本部

声なき物に宿るもの―白鷺屋敷の九十九神―

山鸚 大福

形態
ショートEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/09/07 02:27

掲示板

オープニング

 《創造の二十年》から続く闘いの連鎖。
 この世界は、従魔や愚神、ヴィランとの闘いに満ちている。
 その一つ一つの闘いが、何かの終わりであり、また始まりでもあるのだろう……。
 ロシア、四国……大小様々な闘いが巻き起こり、終焉へと向かい、また新たな驚異が産まれ……闘う。
 終わりと始まりの続く、円環の蛇のような闘いの連鎖の中に、エージェント達は投げ込まれているように思える。


 そんな闘いをエージェント達は、英雄と、仲間と共に挑み、乗り越え、闘い続けてきた。
 苦難も、辛酸も、かけがえのない存在と分かち合い、この時代を生き抜いて来た。
 けれど、忘れてはいないだろうか?
 あなたの闘いを支えてきたものは、英雄や仲間だけではないことを。
 職員や知人の助けももちろんそうだが……もう1つ……あなたにとって、命を支え、皆を守り、未来を切り開く為の……大切な物があることを。



 声を発することもない、自らでは動くこともないそれは……あなたと共に闘いを潜り抜けてきた、もう一つの相棒。
 それはAGW……アンチグライヴァーウェポンと呼ばれる、あなたの武器や、あるいはあなたの感情を支えてきた、様々な物品達。
 物と人その繋がり、これはそれを思い起こさせる、一つの事件。


____Link ・ Brave _____



 声なき物に宿るもの
 ―白鷺屋敷の九十九神―


_______________



 その愚神が宿ったのは、物言わぬ刀であった。
 時期は二十年数年前……《創造の二十年》が始まった最中の事だ。
 愚神は……その刀に宿っていた霊力が好きであった。
 霊力技術がまだ未熟であった創造の二十年の初期頃に、そんな霊力を宿す物品があるとも想えなかったが……近今、数々のオーパーツが発見されている状況を鑑みれば、その刀もそうした、特殊な品だったのかもしれない。
 ……いや、あるいはそれこそ、長い年月を耐えてきた宝刀とも言えるその刀には、霊力が……何かの命が宿っていたのかもしれないが……愚神がそれを吸収してしまった今、確認する術はないだろう。
 けれど驚くべきは、それではないのだ。
 刀に宿った愚神は、なんとその本性を現すこともなく、そのまま二十年を越える年月を過ごして来ていた。
 それだけの長い時間を、ただ宝刀として扱われる日々を愚神が受け入れていたのである。
 これは愚神を良く知るもの……その霊力への執着や凶暴性を知る者であれば驚くべき事だったが、この特異な愚神は、ごく最近……その持ち主が死ぬ時まで、その本性を現す事がなかったのだ。 
 もっとも、そんな事が分かったところで……今は意味がないだろう。
 既にその刀は、愚神としての本性を見せたのだから。
 展開されたドロップゾーン。
 兼ねてから命ある刀として知られていたその宝刀の名を借りて愚神につけられた名は、『九十九刀(ツクモトウ)』。
 その武具は歴然たる人類の敵として、能力者達の前に立ち塞がった。

 

 ――H.O.P.E.東京海上支部――



 ぼさぼさ髪の白衣の男……青年から中年になっていく途上のその男が、エージェント達に説明を始めた。
「依頼を受けてくれて何よりだ。今回は研究部の俺の担当だが、知っての通りロシアや四国の後処理、きなくさい動きをしてる連中の調査で職員もエージェントも余裕がねぇ」
 頼れるのは自分達だけだと思え、とその男……桜木久隆は言葉を続ける。
「だが今回の愚神はなかなか厄介だ。説明を確認して自信がない奴はこの依頼をキャンセルして欲しい……じゃねぇと危険だ」
 ぶっきらぼうな物言い……それだけでは説明不足だと思ったのだろう、久隆は頭を掻いてから説明をしていく。
「お前達の実力を過小評価するわけじゃねぇんだが……『九十九刀』のドロップゾーンに入ると、ある条件を満たさないとAGWや電子機器が使えねぇ。細かい説明は今送ったデータに書いてあるが、いくら実力があろうと、武器も道具も使えないんじゃ足手まといになるからな」
 形成されたドロップゾーンの情報や愚神の情報が、能力者達に送られる。
 確認は後でいいだろうが……久隆の言を信じるなら、なかなか面倒なドロップゾーンがあるようだ。
「今回に限っちゃ、やれるかどうかの客観的な判断はできねぇからな……ま、お前らプロのエージェントの判断に任せるが、死んで帰るような真似はしないでくれよ」


_______________


【依頼】
 ケントゥリオ級愚神『九十九刀』の討伐


【詳細】
愚神発生地点:某県の山中、白鷺屋敷内部
発生愚神:九十九刀
ドロップゾーン(DZ)性質:屋敷周辺まで展開されたDZ。領域内に入ったAGW、及び電子機器、火薬銃等、物品の持つ機構や特性を停止する性質。マッチ等での着火現象は起きなかったが、虫眼鏡での異常な着火現象が確認出来たことから、物理現象による停止ではないと思われる。
 ただし、一部例外でDZ内でのAGWや電子機器の起動が確認されており、共通項として、それは持ち主が長年愛用していたり、あるいは特別な想い入れがある品であった事が報告されている(詳細不明)


【九十九刀】
 刀身1.5mの宝刀。本来の切れ味は低いが、現在は高硬度の物品も斬れるようで、数体の従魔を従えているらしい。青白い光を纏い宙を飛んでいるようだが、詳細不明。


【対策】
 討伐の際は特別な品を持ち込み、起動確認の後に闘う事が求められる。
 ただしDZルールや愚神の完全解明は難しい為、不測の事態にも備えるように。
 また愚神はDZを展開している白鷺屋敷から移動している様子はないので、動きがなければ内部に侵入しての討伐が望ましい。


【白鷺屋敷】
 九十九刀の置かれていた屋敷。
 《創造の二十年》の間に山中から発見された謎の多い武家屋敷で、とても広い。
 九十九刀は白鷺屋敷の奥間に飾られていた。
 奥間から動いているか不明。
 奥間は庭に繋がっていない為、外部や中庭から廊下や部屋に入り、そこから奥間に向かう事が推奨される。






解説

以下PL情報


【DZルール】
 全ての物品(全装備、道具、他一般の所有品等)が、想い出補正や想い入れ補正により0倍~15倍に力が変わったり特殊効果やステータス強化が付与されたりします。他の依頼で使ってなくても構いません、プレイングにその物品との想い出や想い入れを書けば良いとします。
 その想い出の内容に応じて、0.1倍~15倍の補正を決定します。
 また元のAGWとしての性能が低いほど、今回のDZでは補正が大きくかかりますが、そうした想い出が書かれていない物品は全て0倍(及び機能不全)となります。
 元の数値より想い出や愛着が優先される戦いとなるでしょう(このルールは愚神や従魔にも適応されます)


『愚神九十九刀』(奥間)


能力:回避、攻撃、命中重視
戦闘方法・宙を舞っての斬撃。刀の扱いに長けた者が振るう攻撃の軌道に似ている、真空波などを飛ばさない純粋な近距離勝負。タイミング:ファーストでも攻撃をしてくる。戦闘が始まると庭から出るまで追ってくる。飛行速度は速い
策敵:霊力探知

『九十九神』×2(奥間)
 デクリオ級
 食器や茶碗等が多数宙に浮かび襲いかかってくる。強度がとても固く、九十九刀を守るように動いく(範囲攻撃以外での披ダメージ軽減)
策敵:霊力探知
『からくり人形』『日本人形』各2
 デクリオ級。
 どちらも屋敷内を浮いて徘徊。
 からくり人形は射程15の弓、日本人形は突進と手刀で攻撃。
策敵:霊力探知


『白鷺屋敷』


 DZの影響下で異常に堅くなっており、燃え辛い、ただしドロップゾーン解除後は燃えやすい為注意。全焼させたら賠償金で大変な事になる。
 奥間のSQは5×5
 他各部屋は2SQ~2×2
 廊下は1SQの幅。
 表門から屋敷までは40SQ、裏等からは15SQ。
 中庭は10×10SQ。
 部屋は狭く庭は広い。
 また、部屋は襖や障子等で仕切られているだけだが、壊いたり破ろうとしても強度が堅く、なかなか破れない。

リプレイ



 依頼当日、早朝。
『次は剣かな……念入りにやっとかないとね』
 コランダム(aa4864hero001)は、 石動 鋼(aa4864)の使うAGWの手入れを、真剣な表情で行っていた。
 手入れをされた剣や鎧が、床に並ぶ……彼がこうした手入れを行うことには、一つの理由があった。
『よし、頼んだよ』
 鋼の無茶を知っているから……彼がどれだけ、自分の命を捨て石とするかを知っているから……願いを鎧や剣、その翼に託すのだ。
 ただ鋼が無事である為に。 
 物言わぬ道具達が、彼の命を守れるように。


●闘いの前に


 ―山中・白鷺屋敷道中―


『あの忍術書を書いた時にね、昔のこといろいろ思い出しちゃって……』
「さっきも言ってなかったか?」
『だって今回のドロップゾーンってなんだか珍しいし……仙寿様も何かそういう想い入れはあるでしょ?』
「……それは」
 道具の想い入れ……あるリングを思い出して、仙寿は言葉に詰まる。
(いや、別に変な想い入れをしてるわけじゃないが……なんか言えないだろ、目に見える絆にしたいとか!)
 そんな事を一人悶々と悩みながら、能力者である日暮仙寿(aa4519)は、身軽に進む不知火あけび(aa4519hero001)と共に山道を歩いていた。
 今は、仙寿達を含めて六組の能力者で、白鷺屋敷へと向かっている最中だ。
『今回の件はなかなか興味深いものですね……ドロップゾーンの性質を考えれば、九十九刀にもそういった願いや愛着が込められているのかもしれませんが』
「……ロロ」
 そんな二人の耳に、物静かな女性……構築の魔女(aa0281hero001)と 辺是 落児(aa0281)の言葉が聞こえてきた。
「九十九刀か……」
 助け船が来たとばかりに仙寿がその話題に乗っかると、あけびが歩くペースを落として、口を開く。
『九十九刀、どんな刀なんでしょうね』
 山中にある武家屋敷……【創造の二十年】の間に発見された白鷺屋敷に展開された、愛着のある品のみが起動、強化されると推察されるDZと、それを展開する愚神……九十九刀。
 闘いは苛烈なものとなるだろうが……仙寿は自分の刀を思い返すと、不思議と不安は感じなかった。


「付喪神みたいなものなんだろうな……だとしたら領域内に入るのは、少しばかり楽しみでもある」
『んっ、たのしみ……』
 討伐メンバーの一人である麻生 遊夜(aa0452)がそう言うと、腕に組み付いたままのユフォアリーヤ(aa0452hero001)が、尻尾を振りながらそれに答えた。
 今山道を歩く一同は、それぞれが自分のAGWに強い感情を抱いている。
 愚神の力とは言え……その武器達が力を増し、自らに味方してくれると考えるなら……そこに期待こそあれ、不安など芽生えることはない。
「付喪神か……」
 そんな……自らの扱ってきた道具への想いを吐き出すように、仙寿達から少し遅れて歩いていた鋼が呟いた。
『鋼にも何か道具に対する思い入れとかあるの?』
 それに英雄である小柄な少……小柄な人物、コランダムが口を開く。
 日頃、道具の手入れをしているコランダムからすれば気になる疑問だったのだろう。
 近くを歩く兎耳の少女……藤咲 仁菜(aa3237)とリオン クロフォード(aa3237hero001)も、少し興味深そうに、鋼に視線を向けた。
「君程道具に対して真摯に向き合ってはいないがね……それでも私にも思い入れのあるものはあるさ」
 それ、まさか丸薬じゃないよね……と、コランダムはつい思ってしまったが、鋼が言っているのは、きっとあの剣の事だろう。
 鋼の言葉に、仁菜が訊ねた。
「どんなものか、聞いてもいいですか……?」
「…………」
 少し勇気を出して話しかけた仁菜に、鋼はじろ、と視線を向ける。
 表情は変わっていないが、どこか冷ややかに見える眼が仁菜に向けられた。
(怒らせちゃったかな……?)
 つい仁菜は不安を覚えるが、本当は鋼に愛想がないだけだ。
 視線が冷たく見えるのもその寡黙な表情のせいであり、言葉をすぐに話さないのは、語る言葉を選んでいるだけ……なのだが、鋼の性格をよく知らなければそうは見えないだろう。
 兎耳を項垂れさせた仁菜と、仁菜を落ち込ませた鋼に少しムッとした表情を浮かべたリオンだが……そこにようやく、短く鋼の言葉が聞こえた。
「剣だ……」
「剣……?」
「……守ると、誓いを立てた」
 反芻する仁菜に、鋼は淡々と答える。
 鋼がそれっきり黙ったために会話は終わったが……その言葉には、先程のような冷たい印象を感じない。
 幾つか、共に鋼と同じ戦場に立った時の記憶を思い返せば……彼は確かに誰かを守る為に闘っていた。
『鋼と僕の誓いなんです、それで頻繁に無理もしてしまうんですけどね』
 鋼の背中を見る二人に、コランダムと呼ばれる小さな英雄が苦笑混じりに話した。
 守るために無理をする……まるでどこかで聞いた話だ。
『気持ちは分かるな……と、大丈夫?』
「きゃ、あ、ありがとう……リオン」
 リオンは、ぬかるみで足を滑らせかけた仁菜を手で支えながら……小さく笑顔を浮かべた。
『俺達も守るために闘おう、ニーナ』
「うん」
 手を重ね、そう語る仁菜とリオン……鋼に苦笑しながら、その姿を見守るコランダム。
 何かを失い、誰かを守り闘うこと誓った者達は、そうして深い山の奥……白鷺屋敷を守る愚神の領域へと、足を進めていく。


 ―白鷺屋敷周辺―


「では作戦通り、A班、B班に分かれていきましょう」
 そう一同に話すのは、スーツ姿の 迫間 央(aa1445)だ。
 歩き辛い山道を歩いて来たにも関わらず、そのスーツに乱れはほとんどない。
 DZへの侵入前の、作戦の最終確認だ。
「A班は私と麻生さん、藤咲さん、B班は日暮さんと辺是さん、石動さん……九十九刀がいる奥間を避け、最初に人形を撃破、その後合流し、九十九刀の討伐を行います」
 仙寿が申請していた白鷺屋敷の地図……その人数分の見取り図のコピーは、各自確認済みだ。
 そうして幾つかの確認を行い、共鳴が行われ……闘いの準備は整った。
 A班、迫間央、麻生遊夜、藤咲仁菜。
 B班、日暮仙寿、構築の魔女、石動鋼。
 以上のメンバーによる、愚神九十九刀討伐作戦は始まった。


●宿るは記憶、或は歴史


 その領域に踏みいった時に感じたのは、それまでのどのドロップゾーンとも違う、不思議な暖かさだった。
 それぞれの幻想蝶を始めとして……普段使い慣れていた道具達がその存在を主張するように……自発的に霊力を放つ。
 まるで英雄が増えたような、そんな心強さが感じ取れた。
 モスケールを背負った遊夜は、そんな霊力を実感し、小さく笑う。
「積み重ねた年月は負けても想いの濃さなら負けやしねぇさ」
『……ん、一緒に潜り抜けた……経験の差、見せてあげよう?』
「おう」
 共鳴したその中で、くすくすと笑うリーヤに遊夜は応える。
 今は、モスケールでの外部からの敵情把握の最中だ。
 仁菜や央も控えているが、遊夜の邪魔にならないよう、対話は控えている。
(調査はすぐに終わらせたいとこだな……頼りにしてるぜ?)
 モスケールの機能は快調だ……屋敷の全体の敵の配置が、手に取るように分かる。
 遊夜はリーヤからもらった干し肉をかじりながら、その結果に満足していた。
 モスケールはただ情報収集の為だけに使ってきたわけではない。
 命をかけた実戦で多数、活躍してきた代物だ。
 ……道具が応えてくれている、その確かな実感。
 干し肉を噛み締めながらそれを感じていると、肉の味がじわっと口に広がった。
(……それにしても、やたら旨いな)
 口に広がる干し肉の味は、そこらの肉よりずっと美味しい……きっとリーヤの強い想いがあるからだろう。
 そんな英雄の顔を思い出すと、普段よりずっと愛しい想いが込み上げてくる。
 なぜか、思いっきりリーヤを抱き締めたい衝動まで……。
(いやいや、なに考えてるんだ?)
 気付けば思考に、とろんとした甘ったるいもやがかかりそうになっていた。
 リーヤの想いが、ただの干し肉に怪しげな効果を与えたのかもしれない。
 しかし、ただの干し肉にも関わらず、身体や霊力が活性化するような、そんな感覚も受ける。
 実にまぁ……リーヤらしい干し肉に仕上がったものだ。
『ん、おいしいっ?』
「あぁ、愛情たっぷりって感じだな……」
 とても嬉しそうに聞いてくるリーヤに、苦笑混じりの返答をする。
 改めてこのドロップゾーンの特殊な力がわかった。このまま調査を続けよう……。
 モスケールが普段よりも大量の燐分を撒き続ける中で……遊夜は、白鷺屋敷に巣食う従魔達の情報を収集していく。


「は、はい、B班は西側で待機をお願いします……予定を変えて三の間近くの廊下で……」
 仁菜は、通信機に向かい、そう話しかける。
 ドロップゾーンであるにも関わらず、明瞭に声の通る通信機……どうやら仁菜の通信機は、このドロップゾーンのルールに認められたらしい。
 それだけの愛着はある……ドロップゾーンの影響かは分からないけれど、使っているだけで大切な人達の顔が浮かんでくるし、とても暖かな気持ちになれた。
 守られている、根拠もなくそう想うけれど……きっとこのドロップゾーンなら、間違えではないのかもしれない。
 相手側……構築の魔女の通信機も快調なようで、通信が遮断される事態には陥らないで良さそうだ。
 作戦には、策敵結果と現場の状況から、若干の変更が加えられた。
 部屋での挟撃は、敵の移動や配置の問題から、途中で見つかる可能性が高かったのだ。
 なので、途中のT字の廊下で人形達を挟撃することが、仁菜と魔女の交信、それに遊夜の調査の結果、決定された。


 ―白鷺屋敷・廊下―


 のっぺりとした表情の日本人形が、宙に浮いていた。
 白鷺屋敷の廊下を浮かぶその従魔と、弓を持ったからくり人形の従魔が……探知した霊力へ向かい、廊下を進む。
 そこに仙寿と魔女と鋼……三人の影が躍り出た。
 まずは仙寿が一息に踏み込み、携えた小烏丸を小さな動作で日本人形に一閃する。
 しかし手応えは……硬い。
 従来の従魔よりずっと硬質な日本人形は、その仙寿の一撃でひび割れこそすれ、破壊には至らない。
 けれどそれに続くように……魔女が、人形達の中心へと駆けた。


(やはり、興味深い空間ですね……時間があれば調べたいところでしたが……)
 構築の魔女は思考する、自分の身に何が起きたのかを。
 この世界に来てから閉ざされていた感覚が、解かれていく。
 仙寿と共に廊下に飛び出した時、一気に思考が加速するのを感じた。
 それは魔女から見れば、時間の加速にも等しい……。
 僅かの間に思考される無数の情報を解析し、適切な解を判断する。
 愚神の形成した空間自体が味方し、その身につけたイヤリングと指輪に、強い霊力と特殊な力を与えたのだろう。
 青い霊力に包まれた指輪……それがもたらすものは熱量操作、魔術式名、アーデルハイムの氷。
 イヤリングがもたらすものは、身体制御……魔術式名、ロリンズの身体操作。
 物に込められた記憶と叡知は明確な能力としての形を持ち、構築の魔女の記憶にある力の一部を再現する。
 魔女が動いた。
 高速化された思考の中で緩やかに……しかしそれは外から見れば、一切の無駄を省いた高速の動き。
 自らと敵の相対位置、からくりの動作、仙寿の刀の軌道や身体の動作から予測出来る次の動き、それに対する日本人形の反応……一つ一つを魔女の思考は解析し、厳密な解を導き出していく。
 その解答から、自分の身体に可能な最良の動きを解析し、それに合わせ自らを『操作』する。
 それは理によって導き出される戦闘の理想行動……本来であれば机上の空論でしかないそれを可能とするのは、かつて異世界に存在した、万物を分解、解明、構築してきた探求者『構築の魔女』の力の一端。
 両耳につけたイヤリングが、その輝きを増した。
 魔女は駆け、狭い日本家屋の中で仙寿の隣を走り抜けると、人形達の関節部位に的確に銃弾を放った。
 銃声、破壊音。
 からくりの弓が関節部位から弾け飛ぶが、それを確認するまでもなく魔女は自身の上方……視角外から飛びこんで来る日本人形に、指輪の力を発動させる。
 氷結の指輪……それは今は、魔女の力を……かつての探求と歩みの成果を再現する特殊な魔術媒介。
 魔術式アーデルハイムの氷『熱量操作-』
 粒子の振動を奪い凍結させるその魔術が霊力により疑似的に再現されると、迫ってきた人形の半身を瞬く間に氷結させ……。
 魔女がその横っ面を、遠慮なしに蹴り飛ばした。
 それは側で見ていた仙寿や鋼から見れば、暴風雨のように苛烈で自由な、型に囚われない戦闘。
 しかし、魔女からすれば、この場の戦力を解析、分解し、その計算から構築された、戦闘の最適解。
 そして……。
「日暮さん!」
 蹴り飛ばされた人形が、凍ったまま宙でくるりと体勢を立て直し……そこに仙寿の刀が振られる。
 それは、闇を纏った超高速の一撃。
(え……?)
 あけびが、驚きをその内面で示した。
 羽断ち。
 その技は、本来であれば仙寿には扱えない……あけびのいた世界の技のはずだ。


 『氷刃の忍術書』。
 それはあけびが元の世界の経験をいかし、こちらの世界に来てから綴った忍術書。
 その本に込められた願いは、ささやかなものだ。
 元の世界での経験が少しでも役立てられれば良い……たったそれだけの願い。
 それこそが、その書の存在理由と言えた。
 そしてこのDZは、そんな道具に込められた想いを叶える。
 それは綴られた内容ではなく……あけびの込めた願いを、そのまま叶えるように。
 DZの力で能力を変質させたその書は、文字通り……あけびの元の世界での経験を、仙寿の役に立てる力を持つ。
 羽断ち、龍威し……他にも様々な、あけびが元の世界で得た技法の数々。
 忍術書から溢れた霊力が、それを一時的に仙寿に貸し与え……仙寿はその不思議な感覚に導かれるように刀を振るい……気付けば、人形を断ち切っていた。
『仙寿様、今のって……』
「お前の技なんだろうな……身体が勝手に動いた」
 かつての自らの叡智と記憶を再現した構築の魔女と……仮初めとは言えあけびの経験を継ぎ、それを再現した日暮仙寿。
 DZに力を与えられた道具達は、忠実にその願いを叶えたのだ。
「試す相手が少ないのは残念だがな」
「同感ですね」
 残るはからくり人形と、たった今、廊下にやって来た新たな人形が二人……。
 念のために鋼が剣を向けるが、恐らくはその必要さえないだろう
 廊下の向こうに立つ人影を見て……三人は既に、従魔との闘いが終わろうとしているのを感じとった。


 央は廊下を駆けると、曲がり角を抜け……T字になった廊下の向かい側に目をやる。
 B班が人形達を圧倒していたが……安堵は抱かなかった。
 このまま放っておいたとしても闘いはすぐに終わるかもしれないが、魔女や仙寿に異様な力を与えたように、この人形達にもドロップゾーンの恩恵はあるのだ。
 それなら油断はせず、確実に仕留めた方がいい。
 ちょうど、新たな従魔が曲がり角から顔を出した。
 T字の廊下で向かい合わせになった能力者達の間に、新たな人形達が顔を出した状況だ……タイミングは能力者達に味方し、挟撃は成功したと言ってもいい。
 その機を逃さず、間髪いれずに攻勢に移る……その手に握るのは、素戔嗚尊の代名詞とも言える武具『天叢雲剣』。
 英雄『奇稲田姫』マイヤ サーア(aa1445hero001)と共に……央はその技を放った。
 央の影が千切れ宙に浮かぶ……それはふわりと花弁の形を作り、黒から青……マイヤの髪の色を思わせる青い花びらへと変わっていった。
 それは、央へと手刀を繰り出そうとした、無表情の人形の眼前を……。
 矢をつがえたからくり達の間を舞い飛び……大量の花吹雪が室内で渦巻いき、幻想的な光景を生み出した。
 色は青。
 静かに、美しく……その青い花弁の奔流は……白昼夢のように、人形達を覆い包み……。


『すごい……』
 廊下でそれを見ていたリオンと仁菜は、共鳴したままその光景に息を呑んだ。
 撒き散らされた青い花弁、狭い廊下を舞い飛ぶそれは、瞬く間に人形達の霊力を奪い去った……。
 人形達が、全員床に落ちていく。
「一撃か……こりゃ驚いたな」
「!」
 上から聞こえた声に、びくりとリオンが顔を向いた。
「麻生さん、なんで天井なんかに」  
「いや、射線がこの方が確保しやすくてな……っと、よ」
 特殊な吸盤で天井に吸い付いた遊夜は、天井から吸盤を外し、そのままくる、と、器用に地面に着地する。
 もっと潜入を楽しみたいところだったが、ただ巡回するだけの従魔相手には、レーダーだけで事足りてしまった。
 それはやや残念だが……。
(九十九刀のDZか……かなり強力だな)
 構築の魔女、仙寿、それに今の央の一撃も……明らかに普段の力を大幅に逸脱し、従魔達を蹂躙していた。
 遊夜の見立て、普段の彼らだったとしても、もう少し時間がかかっていたはずだ。
『それにしても、みんなすごいなぁ……』
「ああ……そうだな」
 そう、全員、非常に強くなっている。
 しかしDZならば、愚神もまたその恩恵を受けると言うことだ。
 だとするなら……。
「リオン、気は引き締めとけ」 
『え?』
 従魔達を殲滅し、全員が合流を始める中で、遊夜はリオンに話す。
「ドロップゾーンは愚神の味方にもなるからな……いつもの調子じゃ危ないかもしれん」
 相手は刀……それにこのDZを形成するだけの力を持つ愚神だ。
 ただのケントゥリオ級であっても、今の能力者達のように様々な力を増したら……とても危険な存在になっているだろう。
 それにリオンは、笑顔を浮かべた。
『……大丈夫です。なにがあっても、守りきりますから』
「……そうか、なら頼りにしてるぜ」
 白鎧の守護者に、狼は笑う。
 リオンの言葉は……自信と決意に満ちていた。
 なら心配をするだけ野暮だろう。
 そうしてそれぞれの武器……リボンと銃を取り出すと……仲間達と共に屋敷を進み、最期の反応が残る部屋……。
 奥間へと、その足を向けた。 


●継がれたもの、純なる誓い


 ―白鷺屋敷・奥間― 


 一同が奥間に向かうと……閉ざされていた障子が……ひとりでに開いた。 
 開いた部屋の中央には……まるで出迎えるように宙に浮き、真っ直ぐに剣先を能力者達に向けた一本の刀。
 それにその周囲を無数に舞う、陶器や食器の数々。
 美しい刀だ……けれど霊力を纏ったその切っ先から溢れるのは、愚神と呼ぶにはあまりにも研ぎ澄まされた、鋭い霊力。
 それぞれが武器を構え、闘いやすい位置を選びながらも……すぐに攻撃に移ろうとする能力者はいなかった。
 相手の動きが分からないことも理由の一つだが、九十九刀が、不粋な開戦を望んでいないようにさえ思えたのだ。
 九十九刀の生み出す、その空気を……誰よりも敏感に感じ取ったのは、仙寿だった。
《刀の冴え、込められた想い……比べさせてもらおう》
 仙寿が構えるのは、守護刀『小烏丸』。
 師からあけびへ、あけびから仙寿へと託されて来た……守護の刀。
 光の翼を生やした仙寿が、真っ直ぐにその刀を構えた姿は……まさにあけびの師を彷彿とさせる、一人の剣客の姿と言えた。
 その横で、央もまた刃を構える。
 央が構えるのは神剣『天叢雲剣』。
 広がるのは雲のような霊力……その中で煌めく両刃の刀は、今の央とマイヤを支える相棒とも言える武具。
 須佐乃皇衣を身に纏い、鋭い眼光を九十九刀に浴びせるその姿は、まさに素戔嗚尊そのものとさえ言えよう。
「精々足掻いてみろ、愚神……」
 九十九刀に、央が言葉を投げ掛ける。 
 それに九十九刀は、まるで誰かに扱われるように……ゆらりと揺れ。
 その刹那の後。
 六人の能力者と白鷺屋敷の九十九との、死闘が幕を開けた。 


 キィン!
 刀と刀が打ち合わされる甲高い金属音が鳴り、互いに込められた霊力がぶつかり合う。
 九十九刀の刃を受けるのは、龍の紋を持つ央の刀。
 守りの要『忍刀・無』だ。
 九十九刀が来るタイミングで、天叢雲剣と入れ替わるように手元に現れたそれは役割を果たすように、央を守り、九十九刀の刃をいなす。
 かつて残留していた霊力により浮かび上がった龍紋が、今は煌々と輝き、その存在を示していた。
 続け……攻めに転じる段階で、その手元に握られる刀は『天叢雲剣』。
 まるで武器自体がそれぞれの役割を理解するように、マテリアルメモリーから出現する刀が、央の手中で入れ替わる。
 だが、その斬撃が振るわれるより早く……眼前に無数の陶器達……九十九神達が飛びかかり、その刀から九十九刀を庇う。
 咄嗟に避けて切り払うが、ほんの数枚の皿が割れるだけだ。
 その合間から、九十九刀がすぐ、央へ返す刃を振るった。
「……小癪だな」
 央が舌打ちし、一息に後退してそれを避ける……横手から攻めかかろうとした仙寿も、あの陶器達により邪魔をされていた。
「まずはこちらを壊す必要がありそうですね」
 魔女が語り、双銃と共に舞う。
 『Pride of fools』……それは構築の魔女がこちら側で手にいれた、パートナーとも呼べる愛銃だ。
 その戦闘スタイルを追求する為に創られた銃を魔女が気に入った理由は……そこにある探求の姿勢だろう。
 愚道、けれどそこには未知が眠る。
 新たな世界、新たな身体……そして新たな探求……そしてこの世界で手にいれた新たな愛銃……『Pride of fools』。
 同じく未知を探求する歯車が、魔女の持つ道具達が、輝きを纏った。
 双銃から放たれる銃の嵐……開戦から僅かの間に放たれたそれは、浮かぶ陶器の1つ1つ……それに九十九刀をどれも余さず狙い打つ。
 恐るべきは、数十数百の量が乱れ飛ぶそれらを、一枚も逃さないその計算力と、それを可能とする双銃の連射性だろう。
 霊力を纏い、破壊力を増した弾丸は、その従魔達を余さず破壊……。
 するはずであった……。
 魔女の放った銃弾は、その尽くが九十九神達を穿ち……しかしそのほぼ全てが弾かれる。
 本来であれば愚神も撃ち抜ける威力だが……幾つかはひび割れたものの、九十九神達が鎮まる気配はまるでない。
 さらに、多数宙を舞うその九十九神達は、仙寿や央を九十九刀に寄り付かせず、防ぎ……能力者達を押し止める。
 それは想定外の事態だった。
 九十九神達を減らそうにも、刀では限界がある。
 さらに影縫いや女郎蜘蛛等の拘束術や、リオンが武器での拘束を試みるが、無数浮かぶ相手を長時間縛ることなどできず……仙寿が手裏剣で応戦するも、それでは今度は、DZで強化された陶器達を破壊することが出来ない。
 予想より、DZが九十九神にもたらした影響が強いのだ。
 そしてさらに、九十九刀の動きが能力者達を追い詰める。
 それは鋭く、速く……動きから動きへと流れるように繋がる、達人の業。
 それを長時間受け、避けるのは、いかに仙寿や央であっても難しいのだ。
「っ……」
 九十九刀の切り払いを、紙一重で刀で受け流した仙寿だが……その額には汗が浮かんでいた。
 重い、僅かなミスで生死に関わるだろう。
 そして……。
「仙寿!」
 央の声が聞こえた時には、遅い……。
 九十九刀の刃が流れるように……仙寿に振られた。
 それは仙寿を上段から断ち切ろうとして……。
 そこに、一人の男が割って入る。
 石動鋼。
 寡黙なその男は、仙寿を守るためにその剣で、九十九刀の刃を受け止める。


 本来、九十九刀の攻撃は、鋼の持つ剣で防げるものではない。
 仙寿や央の技術により漸くいなせるものであり……単純な破壊力で言えば、霊力とDZにより強化された九十九刀は、愚神でさえ一刀で両断しかねない力がある。
 鋼がこれまで相手にしてきたどの相手よりも重く、鋭い攻撃をしており……いなすことも防ぐことも出来ないはずだった。
 けれど、鋼の持つ誓いの剣は、それを受けても……断ち切れることも、手から離れることもない。
「……っ!」
 込められた霊力と霊力がぶつかり、激しい圧が鋼を襲うが……それでも九十九刀の攻撃は防いでいる。
「……この剣は、私の誓いだ」
 ぎり、と歯を食い縛る……こうして防ぐ負荷だけで酷い苦痛を覚えるが……それは誰かを失う痛みに比べれば、遥かに軽い。
「折れると思うな……」
 守る、その一念に命を賭け……この刃に誓った。
 故にそれは、鋼の誓いが破れるまで、断ち切られることなどない。
 この誓いの剣は、鋼の決意そのものなのだから。
 ならばと九十九刀はその刃を戻し……今度は横から、鋼の胴を切り裂かんとする。
 一の太刀で仕留められずとも、二の太刀で裂くのみ。
 他の能力者達による刀を、銃弾を九十九神達が防ぐ中……無防備な鋼の胴部……そこに九十九刀が刃が振るわれた。
 いかに剣が堅くとも、直接斬られれば、ただでは済むまい。
 けれど、九十九刀のその斬撃が振るわれる直前……。
 二等星が煌めいた。


 シャウラ……それは蠍座の尾に位置する二等星。  
 一等星のような輝きを持たない、二番目の星。
 仁菜はそんな二等星の名を……敢えて自らのAGWに名付けていた。
 自らが輝かなくてもいい、誰かの助けになって、守りたい。
 その願いを込められたリボン『シャウラ』は、星空色の美しい軌跡を描き……九十九刀に絡み付くと、動きを止める。
 他のAGWやその技により特殊な効果も付与されていたが……その程度では本来、九十九刀は止まらない。
 シャウラに望む守る願いが、九十九刀に絡み付く、強く、強固な力となっているのだった。
『どんな敵でも捕らえられる、そう信じられるくらいシャウラで戦ってきた!』
「離したりなんてしない!」
 仁菜とリオンが、その想いを口にする。
 彼女やリオンの行動や判断は、実のところ未熟なものも多かった。
 けれど、このシャウラが存在する意味……そこにある無傷を願う仁菜の優しい願いが……一時とは言え、九十九刀を止めたのだ。


 九十九神、九十九刀との闘いを俯瞰して眺めた時、九十九神の善戦による戦闘の長期化は能力者達にとっては大きな痛手であった。
 陶器、食器の複合意識体である九十九神に対して有効な手段が少なく、九十九刀の攻撃を一方的に許す状態になっていたのだ。
 九十九刀を剣とするならば、盾である九十九神を突破できない状況であったと言ってもいい。
 剣の技や想いを比べようにも、縦横無尽に飛び交う九十九神達が存在する中では、まず思う存分に交戦する事が出来ない。
 ……しかし幸いしたのは、能力者達にも、長時間九十九刀の攻撃を耐えうる存在がいたことだろう。
 藤咲仁菜、石動鋼……二人の誓いと、それに応じる道具達があったからこそ……能力者達は押しきられる事もなく、圧倒的に不利な状況を対等に近いものへと変えることが出来たと言える。


 敵の刃は一つ、守る防備は多数……剣を掲げる者は守りを破り、盾を掲げし者は刃を防ぎ、知者はその銃と共に相手を撹乱した。
 それを遠く、静かに眺めて……一匹の狼は潜む。
 狼の名は、麻生遊夜……彼は自らの愛銃、『静狼』を構え……その戦場に狙いをつけていた。
(付喪神、か)
『ん……力を、貸してね……?』
 乱戦に巻き込まれない別の部屋から、奥間を狙えるポジション。
 遊夜が道具に抱く気持ちはなんであろう?
 場数への自負か、経験からの愛着か、あるいは思い出か……それらは全てあるだろう……しかしそれだけではない。
 静狼に対するその根本の想いは、理想と期待であり、少年が抱くようなロマンだろう。
 誰かの為にとか、善悪とか、役割とか……そういう細かな理屈じゃない……ただ誰にも見つからず、察することもされない、確実に敵を仕留める狙撃手……その冷静で切れ味の良い、少年心をくすぐる姿に、きっと憧れを抱いたのだろう。
 だから道具達は、遊夜がその理想を体現しようとした時に、その力を貸した。
 モスケールは全ての敵の位置を詳細な情報と共に明示し、観測手のように狙撃に必要な情報をそのゴーグルに映し……アルマータは、霊力と熱、麻生自身の姿を完全に周囲から遮断する。
 そして、遊夜は『静狼』のスコープ越しに……標的をただ、狙うのだ。
(……こういうのがしたかったんだよな)
 『静狼』……17式を手にいれた理由は、ステルス・キルに憧れがあったからだ。
 誰にも見つからず、目的を達成する……そうしたロマンのある狙撃手でありたかったからだ。
 それでいい、道具は正義を求めない……ただ遊夜が求めた理想を、叶えるだけだ。
 それは普段の遊夜でさえ辿り着けない……狙撃手の理想像。
 別の部屋から見えるのは、部屋で入り乱れる無数の九十九神や、仲間達……さらに小さな九十九刀という狙撃対象。
 乱れ、立ち代わる位置……高速で目まぐるしく変わる闘いの場。
 けれど今、『静狼』と言う相棒を構えた遊夜は、その弾道と着弾地点が、自らの手足のように感じ取れていた。
(お前の獲物にするには、簡単過ぎるくらいだが……)
 まぁ、今はこの的でいいだろう。
 17式から……無音の弾丸が放たれる。
 それは霊力感知さえもされず、直撃するまで誰一人気付くこともなく……牙の如き鋭さで愚神『九十九刀』に当たり、大きく吹き飛ばして……。


 高い金属音。
 壁に打ち付けられた九十九刀は、それでもすぐに浮遊し、能力者達との闘いに赴いた。
 死力を振り絞るように、九十九刀は闘いを続ける。
 遊夜の弾丸は混戦の中……そんな九十九刀に確実に傷を重ねたが……打ち倒すにはまだ、足りない。
 急所と呼べる部位がないことが、その原因だろう……もしも針の隙間ほどでも狙える部位があったなら、今の遊夜は確実にそこを穿っていただろうが……相手は霊力により保護され、そうした明確な弱点を持たなかった。
 よって互いに致命傷にならず……闘いは双方の激しい消耗の先に、その幕をおろそうとしていた。


「……ぐっ!」
『鋼っ!』
 九十九刀の剣閃が、何回目か、鋼の鎧を捉えた。
 けれど、砕けない……断たれない。
 九十九刀の目論見とは違い、鋼の鎧もまた、守ることに特化していた。
 鋼が無事である為に、そのコランダムの願いを叶えるため……鋼への傷を防ぎながら、その鎧は九十九刀の攻撃を受け、鋼の命を守り続けた。
 既に何回防いだだろうか……能力者を一撃で両断出来る九十九刀の攻撃をそこまで防いだのは、称賛に値すると言っても良い。
 けれどそれも限界だ……鋼自身の身体が、既に持たない……。
 朦朧とする意識の中……動かない身体に追撃となる刃が振られ。
『危ない!』
 リオンの靴が輝き、そのマントが、鋼を庇った。
 それは幾度目かの光景……その靴は間に合わないかと思われるその時でもリオンを味方の元へと運び、九十九刀の害意から仲間達を守った。
 そして刃を防ぎ受けるのは、光を纏ったそのマントだ。
 けれどそれも長くは持つまい……刃によりズタズタに裂かれたマントと、満身創痍の二人の姿が……限界の近さを物語っていた。
 鋼は既に動けず、リオンもまた……危険な状態と言える。
 しかし同時、九十九刀はくるりと刃を二人に向けるのを止め……背後から迫った二刀を刃でいなす。
 仙寿と央だ。
 気付けば……周囲を飛び交っていたその陶器達もまた……役目を終え、多数の残骸となっていた。
 霊力が絶たれ……DZの力を持ってしても、その意思を示すことができなくなったのだろう。
 双方、命を支えてきた盾は消えた……ここからは、互いに守るものの消えた中での闘いだ。
 計算された魔女の弾丸を、霊力を集める事で九十九刀が弾き、その隙をついた央が側面から斬りかかる……。
 だが、九十九刀はそれを見極めたように、刃の軌道を合わせると……迷うことなくその剣ごと央を両断した。
 それは確かな手応え……しかし、央の闘い方を知る者ならば、そこで一瞬、宙で動きを止めた九十九刀の判断は致命的なものと見ただろう。
「下手に追えるからこそ、惑わせるのが俺達の戦い方だ」
 一瞬……それは剣の闘いであれば、充分過ぎる隙だ。
 切り裂いた央の影は闇に消え……別の方向から天叢雲剣が振るわれる。
 九十九刀が人に扱われるかのような動きをしているからこそ、央は見切り、不意をついたのだ。
「砕けろ」
 装着されていた装飾達が強い霊力を纏い、マイヤと央の霊力と共に刀に重なる。
 振るわれるのはただの刃ではない。
 惑わし霞ませる、雲のような霊力……その中に隠れ潜むのはあまりにも苛烈な、必滅の意思。
 そこにあるのは央とマイヤの闘いを支えてきた刀であり、愚神達に対する復讐と闘いの歴史が重ねられた、二人の闘争の象徴でもある。
 従魔であれば一撃として耐えられないその刀が、刃と共に九十九刀の刀身と、纏った霊力に激しい衝撃を加えた。
 大きな金属音と共に、九十九刀が弾き飛ばされた。
 その刀身にはヒビが入り、ともすれば砕けてしまいそうであったが……だがまだ、霊力によりその形を保っていた。
 そうして刀身を宙で翻すと……九十九刀は、傷付いたリオンではなく、白髪の少年……仙寿の元へ真っ直ぐに飛来し、その刀身を向けた。 
 仙寿は、小烏丸を鞘に納刀し……それを静かに見据える。


『この刀は私の魂だから!一緒に頑張っていこうね!』
 それはあけびと誓約を交わした時の記憶。
 小烏丸と最初に出会った時の記憶でもある。
 小烏丸は、それまで手にしたどの武器よりも重かった。 
 守る、その強い願いが込められた刀だったからだ。
 今はどうであろう……。
《この刀は、あけびの刀だ》
 それはきっと今も変わらない。
 けれどそこには、二人……いや……三人の想いが込められている。
 あけびの刀、それは蕾と呼ばれた時に認めていた事……けれど、そこに通ずるあけびの師の想いを感じ、そこに自分の想いを強く乗せることを……かつての仙寿は出来ただろうか?
 今、刀にあるのはあけびの想いだけではない、継がれて来たあけびの師の想いがあり、仙寿自身の想いもある。
 かつてはあけびに導かれるように……けれど今は、共にその刀に、想いと技を重ねられる。
『お師匠様、力を貸して』
 あけびの願いに、翼が光を帯びた。
 手足に霊力の光が灯る。
 その技の知識は……あけびの書いた書が霊力によって教えてくれた。
 師の技をあけびが改良し、かつて闘いに用いた戦技。
 仙寿は、自身の歩みを支えてきた履き物と共に前へと踏み込み、その技を放つ。
 過去から今へと継がれてきたその系譜……その未来を切り開くように、守護刀『小烏丸』が抜刀された。
 交差は一瞬。
 すれ違い様に放たれた神速の居合い、そこからの舞うような一連の剣撃。
 龍威し。
 それに九十九刀の霊力は断ち切られ……。
 そのまま、砕けた陶器達の散らばる床へと、砕けて落ちた。


●九十九の夢は天に消え……


 砕けた人形や陶器達と九十九刀は、魔女の発案で供養される事となった。
 供養と言っても、正式なものではない。
 お焚きあげは屋敷に燃え移る危険があり、H.O.P.E.からも九十九刀は文化的な観点から回収したいとの要望があった為埋められず……結果として布や箱に纏めて庭に集め……山で摘んだ花を添えて黙祷を捧げるだけとなった。
 けれど闘い抜いた能力者と英雄達は全員、その供養に参加した。
 夕陽が山の向こうに沈んでいく中……紅に染まる白鷺屋敷の庭で、魔女は黙祷を終え、静かに目を開ける。
 仙寿が、ぽつりと口を開く。
「余程大事にされてたんだろうな」
「……何を想っていたのでしょうね」
 魔女が見つめる先には今は動くこともない……砕けた九十九神達の残骸。
 央とマイヤもまた、闘いを終えたその道具達に視線を向けた。
「……俺達の相棒と同じ様に、こいつらもこの屋敷も愛されてきたんだろうな。その重みの分かる、いい経験だった」
『……私達も負ける気はないけれど、ね』
 物は想いを語らない。
 けれど、愚神となってもあの屋敷を守った彼らと、そこに込められた願いは、決して浅いものではないだろう。
「……」
 傷付いた鋼が、その瞳で静かに見つめ……リーヤと遊夜が、優しい表情でその残骸達に話しかける。
『おやすみなさい、良い旅を……』
「来世も大事にされるよう祈ってる
『……次は愚神に、負けないように』 



 帰り道、全員が白鷺屋敷を後にする中で……仁菜は、少しだけ考えることがあった。
 九十九刀から最後に受けた時、リオンも自分も致命傷を覚悟していた。
 それなのに今こうして歩けているのは、何かの霊力が、自分達を守ってくれたからだ。
 仁菜は……通信機に込められた想いを思い出して……ふふ、と笑う。
 答えは分からないけど、なんとなくあの通信機が守ってくれた気がしたから。
 そうして仁菜が、最後に屋敷を振り返った時……。
(あれは……)
 空に向かって、キラキラとした小さな光達が飛んでいくのが見えた。
 それは霊力の光だろうか……淡く輝くそれは天へと昇り、静かな夕空へと、溶けて消えた。


結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
  • 揺るがぬ誓いの剣
    石動 鋼aa4864

重体一覧

参加者

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 揺るがぬ誓いの剣
    石動 鋼aa4864
    機械|27才|男性|防御
  • 君が無事である為に
    コランダムaa4864hero001
    英雄|14才|男性|ブレ
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