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ゆうやけこやけのあかいみち
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ある日の帰り道(相談卓)
最終発言2017/09/26 22:07:57 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/09/30 04:28:53
オープニング
●秋の夕暮れ
秋、某日、夕暮れ。
秋の色は何かと「赤」だ。おそらく紅葉の色なのだろう。
それはさておき、君達の視界は赤い色だった。夕焼けの色、茜色に染まる空、赤とんぼがフイと飛んでいく。視線を下ろせば赤い色のヒガンバナが、秋の風に揺らいでいた。
別に特別な景色なんかではない――夕暮れなんて毎日くるし、秋なんて毎年くる。
それでも不思議なものだ。あの赤い夕焼けをじっと見ていると、なんだか懐かしいような切ないような気持ちになるのだから。
そんな夕焼けの世界の中に君達はいる。
ありふれた日常のワンシーン。ささやかな日々の他愛もない一瞬。
エージェントとしての任務を終えて。あるいは学校や仕事を終えて。あるいはお出かけや買い出しの後など。君達は『帰り道』に就いている。
まっすぐ帰るのもいいだろう。夕飯が待っている、帰って早く寝たい、ゲームしたい、観たいテレビがある、特にやることなんてない、理由は様々だろう。
寄り道するのもいいかもしれない。周りを見れば、赤とんぼが飛んでいる。ヒガンバナが咲いている。空が見事なほど美しい。
君達は自由だ。なんだってできる。
君達はエージェントだが、今君達を縛るミッションというものはない。尤も、明日になればまた新しいミッションが始まるのだろうが。
それまでは、つかの間の休息だ。
今日の出来事を振り返ったり、明日の出来事を考えたり。英雄と語らったり。
好きなように、誰のものでもないこの夕刻を過ごすといいだろう。
太陽が傾いていく。
さあ、夜になる前に。
解説
●目標
秋の帰り道を過ごそう。
●状況
PCは「帰り道」という状況である。
エージェント任務や訓練を終え、その帰り道?
H.O.P.E.支部からの帰り道?
学校や仕事を終え、家への帰り道?
おでかけしていて、その帰り道?
晩ご飯用にスーパーへ買い出しに行き、その帰り道?
どんな帰り道かは自由。
まっすぐ帰宅するもよし、ちょっと寄り道するもよし。
英雄と語らったり、友達と一緒に帰路についたり、物思いにふけったり。
白線だけ踏んで帰宅するとか。石ころサッカーしながら帰るとか。
●情景
秋の夕方、綺麗な夕焼け。SNS映えしそう。見てるとなんだかセンチメンタルな気分になるかも。
赤とんぼが穏やかに飛び、道端ではヒガンバナがちょうど満開のシーズン。ヒガンバナは川沿いだと特にたくさんあって綺麗。白い花は超レア。見つけるとラッキーかも。
町の風景は、ありふれた……そしてどこか懐かしい夕方の光景。家路につく人が道を行き、夕飯のにおいがどこかから漂う。
●NPCについて
ガンマ所有のNPC「ジャスティン・バートレットとその英雄」「綾羽瑠歌」については、H.O.P.E.東京海上支部にいます。絡みはご自由に!
※注意※
「他の人と絡む」という一文のみ、名前だけを記載して「この人と絡む」という一文のみのプレイングは採用困難です。
『具体的』に『誰とどう絡むか』を『お互いに』描写して下さいますようお願い申し上げます。
相互の描写に矛盾などがあった場合はマスタリング対象となります。(事前打ち合わせしておくことをオススメします)
リプレイの文字数の都合上、やることや絡む人を増やして登場シーンを増やしても描写文字数は増えません。
一つのシーン・特定の相手に行動を絞ったプレイングですと、描写の濃度が上がります。ショットガンよりもスナイパーライフル。
リプレイ
●帰り道01
赤い色――煌く夕日、長い影。
「わぁ……綺麗ですねぇ」
思わず卸 蘿蔔(aa0405)は呟いた。
「すっかり秋だね……ついこの間まで暑かったのに」
傍らではレオンハルト(aa0405hero001)が、同じ空を見上げていた。二人は任務を終え、帰路に就いている最中であった。
「というか大丈夫だろうか……蘿蔔は寒くないかな?」
気遣うレオンハルトの言葉に、「ん、平気」と蘿蔔は微笑んだ。「そういえば」とそのまま言葉を続ける。
「白い彼岸花もあると聞いたのですが……あるかな? これだけたくさんありますし」
見渡せば、道沿いにたくさんの赤い花。帰りの道すがら、歩調はのんびり、二人は赤の中の白を探す。
「それにしても夏、終わっちゃったね……」
視線を落とせば伏目になる。少女の睫毛が、夕日の中でほんのり光る。
「ちょっと、寂しいです。今年の夏は色々ありましたから……嬉しいことも、悲しいことも」
「そうだね……俺は楽しかったよ。そりゃしんどいこともあったけどさ、それ以上に色々得られたと思うし」
隣に並ぶ英雄が顔を上げる。見上げた空を、アカトンボが通り過ぎてゆく。任務の疲労が残る肩を回した。
「色々……そうだね」
蘿蔔は過ぎた夏を思い返していた。
アイドルとして、最後に仲間とステージに立てたこと。
新しい友達ができたこと。でも、別れもあったこと。
任務では悔しい思いをたくさんした。でも、助けられたこともあった。
さんざめく季節の終わりに寂寥はある。けれど同時に――秋はどうなるのだろう。そんな期待も、確かにあった。
「秋は何がありますかねぇ……食欲の秋と言いますし、料理でもしてみようかな」
「蘿蔔の料理はまずいからなぁ」
「こ、これから美味しいの作れるようになるんですよっ」
「……そうなると良いけど」
苦笑しながら、英雄は肩を竦めてみせた。
「まぁ、今日は時間もあるし一緒に何か作ろうか」
「はい! ではこのまま買い物に行きましょ……今日は何がいいかなぁ」
「そうだなぁ……あ、白いヒガンバナ」
レオンハルトの視線が止まった先の白い色。「ほんとだ」と蘿蔔が目を丸くする。白い色……そうだ、今夜はホワイトシチューにしようか。
「赤いねアリス」
「そうだねAlice」
炎の中にいるみたいだ――アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)は赤い世界を眺めていた。地面を彩るヒガンバナも、夕日に燃える空の色も、全てが赤い。
二人の道は帰り道、依頼を終えた帰り道。少女二人の揃いの靴が、示し合わせていないのに同じリズムで行進する。その歩調に、その瞳に、夕暮れ時の感傷というものは微塵もなかった。
淡々と。特に新鮮な話題も饒舌さもないまま。遠くから町の喧騒、踏切の音、日常的環境音。よくある光景、いつもの日常、そんなモノの中のひとつ。
だけれども――。
どこか炎のようだ。天にのたうつ赤い雲も。地面から伸び上がる赤い花も。赤に照らされた自分達も。
「炎は好き」
「炎は嫌い」
少女達は声を揃える。歌うような澄んだ声。どこか幻想的に夕日の中に溶ける声。
「炎は……」
「最も信頼できる力」
だからこそか。
自ら炎の中に足を踏み入れるように、少女達は歩みを止めない。周囲を見ようとも、一歩たりとも歩調はためらわず。進み続ける。同じ背丈の長い影がついて来る。
「赤いね」
「赤いね」
「もうすぐ夜だ」
鳥の群れが飛んでいく。涼しい風に、火の花がゆれる。少女達の髪もなびく。夕日を浴びてキラキラ輝く。
「帰ろうAlice、明日も仕事」
「そうだねアリス、早く帰ろう」
「今日のお夕飯は何にしようか」
「何か温かいものがいいな」
「じゃあ、歩きながら決めようか」
帰り道というものは、どうもお腹が減るもので。
「やれやれ、ようやくか」
「……ん、帰ってきたねぇ」
彼らもまた、任務帰りの一人だった。フラフラと青い顔でタクシーから降りた麻生 遊夜(aa0452)に、クスクスと微笑みかけて支えてあげるユフォアリーヤ(aa0452hero001)。
「お客さん、大丈夫ですかい?」と運転手の言葉には苦笑と共に掌をひらり。遊夜は彼に礼を述べ、大きなクーラーボックスを背負い直した。
「場所が場所だから、仕方ねぇが……あぁ、やっぱ車は好かん」
「……何度乗っても、治らないねぇ」
走り去ったタクシーを見送って。「吐きそう」とゲッソリしている彼の背中を、ユフォアリーヤが優しく撫でた。
帰り道、川沿いにはヒガンバナ。
穏やかな風が、少しずつ遊夜の車酔いをほぐしてくれる。
「ふぅ、やっぱ歩きが一番だ」
「……ん、そうだね」
英雄の狼尾がパタンと揺れた。「鼻や三半規管が強化されたせいか?」などとボヤきつつ、遊夜はおもむろに、足元の小石をつま先だけでリフティングし始める。少しでも車酔いから気を紛らわせようとしているのだが、
「あー、やっぱ駄目だ」
そう言っては、ユフォアリーヤに小石をパス。
「……もう、大人しくしなさい」
溜息を吐きつつも、彼女は引き継いでくれたのだった。
遊夜はそんな英雄から、景色に視線を移して。
「さて、今回は何日ぐらい持つやらだな」
担いだクーラーボックスには、今日の任務で狩った熊の肉。「……ん、ふふ」とユフォアリーヤがクスリと笑う。
「たぶん、あっという間」
「育ち盛りが二八人、それに俺達も加わるからなぁ。もうちょっと貰って来るべきだったかね?」
「……んー、そうかも、だねぇ……あ、白い花?」
幸運か、視力の賜物か。英雄がふと目を留めた先には白いヒガンバナ。
「お、珍しいな……」
「……写真、写真……皆に見せなきゃ」
ごそごそ。ユフォアリーヤはスマホを取り出すと、花の傍にしゃがみこんでパシャリ。
「上手く撮れたか?」
「ん、バッチリ」
立ち上がる英雄。さて、愛しの我が家は目前だ。ドアを開ければきっと、子供達が二人を迎えてくれるのだろう――そんなことを思いつつ、二人はドアノブに手をかけて。
「うーし、ガキ共! 帰ったぞー!」
「……ん、ただいま……良い子にしてた?」
――最近の日本は喫煙者に優しくない。歩き煙草も許されない。バルタサール・デル・レイ(aa4199)は持て余す口で溜息を吐いた。そう、何より横にいる英雄の紫苑(aa4199hero001)が歩き煙草を許さない。
「ちょっと散歩してかない?」――任務の帰り道だった。紫苑がバルタサールの耳を引っ張り、そんなことを言ったのは。いつもの突拍子もない気まぐれだ。バルタサールとしてはさっさと帰りたかったのだが、逆らう方が面倒なので……今に至る、川沿いのヒガンバナの道。
(腹減った……)
面倒だな。夕飯はどこで食って帰ろうかな。そんなことを思うバルタサールはまるで景色など見ていない。が、紫苑は対照的に、咲き誇る赤い花を目で楽しんでいるようで。
「ヒガンバナって、毒にもなるし、薬にもなるんだって。まるで僕みたいじゃない?」
「独特な形の花だな」
話半分、軽く流した生返事。紫苑の返事はデコピンだった。割と容赦がなかった。
「ってェ……」
割れたんじゃないか。額を押さえるバルタサール。紫苑は人畜無害な微笑を浮かべ、空を飛び去るカラスを眺める。
「夕焼け空もきれいだね。日によって、ピンク色だったり、オレンジ色だったり」
「夏に比べたら、日が落ちるのも早くなったな。で、夕飯何にする?」
生返事すると今度こそ額を割られそうで、バルタサールはそこそこに話題を合わせる。紫苑にはそんな心理はお見通しなようで、返って来たのは溜息だ。
「ほんと即物的だよね君は」
「景色じゃ腹は膨らまないしな」
「まったく」
今一度の溜息。「じゃ」と言葉を続ける。
「白いヒガンバナを探しながら歩いてみようか。夕飯は和食な気分かな」
「和食か。日本で気に入ったのは食べ物くらいだな」
「せっかく住んでいるんだから、食べ物以外にも楽しもうよ」
「おまえの面倒を見るので手一杯だからな」
返事は二度目のデコピンだった。
「手一杯なら、余裕を持てる訓練が必要だね」
ふ、とバルタサールの額を弾いた指先を吹いて紫苑が呟く。
「白いヒガンバナを見つけるまで帰れません、ってのはどうかな」
「おいそれのどこが風流なんだ、むしろバラエティじゃねぇか」
「今の返し良かったよ、その調子で風流してこ?」
「意味わかんねぇ……」
GーYA(aa2289)は病院で受け取った健診結果と睨めっこをしていた。
「むうぅ一年で三センチしか身長が伸びてない」
「結構、無茶もしたけど人工心臓の適応チェックはオールクリア、良かったわねぇ」
彼の隣ではまほらま(aa2289hero001)が、相棒の診断表を覗き込んでいた。
一日がかりの健診だった。
幼い頃から病弱で、今もジーヤは定期的に病院に赴かねばならない。一先ず異常なしで、はぁやれやれ。今はまほらまと二人、総合病院の前でタクシーを待っている。
「お腹空いたな~……」
ボヤきつつ、暇潰しに今一度見やる診断表。その年齢欄には「一七」という数字。
(あぁ俺、一七歳になったんだ)
無意識的に、自分の左胸に手を添えていた。
(あの日、まほらまに出逢えてなければあのまま……)
「ジーヤ、どうかした?」
首を傾げるまほらまが視線を投げかける。少年は顔を上げ、英雄に告げた。
「帰る前に、行きたい所があるんだ」
――タクシーから降りたそこは、大規模な改修工事中の公園だった。
(俺の心臓が止まって、まほらまと出逢った場所……)
工事の音がなお響く。見渡せど、そこにジーヤの覚えている風景はなくて。
「避難場所に愚神の襲撃があって、多数の犠牲者が出たらしいわね」
ジーヤの数歩先を歩くまほらまの目の先には、まだ新しい慰霊碑が。新しい花が供えられ、燃え尽きた線香が灰になっていた。
(俺も……この中の一人だったんだ)
少年も慰霊碑の傍へ。刻まれた名前達を指で辿り、瞳を閉ざす。
「さよなら、人間だった俺」
公園から続く遊歩道を歩く。少し冷えた風の中、階段を登れば河川敷だ――夕焼けと、煌く川の流れと、ヒガンバナの赤い色。全てが夕日に照らされて、幻想的に輝いていた。
「とってもキレイねぇ」
振り返るまほらまがジーヤを見る。
と、吹いたのは一陣の風――なびく彼女の青い髪が、後ろから射す夕日に光って……、
どくん。
(あ、れ。心臓が……?)
押さえる胸、止まる足。
「どうしたの? ジーヤ!?」
途端、心配の色を浮かべたまほらまが駆けてくる。「大丈夫?」とジーヤを見上げて、霊力を注いでくれる掌。
(あ、俺、まほらまに見上げられるくらいには身長、伸びてるんだ……)
ボンヤリと思った。「大丈夫」と答えながら。
でも……、
(このドキドキはなんだろう……?)
「主よ、私の仕事が終わる前に帰ってよかったのだぞ?」
「今日はバイトもないですから」
リーヴスラシル(aa0873hero001)と月鏡 由利菜(aa0873)はそんな言葉を交わした。
由利菜が生徒、リーヴスラシルが教師として通うテール・プロミーズ学園から、今の住居である涼風邸への帰り道……今日学校であった他愛もない出来事などを話しながらの道。ふと、清楚な学園制服姿の由利菜が気付いたように呟いた。
「この帰り道にも、思えば随分と慣れたものですね」
「ふむ、そういえば……」
涼風邸に引っ越す前は、二人は涼風荘という中古アパートに住んでいたのだ。引っ越したばかりの頃は、新しい帰り道に慣れないような心地を覚えたものだったが――今はもう、目を閉じても今の我が家へ辿れるほどだ。
「少し、涼風荘に寄っていきませんか?」
そんな由利菜の提案で。
二人は、涼風荘へと足を延ばす――。
「涼風荘に住んでいた頃と比べ、私達の住環境も大きく変わったな……」
「東京に来てから、長い間ラシルと一緒に過ごした涼風荘……今も残っているのですね」
何年も経った訳じゃないけれど、それでもやっぱり、ここに来ると懐かしいような気持ちが込み上げる。並んだ二人は、懐かしの我が家を見上げている。
「第二英雄が来てから、涼風荘は手狭になってしまったのですよね……」
思い返すように、懐かしむように、由利菜が言葉を紡ぎ出す。
「ああ。ちょうどその頃、ユリナの活躍を見ていたという会長に涼風邸を紹介して頂いた」
「私の両親も支援してくれると、手紙を送ってくれて……」
そんな日々を経て、二人は涼風邸へと移り住むに至ったわけだ。
「ユリナは既に一流のエージェント。それに相応しい場を手に入れ、人材を集める余裕もできた」
由利菜に邸宅を与えたり、新たな専属メイドを雇うことは、リーヴスラシルが強く提案したことによる。
「私はあそこまでしなくてもいいと言ったのに……」
少女は苦笑を浮かべ、小さく肩を竦めてみせた。とはいえ、自分に姫と騎士としての教育を施してくれた英雄には感謝の念を抱いている。
「……でも、不安だった邸宅の運営も徐々に慣れてきました」
「主としての振る舞いがしっかりしてきた。私は主に更なる飛躍を果たして欲しい。主なら……それができる」
凛とした言葉。少女は頷き、英雄と同じ空を見上げるのであった。
●帰り道02
「でさ! アノ抉るような落下がよかったネ!」
夕焼け小焼け、赤い道。華留 希(aa3646hero001)が興奮冷めやらぬ様子で振り返った。
「……あれはねえだろ……」
答えたのは麻端 和頼(aa3646)。が、その呟きに被さるように五十嵐 七海(aa3694)が「ビッグトルネード、楽しかったね!」と声を弾ませる。
「皆タフだな……」
盛り上がる女子にジェフ 立川(aa3694hero001)は感心の様子である。「なあ?」と傍らのテジュ・シングレット(aa3681)に話を振った。彼は表情を変えないまま、「元気……だよな……」と頷いた。
そんなテジュの隣ではルー・マクシー(aa3681hero001)が、なんだか悔しそうな表情を浮かべていた。さっきからずっとだ。だからテジュが、溜息のように呟く。
「……なぜ……幽霊屋敷に」
「だって……くやしい!」
今度は絶対大丈夫だと思ってたのに、とルー。幽霊屋敷で響き渡った「ひっ!? きゃぁあああ!?」という盛大な悲鳴は、しばらく皆の記憶に残りそうだ。
さてさて、この六人は遊園地に遊びに行っていたのである。
丸一日遊んで、今はその帰り道。赤い太陽に照らされて、楽しさの余韻は未だ強く。二言目には口から出るのは「楽しかったね」だ。疲労はあるが、不快ではない。楽しい時を共有できている心地よさの方がずっと強い。
「……」
和頼は、楽しげに今日の思い出で盛り上がる恋人――七海を横目に見やっていた。彼女が着ているのは、和頼が選んだ服である。……可愛らしい、と思う。夕日に照らされ、楽しそうな七海の様子は、普段とは違う趣があった。
「和頼は何が楽しかった?」
「……あ? あー、」
視線と言葉。ぽつりぽつりとした会話。まだどこかもどかしいような雰囲気。
ふふん、と密かに見守る希が仲間達に目配せをする。
「あたし達ちょっと寄りたいところがあるカラ、先帰っててイイヨ!」
「……そーだな。まあ、ちょっとした野暮用だ」
ジェフが頷き、ルーも「OK!」と親指を立てた。
というわけで、和頼と七海以外は二人が止める間もなく上手い具合に曲がり角を曲がって行ってしまい……彼と彼女が、夕暮れの道で二人きり。
「……」
焦れるような沈黙。隣り合う、けれど微妙な距離。足音と町の遠い喧騒と。
「あの、」
口を開いたのは七海だった。
「手を……繋ぎたいな」
窺うように見上げる眼差し。
「……あ、ああ」
二人の顔が赤いのは、夕日に照らされたせいだけじゃない。
「……繋、ぐか……」
小指同士がちょん、と触れて。和頼の大きな掌が、七海の華奢な手を包むようにそっと握った。
その体温と、分厚い感触に。七海は心が休まるような心地を覚えるのだ。きゅっと握り返す。そうすると、背伸びして履いたヒールの靴擦れの痛みだって飛んでいく。
「……疲れてねえか? 結構、広かったな」
沈黙するとドキドキする心臓の音が伝わりそうで、和頼は七海に声をかける。「ううん、平気」と七海は応えるが――彼は見逃さなかった。
「どうした? 片足庇ってるだろ」
「えっ」
なんで分かったの、と七海が顔を上げるよりも早く。軽々と、和頼が彼女をお姫様抱っこするではないか。「え゛」と七海の顔が、夕日の中でも分かるぐらい真っ赤に染まる。
けれど、七海は抗議の言葉は口にしなかった。驚いたけれど――気付いてくれたんだ。そんな彼の気遣いが、嬉しくて。
「仕方ないが、片思いの時の方が自然と一緒出来てたな」
そんな様子を、煙草をくわえたジェフは仲間と共に遠巻きから眺めていた。恋人達の反応は一つ一つが可愛らしいが、微妙な距離感と余所余所しさがじれったい。隣ではテジュが、煙草に火を点けながら頷いていた。
それは希とルーも同感なようで――「ルー、いくヨ!」「OK!」だなんて声を合わせて、パッと駆け出すではないか。
「あの二人のテンポじゃ、周りがそっとしてくれないか……」
その行動力に感心しつつ、ジェフはやっぱり見守る姿勢なのだった。
「うん、イイカンジだネ! でも、もっと!」
ぴゃっと駆け寄ってきた希の、猫のような笑み。和頼は今更ながら皆に密やかに見守られていたことを知ると、「お前ら……」と盛大に溜息を吐いた。羞恥はあるが、それよりも七海への心配が勝っているのでそのまま歩き続けるが。すると希が、上機嫌に尻尾をパッタパッタと揺らめかせるのだ。
「珍しく積極的だネ!」
「……靴擦れしたみてえだ」
「え? ケアレイかける? ……でもこの後で!」
言うなり。
ひょいっと和頼の後ろに回り込んだ希が、彼に対し膝カックン。
「うおっ!?」
不意打ちにバランスを崩す和頼。が、今は七海を抱えているのだ。なんとか転ばないよう奮闘する和頼だったが――前のめりになった、その拍子に……。
パシャ。
ルーが構えていたカメラが光る。
「やった~!」
和頼の唇が、七海の鼻先に。そんなベストショットを撮れた喜びにピョンピョン飛び跳ねるルー。
「す、すまねえ!」
ワンテンポ遅れて状況を理解して顔を離す和頼。七海は彼の首にしがみついたまま、ドキドキしすぎて赤いまま硬直している。
和頼はそのまま、ハイタッチしてハシャいでいる希とルーに振り返ると。
「七海はケガしてんだぞ!」
吼えるような一喝。途端、英雄二人は竦み合うように抱き合っては青い顔で涙目に。
「ご、ごめええん七海い! どうじでもぶだりをながよぐじだがっだの~!」
「僕もだよ~……ごめんなさいっ! だって、遊園地で二人きり少なかったからっ」
えぐえぐと謝罪する二人。「怒らないで……」と七海からも細い声。「まぁ……許してやれ和頼」とテジュも言う。和頼は大きく溜息を吐いた。
「……次からは気を付けろよ」
そう言って、寸の間の共鳴。ケアレイを七海の足に施し、彼女を下ろした。「ありがとう」と、歩けるようになった七海は感謝を告げると、
「初めては事故じゃない方が良いな…… あ!」
独り言ちてから言葉の意味に気付いては、口を押える七海。和頼は、照れ臭そうに微笑んだ。
「……オレもそう思ってた」
そう言って、差し出した手。
「……、うん」
七海は夕焼けに同化するほど染まった指先で、そっと愛おしい手を取るのだった。
テジュは、友人達のそんな姿に目を細め――次いで、傍らにてグスグスしているルーに「それはそうと」と話しかける。
「ルー……ヒガンバナは根に毒があってな」
「ふぇ?」
「ゆえに……墓を荒らされないよう……戦場跡などに多く植えられたと聞く」
「!?」
ルーの肩がビクッと跳ね、ついでに犬尻尾もブワッと毛が逆立った。錆び付いた人形のような硬い動作で、そのまま周囲を見渡す英雄。
「……この辺りには、ヒガンバナが多いな」
「!!?」
ルーの犬耳までもがキューッと伏せられる。犬尻尾が足の間に挟まれている。
「出るかもな……」
意味深に呟いたテジュの言葉。途端、ルーがテジュの体にビャッと全身でしがみつく。
「ひゃぁああ!? 帰るっ! 夜になる前に帰る~!!」
「……帰るか」
しがみついてくる英雄の重みにちょっと傾きながらも。珍しくテジュは笑みを浮かべ、夕日の帰路を歩き始める。
「テジュは……結構Sだろう」
ジェフは込み上げる笑いを噛み殺しつつも。「帰ろう」と――皆に続いた。
●帰り道03
「お買得品、買えてよかった、な……」
「ああ。挽き肉も買えたから約束通りハンバーグを作るか」
「うん……!」
スーパーの自動ドアが開く音と、木陰 黎夜(aa0061)とアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)の会話。二人が手に持つビニール袋には、目当てだった広告の品やタイムセール品が無事に収められている。
「お腹、すいた、ね……」
今夜はハンバーグだ。黎夜の好きな料理だ。二人とも戦利品にホクホク顔だが、ことさら少女は上機嫌である。
「そうだな。早く帰ってご飯にしよう」
アーテルがニコヤカに言う。家には、もう一人の英雄も待っている。
そんな帰り道だった。
ふと、黎夜が視線を留める。
「ハル、ヒガンバナ、咲いてる……」
ほら、と買い物袋を持つ手で指させば、赤い花。「いつの間に咲いていたんだろうな」とアーテルも同じ花を見つめた。
「夕焼けがよく似合う」
「うん……。すごく、キレイ、な……」
言いつつ、黎夜はスマホを取り出そうとポケットを漁る。英雄が荷物を持ってくれた。「ありがとう」と礼を述べ、少女は花の傍にしゃがみこむ。
「黎夜、白いのも咲いてる」
「ほんとだ……撮る」
ピロン、と響くシャッター音。帰ったら、もう一人の英雄にも見せてあげよう。そう思いつつ、黎夜はヒガンバナを撮影していて――ふと、アーテルが昔、彼自身をヒガンバナのように例えたことを思い出す。
「……ハル……。ハルはやっぱり、赤い色が似合う、な……」
純粋にそう思って、黎夜が呟く。
「そうか?」
答えるアーテルも、奇しくも黎夜と同じことを思い出していた。あれはこの世界での初めての秋、初めて見かけた変わった形の花、彼岸の名を持つ、毒の花。死人花。それが自身のようだと、彼は感じていた。
「親近感のある色には違いないがな」
今日のネイルも赤色だし、とアーテルは笑う。「ヒガンバナネイルとか、いいかも」と続いた言葉に「デザインが細かくて難しそう」なんて返しつつ、黎夜はスマホをしまって立ち上がった。
「真昼も連れてきたら、キレイって、喜ぶ、かな……?」
アーテルが持ってくれていた荷物を受け取りつつ、少女が言う。
「あの子なら喜ぶだろう」
「なら、明日は真昼も一緒に……。枯れてないといいな……」
赤い景色に、目を細めた。
「買い物袋、持とうか?」
「フふーん。コのくライナらへーキ!」
佐倉 樹(aa0340)の問いに、シルミルテ(aa0340hero001)は得意気な声でスーパーの買い物袋を掲げて見せた。
二人とも、それぞれの用事を済ませて帰り道。途中で合流して、自宅への歩き慣れた道をのんびり歩く。
通りかかる川沿いの道は、四季の度に表情を変える。今はすっかり秋の色、ヒガンバナが咲き乱れる。
「今年も見事」
「お空モ花もトンボも真っ赤ネー」
見渡す世界。綺麗な色。と、シルミルテがふと視線を止めた。
「樹! ゴメん、ちょっト買い物袋モってテ!」
直後に樹へ買い物袋を託しては、英雄はピャッと走り出してしまう。「うん、いってらっしゃい」と樹が返事を言い終えた頃にはもう、シルミルテはヒガンバナの前にしゃがみこんで、両手でしっかとスマホを構えて撮影を行っている。シャッター音が何度も響く。それは樹がのんびり歩いて英雄に追いついた頃に鳴りやんだ。
「そ・う・シ・ん、っト……おまタセ、ありがトー」
SNSで誰ぞに送信したらしい。スマホをしまい込んで顔を上げたシルミルテ。「どういたしまして」と、樹は伸ばされた手に買い物袋を返して、続けて問うた。
「“青”宛?」
「ウん!」
「そっか~。……今夜のメニューは?」
「今夜ノ晩御飯はふワフわ卵のオムライス!」
樹のおうちでは、晩ご飯を始めとした家事は当番制なのだ。「いいね」と返した樹はそのまま……ふと、呟く。
「……今日の分のかぼちゃは?」
「明日シチューにしマス……」
説明しよう。ハロウィンというバーニングが激しい時期の第二英雄は当番除外で、カボチャのランタンを量産中だ。くりぬいた中身はもちろん美味しく頂きます。もったいないので……。
「お姉ちゃんハ今年モ元気ネー」
「去年は少し驚いた……」
「マダまダコれからヨ」
“カボチャ 料理 レシピ”で検索を続ける日々はもうちょっとだけ続きそうだ。なんて思いつつ。
「……今度、時期になったら彼岸花の球根でも買ってみようか」
ヒガンバナの道を眺めて、樹が言う。シルミルテが彼女を見上げる。
「育てルノ? 珍シい」
「私の“赤”に贈ったら楽しいかなって」
「素敵に悪趣味! デも素敵!」
交わした笑みは悪巧み。それでも心から楽しそうで――それは二人きりだからこそ。
穏やかで、けれど有限の日常をまた一歩、歩いて行く。ホームスイートホーム。
ぱしゃ。
電子のシャッター音が響く。
「お。これSNS映えすんじゃね!? ね、ね、白虎ちゃんどうよ?」
妻に頼まれた買い物帰り。虎噛 千颯(aa0123)は片手にスーパーのビニール袋を提げて、もう片手にはスマートホン。写したばかりの夕焼け空を、隣の白虎丸(aa0123hero001)へと見せつける。
「えすえぬえす……とは、噂のアレでござるか。い、いんたす? らーめんは別に夕時でなくてもいいのではないでござるか?」
「違うから、誰もカップ麺の話してないから」
英雄の天然発言にカラカラ笑う。そんな二人は河川敷をのんびりと帰路に就いていた。遠くで草野球の掛け声。他愛もない会話。
そんな風にどこにでもある時間が過ぎていたが……ふと。千颯の足が止まる。
「どうかしたでござるか?」
白虎丸も足を止めて、相棒を見やった。彼の視線は足元、ヒガンバナに注がれていて。
「え? あぁ……いや……別に」
英雄の声に顔を上げて、へらりと笑う千颯。白虎丸は首を傾げ、彼を注視する。ややあって「いや……うん」と彼は視線を再度、赤い花へ。
「……どうして、ヒガンバナって見てると切なくなるのかなってな」
「切ないでござるか?」
今度は反対側に首を傾げる白虎丸。
「俺はそうは感じないでござるが……? 何か思い出があるでござるか?」
「……思い出……か……」
目を細める。繊細な造形の彼岸の赤。揺れる色に思い出すのは、千颯が高校一年生の時に自ら命を絶ってしまった恋人で親友だったひとのこと。それは未だに、チクリと鋭く、彼の心に刺さったまま。抜けないまま、治らないまま、残り続けている一本のトゲ。
(あの時、オレは何ができたんだ? どうすればよかったんだ?)
ずっとずっと問い続けても、答えは出ない。
(あいつは……、)
「千颯?」
不意に、彼の顔を覗き込む虎の顔。
「え?」
「何やら思いつめていたようでござるが?」
「あー……いや、」
じっと見る白虎丸の眼差し。「何でもないんだぜ」と、千颯は歩き始める。
「早く帰って夕飯食べようぜ! 今日は何かなー」
「嫁殿がはんばぐーだと言っていたでござるよ」
「ハンバーグか! そいつは楽しみだ!」
千颯は前を見る。出せぬ答えも、心のよどみも、今はフタをして見ないフリ。いつかきっと答えが出る。そんな言葉を、誰とはなしに心の中で呟いた。
「天高く馬肥ゆる秋……」
スワロウ・テイル(aa0339hero002)の呟きが夕空に消えた。
「秋ってなんだか寂しい気持ちになりません? 毛糸のパンツも新調しないとですにゃー……」
「言ってることが何かちぐはぐだよテイルちゃん」
隣を歩く英雄の言葉に、御童 紗希(aa0339)は溜息を吐きながらスクールバッグを担ぎ直す。高校からの帰り道、賑やかな商店街。
「制服も冬服になっちゃったし、今日は何だか夕焼けが一段と紅く見えるっス……おセンチな気持ちにもなりますわ~~」
萌え袖理論からダブダブに余らせた袖をブラブラしながらテイルがボヤく。
「日が暮れるのも早くなったよね……今日の晩ご飯なににしよう……」
学校の疲れからかテイルの脊髄発言に深く突っ込むことはなく、紗希も漫然と商店街を見渡した。同じようにテイルも周囲を見やる。目が留まったのは八百屋だ。マツタケが売られている。
「こくさんまつたけごはん……」
「買えるわけないでしょ? 一回の任務で入る金額より高いんだよ?」
「アラまあ~。ん? 待てよ? そう考えると……」
自分達の薄給<<<超えられない壁<<<国産マツタケ
「「……切ない~~~~!」」
気付いてはいけないことに気付いてしまった。頭を抱え、天を仰ぐ。
「えー! あたしらってきのこより安いの~~?」
紗希の慟哭が響いた。通り過ぎるチャリのオバチャンが「若い子は元気ね~」と独り言ちた。
傷ついた乙女心を癒すため、二人はぶらぶらと商店街を歩き続ける。
「今年は天候が悪くて野菜が高かったり、さんまが不漁だったりしてるんだよね~」
品定めしつつ、紗希は夕食のメニューを考える。
「御童家経理担当としては食費はなるべく抑えたいところ……けど無駄に大食いな大男と胃袋がブラックホールに繋がってる子がいるからなー……」
「姐さーんすき焼き食べたいー」
「却下します」
「ギャー!」
「あ、シメジ安っ。シメジご飯にする?」
「ええ~~そんな孤独の妥協メシ……」
「おんなじ菌類だからシメジは実質マツタケです。OK?」
「ウッワそのクソ暴論……嫌いじゃないッス」
夕暮れ時が誰そ彼時に変わっていく――その日、第一英雄はシメジご飯をマツタケご飯と偽られて食べさせられたそうな。ちゃんちゃん。
●帰り道04
「リンドウもいま帰り、です?」
ランドセルを背負い直した紫 征四郎(aa0076)の視線の先に、凛道(aa0068hero002)がいた。
「最近よく会いますね」
「ええ、ここ数日はこっちの道を中心に見守っていたので」
無邪気に駆け寄ってくる少女に凛道はそう答える。アイドルライブがない時は、こうして小学生達の下校を自主的に見守るのが彼の日課なのである。不審者じゃないよ。ほんとだよ。
と、そんな合法的凛道の手を、征四郎(九歳)の小さいお手手がキュッと握る。あんまりにも自然な流れ過ぎて――一瞬、凛道には何が起きたのか理解できなかった。
「……。ぴゃ、すみません! こう、リュカと手を繋ぐことが多かったので、つい」
ワンテンポ遅れで、赤い顔をした征四郎が凛道を見上げる。凛道は心の眼鏡が爆発するかと思った。実際の眼鏡は素直に挙動不審に照れ過ぎてカタカタしていた。
「ヒガンバナ、キレイですね」
そんな感じの帰り道。ヒガンバナの咲いている道。今日学校であったことを話していた征四郎が、話題の合間にそう言った。
「綺麗ですが、征四郎さんには似合わなさそうです」
凛道は赤い道を見渡し、そう答える。彼岸の花。影を持つその赤は、きっとこの無垢な少女には相応しくない。そのことを分かってか、少女から「どうして?」の言葉はなかった。
寸の間の沈黙。凛道は征四郎の小さな歩幅にゆっくりと歩みを合わせる。幸い警察の影はなく、職質の危機はなさそうだ。
「今日のお夕飯、ガルーがピザを焼くと言っていました」
間もなく征四郎が再度、口を開く。ガルー・A・A(aa0076hero001)――彼女の英雄の名に、凛道の表情が分かりやすくしかめられた。
「よかったら、みんなで食べに来てください」
更にそう続けられたものだから、凛道は「いえ、僕は」と断ろうとしたものの。見やる先、征四郎の眼差し。ぐぬう、と断りの言葉が詰まる。
「……いき、ます」
絞り出した。……分かっている。征四郎が、ガルーと凛道の仲を案じていることは。
「よかった」と征四郎は笑む。その内心で、思う。
(リンドウはこんなにも優しい人なのだから……そのうちに、きっと仲良くなれます……よね)
見やる茜の空――。
「まさかお前さんがちょうど検診日とはな……で、なぁに? デキちゃった?」
「そうそう、ちょうど三か月なの……」
とある病院、ガルーと木霊・C・リュカ(aa0068)はバッタリと遭遇した。前者は薬剤関係の頼みで書類を渡しに、後者は三か月に一回のの内臓系を中心とした精密検査に、それぞれ病院に訪れていたのである。
「父親はあ、な、た♪」
デキちゃった、の言葉に体をくねらせながら裏声でウインクまでしてみせるリュカ。冗談には倍の冗談で返す、そこが例え待合室であっても――……。
閑話休題。
「ナースさんから凄い白い目で見られたね」
「そらそうだわな」
帰る方向も同じだ。二人は帰りの道を歩く。ガルーは精密検査がどうだったのかなどを口にはしなかった。気にかけてはいるが、冗談を言う程度の元気はあるようだし。
「っと、」
そんな思考をしていると思い出すのが遅れてしまった。
「そうそう、チーズ買い足したいんだった。ごめんタンマ、買い物寄ってって良いか?」
「いーいよ、ついでにうちの食材も一緒に買っちゃうから」
というわけで、行きつけのスーパーへ。目が良くないリュカのため、ガルーが商品棚から言われた物をカゴに入れる。ちなみにさっきから酒ばっかり入れることになっているのは気のせいじゃない。
「ところでチーズって何か作るの?」
ガルーはチーズを買うと言っていた。リュカがたずねる。
「メインはピザだな」
「いいね。凛道もやたら好きなんだよねチーズ。子供舌っていうか」
「子供は大体好きだよな。……お、ワインも買ってくか」
買い物自体は長い時間ではなかった。スーパーから出れば、暮れゆく夕日。白杖を突かねば歩けないリュカの為に、ガルーがついでに買い物袋を持つ。
「ガルーちゃんってば力持ち」
「う~ん酒ばっかりで重い!」
「いやーほんとマジスパダリ」
うだうだと話す。色気のない会話に反して、周囲には花が咲き乱れている。
「ヒガンバナかな?」
リュカが赤い色に目を細める。「そうだな」と答えたガルーに、リュカは一本手折ってくれないかと頼み込んだ。間もなくして、彼の手に赤い花が手渡される。
「綺麗だね」
共鳴しなければほとんど見えないけれど。それでも精一杯、自分の目で色彩を感じる。
「死人花っていうだけあって、お兄さんなかなか似合うと思わない?」
「変な冗談言うんじゃないのぉ」
笑うリュカの後ろ髪を引っ張って。「ほら帰るわよ」とガルーは言う。リュカは変わらずカラカラと笑っていた。
(まぁ似合わなくはないが。お前のその目と同じ色だ)
言葉にはしない。帰り道を、歩いて行く。
●帰り道05
ボンヤリ。
狒村 緋十郎(aa3678)は漫然と、暮れゆく空を眺めていた。歩みもそぞろ、尾が揺れる。
(これで終わり、か……)
赤い世界に思い返していたのは、【屍国】における一連の出来事、そして終着。とある墓地で、犠牲者達の冥福を祈った帰り道。
一つ一つ思い返す。そうして行き着いたのは、とある屍姫の最期の記憶。
――芽衣沙。
彼女との決戦で、緋十郎は芽衣沙に不死者の丸薬を与えるという明らかな利敵行為を行った。
その為、彼はH.O.P.E.上層部から大量の始末書を命じられたが、それもようやっと提出を済ませて。
そう、終わったのだ。【屍国】の事件は……終わったのだ。
(……悔いはない)
通り過ぎるアカトンボを目で追って、緋十郎は心の中で呟いた。あの時の己の行為はエージェントにあるまじきものだ。結果論として芽衣沙を撃破できたからよかったものの、あれで彼女が逃亡でもして、おびただしい被害者を出していたとしたら……?
(それでも)
自覚も反省もしているけれど。あの愚神の最期の表情を思い出すと、やはり、悔いはないと言える。
……芽衣沙が多くの人を殺めたのは紛れもない事実。殺された人々の無念も、遺された人々の悲しみも、重々承知しているけれど、も。
そう、『けれども』なのだ。
少なくとも、あの少女もまた、一人の犠牲者だったのだと。
緋十郎は、そう思う。――茜色の秋空に、彼女の面影を思い出しながら。
遠くから町の音が聞こえる。家路を急ぐ子供達の声、踏切の音、通り過ぎる車。ふと、どこからか夕飯の漂ってきた。これはきっとカレーだ。
穏やかな風景。夕暮れの日常。
緋十郎は足を止めていた。そこからは町の景色が一望できる。
こんなありふれた日常を守りたい。彼は改めて、心の中の想いを深める。
「……」
一歩後ろ。レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)はそんな彼の横顔を見つめていた。
引き結ばれた彼の唇、揺るぎのない眼差し――レミアは瞳を細めた。彼の心の中を慮る。口出しはしない。静寂、風に金の髪を掻き上げた。
「日が落ちるのも早くなったね……もう秋かぁ」
「風も涼しくなったよね……」
H.O.P.E.支部から、依頼の事後処理をした後の帰り道。皆月 若葉(aa0778)とピピ・ストレッロ(aa0778hero002)は並んで歩き、夕暮れを見上げていた。綺麗な赤。もうすっかり秋である。スイと飛んでいくのはアカトンボだ。
「あ、トンボだー!」
ピピが無邪気にトンボを追って走り出す。「転ばないでねー」と声をかける若葉は微笑ましげだ。秋の世界は、幼いピピの興味を引くものばかりのようで。
「うわぁ、赤い花がいっぱいでキレー!」
「ほんとだ、綺麗だね」
トンボからヒガンバナに興味が移っては、花の傍にしゃがみこむピピ。追いついた若葉も、一緒に花を眺める。近くの草むらからは虫の声が聞こえていた。
「リーン、リン、リーン……♪」
その声に合わせて、ピピが楽し気に虫の声を真似る。「色んな虫の声が聞こえるね」と若葉はその様子を見守っていた。
「そういえば……」
夕日に照らされる、しゃがみこんだ小さな姿を見て、若葉はふと思い出す。
「ピピに会ったのは去年の今頃だったね」
ゲームセンターの出入口でうずくまっていた、小さな子。
最初は迷子だと思った。だから「どうしたの」と声をかけて……。
(まさかこんな小さな子が英雄だとは……あの時は驚いたなぁ)
しみじみ。するとピピが振り返り、
「知らない場所で心細くて……ワカバが声かけてくれて、すっごく嬉しかったんだよ!」
言うなり、満面の笑みで若葉へと飛びついた。
「見つけてくれてありがとー」
小さな体で目いっぱい、スリスリ甘えながら感謝を伝えてくる。「ふふ」と若葉は優しい笑みが込み上げて、ピピの髪を梳くように優しく撫でた。
「どういたしまして。……と、あまり遅くならないうちに帰ろっか。皆も待ってる」
「はーい! ご飯は何かな♪」
「うーん、今日はなんだろうね?」
何気ない会話。繋いだ手。仲良く隣り合う長い影。家族の待つ家へと続く道。
どこで覚えたか、ピピが秋の童謡を披露してくれる。若葉はそれを笑顔で聞きながら。
(こんな、何でもない日常が続くように――)
明日からも頑張ろう。そんな思いを新たにする。
それは依頼が終わり、報告の為に支部へ向かっていた時の出来事。遠回りした川沿いの道、メテオバイザー(aa4046hero001)はしきりに周囲を見渡していた。
「どうした?」と桜小路 國光(aa4046)が問えば、彼女は道端の赤い花を指さして。
「このお花、確かサクラコの兄様の頭に咲いていた花ですよね?」
「髪飾りね……そうだった」
國光は目を細めた。彼がまるで実の兄のように慕っていた――とある英雄。赤い長髪を結い、そこに赤いヒガンバナが咲いていた……ジャックポットとして、姉と誓約を結んでいた彼。その姿を、メテオバイザーは写真でしか見たことがない。そしてこの先、本人と会うことは永遠にない。彼はもう、この世界から消えている。
「このお花は白い色もあるって聞いたのです……是非、見たかったのです」
メテオバイザーの言葉、國光は「なんだ」と笑んで、声を続けた。
「いつも見てるじゃないか」
「え?」
「ほら」
言いながら、幻想蝶から取り出したのは一つの鞘。彼岸の花が見事な技法で絢爛に描かれている――それを反対側にひっくり返すと、一輪。白いヒガンバナが、佇んでいて。
「本当……! 気付かなかったのです」
「手入れしてても、模様だけ気にして見ないしね」
そんな彼の言葉を聞きつつ、メテオバイザーは赤の中の白から目が離せなかった。
たくさんの中で、ぽつねんと際立つ一輪……。
(まるで私達みたい)
集団の中にある異質。
その中で普通を求め続ける能力者。
いつの世も、どこの世界も、「普通じゃない」ことは畏怖や迫害の対象で……。
(私……邪魔なのかな?)
浮かんだ淀み。能力者を見上げれば、もちろんその目に能力者が映るが。
けれども、それは少し、違っていて……。
(これは能力者じゃなくて、私の……)
「ん?」
國光の声がする。
は、と気付くと、いつもの能力者がそこにいる。
「どうした?」
気遣うような言葉と、いつもの優しい眼差しと。
「え……あ……なんでもないのです」
首を緩く振って、メテオバイザーは笑ってみせる。いつの間にか、浮かびかけた記憶はそのまま霧散して消えていた。きっときっと気のせいだ。英雄はゆっくりと瞬きをして、歩き出す。
「……帰りましょう、サクラコ」
「うん、そうだね」
●帰り道06
エージェントの任務帰り――と言うと特殊な感じがするけれど。
友達同士で一緒に帰っている、と表現すれば、どこにでもある日常の一つ。
「大きな怪我もなくってよかった」
任務が終わる頃には夕焼けになっていた。藤咲 仁菜(aa3237)は安堵の息を吐く。
「ええ、本当に」
ナイチンゲール(aa4840)が控えめに微笑む。「ほっとしたらお腹すいちゃったね」と仁菜が肩を竦めれば、
「何か食べて帰ろうか? あ、あそこの焼き芋とかおいしそう!」
リオン クロフォード(aa3237hero001)が彼方を指さした。いーしや~きいもー。緩やかに走る軽トラック。目を輝かせた仁菜が、ロップイヤーをなびかせながら友人達へと振り返った。
「ナイチンゲールさんと墓場鳥さんも一緒に食べませんか?」
「……!」
その言葉に、瞳を夕日よりも輝かせるナイチンゲール。が。
「いいのか」
ボソッと隣で尋ねたのは墓場鳥(aa4840hero001)だ。ナイチンゲールは「うっ」と息を詰まらせる。
「敢えて止めはしないが……心することだ」
淡々とした眼差しがスッと能力者の腹に注がれる。
「……意地悪」
ナイチンゲールは墓場鳥の視線を遮るように、お腹を手で隠すのだった。
まあ、結局、食べ歩きの誘惑には従わざるを得ず。
四人の手にはアツアツの焼き芋。
甘い香りが湯気に乗って、夕暮れ空にほどけてゆく。
(普通の人なら……何気ないことなんだろうな)
ふと、仁菜はそんなことを考えた。
故郷も友人も失って、英雄だけが唯一の希望で――でも、またこうやって友達と笑い合える時が来るなんて。
(思っても、みなかったなぁ……)
しみじみ、嬉しく思う。同時に、しんみりともする。夕日を、じっと見つめていた。
「……、」
ナイチンゲールはそんな仁菜の横顔に視線を奪われる。
夕日に照らされ、茜の髪はなお鮮やかに。白いウサギ耳も赤色で、それが凄く……幻想的で、現実味が薄くて、綺麗だった。
その姿を瞳に映し、ナイチンゲールは改めて思う。隣に友達がいるという、不思議な現実。それは大抵の人にとって当たり前なのかもしれないけれど、ナイチンゲールには『隣に友達がいないこと』が当たり前だったから。
「どうしました?」
そんな時だった。視線に気づいた仁菜が空色の眼差しを向けて、首を傾げた。ナイチンゲールは慌ててうつむく。耳まで熱い。夕焼けの所為にできないぐらい顔が赤いのが自分でも分かる。
「ふふ」
ナイチンゲールは年上だけれど、その反応に可愛らしいなぁと仁菜はホッコリ微笑んで――その直後だ。
「にっ、……仁菜、」
一瞬、裏返りそうになった声で、それでもナイチンゲールが友の名前を呼んだ。初めての呼び捨てだった。少女はちょっとだけ目を丸くするも、すぐに柔らかい表情でこう返す。「なぁに」と。
「……なんでもない。おいしいね、お芋」
上げた顔はまだ赤い。照れ臭いけど、それよりも嬉しくって、ナイチンゲールは微笑むのだ。だから仁菜も、満面の笑みを返す。
「うん! おいしいね」
英雄達は、そんな相棒達を遠巻きに見守っていた。
仁菜が嬉しいと、リオンも嬉しい。少年は目を細める。彼にとって仁菜は唯一の光だった。互いしかいない、他に頼れるものがいない世界だったのに。
墓場鳥も近しいことを思っていた。
いかに案じたとしても、彼女にできるのは戦場で力を貸すことだけ。けれど、友という存在は彼女の命を繋ぎ留め得る。そしてそれは、相手にとっても同じなのだろう。
(今やそれは仁菜だけではないのだろう)
それを嬉しく思う。ゆえに、墓場鳥は傍らの、獅子の名の少年に告げた。
「礼を言う」
たった一言、ただそれだけを。
「……へ、」
寸の間、リオンはキョトンと瞬きを数度したけれど。隣を歩く墓場鳥の、相棒を見守る優しい瞳。それに気付いては、ふっと微笑み。
「こちらこそ、ありがとう」
きっと彼女も、自分の相棒が大切で心配なんだろうな。そんな親近感。感謝を返した。
「焼き芋、おいしいね」
「ああ、……そうだな」
大切な相棒達が、幸せそうに頬張るそれを、自分達も一口。彼女達が味わうものと同じ甘い味。
友達がいるということ。
それは当たり前のようで、奇跡のようなことで。
救われたような心地がする。大げさな表現かもしれないけれど。
でも、この過ごすひとときは――確かに、幸せと定義することができた。
四人分の長い影に、道端のヒガンバナが優しく揺らぐ。
家に着くのがもったいないなぁ……なんて思える、奇跡のような日常を噛み締める。
●帰り道07
「冬、迎えに来たぞ☆」
「……うん」
イヴィア(aa3984hero001)の明るい声が響いて、無音 冬(aa3984)が顔を上げた。
「……」
そのまま冬はしばしフリーズし。そっと時計を見る。
――H.O.P.E.支部に報告書を提出しに行ったのが、お昼前。
何か手伝えることがないかと思って、事務作業を請け負って……
「もう……こんな時間なんだ……」
机の前で黙々と作業し続けて、すっかり時間を忘れていた。
「あぁ、もうこんな時間だ☆ 帰って飯食わないと、疲れて倒れちまうぜ?」
ぐりぐりとイヴィアが相棒の頭を遠慮なく撫でる。少年の雪色の髪がボサボサになる。「ロックなヘアスタイルじゃん」と英雄が笑う。
「……ん、帰る」
賑やかな英雄にほんのうっすらとだが目元を緩ませて。冬は書類をまとめて立ち上がった。
「……迎えに来てくれてありがとう」
支部から出れば夕焼けの世界。沈みゆく夕日を眩しそうに見、冬が隣のイヴィアに言う。
(イヴィアは……必ず迎えに来てくれる)
思い返すのは幼い頃。迎えに来てくれる親がいるって良いなぁ……と、周りを眺めていたものだ。冬の親が彼を迎えに来てくれたことは、一度もなかった。
「……、」
夕日の色はそんな寂しさを思い出させる。物言わぬヒガンバナが足元で揺れる。
「はっはっは」
そんな時だ。隣のイヴィアが、冬の寂しさを吹き飛ばすように笑うのだ。
「お前が無事か心配だからな……このくらいは当然だ」
ありがとうに対する、どういたしまして。見やるイヴィアの眼差しは温かくて、優しくて、そして真剣に向き合ってくれて。
「……うん」
英雄を見上げ、冬は頷く。お父さんみたいだなぁ、なんて思いながら。
(……今はイヴィアが迎えに来てくれるけど……)
ずっと弟が来てくれていた。この空を見ていたから、寂しくはなかった。今も毎日、弟が迎えに来てくれている……そんな気がする。
だから、冬はこう言うのだ。『二人』に対して。
「……ありがとう」
「どういたしまして。……今夜は何食べたい? お昼から何も食べてないんだろう」
「んー……そうだなぁ……」
そんな、他愛もない会話をしながら。
二人の帰路は続く……。
「今日も出てないか……」
H.O.P.E.東京海上支部。依頼掲示板を前に、リィェン・ユー(aa0208)が溜息を吐いた。
「たしかに次の大戦関係は出ておらんが、それ以外の依頼は出ておるじゃろう」
その隣ではイン・シェン(aa0208hero001)が、掲示板を見渡しながらそう言った。が、相変わらずリィェンの肩はガックシと落ちたままだ。
「確かに出てはいるけどなぁ。彼女の依頼はなぁ……」
「そんなに会いたいのならば会いに行けばよいじゃろう。そんなんじゃから一年も会えんのじゃ、このヘタレめ」
容赦がない。リィェンはションボリと背中を丸める。「言い返す度胸もないのか、だからそちは云々」とインは相棒の首根っこを掴むが、
「む、あそこにいるのは」
「え?」
目ざとく見つけたのはH.O.P.E.会長、ジャスティン・バートレットその人だ。リィェンが息をのむころにはもう遅い、インがひょいっと彼の方へ。
「これはこれは、会長殿ではないか。今は暇かのう? よかったら妾らとお茶でもどうじゃ?」
「イン君にリィェン君、いつもお疲れ様だよ。ちょうど休憩しようかと思っていたんだ」
ニコヤカな承諾。カフェでも行こうかと歩き出す会長。
「ちょ……おま」
リィェンは終始、アワアワとしかできなかった。
というわけでH.O.P.E.支部カフェテリア。
リィェンの正面に会長がいる。彼が気まずそうにしている間にも、インとジャスティンは【森蝕】を始めとした最近の事件について意見を交わしていた――が。
「ところで人生の先達として一つ、此奴の想い人への積極性に対して意見をくれないじゃろうか?」
急に話題が変わる。リィェンは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。
「此奴は強く想いを寄せる娘がおるのじゃが、どうにも相手の立場とかを気にして、普段からを考えられんぐらいに奥手なのじゃ。娘を持つ親で、そういった立場を持っておる会長殿は、どう思うのじゃ?」
「ふむ……親からすれば、『婿殿』になるのであれば、男気を見せて欲しいところだね!」
ニコッと笑う会長。リィェンは胃の中の珈琲を吐き出しそうになった。
(え? これカマかけられてるのか? え? いやまさかいやいやいや)
おそるおそるジャスティンを見る。すると彼はこんなことを問うた。
「その子のことは、大切なのかね?」
「! ……そうですね。彼女の為に命を張れるくらいに好きですよ」
「そうかい。励みたまえよ」
会長は笑顔だった。リィェンは頷きを返すのであった。
(今日も無事に終わりましたか……)
ふぅ、と構築の魔女(aa0281hero001)は息を吐いた。
「さてと、私はちょっと調べることがあるけれど落児はどうする?」
振り返る先に辺是 落児(aa0281)がいる。彼は「ロロ――」と朧に頷いた。
「では、付き合っていただきましょう」
――会長を見かけたのは、書庫へ赴く道中だった。なにやら、エージェントと談笑しているようだ。
「……あら? ジャスティン会長、休憩中でしょうか?」
「おや、こんにちは。そうだね、君もいかがかな?」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
一礼をして、コーヒーを頼んで、席に着く。ちょっとした会話の後、魔女は会長を見やった。
「今のH.O.P.E.と……立ち上げた当初のH.O.P.E.は変わってきていますか?
善し悪しではなく、現状は仕事を選べ、想いも前に出すことができる……では、設立当初はどうだったのだろうと、思いまして」
「ふむ」
ジャスティンは目を細め、窓の外の夕日を見やった。想いを馳せる眼差し。苦笑を一つ。
「思ったより話したいことがあれもこれもとあってね。言えることを一つに絞るなら……ガムシャラだった頃よりは余裕を持てるようになったかな、と……私は思うよ」
リンカーは愚神やヴィランと同一視され恐れられている時代もあった。その頃と比べれば、今はうんと活動しやすくなった……そんな昔話を会長は語る。
世界の維持に全力だった時代から、護ることを選べる時代に変わった、ということか。構築の魔女が見守る中、会長は穏やかな表情でこう続けた。
「それもこれも、諸君の活躍のおかげだよ。本当に、ありがとう」
「なるほど……いえいえ、こちらこそ。ありがとうございます」
笑みと共に魔女は礼を述べた。
「話が変わってしまいますが、ジャスティン会長は何かご趣味とかありますか? お忙しいとは思いますがふと気になりまして……」
続けて尋ねてみる。「趣味かね」と彼はアゴをさすると、
「テーブルトークRPGが好きなんだ。若い頃は、友人と夜通しキャンペーンをしたものだよ」
今はもうオールでぶっ通しは無理だけれど、と彼は笑った。構築の魔女はにこやかな相好のまま相槌を打つ。
(愛娘のことを聞くのは……この後の仕事が手につかなくなる危険があるでしょうか?)
と、前回のことをふと思い出しつつ。……リィェンが不穏な気配を察知したとかしなかったとか。
「会長、お疲れ様です。……なんだか賑やかですね?」
と、そこへ顔を出したのは不知火あけび(aa4519hero001)だった。「どうも」と日暮仙寿(aa4519)も隣にいる。
「広場でおいしそうなホットドッグを見つけたんです! 会長もいかがですか?」
掲げる紙袋。「いいね、是非とも」と会長は笑い、席に着くよう促す――が。
「……しまった」
手にしていた鞄を置いた拍子、仙寿が顔をしかめた。提出したハズの書類が一枚、鞄の中に残っているではないか。
「すまない、ちょっと提出してくる」
そう会長に一礼して、彼は足早に人混みの中に消えてしまう。
さて。
運ばれてきたコーヒーを一口。あけびは、窓の外の暮れゆく日を遠い眼差しで眺め……おもむろに語るのは、『お師匠様』の記憶についてだ。
「お前達と共に生きて行く末を見届けたい」と言われた、大切な記憶の夢を見た。でも、きっと夢だと思う。多くの記憶が欠落しているし、師を殺めたのは自分だと思う。だから、都合のいい夢なのだと。
「ショックな記憶だから、忘れてしまったんだと思ってたんです。でも英雄はこの世界に来る時、ほとんどの記憶を失うって聞いて……私はレアケースなのかもって。思い出したら帰りたくなるような記憶だけ消された……そんな訳ないですよね?」
仙寿様を置いてなんて考えられないのに。あけびは溜息を吐く。
「最悪な予想というものは、容易に浮き上がるものだからねぇ……君は君の信じたいものを信じればいいと、私は思うよ」
ジャスティンはそう微笑む。――と、遠巻きからあけびを呼ぶ声。少女の友人が呼んでいた。
「あっと、会長、行ってきます」
――仙寿が戻ってきたのは、ほぼ入れ違いだった。
そんな彼もまた、あけびのように奇妙な夢の話をする。
あけびを探しに来た師匠と、小烏丸同士で戦ったが全く敵わず。
未熟な仙寿を蕾と称した彼は「あの娘と共に歩んでみろ」と、そう言った。
「どれだけ強くなったって、あけびは俺を通してあの男を見るんだ」
遥か高みの剣士。共鳴の姿に影響するほど想われる存在。
「ふむ。だが、剣の腕だけが君の全てではないだろう?」
会長が優しく笑む。男はハートで勝負だよ、と。そんな励ましに、仙寿は俯いていた顔を上げた。
(成すべきことは、あけびに追い付き並び立つことだ――)
鼓舞をする。窓から差し込む赤い色は、キラキラと美しかった。
それは氷鏡 六花(aa4969)とアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)の任務後のこと、南極支部へ帰還する為、東京海上支部内のワープゲートに向かっている最中の出来事だった。
「……ん。アルヴィナ、見て……」
廊下で立ち止まった六花が英雄を呼び止める。窓の前、背伸びした少女が指さす先には――真っ赤な夕暮れ。
「……ん。綺麗……」
「ええ、見事な景色ね」
瞳を輝かせる少女に、アルヴィナは慈母の笑みで頷きを。
「おうメチャ綺麗だな。でもお前らの方が綺麗だぜ」
いつの間にかその隣にヴィルヘルムがいて、六花は「ひゃっ」と驚いた。「ビックリしたか?」と『彼』は豪快に笑い、言葉を続けた。
「今から帰り?」
「……ん。六花たちは、今から、南極支部に、帰る……ところ、でした。ヴィルヘルムさんは……やっぱり、まだ、お仕事……ですか?」
「俺の仕事ってぶっちゃけないんだけどな! ガハハ! 書類とか会議とかこんぴゅーたとか無理無理!」
いっそ清々しい。「まあジャスティンが襲われないように守ってやることが俺の仕事かね」と一応の補足をした。
「会長さんも、いつもお忙しそう……ですもんね。今は特に、南米も情勢不穏ですし……ね」
ジャスティン、と彼が言った言葉に、アルヴィナが溜息を吐く。「そーだな」とヴィルヘルム。
「ま、俺達つえーしなんとかなんだろ。明日っからもがんばろーぜ!」
ばすばすと二人の肩を叩き、ヴィルヘルムは「またな~」と去っていった。彼に手を振り見送って……改めて、六花達も帰路に就く。
――ワープゲートを超えて。
南極と東京の時差は約4時間。南極はもうすっかり夜だった。
支部から出た二人は共鳴すると、夜の氷原を軽快に駆ける――羽衣をなびかせ白き野を行くその姿は幻想的だ。
五分ほどして辿り着くのは、皇帝ペンギンのコロニー内にひとつ建つ雪の家、イグルーだ。
「ただいまー」
明かりを灯す。照らされるのは簡素な寝台とクローゼット……他には家具もほとんどない。ここで二人は自給自足の生活をしている。お腹が空けば共鳴して氷海を泳ぎ、魚を獲り、焼いたり生でそのまま食べたり。
グァグァ。そんな家主の帰りを迎えるのはペンギン達だ。彼等に「ただいま」と笑みを向けつつ、六花は帰宅を実感しては息を吐くのだ。
紆余曲折の果てに辿り着いた、一般人には余りに過酷な極寒の氷世界。
けれどここは、二人にとっての安住の地。
さて、ご飯を食べたら、早く寝よう。
明日も、明日が始まるのだから。
『了』
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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