本部

海の輝きと森の緑と

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/09/24 10:33

掲示板

オープニング

●森を覆う青い波
 青々とした深い森の緑。
 高く澄んだ青い空に浮かぶ白い雲。
 風に揺れる木々の葉擦れの音。
 鳥や動物たちが鳴き交わす歌声のような鳴声。
 穏やかな自然の空気が体に染み込んでいき、忙しなく賑やかな都会の喧騒を心の外へと追い出してくれる。
「来てよかっただろう」
 並んで歩く男が自慢げに声をかける。
「そうね」
 もう一度大きく息を吸い込んで女はゆっくりと息を吐き出す。
「たまには、いいかもね」
 女は足を止めてゆっくりと周囲を見渡す。
 ザワザワと葉を揺らす緑の木々の隙間に波打つ青い海が見える。
 女の足元を小さなリスが駆け抜けていく。
 まるで何かから逃げるように。
「何……?」
 直前までと違う雰囲気が森を覆っていた。
 いつの間にか鳥達の鳴き交わす声が消え、息を潜めるような静寂が森を支配している。
「あれ、何で……?」
 木々の合間に見えている波打つ青が徐々に迫ってきている。
 木漏れ日を受けてキラキラと輝くその青は陽光に煌めく海のようにも見えるが島の高台であるこの場所に海が有るはずはない。
「うぁあああああああ!」
 先に悲鳴を上げて走り出したのは男の方だった。
 北へ向かって道を駆けだした男に襲い掛かるように道の東側の森から青い輝きが押し寄せる。
 それは十センチメートル程のヤドカリのような生き物が被ったアクアマリンのような澄んだ青色の丸い殻の輝きだった。
 同じ輝きを背負ったヤドカリの群れが海のように波打ちながら男の体へと襲い掛かる。
「ぎぃあぁぁあああああああああああ!」
 悲鳴が響く。
 這い上がる青いヤドカリを男が手で払おうとするがその手にも青いヤドカリが這い上がって来る。
 男の体が見る間に青いヤドカリに覆われていく。
 張り付いた青いヤドカリは男の肉を小さなハサミで引きちぎり餌をついばむように口へと運ぶ。
 男の悲鳴が途絶えた。
 生きたまま体中の肉を引きちぎられる痛みに意識が耐えられなくなったのだ。
 倒れ込んだ男の体が青いヤドカリに覆われて見えなくなる。
 男の姿が見えなくなってようやく女はその光景から目を離すことが出来た。
 慌てて周囲を見渡す。
 いつの間にか青いヤドカリの群れは辺り一面の地面を覆い尽くしていた。
 東から現れた青いヤドカリの群れは女を取り囲むように西側の森へも広がっていく。
 今にも包囲が閉じようとしている西側の森へと女は必至に走り出す。
 細い道のように残されていた僅かな空間を女は死に物狂いで駆け抜けた。
 何度も木の根やぬかるんだ地面に足をとられて転びかけるが、必死で前へ前へと足を運び続ける。
 その足が宙を踏む。
 足元の地面の感覚が消えていた。
 森が切れて本物の海が目の前に広がっている。
「あ……」
 女の口から意味のない言葉が零れ落ちる。
 急激な落下感が女の体を包み込む。
 眼下にはごつごつした岩肌と打ちつける白い波が広がっていた。

●青を吐き出す黒い山
 男はヤドカリに襲われたその場所で骨となって見つかった。
 たった一日しか経っていないにもかかわらずその骨は洗浄したかのように肉片一つ残してはいなかった。
 森の中に見える異常はそれだけだった。
 周囲にも、ここに至るまでの森の中にもいつもと違う物など何も見当たらなかった。
「何だって言うんだよ……」
 救助された女が言うには青いヤドカリが男を喰ったのだという。
 その言葉を思い出して不安げに周囲を見渡す新人の男に若い男が声をかける。
「この島には人を喰うような生き物はいないはずだ」
 二人を含む男四人はこのリゾート島の職員で森の管理を任されていた。
「少なくとも青いヤドカリなんざ見た事もねぇな」
 一番古参の男がそう言って周囲を見渡す。
「現場はこのままにして後はH.O.P.E.に任した方がよさそうだな」
 リーダーの男の言葉に四人ともそろって頷く。
 どう考えてもまともな生き物の仕業とは考えられない。
「おい……あれ、何だ?」
 若い男が森の中を指さす。
 そこには高さ一メートル程の黒い土山らしきものがあった。
「今まで見た事ねぇぞ、あんなもの」
 古参の男が後退りしながら呟く。
 危険を察したのか森の生き物たちの気配はすでに消えている。
 土山の根元に木漏れ日を受けた青い輝きが見える。
「逃げるぞ!」
 リーダーの男が叫んだのと青い輝きが押し寄せる波のように溢れ出してきたのは同時だった。
「うぁあああああ!」
 悲鳴が響く。
 道の横から現れた別の群れが一番東側に居た若い男へと襲い掛かる。
「死にたくなければ足を止めるな!」
 リーダーが叫ぶ。
「ま、待ってくれ!」
 古参の男が遅れていた。
「じいさん!」
 戻ろうとする新人の男をリーダーが引き留める。
「間に合わん!」
 古参の男の背後から青いヤドカリが追いつく。
「あぁああああああああ!」
 断末魔の悲鳴が木霊する。
 追いすがるようなその声を聞きながら二人はホテルの有る南側の海岸まで走り続けた。

●青い海と白い雲
 眼下には陽光を受けて煌めく海が広がっている。
 穏やかに晴れた空の下を飛ぶ飛行機から見える景色はとても美しく、海の青と空の青が重なりどこまでも続く青のグラデーションの中を飛ぶのはとてもぜいたくな気分だった。
「もうすぐ目的の島です」
 飛行機のパイロットの言葉に視線を向けると海の向こうにポツンと小さな島が浮かんでいるのが見えた。
 最寄りの島から水上飛行機でも一時間はかかる海にポツンと浮かぶ小さな島。
 島の大部分は森に覆われているが南側の港が整備された一帯には豪華なホテルの姿が見える。
 飛行機が島の周囲をゆっくりと一周する。
 西と北側は断崖になっており、そそり立つ岩場に打ちつける波が白い泡となって砕け散っているが、東側は入り江になっていて穏やかな海面と砂浜が広がっている。
 水上飛行機はその入り江に降りるとゆっくりと移動して南側の港へと機首を巡らせ停泊した。

解説

●目的
・青いヤドカリの殲滅

●青いヤドカリ
・攻撃手段は小さなハサミのみです。
・一体当たりのダメージは小さいですが一度に複数にたかられれば危険でしょう。
・ハサミで肉を引きちぎる痛みは不快なため集中が乱され行動を阻害される可能性が有ります。
・移動速度は人が歩くよりも少し早い程度なので一般人でも走れば容易に引き離せます。
・戦闘開始後すぐに気付く情報です。
 青いヤドカリ自体は容易に倒せますが、いくら倒しても一向に数が減る気配はありません。

●場所
・南太平洋の小島
・会員制の高級リゾート島として整備されており南東の港付近は近代的な見た目に整備されていて豪華なホテル等が建っている。
・島の東側には浜辺が広がっていて海水浴を楽しめる。
・島の中央部から北側、西側にかけては元々の原生林が広がっているが、島の南北を繋ぐ遊歩道をはじめ、ある程度の人の手が入っているのでリンカーならば足場を気にする必要なく行動できる。
・森の木々は原生林のままなので真っ直ぐに視線が通る場所は多くは無い。

●現場
・島の南北を繋ぐ遊歩道、島の中央よりも少し西側に寄っている。
・道はゆっくり歩いても一時間かからずに反対側に出られる。
・青いヤドカリが出現した報告が有るのは道の中間地点付近である。
・この道から外れて西側に森を進むと島西側の断崖に出る。

●現在の被害者
・西の崖から落ちて怪我をした女を除けばカップルの男と救助隊の二人で三人という事になっている。
・女は入れ違いでニュージーランド島の大きな病院へ搬送されたのでここにはいない。
 女の怪我は骨折と打撲で命に別状はないが、手術直後で現在は会話ができる状態には無い。
・PL情報:森を調べれば他にも数体白骨が見つかります。
     最近姿を見せなくなった従業員ですが様々な理由により行方不明扱いにはなっていませんでした。

リプレイ

●到着
「この水着……あれ? オレのもある……バカンスじゃないぞ」
 割り当てられた部屋で荷物を広げる荒木 拓海(aa1049)がメリッサ インガルズ(aa1049hero001)に声をかける。
 ホテルで一番下のグレードだというこの部屋もスイート並みの広さが有る。
「海の中にも敵が残って無いか確認しないでどうするの?」
 豪華な部屋を満喫するように寛いだメリッサが応える。
「……了解、遊ぶのは解決出来たらな」
 荷物の整理を終えて拓海が立ち上がる。
「リサ、そろそろ行こう」
 他の仲間達とはラウンジで集合する事になっている。

●考察
 全員が揃ったのを確認して志賀谷 京子(aa0150)が口を開く。
「情報の整理から始めましょうか」
 京子の言葉にアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)が地図から目を上げる。
「まず、ヤドカリたちが普段目撃されずに必要なライヴスを摂取できているとは思えないの。生態系の破壊が必ず発生して噂になるはずよね?」
 切り出した京子の言葉に田辺 亀由(aa5146)が頷く。
「異常は何もなかったと聞きましたね」
 亀由の言葉通り事前情報での異常はない。
「実際どうなのかは分からないなりがね」
 平野 譲治(aa5146hero001)が加えた言葉に京子も頷く。
「まずはその辺りの調査からかな」
 拓海がそう言って窓の外の森へと目を向ける。
「それに、ここが襲われないのも気になるのよね」
 森から見える距離にあるホテルが襲われない事も疑問だった。
「何や守っとるんとちがいまっしゃろか?」
 弥刀 一二三(aa1048)の意見に京子が首を横に振る。
「目撃者を確実に消去する意志に乏しい感じがするの」
 何かを隠すなら目撃者は消してしまった方が安全だろう。
「ここは襲われないのではなく、襲えないのかもしれないな」
 墓場鳥(aa4840hero001)の意見に京子が頷く。
「隠匿を志すには中途半端、かと言って攻めても来ない」
 その事実から京子は自分の推理を口にする。
「私は見かけほどの数はいないんじゃないかと思うの」
 戦力が無いのであれば攻めることは出来ない。
「あるいは罠……」
 アリッサはそう口にするがすぐに
「可能性は薄いですか」
 と否定の言葉を口にする。
「青いヤドカリの姿も気になるわね」
 メリッサの言葉に禮(aa2518hero001)がケーキを食べる手を止めて考え込むように宙を見つめる。
「青いヤドカリ……見たことありませんね……?」
 確認するような禮の視線に頷きを返して海神 藍(aa2518)も疑問を口にする。
「しかも群れる。ヤドカリではないような……? いったい何だろうね?」
 藍の言葉に一二三が応える。
「人食いヤシガニやったら聞いた事あるんどすが、ヤドカリでっか……」
 考え込む一二三にキリル ブラックモア(aa1048hero001)が声をかける。
「そんな事より、ホテルでデザートビュッフェとは本当だろうな?」
 キリルの視線は禮のケーキにチラチラと向いている。
「そ、そらもう!」
 慌てたように声を上げた一二三に全員の視線が集まる。
 その視線から逃げるようにキリルはこっそりと場所を移動する。
「飲食代は全部タダなりよね?」
 空になったグラスを手に譲治が立ち上がる。
「滞在費と飲食代はホテル側が持ってくれるそうですね」
 亀由の言葉を聞いて譲治はバーカウンターへ駆けて行く。
「ケーキも食べ放題ですよ」
 そう言った禮の視線はキリルの方を向いている。
「その分、仕事をしないとね」
 メリッサの言葉に緩みかけていた空気が引き締まる。
「従魔の殻が他の存在によって精製されたものと言う事はないでしょうか?」
 ずっと何かを考えていたナイチンゲール(aa4840)が口を開く。
「自然界でも共生する磯巾着の分泌物が固まり殻になるケースがありますし……」
 続きを促すように視線が集まる。
「この近海での断続的な従魔被害を考えると裏で操る者がいる可能性も考えられます」
 以前に遭遇したクジラ型従魔は今も現れていて逃げ切れなかった何隻かの船が沈められている。
「何にしろ、まずは目の前の敵だ」
 黒幕の存在に向きかけた思考を墓場鳥が引き戻す。
「目撃されている土山、おそらくはそれが発生源だろう」
 それに関しては誰も異論はなかった。
「考えすぎかもしれませんけど、プリセンサーが予知していないのも気にかかります」
 禮が不安げに森へと目を向ける。
「従魔か、愚神か、はたまたオーパーツか……謎が多いね」
 そう言って藍はコーヒーを口に運ぶ。
「んー、何にせよ追加で情報がいるな」
 京子はそう言って大きくため息をつく。
「ああ、バカンスと洒落込む余裕あるかなあ」
 遊ぶ時間の心配をする京子にアリッサが苦笑する。
「はいはい、仕事しましょうね」
 京子にかけたアリッサの言葉に一二三が立ち上がる。
「まずは、情報収集からどすな」
 その言葉に京子も緩んだ表情を引き締めて顔を上げる。
「うちは、もう少し聞き込みをしてみます」
 一二三の言葉にナイチンゲールも慌てたように立ち上がる。
「私も聞き込みに残ります!」
 ナイチンゲールに従うように墓場鳥もその隣に立つ。
「オレは森を調べてみるよ」
 拓海がそう言って森の地図を手に立ち上がる。
「私も一緒に行きますよ」
 藍の言葉に京子が亀由に目を向ける。
「じゃぁ、私と田辺さんは遊歩道沿いから調査を進める。でいいかな?」
 かけられた言葉に亀由が慌てて「はい、お願いします」と応える。
 連絡手段を確認して全員が動き出した。
「初のご用命ですからね。しっかりとこなしましょうか」
 ホテルを出ながら亀由は煙草を取り出して口にくわえる。
「うむうむっ! 初心を忘れずなりっ!」
 横を歩く譲治が元気よく声を上げる。
「お。流石英雄さん、言うことが違いますなぁ」
 そう応えながら亀由はタバコに火をつけて前を行く京子を追いかけて足を速める。

●探索
「大丈夫、安心し歩けるようにしますね」
 拓海は従業員に伝えた言葉を思い返しながら周囲へ視線を巡らせる。
「森に異常はなかったんですよね……たくさんのヤドカリが居たなら何か残ってそうな物ですけど……?」
 足元に視線を向けて禮が疑問を口にする。
「何かあるはず、よね」
 地面へと手を触れてメリッサもそう呟く。
「生態系には影響は出てないみたいだね」
 拓海の言う通り、虫達を見る限り森に違和感はない。
「ヤドカリはどこへ消えたのかな……?」
 藍はそう言って痕跡を探して下草をかき分ける。
「兄さん」
 禮が示した先に白骨が横たわっていた。
「聞いていたのと一緒ですね……」
 事前情報とその白骨の状態は一致している。
「報告にない人、だよな?」
 共鳴した拓海の言葉に藍も共鳴して頷く。
『ここの従業員みたいね』
 メリッサが遺骨の周囲に落ちている制服の残骸に目を向ける。
「ヒフミに確認してもらおう」
 スマートフォンで周囲の状況を記録して拓海は一二三へと送信する。
『拓海、鳥の声が……』
 いつの間にか鳥の声が消えていた。
『見つかったみたいですね』
 禮が向けた視線の先、木々の合間に青いヤドカリの群れが見える。

●捜査
「辛い事聞いてもうて堪忍どす。お仲間はんの敵は必ず討ちますさかい」
 生き残った二人に心中を労う言葉をかけて一二三は質問を終える。
「この辺の海に大きすぎるビッグブルーがいるって聞いたんだけど……誰か見なかった?」
 事件の聞き取りが終わった二人にナイチンゲールが雑談のような軽い調子で話かける。
 だが、返って来るのは他の従業員と同じ「見ていない」という答えだ。
「今回の件とは関係ないんとちがいますか?」
 二人と別れて廊下に出て一二三が声をかける。
「ダメ元だけど、万一目撃証言があったらと思って」
 ナイチンゲールの言葉に一二三も「そうどすな」と応える。
『次は宿泊客、だったか?』
 キリルの声に一二三が頷く。
「案内が必要なそうどすな」
 ワンフロア全てが一つの部屋だというその階に行くには専用のカードキーが必要だった。
 宿泊客の使用人の男に案内されて二人はエレベータに乗り込む。
「出迎えにも行かず申し訳ない」
 エレベーターを降りてすぐの場所で宿泊客のレイモンドが二人を待っていた。
 互いに名乗り合って応接室に案内される途中で一二三のスマートフォンに拓海からのメールが届く。
「どうかしましたか?」
 問いかけるナイチンゲールにメールを見せて一二三はレイモンドに声をかける。
「すんまへん、急ぎ確認せなならん事が出来まして、下に降りなならんのどすわ」
 レイモンドが使用人の一人に一二三を案内するように声をかける。
 案内されてエレベーターへ戻る途中、一二三の視界に僅かに開いた部屋の扉が入る。
 その奥に青いドレスの女性が見えた。
『おい』
「どうかしましたか?」
 足を止めた一二三にキリルと使用人が声をかける。
「いや、なんもあらしまへん」
 慌ててそう言って一二三はエレベータに乗り込んでフロントへと向かう。

「最近、行方不明になった方はおらしまへんやろか?」
 呼び出した支配人に一二三は写真を見せて質問する。
「行方不明ですか……」
 支配人は迷うように目を伏せる。
「心当たりがあるんどすか?」
 一二三の言葉に支配人は大きく息をついて顔を上げる。
「ここの従業員は商品でもあるんです」
 宿泊客は気に入った従業員を使用人として買い取ることが出来る。
 そして契約が成立した時点でその者は使用人になり誰にも告げずにホテルから居なくなることも多いのだという。
「それは表向きの話どすな」
 そう言った一二三に支配人は穏やかな笑顔を返す。
「契約書と照らし合わせて行方の分からない者のリストをご用意しましょう」
 一二三の問いには応えず支配人はそう告げる。
「たのんます」
 探るようにぶつけ合った視線を外して一二三がため息をつくように口にする。

「確かお連れの方がいらっしゃいますよね?」
 レイモンドと使用人全員の聞き取りを終えたナイチンゲールの言葉にレイモンドは奥の部屋を示して見せる。
「彼女は事件の話を聞いて寝込んでおります」
 そう言ってレイモンドは奥の部屋へとナイチンゲールを案内する。
 部屋の中ではベッドの上で体を起こして女性が待っていた。
「ご気分が悪いのに無理を言ってすいません」
 そう言ってナイチンゲールは一通りの確認をして、いつも通り最後の質問をする。
「この辺りの海に大きすぎるビッグブルーがいると聞いたのですが、見た事がありますか?」
 その質問に女性の表情が変わる。
「彼女はそれに襲われた船に乗っていたのですよ」
 女性が何か言うよりも先にレイモンドが口を開く。
「ごめんなさい、嫌な事を思い出させてしまって」
 ナイチンゲールの言葉に女性は顔を伏せたまま「大丈夫です」と小さく応える。
 気まずい沈黙を打ち破るように通信機が受信を告げる電信音を響かせる。
「敵と遭遇しました!」
 緊迫した亀由の声が通信機から響いた。

●遭遇
「共鳴しておいた方がいいわよ」
 亀由に声をかけた京子はホテルを出てすぐにアリッサと共鳴を済ましている。
「なるほど、いつ襲われるか分からないなりね!」
 譲治がそう言って亀由と共鳴する。
「久し振りだな。目の前の人間……英雄だが、いなくなるのは慣れないな」
 共鳴により姿が消えた譲治に亀由は驚きを隠さない声で懐かしむように口にする。
『最初はあたふたしてたなりからねっ!』
 譲治の声に亀由は頷く。
「そしてまぁ、なんというか本場のエージェント様は違いますなぁ」
 大人っぽく変わった京子の姿にそう声をかけて亀由は自分の変わらない姿を見下ろす。
「姿の変化は様々よ」
 京子の言葉に亀由が顔を上げる
「色々と経験するうちに変わることもあるし」
 続いた京子の言葉にアリッサが言葉を零す。
『京子が先輩みたいです……』
「私が先輩なの!」
 憮然と応えた京子の言葉に亀由の表情が緩む。
『大丈夫なりよ、おいらもついてるなり』
 譲治が亀由に声をかける。
 そんな二人の様子を確認して京子はレーダーユニット「モスケール」を展開する。
「田辺さんも警戒をお願いね」
 京子の言葉に「わかりました」と応えて亀由は周囲に目を向ける。
「いざと言う時には俺を盾に! ってのはよくあるよな」
 何気ない思考が言葉になって零れる。
『おいらも結構そうしてたと思うなりが、なんとかできる実力がないと時間稼いだり隙作ったりできないなりよ?』
 亀由が零した言葉に譲治が言葉を返す。
「ぐぅ正論かよ」
 肩を落とした亀由の前で京子が足を止める。
「どうか……」
 言いかけた言葉を亀由は飲み込む。
 周囲から生き物の気配が消えている。
『早かったですね……』
 土山はまだ見えていないが、最大範囲のモスケールには敵らしき存在が映っている。
「連絡を!」
 即座に光弓「サルンガ」を構えて京子が亀由に声をかける。
「敵と遭遇しました!」
 亀由の声が通信機の向こうに響くと同時に、姿の見えた青いヤドカリの群れに京子が矢を放つ。
『死骸は残らないようですね』
 攻撃を受けて消失したヤドカリの様子を確認してアリッサが伝える。
「どうしますか?」
 亀由が京子に声をかける。
 通信機は藍と拓海も交戦中の連絡を返し、ナイチンゲールと一二三がそれぞれの応援に向かうと伝えてきている。
「このまま戦うわ」
 そう言って京子は爆弾頭の矢を放つ。
 だがいくら吹き飛ばしても青いヤドカリの勢いは衰えない。
「どれも実体はなさそうね……」
 吹き飛ばされ消えていくヤドカリに京子が呟く。
「親玉とかいれば話が早いけどね……」
 それらしき存在も見当たらない。
「いるとすれば土山の中ですかね」
 京子と並んで呪符「氷牢」から氷柱を放ち亀由が声をかける。
「たぶんそうでしょうね」
 正面の群れに爆弾頭を撃ち込んで京子が前に出る。
「根元から絶たなきゃダメみたいね」
 前に出た京子を押し包むように群れが広がる。
「どれだけ表のバグを倒そうとも、バージョンのバグを何とかしないと意味がないですからねぇ」
 亀由の氷柱が拡がる群れの動きを妨げる。
『む。亀由がまた訳の分からないこと言ってるなり』
 譲治はそう言ったが京子は「そうね」と言って道の先を見据える。
「田辺さん、後方を囲まれないように出来ます?」
 何かを計算するような僅かな沈黙の後、京子が亀由に声をかける。
『任せるなりよ!』
 何故と問うよりも先に譲治が応える。
「任せたわ」
 そう言うと京子はトリオで正面の群れを大きく撃ち払って出来た空間へと駆け込んでいく。
「待ってください!」
 慌てたようにその後ろに続いて亀由が左右から押し包もうとする群れを氷柱と威嚇射撃で牽制する。

●開戦
「さて、先ずは数を減らさないと、かな」
 トリアイナ【黒鱗】で迫るヤドカリを斬り払い藍が声をかける。
「そうだな、流石にこの数は……」
 イグニスの炎で群れ焼き払いながら拓海が応える。
『減りませんよ、兄さん!?』
 幾ら斬り払っても減る様子が無いヤドカリに禮が声をあげる。
『本当に、キリがないわね……』
 メリッサもうんざりしたように言葉を零す。
「……なんて数だ。しかし……これほどの数が急に発生するのか?」
 ポルードニツァ・シックルに持ち替えて藍が群れを薙ぎ払う。
『実は従魔の大量発生ではなかったりして?』
 何気ないメリッサの言葉に藍は思考を巡らせる。
「確かに、いくらなんでも多すぎる。何かタネがあるな……?」
 だが、思考に裂ける時間は多くは無い。
「発生源を叩くべきだね。ちょっと上から見てくるよ」
 拓海に声をかけて藍がマジックブルームで飛び上がる。
「できるだけ早めに頼む」
 応えた拓海の言葉に「分かっている」と返して藍はヤドカリの群れの上を飛翔する。
『兄さん! アレがきっと発生源です!』
 禮が示した先に不自然な黒い土山が見える。
「アレを崩せば!」
 藍がポルードニツァ・シックルの斬撃を放つ。
 だが、その斬撃は土山型従魔を覆い尽くした青いヤドカリに阻まれる。
「そうくるか……」
 小さく呟いて藍は反転して拓海に声をかける。
「拓海、手伝ってくれ!」
 声と同時に放った藍のゴーストウィンドが拓海の足元まで迫っていた群れを吹き散らす。
「何をすればいい!?」
 拓海の言葉に藍が状況を説明する。
「まず、どうやってたどり着くかだな……」
 そう言った拓海の耳に声が届く。
「拓海、海神はん!」
 聞きなれた声に拓海と藍が視線を交わす。
「ヒフミ、引き受けてくれ!」
 拓海が声を上げる。
「いきなりどすな」
 そう言いながら一二三は無形の影刃でヤドカリの群れに外から斬り込む。
「うちが相手どす!」
 一二三の守るべき誓いに拓海の正面の群れも引き寄せられるように移動を始める。
 魔剣「ダーインスレイヴ」を手に駆け出した拓海の進路上に残った群れを藍がブルームフレアで焼き払う。
「どれだけ重ねても……」
 拓海がダーインスレイブへとライヴスを流し込む。
 それに対抗するように土山型従魔もヤドカリの層を厚くしていく。
『拓海、思いっきり行きなさい!』
 メリッサの声を受けて拓海が大きく振りかぶる。
「それ以上の力で打ち砕くだけだ!」
 体中のライヴスを集中させた一撃が重なったヤドカリの群れごと土山型従魔を打ち砕く。

●決着
「あと少しなのに……」
 見えているのに届かない土山型従魔の姿に悔しげに亀由が呟く。
「そろそろね」
 京子の言葉の意味を問うよりも先に別の声が届く。
「遅くなりました!」
 駆け付けたナイチンゲールに京子が土山型従魔を指し示す。
「お願い!」
 京子の声に「わかりました」と応えてナイチンゲールは亀由が維持していた道を駆け抜ける。
「援護は任せて」
 その言葉に頷いてナイチンゲールはウルフバートを地面に突き立てて棒高跳びの要領で跳び出す。
 空中から放たれたナイチンゲールのライヴスショットを土山型従魔が青いヤドカリを纏い防ぐ。
「そんな!?」
 ナイチンゲールが声を上げる。
『亀由!』
 譲治の声に亀由がロケットアンカー砲を放つ。
 クローが掴んだ木の幹と亀由の間にワイヤーが渡される。
「やるじゃない!」
 亀由の判断に京子が攻撃の目標を変える。
 ナイチンゲールもその意図を察してワイヤーを蹴ってもう一度跳びあがる。
「これも一種の俺を盾に! ですかね」
 足に這い上がって来たヤドカリを痛みをこらえて亀由が追い払う。
「一度見てしまえば!」
 京子のアハトアハトが土山型従魔を護る青いヤドカリの群れを吹き飛ばす。
「終わりです!」
 むき出しになった土山型従魔をジークレフが一閃する。
 二つに切り裂かれた土山型従魔が崩れ落ちると同時に周囲を覆い尽くしていた青いヤドカリも消失した。

●休息
「しばらくはここに滞在ね」
 モスケールで周囲を捜索しながら京子が嬉しげにアリッサに声をかける。
 昨日は森全体で五つの土山型従魔を殲滅していた。
 それで全てだと思われたが、安全確認の為にホテル側の要望で数日は滞在することになっている。
『お仕事、ですからね』
 釘をさすアリッサに
「そう、お仕事よ」
 楽しげに京子が言葉を返す。

「……何で隠して営業するんか……死者出たら、余計営業出来ひんどすやん」
 見つかった十体以上の白骨を思い出して一二三がボヤくように呟く。
『……人の業は深そうだな……それよりデザートビュッフェはどうした?』
 キリルの言葉に一二三は乾いた笑いを零す。
 このホテルではビュッフェ形式での提供はしていないと言われたのだ。
「……あんさんの業も深そうどすな……」
 どうやって納得してもらうかを考えて一二三は大きくため息をつく。

「結局、何の痕跡も残らなかったようだね」
 土山型従魔の有った場所に手を触れて藍が呟く。
 周囲にはヤドカリの群れの足跡一つ残っていない。
 それだけでなく土山型従魔の残骸すら森の土と見分けがつかなくなっている。
「私達の攻撃の跡だけですね」
 戦闘の影響で焦げた木の幹に禮が手を触れる。
「遺体の身元調査もこれからだそうだ」
 この島では何もかもが痕跡を残さず消えてしまうようだ。
「気になるね。何者かが隠蔽した可能性もある、か」
 だが、その調査はH.O.P.E.の仕事ではない。
「探偵の出番ですか?」
 禮の言葉に藍は苦笑する。
「そうかもしれないな……」

「素晴らしい自然ね、ここに来ちゃう気持ち判るわ……でも」
 口ごもるように途切れたメリッサの言葉に拓海が視線を向ける。
「気に入らない?」
 問いかけた拓海の言葉に傷ついた森に手を触れてメリッサは首を横に振る。
「ううん、出来たらこれ以上開発しないで欲しいなって」
 開発は住んでる生き物を確実に追い詰める。
「そうだな……人は自然に生かされてる事を忘れず居たいな」
 メリッサの横顔を見つめて拓海も頷く。

「何もなければ一番いいんだけど……」
 ナイチンゲールは砂浜から海を見渡す。
「気になってリゾート気分を味わうどころではない……か」
 墓場鳥の視線の先には今朝入港した船がある。
 レイモンド達はあの船で島を離れるそうだ。
「安全を証明しないとですね」
 そう言ってナイチンゲールは墓場鳥と共鳴して海へと入る。
 海の中は穏やかで見る限り不自然な物は見当たらない。
 次元を超えてやってくる従魔に明確な発生理由など無い場合も多い。
 だが、だからと言って調査を止めるわけにはいかない。

「リゾートを満喫……と行きたかったんだけど……」
 亀由はそう呟いて譲治に木材を渡す。
「こういうのはちゃんとしないとなりねっ!」
 譲治が岸壁に柵を設置し始めたのは朝食を食べてすぐだったが、時刻はすでに昼を過ぎている。
「譲治……お前はお坊さんか大工さんだったのか?」
 昨日の遺骨をまとめる手際も思い出して亀由が問いかける。
「んー? どっちも違うと思うなりが、似たようなものなりよっ!」
 どちらとも言えない答えに苦笑して亀由は港の方へと目を向ける。
 出航する船の上に青いドレスの女性の姿が見えた。
 見上げるように顔を上げた女性の姿に亀由は思わず息を飲む。
 まるで女神像のようにその女性は美しかった。
 風に乗って微かにその女性が口ずさむ歌が聞こえてくる。
「溟渤たゆたう異邦の王様?」
 微かに聞こえた歌声を亀由は繰り返す。
 船はゆっくりと島を離れていく。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • エージェント
    田辺 亀由aa5146
    人間|26才|男性|防御
  • 天儀の英雄
    平野 譲治aa5146hero001
    英雄|15才|男性|ジャ
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