本部

地獄アイドル地獄 ~爆誕編~

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
6日
完成日
2017/08/26 21:35

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掲示板

オープニング

●夢
「エージェントの生活の場から隠れ家まで」をキャッチフレーズ(非公認)に、数々のエージェント向け不動産を取り扱う万来不動産。
 その社長室でひとり、雇われ社長のアラン・ブロイズ(az0016hero001)は窓の向こうに拡がる夏の空を見やっていた。

『おう、アラ助ぇ。てめっち、ずいぶんはりきってるらしいじゃねぇか』
 先代社長にして現会長が、黒一色に染め上げた近江上布の浴衣姿でぶらりとやってきたのは3日前のことだ。
『オヤジ! お声がけくださればお迎えにあがりましたのに――』
『かまわねぇよ。俺ぁ隠居だぁ。てめっちとちがって時間はたっぷりあらぁな』
 野太い喧嘩煙管――すべてが鉄でできており、棍棒代わりになる煙管。主に江戸の町奴が愛用した――に詰め込むのは、キューバ産の煙草葉を極細に刻んだ特注品だ。
『いえ。私などオヤジの残してくださったシノギを小さく転がしているだけで、なにひとつ満足にできてはおりませんから』
『そこだなぁ』
 先代はクリスタルの灰皿の縁に裏返した煙管を打ちつけ、灰を落とす。キィン! 鳴り響く高音の余韻が消えるのを待ち、言葉を継いだ。
『てめっちゃシノギはうめぇ。そこはおれっちの見込んだとおりよ。でもなぁ、てめっちゃ儲けるだけで、おかえしってもんがねぇ』
 アランは直立不動のまま考え込む。
 手堅い商売を滞りなく行い、その利益を社員とお客様に分かち合っていただくことこそが私の仕事と思ってきた。しかしオヤジはそうではないとおっしゃられる。
『難しいこたねぇんだよ。サッカーチーム背負うでもいいや。どでかい募金させていただくでもかまわねぇ。ここまでおれらをでっかくしてくださったみなさまが喜んでくださるもん、おかえししなくちゃなんねぇだろっつってんだぁ』
 おかえし……そうか、還元ということか。
 この区域にある総合病院は土地から建物の建造まで、すべてを先代が無償で用立てたものだ。利益を得て対価を差し出すだけではなく、還元しているのだ……社員、お客様、それ以外のすべての人が暮らす社会に。

 回想を終えたアランはなお独り悩み続ける。
 私はなにもしていない。なにもできていない。なにができる? なにをするべきだ?
 と。その耳に、ふとテレビの音が忍び込んだ。
 万来不動産のCMを確認するためにつけていただけなのだが、どうやら番組は「誰かの夢をかなえる」系のものだったらしく、その「夢」という単語が彼を画面へ引き寄せた。
『アイドルになってセンターに立ってみたいです!』
 小学生の女子だろう。実にかわいらしい夢だ。まあ私をときめかせるにはあと40年ほどかかりますけれどもね……苦笑して目を逸らしかけた、そのとき。
「アイドル。いい夢じゃないですか、アイドル。そして、そんな夢を見ることのできる平和を影で支えるエージェントにスポットライトを――その姿はみなさまにきっと大きな喜びと夢とをもたらす!」
 彼はすぐさまH.O.P.E.東京海上支部へ連絡を取る。
「いつもお世話になっております、アラン・ブロイズです。すでに多くのエージェントのみなさまがアイドル活動を行っていらっしゃるのは承知の上でご相談をさせていただきたいのですが」
 アランは深く吸い込んだ息とともに強い言葉を押し出した。
「私と共に夢を見て――世界のみなさまに夢を魅せてはいただけませんか?」
 と、ここまではどうでもいい話なので、忘れていただいてかまわないんである。

●大募集
 H.O.P.E.東京海上支部のロビーに募集要項が貼り出されたのは、それからわずか2日後のことだった。

【次世代型エージェント・アイドル〈BAN・RAY!(仮名)〉メンバー募集のお知らせ】
 万来不動産はこのたびアラン・ブロイズをチーフマネージャーとし、エージェント・アイドル部門を立ち上げることとしました。
 つきましてはみなさまのお力をお借りしたく、募集を出させていただきます。

〈募集人員〉
・BAN・RAY!一期生 最大20名
 注:ジェンダーの多様性とお客様の選択性を考慮し、見た目・性別は問いません。また、活動の内には抗争・戦闘が含まれる可能性がありますこと、ご了承ください。
・マネージャー 若干名
・サクラ 若干名
・他、希望職種があれば応相談

 定員に達するか、期限いっぱいになった時点で一度募集を締め切り、オーディションを行わせていただきます。
 ご興味おありの方はオペレーター部の礼元堂深澪(サクラ部門チーフ)まで。

解説

●依頼
 個性を生かしたパフォーマンスをもってオーディションに臨んでください。

●オーディション
・オーディションは万来不動産エージェント・アイドル部門事務所(見た感じは昭和のヤクザ映画の事務所そのものです)で行われます。
・能力者と英雄は、それぞれ別の仕事を選択することができます。
・年齢性別を問わず、アイドル希望者はすべて「女子アイドル」として登録されます(別にオネェを演じたりする必要はありません)。
・アイドル希望の方はご自身で考えたキャッチフレーズ(アイドルにありがちなアレです)と名前を名乗り、歌、ダンス、その他特技を披露してください。
・マネージャー希望の方はアイドルユニットを売り出す戦略や、難しいことは抜きでの意気込み等、個性に合わせた面接風景を設定してください(面接官の反応はこちらで調整しますのでプレに入れないようお願いします)。
・サクラ希望の方は、とにかく応援するぞという意志を、個性に合わせて自由に語ってください。その際は、オタ芸や応援グッズ、応援スタイルをご用意の上でお願いいたします。

●備考
・オーディションには絶対合格します。
・アラン・ブロイズを含め、基本的に万来不動産側のスタッフ陣は昭和ヤクザのテンプレ的なノリです。
・礼元堂深澪は特攻服姿。昭和アイドルの「親衛隊」的なノリです。

リプレイ

●星へのきざはし
 H.O.P.E.東京海上支部のロビーに貼り出されたアイドル募集広告。
 その前に立ったひとり、ブルームーン(aa5388hero001)は興味なさげに付き添っていたフィオナ・アルマイヤー(aa5388)の胸元を掴んでゆっさゆさ。
「これよこれーっ!!」
「はっ、いっ?」
「アイドルよ!!」
 揺する手を止めて。
「魔界の大アイドルのブルームーン様が、ブタ(ルビ:ファン)どもを跪かせて泣かせて悦ばせてあげるのよ!!」
「はぁ、そうですか」
「あんたもやるのよ」
「ぁ!?」
「ん~、きゃわいいフリフリの衣装とか好きでしょ?」
「なっ! フィオナ、にじゅうごさいだし――」
「ホントにやらないの~? トシ関係ないんだよ? 女子アイドルだよ? フ・リ・フ・リっ、だよ~?」
「うう……」
 ブルームーンに引きずられてフィオナが退場していったすぐ後のこと。
 合わせ鏡に映るひとりのようにそっくりなアクチュエル(aa4966)とアヴニール(aa4966hero001)が広告を見て。
「この国のアイドルというものは、他国のそれとはずいぶんとちがうそうじゃな?」
 アヴニールの問いにアクチュエルはうなずき。
「それに有名になれたらば、我らの家族も見つかるやもしれぬ」
 今度はアヴニールがうなずいて。
「文化を知り、大事な人を探すことができる。これは一石二鳥じゃな」
 またアクチュエルがうなずいて。
「一石二鳥じゃよ」
 アヴニールは赤瞳を、アクチュエルは青瞳を前に向け、歩き出した。

 人だかりをくぐって抜け出してきたリリア(aa4965hero001)がレーヴ(aa4965)を見上げ。
「アイドル……の、募集……」
 レーヴはリリアを人波から守りつつ広告に近づいた。
「マネージャーに、サクラまで募集……なかなか気合入ってんな」
 リリアはこくりとうなずいて。
「アイド、ル……なにをすれば……アイ、ドルって言う、の?」
「歌って踊って、ファンを満足させるってとこかな」
「歌う、のは好き。レーヴ、ほめてくれる……から」
 レーヴはリリアの無機質な紫瞳に映る思いを見て取り、笑んだ。
「俺の野望を遂げるチャンスってやつか」
 音楽プロデューサーとして名を馳せる彼の野望、それはリリアを自らの理想の女性に育て上げることと、彼女を歌手デビューさせることだ。
 正直、リリアのデビューにふさわしい企画とは思えないが、逆におもしろい。星は泥の底に沈めてもなお輝くもの。そしてそれを輝かせることこそがレーヴの仕事なのだから。
「これはいそがしくなりそうだ」

●楽屋
 万来不動産正面口――ならぬ裏口。
 明るく開放的なクリスタルガラス張りの正面口とはまるでちがい、くすんだコンクリートに物々しい金属製の扉がはまった裏口はなんとも閉鎖的というか、物騒なにおいを漂わせていた。
「……ほんとにここがアイドル事務所なの? なんかやばい感じしかしないんだけど」
 扉の横にかかった金属製の『万来興業株式会社』の看板をつつきながら、うーんと唸る加賀谷 ゆら(aa0651)。
「こんなとこでアイドルのオーディションなんてしないって! わたしたち、だまされてるんだよ。絶対やばいよ!」
 ゆらのまとうボディコンシャスな紺のツーピーススーツの裾を引っぱるのは、未来からやってきたゆらの娘だという加賀谷 ひかる(aa0651hero002)だ。
「まあ、私たちエージェントだし? だいじょぶだいじょぶ。なにかあったらヤッチマイナーの心で」
 10センチのピンヒールをアスファルトに突き立てて高く鳴らし、ゆらは恐れ気もなくドアを押し開いた。
「だいじょぶ……? って、わたしアイドルなんてやりたくないんだけど! ああっ、ちょっとママってばぁ!」
 母娘が吸い込まれていくのを監視していたギシャ(aa3141)が、ビルの上からひらりと降り立った。
「内開きのドア……蝶番を表に晒さず、いざ踏み込まれたときにも最後までドアを相手に渡さない仕様か」
 ゴミ箱を模したポリバケツから這い出してきた3頭身着ぐるみ龍、どらごん(aa3141hero001)が葉巻の端をその牙で食いちぎり、口の端にくわえる。
「ドアにトラップとかなかったし、ギシャたちも行こー」
 のんびりした口調とは裏腹に、ギシャはすさまじい勢いでドアへ向かった。
「ギシャ待て! ちょっとやる気すぎだぞ!?」
 右脚にしがみついたどらごんをずーりずーり引きずり、ギシャは進み続ける。
「アイドルという偶像崇拝で信仰を集め、ギシャは神になるんじゃー!」
「口調がおかしい――誰になにを吹き込まれた!?」
「神じゃー!!」
「ギシャー!?」

 うっかり正面入口から入って、妙にいかついおっさんにニコニコ「裏へ回っていただけますでしょうか、こちらはカタギのお客様のお入口でございますので」と裏口へ連行された天城 稜(aa0314)とリリア フォーゲル(aa0314hero001)。
「ありがとうございます」、お礼を言って裏口をくぐったふたりだったが。
「あの人『カタギ』って言ってたけど……ここって不動産屋さん、だよね?」
「形木さんのお客さんの入口だったんでしょうか? それとも、片木さん?」
 眉をひそめる稜、そしてぽやっと小首を傾げるリリアが、やけに狭い階段を上がりきって一度呼吸を整え、「失礼します」と『控え室』のドアを押し開くと。
「っ!」
 目の前に、なんかでかい鉄の塊がふたつ並んでいた。
「うぃーす」
「お疲れ様です」
 こちらを振り返った塊はラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)とオブイエクト266試作型機(aa4973hero002)――人型戦車の先輩後輩だ。
 最初に会った応募者が鉄塊だったことに動揺しつつ、稜はそれでも頭を下げた。
「お疲れ様です、天城です。今日はよろしくお願いします」
「どうしておふたりは床に座られているんでしょう?」
 ぽやんと首を傾げるリリア。
 対して人型戦車2両は。
「椅子に座ると壊してしまう。だから我々はここで体育座りしているのだ」
 ラストシルバーバタリオンが説明を終えた途端、オブイエクトがぐぐっと鋼の拳を握り締め。
「このオブイエクト266試作型機、鉄くずたる身を祖国に捧げ、尽力する所存です!」
「その思いは自分も同じ! 上官殿と共に、かならずや祖国奪回を!」
 オブイエクトの横に体育座りしていたサーラ・アートネット(aa4973)が、くそだっさいデカ眼鏡の端からだくだく涙などあふれさせつつ、オブイエクトと抱き合った。
「そのためにも先立つものが必要……実に不本意ではあるが、これも祖国のため」
 ラストシルバーバタリオンの横で体育座り中のソーニャ・デグチャレフ(aa4829)がぶつぶつ。肚が据わっているのだろうが、目も据わっているのでなんとも怖い。
 なにこれ!? 上官部下全員、体育座りって!?
 混乱する稜の脇から幼い声が伸び出した。
「ナショナリズム――同胞愛ですね」
 パイプイスをかきわけ、折りたたみ式の長机の前までやってきたセレティア(aa1695)が、詰め合わせクッキー缶の封を開けつつ言った。ちなみに同胞愛は共産主義の3本柱のひとつで、あとのふたつは自由と平等だ。
「お菓子!」
 甘い匂いに惹かれたか、ぴゅーっと駆けつけてくるセラス(aa1695hero002)。見た目はセレティアをそのままきゅうっと小さく縮めたような感じ。
 セレティアはその手にクッキーを1枚乗せて。
「食べづらい最初の1枚は、あえて自分で食べちゃうのがマナーなのです」
「そっか。毒入ってないアピール、大事だもんね。みんなよろしくね! おいしいクッキーどうぞ!」
 ピシリ。セラスの何気ないセリフが場を張り詰めさせる。
 ここはオーディション会場で、周りは全員ライバルだ。「もしかして」が止まらない。
「セラスちゃん。そういうこと言っちゃダメですよ、もう」
 セレティアに叱られたセラスはすひーすひー、笛にならない口笛を吹いてそっぽを向く。
「あぅ、あり、がとう、ございます……」
 実に受け取りづらい、よろしくしづらい空気をブレイクしようと、稜が手を伸ばした。
「ギシャだったら缶の縁に塗っとくけどねー」
「固形物では銀の器も使えんなー」
「祖国と上官殿のため、不肖私が毒味いたします!」
 ギシャ、ソーニャ、サーラの不穏な発言に、稜が「ううっ」。残念ながら、彼は今回の面々の中で常識人筆頭だ。割を食うのはしかたないんである。
 と。
 なかなかに張り詰めてしまった空気をゆるませたのは、アクチュエルとアヴニールだった。
「お心遣い感謝じゃ」
「ありがたくいただくぞ?」
 限りないやさしさと強さとを映す笑み。
 果たして、ご自由にお飲みくださいの札が貼られた冷蔵庫に入っていたペットボトルのお茶とともに、一同はクッキーをいただくことになったのだった。
「サクサクと割れる」
「この砕け感がすばらしい」
 ラストシルバーバタリオンとオブイエクトは食べているのか装甲の隙間ですり潰しているだけなのか、まったくわからなかったが。
 そんな微妙な光景をよそに、ほくほくとクッキーを味わっているのは天城 初春(aa5268)だ。
「うまうまですじゃ♪」
「こんなうまいのに毒入ってねぇんだもんな。平和はいいよなー」
 しみじみとつぶやく天野 桜(aa5268hero001)。元の世界ではガチな女武者だったという彼女は、他の面々とは感動のツボがちがう。
「おっと、このままじゃとわらわが食べ尽くしてしまう。なにか捧げ物を――」
 どこからともなく現われた黒服の巨漢が、そっと弁当を初春に手渡し、去って行った。
「これは超有名焼肉店の和風特選ロース弁当(税込4160円)! 万来不動産もとい万来興業、やる気ですの……おかわり!」
 その小さな体のどこに入っていくのか知れないが、一定のペースで食べ続ける。胃袋が異世界と繋がっているかのように。
「おかわりはご存分に。でもお急ぎくださいね。みなさんがくぐるべき新世界への扉は、目を逸らしたらすぐに閉じてしまうものなのですから」
 実に芝居がかった口調でそこはかとなくそれっぽいことを言いながら入ってきたのは、このプロジェクトの総責任者であるアラン・ブロイズだ。
 ちなみに服装は白い三つ揃いのスーツにナス型サングラス、髪型はオールバックである。
「着替え等は――と、すでに準備を整えてくださっている方がいらっしゃいますね」
「みっ、見ないでくださいっ!!」
 パイプイスの下で丸まろうとして失敗中のフィオナが、膝に埋めた口からくもぐった声をあげた。
 フリフリである。
 キラキラである。
 膝上から測るより脚の付け根から測るほうが早いだろう超ミニである。
 そしてなにより、25歳である。
「わたしたち家から電車で来ました! ――このかっこで!」
 色違いのおそろい衣装に身を包んだブルームーンが胸を張って言い放つ。これだけはずかしがっている相方を、よりにもよって電車で移動させるとは……。
「宣伝にはなるだろうが、まさに悪魔の所業ってやつだな」
 そっとフィオナから目線を外したレーヴは、無意識の内にリリアをかばい、ため息をついた。
 と。彼の斜め後ろにいた黒服の禿頭が慇懃に頭を下げる。
「あと1時間いたしましたらお名前をお呼びしますので、呼ばれた方は奥の事務所にお入りください。あ――事務所と言いましても、ごく一般的な事務所ですよー。怪しくなんかないですよー」
 語尾を伸ばすあたり、怪しさ満載なのだったが。
「怪しすぎんだろがゴラァ!!」
 安っぽい長机に置くにはそぐわないクリスタルの灰皿をひっつかみ、ゴギン! アランが禿頭の後頭部を思いきり殴りつけた。
「すんません! まだ外にちっと慣れてねぇんで、つい!」
「タコのクソ頭のぼりやがってっと、木っ葉喰らわすぞボゲェ」
 はた。いきなりアランと禿頭が一同を振り返る。
「こちらの彼もリンカーですから、少々ツッコまれても大丈夫なんですよー」
「くみちょ――社長の下で日々勉強させていただいておりますー」
 優良企業の万来不動産だが、裏側にはどうやらわかりやすい闇があるようだった。
「見せしめは思想統一に不可欠な一手ですものね」
 セレティアがうんうんうなずきながらコメントし。
「見た目は派手だが、殺すやりかたじゃあなかったな。ヤクザがよくやる手だ」
 アランの殴りかたをどらごんが評し。
「日本のツッコミ――オワライ文化かの?」
 アヴニールが小首を傾げ。
「おもしろいことは大事じゃな。心を潤わせるゆえ」
 アクチュエルがうむうむとうなずき。
「優男の獰猛さ! ギャップ萌え……いい!」
 アランの豹変にゆらがサムズアップを送り。
「加賀谷家崩壊のピンチ!? パパ――あ、でもこっちのパパのほうがお金持ってるし、ひかる・ブロイズもなんかいい感じ――ってそうじゃなくて!」
 いろいろな打算に惑わされたひかるが頭を抱え。
「ご心配には及びませんよ。私は……少々歳上好みですからね」
 アランが朗らかに言い切って。
「おかわりなのじゃ!」
 初春が楽屋弁当の追加を所望した。
 いろいろとアレな感じだったがともあれ、オーディションまであと58分なのだった。

●天城 稜&リリア フォーゲル
「失礼します!」
 踏み込んだ足がふかりと沈む。30畳ほどの事務所はまだほとんど空だったが、床には上質なペルシア絨毯が敷き詰められていた。ありがちな虎の毛皮は、今のところないようだ。
「まず自己アピールをお願いします」
 部屋の奥に置かれたプレジデントデスクの向こうからアランが促す。
 うなずいた稜が、シスター服姿のリリアの後ろへ左からするりとすべり込み、一拍置いた後、右から抜け出してくる。
「ほう――」
 わずか数瞬でクラシカルなメイド衣装へと早着替えをすませた稜が笑む。あどけなさとあざとさを意識し始めた思春期の少女さながらに。
「PVの主演に対決ライブ、アイドル経験しっかりあります!」
 声色まで高く澄ませ、ポーズを決める稜。その様はもう、女子そのものだった。
「パフォーマンスならどなたにも負けませんから」
 稜と合わせ、リリアもまたポーズをとる。
 その瞬間。ふたりの呼吸がシンクロした。
「男の子? 女の子? かわいければどっちでもいいよね! 天城 稜です!」
「みなさんを癒やして天国にご招待します。リリア フォーゲルです」
 用意してきた曲がスピーカーから流れ出し。
「夢見ることのすばらしさと」
「それを叶えていくことの大切さを」
「「歌います」」
 個性を際立たせるよりも音としての調和を重視した歌声。ときに同音で、ときにソプラノとアルトとに分かれて厳かなハーモニーを織り成す。その音色を繋ぐのは、ゆるやかに弧を描く指先だ。これは基礎的な歌唱力の高さと音域、表現力を端的に魅せるためのもの。
 ……安定感のあるデュオだが、不思議にハーモニーばかりでなく、ふたりにも目を惹かれずにいられない。リリアのやわらかな雰囲気と歌声が醸し出す上質の癒やし感も格別だが、なによりも稜だ。ジェンダーレスとはちがう、男性へも女性へも自在に傾くあのアンバランスさ……人を惑わせる妖しい魅力。これはもう、今からコアなファンの対策を考えておかなければなりませんね。
 アランの高まりを確信した稜とリリアは2曲めへ。
 ドラムに導かれ、ふたりのつま先が踊り、体がめまぐるしく交差する。その全身で刻むリズムは強くすべらかな歌声に乗り、壮大なメロディとなった。
 かくて堂々と歌いきったふたりはアランへ。
「この2曲めは、すべての文化を否定せず、理解し合って融和することが新たな文化を生み出す――それを表現したくて」
「私たち英雄と能力者と呼ばれる人たちの関係を表現したくて」
 歌いました。
「なるほど。見せてもらいましたよ、あなたがたを」

●アクチュエル&アヴニール
「アクチュエルじゃ」
「アヴニールじゃ」
 高貴でありながら、やわらかい。瞳の色以外、まさに生き写しのふたりがアランに優雅な会釈を送った。
「ご応募いただいた動機をお訊きしてもよろしいですか?」
 アランの質問にふたりはふと顔を見合わせて。
「少しでも有名になれば、探し人――我らの家族に再会できるやもしれぬ」
「それに誰かが笑顔になってくれることは、とてもすばらしいことじゃ」
 悲哀にくれるよりも希望をもって前へと歩もう。
 大切な人との再会を、笑顔で迎えられるように。
 ふたりが言外に語る思いを感じ、アランは息をつく。
「「貴方の妹、前向く青赤」」
 声をそろえてキャッチフレーズを紡いだふたり。アヴニールはシンセサイザーの鍵盤に指をかけ、前に立つアクチュエルの背を見やる。
 ゆっくりと息を吸い込むアクチュエル。その息が外へ向かう瞬間、“赤”に弾かれた鍵盤の音が“青”の声に重なった。
 かくて歌い上げられたものは即興歌。アクチュエルの次に発する声音をアヴニールの奏でる音が導き、アヴニールが次に奏でる音をアクチュエルの声音が導く。互いが互いをひとつ先へと進ませていく、ある意味で究極のシンクロナイズである。
 そして、この歌ですか。どこか哀切でありながら、希望に満ちた歌――いや、言い表すなら“回帰”か。故郷、家族、あるべき場所。新鮮でありながらなつかしさを感じさせる思いが技巧ではなく、心からあふれるまま音に乗せられている。
 しかもそうでありながら、ふたりの目は後ろを顧みることなく、前を向いている。先へ進むのだと、全身で叫んでいる。見た目の儚さとは相反し、心はすばらしく強い。
 いいですね、男が思わず見守りたくなる“妹さんたち”だ。
 控え室で難しい空気をほころばせてみせたやわらかさも、高貴でいて親しみやすい個性を十二分に成り立たせている。
 だがなによりも、アクチュエル様とアヴニール様にはドラマがあり、それを表現する術がある。無理に手をかけるよりもそのままでいていただくのが最適だ。おふたりの夢を叶える手助けはさせていただくとして、だが。
「……我らの歌はこれで終いじゃ」
「ご静聴にあらん限りの感謝を」
 典雅な一礼を残し、アクチュエルとアヴニールは退場した。

●フィオナ&ブルームーン
「魔界からやってきた“青薔薇の妖精”ブルームーンでーす♪ みんなよろしくねーっ!」
(みんなってひとりしかいないし……キャッチフレーズださいし)
 顔をしかめるフィオナへブルームーンが笑いかける。
(こーゆーのはちょっとアレなくらいがちょうどいいのよ)
「妹の赤薔薇もよろしくー!」
「妹っ!?」
 ここで無慈悲にカラオケがスタート。チョイスは80年代、爆発的ヒットした多人数アイドルグループの代表曲だ。
 あえて大振りのダンスを見せるブルームーン。鮮やかなウルトラマリンブルーの超ミニ衣装の端々から見せパンやら脇やら谷間やらが、絶妙な角度でチラチラと。
 見る度に表情が年齢ごと変わって見えるのは、表現力なのか悪魔ゆえの特殊能力なのか。そしてどれほど見かけの年齢が変わっても、他者の顎先をくすぐり、誘いかけるような艶だけは変わらない。
 幅広いファン層にアピールできる逸材ですね。
 アランは続けてフィオナを見た。
 こちらは視界が灼けるほど強いローズレッドの衣装だが……歌もダンスも完成度は高いながら、今ひとつ振りは小さく、声が伸びない。普通ならばマイナス要因だが、しかし。
 25歳なのにあのハデフリミニカワな衣装を着てしまっている恥じらい。その奥から漏れ出す、こんなお洋服が好きで好きでたまらないという悦び。
 そもそも彼女は魔界のアイドルだったというブルームーンとはちがい、考古学者兼情報科学者なのだ。衣装と中身のアンバランスさが相まったフィオナだからこそ魅せられる「知と恥」、その反発と融合が、25歳の才女にはあった。
 恥を振り切るか、それとも恥に飲まれるか。どちらに転んでもおもしろくなるだろう。
「最後にサービス!」
 ブルームーンが右脚を前から大きく横へ回し、我が身を回転させる。クラシックバレエのフェッテである。
 全32回転。確かな基礎とそれに培われた体幹がなければ、ここまで綺麗な回転は続けられない。ふむ、フィオナ様に劣らぬいいギャップだ。

●レーヴ&リリア
「俺の仕事はマネージャーでもPさんでも裏方でもなんでもいいけどな。……まずはうちのリリアのパフォーマンスを確認してくれるか?」
 レーヴがそっと横へはけると、後に残されたリリアがカチリとアランを見据え。
「ミステリ、アス……なフェアリー。……ねぇ、捕まえ、て?」
 その言葉をさらうようにドラムが、エレキギターが、そしてバイオリンが、激しくも厳かな音流を為した。
「そして……少しだけ、オトナにして……。リリア、なの」
 無機質な声音がメロディの翼を得て――天使となった。
 どこまでも伸びゆく、一点の曇りなく澄きみったソプラノ。抑揚というだけではない深みのある声音が、光の羽のようにアランを包み込む。
 この楽曲とボーカルの組み合わせ、普通のメタルではありませんね。シンフォニックメタル――エピックでしょうか。しかしすばらしい声だ。アランは目を閉ざして聞き入ろうとして、はたと目を見開いた。
 なんというか、ズレているのだ。ダンスとは言い難い不思議な動きが。しかも本人は無表情で、じぃっとまっすぐアランの目を見据えて離さない。その割に焦点はアランの向こう側に突き抜けている。
 正直に言えば怖い。しかし、その目を自分に固定できたら……と思う気持ちも沸いてくるのだ。
「歌声と本人の有り様、その解離性――あえての狙いさ。ファンに放っておかせない不安定さと、それでいてファンを掴んで離さないまっすぐさを出したくてな。気にならないか? あの目に見つめられるには、どうしたらいいんだろうって」
「まさに今そう思っていましたよ。では、このすべてがレーヴ様のしかけというわけですか?」
 アランの問いにレーヴは肩をすくめてみせ。
「リリアをリリアのまま生かすギミックを突き詰めただけさ。……でも御託はいいんだ。なあ、リリアを見ろよ。俺のリリアを見てくれ俺のリリアを感じろリリアのリリアをリリアで」
「メディッークっ! 日本では販売できない、有効成分しか入っていないタイプの鎮静剤をー!」
 ということで、落ち着きました。
 歌い終えたリリアはじっと立ち尽くしている。レーヴはやさしい目をリリアに向けた後、アランへ向きなおった。
「今の曲は俺の作曲だ。ジャンルは特に問わない。欲しいイメージを教えてくれればなんだって作る。マネージメントも曲も任せてくれ。リリアだけじゃない、ユニット丸ごと請け負うさ。ってとこで、どうだ? 人権費、ちょっとでも浮かしたいだろ?」
「人材に予算は惜しみませんよ。ビジョンを持っている人材には特にね」
 レーヴとアランは笑みを交わし、分かれた。

●初春&桜
「わらわは歌って踊れる狐の黒巫女、目ざすは食道楽系愛され型マスコットキャラ、天城 初春ですじゃ!」
 名乗った初春はここでくわっと狐目を見開いて。
「“はつはる”であって“ういはる”ではないのですじゃ! 以後よしなにお願いしますじゃ!」
 アランは資料に大きく「はつはる」と書き込み、うなずいた。どうやら名前の読みに関するトラウマがあるようだ。
「私は初春の英雄で、天野 桜と申します。この度はよろしくお願いいたします。笛を吹いて踊れる、元気で親しみやすい武士っ娘を目ざしていきたいと考えております」
 ふむ、礼儀は心得ているようですが、少々固いですか。
 と。初春が黒衣を翻して紅炎を抜き放った。非共鳴状態の今、その刃は焔虹を燃え立たせはしないが――桜の横笛の音に乗って舞い始めた小さな体は神気を映し、そのかろやかな歩を神威の荘厳で満たす。
 かるくありながら重い神楽の剣の舞。見かけだけでなく、真の巫女ですか。おもしろい。
「あ~」
 幼く甘い声音が凜と高く伸び、奉納歌を語り出した。
 降ろした神に身を預けることなく、あくまでも地上に在るがままの初春として歌う。
 神と並び舞う喜び、歌を紡ぐ楽しみ、ただそれだけを放つ。
 わずか71センチの体が、見上げるほど大きく見えるのはなぜだろう。
 ――本物だ。巫女としても、歌い手としても。
「よーし、あたいの笛を聞けぇ!」
 ここで桜が前へ。横笛のメロディをスタッカットに刻み、舞った。動きこそアップテンポだが、古式の作法に則ったその舞いは、軸が直ぐに定まっていて美しい。
 こちらが素ですね。しかし力強さの中に確かな品がある。……親しみやすいかはまた別の問題ですが。
 小さく笑うアランの前で、黒衣の初春の舞いと白衣の桜の舞いが交錯し、床を強く踏みならす“地鎮”でフィニッシュ。
 ほう、空気が清浄に……いわくつくの会場でも、おふたりがいれば問題なさそうだ。逆に肝試し系では注意していただかなければならないが。
「以上になります」
 桜がすらりと一礼し。
「いかがでしたかの? ちょいと疲れましたゆえ、失礼しますじゃ」
 初春は腰に下げていた甘酒の壺を呷った。
 ジャパニズム・モノクローム。グッズ化もはかどりそうですね。
 アランは薄笑み、「結構なお点前でしたよ」とふたりに告げた。

●ゆら&ひかる
「『世界で一番の妹系アイドル・ボーイッシュな闇落ちしかけの黒天使』、加賀谷ひかるでーす!!」
 若手芸人の「はいどーもー」的勢いで部屋へ入ってきた黒和ゴス衣装姿のひかるが、それはそれはもう低い声で叫んだ。
 黒天使ってなんだよ!? 闇落ちしかけって、いっそどん底まで落としてくれよ!! そんな心情だだ漏れである。やらされてる感全開である。後ろで満足げにほくそ笑むゆらの操り人形感満々である。
「……今回ご応募くださったのは、どのような理由から?」
「そんなのママが無理矢理――」
 すかさずゆらがひかるの後ろからなにごとかをささやき。
「――急にアイドルやらされ、やらせ、やりたくなったんで、まだなんも考えてねーよですっ!!」
「ひかるん? もっとアイドルらしくさわやかに」
 あ、ゆらの指示が聞こえてしまった。
「好きな色はー、エメラルドグリーンだぜ!」
 これはさわやか、なんだろうか。いや、色はさわやかだけれども。
「取り柄は……元気のよさとめげないハートだな!」
 今は空元気とめげかけたハートのようですが。ちょっとひかるがかわいそうになってきたアランである。
「と、トクギは、んなもんねえけど……ママがよく歌ってる演歌、歌うよ」
 ゆらがスタートしたカラオケは、エレキギターむせび泣くムーディーな前奏。
 そして手渡されたマイクをおずおず受け取り、ひかるが歌い出した。
 スイッチが入った、というのだろうか。ひかるの腰が据えられ、コブシがまわる。歌声が朗々とした流れを成し、物語を彩る情愛がビブラートを刻む。
 先ほどまでは操られ感満々だったひかるだが、これはまさに剥き出しの「ひかる」だ。直情的な性格だと聞いていたが、これほど感情を込められるとは……!
 渋い選曲にアイドル調の振りを合わせる姿がちぐはぐに見えないことも、すべては彼女が自身をさらけ出していればこそ。
 ひかる様がアイドルと真っ向から向き合い、折り合いをつけてくれるなら、おもしろいキャラクターになってくれるだろう。
「演歌も歌える隅っこアイドル、くらいでちょうどいいかなって、思って、ます」
 歌い終えたひかるはそう語り。
 その後ろから歩み出たゆらは、赤縁伊達眼鏡をくいっと指先で押し上げてアランへ向かう。
「私には特にお見せするようなアピールポイントはないのですけれど……ひかるんと若いみなさんが歌って踊れる立派なアイドルになれるよう、マネージャーとしてサポートさせていただく所存です」
 そしてアランの右手を両手で握りしめた。
「アランさんの右腕になれるよう、がんばりますわ」
 23歳人妻に、少し心動かされてしまう熟女好き美青年なのだった。

●セレティア&セラス
 おそろいのミニ丈軍服風ドレス(赤)に身を包んだふたりの女の子。
 うん? セラス様はともあれ、セレティア様は常識と良識あふれる方でしたよね? あんなキャラでしたっけ?
「セレティア・ピグマリオン15さいです」
「英雄のセラスです! よろしくお願いします」
 アランへぺこり。おりこうに頭を下げたふたりはとたたーっと配置につき。
「この日のためにいっしょうけんめい作ってきたおうたをきいてください!」
「キャピタリスト(資本家/資本主義者)のみなさんへ。『クメール・ルージュの伝言!』」
 クメール・ルージュ? 思わず眉根を跳ね上げたアランの前で、小さな嵐が吹き荒れる。
「笑ってはいけない 泣いてもいけない~ 愛や情は哀しみしか生まぬ~」
「社会の毒は微笑んで殺すの~ 腐ったリンゴは箱ごと捨てよう~」
「地雷の数は数えないわ~ 過去を懐かしがっているのよ~」
「目ざすは遙かな理想郷~ 良心に恥じることなどないわ~」
 抑揚の少ないポップなメロディ。が、その歌詞に込められた思想は凄絶に赤かった……。歌声が無垢であるからこそ、そしてふたりの振りが完全にシンクロしていればこそ、よりそこだけが際立つというか。
 セレティア様、セラス様……恐ろしいお子様方!
 アランが戦慄する中、歌い終えたふたりはまた一礼。声をそろえて「ありがとうございました!」。
「ああ、はい。ありがとうございました。……つかぬことをお訊きしますが、その衣装が赤いのは」
「コミュニズム(共産主義)の赤です!」とセレティアが満開の笑みを見せ。
「アカっていうより柘榴の紅?」とセラスがあどけなく小首を傾げた。
 もうどうしようもないほどにガチだった。
「それでは、アイドルになってなにをしたいかを」
「こどもに夢を与えたいのです! 純真無垢で裏切らないこどもに」
 まっすぐ言い切るセレティア。
 アランのスーツの袖をくいくい引っぱりながら、セラスがキラキラした目を向けて。
「ねぇねぇ、H.O.P.E.のエージェントの何パーセントが15歳以下のこどもなのかしら?」
 ……私は今、ひとつの深淵をのぞきこんでいるのかもしれない。
「あ、特技はくるみを割ることです! つまりくるみ割りです(意味深)!」
 丸々とした垂れ目をしばたたかせ、セレティアが手を挙げた。もちろんその手にくるみはない(意味深)。
「屠って殺せる放送禁止アイドルを目ざしてます!!」
 せっかくごまかしたのに……!
「うぇるかむとぅきりんぐふぃーるどぉ!」
 セラスがそれはそれは楽しげに、両手のチョキをちょっきんちょっきん。トリックオアトリートのノリで言うセリフじゃないだろうに。
 アランは静かに息をつき、子どもへ思想という名の夢を配ってまわろうともくろむ純赤のサンタクロース少女たちからそっと距離をとった。
 なんでしょうね、少々、雲行きが怪しくなってきましたよ……。

●ギシャ
「ハート(命)を掴む(奪う)ドラゴン少女♪ いつもキミといっしょだよー(いつでも殺れるからね)」
 ぺったりした体をくねらせながら、ギシャがばちーっとウインク。
「……ギシャ様、その、小声で付け加えておられるお言葉は」
「んー。多分、個性?」
 アランは思わずどらごんを探したが、いない。サクラ部門のオーディションに行ってしまっているようだった。
 よりによって野放しか! 私の命が掴まれてしまったらどうすれば!? 頭を抱えるアランだったが、とにかくオーディションは完遂されなければならない。
「それでは、歌を聴かせていただけますか……?」
「りょーかい」
 流れだすアラビアンなミュージック。
 ギシャの腰がきゅんと跳ね、その体が左右へ振れる。ラクス・シャルキー(東方舞踊)の名でジプシー女たちが広めたと云われるベリーダンスだ。
 もともとが砂の民然としたギシャだ。アサシンとして育てられる中で、潜伏活動用に仕込まれたのだろう。実に美しい動きを見せる――のだが。
 色気はありませんね。年齢を考えれば当然なのですが。
「ららら~♪」
 リズムに合わせて口ずさみながら、その小さなお尻をきゅきゅっと揺らす“ヒップドロップ”。そこへ前に置いた左足を蹴り出す“キック”を合わせ、ベリーダンスの基本を演じてみせる。
 さすがにキレがいい。歌は……その心身と共に発展途上だが、あの笑顔はすばらしい。問題は端々からあふれる無邪気な殺意でしょうか。……というか、なぜ殺す気の女児が集まってしまう?
 プレジデントチェアから立ち上がろうとしたアランは、足裏に違和感を感じて革靴の中を見た。
「――針を潰した画鋲?」
 いつの間にかアランのななめ後ろへ回り込んでいたギシャが変わらぬ笑顔で。
「とーしゅーずにガビョウ入れるイジワルなライバルにはほーふくするし、悪い敵プロデューサーはさくっとてんちゅーするよー。ギシャ、神さまになるし? ジャマするものは証拠残さずご退場ー?」
「今、私は全力で脅されていますね!?」
「ふふー。ギシャはなんにも語らないのだ。ごそーぞーにお任せ?」
 アランは「結果は後ほどお知らせします」とギシャをなだめつつ、内線1番へ電話をかける。とにもかくにもどらごん様をお呼びしなければ!

●どらごん&ラストシルバーバタリオン&オブイエクト
「サクラ部門しきらせてもらってる礼元堂っすけどぉ~! ウチはガチ気合命でマジ根性心なんでヨロシクぅ~!」
 背中に『ぶっこみ屋さん』を金糸で刺繍した赤い特攻服に身を包んだ礼元堂深澪がドスの効いた声をあげたが。
「って! ニンゲンひとりもいねぇ~っ!」
 サクラ部門のオーディション会場である防音防振仕様のレッスンルームに集まっている3名は……
「俺はボディーガード役を希望する」
 3頭身の着ぐるみ龍――どらごん。
「祖国がために立たれた少佐殿の道、この“改2型”で撃ち開こう」
 人型戦車その1――ラストシルバーバタリオン。
「以下同文! 以下同文です!」
 人型戦車その2――オブイエクト。
 深澪はけして客席に置いてはいけない面々を見渡し、ん~と唸って、そして。
「ま、エージェントアイドルのファンだし、英雄混ざってたっておかしくないよねぇ~」
 意外にあっさり納得し、勢いを取り戻した。
「難しいこたぁアランくんに丸投げ! じゃ~ここにいるみんなはサクラ兼ボディーガードってことで! 次の試験はぁ」
 ぎちり。握り締めた拳から煙を噴きながら3名へ迫る。
「気合と根性ぉ、見せてもらおっかなぁ!?」

●ソーニャ&サーラ
 レッスンルームの電話が繋がらない。
 ギシャは今も背後に貼りつき、隙を窺っている。
 アランは深いため息をつき、最後の応募者であるソーニャとサーラ招き入れた。ギシャとふたりきりでいると、いつ命を掴まれるかわからないし。
 部屋へ入ってきたソーニャ、そしてその斜め後ろに付き従うサーラが、アランからきっちり3メートル離れて立ち止まった。
「宣誓!」
 カツリ。軍靴の踵を打ち鳴らしたソーニャが鋭い声音をあげる。
「小官は愚神に喰われし祖国を取り戻すその日まで、アイドル稼業にこの身を捧げることを誓うものであります!」
 続いてずり落ちてきた眼鏡を押し上げ、凜とした顔でサーラが。
「遅ればせながら! 自分は亡命政府の命により、特別情報幕僚として任を受けましたサーラ・アートネット伍長であります! 上官殿と同じ舞台に立てることはこの上ない栄誉――どのような任務であれど、この身を挺してやり遂げる覚悟であります!」
 へにゃり。唐突にサーラの凜然が崩れ。
「さ、さすがに私などが……あ、アイドルなどとはいささか無粋……いえ、無理なのでは……酔狂どころか愚昧なのではありましぇんかじょぉかんどにょお!!」
 眼鏡を上下にばったばった踊らせながら、サーラはソーニャの肩を揺さぶりにかかるが。長身とはいえ68キロしかない彼女では、400キロの重量は揺らせない。
 いやそれよりも、ピンクのフリフリ軍服なちびっこへイエローのフリフリ軍服な恵体少女がすがりつく様は、想像以上にシュールだった。
「伍長、落ち着け」
「は! 落ち着きます!」
「本作戦におけるそなたの任務はなんだ?」
「は! 資金調達であります!」
「然り。国土の奪回と回復のために必要な費用捻出、それを為すまでの費用対効果、さらには潜在的国民兵(ファン)に鉄(お金。この場合はふるさと納税的なものを指す)の進呈を促すための鼓舞――すべては本作戦にかかっているのである!」
 ソーニャたちの国はロシア方面に「存在した」小国だ。それが重力を操るレガトゥス級愚神の襲来によって、国土のほとんどを地底へと沈められた。果たして生き残った数十人の国民は今、日本で肩を寄せ合って暮らしている。
 やりたいのではなく、やらなければならないわけだ。しかし、そのドラマは多くの人々を惹きつけるだろう。
 アランが見守る中、まだ踏ん切りをつけられない様子のサーラへ、ソーニャが強く言葉を発した。
「国歌斉唱!! ――黄昏包む雪の原」
 サーラの顔が上がり、唇が歌詞を刻む。
「今は戻れぬ 愛おしき祖国」
 そして。コール中だった内線がいきなり繋がった。

●どらごん&ラストシルバーバタリオン&オブイエクト
「気合と根性見せろやぁ~!! ――あ~、こちら深澪だけどぉ。アランくんどしたぁ~?」
 倒れ伏すサクラ部門応募者のただ中に仁王立った深澪が吼え、ようやく内線の呼び出し音に気づいてスピーカーをオン。
 そのスピーカーから漏れ聞こえるのは、ソーニャとサーラの国歌だった。
『『食す果実は未熟でも 我が身 祖国に捧げよう』』
「木々を抜けて丘へ登り」
 ねじれた関節をきしらせ、ラストシルバーバタリオンが立ち上がり。
「思い出すのは愛の歌!」
 割れた装甲から火花をあげながらオブイエクトが深澪へ突撃。
『どうかもう一度 栄華あらんと』
 電話口から流れ出すソーニャとサーラの歌声に、ラストシルバーバタリオンとオブイエクトの歌声が重なった。
「深澪をやるには今しかない――俺を越えて、行けぇ!」
 オブイエクトの影からすべり出したどらごんが深澪の脛に噛みつき。
「いてぇよぉ~!?」
 動きを止めた深澪に、鋼鉄の右拳がふたつ、ぶっ込まれた。
『「いつか祖国に暁を』」
 そして。
「アランくん……こっちは、全員、合格、だ、よ――」
 鉄塊たちに押し潰された深澪の声が途切れた。
 残された電話機へボロボロのコートをまとう太短い龍の手が伸べられ、スピーカーのスイッチをオフにした。
「隙を突いたうえ、3人がかりでやっとか……というか、こんなに戦闘力の高いファンがいるのか?」
 深澪の拳でぼっこぼこに歪んだ龍面をしかめ、どらごんは壁へもたれてずり落ちた。
「ギシャ。おまえが新人賞の舞台に上がるときも、俺がかならず守り抜……く」
 がくり。
 うなだれたどらごんの半眼。色を失くした瞳が見るものは――ギシャの笑顔だ。
 ちなみに当のギシャは、アランの靴の中へ微妙に尖った画鋲を潜り込ませる作業にいそがしく、どらごんのことなどまったく思い出したりしないのだった。

●全員合格
 大破した人型戦車2両と着ぐるみの骸ひとつが隅に転がされた控え室。残りの応募者を前にアランが声を張る。
「それでは合格者を発表します」
 次の瞬間、禿頭の黒服ががばーっと頭を下げ。
「みなさまがた、全員合格です! おめでとうございます!!」
「なんでてめぇがしきってんだボンクラ? 破門のチラシ捲かれてぇのか? それとも松杉植えてモッソウ飯喰いてぇか? あ?」
「ああっ、すんません! 自分もう寄場ん中にはあああああああ」
 アランにクリスタルの灰皿で後頭部をぐりぐりされる禿頭。
 その様を、ピンヒールとは思えないかろやかな足取りで高速移動しつつ、ゆらが動画撮影していく。
「このギャップ、奥様方に受ける!」
「受けてんのママだけだよ……モッソウ飯ってなんだよ寄場ってさぁ……」
 はしゃぐゆらの後ろで、ひかるはすっかりやさぐれモードだ。
「ふ、ふふふ……上官殿、誠に遺憾ながら、やはり自分は適材ならず。今後は上官殿を影ながらサポートって、合格!?」
 サーラの眼鏡がごとりと床に落ちる。
 ソーニャは彼女へ向けていた視線を鉄塊と化したラストシルバーバタリオンたちへ移し。
「小官らは等しく無価値である。国民の踏み石となる、ただそのために生き、死するのみ。……先に逝け、中尉。オブイエクトよ。小官もすぐに逝く」
「自分がまちがっておりました! 上官殿、自分もお供いたします――どこまでも」
「少佐、殿。その、我々、生きて、おり、ます」
「ちなみに、私もまだ」
 ラストシルバーバタリオンとオブイエクトがぎちぎち右手を挙げてみせるが、盛り上がったソーニャとサーラはまるで気づかない。
「どらごん。ギシャが神さまになるとこ、くさばのかげから見ててね。いっしょにデカ盛りラーメン食べたの、忘れないから」
 ギシャは消せぬ笑顔をそっとどらごんへ寄せ、額に額を合わせて――立ち上がった。
「いや待て、思い出なんぞもっといろいろあるだろうが……。なのに、よりによってそれか? それひとつか?」
 あまりにもひどいギシャの語りに、思わずケガを忘れてツッコんでしまうどらごんだった。
「我らは歩み始めたのじゃな。この道が我らが望む先へ伸びておること、祈ろうぞ」
 アクチュエルがアヴニールへ微笑みかけた。
「たとえそうでなくとも。未知なる経験を糧に、また別の道を進めばよい。ふたりなら、なにも怖いことはないのじゃから」
 ここから空は見えないが、一歩踏み出した先には青い空が広がっている。精いっぱい、信じたままを為そう。家族との再会を成す、その日のために。
「デビューイベントのとき、もうちょっとスカート短くしてみよっか?」
「恥ずか死にますけど!?」
 ブルームーンの無体な要求に震え上がるフィオナ。
 しかし、フィオナは“きゃわいい服”が大好きで、実は映画のエキストラを務めた経歴もある、舞台に縁近い人なのだ。たとえスカート丈が削られても、きっとまあ、赤薔薇をやってしまうのだろう。
「万来不動産ってアイス作ってるんでしょうか? 自由に食べちゃうと問題ありそうですけど……」
 早くもスポンサー問題に頭を悩ますリリア。
 稜は息をつき、目を閉じる。
 パフォーマンスで負けるつもりはない。が、モニターで見てきた他の面々は、なかなかに濃かった。自分とリリアの立ち位置をどう定めるか――王道を貫くか、横道へ分け入るか――は、充分に考える必要がありそうだ。
「今夜は祝宴じゃの。降りてきてくださった神にも捧げ物をせねば」
「おう。神饌(神へのお供え物)用意して思いっきり騒ごうぜ」
 甘酒を掲げて神に謝意を示す初春と、ぐっと笛を突き出して契約主へ同意する桜。
 巫女と武士がステージでどのようなパフォーマンスを演じるものかは未知数だが、大量の楽屋弁当と神饌とが必要となることは避けられそうにない。
「富の還元、利益の再分配――すなわち原始共産主義!」
「新しい理想郷の建設、これが万来不動産の天命よ!」
 棒立ちになったアランのまわりをぐるぐると取り巻き、思想を吹き込むセレティアとセラスである。
 資本主義丸出しなアイドル業界で、果たして彼女たちの共産主義は花開くのか……?
 そのふたりの包囲陣からアランを引っぱりだしたレーヴが苦笑。
「極道もアイドルも目ざす先はいっしょだろ? テッペン、獲りにいこうぜ」
 傍らのリリアは無表情のまま、細く絞った声音で歌を口ずさんでいる。それはどこの言葉かわからない歌詞で紡がれた、どこの歌かわからない曲。
 アランはサングラスを禿頭へ投げ渡し、素顔をうなずかせた。
「ええ。カチコミましょう、仁義なきアイドル地獄を突き抜けて」
 使い込まれた革の手帖を開き、彼が赤字で書きつけた文字は「特訓」。
「デビューライヴの前に合宿を行います。仕上げますよ、ウチのエトワールたちを――」
「お話中、失礼いたします。電報が届いとります」
 禿頭がアランに電報の収められた筒を差し出した。
「わざわざ電報を? どちら様からですか?」
「千客不動産の――」
 アランは抜き取った電報に視線をはしらせ、奥歯を噛み締めた。
「どうされましたの、アランさん?」
 伊達眼鏡を押し上げつつ、アランに寄り添うゆら。右腕志望のはずなのに親密ポジションの左側をキープするあたり、意外に本気で獲りに行っているんじゃなかろうか?
 アランはそっとゆらのゆくもりから一歩離れ、窓を塞いでいた眼前のブラインドを押し下げた。
「嵐が来るようです。アイドル地獄にふさわしい、修羅の嵐が」


〈AR(アフレコ)台本風次回予告〉
アクチュエル:かくて最初の一歩を踏み出した我らじゃが。
サーラ:(ため息をついて)まさかこんなにあっさりだなんて……!
ソーニャ:道行きはあっさり行かなさげであるがな。
ゆら:(淡々と)突如届く電報。それは万来不動産のライバル、千客不動産からの通知でしたのよ。
稜:ゆらさんいつまでそのキャラで……通知って、なんでしょう?
アラン:宣戦布告です! ウチと千客のアイドル抗争の始まりですよ。
レーヴ:(肩をすくめ)やれやれ。まだデビュー曲もできてないってのに、いそがしいことだ。
初春:わらわは甘酒飲み比べ対決と洒落込みますかの。
セレティア:キャピタリストは粛清なのです!
ギシャ:じゃーガビョウいっぱい持ってこなくちゃー。
全員:次回、地獄アイドル地獄~特訓編~! きみの心に届けBAN・RAY!
フィオナ:そういえば今回「BAN・RAY!」ってひと言も出てきてませんね?

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結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 惑いの蒼
    天城 稜aa0314
    人間|20才|男性|防御
  • 癒やしの翠
    リリア フォーゲルaa0314hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 悪夢の先にある光
    加賀谷 ひかるaa0651hero002
    英雄|17才|女性|ドレ
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 柘榴の紅
    セラスaa1695hero002
    英雄|9才|女性|ソフィ
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • タレンテッド・ゴールド
    レーヴaa4965
    人間|26才|男性|攻撃
  • フェアリー・アイリス
    リリアaa4965hero001
    英雄|10才|女性|ブレ
  • 似て非なる二人の想い
    アクチュエルaa4966
    機械|10才|女性|攻撃
  • 似て非なる二人の想い
    アヴニールaa4966hero001
    英雄|10才|女性|ドレ
  • さーイエロー
    サーラ・アートネットaa4973
    機械|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    オブイエクト266試作型機aa4973hero002
    英雄|67才|?|ジャ
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 笛舞の白武士っ娘
    天野 桜aa5268hero001
    英雄|12才|女性|ドレ
  • 赤薔薇のにじゅうごさい
    フィオナ・アルマイヤーaa5388
    人間|25才|女性|攻撃
  • 青薔薇の妖精
    ブルームーンaa5388hero001
    英雄|20才|女性|シャド
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