本部

【幻灯(番外2)】舌切

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/10/03 16:03

掲示板

オープニング

※当シナリオは現在展開しております【幻灯】の番外ストーリーとなります。シリーズ本編に参加されているPC様は参加不可となっておりますので、その旨ご了承いただけますようお願いいたします。

●暗中にて
 H.O.P.E.東京海上支部の一室をあてがわれた、ブランコ岬対策本部。
 ここでは、ブラジルの東端部を活動範囲として近海の防衛を担うジョアンペソア支部からの要請を受け、ブランコ岬の灯台に出現している怪現象――ドロップゾーンと思しき鏡面体への対応を行っている。
「今、鏡面体の中にジュリア・イトウとウチの連中10組がいます。そこに来てジャンク海賊団ですか……」
 対策本部長を任された中年エージェントが息をついた。
『先頃、我がジョアンペソア支部に正式な声明が出ました。せいぜい舌先でつつきあおうと』
 同時中継で繋がれたジョアンペソア支部より支部長が言う。
 この男こそは“天鎚”の異名を持つ最強クラスのソフィスビショップ。そして先の海賊によるブランコ岬襲撃に際して、数で大きく劣るH.O.P.E.の戦線を支えた指揮官である。
 そしてジャンク海賊団とは、カリブ海を本拠とするヴィランズであり、奪い、盗み、遊ぶを信条として掲げるという、まさに「ならず者」集団なのである。
「ただのふざけた連中だと思ってましたが、質が悪いことに存外よくまとまってるようですな」
 支部長は静かにうなずき。
『私の能力が11秒保つものならば、あれほどの遅れはとらずにすんだのですが』
 本部長はかぶりを振って悔いる支部長を止め、言葉を引き取った。
「支部長の10秒があってこそ、あれ以上押し込まれずにすんだんです。……それよりも交渉のほうですね。ウチの連中にも困ったもんですが」
 海賊との戦いの中でエージェントたちが選んだ道、それはジャンク海賊団の先鋒として灯台奪取を目論んだ女海賊ラウラ・マリア・日日(タチゴリ)・ブラジレイロとの交渉だった。
『いえ、結果的に賢明な判断だったかと。あのままではいずれ増援が海岸に到達していました。あの女海賊の部下とは段違いの能力を持つヴィランどもが』
「それもまた頭が痛いことで。そういや海賊さんのほうからはなんて言ってきてるんです?」
 本部長に問われた支部長は渋い顔で。
『鏡面体のゾーンルーラーとの交渉権が欲しいとのことですが……H.O.P.E.がそれを認めるはずはないと知っているはず。裏にまだなにか隠しているのでしょう』
「あのとき船団を退かせたのも、その“なにか”との兼ね合いですかね」
 ここでいくら語ろうと、答は出ない。
「結局、行ってみるしかないってことですな」
『はい。海賊団の抑えはジョアンペソア支部が。インカ支部を除く近隣支部からの援軍がそろそろ到着するはずですので』
 本部長は深いため息を漏らし、目頭を揉んだ。
「インカ支部はギアナ方面のバックアップもありますか。やれやれ。あっちもこっちも、煙たくてたまりませんな」

●ラウラ・マリア
『商談とのことだが、君の舌先は切先ほどよく動くのか?』
 内に在る契約英雄ジオヴァーナの皮肉を含めた言葉に、ラウラ・マリアは肩を大げさにすくめてみせた。
「どうせカリブから交渉役が来るんだろ。丸投げだよ」
 H.O.P.E.のエージェントに持ちかけられた交渉を自己判断で承諾した彼女だが、実はその後すぐに本拠から通信が入っていた。H.O.P.E.と商談を行うゆえ一度退けと。
『ならば君が行く意味はあるまい。いや、むしろなぜ上は私たちの同席を許す? 私たちが“光”を熱望していることは知っているだろうに』
 彼女の手下どもは今、海賊団の隠し拠点のひとつで療養中だ。ある意味で人質をとっていることに等しいわけだが……それにしても、だ。
“光”のために自分たちがH.O.P.E.へ寝返る可能性を、カリブの連中は本当に考えていないのか?
「商談の相手がH.O.P.E.だけじゃないからね。揉めたら多分、裏切ってる暇なんざないだろうよ」
 そしてラウラ・マリアはある名をジオヴァーナへ告げた。
『あの男――こんなところに流れてきていたのか!』
 一対多ならばこちらのフィールドだが。一対一になればあの男のひとり舞台できりきり舞いを演じさせられることになる。これは未定ならず、確定だ。
「どっちにしても、これ以上失くさなくていいように立ち回んないとねぇ」

●第三の男
「南米は湿っぽくていけないな。空気が重い」
 黒く光る細面を傾げ、男は麻のスーツについた皺を指先で伸ばした。
「商談なんて柄じゃないんだけどね。まあ、どんな形であれ壊れるのは目に見えてるからさ。どうしようか、ハンドラー?」
 高速艇の激しく揺れる舳先に危なげなく立ち、海原の向こうを見やる彼の内より、厳かに老いた声音が漏れ出した。
『神の意を裏切るがよい。マイボーイ』
「ふぅん。だったら殺すしかないな。神様はいつだって愛と救いを語るんだろう? 昔はあなたもそう伝えてきたはずなのにね」
 男の皮肉な言葉へ、老いた声は過ぎるほど真摯に返した。
『拙僧は聞きたいのだよ。黙して語られぬ神の御言葉を。神にこの身を捧げるだけでそれが成らぬのであれば御意を穢し、御愛をにじってでも』
 狂信の熱に浮かされたその声に応えず、男はスーツの内ポケットから黒くくすんだメギンギョルズの束を抜き出し、解いた。
「誰が敵になるか、味方になるか。できればみんな敵になってくれるといいね。僕は強い子と遊びたいんだ」

●タンカー
 ブランコ岬より300メートル離れた海上。
 そこに一隻のタンカーが浮かんでいた。
 本来運ぶべき石油をすべて抜かれた巨体は大きく揺れているが、甲板にはビスで止められた円卓と椅子とが用意され、そこに着くべき者たちを待っている。
 H.O.P.E.の代表、ジャンク海賊団の代表、そして第三の男。すべてがそろったとき、この劇の幕は開く。
 悲劇となるか喜劇となるかは――見てのお帰りだ。

解説

●依頼
1.海賊団および第三の男を相手に、「鏡面体の管理権をH.O.P.E.が担う」ことを交渉してください。
2.交渉の間、極秘裏に攻め寄せる謎の集団を抑えてください。

●交渉について
・ジャンク海賊団側はジオヴァーナと共鳴したラウラ・マリア、交渉人、護衛役×3の計5組が参加。交渉の主旨は「H.O.P.E.のドロップゾーン独占への糾弾と撤退要求/ゾーンルーラーとの交渉の必要性(その適任は“民間人”である自分たちだとの主張)」。
・ラウラ・マリアは一貫してドロップゾーンへ突入したいことを主張。
・第三の男は同じく共鳴状態ですがひとりで参加。交渉の主旨は「ドロップゾーンの速やかな殲滅/H.O.P.E.への情報共有要請(ドロップゾーンはH.O.P.E.に一任)/ジャンク海賊団への不信/ラウラ・マリアへの勧誘」。
・交渉の結果次第でラウラ・マリアか第三の男か、もしくはその両方が敵となります(戦闘は起こりません)。

●謎の集団について
・先陣は交渉の場を占拠しようとする海賊(これについてはPCが予測していてかまいません)。
・海賊はALブーツを装備したドレッドノートとジャックポットの混成(レベルはまちまち)×10。
・3ラウンド後、それを後ろから襲って壊滅させ、さらにこちらへ攻め寄せてくる魚人(デクリオ級/三叉槍装備/レベル15までのドレッドノートのアクティブスキル使用)×30。
・魚人は移動力20。海に潜ってからの奇襲を得意とします。

●備考
・時系列は『【幻灯】虹の橋を渡って』が進行中の昼間です。
・交渉担当と対集団戦担当に分かれて事に当たってください(人数割に注意!)。
・対集団戦にのぞむエージェントには、装備の上につけられる特製のALブーツが貸与されます。
・魚人を壊滅させる必要はありません。交渉が終了するまでタンカーを守りきれば勝利です。

リプレイ

●嵐の前
『交渉とは言いつつも、譲歩できることもほぼないだろう。俺らも、海賊も』
 九字原 昂(aa0919)の内で、ベルフ(aa0919hero001)が静かに語る。
「海賊はまだ利を得たいという点で目的がはっきりしているからいいけど……もう一方の“名代”の目論見がいろいろ不透明だからね」
 昂は揺れるタンカー甲板を危なげなく歩み渡り、視線を海原へと投げた。
 交渉相手である海賊と“第三の男”はまだこの場へ姿を見せていない。波が荒れてでもいるのか、もしくはなにかを企んでいるのか。
「ともあれ交渉役のみなさんには、相手の要求や目的を見定めつつそれを退け、こちらの要求を押し通すようお願いします」
『海賊にしてみればドロップゾーンも資源なんだね、おもしろいな』
 こちらは梶木 千尋(aa4353)の内の高野 香菜(aa4353hero001)。
 千尋は形のいい眉根をしかめ。
「責任取る気のないヴィランらしい。リスクがデメリットにならないのね」
 香菜は薄笑みを消し、千尋へ問うた。
『そういう君だって、リスクを考えずに入ってみたいんじゃないのか? あのドロップゾーンに』
「――否定はしないわ」
 内に入った者の心に焼き付いたあの日、あのときの情景を再現するという黒の鏡面体。そこでならば、喪った家族に逢えるかもしれないから。
「人は誰もが心に忘れえぬ傷を抱えていますわ。だからこそ鏡面体は高い価値を持つ」
 ファリン(aa3137)が憂いを隠すように目を伏せた。
 その内でヤン・シーズィ(aa3137hero001)がうそぶく。
『あの女海賊が西施となるとはな。さて、君の選ぶ道は、伍子胥か季札か、それとも孫武か……』
 一方でナイチンゲール(aa4840)は海へ視線を落とし。
「前と同じことを主張するつもりはないけど。私にはラウラ・マリアが光を求める気持ちがわかるから――」
『終わったときにすべてをよしとする。そのために自分たちはここへ来た』
 言葉を添える墓場鳥(aa4840hero001)。
「そうだね」、応えるナイチンゲールの手に、氷鏡 六花(aa4969)の手が重なった。
「六花はラウラ・マリアに“光”を見て欲しいよ」
 さらに強く言葉を積む。
「施しなんかじゃないし、同情でもない。応えたいから。汚いことだってできたはずなのに、まっすぐ六花たちと向き合ってくれたあの人に」
『受けた仁義に仁義を返す。それはお互いの誇りに障るものじゃないものね』
 六花の内よりアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)が言う。
「ほんとはここで警備したいんだけど……会談、うまく行くように祈ってるから!」
 六花もまたファリンに続き、海へ向かった。そこはペンギンのワイルドブラッドである彼女のフィールド。なにが来ようと遅れを取るつもりはない。
『会談か。世の中には舌先だけで物事を解決できる者もいる。いい勉強になるだろうからしっかり見学していろ』
 消せぬ笑みを傾げて卓上を這う羽虫の行方を追うギシャ(aa3141)へ、内からどらごん(aa3141hero001)が声をかけた。
『するんだよねー。すっごいやばそーな感じ』
 目は虫を追いながら、その体は常に力を巡らせている。いつでも椅子から転がり落ち、そのやばそうな相手へ奇襲をかけられるように。
『今日はあくまでも話し合いだ。先走るなよ、少なくとも話し合えている間は』
 そのとなりに座す八朔 カゲリ(aa0098)。あくまでも静やかな視線を海に向け、来たる時を待つ。
『先に着いたことでほすと役は我らが得た。このままの優位を保って事を進めたいところだな』
 かるい口調で言うナラカ(aa0098hero001)だが、その言葉が軽い心から漏れ出したものでないことをカゲリは悟っている。
 だから、ナラカの胸の内にあるだろうものを言葉に変えて、発した。
「――第三の男があいつなら、ただでは終わらない」
『交渉は私が担うよ。絶対の肯定者たる覚者(マスター)では、困ったことになるやもしれぬ』
 うなずくカゲリの前に、下から挙げられた小さな手がふりふり。
「海賊さんにお会いしたら、サインもらっていただきたいのであります」
 ちんまい体をぎゅーっと伸ばしてカゲリの視界を塞いだのは、美空(aa4136)の大きな青色の目と、サイン用の色紙だった。
「次の映画は4DXで応援するのでありますとお伝えください」
 どうやら彼女、海賊を映画の人とまだ勘違いしている様子であるが、ともあれ。
「それと」
 美空がナイチンゲールに駆け寄った。
「ラウラさんには監視付きでドロップゾーンに突入可ということで、海賊との離間の計をしかけてほしいのであります」
 美空はさらに言葉を継いで。
「部下のみなさんをH.O.P.E.で拘束するということにして、実質的な保護ができたら……こちらの面子は保てますし、ラウラさんの願いも叶えられるでありますし」
 体裁を整えた上での、実質的な司法取引というわけだ。
「できるかどうかわからないけど、がんばってみる」
「最悪なのはラウラさんたちと名代さんに手を組まれて二正面作戦を強いられることであります。それだけはなんとしても避けたいところでありますから」
 交渉役の面々に言った美空は海軍式の敬礼を決めて。
「それでは美空たちも警備に向かうのであります!」
 甲板でごろごろしているR.A.Y(aa4136hero002)の元へ駆け寄り、両手でこねこね。
「R.A.Yちゃん行くでありますよー」
「やだーめんどくせー俺ここで警備するしー」
 などとまあ、なんだかんだありつつ、ふたりは共鳴。他の仲間と共に会談の場であるタンカー周域の警戒へ出動したのだった。

 かくて水平線の向こうより、ようやく舳先を突き出す海賊船。
 海上に立った千尋は視線を振り向け。
「あなたの肩を持つ気はないけれど――H.O.P.E.は純粋な想いを抱く者には甘いところがある。あなたにとって良い交渉になることを祈っているわ」
 仲間の後を追った。

●嘘と真
 ラウラ・マリア・日日・ブラジレイロを先頭に押し立て、ジャンク海賊団の“交渉人”が甲板へ上がってきた。ニューヨークあたりの若手弁護士然とした彼の左右と後ろを3人の黒服が固めているが、それなり以上の力を持つヴィランであるようだった。
「お出迎えいただきまして恐縮です。私はジャンク海賊団の渉外担当、ジョン・A・スミスと申します」
 先に卓へついたラウラ・マリアから2席離して座す。黒服は相変わらず彼のまわりに立ち、護衛を務める構えだ。
『あれだったら殺せるねー』
 内でささやくギシャに、同じく内で着ぐるみ風龍面をしかめるどらごん。
『ラウラ・マリアしだいだがな』
 その横から、ナイチンゲールは腕を組んだラウラ・マリアにさりげなく視線を投げた。
 リラックスしているようで張り詰めた盲目の女海賊。しかしその警戒は自分たちではなく、むしろジョンとお付きの3人に向けられているようだ。
『彼女がどうあれ、話すべきときに話し、為すべきときに為せばいい』
 墓場鳥の静やかな声音に内でうなずき、彼女はジョンへ視線を向けた。
 少なくとも最初の流れはあの男が作りにかかるはず。自分は推移を見極め、言葉の切っ先を突き込む。
「腹の探り合いは無駄。まずはそちらの商談とやらを聞こうか」
 カゲリより共鳴体の主導権を預かり、真の姿に近い形を取り戻したナラカが促した。交渉に際し、威厳と威圧を効かせるためのものであるというが……半ば以上は戯れ事だ。
「それはもうひと方がい――」
 唐突にジョンの言葉が途切れた。
 口を塞がれたのだ。3人の護衛が反応できない速さで。
「もう来てるさ」
 麻のスーツに細長い黒檀色の体を包んだアフリカンが、ジョンの顔の脇から笑顔をのぞかせた。
 護衛は動けない。不意を突かれただけでなく、彼の放つ冷たいライヴスに気圧されて。
『やはりおまえだったか』
 カゲリがうそぶく。
「どこかで会ったかな? なんてね。君も、そっちの子も、あのときより強い」
 長く伸ばしたドレッドヘアを指で払うアフリカン。
「僕は“長い戦いの歌”という者だよ。今日はある組織の名代としてこの場に来たんだ」
 かつてマガツヒの客分として香港でカゲリ、ギシャと対したヴィランのボクサー「ソング」の笑みがそこにあった。
「まずは座るがいい。立ち話に花を咲かせるような間柄でもあるまい」
 ナラカは薄笑みを浮かべてソングに言い、続けてジョンへ言った。
「話を進めよ」
「……我々はH.O.P.E.による鏡面体の監視体制解除、いや実効支配の放棄を要求します。ご存じですか? 複数の学会、企業から抗議が寄せられている事実を」
 ナラカは一笑。
「愚神の脅威をなんとする? ほぉぷに超法規的な権限などありはせぬが、その活動は世界でも認知されており、ゆえにその殲滅を任されている。調査はその一環であり、今まさに決死行の最中だ」
『仮に一般企業が抱えるリンカーを派遣するとしてだ。その権益はやはり独占されるだろうよ』
 どらごんの言をジョンが捕まえた。
「だからこそ中立的立場にある調整役が必要です。国にも企業に縛られない、我々のような民間組織がです」
 ここでソングが口を出す。
「そのへんの企業にも君たちにも責任がとれると思えないけどね。ドロップゾーンは早く潰しておくべきだし、それは専門職のH.O.P.E.に任せておけばいいさ。ああ、情報は共有してほしいけどね。協力できることもあるだろうから」
 彼の様子を視界の端で観察していたギシャが内で言う。
『隙、ないね。潜り込めたらチャンスあるかもだけど。んー、なんかできないかなー』
 ソングの間合を測るギシャ。頭の中でシミュレーションを繰り返しているのだろう。しかし熟練のアサシンをして、ソングの懐まで潜り込むイメージが掴めないようだった。
『以前のように歌わせれば、あるいはな』
 内で言うどらごんにギシャは小さくうなずき。
『呼吸のリズムが前と変わってるからもうちょっと見とく』
『ああ。話は俺に任せろ。……しかし、あの男が物わかりのいいことを並べ立てているのは不気味じゃあるがな』
 そのやりとりを知らず、ジョンが言葉を重ねた。
「確かに我々は自益を考えています。ただしそれは世界の権益に繋がるものであると確信しているのです。その見極めをお任せいただきたい」
 と。事の成り行きを慎重に観察していたナイチンゲールが言葉を挟んだ。
「結局ジャンク海賊団に独占したいように聞こえるね。あなたたちをH.O.P.E.が雇う形で共同調査ってことなら、上も検討できるかもしれないけどね」
 ジョンは大げさにかぶりを振った。
「H.O.P.E.という一組織の実効支配は認められませんよ」
 ナイチンゲールは押し黙ったままのラウラ・マリアを見て。
「ラウラ・マリア、あなたはどう思ってるの?」
「……小難しいことなんざどうでもいいんだよ。あたしがあのドロップゾーンに入れるんなら、それで」
「我々は彼女に調査隊の先陣を任せるつもりです。彼女の望みは世界の権――」
「笑止」
 ナラカが静かに、しかし強くジョンの声を斬って捨てた。
「汝が言は交渉以前に破綻している。そも、海賊が利を前に殊勝を演じたところで、子どもひとり騙せはせぬよ。民間人を気取った虚言ではなく、汝の本音を囀るがいい」
 さらに赤瞳を傾げ。
「そしてソングよ、汝が背に負う組織とはなんだ? 我らが汝らと情報を共有すべき意義を見いだしうるほどのものでなくば、益を分かち合うはできぬ」
 ソングはナラカの鋭い視線に肩をすくめてみせた。
「海賊に好き勝手させておけないって気持ちはH.O.P.E.と同じだよ」
「その一点は共感できるところだな」
 ふたりのやりとりを無機質な目でながめていたジョンがぽつり。
「H.O.P.E.の専横、どこまで続くものでしょうね」

●襲撃
 H.O.P.E.ジョアンペソア支部の警戒網をかいくぐった一隻の潜航艇が、海中でハッチを開く。
 そこからすべり出したのは、海戦仕様のライトアーマーに身を包んだ10人の男たち。ALブーツを起動させ、海上へ浮き上がったその瞬間。
「やはり来ましたか。敵の出現を確認。迎撃に移ります」
 ALブーツを駆り、昂が男たちへ迫る。
「この襲撃、やっぱり交渉絡みかな?」
『だろうな。交渉の場を抑え、名目を立てつつ灯台の占拠を認めさせる肚だろう』
 ベルフの言葉が、横殴りに叩きつける銃弾の雨に遮られた。
 そこへ紛れていたテレポートショットに斬り裂かれた頬を無感情に拭い、昂が鋭く言い放つ。
「今、ドロップゾーンの内には僕たちの仲間がいる。好きにはさせない」
 あえて跳ばず、最小の回避で銃弾と男たちの狭間へと滑り込む昂。
 低く据えた左腰に佩かれた直刀・雪村。右手がEMスカバードの電界で加速された氷刃を抜き打ち、まとわせたライヴスで男のひとりを斬り裂いた。
「くそっ!」
 男の怒声。これで相手が人間であることは知れた。品がよくないことも。そして霊奪で奪い取れるライヴスを備えたリンカーであることも。
『このまま霊奪で敵のスキルを削る』
 ベルフにうなずき、ライヴス通信機「雫」のマイクへ昂が告げた。
「各員に通達。敵はヴィラン。おそらくは海賊です」

 海上を兎さながらに跳ね、現場へ急行するファリン。
「ラウラ・マリア様の部下の方でしょうか?」
 内のヤンはしばし黙考し、『そうとは考えにくいな』。
『先の戦いであの女の部下はかなりの傷を負った。残存戦力とも考えられるが、奴がおとなしく交渉の席に座っている理由はドロップゾーンへの突入を望んでのことのはず。……むしろあの女を警戒する海賊団の差し向けた保険か?』
「タンカーにいるエージェントは3組。第三勢力の名代という方を含めても、力で抑えるに大人数は不要と見たのですわね」
 と。ファリンはある答にたどりつく。
「襲撃者がラウラ・マリア様の部下ではないのでしたら、あの方がもしH.O.P.E.へ寝返ることがあれば部下の方々は――」
『当然殺される。だからこそあの女は動かない。タンカーの占拠も黙認するだろう』
 ヤンの言葉に唇を噛み締め、ファリンはALブーツの出力を上げた。
「それならばいっそ、あの方が埋伏の毒となることを許し、こちらがコントロールできる状況に置けるほうが有益でしたのに」
 ヤンはため息と共に言葉を吐き出した。
『皮算の話をしていても無意味だ。襲撃者を叩くぞ』

『やっぱり来たのであります! 海賊でありますから、会談襲撃はデフォなのでありますよ!』
 妙にうれしげな声をあげ、美空が内でR.A.Yを押し揺らす。
『だーから、映画じゃねーっつってんじゃんか。ま、寝てんのも飽きたし? ど派手にぶっ放そうぜ!!』
 射程に入った瞬間、美空はウェポンディブロイで複製したカチューシャMRLを展開。奴隷の石で攻撃力を、ポイズンボトルで回避力ダウンを加えた16連ミサイルを撃ち放した。
 海面に着水した瞬間、高々と水柱を噴き上げる海。
 爆炎と爆風、そして波にかき回された男たちが、昂の追撃を避けつつもたもたと散開を開始した。
「追い立てるぜ!」
 撃ち終えたカチューシャをパージ、再度複製したカチューシャを展開しつつ、サイボーグ少女と化した美空は獰猛な笑みを閃かせた。

 敵ドレッドノートが気勢を上げて昂へ迫る。
『ジャックポットの支援が邪魔だな。こちらの動く先を予測してきている』
「僕たちがふた組だけで来ているなら、それなりに脅威だけどね」
 ふと、昂の体がかき消えた。ここに来て跳んだのだ。
 銃口がすかさず彼の軌跡を追い、それゆえに、見逃した。
 自分たちが乗ってきた潜航艇の影を駆けてきた千尋を。
「どちらのどなたか存じ上げないけれど、あなたがたのような木偶の坊がこの梶木千尋を抜けるとは思わないことね!」
 敵ジャックポットの銃弾を自らの周囲に飛ばした飛盾「陰陽玉」で打ち払い、海上に歩を進める。
『キミたち、ジャンク海賊団の手下かい? 怪我をしないうちに帰りなよ』
 香菜に応えず、敵ジャックポットはドレッドノートに任せ、昂を追う。
「やらせない。見逃さない。通さない」
 飛盾を放って昂をカバーし、自らはその腕で敵の剣を受け止める千尋。
 その威風と気風、まさしく海戦に咲く大輪の華であった。

 タンカーのほど近くでキーパーを担っていた六花は、数百メートル先の洋上に噴き上げた海水の柱を見やり、小さく息をついた。
『戦わないの?』
 海へ、そしてタンカーへ視線を巡らせた六花は、アルヴィナの問いに内で応えた。
『……ん、やな感じ、するの』
 H.O.P.E.とジャンク海賊団の会談に割り込んできた“名代”、そして今現われた襲撃者。胸騒ぎがしてならない。まだなにか――見過ごしてしまったらすべてが終わってしまいそうなことが起こりそうな予感がするのだ。
「ナイチンゲール、なにがあっても六花が絶対守るから。ラウラさんのことお願い」
 潮風に乗って鼻先をくすぐるいやな臭いを払うようにかぶりを振り、六花は警戒を続行する。

●さらなる襲撃
 昂からの襲撃の報を受けたナイチンゲールがジョン、そしてソングへ鋭い視線を投げた後、ラウラ・マリアへ笑みを傾け。
「海賊、ってことだけど?」
「さて、新たな客人はどちらからいらしたものか」
「――まさか」
 ナラカの言葉に乗り、ナイチンゲールはジョンへと鋭い視線を向けるが。
 ジョンは大げさに両手を広げてかぶりを振るばかり。
 そしてラウラ・マリアは腕を組んだまま動かない。
『揺さぶられんか。腹芸は向こうが上だ』
 墓場鳥の声に、ナイチンゲールが内で唇を噛む。襲撃者が海賊団の手勢であることをここで確定できれば、ラウラ・マリアを動かせるかしれないのに。
『ラウラ・マリアさんはこんなアンフェアなことしない』
 だからこそ、ここで追求を止めるわけにはいかないのだ。どこかにかならず、突破口があるはず……。思い出せ、ジョンの言葉をひとつ残らず。
 その意を読み取ったかのようにナラカが言葉を継いだ。
「ラウラ・マリア。汝に覚えがないとあらば、疑惑はそこの交渉人とやらに向けるよりないが……如何?」
 顔色を変えることなく、真っ向からナラカの視線を受け止めるジョン。
「僕は信頼されてるのかな?」
 苦笑するソングにどらごんが応えた。
『そんな迂遠な手を使いたがる玉ではあるまい』
 彼はさらに言葉を重ねる。
『ドロップゾーンの殲滅は元よりこちらの仕事だ。情報については、先にナラカが言ったとおり、今うちのエージェントが内で調査を進めているところだ。彼らが無事に戻った後、検討する』
「検討ね。そっちの子は言わない気みたいだけど」
 ソングはナラカに視線を投げ、あらためて笑んだ。
「困ったねぇ。H.O.P.E.の交渉役は意見はバラバラだ。これじゃ交渉にならないよ?」
 ソングのため息を押し退けるようにどらごんが太い声音を発した。
『大筋では合意しているさ。そして俺たちとソング、おまえとの間では、海賊に主導権を渡せないと合意しているはずだ。あとはおまえの背負った組織がなんなのかを示すだけで、合意はより強固なものになる』
「その点ではまさに私も同意見だよ。こちらの札ばかりを明かせと言われてうなずけようはずがない」
 ナラカもまた言葉を添える。
 ソングはゆっくりと一同を見渡し、アフリカンらしからぬ薄い唇を開いた。
「僕は今、アルゼンチンに仮住まいしてる組織に雇われてる。名前は『OO』。ヴィランズってわけじゃないけど、今のところはヴィランズなのかな? 今まで細々とやってきたんだけどね、この機会にジャンク海賊団と手が組めるか確かめて来いって言われてさ」
 ジョンとソングの間に、3人の護衛が割って入った。しかしソングは特になにをするでもなく、悠々と語り続ける。
「でも。こんなお粗末なやり口がカリブの本意だとは思えない。利に目がくらんだ末端の暴走かな。自由主義が裏目に出たみたいだね」
 どこか白けた空気が流れる中、ナイチンゲールがジョンに言葉を投げた。
「……さっきH.O.P.E.の専横がどこまで続くかって言ったよね? そのすぐ後でこんなことが起こった。これを無関係だって思える?」
「悪魔の証明ですね。神ならぬこの身にはその疑惑を晴らす手立てがありません」
 掴んだ。ナイチンゲールが言い募る。
「このタンカーを警備してくれてる仲間が今、襲撃者を迎撃中だよ。襲撃者が海賊団と無関係なら、このまま逮捕していいんだよね? その後で尋問して、誰かにとって都合の悪いことがわかっても」
「ご随意に」
 予想どおりの返答。しかしそれはそれでいい。問題はラウラ・マリアだ。
『なにを考えているものか。目は口ほどに物を言うそうだが、その目が塞がれていては感情を読み取れない』
 墓場鳥の言葉を受けたナイチンゲールは息を整え、再び機を窺う。
 仲間が海賊を捕縛してさえくれれば、交渉人を崩すことはできるはず。
 ――頼んだからね、六花。

 敵ジャックポットの狙撃を跳躍して回避、宙で体をひねってガーンデーヴァを射放すファリン。
 ジャックポットは孤立している。ファリンがそうしむけたのだ。仲間の動きに合わせ、敵の動きを読み、自らを囮として。
「ガンナーにとって最高の屈辱を」
 アタランテの髪を張った弓はファリンの意を違えず矢を飛ばし、ジャックポットの右手を射貫いた。
「――!」
 何事かわめきながら銃を取り落とすジャックポットへ、ヤンが冷めたつぶやきを向けた。
『この距離では聞こえんよ』
「このままお話をうかがう時間は……まだありませんわね」
 通信機で仲間に告げたファリンはジャックポットに肉迫し、その首筋に“祝融”の銘を与えた豪炎槍「イフリート」の石突を叩き込んだ。
 意識を刈り取られ、海上に倒れ伏すジャックポット。その背に彼女は自らのALブーツを片方乗せ、海底へ沈めた。
『共鳴を保っている間は溺死もないからな。後でゆっくり聞けばいい』
 ファリンは襲撃者の残した潜航艇の背に乗った。
「わたくしたちの突破を優先されては困ったことになりますから」
 操縦系に“祝融”を突き立て、破壊する。
『これでタンカーへ向かわれる心配はなくなったが』
 ヤンの言葉に、ファリンはタンカーを返り見た。
「交渉の様子も気になりますわね……」

 ファリンのつぶやきを通信機越しに聞いた美空がうなずく。
『美空も心配であります』
『マスター、内で言ったって聞こえねーよ?』
 R.A.Yのツッコミに『聞こえてはいけないのであります。交渉で弱気を見せてしまえばつけ込まれるばかりでありますから』と返し、美空は展開したカチューシャの弾先を巡らせた。
 照準を合わせてトリガーを引くその瞬間、美空はふと眉根をしかめ。
「なんか海、ざわついてんじゃん」

「昂、そのままかき回して!」
 千尋が一方の飛盾で先頭の敵ドレッドノートの剣をいなし、続くドレッドノートに飛盾を放った。
「了解です」
 その飛盾の陰に潜んで駆けた昂が、ドレッドノートの首筋へ霊奪の刃を巻きつけるようにして振り込み、そのライヴスを奪う。
『……急所を外された。それなりの手練れだな』
 ベルフが後方に置き去ってきたドレッドノートを流し目で見やった。
「でも僕たちを越えるほどじゃない。このままスキルを奪い取っていくよ」
 そして、壁なる華となって立ち続ける千尋。青に染め上げた袖で襲撃者の目を奪いながら、刃弾を払い落としていく。
『心眼が切れる。勝負はそこからだよ』
「たとえ血の華を咲かせることになっても、舞台から降りるつもりはないわ」
 香菜に千尋が傾いたセリフを返した直後。
 海が割れた。

『六花!』
 アルヴィナの警告と同時、六花は海へその身を滑り込ませていた。
 ペンギンの別称は“水中のジェット機”。そのペンギンのワイルドブラッドたる身体能力のすべてを使い、少女は海を割った元凶へと向かう。
「アルヴィナ、あれ――!」
 六花は見た。
 数十の影が海底から浮き上がり来る様を。
 その影が、魚と人とを掛け合わせたかのような、人外の存在であることを。
「緊急連絡! 海からなにか出てくるよ! 魚みたいな人みたいな……魚人間!?」

●決裂
 海の裂け目から突き出される三叉槍。
「っ!」
 昂は千尋がカバーに飛ばした飛盾をとっさに掴んで踏み出していた足を止め、跳びすさった。
 波間から突き出した槍の持ち主たちの顔は、六花が告げたとおりの魚。それは一瞬の後、裂け目と共に波奥へ消えた。
『魚の顔に人間の腕。さすがに海賊ではありえん』
 ベルフにうなずいた昂が手近にいた海賊へハングドマンを投じて腕を絡め取り、それを支点に大きく弧を描いて滑る。
 その弧を追って突き出される穂先、穂先、穂先。
『海中に隠れているとはいえ、槍を突き出せる程度の深さ』
「だったら巻き込めるね」
 ふうと宙に舞う昂の掌から無数の影の花弁が飛び、海へと降り落ちる。
 キョッキョッキョッ! 悲鳴と思しき高い音が海を揺らし、海から10を越える魚人が姿を現わした。

「外に出てきたらいただきますじゃん!?」
 連絡が入った瞬間、美空は距離を測って準備を進めていた。
『めんどくせーけど照準の微調整完了! 味方巻き込まねーでぶっ飛ばせるぜ!』
「じゃあ、ぶっ飛べぇっ!!」
 R.A.Yの力強い声を合図に、美空が16連ロケット弾を撃ち放した。
 影の薔薇に巻かれてうろたえる魚人のただ中に振り落ちたロケットが爆炎をもって魚人を撃ち据え、吹き飛ばす。
『こっから乱戦だぜマスター! スタントマンはいねぇ! 一発本番決めようぜ!』
『了解であります!』
 内でR.A.Yを言葉を交わした美空がカチューシャをパージ。携帯していたロケットアンカー砲を引っぱり出しにかかった。

 未だ多くの魚人が潜む海中を行く六花。
 魚人が仲間のみならず、海賊をも攻撃し、海へ引きずり込む様を見て速度を上げた。
「魚人の数、30! 海賊のことも攻撃してるよ! 海に引っぱり込まれないように注意してね!」
 通信を飛ばし、ALブーツを起動。
 一転、海上に立った彼女は終焉之書絶零断章を紐解いた。
『この横槍はさすがに予想外だったわね』
 アルヴィナのため息が、書から溢れだしたライヴスに飲まれてひと雫の凍気と化す。
 すべてを静止させる絶対零度が氷炎となって海上を燃やして凍らせ、魚人の足を海の一転に縫い止めた。
『……ん。海賊の増援が、来るって、思ってた。でも』
 内で応えた六花がアルス・ペンタクルを手がかりにページを開く。それはただの白紙であったが、少女の背に氷の翼を与え、その手の先に複雑な魔法陣を浮き上がらせた。

 六花の凍らせた海面を蹴って弾みをつけた千尋が、守るべき誓いを発動させた。
「――海賊たち、戦意を失くしたのなら散って逃げ隠れなさいな」
 まわりの海賊に言い置き、恐れず、ためらわずに魚人群へ突っ込んでいく。
「ふん、ディープワンだとでもいうわけ?」
 飛盾の影から海面を見やり、口の端を曲げる。
『そんなに大層なものだとは思えないけど、数が多そうだ。どうする?』
 問う香菜に千尋は真面目な顔で。
「交渉が終わるまでの時間が稼げれば十分でしょう?」
 そしてライヴス通信機「遠雷」を通して全回線へ。
「梶木よ。今、最初の襲撃者とは別の襲撃者……魚人と交戦開始したわ。誰か知り合いがいたら取り込み中だって伝えてくれる?」
 そして彼女は前を向いた。
 守り抜く。千尋はただそれだけの思いを誓いに込めて。

『回復と矢を絶やすな』
「はい!」
 ヤンに短く応えたファリンが、ケアレイン降りそそぐ空へとガーンデーヴァを向け、引き絞った弦を放す。
 弧を描いた矢に穿たれた魚人が海上に跳ね上がり、虚ろな視線をさまよわせた。そして横合いから飛来した美空のアンカーに突かれて吹き飛ぶ。
「耳が聞こえていませんの? ……もしや、鰾(浮き袋)」
 ファリンの気づきにヤンがうなずく。
『体の構造は人よりも魚に近い』
 魚は浮き袋に溜めたガスに水中の音を反響させ、聞き取る。あの魚人は矢が浮き袋を突き破ったことで聴力を損なったのだ。

「浮き袋って体の真ん中にあるから」
 六花にアルヴィナが言葉を重ねた。
『ええ、狙いにくい。だから凍りつかせるわよ、地道にね』
 海面でもがく海賊へ向かった魚人を凍気で撃ち据え、六花は戦場を駆ける。

「――ってことらしいけど。ひと言助けてくださいって言えば助けるよ、海賊?」
 魚人襲撃の報を海賊団とソングに告げたナイチンゲールが低く切り出した。
 ソングは肩をすくめ、ジョンはポーカーフェイスを保って無言。
 その沈黙を破ったのはラウラ・マリアだった。
「話が進まないね」
「各々が組織を盾にしているうちは進みようもあるまい」
 ナラカの促しに、ラウラ・マリアは眼帯で塞がれた両眼をかすかに揺らがせたが。
「彼女はその部下と共に我がジャンク海賊団の意の下にあります」
 ジョンが不自然なタイミングで口を挟む。まるで言い聞かせているかのように。
『なぜ彼女だけではなく、部下の話を出す必要がある?』
 墓場鳥が問う。
「決まってる。余計なことは言うな。僕が暴れたら命に代えて自分を守れ。そうしなきゃ手下は死ぬぞって話だよ」
 ソングがゆっくりと席を立った。
「いきなりなにを」
 ジョンの言葉にも色めき立つ護衛にも構わず、ラウラ・マリアへ手を伸べる。
「君、おもしろい音を弾くんだろう? 興味あるんだ。君がいいって言うなら手下のみんなは僕らが助けるけど」
 それでも。ラウラ・マリアは動かない。内でジオヴァーナとなにかを話し合っているのか、単純にソングを信用できていないだけか、そのどちらもか。
『邪魔する? 1回だけなら多分当てられるよ』
 ギシャが内でどらごんへささやいた。
 ここまでただひたすらにソングを観察し続けてきた。あのときよりも強くなった今のギシャでも、個の力ではかなわない。しかし。それでも。
 あの圧倒的な暴力に挑みたい。
 そして勝ちたい。
 それは執着を意識から切り離しているはずのギシャの中に燃え立つ、希有な欲望。
『待て。あの襲撃を盾にここでH.O.P.E.の鏡面体管理を海賊に了承させておく必要がある。いざとなっても討伐の大義名分にできるからな』
 内でギシャを制したどらごんはラウラ・マリアに目を向けた。
 どこへ勧誘されようとかまいはしないが、この場であの女海賊は動くまい。目の前に救われた手下を並べられるまでは。だから、この危うい均衡を崩すのは悪手だ。
 と。ナラカが口を開いた。
「ラウラ・マリアよ。そこの海賊は自分たちが民間人だと言い張っている。ならば汝も民間人としてH.O.P.E.へ依頼せよ。光が欲しい、部下を救えと。我らはその声に応えよう」
「あなたはその依頼の協力者になればいいんだよ。そもそも前科持ちのエージェントだってH.O.P.E.じゃめずらしくない。大丈夫、渋られたってそのこと切り出して納得させるから。段階踏む必要があるならそれこそ司法取引だって――」
 ナイチンゲールの言葉が、ラウラ・マリアの苦笑に遮られた。
「……あたしが助けてほしがってる。あんたらはそう言うわけだ」
 次いでラウラ・マリアはソングに顎の先を向けて。
「ソングの旦那はどうするんだい? 話は無理筋だったけど、H.O.P.E.は気持ちってのを見せてくれたからさ。この場に限っちゃ敵に回らせてもらうよ」
 ソングは一歩下がり、満足げな顔を翻した。
「まずは報告に戻るよ。H.O.P.E.とは交渉にはならなかった。海賊団の交渉人の後ろにいる誰かとは手を組む価値がない。君への誘いは断られたってね」
 美空が言った二正面作戦になることだけは避けられたが、これは事実上の交渉決裂だ。
『目的は果たせなかったな』
 去りゆくソングの背を見やってうそぶく墓場鳥に、ナイチンゲールは内で強くかぶりを振った。
『まだ道が全部閉じたわけじゃない』
 張り詰めていた力を抜きながら、ギシャは内でどらごんに語りかける。
『収穫あんまりなかったけど、いっつも左手から動いてた。ジャブからくるよね』
『いきなり右の大砲が飛んでくる確率が低いとわかっただけで、今回はよしとするか』
 青ざめた顔で、それでも冷静を装って座したジョンを横目で捕らえ、ナラカが息をつく。
『確かに交渉にはならなかったが……それよりもラウラ・マリアだよ』
 光への渇望、それが導くラウラ・マリアの選択が見えない。
『次、鏡面体が開くときにわかる。これが前哨戦ならな』
 カゲリは内で静かに返し、目を閉ざした。

●使者
 交渉成らず。その報は警備対応班にも届いてはいたが……だからといって撤収できる状況ではない。
『それこそ話が通じる相手じゃないからな』
「だね」
 ベルフに短く返した昂が、突き出された三叉槍を横から掴んで魚人を引きずり上げた。
 海中ならぬ宙で体を泳がせた魚人へ縫止の針を叩き込み、体を返して別の魚人の頭を踏んで跳躍。殺到する三叉槍をやり過ごす。
「俺も続いてやんぜ!」
 動きを鈍らせた魚人へロケットアンカーを撃ち込んだ美空がワイヤーを巻き取り、自らの体を魚人へと飛ばす。
『これが美空の八艘飛びであります。テストに出ます!』
 昂がしたようにその魚人の頭を踏みつけ、引き抜いたアンカーを次の魚人へ飛ばして同じように巻き取って踏み、次々と魚人を海上へ引きずり出して移動していく。
 槍で、そして口から噴き出す水砲で美空を追う魚人だが、不規則にショートジャンプを繰り返すちんまい的を捕らえきれず、翻弄されるばかり。
『ギョギョギョーでありますよ!』
『気ぃ抜いてっと滑んぜマスター』
『了解してるのでありますよR.A.Yちゃん!』
 最後に潜航艇の上から海面を狙うファリンのとなりに『失礼するであります』と着艇し、《白鷺》と《烏羽》を抜き放った。
「美空様のご懸念、とりあえずは回避できましたわね。ラウラ・マリア様が友愛だけで切り崩せる相手ではなかったこと、むしろ安堵しております」
 昂に縫い止められた魚人へ矢を射込むファリンに合わせ、美空は《烏羽》を投じる。
「なんかきっちり片つけねーと司法取引ってのもムリそーだな」
 海賊とソングが手を組み、H.O.P.E.と対することへの危険を考えていたのは美空だけだ。
 実際その危険は十二分にあった。回避できたのはエージェントの友愛のおかげとも言えるが、逆に言えば情ならぬ論の不足がラウラ・マリアを引き込めなかった原因でもある。
『後の話はこの場を片づけてからだ』
 ヤンが締めくくり、美空とファリンは魚人へ向きなおった。

 ナイチンゲールと繋いでいた通信機が伝えた、ラウラ・マリアの言葉。
『気持ちを見せてくれたって、そう言っていたわね』
 語りかけるアルヴィナに六花は強くうなずき、書から凍気を迸らせた。
『……ん。ナイチンゲールさん、伝えてくれた、から』
 交わしたわずかな言葉に込められた思い。それだけは伝わったはずだから。
 ここを越えて、次へ踏み出す!
 六花のまとう羽衣が宙に蒼き軌跡を描き、ライヴスが変じた凍気が尾を引いて彼女の加速を飾る。
 水中から跳び出してきた魚人の体当たりを羽衣の先で払い、噴きつけられる水砲をアクセルスピンでかわし、その回転力に乗せた上体を深く倒し込んで槍をくぐり抜けた。その様はアイスショーのようにアクロバティックで優美だったが、それだけでは終わらない。
「凍っちゃえ!」
 置き去ってきた魚人どもをゴーストウィンド――雪風で高く巻き上げ、海面に叩きつけた。
 他の魚人どもがあわてて海中へ頭を沈めていく様に、アルヴィナが眉をひそめた。
『魔法が届かないわけじゃないけど、海の中から奇襲されるのはおもしろくないわね』
「引っぱりだす方法、なにかないかな?」

『奴ら、海中から来てる。止まるな! ランダムで小刻みに進路を変えて!』
 香菜の言に沿い、千尋はジグザグに海を駆け抜けた。
 海から飛び出す魚人の穂先が飛盾を削り、波に紛れて噴き上がる水砲がはだけた肩をかすめていく。
 その合間に盾を海に打ちつけ、海面を揺らしてみるが、効果は薄いようだ。
「これじゃ、心ゆくまで相手を務めるってわけにもいかないわね……。六花じゃないけど引きずり出したいかな」
『魚人は魚の特性を備えているらしい。利用できればいいんだけど』
 何気ないひと言。
 それが千尋に天啓をもたらした。
「――昂、私のまわりにできるだけ魚人を集めたい。手伝ってくれる?」

「わかりました」
 通信機越しに応えた昂が雪村を海へ突き立てた。1234――連続で海面をかき乱す。これまでを見るかぎり、魚人の知能は高くないようだ。こうして煽ってやればかならず向かってくる。
「協力するぜ!」
「同じくですわ」
 意図を察した美空が双槍を放ち、ファリンが矢を射込む。
「釘付けにしてあげる!」
 千尋が再度守るべき誓いを発動し、大きく青衣をひらめかせた。見栄を切るように、誘う。その艶姿が、煽られ、追い立てられた魚人どもを容易く引きつけ、引き寄せた。そして。
 だん。海面にALブーツの踵を叩きつけた千尋が鋭く告げた。
「六花、魚人の上に氷張って!」
「うん!」
 魚人ではなく、その上を凍らせる。それに疑問を返すことなく、六花が海水を凍らせた。ペンギンの本能が、あれは冴えた手だと告げていたから。
 果たして仕上がった氷塊が魚人の頭を押さえつける。魚人は槍を握り、突き崩して千尋へ跳びかかろうとするが。
「派手に決めるわよ!」
 高く跳ねた千尋が、氷塊へと思いきり飛盾を撃ち込んで。
 硬い盾と絶対零度で固められた氷とが打ち合い、海中に甲高い衝撃音を振りまいた。
 それは先ほどの海面叩きのようでいて、まったく異なるもの……魚が潜む石を上から叩き、気絶させる石打漁法の応用だった。
 音波に第二の耳たる浮き袋を突き抜かれた人外の声なき悲鳴が無粋なハーモニーを奏で。魚人は槍を放り出して深海へと逃げ出した。

「……ひとまず撃退できましたね。襲撃者を集めてタンカーに戻りましょう」
 昂の言葉にうなずいたファリンが六花に通信。
「すみませんけれど、海底におひとり襲撃者の方を沈めてあります。回収をお願いしますわ」
「まかせて!」
 ペンギンさながら、まっすぐに体を立てて海へ潜りゆく六花。
 それを見送った美空がタンカーへ視線を移し。
「こいつらが海賊だってわかっても、交渉役にゃお帰りいただくしかねーんだよな。正義の味方はつれーよ」
 正義。それを聞いたファリンは憂い顔をうつむけた。
「ジョアンペソア支部の皆様にはあらためてお騒がせしてしまったことのお詫びを」
 それ以上は言わずとも、含めた真意は知れる。
 美空は内で一礼し、昂の作業を手伝うべく海へ踏み出した。
「魚人もわかる程度に残ってるのを回収するわね。袋でも持ってくればよかった」
 千尋が顔をしかめて氷塊の脇から浮き上がってきた魚人の切れ端を指した。

「しばらくはH.O.P.E.に鏡面体をお任せするしかないですが。焦れている者も多い。このままで終わるとは思わないことですね」
 ジョンが言い、無言のラウラ・マリアを盾としつつタンカーを後にした。

 かくてエージェントは交渉決裂の報と幾人かの襲撃者、そして魚人のサンプルをH.O.P.E.へもたらした。
 これがけして幕引きとはならないことを感じながら。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
  • 崩れぬ者
    梶木 千尋aa4353

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
    人間|10才|女性|防御
  • 悪の暗黒頭巾
    R.A.Yaa4136hero002
    英雄|18才|女性|カオ
  • 崩れぬ者
    梶木 千尋aa4353
    機械|18才|女性|防御
  • 誇り高き者
    高野 香菜aa4353hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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