られ、貼りついていた地面を裏返していく。
 まだだ。あと一手で止められる。誰か――
 岩蛇の首を追っていたリンカーたちの願いは一つだった。そしてその願いは思わぬ方向から叶えられる。
 ウレタンを引き剥がしかけていた岩蛇の頭が、打ち上げられたように跳ね上がった。見れば、その口から月光を受けて細い線が煌めいている。
「諦めるのは早いですよ。皆さん」
 その糸の先には、釣り竿を抱え込む晴海の姿があった。既にエスティアと共鳴しているらしく、鋼のような筋肉を目一杯に緊張させて踏ん張っている。
「これは……随分大物だな!」
『離さないでくださいね、嘉久也!』
 それでも釣り竿は満月に撓り、晴海の足が轍を掘るように引きずられる。近くにあった大樹をつっかえに踏ん張るが、すぐに根元からみちみちと不穏な音がしている。釣り竿も樹も長くはもたない。
「ありがとう、晴海さん。もう少し頼むよ」
『せっかくの遺物だ。そうすぐに諦めることもあるまい』
 通信の主は、エミルたちとは逆の方向から走り寄る影。キターブを保護したのちに合流しようとしていた乙橘とハニーだった。
 走り様に幻想蝶から剣を引き抜くと、大きく踏み込んで投げつけた。夜気を裂いて飛ぶ剣が一直線に突き刺さる。それは不死殺し「火葬」。
 刀身の殆どが深々と沈み込み、切り口から轟々と火炎が燃え盛る。それは勢いを増し、岩蛇の首は瞬く間に包まれてしまう。
「不死の象徴、罪からの癒しか。あるいは永遠に続く拷問なのかもしれない。さぁ、死ぬまで燃やしてみようか」
『傲慢なる神に抗おうぞ。暴力でもって屈服させるのを信仰と呼ぶ愚か者よ』
 従魔の魂を燃やし尽くす浄化の炎。そのライヴスの熱によるものか、岩はそこかしこにひびを走らせ、やがて燃え落ちるように崩れて形を失くしていった。
「ええいっ!」
 橘が残った胴体目がけてパイルバンカーとヴァルカン・ナックルの連撃でバラバラにして、さらにエミルの大剣が虱潰しに砕いていく。依代を失くした従魔が消え去るまでそう時間は掛からなかった。


●青銅の行く末

 砕けた岩の中から、丁重に青銅鏡を発掘する。キターブは自分が描いたスケッチを元に、取り残しのないよう一つずつ採取していく。
「それが例の神獣鏡、ですか」
 傍に寄ってきた乙橘が話しかける。青銅鏡に興味津々の様子だ。
「獣が描かれているという点ではまさにそうだね。だがあれは古代中国の神仙思想が元になっているから、まず間違いなく中国的モチーフで描かれる」
『なるほどのう。今回のものとは少々趣が違うようじゃな』
「随分御詳しいんですのね。日本文化を研究されているんですか?」
 橘がキターブの後ろから話しかける。近くで聞いていた晴海は探偵としての嗅覚か、彼女の言葉に僅かな棘を察する。
「あなたは確かブリーフィングでこう言いましたね。蛇が鏡から現れる、と」
 言外に、まるで事前に知っていたのではないのかと言っている。それは少なからず他のリンカーも気になっていたことだった。
「無論分かっていたよ。鏡から蛇が現れると連想するのは僕にとって自明だ」
 周囲に僅かな緊張が走るが、キターブにそれを気にする風はなく、ひたすら発掘作業に集中している。
「……一体、どうして知ってらしたのですか」
「君は日本人なのに、古代における蛇と鏡の関係を知らないのかね」
 岩の破片を取り除きながら、顔も向けずにキターブが言う。その様に橘が端正な目尻が少しひくつく。
「蛇の古語はハバ、あるいはカガと言う。鏡とはカガの眼。鏡の照り輝く様は蛇の眼と同一視され、古代において蛇の魔力を得るための重要なアイテムだった」
『……その目はアカカガチの如くにして、身一つに八頭八尾あり、か』
 飯綱が静かに呟くと、キターブは我が意を得たりとばかりに振り向いた。
「ヤマタノオロチですな。そしてそれを斬り倒した剣は――」
「……アメノハバキリ」
 有名な神話であるため、橘でもその程度のことは知っている。だが――
「発想が飛躍し過ぎじゃないですか? 言葉が似てるだけでは」
「従魔は無機物に宿る際、憑依した事物の属性に引っ張られるケースがある。在り得ない話じゃない。古代人が鏡に込めた念を、従魔が大蛇として具現させたのかもしれない」
『古代の鏡に宿った従魔は、その属性ゆえに蛇になる可能性が高いと?』
 ぬいぐるみの中からギールが訊ねる。キターブは少しく頭を振った。
「そういう上滑りの見当違いを繰り返して、僕らは従魔や愚神を調べるんだ。プリセンサーだけで事件を予測しきれないのだから、あらゆる方向からのアプローチが必要になる」
 従魔や愚神に対する研究は未だ発展途上だ。プリセンサーが事前に予測できる事案も限られている。ならば多角的に――それこそ藁束から一本の針を探すような作業を行わねば迅速な対応は出来ない。自分が対応している事件も、多くのH.O.P.E.職員が調査しているもののほんの一部にすぎない。それがキターブの言い様であった。
 最後の破片を回収し終わり、かれはそれをケースの中へ厳重に保管した。
「それはH.O.P.E.のほうで保管されるんですか?」
 晴海の指摘にキターブが頷いた。既に支部には事件終息を連絡し、回収を頼んである。
「ええ。近くの支部で詳しく解析してから、ということになります」
「元は発掘をしている大学のほうで保管だったんですよね。そこで従魔にならなくてよかった」
「まったく。俺も近くに居たんだからぞっとしない話だ」
「……ちなみに、あなたはこれを何だと考えてるんですか?」
 キターブのスケッチを指差して茨稀が質問する。従魔を呼び寄せる不思議な青銅鏡に対しの興味は尽きない。
『蛇にグリフォンに龍でしたか……このような意匠が施される時は概ねどのような意味が込められているのでしょう?』
 アトリアもそれが気になっていた。日本的ではないモチーフで描かれた青銅鏡。それに従魔が憑りついた。果たして偶然なのかと疑わざるを得ない。
「ふむ。まず四足で神を乗せた蛇。これはヒッタイトで信仰された冥界の龍ムシュフッシュと思われる。そして首を巻く番の蛇のイメージは原始的な生命力の象徴であり、世界樹や生命の樹の原型へとつながっていく。そしてグリフォンは生命の樹と関係の深い獣であり、守護し侍らう形で描かれることが多い」
 生命の樹と聞いて、茨稀には連想するものがあった。
「まるで神が配置したケルビムと炎の剣、ですね」
 キターブが少し驚くが、すぐに顔を緩ませた。
「その通り。一説にはケルビムとグリフォンは同一の獣だと言われている」
「……それで、結局何を表しているの?」
 エミルが覗き込んでくるのを見て、キターブがスケッチブックを彼女に渡した。
「冥界の神と生命の樹。生と死。それを守護するもの。これだけでは分からない。この要素で全部とは限らないからだ。青銅鏡が完成品だと誰も証明できないしな」
「完成、ではない?」
 真壁が不信そうに言う。例えばこの青銅鏡に、従魔を誘き寄せるような機能があるとして、それが完成ではなく、不完全な状態でこれほどの被害を及ぼす。常日頃から従魔や愚神と戦う彼としては、神経質にならざるを得ない。
「従魔を数匹呼び込んで暴れさせる程度が古代人の目的だったと?」
「偶然そうなったという可能性は否定できまい」
 ツラナミが煙草に火を付けて反論する。それに、あれほど巨大な怪物となったのだ。古代人の意図だとしても、それで満足すべきだろうと彼には思えた。
「勿論。ですが同時に、何故他の遺物ではなく、この青銅鏡に宿ったのかということも考えねばならない。例え徒労だとしても」
 まあ、それが僕の仕事なわけだが。エミルからスケッチブックを返してもらいながら呟くキターブ。
『それにしても、あんたはこれから忙しくなるな。青銅鏡の調査で』
 明るい調子のファルクに、キターブは手を振って否定した。
「いやいや、これは支部の専門家に任せるよ。俺にはまた別の調査がある」
「また別のって、今度はどこですか?」
 橘に聞かれ、キターブは心底楽しみだという風に笑って答えた。
「大学教授に教えてもらってね。ジブラルタルだって。そこでも面白い青銅器が発見されたんだと」
 山間に風が荒ぶ。近づいてきたティルトローター機に手を振りながら、もう彼の心は地中海に向けられていた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 傍らに依り添う"羽"
    アトリアaa0032hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • どの世界にいようとも
    ゼム ロバートaa0342hero002
    英雄|26才|男性|カオ
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720
    機械|17才|男性|回避
  • 一つの漂着点を見た者
    ファルクaa4720hero001
    英雄|27才|男性|シャド
  • ガンホー!
    乙橘 徹aa5409
    機械|17才|男性|生命
  • 智を吸収する者
    ハニー・ジュレaa5409hero001
    英雄|8才|男性|バト
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