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うそからでたもの
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相談卓
最終発言2017/11/22 07:02:16 -
質問卓
最終発言2017/11/20 13:50:40 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/11/21 01:38:57
オープニング
●小さな嘘
「おれ、リンカーなんだぜ!」
少年――佐藤祐は、自信たっぷりに少女に告げる。
その手に幻想蝶は無く、傍には英雄も見当たらない。
しかし少年はヒーローでありたかった。
たった一人の大好きな少女の為に。
「じゃあ、もし何かあったら」
少女――鈴木紗智は知っていた。少年がリンカーでは無いことを。
ヒーローに憧れる少年がついた、小さな嘘であることを。
「助けに来てね、ヒーロー」
後ろ手に隠した幻想蝶をそっと握り締めて、少女は微笑んだ。
●嘘から出た、
少年は震えていた。
目の前に立つ、自分よりも背の低い"少女"を見て腰を抜かしていた。
「お望みの、敵なのですよ」
くすりと嗤うのは"少女"――愚神いめ。
いめの傍らにはキィキィと鳴く従魔と、何匹もの従魔に抱えられている紗智の姿。
「"ヒーロー"には、敵が必要なのです。ここで待っているですよ」
愉しげないめは一枚の地図を差し出すが、少年はがたがた震えるばかり。
しかしそれすらも面白そうに笑みを浮かべ、いめは囁いた。
「一人で助けられないのなら、"仲間"を呼んでいいですよ?」
本物のヒーロー、H.O.P.E.を。
「それまでには、この子は起こしておくですよ。"ヒーロー"が助けに来たこと、喜ぶですよ?」
少年の目が見開かれたのを確認し、いめは少女や従魔と共に姿を消した。
少年は。
ただただ悔しそうに叫んで地図を握り締め、家への道を駆けだした。
"ヒーロー"に助けを求める為に。
●希望
リンカーとはなんだろう。
ヒーローとはなんだろう。
誰かを護ろうと戦ったあの人は、死んでしまったのに。
「だからいめは、こうしているのですよ」
あの人が護りたいと言った世界が、本当に素敵な世界なのかを知る為に。
こうして、H.O.P.E.が希望を運んでくるのを待っている。
解説
●目的
鈴木紗智の救出
●登場
・少年 佐藤祐(サトウ タスク)
小学六年生。日ごろから戦隊物の物まねをしており、最近のお気に入りはH.O.P.E.エージェントの物まね。
リンカーでは無く、ただの一般人。紗智のことが好き。
紗智を助けるべくエージェント達と同行したいと申し出る。
同行を突っぱねることも出来るが、そうなった場合は一人で地図の場所に向かう。
同行させず待機させておくには一工夫必要。
・少女 鈴木紗智(スズキ サチ)
小学六年生。祐とは幼馴染。
(PL情報)
リンカーではあるがそれを周囲に公言したりはしていない。祐も気づいていない。
エージェントではなく、特に力を行使することも無い。
・推定デクリオ級愚神『いめ』
白髪に赤眼、外見年齢は7歳ほど。真っ赤なドレスを着た少女の外見をしている。
(PL情報)
紗智や祐、エージェント達には攻撃せず、従魔が数体消滅したら逃亡する。
攻撃されたら対応するが、積極的に攻撃するつもりは無い。
・ミーレス級従魔『鳴魔』数体
スピーカーにコウモリの羽が生えたような形をしている。
回避・命中は高いが防御は低め。
≪共鳴≫
パッシブスキル
『鳴魔』が複数存在すればするほど自身の攻撃力を増幅させる
≪フォルテ≫
アクティブスキル
ライヴスを音に乗せた単体攻撃
≪クレッシェンド≫
アクティブスキル
ライヴスを音に乗せた範囲攻撃
命中後【減退(1)】付与
●状況
地図の場所は郊外の倉庫。
現地へはH.O.P.E.の車が送迎。
全員で向かっても別々で向かっても可。
リプレイ
●急行
笹山平介(aa0342)が運転する車内でエージェント達は祐から話を聞いていた。
連れ去られた少女と、連れ去った愚神の特徴。
それから、その時の会話について。
「あの嬢ちゃんが絡んでる、か」
『無視出来ぬ事じゃのう』
百目木 亮(aa1195)が言えば、彼の英雄であるブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)も頷く。
「またあいつか……」
ぼそりと面倒そうに呟くのはバルタサール・デル・レイ(aa4199)。その隣には紫苑(aa4199hero001)の姿がある。
『口だけなのか、発言に責任や覚悟を持てるのか、試しているようにも見えるけれど』
所詮は子供のついた可愛らしい嘘だ。それに対して人質を取って試すほどの事なのか。
何かトラウマでもあるのだろうか。それとも。
『人の感情に興味を持ってるのかな?』
自分と同じように、と口に出す前にバルタサールに睨まれ、紫苑はひらひらと手を振って受け流す。
「ヒーロー、ね……」
『……ふん』
アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)の二人も話を聞いてはいたが、自分たちには似合わない言葉だと結論付けて思考を終えていた。
今回は人質の救助。その一点だ。
「彼女はまだ無事でいる可能性はある……と判断をしても問題ないですよね」
いつも通り微笑を浮かべたままの笹山だが、心中は見かけほど穏やかでは無い。
大切な人を護れなかった時の思いをよく知っているからこそ、祐にはそんな思いや後悔をさせたくない。
『……』
そんな能力者の機微を察しているのか、眉間に皺を寄せたまま黙って助手席に座っているゼム ロバート(aa0342hero002)。
そして、連れ去られた少女……紗智に何かあれば飛び出していきそうな祐に対し、言い含めているのは東江 刀護(aa3503)と双樹 辰美(aa3503hero001)だ。
「同行させるが、連れて行かれた子を助けようとしないことだ」
いめの目的が分からない以上、祐を同行させるのは危険でしかない。しかし放っておけば祐は一人で現場に向かうだろう。いめが示した地図を少年は見ている。もしかしたらそれもいめの狙いなのかもしれないが。
『私達と一緒に、紗智さんを助けにいきましょう。あなたが来れば、紗智さんは安心するでしょう』
双樹が言えば祐はこくりと頷く。物分かりの悪い少年では無さそうだが、この年頃は考えるよりも体が動いてしまうだろう。
エージェント達は無言で視線を合わせ、役割を分ける。
祐を護る側と紗智を助け出す側。
護衛班は東江、百目木、バルタサール。
救出班は笹山、アリス、それから――。
「……相談があるんですけど」
そう切り出したのはGーYA(aa2289)。彼の英雄のまほらま(aa2289hero001)は、今はまだ共鳴せずにジーヤの隣に座っている。
「可能であれば、いめと戦ってみようと思っています」
メンバーの中には以前いめと相対したことがある者もいる。しかしあの愚神と交戦経験があるかというと答えは否だ。いめはほとんど戦った事が無い。
もちろん人命が最優先だ。紗智を救出した後にいめが逃げてしまう可能性もある。
だから、可能であれば。
「着きました」
笹山の言葉と共に車が止まる。
共鳴し、降りていくエージェント達。それを見て息を飲む祐の背を百目木が優しく叩く。
「坊主。敵を倒す力がなくてもできることはある」
百目木は祐を連れていく事に反対はしていない。祐がどうしても行くと言ったから、絶対に前には出ずに離れた場所にいると約束をさせている。
流れ弾の危険もある。目の前で祐が怪我をしたら、もしも死んでしまったら紗智がどう思うか、考えられないほど向こう見ずでもないだろう。
しかし、何も出来ないという無力感を与えてしまうよりは。
「そうだな……敵が妙な動きしてたり嬢ちゃんが危ない目に遭いそうな時教えてくれ」
しゃがみ込み、目線を合わせて百目木は言う。
視るということ。ただ見るのではなく、注意深く観察をすること。簡単そうで難しい、大切な仕事。
出来るか?と問えば、祐はしっかりと頷いた。
「それじゃあこれはお守り代わりだ」
百目木が差し出したのは祈りの御守りと救急医療キット。キットは紗智が軽い怪我をしていた時の為だ。
『応急手当じゃ。助けた後にわしらが治すでな』
まるで孫にするように黎焔は祐の頭を撫で、百目木も祐と車を降りていく。
『安易に一般人を同行させるのはどうかと思うのだけれどぉ?』
祐が居なくなってからまほらまが疑念の声を上げるが、対するジーヤは大丈夫だと言う。
「彼には護衛がついてるし酷い事にはならないさ」
『……見目が幼い少女でも相手はデグリオ級愚神よぉ? いつ牙を剥くかわからないわ』
「いめの興味を満足させる事ができればまた、逃げていくだろ」
『そう思わせるのが彼女の狙いなら最初に殺されるのはあなたねぇ』
能力は不明、等級が合っているかも不明。戦闘能力不明の愚神を相手に護衛対象が二人。
加えてその愚神に攻撃をけしかけるのだ。
簡単にいくといいけれどと二人も車から降りて、倉庫へと目を向けた。
誘いこむようにうっすら開く入口に東江が手を掛ける。
「行くぞ」
短い合図。開け放たれた扉と同時にエージェント達は中へと突入した。
●救出
倉庫の中は暗闇で満ちていた。
キィ、キィという声のような音が耳障りで、壁に跳ね返っては反響している。
その中を、笹山は走っていた。
金に染まった髪色と英雄の影響を受けて赤色に光る瞳。
普段の彼とは別人ともいえる姿で、たった一人の少女を探す。そう広くはない倉庫の中だ、簡単に見つかるはずだが――。
「キィ」
唐突に目の前に現れた従魔を魔剣で薙ぎ払おうと振るうが、一瞬の内に逃げられる。かと思えば攻撃を加えてくることも無い。背後からの攻撃が無いのはジーヤが見てくれているからかもしれない、が……。
「……まるで」
『遊ばれてるみたいだな』
笹山が言いかけた言葉は内にいるゼムが舌打ち混じりに引き取った。
いめの事は他のエージェントや祐からも聞いていたが、従魔のこの行動も彼女の指示によるものなのか。
「でも、追いかけっこも終わりです」
積み重なった箱の隙間ですやすやと眠る少女を抱き上げ、笹山はほっと溜息をつく。
見た所怪我は無い。眠らされたのか眠ってしまったのかまでは分からないが一安心だ。
「……ん?」
抱き上げた際に落ちてしまったのか、紗智の居た場所に何か――。
「これは……」
「笹山さん、何かありましたか?」
何かを拾い上げた笹山の後ろからジーヤが覗き込む。
手にあるのは琥珀のような、光る宝石。一般人が見ればそう思うだろう。
しかしリンカーである二人からして見れば、これは。
「……幻想蝶」
英雄との誓約の証。リンカーである証拠。それを少女が持っていたということはつまり。
「……なるほど」
祐は恐らく知らないのだろう。それから、紗智は知っていたのだろう。
眠る少女から話を聞くことは出来ないが……言えなかったのは祐ばかりでは無いようだ。
『話は後だ……』
ゼムの声に笹山は紗智を背負い、ジーヤと共に仲間と祐の待つ入口へと走る。
後は――。
「待っていたですよ」
いめの声に応えるように、キィと何かが鳴いた。それに応じてキィ、キィと声のような音は反響して重なっていく。
暗闇に溶け込む従魔が何体いるのか、思考を止めて少女が愚神に相対した。
「……やぁ、少しぶりだね」
まるで炎のように。
共鳴し髪も瞳も真紅に染まったアリスが呟く。
前の依頼で抱いた違和感。もしかしてと思う所もあるが、基本のスタンスは変わらない。
敵として目の前に立つのなら、倒す。
シンプルで強い彼女の思考と共に放たれたブルームフレアが、鳴き喚いていた従魔を焼き払う。
『全てを灰塵に』帰す為に。一体でも多く。
いめから目を離さないようにしつつも、集まってきた従魔を纏めて灰へと変えていく。
「たくさん燃えてしまったですよ」
言いながらも、いめはやはり攻勢に出てくるつもりは無いようだ。
となれば気に掛けなければいけないのは、救出対象である少女が従魔の攻撃範囲に巻き込まれない事。
(生憎私は彼女を守る術を持ち合わせていなくてね。だから、)
「……任せた」
笹山が少女を抱え上げたのを横目に見て、紅蓮から漆黒へ。炎の種類を変えながら宝典の頁を捲り、アリスは従魔の数を減らし続ける。
●護衛
「数が多いな」
飛び回る盾――飛盾『陰陽玉』を操りながら、百目木は周囲を確認する。
祐の傍には東江とバルタサール、紗智の救出には笹山とジーヤが向かっている。
特に紗智を救出する間は手が塞がってしまう為、百目木が紗智と祐の中間点に位置取りをして援護を。
そう広くはない倉庫だ、気を回すのが少しばかり苦労する部分だが共鳴した状態ならばよく視える。
ピンと伸びた背筋に掻き上げられた髪。冷静になった思考を内にいる英雄がサポートしてくれる。
守護に重きを置いた百目木にとって、喚くばかりの従魔を撃ち落とすことは容易い。
加えてアリスが従魔を引き付けてくれているおかげで、護衛側に回ってくる敵の数は先程よりも減少している。
未だに動きを見せないいめが気にかかる点ではあるが――。
「さあて、どう来るかねえ」
唯一。
共鳴し戦うエージェント達の中で、唯一共鳴しないまま東江と双樹は祐の護衛を務めていた。
向かい来る従魔は百目木やバルタサールが撃ち落としてくれている。まだ共鳴はしなくても済むだろう。
「……」
祐はただじっと紗智が救出されるのを待っている。
いざとなれば押さえつけてでも止めようと思っていた東江だったが、 百目木が祐に『仕事』を与えたことも大きいのだろう、今の所その心配は無さそうだ。
力の無い者が従魔を倒すことは出来ない。エージェントといえど英雄と共鳴しなければ同じ事だ。一人ではAGWを扱えない。
ただ。
「あの子を守ることは、己の力だけでもできるだろう。力がなくとも、身を挺して守れば本当のヒーローになれる」
『刀護さんの言うとおりです。エージェントでなくても、誰かを救うことはできます』
従魔や愚神ばかりが脅威ではない。身近にはもっと危険なものがたくさん存在している。
そしてそれは、紗智の傍にいる者でしか気づけないことだ。
リンカーを名乗るよりも難しく大変で、祐が憧れたヒーローになれること。
敢えて口には出さず、東江は祐の思考に任せる。
同じく、祐の護衛として傍に残ったバルタサールもまた淡々と仕事を続けていた。
数が多ければトリオで纏めて落とし、周囲に従魔が近付かないよう細心の注意を払う。
見据えるのは金色の瞳。赤に彩られた髪が風で煽られるのも構わず、すぐに次の従魔へと目を向ける。
百目木が漏らしていたように、従魔は数だけは多い。命中さえしてしまえば塵となって消えてしまうほど脆いが、耳障りな音が集中力を奪っていく。
しかし、だ。
バルタサールの内で、喧しい英雄が当たってないんじゃない?と退屈したように言うものだから、否が応でも集中力が引き戻される。
狙ってやっているのか本心なのかは分からない、だからこそ苛立ちながらもバルタサールは従魔の数を一体また一体と着実に減らしていく。
人質が救出されたのは目の端に捉えている。きっともう間も無く。
「ここまでなのですよ」
愉快そうな声で愚神が告げた。
途端にキィキィと鳴いていた声が止み、銃弾の音や燃え焦げる音、刃物と機械が擦れる音も消え。
静寂の中でいめが笑う。
「人質は解放された。鳴魔も大半が落とされてしまった。いめはもう充分なのですよ」
言外に退散するとしながら、その目はジーヤを見つめている。
「でも、そう簡単には逃げさせてくれないです?」
くすくす、くすくすと。
この状態すらも楽しそうないめの前に、ジーヤは一歩足を進める。
「お前の目的は何だ? この子達を絶望させることか?」
『だとしたら、私はあなたを許せません。純粋な心を踏み躙ったのですから』
ジーヤが近付くのを手助けするように、東江と双樹が問い詰める。
それを受けても尚、いめの笑みは揺らがない。
「目的なんて、愚神に聞いてどうするです? 正当な理由があれば許すとでも言うのです?」
「答えるつもりなどないということか」
「愚神の言葉を貴方達に伝えた所で意味がないと言っているですよ」
無防備にもジーヤから視線を外し東江へと向き直る、その刹那。
一筋の弾丸がいめの死角から現れ、彼女の服を掠めた。
バルタサールの放った、テレポートショット。
『隙をついたはずなんだけどね』
外れちゃったねと嘯く紫苑の声はバルタサールのみにしか届かなかったが――同時に愚いめとの戦闘が、開始された。
●愚神
両手剣を大きく振りかぶった一撃はいめから外れ、地面へと突き刺さる。
「よく、知っているですよ。ドレッドノート」
言ってジーヤから距離を取ったいめの背後をバルタサールのテレポートショットが狙う。
決して命中力が低いわけではない。
だが――まるで知っていたかのように、いめはひらりと弾丸を躱す。
「ジャックポット」
バルタサールを指差してにこりと微笑む、その隙をついて再びジーヤが切り込むが一歩の差で再度避けられてしまう。
『戦闘慣れしてるわねぇ』
ジーヤの内でまほらまは冷静にいめを観察する。
ぎりぎりで躱しているように見えて、その動きには余裕がある。
手の内を全て知られている。そんな嫌な気分にさせられる動きだ。
加えていめはまだこちらに手を出してこない。
自らの攻撃能力を明かすつもりが無いのか、そうしなくともここから逃げられると思っているのか。
「H.O.P.E.に思い入れでもあるのかな、きみ」
逃走経路を算出し、いめが逃げ出せそうな窓とルートを計算に入れた上でいめの足元に一度。
炎の弾丸を四散させながら呟いたアリスの声を、愚神は笑いながら拾い上げる。
「思い入れなんて有り余るほどなのですよ、ソフィスビショップ」
二度、三度。
アリスの炎が、ジーヤの剣が、バルタサールの弾丸が、いめを狙う。
精度は低くない。合図をせずとも合わせられるだけの技量も持ち合わせている。
それでも。
「貴方達が貴方達のクラスに合った攻撃を仕掛けてくる限り、いめはそれを良く知っているですよ」
「――これなら、どうだ!」
大剣を投げ捨て、肉の色をした魔糸を引き上げて放つ。
ぐるりといめを囲んだ糸はいめ自身を拘束することは出来なかったが――少女の腕から、赤色が飛び散った。
「大正解、ですよ」
ぽたりぽたりと血を滴らせながら、いめは微笑する。
致命傷では無い、ならば再びと糸を構えるジーヤだが、それよりも早く愚神が動く。
ステップを踏むように後ろへ、アリスが想定していた通りの逃げ道へ。
魔導拳銃に持ち替えた百目木がいめの動きを鈍らせようと高速の弾丸を放つも、当たらない。
「嬢ちゃん。今日の戯れはどうだった?」
「楽しかったですよ、バトルメディック」
言って、血の止まらぬ腕のままいめは優雅にお辞儀をして見せる。
逃げられる。ただ、その前に。
「いめ!」
声を張り呼びかける。
まだ言葉は届くと思っている。
愚神も英雄も似た存在ならば、時間が掛かったとしてもいずれは。
愚神を英雄にする事もできるかもしれないという希望を抱いて。
「もう全部喰う事はするな。それから他の愚神にも喰われるな」
ジーヤの声を受けて、いめは。
「――貴方には、絶対に分からない」
表情の抜け落ちた顔で、答えた。
「貴方達には、リンカーには、英雄には、絶対に理解出来ない」
人間が動物を育て、増やし、食しているように。
愚神も同じように食べているだけであると、少女は言う。
「私はもう、食べてしまった。……もういめは、戻ることなんて出来ないですよ」
笑顔のまま諦めたように告げて、愚神は姿を消した。
●ヒーロー
「あの……ありがとうございました」
無事に目を覚ました紗智がぺこりと頭を下げた。祐も同じくぶっきらぼうに頭を下げる。
少女がリンカーであることは笹山やジーヤによって既にエージェント達に知らされている。
気になるのは彼女がこれからどうするかだが……。
「……あの!」
負傷者の手当てをしていた百目木に、祐が駆け寄って握り締めていた拳を差し出した。
開いた手の平の中には、百目木から渡された御守りが入っている。
「これ、ありがと……う、ございました!」
精一杯の敬語をたどたどしく扱う祐の手を黎焔がそっと包み込む。
また何があるか分からない。持っているといいと付け加えて。
『本当は、リンカーでない者は自分の命を守る事を最優先にしてほしいと願っておる。失われた命は戻らぬでな』
幾人もの命を看取ってきたからこそ、黎焔の言葉は重い。
大切な誰かを助けたいと思う気持ちは尊い、だからこそ逃げるという選択肢もまた勇気の一つ。
そうして黎焔が祐と会話をしている中、百目木は何やらゼムと話している紗智の元へ。
『あいつ……お前を助けたいって聞かなかったからな……』
不器用な言い方ながら、祐が自分の意思で紗智を助けに来たことを伝えたいのだろう。
少女にもそれは伝わったようで、「ありがとうございます」と言いながらも視線は自らの手の内に落ちていく。
『……あいつの嘘には気付いてたんだろ』
少女の手に収まってしまうほど小さな宝石。彼女が英雄といつ誓約を交わしたのかは分からないが、連れ去られてからでは無いだろう。
ならば祐がリンカーでないことに気付いていてもおかしくはない。
「嬢ちゃん、リンカーだっていうのは秘密にしとくかい?」
百目木の声に少女は顔を上げる。視線を迷わせ、葛藤して、頷いた紗智の姿に百目木はふと息を零した。
「多分、嬢ちゃんが言わねえのは正しい。無用な戦いに巻き込まれづらいだろうからよ」
ぽんぽんと左手で少女の頭を撫でる。
力を得たから必ず戦わなければいけないわけではない。そんな意味を込めて。
けれどもしも何か困った事があれば力になると百目木は自身の連絡先を手渡した。
『あいつは今日……テメェだけのヒーローになれたか?』
あいつと差すのは何やら紫苑に絡まれている祐だ。
隣でバルタサールが面倒そうにしているが、ちらちらこちらを見ながら祐が答えているところを見ると何だか察せられるものがある。
「祐くんは……」
救出され、怪我が無いか確認された直後にアリスにも問い掛けられた。
「貴女にとって彼は何?」と。
能力者では無い、従魔を倒す力も無い。無謀にも一人で乗り込まなかった分ヒーローらしいと言えるが、祐は結局何も出来ていない。
"あの日"、ヒーローが現れなかったアリス達にとっては『ヒーロー』が一体どういうものなのかよく分からない。
故に問い掛けた。
ヒーローに成り得る力を持つ少女にとって、少年がどう映ったのか。
その問いへの返答を同じく、ゼムにも答える。
「祐くんは、私を助けに来てくれたヒーローです」
あのまま逃げることも出来ただろう。エージェントに任せて待っていることも出来ただろう。
しかし少年は逃げずにやってきた。万が一があり得る戦いの中に来てくれた。
それだけで充分だと答えた時、アリスは「そう」と一言だけ呟いて行ってしまったけれど。
『なら……もう何も言うことはねぇ……』
嬉しそうな、どこか誇らしそうな紗智の顔を見てゼムもふっと満足そうに笑う。
希望はきっと果たされたと信じて。
エージェント達は帰路に就いたのだった。
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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