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テディベアと逃避行
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救助作戦相談卓
最終発言2017/09/17 16:06:50 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/09/15 18:43:50
オープニング
●プロローグ
「この場所に射撃屋が店を出している」
昼間から開いている小さなバー。平凡な顔立ちの男は酒を飲みながら隣の男の言葉を聞いていた。
「そこでゲームをする。レベルは最難関。あんたの腕ならできるだろう。景品を受け取り、その店まで来てくれ。射撃屋に話は通してある」
「ああ」
「なんとしても景品を受け取ってくれ。まあ、あり得ないほど高いレベルのゲームだ。あんた以外、誰もクリアできないさ。そうだ。受け取ったらおやじも殺しておいてくれ」
「ああ」
「万が一、先客に渡ったら」
「殺して奪うだけだ」
男はそう言うと店を出た。
●挑発に乗るのはやめましょう
「はー、久しぶりの休みー。潮風が気持ちいい。嫌なことなんてみーんな流れちゃうわ」
大きく伸びをするレター・インレット。ロンドン警視庁の刑事は本日休業である。
「嫌なことなんてあるの? あなた」
ジェンナ・ユキ・タカネが言う。こちらもお休み中のロンドン警視庁の刑事。2人はリンカーと英雄の関係でもある。今、短い休みをもらって海の町を旅行中だ。
「失礼ね。あたしにだって嫌なことの1つや2つ……って知ってるでしょ。最近マンチェスターから来たあいつ」
レターはうんざりした顔をした。
「何が気に入らないんだか、態度悪いったら。なにあれ」
「態度なら私にだって悪いわ」
「じゃ、気にしてないわけ?」
「まさか。マンホールにヒール引っ掛けて転べって思ってるわ」
平然と言うユキ。新しく来た同僚とうまくいっていないのはユキもレターも一緒だ。
「忘れましょ。今日明日ぐらい」
「賛成」
町をぶらぶらしながら海へと向かうユキとレター。流石、観光地だけあって屋台が沢山出ている。
「やあやあ、そこのお嬢さん。どうだい。土産話にやってかない?」
声をかけてきたのは射的屋のおやじさん。
「射撃?」
ユキは銃を手に取った。なかなか本格的だ。
「自分の腕考えなさいって」
レターが言う。ユキはロンドン警視庁で認められているほどの腕前である。レターは大人気ないからやめろと言っているのだ。
「ちょっとやってみなって。女の人には難しいだろうけど」
(げ。このバカ)
レターの予想通り、銃から手を離しかけたユキの動きがぴたりと止まる。わざとではないだろうが、ユキをやる気にさせるには十分だった。無言で料金を払うユキにレターがため息をつく。こんなことするより海でのんびりしたいのに。
「どのレベルにします? 初級、中級、上級、最難関があるよ。初級がいいんじゃないかな。女の人には」
いちいち余計なことを言ってくるおやじである。
「中級にしたら? 景品の髪留め可愛い」
「最難関」
「いや、止めたほうがいいって。景品が」
「最難関」
「がっかりしないでよ。お嬢さん」
おやじはにやにや笑いながらルールを説明した。
「スタート!」
ぱん! ぱん! ぱん!
無表情に次々と引き金を引く。
ちゃららっちゃら~
パーフェクトのファンファーレが鳴り響いた。ギャラリーはもちろん、おやじまで唖然としている。
(本気出したよ。このひとは)
レターは脱落した。この負けず嫌いめ。
「いや、まさか女のひととは」
女、女としつこい男である。
「はい。景品ですよ! おめでとう!!」
「え」
手渡されたのは巨大なテディベア。
「だーから止めたでしょうが。これから海行くのにそんなでっかい毛玉抱えてどうする気? ホテルに置いてきなさいよ。あたしは先に海行ってるから」
「ここからどのくらいあると思ってるのよ」
そう言いつつ、ユキはテディベアを抱えるとタクシーを捕まえた。
●こういう時のカンはよく当たる
ユキたちは寝られればいいやと安宿を取った。場所が悪い。すぐ裏がいかにも怪しげな連中の巣窟といった場所である。まあ、そんなところが怖くてリンカーだの刑事だのは務まらない。タクシーを降りて平然と歩く。あと少しでホテルといったところでユキははたと止まった。
(耳の縫い目だけ、なんか粗い気が)
よく見ようと顔を近づけると見知らぬ男に呼び止められた。振り向くユキ。
「そのクマだが」
男は静かに言った。
「お譲りいただけないだろうか」
どうぞと言いかけてユキは男をじっと見た。ごく普通の男だ。中肉中背で服装もこれといった特徴がない。どこにでもいそうな、会ったことさえ忘れるような――
「構わないだろう? ただのクマのぬいぐるみだ」
男の口調が粘着性を帯びだした。ぞろっと肌が粟立つ。
「すみませんが」
ユキは首を振った。
「気に入っていますので」
「いくらで譲る?」
男は表情を崩さす言った。ユキも表情を崩さない。
「気に入ったものを手放す気はありません」
「そうか」
「!」
ユキは男を突き飛ばした。刃が空を切る。間一髪ナイフの一撃を逃れたユキはテディベアを抱えて裏路地へ飛び込んだ。狭く入り組んだ路地をジグザグに走る。
パン!
乾いた音共 に近くのゴミ箱が吹っ飛んだ。
(冗談でしょ)
今のは紛れもなく銃撃だ。ユキは振り向きもせず、近くの廃ビルへ飛び込んだ。元々は雑貨屋だったのだろうか。棚やらレジやらはそのままだ。すばやく物陰に隠れる。
「あんた」
スマートフォンを操作しながらテディベアへとつぶやく。あの男は確かにこのクマが欲しいと言った。
「何者なわけ?」
パン!
スマートフォンがユキの手を離れて床を滑る。ユキの手から血が滴った。
「いい腕じゃない」
ユキは吐き捨てるとテディベアを引き寄せた。
●嫌な予感は当たるもの
「サイレン?」
レターが砂浜で寝転びながら言った。近くでパトカーのサイレンがなっていた。
「銀行強盗でもあったのかしら?」
「いや、殺しらしい」
さっき知り合ったばかりの男がスマートフォンをぶらぶらさせて言う。
「殺し?」
「近くにいたやつから連絡来た。屋台の親父が殺されたって」
「物騒ね」
ここまで来て殺人に当たるとは。
「射撃屋だってさ。射撃屋が銃で撃たれるなんてなんとも」
「射撃屋? まさか、あの通りでやってた?」
「らしいな。なに? やったことあるの?」
「ちょっとごめん」
なんだろう。嫌な予感がする。ユキに電話をかけた。
(出ない)
「ごめん、ちょっと用事ができちゃった」
相手の返事も聞かずに走り出す。走りながら現地警察に電話をかける。
「もしもし。ロンドン警視庁のレター・インレットです。射撃屋の事件でお話があります」
射撃屋の親父の遺体を見て、傷の特殊性から犯人がリンカーと気づくまで後30分。ユキのスマートフォンから彼女の居場所を特定するまでそれから5分。
その後すぐ、HOPEに依頼がかかった。
GSPが示す廃ビルを調査せよ。
解説
●目的
廃ビルの調査
・行方不明の刑事はいるか
・射撃屋殺しの犯人がいるか
*PL情報
刑事も犯人も廃ビル内。刑事は保護、犯人は確保すること。
●登場人物
グロウヴ・バタフライ(ヴィラン)*PL情報
・フリーの殺し屋兼運び屋。武器はリボルバー「バルイネインST00」、ザミェルザーチダガー、九陽神弓。ライヴスゴーグルを装着。使用可能スキルはライヴスシールド、一閃、ライヴスブロー。バランスよく戦えるオールラウンダータイプ。切り替えが早く、機転も利く。欠点は獲物をいたぶるように追いつめて殺しを楽しむところ。
現在は刑事を追って廃ビルへ。
ジェンナ・ユキ・タカネ(行方不明の刑事)
・リンカーで刑事。休暇中に偶々訪れた射撃屋でゲームクリアし、景品のテディベアをもらう。その後、命を狙われる。テディベアの秘密に気づいたようだが……。
現在は廃ビルのどこかに身を隠している。既に何発か銃弾を受けており、重傷(PL情報)
レター・インレット
・ユキの英雄で同僚。射撃屋のおやじが殺された事件をヴィランがらみと気づき、ユキの危機を察知する。場所的に自分は間に合わないと判断。HOPEに依頼をかける。
射撃屋のおやじ
・何者かに最難関レベルのゲームクリア者にテディベアを渡すよう依頼される。本来渡すはずの男ではなく、偶然先にクリアしてしまったユキに渡してしまう。用済みでバタフライに殺された。
●現場
寂れた繁華街にある廃ビル。1階、2階は雑貨屋で棚はそのまま。3階はレストランでテーブル、イス、厨房はそのまま。いずれも食材や商品はない。全てのインフラは止められている。
リプレイ
●情報を収集せよ
射撃屋殺人事件本部
「事件の概要はもう聞てる?」
レターは石井 菊次郎(aa0866)とテミス(aa0866hero001)に問う。ふたりは別の事件で重傷を負ったため、情報戦にまわったのである。
「大まかなところはな」
テミスが応える。
「射撃屋の店長が殺された後、そこを利用したタカネさんが襲撃された。射撃屋でのエピソードが絡んでいると考えています」
「あたしもそう思う。エピソードは2つ。ひとつは最高レベルのゲームをクリアしたこと。これは屋台の射撃にしちゃレベルが高すぎるとは思ってた。あんなのクリアできる一般人はいない。もうひとつはテディベア」
「テディベア?」
「射撃の景品。こればっかりは敵かユキに聞かなきゃわからない」
どういう流れかは分からないがテディベアと射撃ゲームが絡んで居るのは把握した。
「それから犯人は相当な射撃の腕を持ってるわ。心臓に一発で仕留めてる。銃痕がハート型であることからオートマチックアフェクトWD31だと判断した。今、HOPEとロンドン警視庁のデータベースを当たってる」
普段は国家のらぶりーわんわんなどと名乗ってふざけているが、腐っても刑事である。
「わかりました。我々は関係者への電話取材、そして付近を活動範囲とするヴィランズや暗黒組織の捜査情報の検索をします」
「助かるわ。そこの席を使って。パソコンでも電話でもなんでも好きに使ってください。それからこれ」
レターは書類の山を菊次郎とテミスの間に置いた。
「目撃証言と周辺情報。こっちは調書ね。こっちも随時情報をあげてそっちに流すから」
「テミス、書類整理お願いします」
「なぜ我がこの様な些末な作業を……主よ、不覚の対価は高くつくものだな」
書類に手を伸ばすテミス。
「……面目ありません。もしこの仕事に愚神が絡んでいたなら悔やんでも悔やみきれません」
菊次郎も電話に手を伸ばした。
「どうして」
愚神? と聞こうとしてレターは口をつぐんだ。ひとの問題に首を突っ込まないのが彼女の考えだ。それに今は――
(時間がないの)
「事件と繋げるのは安直だが、廃ビルにいるとなると……」
麻生 遊夜(aa0452)は難しい顔をする。ユキは休暇中だ。普通に考えてそんなところにいるはずはない。
「……ん、何かはあった筈……繋がるなら、急ぐべき」
ユフォアリーヤ(aa0452hero001)がうなずく。
「何もなければ笑い話ってことで、早い所調査するとしようか」
「今回もコイツの出番だな」
「……ん、探し者には…この子」
ふたりは早々に共鳴すると手早くレーダーユニット「モスケール」を起動する。全力稼働させながら廃ビルへ向かった。
「笑い話にはなりそうもないな」
窓から見える鱗粉のようなきらめき。ライヴス反応だ。
「反応あり、位置は……1階と3階だな」
「……ん、動かない反応が1つ……動いてる反応が、1つ」
「少なくともこのビルに2人いることは確かだということか」
遊夜とほぼ同時に廃ビルへ到着した東城 栄二(aa2852)が言った。ちなみに今のやりとりは通信機を通してリンカーたちに聞こえている。
「動いているのが敵、動いていないのがジェンナさんの可能性が高いですね」
皆月 若葉(aa0778)が言う。
「俺たちは動いてる反応のある3階に回る」
「私もそちらに行きます」
栄二が言う。
(久々の仕事だ、同行する人たちも先輩ばかりだし気負わずに冷静に任務を遂行しよう、あくまでクールに)
栄二は深呼吸し、カノン(aa2852hero001)とリンク。
(感情を殺せ、常に冷静に思考しろ。さもなくば敵と渡り合うことなどできない)
3階担当、遊夜組・栄二。
廃ビル右横にいるのはシエロ レミプリク(aa0575)とジスプ トゥルーパー(aa0575hero002)。
「ビルだねジスプくん」
「はい主様、どこから捜索しましょう」
ジスプの問いにシエロは言う。
「よし、登ろうか」
「えっ」
リンクすると自慢の足で壁面を昇る。体が窓に大きく出ないよう注意しながら目視で内部を偵察。中は薄暗いがライトアイを使えば問題ない。
「平地を移動するのとまるで動きが変わりませんな」
ジプスが言う。
「こればっかりは身体能力だけじゃね♪」
普段からやってることが大切なのである。
「もしかしたら2階に降りてくるかもしれないからね。ここで待機」
2階担当はシエロ組。
廃ビル正面。
正面玄関右壁にアリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)が張り付いている。
「タカネさん……って、会った事あるよね」
「あるね」
「それじゃあやろうかAlice」
「了解アリス」
ひとつに溶けるように共鳴する。若葉へ促すように視線を送った後、通信機器で「潜入するよ」とだけ言った。
「了解。俺たちも潜入する」
「了解です」
遊夜、栄二が応えた。
「……」
「……ワカバ?」
正面の左壁にいるピピ・ストレッロ(aa0778hero002)が隣の若葉の袖を引く。
「大丈夫、早く助けに行こう」
中にいるのが本当にかつて一緒に仕事をしたジェンナ・ユキ・タカネかはまだわからない。だが、状況証拠とは言え全ての状況が彼女がここにいると示している。今の彼女は一般人で銃も持っていない。大きく深呼吸すると共鳴する。アリスの後を追いかけた。すぐに3階から窓ガラスが割る音。ロケットアンカー砲で栄二と遊夜が3階へ侵入したのだ。これで敵は少な
くともしばらくこちらにこれないだろう。ふたりは1階へと入った。
1階担当、アリス組・若葉組
中は薄暗く、視界が悪い。だが、ライヴスの動きはよくわかる。
「争った形跡がある」
アリスの言う通り、棚はいくつも倒されているしガラスも散らばっている。
「血だね。あっちは銃跡」
「……」
「タカネさんがいるのは間違いないね」
アリスは以前にタカネと会っている。ライヴスの痕跡はわかる。
「これ」
若葉は血に濡れたスマホを拾い上げ、握り締める。
「急ぎましょう」
敵が3階にいる内にユキと合流したい。
「2階はどうですか?」
ライヴスを追いながら若葉が言う。
「争ったあとみたいなのはあるよ。棚がかなり倒されてる」
シエロが応えた。
「こっちもですよ」
栄二が言う。
「全階に争ったあとがあるってこと!?」
シエロが驚いた声を上げた。ヴィラン相手にどうやったのだろう。だが、今は全くライヴスが動かない。
(どうか無事でいてください)
若葉は祈るように足を早めた。アリスは黙って通信機器の周波を変えた。
●保護と狩り
捜査本部。
「あなたのパートナーがいるのは間違いないようですね」
菊次郎が言う。アリスが今の状況を無線で伝えたのだ。
「でしょうね」
レターは眉ひとつ動かさない。慌てても仕方ないと思っているのか、それとも――
「ところで、何かわかった?」
「ある程度は絞れましたが、ある程度に過ぎません。ですが、確実に関わっていない組織をひとつ見つけました。これから折衝に向かいます」
「その体でひとり行く気か。私も行く」
「行ってらっしゃい。新情報が出たら共有しましょう」
レターに見送られてふたりは外へ出だ。
時遡り、3階。
ガラスが割れる音と共にライヴス反応の動きが止まった。
「見つけた。こちらに向かっている」
遊夜はより正確な敵位置捕捉した後、仲間に通達をする。同時にアリスからユキが確実に1階にいることが伝えられた。
「1階に行かせないようにしましょう」
栄二の言葉にうなずく遊夜。確実に近づいて来ているのに足音がほとんどしないのが不気味である。姿は見えない。ライヴスを示す光が遊夜に見えるだけ。
「えいじしょうめん」
棚を次々なぎ倒しながら栄二の方に一条の矢が風を切って向かう。栄二はなんとかこれを回避。
(この薄暗い中で正確に矢を撃ってきた)
ライトアイか、あるいはライヴスが可視化できるアイテムか。栄二だけ狙ってきたということは後者の可能性が高いか。
「俺がひきつけます」
栄二は遊夜と違い、ライヴス遮断していない。狙われるのは栄二だろう。
「了解。気をつけろよ」
矢が放たれたと思われる方向へ魔導銃「ファウダーC5」を撃つ。だが、これはこちらに注意を向けるため。当てる必要はない。間髪入れず銃弾が撃ち込まれる。これは棚を利用して回避。
「着けてんのはライヴスゴーグルか……?」
その隙に遊夜は敵を確実に捉えた。ゴーグルで人相まではわからない。体型からかろうじて男性とわかるぐらいだ。
「……ん、煙状に見える、試作品……視野が狭い」
(着けてる間は翻弄しやすいかね、着けてなくてもやることは変わらんが)
「こっちは見える、相手は見えない」
くすくすと笑うユフォアリーヤ。構えるは7式20ミリ自動小銃「静狼」。最大の特徴は特徴はほぼ無音・無閃光だということ。
「俺達の眼から逃げられると思うなよー?」
「ん、どこにいても、当ててあげる……絶対に、逃がさない、よ」
「『さぁ、狩りの始まりだ!』」
放たれたダンシングバレットの一撃が敵の肩を捉えた。敵の体勢が大きく崩れる。間髪入れず銃を撃ってきたが、大体で撃たれたもが当たるはずもない。素早くそこから移動し、再び撃つ。栄二は移動する敵の先を読みロケットアンカー砲でテーブルをなぎ倒す。その間から「静狼」を撃つ遊夜。敵はそれを回避し、そのままの体勢で栄二を矢を放つ。栄二は避けたが、棚が倒れてきたため後退を余儀なくされる。敵はダガーに武器を持ち替え栄二へと迫る。遊夜は「静狼」を【SW(銃)】ガンライトのONをして撃ち、こちらに注意を向けさせる。敵は光の方へ矢を撃つが、遊夜がすぐにライトを消したため矢はわずかに外れた。
「なるほど。ライヴスの遮断か」
敵は大きく飛びのくと再び弓を構えた。壁が砕ける。日の光が差し込み、あたりを照らした。
「なら目視すればいいな」
ふたりは素早く物陰に隠れた。目視できるのはこちらも同じだ。だが、バタフライは棚を巧みに使い、攻撃を次々回避していく。
中心街からやや外れた場所に屋敷がある。犯罪組織『バートラム』の本拠地だ。
「HOPEから来ました。石井菊次郎と申します」
「テミスだ」
「なんの御用でしょうか」
ベルを鳴らすと若い男が対応する。
「射撃屋の店長が殺された件でお話があります」
「責任者は外出中です。帰る時刻はわかりませんので、出直して頂けませんか」
言葉は丁寧だが、目にはありありと警戒の色が浮かんでいる。
「不意打ちも包囲も心配いりませんよ? HOPEは負傷者を前線には出しません……正義の組織ですから」
「負傷してるのに単身でここに来たのか」
資料にあった。幹部ツキバ・ウキ。
「どうせ暇だ。こっちに」
返事も待たずにツキバは部屋へと歩いた。菊次郎たちも続く。
「それで? 正義の組織サマがなんの用だ」
ツキバはふたりにソファを進めると自分もソファに座った。
「射撃屋の店長が殺された件だ」
「うちは無関係だぜ。うちは基本的に殺しはやらねえからな。割に合わねえ」
「我々は犯人の戦闘能力を知りたいのです。犯人の手口はプロのそれです。心当たりがあるのでは?」
ストレートに言う。
「さあな。それをあんたに言って何のメリットがある?」
「報酬ですか? あなた方のシマを荒らした彼が泥を啜り屈辱に塗れた姿を想像して下さい……或いは彼や依頼主が失敗の対応に追われている間にあなた方が得られる利益の総量を?
我々は期せずした同盟者なのですよ、老朋友」
ツキバはしばらく黙っていたがにやりと笑った。
「情報出せ。老朋友」
廃ビル1階。
「ジェンナさん大丈夫ですかっ!?」
レジのカウンターに茶髪の女性が寄りかかって目をつぶっていた。ジェンナ・ユキ・タカネである。
「皆月、さんと、アリス、さん?」
うっすら目を開けてユキが途切れ途切れに言う。
「はい。皆月若葉です」
無事だったことを安堵しつつ怪我の場所を看る。脇腹と手の甲、それから足にも。全体的に擦り傷。
「大丈夫ですよ。すぐ治療します」
致命傷とまではいかないが、重傷の部類に入る傷である。ケアレイで治療する。
「タカネさん、発見。重傷だけど命に別状なし。皆月さんが治療に当たってる」
アリスが通信機器で皆に連絡する。通信機を通してリンカーたちの安堵の声が聞こえた。
「ユキに言っといて」
レターが言う。
「終わったらデコピンって」
「聞こえた?」
「皆月さんたちがいるということは」
アリスの言葉には答えず、ユキは痛みに顔をしかめながら言った。レターの言葉は黙殺することにしたらしい。
「相手はリンカーですか。通報したのはレター・インレット?」
「はい。何があったんですか? そのクマは?」
若葉が問う。
「射撃でこれを当てたんですが、ホテルに戻る途中、クマを譲ってくれないかと男に言われました。断ったらこの通りです」
「男の人相は?」
アリスが問うた。
「中肉中背の白人男性。目と髪は茶色です」
「クマ、か。やっぱり狙われた理由はそれかな」
シエロが無線機から言う。
「恐らくは」
通信機を通してユキが答える。
「耳の所、縫い目が荒いんです。確かめる前に襲われたので確認していませんが、恐らく中に何かあると思います」
「本当だ。いや、中は気になるけど、取り敢えず、ジェンナさんは安全なところへ」
「いえ、足でまといかもしれませんが、私はここにいた方がいいと思います。敵はまだ私がひとりでいると考えているかもしれません」
「そうだね。敵は戦いに来てるわけじゃない。タカネさんがいる限り、どうせこっちに来るだろうから、ね」
アリスは同意するが、若葉は心配だ。
「大丈夫です」
ユキが若葉に言う。
「皆がいますから」
廃ビル2階。
敵は走る。むやみに逃げ回っているわけではない。向かう先は階段。遊夜と栄二による攻撃に何度もさらされながらも足は止めない。治癒の術を多く持っているらしい。
「敵は階段に向かっています」
栄二が言う。
「了解。こっちに来たら突入する」
相手は腕が立つ。挟み撃ちにしてユキのところにたどり着く前に潰す。激しい物音ともに男が走り込んできた。シエロは確認と同時に窓を破って敵の目の前へ躍り出る。
「残念、そこまで」
「今度はこちらを相手してもらおうか、外道!」
ロケットアンカー砲を放つ。だが、敵は棚を利用してそれを避けると自身も弾丸を撃ち込む。
「えいじ、みぎ!」
すぐにシエロは火竜、栄二は魔導銃「ファウダーC5」、遊夜は「静狼」で応戦。凄まじい銃撃戦が始まった。
●敵は誰だ
時遡りバートラムの屋敷。
「クマか。リプルんとこかもな
「HYのトップですね」
資料に載っていた。ここを拠点にした麻薬犯罪組織だ。
「リプルは某国の元スパイのせいか小道具を使う。他の組織も使うがそんなもってまわった手を使うのはリプルでまず間違いねえ。だが、あいつらは何人ものフリーの殺し屋を使う。特定は難しいぞ」
アリスから連絡が来た。敵の人相だ。
「心当たりは」
菊次郎がユキから伝えられた人相をツキバに言う。
「グロウヴ・バタフライ」
ツキバは煙草に火をつけた。
「少なくともそう名乗ってる。リプルがよく使う殺し屋のひとりで、フリーの殺し屋だ。仕事数は少ないから裏社会でもあまり知られていないがな。獲物をいたぶる悪い癖さえ出さなければ、今の仕事数でももう少し有名になっただろう」
「特徴は」
テミスが問う。
「距離も武器も選ばない所謂オールラウンダー。俺が知っているのはそのくらいだ」
「バタフライと戦闘経験のありそうな人物に心当たりはありませんか」
「ないな」
ツキバはにべもなく言った。
「俺が言ったのは単なる噂。リプルがバラフライにやらせたと言われている仕事からのな」
「その仕事を教えてください」
廃ビル2階。戦いは膠着状態に陥っていた。リンカーたちの連携と敵の回避が拮抗しているのだ。
「ちっ」
敵は棚の上に飛び乗ると矢を床へ向けた。
「1階! 退避!! 床をぶち抜く気だ!!!」
シエロが通信機へ叫ぶ。阻止すべく遊夜と栄二が攻撃するが一歩間に合わず。床に巨大な穴が開いた。その場にいるすべての人間が数個の棚と一緒に1階へ落下する。
「ジェンナさん!」
ちょうどユキと若葉の間に棚が落ちる。敵は落ちながら弾丸を放つ。狙いはユキ。だが、間一髪、シエロは倒れ込んでいるユキを抱き上げ攻撃を回避。敵は矢を放ったが、飛盾「陰陽玉」で弾いた。
「わりぃな、ウチは美人を抱っこしてるときのほうがつええのさ!」
「この程度では揺れもせんわ!」
ギニャリと笑う。そこへアリスが拒絶の風で敵の横に回り込み、基本極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』で攻撃。敵は後退を余儀なくされる。そこへ若葉が放った白鷺が敵の衣服と棚を縫いつけた。
「追い詰めるつもりが追い詰められたな!」
「人数が多ければ追い詰めたとでも?」
男は冷静だった。服を破いてすぐに自由の身になるとユキへ視線を向けた。
「この子をお探し……ですかね?」
若葉が手にしたクマを見せる。シエロやアリスがいるとは言え、ユキから注意を逸らせたい。テディベアを幻想蝶に収納する。
「まずはお前からか」
ダガー片手に若葉へと迫った。リンカーたちの攻撃をなんとか避けながら若葉へと向かう。若葉も白鷺で距離を取らせつつ戦う。
「敵の名前はグロウブ・バタフライ」
菊次郎から連絡が入る。
「フリーの殺し屋で、主に使うスキルはライヴスシールド、一閃、ライヴスブローと思われます」
そのそばではややぐったりした顔のテミスとレターが珈琲を飲んでいた。
●狩りの終わり
「ここまできたらもう任務遂行は難しいぞ。バタフライ」
栄二の言葉に男は動きを止めた。
「何もかもお見通しか」
男は淡々と言った。
「それならここに用はない。元々、依頼人殿の失敗だからな」
「やっぱりそう来たね」
アリスがぽつりと言う。どうやら頭は回る様だし包囲網に穴を開けて逃亡、なんて御免だと思っていたが。
「させるか」
遊夜が膝裏へテレポートショットを叩き込む。
「ぐっ」
バタフライの体制が崩れる。そこへ栄二が弾丸を打ち込んだ。だが、ライヴスシールドで防がれる。同時に棚の陰へ飛び込み、矢を放つ。その先はシエロに抱えられたユキ。だがこれは若葉の盾によって弾かれた。
「そのままユキさんを頼みます」
「了解」
そこへアリスの基本極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』。バタフライは攻撃の届かないぎりぎりで避けた。そこへ棚が倒れる。栄二が倒れ賭の棚を撃ったのである。バタフライは避けずに棚を手で受け止めたが。
「!?」
だが、膝を折ったのはバタフライ。アリスと栄二の攻撃に紛れた遊夜の「静狼」がバタフライの足を貫いた。ただの弾丸ではない。ダンシングだ。
「ぐあっ」
瞬時にアイテムで治療し、一閃を使うが、使うとわかっているのをリンカーたちが避けられないはずはない。
「!」
栄二、遊夜のロケットアンカー砲がバタフライへと伸びる。避けようとするが、アリスと若葉の攻撃で退路が絶たれる。
「しまっ」
ロケットアンカー砲がバタフライを捉えた。
「随分痛めつけてくれたみたいだが」
遊夜はユキをちらりと見てから、アリスの神樹の鎖で拘束されたバタフライに言う。バタフライの傷はシエロが簡単に塞いだ。
「される側の気持ちは、分かった?」
首をかくりとさせてリーヤも言う。
「興味がない」
バタフライは素っ気なく言った。遊夜はため息をついた。
「今回はそのおかげで間に合ったみたいだがね」
「私も貴方に興味ない」
アリスはバタフライの前にしゃがんだ。
「でもこれからしようとしたことには興味あるよ。<今から問う事に答える様に>」
スキル、支配者の言葉。菊次郎たちがすでにたどり着いた情報だが、裏付けはいる。
「依頼人はいる?」
「いる」
「誰?」
「リプル」
「どこで落ち合うつもり?」
「バー”ハンドレッド”」
「すぐに警察に向かわせるわ」
無線からレターが答えた。
「これで任務完了だな。主」
テミスが言う。
「はい。お疲れさまでした」
菊次郎はうなずいた。
●決着
「はい」
若葉は綺麗に縫直したクマをユキに渡した。アリスと中身はすべて改めた。マイクロフィルムが3つ見つかっている。既に中身は警察へ。
「お休みなのに大変だったね」
ピピの言葉にユキが苦笑する。
「怪我の具合はどう? 間に合って本当に良かった」
「また助けられましたね。ありがとうございました」
顔色は悪いが若葉の問いかけにはちゃんと答えている。
「皆さんも。今回はありがとうございました」
頭を下げた。リンカーたちが口々に無事を喜んでいると車が2台来た。
「はあい」
車中からレターが手を振る。
「若葉くんたち久しぶり。あなたたちは始めましてよね。ユキの英雄、レター・インレットでっす。今日はありとね」
車から降り、にこにこと栄二たちに握手を求める。バタフライなど見向きもしない。
「で、あなたは」
「痛っ」
ユキの額にデコピンが決まる。
「いいニュースと悪いニュースがあるわ」
「いいニュースは」
「今回の働きで11月に長期休暇が出ました」
「悪いニュースは」
「念のためロンドンの病院で精密検査。しばらく入院」
「いいって。傷はふさがってるし、ちょっとふらつくだけだし。そうだ。今回の事件はあたしが」
「もー、あんま無茶しちゃ駄目ッスよー?」
「うわ!」
シエロが問答無用でユキを抱き上げる。
「いや、あの」
ユキの抗議など無視してユキを車に乗せた。
「どうせなら今度はピンピンしてる時に抱っこさせてくださいッス♪」
きょとんとした顔のユキと「皆ー。ありがとねー」とにこにこ笑って手を振るレターを乗せて車は走り去った。
「震えてましたね。手」
ジプスがシエロに言う。
「れたーさんのて、ふるえてた」
カノンもう言う。
「あんなににこにこしてたのに」
栄二とシエロが目を丸くした。
「ポーカーフェイス」
「うん、ポーカーフェイス」
アリスとAliceが言ったがレターもふたりには言われたくなかったかもしれない。
マイクロフィルムに書かれていたのは麻薬取引の日時だった。警察はバー”ハンドレッド”でHYの幹部と取引相手をを拘束。マイクロフィルムを証拠としてHYのガサ入れを行った。大量の逮捕者を出したHYは解散を余儀なくされたと言う。