本部

【白刃】暴虐的血飛沫繚乱エマージェンシー

ガンマ

形態
イベントEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
23人 / 0~25人
報酬
多め
相談期間
7日
完成日
2015/10/31 20:06

掲示板

オープニング

●H.O.P.E.
「……老害共が、好き放題に言ってくれる」
 H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットが会議室から出た瞬間、幻想蝶より現れた彼の英雄アマデウス・ヴィシャスが忌々しげに言い放った。
「こらこらアマデウス、あまり人を悪く言うものではないよ」
 老紳士は苦笑を浮かべて相棒を諌める。「高官のお怒りも尤もだ」と。

 愚神『アンゼルム』、通称『白銀の騎士(シルバーナイト)』。

 H.O.P.E.指定要注意愚神の一人。
 広大なドロップゾーンを支配しており、既に数万人単位の被害を出している。
 H.O.P.E.は過去三度に渡る討伐作戦を行ったが、いずれも失敗――
 つい先ほど、その件について政府高官達から「ありがたいお言葉」を頂いたところだ。

「過度な出撃はいたずらに不安を煽る故と戦力を小出しにさせられてこそいたものの、我々が成果を出せなかったのは事実だからね」
 廊下を歩きながらH.O.P.E.会長は言う。「けれど」と続けた。英雄が見やるその横顔は、眼差しは、凛と前を見据えていて。
「ようやく委任を貰えた。本格的に動ける。――直ちにエージェント召集を」
 傍らの部下に指示を出し、それから、ジャスティンは小さく息を吐いた。窓から見やる、空。
「……既に手遅れでなければいいんだけどね」
 その呟きは、増してゆく慌しさに掻き消される。


●ドロップゾーン深部
 アンゼルムは退屈していた。
 この山を制圧して数か月――周辺のライヴス吸収は一通り終わり、次なる土地に動く時期がやって来たのだが、どうも興が乗らない。
 かつての世界では、ほんの数ヶ月もあれば全域を支配できたものだが、この世界では――正確には時期を同じくして複数の世界でも――イレギュラーが現れた。能力者だ。
 ようやっと本格的な戦いができる。そんな期待も束の間、奴らときたら勝機があるとは思えない戦力を小出しにしてくるのみで。弱者をいたぶるのも飽き飽きだ。

「つまらない」
「ならば一つ、提案して差し上げましょう」

 それは、突如としてアンゼルムの前に現れた。異形の男。アンゼルムは眉根を寄せる。
「愚神商人か。そのいけ好かない名前は控えたらどうなんだ?」
 アンゼルムは『それ』の存在を知っていた。とは言え、その名前と、それが愚神であることしか知らないのであるが。
「商売とは心のやり取り。尊い行為なのですよ、アンゼルムさん」
「……どうでもいい。それよりも『提案』だ」
 わざわざこんな所にまで来て何の用か、美貌の騎士の眼差しは問う。
「手っ取り早い、それでいて素敵な方法ですよ。貴方が望むモノも、あるいは得られるかもしれません」
 愚神商人の表情は読めない。立てられた人差し指。その名の通り、まるでセールストークの如く並べられる言葉。
「へぇ」
 それを聞き終えたアンゼルムは、その口元を醜く歪める。
 流石は商人を名乗るだけある。彼の『提案』は、アンゼルムには実に魅力的に思えた――。


●黙ってるのが聴こえねぇぞ
 生駒山。奈良県と大阪府との県境にあり、神話においては神日本磐余彦尊と長髄彦が激戦を繰り広げたという古き歴史を持つ山である。
 だが今やそこは愚神の根城。多重展開されたドロップゾーン、アンゼルムの手よって『堕ちた』場所。
 H.O.P.E.よりエージェントに下された任務は、アンゼルム討伐の作戦の足がかりとして、生駒山ドロップゾーン周辺の従魔の討伐であった。

 その、筈だったのだが。

『緊急事態(エマージェンシー)! エージェント総員に告ぐ!』
 通信機より響いたのは、H.O.P.E.オペレーター綾羽 瑠歌の緊迫した声だった。
『出動中のエージェントは直ちに指定した座標へ向かって下さい。どうやら、こちらが仕掛けてきたように向こうも“仕掛けてきた”ようです』
 一間、オペレーターはプリセンサーが見た事実を言い放つ。

『トリブヌス級と想定される愚神が出現しました』


 ――そこはかつて、過去のアンゼルム討伐作戦において激戦地となった場所。昔は町並みだったのだろうか? 今はただ、灰色の更地である。
 その場に集った数十人のエージェントは周囲を見渡した。H.O.P.E.東京海上支部が発足して以来、これだけの人数が集められた作戦は初めてで……『トリブヌス級』という存在との直接戦闘もまた、おそらくは初めてとなろう。

 緊張、緊迫、張り詰める空気。
 かくして、誰かが『それ』を発見した。
 遥か彼方、土煙。
 こっちへ来ている、けたたましい轟音。

「ヒャッハァアアーーーーーー!!!
 チンケなエージェント共がァ、ハラワタ引きずり出して大縄跳び大会してやるずぇええああ~~!!!」

 それは、多数の従魔を引き連れた、バイクに乗ったモヒカンの大男だった。
 ゲラゲラ笑うそれは非常に下品で粗野で。
 けれど、圧迫的な雰囲気はそれが間違いなく『強敵』であることを告げていた。

『識別名“ヴォジャッグ”接近中! 接触までの時間は――』
 オペレーターによるカウントダウンを聞きながら、エージェント達は身構える。同時に、脳内で指示の再確認を行った。

『ヴォジャッグはこれまで幾度となくH.O.P.E.エージェントと戦闘を繰り広げてきた相手です。我々は過去何度も奴を追い詰めましたが、いずれも仕留めきるまでには至っておりません。それだけ粘り強く、古参の強敵であると判断して下さい。……現在の緊急出動戦力での撃破が限りなく困難であるほどに。
 なので此度の任務内容はヴォジャッグの撃退となります。幸いにして、過去のデータからヴォジャッグは「自らが消耗する」「戦闘にデメリットを感じる」「不利になる」などの状況になれば撤退を選択する愚神であると判断されています。
 もう一つ、有用なデータが。……ヴォジャッグはあまり理知的なタイプではありません。挑発に引っかかり易いと報告されています。高度な作戦は用いない、猪突猛進な脳筋タイプである、と』
 いいですか。璃歌は静かな声で、エージェント達に告げる。
『真正面からの大勝負はおそらくこちらの圧倒的不利。“個人戦”での勝機は限りなくゼロ。油断や慢心は欠片でも致命傷。
 故に作戦と連携と機転が、この“あまりに無謀な”状況を突破できる我々の切り札(ジョーカー)と成り得るでしょう。
 エージェントの皆様、どうか御武運を。……いいですか。必ず、皆で戻ってきて下さいね!』

 3――オペレーターのカウントダウンが、エージェントの意識を現実に引き戻す。
 2――場違いなほどに晴れ渡った秋の空だった。
 1――眼前には、バイクのエンジン音を唸らせて襲い掛かってくる愚神共。
 0――覚悟はいいか。

 勝利を信じ、共鳴《リンク》せよ。

 緊急事態が幕を開ける。

解説

●目標
 愚神『ヴォジャッグ』の撃退
(PC半数以上戦闘不能で失敗)

●登場
愚神『ヴォジャッグ』
 トリブヌス級と想定。
 筋骨隆々の大男。武器は斧。モヒカンヘッドが自慢。
 物理特化のパワーファイター型。
 ライヴスを吹き込み魔改造したバイクに乗っており、凄まじい機動力を有する。
(PL情報:バイクが破壊された場合、1~2ターン消費してバイクを復活させる)
・ロードキラー
 パッシブ。
 バイクによる暴走移動。ヴォジャッグが移動するスクエア上の対象に攻撃判定が発生すると共に、命中した対象を1d4スクエア後退させる。
・クリメイトダート
 アクティブ。
 広範囲への火炎攻撃。命中対象へ減退(2)付与。
・アックスキッス
 アクティブ。
 スクエアを貫通する直線攻撃。攻撃判定を二度行う。
・グラップルボム
 パッシブ。
「クリメイトダート」以外の攻撃・スキルが命中時、命中した対象を中心とした範囲(1)内の対象(ヴォジャッグ以外)へ2d6ダメージ。また、回避を行う対象に回避時ペナルティを付与。

従魔『朧族』×15
 改造バイクに首のない骸骨が乗っているような風貌。(バイクと骸骨で一体)
 メイスを装備した前衛物理攻撃タイプ×5
 ボウガンを装備した遠距離魔法攻撃タイプ×5
 鎧を装備した防御支援タイプ×5
 いずれもデクリオ級前後相当。
・ロードキラー
 三タイプ共通能力。パッシブ。
 暴走移動。移動するスクエア上の対象に攻撃判定が発生すると共に、命中した対象を1d4スクエア後退させる。

●場所
 生駒山周辺、かつてのアンゼルム掃討作戦における激戦で更地となった一帯。
 ガランと広い。時間帯は日中。

●補足
・凝った罠を仕掛ける時間はない。
・スキル使用などの事前行動は1度だけ行える。
・アイテムの支給は通信機以外はない。
・戦闘不能となり倒れたPCが追撃を受けた場合、危険な判定が発生する可能性あり。

リプレイ



 ペンは剣より強いのだろうか?


●お待ちしておりました
 生駒山は棺桶めいた沈黙で戦場を見下ろしていた。
「あの山の上には遊園地があるらしいね」
 それを仰ぎ見、アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は傍らの相棒マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)へ呟いた。マルコは片眉を上げ、少女へ問いかける。
「それがどうしたんだ?」
「解ってないなぁ。とっとと愚神を叩き出して遊園地を再開させるんだよ。そしたらステージショーに出演するんだ。ボクの知名度滝登りだね!」
 ふふん。無い胸を張って嘯くアンジェリカ。鰻登りだろ。英雄が一つ笑えば、ジロリと少女の睥睨が返って来た。
「行くよ!」
 アンジェリカの一言で、二人は一人に。大人になったアンジェリカが現れる。
「生駒山か地元やないかい」
 もう一人、生駒山を見上げるエージェントがいた。桂木 隼人(aa0120)。その表情に浮かぶは憤慨。
「大変みたいだけど、頑張ろうね」
 ただならぬ気配。いつもは「隼人くん隼人くん」と形振り構わない有栖川 有栖(aa0120hero001)が、空気を読んでそっと隼人へ頷きかけた。
「さて、仕事だ」
 煙草を吹かし、クレア=エンフィールド(aa0380)は既にアルフレッド=K=リデルハート(aa0380hero001)と共鳴し臨戦態勢。
 他のエージェントも次々と共鳴を行ってゆく。
「大規模な作戦に心躍っちゃうね!」
「浮かれるのは良いけど、油断は禁物だよ黒絵」
 意気込む桜木 黒絵(aa0722)に冷静な声をかけるのはシウ ベルアート(aa0722hero001)だ。
「誓約は絶対、だよ……生きて帰ろうね」
「分かってるよ。さぁて、やろうか」
 じっと見据えるレイア アルノベリー(aa0012hero001)の眼差しに、天野 正人(aa0012)は悠然と答えた。
「行くよアニェラ、……僕らの、僕らが出来る事の為に」
「分かってるっての明。……さァ、始めようぜッ!」
 言葉を交わし、鬼灯・明(aa0028)とアニェラ・S・メティル(aa0028hero001)は共鳴して『A』という男になった。
「樹ぃ」
 と、佐倉 樹(aa0340)の袖を引っ張ったのはシルミルテ(aa0340hero001)。
「なんだか物騒ダネ。これモ人生のスパイスッテやツ?」
「スパイスにしては刺激が強すぎるね」
「ソレはダメダネ。味が濃イーノは健康にヨクなイネ」
「うん、だから健康維持に協力してくれる?」
「樹のお願イナラ喜ンデ! ソレじゃあマズは共鳴」
 瞼を閉じる。
「……そして、【生き延びようか】」
 視界を開けば二人は一人、橙と桃の目をした存在へ。
「お姉ちゃんと一緒なら、どんな強敵が来たって大丈夫だよ」
 イリス・レイバルド(aa0124)は姉と慕う英雄アイリス(aa0124hero001)の背に隠れつつも、その瞳には確かな覚悟があった。
「おや、可愛い妹に頼られれば張り切るしかないね」
 英雄は優しく微笑み、そして共鳴を。

 これだけのエージェントが次々に共鳴していく光景は剛田 永寿(aa0322)には圧巻だった。それもその筈、相棒と共鳴し戦うのは今回が初めてだからである。
 ヘタレ英雄の姿で戦うのは不本意だが、今回ばかりはそうは言っていられない。
「よう、兄ちゃん。楽してがっぽり稼げる商売があるぜ?」――そう言ってスカウトした英雄は。無表情で蒼褪めている。
「面倒な事に付き合わせてすまんな、相棒」
 苦笑を零す。それでは共鳴、英雄の姿となった永寿は目を覆う包帯を毟り取った。
「これが僕らの」
「初陣だね!」
 ファウ・トイフェル(aa0739)とフヴェズルング(aa0739hero001)もまた、永寿と同じ立場である。仲間に続いて共鳴を。
 既に共鳴状態であった灰川 斗輝(aa0016)は無表情のままオートマチックを構えた。

 幾許もなく。
 彼方より見ゆるは土煙、バイクのがなる音。

 トリブヌス級愚神『ヴォジャッグ』。
 三十体にも及ぶ従魔群『朧族』。

『カトレヤ!』
 共鳴状態のカトレヤ シェーン(aa0218)の心の内、王 紅花(aa0218hero001)が声を張る。
「どうした」
『あのバイク、我も欲しいぞ』
「……」
 まぁ、相棒がいつも通りで何より。
 しかし偶然にも紅花と同じ考えの者がいた。ロボ好き少女、唐沢 九繰(aa1379)だ。
「ライヴスを供給されたバイク……本当なら綺麗に分解して色々調べたいんですけど、どーもそんな余裕はなさそうですね」
 なんだか空気がピリピリします。そんな九繰の傍らには、機械少女の英雄エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)。
「治療のために存在した私ですが、惨事を未然に防ぐ機会に恵まれた事、嬉しく思います。九繰、犠牲者を出さないために、あの者を撃退しましょう」
「ですね! とりあえずバイクをぶっ壊して帰ってもらいましょう!
 あ、でも……壊れた部品でもいいので、残ってくれたらうれしいなー、なんて」
 激しいエンジン音が九繰の語尾を掻き消す。
「これが、Japan名物チンソーダン……?」
 迫り来る愚神共に、ファウが首を傾げた。
「……多いな」
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が眉根を寄せれば、木霊・C・リュカ(aa0068)も苦い表情を浮かべた。
「うう、お兄さん緊張でお腹痛くなってきそう……」
「言ってる場合か。……行くぞ、生きるために」
「うん、この物語の全てをしるために!」
 言下。ツマジロスカシマダラの蝶光と共に、リュカの姿はオリヴィエの色を得て。金木犀色の双眸で、戦場をしっかと見澄ました。
「見た目はアレでもトリブヌス級。俺の全力、皆の全力。全部纏めてぶつけてやろうじゃねぇか」
 気合十分、赤城 龍哉(aa0090)は掌に拳を打ち付ける。
「秘拳の伝承者でも居れば完璧でしたわね」
「それ以上言うなよ」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の言葉に即答。直後に共鳴、龍哉の姿がヴァルトラウテの特徴を得る。
「どこかの漫画に出てきそうな連中だね……」
「ふむ、奇妙な断末魔を発しそうだ」
 共鳴の直前、顔を見合わせたのはシールス ブリザード(aa0199)と99(aa0199hero001)だ。
「……それ以上言うなよ」
 龍哉は背後から聞こえた言葉にそう呟く。大事なことなので。
「映像で見たことはあったが……本当にいるんだな。あんな世紀末の漫画の格好こうした奴が」
『確かにふざけた格好じゃが……アヤツは、かなりやばいのぅ』
 金眼に映った光景にそう漏らしたリィェン・ユー(aa0208)に、英雄のイン・シェン(aa0208hero001)が精神内で静かに答えた。

 ――トリブヌス級。

「やっかいな相手をさせられるもんだ。さっさと引いてくれりゃあ楽なんだがね……?」
 ツラナミ(aa1426)は溜息を零す。その隣では英雄の38(aa1426hero001)が頷きで同意を示した。
「あれが綺麗な女性や少女なら、もう少し興も乗ったんだがな……」
「はぁ……『興が乗る』相手の時も、そんな感じで対応してくれれば私としては助かるんですけどね」
 ヴィント・ロストハート(aa0473)の呟きに、ナハト・ロストハート(aa0473hero001)は肩を竦めた。
「まぁ、あんなのでも化け物なのは変わりない……。なら、やる事は一つだけだ」
「ええ。論議している場合じゃないのは確かですし」
 いくぞナハト。いきますよヴィント。二人の声が重なった。
「あのイカれた暴走族にはご退場願おう……」
「誓約の下、我が身と我が剣は主と共に……」
 共鳴。
 プリシラ・ランザナイト(aa0038hero001)とリンクしたアイフェ・クレセント(aa0038)の姿は戦乙女の如く。
「おねーちゃん、頑張るからね」
『無事に帰って安心させてあげないとね』
 脳裏に過ぎるは愛しい妹。彼女の為にも、必ず帰らん。
「朝霞には手に余る相手だな」
「だとしても、ベストを尽くすだけよ」
 迫る愚神を見据えるニクノイーサ(aa0476hero001)の言葉に、大宮 朝霞(aa0476)は堂々と言い放ち彼へと振り返る。
「ニック! 変身するわよ! マジカル☆トランスフォーム!!」
「だからその掛け声、なんとかならないのか……」
 頭を抱えたニクノイーサの姿が光に、朝霞とリンクし――

「聖霊紫帝闘士ウラワンダー! 華麗に登場よ!!」

 バーン。
 説明しよう、聖霊紫帝闘士ウラワンダーとは、ヒーローに憧れる朝霞が己の理想を具現化させたヒロインなのである。
「乱入者……とでも言うべきか、少々面倒そうな相手だな」
「珍しく随分と好戦的ね? いつもならもう少し静かなのに」
 宝石めいた瞳を細めたアヤネ・カミナギ(aa0100)にクリッサ・フィルスフィア(aa0100hero001)は小さく笑みを浮かべ、しかしすぐ表情を引き締め言葉を続けた。
「……でも、それだけ相手が強大だって事の証明かしらね」
「ああ。『トリブヌス級』と遭う機会なんて中々あるものじゃない。此処で一つその力量を見せてもらおう。愚神アンゼルム……『白銀の騎士』に向けての前哨戦だ。往くぞ、クリッサ」
「ええ」
 クリッサが静かに頷く。わかってる、と言わんばかりに。
「もっと先へと共に歩み続ける為に、奴を出来る限り壊してみせる。アヤネ、貴方に剣の加護を。誓いを剣に、力を此処に、禍を祓う刃をその手に……」
 そしてアヤネが翻すのは、クリッサの髪色と流麗なドレス。
「……口惜しい」
 呟いたのは、共鳴状態の壬生屋 紗夜(aa1508)。
「無念ですが、我を通そうとした所で死ぬだけですね」
『それを逃げとはいわん。だがどんな形であれ戦い抜いてみせろ、我が契約者よ』
 英雄ヘルマン アンダーヒル(aa1508hero001)の言葉に「勿論」と、少女は頷いた。
「トリブヌス級と会うのは二回目ねー?」
 人形めいた微笑を浮かべ、言峰 estrela(aa0526)。とはいえ、依頼で正式に「直接なんとかしてこい」は初めてであるが。
「……ククク、あの頭であれほどの力か……愚神共の世界はこちらと違いずいぶん待遇が良いじゃないか?」
 皮肉な笑みを浮かべるのはキュベレー(aa0526hero001)だ。エストレーラは振り返ると小首を傾げ、
「それは……小出しにして餌を与え続けたからあーなったんじゃない?」
「……その尻拭いをさせられるというわけか、実に面白い」
「倒すわけじゃないしー、尻拭いにはならないんじゃないかしらー?」
「新たに与えられた……餌にはなりうるかもね?」
「それはワタシ達次第だけれどっ!」
 それでは共鳴。
 敵は近い。
「荒々しい、まるで蛮族の様な連中だ。だが、英雄の敵としてはその方が相応しくもあるだろう」
 紅髪を靡かせる仮面の少女、努々 キミカ(aa0002)は焔神の戦槌を静かに構えた。
 深呼吸を、一つ。
「私の名はキミカ、諸君らを打ち砕く英雄の名だ。さぁ、その身に刻みながら散らせてやろう!」
「ヒャッハァーー! バイクの錆にしてやるよ汚物共がぁ~っ」
 答えた愚神、ヴォジャッグもまた斧を振り上げた。

 戦闘開始。


●魂を燃やせ01
 猛スピード。
 文字通り、そしてオペレーターより告げられた「猪突猛進」という情報通り、ヴォジャッグ達は一直線にエージェント達へと突っ込んできた。

 速い――

 流石に。徒歩であるエージェントとバイクを利用した愚神達とでは機動力に差があった。先手は、愚神達。荒々しい突進が雪崩のよう、エージェント達に襲いかかる。
「すり潰してやるぁ!」
 取り分けヴォジャッグのそれは撥ね飛ばした対象にグラップルボムという爆発で更なる被害を齎してくる。
 恐るべきはこれがただの『移動』、まだ奴は『攻撃』を行っていないのだ。
 次いで。愚神は手にした斧をエージェント達へと投げ付ける。斬撃、爆発、血潮と炎。
 時間にしてほんの十秒程度。しかし、たった一度のヴォジャッグの行動で、どれだけのエージェントが手傷を負ったことだろうか?

(これが……)

 エージェントの中には、トリブヌス級よりワンランク下のケントゥリオ級と戦った事がある者もいるだろう。
 だが、目の前のこれは――それとはまるで、比べ物にならない。

(これが、トリブヌス級か!!)

 誰かが、誰もが、そう思った。
 しかし。
 エージェントの魂から『希望』は褪せておらず。
 先手こそ愚神達に奪われたけれども。
 ここからだ。

 ――逆襲開始。

「何処まで行けるかやな……」
 撥ね飛ばされて土埃に塗れ、けれど隼人は至極冷静に。端から相手を甘く見ていない、慢心し冷静を欠けば死あるのみ。
「おい!」
 作戦通りに。
「ダッサイ、筋肉ダルマこんちこんかい!」
 ヴォジャッグへ挑発を。
「あぁア゛!? 汚物<人間>如きがぁ死ぬ覚悟はできてんだろうなァアア!!」
 振り返るヴォジャッグがビキリと額に青筋を立てた。
 情報通り、ヴォジャッグは脳味噌まで筋肉でできているようで。怒りに満ちた眼光が隼人を捉える。

 かかった。

 エージェントの作戦はこうだ。
 まずはヴォジャッグ対応班、朧族対応班に分かれる。
 更に愚神班は二班に分かれ、ヴォジャッグを挑発して引き付け、従魔から引き離した上で、二班同士で挑発を行ってダメージを分散させつつ攻める。

「消えろ」
「この世界を蝕む愚神は、討ち滅ぼす――」
 左翼へと意識を向けたヴォジャッグ、そこへ躍りかかったのは左翼前衛、流麗な美貌を携えた二人のエージェント。ヴィントとアヤネ。息を合わせ、時間差を付け、振り抜いた刃は愚神のバイクへ。
「ヤバそうやから距離をとって戦うで」
 その一歩後ろの位置から、隼人がバイクへと死神の大鎌を振るった。
『いいか朝霞。バイクさえ潰せば、奴はただのモヒカンだ。まずは機動力を削ぐんだ』
「了解よ!」
 ニクノイーサの指示を受けた朝霞は「無駄なし」の異名を持つ弓を引き絞った。
(奴の危険度は、バイクがあると加速度的に上がる……まずはバイクを封じるのが先決!)
 それは愚神班全員の共通作戦であった。狙い、定め、動きを予測し、朝霞が撃ち放つ一射。そこに被せて横合い――否、ほぼ背後、クレアが魔法書より放つ魔剣。いずれもバイクへ突き刺さる。
「馬鹿正直にガチンコする義理もねぇ――あ? 背後からは卑怯? なに寝言いってんだバカ」
 精神内で苦言を呈してきた生真面目な英雄に対し、クレアは鼻で笑いながら再び狙いを定めんとした。

『しかし……見た目通りで、頭に足りそうな感じじゃな』
「ま、そういうやつほど、何しでかすかわからない怖さを持ってるんだけどな」
 右翼側でも攻撃を開始する。精神内でインとやりとりをしたリィェンは血色の剣を構え、強く地を蹴り踏み込んだ。振りぬく一撃はヘヴィアタック、力を込めた一閃。
「ちぃ……バイクごと両断……ってのはまだ無理か」
 刃から伝わった堅い感触、剣を握り直す。
「面白頭さんにバイク使われると困るから……ここで、足止めだよ!」
『ここで止められないようなら、この上になんて届かないしね!!』
 更に細身の刃を構えたアイフェとプリシラが。
「あー……だる」
 ボルックスグローブで武装した拳を振り被るツラナミが。
「聞きしに勝るバイクだな。趣味が悪いぜ、おっさん!」
「ひゃっはー」
 ヴァルトラウテとのリンクを強めた龍哉はアサルトライフルを、九繰は斧槍を。

 バイクへ降り注ぐ攻撃。

 これがそこいらの従魔なら一溜まりもなかっただろう。
 しかし、流石のトリブヌス級が自らの膨大なライヴスを吹き込んで魔改造したバイク。直ぐには壊れてくれないか。愚神を乗せて爆走し、左翼――挑発を行った隼人目掛けて突っ込んでくる。爆炎、更に振るわれる斧。
「ぐがッ――」
『隼人くん!!』
 彼の目を通して見る夥しい血飛沫、有栖の悲鳴じみた声。
 挑発は極めて有効的だ。しかし――行う者にヴォジャッグの攻撃が向くという極めて危険なリスクをも併せ持つ。
「これは……回復役と運を信じるしかなさそうね」
 右翼。アイフェは自嘲染みた笑みを浮かべた。視線の先、朝霞がすぐさま隼人へケアレイを放っている。
「こっち側の回復はっ任せて下さいっ」
『私は医療用機械ですから』
 アイフェが視線を戻せば九繰とエミナの頼もしい声。ありがとう、答えたアイフェは、
「ぷぷっ」
 愚神を、嗤う。
「やっぱり駄目……髪型が面白すぎて……っ」
『トサカみたいよね』
 英雄と共に、嘲笑。半分ぐらい本心だがそれはそれ。
「てめぇら皮剥いでボイルすっぞオラァーー!」
 キレるヴォジャッグが、バイクを右翼、アイフェへと転回。突っ込んでくる。

 ダメージ分散の為にも、右翼と左翼で愚神のキャッチボールだ。
 それは効果的な作戦となる。確かに、ヴォジャッグ本人の攻撃対象は分散した。
 しかし、だ……結果的に、ヴォジャッグが右へ左へと『走り回る』ことも同時に齎してしまう。移動そのものが攻撃となる相手に対し、これは痛手か。

「クッソ面倒だな」
 愚神が周囲一帯へ吐く業炎、クリメイトダートの灼熱に眉根を寄せつつ、反撃に魔剣を撃つクレアが毒吐いた。
 一秒でも早くバイクを破壊したいところ。と、38が相棒ツラナミに声をかける。
『見て。バイク、ヒビ入ってる』
 彼女の言う通りだ。エージェントの攻勢を前に、バイクは少しずつ、けれど確実に、損傷し始めている。
 この調子で攻め続ければ。
(さて……)
 アヤネは視線を一瞬だけ彼方へやった。
 朧族を対応している仲間は上手くやっているだろうか――


●八つ裂いてみせろ01
 愚神対応班の挑発によって、朧族とヴォジャッグを引き離す事にエージェントは成功していた。
 朧族対応班もまた、右翼左翼の二班に分かれる。挟撃の心算。
 その甲斐があり、朧族は分散しエージェント達へと襲い掛かっていた。愚神へ追従するという性質もないらしい、成程情報通り「高度な作戦は用いない」ようだ。

 左翼。襲い来る従魔。中央にてマビノギオンを開くカトレヤを筆頭に、その後方では後衛達――斗輝が、アンジェリカが、シールスが、黒絵が、各々の射撃武器を構えていた。
『これだけわらわら居るとなれば、どこ撃っても当たりそうじゃの』
「違いない」
 相棒に短くそう答え。
 カトレアは緑の一つ目で凛と標的を見澄ました。

「――撃ッ!」

 魔力射撃が。弾丸が。従魔達へと降り注ぐ。
「ボクの知名度アップの遠大な計画の為に、さっさと消えちゃってよね!」
「僕は、頑張らなくちゃいけないんだ――!」
 アンジェリカのアサルトライフル、シールスのスナイパーライフル。二人の可憐な見かけ――尤もシールスは列記とした男児だが――とは裏腹に、鋭さすら感じさせる精度の弾丸が朧族のバイクへ突き刺さった。
「逃さないよ……!」
 赤金の双眸で従魔を的確に捉え、最後衛のリュカはスナイパーライフルの引き金を押し込んだ。銃声は一度――のように聞こえただけ、実際は実に三発もの早撃ち。ボウガンを持った従魔を三体、攻撃する。
「……邪魔」
「さて、裁くべきを裁こうか」
 魔力を練り上げるのは斗輝と、黒絵からバトンタッチされたシウ。直後、従魔の足元に紅蓮の魔法陣が浮かび上がった。

 ブルームフレア。

『咲きし炎』の名の通り、灼熱の大輪が戦場に咲く。地獄の劫火が如く。手向けの花が如く。
 ばふ。爆炎を突っ切り、めらめら燃える朧族は、それでも速度を落とさない。
「十五対三十……。一人二体倒せば、問題はない」
 泰然と。一歩前へ。火之迦具鎚を手に、共鳴を強めたキミカはメイスを振り被って突進してくる朧族を見澄ました。
 激突。衝撃に、キミカの体が吹き飛ばされる。けれど少女は踏み止まった。地面に踏ん張る両足が深い二本の線を引く。痛み。けれど死んではいない、逆襲だ。
「爆ぜろ!」
 踏み込み、振り上げる戦槌。その威力を見せ付けるが如く、横薙ぎに叩き付ける。
 ぐらり、キミカの一打にぐらついたメイスの朧族。
「いっくよぉおーー!」
 そこに踏み込んだのは、黄金の瞳で従魔を見据えるイリスだった。比翼連理を象った黄金のオーラを煌かせ、振り上げるのは金獅子の剣。
 本来、彼女の戦闘スタイルは盾を基本としたアイリスの技術的なものだ。が、今回は剣に勢いを乗せた本来のイリスとしてのスタイルで。
「お姉ちゃんの教えひとーつ!」
『一つの行動に盲目になるな、常に全体を意識しろ――まあ、今は前だけに集中したまえ。他は私が受け持とう』
「うん! お姉ちゃんに任せた!」
 小さな体に、大きな力。
 剣の威力の圧力で、反撃を許さぬという気迫を以て。
 ブーストさせる攻撃力、痛烈な攻勢、降り抜くライヴスの一閃は正にハード。
「この黄金の翼がボクたちの絆の強さだ」
『ダンスの相手は有り余っているのでね、悪いが手早く退場してくれ』

 高められた共鳴<リンク>の力、恐るるものなど何もなし。絆は勇気に。勇気は強さに。それこそが、彼女達ブレイブナイト。

「……こっちも頑張らないとな」
 一方の右翼。正人はメイスの従魔へと踏み込んていた。
『でも、無茶は禁物だからね!』
「分かってるって」
 相棒に答えつつ、正人は降りぬかれるメイスを盾で受け止めた。鉄壁の構え。ダメージは通らない。そのまま攻撃を流した彼は、盾から斬風の曲刀へと持ち変える。

 ライヴスブロー。
 それは『二重』となった。

「ぼっこぼこのメッタメタのギッタギタにしてやるぜ!」
 正人とは別方向から、同じ対象へと永寿が剣を振るったからである。
『うん、良い一撃だ』
 精神内でシンが頷く。その声に永寿はちょっとだけ眉根を寄せた。
(頭の中で他人に喋られるのは、どうも気持ちが悪いぜ)
『ひどい、気持ち悪いだなんて』
「はいはい」
 言いながらも、集中は緩めない。初陣だからこそ自分に出来る120%を。数が多いからこそ、一体一体確実に仕留めねば。
 と、その背後で火柱が轟と。永寿が瞠目しつつ振り替えれば、そこには。
『くまサーン!』
「後ろは任せて」
 ブルームフレアを発動した樹。
 その付近では英雄キュベレーの姿になったエストレーラが、宇宙の神秘について記された魔法書を開いていた。
「……さぁ、壊してあげる」
 妖艶に吊り上げた唇。ざわりと書より這い出す黒い霧。それは樹の火に焼かれた従魔へと爪の形となって襲い掛かり、引き裂いた。

(ボクだって……!)
 共鳴によって大人の姿となったファウは心の中で深呼吸を一つ。今、彼の体を動かしているのは英雄のフヴェズルングだ。
「任せといてよ」
 悪魔は相棒に笑みを一つ。三叉槍トリアイナを構えるファウはメイスの朧族へ軽快に踏み込んだ。その姿が、二重に。分身とともに叩き込むジェミニストライクが、従魔の意識を翻弄する。
 が、その横合いから別の従魔、唸るバイクがファウに迫る。
 されど衝撃は訪れなかった。
 従魔の後方を取った明とアニェラ――Aが構えるコンパウンドクロスボウより放たれた三矢の内の一本が、その従魔のバイク部を破壊したからである。
「後ろがお留守だぜ。……おい、怪我ァ無ェか」
「ないっぽい……Danke」
「そりゃ何より」
 ニッと笑い、Aはすぐさま戦場へと視線を戻した。
「次ッ、右から来てやがる!」
 後方だからこそ戦場が良く見える位置。彼女、否、彼は戦況全体の動きを見ながら、出来る限りの情報管制に尽力する。

 慌しく、そして騒々しい戦場――

 それを紗夜はスナイパーライフルのスコープから眺めていた。
 狙うのは従魔のバイクのタイヤ部分。息を止め、引き金を引く。銃声。肩に響く発砲の衝撃。命中。
『ふん、あまり好かん獲物だが使えてしまうものだな』
「……だから銃は嫌いなんですよ」
 相棒ヘルマンと語り合う。どちらの口調も苦々しく、溜息のよう。
 紗夜の本質は剣鬼。なので銃で戦うのは不本意なのだ――思いつつ、次弾装填。次を狙う。

 事前情報通り、朧族は「バイクと骸骨で一体」であり、エージェントの予想に反して分離や落車といった事態は起きないようである。
 とはいえ、それはヴォジャッグとは違い、バイクを攻撃すれば従魔にもダメージが通ることを意味する。
 ハンドルなどといった細かいパーツへの部位狙いは中々に困難であり外してしまうこともあるが、それでも確実に朧族へのダメージは蓄積していた。なにより、部位狙いによるダメージが蓄積し、それが成功すれば――例えばタイヤを潰すことに成功すれば、人間で言う足を潰せたということ。機動力を殺ぐことが出来たということ。

 しかし従魔達もやられてばかりではない。
 バイクによる突進、メイスによる殴打、ボウガンによる魔法矢。
 堅固な鎧型は部位破壊が難しく、更にその支援技で味方の治癒も行ってしまう。

 エージェント達は苦戦はしていない。不利でこそない。
 だが決して、圧倒的有利でもなかった。
 けれどミスは決して、一つも犯してはいない。それは揺るぎなき事実であった。


●魂を燃やせ02
 投擲された愚神の斧が二度、龍哉の体を切り裂いた。
「がっ……」
 振りまかれる赤。爆発の赤。よろめく体。揺らいだ視界、赤の粒の向こう側に青い空が見える。
『しっかり!』
 一瞬気が遠くなって――けれどヴァルトラウテの声に、男は踏み止まる。
「わかってらぁ」
 英雄のものである白銀の鎧は至る所が紅に染まっていた。弾ませた息を寸の間で整える。血の鉄臭さと肉の焼ける臭いと。

「ったく痛ぇなぁっ! だが死中に活ありだ、この野郎!」

 勇猛果敢、焔槌を手に龍哉はぐんとヴォジャッグへ踏み込んだ。攻撃を食らっても構わない。力の限り、焔を散らし、重く重く振りぬく一打。
 降り注がれ続けた、エージェント達によるバイクへの集中攻撃。積もり積もったダメージ。
「ぬおぅ!?」
 ヴォジャッグのバイクが傾いた。

 今だ。

 ツラナミの判断は早かった。
 愚神が軋むバイクに気を取られたその一刹那。彼はまるで地を這うような低姿勢でヴォジャッグへと間合いを詰めた。
「喰らいな――」
 殺し屋として培った経験。死角を狙い繰り出すジェミニストライク。傾いたバイクを更に押し倒すように、振るわれた刃。

 それが決め手となった。

 砕け散るバイク、地面に投げ出される愚神。
「ばっ、馬鹿なぁ! この俺様のライヴスをこめた魔改造バイクを……」
 ヴォジャッグは驚きが隠せない様子であった。トリブヌス級の霊力を込めたバイクだ。それがまさか、人間などに破壊されるなんて。
「クソが、よくもッ」
 自慢のバイクを壊されたことに苛立ちを隠せないヴォジャッグはすぐさまバイクを修理せんと、砕け散ったパーツにライヴスを込めた掌を向ける。

 好機。
 それこそ、エージェントが狙い続けた瞬間であった。

「バイク同様ぼっこぼこに!!」
 戦乙女は研ぎ澄まされた刃の如く。ヴォジャッグへ踏み込んだアイフェが、その無防備な背中へ鮮烈に刃を振るった。
「いでッ、てめ――」
「おいおい……戦闘の最中にバイク直してる……だと」
 振り返る愚神、その腕へ。リィェンの刃が突き出される。が。「邪魔すんじゃねぇ」と怒号と共に握り止められた刃。力の拮抗。
(なんつー馬鹿力っ……!)
 鍛錬の人生を歩んできたリィエンも、人間のカテゴリーとしては怪力の部類である。
『じゃが、丁度良いの』
 共鳴状態のインが含み笑う。ああ、とリィェンは口角を吊った。

(腕は潰せなくとも――片方は、『封じた』!)

「チャーンスッ!」
 朝霞は弓を引き絞る。
『やっちまえ、朝霞!』
 ニクノイーサの声と共に放たれる矢。
 それに併走するようにアヤネが、刃を構えて踏み込んだ。
「『破壊する』」
 露にする攻撃性はアヤネのものであり、破壊性はクリッサのものである。彼らは守るために戦う。守るために破壊する。最期まで共に在り続ける為に。
 突き刺さる矢、降りぬかれる剣。
「じぃっとしとれや、おらァ!」
『あんたなんか隼人くんにギタギタの八つ裂きにされちゃえばいいのよ、ばーかばーか!』
 隙を見逃さず、隼人が大鎌を振り上げる。相棒の有栖は愛する隼人を傷つけられたことに怒り心頭のようである。
「避けてみな、避けれるもんならな!」
『当たれっ……!』
 タイミングを合わせてクレアも魔法書より剣を顕現させた。英雄は祈るように言葉を漏らす。
「弁慶の泣き所……こいつ相手でも効くのかね」
『さぁどうでしょう? 試してみましょうか』
 更に龍哉とヴァルトラウテが、防御を捨てて鎚を振り上げる。
 三つの攻撃は、ヴォジャッグの足へ。
 流石に一撃で両断や腱を千切るなどという芸当は出来ないか。だがダメージが入ったことは確実。
 顔を顰める愚神。早くバイクを直そうとして、ガクン。体の動きが鈍くなる。
「止まってろ、面倒なんだよ」
 溜息と共にツラナミが投げた縫い止めの霊力針の仕業だった。
「小癪なァ!」
 突き刺さる針を引き抜き握り潰し、ヴォジャッグはバイクへ向き直ろうとして――隙が出来たその視界、悪魔を思わせる赤い異形の左腕で、無骨な大剣を振り上げるヴィントの姿が眼前に。

『信を置く者には剣の誓いを、非道なる者には剣の死を』

 英雄ナハトの静かな言葉が響いた。
 刹那の一閃が、血の弧を引く。

 愚神対応班の一斉攻撃は痛烈だった。
 ヴォジャッグに対し、ダメージは確かに入った。
 だが。
 まだまだ。
 致命傷には、まだまだ、程遠い。遠い。――遠すぎる。
 それもその筈だ。まだエージェントは『二度』しかヴォジャッグへ攻撃を行えていないのだから。
 苛立ちを露にヴォジャッグがバイクを復元させる。
「何や様子がおかしいで! 注意や!」
 隼人の張り上げた声。直後、大きく息を吸い込んだヴォジャッグが周囲のエージェントへ業火を吐き出す。

 バイク破壊は、ヴォジャッグの機動力をほんの一時的に奪い、かつバイクを修理させることで結果的に行動を封じる意味では、無駄ではないだろう。
 しかし、だ。
 バイクを破壊してからヴォジャッグを攻撃する、ということは、バイク破壊のための長い時間の間に、一度、運が良くて二度しかヴォジャッグへの攻撃機会がないということ。
 そしてヴォジャッグは、その間にも恐るべき火力でエージェントへ攻撃し続ける。
 この長期戦必須となる作戦は――エージェント達にとって、非常に厳しい状況をもたらすこととなった。

 暴虐の音が響く。

「ったく、本当に見てくれで判断出来ねぇヤツだな」
 血を流しすぎて霞む視界、龍哉は血唾を吐き捨てながらアサルトライフルの引き金を引く。
「ほんと、滅茶苦茶ですよぉ……!」
 その傍らでは涙目になりそうな九繰が、龍哉へ必死に治癒の光を施している。先ほどから彼女は回復治療にかかりっきりだ。だがその技も無限ではない。それでも彼女は、そしてエミナは、戦闘医療兵<バトルメディック>。治し続ける、尽き果てるまで。
『次の方どうぞ。……なんて言っている場合でもなさそうですね。九繰、患者の下へ駆け足を推奨』
「わかってますよエミナっ! すぐ行きますっ!」
 がしゃんがしゃん。鋼鉄のナイチンゲールが、機械の脚で戦場を駆ける。

 誰も彼も血みどろだった。

「まだ……まだ、戦える、ッ……!」
 斬られ焼かれ、感覚のない腕。けれどアイフェはそんな手で剣を握り締め、血を吐きながらもヴォジャッグを見澄ました。
『私達を、なめないで!』
 プリシラと共に力を込めて、少女は斬りかかる。
(妹の為にも、絶対帰るんだから――!)
 前衛として、仲間を守れるように。剣にして盾である為に。愛する者のもとへ、生きて帰る為に。
『リィエン、立てるか?』
「当たり前だろ、イン……!」
 ぼたぼた。血を垂らしながら、リィェンは剣を突き立ち上がる。
「やれるとこまでやってやるよ!」
 血が流れ込む視界。足に力を込め、声を張り上げ、何度でも立ち向かう。
「おらボケモヒカンが、こっちや!」
 爆発でレンズが割れて歪んだ眼鏡を投げ捨て、隼人がリィェンとは別方向から攻撃を仕掛けた。リィェンの剣、隼人の鎌、二つの刃が愚神のバイクに突き立てられ、今一度それに大きな亀裂を生じさせる。
 その亀裂をこじ開けるように抉るように、突き立てられたのはヴィントが振るう剣。ナハトのものである銀の髪を靡かせて、研ぎ澄まされた精度を以て。
「ゴミ共がァ!」
 バイクばかり狙うエージェントの戦法に、ヴォジャッグは焦れるような苛立ちと面倒臭さを覚えていた。その感情を表すかのように、力のままエージェントへと斧を叩き下ろす。

 爆発、土煙、血の煙。

 アヤネも仲間と共に攻撃に出んとして――
「……?」
 体が動かない。
 地面?
『――!』
 なぜ。
 冷たい。寒い。
『――! ――!』
 なんだろう。
 何か聞こえる?

『――アヤネッ!』

 悲痛なまでのクリッサの声で、ヴィントはようやっと現状を理解した。
 倒れていた。意識が一瞬、飛んでいた。体が傷つきすぎて。
 寒いのに嫌に生温かさを感じる。ああこれ全て自分の血なのか、血溜まりの真ん中。
「く、っ……」
 立たなくては。力の入らない腕で無理矢理に身を引き起こそうとする。ごぼりと口から血が漏れた。
 だがそこに迫る、轢き潰そうとする、愚神のバイク。

「危ない! ウラワンダーキーック!」

 刹那だった。
 ヴォジャッグの横合いから炸裂したのは朝霞の飛び蹴り。
(横からの攻撃にはモロいはずよ……!)
 一回転からの着地、ヴィントへケアレイを飛ばしながら彼女はヴォジャッグを見やる。転倒まではできなかったが、少なくともバイクを止めた愚神の意識は朝霞へ向いた。ので、彼女は人差し指を突きつけて。息を大きく吸い込んで。

「このっ、バカモヒカン!!」

 朝霞、渾身の罵倒である。「もっとマシなのあるだろ」とニクノイーサが思ったのは言うまでもない。
「誰がバカモヒカンだコルァア~~ッ」
 なにはともあれ挑発成功。歯列を剥き出したヴォジャッグが朝霞へとバイクを向ける。
『バイクの突進は直線的だろう。円を描くように動いて捌け』
「オッケーニック!」
 相棒の声に、特撮ヒーロー然と身構える朝霞。
 怒りに満ちた愚神が迫り来る。
「……かかってらっしゃい。ウラワンダーは逃げも隠れもしないんだからッ!」

 ツラナミと38、そしてクレアとアルフレッドは、冷静にヴォジャッグの観察と考察を続けていた。
 癖は。言動パターンは。性格は。etc――

 結論的に言うと、ヴォジャッグはどこまでも脳味噌筋肉で、かつ猪突猛進。クレバーではない。作戦もない。そして感情的。
 弱った者を狙う、戦術的に有利になりそうな者から狙う、なんてことはしない。とりあえず目の前の邪魔者を殴る。挑発されたらそいつを狙う。極めてシンプル。直感と本能で動いているとも形容できよう。
 戦法に関してもそれを良く表している。力のまま、力の限り、出し惜しみせず、戦略など考えず、全力。隠し玉やそんなものなどありやしない。
 そんな、所謂「バカ」なのに。
 それでもここまで強敵なのは、元来の荒々しいまでのパワー。そしてそれを『出し惜しみしない』という戦い方。それらによるものだろう。

『……暴走機関車』
 仲間へ『結果』を伝え終わり。端的に38が形容した。
「違いない」
 なかなかの言語センスだと、ツラナミはフッと口角を吊った。確かに暴走機関車。走るのはレールの上だけというシンプルなものだけれど、それを止めるのは至難の業。ましてや前に立ちはだかれば轢き潰される。
「ターゲットの見た目は兎角……この任務が困難であることは良く分かった」
 漏らした感想。再度バイクが壊れた愚神に対し、ツラナミは縫止を放ち愚神を妨害する。再度の攻撃チャンス、愚神対応班の総攻撃がヴォジャッグへ降り注ぐ。

(状況は圧倒的不利――)

 尚もトリブヌス級は健在。魔剣を放ったクレアは目を細める。
「くそったれ」
 反射的舌打ち。防御は英雄に任せ盾で往なし流しているが、それでもクレアの身体は無傷ではない。なんせ「当たれば必ずダメージが入る」敵の攻撃方法が憎たらしい。防御しても巻き起こる爆発が、エージェントの体力を奪う。確実に。
(しかも手数がクソ多いときた)

 ロードキラーによる「移動での攻撃」。
 アックスキッスによる「二度起こる複数攻撃」。
 その度にグラップルボムによる爆発追加ダメージ。しかも巻き込みあり。
 もしくはクリメイトダートによる、スリップダメージありの広範囲火炎。
 たった一度ヴォジャッグが行動するだけで、絨毯爆撃めいた被害が起こる。一人が何度も被弾する危険性がある。

「あー、くそ」
 溜息。何度目だろう。
『……大丈夫? 痛くない?』
「痛ぇに決まってんだろ馬鹿、あー血ぃダラダラだわ」
 英雄の気遣いにクレアはそう吐き捨てる。銜えた煙草の煙と一緒に。
 と。
「あいたっ――」
 愚神の暴走突進で撥ねられた九繰がクレアの近くへ。目が合った。
「あ、あの。ど、ど、どうしましょう、回復がもう尽きちゃったんですよぉお!」
「奇遇だなぁ、あたしもだよ」
 返すのは自嘲じみた苦笑。愚神をみやる。
「どうすっかねぇ」
「どうしましょう!?」
「まぁやるしかねぇわな」
 クレアがマビノギオンに込める魔力。顕現する剣。
「ですよね~っ……!」
 立ち上がる九繰も、斧槍ザグナルを握り直した。

 血みどろ。それでも、抗い続ける。


●八つ裂いてみせろ02
 従魔はその数を確実に減らし始めていた。
 そしてその数が減れば減るほど、エージェント達は優位となる。

 初期でこそ、数で上回る従魔が後衛にまで殴りこんで来ることがあったが。もう剣を持つ必要はなさそうだ――紗夜は近接用の剣から再びスナイパーライフルに武器を持ち代える。
(……どうあれ強敵を避け剣以外を頼りとしたことに変わりありませんが)
 苛立ちと悔しさを覚える。同時にもっと力が欲しいとも思った。もっと強くなりたい、と。
『その為には――』
「ええ、分かってます」
 相棒ヘルマンの言葉を、銃声と共に制する。
「先ずはこの戦いは確実に収める。でしょう?」
『……然り、我が契約者よ。さぁしっかり狙え、外すでないぞ』
「勿論です」
 鋭く研ぎ澄ませた感覚。一体一体確実に、銃声を鎮魂歌にて葬ってゆく。
 音に引き寄せられたか。ボウガンの朧族が紗夜へ狙いを定め魔法矢を放とうとして、
「させない!」
 ファウが放つ霊力の針に、それを阻害される。更に彼は嘲笑の物言いで、その従魔へと言い放った。
「ねーねー、そんな勇ましく暴走してる癖に、遠くからチキンに撃つしか出来ないの? 男なら拳で勝負しなよ」
 挑発内容はフヴェズルングによるものだ。
 従魔に高度な知能はなく、意思疎通は行えない。自我らしきものがあっても、それは予め組み込まれたプログラムのようなものだ。ので、結論から言うと挑発とは意味がないのであるが――縫止に声、それは従魔の意識をファウに向けるには十二分。
 ボウガンの朧族がバイクを唸らせ突撃してきた。だがそれは、ひらり、横っ飛びに回避して。
「転べっ!」
 着地からの突貫、振りかぶり突き立てる槍は朧族のバイクへと。ダメージが蓄積していたからか、水槍はバイクを貫通する。所謂『足』を潰され、従魔がバランスを崩した。
 ぐしゃり――従魔の頭部、否、上半身を食い潰したのは黒い霧。
「お似合いだ」
 くずおれる従魔を鼻で笑ったのは、ラジエルの書を携えたエストレーラ。その姿は白と黒と赤で形成された英雄のもの。嗜虐的にして退廃的な血色の瞳。敵は全て殺すべきだ――敵だから殺す。殺さなければならない。敵であらば。その信条は狂信的ですらある。呪い染みてもいた。
(まだいる、いっぱいいるねー)
 キュベレーの目から戦場と敵を見るエストレーラが口調だけは無邪気に語りかけた。
(ねぇ、きゅうべー。全部、全部――)
「ああ、そうだな」
 血色の淡い唇が三日月に笑んだ。
「殺さなければ。……殺しつくそう、レーラ。全部だ」
 クソみたいな世界だ。救う価値などあるのだろうか?
 それでも戦わなくてはならないのならば。殺そう、敵を。敵は殺す。
 再度放つ黒い霧――それが朧族の魔法矢と交差する。
 その矢の先には、樹。
『回避スル盾!』
「謝罪は後程……」
 全力の横っ飛び。アクションスターばりだ。
『爆発アッタらソレっぽい?』
「爆発か。思うんだけどああいうシーンってさ、飛び散ったりする破片によく当たらないよね? なんでだろ」
『主人公補正?』
「あ~、なるほどね」
 立ち上がり、メイスの一撃も転ぶように掠りながら回避し、ドンと背中がぶつかった先には永寿の背中。なんとまぁ、前衛後衛の二人であるが、回避したり撥ねられたりで偶然の接触である。
「あっ剛田さん」
「樹、シルミルテ……」
 すっかり息が上がっている彼は背後の仲間に一瞬だけ視線を向けた。
「俺は倒れるかもしれん……後は任せた。見舞いの品は食いモンで頼む」
 みんなすまねえな。息を整えながら思う。脳裏に描くのは、後衛にいる対アンゼルム戦の特殊部隊「レイブン」のメンバーだ。
「ちょっと……そんな死亡フラグじみたこと言わないで下さいよ」
 樹が苦笑を漏らす。
『俺達の戦いはコレカラダッ!!』
 シルミルテが冗句めいて笑った。
 ああ。永寿は笑みを一つ。
「じゃあ死亡フラグついでに。あれって立てすぎると逆に助かるんだろ?」
 取り出したチョコレートを一齧り、英気を養いながら彼は自らの英雄にこう語りかけた。
「これが終わったらケーキバイキングだぜ、シン」
『パンケーキもあるよね? 早く食べたいなあ』
「おうよ。無事に帰って食いまくろうぜ!」
 地を蹴り、踏み込み、永寿は従魔へ刃を突き立てる。
 そしてそれを支援するように、樹も魔法の剣を放った。

「いいねぇいいねぇ、ノッてきたぁ!」
 傷は零ではない。そして正人の戦意も零ではない。しかし冷静さは決して失わない。
 曲剣を手に、仲間へ回復支援を行う従魔へと大きく踏み込む。
『延々と回復されたら厄介だね。やっちゃえ!』
「はいよ。……食らえッ」
 一閃。その斬撃は風を切り裂き音を捨て去る。
 その一撃は従魔を鎧ごと切り裂いた。糸の切れた人形のように倒れこむ従魔は、そのまま塵のように消えてなくなる。
 一方で起こったのは火柱だ。黒絵――正確にはバトンタッチされたシウが放つブルームフレアが、朧族を纏めて焼き払う。
『黒絵、ブルームフレアにはこういう使い方もあるんだよ!』
「うんっ、快感♪」
 少女が浮かべたのは映画の様に満面の笑み。残念ながら従魔が爆発することはなかったが、焼き払えたのは事実。
「よし次! ガンガン倒してこ!」
『ガンガンいくのは構わないが、冷静さは忘れるなよ?』
「もっちろん!」
『あとどさくさにまぎれて俺をダーリンと呼んでくれても構わないんだぞ?』
「そんなどさくさにまぎれてたまるかッ」
『まぎれてもいいんだぞ?』
「今それどころじゃないし!」
 ああもう、と英雄につっこんで。黒絵は気を取り直す。
 スキルによる魔法は撃ち尽くした。それは他の仲間も同様のようだ。後衛である黒絵が手にしたのはオートマチック。ボウガンの朧族を狙い、照準を定める。
 銃声――攻撃のそれと同時、カトレヤが放ったのは治療の光。
「負傷者は俺から離れるなよ」
 言いながら、休む間もなくカトレヤはマビノギオンに魔力を込めた。魔剣を顕現させつつ、通信機で仲間達に語りかける。
「敵の数は減りつつある。同時に従魔同士の連携も薄れている。――状況は我々の有利だ。総員、一体ずつ確実に倒していくぞ」
 言下に放たれる剣。それがまた一体、朧族の体を打ち砕く。
 状況はエージェントの有利――けれどその碧眼の奥には懸念が在った。

 おそらく従魔対応班は、その目的を達成できるだろう。
 心配なのは愚神対応班だ。甚く苦戦している。愚神と従魔を引き離すという作戦故に、彼らへ何のサポートも出来ないことが口惜しい。

(となれば――)
 少しでも早く従魔を倒すことこそ、愚神対応班への最大のサポート。
『うむ、じゃんじゃん倒すのじゃ。ゆくぞカトレヤ!』
「ああ……頼りにしてるよ、紅花」
『我に任せるのじゃっ』
 どんな状況でも快活奔放な紅花の存在は、カトレヤの眉間の皺を解してくれる。精神的なよりどころにしているのかもしれない? なんにしても一人じゃない。それは心強いことだ。
「ふぅ……」
 カトレヤは深呼吸を一つ。
「――さぁ、往くぞ」
「了解だよ!」
 答えたのはアンジェリカだ。靡かせるのは艶やかな髪とゴスロリワンピースの黒い色。可憐な乙女の手には無骨なアサルトライフル。その銃口は弾丸を吐き出し続けている。
「撃たれたい奴から前に出るといいよ。片っ端から撃ち抜いてあげるから!」
 銃火と共に張り上げる声。自信に溢れた笑み。
『今の台詞……』
 アンジェリカの瞳を通して状況を見やるマルコがふと呟いた。
『なんだか悪役っぽいからやめた方がいいぞ、アンジェリカ』
「なっ。こ、これはダークヒーローのリスペクトだからっ」
『はいはい。それより敵が迫ってるぞ』
「分かってるっ!」
 言いながらアンジェリカは迫る鎧の朧族へ銃口を向け、銃弾を浴びせた
 刹那の横合い、弾丸を食らった朧族へ躍りかかったのはキミカ。
「焔に潰され、永遠に眠れ――!」
 フルスイングする火之迦具鎚。砕け散る従魔。
「灰燼となり果て消えるが良い……」
 吐いた呟き。気取ったようなそれらは中二妄想の中の彼女自身の姿だったりする。
「この調子で、どんどん倒していこう」
 そんなキミカへ――悠然としているが決してノーダメージではない――ケアレイを施しつつ、シールス。
 戦況を見やる。これまで従魔へ攻撃を行ってきたが、バイクの部位狙いで有効的な部分は特になさそうだ。
(……今更だけどさ)
 心の中、少年は英雄に語りかける。
『どうした、シールス』
(……戦うことって、大変だねって思って)
『当然だ。これがダンスパーティに見えるか?』
 99の言う通り。これは戦い、命の奪い合い。お遊びではない。
『しかし』
 一間。普段は冷静で淡々としている英雄が、少しだけ微笑んだような気がした。
『そう思えるのはお前が人間である証だ』
(うん。……ありがとう)
 少年は表情を引き締める。スナイパーライフルを構え、狙いを定めた。
 シールスは移動しながら地面を足で削るという行為をずっと続けている。地面に凹凸をつけることでバイクを走らせにくくする心算だ。
 が――如何せん、たった一人による行動。戦局に影響を出すほどの成果は上げられなかったか。もしも全員で徹底すればどうなっていたかは、分からないけれど。
 似たような状況、斗輝は従魔を転倒させんと地面へ銀の魔弾を放つ。銀の軌跡を描く魔法弾は地面を大きく穿った。朧族はその穴を迂回する。突撃こそ防げないが、進路を妨害するには十分だ。
 銃を向ける。そして撃つ。
 黙し語らず、表情も変えず。淡々と、まるで呼吸を行うかのように。なぜならそれは斗輝にとっては当然のことだからだ。当然のことを、当たり前にやっているだけなのだから。まばたきや呼吸にいちいち掛け声も意気込みも必要ない。そういうことだ。ツール然。それ以上でもそれ以下でもない。

 戦いは続く。

「負けないよっ!」
 イリスの気力や戦意は欠片も削がれてはいない。フルボルテージだ。
 小さな体全体で、突進するかのように。体重と勢いを乗せたライオンハートが、咆哮と共に従魔の体を切り裂いた。
『疲れてないかい?』
「まだまだっ! まだ頑張れるよっ!」
 アイリスの言葉に、息を弾ませながらもイリスは剣を構え直す。信じた通りの言葉に、英雄は小さく笑みを零した。
 可愛い妹が頑張ってる。こんなにも頑張ってる。
(なら、姉としてそれを精一杯サポートしなくっちゃね)
 二人ならどんな敵だって怖くない。
『頑張ろうね、イリス』
「頑張ろうね、お姉ちゃん!」
 小さな獅子が、吼え猛る。

「明――じゃなくて、A。そっちはどう?」
 一体、また一体。リュカはスナイパーライフルで従魔を確実に撃っていきながら、個人的に通話状態にしているAへと語りかけた。
『戦闘中にお喋りとは、余裕だなリュカ』
 共鳴中のオリヴィエがボソリと呟く。たはは、とリュカは苦笑を零した。
「許しておくれよ。それに……こんな状況だからこそ、余裕は持たなくちゃね」
『……。まぁ、一理はあるが』
 集中力を乱すなよ、とオリヴィエが念を押した。勿論。答えつつ、リュカは精確に銃弾を放つ。
 と、ここでAから返事があった。
「こっちは、まぁ一応は順調っちゃあ順調だ。そっちは?」
「うん、こっちも順調って言える感じかな。苦戦はしてないよ」
 言葉の通りだった。
 朧族の数は既に半分以下となり、残りも――また一体、Aの放つボウガンに射抜かれ砕け落ちる。
 従魔が掃討されるのは時間の問題だろう。
 Aは一息を吐き呼吸を整える。時間としては何時間も経ってはいない、それでも随分と長い時間戦っているような気がした。疲労感は否めない。だがそれは己だけではないとAは己を鼓舞する。
 そう、愚神対応班はこれよりもっと激しい戦いを強いられているのだから。
 彼らは上手くやっているだろうか? それはファウも気がかりなこと。
 従魔対応班の何名かが、愚神対応班の方を見やる。

 そこには、――


●地獄で遭おうぜ
 地獄絵図とはまさに。
 誰も彼も倒れていた。
 誰も彼も血に塗れて。
 立っているのは、バイクを破壊されたヴォジャッグだけ。
 丁度、振り返った愚神と従魔対応班の視線が合った。

「――!」

 状況に従魔対応班は息を呑む。
 愚神対応班は――奮闘した。健闘した。けれど。続く戦闘に、削られきってしまった。
 しかしトリブヌス級相手にここまで耐えたことは賞賛に値する事実である。死者も再起不能者も邪英化した者も出ていないのだから。
 バイクを狙い、破壊できたことも「戦闘不能者が轢かれることで追撃を受ける」ということを防げた点では功を奏していた。
「な、なんだとッ……!?」
 従魔対応班と視線が合った愚神、彼が浮かべたのは驚愕だった。
 彼の目に映ったのは、残りほんの数体となった朧族。しかもボロボロ満身創痍。
「んの野郎っ……!」
 歪めた顔。復活させたバイクに、愚神が跨る。

 来るか――!?

 従魔対応班は身構えた。最悪のシナリオが来てしまったのかと心の中で苦い表情をしながら。
 しかし。
「クソッタレが! 覚えてやがれ!!」
 その言葉と共に。ヴォジャッグのバイクのマフラーより噴出したのは大量の煙だった。
 エンジン音が響く――だがそれは遠ざかっている。放った言葉から察するに、撤退だろう。

 ヴォジャッグは三下然とした小心と慎重さを併せ持っていた。
 であるからこそ、これまでのH.O.P.E.との戦いで「幾度も追い詰められるも討ち取られなかった」のだ。
 手下がほぼ全滅。そんな状況を見て、ヴォジャッグは己を劣勢だと断じた。それにエージェントによって消耗もしていた。スキルもほとんど使い尽くしていた。
 なので躊躇なく撤退を選んだ。少しでも手下が残っている、彼らを囮に撤退できる、今の内に。

 もしヴォジャッグが「命を懸けてでも戦う」ような存在だったら。
 歴戦ゆえの小心と慎重さを持ち合わせていなかったら。
 愚神対応班がヴォジャッグを消耗させていなかったら。
 従魔対応班が朧族の数を減らせていなかったら。

 ヴォジャッグは、従魔対応班へと突撃を行っただろう。
 そうなれば――撤退していたのはエージェントの方かもしれなかった。

「首の皮一枚、か」
 風に乗って漂ってくる煙――燃料臭いが毒性はない、ただの目晦ましのようだ――に少し咳き込みつつ、Aは眉根を寄せた。
 ややもあって晴れる煙、そこに愚神の姿はなく。
 これにて『愚神ヴォジャッグの撃退』という任務は達成された。が――未だ残っている朧族、倒れている仲間達。
「倒れた仲間を救助しつつ残敵を一掃するぞ! 救助班と戦闘班に分離! 余裕のある者は救助班の援護を!」
 すぐさまカトレヤが通信機を使い、仲間全体へ言い放った。
「俺が回収に行く、後は頼んだ」
「大丈夫だ。ちゃんと助ける」
 A、そして正人が倒れた仲間のもとへと走り出す。
『柄じゃーナイね』
「たまにはいいでしょ? だって、命あっての――」
『物種ダカラねッ』
 樹とシルミルテもそれに続き、黒絵、永寿、エストレーラも駆け出した。
「護衛は任せろ、指一本触れさせやしないさ」
「僕達がカバーします!」
 キミカ、シールスが、
「皆の回収は任せたよ!」
「敵は寄せ付けないからっ」
 そしてリュカ、アンジェリカが、救助班の護衛として行動を開始した。
 他のエージェントは引き続き、従魔への攻撃を。

 彼らの的確な動きにより、倒れた者が朧族のバイクに轢かれて酷い傷を負うことは完全に防ぐことが出来た。
 その間に朧族は――一体残らず、破壊され。
 灰色の戦場に再び、静寂が訪れた。

 間一髪の勝利。
 どんな形であれ勝利は勝利。

「ボクらの勝ち。当然だね!」
 共鳴を解き、少女の姿に戻ったアンジェリカがなだらかな胸を張る。
 その横ではマルコが、携帯用酒甕からアルコールを摂取していた。思わず、少女は呆れ顔。
「あのような無法下郎がここまでの力を持つとは」
 同じく、共鳴を解いたヘルマンは彼方――ヴォジャッグが撤退していった方向を見やる。紗夜も同じ方向を睨むように見据えたまま、静かに言い放った。
「……次は必ず一太刀を」

 夕暮れが近い。
 赤い赤い夕日はまるで血のようで――これからの激戦を、流れる血を髣髴とさせた。



『了』

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

  • エージェント・
    アイフェ・クレセントaa0038
  • ライヴスリンカー・
    赤城 龍哉aa0090
  • エージェント・
    アヤネ・カミナギaa0100
  • ただのデブとちゃうんやで・
    桂木 隼人aa0120
  • 義の拳客・
    リィェン・ユーaa0208
  • エージェント・
    クレア=エンフィールドaa0380
  • 恐怖を刻む者・
    ヴィント・ロストハートaa0473
  • コスプレイヤー・
    大宮 朝霞aa0476
  • Twinkle-twinkle-littlegear・
    唐沢 九繰aa1379
  • エージェント・
    ツラナミaa1426

参加者

  • 夢ある本の探索者
    努々 キミカaa0002
    人間|15才|女性|攻撃



  • 映画出演者
    天野 正人aa0012
    人間|17才|男性|防御
  • エージェント
    レイア アルノベリーaa0012hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Loose cannon
    灰川 斗輝aa0016
    人間|23才|?|防御



  • 名オペレーター
    鬼灯・明aa0028
    機械|23才|?|命中
  • エージェント
    アニェラ・S・メティルaa0028hero001
    英雄|15才|?|ジャ
  • エージェント
    アイフェ・クレセントaa0038
    人間|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    プリシラ・ランザナイトaa0038hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • エージェント
    アヤネ・カミナギaa0100
    人間|21才|?|攻撃
  • エージェント
    クリッサ・フィルスフィアaa0100hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ただのデブとちゃうんやで
    桂木 隼人aa0120
    人間|30才|男性|攻撃
  • エージェント
    有栖川 有栖aa0120hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 希望の守り人
    シールス ブリザードaa0199
    機械|15才|男性|命中
  • 暗所を照らす孤高の癒し
    99aa0199hero001
    英雄|20才|男性|バト
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • 暁光の鷹
    王 紅花aa0218hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • エージェント
    剛田 永寿aa0322
    人間|47才|男性|攻撃
  • エージェント
    夜刀神 シンaa0322hero001
    英雄|27才|男性|ブレ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • エージェント
    クレア=エンフィールドaa0380
    人間|20才|女性|攻撃
  • エージェント
    アルフレッド=K=リデルハートaa0380hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • 誓う『世界』はここにある
    ファウ・トイフェルaa0739
    人間|6才|男性|生命
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    フヴェズルングaa0739hero001
    英雄|23才|男性|シャド
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • ヘイジーキラー
    壬生屋 紗夜aa1508
    人間|17才|女性|命中
  • エージェント
    ヘルマン アンダーヒルaa1508hero001
    英雄|27才|男性|ドレ
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