本部
鋼、は。
掲示板
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質問卓
最終発言2017/10/19 21:45:48 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/10/16 01:46:46 -
相談卓
最終発言2017/10/20 14:13:50
オープニング
●???
ガシャン。
目隠しをされて連れてこられたので、ここがどこだかは知らない。
廃ビルと思しきその場所には、下のほうから規則的に音が響き渡っていた。ガシャン。ガシャン。一体何の音なのか、想像するだに恐ろしかった。
食事は一日に一回。
最低限の設備はあるが、ここは気の狂いそうな場所だった。
牢の前には、およそ感情を表に出さない見張りが二人。おそらくはお互いに見張っているのだろう。逃げ出すなどとは、少女にはとうていできそうもなかった。
時折、誰かが牢屋から連れ出され、大半はそのまま戻ってこない。助けはこないのだ、と思っていた。だから、できることは祈ることだけだった。
自分の番が、来ませんようにと。
どうして自分がこんな目に遭うのか、少女には全く心当たりはなかった。だが、新たにやってくる犠牲者たちの顔ぶれを見るに、何となく察していた。この”身体”が原因なのだと。
牢屋の扉が開き、新たな人間が牢屋に押し込められる。
(ああ、きっと、この人たちも……)
ガシャン。
機械の身体が原因なのだと。
●廃ビル、B3F
「最近の機械化は進んでるな。見た目じゃちっともわからねえのも多い」
「うぐ……」
解体屋、ブラックウィル。およそ体の80パーセントを機械化したソレは、かろうじて人の形を保ってはいても、もはやヴィランとは呼べない愚神であった。
「技術の進歩ってのは、まったく素晴らしいよな」
「やめてくれ……」
ガシャン。足が外される。
「やめてくれ……やめて……」
ガシャン、足が外される。
「足一つ、腕が一つ……またしても使えないパーツだな。はずれか。まあ、何かの足しにはなる……か。こっちの”残り”は、……どうでもいいな……適当に始末しておけ」
そして、声は聞こえなくなった。
●H.O.P.E.本部
「ここのところ、アイアンパンクが襲われる事件が多発している」
H.O.P.E.にはいつになく重苦しい雰囲気が漂っていた。
コリー・ケンジ・ボールドウィン(az0006)もまた、自身も体を機械化したアイアンパンクだ。どことなく思い詰めたような表情をしている。
「犯人の狙いは、機械化された部品……などとは呼びたくないのだが。……殺害が目的ではないが、生命維持に必要なものであっても構わず取り去られている。
……だが、何よりも気がかりなのは、襲撃事件に伴って発生しているアイアンパンクの行方不明事件だ。こちらが、もしも誘拐事件であるならば……犯人を捕まえたい……なんとしても、なんとしてもだ」
解説
●目標
ブラックウィルの撃破。
一般市民・仲間の救出。
●注意
PCが二手に分かれた特殊な状況から開始。
また、「アイアンパンク」やそれに類する設定を持つPCは、特殊な影響を受けるおそれがあります。
※開始状況や振る舞いにより生命力変動。お好みでどうぞ……。
●状況
・捕らえられた者
・救出する者
任意、人数比自由。片方のみ可。
<捕らえられた者>
開始値点は廃ビル地下1F、牢。
誘拐された一般人もいるが、戦闘能力は皆無。
AGWなどの武器や幻想蝶は取り上げられている。小型のアイテムは隠せる。
ほか工夫次第。
アイアンパンクや類似の背景を持つ者は生命の維持に差し障りのない範囲でパーツを奪われている可能性がある。
(※程度任意。アイアンパンクだが、ヴィランには気がつかれていないなども可)。
・経緯自由、囮としてあえて捕獲された等も可
・プレイング次第で、牢屋から連れ出され、『ブラックウィル』の尋問を受ける可能性がある。話のみor戦闘(準備なしに1vs1は無謀だが、行動不能とまではならない)。
<救出する者>
開始値点はH.O.P.E.支部。
アジトの場所、戦力は把握。中の状況は不明。
●廃ビル
1F 入口
B1F 牢屋
B2F 押収品など
B3F 『解体室』
各階エレベータ有り。
・入り口:2名の非能力者。
・牢屋:非能力者が2名ずつ交代。押しボタン式の警報装置。
●登場
解体屋『ブラックウィル』
愚神の力を借りたヴィラン。崩壊をしかけた体を能力者のパーツを奪い維持している。利己的で残忍、人身売買に手を染めている。
「自分自身に興味のあることのみに執心」、部下はどうでもよい。人の機械化に強い興味を示す。
・ばら撒くノイズ
対象複数。物理攻撃。
・解体ショー(5回)
対象は1体。強烈な物理攻撃。特にアイアンパンクに効果が高い。
・違法改造(3回)
自分自身を強化。物理攻撃上昇、防御力ダウン。
非能力者:およそ15名ほど。
リプレイ
リプレイ
●投降
あと、一歩。
あと一歩で、組織に迫ることができた。
人質の様子にかまわずに攻撃すれば、おそらくは『勝てた』のだ。
だが。
「動くな……!」
盾にされているのは年端もいかぬ少女。
攻撃の手が止まった。
風代 美津香(aa5145)は優しかった。今までどんな相手でも命を奪う事はしなかった。
「おとなしく投降するなら、人質は殺さないでおいてやる」
風代はアルティラ レイデン(aa5145hero001)との共鳴を解くと、武器を下ろした。拘束され、幻想蝶を取り上げられる。
アルティラもまた、人質を犠牲にして攻撃することなどできはしない性格だ。この決断に至るのはごく自然なことだった。
それがお互いにわかっていた。
「『黒き暴風雨(ブラック ストーム)』……残念だったな、せっかくのチャンスを不意にするとは。……連れていけ、油断はするなよ!」
大人しく拘束を受けた。
連行されている間も、風代は堂々としていた。
●『解体室』
廃ビルの底から、金属のぶつかる音がする。
火花が散る。
鬼灯 佐千子(aa2526)は解体室に囚われ、ブラックウィルによりパーツを奪われていた。
脱着を前提として設計されている四肢は既に奪われ、腰部背側に埋め込まれた幻想蝶も手元にはない。さらにはその幻想蝶は、彼女の義体にとってのバッテリーだった。
リタ(aa2526hero001)と共鳴することもできない。
「素晴らしい強度だな。いったい何でできてるんだ? これで俺様はもっと強くなれるってわけだ……」
ブラックウィルはぶつぶつと独り言を言いながら、鬼灯から奪った義肢を眺めていた。
無理に身体を改造して、それでもなお及ばぬ硬度。
この強さが欲しい。
ブラックウィルは、心からそう思った。
H.O.P.E.所属のアイアンパンクとしては屈指の機械化率と強度を持つ彼女の身体がブラックウィルの興味を引くのは必然だった。
「アンタが『解体屋』? なるほど、噂に聞いた通りね。――悪趣味。反吐が出るわ」
鬼灯は冷ややかな目でブラックウィルを見ていた。
自身への仕打ちに対する怒りは押し殺しつつ、その黒い瞳の奥には、「ヴィラン」とその犯罪行為に対する強い敵意をにじませている。
彼女がアイアンパンクとなったのも、ヴィランが関わる数年前の事故が原因だった。
「ああ、でも、コレは噂とは違うわね。噂では凶悪なまでの改造を施したアイアンパンクだそうだけれど……」
「なんだ、命乞いでもするのか?」
「随分とちゃちなパーツを使っているのね」
揺れた。
ブラックウィルが思い切り腕を振るった。コンクリートでできた壁に、大きなへこみができている。
鬼灯の頬の真横、およそ30cmもない場所に大穴が開いた。
「やっちまった……」
めり込んだ腕を壁から引き抜きながら、ブラックウィルはしまった、という顔をしていた。
「最近、どうも感情の制御がきかなくなってるな……危うく壊してしまうかと思った……まだ、肝心のパーツがあるってのに……」
拾い上げた鬼灯の義肢には、今の攻撃でも傷一つついていない。
驚嘆の口笛を漏らす。
「頑丈でよかったな」
「……」
解体用の巨大な工具をガチャガチャといじっていると、部下が部屋に入ってきた。
「どうした」
「ブラックストームを捕らえました。尋問をしていますが、一向に口を割る気配がありません」
「そんなのどうとでもしておけ、邪魔をするな!」
「しかし……」
工具を構えなおしたところだったが、ふと、その名前が引っかかった。
ブラックストーム。数々のヴィラン組織に潜入してきた、腕の良いエージェントだと聞く。
「……まあいい、ちょっくら遊んでやるとするか」
「……」
「じゃあな、また会おうぜ」
去っていく。
気が付かれなかった。
まずは一手。布石を打った。
鬼灯が捕まったのは『囮』のためだ。
鬼灯は発信器を所持していた。発信機や無線機の存在を秘匿するため、相手の興味を自身の首より下に向けさせた。
人知れず任務遂行を再優先として、鬼灯は行動していたのだ。
ブラックウィルの言う、『肝心のパーツ』。
狙いは、義体の中枢であり最も特異性の高い脊椎及びその周辺一帯の摘出。
次、彼がここに来た時、命はない。
ひんやりとした解体室のなかで、それがよくわかった。
タイムリミットが、静かに迫っている。
●折れない心
「うっ……」
冷たい地面に、風代は倒れた。
容赦なく殴られ、鈍い痛みが走った。
「そろそろ話す気になったか?」
共鳴をしていないエージェントは無力だ。
乱暴に髪を掴まれた。
「う、うぅ……この程度、何ともないよ」
そう言ってのける風代には、なぜか堂々たる風格があった。状況の差は圧倒的であるのに、まるでこちらが追い詰められているかのような錯覚がする。
その態度に、部下の焦りは深まっていく。
「言え、背後には誰がいる? お前たちがどこまで突き止めてる?」
「だ、誰が言うもんか、貴方達に話す事なんて何もないわ!」
「言え!」
また衝撃が走る。
口の中に鉄の味を感じた。
思わせぶりな言葉や挑発で彼らの意識をこちらに向けさせる。そうすれば。
(ここで耐えれば耐えるほど、チャンスは増える……)
時間を引き延ばし、助けが来るまでにブラックウィルを解体室から遠ざけなくてはならない。
重い扉が開いた。
おそらくはこの男がブラックウィルだろう。違法改造を施した大男が、目の前にいる。
「こいつか」
もはや人間とは思えない、異形の大男。
それを前にしても、風代はひるまなかった。
「貴方がブラックウィルさんだね。私が此処に潜入した理由、分かっているよね」
「先に言っておくが、俺が興味があるのは機械化された人間のみだ。そいつらは『丁重に』扱っているが、お前が死のうが一向に構わない。わかるな?」
「あなたは、間違っている」
はっきりとした言葉。
ブラックウィルは、風代の首を掴んで持ち上げる。
「……っ」
それでも風代の意思と覚悟は揺るがなかった。風代には、絶対に屈しないと言う意思があった。
「……に」
「言う気になったか」
何か言いたそうな様子を見せたところで、ブラックウィルは風代を下ろした。
「……確かに貴方は強いんだろうね。だけどね、罪もない人を苦しめる権利なんて貴方にはないよ!」
言葉が終わるやいなや、壁にたたきつけられる。
「ふん……」
ブラックウィルは立ち去ろうとした。続きが待っている。
か細い声。しかし、芯の通った声がした。
風代はまだ、凛とした表情でこちらを眺めていた。
「幾ら他人の鋼のパーツを奪えても私の鋼の心を折る事は出来ないよ。何をされようとも、絶対に私は囚われた人達を助け出し、貴方の間違いを正して見せるから!」
ブラックウィルは残忍に嗤った。
「アイアンパンクの気持ちを試してみるか、なあ?」
●作戦
「……何とも雅のない下衆どすな……」
『……ヴィラン……いや最早、人ではない……!』
ブラックウィルの所業を聞いて、弥刀 一二三(aa1048)とキリル ブラックモア(aa1048hero001)は怒りをにじませた。
あまりにも身勝手で残酷な犯行。
鋭い目つきの男の赤髪に、キリルの銀髪が混じる。本気の共鳴。ライヴスが迸るのを仲間たちは肌で感じていた。
「救助が最優先、だね!」
これから助けられる者たちがいる。御代 つくし(aa0657)の前向きさは、緊張感の漂う作戦部隊の中で救いであった。
【えぇ、関係の無い一般人を優先で……その後のことはまたその時に考えましょう】
メグル(aa0657hero001)は頷く。
「アイアンパンクだけ襲われるって変な話よね! 自分で力をつければいいのに!」
『その手段として他の人のパーツを使うってことでしょ? 迷惑な話ね!』
雪室 チルル(aa5177)とスネグラチカ(aa5177hero001)は憤りを見せる。
「そんな楽して強くなろうなんて許さないわ! あたいがやっつけるよ!」
常日頃「さいきょー」を目指す雪室であるが、そのやり方には彼女なりのこだわりもある。ブラックウィルの行いは、決して賛同できないものだ。
『捕らわれている人も助けてあげないとね! 急ごう!』
「ほな、行きましょか」
「コリーさん……行ってきます……」
無音 冬(aa3984)がコリーに告げる。
「くれぐれも無理はしないでくれ。これは危険な依頼だ」
『安心なさい! 解決して帰ってくるわ!』
春(aa3984hero002)が颯爽と胸を張る。
向かうエージェントたちの中には、アイアンパンクもいる。
大丈夫だろう、とコリーは思った。……大丈夫であってほしい。
囚われたものたちと共に、生きて、帰ってきてほしい。
●牢獄
「また、連れていかれた。残りは、8人、順番が来るのは、きっと……」
魂置 薙(aa1688)は、小さな声でつぶやいていた。
監視している男が制止したが、なおもやめない。魂置はほとんど無表情というべきか、表情に変化がみられなかった。もっともこれは、かつての魂置の過去に理由があったのだが。
もう一人の見張りが首を横に振った。恐怖で気が触れたのだとでも思ったのだろう。実際、そういった振る舞いをする被害者は多い。
程度がひどければ黙らせるか隔離することもあったが、つぶやいているくらいなら害はないだろう、という判断だ。
同じ牢にいる少女は震えていた。
やはり、このまま死んでしまうのだろうか。
ぎゅっと目をつむったとき、耳に入ってきたのは、かすかなつぶやき。
「大丈夫、きっと守り……ます」
はっとして魂置を見る。
誰かと話している?
光の反射が違ったから、ようやく気が付いた。
この人の左目は機械なのだと。
そしてその目は、顔は無表情ではあったけれど……。どことなく、決意に満ちていた。
●突入
「……わかった……8人」
独り言に見せかけた通信。
魂置の通信機の先は無音へと繋がっていた。
エージェントたちは廃ビルの前に陣取って、内部からの情報を伝え聞いていた。その間に弥刀は内部の内部構造図と壁素材の情報を手に入れていた。
「これでいくらか無茶が通ります」
見張りが交代しようとしている、今が好機。
エージェントたちは突入を開始する。
『うっし、そろそろだね。準備はいいかい?』
「うん……囮の人、大丈夫、かな」
ストゥルトゥス(aa1428hero001)に、ニウェウス・アーラ(aa1428)は頷いた。
廃ビルの奥は見えない。アイアンパンクである魂置、それに行方不明のエージェントも心配ではあったが、すでに鬼灯が捕らえられ、解体室に連れ込まれている。
『そこは信じるしかない。もう、賽は投げられたんだからさ。余計な不安は置いていこ?』
「ん、分かった」
ストゥルトゥスの言葉を胸に、ニウェウスは共鳴する。ストゥルが光となってニウェウスと混じる。導かれるように武器をとった。
「無事かどうか気になるけど、バレるとまずいしこちらからは連絡はなるべく控えたいもんね」
『警報にも気をつけなきゃ。不意打ちを狙って慎重に進む感じがベストだね』
「慎重に、慎重に、かつ、素早く!」
『難しいけど、きっとできる』
共鳴した雪室の体を、氷と雪を模したロングコートが覆う。ひやりとした冷気の中に秘められている熱い闘志。
「いくよ……」
春と共鳴した無音の白い瞳が、赤色に染まる。
放たれたセーフティーガスに、見張りが崩れ落ちる。慌てて駆け寄ったもう一人は、弥刀の当身で意識を失う。重心をなくし倒れる男を、ニウェウスがすばやく駆け寄り支えた。
弥刀が持ち物を奪い、猿轡をかませて縛り上げる。
「銃、ね」
『物騒なものはぽいっとね』
ニウェウスもまた銃を取り上げ、もう一人のほうに猿轡をかませた。
「この調子よ!」
雪室が満足そうに言った。
●B1
「無駄だったな。あの女、何にも吐きやしねえ……」
ブラックウィルはぶつぶつ言いながら牢の前に戻ってきた。いくら痛めつけても、風代は何も言わなかった。
「おい、何かあったか?」
「いえ……何も。しいて言えばこの男がうるさいくらいで」
「そうか」
どうやら、侵入には気が付いていないらしい。
「無駄に時間を食ってしまったな……もう一人適当に連れてこい。パーツを合わせたい。誰でもいい。そうだな。おい、そこの」
指名され、少女の肩がびくりとはねた。
「待って、ください」
魂置が立ち上がった。自然と声が出ていた。
「僕もアイアンパンク……です。それに、エージェントです。僕の方が……有用、です」
「ほう?」
ブラックウィルは目を細める。たしかに、よく見ればわかる。彼はアイアンパンクだ。
「臆病者かと思いきや、見上げた自己犠牲の精神だな。いいだろう。お前が来い」
魂置が連れ出され、牢の戸が閉まる。
(怖く、ないの?)
少女は魂置の後ろ姿を見つめていた。
風代といい、魂置といい、殺されるのが怖くはないのだろうか。
(ううん、違う……そんなはずはない……)
本音を言えば、魂置はすごく怖かった。
捕らわれた人達の様を見て素直に怖いと思っていた。
同時に、ここで止めなければとも思っていた。
後者の思いが、彼を立ち上がらせたのだ。
●階段を、下る
無力化した男から、罠の位置とエージェントたちから取り上げた幻想蝶と武器の場所を聞いた。弥刀とニウェウス、そして雪室は素早く階段を下っていた。
「とうっ!」
雪室が目にもとまらぬ早業で、巡回していた男を気絶させた。
『こんな時に何だけど。こんなゲーム、あったよねー』
ストゥルトゥスは声を潜めて言う。
「ん。あれは、注意力が肝心。だから……」
『ヘイ、黙りマッス』
エレベーターの前にいた男が、階段のほうへとやってきた。こちらには気が付いていないようである。
弥刀は近づいてきた男を踊り場に引き込み、手際よく気絶させる。その音に気が付いてきたもう一人も同様に。
ニウェウスが素早く縛り上げた。
先へ進もうとした一行を、弥刀が制した。
明らかに一般人のモノではないライヴスを、モスケールが感知したのだ。やがて、その動きはライヴスゴーグルにも映し出される。
「いた、ブラックウィル……」
エレベーターの中にいる。
ブラックウィルがエレベーターを降りていく。魂置を連れて。
「助けに行きたいところですけど、今は……」
人質を助けるなら、今が好機だ。騒ぎを起こすのは、それからではなくてならない。
幻想蝶と物資の回収、そして、一般人の救出。
●救いの手
B1、牢屋の前。見張りががくりと膝をつく。
無音のセーフティーガスだ。
偵察部隊がブラックウィルを見張る間に、エージェントたちはあっという間に牢屋に駆け付けていた。
「助けに来ました! 早くここから出ましょう!」
ぽかんとして、一瞬何が何だかわからなかった。御代の呼びかけに、人質たちは涙ぐむ。
「つくしちゃん……。鍵は、ないみたい。ボスが持っている……って」
無音の言葉に、春は不敵に笑った。
『なら、手っ取り早くいきましょう』
「ちょっと、下がっていてくださいね」
御代の攻撃で、鉄格子の一部がゆがんだ。人ひとり通るには十分な大きさ。この隙間から何とか這い出ることができそうだ。
助かるのだ。
少女は、そこでようやく生きることへの執着を思い出した。
「うう、ふえ……」
安心させるように、御代は明るく笑ってみせた。
「あ、お腹空いてませんか? 良ければこれ、食べてください!」
持っているチョコを渡すと、人質たちは一番幼い子供にチョコを渡した。奥にいた少年がおずおずと受け取った。片腕が、おそらく義肢が奪われている。
心が痛んだ。
御代の袖を、少女がぎゅっとつかんだ。
「お、おねえちゃんが……私をかばった、おねえちゃんがもどってこない……」
この事件を追っていたエージェント、風代のことだろう。
「わかった」
御代は頷く。
「そ、それと……もう一人、おねえちゃんが……解体室に」
【……つくし】
「うん」
メグルの意識に、頷いて見せる。
「大丈夫ですか」
風代は、ゆっくりと目を開けた。無音のケアレイが傷をいやした。どれほど気絶していたのだろう。
「おねえちゃん!」
人質の少女が駆け寄ってくる。
「はい、どうぞ」
チョコレートを差し出すと、少女は目を丸くする。
「食事、食べてなかったでしょ?」
「でも、ひどいけが、うごいちゃ……」
「私の力不足で怖い思いをさせてしまってごめんね、でも……」
ウィンクを一つ。
「もう大丈夫よ。悪い人はお姉ちゃん達がぶっ飛ばしてあげるから」
『ええ、もちろんです』
幻想蝶を手にした彼女のもとに、英雄アルティラが現れる。優しい光。青白い光が一瞬風代を包み、二人は瞬く間に共鳴した。
動けるとみるや、胃の中に隠し持っていたヒールアンプルを使用する。
あの時助けてくれた、もう一人の女性だと少女にはわかった。
建物が揺れる。爆音がとどろいた。
おそらくは、下のほうの階で交戦に入ったのだろう。
「つくしちゃん……気を付けて……」
「うん」
何かを背負うような御代の表情。無理をしないかな、と無音は気になった。
●交戦
解体室の手前で、魂置は足を止めた。
ここを通るわけにはいかない。
今、この奥には仲間がいる。
そして、エージェントたちは人質を救出している。
ふいに、エレベーターが止まった。
「ん? 誰だ?」
振り向いたブラックウィルは、エレベーターを見て目を細めた。中には、誰も乗っていない。
「……? 誰だ?」
その一瞬隙をついて、魂置は逃げ出した。自身の身を顧みず、ブラックウィルから仲間を遠ざけるように。
「くそ、こいつ……!」
魂置の目に、ブラックウィルの腕が迫る。
カキン。
そこへ割って入ったのは、冷気をまとった少女だった。
「あたい、華麗に参上よ!」
現れたのはウルスラグナを構えた雪室だ。
勝利を意味する、正義の刃。切っ先は鋭くとがっていた。
「いつのまに……」
続々とエージェントたちが姿を現していく。
エレベーターを動かしたのは、雪室とスネグラチカだった。
時はさかのぼって、少し前。いつ突入するかというタイミングを図っていたエージェントたち。
事態は急を要する。シビアなタイミング。
『解体室にもまだ生きている人がいるかもしれないから、なるべく急いだ方が良いかも』
「拙速は巧遅に勝るって言うしね。多少のリスクがあっても突っ込んだ方が良いかな」
今動かねば誰かが犠牲となってしまう可能性があった。雪室らの言葉で、装備と幻想蝶を回収しながら先へ進むことへと決めた。
『エレベータについてはどうする? 勝手に使って警戒されるのも危ないし、かといって長時間使わないままも怪しまれるだろうし』
「うーん。エレベータ無しで行けるならそれに越したことはないけど、階段で降りるタイミングに合わせ1階層下に降りる形で設定すれば、……エレベータで注意を引ける可能性はあるよね」
そう言って、チルルはブラックウィルが下りて行ったと同時にエレベーターを操作していたのだ。
『無事か!?』
エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)が魂置に駆け寄り、きつく魂置を抱きしめた。懐かしく、ずいぶんと会ってなかったような気がする。
「うん……」
共鳴と共に、魂置の髪が肩まで伸び、大人の姿となった。 失った目の代わりになるかのように、左はエルと同じ紫の瞳が、ヴィランをにらむ。
エル・ル・アヴィシニアは薙に危害を加える者を許さない。
『薙の敵は私の敵だ。二度と同じ事ができぬようその両腕切り落としてくれる』
「エルル」
エルが怒る分、薙は少し冷静になれる。
『薙、変われ。弱っているだろう……こいつはわたしが……』
それでも。
アイアンパンクとして、エージェントとして、自分が戦わなければならない相手だと思った。
「大丈夫、戦える」
共鳴の主体を引き受ける。
怖くなくなったわけではない。
だが、それ以上に心強かった。
エルがいる。それに、仲間もいる。
「くそ、いつの間に……」
解体室からは小さな物音が響いた。
「やっぱり、いる! まだ無事よ!」
雪室が叫んだ。
「わかった!」
ニウェウスと共に、無音が解体室の中へと駆けていく。目的は仲間の救出。ブラックウィルは追おうとしたが、エージェントたちが立ちはだかった。
振り上げる大腕を、弥刀は盾を振りかざして回避した。
「さあ、ここからは反撃の時間よ!」
●VS.ブラックウィル
「舐めた真似をお。俺はァ、もっと、もっと、強くなる……!!!」
ブラックウィルが雄たけびを上げた。声にならない叫び。背中に埋め込まれた義肢が展開され、いくつもの手足をいびつに構成する。
もはや人間とは思えない、いびつな改造。
『後方左30度!』
キリルが鋭く指示を飛ばした。斜め後ろに後退し、弥刀はリフレックスを掲げる。
あたりをノイズが駆け巡った。
「こっちよ! こっち!」
雪室が剣を振るい、ブラックウィルに向かって勇猛に振るう。手ごたえはある。部品の一つをそぎ落としたが、しかし、相手は巨体である。
魂置は一度距離を取り、チャージアックスを構える。
「う、うぐぐう……」
ブラックウィルは苦しむように胸を掻きむしる。パーツが展開し、うなりをあげる巨大なチェーンソーの刃が飛び出した。
「! まずい!」
誰かが前線へ走り、攻撃を止めた。
初撃を止めたのはリタと共鳴し、髪と瞳を赤く染めた鬼灯だった。
鬼灯のレアメタルシールドが、攻撃を完膚なきまでにはじいた。
「また会ったわね」
いくらか動きに不都合はあったが、著しい異常はない。リタと共鳴した鬼灯が、戦闘に復帰したのである。
「おおおう……そうだ、その力だ。何物も寄せ付けないその防御力。欲しい、その力が欲しい……! 俺のものだ! 俺の!」
『付き合うことはない』
リタの言葉に従い、向かってくるブラックウィルから、鬼灯は油断なく距離を取る。
ブラックウィルは大きくチェーンソーを振り上げた。
大ぶりの攻撃だ。
「あれは……やばい!」
ニウェウスはとっさにリーサルダークを放った。
よろけたブラックウィルは、無理な姿勢のままにチェーンソーを振るった。
解体。飛び散るネジ。いやな金属音。コンクリートの壁が割け、ミシミシと音を立てる。えぐりとるような一撃。
だが、鬼灯は立っていた。
ふ、と鬼灯は鼻で笑って見せた。
「負けない!」
風代がライヴスリッパーを叩き込む。
姿勢が大きく崩れた、今。
『形勢逆転、って感じかな』
巧みに位置をとっていたニウェウスが、終焉之書絶零断章を展開させる。とある異世界の虚無と終焉を綴る、不完全な書。終盤までぱらぱらとめくられた術書の白紙には、ストゥルトゥスが記したルーン魔術が記載されている。
「やってきた事への報い……きちんと、受けて貰う、よ」
『お仕置きの時間だぜ、ミスター?』
展開されたブレードが弾け、火花を散らした。不釣り合いなパーツがごとりと落ちる。異形のシルエットが人へと戻っていく。ブラックウィルはうめき、虚空へと手を伸ばした。
「返せ、俺の、俺のぉ……」
「違う……」
魂置が、ブラックウィルに迫る。
「みんなから奪った物、返して!」
魂置が前線へと舞い降り、アックスチャージャーを振るう。
蓄えられたライヴスがブラックウィルのパーツにヒビを入れる。耐えきった、とブラックウィルがにやりと笑った。
だがヒビは徐々に広がっていき、ぴしり、ぴしりと、耐えきれずに装甲が落ちた。
お前のものではない、というように。
爆風が共鳴した御代の長髪を揺らす。
「みんな……!」
救助者をH.O.P.Eに引き渡し、追いついた御代は銀の魔弾を放つ。見事な直線を描き、ブラックウィルを貫いた。チェーンソーを持っていた腕ではなく、直接に武器を弾き飛ばそうとする。
狙いを外したのか、と思われる攻撃。だが、共鳴しているメグルにはわかった。
小さな義肢の面影。
明らかにだれかのものであった部品を避けて、なるべく無傷なままで取り戻そうとしていること。
【つくし、あれは部品です。優先すべきはあれを倒すことですよ】
「でも、大切な身体だから。……無茶はしないよ。けど、出来れば諦めたくない」
大切な仲間の中に、同じように機械の身体を持つ人がいるから。
諦めたくない。
御代の願いに応えるように、耐えきれず義肢が剥がれ落ちた。
「ウオオオオ……」
一つずつ、取り戻していく。
ブラックウィルが人に戻り落ちてくる。
その変化を厭うように、次々と身体を変形させ、ブラックウィルは人間離れしていくようだった。
「アアアア……」
「! 危ない……」
攻撃の巻き添えとなりそうになった気絶した部下を、無音は身を挺してかばった。ひとまずは、と、安全な場所へと押しやった。
今、この男は目の前の相手が見えていない。
「やみくもやな……」
『避けるぞ!』
ブラックウィルの出鱈目な攻撃を、盾でいなして弥刀は避けた。ブラックウィルを目の前に、リンクレートはみるみるうちに上昇していく。
乱暴で荒々しく、まるでツギハギの改造。力を得ることだけに腐心した改造。部品が、悲鳴を上げるように蠢く。
弥刀もまたアイアンパンクだ。だが、ブラックウィルが積極的に攻撃してくる気配はなかった。接合部をカバーで巧みに覆い生身に見せているがゆえに、それに全く気が付いていないのだろう。
御代がブルームフレアを放つ。
たしかな攻撃、しかし不可解な軌道を描くその意味を、無音は気が付いたのだろうか。
こちらに注意を向けていない隙に背後に回り込み。死角から、機械化している足の関節部を狙う。なるべく最小限の被害で済むように、狙って。
「見えたわ」
鬼灯が狙いを定めている。
「より重大な故障部位。制御部は右胸。そうでしょう?」
猛攻を繰り出すブラックウィルには返答する暇もなかった。
バリソンが投げつけられる。
またしても、姿勢が崩れた。
ブラックウィルは引かなかった。
返す攻撃の捨て身の、チェーンソーでの解体。
備えていた無音が、ライヴスを弾丸に込め正確無比にエマージェンシーケアを飛ばす。
大ぶりの攻撃。自身のパーツまで巻き込むことを構わないような、自分自身で制御できていないかのような動き。より凶悪に、質量を増した攻撃。
だがそれゆえに姿勢を崩した。
「……機械を粗末にすっと……機械に裏切られんで!」
生じたスキをめがけて、弥刀がライヴスリッパ―を放つ。むき出しになった部品が、チカチカと点灯する。ブラックウィルは解体室まで吹き飛ばされていた。よもや自分がこのように、解体される羽目になるとは思ってもいなかったろう。
「あああ……くそ、エネルギーが……あああ、俺は……俺は……」
むき出しになった電気系統。弥刀はザミェルザーチダガーを振るう。そのまま電源部を溶かすように切り裂き、電源システムの電力を一気に放流する。
ライヴスブローが、容赦なく外装をはがしていく。
鬼灯が放った爆導索が、相手を壁際へと押し付けた。圧縮ライヴスが一気に放出され、けたたましい爆発を起こした。
「終わり、だね」
ファラウェイを構えた風代が、とどめのライヴスブローを放とうとしていた。
(なぜだ)
ブラックウィルは、目の前の風代のことが理解できなかった。
風代の目に憎しみといったものはない。
(なぜ……だ?)
風代はただ、彼の過ちを正したいと思っていた。
その感情を理解する術を、ブラックウィルは持っていなかった。
(だからこそ、私は想いを込めた鉄拳を彼に見舞う!)
拳を固め、目の前に繰り出す。
「貴方の性根、この一撃で叩き直してあげる!」
「アアアアア!」
ブラックウィルはノイズをまき散らしながら、その場に倒れた。
●エピローグ
戦いは、終わった。
エージェントたちの勝利だ。
ブラックウィルは倒れていた。焦げ付いた匂いがあたりに充満している。意識を失い、なおも機械的に動いている義肢が、ぱたぱたと空を掻いている。だが、それもゆっくりと虚しく、収束していった。
パーツをそがれたその姿は、もはや人でしかなかった。
「っ……ちょっと、無理しすぎちゃった、かな……」
無音は、残っていた力で風代の手当てをする。
各々けがは負っているが、一命はとりとめたことにほっとした。
「痛い? 痛い? いたくない?」
小さな少年が、泣きそうな顔をして鬼灯の周りを回る。優しくぽん、と頭を撫でた。
「大丈夫よ、……ありがとう」
「応急処置ですけど」
弥刀は荒い呼吸をする人質の男性のもとへと趣き、修理を施していた。自身の強化、軽量化までこなす彼の知識は、プロ顔負けの腕前である。
「ああ、やっと、楽になった……苦しくてね、ありがとう……」
その手際の良さを不思議そうに見ていた男性は、嬉しそうに笑った。
『薙』
共鳴を解くと、エルルは薙に向き合った。
人質から状況を聞いて、どれほど無茶をしたのか知ったのだ。
『自覚がなさそうだから言うておく。薙は囮になろうとする癖がある。仕事と割り切っておるのかもしれぬが……私は心配でならぬ』
「うん……」
『もう少し自分の身を大事にしてくれ』
「うん……」
それから、と息を置いて。無事でよかった、と再び抱きしめられた。
「……此奴等……家で修理してええどすやろか?」
『……』
弥刀は、散らばる機械を丁寧に集め幻想蝶へと入れていった。キリルもそれを見守っていた。そうしたいような気持ちが分かったからだ。
弥刀の集めたパーツは、修理され、元の持ち主へと返されることとなった。
無事に帰って来たエージェントたちを見て、コリーは笑顔を見せた。
『だから言ったでしょ? 解決して”帰ってくる”って』
春が胸を張る。
「ああ、そうだったな。……そうだったな」
それから。
風代と魂置に助けられた少女は「将来はエージェントになる」と言って、両親を困らせているという。
【つくし、手紙が届いていますよ】
「手紙?」
御代が攻撃しなかった義肢は損傷が軽く、修理を経て被害者のもとへと戻された。後日、元気にサッカーをしている写真が届いた。
「まえよりもずっとげんきです!」と、子どもの拙い字。
『やるじゃない?』
その顛末を聞いて、無音と春もどことなく嬉しそうであった。
また、被害者の遺族が、弥刀のもとを訪れて丁重に礼を言った。ガラクタのような小さなパーツは、大切な人の遺品であったのだ。ようやく息子が戻ってきたようだ、と、涙ながらに何度も頭を下げた。
「これで、よかったやろか……」
ブラックウィルは凶悪犯罪者のヴィランを収容する施設にいる。彼の体は度重なる無理な改造に耐えられず、あの戦闘を機に、限界を超えた機械の体は彼を拒絶した。
「やっぱり、自分が力をつけなきゃね」
『そうだね』
「よし、もっともっと強くなるわ!」
チルルは今日もさいきょーを目指している。
力を失ったブラックウィルと、その部下たちには人としての裁きが下される。……重い司法処分が待ち受けているのは間違いないだろう。
記事を読み終え、鬼灯はそっと新聞を机に戻した。
エージェントたちの活躍により、アイアンパンク失踪事件は解決した。