本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】侵蝕されゆく森

ガンマ

形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
25人 / 0~25人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/11/02 16:17

掲示板

オープニング

●シンショク

 状況は――

 説明するまでもあるまい。
 事態は非常にシンプルだ。

 ヴィランズ『ラグナロク』によるH.O.P.E.インカ支部襲撃。
 インカ支部が持ちこたえている間に、その救援としての進軍作戦。
 ただし森にはエージェントの進軍を阻むようにラグナロクの従魔共が展開している。

『つまりやるこたぁ一つだな! 真っ直ぐ行って従魔共をなぎ倒しゃいーんだッ』

 通信機から豪快な女の声がする。『オッス俺様ヴィルヘルム!』とソイツは機器の向こうで笑った。
『なんか手伝えることない? って聞いたら、イ~イ具合に応援してきてって言われた!』
 ガハハ。H.O.P.E.会長の第二英雄は楽しそうだ。が……笑っている場合でもない状況ではある。進軍が遅延すれば、インカ支部がラグナロクの手に落ちる危険性もあるのだ。『でも大丈夫だ』と英雄は笑い飛ばす。

『俺達スーパー強いじゃん? なんだろーが片っ端から捻り潰しちまおうぜ。ここで俺達が従魔共を倒せば倒すほど、向こうの戦力を削ぎ落せるって寸法だ!』

 確かに、ヴィルヘルムは間違ったことは言っていない。
 森を進軍するエージェントの此度の任務は、活路を切り開くために一体でも多くの従魔を撃破すること。
 そう、この上なく砕けた言葉で言えば「片っ端からぶっ倒す」ことなのだ。

 と、そんな時――ズズン、と遠方で地響きがする。木々が倒れ、鳥が飛び立つ景色が見える。

『なんかデッケーのがいるみてぇだなッ! おっしゃ! ぶっ飛ばしちまおうぜ!』
 鼓舞の声。エージェントは深い森の奥を見澄ました。
 緑の中、ギラリと光る双眸がある。幾つもある。違法改造されたAGW――RGWを手にした従魔の小隊が一同を待ち受ける。
『そうそう、ジャスティンから伝言』
 開戦の数秒前。ヴィルヘルムが言う。

『明日の希望を護り抜こう。――だってさ!』



●片手にポップコーン血潮はコーラ
 木の枝に腰かけ、双眼鏡を手に、エネミーはそれらを遠巻きに観戦していた。
 胸躍る光景。かっこいいヒーロー達が、悪の手下を薙ぎ倒す。それも、テレビじゃなくってリアルである。

「エージェントがんばれ~!」

 憧れのヒーローを前に今、ソイツはヒーローショーを観戦している幼児みたいな語彙になっていた。
 どんな展開になるのだろう。でも大丈夫。正義は勝つのだ。これは世界の絶対的な法則。約束されたハッピーエンド。
 そうとは分かっていても、声援を送るのが儀礼である。今一度、その『悪役』は『正義の味方』への応援を発した。

 

解説

※「●片手にポップコーン血潮はコーラ」はPL情報

●目標
 敵勢力をできるだけ撃破する。
 ヘイムダル撃破で「普通」以上。

●登場
従魔『ウールヴヘジン』*多数
 銃剣付き突撃銃と、ライヴス式手榴弾のRGW装備。
 大まかにドレッドノート型、シャドウルーカー型、ジャックポット型の三タイプ。

従魔『ヴァルキュリア』*多数
 盾と杖のRGW装備。
 大まかにバトルメディック型、ソフィスビショップ型の二タイプ。

愚神『ヘイムダル』*1
 五mほどの苔生した巨人。知能は低く愚鈍であるが異常にタフネス。特殊抵抗も非常に高い。
 片手に奇妙な結晶を所持。その中に人影のようなものが見えるが……。
>スキル
・剥落する体:パッシブ。バッドステータスに罹患した際、生命力を消費することでそれらを打ち消す。
・異常再生:パッシブ。部位破壊されても、生命力を消費することで次ラウンドのファーストフェーズに再生。
・破壊衝動全開:パッシブ。生命力が半分以下になると、攻撃行動であればメインアクションを二回行える。
・etc……

 ウールヴヘジンは必ず五体以上の小隊を組み、隊長格として一体のヴァルキュリアがそれを統率。
 それなりにタクティカルな行動をとる。森中に展開。
 ヘイムダル周囲には多数の従魔小隊が展開。

●戦闘地域の異常現象
 ライヴスが異常活性している。
 第二英雄がいる場合、参加していない方の英雄のアクティブスキルを一つだけ使用可能。(武具コストなどは発生しない)
 アクティブスキルを使用する度、6面体ダイスで判定し出目によって様々なことが発生。
1:霊力爆発。スキル使用直後、自身を中心とした周囲1sq全対象にダメージ発生。
2:暴発。威力・回復量・バフ効果1.5倍、ただし自分にダメージ発生。
3~4:通常通り。
5:暴走。威力・回復量・バフ効果二倍。
6:臨界点突破。使用制限を消費しない。

リプレイ

●シンショク01

 南米アマゾン、緑の世界――

『木ばっかり……』
 加賀谷 ゆら(aa0651)のライヴス内で、加賀谷 ひかる(aa0651hero002)がボヤいた。
「氷の雪原からアマゾンへと……。私たちの仕事も世知辛いわね」
 ゆらが苦笑を返す。『だいぶ動きに制限がかかるね』とひかるの言う通り、このジャングルだ。藪をかき分け進むだけでも一苦労である。
 その頭上を、月鏡 由利菜(aa0873)がフォレストホッパーの力によって、聖女の衣をなびかせながら軽やかに跳ぶ。
『蒸し暑いね~……。でもジャングル特化装備だから、視界や足回りはバッチリだよ!』
 由利菜のライヴス内でウィリディス(aa0873hero002)が快活に言う。
「異様に充満したライヴス……何が起こっているのでしょう?」
 対照的に由利菜は思案顔だ。
 彼女の呟きには、GーYA(aa2289)と共鳴中のまほらま(aa2289hero001)にも同意するところがあった。
『ラグナロクを中心にネームド愚神複数、ヴィランに新英雄よぉ? 何が起こっているのかしらぁ』
「世界蝕以前にも異世界との接触があった可能性あるよな、弘法大師とかリンカー以上だ」
 ジーヤが答える。異世界との接触が原因なのだろうか――となれば秘密結社セラエノ頭首、リヴィア・ナイ辺りが調査していそうだが。
「バルドルの第二英雄、ブラックボックスの可能性高いよな。あの見えない壁とかさ」
 新英雄、と言う単語についてジーヤは考察を重ねる。
「ここを突破して早くエルエルと会いたいな、異世界には興味ある」
 その為にはまずこの局面をどうにかせねばならないのだが――と思ったところですぐ隣に葉擦れの音。
『……ヒーローにも遊び心は必要だよ。ね、まほらま!』
 その隣にやって来たのは不知火あけび(aa4519hero001)だ。日暮仙寿(aa4519)と共鳴し、フォレストホッパーのアクロバティックな足取りは楽しげだ。
 されど、その言葉は仙寿とジーヤを励ます空元気である。長話はできぬ作戦開始前、二人は言葉の代わりに小さく笑みを返した。

 見やる緑の彼方。
 森の影にぎらつく、異形共の双眸――。

「随分とたくさんの従魔を用意したもんだな」
 ノクトビジョン・ヴィゲンの奥、紫苑(aa4199hero001)と共鳴中のバルタサール・デル・レイ(aa4199)はジャガーの金瞳を細めた。そこかしこから聞こえてくるのは不気味な従魔の唸り声だ。

「敵がたくさん……。とにかく、討ち落とす……!」
『ああ、長期戦になるだろう。配分には気をつけろ』
 木陰 黎夜(aa0061)はアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)の助言に頷き、共鳴中の証である双黒の瞳で前を見澄ました。

『おっけーおっけー。大立ち回りと行こうじゃない!』
「全て、全て刎ね落とします」
 ポルードニツァ・シックルを手の中でくるり。木霊・C・リュカ(aa0068)は――今は身体の主導権を握っている凛道(aa0068hero002)として呼称するべきか――死神のような外套を翻し、フォレストホッパーによって大きく前へ。

「こちらがもつ限り、できるだけ倒せ……と。明快ね」
 魔女を彷彿とさせる瀟洒な黒ドレスを翻すのは、水瀬 雨月(aa0801)。彼女の呟きに、共鳴中のアムブロシア(aa0801hero001)は相変わらず無口だった。

「最優先は」
『オーダークリア』
「ええ、Alice、一体でも多くを――」
『――燃やそう、アリス』
 黒いアリス(aa1651)と赤いAlice(aa1651hero001)が溶け合って、血の紅色をした少女が一人。

 駆ける音は続く。

「ラグナロクとか厨二病丸出しの名前のやつらに、インカ支部を落とされる訳にいかないね。その為にもこいつらをさっさとぶっ飛ばしちゃおう!」
 溌剌とした声はマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)と共鳴したアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)のものだ。

『我の初陣じゃな。悪い妖共を倒せば良いのだろう?』
「無理はしないでおくれよ」
 その言葉はカナメ(aa4344hero002)と杏子(aa4344)が共鳴前に交わしたもの。今、二人の精神はカナメであって杏子である。黒と赤の巫女服をまとった乙女が、森を行く。

『良いの? 彼らは人間だったのでしょう』
 進軍の最中。荒木 拓海(aa1049)のライヴス内で、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)が語りかけた。
「迷ったら両方失う。一つを守ることが次に繋がり、全てを守ることに成る」
 それに対する拓海の言葉に迷いはなかった。瞳は真っ直ぐ、オネイロスハルバードを握り直す。

「視界の悪い森、狙撃にはうってつけってわけだ」
 緑を掻き分け、あるいは跳び越え、エージェント達は次々と進む。その光景を、志賀谷 京子(aa0150)は藪に潜んで見守っていた。弓を手に緑に隠れるその姿は、まさに狩人である。
『長期戦になるなら、指揮系統を崩せれば有利が見込めるでしょう』
 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)がライヴス内で助言する。京子は頷き、矢筒へと手を伸ばした――。

 と、その時である。
 地響き、咆哮、木のへし折れる音と、鳥の飛び立つ音。
 緑の彼方に、巨影が見える。

「なんじゃあのデカブツ? 攻城兵器かの?」
『なるほど、支部に張られたバリアを砕くための破城槌の可能性があるか……ならばなおさら、ここで撃破しておかねばの』
 天城 初春(aa5268)の狐耳が音の方にピンと立った。ライヴス内では辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)が、冷静さを崩さぬまま目を細めた。

「ヘイムダル……初めての、敵ですね」
 地響きの犯人の名を、戦巫女のいでたちをした泉 杏樹(aa0045)が告げた。
『情報が少ない分、油断なされませんように』
 射干玉の黒髪に咲いた藤の髪飾り――榊 守(aa0045hero001)の宿る幻想蝶が執事然と言う。少女はしっかと頷いた。

「敵のでっけー奴が相手か。いかにも力持ちって外見だな」
『あまり突っ込むでないぞ。【戦狼】としての連携を重視して立ち回れ』
 ヒーロー然とした甲冑姿の男の名は加賀谷 亮馬(aa0026)、意気込む彼にライヴス内で語り掛けたのはEbony Knight(aa0026hero001)。「もちろんさ」と亮馬は機械大剣をその手に構えた。

『目標があれだけ大きいと見失わなくて助かりますね』
「だね! よーし、希望を護りに行こう!」
 銀の髪をなびかせて。メグル(aa0657hero001)と共鳴した御代 つくし(aa0657)は、「全力で行こう」と声を揃える。

 誰もが前を向き、従魔共へ立ち向かわんとしてゆく。

 その中で楪 アルト(aa4349)は、苛立たしげに周囲を見渡していた。
「……あんにゃろーにじろじろ見られてる気がして、気味わり―し腹が煮えくり返っちまいそーだが……くそっ、今は目の前のデカブツに集中しねーと……」
 憎きヴィラン、エネミー。アイツのことだ。この辺りにいるんだろう。盛大に舌打ちを一つ、今は敵との戦闘に気持ちを切り替えねば。
「いくぜ、ピグ! 戦闘形態‐バトルモード‐」
 手にした幻想蝶を、偽極姫Pygmalion(aa4349hero002)の背面部コネクターへ。光と共に、ロボットアニメさながらの変形モーションで共鳴完了だ。

 間もなく戦いが始まる。

 立ち向かってゆく戦友達を、後方の卸 蘿蔔(aa0405)は第二英雄のスキル鷹の目によって見守っていた。幸い発動に際し暴走などは起きず一安心だ。イメージプロジェクターによって迷彩度の高い衣装を纏った彼女の役目はオペレーター。深呼吸を一つ。
『密林はどうしても待ち伏せする側が有利になるね、どこまでこちらのペースも崩さず行けるか』
「ん、どんな動きも見逃しません……焦らず行きましょう」
 レオンハルト(aa0405hero001)にそう答え、蘿蔔は無線機を手に取った。

 音を増してゆく葉擦れの音。

 ガルー・A・A(aa0076hero001)と共鳴を果たした紫 征四郎(aa0076)は、フォレストホッパーと第二英雄の技術・地不知を併用し、矢の如く駆けていた。脚に纏わせたライヴスは暴走し、燃え上がる陽炎のよう。
 彼女は――否、今は『彼』か――進軍と共に邪魔な枝葉を棍で薙ぎつつ、襲い来るラグナロク勢力を目指す。

「道を、拓きます! うおおおおおおおおおッ!!」



●シンショク02

「ラグナロクこそあらたな世界のひかり」
「我らは救済、われらはきゅうさいわれらはきゅうさわれらいいい」
「ラグナロクに栄光あれ!」

 ヴァルキュリア達が高らかに謳う。狂った歪な讃美歌を。
 不穏な羽音を立てる戦乙女達に『導かれ』、藪を薙ぎ迫り来るのはウールヴヘジンの小隊だ。
「「構え、狙え、撃て!」」
 戦乙女の声に合わせ、ウールヴヘジン達が一斉に小銃の引き金を引いた。ぱらららら――乾いた銃声が森に満ち、木々が抉れ、葉に穴が開いていく。

「状況はシンプル、か」
 おびただしい銃声。しかし大門寺 杏奈(aa4314)は欠片も臆さず、前へと進む。
『わたくし達は従魔対応。ですが、この数は侮れませんわ』
「だからこそ戦うよ。愚神と戦う皆のために」
 ライヴス内のレミ=ウィンズ(aa4314hero002)に凛と返し、打ち立てる守るべき誓いによって従魔共の狙いを引き付ける。降り注ぐ弾丸など恐るるに足らず。構えた大盾『闇を阻せる金色の壁』の前では雨粒に等しい。金の盾にかすり傷を付けることすら能わない。彼女の背には守護天使の翼が、誇り高き加護の力となって燦然と煌いていた。
「初手こそが正念場です!」
『俺様らがいる限り、そう簡単に殺させはしねぇ!』
 同時。十六連装ロケットランチャー・カチューシャMRLを展開したのは征四郎だ。立て続けに発射されるロケットが、轟音を立てて射線上を制圧していく。
「視界が悪いなら拓くのみっ」
 その煙を突っ切り、フォレストホッパーの機動力で飛び出すのは拓海。振るう斧槍で枝葉を払い、そのまま高所のヴァルキュリアへ迫る。戦乙女は魔弾を放つが、それは彼を掠めたのみ。
「はッ!」
 叩き付けた一撃は、ヴァルキュリアが構えた盾ごと強烈に打ち据える。従魔が飛行体勢を保てないほどだ。大樹に叩き付けられたそれに――彼は躊躇うことなく、斧槍を構えて突撃する。咄嗟に盾のようにウールヴヘジンが飛び出すが、好都合だ。怒涛の勢いを以て周囲の一切を薙ぎ払う。従魔が木っ端のように切り捨てられる。
 が。
 直後のことだ。異常活性しているライヴスが、拓海を起点に爆発を起こす!
『拓海!』
「ぐッ――大丈夫、たいしたことは」
 致命的なダメージではない。それに周囲の従魔にも被害を出せた。前向きに捉えれば結果オーライか。得物を握り直す。事前に征四郎に施してもらったリジェネーションの効果で、この傷もすぐに消えることだろう。

『あれがこの戦域の異常現象……』
 レミが眉根を寄せる。次いで『杏奈』と相棒を呼べば、銀の少女はしっかと頷いた。
「そうね、確かにリスクはある。でも、臆するような……わたしじゃない!」
 言下、銃剣を突き立ててくる従魔を盾で強く押し返し。仲間の攻撃の合間を縫って、レイディアントシェルを起動する。見やる先には従魔の群れ。フォレストホッパーなどの機動力があれば後方のヴァルキュリアまで一気に迂回到達できるだろうが、ここは堅実に眼前の敵を狙う。
「そこを退きなさい! 退かないと言うのなら……!」
 緑茂る大地を踏みしめる。ぐっと、力を、全身に込めて。
「怒涛乱舞……力を貸して、龍子」
 ふわり。羽のように銀の髪が舞った。刹那のことだ。彗星のように輝く盾で、杏奈はウールヴヘジン共を次々と殴り飛ばす。もう一人の英雄の技だ。それは光の電撃で周囲を薙ぎ払う一閃とは違い、光の塊を野性的に叩き付ける野生的なモノ。原始的、破壊衝動のままの乱打、ゆえに暴虐。剥いた歯列は狼の如く。
(体が軽い……まだ、やれる――!)
 驚くべきことにまるでライヴスを消耗していなかった。これもかの地の現象の一つか。
「がアあああァああぁあッッ!!」
 臨界点を突破した霊力のままに、杏奈は赤狼の暴力性に身を委ねる。

「剣を刺したら一定確率で樽から海賊が飛び出してくる玩具」
 不浄な風を吹かせながら、佐倉 樹(aa0340)が呟いた。『ドういうコト?』とライヴス内で尋ねてきたシルミルテ(aa0340hero001)に、樹は「魔法使ったら爆発するかもしれないところが」と意識内で答える。幸いともいうべきなんだろうか? 今のところ魔法を使っても特には――
「っつ、」
 前言撤回。ブルームフレアを従魔共へぶっ放した拍子に、暴発した霊力が樹の手を焼いた。その分、放たれた炎はいつも以上に激しく敵を焼き潰したが。
『そんな不安定なところで不安定なことをするもんじゃない』――真顔の第二英雄が、術を貸すことについて物申した時の言葉を思い出した。

 樹の放った炎の残滓が消え切る前に、戦場を貫いたのは一条の雷。アリスの白い掌から放たれた魔法だ。
「……、」
 常以上の威力を以て従魔を貫いた雷鳴の槍に、アリスはわずかに目を細めるのみ。確立によって良いことと悪いことが起きるのならば、これはある種の賭け事か。とならば、愉快である。アリス達は賭け事が得意なのだから。
 さあ、魔法はまだまだ撃てる。南米の湿った生温かい風、乾かぬ汗、肌に貼り付く髪を掻き上げ。早くシャワーを浴びたい、と思った。見やる先には従魔の小隊。前衛の者を狙ってウールヴヘジンが手榴弾を投げる。爆発音が響く。その奥ではウールヴヘジンを指揮するヴァルキュリアの姿。戦乙女は基本的に後衛におり、配下に自らを守らせているそれを狙うのは簡単ではないだろう。
(方法があるとするならば……)
 フォレストホッパーの機動力で一気に回り込むか。長射程から狙い撃つか。守るウールヴヘジンごと巻き込むか。アリスがとったのは三つ目の行動だった。周囲を固めるヴァルキュリアに、掌を向ける。
(……群れてる方が、手っ取り早くて良い)
 まとめて燃えろ。紅い少女の髪が揺らげば、ヴァルキュリアを起点に紅い焔華が咲き誇る。だが暴発する魔法はアリスの掌に火傷を刻んだ。燃える痛み。大したことはない。ちょっと手を怪我したぐらいでピーピー泣き喚くような子供らしさは持ち合わせていない。
 アリスはなんら怖気ることなく霊力を練り上げ始める。木々が多く、視界が悪い――後衛にいるとはいえ油断はできない。こっちがやるように、向こうだって回り込んでくる可能性がある。集中。一寸も気を緩めず。
「燃えろ」
 慈悲はない。再び、業炎の花が鬱蒼としたジャングルに大きく咲く。持てる限りの攻撃魔法を、叩き込み続ける。

「お強い方、たくさんね。足引っ張らないといいけど」
 雨月も仲間のソフィスビショップ達に続き、ブルームフレアを敵のど真ん中に炸裂させた。満ちるライヴスが彼女の魔力を消費させない。暴発などの危険はあるが、ツイていれば便利なことこの上ない。
(……まあ、運頼りの戦い方はあまりしたくはないけれど)
 リスキーなことよりも着実な手段を選びたい。一つ一つ確実に。将を射んと欲すればまず馬を射よ。雨月は従魔小隊を蒼玉の双眸で見澄ました。
 幸い、前線の面子が奮戦してくれていることもあり、エージェント側の後衛が敵に切り込まれる危険性はなさそうだ……今のところは。後衛達も互いに位置取りに気を配り、視覚にも注意し、死角を埋め合い、気が付いたことは直ちに通信機を以て部隊との共有を。連携は綿密だ。状況は優勢である。
 だからこそこのまま、ミスなく慎重に大胆に。雨月は魔力を練り上げる。その手に携えた終焉之書絶零断章の純白が、木漏れ日にまるで新雪のように煌いた。
「凍てつく焔よ――」
 詠唱に先駆け、雨月の周囲を飛んでいた結晶体の鳥――リフレクトミラーが、ひゅるりと木々の合間を縫って飛んで行った。パキン、その体が砕け散った、刹那である。
「――零に還せ」
 蒼い色の凍れる焔を従魔共へと花開かせる。それは砕けたリフレクトミラーの星屑のような煌きに乱反射し、美しくも無慈悲な破壊の嵐を巻き起こす。撃破優先のため、負傷していた個体を特に狙った一撃だ。とりあえず数を減らさないことには始まらない。
「集中、していかないとね……」
 それにしても暑い。これは異常現象ではなく気候の問題なのでしょうがないとはいえ。撤退はまだまだ先になるだろう。深呼吸を一つ、雨月は再び魔力を練り上げ始める。

「ふむ……」
 辺是 落児(aa0281)と共鳴した構築の魔女(aa0281hero001)は、大樹の葉に身を潜めて状況を見渡した。京子と連携し、フォレストホッパーを用いた三次元軌道の変則戦闘を展開しつつ従魔を観察していたが。
「懸念していた総指揮官ですが、存在しないようですね」
 高い知能を有さないヘイルダムが総指揮官の可能性もない。通信機によって蘿蔔へ、そのまま観察結果を告げる。
「ヴァルキュリアを倒しても、ウールヴヘジンの連携は乱れない……これは別のヴァルキュリアがそのまま統率を引き継いでいるからのようですね。
 また、ある程度の統率下にあることから、引き付けや誘導は容易ではないかと。とはいえ『守るべき誓い』などは有効のようです……っと、」
 言葉の終わりに、近くの枝へと軽やかに飛び移る構築の魔女。その姿を、ウールヴヘジンが構えた銃口が追う。銃声が響く。
「ヴァルキュリアの撃破とウールヴヘジンの連携について報告しましたが、ヴァルキュリアの数を極端に減らすか、あるいはゼロにすれば……相手の統率を崩せる可能性があります」
 銃弾をかわしながら、報告を続ける魔女の顔は涼しく、汗ひとつ浮かんではいない。
「では、引き続きヴァルキュリアを狙って作戦を続けます」
 そう告げた直後に今度は大きく飛びのく。さっきまで構築の魔女がいた場所が、ヴァルキュリアの放った炎に包まれた。
「長距離攻撃と範囲攻撃に注意を……次の足場を複数選択できるよう留意ですね。さて」
 グリュックハーネスから抜き出すのは双銃Pride of fools。ライヴスによってクリンナップが行われた意識は鮮明だ。五感を駆使して標的を捉え――刹那に立て続けの銃声。
「一体でも減れば、脅威が一つ減りますし……ね」
 木々の上を銃声を連れて跳ぶ魔女。彼女の動きを援護するのは、木の上にて葉々に隠れた京子の矢だ。射程を生かし、弓の銃声が出ない特性も活かし、次々と京子は矢をつがえ、引き絞る。わずかな隙も逃さない。ウールヴヘジンへ、ヴァルキュリアへ、黄昏の尾を引く矢を放ってゆく。死角よりの奇襲は敵にとって絶大なプレッシャーだ。
『京子、そろそろ』
 ライヴス内のアリッサが告げる。京子は無言のまま頷いた。ウールヴヘジンが『見えぬ狙撃手』を探し始めた。ギアナ支部の開発品によって森を跳ね、次の狙撃地点へ。構築の魔女と蘿蔔と密に連絡を取り合い、地の利を得ているのだ。
「京子さん、十時の方向に敵多数」
 と、構築の魔女から連絡が。「了解」と京子は通信機に答える。緑の向こう、戦友の姿が見える。
「位置に着いたわ。いつでもオッケー」
「それでは京子さん、援護お願いね!」
「お膳立ては任せてよ! まずはちっちゃく光の花を咲かせるからさ」
 言下に京子は光弓「サルンガ」に三つの矢をつがえた。力いっぱい引き絞る――湧き上がるライヴスのうねりを全身に感じる。戦場に満ちる力が京子の味方をしてくれたようだ。
「はは、今なら太陽だって撃ち落とせそう―― いけッ!」
 放つ。その矢は太陽のごとく輝きながら、従魔の小隊へ奥行方向に三連撃。立て続けに光の柱のような爆発が噴き上がり、着弾点を更地に変える。
「道は拓いたよ!」
「ありがとう。……行ってくるわ!」
 華麗なドレスを翻し。ひとっ跳びに、構築の魔女は燻る地面に降り立った。長い髪が揺らぐ中、その目が捉えるのは振り返る従魔共。魔女は自らの銃を『操作』する。展開するのは荒々しいほどの弾幕。しかし銃声の中で踊る魔女の姿は、奇妙なほど美しく、神秘的で、幻想的であった。
「かぁっこいいねぇ」
 無駄のない銃撃――否、あれは銃“劇”と呼んだ方が美しいか。次の矢を番えつつ、彼方の魔女に京子が感嘆する。
『口よりも手を動かす』
「……分かってるよ、アリッサ」
 まったくうちの英雄は生真面目なものだ。などと思いつつも。ウールヴヘジンに守られるヴァルキュリアへ狙いを定める。わずかでも隙間があるのなら――射抜ける。

『一つでも多くを、討ち落とすぞ』
「うん……頑張る……!」
 緊迫した空気。アーテルの言葉に頷いた黎夜の、ショートブーツから覗く白い足首にはタトゥーシールが咲いていた。その力によって森を跳び、ヘイムダルへ仲間が一秒でも早く到達できるよう、敵の層の薄い場所を狙う。
 と――葉々を揺らす小さな姿を、ウールヴヘジンの銃が狙っていた。しかしその弾丸は、一寸前まで黎夜がいた場所を撃ち抜いていくばかりで、少女に当てることはできず。
「ふっ――」
 黒豹の尾のごとく、黎夜の後ろ髪がなびく。少女は短く息を整え、黒の猟兵なる魔法書に手をかざす。するとページより現れる黒い靄が猛獣の姿となり、樹上よりウールヴヘジンへと襲い掛かった。
『黎夜――』
「……うん。やっぱり……数、多い……」
 従魔は孤立せずに行動している。意表を突かれるほどの作戦の高度さはないものの、それでも無秩序に動く有象無象よりはうんと厄介だ。
 黒の猟兵に食い千切られて倒れた従魔の骸を踏み越え、新たなウールヴヘジンが黎夜へ銃口を向けている。更に別の個体が、樹上の黎夜へ手榴弾も放った。咄嗟に少女は身を翻す。爆発音が鼓膜をキーンと殴り付けた。黎夜は顔をしかめつつ、着地と共に攻撃姿勢に転じる。
「サンダーランス、撃つ……!」
 構える掌。迸る稲妻が槍となって現れる。そのままそれを、列をなしてやってくる従魔へ投げ飛ばす――雷鳴。貫かれるケダモノ達が、ギャアと悲鳴を上げる。
『異常はない?』
 アーテルが問う。この地の異常現象の作用が起きていないか案じて、だ。黎夜はライヴスの熱が残る掌を開閉する。
「痛いとか……気持ち悪いとかは、ない……かな」
 でも変な感じ、と少女は続ける。ライヴスを雷に変えて放ったはずだが、消耗の気配がないのだ。
 ひとまず、まだ戦えることに変わりはない。見やれば、兵士を減らされたヴァルキュリアがウールヴヘジンを伴って後退している。そうか後退する知能まであるのか――などと思いつつ、黎夜は再び跳んでそれを追った。魔法はまだまだ、たくさん使える。

 戦闘の音はあちらこちらで。

「「せやァッ!!」」
 息を合わせ、樹上から飛び降り従魔隊へ奇襲を仕掛けたのは征四郎と凛道だ。背中合わせに振るわれる棍が、鎌が、従魔共を次々と打ち、斬り、捨てる。
「全部終わったら植林の依頼でも本部に出してもらいましょう」
 攻撃のついでに藪も枝も木も諸共刈り取ってゆく凛道が、鎌をひと振るいして刃の血糊を払い取った。「あなたも火砲で更地を作っておられましたし」と征四郎をチラと見る。ちなみに揶揄ではなく事実を述べた真面目なものである。
「むっ……」
 純朴な青年の心に『環境破壊』という罪悪感が忍び寄る。あんまり木々を破壊し過ぎると原住民やギアナ支部の者からいい顔をされないだろうが、まあ、背に腹は代えられないのだ。今はそういうことにして、態勢を立て直さんとする従魔隊へ向き直る。エージェント二人へ向けられていたのは銃口だ。
「お任せを」
 言下、凛道が掌の中にライヴスで閃光弾を作り上げた。従魔のど真ん中へ投擲されたそれは凄まじい光を放ち、奴らを強烈に怯ませる。もう一人の英雄の力を使う、のはなんだかちょっと不思議な心地だ。
 とかく、従魔が怯んでいる今の内。攻め込むチャンスである。
「ウールヴヘジンは纏めて刈り取ります。ヴァルキュリアを」
「請け負いました!」
 凛道の言葉に答えた征四郎が、外套を凛々しく翻し木々を足場に駆け出した。目が眩んだウールヴヘジンがデタラメに放つ弾丸はエージェントには当たらない。とはいえ近くの足元が弾丸で抉れたので、油断は禁物だ。
「……貴方達、元々は人間だったのでしょうか。でしたら、これ以上罪を重ねないように」
 青髪の処刑人は手にした鎌をくるりと回す。すると現れるのは断頭台の刃の列。刹那に降り注ぐ断罪の雨が、直線状の従魔共を裁いてゆく。罪には罰を、正義の刃を。その刃は残虐ではない。その刃は慈悲深い。罪に罰を与え昇華することが処刑なれば。

 同刻、征四郎もヴァルキュリアへ攻勢をしかけていた。振り下ろされた棍を、従魔が盾で受け止める。返すように振るわれた杖を、征四郎は回す得物で受け止め、往なし、その手を打ち据え手放させた。
「ラグナロク、貴方達の好きにはさせません!」
 踏み込み、体重と速度を乗せた強烈な打突が戦乙女の喉に突き刺さる。「げッ」と潰れるような声を漏らし、従魔がくずおれた。
「お見事です」
 凛道が合流する。息を整え、征四郎は戦友へ目をやり頷いた。
「凛道、怪我はしていませんか?」
「特には。……強いて言うのなら、この暑さで汗疹になりそうなことでしょうか」
 まだまだ戦えます、と凛道は森を見据える。
 いくら枝を葉を切り払っても深い深い森。戦況は見渡せないが、通信機を用いて一人一人が目となれば話は別だ。戦いはまだ続いている。敵はまだ、この緑の中にうようよといる。銃声が、爆発音が、唸り声が聞こえる。
「……いますね」
 凛道が目を細めた。そして鎌の石突を地面にトンと突けば――彼方の藪を、召喚された鎌の群れが切り刻む。切り開かれたそこにいたのは新たな従魔隊だ。切り倒された木がバキバキバキと音を立てて倒れ込む。
「一つでも多くを」
「もちろん! 脅威は私達が、倒す!」
 二人の――いや、四人と表そうか。彼らのコンビネーションは見事だった。
 フォレストホッパーで倒れ行く木すら足場に二人は行く。幸い――現時点で重傷者の連絡などは受けていない。他の皆も、頑張っているのだろう。この暑く湿った戦場で、森の中で。そう、皆が頑張ってくれるからこそ、征四郎と凛道も気兼ねなく戦える。信頼と絆を武器に、エージェント達の攻勢は続く。


 蘿蔔が手にした愛らしい銃の口から、本物の硝煙が立ち上っている。
「――はい。では二時の方向のルートから迂回を――」
 蘿蔔はこの場で最も忙しいと言っても過言ではなかった。支援射撃をしつつ、仲間からの連絡を整理し、それをまた仲間へと発信する。
『めまぐるしいな……』
 リンク中の英雄と協力して、二人がかりでの作業だ。
「ん、……そうだね、レオン」
 通信の合間にそう返して、蘿蔔のオペレートは続く。

 エージェント達の協力、そして個々の努力もあり、H.O.P.E.勢力の連携は強固である。大きな負傷をした者もいない。仮にそのような者が出たとしても、バトルメディックの者に治療を頼む予定は既に組んである。

 さて、では従魔側というと。統率されているとはいえ、所詮は雑兵の集まりだ。個々の質でいうとエージェントが圧倒的に上である。
 ちなみに倒された個体はライヴスの塵となって消えてしまう情報が、映像と共に樹から届いている。
 蘿蔔はレーダーユニット「モスケール」で探ってみたのだが、情報にない従魔などの存在はなさそうだ。

 次に気になったのは、従魔が所持しているAGW――RGWのであるが。これが時折、暴発など不具合が発生しているとのことである。
『まるで……試製品を使わされているみたいだな』
 連絡を聴いたレオンハルトが、ライヴス内で片眉を上げた。蘿蔔も思案の顔を見せる。
「……だとしたら、その実験をしているのは、誰……?」
 見やる森は深く、答える者はいない。

 そうだ。もう一つ懸念がある。マガツヒのエネミーがいるかもしれないことだ。今のところ観測されていないが……無暗に情報を送って誤解や不安を招くのも良くないか。
 蘿蔔は深呼吸をする。落ち着いた声で、オペレートを続けた。


 杏子が用いたライトアイによって、仙寿の視界は明瞭だった。
 天使の翼の幻影が羽ばたき、舞い散る白羽根が従魔共を翻弄し、軽やかに切り裂く。その美しくも残酷な攻撃に合わせ、踏み込んだのはジーヤだ。ツヴァイハンダー・アスガルを両手に握り締め、怒涛の勢いで次々と従魔を切り捨ててゆく。
 地上のウールヴヘジンを仙寿とジーヤが制圧する一方で、空のヴァルキュリアへ挑みかかったのは杏子だ。ライヴスジェットブーツで空を翔け、見失うまいと追いすがる。
「ひかり……hhひkり……ラグナロクこそががgggg!」
 壊れたテープのように言葉を繰り返すヴァルキュリアが、銀の魔弾を放った。杏子はそれを、球体に改造した飛盾「陰陽玉」を直接ぶつけて軌道を逸らすように防御する。
「妖魔退散ッ!」
 魔弾を弾いたその勢いのまま、杏子はヴァルキュリアの頭部に陰陽玉を叩き付けた。ぐらり、と従魔は姿勢を崩す。飛行ブーツのエネルギーが切れた杏子はそのまま手近な枝へと着地した。呼吸を整える。チラと地上を見やれば、ジーヤと仙寿が息を合わせて従魔共を切り開いている姿が見える。一同の連携に隙はなく、従魔も個体の質は低い。こちらの優勢だ。当分回復は不要か。
「で、あらば――攻撃が最大の防御」
 容赦も躊躇もしない。混じり合う京子とカナメの意志は一つ、悪しき妖を倒すこと。
(躊躇わない……)
 フォレストホッパーで飛び上がり、ヴァルキュリアへ縫止の針を投げる仙寿の動きに淀みはない。引き結ばれた表情は刀の切っ先の如く。

 ――例え相手が、元人間だろうと!

 その気持ちはジーヤも同じ。遠くから小銃を撃ちつつやって来るウールヴヘジンに六連発型リボルビング・グレネードランチャーを向ける。体にいくつか弾丸が掠る。砲口は震えない。
 【屍国】の事件で……人間だったモノはもう斬った。背負い戦う決意もした。現時点で従魔となった人間を元に戻す手立てがないのであれば、
「……倒す!」
 ラグナロクを放置すれば、もっと命がこぼれていくから。そうはさせない、させるものか。立て続けに放たれる砲撃が、森に轟音を響かせる。
 と、それを塗り潰すように響いたのは別の轟音だ。ヘイムダルが近い――そちらを見やっていた杏子が、眉根を寄せてふと呟く。
「あの変な奴……、エネミーはヒーローが大好きだという話だが、どこかにいるんじゃないか?」
 既に南米で目撃情報がある。いないと断言する方が難しい話だ。
「巨大な敵と戦うなんて展開は正にそれだし、そいつも大喜びしそうだしね」
「確かに……」
 一時的に樹上へ跳び上がった仙寿が答える。『今のところ、この戦場での目撃情報はないけど……』とあけび。
『いるのだとすれば、観客に徹してるんでしょうねぇ』
 まほらまが言う。前回の邂逅報告では消耗している状態であるようだ、まだ本調子ではないのだろうか?

 ……寸の間の沈黙。

 誰からともなく一同は目を合わせる。
「探してみるか?」
 仙寿が問うた。
「放っておくのも胸糞悪い」
 ジーヤが唸るように言う。
「同感だ」
 杏子も頷く。とはいえ、一先ず――戦況が落ち着くまでは従魔退治に専念だ。三人はAGWを握り直し、従魔に向き合った。

「撃つよ! 下がって!」
 つくしの声が勇ましく響いた。掲げる少女の掌の中には、紫電を放つ槍がひと振り。ヴァルキュリアを狙うエージェントの数は十二分、ならばその道をこじ開けるべく――ウールヴヘジンへ、稲妻を放った。
 ヘイムダルと戦友との激突はまもなくだろう。ならば一体でも多く、従魔を撃つ。仲間たちの憂いを一つでも多く、払ってみせる。
「どんどんいくよ――!」
 全身に膨大なライヴスを感じる。風で。炎で。霊力を魔力に洗練させ、つくしは魔術師としての真価を発揮する。暴発で体に痛みが刻まれても、死ぬようなものじゃない。傷が恐ろしくて戦場に立てるか。だってこの身が千に引き裂かれるより――仲間達が傷つき苦しむ方が、何倍も嫌だ。
「一番の脅威はあの大きい愚神かもだけど、従魔だって通せない」
『例え元が人だとしても、他の何かだとしても、ここで死んでもらいます』
 つくしとメグルの決意は固い。その双眸は紫水晶の如く澄んでいて、濁りはない。その心は不屈。仲間の為に道を拓き、仲間の為に道を護る。その気質に自己犠牲の気配は否めない。だがそれは自棄や無謀では決してない。囲まれぬよう、孤立せぬよう、集中力は切らさない。
 呼吸を整える。牙を剥くウールヴヘジンが銃剣を構えて突撃してくる。つくしは冷静に、その手の武装を長槍フラメアに持ち替えた。ソフィスビショップの英雄と共鳴している状態で、近接武器を握るのは新鮮な心地がする。
『なんだか不思議な感覚です』
「私も! でも、一緒に戦ってる……ってことだよね!」
 槍を構える。どうすればいいのかは、もう一人の英雄が教えてくれる。そう、共鳴はしていなくとも、つくしは英雄と繋がっているのだ。
「なら、こんなとこで負けられない!」
 細い腕から想像つかぬ膂力を爆発させ、つくしは槍を勢いよく振るう。疾風怒濤の勢いで、迫る従魔を薙ぎ払った。
 さあ、もう愚神は目前。

 ――ズズン。

 地面が震える。間近の木が倒れ、踏む潰される。
 ぬっと緑を踏み越え現れたのは、苔生した巨人。

『お、出たね』
 従魔へ攻撃を続けていたバルタサールのライヴスの中、紫苑が緊張感のないいつも通りの声で言った。バルタサールは黙ったまま、砲口から硝煙が立ち上っているロケット擲弾発射機を担ぎ直す。
『そうそう。感付いてる子も結構いるみたいだけど、この辺りにエネミーがいるかもだね』
「……だろうな」
『会いに行く?』
 と、英雄が尋ねたその時だった。暴力的な音を立てて、ヘイムダルが近くの大樹をへし折って、持ち上げて――何をするのかは予想がついた。極めて原始的な戦法、力いっぱい巨木を投げてくる。ライヴスの通わないような一撃だ、ダメージにはならないだろうが、まともに受ければ吹っ飛ばされて戦列が乱されることは必至。
『おーい』
「分かってる」
 バルタサールはヴァンピールと名付けられた得物を構えた。発射。放たれた擲弾は真正面から木にぶつかり、それを木っ端微塵に粉砕する。
「……従魔はこっちで潰している。行け」
 焦げ臭いにおい。男は表情一つ変えずに、愚神対応班の仲間へそう告げる。その手にはライヴスで作られた閃光弾があった。

 かくして。炸裂する光が、続く戦場に華を添える――。



●シンショク02

「アレがヘイムダル……ねぇ、北欧神話にはあんま明るくねえんですがー」

 ヒルフェ(aa4205hero001)と共鳴状態のフィー(aa4205)が、巨躯の愚神を見上げて呟いた。ヘイムダル。北欧神話における光の神。ヴァン神族の一員……。
「……名前にしちゃあ愚鈍っつーかなんつーか」
『あの結晶の中身が本体?』
「さぁねィ」
 暇そうな物言いのヒルフェにそう返し、フィーは手遊びのように戦斧ハルバートをくるりと回した。あの巨体だ。範囲攻撃は……単純に腕を振り回すだけでそうなるだろう。
「見たところ……従魔同士の連携はあるが、愚神が指揮ってる感じもしねーし……」
 あの中身は敵か? 味方か? 指揮はあえて出していない? もしくは出せない? こちらが感知できていないだけ?
「なーんにしても、ぶんどるなり何なりして、中身のチェキっすわなぁ。――アルト、行きますよぃ」
「オッケー、ボコボコにしてやる」
 隣で答えたアルトは、グランブレード「NAGATO」の二メートルを超す刃を軽々とその手に持った。
 ヘイムダル周辺の従魔共が攻撃姿勢になったのと、二人が動き始めたのは同時。
「行くよッ!」
 ライヴスジェットブーツの力を全開に、アルトの鋼鉄の姿が空を舞った。
「さーて。我がお姫サマのエスコートと洒落込みますかぁ」
 ジェット噴射の音と熱と風を頬に感じつつ。フィーは地を蹴り、ウールヴヘジンとの間合いを詰めた。銀の髪が颯爽と靡く。銃剣突撃を仕掛けてきた従魔に、フィーはダッシュの勢いのままハルバードの槍刃を突き立てた。そのまま突き飛ばすように押し飛ばして、別の個体が撃ってくる弾丸を最低限の動作で回避する。
「無駄無駄ァー」
 飄々と笑って、掌からこぼれさせるのは影の花弁。咲き乱れるライヴスが、周囲の従魔を翻弄しつつ切り刻む。異常現象により、常の倍の威力を以て。

 フィーが守ってくれている。常に彼女が、こちらを意識に置いてくれている。
 だからこそアルトは何倍も勇敢に戦える。
(きっとあたしがピンチになったら……身を呈してでも守ろうとするだろうし)
 大好きな人が傷付くのは嫌だ。となればヘマをやらかす訳にはいかない。ライヴススラスターを噴かせて、アルトは上空から一気にヘイムダルを狙う!
「邪魔だッ、デカブツ!」
 超弩級戦艦の名を関した大剣を、その脳天へ轟と振り下ろす。全体重に速度を乗せた、護りを捨てた鬼神がごとき一撃である。ごき、と硬いものに衝撃が加わる音。
 と、アルトの体に影が射す。理由はすぐに分かった。ヘイムダルが、彼女を叩き潰すために腕を振り上げている――
「げ、」
 質量がそのまま凶悪な武器だった。
 しかしそれは、フォレストホッパーによって跳び入った杏樹が、アルトを庇って代わりに受ける。空中でそれを受けた杏樹は弾き飛ばされてしまう――が。空中で一回転、地面に二本の着地跡を刻みながらも華奢な体は踏み止まった。

「杏樹は、皆を、護るのが、役目。引き下がれません、です」

 ひゅ、と振るう藤神ノ扇で舞い上がる土煙を払い。藤は不死。びくともしない。
『見る限り、小細工もない物理攻撃ですか。分かりやすいヘヴィファイターですね』
 守がヘイムダルを分析する。状態異常の類は特に用いなさそうだが、あの重い一撃をモロに受ければ、ヘタをすれば脳が揺れて意識がぐらつくかもしれない。
「大丈夫ですか?」
 ヘイムダルと従魔の間に壁のごとく立つ拓海が、杏樹へと声をかける。少女は微かな笑みを彼に返した。
「兄様と同じ戦場、心強いの」
 そう言って、杏樹は愚神の真正面に立ちはだかる。その横顔は凛と強く、そして美しかった。

「ったく、あのコケ野郎!」
 アルトはフィーの傍に戻り、アンチマテリアルミサイルに武器を持ち替えていた。「怪我がねぇよーで何より」とフィーの声にフンと吐息を返し、アルトはライヴスによって自らの体のギアを高める。霊力爆発は幸いしなかった。なら、このまま攻勢だ。
「ブッ散らかれッ!」
 言下、恐るべき火砲が五つ、アルトの周囲に展開された。巨大武装が大量展開されるその様はまさに文字通りの弩級戦艦<ドレッドノート>。運は彼女の味方だった。爆撃としか形容できない猛射が、愚神を襲った。
 爆煙が愚神の苔生した体から立ち上る。それはまるで痛みなど感じていないかのように野太い咆哮を上げると、巨体と重量をそのまま武器にエージェントへと襲い掛かる。力任せな攻撃に木々がへし折れ、地面が抉れる。機敏さはないが、何分大きいゆえの広範囲攻撃だ。
「ぎゃんっ」
 振り回される巨腕が、ヘイムダルの背後から攻撃を仕掛けていた初春を捉えた。小さな体が大きく吹き飛ばされて、木に勢いよく叩き付けられる。
『初春!』
「ん、ぐ、ぐ、大丈夫でござる」
 ずる、と叩き付けられた木から滑り落ち、初春は痛む体に歯を食いしばる。「申し訳ない、一旦下がるでござる!」とその木の陰に隠れ、初春はスーパーバイタルバーを一気に頬張った。
「同じヘマはせぬぞ! もう一度でござる!」
 士気は下がっていない。まだまだ戦える。勇ましく狐耳を立て、今一度ヘイムダルへ挑みかかる。気配を潜め、フォレストホッパーの機動力を活かし、背後からケモノのごとく飛びかかる。苔を掴み、その頭にしがみつく。
「このッ!」
 紅炎の太刀をその目と思しき場所へ突き立てた。切っ先からは確かな手応え。愚神が『頭部の異物』を掴まんと手を伸ばしてくる。が、跳び退いた初春はその手すら足場に、ヘイムダルの反対側の手――結晶を持つそこへすれ違いざまに刹那の三撃。もう一人の英雄の剣技だ。周囲の異常活性したライヴスがその力を暴走させ、深い傷を刻み込む。
「まだ離さぬか……ならば!」
『離すまで、斬る!』
 地面に降り立ち、紅き炎の刃を構える。ケモノの瞳孔が、漲る戦意に新月のごとく細くなる。再び、赤い軌跡を描いて戦巫女は巨躯の異形へ挑みかかった。

「精鋭はいっぱいいるから、私たちはこの密林をうまく利用して愚神の奴に攻撃しかけるよ」
『お、珍しく突っ込むだけじゃないんだ』
「アマゾンの木や動物は守りたいから無茶はしないよ。ライヴスが異常活性しているから、どこまで感じられるか分からないけど。ひかるん、やってみよう」
『おっけー。ママ』
 ゆらとひかるは木の陰に隠れ、ライヴス内で言葉を交わした。もう一人の英雄の力によってマナチェイサーを発動し、その目は愚神を捉えている。そして愚神へ挑まんとしている夫と友人の姿も、また。

『へいむだる――確かその名は北欧の光神であったか』
 尤も、能力は多彩でも頭の方はからきしのようではあるが。八朔 カゲリ(aa0098)のライヴス内で、ナラカ(aa0098hero001)がくつくつと喉を鳴らしていた。
『ああ、だがしかし、神話にならうのならば汝は角笛を持つのであろう? ならば良し、汝が断末魔を以て黄昏を迎える号砲としよう』

 ――我が覚者が焔、彼の神話に語られる焔獄の比ではないと知るが良い。

 燼滅の王。それが、ナラカに力を与えられたカゲリの姿。
 その隣では亮馬が、巨悪を見上げている。
「斬り込むぞ。奴よりも早く、反応させずに」
『余裕だ。装甲が軟弱な分、それなりに機敏なのが我等の取柄だ』
 共鳴中のエボニーが凛と答える。
「とはいえ無茶はそれなりに。ゆらに泣かれるのはもう御免だからな」
『戦場のど真ん中だと言うのにぶれぬ奴め……まあ、今は眼前の敵だ』
「もちろんだ。ジャイアントキリングは俺が狙うってね」
 言下、ヘイムダルと目が合った――ような気がした。さて。亮馬は息を吸い込んで。

「【戦狼】――突撃ッ!」

 勇ましき声に合わせ、飛び出したのはカゲリだ。神威の力を深く帯びた軍装と、腰ほどの銀の髪を流麗になびかせて――錠によって封じられていた燼滅の双剱を解き放つ。刃に纏う黒き焔は「焼き尽くす」ナラカのものではなく、もう一人の英雄の「凍て尽くす」零焔。抜刀の勢いのまま放たれる無数の火の矢が、絨毯爆撃めいて愚神の全身に襲い掛かった。
『よく狙って』
「任せて」
 ゆらはひかるの激励を受けつつ、木から身を出し和弓「賀正」を引き絞る。カゲリの攻撃に合わせ、放つのは暁の矢。それは的確に愚神の結晶を持つ手に突き刺さる。
『特に結晶を庇おうとする様子はないようだの。武器や防具のようにも用いておらん』
 カゲリの中で、俯瞰する英雄が愚神の挙動について述べる。ふむ、とカゲリも異形を眺めた。
「『壊されてはならないもの』ではない……ということか」
 そして武器でもない。ならば……何だ?
「近くで確認してみる!」
 言って、愚神へ一気に間合いを詰めたのは亮馬だ。振り回される愚神の巨腕をかわし、潜り、剣で往なし――動体視力にモノを言わせて、不透明な結晶をつぶさに見つめた。人影のようなものが見える。動いているようには見えない。それ以上は、残念ながら分からない。
「ならば私が!」
 一つでも謎を解くために、次いで飛び出したのは由利菜だ。聖槍「エヴァンジェリン」を構え、その切っ先に神々しい光を纏う。
「神に仇なす敵か、救い求める子羊か……神の光よ、答えを導きたまえ! ディエティティス!」
 結晶へ放つ、パニッシュメント。愚神に属する者であればダメージが発生するはず。かくして光が収まったそこにあったのは――無傷の結晶。
「これは……!」
『愚神でも、従魔でも、邪英でもないの!? じゃあ、これって……!』
 嫌な予感が沸き上がる。
『手を千切るなりして、奪取して確かめるしかなさそうだな』
「そうだな、エボニー。力を貸してくれ!」
『当たり前だ』
 亮馬は足にグッと力を込める。飛び出す速度は電光石火。ヒーローの証たる赤いマフラーを彗星の尾のようになびかせて、もう一人の英雄の力も使い、死角より愚神の手首に刃を叩き付ける。
『抵抗力が高いな……』
 エボニーが眉根を寄せた。状態異常にはできなかったようだが、亮馬は戦場に満ちるライヴスのおかげで消耗していない。
「この調子でいけば……!」
 亮馬が防御姿勢を崩してくれた好機を逃さず、ゆらは矢を放ち続ける。愚神は確かに強固だ。だがエージェント達がヘイムダルの結晶を持つ手に集中攻撃を浴びせたことで、その手は今にも千切れそうだ。
『絶て、覚者よ』
「ああ」
 相手の霊力を乱し滅する炎を纏い、カゲリがフォレストホッパーの力を以て素早く跳んだ。暴発する焔は彼の腕をも燃やすけれど、真紅の眼は露も揺るがず。浄化の焔を以て、愚神の手を断ち切る。

「オォオォォオ――」

 人間のような赤い血飛沫を迸らせ、ヘイムダルが唸った。痛覚からか、違う感情からか、反射反応なのかは、分からない。切り離された愚神の手から零れ落ちた結晶は、杏樹がすぐさま受け止めた。重い、が、リンカーの膂力ならば問題はない。一抱えほどあるそれは……ちょうど人間を納められそうなサイズだ。
 そのまま杏樹は、結晶を従魔共に奪われぬよう跳び下がる。が、彼らが結晶を奪還しに来る気配はない。これは従魔達の作戦にとって重要ではないモノなのだろうか?
『ますます奇妙ですね……』
 守が髪飾りより言う。中身を確かめるには結晶を割ってみないと分からないだろう、が、それは一先ずこの辺りのラグナロク勢力を殲滅してからだ。杏樹は結晶を護るように立つ。
「由利菜さん――」
「えぇ!」
 声を掛け合い、二人のバトルメディックが目配せをする。ライヴスを込めて、その手を掲げた。
「癒しのアイドル、あんじゅーです」
『嘆きの大地に生命の雨を! ゾーエ・ヒュエトス!』
 清らかなる治癒の願いが戦場を満たす。降り注ぐ光の雨が、戦いによるエージェント達の傷を癒してゆく。特に由利菜のケアレインは回復効果が増大し、皆の痛みを柔らかく拭い去った。

 一方のヘイムダルは負傷が重なってきたが、未だ倒れる気配はない。ボタリボタリと苔生した皮膚が剥がれ、状態異常の類から復帰している。そのタフネスさは折り紙付きのようだ。が――醸し出す殺気がより濃密になっている。鼓膜が割れんばかりの咆哮を野太く放ちながら、両腕を叩き付け、近くのエージェントを蹴らんと暴れ。それはまるで脳みそが破壊衝動に塗り潰されたかのようだ。特定の誰かを狙うというよりはまさに手あたり次第。いっそ災害めいている。

「何こいつ、ずっこい!」
 電光石火と疾風怒濤の勢いを以て、愚神の右足を執拗に攻めていたアンジェリカ。やっと破壊したかと思ったそこは、千切られた片腕と同様、しばしもすればズルリと生えてくる。
『ダメージがないはずはないだろう? 諦めるな』
 ぼやく相棒にマルコが語りかける。「もちろん!」とアンジェリカはプリプリしながらも無骨な斧槍エクスキューショナーを轟と威圧するように振るった。もう一人の英雄の技術、威嚇射撃。尤も射撃武器ではないゆえに、威嚇『射撃』と形容するのはいささかおかしいかもしれないが――効果は十分。一瞬、愚神が怯む。
 さて。サバイバルランタンによって明かりもOK、フォレストホッパーによって足場も問題なし。従魔についても、戦友達が上手く食い止め、さばいてくれている。

 となれば。真っ直ぐ行って、ぶっ飛ばすのみ!

「一気にいくよ!」
 握り直す得物。精神統一し、アンジェリカは何度でも愚神へと挑みかかる。愚鈍なヘイムダルの回避経路は見えている。踏み潰さんとしてくる足をかいくぐり、武器を大上段に振り上げた。
『ぶった切れ!』
「たあッ!」
 愚神の足へ叩き付ける、重い重い重い一撃。深くめり込んだ刃。
「こ、れ、でッ どうだ!!」
 スカートを翻し、持ち上げる足。そのまま杭打ちのように、アンジェリカは刃に近い柄の部分を思い切り蹴飛ばし、更に刃をめり込ませた。

 ヘイムダルの体が傾く――!

 カゲリはその機を逃さない。壊滅する者は万象を見据え、肯定する。我も人、彼も人、そこにあるのは対等。そして、その上で踏破するのみ。その意志、無尽の劫火がごとく。
 声をかけ合わずとも、カゲリに合わせて飛び出したのは亮馬だ。傍らにはゆらもいる。愛し合う二人が構えるのは大剣だ。
「「はァあああああああああッッ!!」」
 亮馬とゆらの刃が十字にヘイムダルを切り裂いた。
 そこへ、楔を穿つがごとく。
『往くがよい、“燼滅の王”よ。三千世界の彼方まで』
 英雄の焔をその心に。カゲリが、滅刃を愚神へと突き立てる。

「よしッ……あと、一押し!」
「兄様、杏樹達も……!」
 仲間のサポートや盾として立ち回っていた拓海と杏樹も攻撃に回る。拓海は斧槍を、杏樹は藤海姫と名付けた薙刀を手に。「護る」という二人の意志は、どんな剣よりも気高く、強い。

 重なる苛烈な攻勢。愚神の咆哮は尚続く。ヘイムダルは半ば千切れかけた腕を振り回すが――由利菜は冷静に、ミラージュシールドによって軽やかに受け流した。清廉なる衣装を翻すその足取りは、さながら舞踏のように洗練されていた。
 神経接合マスク『EL』によって研ぎ澄まされた感覚で、由利菜は愚神をつぶさに見据える。
「神話の名の呪縛より解き放ちます!」
 その手の武装を、三叉の神槍に持ち替えて。ルーンが刻まれた切っ先に、青白い魔法陣が浮かび上がった。得物を掲げる。英雄と結んだ絆が、そのまま力となって由利菜を包む――。
『ユリナ! 先生の神技の記憶があたしにも流れ込んでくる!』
 それはもう一人の英雄の技。キッと由利菜は愚神を見澄ました。

「風の聖女が導くままに! ウェルヌス・ウェントゥス!」

 踏み込み、愚神の胸に突き立てる、一撃にして何撃もの威力を秘めた致命の神技。魔法陣が赤く染まる。運の女神は由利菜の味方だった。切っ先は常以上の破壊力を以て――ヘイムダルを、貫く。

 今一度の地響き。

 それは愚神が倒れた音。そして――エージェントの勝利を、意味する音。



●シンショク03
 ヘイムダル撃破後、一同は愚神が手にしていた結晶を改めていた。
「む! ヒビが入っておるでござる」
 初春は結晶を見、それから仲間達を見渡した。結晶の中は相変わらずよく見えない。由利菜のパニッシュメントによって、この中身は「従魔、愚神、邪英ではない」ことは確かだが……果たして、中にいるのは敵か味方か。何にしても確かめねばならない。
「うむ、慎重に……」
 仲間達に確認をしてから、初春は紅炎の柄でヒビを軽く何度か小突いた。バキバキ、バキ――結晶にヒビが広がり、そして、崩れるように割れる。

 その中にいたのは、原住民と思しき――そう、ただの、人間だった。

 その者はぐったりと横たわり、目を閉じている。誰もが驚き、すぐさま安否を確認した。生きている。目立った外傷はない。だが、相当衰弱している。ライヴスが奪われるなどして極端に少なくなった人間の症状だと一同にはすぐ分かった。
 なぜ、ただの人間が愚神の手の中に。考えられることとしては……愚神のライヴス補給源。人質。エージェントへの心理的効果。どれもこれも最悪だ。

「初めまして。H.O.P.E.のエージェントです。……大丈夫ですか?」
 拓海が丁寧に声をかける。
「私は杏樹なの。貴方は、誰です?」
 杏樹も続けて問いかけた。結晶の中にいた者がうっすら目を開ける。だが、一言だけうわごとのように呟くと意識を失ってしまった。
 だがその者は確かにこう言ったのだ。

「ああ、助かった」

 ……と。
 その者についてはギアナ支部へと運ばれ、治療や事情聴取を受けることだろう。「助かった」と言った以上、敵ではないことは確かなのだから。

 一方でフィーは周囲を見渡していた。
「こんだけの舞台用意しといてまさかこんだけ、ってことはねえでしょーしなぁ」
 エネミー。いるんだろう、この森のどこかに。彼女は恋人をチラと見やる。懸念していた独断専行は、幸い杞憂だったようだ。
「……、ま。これはこれで」
 アルトが危険な目に遭わないならそれでいい。それがフィーの願いの全てだ。

「ボクにかかればこんなものさ!」
 アンジェリカは得意気に、ない胸を張っていた。
『調子に乗るな、まだまだ前哨戦だぞ』
 呆れた声で、マルコが少女をたしなめる。「わかってるよ!」とアンジェリカは頬を膨らませた。
「ともあれ、これで道は開けたね。さぁ、皆でインカ支部へGO!」



●シンショク04
 あとはもう掃討戦だ。エージェント達はぬかりなく、油断なく、従魔撃滅作戦を進めてゆく。戦闘音楽が流れ続ける。
 回復や盾とダメージコントロールに余念もなく、被害は実に軽微なものだ。この程度の傷なら、下がった後にギアナ支部の援護班が治療してくれることだろう。

 その中で、だ。
 幾人かのエージェント――樹、バルタサール、杏子、仙寿、ジーヤ――は、とエネミーを探していた。
 アイツのことだ。いるんだろう。そんな確信があった。

 かくして『敵“Enemy”』はアッサリと見つかる。

「見つかってしまいましたか。こんにちはヒーロー!」
 なんとエネミーはわざわざ樹上から降りてきた。樹が腰に装着しているカメラに気付いてピースをしている。
「どうだ、楽しめたか?」
 得物の砲口は向けず、バルタサールが問うた。ライヴスの中で、紫苑が明らかに興味津々としているのを感じながら。すると今のところ戦闘姿勢ではないエネミーがカメラから顔を上げる。
「エンジョイなうですね」
「今回はどんな協力をしたんだ?」
「勝手に顔突っ込んでるんで特に何も!」
「次はどんな展開をお望みで?」
「かっこよさ重視!」
「ライヴスの異常活性について何か知っているか?」
「スゲエ! ってことは分かります!」
 いずれも即答だった。
『ビックリするほど淀みないね』
 ライヴス内で紫苑が瞬きをしている。とはいえ、エネミーの言葉が真実かは不明だ。
「まずは、楽しんでるようで何より」
 質問を引き継いだのは仙寿。次いで名乗り(名乗ると律儀に名乗り返された)、言葉をかける。
『バルドルはパンドラを知らなかった。貴方のことも……私達に嘘をついたの?』
 あけびが問う。エネミーは笑う
「そんなぁ。私、『バルドルさんがパンドラさんのことを知ってる』なんて言ってませんよ。言ってないですよね確か?」
「……あの少年が従魔作成に興味が無いのは分かったが、組織の協力者も知らない頭首など異常だろう。参謀役でもいるのか?」
 更に仙寿が問う。「私マガツヒなんであちらの内部事情は……」とエネミーは肩を竦めた。
「あ、でも。愚神商人さんは頭いいので、なんか暗躍してるかも? と思ったら彼かもですね。いや想像だから外れてたらゴメンナサイなんですけど。ああ、それに、『協力者を知らない』んだから、協力者じゃないなら、知らないと言ってもスジが通りますね。通りますよね? うんうん」
 冗長だ。ジーヤは怪訝たっぷりに眉根を寄せた。
「……お前が親玉じゃないのか?」
「そらそうですよ。私、リーダーとか責任とかそういうの死ぬほど嫌いなんです」
 エネミーは相変わらずの様子だ。ならば、と杏子が口を開く。ヒーローに憧れるのは一緒でも、目指すと作るでは根本的に違う――そう思いながら。
「お前がヴィランをやってる理由……、ヒーローが大好きってことと関係があるんじゃないかと、考えてたんだ」
 それは仙寿も気になっていたところだ。杏子は問いを続ける。
「ヒーローの活躍を真近で見たい。それなら、一番近くで見られるのは誰だ? ……で、出した答えが今のお前なんじゃないのかい?」
「まあ大体そんな感じですね! それもありますし、この世界って正義の味方だけじゃダメでしょ。悪役がいないと正義の味方は成り立ちませんし」
 エネミーの饒舌は続く。
「……あ。言っておきますけど私に可哀想な過去設定とかないので詮索するだけムダですよ、ほんと。改心させなきゃマストなお涙頂戴劇とか、しおらしくすればサイコキラーでも許されるとか、救済されたいだけだった可哀想なコなんですとか、そういうの地雷なんで」
 ファッキン・情状酌量の余地! そいつは弾む声で言った。「他に質問は?」と続ける。
「はーい」
 気さくに手を上げたのは樹だった。
「はいな、樹さん。いつもお世話になっております」
 手遊びのようにマチェットを手の中で回しつつ、エネミーが答える。「こちらこそ」と樹はジャパニーズスタイルの常套句を返す。
「と言っても、質問はないのだけれど」
『ハッピーハロウィン!』
 そう言って、彼女が取り出したのは――ハロウィン仕様の小さなバスケット。中にはお菓子がギッシリ詰まっている。「どうぞ」と差し出している。
「わお! 仮装してないけどお菓子をもらえるなんて!」
 エネミーはそれを嬉々として受け取った。「へえ」と樹はヴィランを見やる。
「罠が仕掛けられてるかもとか、怪しまないんだね」
『おっきイ爆弾があっタりしテ!』
 いたずらっぽく言う。エネミーはいたずら撃退用のミニクラッカーを二個ともパパーンと虚空に放ちながらこう返した。「爆弾ごときで私は死にませんのでっ」と。そんなエネミーを、樹は見ている――マナチェイサーを発動したその瞳で。
(……)
 見えるのは、三つのライヴス反応。エネミーと、シャングリラと、パライソだろう。このライヴスの印象をしかと記憶に刻んでおく。
「最初の時から言いたかったんだけど、」
 そして樹は、エネミーへ再度語りかけた。
「――私と私の英雄達は、セイギノミカタではないよ」
『なんセ魔女ダかラネ!』
 笑う。
「正義を厭うタイプのダーク系ヒーロー、好きですよ」
 そいつもまた、笑っていた。そして踵を返す。
「んじゃ帰ります」
「へえ。……ビビったってか?」
 ジーヤがその背へ、刺すように言う。エネミーは飄々と、バスケットを掲げた。
「いや。お菓子もらったので、トリックはヤメです」
 ほら、トリックオアトリート。エネミーは笑う。悠長に背中を向けて歩き出す。

 ずるり。

 その背中から這い出してきたのは、不気味なほど体が細くて長い人型の何か。蓬髪に隠れた眼差しでエージェントを凝視している。愚神パライソ。襲ってくることはないが、その目にあるのは……ライヴスを欲する『食欲』だった。



 ……やがて通信機からエージェントへ連絡が来る。一度下がって、インカ支部救出のための次の任務に備えねばならぬ。
 まもなくして森に一時的な静寂が戻った。ほんの寸の間のものではあるが――。



『了』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • きみのとなり
    加賀谷 亮馬aa0026
    機械|24才|男性|命中
  • 守護の決意
    Ebony Knightaa0026hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 悪夢の先にある光
    加賀谷 ひかるaa0651hero002
    英雄|17才|女性|ドレ
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    メグルaa0657hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命
  • 難局を覆す者
    アムブロシアaa0801hero001
    英雄|34才|?|ソフィ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ボランティア亡霊
    ヒルフェaa4205hero001
    英雄|14才|?|ドレ
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • Be the Hope
    カナメaa4344hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • 残照と安らぎの鎮魂歌
    楪 アルトaa4349
    機械|18才|女性|命中
  • 深緑の護り手
    偽極姫Pygmalionaa4349hero002
    英雄|6才|?|ドレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 天より降り立つ龍狐
    辰宮 稲荷姫aa5268hero002
    英雄|9才|女性|シャド
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