本部

何でもない平穏な一日

一 一

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/11/20 18:31

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-

掲示板

オープニング

●休日の過ごし方
「はっ、はっ、はっ、はっ――」
「よーし、がんばってー。意識あるー?」
「ひゅーっ! ひゅーっ! ひゅーっ! ぅ、ゲホッ!?」
 とある日の早朝。
 すっかり冷え込みが厳しくなってきた薄暗いH.O.P.E.東京海上支部の前に、3人の人物が集まった。
「……ふぅ。いい汗をかきましたね」
 1人は、赤色のジャージを着た碓氷 静香(az0081)。幻想蝶からタオルと水筒を取り出し、額に浮かんだ汗を拭うと水筒を傾けのどを潤す。
「はい、落ち着いてー。まずは深呼吸だよー。吸ってー……、吐いてー……」
 1人は、紺色のジャージを着たレティ(az0081hero001)。普段、外出中は静香と共鳴状態でいることが大半だが、この日は先ほどまで静香と並びランニングをしていた。こちらは汗一つかかず、運動後とは思えない自然体でもう1人の背中をさすっている。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
 そして、彼女たちの近くで四つん這いになり、呼吸さえままならない状態な緑色のジャージは佐藤 信一(az0082)。漏れ出る息の荒さなどもはや意識の外にあり、のどの奥からせり上がる血の味と臭い、そして破裂寸前だと錯覚しそうな心臓の鼓動と痛みが、信一の意識を支配する。
「……すぅ~……っ!? ゲホッ!? ゴホッ!?」
「ほら、言った通りでしょ? 信一にはまだ早いって」
「……いえ、しかし、私がレティに勧められて始めた体力づくりの記憶を思い出すと、佐藤さんのトレーニング期間を考慮すれば、妥当な運動メニューだったと思うのですが?」
「リンカーと一般人の身体能力を一緒に考えちゃダメだってば。目線をそらしてないで、無理に付き合って信一が死にかけてる現実を見なさい」
 深呼吸ができずにむせた信一の背中を撫でながら、レティは無茶なメニューを強要した静香に白い目を向ける。悪いとは思っているのだろう、静香は無表情で淡々とした声で反論しつつ、目線は完全に明後日へと逃げていた。
 さて、どうしてこんな状況に至ったのかは、たまたま静香と信一の休日がかぶったことに端を発する。
 お互いのオペレーターの勤務時間に結構なばらつきがあり、それも丸1日の休日が重なることは珍しかったため、信一が「せっかくだから静香と一緒に過ごしたい」と声をかけたのだ。
「そもそも。重りを手足につけてジョギング10kmとか、体力がちょっとついてきたくらいの時期にやらせることじゃないでしょうが」
「…………すみません。まさか、5kgの負荷がそこまで厳しいとは思わず……」
「両手両足で合計20kgね。ずっと着膨れするほど重りつけて運動してたから、普通の感覚狂ってない?」
 静香が信一の誘いを断るはずもなく、二つ返事で了承。
 次に何をして過ごそうか? という話に移ったところ、静香から「一緒にトレーニングしましょう」という提案があった。
 そろそろ交際して1年になる2人。信一はいまだ静香の表情が読めないが、わずかに感情がわかるようになってきている。そのため、期待感でキラキラした(ように見える)瞳を向ける恋人を前にして、信一には「喜んで」以外の選択肢などなかった。
 その結果がコレ――夜明け前から始まったシゴキである。
 もし信一に計算違いがあったとすれば、静香の言う『トレーニング』は一般人の体力では『地獄の』という枕詞がおまけでついてくることを知らなかったことだろう。
「とりあえず、信一が復活するまで休憩。信一と一緒で嬉しいのはわかるけど、まだやるんならもう少し加減しないとダメだからね?」
「…………はい」
 レティは念のために持ってきていた酸素吸入器を信一にあてがいつつ、トレーニングの中断を指示。喜々として様々なごうも――もとい、運動器具を用意していた昨夜とは一転、しゅんと肩身を狭くする静香に嘆息する。
 そして、根性だけで自分と静香に食らいついたバカ――信一にも、レティはため息を落とした。
「辛いならすぐに言えばいいのに、変に格好つけるからそうなるのよ」
「ご……め……ガハッ!!」
「はいはい、大人しくする」
 息も絶え絶えな信一を近くのベンチに座らせ、レティは呆れを隠さず介抱を続ける。
 信一の呼吸が安定した頃には日が昇り、薄闇はすっかり晴れていた。
 これから、今日という1日が始まる。
 急な事件や召集がかからない、平穏な休日が。

解説

●目標
 休日をそれぞれ過ごす

●登場
 碓氷 静香…メンタルが弱い代わりにフィジカルが異様に強い女性H.O.P.E.職員。無表情+無感動がデフォだが、生まれつきで悪気はない。休みを口実に恋人である信一の肉体改造(?)を提案。

 佐藤 信一…能力者である恋人のフィジカルについていけない男性H.O.P.E.職員。地味でさえない印象通り、鍛え方はまだまだの中肉中背。早朝から行われた重り付きランニングで体力は限界。

 レティ…静香の驚異的なフィジカルを育て上げた元凶――もとい、きっかけを作った英雄。活発で社交性も高いが、常時静香と共鳴している関係で私的交友関係はかなり狭い。珍しく共鳴を解除した状態で、2人のトレーニングに付き合っている。

●状況
 日付は11月上旬。天気は晴れで、日中は多少暖かくなるが朝晩の冷え込みが厳しくなってきている。
 静香・信一を含め、PCたちも偶然スケジュールが空白となり暇を持て余している。
 静香・信一たちはそのままデート風トレーニング(本筋はあくまでトレーニング)を続ける予定。主な行動範囲は東京海上支部の周辺で、夕方頃に信一の肉体が限界を迎える予定。

(以下、PL情報
 その日はH.O.P.E.オペレーターの数もエージェントの手も足りているため、急な呼び出しなどは発生しない。また、突発的に従魔や愚神に関連する事件とも遭遇せず、ゆっくりとした時間を過ごすことができる)

●プレ作成の注意
 行動は基本的に自由だが、PCが『1日』の制限時間内でできる範囲に収めること。
 旅行などの遠出や非参加PCとの交流を示唆する内容は基本的にNG。
 戦闘では見せないPCたちの日常生活や素顔を映す場としての利用を推奨。

リプレイ

●お休みの予定は?
「そうだ」
 数日前、ある依頼を終えた帰り。五十嵐 七海(aa3694)は幻想蝶から何かを取り出す。それは日本で有名な男性のみで構成されたダンス&ボーカルユニットの名が書かれた、3枚の紙。
「前に応募したライブのチケットなんだけど……」
「半分は別行動か」
「ありゃりゃ、それは困ったネ」
 困った表情の七海に麻端 和頼(aa3646)は腕を組み、華留 希(aa3646hero001)も思案顔。
「女子班で楽しんで来れば良い。俺達は――紅葉見物なんてどうだ?」
 そこでジェフ 立川(aa3694hero001)に視線が集まり、その手にはバイクのキーがキラリと光る。
「わぁ! いいの? やったー!」
「……それは気持ちがよさそうだ」
 ライブに行きたいっ! と顔に出ていたルー・マクシー(aa3681hero001)はチケットを手に喜びを爆発させ、テジュ・シングレット(aa3681)も相好を崩して同意した。

●お出かけ、お出かけ♪
「少しばかり、買い物に付き合っていただけないでしょうか?」
 この日、笹山平介(aa0342)は真壁 久朗(aa0032)へ電話をかけていた。レイヴンの小隊メンバーにクリスマスプレゼントを選ばないか? との話に、久朗の返事は早い。
『ん、問題ない。アトリも連れて行ってもいいか? 暇そうにしてるから』
『暇そうとは何ですかっ。テレビで現世の勉強をしているだけです』
 久朗に続き、やや遠くからアトリア(aa0032hero002)の苦言も聞こえてきた。
「ええ、もちろん」
 アトリアの抗議をBGMに通話を切った平介は、ついでに暇そうだったゼム ロバート(aa0342hero002)を掴まえて外出の準備を始めた。

(今日のボクは探偵だよ!)
 ふふん! と意気込むアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は前を歩く大きな背中をこっそり確認して、ちょこちょこと尾行していく。とはいえ、これはエージェントの依頼とは全く関係がない。
『それじゃ、俺は出かけてくる。今日は一日オフだから、問題ないだろう?』
 マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)がそう告げて外出した後、気づかれないよう注意しつつ後を尾けて今に至るわけだ。
(最近こういうオフの日に、よく一人で出かけるんだよね……。しかも何処で何をしてきたか言わないし。だから今日は、秘密を探ってやるんだ♪)
 たまの外出ならまだしも、何度も出かけていれば興味もわく。
 そんなわけで、アンジェリカの休日は身内の尾行から始まった。
「兄さんっこっちよー」
「あんまりはしゃぐと転んでしまうよ、フィアナ」
 せわしないアンジェリカとは逆に、ゆっくりと歩くのはくるくるとステップを踏むフィアナ(aa4210)と、柔和な笑みを浮かべたルー(aa4210hero001)。両者はそのまますれ違い、フィアナは上機嫌で歩を進める。
「兄さんとー、お買い物ー、なのよー♪」
「何を買うか、覚えている?」
「んー? 足りなくなった食材と、編み物用の毛糸と、それから……3時になったらおやつ食べるのよっ! 兄さん、何が良い?」
 食材は言わずもがな。
 毛糸は毎年寒い時期恒例の編み物用。
 おやつは……フィアナの思いつきだろうか。
「ん? そうだなぁ……甘い物が食べたいかな」
「本当っ!?」
 突然水を向けられた形のルーだが、そこは年の功。顔からフィアナの食べたい物を察し、見事彼女の満面の笑顔を引き出した。
『頑張ってくださいね、受験生』
「るっせ」
 楽しそうなフィアナが通り過ぎた公園にて、くすりと笑うセンノサンオウ(aa5518hero001)の声に渋面を浮かべた砌 宵理(aa5518)は、テーブルに参考書を広げ勉強していた。
 宵理は図書館などの静かな所が性に合わず、小さい子が遊ぶ声でにぎわう公園に腰を据えていた。ここなら勉強が終わればそのままランニングに行けるしバスケゴールもあるし……、という下心もあっての選択だが。
『気分転換も結構ですが、/学生の本分は勉強ですよ?』
「わかってるっての!」
 センノサンオウはちゃっかり運動の準備もしてきた宵理に、しっかり釘を刺していた。

 ライブ開演の少し前。
 希、ルゥ、七海の3人はそれぞれおしゃれをして会場にいた。
「ワァ! 2人ともカワイイネ!」
 希は黒ベースのいわゆるゴシックパンク系。格好可愛いデザインの服と希の雰囲気がマッチし、かなり様になっている。
「ちょっと派手かな? って思ったけど、いいよねライブだもの!」
 反対に、白のコートを着て大きなコサージュの髪飾りが目を引くルゥ。希の近くだと、少しだけ大人しい印象があった。
「うんうん! 今日はいっぱい楽しもうよ!」
 七海は動き易くも可愛らしい服にスニーカーと、激しく動いても問題ない出で立ち。早朝から始めたメイクと合わさり、少女然とした魅力が引き立っている。
「ルー。あまり羽目を外すなよ?」
「テジュこそ、道路に転がらないようにね?」
 ちなみに、ここまでの移動は男性陣のバイクである。テジュはルゥとの稀な別行動にお互い笑ってから、キャッキャッと会場入りする女性陣の背中を見送った。
「わ~、近い!」
「FC(ファンクラブ)枠で席を取ったからかも! ここなら顔も判りそうだよー」
「ますます楽しみだネ!」
 指定の席でルゥと七海と希はおしゃべりしながら、その時を待つ。
 そして。
『キャアアアアアッ!!』
 女性の黄色い歓声に迎えられたライブが、熱気とともに始まった。

●楽しんだ者勝ち
「平介がいれば十分だろ」
 昼過ぎに集合した久朗・アトリア・平介・ゼムの4人。
 合流早々、メンツを確認したゼムはそう言い残し、足早に去ってしまう。
「では、私も席を外します」
 さらにアトリアも、ゼムとは別の方向へ離れて行った。
(ササヤマは、クロウに何の用事があったのでしょうか?)
 2人から十分離れた後、アトリアは久朗を気にしていた平介について考える。彼女が自ら別行動を取ったのは、平介のわずかな機微を察したからだ。
「ここは?」
 それから適当に散策していると、アトリアは華やかなライトと音楽できらめく建物――ゲームセンターに興味を惹かれる。
「……」
 そこへ偶然通りかかったゼムと目があった。眉間にしわを寄せた目は『何でお前がココに』と語っていたが、アトリアは気にせず近づき一言。
「アナタ、此処には詳しいんです?」
「……少なくとも、お前よりはな」
 こうして、アトリアの付き添い人がゼムに確定した。
「あれは何ですか?」
 ゲームセンターに入ったアトリアは様々なゲームに目移りした後、1つのゲーム機を指さした。アトリアが見つけたのは『ワニワニクラッシュ』という、ハンマーでワニのキャラクターを叩いてスコアを競う単純なゲームだ。
「なるほど……私の得意分野ですね」
 ゼムの説明でルールを理解したアトリアは、挑戦的な目をゼムに向ける。
「せっかくです。これで勝負しませんか?」
「……いい度胸だ」
 応じたゼムが先にプレイし、二刀流でほぼミスなくワニの頭をかち割って、アトリアへ高得点とドヤ顔を見せつける。対抗心に火がついたアトリアはハンマーをくるくると回して位置に着き、ゼムがその背を腕組みして見守る中、ゲームが始まる。
「――はっ!」
 裂帛の気合いとともに繰り出されたアトリア全力の一撃は――
「待て」
 ゼムの一声で空を切った。
「何ですか!?」
「力を込めすぎだ、ゲーム機を壊す気か?」
 出鼻をくじかれ睨みつけるアトリアだったが、ゼムの指摘にたじろぐ。その後もゼムの制止が何度も飛び、アトリアのスコアは0に終わった。
「……このゲームの耐久性に問題があるのではないですか?」
「お前、不器用だろ。……力加減が」
 悔しそうに絞り出したアトリアの言葉には、ゼムも呆れるしかない。
 一気に不機嫌となったアトリアは次にクレーンゲームへ目を付ける。が、これもアトリアのせっかちな性格が災いし、何度プレイしても成果はなし。
「これは、っ」
 アトリアは最後にプリクラを発見。以前からかなり気になりつつも入る勇気がなかったが、ふと隣のゼムに視線を向ける。
「何だよ?」
「アナタも未経験ならやるべきです」
 ちょうど道連れがいた、とゼムを引きずり込むアトリア。これもゼムが主に操作し、修正部分はアトリアに任せて写真が完成した。
「俺じゃねぇ……」
 目はパッチリ、まつげバッサリな自分と対面したゼムは思わず眉をひそめる。一方、アトリアは感心した様子でプリクラを眺めていた。
「今度は女同士で来な」
「む……余計なお世話です」
 機嫌が戻ったと見たゼムはアトリアの頭をわしゃっと撫でるも、すぐに手を払いのけられる。アトリアの目は、しばらくプリクラから離れなかった。

「……ん?」
 しばらく勉強していた宵理は、ふと足下に転がってくるボールに気づく。
「おにーちゃん、とってー!」
 視線を上げると、男の子の1人が手を挙げてアピールしていた。
「ほらよ」
「ありがとー!」
 ボールを拾った宵理は、山なりのふんわりした軌道で子どもへ投げ返す。
「(じーっ)」
 イスに座り直した宵理だったが、妙な視線を感じてペンが止まった。顔を上げると、服装から察するに女の子らしい別の子どもがこちらをガン見。胸元には一冊の絵本を抱え、見えたタイトルは『ピーターパン』だった。
「……へぇ、懐かしいな」
 宵理もかつて読んだ記憶があるらしく、思わず目元が緩んでしまう。
「……んっ!」
「……は?」
 すると、女の子は突然絵本を宵理に突き出し、上目遣いを突き刺す。
「ごほん、よんで?」
「読……いや、俺は……」
 予想外のお願いに口ごもる宵理だが、次第に他の子どもも集まってきた。
「読んであげない、の?」
「いや、それは……って、誰だあんた!?」
 子どもの中に混じり、しゃがんで宵理を見上げるフィアナが、コテンと首を傾げた。宵理は思わず二度見し、同年代っぽい少女につっこむ。
「ぅ、ふぇ……」
 トドメに、絵本を持つ女の子の目が潤みだして逃げ場がなくなる。
「~~っ、ああもう分かった分かった!」
『おやおや。/宛ら此の場はネバーランド、/でしょうか?』
 観念した宵理は白旗を揚げ、女の子から絵本を受け取る。センノサンオウがくすくすと笑う合間に、子どもたちが輪になって座りだした。
『(貴殿はピーターパン、/わたくしはハーメルン。/と言う事で如何です?)』
 そして、ページをめくる音を合図に、宵理の朗読に合わせてセンノサンオウの笛の音が響く。
「きれい、ねー」
 宵理の声を邪魔せず、話を盛り立てるような抑揚を利かせた美しい旋律に耳を傾けながら、フィアナは子どもたちと一緒に小さな朗読会に聞き入っていた。
「あれくらいの時期は、好奇心が旺盛で微笑ましいですね」
 なお、その間ルーは保護者同士で話し込んでいた。妙に馴染んでいたのは、買い物途中に公園へ寄り道した『小さい子』がいたからかもしれない。

「今日は良いワインデング日和だからな」
 一方、ジェフは愛車『GSX1300R隼』に手を置き行き先を告げた。また、二輪走行が可能なルートを事前に調べた自分が主に先導するとも。
「頼むぜ。にしても、テジュ。忍者称号でNinjaとは洒落てんじゃねえか」
「二人程テクニックはないから、走りも忍者とはいかないだろうがな」
 ライダースーツに膝パットをした和頼のバイクは『YZF-R1』。黒のライダースーツを着たテジュのバイクは、『時節を識る忍者』を連想させる黒の『カワサキ Ninja 1000』だ。
「峠までは海沿いだ。行こう」
 その他ジェフが細かな確認を行ってから、和頼とテジュが拳を突き合わせてバイクに跨がり走り出す。しばらくして、3人はメインの峠道へ到着した。
「登りで攻めるが着いてこれるか!?」
「当然!」
 先頭のジェフはほぼ真横に並んできた和頼へ、風に負けない声で話しかけた。
「センター割るなよ、和頼!?」
「今は捕まっても死ぬわけじゃねえからな! 昔はセンターラインの意味も知らねえで走ってたぜ!」
 続けて飛んだジェフの冗談にも、和頼は笑いながらの軽口で返す。
 最初のカーブが見えると、和頼は前傾姿勢をとりつつ上体を起こしやや減速。コーナーのイン側に肩を入れ、重心移動で低くバンクさせタイヤのグリップを効果的に使いスロットルを半開。コーナークリップ通過と同時に抜重して体勢が戻ったところで、再度スロットルを全開に。スリップしないよう加重移動でうまくバランスを取りつつ、速度を維持する。
 次点のジェフは風圧を楽しみつつ、巧みな体重移動で和頼と離れすぎない距離をキープ。最後尾のテジュは最初こそ追従に手間取ったものの、徐々に前を走る2人の技術を見て盗み、慣れてくればぞくぞくするようなスリルと風を感じて笑う余裕さえでてきた。
 ちなみに、3人とも常識的な速度で運転しています。
 危険運転、ダメ、絶対。
「やっぱ、ワインディングは面白えな!」
 目的地に到着し、バイクから降りた和頼は声を弾ませる。
「たまらないな。癖になりそうだ……」
 続いて感嘆の声を漏らしたテジュは、和頼の隣で『煙草・麒麟』に火をつける。ジェフも並ぶと、テジュは2人にも煙草を差しだした。
「時間が合えば、また来よう」
 高所から臨む色鮮やかな紅葉を見下ろしながら、ジェフは紫煙とともに笑みを漏らす。そのまま3人はジェフが持参した携帯灰皿に灰を落としつつ、気の置ける友との穏やかな時間を楽しんだ。

●明日もあなたと
「久朗さんは……何か怖いと思うモノはありますか?」
 あれから適当に店を回る平介と久朗だが、何気ない会話からふと、平介が雰囲気を変えて切り出した。
「怖いもの? 怖いもの……」
 久朗は唐突な質問に一度立ち止まる。
「2人が、英雄達がいなくなったら……って思う時はあるな。それは平介も同じだろう?」
 少しの間を置き久朗が出した答えに平介は笑みを返し、あ、と声を上げて1組の黒い皮手袋を手にした。
「これは久朗さんに似合いますね♪」
「悪くないな」
 差し出されたアイテムに久朗は微笑を浮かべ、代わりに黒皮の二連ブレスレットを指さす。
「平介には、これはどうだろう? 丈夫そうだし」
 理由が実に久朗らしく、平介の笑みも自然と深くなった。その後、お互いが示したアイテムを購入した久朗と平介は、そこで意外と時間が経っていたことに気づく。
「あいつらにも何か買って行ってやろうか」
 英雄たちとの合流の前に、久朗が示したクレープ屋へ寄った。
(今の彼には、望むモノをあげた方がいいのかもしれませんね)
 鋭い目つきで真剣にメニューを眺める久朗の横で、平介は心中でそう呟いた。
 実のところ、クリスマスプレゼント選びはただの口実。
 平介は久朗の寡黙さを気にかけていた。
 それが久朗の過去の環境が影響していると、察してはいる。
 だけど。
 今日のように、時々、自分が小さなお節介をしていけば、あるいは。
 久朗にとっての最良が、見つかるかもしれない。
(踏み込みすぎるのも、よくありませんしね)
 合流地点ではアトリアが自慢げにプリクラを掲げ、ゼムが嫌そうに顔を歪めている。
 今はまだ、これでいい。
 クレープ片手に小競り合いをする英雄たちに、平介は久朗と静かに笑っていた。

「ダメよ、半分こよ兄さん」
「それじゃあ、こっちを持ってもらおうかな」
 こちらはフィアナとルーの仲良し親子(?)。朗読会が終わると買い物に戻り、きっちり3時のおやつにもありついた帰り道。
 すべての荷物を持とうとしたルーにフィアナがむくれた場面もあったが、今はルーから任された買い物袋(1番軽い)を持ってご満悦。
「……あれ?」
 途中、フィアナは見知った顔に足を止めた。視線の先には男女が3人。その中の1番長身の女性――静香が、以前解決した依頼の担当職員だったと記憶している。
「誰かし、らー?」
 次にフィアナは、静香に両足を持ち上げられつつ両手で地面を歩く『手押し車』をする男性――信一を見る。
「いじめ、なのよ?」
「どうだろう?」
 大量の汗と必死の形相で震える腕を前へつく姿に、静香と信一の関係性を知らないフィアナとルーの第一声はそれだった。
「静香」
「フィアナさん。お久しぶりです」
 少し悩んでからフィアナは静香に声をかけて、おもむろにしゃがんで信一と目を合わせる。
「大丈夫? お水、飲む?」
 そして、フィアナは見るからに限界を迎えてそうな信一へ水を差し出した。その目は純粋に信一の体を心配している。
「大丈夫、もうすぐしたら休憩するから」
 それに答えたのは信一ではなく、もう1人の女性――レティだった。
「大丈夫なら、大丈夫なのでしょうけど」
 どうやらいじめではないらしい。
 雰囲気で悟ったフィアナは、ゆっくり去っていく3人に手を振り別れを告げた。

「こんな所に教会があったんだね」
 自称探偵アンジェリカは何とか気付かれないまま、1軒の建物にたどり着く。マルコに遅れて礼拝堂に入ると、そこには老神父1人がいるだけ。
「あの、ここに金髪の大柄な人が来なかった?」
「ああ、マルコさんなら裏手の孤児院にいますよ」
 どこか訳知り顔な老神父の案内の先で、アンジェリカはとても賑やかな声を聞いた。
「マルコパパー。次は僕ー」
「駄目ー。次は私よー」
「こら、皆乗せてやるから仲良くしろ」
 そっと様子を見てみると、マルコが慣れた様子で小さい子達の相手をしていた。数人を背に乗せ馬になってる姿に呆気にとられるアンジェリカへ、老神父は口を開いた。
「少し前、マルコさんがこの世界の宗教施設に興味があると見学に来られましてな。聞けばあの方も、元の世界で聖職者だったそうで。孤児院を併設していると知って、時々手伝いに来て下さるようになったのです。見ての通り、この老体では元気な子供達の相手は、なかなかままなりませんで」
 意外とハードそうなお馬さんごっこを終えたマルコは、次に子ども達から英雄としての活躍話をせがまれる。
「貴女はアンジェリカさんですね? マルコさんから聞いていますよ。貴女も孤児だそうで。……自分のような男では不満だろうが、父親代わりになれたらいい、と仰っていました」
「…………」
 老神父の語るマルコの言葉と、芝居がかった語り口調で子どもたちを楽しませるマルコの姿に、アンジェリカは小さく笑みをこぼした。
「神父様、ボクが来た事は、マルコさんに内緒で頼むよ」
「わかりました」
 それから、マルコと子ども達が奏でる歌声を背に、アンジェリカは老神父に口止めを頼んで教会を後にした。
「どうせ、女性のお尻を追いかけてるんだろう……なんて、思ってたんだけどね」
 どうやら自分は、推理ベタな探偵だったらしい。
 そんな少しの気恥ずかしさを覚えながら、アンジェリカは足取り軽く家路についた。

『それで、結局勉強は?』
「……家でやるわ……」
 一方、センノサンオウの声を受けて帰宅する宵理の足は酷く重い。あれからすっかり子どもに懐かれた宵理は結局、飽きるまで子どもの遊び相手となり、勉強が全く進まなかったからだ。
 まあ、その流れでランニングやバスケもしていたので、いい気分転換にはなっただろう。
 頑張れ、受験生。

「あ~もう、ライブさいこ~!」
 終了時間が大幅に延びた大盛況のライブが終わり、斜陽が黒に染まる頃合い。
 ルゥは興奮の余韻冷めやらぬ様子で2人を振り返った。
「あのフレーズに、あそこのクルッと回るとこ! ぞくっと来ちゃったなぁ」
「踊りも声量もスゴかったよネ!」
 かくいうルゥと希も若干声を枯らしつつ、歩きながら踊っている。
「希もルーも、ステージに登りそうな勢いだったね~」
 そして、ジェフに合流の連絡を終えた七海も声が少しかすれていた。それからライブの感想で盛り上がりつつ、集合場所の東京会場支部につくと。
「あ、信一さん達だよー」
「ほんとだ!」
「デート? デート?」
 この時間までトレーニングに励んでいた信一と静香、そしてレティの姿を捉えた。七海は手を振りながら近づき、ルゥはすかさず愛用カメラ『NoRuN』を構え、希は面白そうな眼差しを向ける。
 3人に気づかないまま信一と静香は会話を切り上げると、2人の影が重なった……そのシルエットは、どう見てもおんぶ。
 瞬間、レティの手拍子を合図に静香を背負った信一が全力で走り出した後、一定の距離で反転を繰り返す。
「デー……と?」
 期待が困惑に変わった希の目に間違いがなければ、あれは『シャトルラン』だろう。
「トレーニングかな? デートかな? 僕も一緒に走る~!」
 ちょっと言葉が出ない希と七海をよそに、ルゥはどっちでもいい! とカメラ片手に信一と併走し撮影し続けた。
「……なんだ、この状況は?」
 しばらくして合流した男性陣の心情をテジュが代弁し、首を傾げた。
「あ~、ざっくり説明するとね――」
 すると、レティがいち早くテジュ達に気づき、経緯が説明される。
 信一が燃え尽きた。
 以上。
「忍耐も愛か……が、オーバーワークは早死にするらしい。男性ホルモン低下や心臓病のリスクも増え、筋肉の回復が破壊に追い付けないと聞く」
「仲が良くて何よりだが、共に楽しめるペースの模索が必要そうだな」
「ごもっとも……」
 ジェフとテジュの真っ当な意見に、レティは目を逸らし苦笑するしかない。
「……また、佐藤さんに無理をさせてしまいました」
「えっと、信一さんと今日も仲良しさんだね。良いな! 良いな!」
「静香! ギャップ萌えは効果高いヨ! 惚れさせれば惚れさすホド、イイ傀儡「おい」……なんてネ」
 こちらもこちらで、加減を知らず反省して落ち込む静香を七海が励ます。希は怪しい恋愛指南をしていたが、途中で和頼に気づき言葉を濁した。
「プレゼントのプロテイン飲んでるの? ……頑張ってる、ね」
 また、七海は1ヶ月ほど前の信一との雑談を思いだし、静香から誕生日プレゼントにもらったというプロテインについて聞く。グロッキーな信一は無言で頷き、2人のトレーニングと恋路の過酷さが透けて見えた。
(……希、和頼の後ろって良いかな?)
(モチロンだヨ♪ ガンバれー♪)
 その後、信一たちと分かれてバイクへ戻る道すがら。ひそひそ声の後、七海は希の嬉しそうな応援に背中を押されて和頼のバイクに近づいていく。
「……帰りは組合せ変更だな。ルーはここに」
「……ははぁ~ん、了解!」
 それを見たジェフがルゥにヘルメットを差しだし、事情を察したルゥも素直に頷いた。
「和頼程、運転は上手くない、暴れるなよ?」
「こうすれば平気だヨ♪ えい!」
 残るテジュと希がペアとなると、希が不意にテジュの背中にギュッと抱き付いた。
「希っ!?」
「どう? ドキドキするカナ?」
 わざと胸を思い切りくっつけ、からかいか本気か判らない希は悪戯っぽく笑う。
「///っ、年頃の女性としての自覚をっ、だなっ!」
「テジュ、結構胸板が厚いんだネ♪」
 テジュは赤くなる顔を止められず説教をするが、希の腕は一向に離れない。
「ねぇねぇジェフ、お願いなの――」
「――任せろ」
 すると今度はルゥの耳打ちに笑顔で了承したジェフは、バイクを手で押し始める。
「運転中はしっかり掴まってろよ」
 その間に、和頼が七海にメットを渡して薄く笑む。
「うん。……お腹空いたね。晩御飯、肉巻きおにぎりも作るね」
「お! それは楽しみだな! 七海、料理上手いしな、期待してるぜ!」
 七海は嬉しそうに和頼の背中にしがみつくと、照れ笑いを隠そうとより密着する。背から伝わる温もりに和頼の笑みも深くなった。
 瞬間。
 ――カシャ!
「やった! 撮れた!」
 自撮り棒の先にあるカメラからの音に、ルゥは喜色満面に。
 写ったデータを見ると。
 こっそり位置を調節していたジェフと背後に座るルゥ。
 少し後ろには笑顔の和頼とはにかむ七海。
 さらに後ろで慌てたテジュと悪い笑みの希。
 全員がバイクに跨がり、ヘルメット装着前の表情が見える、絶妙な角度からの1枚だった。
(皆、僕の宝物だよ!)
 文句なしのベストショットに満足し、ルゥは大切にカメラをしまった。

「碓氷さん」
 そして、過労から復活した信一の帰り際。
「誕生日おめでとう」
 今日11月12日は、静香の誕生日だった。次いで信一は、己の人脈を駆使してゲットした最新トレーニング器具が揃う超人気ジムの会員証を渡す。
「うれしい、です」
 静香はそれを、とても大事そうに受け取った。
「……なんて、色気のない」
 静香はとても満足そうだが、レティは呆れるしかなかった。

「――ん? 今日は祝い事でもあったのか?」
「さぁ、どうだろうね?」
 ちなみに。
 とある夕食の席では、口にしたお酒の普段より上等な味に驚く長身の聖職者と、どこか楽しげな孤児院育ちの歌姫がいたとかいないとか。

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結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 傍らに依り添う"羽"
    アトリアaa0032hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • どの世界にいようとも
    ゼム ロバートaa0342hero002
    英雄|26才|男性|カオ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
    獣人|27才|男性|回避
  • 絆を胸に
    ルー・マクシーaa3681hero001
    英雄|17才|女性|シャド
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 翡翠
    ルーaa4210hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • 発意の人
    砌 宵理aa5518
    人間|18才|男性|防御
  • エージェント
    センノサンオウaa5518hero001
    英雄|18才|?|バト
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