本部
小羊路市場の胡蝶
掲示板
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質問卓
最終発言2017/11/24 19:36:55 -
胡蝶を追って(相談)
最終発言2017/11/23 20:51:34 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/11/21 01:57:49
オープニング
●絡繰玩具、胡蝶
「おかあさん、きれいねえ、きれいねえ」
買って貰ったばかりの絡繰玩具に、小さな女の子は歓声を上げる。
偶然に足を止めた近所の小路。小羊路という。
いつもは寂れた小路なのに、今日は市場が立っていた。
新鮮な野菜や果物、肉や珍しい乾物。綺麗な包装に包まれたお菓子もあった。
その中で女の子が目を留めたのは、玩具売り場。
子供はいつでも、色とりどりの玩具には目がない。
綺麗な額縁に、牡丹の花と蝶が収まっている。
母は安っぽいと渋ったが、女の子には宝物のように見えた。
「ねえ、もう一回やって。おかあさんがやって」
セロファンで彩った切り絵、濃い縁取りに鮮やかな色。
手を触れるとそれが、絵から飛び出してひらひら、ひらひらと空に舞う。
光を受けて、つくりもののセロファンがキラキラと輝く。
しばらく経つと、元通り絵の中の牡丹にとまり、動きを止める。
女の子は、自分が触れるより母親が触れたときのほうが長く美しく舞うのだと言った。
「きれいねえ。きれい――」
それは玩具。つくりもの。
だからこそ現実を忘れるほどに、美しい。
夜になって帰宅した父親が見たものは、真っ暗な家の中に倒れている妻と娘の姿だった。
●蜥蜴市場
「家人によると、昏睡した子供は市場で買った新しい玩具に夢中だったそうだ」
福建省で起こった謎の昏睡事件の第一報を聞き、風 寿神(az0036)はすぐに動いた。
玩具を買ったという市場に急行したが、玩具屋があったはずの区画はもぬけの殻。
(――蜥蜴市場……)
最近、中国国内だけでなく、周辺各国でも広がっている闇市場の可能性がある。外国ではトカゲ市とも呼ばれる。
通常の商品の影に隠れて、ありとあらゆる違法取引が行われる市場。
生鮮食品などを取り扱うのはあくまで架空業者と取引した地元業者であり、市場の実態を知らない。
違法取引が明るみに出て、警察が動く頃になると市は終わり、解散する。
参加した地元業者を取り調べてみても、自分達が闇取引の隠れ蓑になっていたことすら気づいていない。
蜥蜴が尻尾を切り落とすように、その場その場の市場を切り捨ててゆく。
二度とは、同じ場所で開かれない。
それが、蜥蜴市場(シーイー・シーチャン)。
ネオンがあかあかと灯る夜道で、通信機から続報が入る。
「玩具は額に入った牡丹と蝶の切り絵だったそうだが……どの家庭でも、蝶だけが発見できない」
触れると蝶だけが動く絡繰。
子供が倒れた後は、蝶も消えた。
ふと夜空を見上げると、ネオンを反射してキラキラと動くものがある。
『(スー、蝶だよ、セロファンの蝶!)』
共鳴したソロ デラクルス(az0036hero001)が内側から叫ぶ。
「……じゃろうの」
この場所に玩具屋があったというのなら、怪しい玩具を売った犯人達はまだこの近くに潜伏しているのだろう。
消えた蝶を回収するために。
おそらく蝶は、ライヴスを吸って動く低級従魔。夜の闇の中でも、潜伏する犯人の元に向かうはず。
「追うぞ」
香港支部から借り出した『モスケール』を起動し、蝶の位置を特定する。
弱いライヴス反応。それもひとつやふたつではない。
レーダーユニットの感知圏内に、数十の弱いライヴス反応があり、同じ方向に向かっている。寿神は香港支部に連絡を入れた。
「くだんの蝶らしきものを捕捉した。追跡する」
●追跡、東小寒路
「福建省で、ライヴス欠乏によると見られる昏睡事件が起こった。原因は蜥蜴市場が販売した胡蝶の絡繰玩具と見られている。風寿神が先行して追跡中だ」
H.O.P.E.香港支部で、あなたたちは職員から説明を受けた。
「幸い、起きていないと玩具には触れられないため、命に関わるほどライヴスを失った患者はいない。しばらくは昏睡するが、ゆっくり回復する見込みだ」
命まで失った子供はいない、と聞いて何人かはほっとした表情を浮かべる。だがしばらくは起き上がることは出来ないだろう。
「作りものの蝶が集まった先は、小羊路から少し離れた、東小寒路という通りにあるビルだ。入居者の居ないはずのさびれたビルの窓が開き、蝶が入っていったそうだ」
実際、住所から特定した所有者に確認を取ったが、蝶の集まって行った階には現在入居者はいないとのこと。
「蜥蜴市場は末端を容赦なく切り捨てる性質があるため、その全容はいまだ掴めていない。蝶の入ったビルに組織の人間が潜伏しているなら、どのような出方をするかも読めん。心してかかってくれ」
職員は姿勢を正し、あなたたちに敬礼した。
【現場模式図】
ロ■■■■■☆■■■ロ■
ロロ東小寒路ロロロロロ◎
ロ■■■■■■■■■ロ■
ロ:道 ■:あやしい繁華街(全体にネオンが輝くが、更に小路に入るとゴミが散乱し、治安は悪そう)
☆:蝶の集まったビル。一階はテナントが入っているが、上階はさびれ、入居はまばら。蝶が入ったのは四階
◎:風寿神の張り込み場所。春霞楼という大衆酒屋にチップを払い、二階窓際席に陣取っている
解説
【目標】
主目標;今回の騒動を起こした胡蝶のサンプルを採取
副目標;蜥蜴市場を運営するヴィラン組織について少しでも情報を集める
【登場】
・風寿神&ソロ デラクルス;共鳴済。
大衆酒屋『春霞楼』二階席にて、まずい炭酸水と煙草の煙と、絡んでくる酔っ払いに耐えつつ張り込み続行中
【敵情報】
・胡蝶(フーティエ)(PL情報)
最初に売られた時点では切り絵に憑依したイマーゴ級だったが、ほとんどの個体が犠牲者のライヴスを吸収してミーレス級に。更に群れとなることによってデクリオ級の強さを発揮する。
《群舞》;群れで舞い、視界を遮る
《旋風》;群れの飛翔によってライヴスの風を巻き起こし、攻撃を防ぐ
《幻惑》;ライヴスの鱗粉を撒き散らし、蜃気楼や幻を見せる
・蜥蜴市場の下っ端二名(PL情報)
黒服+サングラスの中国人。ソフィスビショップ一名、シャドウルーカー一名。スキル不明、所持装備不明。
ヴィランなので生け捕りが基本だが、生け捕りが可能かも不明。状況によっては(正当防衛が認められる場合は)生死問わず。
背後組織についても何も掴めていないので、少しでも多くの情報が欲しい。
【貸与品】
胡蝶の捕獲、ヴィランの捕獲に適当な装備品がなかった場合に備えて、H.O.P.E.香港支部より次のアイテムの貸与が可能。(プレイングに書いてください)
・従魔対応補虫網;網直径60cm、柄1mまで伸張。網が従魔対応である他は普通のプロ仕様の補虫網と同じ。捻って畳むと20cm程度になり持ち運びに便利。柄は取り外して運ぶ。網のみでも使用可能。
・従魔対応補虫瓶;一見普通のポリ瓶だが強化素材。中に従魔を麻痺させる弱い毒が入っている。
・逮捕用手錠;ヴィラン用。リンカーに対応。
リプレイ
●正義の虫取り
「仕事に行くぞ」
鋼野 明斗(aa0553)は淡々と英雄に告げた。
期待に満ちた目をして、ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)はスケッチブックを掲げる。
『(正義!?)』
「いや、虫取りだ」
意味が分からないと、ドロシーは眉根を寄せる。
見かけは幼いが、虫取りよりも正義のほうが好きらしい。
駄目押しで麦藁帽子を被せ、虫取り網を持たせてやると一層混乱した様子で、スケッチブックを『(?????)』で埋める。
虫取りスタイルで困り果てる小さな英雄に、明斗はふ、と表情をゆるめた。
「正義の虫取りかな?」
中国福建省の、とある地方都市。
中所得層から低所得層向けの安価な娯楽を提供する繁華街、東小寒路はまだ宵の口で、安っぽいネオンを煌々と点している。
その一角にある大衆酒屋、春霞楼で張り込みを続ける風寿神に、近づく人影がふたつ。
「風君ご苦労様、それで、状況は?」
餅 望月(aa0843)とその英雄、百薬(aa0843hero001)だ。
『すごいむしとりあみ』を持ち、胡蝶対策は万全。
「該当ビルの四階に入居者はなし、電気契約等もなし。じゃが、窓が開き、遅れて来た胡蝶がちらほらと入って行っておる。まだそこに誰かが居るな」
寿神の指し示すビルの4階に明かりは無い。だが、確かに窓が開いたままになっている。
繁華街を照らすネオンはビル上階までを照らし、暗がりで困ることはなさそうだ。
『中に居る奴の顔写真はある?』
百薬が問う。
「いや、相手もリンカーである可能性が高い。蜥蜴市場の奴らは用心深く、逃げ足が速い。いままで何度も逃げられてきた。突入までは勘付かれるようなことは避けておる。何人いるかも知れぬ」
違法組織、蜥蜴市場。この呼び名も「容赦なく尻尾を切り捨てる」性質からの仮称で、正式な名称さえ知れていない。
「珍しくやる気じゃないの百薬。その心は?」
『本場のあんまんとウーロン茶』
望月の問いに、ふふふと百薬は答える。
「福建省は烏龍茶の高級銘柄、鉄観音のふるさとでもある。古くから小麦を主食とし、美味しい小麦へのこだわりも強い。ひとくちに餡饅と言っても、皮ひとつ、餡ひとつから日本とは味が違うのじゃ。任務が終わったら共に茶館めぐりなどどうかの」
寿神は幻想蝶から一冊の本を取り出した。この付近のガイド本である。
「日本語の本じゃない。付箋もびっしり」
金さえあれば、外国人向けの店が安全だと、寿神はテーブルの上に残った炭酸水を指した。妙に毒々しい赤色で、ほとんど減っていない。感想はただ一言、「まずい」。
「ソロ君もちょっといいお茶でも飲んでいこうよね」
共鳴中のソロにも望月は声を掛ける。寿神が笑みで答えた。
「では、行こうかの」
「いざとなったら、共鳴を解除して……こう、二人で広げて持てば」
付近の路地裏で、沖 一真(aa3591)は捕獲道具の製作に励んでいた。
H.O.P.E.香港支部で支給された補虫網をカッターで切り取り、スキーストックに括りつけてヴィラン捕獲用のトラップにできないかと試行錯誤中だ。
「手伝おうか」
ヤナギ・エヴァンス(aa5226)がシーフツールセットを手に声を掛ける。道具箱に針金など役に立ちそうなものは多い。
「それと、ロープで足元用の罠も張って置きてェな。役に立つかもしれねえし」
燃えるような真紅の髪をロングウルフカットにしたヤナギは、華やかさに加え、どこか暗さを併せ持っている。
胡蝶の捕獲は大前提として、用心深いヴィランをどう捕獲するかにも注意を払う必要があるだろう。
「絡繰の胡蝶とライヴス……それにヴィラン、ねェ」
『………低劣な臭い、ですね。厭わしい』
胸に掛けたロザリオを指でなぞりながら、静瑠(aa5226hero001)は呟く。
「玩具に擬態し幼子を狙うとは、悪質にも程があるの」
『全くじゃな、死者が出なくて何よりじゃ』
対照的に天城 初春(aa5268)と辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)は怒気を顕わにしている。子供好きの彼女達は、子供が標的になったと聞いて憤懣やるかたない。
『しかし……ヴィランがライヴスを欲しがっているのならば……』
静瑠の言葉の続きをヤナギが引き取る。
「背後には愚神、か」
推論でしかないが、姿を見せない組織が背後に隠しているものを、なんとしても暴かねばならない。
『蜥蜴みたいに切り捨てて行く。そんな組織に皆よくついていくよね』
月夜(aa3591hero001)もまた険しい顔で作業を手伝う。
「自分が切り捨てられる側だと分かってないだけかもしれない」
一真が呟く。
「何にせよ、本体からは悪辣さが匂うな。生え代わる尻尾が無くなるまで追い回してやろう」
そのためには、足掛かとなる情報が必要だ。
「お任せください御屋形様、ヴぃらん相手でも、しっかり御守りいたして見せます!!」
三木 弥生(aa4687)は既に三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)と共鳴し、骸骨鎧をがしゃがしゃと鳴らす。今回も筆頭家臣として御屋形様を補佐し、その戦績に一役買う覚悟だ。
「突入に際して……立ち入り許可と戦闘許可は取ってある、ということでいいのよね?」
鬼灯 佐千子(aa2526)はリタ(aa2526hero001)と共に、物陰から該当ビルの正面入り口を見張っていた。通信機で遠方から見張る寿神と話す。
一階は漢方薬などを扱う商店になっていて、営業中。
店の中を通って上階へと続く階段がある。
「鬼灯殿の心配は、法的なものと手続き的なものじゃな。警察には連絡済みじゃし、細かいことは香港支部に任せてくれ。突入の根拠は不法侵入の現行犯で充分じゃしの」
この国での交渉は主に事後承諾なのだとは、あえて告げなかった。実際に手続きを執り行うのは、手慣れた香港支部の職員だ。
「今回の私達は、隠密作戦!」
同じ場所で待機中の雨宮 葵(aa4783)は、突入はせずに正面入り口を護る構えだ。
『……窮鼠猫を噛む』
黒いドレスの燐(aa4783hero001)は闇の中で気配を殺す。葵は明るく応える。
「追いつめられると弱い奴も死ぬ気で立ち向かってきちゃうって事だね!」
『ん。……下っ端は追いつめられたら、何をするか分からない。……自爆攻撃や自害もするかも』
冷徹な暗殺者だった燐は、違法組織の論理を知り尽くしている。
だからこそ、あえて逃げる余地を残す。そこに隙が生まれるはず。
●四方より
「準備完了。いつでも突入できます」
明斗は共鳴し、突入現場の隣のビルの屋上にいた。通信機を使用して話す。
該当ビルは6階、立っているの7階。
確保対象のヴィランが屋上から脱出するのを防ぐため、明斗は上階から制圧する。
「繁華街はひととおり歩いてみましたが……監視カメラの類は日本に比べて圧倒的に少ないようですね。同規模の日本の繁華街なら、死角が無いほどに監視カメラだらけなものですが」
観光客を装って下調べ済みの明斗はそう感想を漏らす。
「そうじゃの、鋼野殿。この国は広く、人は多く、機材はあまりに少ない。あってももっと外国人向けの街が優先じゃ」
寿神は望月と共に裏口側で待機、突入は望月に任せこのまま裏口を守る。
「外で待機組は何か異変があったら報せて」
佐千子はイメージプロジェクターで付近の住民を装い、リタは幻想蝶に入る。
一真、弥生は共鳴して共に正面から突入、葵と初春は正面で待機する。
ヤナギはロケットアンカー砲を打ち込んで外壁から四階を目指すが、衝撃で敵に気取られる可能性が高いため、他のメンバーの四階到着と同時に開始、というところに落ち着いた。
「我が分け身たる鷹よ、我が眼となりて羽ばたきたまえ……」
佐千子と同じ物陰に隠れ共鳴した初春は、ライヴスの鷹を生成する。
猛禽は一気に飛び立ち、ネオンで照らされた夜空を優雅に滑空する。ぽっかりと開いた窓を横切り、中の様子を窺う。
「人影はふたつ、黒づくめ。四階の中身はがらんどうでござる。開いて立てかけた本のようなものに蝶が集まっているでござる」
れ以上の探索は危険と離脱させようとしたとき、バシュッとくぐもった破裂音がして鷹が消失する。
「鷹は喰われた! 武器はおそらく短銃、警戒されたし!」
声を殺して、初春が報告する。その内容は通信機で別動のエージェント達にも素早く共有された。
「消音器付きの銃ね。市街地での荒事向きの」
武器に詳しい佐千子がそう分析する。
「勘付かれたのなら、一刻の猶予も無いわ。今すぐ突入しましょう」
もとより全員が臨戦態勢である。まずは正面、裏口、屋上の三方からビルに突入した。
一階は商店、二階は別会社の事務所、とは寿神からの前情報。ビルは老朽化しており、三階以上に入居者はいない。
上階に向かう階段には共用部として上階まで照明が点り、四人がそこに向かっても店員の誰も関心を向けることはなかった。雑居ビルである以上、そんなものだ。
三階まで駆け上がってから、佐千子はリタと共鳴し『モスケール』を使う。
「敵影は三つ……『鷹の目』の情報から、二つは共鳴したヴィランと見ていいでしょう。塊になっているのが蝶かしら」
他の階にライヴス反応は見られない。
「御屋形様! 露払いはお任せください!」
弥生は踊り場に出るごとに、『罠師』で異常を調べる。機械製の罠を発見し解除できるが、視界内のものにしか効かないのが難点だ。
四階到達直前にモスケールで再走査する。結果に変化なし。
ガンセイバーに持ち替え、慎重に階上に到達したとき、ふいに目の前を鮮やかな色が横切った。
安っぽい樹脂の色。古い幻灯機のような、子供の頃に見た万華鏡のような、とりどりの色。
「六階クリア」
通信機に向かって明斗は呟く。
錆び付いた屋上のドアに鍵は掛かっておらず、六階に人の気配は無い。
外向きの窓は多少割れているだけで無事だが、内装は床材も含めてすべて取り去られ、コンクリートがむき出しになっていた。ドアのあるべきところにドアは無く、蝶番を取り付けていた釘穴だけが残る。
取り外されたのか窃盗されたのかは不明だが、どちらにしろ状態はよくない物件だ。
明かりはなく、窓からふんだんに外の街灯の光が入ってきて室内を照らす。
ライヴスゴーグルで見ても、この階には何の反応もない。
五階は若干ましだった。廊下だけは床材も、ドアも残っていた。内向きの窓は窓枠ごと消失していたが。
この階は最近まで誰かが使っていたのかもしれない。
「五階クリア」
四階へと向かう階段の途中で、明斗も極彩色の光に包まれた。
●夢の中へ
望月も裏口から続く薄汚れた階段を登り、四階に到達しようとしたところで不思議な光景に出会った。
清潔なテーブルクロスの掛かったテーブルの上に、湯気を立てる食事が乗っているのである。その周りはふんわりと白い光に包まれて霞む。
小さな蒸し器に入った小龍包に海老餃子、野菜入りの焼売に蒸し餃子。そして大きな餡饅。
胡麻団子にマンゴープリンもある。
聞香茶の小さな茶碗に注がれているのは、琥珀色の鉄観音。
『おお』
思わず百薬が歓声を挙げる。
依頼が終わったら食べに行こうと約束したメニューそのものである。望月はすかさずツッコんだ。
「(おおじゃないでしょ。怪しさ大爆発でしょ)」
そのころ明斗も奇妙な光景を見ていた。
テーブルの上に綺麗に型取られて旗の立ったチキンライス。たっぷりとソースの絡んだナポリタン。ふわふわ卵のオムライス。レタスの上にはポテトサラダ。プリンにゼリー、カラフルなキャンディ。
『(!!!!)』
共鳴中のドロシーが激しく興味を惹かれているのがわかるが、正直明斗にはどうでもいい。
四階に足を踏み入れた佐千子達も、不思議な状況に戸惑っていた。
佐千子は赤いノースリーブドレスに肘上までの同色長手袋。ドレスの裾はふんわりと広がり、機械化部分は何故か目立たない。一真は細身のタキシード、弥生はフリルたっぷりのモダン和装に変化している。
明かりの無いはずの四階は広々としたホールで、シャンデリアが灯りを振り撒く。
白い壁には上部がアーチ型の縦長窓が嵌り、無数の男女が手を取り、笑いさざめいていた。
「でも、モスケール反応した敵影は三つだけだった……!」
『(落ち着けサチコ。我らはいまだ共鳴状態。視覚を誤認させられ、混乱しているに過ぎん)』
リタは冷静だ。
子供用の絵本を開いたような、どこか嘘臭い光景。
この階が廃墟同然の空き部屋だということは、確認済みの事項だ。
「ふうん、幻覚か。さて、どういう仕組みかね」
一真は変化した周囲を見回した。
衝撃で解けるBSならば弥生に殴って貰おうと思ったが、幻覚に入る前、鮮やかな色を見た気がする。
「幻覚が従魔によるものなら、ブルームフレアで周囲を焼き払ってみるのも手かもしれないな」
「御屋形様が突破口を開かれるまで、持ち堪えてみせます! 私には、たふねすまいんどがあります故!」
弥生は一真の前に立ちはだかる。幻覚で見えないが、周囲は陰陽玉が飛び交って護っているはずでもある。
『まあ、子供騙しだよね』
百薬が言う。
「子供騙しだな」
同意するように、明斗も言う。
クリアレイの光が一真と佐千子を包み、シャボンの泡が弾けるように幻が消える。
幻覚が解けてしまうと、周囲は階段用の照明と窓の外の明かりに照らされる荒れた廊下だった。
痛んだリノリウムの床の上を、無数のセロファンの胡蝶が舞う。
遅れて弥生にもクリアレイが届き、はっと気がついた顔をして周囲を見回す。
「虫取りの時間だよ!」
望月が『すごいむしとりあみ』を振る。
一見普通の虫取り網だが、胡蝶サイズなら拘束のBSを与える。
「面倒なものは、さっさと捕まえるに限る」
明斗は貸与された補虫網を8の字に旋回させる。
網に特殊効果は無いが、口径が大きく飛翔中の虫の捕獲に適している。あとは渡された補虫瓶に入れておくだけ。
「胡蝶の捕獲は任せた……幻覚を使われると面倒だ、燃やす」
魔血晶を砕き、赤い血で強化された魔法の炎を蝶の群れに向かって放つ。
セロファンの蝶は集まって渦を巻くように旋回し、一部は炎に焼かれて煤と消えたが、一部は炎から逃れた。
その少し前のこと。
物陰からヴィランの潜む建物を窺いながら回帰していたヤナギ達は、開いた窓から黒く四角い物が放り投げられるのを見た。持ち手の付いた鞄のようだった。
それは路上に落ちるでもなく、向かいのビルの屋上へと飛ぶ。
「奴ら、逃げるつもりかねェ? そろそろ頃合いじゃねーの」
ロケットアンカー砲を構えるヤナギに、初春は頷いた。
「援護するでござる」
鉄の鉤爪が壁面に食い込む衝撃には、潜伏スキルは効かない。
加えて巻き取り機能のないロケットアンカーでは、登るときに身を隠す場所も無く無防備になる。
この方法で壁面を登るには、どうやっても味方の援護が必要だ。
初春はアンチマテリアルライフルを構え、牽制の意味も込めて開いた窓に一発撃ち込む。
「逃がしはせんのでござるよ」
稲荷姫も初春も、何十人もの子供が倒れて入院を余儀なくされたという事実と、その手口に怒っていた。
卑劣な悪人に鉄槌を。ついでに集めたライヴスをどうするつもりだったのか吐かせる。
ヤナギが窓から室内に飛び込んだのと、佐千子がドアの蝶番と鍵を打ち抜いて突入したのはほぼ同時。
「あなた方を、住居不法侵入の現行犯容疑で逮捕します!」
佐千子は捕獲用のアラーネアSWに持ち替え、高らかに宣言する。
「逃げ場はねェぜ。挟み撃ちだ」
ヤナギもケルベロスを構え、窓を塞ぐように立つ。
室内には二人の男が立っていた。
個性を消す黒服に身を包み、サングラスで顔を隠している。
男のひとりがすっと手を挙げると、セロファンの胡蝶達が次々に室内に入ってきた。
廊下に面した窓ガラスがひとつ取り去られ、そこから出入りしている。
「投降なさい。抵抗しても無駄よ」
じり、と佐千子は距離を詰めた。
男の手元から、不浄の風が巻き起こる。
胡蝶達はライヴスの風に乗り、渦を巻いて佐千子に襲い掛かる。
アラーネアSWがライヴスの糸を放ち、蝶の一部を絡め取って落ちた。
もう一人の男は、蝶の渦に紛れ、柱の影に溶けるように消えていた。
部屋には太い柱が何本も立ち、黒い影を伸ばす。
「そうまでして、守りたいもんがあんのかねェ……」
彼らの必死さが、ヤナギには理解できなかった。
ヤナギの足元の影がゆらり、と揺らぐ。
そこから黒服の男が、猛然と突進してきた。
身を低くしての、低い位置からの攻撃。
「ハッ、来いよ!」
ヤナギは嗤った。あくまで戦うなら、迎え撃つまで。
黒い戦鎖が生命を得たようにうねり、男に襲い掛かる。
男の肘から先が回転したように伸び、鎖に絡んだ。
息をつく間もなく反対側からの打撃攻撃。男が持っているのはトンファーだ。
ヤナギが怯んだ隙に、男は窓から飛び降りる。リンカーならば飛び降りてもダメージは無い。
「まァ、そっちも罠なんだけどな……」
窓の下の繁華街を見下ろしながら、ヤナギは笑みを浮かべた。
凍てつく冷気が広がり、周囲を凍りつかせる。
「弥生、範囲攻撃だ。下がれ」
一真は前に出ていた弥生を庇うように退かせた。
蝶は冷気を遠巻きに避けるが、巻き込まれて凍り、落ちるものもいる。
男は避けさせた隙を狙って逃走しようと、階段側に出る。
「スキルの応酬は面倒です。さっさと終わらせましょう」
ディープフリーズよりもはるかに効果範囲の広いライヴスフィールドを、明斗が展開させる。
「冷気の次は焔の槍なんて、どうだろうね?」
望月の蒼炎槍が青白い焔を上げながら襲い掛かる。狙うは足。なるべく移動力を削いでから捕獲したい。
低く横薙ぎにした槍で負傷し転倒する男に、一真と弥生がスキーストックで広げた捕獲網を被せ、動きを封じた。
「…………」
男は掠れた声で何かを言った。
「まだ……やれる……だから」
『(ほらね……出てきた。逃げ場があると思って)』
四階から飛び降りた男を見て、燐は葵に囁いた。
黒づくめの服は明るい繁華街ではかえって目立つ。
「気が緩んだところをざくっとしちゃうわけかー。燐えげつなーい」
燐の読みが当たって、葵は嬉しそうだ。
ドレッドノートがあえて前に出ず、伏兵となる利点は敵の弱ったところを一撃で屠れること。
「死なない程度にぶっ飛ばそう! 重体までならオッケーでしょ?」
同じく待機組の初春と分かれて両側から回り込み、確実に仕留める。
「危ないので皆、退くでござる!」
初春は人ごみを抜け、紅炎を抜き放つ。男は初春と葵に、両側から挟まれた形になる。
道行く人々は多少避けて通るが、映画の撮影程度に思って気にしてはいないようだ。
葵は男の武器を見て、面白そうに言った。
「へえ、トンファーか。中華風って感じ?」
既に鯉口を切っていた『華樂紅』をスカバードの加速で抜き、『一気呵成』の衝撃力も使って追撃する。
男のトンファーは、葵の妖刀の二撃をかろうじて受けた。
「……さ、ないで……」
何かに怯え、男はがたがたと震えている。
サングラスがずれて、素顔が覗く。
思ったよりも、若い男だった。その目は恐怖に染まる。
「殺さ……ないで」
「ん? 殺さないよ? ただちょっと、動けなくなる程度にね?」
笑顔で続ける葵に、燐は静かに告げた。
『(葵、離れて)』
ごく小さな、爆発音が起こっただけだった。
爆発物はほかを巻き込むことなく、男の頭部と手首から先だけを、グシャグシャに砕いた。
燐が、葵の顔を背けさせる。
葵は何が起こったのか理解できずに、ただ雑踏を眺めていた。
同じ頃、四階で捕らえられた男も同じようなことになっていた。
いつのまにか、頭部を失った男の横にほっそりとした少年が立っていた。
哀しげに、何の言葉もなくただ哀しげに、首の無い体を見つめている。
空間を切り裂くように小さな黒い影が横切り、ぱっと光が散る。
その後、少年の姿は消えた。
路上でも、同じようなことが起こっていた。
●
事態の急変に裏口側から駆けつけた寿神は、「そうか」と頷いた。
「彼らは尻尾として、切り捨てられたのじゃな」
能力者が死んでも、英雄は残る。
黒い影は幻想蝶の運び手で、英雄を回収しに来たのだろう、というのが彼女の推論だった。
頭部と手の損傷は酷く、個人の特定に使える指紋と人相の情報は得られそうも無い。
それでも、これまでの捜査では得られなかった情報は得られる。
「一番の情報は、蜥蜴市場がこういうやり方をする組織じゃということじゃな……腹立たしいことじゃが」
胡蝶が集団で見せた幻覚の話になると、寿神の表情は曇った。
「子供騙しの幻覚か。従魔の標的が子供じゃったことを考えると、なにやら不穏じゃの」
「あの人、怖がってた……。殺さないでって……言ったのに」
葵はぽろぽろと涙を零す。
『ん……よくあること……だよ……』
殺し屋として育てられた燐にとって、失敗を死で償うことは普通だ。
葵にだけは、なるべく見せたくなかったけれど。
「おやかたさまぁー」
降りてきた一真の姿を見ると、葵はまたぼろぼろと泣いた。
警察の現場検証には、寿神が対応している。
「お前のせいじゃないからな。そこだけは間違えんなよ」
一真は葵の頭をぽんと撫でてやる。
弥生は武家の当主として恥ずかしい真似はできない……と強がりつつも、真っ青な顔をして月夜にしがみついている。
「(なんか、名乗り損ねたな……)」
月夜にだけ聞こえるように、一真は囁く。月夜もそっと答える。
『(そうだね。名乗っても、どうにもならなかったどね……)』
その後警察が捜索を行ったが、向かいのビルに向かって投げられた黒い鞄はついに見つからなかった。
◆
「気に入らないな……」
翌日の早朝、ヤナギは公園のベンチに座っていた。
『気に入りませんね』
静瑠も、その隣りに不機嫌そうに座っていた。
ヴィラン組織がまともだとは思っていなかったが、こういう終わりは納得が行かない。
夜に酒場で聞き込みをしてみたが、盛り場では怪しい人間も、余所者も、黒社会と呼ばれる違法組織もあまりにありふれていて、ろくな情報は得られなかった。
かわりに路上生活者にでも話を聞いてみるかと、早い時間からこういう場所に来てみたのだった。
低い位置から社会を見上げている人間のほうが、物事を良く見ているものだ。
しばらく歩いて、聶という老人と知り合いになった。両脚の膝から先を失って物乞いをしているが、以前は公社勤めだったらしい。そういった昔話を聞いてやるのも話を引き出すコツだ。
手持ちの『九龍仲謀』を勧めてやると、機嫌が良くなり舌は一層なめらかになった。
「少し前までここいらに居た奴らは、いい仕事があるってんで皆行っちまったよ」
俺はこんなだから残ったけどな、と聶は羨ましそうに言った。
「フゥン。どこに行ったのかね?」
ヤナギが問うと、老人も詳しくは聞いていなかった。
「大きい工場が出来て、人が沢山集まってるんだ。そこで働けば、いい暮らしができる」
都合のいい話には裏があるものだが、彼は単純にそう信じていた。
この国で成功したのは、賢く慎重な人たちではない。
時流に乗った人々が、万元戸と呼ばれる金持ちにのし上がったのだ。
人口十三万あまりを擁し、驚異的な経済成長を遂げた国、中国。
光の当たる部分が輝かしいほどに、闇もまた、深い――