本部

―再動―闇は深く、誓いは遠く

山鸚 大福

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/11/01 09:55

掲示板

オープニング

「ねぇMr.、ニュースを見たけど、神門が消えたそうね?」
 ある廃屋の中……神門討伐のニュースを見ながら、銀髪の少女が通信機に向かって話しかけた。
 ゴシックドレスに身を包んだ少女は、悪趣味な人形を指で押さえ付けながら小さく笑う。
 肌の色は白く美しく、幼い外見と相まって可憐な少女と言うべきだろうが……そのドレスに乱雑に吊るされた無数の人形達は、その少女の可憐さとは大きくかけ離れたグロテスクなものばかりであった。
 美と醜、その歪さを体現したようなその少女は、通信機の向こうの人物と会話を続ける。
「あなたもこれで時間が出来るんでしょ? 諜報部の連中との追いかけっこも飽きたし、あなたとの契約は解除しようか迷ってたんだけど……その必要はなくなったって考えていいのよね?」
 少女は廃屋の窓の外を眺めると、少しだけ眼を細める。
「……もうしばらくかかる? 酷いのね、半年待ったのに。あなたとは利害が一致してるから格安で手を貸してるけど、私に甘えすぎてるんじゃないかしら?」
 話す少女の周囲から、細く白い糸が無数伸びた。
 廃屋の中に伸びた糸は、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされて、侵入者を阻む。
 無論、人間に出来る事ではない。
 彼女……愚神ルティグアは、ケントゥリオ級……並みのエージェントであれば抗うことさえ出来ない強力な愚神だ。
「……なんてね、例の贈り物もあったし、今回は許してあげる。私はもうしばらくしたら鷹と動くから……あなたも精々、目的の為に頑張りなさい」
 そう言ってから、通信機を切る。
 そうして彼女は……部屋の隅に吊り下げられた腐乱死体に眼を向けると、甘えるように、その名を呼んだ。
「エルトリーゼ。待っててね……きっと、もうすぐだから」
 

_____Link・brave_____



 ー再動ー
 闇は深く、誓いは遠く



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 某国のとある刑務所で、大量の人間が殺害された。
 収監されていた大量の囚人と、刑務所に勤めていた人間達が愚神の襲撃を受けたのだ。
 その刑務所の調査に向かったエージェント達により発見されたのは一人の生存者と、大量の死体のみ。
 さらにその事件の後、独自に事件の調査を行っていたH.O.P.E.職員の自宅が、刑務所を襲った愚神……ルティグア、及びエルトリーゼに強襲され……職員はエージェントの手により救出されたものの、その愚神は逃走し、夜の闇へと消えていった。


「……だからって半年経った今も私の検査をしないでいいと思うのよね」
「仕方ねーだろ、お前さんはあの刑務所で本来死んでる人間だ、H.O.P.E.としちゃ疑う他ねーっての」
 椅子に座った桜木久隆……ぼさぼさの髪と白衣が特徴的な職員は、たった今検査を終えた女性、冬咲夏季に投げやりに声をかけた。
 彼女は刑務所における唯一の生存者だが……同時にエージェントが持ち帰った映像で、死亡が確認されていた人物でもある。
 ルティグアが職員から奪おうとした映像から確認出来た情報である為、彼女と愚神は何かしらの関わりがある可能性があるとされ、一ヶ月は質問責めだった。
 死者かもしれないとの噂も流れたが……。
「疑って答えは出た? 私としては英雄の事をなんとかして欲しいんだけど」
 そう不満を込めて久隆を見る彼女が死者とは、到底思えない。
「それも含めての検査だよ、愚神になんかされてる可能性もあんだ、英雄の為にも我慢しろ」
「はいはい」
 夏季の英雄は、姿を消している。
 共鳴状態にはなれる、戦闘も出来る……けれど英雄からの返答はなく、姿を現さない。
 平然として見えるが、人生のパートナーとも言える英雄の姿がないことは、夏季には辛いことだろう。
「……我慢はするけど、ちゃんとルティグアに関する情報も集まってるんでしょうね?」
 そう告げる彼女の瞳には憎悪の色。
「ああ、進んでるよ。最近奴の使ってる廃屋が見つかってな」
「廃屋?」
「ああ、ルティグアの使ってるアジトだ。ヴィラン組織が入り込んでた場所でもある。監視が目的になるが、夏季、お前さんの復帰任務としちゃ悪くないんじゃないか?」
 それに夏季は思案すると、静かに口を開いた。
「一人で?」
「ああ心配すんな、他にも能力者は同行する」
「……そう、分かった」
 あっさりと頷いた夏季だが……その心情は冷静には程遠い。
 半年の時間があっても、憎念は抑えられるものではない。
(ルティグア……)
 自分の生を狂わせ、仲間や英雄を失わせた愚神。
 逃がさない。
 監視の役目も、調査員としての立場もどうでもいい。
 必ずあの愚神を殺してみせる。
 例え……この命が消えたとしても。


【依頼内容】
 廃屋にいる愚神の監視


【詳細】
 冬咲夏季(調査員)と共に、愚神ルティグアが潜伏する廃屋の監視を行う。
 相手は愚神、注意を怠らずに監視をして欲しい。
 監視は、討伐班15名が合流するまで続ける。
 愚神が逃走した場合の追跡も願う


【廃屋と調査について】


 ヴィラン組織の出入りが確認されていた物件、充分な広さを持つ洋館。
 ヴィランが関与している可能性は高いが、ルティグアがいるため急ぎ調査する必要はない。
 ただ、ヴィラン組織と思われる人間が入った報告もある。
 マガツヒやルティグアとの関係は不明。

【敵情報】
『エルトリーゼ』
 糸に吊るされた腐乱死体、身体を縫った跡がある。この糸は、『ルティグア』が扱っている。
特徴:低耐久、鈍い、糸を切ると行動不可
〈スキル〉
【呪言】
呪いの叫びで相手を劣化させる

『ルティグア』
 霊力糸を持つ愚神、10代前半の銀髪の少女の姿。 
・魔力A~S、回避A~S、命中A~S、防御C~B魔防C~Bと推測 他不明
〈霊力糸〉
 霊力を奪う力を持ち、物理的に相手を裂くことも出来る糸
ある条件下で【範囲2】に変更
〈スキル〉
【黒衣の狩人】
攻撃を行う前に糸を絡め、相手の身動きを封じる
【寵愛の白糸】
 相手に霊力糸を絡め直接霊力を奪う
【懲罰の黒糸】
指先から伸ばした霊力糸に強い霊力を付与し驚異的な切断力を得る
【弔糸の暗殺者】
 糸を足場に立体的な高速戦闘を行う。
 行動を連続で行える他、飛行を得るパッシブスキル


〈紋様〉
 紋様が刻まれた対象や施設を自在に操り強化する紋様。室内の通信の阻害もできる。
 どちらの愚神が扱っているか不明。マジックアンロックで解除可能。


【冬咲夏季に関して】
 救出された冬咲夏季が愚神の影響下にある可能性もある為、彼女はH.O.P.E.の監視下にある。
 今回、この冬咲夏季を任務に同行させるので、彼女の行動や様子にも注意を払って欲しい。


【ルティグアとエルトリーゼ】
 邪英化し行方不明となった英雄にルティグアの名が存在する、誓約者はエルトリーゼ。
誓約は『互いに裏切らないこと』
ルティグアの最終称号は『ずっと仲良し』
エルトリーゼの最終称号は『慈しむ者』
8年前に愚神に強襲され邪英化、以降行方不明


解説

以下PL情報


【シナリオの基本目的】
 愚神の監視(という名目の対話)
 冬咲夏季の独断先行阻止


【状況】
廊下:無数の糸が巡らされている。糸に触れると襲いかかってくる。人が通れる隙間はなく、夏季が通ろうとした時だけ通れる隙間ができている。

ルティグア:二階の部屋の窓際にいる。外から視認、狙撃可。
途中で退屈し予備の無線機を投げて話しかけてくる。誰も受け取らないと肉声、無視すると拗ねる。

その他の部屋:廊下と同じ糸有り。衰弱死したヴィランの死体が数人分。生存者なし。外から確認可。
 ルティグアに聞いた場合「私に霊力を分けてくれたら教えてあげてもいいわよ?」と述べ、窓から白い糸を外に伸ばしてくる。
 糸に触れるとその能力者の生命力が奪われるが、離れれば中断可能。
 満足いく量を奪うと、協力報酬としてヴィランの人間達から霊力をもらった事、協力相手に関する他の情報は口止めされている事を教えてくれる。
他の情報でも霊力を要求する場合はある。


【対話】
何か話さない? お互い退屈でしょ?
監視は飽きない?
誓約者が誰かに殺されたらどうする?復讐でも誓う?(英雄に対して)
英雄に殺されたらどう思う?恨む?(能力者に対して)
何か面白い話はないの?


※質問可

【監視の時間】
 現地到着が夕方6時、そこから12時間の監視。
 本来逃走の防止や撃退も必要な任務ですが、ルティグアは自分から外に出ません。
 退屈な夜になるので、監視をしながら仲間や英雄、あるいは愚神と話してもいいかもしれません。

【冬咲夏季の独断先行】
 夏季は強行偵察や討伐を促します。
 断っても最後は独断で館に侵入しようとするでしょう。
 無謀な試みでも、同僚や英雄を消した原因であるルティグアへの憎悪に突き動かされてしまっているようです。
 止めないと彼女は一人で館に侵入してしまいますが、止めただけで冷静になるかは分かりません。
 またルティグアは隙を見つけて彼女を挑発します。







リプレイ



 月明かりに照らされた無数の糸が、従魔達を刺し貫いていた。
『あなた、無事?』
 美しい銀髪の少女が振り返り、涼やかな笑みを彼に向ける。
『ならいいわ、安心して寝てなさい。あとは……』
 その瞳にあるのは、自信と誇り、仲間への信頼。
『私達エージェントが助けてあげる』


 それは狒村 緋十郎(aa3678)の内にある、ただの遠い昔の……記憶の残滓。


●監視/疑惑


 ―18時20分/廃屋周辺―


「愚神を発見しました、引き続き監視体制を維持します」
 双眼鏡を手に、闇に紛れた暗色の衣服を纏った構築の魔女(aa0281hero001)は、黒松鏡子と連絡がつかなかった為、H.O.P.E.に報告をしながら状況を確認していた。
 郊外の山林に近い位置に存在する廃屋は、監視に向いた地形と言えた。 
 今はそこに展開した能力者達が、息を殺して愚神の様子を伺っている。
「振動を媒介する糸は優秀な感知器ですから警戒を」
 そうして全体の指示をする魔女に、同行している調査員……冬咲夏季から連絡が入ったのはすぐのことだった。


「冬咲です。先程進言しましたが、この戦力なら討伐もできますよね?」
(……冬咲さん、焦ってるな)
 桜小路 國光(aa4046)は、紀伊 龍華(aa5198)と共に夏季と同じ方面から監視をしながら、密かにそう思う。
(……幻想蝶はあったけど)
 事前に資料を見た限り、今回の監視対象の愚神は夏季にとって浅からぬ因縁がある。
 英雄の生存の証である幻想蝶の有無確認の為に、軽い挨拶をした際に気付いたが……その表情には、危ういものが見え隠れしているように感じた。
 短絡的な行動を起こさないよう、気をつけた方がいいだろう。
 出来れば、何事もなく終わることが望ましいが……物事は、そう予想通りにはいかないものだ。


 ―20時04分/屋敷周辺―


 その時刻、愚神、ルティグアから話し合いの提案がもたらされた。
 貴重な愚神との対話の機会……それが、愚神側から持ちかけられたのだ。


『お話なんて余裕ありありですねー、こっちが攻撃仕掛けないこと見越してのものなんですかね?』
 愚神の提案に、龍華の英雄、ノア ノット ハウンド(aa5198hero001)が、そんな疑問を浮かべる。
「多分、でもこんな機会は二度とないかもしれない……俺は応じるよ」
 共鳴し女性となった『彼』は、その美しい顔に静かな決意の表情を浮かべていた。


「はい、愚神との対話が始まりました……ええ、わかりました、私の通信を本部に繋いだ状態にしておきます」
 魔女はH.O.P.E.に連絡をしながら、愚神の唐突な行動から感じる疑問に、思考を巡らせていた。
 愚神の裏にある意図、それを思考しながら……彼女は始まった会話に、その耳を澄ませる。


●対話/対価/条約


 奇妙な状況だった。
 対話を望んだ緋十郎と無月(aa1531)……それを窓から見下ろす愚神の少女。
 龍華を含め互いに名乗りを済ませ
、無月と愚神が互いに攻撃を行わない事を約束した後、龍華から質問がとんだ。
『君が邪英化から愚神に成ったのは何故? 何が、そうさせたの?』
『……答えてもいいけど、条件があるわ』
「条件?」


 龍華の元に白い一本の糸が伸びてきた。 
 糸を握ると霊力が大きく抜け出ていく。
 情報の対価は霊力、それがルティグアの定めるルールらしい。
『質問の答えだけど……あれは自然になるものよ、理由なんてない』
「理由がない?」
『私の場合は、気付いた時にはエルの霊力を全部喰らって愚神になってた……エルの事が欲しくなって、止まらなくって……最後はエルの全てを奪ってた。別に愚神になりたかったんじゃなくて、私の欲望が膨れてしまっただけ。今だって、後悔はしてないもの』
 ルティグアはそんな自分を蔑むように語る。
 龍華はその様子に、少し質問を変えた。
「ねぇ……ルティグアさんは冬咲さんをどうするつもりなの。……ううん、何をさせるつもりなの?」
『それは答えないわ、売買対象外』
 なら、と、龍華が別の質問を重ねた。
「愚神となった君に聞きたいんだけど、人間と愚神は手を結ぶことが出来ると思う?」
 それにルティグアは思案し……口を開く。
『H.O.P.E.や大多数の人間とは出来ないでしょうね。万一愚神と人間が手を結んでも、すぐに瓦解するでしょうし』
「……どうして?」
『H.O.P.Eの理念、古龍幇との協定、愚神の上下関係と支配、それに私達の成長と食事量、欲求、人間を生かすメリットのなさ……最後は、人間の感情。例えばそうね……』
 そこでルティグアは、声に喜悦を滲ませる。
『冬咲、聞いてるんでしょう。私と仲良く手を結びたいなら出てきていいわよ? そうしたらあなたの仲間の無様な死に様を教えてあげる』


 血走った目に殺意を湛えた夏希が、唇を噛んだ。
 動き出そうとした夏希に、「待って」と、無線機と糸を離した龍華の制止の言葉が聞こえてくる。
「……一矢報いたいと思うのなら今は耐えてほしい。 彼女の思う壺にまんまとハマってほしくないんだ」
 夏希はそれに……俯き、怒りを堪えていた。
 ただ、悔しさに震えながら。


「彼女にとって、その言葉は危害以外の何物でもない。すまないが無用な挑発は控えて欲しい」
「はいはい」
 無月の忠告を軽く流したルティグアから、質問が飛ばされた。
「今度は私から質問、あなた達は誓約者が誰かに殺されたらどうする? 復讐でも誓うのかしら?」
『ボク達は所詮影の住人。おそらくは生きた証を残す事も出来ずに闇の中で散ってしまうんだろうね』
 そう静かに語り始めたのは……無月の英雄、ジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)だ。


 闇の中で散る……それはルティグアも、かつて当然と思っていたことだ。
 けれど……。
 ―それなら、みんなを守ればいいのよ―
『だからこそボク達は皆を守るんだ』
 蘇った懐かしい声に、ルディスの声が重なる。
 ―助けた人達が幸せになれば、あなたもきっと―
『助けた人達が幸せに生きて未来を綴る事こそ、ボク達が生きてきた証だからね』
 ルティグアは沈黙して、ルディスの言葉を聞いていた。
『だから、ボクは復讐なんて考える暇があったら一人でも多くの人達を笑顔にするよ。それが、相棒の望みであるんだからね』


「そっちの女は?」
 ルディスには返答せず、ルティグアはレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)に話題の先を変える。
『そうね、緋十郎の亡骸を憑代にして……愚神となってでも復讐を誓うでしょうね』
「あなたは私と同意見ね」
『でも……あなたはエルトリーゼの亡骸を憑代にはしないのね、どうしてかしら?』
 その問いに……ルティグアは、首を横に振る。
「売買対象外の情報ね、答える義理はないわ」


 対話は続く。
 英雄に殺されたらどうする?
 そう問えば、緋十郎はそれは本望と答え……無月は英雄への感謝を口にした。
「ジェネッサのお陰で私は今まで人々を守る事が出来た、感謝こそすれ恨む気持ちなどない」
 それにルティグアは何かを思い出すように目を瞑る。
「それに、憎しみの連鎖はどこかで止めなくてはならない。だから、私は恨まない。それは誰かがなさねばならないからだ」
 それにルティグアは、懐かしむように言葉を一つ零した。
「エルトリーゼも、似たような事を言っていたわ」
 

 ルティグアの話が通信機から聞こえる中、龍華が持つ無線機に手が触れた。
「次は私がお借りしていいかしら?」
「あ、は、はい」
 流れるような静かな言葉、落ち着いた物腰。
 CERISIER 白花(aa1660)、愚神が述べていた古龍幇の協定……H.O.P.E.とヴィラン組織の協定締結にも関わったその人物は、無線機を片手に穏やかな笑みを見せた。


「貴女はエルトリーゼさんを愛しているのか?」
 無月の問いにルティグアは、無言で白い糸を伸ばす。
 それを無月が握ると、ようやく口を開いた。
「そうね……」
 答えは端的な肯定。
 けれど、大量の霊力が抜き取られるのを無月は感じた。
「目的はエルトリーゼさんの復活なのか?」
「売買対象外……他を聞きなさい」
 短く、静かに言葉を紡ぐルティグアに、質問を重ねる。
「貴女が他者の命を奪う行為は、彼女は、どう思うだろうか?」
「望むわけないでしょうね。でも、それでいいの」
 奪われる量が多い……それだけ明かしたくない感情に触れているからかもしれない。
 けれどそれさえ売買の対象としているのは……自分の心身を削ってでも霊力を得ようとする、痛切な感情が込められているのではないかと……無月はそんな直勘めいたものを感じとっていた。
「命を奪う以外の方法で、貴女の大切な人を取り戻せる道は無いのか?」
「私の目的はおいておくけど……私は命を奪わない方法は知らないし、考えるのも疲れたの、だからいいわ。たかが人間の命じゃない」
 だから、人を蔑むルティグアの言葉が、絶望に膝を屈した少女の悲嘆にも聞こえたのだろう。
 霊力が限界に達する前……。
 最後に口が、言葉を紡いだ。
「貴女を救いたい。彼女がどう思おうとも、この想いは本当だ」


「……あなたは何か話はないの?」
 話題を切り替えようと緋十郎に話を求めるが、緋十郎は無論……エルトリーゼとルティグアの話題から離れる気はなかった。
「……レミアと俺は半年前にロシアで一度邪英に堕ちた」
「知ってる、有名だものね」
「お前が邪英化し行方不明になったという話……他人事に思えん」
「……」
「八年前、俺は能力者ですらなかったが……お前達を救えなかった事。すまない」
「あなた達がいても何も変わらないわ」
 吐き捨てるようなルティグアの言葉への返答を飲み込み……緋十郎は改めて言葉を投げ掛ける。
「死んだ筈の冬咲が生きているのも、英雄の姿が見えぬのに共鳴はできるのも妙な話だ……お前は今でも誓約を守り続けていて、冬咲の身で実験したのと同じ方法で蘇らせようとしている……違うか?」
「……。売買対象外よ」
「俺の霊力を根こそぎ奪ってくれて構わない。なぁルティグア、お前の望みを……目的を教えてくれ。俺はお前の力に成りたい。お前とエルトリーゼに幸せに生きて欲しい」
「その口縫ってあげましょうかデカブツ? 私は話さないって言ってるの、理解なさい」
 強い拒絶を示すルティグアに手を差し伸べるように……それがすぐに届かないとしても、いつか道を正せるように……緋十郎は言葉を紡ぐ。
「ヴィランなんぞとは手を切って
俺達と組まないか?」
「組むわけないでしょう! なんのメリットも……」
「いきなり信用しろとは言わん。だが俺はせめて、お前に全力で霊力を捧げるつもりだ」
「……だったら好きに捧げなさい。嘘だったら殺してあげる」
「ああ、嘘だったなら構わん」


 妻でもあるレミアは……糸を握る緋十郎を、どこか落ち着いた心境で眺めていた。
 緋十郎の決断は、ともすればレミアやその愛剣よりも、ルティグアの為に命を賭しているように見えるかもしれない。
 けれどレミアが愛したのはそういう男だ。
 緋十郎が、片手で通信機を外そうとしているのを見て……レミアはそれを、緋十郎の代わり取り外した。
 英雄だからではない、ただ妻として……。
 レミアの手により、通信機が掲げられる。
「また腹が減ればこいつに連絡をくれ、いつでも駆けつける」
 緋十郎はレミアに微笑みを浮かべると、手に持った愛剣を地面に突き立て る。
「俺はこの剣に誓って……お前を、裏切らない」
 そうして届かぬ窓辺に佇むルティグアを見上げながら……彼は意識を失うまで、糸を握り続けていた。
 最愛の妻に、見守られながら。


 魔女が本部との通信を再開する。
 緋十郎の言葉を本部の記録に残さないよう、一時的にそちらとの通信を切っていたのだ。
 かつて古龍幇と結んだ協定には、H.O.P.E.と古龍幇両者が、愚神との取引を含め、協力関係を結んではならない事を明記する条約がある。
 普通に考えれば、H.O.P.E.管轄下の依頼はこの条約の範囲内だ。
 個人で協力関係を結ぶ発言をしたとしても、H.O.P.E.がそれを見過ごしたなら問題にされかねない。
 仮にH.O.P.E.が黙認していても、そうした火種は、内通者がいた場合は大きな助けにもなるだろう。
 故に魔女は、H.O.P.E.への通信を一度切ったのだ。
 それは小さく、けれど大きな意味を持つ判断だった。
 もっともこれは、彼女が監視を主導し、H.O.P.E.への連絡を担当したから出来た事でもある。
 着実に任務を完遂する事を選んだから、この現場での判断に行き着いたのだろう。
 しかし……そうして任務を意識すると、やはりルティグアはこちらの状態を知りすぎているように思える。
 情報が事前に漏れていた可能性は高い。
(……ロロ?)
「杞憂なら、いいのですが」
 その事を疑問視する辺是 落児(aa0281) の声が聞こえると、魔女は思考を巡らせ、再び、その任務に従事した。


●激情/蟲/英雄


 一度、緋十郎や無月、龍華を休ませる為、対話は中断された。
 緋十郎は無論、龍華や無月も消耗は激しく、監視を続けるには難しい状態と言える。
 その時を狙って夏希は動いた。
 ただルティグアを殺す為に。


「アナタがあのコが言っていた"人形の趣味が良い子"かしら?」
「あなたは?」
「はじめまして、私は白い花と書いて白花と言うの。アナタのお名前は?」
「ルティグアよ。人形の趣味って……ああ、もしかしてあの玩具屋のお兄さんのお知り合い? 違う?」
「その際は身内がごめんなさいね。もしお望みならキツク叱っておくけれども……如何かしら?」
「叱るって」
 その返答の何が面白かったのか、ルティグアは白花の言葉に小さく吹き出す。
「気が利くじゃない。私のエルをブギーマン呼ばわりしたのはカチンと来たし……人形の趣味はともかく、レディの扱いは乱暴ねって伝えておいて」
 そこまで話してから、白花は木々の合間から廃屋に向かう人物に気付き、断りを入れて通信を一度中断した。


「行くのかしら? 直接お話をするということは大事ですものね」
 故意か偶然か、その場にいた白花の言葉を無視し夏希は足を進めた。
 けれどその後ろに、白花がついてくる。
「ついて来ないで、話す気はないの」
 調子が狂う……。
 白花に苛立ち廃屋に向かう夏希は……短絡的な感情に身を委ねたいのか、徐々に早足になっていく。
「激情だけに身を任せるのはあまりお薦めできないわね」
 その背に白花の言葉がかかった。
「その激情の熱量を、確実な機会を掴むことに使うことをお薦めするわ」
 夏希が、歩みを僅かに緩める。
「確実な機会に……?」
「えぇ、経験談ですけれども。だって「成功」させたいでしょう?」
 その言葉に、夏希は足を止めた。


 國光が辿り着いた時、夏希は白花と共に歩いていた。
「二人で偵察をしていたの。冬咲さんは疲れているようだから、あなたにお任せしていいかしら?」
「はい、白花さん」
 夏希は話さない……ただ自分の中に燻る感情と、合理的な復讐の天秤に、その心を揺らされるばかりだ。
 白花が近くにいることも出来たが、ルティグアと対話をするつもりもある彼女がいるより、國光がいた方が適任だろう。


「好きなテレビ番組などはありますか?」
「ぷーほーは見てたけれど、今はそんなに見てないわ。それよりさっきの愚神の話……」
 その間に、魔女はルティグアとの様々な対話を始めていた。
 白花やプルミエ クルール(aa1660hero001)もそれに加わり、今度は一転、和やかな対話が始まる。
 ルティグアはテレビはあまり見ないようだが、それは興味がない等の理由からであり、世情やネット関係、それにH.O.P.E.の動向には、充分過ぎる理解を示していた。
 白花の占いにも興味を持ったものの、外に出る気はなかったのか断念する事となった。
 タロットも知っているそうだが、互いに占う機会はなさそうだ。
 魔女が続け、ルティグアが在籍中のH.O.P.E.についても聞いたところ、今より性能の低いAGWも多く、愚神を相手に手こずった話や、今よりも世間の信頼がなかったこと等を、まるでただの英雄のように話していた……。


『白花様が復讐せよとおっしゃるのでしたら、それこそ地の果てまでも。えぇ、ですがわたくし存じておりますの。白花様は決して"復讐せよ"とはおっしゃりませんわ!』
「……と、いうことになるわね」
 白花が殺されたら復讐をするかどうか、に対するプルミエの答えに、ルティグアは笑みを浮かべた。
「良い関係ね……今度はあなた達から質問でもある?」
「一つよいかしら……"蟲"って今でもお元気なの?」
「蟲?」
 それはつまるところ、内通者の存在。
 魔女も気にしていたその問いに、ルティグアは疑問符を浮かべた。
「ああ……私もよく知らないわ、だから売り物にはならない。無い商品を騙し売りする気はないもの」
 その言葉が真意かは分からないが……ルティグアはそれに、一つの私見を重ねた。
「ただ、 古龍幇はともかくH.O.P.E.には蟲みたいなのは幾らでも湧いてくるんじゃない? 所属者が裏切らない事を前提にした、ケーキみたいに甘い考えなんだから……。どこかで腐って、蟲が湧いても……ね?」


 木々に背を預けて座り込んだ夏希と、その近くに立つ國光が、ぽつぽつと言葉を交わしていた。
「共鳴できると言う事は、まだ英雄が生きてるって普通思うけど?」
「……確証はないもの」
 共鳴が出来る、それは英雄が生きている確証としては充分なはずだが……夏希は首を横に振る。
「そんな蜘蛛の糸に縋れない程、貴方は気丈で物分りが良いんだな」
「……」
「オレとある意味似てると思う。自分を誤魔化してるところ……とか」
「誤魔化して……?」
 その意味を問う前に、英雄であるメテオバイザー(aa4046hero001)が姿を現し、夏希に声をかけた。
『英雄は見えない、感じない幽霊みたいな状態で冬咲さんの周りにいるのでは?』
「それは何度も考えたけど……妄想にしかならないもの」
『妄想でもその方が前向きで建設的……合理的? に敵を葬る手段も見つかるのでは? 敵討ちは生きてる人間の都合だけで出来てるものです』
 復讐をやめろとは、メテオは言わない。
 けれど夏希はまだどこか、不服そうだ。
「……わかってる、そんなこと」
 白花やメテオの言い分は正しい、けれど……納得をしたくない。
 復讐心は夏希にとって、死んだ仲間との距離でもある。
 目先の感情的な復讐に惹かれているのは……あの凄惨な事件で死んだ仲間との距離を近しく感じたまま、逝く事が出来るからなのだろう。
 例え後々、冷静になってルティグアを殺しても、そこにいるのは遺された自分だけなのだから。
 その夏希の想いを、國光が見抜いていたかは分からない。
 國光の言葉の真意が、夏希の想いに重なるとも限らない。
 夏希の抱える感情や想いを見抜く事など、それこそ共鳴し、想いを繋げた英雄でもなければ、出来ることではないだろうから。
「私は、仇をとりたい……侮辱されてまで機を待ちたくなんて……」
 迷うような呟き……自分に言い聞かせるような呟きであったが、その先にあるのは、夏希自身が気付いていない死への誘惑だ。
 愚神への恨みを抱き、自分の怒りを晴らす為に死ぬ。
 それを望む姿に、國光は息を吐き……夏希の近くに視線をやった。
「さぞや君は腹立たしいだろうね」
 見えることのない英雄へ、言葉を向ける。
「冬咲さんを止められない事も、自分のせいで彼女が死ぬ事も」
「……やめて」
 そう言って國光の言葉を夏希は拒絶するが……彼女は英雄の顔を思い出し、俯いた。
 彼女の英雄は、彼女が死んだ時にどう思うか……國光の言葉が、彼女にそれを意識させたから。
「ごめん……文句は英雄の君が認識出来る様になってから全部聞く」
 今ルティグアに挑み、英雄の前で命を捨てていいのかと……夏希はそう問われてる気持ちだった。
 無意識に命を捨て、復讐に酔おうとしていた夏希は……生きているかもしれない英雄を思い出し……木々から覗く夜空を眺めた。



●終わり/占い/これから


 ―04時55分/廃屋―

 
「ルティグア!」
 緋十郎の声に目を向ければ、無月と緋十郎が二階のルティグアを見上げていた。
「私に同情するのはやめておきなさい。あまり遠くを見てると、大切なものを失うわよ?」
 二人の英雄に視線を送りルティグアが話すと、そのまま部屋から立ち去ろうとする。
 そこに無線機から、白花の言葉が聞こえた。
「次は何時ごろお会いできるかしら?」
「そうね……」
 ルティグアはドアノブに手をかけ……それを開いた。
「死神か塔……あなた達の誰かがそれを引いたら、また会えるんじゃないかしら?」


 その後、増援と共に能力者達は廃屋を探索したが、既にルティグアの姿はなかった。
 脱出のタイミングを考えれば、今回の依頼の情報は、漏れていたと言っていい。
 その情報がどこから漏れたか……魔女はそれを考えながら、朝日に浮かぶ廃屋を静かに眺めた。


 ―H.O.P.E.東京海上支部―


 夏希に謝った後、龍華はルティグアに関する事柄を調べていた。
 緋十郎や無月も手伝い情報収集が進むと、当時に関わっていた人物や情報が浮かび上がった。
 まず夏希に関わる霊力研究者、桜木久隆。
 彼の作った糸型AGWを使っていたのがルティグアで、交友も深かったそうだ。
 他には……エルトリーゼの親友でもある能力者が、クレイマンと呼ばれるヴィランに関わる依頼で死亡していたこと。
 その事件から、ルティグアはH.O.P.E.に不満を持つことが多くなったらしい。
 また当時、二人を知る能力者達は自主的に捜索を始めたが、発見が出来ずに断念したことも聞き込みの結果判明した。
 それはルティグアとエルトリーゼが辿った過去の断片に過ぎないが……また会うことがあれば、きっと意味は出るだろう。


 この邂逅の一幕はこれで終わる。
 けれどルティグアがまた能力者達の前に姿を現すのなら……その際は争いとなるのだろう。
 ルティグアは別れ際、死や災難を意味するタロットを告げて去ったのだから。
 絶望も希望も、全ては運命の車輪と共に廻り行く。
 その先にあるものを、今はまだ、誰も知る事はない。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046

重体一覧

  • 緋色の猿王・
    狒村 緋十郎aa3678

参加者

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • 龍の算命士
    CERISIER 白花aa1660
    人間|47才|女性|回避

  • プルミエ クルールaa1660hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
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