本部

本好きよ、集え

秋雨

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/12/01 15:36

掲示板

オープニング

●ひっそりと
 東京都某所。住宅街の中に一軒の小さな館がある。外観は洋風な作りのそこは不思議と余所余所しさを感じさせない。
 扉には『open』の札がかけられているが、一目見ただけでは何を営んでいるのかわからない。窓を覗きこむのも不審者じみていて憚られる。
 カフェか、雑貨屋か。はたまた全く違うものか。
 そうして興味を持った何人かは、ドアノブにそっと手をかけるのだ。
「こんにちは。ここは図書館ですので、お静かにお願いします」
 明るい室内。大きな本棚。少し入ったところには広めの階段があり、開けた二階にも本棚が並べられている様子が見える。
「初めての方ですね。何の施設かわからずに最初は驚かれる方が多いんです。もし本がお好きでしたら、どうぞ好きな本をお読みください」
 入口脇のカウンターにいる女性はそう告げて、来客者に微笑んだ。
 隠れたように佇む図書館。騒動が起きるのはもう少し後のことーー。

●図書館のとある朝
「おはようございまうぎゃっ!?」
 図書館の扉を開けた司書は、額に走った衝撃に軽くのけぞった。何かの当たった額を押さえて座り込み、小さく唸る。
 痛い。なんか角が刺さった気がする。とても痛い。
「もーなんなの、よ……」
 溜息を一つ付いて顔を上げた司書。その目は真ん丸に見開かれた。

 本が、浮いている。

 それも一冊だけではない。何冊も、しかも縦横無尽に飛び回っている。
「え? ……えっ?」
 思わず眼鏡をとって目をこする。眼鏡のレンズも袖で軽く拭いて掛け直すが、やはり変わらない。
 司書を務めるだけあって、本は好きだ。もちろん想像も好きだ。魔法が使えたら、なんて思ったこともある。けれど自分はそんなもの使えない。
 つまるところ、と彼女の脳内に弾き出された一つの答え。
「……ぃゃぁぁああああああお化けえええええ!!!!!!! ポルターガイストおおぉぉぉぉおぉ!!!!!!!!」
 朝の閑静な住宅街に、扉の勢いよく開けられる音と悲鳴が響いた。

●頼みの綱
「イマーゴ級従魔ですね。数は大体となりますが……一階につき七、八体といったところでしょうか。正確に数えようにも、本棚などに隠れられてしまって難しかったそうです」
 職員は書類に視線を落としつつ、淡々と説明を続ける。
「場所は図書館同種施設。本を依代としており、大したスピードは出せないようです。しかし対象目がけて突っ込んでくるとの情報が入っています。皆さんにはこれらを討伐していただきます」
 ここで能力者たちの中からちらほらと首を傾げる者がいた。図書館じゃないのか、と呟かれた声に職員は一度書類から目を離してそちらを見ると、別の書類へ目を移した。
「図書館同種施設と図書館は違うそうですよ。図書館というものは私営が認められていませんので、個人で似たようなものを経営する場合は図書館同種施設というものになります。ええと……コーヒーなどの飲み物とお菓子を楽しみつつ、蔵書を閲覧するということをこの施設ではしているみたいですね。法律の関係で施設外への貸し出しはしていないそうです」
 職員は見ていた書類を置き、手元のリモコンを押してプロジェクターを起動させた。白い壁にいくつかの写真が映される。
「これは施設の中の写真です。そこまで広さはありませんが、本棚が並んでいるため死角となる部分はいくつか存在しています。本棚の横を通り過ぎたら頭にクリティカルヒット、なんてことにならないよう気をつけてくださいね。そういった死角への対処を含め、施設や備品にどれだけ損害を与えず、かつ浮遊する敵へどう攻撃を当てるかが重要になるでしょう」
 そう告げられたところでプロジェクターの光が消える。職員はリモコンを机に置くと、ぐるりと一同を見渡した。
「施設の責任者からはある程度の被害は致し方がない、施設内の安全が確保されることこそ第一優先と言っていただいています。しかし住宅街の中にある施設だということ、地域住民の憩いの場にもなっていることから最低限の被害に収めることが望ましいです。討伐が終わったら司書の方が飲み物を用意してくださるそうなので、英雄と共にゆっくりと読書をするのも良いと思いますよ」

解説

●目的
 本に憑依したイマーゴ級従魔の討伐

●敵情報
・イマーゴ級従魔×十四体(一階と二階でちょうど半分ずつ)
 図書館の本に憑依した従魔。ポルターガイストよろしく室内を飛び回る。
 回避に強いが命中は低い。また攻撃力もさほどない。
 対象に向かって突進行動、対象に逃亡された際追いかけまわすなどの行動が見られる。

●施設
 OP内『●ひっそりと』で公開されている外観・内装はその後のプロジェクターで投映された画像によってPC情報になっているものとする。
 さらに同投映内容から、窓は一フロアに四ヶ所(部屋の四隅)のみ。二階も同位置に窓があると読み取っていることとする。一階と二階はOPに描写された階段一つのみで繋がっているものとし、一階から二階全体を見渡すことはできない。

●一階
本棚と本棚の間がやや広めに取られている。入り口付近は机や椅子などが置かれているが、飲み食いは主にここで行われるため比較的広い場所となっている。

●二階
一階に比べて本棚と本棚の間が狭い。こちらは飲食禁止のため一階のような広めの空間はなく、壁と本棚の間や通路に一人用のソファが点在している。

●状況
 施設敷地内(出入り口扉前)からリプレイではスタート。能力者たちのタイミングで突入するため、何かの準備をすることは可能。

●備考
 従魔を倒すと依代とした本はそのまま自然落下する。床に散らばることになるのでカウンターに置いておくくらいはしておくと良い。
 司書から出される飲み物は、希望がなければアールグレイの紅茶が出される。他にも一般的なものは大抵出せる。

リプレイ



「としょかん?本がたくさんあって好きなだけ読める施設のう」
 ほう、と興味深げにハニー・ジュレ(aa5409hero001)が建物を見上げる。
「毎晩タブレットばかり弄っておるのにのう」
 本を読む趣味なんてあっただろうか、と首を傾げるジュレの背後で乙橘 徹(aa5409)が小さく溜息をついた。
「あれは電子書籍だよ。紙の本はかさばるからね」
 紙媒体でなくとも読んでいる、ということらしい。
 洋風な外観の建物はとても静かで、まさかこの中でポルターガイストよろしく本が浮遊している、とは周辺の住人も思わないだろう。
「ポルターガイスト、とは幽霊のことであったと思うが」
「ややややめてください!! おばけではなく、従魔なのです、よ!」
 司書が叫んだという言葉を思い出したユエリャン・李(aa0076hero002)がぽつりと呟き、その言葉に紫 征四郎(aa0076)が反応する。お化けを怖がる姿は普通の少女のよう。
 だがしかし、彼女は能力者だ。
「おばけじゃなくて従魔ですから、怖くないですし、ちゃんと倒すのです!」

 そんな彼らを尻目に、施設の窓をひょいと覗きこんだのは伊邪那美(aa0127hero001)である。
「ねえ恭也、漫画とかあるかな~」
「後で探してみたらいい」
 問われた御神 恭也(aa0127)も同様に窓を覗く。室内にひらり、と動く影が見えて視線を向けたものの、それはすぐに過ぎ去ったようだった。
「相手は弱いが、数が多いのが面倒だな」
 事前の情報からすると、数だけなら従魔側に利がある。確実に一体一体倒していくのが堅実だろうか。
 二人が覗いていた窓とは別の窓から、皆月 若葉(aa0778)とピピ・ストレッロ(aa0778hero002)が室内を覗いた。ピピがその紅玉の瞳をまんまるに見開く。
「わぁ、本がいっぱい!」
 少し背伸びをして見えた室内は本棚がいくつも並び、綺麗に整頓されて本が置かれている。
「開けたら目の前に従魔……って事も有り得るかな?」
 ピピの頭の上から若葉も中を覗きこみ、窓から見える範囲で入口の付近を確認した。
「今なら大丈夫そうかな……?」
 見た限り、カウンターやその付近に飛んでいる本は見当たらない。
 そうして図書館同種施設への扉をくぐった能力者と英雄たちは、近くに従魔がいないことを確かめると二手に分かれた。




「マスター、もう少々右に寄せましょう」
 凛道(aa0068hero002)の誘導に従い、木霊・C・リュカ(aa0068)と凛道は広い場所を確保するために机を動かす。共に椅子を隅に寄せながら加賀谷 ゆら(aa0651)は傍らの英雄に声をかけた。
「久々に一緒に依頼行きますな。シドさんや」
 彼女の言葉に、シド (aa0651hero001)は近くにあった観葉植物の鉢を抱え上げながら口を開く。
「だな。おかげで、すっかり白玉団子作りが匠の域だ。この図書館にも和菓子関係の書籍があれば探してみよう」
「おー。ますます高みを目指す姿勢はさすがだねー!」
 ゆらは楽しみだと言わんばかりにはにかんだ。趣味を和菓子作りとしているこの英雄は、最後に依頼参加者や司書へ配ろうと幻想蝶に菓子を入れて持ってきている。美味しいに違いない。
 ピピは自分に持てる大きさの観葉植物を隅へ寄せると、改めて室内をまじまじと眺めた。
 備品の色使いや観葉植物のおかげか室内は柔らかな雰囲気で、読書空間としてとても居心地がよさそうだ。
「ワカバ、ここはステキな場所なんだよ!」
「うん、早く皆が安心して過ごせる場所に戻そう」
 ローテーブルを運んだ若葉がピピの言葉に頷く。
「さて、場所の確保はこんなものでしょうか」
 凛道がリュカと共に机を移動し終え、辺りを見渡す。元々少し広いスペースだったためか、備品を寄せたことでなおさら広さが目立つようだ。
「……うん、いい場所だ。早く静かにして堪能したいね」
 リュカは部屋に染みついた本の匂いに表情を綻ばせた。彼にとって本のある空間は馴染みがあり、落ち着く場所である。本が好きだからこそできるだけ傷つけたくないし、早くこの場所の平穏を取り戻せたらと思う。
「それじゃあ、従魔を倒しに行こうか」

「見分けづらいですが、しっかり確認して見落とさないようにしないと、ですね」
 共鳴した若葉はライヴスゴーグルでライヴスの流れを確認した。煙のようなライヴスの軌跡。近くの流れを確認すると、若葉はライヴス通信機に向かって話しかけた。
「ライヴスは奥へ向かっているみたいです。そちらはどうですか?」
『そうですね、こちらも奥の方でいくつか反応があります。二つほど移動しているようですが、……ああ、加賀谷さんが一体倒したようです』
「わかりました。では俺も索敵しつつ進んでみますね」
 そう告げ、ゆっくりと観察しながら奥へと進んでいく。ライヴスの流れを確かめながら進んでいた若葉は、ある本棚の間に煙が流れていることに気づいた。そっと様子を窺うと、本が所在なさげに浮遊している。
「見事に飛んでいますね……」
 確かに一般の人間が見たらポルターガイストだ。
 若葉が本棚の影から出てきても従魔が気づいた様子はまだない。しかし。
「おっと」
 すぐ脇から本が飛び出してくる。思わず後ろによけたが、次々と本棚から飛び出してくる従魔に若葉は目を瞬かせた。
 一人でも対処できないことはないだろう。しかし、折角仲間がいるのだ。
「鬼ごっこ、割と得意なんですよ?」
 含み笑いを浮かべ、ぱっと踵を返す。従魔たちが追ってきていることを確認し、若葉はライヴス通信機のマイクに喋りかけた。

 時はやや遡り。
「本が飛んでる光景にも驚かなくなっちゃったわね……」
 しみじみと呟きながら、ゆらはシドと共鳴する。艶やかな黒髪は背中に落ち、瞳は英雄のような銀色へ。冷淡な雰囲気をまとったゆらは浮遊する本を見ると口端を釣り上げた。
「本に憑りつくくらい文字が好きなようだから、文字で攻撃してあげるわ」
 その冷徹な笑みに、見た者は従魔へ同情の念を抱いたかもしれない。幸か不幸か、それを目にした者はいなかったが。
 迫ってきた本を回避しながら、ゆらはプランシェットで従魔目がけて攻撃する。描き出された文字は再び突進してきた本へ直撃し、従魔化の解かれた本は床に落ちた。幸いにも低い場所を飛行していたためか、落ちたとはいえ目立った傷は見受けられない。ゆらは本を拾い上げると幻想蝶へしまい、マナチェイサーで他の敵がいないか索敵を行う。しかし特にこれといった反応がない。歩きながら引き続き探索を行っていると、不意にライヴス通信機から声が届いた。
『従魔が複数釣れたので入り口付近へ誘導しています。待っていて頂けると嬉しいです!』
 若葉の声だ。その内容に、ゆらは入り口付近へ駆け出す。すぐ戻ったそこにはまだ若葉が到着した様子はなく、竜胆色の髪をした青年――凛道がモスケールを外して待っていた。
「ああ、加賀谷さん。もうすぐ皆月さんがつきますよ」
 その言葉の直後。若葉が二人のいる場所へ駈け込んで来た。その後ろからは本が全部で四体。
 若葉が到着するのと入れ違いにゆらが駆けていく。ゆらはプランシェットによる文字攻撃で一冊を二人掛けのソファへ落下させた。
 次いで凛道が手に持った麻袋を前へ突き出す。
「本来なら火気厳禁ですが、貴方の炎なら本を傷つけません」
 その言葉に、凛道の足元で燃えるような幻影が現れた。それは動物を形どり、火炎を操る小さな黒猫を召喚させる。
「本を焼いてはダメですよ。そう、憑いた従魔のみぼうっとやっちゃってください」
 凛道の言葉に応えるかのようににゃあ、と一言鳴くと、黒猫に睨みつけられた本が突如として燃え上がった。否、燃えているのは憑いた従魔。火が完全に消えると、本も静かに床へ落ちた。
 凛道の傍で若葉が黒猫の書を開く。召喚された黒猫――タマさんは俊敏な動きで三体目の従魔を躱すと、ぺちっと肉球パンチを繰り出した。魔法猫の攻撃により従魔化の解かれた本は、そのパンチの勢いのまま若葉によって危なげなく受け止められる。
「タマさん、ナイスパスです」
 にゃぁ、という鳴き声に重なったのはゆらの黄色い悲鳴。
「かーわいー!!」
 無類の猫好きであるゆらの視線は、タマと凛道の召喚した黒猫に釘付けだ。
『ゆら、まだ従魔は残っているぞ』
 共鳴しているシドの言葉で我に返るのと同時に、凛道が浦島のつりざおで残った従魔を引き寄せる。背表紙をうまくひっかけられ、逃げられなくなった従魔は若葉のバニッシュメントで払われることとなった。




「うーん……奥にいるみたいなのです。いくつか移動しているみたいですよ」
 征四郎が索敵結果を伝える。その言葉に、徹が思案するように顎へ手を当てた。
「本棚の中に隠れているのもいるのかな?」
「まずは見えてるものだけ片づけて、それからでよかろう」
 ジュレの助言に恭也も同意するように頷いた。
「俺もまずは目に見えて分かる従魔を倒そう」
「では、我輩らが隠れる敵を。……単純な探し物なら二人の方が効率も良いが」
 ユエリャンからの視線に征四郎は頷き、あとの言葉を続ける。
「今回は共鳴して作業した方がよさそうですね」
 イマーゴ級であれど、共鳴しないと倒せない従魔であることに変わりはない。
「本棚と本棚の間はせまいのですけれど、まんなかや両側の通路は広めみたいです。ソファは壁にくっつけて置いてあるのですよ」
 地図の載ったパンフレットを広げ、征四郎はその場にいるメンバーへ二階の館内図を伝える。
 情報共有は済ませた。あとは従魔を倒すのみだ。

「ここは……いないか」
 徹は共鳴すると、二階の端から順に探索を始めた。不意打ちの事故に備え、手鏡に通路を映して確認をしている。
 何回か繰り返して探索していった徹は、手鏡に浮遊する物体が映ったことを確かめて鏡をしまった。代わりに武器となる日輪舞扇を取り出す。照明の光に扇の金箔が美しく煌めいた。
 ゆっくり角から姿を現すと、従魔は徹に気づいたようで一直線に突進してきた。身を翻して本棚の角を曲がり、一旦停止して再度こちらへ突進してきた従魔へ相対する。
「大丈夫。この炎のオーラは本自体を傷つけないから、ねっ!」
 ぶんっ、と扇を振るう。風に乗ったライヴスは炎の刃を形どり、直進してきていた従魔へ見事命中した。本はその場で力を失ったように落下し、ソファへ着地する。本をソファから拾い上げた徹は小さく溜息をついた。
「まずは一体か……」
 元々争い事が得意ではないのだ。だが、そうも言っていられない。
 さあ引き続き探索を、と顔をあげた徹に向かって急速に近づいてくる影。あ、と声をあげるも扇を構える間はもう残されておらず――。
 パシ、という唐突な音と共に、徹へ飛来してきていた本がソファの上へ落ちる。徹が一連の流れに目を見開いていると、降り立った唐紅――征四郎はにこりと微笑んだ。
「オトノタチバナ、大丈夫ですか?」
「あ、はい。びっくりしたけど……ありがとうございます」
 よかった、と呟くと征四郎は今しがた従魔の払われた本を手に取る。その外装に傷がないことを見て安堵の息を漏らすと、征四郎は徹へその本を差し出した。
「すみません、これをカウンターへ持って行ってもらえませんか?まだモスケールで探索しきれていなくて」
「勿論。置いたらすぐ戻ります」
 階段を下りていく徹を見送った征四郎は、閉じていた傘を盾のように前へ開く。
 不意打ちを警戒しながら探索していた征四郎は、本棚の死角から迫ってきた影に条件反射で傘を向けた。従魔は傘によって阻まれ、横へ受け流される。素早く振り向いた征四郎は、従魔のいる位置がソファの上であることに気づいて傘を閉じ、素早く振り上げた。
「やさしく、やさしく……!」
 本は踏んだり、荒く扱ってはいけない。
 小さい頃からきつく教えられたことは、しっかりとその心に刻まれている。従魔が憑いた本であっても同じこと。なるべく優しく攻撃を。
 しかし傘は本へクリーンヒット、と言わんばかりのいい音を立て、本がその勢いで落ちた。
『……腕に要らぬ力が入っている気がするが』
「うう、逆にやりにくいのです……」
 共にあるユエリャンからの言葉に征四郎が肩を落とす。
『力んでしまっているのなら、深く呼吸をしてみるとよかろうよ』
「そうですね……」
 空気を吸って、吐き。よし、と気持ちを切り替えた征四郎は再び傘を開いた。


 パンッとむしとりあみが本に当たる。従魔化の解けた本は運よくソファの上へ落ちた。
 本来はあみで『捕獲』する手はずだったのだが、本というものはサイズが様々であみに入らないものもある。
 本来であればむしとりあみなどではなく、日頃使っている武器を使用したかったのだが。
「何時もの武器だと憑りつかれた本まで破壊しかねんな」
『せめて蔵書量が少なければ楽だったのにね』
「それだと図書館同種施設とは名乗れんだろう」
 伊邪那美の言葉に淡々と返しながら本を幻想蝶へ回収する。と同時に。
『二階の方、お手伝いしてもらってもいいでしょうか? 複数引き付けてしまって。階段の近くです』
 ライヴス通信機から征四郎の声が届く。
「わかった、行こう。そこから左に曲がってくれ」
『自分ももうすぐ二階だから、すぐそちらへ合流します』
『わかりました!』
 徹と征四郎の返事を聞きつつ、征四郎との交流地点へ移動する。追いかけてきた三体の中に小型の本があることに気づいた恭也は、合流した征四郎に声をかけた。
「征四郎、小さい本は俺が捕獲しよう」
「はい! では私は残りの本を」
 征四郎は傘を、恭也はむしとりあみを構える。三体の従魔が突っ込んでくる直前、二人はそれぞれ左右へ跳んだ。三体は左右に分かれて再び突進しようとするも、そのうちの一体は後ろから飛んできたライヴスによる炎の刃に直撃する。
「残りはお願いします!」
「ああ」
「はい!」
 徹の声に応えを返し、征四郎も恭也も突進してくる従魔に武器を振るう。二体を無力化し本を回収すると、徹も含めた三人で集まった。
「征四郎、まだ隠れている従魔はいるか」
「ええと、ちょっと待ってくださいね。……レーダでは見つからないみたいです。一応、確認しましょうか?」
「そうですね。手分けして探してみましょうか」
 三人は互いに確認する範囲を確認すると、再び分かれて探索を始めた。




「大丈夫そう……ですね、皆さんお疲れさまでした」
 若葉が安堵の息を漏らしつつ声をかける。
 四体を倒したあと、館内を確認しつつ二体。その他に討伐漏れは見当たらないようだった。
 一階を担当していた各々が共鳴状態を解いていると、二階へ続く階段からも仲間たちが降りてくる。
「そちらも終わったか。二階は全て倒した」
「一階もこれで全部ですねえ」
 恭也の言葉にゆらが頷く。ふと若葉が幻想蝶から回収していた本を取り出した。
「さて、そういえば……この本はどこのかな?」
「本棚に戻すお手伝いをしましょうか」
「ああ、それならお兄さんは本の修繕をしよう。ページ外れとかね」
 仕事柄、することは多いから。リュカはそう言い凛道の付き添いの元カウンターへ進む。各々が施設の復元作業を手伝おうとし始めたところで、不意に入口の扉が開けられた。
 その場にいた全員の視線が向く中、顔を覗かせたのは眼鏡をかけた――そう、この施設の司書である。
「あ、あの……もう、大丈夫でしょうか?」
「はい、もう大丈夫なのです。征四郎たちが倒したのですよ」
 女性から少女の姿に戻った征四郎がはにかみながら告げる。その言葉に司書は目元を和ませた。
「そうですか、よかった」
 安堵の溜息をついた司書はあ、と何か思い出したように小さく手を叩いた。
「飲み物をご用意するので、皆さんがよかったら……この後、ここで過ごしていってください」

「セロテープはダメなんだ、劣化しちゃうから」
「そうなのですか?」
 いくつかの本は修繕が必要となっており、リュカは一つ一つ丁寧に本を直していく。それを傍で見ているのは征四郎だ。
 直し終わった本を見て、征四郎は思わずそれを手に取る。
「星の王子様、読みましたよ。懐かしいのです」
 読んだ時のことを思い出したのか、征四郎の表情がふっと綻ぶ。リュカは次の本を直しながら、そっと口を開いた。
「……ふふ、世の中の本は大抵読みづらいんだ。録音図書のある所は少ないしね。電子書籍で出るとすごい助かっちゃう。……けど」
 リュカはそこで一旦言葉を切り……そして再び言葉を紡ぐ。
「けど、紙の匂いとか、その本とお話を自分の物にできた時の嬉しさとか。たまらなく大好きだからさ、これからも無くならないといいよね」
「……そうですね。征四郎も、無くならないでほしいって思うのです」
 匂いも質感も、紙でなければ伝わらないものだから。いくら技術が進んでも、懐かしいと感じられるままだったらいいと、そう思う。

 司書からブラックコーヒーを受け取ったユエリャンは、ふと司書へ疑問をぶつけてみた。
「書物などデジタルで十分ではないのかね? これだけの蔵書を集め、管理するのは大変だろう」
 なぜ、このような場所を作ったのか。そんな問いに、司書は苦笑を浮かべた。
「ほとんどの本は、私が集めたものではないんです」
 亡くなった父、そして祖父が揃って本を収集することが大好きで。これだけの本をただ眠らせておくのは勿体ない、とこの場所を作ったのだと。
「でも、最近の子も読めるような本は集めているので……遺伝、でしょうかね」
 興味のある本があればぜひ読んでほしい、という司書の言葉に送り出され、本棚にしまわれた本を一冊一冊眺めていく。と、見知った顔が見えてユエリャンはそちらへ視線を送った。
「……竜胆」
 少し異なる、しかし同音の呼び名に青年がこちらを見る。そこでようやく、彼が本を抱えていることに気が付いた
「何を借りたのかね?」
「何を……そうですね、日常を描いたものとでもいいますか」
 凛道が持っていた本に視線を落とす。
「親子間や友人間の苦悩も、心躍る恋愛の話も。読んでいる時はわかる気がするんです」
 それはきっと、登場人物の想いを自らが疑似体験するような感覚なのだろう。
「あなたは何を借りるのですか? 何も手には持っていないようですが」
「我輩か? まだ探している途中だよ」
 そうして、ユエリャンが興味を持つ本を見つけるまで。暫し二人は本棚を眺め歩いた。

「わしはしぶいお茶が良いぞ。お茶請けは古漬けがあるといいのかのう」
「こら、ワガママ言わないの」
「お茶請けはないんですけれど……お茶は出せるので用意しますね」
 用意してくれたお茶と紅茶をそれぞれ一口ずつ飲み、ほっと一息つく。そこへちょうどシドがふらりと通りかかり、お疲れさんと三食串団子を差し入れてくれた。希望とは違うものの、お茶請けも用意されたという事になる。
「さて……ここは貸し出ししていないんだっけ。それならこの場で読みきれるものがいいね」
「む、ではこれで字を教えてくれんかの。漢字がまだ覚束ぬのでな」
 飲み食いしながらジュレが徹へ出してきたのは小学生向けで、少しずつ簡単な漢字を交えている児童書だ。知識を得る意欲があるのなら手伝うべきだろう。
「いいよ。じゃあ、音読するなら隅の席に行こうか」
 頷いて飲み物と本を持ち、席を移動する。少し奥まったところにも机や椅子のスペースは設けられており、そこに座ることにした。
「これはなんと読むのじゃ?」
「うん? ああ、これはね――」
 周りに配慮した控えめな声量で、本の音読会は暫し続いたのであった。

「既刊数が多いんで買い揃えるのはつらいと思っていたが……ここにあってよかった」
 何せ正伝だけで三桁を超える既刊数である。
 黙々と読んでいた恭也は、本を棚に戻そうとしたところで机に突っ伏した伊邪那美に気付いた。
 日本書紀のわかりやすい漫画本を読んでいたはず。本の中の『イザナミ』と自らの違いを楽しみ、時に憤慨していたと思ったのだが、どうやら窓から差し込む陽だまりで睡魔に襲われたらしい。
「ふむ……」
 その無防備な姿に暫し考え、恭也はいそいそと軽い本を何冊か持ってきた。伏した伊邪那美の後頭部、つまり頭の上に本を一冊ずつ、起こさないように注意しながら乗せていく。二冊、三冊。意外といけるものだ。
 が、しかし。
「……む」
 崩れる、と思った瞬間にはもう遅く。本の雪崩れる音と、目を真ん丸にして飛び起きた伊邪那美。その瞳は雪崩れた本と傍にいる恭也を見て半眼になった。
「ちょっと恭也……!」
「伊邪那美。……こういった場で騒ぐのは頂けんな」
 怒ろうとしたところを窘められ、伊邪那美の顔が赤く染まる。
 そこでシドが通りかかり、二人にと渡してきた三食串団子は伊邪那美の機嫌取りに使われた。

「ピピちゃん、絵本の読み聞かせをしてあげようか?」
「いいの? 嬉しいな!」
 ゆらの申し出に、絵のたくさんある本が読みたいと思っていたピピは瞳を輝かせた。
「猫とか動物がいーっぱいでてくる本がいいな!」
「動物がたくさん出てくる絵本……うーん、これはどうでしょう?」
 司書が差し出した本をゆらが受け取り、二人掛けのソファに座って読み聞かせる。
「ピピちゃん、小鳥ちゃんがどこに隠れてるか分かるかなー?」
「えぇ? どこだろうー?」
 そんな光景は見た者の心を和やかにさせ、ゆら自身もピピとのやり取りに癒されていた。
 その隣にある一人がけソファでは、若葉が紅茶を片手にゆっくりと本を読んでいる。たまたま先ほど幻想蝶から戻そうとした本だったのだが、少し気になって読み始めたらあっという間である。普段と違うジャンルの本を読むのに良いきっかけとなった。
 また、シドはといえば幻想蝶の中に入れておいた三食串団子を配り終え。
「和菓子関連の本は……」
 呟きながら視線が留まった先は、探していた和菓子の本――ではなく小動物の写真集。
 思わず手に取り、無言でページをめくる。つぶらな瞳の可愛らしい動物たちが写るそれに、シドはいつの間にか夢中になっていたのであった。




 日が傾き、空が見事なグラデーションを描く。そろそろお暇の時間だ。
「司書さん、また来るねー!」
 ピピが振り返って大きく手を振る。入り口では、それに答えるように司書が手を振っていた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 切れ者
    シド aa0651hero001
    英雄|25才|男性|ソフィ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 大切がいっぱい
    ピピ・ストレッロaa0778hero002
    英雄|10才|?|バト
  • ガンホー!
    乙橘 徹aa5409
    機械|17才|男性|生命
  • 智を吸収する者
    ハニー・ジュレaa5409hero001
    英雄|8才|男性|バト
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