本部

聖なる獅子

長男

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/10/13 21:17

掲示板

オープニング

●栄誉ある選別
「ああ、きれいだ。よくこの日を迎えたね」
 長老は娘の頭を撫でつけた。村で最年少の美しい娘は、彼女たちの部族が知るあらゆる縁起物とまじないを身につけていた。
「長老さま、ありがとう。でも、わたし、少し怖いわ」
「何を言うのだい。お前は選ばれたのだ。さあお行き。我らの王が待っておられる」
 皺だらけの手で娘の背を叩き、長老は娘を旅路へと急かした。村中の人々が集まり、厳かに娘を見つめ、見送った。
 偉大なる統治者への道は選ばれしもの独りで進まねばならなかった。娘はさみしく草原を歩いた。獣たちは沈黙していた、この娘に手を出す意味をどの猛獣も知っていたから。
 起伏のある平野を進み、山岳地帯の手前まで辿り着くと、彼のものの玉座があった。
 聖なるものは滑らかにそびえた岩の上で寝そべっていた。娘が近づくと、首をもたげて起き上がり、たくましい姿を誇示して立ち上がった。
「かみさま」
 娘は祈りに指を組んで囁いた。神格はしなやかに草地へ舞い降りた。平原に注ぐ陽の光が、その御身を尊大な白へと輝かせた。

●牙持つ秩序
 その獣が従魔だと最初に知ったのは、外から来た民間人であった。
 男は神秘的な民族を追う写真家で、目的の村へ行く途中、彼は罠にかかったメスのホワイトライオンを見つけた。クリエイティブイヤーを迎え、創造の時代を迎えた今でも――いや、そのような未知の魅力にあふれた時代だからこそ――珍しい野生動物の密漁は後を絶えない。
 男は離れた位置からカメラを向け、ライオンを撮影した。助け方はわからなかったし、動けずにいようともそれが致命的な生き物であることに変わりなかった。
 レンズに夢中になっている男に何者かが話しかけた。
 二人組の男は近代的な服装をしていて、肩から銃をぶら下げていた。罠の様子を見に来た密猟者に違いなかった。銃口を向けられ、男は死を覚悟した。
 銃声が鳴り、悲鳴が聞こえた。しかしそれは密猟者たちのものであった。
 一匹の獣が武装した人間へ猛烈に打ちかかっていた。残った一人が絶叫しながら獣へ銃を乱射したが、獣は銃弾を浴びながら悠然と向き直り、もう片方にも噛みついて斃した。オスライオンのようだったが、毛並みは他のどの白よりも白く、胴から前足にかけて異様な筋骨を誇り、光沢のあるたてがみからは角のようなものが生えていた。
 殺戮が終わると、獣はまっすぐ男の元へ向かってきた。獅子の顔は新鮮な血肉に濡れていた。男は銃口を覗くよりもはるかに強い恐怖を感じた。
 獣は震え上がる男をしばらく眺めていた。厳しい視線が心中の悲鳴まで見透かすようだった。惨殺の予感に反し、獣は男から顔を背けるとメスライオンの檻に巨大な前足を乗せ、鉄の囲いをクッキーのように易々と踏み潰した。
 獣はライオンの脚を舐めはじめた。脚には穴が空き流血していて、しかし数秒も経たないうちにライオンは健康な勢いで立ち上がった。傷口は魔法のようにすっかり治っていた。
 すさまじい破壊と再生にうちひしがれる男を捨て置いて、メスライオンはその場を遠く離れ、謎の獣は仕留めたばかりの人間を食べ始めた。男は震える手で獣を写真に収め、逃げるようにその場を立ち去った。
 目的の村に着くと、男はすぐに獣のことを長老に尋ねた。長老は苦々しく話し始めた。意外なことに、謎の獣は村では既知の存在のようだ。
 それはある日突然現れ、獣を食う人を殺し、人を食う獣を殺した。家畜を食う人間も襲ったが、人身御供を与えるとおとなしくなった。それは秩序だった。密漁は減り、人間は猛獣から守られ、民族は庇護と容赦を求めて生け贄を差し出した。それは若い男や美しい娘を好んだ。子どもを失うのは受け入れがたいことだったが、部族の滅亡には代えられなかった。
 長老は言った、荷物に肉など持っていないかと。生きる為であろうと殺傷を行いながら供物を捧げない人間に王は無慈悲だ。
 男は獣の正体に気がついた。そして、手持ちの食料に干し肉を選ばなかったことを自らの神に感謝した。

解説

●目的
 従魔の撃破。

●現場
 岩山に囲まれた平原。
 何もなくひたすら広い平地と、険しい高低差のある山である。
 平原には現地の民族の村が存在する。ここを戦場や拠点とすることに彼らは反対している。
 山の麓には従魔の巣がある。草原のほぼ全域が従魔の縄張りとなっている。

●従魔
 ケントゥリオ級。
 光り輝くねじれた角を持ち、前足が異常発達した、ホワイトライオンの獅子型従魔。
 生命力が極めて高い。
 縄張りで獣を傷つけたり肉を食べたりした人間に襲いかかる。知能も高く、保身のため餌となる生け贄を差し出した人間の民族を生かすことで、定期的に人間の命を奪い、強力に育った。
 ・王の威光
  生命力を大きく回復し、攻撃能力が増加する。
 ・ネコパンチ
  近接単体物理攻撃。この攻撃によって一度に一定の生命力を失った場合、BS:衝撃を受ける。
 ・輝く角
  短射程単体魔法攻撃。与えたダメージにつき一定の割合で生命力を回復する。

リプレイ

●心折れた村
 木と骨で組んだ柱、なめし革を張った屋根。時代から隔絶された村は草原のただ中にひっそりとあった。
『この時代にまだ人身御供なんて愚行が行われていたとはね……』
 村を眺めて呟くカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)を御童 紗希(aa0339)は隣から見上げた。
「どうして村人はHOPEに助けを求めないんだろ?」
『それを確かめに村に行くんだ』
 調査を行うのは彼らだけではない。麻端 和頼(aa3646)は事件の全貌は元より村人らの心境を気にかけていた。
「この従魔、村人を他の獣から救ったりしてねーんだよな? 何で神扱いされんだ?」
 華留 希(aa3646hero001)は和頼の頬をつつくように指さした。
『人間は、色の印象強いカラネ~白は神々しく感じて、黒いと禍々しく感じるみたいだネ』
「……嫌味かよ」
 神。少なくとも現地の住民は従魔を崇め奉っているらしかった。荒木 拓海(aa1049)は事情の説明に気が重くなるのを感じながら、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)に話しかけた。
「彼らが素直に討伐させてくれると思うか?」
『躊躇してたらトリブヌス、レガトゥスと育つかもしれないわ』
「……遠慮してられないな」
 従魔の驚異に晒されながら村がまだ残っている理由は、彼らが神を崇め生け贄を差し出しているからだという。エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)の懸念しているところだ。
『贄に白羽の矢を立てるのは人間側であることも多いが……さて、誰がどんな基準で選んでおるのかの。村人が変に忖度しているのでなければ良いが……』
「村人が選んで差し出してる、ってこと?」
 魂置 薙(aa1688)が聞き返し、エルはそのおぞましい予感から薙を引き戻そうと背中を軽く叩いた。
『かもしれぬというだけじゃ。従魔が何かしらの手段で贄を指定しておることを祈ろう』
 仲間たちの会話を聞き、Albert Gardner(aa5157hero001)は主人であるVincent Knox(aa5157)に忠告を耳打ちした。
『従魔を倒せばもう誰も死にに行かなくていい……なんて単純な話ではありませんよ? 神の否定は生け贄が無駄だったことを認めることになります。お身内の方が反対は強いのでは?』
「かもしれないな」
 ヴィンスは自分の身なりを正した。身だしなみが交渉や説得に役立つことを彼は知っている。
「しかしそれは否定していい理由にはならない。人が生け贄を求めるようになるなら……それは最早呪いだ。信仰や感情を根から変えられるなんて思ってないさ。僕がするのは状況を変える為の一歩分の後押しをする事、それだけだ」
 彼は歩き出し、仲間たちも村へと進んでいった。主の答えに満足し、バートはヴィンスの後に続いた。
「世界蝕……20年以上前どすやろか?」
 彼らの一番後ろを歩く弥刀 一二三(aa1048)が思案するのを聞き、キリル ブラックモア(aa1048hero001)は眉をひそめた。
『そんな昔の出来事も調べるのか?』
「従魔が唯の雌ライオン助けるとも思われへんし……せやけど何で神?」
『……密林といい、理解出来ん事は神の仕業か?』
「恐怖が極限やと己を保つ為に無理矢理納得せんと精神崩壊してまうらしいどすし」
『意味不明だ』
 キリルは幻想蝶からひとかけらのチョコレートを取り出して頬張った。甘い。あの村にはない味だろう。見慣れぬものが近づくと、放し飼いの牛たちが声を上げた。

 異邦人がやってくると村人たちは家から顔を出し始めた。みなしかめ面で、歓迎はともかく活気はなかった。遠巻きに眺めている以外は、彼らの方から何もしてくる気配はない。
「村に愚神がおらんか探しに行くさかい、説得の方、よろしおすな?」
 一二三はモスケールを手に村そのものを調べるつもりのようだ。仲間たちは同意に頷き、彼はキリルと共に一行をしばし離れた。
「あー、すみません、ちょっといいですか? こんな生き物について、どなたかご存じないですか?」
 拓海は果敢に村人へ話しかけ、事の発端となった写真を提示した。村の外で彼らが得られた情報は結局この写真とこれを収めた目撃者の証言に留まっていた。ここで情報を得ておかねばならなかった。
 村人たちは互いに顔を見合わせ何事か囁き合った。誰も、拓海の質問に答えようとはしなかった。写真に映った獣の話そのものが禁忌であるかのように。
「その質問にはわしが答えよう、旅人よ」
 村の奥からしわがれた老婆が杖を支えに現れた。彼女は長老を名乗り、疲れた目で彼らを見つめ返した。
 まず拓海がいくつか質問し、長老は粛々と答えた。それは数年前に現れたこと。常にただ一頭であること。この平原ほぼすべてが縄張りであること。聖域と呼ばれ供物の捧げられる巣があること。部族と大地の支配者であり崇拝を集めていること。王であり、神であること。
「……聞いてもいいか。何であの白獅子を神と思ったか」
 和頼が前に出た。常に危険そうな表情の男だが、彼は今明らかに凄みを利かせていた。
「……もしその獅子がこんな禍々しい姿なら、てめえらは神と認めたか?」
 自分のシャツの胸元を掴み、和頼は黒い獣の姿を露わにした。村中から怯えたざわめきが起こった。長老ですら驚きに目を見開いた。
「……オレはワイルドブラッドというれっきとした人間だ。だが、オレのいた村も情報が殆どとどかねえ閉鎖された場所だ……どう扱われたか想像付くだろ」
「姿は問題ではないのだ、若者よ」
 長老は言い返した。
「雨季の雨、洪水が起これば人が死ぬ。だが人間は雨にはかなわぬ。それが意志を持ち、宥めることが出来るというならそうするだろう。同じことだ、王は単に獅子の姿をとり、ある日雨や雷と同じ存在として降臨なされたのだ」
「生け贄は、どうして、大人は行かないの?」
 薙の質問だ。腰の曲がった長老の背は薙よりも低かった。
「あれは王が初めて我らにお怒りになったときのことよ。村の戦士が五人ほど斃され、ある男の妹が兄をかばって飛び出した。若い娘でな、王は娘を咥えられるといずこかへ去って行かれた。だが王のお怒りは何日か続き、じきにそれが家畜を殺したためだとわかった。肉を食わねば生きてはいけぬ。我らは王の許しを得るのにふさわしいものを常に捧げてきた。生きるためにな」
 薙は衝撃に後ずさり、エルがその背中を抱き留めた。考えうる最悪の事態だった。
「生け贄を続けても、終わらない、のに。どうして……」
『頭の回る暴君ほど厄介なものはない。民が味方してしまうからの』
 カイが大股で進み出た。握り拳が怒りに燃えていた。
「あんた達は神と呼ばれる獣に自分の子を殺されても尚今の生活を守る事に納得をしているのか?」
「口を慎めよ。王は常に見聞きしておられる。我らがその質問に答えることはない」
 歯ぎしりの音が紗希まで聞こえてきた。カイは震えていた。答えたようなものだ。
「その、王の恩恵は? 本当に奴でなければ成せない見返りはあるのだろうか?」
 ヴィンスは冷静でいることに努力していた。
「あるとも。密漁は減り、狩人が獣に殺されることもなくなった。王はまれに村へおいでになり、その威光で病人を治されることもある。何より王に逆らうことは無益よ、あの方がその気になれば、誰も助からぬわ」
「代わりにHOPEが助ける、と言ったら信じますか?」
「何?」
 拓海たちは、HOPEやリンカー、愚神や従魔についてかいつまんで説明した。村人の中にはまったく無知なものもいて、そこかしこがにわかにざわめいた。長老は表情を変えずに黙って話を聞いていた。
『獅子は従魔よ。成長しもっと多くを求め、全員を食い尽くす時が来るわ。それでも、誰かの犠牲の上に続く今の平和をこれからも望むの?』
『知らぬこともあろう。それを責めはせぬ。今すぐ理解せよとも言わぬ。だが我らの話した事も事実じゃ。よう考えてほしい』
「思考を止めるな。人として生きるならば考え続けろ。見届ける気があるなら付いて来るといい。奴を倒せる力はここにある」
 メリッサとエルが口添え、ヴィンスが締めくくると村人は静まりかえった。カイが怒りを抑えて口を開き、そして紗希が誠実をもって最後の一押しを投げかけた。
『何故あんた達は外の世界に助けを求めない? あんた達の問題は外から支援を受ければ被害を減らすことができる。この世界に神がいるとすればそれは決して対価を求める者では無い筈だ。そんな不条理を覆す為に俺達エージェントが存在するんだ』
「どうか私達にあの獣の事を一任させて下さい。決して私達は貴方達をこれ以上不幸にはさせません。いつまでも何かに縋っているだけでは前に進むことはできません。世界は今も動いているんです」
 今やすべての注目が長老に集まっていた。背骨の伸びぬ長老は首だけを持ち上げて出しうる限りの声で宣言した。
「いずこより来たとも知れぬ若者たちよ、聞くがいい。我らは選んだのだ。この世界が変わり、それよりも昔からどんな文明が外で栄えようとも、我らはいにしえの教えと共にあると。それは変わらぬ、例えいかなる災厄に苛まれようともな。王は新たな百獣の秩序として神々と自然の一員に加わった。我らの中に、そしてこれまでに外から来たいかなるものも、お前たちの言うような王にかなうほどの戦士はいなかった。神殺しどもよ、我らはいかなる手助けもせぬ。また戦いが終わるまでこの村に戻ってくることは許さぬ。ゆえに……後は好きにするがよい。すべては王の御心のままに」
 和頼は軽蔑に鼻を鳴らした。好きにしろときたか。オレらが来なかったら、こいつら美麗な愚神に皆殺しだったろうな。

●平原を歩くもの
 血にまみれた凄惨な現場で逢見仙也(aa4472)は遺留品を調べた。粘つく鞄を開けて中身を確かめるのをディオハルク(aa4472hero001)が黙って見下ろしている。潰した果物のように変色した草むらには、犠牲者の持ち物と思われる鞄と引き裂かれた衣類が転がっているだけだ。
「何か見つけたっす?」
 君島 耿太郎(aa4682)とアークトゥルス(aa4682hero001)が後ろからやってきて話しかけた。草むらの色が日光を照り返し、それがまだ乾いていないのだと教えた。真新しい死を目の当たりにして、耿太郎は手を合わせ、アークは黙祷した。
「骨のひとかけも残っちゃいない。よっぽど人間の味が気に入ったらしいな」
「だからって、こんなのあんまりっす。お墓に埋めるものさえ残ってないなんて……」
『そっちはどうだ? 従魔の巣はあったのか?』
『ああ、どうやら留守のようだったがな。しかしこの手がかりはありがたい。奴は縄張りを巡回していて、しかも近くにいるということだ』
 見聞の結果荷物にはそれらしい手がかりがないとわかり仙也は鞄を元の位置に戻した。深呼吸をして立ち上がり、草原のはるか向こうにネコ科の獣を見つけて目をこらしたが、それがまだら模様で小柄な通常の動物とわかるとすぐに眉間の力を抜いた。
「警戒されてんなー。野生の生き物なんてあんなもんかね」
「俺、思うっす。人を食べる動物も殺されているから、動物たちも怯えてるんじゃないかって」
『野生の動物が従魔のルールに従っているとでも言うのか?』
『何にせよ邪魔されないのであればありがたい。身を挺して割り込むなどされると面倒だ。密漁が減り、野生動物も従魔の恩恵を受けていただろうからな』
 アークは周囲の平原を眺めた。高い木や比較的深い茂みが集まり、戦場にも待ち合わせ場所にも悪くないように思えた。
『それで、待ち合わせ場所はここであっているのか?』
「あってるよ。ああほら、あれがそうじゃねえか?」
 仙也が顎で指したほうから無数の人影が連れ立って歩いてきた。耿太郎が手を振って呼びかけると、希が手を挙げて挨拶を返した。
「どっすか、そっちは?」
『もー大変ダヨ! 人間って難しいネ。そっちはドウ?』
 村へ入ったものたちと平原へ出たものたちは互いの情報を共有しあった。村人の様子を聞き、耿太郎は苦い笑顔を作った。
「痛い目を見たくないから力あるものの機嫌を取る……気持ちは分かるっすけどね」
『しかし、弱者を守るのと食い物にするのは違う。あれは明らかな悪徳だとも』
「許可や同意を得られたわけじゃないが、好きにしろと言われたんだ。反対はしない、まで持っていけたとも言いがたいが、ここは遠慮なくやらせてもらおう」
「力に屈し従うしか出来ない者も居る。今を選んでも仕方ない……が、倒そう」
「さてさて狩りと行こうか。獲物は糧じゃ無くて人の敵だけど。何発飛ぶかなーってな。そこはまあ運次第相手次第」
『味方に当てるなよ。それはお前の腕次第だぞ』
 従魔は家畜を殺し獣の肉を食べる人間に攻撃するという情報は村人からも聞いた通りであった。薙は幻想蝶から干し肉を取り出すと、串に刺して炙り焼きを始めた。
「じゃあ、始める、よ?」
『薙、気を抜くでないぞ』
「うん」
 香ばしい匂いが煙と共に昇り、全員が平地の外側に目を光らせた。どこから来る?
「来はったわ、えらい速さと反応や」
 最初に見つけたのは一二三、正確には彼のモスケールだった。
 それはレーダーの隅端から急速にまっすぐに向かって来ていた。彼らは素早く共鳴し、拓海と和頼は茂みに、仙也は木の陰に素早く身を隠した。
『珍しいですね、貴方が前へ出るとは』
「見届けろと言ったんだ。例え誰も見ていないとしても、僕が前に出なくてどうする」
 共鳴した姿はバートのもの、しかしヴィンスは意識までは譲らなかった。いつもは従者に任せきりの戦いを自分でやりきるのは意味のあることに思えた。少なくとも今日限りは。
 地平線の彼方から、はっきり目で見える距離まで従魔は迫っていた。
 四肢と角が生えた白そのものであった。猛然と大地を駆け抜ける無色の陰であり、軽やかに草原を蹴る様は詩的ですらあった。幻想の獣は致死的な牙をむき出しにして一直線に薙へ突進した。従魔が射程に侵入すると、銃や弓が一斉に傷つけた。だがそれは血や傷に構わず走り続け薙へ飛びかかった。鉄筋の柱ほどもある前脚の殴打を一二三がかばい、薙の斧、カイとアークの剣が従魔を押し返した。
「……大腿筋とか凄い筋肉やな!」
 盾越しの重みが引き一二三は笑う余裕を見せた。従魔の攻撃は一二三の想定に収まり、受け流すのはたやすく感じられた。
『お前にとってあの村人の存在は何だ? 人を襲う獣を殺すのもこの地で己は絶対的存在という意思表示か?』
 カイ、今や紗希と同じ姿の共鳴した英雄は従魔へ語りかけた。返答はなく、従魔は低い姿勢で静まっていた。会話を理解し、思慮するかのように。
 質問に答える代わりに、従魔は半歩前へ出て咆哮した。耳を揺さぶる振動とともに、従魔のたてがみが輝きに波打った。
「あ……あかん!」
 薄ら寒い予感がして防御のためのライヴスを発しながら一二三は叫んだ。誰もがその意図を察した、あれは使わせてはいけない何かだと。
 カイと薙、それに隠れていた拓海が飛び出して断固とした間合いで一瞬の連撃を重ね合わせ、仙也も無数の剣を複製して切り刻んだ。アークもヴィンスもライヴスを満たした剣で斬りつけた。狂乱する破壊のただ中にあって、従魔は何事もなく立っていた。長く攻撃的な雄叫びが終わるころ、与えられた傷はほとんど塞がっていた。従魔の毛皮が淡い発光に満ちた。止めることはできなかった。
「回復を……使うのか?」
 ヴィンスが呆然と呟いた。従魔が立ち塞がる一二三に向き直り、まぶしく光るねじれた角を振り抜くと、雷が角から放たれ一二三に打ち付けた。一二三は苦痛に悲鳴を食いしばり、散った稲光は従魔の角に寄せ集まって更なる強さで瞬いた。
『そういうのを、最初のほうで使ってくるのかよ。参るぜ』
「ヒフミ、大丈夫か?」
「……次や」
「え?」
 一二三は盾を握り直した。顔は笑っていたが、苦戦の予感に目は細められた。
「あのけったいな回復、もっぺんやられたらほんにきついわ。せやけど使う兆候は覚えたさかい、次に合図したら一斉に押し込み」
「もう一発角来るぞ!」
 和頼の警告に遅れて再び従魔の角が閃いた。近くにいたものたちはもう跳んでいた。角を振ろうと従魔の頭が下がったところでカイが角に斬りつけ、仙也の銃弾が伸びた角に当たって揺さぶり、拓海と薙が斧を叩き付けると従魔の角は乾いた音を立ててたわんだ。魔法の雷光がまたも一二三を打ち、少なくとも彼の傷みは和頼によって癒された。
「不思議な感じ。手応えはあるのに、なかなか壊れない」
「ああ。回復も使うしタフだけど、防御が硬いってわけじゃないみたいだ」
 薙と拓海の横からアークとヴィンスが従魔の角を狙って剣を振るった。従魔は首を持ち上げ角を守ったが、喉を切り裂く剣に伝わる感触ははるかに生々しかった。
『おや、喉は柔らかいぞ?』
「獅子の弱点、喉て聞いたんやけど……コイツもやろか?」
「だがまずは角だ、あれを何度も使われたら……」
 従魔の角が再び充電を始めた。従魔は一二三には打撃より魔法が効くと感づき、またスキルによる引き寄せ効果があるとはいえ一二三の他は眼中になかった。
『そうだな、話はこいつを折ってから……だ!』
 カイの攻撃は仲間の誰よりも速く、それはまた従魔からも常に先手を取った。斧がつけた傷に大剣が振り下ろされ、ついに片方の角が砕けた。
 従魔は激痛にのたうち、すぐさま仲間たちの次の攻撃が反対の角へ襲いかかった。残った片方の角から雷撃が放たれ、だが折れた角から伸びた電気は先ほどに比べれば弱く、光を吸い込むこともなかった。
「やっぱりだ。角を折ればその技も弱まる。それにたぶん、角でも爪でも、硬そうな部分にもダメージは通る! 勝てるぞ!」
 ヴィンスが興奮気味に叫んだ。今や従魔の肉体にはごまかしきれないほどの傷が刻まれていた。だが防御と観察に徹する一二三を始め誰もが最初のあの術を警戒していた。これまでの努力を無に帰すわけにはいかなかった。
「薙、後ろとれるか?」
「うん」
 拓海と薙は従魔を逃がさないように後ろ足付近へ回り込んだ。あの足で遠くへ逃げられ回復に時間を使われるのを防ぐために。
 従魔との戦いはもはや集中力との勝負になっていた。やがて仙也の銃が耐久の上限を迎えたもう片方の角を粉砕し、従魔が生命力を活性する手段はあの威光めいた技に限られた。
 一二三もよく守った。従魔は彼らの作戦を正面から受けて立つが如く執拗に彼を狙って攻撃したが、和頼の回復も支えとなって幾度となく爪を、電光を防いだ。一二三にとっては自分が倒れるのが先か従魔が音を上げて回復にさしかかり合図と共に沈むのが先かの根比べでもあった。そして一二三は、どうやら自分が倒れるのが早いかもしれないという先見に至った。構うものか、盾役の誉れであろう。自分が倒れても拓海やカイや和頼が……
 一二三は拒絶に大きく首を振った。なぜ今そんなことを考えた? みんな自分の合図を待っている。ここで倒れることは、気持ちが負けることは許されない。
 疲弊した一二三の心を見透かし、物理的に折りにかかるかのように、従魔が前脚を持ち上げて殴りかかった。
 従魔と一二三の間にアークが割って入った。ライヴスの盾が恐るべき攻撃を受け止め、役目を全うして砕け散った。
『無理はいけない、攻撃を引き受ける心得があるのはあなただけではないのだから』
 アークはすでに攻撃よりも戦線の維持に気持ちを向けていた。一二三は目に見えて限界であり、作戦の次なる防壁が必要なのは明らかであった。
「なんや、にくいことしはるわ……おおきに」
 あくまで攻撃する敵を無視して防御の要を切り崩すべく従魔はアークへ打ちかかった。その前脚は厳しい角度で青年騎士を殴りつけ、アークは意識を失いかけた。仲間たちの叫びと回復のライヴスが彼を現実に連れ戻した。苦悶が表情に出るのをこらえるのは難しかった。特別な防御なしにもう長くは持たないのか?
 従魔は打撃した腕を引いて、後ろ脚に取りついた薙を大きく越えて飛び退き、姿勢を……低くして……前脚を半歩進み出た。
「いてこましたれ!」
 絶叫が弾けた。カイの、ヴィンスとアークの重い剣が、仙也の投げつけた無数の槍が、拓海と薙の激しい斧が、回復に徹していた和頼の銃までもが、彼らにもてるすべてが注ぎ込まれた。ここで倒すのだ、奴が己の限界を感じ、回復したがる今、ここで!
 従魔の鳴き声が収まった。天を仰ぐ肉体は血を流し続け、それは一歩も動かぬまま大地へ横たわった。

●明日への放逐
『あー! 任務中にいっけないんだー!』
「……守りに回んのは疲れんだよ!」
 脇腹をつつく希に構わず和頼は煙草に火をつけた。あらゆることにくたびれていたが、仕事はまだ終わっていなかった。
 村長と村人は彼らを、槍と弓を向けて出迎えた。
「戻って来るなと言ったはずだ、お前たちほど不遜なものを王が見逃されるはずはない」
「ええ、確かにそう言われました。戻ることは許さない、戦いが終わるまではと」
 紗希はひと房の毛の束を見せた。従魔のたてがみ。他の獣にはありえない白さの素材を見て、村の住民の驚愕と戸惑いは枯れ野の火のように広まった。
「オレたちはあなた方の神を倒し、聖域を調べました。無断でこのようなことをしたのは謝ります。遺体は何も残っていませんでしたが、これらの道具に見覚えはありますか?」
 拓海が差し出したのは木や石に何らかの模様が刻まれた装飾品だった。村長はそのうちひとつを手に取り、彫刻の窪みを指でなぞった。
「選ばれたものが身につけていたまじないだ。王への贈り物はみなこれで着飾ったのだ」
「……丁重に葬儀をしてやれ。あなた達自身にも、悼む時間が必要だ」
「自分達の力で、自分と仲間を守ってた事を思い出し生きてください。その為の協力をオレ達は惜しみません」
 村長はすべての遺品を受け取り、それらを村人たちにひとまず預けた。持ち主の失われたまじない道具に触れるたび、彼らの病的な剣呑さは草原の風に消えていくようだった。
「神殺し、異邦の戦士たちよ。王にさらわれた魂は今ここへ戻った。王に囚われた我らの魂も。我らは……礼と、詫びを尽くすであろう。亡くした子孫と、偉大なる祖先に誓って」
 村長は膝を突いて地面に杖を置き、両手を伏せて頭を垂れた。村人もみな武器を置いて同じ仕草をした。
「お葬式、するの?」
 薙は自分も大地にしゃがんで村長へ話しかけた。顔を上げた老婆は瞬きの相間に十も老けて見えた。
「僕も、お祈り、していい?」

『力の限り生きようとする姿勢って好き』
 薙が興味深そうに部族の葬式の様式を聞き、紗希が報告すべきことを村長と話し合っている。ともあれ、ようやく人間らしさの戻った村を眺め、メリッサは拓海に腕を絡めた。
「ん? 唐突だな」
『良いの。一緒に生き抜きましょう』
「ああ、どんな事もそこから始まる」
 葬儀のための食事をつまみ食いしながら仙也は彼らの話を小耳に挟んでいた。信仰。人間すがれるものがあれば寄りかかるものだ。
「ま、従魔だって事前に分かってるし、能力あるから俺らはそんなもの信じないだけだしなー」
 ディオは黙っているが、彼も理解しているだろう。従魔も愚神も、そういうところにつけいるのは当たり前だ。
 草原の陽は沈みかけていた。葬儀が終わるころには夜が明けるだろう。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048

重体一覧

参加者

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 希望の守り人
    Vincent Knoxaa5157
    人間|14才|男性|防御
  • 絶望を越えた絆
    Albert Gardneraa5157hero001
    英雄|24才|男性|ブレ
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