本部

はぐれ者の血族

大江 幸平

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/11/26 20:59

掲示板

オープニング

●月に吠える
 ロシア西部、ヴォルガ川上流。
 そこからほど近い場所にあるその森林は、まるで人を寄せ付けぬように、深い雪の世界に閉ざされていた。

 月の明かりだけが落ちる純白の絨毯に、赤黒い紋様が刻まれていく。
 獣の足跡だ。それも一つや二つではない。無数の足跡が轍のように続いている。
『……ちくしょう、くそったれ……ちくしょう……!』
 唸るような恨み言。周囲からは狼の遠吠えが断続的に響く。
『くそがァっ!』
 何かを破壊するような衝撃音と共に、白く覆われた木立からどさどさと雪が降り注ぐ。
 次の瞬間。静寂に包まれた森の上空を真っ白な粉塵が舞い上がる。
 爆散した木々が辺り一面に降り注ぎ、やがて再び視界が開けると、威勢の良い雄叫びをあげたのは――漆黒の毛並みを持つ、人狼だった。
 目は血走り、口元から覗いた牙は鋭い。しかしその金色の瞳には、わずかに理性の光が宿っている。

 ケントゥリオ級愚神『クドラク』。
 その背後には――愚神が従えた数々の従魔。いずれも血に飢えた獰猛な獣たちだ。
『盟主はオレだ……血族の盟主は……オレ以外に居ねェ! あのクソ共にそれを証明してやるッ!』
 クドラクは天に浮かぶ月に吠え立てながら、遠くに見えるちっぽけな街の灯りを睨みつけた。

『奪い尽くせェ! 牙を突き立てろォ! このオレこそが――"夜の王"だッ!!」

 獣たちの咆哮が――白き夜を切り裂いた。

●我らが盾
 時刻は真夜中にも関わらず、支部内は騒然としていた。
 緊迫した雰囲気の中、慌てたような声でプリセンサーが告げる。

「ロシア西部――ケントゥリオ級愚神の出現を確認しました! 正確な数と目的は不明ですが、敵集団は出現場所から南西の街へ向かっている模様です!」

 夜の闇に突如として現れた愚神たち。奴らはどうやら驚異的なスピードで街を襲撃しようとしているようだ。
 街を占拠することが目的なのか、人間を襲いライヴスを奪うことが目的なのか。
 それは定かではないが、ひとたび愚神の襲撃を受けてしまえば、いずれにせよその場所で暮らす人々の結末は救われないものになるだろう。

「現地のエージェントたちにも応援を要請してみますが、明らかに人出が足りていません。このままでは……かなりの被害が出てしまいます」

 幸か不幸か街の規模は小さいが、それでも現時点で愚神が向かっている北区域だけでも五百人ほどの住民が暮らしているのだ。
 獣たちの動きは速い。住民たちをすべて退避させるには、あまりにも時間が足りないことは容易に想像がつく。
 そのため、まずはリンカーたちが街の防波堤になり、愚神の注意を引き付けることが今回の作戦の鍵になるだろう。

「すべての個体を殲滅することは難しいと思います。……群れを率いている愚神を撃退するか、最悪の場合でも住民の皆さんが退避する時間を稼いでください!」

解説

●目標

・愚神の襲撃から『朝になるまで』街を防衛する。

※以下は達成しなくても失敗にはなりませんが、成功度には反映されます。
(特殊目標)
・愚神『クドラク』を撃退する
・『血族』についての情報を入手する

●登場

・ミーレス級従魔『ブラッディウルフ』
特殊能力:
《吸血》単体。肉体系BS【減退 1d6】付与。
《疾走》全力移動ペナルティ無視。

・デクリオ従魔『ブラッディベア』
特殊能力:
《吸血》単体。肉体系BS【減退 1d6】付与。
《威嚇》範囲。肉体系BS【衝撃】付与。

・ケントゥリオ級愚神『クドラク』
特殊能力:
《吸血》単体。肉体系BS【減退 1d6】付与。
《爆砕爪》範囲。物体に強力な衝撃を与えて爆散させる。
《暴走》肉体が致命的なダメージを負うと自我を失う。

解説:
 以前確認されたデータによると、《吸血》スキルを持つ従魔たちには
 どうやら『光』を恐れる習性があるようだ。ただし愚神との関連性は不明。
「参考任務」(読まなくても問題なしです)
http://www.wtrpg0.com/scenario/replay/3226

●状況

・スタート地点は愚神が向かっている『街の北部』。
・到着と共に戦闘が始まるので、事前準備をする時間はほとんどない。
・街の周囲は雪原と『小さな川』に覆われている。少し離れた東側には森林地帯が広がっている。
・住民たちはすでに現地のリンカーや警察と共に南へ退避を始めているが、一部には危機感の薄い住民たちもおり、状況はあまり順調とは言い難い。
・街には大きな建物は少ない。最も高い建物は北部中央に建てられた『教会』。

リプレイ

●警鐘
 神秘的な白銀の世界は、夜の闇に支配されていた。
 凍えそうな風を切り裂きながら一羽の鷹が上空を往く。その眼下には無数の影が見えた。
 それは深い闇の中でもなお、ハッキリと視認できるほどの脅威。
 鷹の目を通じてその光景を眺めていた茨稀(aa4720)は思わず息を吐いた。
「……敵は北東から一直線に街へ向かっているようですね」
『獣風情にしちゃあ統率も取れてるみてェだな。肝心の愚神は……アレ、か」
 茨稀と共鳴したファルク(aa4720hero001)の視線が愚神らしき姿を捉える。
 先頭を駆ける白狼の群れ。そして血のように赤黒い熊が十頭。そのやや後方に一際大きな漆黒の人狼がいた。
「距離が近い……あまり猶予は、無さそうですね。すぐに迎撃の、準備を……ッ」
『ぐっ……』
 茨稀の身体を見えざる負荷が襲った。
 限界を超えたライヴス制御にはそれなりの痛みが伴うのだ。いかな能力者であれど、この定めからは決して逃れられない。
「……」
 だが茨稀はすぐに顔を上げた。この程度、問題ない。
 それに――敵の陣容と愚神の位置は把握できた。代償を払っただけの価値はあったはずだ。
 そう思いながら、茨稀は今しがた手にした情報を皆に伝えるべく、通信機を取り出したのだった。

 街の南北をはしる大通りにサイレンが響き渡っている。
 赤色灯を回しながら道を突っ切るのは数台のパトカーだ。街中には逃げ遅れている住民たちが未だ多く残っている。
 そんなパトカーの一台に乗車していたアリス(aa4688)が冷静な声色で呟いた。
「やはり足りないな。……街を守るには灯火が必要だ」
 同乗していた葵(aa4688hero001)が周囲で動き回る他のリンカーたちを見ながら頷く。
『敵は光を恐れる、ですね。彼らにも協力を要請するべきかと』
「あぁ」
 アリスは現地警察やリンカーたちと連携を取りながら、周囲の防衛にあたっていた。
 敵の数は多い。襲撃箇所が増えれば増えるほど防衛は困難になるだろう。
 故に敵の弱点である灯りを利用して、できるだけ街の北部に敵を集める策を実行することにしたのだ。
「寒いうえに数が多いか……ま、もたせるって事だよな」
『イエスマスター、消耗戦が予想されますのでお気を付けを』
 同じく現地リンカーたちと共に無音 彼方(aa4329)とシャルライン・THE・JY(aa4329hero002)は駆け回っていた。
 茨稀の情報で敵の動きはすでにある程度予想がついている。
 襲撃される可能性の高い区域から優先的に、住民の保護と照明の点灯を行っていく。
『提案、混戦での撃退が速いのでは』
 彼方はかぶりを振るう。
「ノーだ、犠牲という重さは面倒なだけだ。覚えておくことだ」
『了解、記録しておきます』

 その頃。街から少し離れた雪原では。
 濃い夜の気配を塗り潰すように、高らかな笑い声が轟いていた。
「……クドラク、ねぇ? ククク……いいねぇ、俺ちゃんらヴァンパイアハンターにならねーと、なぁトオイ?」
『……』
 闇を駆ける軍勢を前に火蛾魅 塵(aa5095)と人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)は憮然とその様子を眺めていた。
「そうだろーがよ《浄化天使》よぉ、テメーの出番だぜ」
『……はい、ますた』
 そんな二人と共に行動していたのは、阪須賀 槇(aa4862)と阪須賀 誄(aa4862hero001)である。
「ど、どどどどーも火蛾魅=サン……よ、宜しくですお……」
「クック……宜しくなぁ兄貴ぃぃい~~ヘマしたら分かるよネ?」
 悪役丸出しの顔に槇の腰が引けている。
 そんな兄とは対照的に敵の誘導ルートを冷静に計算していた誄が顔を上げる。
『……OK火蛾魅さん、夜を狩る、としましょうかねっと?』
「ハッハ、まぁ頼むぜ誄っち、そっちぁ任せるぜ」
 と、次の瞬間。教会の鐘が鳴り響いた。
 ――接敵の合図だ。
 その音は深く暗い闇夜の中に、重々しく響き渡る。
「気を取り直して……OK弟者、防衛ミッション行くお!」
『OK兄者、攻略開始だ、火蛾魅さん反対ヨロです』
「ハハッハーァ! 逝くゼェ……楽しい楽しい吸血鬼狩りだァッ!」
 非常事態を告げる警鐘と共に――雪原の長き夜が始まった。

●怒涛
 冷たい空気を破るように、唸り声をあげながら獣たちが姿を現した。
 白き狼の群れが獰猛な野生の気配を撒き散らし、獲物を食らい尽くさんと駆けてくる。
「夜襲か。この月夜に、無粋な連中だな」
『……人々が無事に夜明けを迎えられるように、太陽の無い空で人々を導くのは星の役目。……さあ、行きますよ』
 対峙するのは、真朱の壁と漆黒の奔流。
「このわたしに牙を剥くなんて。身の程知らずの獣共ね……その愚かさ、万死に値するわ」
 真壁 久朗(aa0032)とアトリア(aa0032hero002)。狒村 緋十郎(aa3678)とレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)だ。
『躾のなってないただのケダモノ達に、易々と奪われる気はありませんよ』
 目標確認。即座に九朗は姿勢を落とすと『フリーガーファウストG3』を肩に担いだ。
 そして、炸裂音と共に放たれた多連装ロケット砲が狼の群れをまとめて吹き飛ばす。
 舞い上がった雪煙と悲鳴。その中をレミアが弾丸のように駆ける。
「――散りなさい」
 掲げたのは魔剣『《闇夜の血華》Lieselotte』。
 漆黒のライヴスが哀れな従魔を容赦なく斬り裂いていく。
『グルルル……!』
 いち早く飛び退いたのは群れの主らしき白狼だ。
 雪に溶け込むようにステップすると、小さな円を作りながら九朗とレミアを包囲するように動く。
 しかし、九朗の動きも早かった。アサルトユニットで形成したライヴスの力場を使い、敵の連携を崩すべく前に出る。
「数は多いが……勢いさえ削げば――」
 瞬間。九朗の全身から放たれた輝き。
 迎え撃つは、不動の盾。守るべき誓い。
『グオオオオッ!』
 敵の注意が一斉に九朗へと向けられる。
 当然、その隙を逃すレミアではない。
「……ふっ!」
 一裂き。
 轟々と燃え上がる黒焔にあっさりと狼が呑み込まれた。

「こんな何もわからない状況で明け方まで防衛とは……愚神共にももうすこしTPOをわきまえてもらいたい物である」
 ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は不満気に独りごちた。
 それは自身が搭乗しているラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)中尉に同意を求めるような声色だったが、その鋼の人型戦車からの返答はなかった。
 代わりに向けられたのは、重く冷たい砲口。標的はすでに目と鼻の先にやって来ていた。
「……ふむ。此の身を的にすれば住民が避難する時間くらいは稼げよう」
 のっそりと立ち上がるブラッディベアの巨体を前にして、ソーニャは敢えて四脚形態への移行を選択した。
 そして、何の躊躇もなく突撃を開始する。
「守るべき誓い!」
 集約されたライヴスが放たれる。
 砲声が彼方に響いたのは、ほぼ同時だった。
「先手必勝だお!」
 耳をつんざくような爆音。
 敵の進行ルートに身を潜めていた槇が一気に砲弾を連射したのだ。
 そのまま、止め処ない弾丸の雨を浴びせる。
「ぜーんぶ纏めて、塵は塵に……灰は灰に……ってなァ!」
 合わせるように、向かい側で暴れていた塵が青白い炎を放った。
 周囲を焼き尽くすように立ち昇った火柱が敵の群れを瓦解させていく。
『グルルオオオッ!!』
 そこへ炎の間をすり抜けるように何頭かの狼が飛び出した。
 ギラリと鈍く光る牙。闇夜に白狼が舞う。
「おオっとォ! 残念ッ!」
 だが、塵はひらりとそれを躱すと、狼の胴体を断ち切るように炎の閃光を奔らせた。
「ハッハーッ!」
 楽しげに舞い踊る塵。
 その姿が更に獣たちの感情を刺激したのか、後方に控えていたものたちが怒涛のように襲いかかってきた。
『兄者、近付きすぎだ!』
「はわわ、火蛾魅さん……す、少し退いておk!?」
「アァ!? ちぃいいいっ……仕方ねェか!」
 徐々に後退させられる槇と塵。
 しかし、誄が事前に仕込んでおいた光の仕掛けもあり、敵集団は気づかぬ内に進行方向を誘導されていく。
「ぬおおおおっ!」
 その間にも槇がウェポンライトの灯りを放ちながら、動きの止まった敵から的確に爆散させていく。

 そんな風にして激しさを増していく戦場を上空から見据えていたのはアリスだ。
 煌々と灯りの点いた教会の屋根に立ち、各リンカーに戦況を報告しながら、梓弓を番えている。
「茨稀。十匹ほど抜けてきたようだ」
 アリスの言葉を聞き、教会付近で待機していた茨稀が動き出す。
「……了解。排除します」
 今のところ、敵の大半は前線組が上手く引きつけていると言っていいだろう。
 とはいえ流石に全ての敵を同時に相手取れるわけではない。少しづつではあるが取りこぼしも増えてきた。
 アリスと茨稀は街を確実に守るべく、それらを丁寧に殲滅していたのだ。
「……ふっ!」
 木陰から飛び出してきた狼に茨稀が奇襲をかける。
 目にも留まらぬ速さで振り下ろされたのは、真紅の刀身。
 斬るたびに赤く染まるという妖刀「華樂紅」の一閃が、皮肉にも生き血を啜る従魔の身体を切り裂いた。
『グルオオッ!?』
 その勢いのまま、左方向へ転身。
 刀を斬り上げると、袈裟懸けに断ち切り、瞬時に退避する。
「――女郎蜘蛛」
 次の瞬間。茨稀が翳した手からライヴスのネットが飛び出した。
 それは動揺する従魔たちをあっという間に絡め取り、地面へと無様に這いつくばらせる。
「……」
 刹那、勝敗は決していた。
 一瞬の出来事である。
 表情を変えぬまま、それを見下ろした茨稀は小さく息を吐くと――ゆっくりと刀身を振り上げた。

●汝は人狼なりや
 絶え間なく響き渡る従魔たちの悲鳴。
 僅かな反撃すら許すこともなく、その斬撃は戦場に一本道を切り開いていく。
「……見つけた」
 感知したのは、広大な雪原に漂う明らかに異質なるライヴスの風。
 研ぎ澄まされたレミアの感覚はすでに闇の中へと顕現した異形の姿を捉えていた。
『邪魔はさせません』
 アトリアの呟きに呼応するように、九朗は再び守るべき誓いを発動する。
 それが合図になり、二人は駆け出した。
 そのまま風のような速さで従魔の群れを打ち払い、やがてそれを見つけ出した。
『グオオオオオオオオッ!!』
 紛うことなき獣の咆哮。
 堂々と突撃してきた"獲物"を見据えながら、不機嫌そうに牙を剥いたのは――漆黒の人狼『クドラク』だった。
「あなたがこの群れのボス? 見たところ……吸血狼……ってとこかしら」
 周囲の獣たちは臆したように動きを止めた。
 その反応は目の前の脅威ではなく、自らの主が放つ剥き出しの殺気に怯えているようにも見える。
『……なんだァ、てめェらはよォ? 餌にしちゃあ、随分と威勢がイイなぁ……!?』
 鈍く光る牙。クドラクは血走った目をぎらりと輝かせる。
『招かれざる客……というのは言うまでもありませんね。このような辺境の地へ何をしにいらっしゃったのです?』
『よく見りゃ、美味そうな奴らダ……グブ、グブッ……前菜にはモッタイネエ……』
 九朗の問いかけに答える様子もなく、クドラクは地面に両手をついた。
 背中に生えた真っ黒な体毛が一気に逆立つ。
「所詮は獣ね。語るべき言葉も持たないなんて」
『……!? 貴様ァ! オレを獣と呼ぶなァッ!」
 突然の大袈裟な反応にレミアが眉をしかめる。
 どうやら獣という言葉が、クドラクの逆鱗に触れたらしい。
「下賤な獣をそう呼んで何が悪いというのかしら。獣ならば獣なりに貧弱な知性を見せたらどう?」
『……オレは、獣じゃねえッ! 誇りある血族だッ! ……そうだ、オレは、オレこそが……夜の王だッッ!!』
 空気が張り詰める。一瞬の静寂。
 クドラクの太ももが爆発的に膨張したかと思えば、次の瞬間には圧倒的な速度で跳躍する。
「……ふん」
 しかし、それを予期していたのか。
 先に反応したのはレミアだった。
 クドラクが振るった爪の一撃を、魔剣の刀身で正面から受け止める。
『!?』
 甲高い金属音。
 まさかあっさりと受け止められるとは思ってもいなかったクドラクが体勢を崩す。
 ズブッ!
 そこへ滑り込むように飛び込んだ九朗の斬撃が右腕の関節を捉えた。
 真っ白な雪原に鮮血が散る。
『グルルオオッ!?』
 すかさず、レミアが追撃を狙う――が、横合いから駆けて来た従魔が身代わりになり、それを阻止した。
 転がるように距離を取るクドラク。
 思わず漏れた低い唸り声には、明らかなる怒りが感じられる。
『狼よ。アナタのような品性のカケラも無さそうな者が王を名乗るのですか?』
『グルアアアアッ! 黙れッ! ……血族の盟主は……オレ以外にはイナイ!』
 血族。クドラクの口から漏れたその言葉にレミアは思案を巡らせる。
 この愚神には何かしらの目的がある。そして、その背後には――
『邪魔を……するなァッ!』
 雪の積もった地面へと、クドラクの強靭な拳が振り下ろされる。
 次の瞬間には、辺り一面に大量の土砂と雪煙が舞い、白き霧が二人の視界を覆い尽くす。
『我がアンドゥリルは折れたる剣。悪逆の王さえ厭う誅滅の剣。アナタのような偽りの王にも報いてみせましょう』
 高らかに九朗が掲げた剣から、眩い炎の柱が龍のように立ち昇る。
『ガアアアアアッ!』
『はあああああっ!』
 その神々しい輝きは――瞬く間に闇夜を切り裂いた。

 彼方から戦場に立ち昇った輝きを見て、誄はすぐに愚神との戦闘が始まったことを悟った。
『OK兄者……どうやら祭りが始まったらしいぞ』
「祭りキターーー!」
 槇の叫び声が闇夜にこだました。
 辺りを見れば残骸と化した従魔の亡骸がごろごろと転がっている。
 街の東部を襲っていた従魔の大半は、すでに槇と塵の手によって殲滅されようとしていた。
 地道に攻撃と後退を繰り返しながら、堅実に敵集団を叩き続けた結果である。
「火蛾魅さん! 漏れたちも……って、もう行ってる!?」
「ハッハーッ! 兄貴ぃいい~~置いてくぜェエ!!」
 夜空に轟く笑い声。
 ついでのように従魔を燃やしながら走り去る塵を、槇は必死に追いかけるのであった。

●曙光を祈れ
 一方、従魔たちが殺到する街の北部では。
 教会を基点にした防衛線を巡る戦い。その激しさが最高潮に達しようとしていた。
「くそっ、敵が多いな……」
 街への入口になっている大通りを背にして、彼方と茨稀は次々と現れる従魔をひたすらに倒し続けていた。
 援軍にやってきた現地リンカーたちと共に設置したランタンの光などを利用して、なんとか敵の動きを阻害して抵抗を続けているのだが、あまりにも数が多いために苦戦を強いられているのが現状だった。
「……キリがないですね」
「どうしたもんか」
『戦闘は相手に嫌がらせを行い、自身の望む方向に誘導する事です。マスター』
 駆けて来た従魔を切り払いながら、シャルラインの言葉に頷く彼方。
「奴らの強みを崩すしかない、か」
「……狼の群れにはリーダーがいるはずです。連携を崩して、炙り出しましょう」
 敵の注意を引くように走りだす茨稀。
 彼方が叫ぶ。
「ぶち抜くぞ!」
『イエスマスター、バインダーよりリアール複製。撃ち抜きましょう』
 瞬間。
 その手に現れたのは、小柄な短機関銃だ。
『了解、複製、展開、複製、展開。旗艦より伝令、"敵陣突貫、薙払え"』
 茨稀が鮮やかに宙へ飛ぶ。
 狼の視線が上空へと向けられたところに、豪快な鉛玉の嵐が吹き荒れる。
 ダダダダダッ!
 悲鳴のような唸り声と共に、周囲を囲んでいた従魔の群れにストームエッジが炸裂した。

「ここは安全だ。身を潜めていれば、問題ないだろう」
 静けさが満ちた教会内部に、落ち着きのあるアリスの声が響く。
 視線の先には、外から聞こえてくる戦闘音に身を震わせている数人の住民たちがいた。
 街の外へ逃げようとして失敗した住民をアリスが発見し、ソーニャが保護して要塞と化した教会へと一時的に避難させたのだ。
「祈れ、曙光が1秒でも早く届くように。それで気がまぎれる」
 空気がざわつくような気配。
 アリスが無表情のまま、鋭い視線だけを外に向ける。
『主様』
「……来たな。ソーニャ」
「あぁ、迎え撃とう」
 言うや否や、飛ぶような動きでアリスと葵は外へと駆け出した。
 続くようにソーニャもくるりと背中を向けて歩き出し、一度だけ振り返る。
「そなたら全員は小官らが守るゆえに希望を捨ててはならぬ。頑張れ」
 この状況では何を言っても気休めにしかならないかもしれない。
 だがソーニャの堂々とした言葉を聞いて住民たちは小さく頷いた。
「……」
 幻想蝶の輝きが二人を包む。
 凍える風よりもなお冷たく。長く伸びた銀髪を揺らしながら、アリスが冷徹な視線で敵を見据える。
「二脚モードへ移行。これより攻勢に転ずる」
 巨大な人型兵器が、ズシンと足元を踏みならし轍を作る。
 両手に握られたのは重厚な片刃の斧。それを構えたまま、ソーニャは深く腰を落とした。
「ここを橋頭堡にして夜明けまで時間を稼ぐ」
「……我々が盾になろう」
 突風が吹いた。
 放たれたライヴスの輝きに食らいつくように、従魔たちが一斉に襲いかかる。
「……守るべき、誓いである」
 何処かで響いた、恐ろしい遠吠えと共に。
 熾烈な防衛戦が――再び始まろうとしていた。

●真の王
 断続的に響く金属音。
 鋼が衝突しあうたびに火花が散り、衝撃の余波で地面が穿たれる。
『何処を狙っているのですか!』
 クドラクの攻撃を躱しながら、九朗は弱点を探るように鋭い斬撃を繰り返す。
 たとえ全身に発達した筋肉の鎧を纏ったクドラクといえ、関節などの柔らかい部分を狙われれば致命傷は免れない。
 苦手な防戦を強制させられて、クドラクは自身が我を失いかけていることに気が付き始めていた。
『グルルゥウウ……! ウル、セエッ……ウザってェんだよ!』
 そんな状況を打破すべく、白い霧に紛れながら、懐に飛び込んだクドラクが大きく口を開いた。
 愚神の苛立ちはそのままレミアの首元へ突き刺さる、が――それもまた頑強な肉体に弾き返される。
「……ふッ!」
『グ、ギァッ……!』
 そこへ――ほぼ零距離の打撃。
 クドラクの腹部へレミアの重い一撃が炸裂した。
『……クソがァッ!』
 しかし、クドラクも強靭な身体のバネを活かし、反動を利用して蹴りを放つ。
「……っ!」
 衝撃。
 たまらず両者は距離を取る。
『……ハァッ、ハッ、ハッ……!』
「……ちっ」
 状況は一進一退だった。
 レミアと九朗の猛攻はクドラクを確実に追い込んではいたものの、いまだ決定打には至っていなかった。
 しかし、それはまたクドラクも同じこと。
『グルル……』
 思わず唸り声が漏れる。
 本来クドラクは他者の血液を吸い取ることによってライヴスを吸収し、自身の糧とする愚神である。
 当然、狙い続けているのはわずかに開いた傷口である。だが目の前の二人にはあまりにも隙がなかった。
 故に周囲の従魔をけしかけながら、地道に確実にダメージを与えていく戦法を選ばざるを得なかった、のだが。
「そういえば……《血族》とか、盟主はオレだ……とか言ってたわね。あなたの他にも同族がいるの?」
『クソ、クソ、クソォオッ……!』
『答えなさい、愚かなる者よ』
『黙れ黙れ黙れッ!』
 まるで挑発するように。
 何度も何度も余裕綽々な態度で話しかけてくる二人にクドラクは完全にペースを乱されていた。
 賢しげな言葉をかけられる度に。下等な存在のようにあしらわれる度に。
 脳裏をよぎるのは、自分のことを知恵が足りぬ愚か者と切り捨てた"鬼"の顔。
 八つ裂きにしてやりたかった。だが出来るはずもなかった――圧倒的な上位者の顔だ。
『王は……王は、このオレだッ! オレを……誰も、オレを見下すんじゃねェエエエエ!』
 地の底から響くような咆哮。
 呼応するように、周囲で身を潜めていた従魔たちが雪を蹴り上げて――
「――ハッハァー!」
 前触れもなく出現した炎の壁に、まとめて薙ぎ払われた。
 豪快に従魔をなぎ払いながら登場したのは、一直線に雪原を突破してきた塵と槇だった。
「主役は遅れて登場ってなぁああ~~~!?」
『OK兄者。間に合ったみたいだぞ』
「OK弟者。漏れは間に合わなくても良かったぞ」
 突然の乱入者に牙を剥く漆黒の人狼を見据えながら、塵がくつくつと笑う。
「さーて……クルースニクちゃんはこの場にはいねーがヨ……もーちょっと上等な存在がいるぜェ?」
『…………』
「テメーも纏めて、俺ちゃんらの《炉》の中にくべてやンよ?」
 刹那。
 一瞬だけ弛緩した空気を破ったのは――レミアだった。

 この時、クドラクの頭を支配していたのは、純粋な怒りだ。
 何度も犯してきた過ち。だが今回に限ってだけは、クドラクにとって初めての経験となった。
 なにしろその怒りは、自分を害する他者に向けられたものではなく、明確な脅威を前にして迂闊にも油断してしまった自分に対してだったからだ。
『ッ!!』
 滑るように突き出された剣先が、クドラクの腹部へ突き刺さる。
 ズブリ、と。肉が裂かれる感触が奔り、灼熱のような痛みが遅れて湧き上がる。
 ――ぷつり。
 何かが弾ける音。その短い断末魔を最後に、クドラクの自我は失われた。
『ガアアアアアアアッ!!!!』
 絶叫する漆黒の塊。
 その肉体は膨れ上がり、かろうじて人型を保っていた手足が完全に獣のそれへと変貌する。
 《暴走》。それはクドラク自身にとっても、最も忌むべき『呪い』だった。
「誰かの泣き声は嫌いじゃないけれど、あなたのは聞くに耐えないわね」
『これ以上は長引かせれば不利。ここで終わらせます……』
 一斉にリンカーたちが動く。
 九朗が生き残った従魔を切り払うと、レミアがクドラクと真っ向からぶつかり合う。
 衝撃で両者の身体が離れた瞬間、槇の正確な狙撃がクドラクの腕を弾き飛ばす。
「対ボスの基本は部位破壊っと!」
 塵が手にした宝典から、ライヴスの奔流が巻き上がる。
「食い散かしな!《死面蝶》ォオッ!」
 人の顔をした幻想の蝶が、クドラクに襲いかかる。
『グオオオオオッ!!』
 自我を失った状態で更に狂い踊るクドラク。
 最後の力を振り絞るかのように、膂力だけで塵を吹き飛ばす。
「……ちィッ……!」
 しかし、それこそが最後の隙――冷静に機会を伺っていた九朗が動いた。
 構えたのはロケットアンカー砲。狙い澄ましたクローは暴れ回る人狼を捉えた。
『ギ、ァ、アアアッ!』
 その身体はがっちりと拘束され、もはやわずかな抵抗すら許さない。
「――"夜の女王"はこのわたし」
 悪狼の命運は尽きたのだと。
 真の"王"が冷酷に告げる。
「下等な狼風情が不遜極まりないわ。死になさい」
 気迫の乗った一閃。
 周囲の従魔を巻き込みながら、レミアの魔剣による連撃が――クドラクの身体を切り裂いた。

●夜を待つ
 白き霧は晴れた。
 愚神の消失と共に、生き残っていた従魔たちは姿を消し、もはや跡形も無い。
 東の空より差し込み始めた輝きに照らされながら、先ほどまでの激闘が嘘だったかのように広がる静寂に皆が耳をすませる。
『美しい夜明けですね。勝利の後に迎える黎明は美しいものです。太陽が昇れば、星は消えてしまいますが』
 アトリアの儚げな呟きに、九朗は空を見つめながら言う。
「……星空なんて生きていれば何度でも見れるだろ?」
『……そう、……そうですね』
 愚神クドラクは斃れた。防衛も成功に終わり、悲惨な結末は免れた。
 しかし、茨稀とアリスは以前の経験から、いまだ脳裏をよぎる一抹の不安を拭い去れてはいなかった。
「本当に敵の目的は単なる捕食……だったんでしょうか」
『それ以外に何かあるってのか?』
「……さあ。現状ではただの推測に過ぎませんね……」
 話を聞いていたアリスと葵が真剣な表情で口を開く。
『愚神は討てたといえ、再び似たようなことが起きないとも限りません。打てるべき手は打っておくのが上策かと』
「……あぁ、他にも類似する事件が起きていないか、調べる必要があるやもしれんな」
『御意』
 四人は不穏な沈黙の中、変化していく空の色を仰いだ。
 新たなる陽が昇りゆく、美しい世界へと、白い息だけが静かに溶けていった。



 静寂。白銀の世界。
 平穏を取り戻した街の彼方にて。

 一つの影がゆらりゆらりと舞い踊る。

 ――哀れな狼に喝采を。愚かな血族に祈りを。

 歌うような呟き。その血走った瞳は、虚空に向けられていて。

 ――構わん。夜を待とう。我々はただ、夜を待つ。それで良い。

 凍えるような風が吹いた。
 その風に掻き消されるように、影は崩れ落ち、静かに消失した。
 不吉な真っ赤な鮮血だけを、ただその場に残して。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 傍らに依り添う"羽"
    アトリアaa0032hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • ひとひらの想い
    無音 彼方aa4329
    人間|17才|?|回避
  • エージェント
    シャルライン・THE・JYaa4329hero002
    英雄|10才|男性|カオ
  • クールビューティ
    アリスaa4688
    人間|18才|女性|攻撃
  • 運命の輪が重なって
    aa4688hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720
    機械|17才|男性|回避
  • 一つの漂着点を見た者
    ファルクaa4720hero001
    英雄|27才|男性|シャド
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862
    獣人|21才|男性|命中
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 誄aa4862hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095
    人間|22才|男性|命中
  • 怨嗟連ねる失楽天使
    人造天使壱拾壱号aa5095hero001
    英雄|11才|?|ソフィ
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