本部

セブン・ホロウズ・イヴ

砂部岩延

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/10/31 19:13

掲示板

オープニング

●???
 アンティークな調度品に彩られた薄暗い部屋の中に、7つのシルエットがあった。
「ハッピー・ハロウィン」
 中央のソファに座る、中世の貴族然としたドレスの女性が告げた。華やかなマスカレイドマスクからのぞく金の瞳と、襟から覗く白い豊かな膨らみが、薄暗がりに艶かしく映る。
「私たちは、無限の享楽の中にあります」
 ソファの左後ろに控えた純白の少女が告げた。背中には白い翼、頭上には光り輝く金の輪、豊かな胸の前で祈るような手つきはあたかも天使のようだが、純白でフリフリのコケティッシュなミニスカドレスはゴスロリかコスプレのようでもある。翼を模したアイマスクの下から、濡れた純銀の瞳が見つめてくる。
「ゲームをしよう。究極の美を求めて」
 ソファに寄りかかる黒のスリーピースにマントとシルクハット姿の女性が、演技がかった口ぶりで言った。白いスマイルマスクから見やる紅玉の瞳と、スレンダーながらたおやかな身体のラインが挑発的だ。
「ヤろうぜ! アタシたちと! 激しく、熱く、ぶちまけようぜ!」
 右奥に立つ背の高いチャイナドレスの女性が拳を打ち付ける。獣のように引き締まった身体に、ツンとした膨らみ、腰の上まで入ったスリットから、健康的なふとももがあらわだ。頭からは狼の毛皮を被り、焼け落ちる夕陽のような琥珀の瞳が見据えてくる。
「とぉっても、楽しいこと。気持ちよくてぇ、頭の中が真っ白になってぇ……うふっ」
 ソファにしなだれかかり、あでやかな着物を着崩した女性が、手の中の長煙管を撫で上げる。斜に被った白狐の仮面の合間から、翡翠の流し目を寄越す。
「憎い……恨めしい……この世の美しいものすべて……呪う……呪う……」
 左のソファにうずくまる黒いかたまりがぼそぼそと呟く。前髪と後ろ髪の区別をなくした漆黒の髪に、同じく真っ黒なローブ、黒の合間からのぞく紫水晶の瞳と、ローブを押し上げる悪魔的な胸の膨らみが妖しげに揺れる。
「お宝いただいたら〜、売って〜、マンション買って〜、毎日ハッピー?」
 右のソファにだらしなく腰掛け、ついでに胸の谷間をだらしなく露出した海賊姿の少女が髪をいじりながら言う。黒いゾロマスクからのぞく瑠璃色の瞳も気だるげだ。
「と、そういうわけですので」
 貴婦人が微笑む。
「素敵なもの、いただきに参ります。ハロウィンの作法にのっとって、素敵な夜に、ふさわしい楽しみを。皆様、存分に楽しんで、そしてどうぞ、私達を楽しませて下さい」
 一拍をおいて、
「トリック・オア・トリート」
 動画の再生はそこで終わった。

●2017年10月某日ーーH.O.P.E.東京海上支部、会議室
 円卓中央のホログラムで再生されていた動画が終わると、室内の明かりが戻った。
 部屋の前方に立つ若い男性職員ーー真田が口を開く。
「先日、某動画サイトにアップされた映像です。中高生を中心に巷で話題となり、ニュースなどにも取り上げられました。見目麗しい謎のご令嬢たち、シルエットがなんとも魅惑的で艶かしく……」
 隣に立つポニーテールにつり目がちの職員ーー一角がわざとらしく咳払いをすると、真田が話を戻す。
「そして、動画と同時期に、東京都内の美術館などで不審物が見つかりました」
 カボチャやカブなどをくり抜いた、いわゆるジャック・オ・ランタンが映る。
「目や口にあたる部分には色付きのセロハンが貼られ、また中には様々な品が置かれていました。詳細は後ほどご確認下さい」
 一例がランタンの横に映る。
「さて、これらには未だ事件性は認められていません。動画は不正アクセスされたアカウントの疑いがあり、警察当局において確認中、物品は遺失物扱いです」
 真田はそこで言葉を区切る。
「ですが、奇妙なことに、物品の設置に関する目撃情報、監視カメラなどの記録が一切残っておらず、また予想される時間の前後にプリセンサーが微小なライヴスの変動を感知しておりました。よって、H.O.P.E.では本件をヴィランズによる犯行予告の可能性があるとして取り扱います」
 室内の空気が変わる。
「動画の人物ら『怪人』は愉快犯の可能性が高く、『ランタン』を襲撃のヒントに残したようです。置かれたのは13ヶ所、対象の施設には貴重な金品や美術品が保管されております。怪人は7人、襲撃も最大で7ヶ所と予測されますが、保障はありません。怪人たちはインシティへの関与を示唆しており、深刻な戦闘に発展する可能性は低いと見られますが、小競り合い程度は視野に入れておいて下さい。人員の配置は皆様にお任せします。すべての箇所で襲撃を防ぐことが望ましいですが、最悪、2、3の取りこぼしは許容されるでしょう。……依頼者の多くは半信半疑で、依頼料ケチってますし」
 真田がポソリと呟くと、一角が肘で小突いた。
「えー、ごほん。では、最後になりましたが、怪人らの呼称、および、参考までに私自身が見積もったランクを、お伝えします」
 くいっ、と押し上げた眼鏡がわざとらしくキラリと光る。
「中央の『王女』E。左『天使』H、右『紳士』C、奥『拳士』D、手前『遊女』F、右端『海賊』G、左端『魔女』I……ご参考までに」
 隣の一角が訝しげな顔で手元のタブレットを操作する。一体何のデータなのか、と問いたげな視線を隣に向けた。
 真田は一角の顔ーーではなく、その胸元を凝視する。
「伝説のAAA(トリプルエー)絶対安全水準……」
 真田は慈愛に満ちた表情を浮かべた。
「大丈夫、大きさが全てでは……ナッハン!!」
 一角の膝が真田の股ぐらを蹴り上げる。
「それでは、各位の奮戦努力に期待します」
 優雅な笑顔で、一角は一礼をした。

解説

●目的
 怪人の犯行を阻止する

●場所
 東京全域

●警護対象
*)施設・イベント名/目玉品/ランタン素材/色/内容物/備考
1)巨匠の光と影展/民衆を導く自由の女神/かぼちゃ/金・赤/サモトラケのニケ・模型/−
2)刀剣の古今東西展/大長巻・絶馬/かぼちゃ/緑・橙/蛸/珍しい長巻の名刀
3)江戸の小粋展/吉野煙管/スイカ/緑/菜種/伝説の太夫・吉野が使っていたとされる長煙管
4)幻想武器展/ロンゴミニアドの槍/メロン/銀/ペンライト/アニメの武器を本物の刀鍛冶が再現
5)古地図の兆し/キッドの海図/かぼちゃ/青/蛍烏賊/−
6)王者の風格展/仏賢王の冠/かぼちゃ/金/蝋燭/−
7)幻想動物博覧会/龍の牙/かぼちゃ/橙/牛脂/伝説の動物たちの遺物、真偽は不明
8)顔展/愛娘/かぼちゃ/赤/自由の女神像・模型/とある芸能人写真家の個展、写真の腕はいまいちだが妻と娘が美人と評判
9)呪われた美展/バーバヤーガの水晶/カブ/紫・青/夜光茸/曰く付きの美術品、価値はピンキリ
10)古代奇書/死海文書/カブ/紫/ベニテングダケ/−
11)貨幣博物館/大正菱大判/かぼちゃ/赤・緑/偽札/−
12)天草四郎展/黄金のロザリオ/かぶ/銀・青/藁/−
13)日枝神社/太刀・則宗/すいか/緑/鈴/−

リプレイ

●呪われた美
 その小さな美術館に、すでに人影はなかった。
 静謐の中、展示された宝石たちは不吉に瞬いている。
 中央の台座に鎮座したバーバヤーガの水晶は、ひときわ妖しい存在を放っていた。
「ハロウィンにかこつけて犯行声明かよ……かったりぃ」
『えー? なかなか粋なヴィランじゃなイ?』
 台座からほど近い物陰に、麻端 和頼(aa3646)と華留 希(aa3646hero001)は身をひそめていた。
 和頼の悪態に、希がどこまでも楽しそうに応じる。
「何かの陽動とかじゃねえといいけどな」
『ソッチは誰かがなんとかするヨ』
 信頼というよりは、単なる無関心か。
 和頼が呆れ顔を浮かべた時、
ーーバチン。
 照明が落ちた。
 二人はすぐさま暗視鏡を装着する。
 暗闇の中、ホールの入口あたりが、ぼうっと光った。
 ぼんやりと浮かぶ火の玉がひとつふたつ、ゆらゆらと漂う。
 人の顔にも見える不気味な人魂に導かれて、闇の中から、ソレが姿をあらわした。
 引きずるほどに長い髪、かろうじてのぞく青白い口元と、なだらかな身体の曲線だけが、ソレが肉をともなう人間であると教えてくれた。
 ふわふわと漂っていたふたつの人魂が、空中でピタリと止まる。
 直感的に、物陰から転がり出た。
 飛来した人魂が、二人の元いた場所をかすめると、不気味な炎が上がった。
 それを傍目に見つつ、共鳴、黒狼の両脚を疾駆させ、一息に魔女へ肉薄する。
 手にした槍をつき込む。
 が、引き返した二つの人魂に阻まれる。
 断末魔の叫びとともに、人魂が掻き消える。
 カツン、と何かが落ちた。
 宝石らしきそれが光を失って、灰に変わる。
 魔女の唇がニンマリと歪む。
「ウフフ、壊れた……もっと、もっと……」
 髪の毛の合間から生えた両の手に、不気味な宝石の数々。
 ふわりと浮かんで、人魂となる。
「何がしてえんだ、てめえ」
「壊れろ、こわれろ……うつくしいもの……」
 和頼が距離をつめて、槍を振るう。
 人魂がことごとくを相殺し、灰と散る。
「もっと壊れろ! シネ、シネ! アハハハハハ!!」
「ハロウィンは鎮魂祭だろーが! 大人しく神に祈ってろ!」
 鮮血の刃から、槍の突き込みの連続攻撃。
 すべて人魂で相殺される。
 爆炎が一面を覆った。
 距離をとる。
 燃え盛る呪炎の向こうで、魔女がつぶやいた。
「恨めしい、口惜しい、呪われた宝石たち……いつか、迎えにきてあげる……」
 呪炎がおさまると同時に、照明が戻る。
 魔女の姿は、すでになかった。
「くそっ、逃した」
『でも、お宝は無事みたい』
 共鳴を解除して、あたりをあらためる。
 宝石たちはケースの中で変わらず不気味な輝きをたたえている。
「釈然としねぇ」
『もう他の場所にも来たのカナ?』
「来ねぇほうがいいだろ」
『うーん、アタシはヤるほーがイイのにナ♪』
「洒落にならねえよ……」
 希がクルリと回ってポーズをとる。
 顔と体だけが猫に変じていた。
『トリック、オア……トリック!』
「……選択の余地がねぇだろ」
 和頼は呆れて、スキットルから酒をあおった。

●幻想武器
 背の高いガラスケースには、緻密な細工や凝った造形の刀剣の類がずらりと居並んでいた。
 とりわけ奥のケースに飾られた西洋槍は荘厳の一言だった。
 乙橘 徹(aa5409)はその向かいで警護をしながら、通信機に話しかける。
「真田さん、スピカさん。よろしくお願いしますね」
「……一角です。あとは、こちらで」
 通信が切れる。
「素敵なものと素敵な夜に、ふさわしい楽しみ……さて、誰がくるだろう。天使なら頭上の光る輪で発見できるかな? さすがに着替えてるだろうけどさ」
『格好の奇態さで言ったらおぬしも相当じゃ。なんじゃ、その派手な帽子は』
 隣のハニー・ジュレ(aa5409hero001)が呆れ声を出す。
「ディア・デ・ロス・ムエルトス、死者の日だよ。去年のハロウィンの時にグロリア社が売り出したって」
『悪趣味な』
「そうかな?」
「私は、素敵なお帽子だと思いますわ」
 頭上から降る声。
 視界を、純白の羽が埋め尽くす。
 白い翼。
 そして、光の輪。
「ごきげんよう。そして、おめでとうございます。貴方がたは第一の試練を突破なさいました」
 コケティッシュな純白の衣装に身を包んだ、輝くばかりの天使がいた。微笑む瞳の中に、十字の光が浮かんでいる。
「こんばんは、お嬢さん。自分も、こういうのは嫌いじゃないですよ。クイズも楽しい事も、綺麗な女の子もね。今ならイタズラって事で事件性は認められてないそうですよ。どうします?」
 やんわりと勧告を行う徹に、
「すべては、神の思し召しです」
 天使は胸の前で手を組み、厳かに告げた。
『ほう、神か。ワシの前でその名を出して、ただで帰れると思うな』
 ジュレの瞳に剣呑な光が浮かぶ。
「やれやれ、荒事は好きじゃないけれど、しかたないな……はい、共鳴」
 しれっと共鳴をして、一足で間合いをつめた。
 日輪舞扇が、炎の刃をまとった。
 それを迎え撃つのもまた、輝くような炎をまとう剣。
 両者一歩も引かず、十数合。
 かち合い、空間が弾ける。
 距離が開いた。
「素敵なものとやらが壊れますよ」
「すべては神の思し召しです」
「それが基本スタンスなんですね」
 再び距離を詰めて、数合。
 徹は違和感を感じ始めていた。
 距離が開く。
 今度は、あきらかに天使が引いた。
 徹は追撃しなかった。
「……第二の試練も、合格ですか?」
「うふっ」
 魂を引き抜かれるような、美しい笑みだった。
「また、お会いしましょう」
 ふわりと浮かび上がる天使に、徹が小さな包装紙を投げ渡した。
「素敵な夜の、お近づきに」
 なんの変哲もない、パンダクッキーだった。
 天使は軽く目を見張って、等身大の、少女の笑みを浮かべた。
「ありがとう」
 光が弾ける。
 そこに彼女の姿は無かった。
『よかったのかのう』
「たぶん、何も盗まれてはいないとは思うよ。この後の保険もあるし……明日は学校なのになあ」
『若い者は徹夜なんて余裕じゃろ』
「寿命の前借りだよ。1日7時間は寝たいのに」
 徹はがっくりと肩を落としつつ、通信機を取り出した。

●幻想動物博覧会
 古びたビルのフロア、年季の入った調度品の合間に、いかにも胡散臭い肩書の品々が並んでいた。
 曰く、人魚の剥製。玄武の甲羅。鵺の生首。
 そして、龍の牙。
 真偽はさておき、大きさと迫力には、目をみはるものがある。
「興味深いな」
 赤城 龍哉(aa0090)は武者震いをした。
 これからはじまる闘いの予感に高揚しているのかもしれない。
 カボチャに張ったセロファンの色と瞳の符号から、来るのは拳士と予想していた。
『牛脂は?』
「熱く激しく燃えるもの、って事じゃねぇか」
『そういう事にしておきますわ』
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)が肩をすくめる。
『でも、良いんですの?』
 隠れるでもなく、二人は龍の牙の前に堂々と陣取っていた。
「こそこそ隠れて来るのに、あのアピールはねぇだろ」
 熱く激しい闘いをご所望なら、受けて立つ。
 龍哉は拳を打ち鳴らした。
「大胆な犯行予告だよな、色んな意味で」
『ヴィランだったとして、能力者と英雄、どちらが主体なのかは気になりますわね』
「ブツを求めたのがどちらかってことか? 捕まえてみりゃ判るかもな」
 その時、二人の視界がソレを捉えた。
 まるで花道を歩むかのごとく、彼女はやってきた。
「ようこそ、お嬢さん。何か御用か?」
 共鳴した龍哉が問いかける。
 狼の毛皮の下で、獰猛な笑みが広がった。
「OK……それじゃ、始めようか!」
 言葉はいらぬとばかりに、両者が飛び出す。
 狼の毛皮にふさわしく、獰猛な獣そのものの動き。
 鉤爪の拳で引き裂くような一撃を、古流の動きで受け流す。
 獣の如き動き。
 しかし、そこに人間の洗練された動きと流れを見抜く。
「形意拳に、カラリパヤトゥに……古流も? チャンポンすぎんぜ」
「強さの、ためだ」
 獰猛で、挑発的な笑み。
「ちげぇねぇ!」
 喜々として、互いに必死の一撃を繰り出し、撃ち落とし合う。
 二人は紙一重の刹那に満たされた。
 それを打ち破ったのは、古時計の鐘の音だった。 
 拳士の動きが鈍る。
 その隙きを、龍哉が狙いすます。
「ザッハーク!」
 紐が蛇の如くのびて拳士の腕に絡む。
 拳士はひるむどころか、自ら距離をつめた。
「いらっしゃい! 歓迎するぜ!」
 ゼロ距離での、さらなる技の応酬。
 蛇が外れた。
 拳士は一足で、部屋の入口まで距離を取った。
「コイツは、いんねぇのか?」
 龍の牙を示す。
「そんなモンがなくても、アタシは強くなる。それに、土産ももらった」
 どちらともなく、ニヤリと笑う。
「赤城波濤流、赤城龍哉だ。名前を聞いても?」
「今はまだ、名乗る名がねぇ。でも、またヤろうぜ。ゼッタイに!」
 拳士が飛び去る。
 二人の共鳴も解かれた。
『お土産?』
「あぁ、最後に打ち合った時な」
 懐から取り出したソレを見て、ヴァルが呆れ顔を浮かべた。
「またな」
 拳士の去った方を見て、龍哉はビーフジャーキーを噛みちぎった。

●古地図の兆し
 夜の街を荒木 拓海(aa1049)が共鳴状態で疾駆していた。
「300m先、信号を右折」
 通信機からオペーレーターの一角に案内されるままに、飛ぶように駆ける。
『拓海の言うことを間に受けたのが失敗だったわ』
 意識の内側でメリッサ インガルズ(aa1049hero001)がため息をつく。
『貨幣博物館に行こう、理由は色々あるが決め手は【ゲームをしよう。究極の美を求めて】の言葉、偽金は一種のゲーム【騙し騙されるもの】と思うよ、なんて言うから、私も、美しき偽造品ね、なんて言って……ねぇ、理由ってそれだけじゃないでしょ? 本当は胸のサイズで決めたんでしょ? 遊女さん? 拓海ってあの位が好きなのね」
「ちょっ! 仕事に個人的な理由は持込まないって」
『あら、それが好みとは認めるのね』
「500m先、Y字路を左へ」
 誘導に従って全力で駆けつつ、拓海はメリッサの詰問に追われていた。
『個人的趣味なら【巨匠の光と影展】を見に行きたいな、有名な絵画だし、危険箇所の下見って事で回らないか、罠設置しつつとか言って、私も、時間を忘れて見入っちゃうから別場所に設置しましょう、なんて……ホントは王女様狙いだったのね』
「400m先、メインホール横の窓。突入を」
「ほら、リサ、行くよ!」
 痴話喧嘩もそこそこに、拓海が窓を突き破って、ホールに侵入した。
 警報が鳴り響く中、彼女は手に入れた地図を、筒に丸めてしまい込んでいた。
 一旦、共鳴を解除して、拓海が話しかける。
「ハッピーハロウィン。初めまして。どの美人さんが来るかと楽しみにしてたよ。お菓子は、如何ですか?」
 気だるげな瞳がちらりと拓海を見やるが、無視して地図をしまう。
 メリッサがぷーくすくすと笑う。
 拓海の頬が引きつる。
「良ければそれを置いて、このまま帰って貰えないかな? 今なら【ちょっとしたイベント】で済む。できれば戦ったり捕縛はしたくない。そうなったら君の仲間も追い詰められる」
「うーん、今のアナタに〜、それができるとは思えない?」
 海賊が指した先で、ここまで疾駆してきた拓海の両足は、生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えていた。
 メリッサがさらに笑い転げる。
『ま、冗談はこのくらいで。見逃すわけにもいかないし』
 メリッサ主体の共鳴。一息で間合いをつめる。
 電光石火からの一気呵成。
 海賊はのらりくらりと身をかわして、バックステップで高く宙に舞う。
「そこっ!」
 必勝のタイミングで、ロケットアンカーを射出した。
 大きく身動きのできないはずの空中。しかし、
「やー、とー、ほー」
 海賊は手足の質量を振り回し、猫のように中空で身をよじると、ブースターによる追撃も含めて、すべてをかわしきった。およそ、初見の動きとは思えない。
「あなたたちは〜、そこそこ有名? 情報もー、あるところにはある。あでゅー」
 警句のようなものを告げて、海賊は姿を消した。
『やられた……追うわよ、拓海!』
「え、ちょ」
 すでに疲労困憊の拓海の体ごと、メリッサは跳躍した。

●江戸の小粋
 薄明かりの館内に、たおやかな着物の美女が佇んでいた。
 ランタンの花道が奥のショーケースへと続いている。
 どこからともなく、声が聞こえてきた。
「ハッピー・ハロウィン! 折角だから飾りはハロウィンぽくしたいよね♪ 灯りはボクからのお誘いだよ。まさか、いるとわかってて逃げたりしないよね?」
 琥烏堂 晴久(aa5425)の明るい声だ。
 遊女は艶やかな唇で弧を描くと、静々と歩きだした。
「ねえねえ、あのランタンってキミ達が作ったの? キミ達の目的は何? ボク、ヴィランにはちょっと興味あるんだよね。あ、あと兄様落とせるようないい色仕掛けあったら教えて!」
『それは僕のいないところでやってくれ』
 矢継ぎ早の質問を、琥烏堂 為久(aa5425hero001)の声が諌める。
『ハルの問いは適当に流す事をお勧めするよ。この子の会話に付き合いだすとキリが無い。ただ、君の行動には興味がある。色々教えてもらいたいな』
「ズルい! 僕にもかまって!」
『お前は何をしに来たんだ…』
「楽しい方々……でもぉ、お姿が見えないのは、ちょっと残念」
 甘い口調で、遊女が答える。
 視線の先には、鍵の掛かったショーケースがある。
 煙管をくわえて、煙を錠に向かって吐き出す。音もなく溶けて落ちた。
「お菓子をあげるからさ、大人しく帰ってくれない? 何もしないで帰るなら、そこのお菓子をあげる。トリック・オア・トリート、でしょ?」
 ショーケースの傍らに、お菓子の詰め合わせが置かれていた。
 晴久の声は、その中から聞こえている。
「美味しそぉなお菓子。でもぉ、今日はぁ、コッチ」
 遊女の手が中の煙管をつまみあげた。
「だよねー。あ、けど」
 あっけらかんと笑う晴久の声が、一瞬、二重になる。
「それ、偽物だから」
 襲いかかった銀の魔弾が、ショーケースを吹き飛ばす。
「意外と身軽だね」
 セーラー服に黒髪の美少女が不敵に笑う。
 視線の先で、遊女が着物の裾を翻して、着地した。
「綺麗なお顔、とぉってもぉ、美味しそう」
「あ、じゃあ、捕まってくれたら、一日だけ兄様貸してもいいよ!」
『?!』
「素敵なお誘い、でもぉ、ごめんなぁい、今日は、ここまで」
 手にした煙管を、大事そうに胸の谷間にしまい込む。
「帰してあげないよ?」
 晴久の周りから不気味な霧が吹き出し、遊女を取り囲む。
「私、しつこいのもぉ、だぁい好きぃ」
 遊女が手の中の煙管を吸い、吐き出す。
 白煙があっというまにその姿を包み込んだ。
 霧と混ざって判別がつかなくなる。
 視界が晴れた頃、すでに彼女の姿はなかった。
「逃げられちゃった」
 晴久の視線が、ショーケースのあった場所に向く。
「偽物、だったら良かったね」
『いくつもの偽物をこの短期間で用意するのは難しい。刀剣にかけて、読み筋を外した。でも、まだ盤面を覆す機会はある』
「それにしても、あの人達、美しい物に恨みでもあるのかな? あ、だとしたら兄様気を付けてね! この中で一番美しいのは兄様だから!」
『それなら気をつけるべきは、晴久だ』
「兄様……」
 粉々になったショーケースと穿たれた絨毯の傍らで、二人だけの空間を作っていた。


●顔
 いかにもオシャレなビルのフロアの中、志賀谷 京子(aa0150)とアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)は物陰に潜みながら、展示の写真を眺めて無聊を慰めていた。
『この写真群が何か貴重なんでしょうか。わたしにはわかりませんが』
「わたしもわからないけれど、あんまりピンと来ないよねえ。ただ、挑戦状が来たからには彼らにとって価値がある、ってことでしょ」
『狙いがここならば、ですが』
「素直に考えるとかぼちゃが一番怪しいでしょ。自由の女神像も元は灯台で明かりを思わせるし」
『色が怪人たちの瞳を指すというなら、来るのは紳士でしょうか。究極の美と言っていましたが、これが究極……ですか。たしかに、この屈託のない笑顔は魅力的かと思いますが』
「いや、それは……ほんとに来るのかなあ」
『それと、この格好には何か意味が?』
 共鳴状態の京子の姿はセクシーな魔女の衣装だ。
「せっかくのハロウィンだし?」
『……いえ、いいです。今更ですし』
 再び息をひそめて待つ。
 ほどなくして、照明が一斉に落ちた。
 暗闇の中、モスケールがライブスを感知する。
 もやのようなそれは音もなく部屋を横切り、メインパネルの前で止まると、紳士の怪人となった。
 京子は気配を消して背後から近づく。
「トリック・オア・トリート?」
 抜き味の刀を突きつけた。
「ま、お菓子をもらっても悪戯するけどね。大人しく捕まる気はある?」
「……ブラーヴァ」
 紳士の口から、感嘆の声が漏れた。
 肉体が無数の羽ばたきとなる。
 京子の横をすり抜けて、後方に再び、紳士の形を作る。
 すかさず、京子が追撃をかけた。
 シャープポジショニングから脚を狙う連撃。
 怪人は一撃目をステッキで、二撃目は再びコウモリとなって、後方へかわす。
「一度魔女に見初められたら、簡単に逃げられないと思ってね」
『魔女が肉弾戦を仕掛けますか、普通』
 京子の勝ち気なセリフに、紳士が恍惚の表情を浮かべる。
「麗しい。清楚な花に刃の棘を持つ人よ。貴女に護られているとあっては、私も諦めざるを得ない」
「そんな簡単に引いちゃっていいの?」
「それに……宝はすでに奪われている」
 京子が振り返る。
 愛娘の写真は、寸分違わずそこにある。
「えっと、何言ってんの、この人……?」
『私に聞かれても』
「この世には数多の笑みがある。あまねく広くに向ける笑顔、ごく親しい誰かに向ける笑顔……果たして、その笑顔は誰に向けたものだったか。こんな場所に掲げられるべきものだったか」
「はぁ……?」
「きっともう、彼女がその笑顔を浮かべることはない。心の花は、すでに失われた」
「うーん?」
「次の花が咲き誇る日まで、清楚な花の人、オルヴォワール」
 ひらりとマントを翻して、霧のように消え去た。
「え、なに、今の人……」
『よく分かりませんが、いわゆる変態というものでは』
 腑に落ちた顔で、京子が深く頷いた。
『それより、逃しても良いので?』
「……はっ! ダメに決まってるでしょ! 追うわよ!」
『うまく追い込めればいいのですが』

●王者の風格
 綺羅びやかなフロアの、厳かな王冠を前にして、二人は待ち構えていた。
『随分と色っぽいヴィラン達みたいだけど……緋十郎はどの娘が好みかしら?』
 レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)が血のような瞳で相方をみやる。
「何を言うレミア! 我が愛しきご主人様の他に、この俺が心惹かれる娘など在りはしないッ。そう、この俺にとって、豊かに実った胸より何より、愛らしくもささやかなレミアの胸こそ至高!」
 ロリコンとドMの二重苦を背負う変態こと狒村 緋十郎(aa3678)は力説を始めた。
「あぁ、レミア、今日も甘い良い香りだ。その美しい瞳の勝気な輝きの前では、如何なる宝玉の光も叶うまい。あぁ、その澄んだ可愛らしい声で、もっと俺を罵ってくれッ」
『そう、いい心がけね……この駄猿が。いい声で鳴きなさいっ』
「ああっ! レミアッ! 我が主っ!」
 四つん這いの上に腰掛けられ、尻をつねられるという行為に、緋十郎は悦びの声をあげた。
 緋十郎は平時こそ底知れぬ変態だが、締める時には締める漢でもある。
 敵が現れればシリアスモードに切り替わり、真面目に任務を遂行する。
「むっ、誰だ!」
 四つん這いで背中にレミアを乗せたまま、険しい視線を部屋の奥に向けた。
 いつのまにかそこにはドレス姿の怪人、王女が佇んでいた。
「あまりの仲睦まじさに、いつお声をかければよいかと迷ってしまいました」
 優雅に王女が微笑む。
『へぇ、人間にしてはわきまえているわね』
「それはもう、下劣な猿を下僕にして悦に浸る女王様気取りに比べれば、幾分かは」
 部屋の空気が、凍りついた。
『あまり、人間風情が調子に乗らないことね』
 底冷えのする声が、王女の耳元で囁いた。
 共鳴したレミアの手には鮮血の如き《闇夜の血華》が握られていた。
 電光石火。一気呵成。そして、疾風怒濤。
 荒れ狂う血刃の暴風を、王女は手にした一条鞭で迎え撃つ。
 振るわれる鞭の穂先は幾百幾千の結界となって、血刃を撃ち落とすが、凌ぎきれず、その身体が吹き飛ばされる。
 絨毯の上を二転三転した後、素早く体勢を立て直した。
「これが、一線級のリンカー……」
『力試しのつもり? 私を挑発しようなんて、千年早いわね』
 鮮血の海を湛えた瞳に、王女が自嘲的な笑みを返す。
「そのようですね……良人を悪し様に言いましたことに謝罪を」
 ピクリと、レミアのまなじりが揺れる。
 張り詰めていた空気が緩む。
『……貴女、名前は?』
「今は、まだ、何も。でも、いつかまた、必ず」
『退くつもり?』
「貴女相手では、今はとても敵う気になれませんので」
 レミアは小さく肩をすくめると、王女に向けて手を振るった。
 放たれたそれは、小さな飴玉だった。
「せっかくのハロウィンの夜に手ぶらで帰すのも可哀想よね」
 王女は小さく微笑むと、
「それでは、ごきげんよう」
 閃光が迸り、そこにもう、彼女の姿は無かった。
 共鳴が解かれる。
『……普通の飴玉を、持ってきても良かったわね』
 小さく呟くレミアに、緋十郎が側に寄り添った。

●幕引き
 辺是 落児(aa0281)と共鳴した構築の魔女(aa0281hero001)が薄暗い路地を素早く駆け抜けていく。
「対象、600m先、十字路を右折」
 オペレーターの誘導に従い、先行する影を追う。
 7人の怪人が確認できた段階で、落児と構築の魔女は警護場所を放棄、怪人たちの追跡に切り替えた。
『一番は侵入されないことだったんですけど、こうなっては仕方ありません」
 何人かに仕掛けた発振器をもとに、逃走先を特定、あるいは最低でも対象を拘束する。
「800m先、丁字路を左折」
 暗がりを選んで駆け抜けつつ、対象が折れた道を曲がって、突き進む。
「……っ! 信号消失!」
『目視で追跡します』
 速度を上げて、闇の中を突き進む。
 やがて、ビル群の合間の小さな広場に、対象を見つけた。
 隠れるでもなく、街灯の下にその姿を晒している。
『やはり、発振器が気付かれましたね』
「ロロ…ー」
『そうですね、相手が隠れていないなら姿をみせましょうか。陽動を仕掛けてくる可能性もありますが、その時は臨機応変ですね。時間はこちらの味方でもあります。ところで、彼女は……不法侵入扱いでいいのですよね?』
 すばやく物陰から歩み出て、銃と明かりを指向する。
『動かないでください、逃げるようならば……制圧します』
 光の中でドレス姿の人影が、ゆっくりと振り向いた。
「やはり少し、詰めが甘かったでしょうか」
 その言葉に返すより先に、
「今後の課題、というところかな」
 シルクハットにマントの人影が、広間に舞い降りた。
「壊したい、美しいもの、もっと……」
 黒い塊が、闇の向こうから這い出てくる。
『これはマズいですね』
 構築の魔女が口の中でひとりごちる。
「信号、全て消失。おそらくはそちらへ。他のエージェントも急行中」
 すると、あとは数的優位を探るタイミングの勝負になる。
『答え合わせをしたいところですね。あのランタンの』
 構築の魔女が呼びかける。
「ええ、構いませんよ」
 明らかな時間稼ぎに、王女が応じた。
「ハロウィンでは、明かりの点いていない家を訪問してはいけない暗黙のルールがあるそうです」
「ランタンの内容物は、すなわち光。そして光とは、神の威光」
「菜種はぁ、行灯の油の原料よぉ」
「蛍烏賊もー、光るー」
「かぼちゃの目ン玉は、アタシたちの目ン玉とおんなじ色ってわけだ」
「そして、ランタンの素材はミスリード……すこし、こじつけが過ぎたでしょうか」
 広間に、7つのシルエットが揃った。
「と、いうわけですので、ハロウィンの夜はこれにてお開きです。また、どこかでお会いしましょう」
 かけつけるエージェントたちの足音。
 刹那の差で、7つの影が闇の中に掻き消えた。
「信号消失、追跡は困難です。二品が奪われたのは残念ですが、想定内の被害でしょう。状況は終了です。お疲れ様でした」
 淡々と告げて、一角からの通信も終わった。
「あーもう! 逃げられた!」
『変態が一枚上手でしたね』
 京子が地団駄を踏み、
『挽回ならずか、残念だね』
「しょーがないよ兄様」
 琥烏堂兄弟が寄り添い、
「お疲れ様でした。ハッピーハロウィン!」
『調子いいんだから』
 拓海が朗らかにお菓子を配って。

 ハロウィンの夜は、幕を閉じた。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • ガンホー!
    乙橘 徹aa5409
    機械|17才|男性|生命
  • 智を吸収する者
    ハニー・ジュレaa5409hero001
    英雄|8才|男性|バト
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
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