本部

【双子星】小さなジェミニは呟きを集めて

形態
シリーズ(新規)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/10/28 00:50

掲示板

オープニング

●小さなジェミニは囁きだす


 広大な『インターネット』の中はまるで春だ。情報の奔流の中で次から次へと才能が花開く。
 その反面、注目を集めたものがすぐに忘れられることも少なくない。
 それは時には消費と呼ばれた。
 ──けれども、人はその中から「お気に入り」を見つけてずっと愛することもある。


 ──二〇一六年。とある小さな村にて。

『初めましての皆さん、俺はヴァージル、彼女はヘザー。
 さあ、視聴者の皆は、俺らの命を賭けたライブを楽しんでいってくれ!』

 マイクを使って宣言したのは金髪碧眼のギターを抱えた男。その隣に細い身体に似合わぬ巨大な斧を肩に担いだ女が佇む。
 ──インターネットの動画サイトに映された彼らは彼女の心を捕らえて離さない。
「ジェミニ」
 熱心に動画に見入る少女。小さな田舎に住む十四歳だ。褪せた金髪のくせ毛をゆるくふたつに結って、そばかすの多い白い肌に青い瞳をしているやや痩せている。友達は”居ない”。
 そして、能力者(ライヴスリンカー)である。
 彼女の英雄(リライヴァー)はもう十年ほど彼女の前に現れていない。彼女は共鳴したままなのだ。
「ああ、ジェミニ……わたしを救ってくれる──」
 窓の外で笑い声がした。庭で太った両親が弟妹とや飼い犬とじゃれているのだ。一人、その輪に入れない彼女は冷たい瞳でそれを見下ろす。
 彼女の部屋は屋根裏にあり、色とりどりの花で満ちていた。
 彼女はそれを集めて花籠にして両親へと渡した。それは、両親の営む花屋の商品であり、同時に彼女の生きる糧であった。

 ──You are different from the others.Something a little different from others of the same type.Each has a different character from the others.

 動画の中のヴァージルとヘザーが歌い、ふたりが見つめ合い両手を重ねるとライヴスの蝶が舞う。
『共鳴開始(リンクドライブ)!』
 耳鳴りのするような違和感と共にふたりの姿が歪み、ひとつの影に、けれども、それはまた糸を引いてふたつに別れた。
『我らはジェミニ──怒りと違和感の代弁者』
 男とも女ともつかない声で名告る黒髪黒目の褐色の肌の男女の双子。通常、共鳴したリンカーの身体はひとつになる。しかし、彼らは細いライヴスの糸で繋がったふたりぶんの肉体を持つ、通常ではあり得ない異形のリンカーだ。ライヴスから生み出した粘着性の無い蜘蛛の糸のような糸を操るその姿は──まるで従魔か愚神。
『──違和感を感じる同志たちよ、さあ、その違和感を壊そう! 世界は自由だ!』
「ええ、ええ!」
 少女は自分の襟を掴み、泣きながら頷いた。
 ……ジェミニはずっとアングラで活動して来たミュージシャンを名乗る犯罪能力者(ヴィラン)だ。かつては彼の信者とも呼べるファンがたくさんいた。けれども、彼らはニ〇一五年のクレセントムーン音楽祭へ襲撃、歌姫たちの公開殺害とH.O.P.E.への宣戦布告を行い、その結果、エージェントたちに敗北して収監されている。その際のエージェントたちの働きかけに賛同した一部の動きによってジェミニの信者たちはほぼ居なくなったと思われていた。
 少女が彼らを知ったのは、最近だった。それから、インターネット上の情報を探し今に至るのだ。
 彼女は自分の英雄に感謝した。
 彼女がインターネットにアクセスしているのは、花籠の材料を発注するための小さな端末だ。本来なら検索も、ましてや動画を観ることもできないはずのそれを可能にしたのは彼女の英雄だった。彼は彼女が寝ている間だけこっそりと彼女の身体を使って動くことがある。
「わたし、あなたのお陰で生きていけそう」
 排他的な小さな村で、『リンカー』として目覚めた少女は家族によって軟禁されていた。



●忘れ去られし者たちの復権
 ニ〇一七年、十月。三日月を掲げる野外音楽堂にて。
 一昨年のジェミニの騒動によって昨年は開催されなかったクレセントムーン音楽祭の開催。
 若いアーティストたちの登竜門的存在であるそれの復活。野外音楽堂に響く若々しい音楽たちは人々に明るい声で迎えられた──はずだった。
 突如、一本の矢がマイクスタンドを撃ち抜いた。ステージ上のピアノが大きな斧によって大きく砕かれた。
 歓声が、絶叫へと変わった。


 テレビ越しにそれを見ていた女は猫のように目を細めて小さく笑った。
「可愛くなりましたわね。ジョーヌ・シトロン、エカルラート」
 レモンイエローに髪を染め、弓を引き絞って観客を射貫く少女は小さな村で軟禁されていた少女だった。
 笑いながら斧を振るうのは燕尾服の『赤いリトルジェミニ』。
 ふたりの腕にはジェミニのフォロワーを示す、蜘蛛の巣にかかった双子座のマークが掘り込まれていた。
「どうかしら? こういうのって嬉しくない?」
 振り返った女──セラエノのアイテールの言葉に、投獄されていたはずのジェミニ、ヴァージルとヘザーは何の感慨も無い瞳で彼女を見返した。
「あら、嬉しくない?」
「──ああ、嬉しい」
 ヴァージルの返答にアイテールはけたたましく笑った。
「それでこそ、あなたたちを脱獄させた甲斐があるというもの!
 ──さあ、あなたたちの出番よ、素敵に演じてくださいな」


 テレビ放映中のクレセントムーン音楽祭にてヴィラン二人組によって観客と出演者への無差別攻撃が始まった。
 テレビクルーはすでにヴィランたちに殺され、混乱する会場の様子は延々と放映されており、それを見る人々は固唾を飲んで事の成り行き──H.O.P.E.のエージェントたちの到着を待った。
 いつも、そうだった。
 なにかがあれば、いつも彼らは来てくれた。
 その時、野外音楽堂のステージ後ろの壁面に大きく映し出されたものがある。
 クレセントムーン音楽祭の視聴者には記憶に新しいおぞましきミュージシャン「ジェミニ」を名乗る二人組だ。

「──あの時、途切れてしまった音楽が、今再び鳴り始めた。我らはジェミニ。呼ぶ声に応えて今ここへ戻って来た。
 ──さあ、仕舞いこんだクラウトロックを吐き出しやがれ!」
 ヴァージルが声を張り上げる。
「共鳴開始(リンクドライブ)!」
 耳鳴りのするような違和感。ふたつに別れた共鳴姿。

 会場の一部で歓声が上がった。
 スピーカーから録音された暴力的な音が流れると、ふたりのリトルジェミニたちはステージから客席目がけて武器を振るう。
 黄色いリトルジェミニはステージ上から、赤いリトルジェミニは客席の中で。
「逃げまどえよ、糞が!」
 逃げ遅れた人々が会場から離れようとすると、覆面をした灰色のコートを着たヴィランがそれを殴りつけて制止した。
 会場に紛れ込んでいたジェミニのファンたちは暴徒と化して拳を振り上げた。

解説

●目的
黄色のリトルジェミニ、赤いリトルジェミニを止める
※暴徒及びヴィランへは基本的に殺害や過剰な報復行為はしてはいけない
 ヴィランを倒した場合、ほとんどの場合気絶と処理される

●野外音楽堂
  □
 □■□
□   □

※□壁
※■ステージ

扇形の壁に囲まれるよう前方にステージ、立ち見の客席(座席無し)
収容人数三千人だが、今回はテレビ放映がメインのため観客数は絞られており
騒動直後に逃げた人数も多く居たため、現状一般人は三百人(出演者・スタッフ含む)ほど
他に暴徒百名


●前提
参加者、もしくはH.O.P.E.より依頼があって駆け付けたエージェントたち
事前準備(H.O.P.E.にて用意できるもの、コンビニ購入できる三千円以内のもの)でも、
準備に時間のかかるものはできない
以前使用した輸送用の巨大なヘリは可能


●敵
・赤いリトルジェミニ「エカルラート」(斧を使うドレッドノート)
燕尾服の青年ヴィラン
・黄色いリトルジェミニ「ジョーヌ・シトロン」(弓を使うバトルメディック)
名前の通りレモンイエローの髪をした少女ヴィラン
・セラエノ構成員(ヴィラン)二十名
各クラスのヴィランがおり、会場周辺に潜む
彼らは現状から逃げようとする観客を襲う
リトルジェミニたちが倒された時には撤退する
・ジアザーズ
ジェミニのファン
会場内で暴れる一般人(暴徒)百名程、ジェミニの印の紙のバングルを着けている
リトルジェミニが倒されると徐々に大人しくなる


●その他
・ジェミニ:ヴァージルとヘザーのバンド名、もしくは彼らのリンクした異端の姿を呼ぶ
黒髪黒目、褐色の肌の男女の双子の姿になると言う通常ではあり得ない共鳴姿へと変わるヴィラン
服役中だった

・アイテール:詳細不明の女性ヴィラン。セラエノメンバーの一人
 ※セラエノに関してはワールドガイド内「この世界の脅威達(ヴィラン)」参照

リプレイ

●開幕
 クレセントムーン音楽祭、ステージ裏の楽屋の隅で天城 稜(aa0314)は何度目かの呻き声を上げた。
「うぅ……ちょっと緊張するなぁ……」
 彼の英雄であり音楽のパートナーであるリリア フォーゲル(aa0314hero001)はくすくすと笑った。
「緊張しすぎですよ、稜」
「でも、リリア。時計祭の屋外コンサートから、いきなり、このレベルの音楽祭に出させて貰って良いのかなぁ……まだ僕は他の皆より無名だよ?」
「この音楽祭も前にトラブルが有ったので……その影響で、参加者が少なく私達のような無名のアイドルリンカーでも参加できたのでしょうね」
 クレセントムーン音楽祭の参加者は音楽好きなら聞いたことがあるアーティストばかりだ。一方、稜たちはというと残念ながらまだそこまでの知名度はない。それでも、先日、H.O.P.E.ロンドン支部主催で行われたティックトック・フェスティバルでのライブが好評だったためだろうか、今回、ふたりはこの音楽祭のアイドルリンカー枠に『招待』されたのだ。
 はあっと大きく息を吐くと、覚悟を決めた稜は顔を上げた。
「でも、これも何かの経験やオーディションのアピール要素になるよね? よしっ!頑張ってくぞ!」
 にっこりと微笑むリリア。
「オー!」
 ふたりは声を合わせた。


「へえ! 中々賑わってるね!」
「ま、待って、ください……!」
「わ、わ」
「お先に行くですね…っ」
「天城さんたち、そろそろです、ね……っ」
「ちょっと前に来過ぎたか、なっ?」
 オールスタンディングライブの人混みは酷かった。特にステージ付近は。揉まれながらも平然と先へ進む風代 美津香(aa5145)と彼女に手を引かれながらなんとか追うアルティラ レイデン(aa5145hero001)、意思とは関係なく前へと流される紀伊 龍華(aa5198)とノア ノット ハウンド(aa5198hero001)、小柄な体で溺れそうになりながら耐える柳生 楓(aa3403)と氷室 詩乃(aa3403hero001)。
「ん。気付いたっぽい、かな……」
「あらー、こっちに来るみたいよぉ」
「……ーロ、……」
「時計祭のライブが再び見られるのは楽しみです、が、私たちは、ちょっと下がります、ね」
 観客席中央のゆとりのあるスペースでニウェウス・アーラ(aa1428)と並んでおっとりと手を振る戀(aa1428hero002)。彼女たちに気付いた構築の魔女(aa0281hero001)ともみくちゃにされている辺是 落児(aa0281)は共に後退を決意したようだ。
「わたくし、あの中に入る自信がありませんわ」
「無理しなくていいんじゃないかな」
「でも、もう少し前に行ってもいいよね?」
「そうだなあ、ここからじゃ弓も届かないしなあ」
 混雑する人混みを眺めて躊躇するファリン(aa3137)。彼女と並んだキース=ロロッカ(aa3593)は拳を振り上げるファンたちに見た目中学生女子である相棒の匂坂 紙姫(aa3593hero001)が潰されない適切な距離を目測する。そんな彼らの傍で一際長身のダイ・ゾン(aa3137hero002)が軽口を叩いた時、それは起こった。
 突然一本の矢によって撃抜かれたマイクスタンド。少し変わった燕尾服の青年が現れると、ステージ上のピアノを斧で破壊し転がったマイクを掴んだ。
「今夜はクレセントムーン特別バージョンだぜ! 楽しめよ、糞が!」
 二年前を想起させるそれに悲鳴が上がった。続けて、壁面に映し出されたジェミニによって会場は恐慌状態に陥った。
 客席前方で美津香とアルティラは怒りを露わにした。
「皆に夢と希望を与える筈のライブで何て事するのよ。彼らに人の前で歌う権利なんて無いわ!」
「罪なき人達を傷つける行為、見過ごす訳には行きません!」
 青白い光に包まれ共鳴した美津香は、客席へ飛び込んだリトルジェミニたちを鋭く見る。
「女の子よりは青年の方が、気兼ねなくぶっ飛ばせるかね」
 兎の獣人姿になったダイ・ゾンがステージとの距離を測る。
「前言撤回、弓なら届きそうだな」
「阿鼻叫喚とはこの事ですね……」
 険しい表情を浮かべるキース。
『けが人までゼロというのは、この状況では無理かもしれませんわ……』
 共鳴したファリンも顔を苦し気に呟く。
「そして、敵(ヴィラン)はステージ上だけじゃないって寸法か」
 ダイ・ゾンのガーンデーヴァから放たれた矢が会場の外で観客を襲う影を追い払った。
「──敵の脅威度をはかろう。一がリトルジェミニ、二がヴィラン。一般人の暴徒はその次だ。一般人を少々放置することになるが仕方ねェな……」
『汚名を着る覚悟はできておりますれば……』
 ファリンが覚悟を告げる。
 共鳴した紙姫がキースへと問う。
『キース君、あたしたちの優先順位は?』
「ボクたちはまず今後に繋がるものへの対策を講じ、それから原因を叩きましょう」
『了解!』
 観客席では新たな混乱も広がっていた。
「ジアザーズ! 心を同じくする俺らが!」
 絶叫する青年が隣の観客を殴り飛ばし、暴力が連鎖的に広がる。
「まずは騒ぎを抑えること……ですね」
 惨状を観察する構築の魔女は傍から見れば怯える手弱女に見えたかもしれない。暴徒の一人がそんな彼女へと拳を向けた。
「……ロ」
 彼女の隣にはいつの間にか落児が立ち、暴徒の拳は彼らを囲むライヴスの蝶に阻まれた。光の奔流に怯んだ暴徒を共鳴した彼女は軽々と避けた。
「ジェミニは投獄されたはずです。第三者の関与が濃厚、でしょうか? ……とにかく、少しでも観客の避難をすすめましょう」
 彼女の視線が会場の外へと向く。
 一方、ニウェウスたちは逆に混乱に乗じてステージ前方へと移動していた。ニウェウスは戀を見上げる。
「戀……」
 逃げようと蠢く人の波。それを追い、抗う術を持たない人々を蹂躙するリトルジェミニの暴力がそこにはあった。
「ん、この辺りからなら――行きましょう、マスター」
 戀の黄唐茶色の瞳が細められた。
 ノアと共鳴した龍華もまた客席に降りたリトルジェミニを追っていた。
『二年前の事件の再来ですか。場所も元凶も同じ、また凝った真似をするですね』
「だけど、おそらく目的は一緒じゃない。前は乗っ取りのような感じでファンを捲し立てていたようだけれど……今回はそれだけじゃない気がする」
 リトルジェミニの二人とジアザーズを自称する暴徒を動かしているのは確かにジェミニだろう。だが、目的は前回と同じではない気がした。
 ──それに、ただ害を及ぼすだけのヴィランの在り方であればこのように一般人の味方(ジアザーズ)を得ることは難しいはず。今回こうして姿を現したのは何かを伝えようとしているのでは……。
「できれば、それを問いただしたいな。どのような想いでも、それが彼らの答えである以上受け止めたい」
 なぜ彼らはこのような行動を起こしているのか、そして、彼らにジアザーズのような熱狂的なファンが未だに在るのか。
『それが非道な行いでもですか』
「もちろん、それは見過ごすつもりはないよ……」
 決意を胸に、声を張って人々の間を駆ける龍華。目指すは矢を番えた黄色い髪のヴィラン。
「皆さん、少しだけ待っていてください。俺たちが、助けますから」
 観客たちに声をかけながら龍華は進む。


 ステージへ飛び出した稜は状況を理解すると即座に《フットガード》をかけて、会場内の装飾や機材の上を走り、観客の傍へと全力で走った。そして、出演のために着けていたヘッドセットマイクで必死に呼びかける。
「皆さん! 落ち着いて、慌てないでください──つっ!」
 一本の矢が稜の肩を貫いた。観客席に飛び込んだ彼はリトルジェミニの矢から観客を守ったのだ。
「リンカーが、邪魔しないでっ!」
 黄色い髪のリトルジェミニ「ジョーヌ・シトロン」が叫ぶ。
 稜はそれでも観客へと呼びかけを続けた。
「怪我をしない様に、頭を抱えてその場でしゃがんで下さい! すぐに、僕達が助けますから!」
 繰り返す彼の声はスピーカーを通して会場内に響き渡り、徐々に身を屈める人々の姿が出て来た。──その結果、暴徒ジアザーズと観客の違いが徐々にはっきりと浮かび上がる。
「ジョーヌ・シトロン、そんな奴ら相手にすんな!」
「だって、エカルラート」
 ギリと歯を噛みしめるジョーヌに、赤いリトルジェミニ「エカルラート」が怒鳴る。
 何か言いかけたジョーヌがぎょっとして身を反らす。
「お愉しみの所、失礼。――覚悟、出来てるわよね?」
 熱に浮かされたような桃色の髪がはらりと散る。共鳴状態「Form:Lovers」となって融合したニウェウスと戀だ。ジェットブーツを履いた彼女がカラドボルグを手に迫ったのだ。
「エカル!」
 うろたえた声をあげるジョーヌ。舌打ちをしながらも再び斧を観客に向けたエカルラート。
『ボクらの目の前でこれ以上はやらせないよ!』
 詩乃の声に重なるように共鳴した楓の言葉が狂騒の中はっきりと響いた。
「何かの事情があったとしても、私らの目の前でこれ以上は傷つけさせない」
 赤と青のオッドアイが真っ直ぐにエカルラートを見据える。バトルドレス姿の楓は《守るべき誓い》を使い人々を守る堅牢な盾としてヴィランの斧の前に立ち塞がった。
 標的が逸れた隙に稜は立っている暴徒たちに目を走らせ──ライヴス通信機「遠雷」で仲間に伝える。
「腕に白い……紙のバングルを巻いてるのが恐らくジアザーズたちです」
 そして、暴行を受ける観客の元へ駆けつけながら、稜は人々を守り励まし続けた。
「糞が! お前らと交渉なんて無理だってわかってるからな。さっさとイカせてもらうぜ」
 状況不利と見たエカルラートが苛ついて罵る。
「はぁい! 弱い者いじめなんて子供みたいな事するより、お姉さんと遊ばない? それとも斧を振り回すしか能のないおバカさんはお姉さんとの遊び方も解らないかな?」
 エカルラートへファラウェイを突きつける美津香。
 エージェントに囲まれたヴィランは改めて忌々しげに舌打ちした。
『迅速にことを片付けて被害を最小限にするよ!』
「ええ!」
 力強く詩乃に答えた楓は踏み込み、舞うような動きで大鎌「徒桜」を振り下ろす。ほとばしった桜色のライヴスが楓の姿を艶やかに浮かび上がらせた。
 ぎりぎりで避けたエカルラート。その傍でカサリと音がした。
 エカルラートの目に映ったのは白い中国服を着た兎の獣人。彼の手袋を嵌めた黒い指先に摘ままれた白い紙片はジアザーズたちが着けていたジェミニのバングルだ。
 はらり、指先から落ちたそれはダイ・ゾンのブーツに踏み躙られた。
「糞ウサギッ! 絞めてやる!!」
「まぁ、なんだ。子供はすぐに熱くなって困るな」
 エカルラートの斧を黒旋風鉄牛の刀身で受けたダイ・ゾンだったが、思った以上の勢いが彼の身体を傷つける。
 ──相手はヴィランです。後遺症が残るような重篤な怪我はなるべく避けてくださいな。
「そのつもりだ──けどな!」
 ダイ・ゾンの《毒刃》での一撃がエカルラートを捕らえる。ヴィランの顔色が変わる。
「えーと、君、エカルラート君だったよね。ああ、お味噌が赤ちゃん並だからそういう名前なんだ」
 軽口を叩きながら美津香がひらりとステージに上がり、エカルラートに向かってゆっくりと手招きした。
「来たら? 赤ちゃんはリンカー同士でじゃ戦えないのかな」
「──ふざけんなよ」
 エカルラートの斧がステージの端に叩き付けられた。その柄を軸に青年は舞台へと飛び上がると引き抜いた斧を美津香へ叩き付けた。



●混乱と暗躍
 キースは舞台裏の壁面に沿って伸びた階段から会場内を見渡した。
 ……二年前、ジェミニがこの音楽祭で行った犯行は聞いている。だからこそ、彼は今回の事件に違和感を感じた。
『危ない!』
 紙姫の警告でキースは咄嗟に身を翻した。ライフルを持った見知らぬリンカーが飛び出て来た。
「最適な場所を求めるのはボクだけではないってことですよね」
 もっとも、実力差があり過ぎた。冷たい風が吹きすさぶそこでヴィランは粘ったが、その弾丸はキースを捕らえることすらできなかった。キースの攻撃が相手を削り取る。
「!」
 敵わないと知ると相手は高所からひらりと飛び降りた。
「リンカーならではの逃げ方ですね」
 敢えて追わずに彼はそこから会場内を見渡した。
 予想に違わず、会場の外で逃げようとする観客を襲う影。また、更に数人、潜んで待ち構えているのもわかった。
 ──リトルジェミニは二人、会場外はともかく、彼ら以外のヴィランは会場内には居ませんね。カメラの位置は……。
 キースはライヴス通信機「遠雷」をオンにする。
「魔女、お疲れ様です。キースです。外にも何名か待ち構えているようです。恐らくヴィランではないかと。
 定石からは外れますが、観客は外へ避難させず保護しながら暴れている二人を制圧しましょう」
『わかりました。野外音楽堂の中継配信の中断をH.O.P.E.を通して依頼しました。けれど、電波ジャックが行われている可能性があるようで、最後の手段として申請した中継車のアンテナの破壊許可が下りました』
「……そうですか、助かります」
 キースは中継車のアンテナに《トリオ》の狙いを定め、無事なカメラも含めて粉砕する。
『これでジェミニが放映されることは無くなったね!』
「噂では二人を信奉するファンもいるとのこと。これ以上彼らのプロパガンダに繋がるような真似はさせません。
 ……さて、行きますよ紙姫。ここからが本番です」


「まあ」
 エージェントたちによって惨劇の放送がストップされたことに気付いたアイテールは顔をしかめた。
「細やかな心遣いですこと」
 元々、戦闘風景は楓の断罪之焔の炎などで妨害されてはっきりと映ってはいなかったが、見辛いのと見えないのでは違う。
 アイテールのもの言いたげな視線に気づいた部下は慌てて進言する。
「大丈夫です。一部録画しておりますし、必要ならばインターネット上で公開すれば問題はありません」
「そうですわね。必要なのは『事実』ですものね」
「……ああ」
「あら、もっと楽しそうに笑って欲しいですわ。わたくしたちはビジネスパートナーですもの」
 ジェミニの二人に微笑みかけたアイテールは、白い手袋ははめた手で卓上の一枚の紙を丁寧に撫でた。
「それにしても、情けない。次はもう少し駒を強くしなくては、だわ」


「一部さえ押さえれば……暴徒たちの狂乱は静まらないでしょうか? もっとも、外周付近でステージ側を見ている人間はヴィランの可能性が高いそうですが」
 会場内では稜の声を聞いた人々が身を屈めリンカー同士の戦いから距離を取って固まっている。それを暴徒から守っているのもまた稜だ。
 リトルジェミニたちはエージェントたちに押されている。特に黄色い髪の少女はそう強くないように見えた。
「むしろ、問題はこちらのようですね。囲まれないようにしつつ中央部の解放を目指しましょう」
 入場時に見た館内の見取り図を脳裏に描きながら、構築の魔女はPride of foolsを抜いた。
 ──こわい、こわい、逃げたい。
 ステージから離れたい、それだけで闇を駆けていた青年は撃ち込まれた銃弾に悲鳴を上げた。
 振り返ると、赤い髪を揺らした女性が銃口を向けている。
「っ」
 へたり込んだ彼の頭上で漏れる呻き声。振り仰いだ彼はマスクを被った黒ずくめの男に気付く。
「H.O.P.E.です。救助にきました! 慌てず、協力願います……!」
 構築の魔女が会場内で身を寄せ合う観客たちを指し示すと青年は転がるようにそちらへと走り出した。
 武器を下げた黒ずくめのヴィランはそれを見て迷わず撤退を試みたが、百中の射手からは逃れられなかった。
「くっ!」
 足を射貫かれ、移動力を削がれたヴィランが転倒する。素早く近づいた彼女はその顎を掴んだ。
「おやすみなさい」
 リンカーへも効くという睡眠薬が意識を奪う。
「とりあえず、一名は確保しましたね」
 彼女がヴィランをアレストチェーンで拘束すると、微かに感じていた周囲の気配が消えた。


 ジョーヌの矢の前に飛び出した龍華。彼の周囲を浮遊する双盾「陰影」が矢を弾く。
「また!」
 泣きそうな顔で叫ぶジョーヌ。
「何故、ジェミニの味方をするんだ。何が貴女達をそこまで焚きつけた」
 龍華の問いにジョーヌは激しく首を振る。
「なんでわからないの! 他人と違うだけで迫害されて──わたしには復讐する権利も無いの!」
「黙れ、集中しろ、豚!」
 ダイ・ゾンの《毒刃》で消耗したエカルラートが舞台の上から叫ぶ。
「エカル……!」
「悪いけど。逃がすつもりは無いわ」
 仲間へ駆け寄ろうとしたジョーヌの前にニウェウスが回り込む。
 呻き、むしゃらに矢を放つジョーヌ。
 だが、その射線に盾を構えた龍華が再び回り込み防ぐ。そして、ジョーヌの手元を銃弾が弾いた。
「残念ながら、ボクがいる限り矢は届きませんよ?」
『あっかんべ~!』
 駆け付けたキースだ。
 混乱する彼女へ向かって複製されたニウェウスの白銀の剣カラドボルグが剣先を向ける。
「相応の報いというモノを受けて貰うから。貴方に、どんな理由があろうとも!」
 《レプリケイショット》によって生み出された剣がジョーヌの手足を貫き、彼女は悲鳴を上げて弓を取り落とした。
『う~ん。そろそろじゃないかなあ?』
「了解です──皆さん!」
 キースの《フラッシュバン》が闇を白く焼く。
 光にふらつくエカルラートへ詩乃と楓が厳しく言い渡す。
『君が、何かを伝えようとこんなことをやったのかもしれないけど、暴力に手を染めた時点で君の負けだよ』
「ここが貴方の終着点です。貴方は、何も成すことが出来ない」
「終着点? ふざけんな、これから始まるんだよ!」
 平打ちで挑む彼女に全くダメージを負わせられないエカルラートがイラついた声を上げた──だが、直後、楓の《ライヴスリッパー》が赤いリトルジェミニを捕らえた。
「糞……っ」
 ゆらり、エカルラートの輪郭がぶれた。共鳴の解けた彼は少年と女性の姿に別れ、気を失ったまま倒れ伏した。
「エカルラート!!」
 絶叫し、反射的に逃げようとしたジョーヌの目前にニウェウスが立ち塞がる。
「殺しはしない。理由は……言わなくても、分かるわよね?」
「わたしは、あんたなんか、殺してやる!!」
 殺意にぎらついた目で飛び込む小さなジェミニ。
 ニウェウスの身体を裂く小剣。
 その攻撃をまるで弾いたようにニウェウスの《ロストモーメント》により現われる武器たち。
 それが、ジョーヌの身体を裂く。
「わ、わたし、は……!」
 血走った眼をぎょろつかせるジョーヌ。
『これで、終わりだよっ!』
 紙姫の合図にキースは彼が全幅の信頼を寄せる武器で渾身のテレポートショットを放った。
「Artemis、頼みましたよ」
『発射ぁ!』
 出現した弾丸がリトルジェミニの肩を撃ち抜くと、ジョーヌの共鳴も解けた。
 まるで呪いが解けたように、そこにはまだ幼さの残る少女と小さな少年が現れた。
 ──戦意を失ったリトルジェミニたち。その姿に共鳴を解いた美津香とアルティラは言わずには居られなかった。
「君達はいい年してやっていい事と悪い事も解らないの! そんな事をしたって誰も君達の事を認めてなんかくれないよ!」
 気を失って突っ伏して倒れているエカルラートたちはともかく、黄色いジェミニを名乗った少女と少年は、倒れたまま、虚ろな目で美津香を見上げた。
「皆辛い思いはあるんです、それを分かち合って支え合う事が大切なのではないでしょうか」
 けれども、美津香とアルティラの言葉は──……。
 彼らは唇を噛んで瞼を閉じると小さく呟いた。
「ジェミニ……」



●小さな囁きは静かに広がる
 リトルジェミニたちが沈むと、ジアザーズたちの勢いも弱まった気がした。
 盾を使い、暴徒たちを無力化させ、また治療に回っていた稜はそれに気付いて顔を上げた。
 共鳴を解いたファリンからの連絡を受けた警察が会場へとなだれ込んで来たのだ。
 彼らはまだ燻っているジアザーズたちを次々と捕縛し、エージェントたち、そして、一人離れた場所に居た構築の魔女の下で敬礼を行った。
「捕縛したヴィランを引き取りに来ました」
 構築の魔女は足元のヴィランを一瞥した。睡眠薬で眠ったヴィランはどこにでも居そうな若者だ。
「状況の把握をしなければなりませんね。投獄されていたはずのジェミニたちが居る経緯、そして、彼の正体がわかったら連絡をお願いできますか」
 ヴィランの身体を調べていた年配の警官が口を開く。
「今お答えできることもありますよ。コイツはアイテールの配下ですな」
 警官が捲ったヴィランの腕を晒すと、一輪の薔薇からいくつもの槍の穂先が突き出たタトゥーが露わになった。
「アイテールはセラエノのメンバーの女。強引な手段でオーパーツを奪うロンドン支部指名手配犯ですよ」
「セラエノ、ですか……。では、投獄されていたはずのジェミニ、赤いリトルジェミニがここに居るのは」
「H.O.P.E.ロンドン支部管轄のクロウ医療刑務所から奴らの脱獄を認めたと連絡があってね。報告は手早くして欲しいもんで……っと、これは現場のエージェントさんに言っても仕方ないことですな」
 ジアザーズたちの怒声と警察の厳しい警告、怪我をした一般人たちのすすり泣きと呻き声。
「皆様、こちらに……!」
 共鳴を解いたファリンは救命救急バッグを抱え巻き込まれた観客たちに積極的に声をかけて回る。人混みの中でフードを抑えた龍華も誘導のために走り回った。
「こちらもお願いします……!」
 包帯等を抱えた構築の魔女と落児がレスキュー隊と共に現れ、大勢の負傷者が運び出された。
 ──ステージ上ではシートをかけた担架が静かに並んでいた。乗せられたのはエージェントたちが気付く前にすでに殺されたテレビクルーたちだ。
「やっていい事と悪い事も解らなかったの……」
 美津香は黄色いジェミニと名乗った少女の虚ろな瞳を思い出して唇を噛み締めた。
 捕縛されたリトルジェミニたちはすでにここにはいない。この後、ヴィランとしてしかるべき罰を受けるはずだ。


 ……混乱が落ち着つくまで一体どれくらい経ったのか。
 エージェントたちはがらんとした会場のステージの端に座り、差し入れの暖かい飲み物を飲んでいた。
 稜はなんとなくジェミニが映し出された壁面を見上げる。
「ステージ、できませんでしたね」
「うん……でも」
 今はステージよりも傷ついた人々のことが頭から離れない。
 座ってスマートフォンを弄っていた龍華が「あっ」と小さく息を飲んだ。
「どうしましたか、紀伊さん」
「柳生さん、これ……」
 龍華が見せたスマートフォンの画面にはジェミニのマークをバックに今日の音楽祭の視聴を促す動画が流れていた。視聴者数もコメント数もランキングに入るほどではないがかなりの数字が示されていた。
「悪い意味でのアナーキズムってやつかね? 反政府運動ではないと思うんだがな」
 遠目に動画を確認したダイ・ゾンの呟き。けれども、ファリンは凛とした表情で断じた。
「どんな思想があろうとも、人殺しを娯楽にするなんて許せませんわ。断固阻止せねば……」
「それなんですが」
 構築の魔女は警官から聞いた事実を伝えた。
「セラエノがジェミニを援護する理由は一体……?」
 キースは眉を顰め、紙姫も疑問を口に出す。
「オーパーツとか、ジェミニのあのヘンテコな共鳴姿と関係あるのかな……?」
「いずれにしても、これで終わるとは思えませんね」
 セラエノのヴィランたちはサポートに徹していた。彼らは、協力関係にあるのだろうか。
 キースは荒れた会場を見渡す。
 暗く沈んだ観客席のあちこちで白く浮かび上がるのは千切れた紙のバングルだ。



 数日後。ダイ・ゾンが提示した情報にファリンは表情を曇らせた。
 インターネット上での炎上やデマの広がりを懸念した彼女は報道やSNSでの反応を彼に調査して貰っていたのだ。もちろん、彼女自身も正しい情報を広めるために取材には快く応じたし、WNLにも正確な報道の依頼をすべきだとH.O.P.E.へも進言するなどしたのだが。
 SNSではリトルジェミニたちがリンカーとして迫害された過去が事細かに暴露されていた。それに対して、同情する者や反発する者と反応は様々であったが、どちら側の人々も感情に任せてジェミニや彼のシンパを煽るような書き込みがあちこちに見受けられた。
「……この件は、まだ続きそうですわね」
 小さなため息をひとつ零して、ファリンは資料を閉じた。
 ジェミニの思想がどういうものか、どんな人間の心を捉えるのか──犯罪者に憧れる彼らの心。
 それは筆から落とした墨汁の染みのように、ゆっくりと広がっていくようだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
  • 惑いの蒼
    天城 稜aa0314

重体一覧

参加者

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 惑いの蒼
    天城 稜aa0314
    人間|20才|男性|防御
  • 癒やしの翠
    リリア フォーゲルaa0314hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • 花弁の様な『剣』
    aa1428hero002
    英雄|22才|女性|カオ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 我を超えてゆけ
    ダイ・ゾンaa3137hero002
    英雄|35才|男性|シャド
  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403
    機械|20才|女性|生命
  • これからも、ずっと
    氷室 詩乃aa3403hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
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