本部

騒乱の刃

影絵 企我

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
LV61~LV80
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/08/24 12:00

掲示板

オープニング

「あの愚神が現れました」
 オペレーターがモニターに一体の愚神を映し出す。それは東尋坊の切り立った断崖の上に立ち、黙々と刀の素振りを続けていた。金糸で刺繍の施された黒い和装を身に纏い武士を気取ったその愚神は、その顔を真っ黒に塗り潰された狐面で覆っている。報告を受けた担当官は呟く。
「逃げも隠れもしないか。奴の習性はどうにもわからんな」 

 ”騒速”の名は既にH.O.P.E.でも幾らかの人間が知るようになりつつあった。任務の為に実地へ赴くと、何処からともなくふらりと現れ、側面から攻撃してきて色々と滅茶苦茶にして帰っていくからだ。酷い時には、現れた愚神や従魔を軒並み薙ぎ倒し、リンカーを纏めて戦闘不能に追い込んでしまった事もある。風の噂では、中部地方を拠点にしていた一部のヴィランズが騒速の度重なる襲撃のせいで解散に追い込まれたらしい。

「ひとまず観光客の皆さんには避難していただいていますが……その間アレはじっとその様子を眺めるに留まっていたようですね」
「ああ。リンカーやヴィランが狙われた事件は既に五十件をこえようとしているのに、ヤツが一般人を襲ったという事件は一つもない。狙いはリンカー、そうでなければ愚神や従魔にさえ攻撃を仕掛けるという事か」
 担当官はデスクに広がる大量の資料に目を落とす。エージェント達による攻勢で逆に騒速を撤退に追い込んだ事例もあるが、それは片手で数えられるくらいしかない。何度も騒速の暴走を目の当たりにしてきたオペレーターは溜め息をつく。
「また、増援を送るとアレは必ず逃走へ向かいますね。不利と見た時の撤退の鮮やかさには目を見張るものがあります」
「戦好きだが戦狂いではないという事だ。武の頂へ至る為に、死んでは元も子も無いとでも言うのだろう。……それがヤツのやりにくさでもあり、弱みでもある」
「任務の邪魔をされ続けるのも厄介ですし、此処で仕留めてしまいたいところですが……」
 オペレーターの呟きに、担当官はすかさず首を振った。
「無理だな。ヤツが何のためにあの場を選んだと思っている」
「……いくら自殺の名所とはいえ、愚神は飛び降りても死にませんか」
「そういう事だ。あの辺りは海流が速い。中に飛び込まれたら探すのは困難を極める。討伐に十分な戦力を送り込んだら、その時点で奴は海中に飛び込んで逃げおおせるぞ」
「何だか情けない奴ですねぇ」
 茶化す青年に肩を竦めると、担当官はデスクに戻り依頼書を一枚したため始めた。
「ギアナ支部の状況も気になる。急遽戦力を充当する事になる可能性を考えると、ヤツの為だけにあまり多くの人数を当てるのはそもそも得策じゃないだろう。一般人にはどうせ被害が無いんだ。それなら一度思い切りぶっ叩いてしばらく表に出られないようにしておくだけでいい。そのためには……」

「H.O.P.E.の精鋭を六人集めろ。斃せなくても構わない。しばらく起き上がれないようにしてやれ」

 ふと、騒速は素振りを止めて振り向く。モニター越しに、ソレはじっと担当官を睨みつけていた。担当官もまた、不敵な笑みを浮かべて騒速を見つめ返すのだった。

解説

メイン 騒速を負傷撤退させる
サブ 騒速を戦闘不能にする

エネミー
騒速
脅威度
ケントゥリオ級愚神
ステータス
物防S、生命・魔防A、物攻B その他不明
スキル
・見取稽古
 特殊。スキル使用によるダメージorBS付与を受けた場合、その使用されたスキルを習得し、自在に操る。
・相殺
 リアクション。発動されたスキルと同じスキルを自分が持っている場合、その回数を消費して発動を無効にする。1Rに何度でも使用する事が出来る。
・発破
 リアクション。生命力を5消費して発動。受けたBSを解除し、直前に受けたダメージの半分の値だけ生命力を回復させる。

フィールド
・東尋坊:切り立った崖になっており、速い海流に囲まれている。準備も無く崖下に墜落した場合、戦闘から離脱する事になる。
・昼(晴天):特筆する効果は無し。

Tips
騒速は生命力が半減した時点で撤退を考え始める。戦闘不能に追い込みたい場合は少々工夫が必要。
どのスキルを習得しているかについては質問卓で確認可能。少なくとも、能力者Lv30、英雄Lv20までに覚えるスキルは一部を除いて全て習得している。

リプレイ

●強兵の鯨波
 東尋坊の崖の先、黒装束に身を包んだ長身の武者は立っていた。総髪を潮風に吹き流し、大太刀を担ぎ、いつも通りに狐面で顔を覆い隠して、彼はゆったりと歩を進めてくるエージェントと向かい合う。
「初めまして、騒速。話は色々聞いてるわ。……特にお母さんからね」
『みんなにやっつけられちゃいなさい!』
 騒速の間合いに踏み入るなり、世良 杏奈(aa3447)とルナ(aa3447hero001)が真っ先に啖呵を切る。騒速は彼女をじっと見つめ、得心したように頷いた。
「……あの者の娘か。道理でよく似ている。しかしライヴスはあれよりずっと強く……いや、禍々しいと言うべきか」
 騒速の言葉を聞くなり、杏奈は不敵な笑みを浮かべる。
「へぇ。しっかり鼻は利くようね。覚悟なさいな」

「はえー、あなたが巷を騒がせているという騒速なんですねぇ」
 餅 望月(aa0843)はスマートフォンを取り出し、ぱしぱしと騒速を写真に収めていく。気に入らないのか、騒速は肩を怒らせ、腕組みをして望月を見据える。
「だとしたら何だというのだ」
「いやぁ。この任務の説明で初めてあなたの事を知ったんで……一体どんな愚神なのかと」
『食べたり遊んだり忙しかったからねー』
 百薬(aa0843hero001)は茶々を入れる。望月は咄嗟に口を尖らせ百薬の頬をつつく。
「人聞きの悪い。ちゃんと他の従魔や愚神とも戦ってたでしょ」
「漫才でも見せに来たのか、お前達は」
 何処か緊張感の無い二人を前に、騒速は呆れたように首を振る。望月は肩を竦めると、百薬と共に真っ直ぐ騒速と対峙する。
「それこそ人聞きの悪い。一応あなたの事は報告書や聞き込みで調べてあるんです。甘く見て貰ったら困りますよ」
「他者よりの知恵……それもまた一つの、人間が持ちうる強さか」
 騒速は大太刀を抜き放つ。その刃に手を翳すと、身の丈ほどもあった刃はするりと縮み、刃渡り一メートルほどの太刀に変わる。深々息を吸い込み、中段に構えて騒速はじっと周囲を見渡す。
「来るがいい、人間の兵ども。貴様らの強さの神髄は既に学んだ。その強さを打ち崩し、私は武の頂へと歩みを進めてみせる」
「……武の頂か。一つ聞かせろ」
 狒村 緋十郎(aa3678)は黒い外套を潮風に吹き流し、深紅の魔剣を担いで騒速を睨む。
「貴様が喰ってきた愚神の中に、氷雪を操る少女はいたか」
「氷雪を操る……分からんな。いたような気もするし、いなかったような気もする」
「惚けるな」
 歯を剥き出し、緋色の毛を逆立て緋十郎は喉を鳴らして唸る。レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は呆れたように囁く。
『(落ち着きなさい。カイに言い放った言動からして、この狐が刃を交わした相手を憶えていないなんて有り得ないわ。ただの挑発よ)』
 緋十郎は僅かに目を見開くと、怒りを潜めて大剣を真っ直ぐに構える。騒速は肩を竦めた。
「……英雄に何かを吹き込まれたか。安心しろ。私は愚神も人間も殺さぬ。殺してしまえばそれきりだが、生かしておけば再び刃を交え、私の霊力を更なる高みへ導く機会となろう」
 腰を落として低く構え、緋十郎はじりじりと間合いを削り始める。高邁な信念を唱える愚神には何度か遭った。そのうちの一人は、そんな己が為した所業を悔いながら死んでいった。それが愚神の定めだと泣きながら。
「たとえその言葉が真だとしても、その信念にはどうしようもない綻びがある。……それが愚神だ。貴様もまたその信念を違え、いつかあの娘を手に掛ける時が来るだろう。そうなる前に、今此処で仕留める」

 闘気を漲らせた緋十郎を前に、騒速はただ構えたまま言い放つ。
「やれるものなら」

 刹那、切り立った崖を一気に駆け登り、黒いドレスを纏った少女が跳び上がる。御童 紗希(aa0339)と共鳴したカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)が、青白く光る刃を頭上高く振り上げ騒速の背後へと迫った。五組のエージェントと対峙していた騒速だったが、不意に大きく一歩前へと飛び込みカイの一撃を躱す。
 
「霊力を抑えての不意打ちか。あまり舐めてもらっては困る。狐がそんな術も見抜けぬと?」
『つっても大分大げさな避け方だな? 普段ならもっと紙一重で避けてたろ』
 騒速は答えない。太刀を構え、総髪を靡かせ低く構えるだけだ。カイも断崖に突き刺さった水縹を蹴り上げて構え直すと、真っ直ぐに騒速ののっぺらぼうを睨む。
『暫く大人しくして貰えとの上からの指示だ。悪く思うな』
「そう簡単に行くと思うな……」
 ライヴスを刃に纏わせ、カイの懐へと一気に潜り込む。カイは再び高く跳び上がると、騒速の突進を躱してその背後に回り込む。騒速は咄嗟に振り向き霞に構え、カイの一撃を受け止める。虎噛 千颯(aa0123)は飛盾を構え、じっとその戦いぶりを窺っていた。
「(へー。例のスキル喰い、こういう戦い方するのか)」
『(気を引き締めるでござるよ。強敵でござる)』
「(わかってる。……力の誇示ってのは好きじゃないんだけどなぁ。まあ、状況が状況か)」
 白虎丸(aa0123hero001)の言葉に頷くと、千颯は盾をわざとらしく掲げて叫ぶ。
「おい、さっきから聞いてりゃ、力を渇望すんのは三流のやる事だぜ?」
 さらには口元を歪め、挑発的な笑みを浮かべてみせる。
「来いよ三下。格の違いってのを見せてやるよ」
 騒速はカイの攻撃を往なしながら、千颯には取り合おうとしない。少しむっとなった千颯は、さらに声を張り上げ畳みかけた。
「おい! それとも獲物が獲物だけにビビってんのか?」
『(千颯……あまり強い言葉はかえって弱く見えるでござるよ?)』
 白虎丸は呆れて呟く。騒速も杏奈の飛ばす魔法弾を躱しながら小さく首を振った。
「虎よ。私を嘲って怒らせようというつもりならそうはいかんぞ。狐が貴様や獅子からどれだけ詰られ嘲られてきたと思っている」
「はぁ……。ならいつも通りにやるしかないか」
 千颯は盾を構え直し、騒速にむかって一歩踏み出した。その背後でアイリス(aa0124hero001)は黄金の羽を開き、星のように輝きを放つ花びらを潮風に舞わせながら騒速の立ち回りを眺める。
『開き直りか……あの手の輩は挑発が効きにくくて困るな。以前に多少の癖や呼吸は読み取らせてもらったが、まだ見切るには足りないだろうし』
「(倒しきれる?)」
 イリス・レイバルド(aa0124)がこそりと尋ねる。姉が直々に出る以上勝利は疑うべくもない。大事なのは姑息な愚神に如何なお仕置きを出来るかである。全身からうっすらと放たれる光をベールの様に纏いながら、アイリスはいつものように笑みを浮かべた。
『さてね。引き際を弁えているタイプはその辺りが厄介だから』
 彼女は両手を広げ、水晶の様に透き通った声で歌い始める。ライヴスの込められた歌声は彼女の纏う羽に花びらにベールへ染み込み、荘厳なトリオを奏で始めた。緋十郎と鍔迫り合いを繰り広げていた騒速は、不意に間合いを切って面に手をあてがう。
「……その歌は如何にも美しい。だが私にとっては“目”障りだ」
 騒速は一歩下がって太刀を構えると、一気に飛び出した。緋十郎に飛び掛かり、緋十郎が咄嗟に構えた大剣の腹を蹴りつけ跳び上がり、そのままカイに向かって突っ込んでいく。代わって飛び出した千颯が盾を騒速に向かって投げつけると、騒速は盾に向かって思い切り太刀を振り下ろし、その反動でさらに高く舞い上がる。太刀を高く掲げ、アイリス目掛けて隼のように降ってくる。
『さて、パーティーの始まりだ。紳士的なダンスを期待させてもらおうか』
 アイリスは銀河のように輝く宝石の盾を取り出すと、軽やかに全身を躍らせ騒速の一撃を迎え撃つ。彼女の周囲で躍る光が盾に集まり、騒速の振るった刀を絡め取る。教会の鐘のように澄んだ音が一帯に響き渡り、騒速の一閃は光に飲み込まれた。
「やはり堅いな」
『力そのものを奪う……なかなか洒落た結界だろう?』
「……なれば」
 騒速は一歩後ろに飛び退くと、仮面を僅かにずらす。白毛に包まれた獣の口を露わにしたかと思うと、胸を膨らませて黒ずんだ毒霧を一気に吐き出す。風に吹かれた霧は、一気に広がり彼を取り囲むエージェント達に纏わりついた。
『ちっ……形振り構いやしねえってか』
 咄嗟に口元を覆うカイだが、霧の毒は全身から侵蝕しようと迫る。しかし、すかさず天使の羽に包まれた光が飛び、毒からカイを解き放つ。
「ワタシの眼が黒いうちは、そんな小狡い手通じませんよ?」
 無骨な“電柱”を脇に突き立て、望月はわざとらしく騒速に首を傾げてみせる。騒速は何も言わぬまま太刀を八相に構える。既に四方は千颯やアイリスに取り囲まれ、間合いを詰められていた。
『袋叩きの準備は整った! さあ、やっちゃえ!』
 掲げた旗を右に左に振り回す。その度にライヴスがふわりと舞い、辺りに漂う。それを合図に、カイと緋十郎が一気に騒速へ踏み込んだ。
『捻じ伏せてやる!』
「行くぞ、狐!」
 地面を転げて反転した騒速は、刀にライヴスを纏わせ迎え撃つ。大剣を盾のように構えて突っ込んでくる二人を同じく突進で迎え撃ち、二人の攻勢を押し留める。杏奈は手の内に宿した炎、雷、冷気を立て続けに騒速に向かってぶつけていく。
「どう? スキルを使わなくてもこんなに多彩な攻撃が出来るのよ!」
「ぐぅっ……」
 緋十郎とカイを迎え撃つのに精一杯、騒速はその炎に応じきれず全身を焼かれる。気合と共にその炎を振り払ったが、緋十郎とカイはさらにもう一歩騒速へと攻め込む。息を合わせて放たれたストレートブロウ。騒速は両腕を交差させて直撃だけは防ぐが、勢いは殺せず大きく吹き飛ばされる。
「来たわね。魔術師でも接近戦が出来る事を教えてあげるわ」
 どうにか体勢を立て直そうとする騒速。紅色のドレスの裾を靡かせ、杏奈は血気盛んに蹴りかかる。騒速は片手でその蹴りを受け止め、そのまま身を引いて杏奈の態勢を崩す。
「出来たところでなんだ? 素直に魔法を使えばいいだろう?」
 騒速は刀を握る右手で正拳突きを見舞おうとする。しかし脇から飛んできた白黒の盾がその一撃を弾き返してしまう。
「おっと! オレちゃんがいる限り、そうそう突破は出来ないんだぜ?」
『俺らの盾はそう簡単には破れぬでござるよ!』
 自在に飛び交う盾は、さらに騒速へ襲い掛かる。太刀を振るって斬り払いながら、うっすらと騒速は声を荒らげる。
「……虎め。いつでも貴様は……!」
 ライヴス纏う太刀を振るって脇に構えると、足を摺らせて滑るように千颯へと迫る。
「おっと、ついに怒ったか!」
 千颯がひょいと身を引くと、入れ替わるようにアイリスが宝石の盾を構えて飛び出す。
『強がっても開き直っても、やはり堪えきれないものはあるようだねえ』
「……あああっ!」
 喉を枯らしたような乾いた吠え声と共に、騒速は太刀を振り抜く。アイリスは真正面から力任せの一撃を受け止めると、その勢いを借りてくるりと回転、そのまま騒速を怪力で思い切り叩きのめす。
「うくっ……」
 仮面がずれ、騒速はよろめく。その身体は盾から放たれた光に絡まれ、がくがくと震えている。そこへ杏奈がさらに追撃を仕掛ける。またしても素手で。
「ほうら、休んでいる暇なんて無いのよ!」
「五月蠅い! 一体何なんだ貴様は!」
 ずれた仮面を直そうともせず、杏奈が繰り出す一撃を騒速は小手先で軽々と往なしていく。果てには杏奈が繰り出した突きを左手で掴み取る。
「ふざけた真似を!」
 騒速は杏奈の脚を払って宙に浮かせると、そのまま一本背負いで彼女を海へと投げ出す。彼女は何も言わず、無表情のまま崖下へと落ちていった。一瞬の後、海に何かが呑まれた音がする。騒速は肩を怒らせたまま、仮面を素早くつけ直す。
「休むな!」
 緋十郎が肩に担いだ深紅の大剣を荒々しく振り下ろす。騒速は太刀を水平に構えてその一撃をどうにか受け止め、身を捻ると刀に炎を纏わせ鋭く振り抜く。刃の軌跡に沿って炎の華が咲き乱れ、緋十郎を呑み込もうとする。しかし緋十郎は怯まず、炎を纏ったまま騒速へ迫っていく。彼には背中を預ける仲間がいる。その勇猛を十全に発揮するだけでよかった。
「搦め手使おうとしたって無駄ですよ」
 望月の放った光が、緋十郎に纏わりつく炎を火傷ごと消し去る。指先に宿した光を振りながら、彼女は得意げに笑みを浮かべた。それを見た騒速は苦々し気に呻く。
「おのれ……」
 刹那、カイは大剣を担いで真正面に踏み込んだ。
『今日こそその面拝ませて貰う!』
「……カイ・アルブレヒツベルガー!」
 二人はほぼ同時に飛び出すと、眼にも止まらぬ速さの三連撃を共に切り出した。青白い光が素早く交錯して火花を散らす。騒速は素早く間合いを切ったが、緋十郎はそんな彼を追い詰めていく。
「この技、貴様に耐えられるか……!」
 雄叫びと共に、緋十郎は岩さえ切り裂き削る斬撃を立て続けに叩き込む。騒速は全身のバネを乗せた渾身の一撃でこれを迎え撃つ。しかし緋十郎の激しい気勢までは留めきれない。斬撃は捌かれてもなお、緋十郎は騒速を強引に押し込んでいく。
『おやおや。大分疲れているようだね?』
 肩で息をする騒速に、アイリスは悠然と歩み寄った。騒速は周囲を見渡した。五人の精鋭が周囲を取り囲んでいる。騒速は首を振った。太刀を振り上げると、その刃に大量のライヴスを纏わせる。
「これまでか……!」
 地面に向かって刃を思い切り叩きつける。刹那、刃に纏わりついていたライヴスは弾け飛び、激しい爆風がエージェント達に向かって襲い掛かる。
「うわっと!」
 千颯は爆風を受け、素早く後ろに飛び退く。受け身を取りながら衝撃を抑え、崖の上に踏み止まった。アイリスはライヴスを纏わせた盾を構え、身を乗り出すようにして爆風を抑え込む。
『備えあれば、ってね』
 一方望月達は前もって構えていたライヴスミラーで爆風を撥ね返す。その両脇で緋十郎とカイは大剣を地面に突き立て強引に爆風を耐え忍んでいた。彼らの視線は宙に注がれている。わざと爆風に巻き込まれ、ふわりと舞い上がる騒速が其処にはいた。
「……」
 騒速はそのまま崖の下へと降っていく。その表情は黒い仮面に覆われたまま読み取れない。今日もまたその素顔を見せることなく、逃げ果せる。

「ブルーム……アッパーッ!」

 しかし、そうは問屋が卸さない。薔薇の箒に跨り潜んでいた杏奈が、猛禽のように突っ込み魔力を纏った会心の拳打を騒速の顔面へと叩き込む。完全に不意を突かれた騒速は、崖上まで突き上げられて地面に叩きつけられる。その仮面には深い亀裂が入っていた。薔薇の花弁を散らしながら飛ぶ杏奈を見上げ、盾を掲げた千颯は快哉を叫ぶ。
「おおっ! 杏奈ちゃんの事だから、何かあるんだと思ってたんだぜ!」
「もちろん! ただでやられたりなんかしないんですから!」
 そのまま揚々と崖上に降り立った杏奈は、倒れ込んだままの騒速を指差して叫ぶ。

「貴方は次に……『馬鹿な! 貴様、海に落ちたのではないのか!』と言う!」

 しかし、騒速は息も絶え絶えに起き上がるだけだ。崖際に移ってその顔を覗き込み、望月はぽつりと呟く。
「……言う余裕も無いみたいですね」
「ぐぅっ……!」
 騒速はぐらつきながらどうにか立ち上がる。騒速は手負いの獣のように唸る。腕が震え、構えた剣先が定まっていない。エージェントはその周囲を取り囲む。何十もの任務を邪魔した愚か者を、みすみす逃がしてしまうつもりなど無かった。

 しかし一人だけ、違う想いも抱えた少女がいた。

「……ねぇ。どうしていつも途中で逃げようとするの?」



●臆病を隠す仮面
「強さを求めている貴方には矛盾してる行動だよ。……何か、死ねない理由があるんじゃないの?」
 騒速の前に立ち、紗希はおもむろに尋ねる。その言葉に、騒速は首を傾げた。狐につままれたような顔で仲間達が彼女を見つめる中、紗希はさらに続けた。
「カイが強さを求める理由を聞いた時、貴方は忘れたと言ったよね」
 騒速は剣先を下ろし、姿勢を起こして彼女を見据える。仮面の隙間から、紅く光る瞳が露わになっていた。
「貴方は、最初は力を求めて彷徨う小さな狐の愚神だったのかもしれない……そして同じ様に力を求めていた依り代と出会った。貴方が武の頂を求める理由は、貴方に身体を捧げた人と交わした約束、“それを必ず果たす事”なんじゃないの?」
『……マリ?』
 自らの意識へとうっすらと流れ込む、紗希の想い。カイは怪訝な口調で紗希を牽制した。しかし彼女は構わない。今しかないと、すらすら言葉を紡ぎ出す。
「人を傷つけるのは悪い事だけど、貴方は悪い愚神じゃない気がするの」
『おい』
「私は、人と愚神の共存は可能なんじゃないかって思ってるの」
『おいマリ! 何を言い出す!』
 いよいよカイは声を張り上げ紗希の言葉を止めようとする。それでも紗希は、必死に騒速へと訴えた。
「英雄が邪英化を経て愚神になるなら、その逆もあり得ると思わない?」
『いい加減にしろ、マリ!』
 カイは大剣を握りしめ、声を荒らげた。想い人の想いを否定するのは苦しい。しかし、彼女の唱える“和解”だけは、どうしても否定するしかなかった。
『相手がどんな奴であれ、人の脅威となり得るヤツを野放しには出来ない! 俺らはコイツを説得しに来たんじゃないぞ!』
「でも――」
「御堂・カイレ・マリエル・紗希。お前が何を期待しているのかは知らない。……だが、少なくとも、私はそんな崇高な存在ではない」
 紗希の言葉を遮り、騒速は応える。罅割れた仮面に手を掛けると、一気に引き剥がした。同時に総髪もばらばらと落ち、その中に隠れていたもの――白面金毛の狐頭を露わにする。
「私は狐だ。虎の威を借り、狼を揶揄い、獅子と戯れ、そして報復される狐だ。即ち、私には優れた武勇も無ければ、高き誇りも無く、悠々たる大器も無い。代わりにあるのは少々の奸智と強い臆病だけだ」
 深紅の瞳を細め、白い牙を剥き出しにして、狐は唸った。
「果たすべき約束? ……私はただ吹き付ける臆病風に煽られながら戦っているだけだ。何かを過てば死ぬと、ただ恐れながら戦っているだけだ。全ての記憶を失いただ残った、力が欲しいと、何故かも分からず只管に叫び続ける心を鎮めるために!」
 強くなる一方の語気が不意に緩む。虚ろな眼で天を仰ぎ、狐は呟く。
「……いっそ武の頂に至ればその叫びも消えると信じて。そう信じて、己自身を強き者と偽り、恐怖を化かしてきただけだ。虎のつもりで、狼のつもりで、獅子のつもりで」
「……それが、あなただというの? 騒速……」
 紗希は呆然と呟く。自暴自棄に本心を吐き出した狐は、今ここにいる誰よりも弱々しかった。眉間に皺寄せ、腕組みしたまま狐の叫びを聞き終えた緋十郎は、重々しく口を開く。
「金色の狐。貴様の想いは分かった。だがそれでは、いつまでもお前は呪われたままだ」
 脇に突き立てた深紅の大剣を抜き放つと、肩に担いで前のめりに構える。
「武の道とは、死すら厭わぬ覚悟の道。貴様のようなごっこ遊びでは、未来永劫、武の頂へなど辿り着けんだろう。命惜しさで臆病風に吹かれているうちは、更なる高みへ登る好機さえも逃してしまうぞ」
 吸血茨が緋十郎の腕に絡みつき、ライヴスごとその血を吸い始める。血のように紅い大剣は、まるで生きているかのような輝きを放った。
「来い。俺は“奥の手”を持っている。貴様を武の頂へと導く奥の手だ。それを知りたくば、臆病に打ち勝ち、痛みに耐えてみせろ……!」
 口から垂れた血を拭い、狐は首を振る。
「……その考えが私には理解出来ない。獅子や虎なら、なるほど死を厭わずとも死にはしないだろう。だが私は狐だ。死を厭わなければ死ぬだけだ。私には、その言葉が強者の驕りにしか聞こえん」
 大太刀の鞘を抜き放つと、騒速は太刀を鞘へ納める。一呼吸置き、騒速は鞘の両側から一対の太刀と小太刀を抜き放つ。太刀で頭を庇い、小太刀の切っ先を突き出し、全身の毛を逆立てて騒速は叫んだ。
「だが、いいだろう。乗ってやる。狐にも一寸の誇りはある。世を化かし嘲笑う者としての誇りが。私の脳味噌に詰まった奸智を尽くして、戦ってやる!」
 太刀の峰を小太刀で擦る。飛び散った火花は白熱し、眩い光の束となってエージェント達に炸裂する。緋十郎は咄嗟に腕で目を庇う。
『(来ているわよ、緋十郎!)』
 レミアの叫びとほぼ同時に、光を切り裂いた狐が小太刀を緋十郎の喉元に向かって突き出してくる。眼を庇っていた手を払って小太刀を払うが、狐は続けざまに肩口へ刀を振り下ろす。緋十郎はその一撃を堂々と受け止める。
「温い! その程度で俺を崩す事は出来ん!」
「百も承知!」
 狐はふわりと跳ぶと、緋十郎の肩を蹴りつけさらに高く舞い上がる。長柄槍を構えて間合いを詰めにきた望月の頭上を跳び越え、すとんとその背後に降り立つ。
「あ……! これまずい……」
 望月は慌てて振り向こうとするが、槍の遠心力に振り回されて一拍遅れる。その隙に狐は荒々しい蹴りを何度も叩き込んだ。
「いたっ! いった! いったい!」
 望月は咄嗟に前へとすっ飛び、狐との間合いを取り直す。二刀を構えて尚も追い込もうとした狐だったが、アイリスは素早く割り込み盾で狐の突進を抑え込む。
『ここが正念場というわけだね。……破らせはしないよ。決して』
 狐は鼻面に皺を寄せ、アイリスに向かって再び毒霧を吐く。ふわりと広がった霧はアイリスを包み込んでいく。しかしアイリスは決してその微笑みを崩さない。
『この程度で私の光を陰らせることが出来ると思うのなら、大間違いだよ』
 鋭く身を引いたアイリスは、身の丈よりも高く跳び上がって騒速の脳天に向かって盾を叩きつける。太刀を掲げてその一撃を受け止めた狐へ、さらに縦横無尽に飛び交う盾が襲い掛かる。
「何だかよくわかんねぇけど、あんまり目の敵にされてもらっても困るんだぜ!」
 飛盾を悠々と扱いながら、千颯が叫ぶ。白虎丸も後に続けて狐へ語る。
『俺達は護りたい者の為に戦っているのでござる。決して持っている力をひけらかしたいなどとは思わないでござるよ』
「その護るための戦いをお前は邪魔してるから、ちょっと痛い目見てもらいたいけどな!」
 アイリスにへし潰されそうになりながら、狐は必死に小太刀で飛盾の鋭い切っ先を受け止める。二つの盾で視界が塞がれ、騒速は堪らず身を引いた。緋十郎は盾の狭間から飛び出すと、腰の引けた狐に向かって大剣を振り被る。
「まずはこの三連撃、耐えてみろ!」
 全身を漲らせ、力任せに三連続の唐竹割を叩き込む。狐は二刀を交差させてその三連撃を受けに出るが、力も覚悟の差も歴然だった。受け止めきれずに小太刀の峰が頭にめり込み、狐の頭から血が溢れる。
「がぅっ!」
『騒速。マリには悪いが、お前の事を見逃すつもりはねえ!』
 カイは右に左に剣を振り抜くと、ライヴスを纏わせた水縹を八相に構える。左目の光と呼応して、刃の輝きは一層強くなっていく。息も絶え絶えになりつつ、狐は二刀を構え直した。
「言ってくれる……」
 ふと、狐は低くぶつぶつと何かを唱え始める。その左目が、うっすらと蒼い光を帯びる。カイはその光に違和感を覚えたが、迷っている余裕は無い。息を詰め、一気に飛び出す。
 袈裟切り。狐は身を屈めてその一撃を紙一重に躱す。回転からの右薙ぎ。狐は身を引きながら、小太刀で弾いて刃を逸らす。
『(コイツ……!)』
 カイは咄嗟に足を止めると、剣を大上段に構え直して振り下ろした。狐は太刀で大剣を受け止めようとしたが、崩れた体勢では耐え切れず、そのまま地面に叩きつけられる。研ぎ澄まされたライヴスの余波が狐を襲い、呻いた狐は地面に血を吐き散らす。カイは剣を構え直して狐を睨む。
「(どうしたの?)」
『(今の動き、まるで俺の攻撃を読んでいたような……)』
 どうにか立ち上がった騒速は、気合と共に全身にライヴスを漲らせて傷を癒していく。
「まだだ、……まだ、私は、立てる」
「いいだろう。逃げるつもりなら後ろ傷を刻んでやるつもりだったが……その心意気に免じて、貴様に栄えある向こう傷を刻んでやる」
 大剣を構え、緋十郎は岩を砕かんばかりの一歩を踏み出す。千颯はそんな緋十郎に向かって光を放つ。
「緋十郎ちゃん、ぶちかましちゃいな!」
「ああ……」
 千颯の光を受けた瞬間、緋十郎の大剣は禍々しい光を帯びる。その光に対峙した狐は、再び何かを呟く。全身の金毛がうっすら朱を帯び、剥き出した牙が一層鋭くなった。アイリスと共にその姿を見つめていたイリスはぽつりと呟く。
「(お姉ちゃん、まただ)」
『(ああ。まだ確証は持てないが……)』
 緋十郎は全身の毛を逆立て、長い尾をたなびかせながら斬りかかる。騒速は二刀を構えると、正面切って緋十郎の懐に飛び込んでくる。緋十郎は全身をフルに使った横薙ぎを叩き込む。騒速は小太刀で大剣を撥ね上げる。力任せに大剣を振り下ろす。太刀で軌道を逸らす。前のめりに一歩を踏み出し、切っ先を胸元目掛けて突き出す。二刀を合わせて突きを受けようとするが、緋十郎の一撃は小太刀を砕き、太刀を折り曲げ騒速を吹き飛ばす。
「……」
 胸元に刻まれた傷から血がだらだらと溢れる。既に己へ発破をかける余力も残っていないらしい。緋十郎の肩を跳び越え、杏奈が闇を纏った拳を弓のように引く。
「これはこの戦場に来れなかったあの子の分よ! ダークネスオーバードライブ!」
 刀を構える力もない。杏奈の拳は狐の横っ面に直撃した。その瞬間に闇が炸裂し、軽々と彼方へ吹っ飛ばす。崖際で電柱を構えていた望月は、その柄をぐいと突き出し、吹っ飛んできた狐を崖に落ちないよう受け止めた。反動で岩の上に投げ出された狐。既に白眼を剥き、ぐったりとして動かない。その顔を覗き込み、百薬は呟く。
『ノックアウト……かな?』
 指先一つ動かさない狐。エージェント達は武器を構え、じりじりと間合いを詰めていく。互いの長所を生かした作戦勝ちでここまでは上手く圧倒した。だが、瀕死になった愚神が何をしてくるかなどわかったものではない。

『……殺す』

 ふと、騒速が白眼を向いたままぽつりと呟く。カイは合図を送り、配置を取り直す。その間にも、騒速の呟きは大きくなり、いきなり喚き始める。
『殺す、殺す、殺す!』
 望月ははっと目を見開き、緋十郎とカイに素早くケアレイを飛ばした。千颯とアイリスも、頷き合って盾を構える。満身創痍が嘘のように騒速は跳ね起き、血塗れの顔でエージェントを見渡し叫んだ。
『力だ、力を寄越せ……死神を殺すための力を寄越せ!』
『それがお前の“底”なのか。騒速』
 大剣を構え、カイは歯を食いしばる。騒速は懐から取り出した寸鉄を握りしめ、目の前に立っていたアイリスを見定め飛び掛かる。
『力を……あの“死神”を殺すための、力を!』
『おっと。私に来たか』
 騒速の金毛がうっすらと輝く。寸鉄を握りしめた拳を突き出してくる。アイリスは宝石の盾でカウンターを見舞おうとするが、拳を止めた騒速は反射的に盾の縁を掴み、力任せに引こうとする。アイリスはそんな騒速をティタンの鎧で弾き返しつつ、興味深そうに呟く。
『……ふむ。私の動きも“視えた”ようだね』
『視えたところで……奴を殺せなければ、何の意味がある!』
 拳を固め、騒速は荒々しくアイリスに殴りかかる。しかしアイリスの纏う光のベールは、その拳を盾に届かせる事さえ許さない。拳を固め、騒速は吼えた。
『だから寄越せ。お前達の力を……お前達が削り出す魂の輝きを!』
 よろめきながら、血の涙を流して騒速は呻く。呆気にとられ、千颯はぽつりと零した。
「さっきとまるで別人なんだぜ……こいつ」
『……まさか、依り代の意識が目覚めたでござるか』
「そんな馬鹿な」
 アイリスは首を振る。
『違うかな。差し詰め、依り代に骨の髄まで沁み込んでいた怨念が表出したというところか』
 千颯達とアイリスのやり取りを黙って聞いていた緋十郎は、大剣を大きく振るって担ぐと、今にも飛び掛からんとする狒々のように低く構える。
「お前の言う“死神”が何者かは知らん。だが、そんなに力が欲しいのならくれてやる。恐怖に打ち克ち戦場に立ち続けたお前に、俺の奥の手、見せてやろう……!」
『……来い。寄越せ、その力……!』
 騒速は徒手空拳で構える。再びその金毛に朱が差す。緋十郎は大剣を担ぎ、地を蹴って猛然と騒速へ飛び込んだ。宙で縦に一回転、その遠心力も乗せ、血の紅に染まった大剣を肩口に叩きつける。騒速は両腕を交差させ、その一撃を受け止めた。籠手が割れ、肉が裂ける。しかしその目は笑っていた。
『これがお前の力か。……そうか。これが……! ふふ、ははは……』
 口からも狂ったような笑いが零れ落ちる。不意に緋十郎の大剣を弾き返すと、その鳩尾に蹴りを見舞う。緋十郎は片手を伸ばして騒速を押しとどめようとするが、まるでその手が伸びるとわかっていたかのように跳び上がり、彼の横をすり抜けていく。
「待ちなさい!」
 杏奈は魔導書を開き、騒速に冷気を飛ばす。それはぐるりと振り向くと、全身に纏わせたライヴスでその冷気を僅かに逸らす。そのライヴスは杏奈と同じく禍々しい妖気に満ちていた。その手並みに、杏奈は歪んだ笑みを浮かべる。
「へぇ……? 中々粋な事をするわね?」
『貴様らは強い。……強いからこそ、化けやすい』
「何だか知らねえけど、そう簡単に通すかっての!」
「そうですよ。ここで貴方はみんなに倒されるんです」
 望月が水平に構えた電柱を突き出し、千颯がその背後から飛盾を飛ばす。騒速は飛んできた盾の切っ先を手の甲で受け止めると、その毛皮に虎の模様を浮かび上がらせた。
『(今度は俺達に化けたでござるか)』
「(……っぽいな)」
 しかし敵の能力を探っている暇もない。千颯は再び盾を飛ばす。死角ギリギリから襲い掛かる、繊細かつ痛烈な一撃。しかし騒速はふわりと跳び上がると、その盾を無理矢理蹴飛ばしさらに高く舞い上がる。エージェント達の頭上を越えた騒速は、崖っぷちに降り立ち振り返った。
『……貴様らは私を滅ぼす為、その霊力を叩き込む。それは即ち、私に貴様達の魂の成り立ちを教える事に同じ。……その魂が純粋に磨かれ、透き通れば透き通るほど……貴様達が如何な存在か……はっきり、と――』
 不意に言葉が止んだ。白目を剥いた騒速はぐらりと傾ぎ、崖下に向かって倒れ込む。カイは咄嗟にアンカーを取り出しそれに向かって打ち出した。
『待て』
 避ける気力も残っていない。落ちゆく騒速の右腕に、アンカーがしっかりと巻き付いた。緋十郎は尚も落ちる騒速を追いかけ、崖下に向かって突っ込んだ。
 掛ける言葉も無い。ただ戦の道を進む者としての矜持を刃に込め、騒速に向かって振り下ろす。
『……悪いが、まだ殺されてやるわけにはいかない。死神が生きている限り……』
 ふと、騒速が気を取り戻す。空中で身を捻ると、それは緋十郎が振り下ろした刃に向かって鎖の絡まる右腕を差し出す――

 鈍い音と共に、鮮血の華が宙に咲いた。

『どうなった……?』
 カイはアンカーが急に軽くなったのを感じ、鎖を一気に引き上げる。その先に絡まっていたものを見た望月は、思わず青くなってしまう。
「わ、うわっ……これって……」
『生き残るためにここまでやるのかよ、お前は』
 顔を顰めてカイもまた唸る。渾身の一閃で断ち切られた騒速の右腕が、溢れる血で岩を赤黒く染め上げていた。

●戦士と狐と死神と
『狒村さーん! 獲ったどぉぉーーーッ!』
 百薬が叫び、望月は撓る竹を力任せに引っ張り上げる。ワイヤーは一気に巻き上げられ、その先に括られた枝を掴んだ緋十郎が、崖下からすっ飛んでくる。望月は竹を今度は床に向かって振り下ろす。緋十郎は受け身も取らず、まるで本物の魚のように地面へと叩きつけられた。
「おふっ! ……いい、叩きつけぶりだ」
『何を言っているのよ、全く』
 そそくさと共鳴を解き、レミアが幻想蝶から優雅に姿を現わす。緋十郎はおもむろに身を起こすと、カイに向かって小さく頭を下げる。
「……すまん。まさか腕を犠牲にしてまで奴が逃げるなどとは思わなかった」
『俺だってそんなの予想外だよ。……まぁ、腕一本までもがれちゃ、そうそう出て来れやしない。成果自体は満点だろ』
「腕を、失くしたって……その後、騒速はどうするつもりだったんだろう」
 カイから掻い摘んだ経緯を聞いた紗希は、表情をうっすらと曇らせる。カイはむっとした顔のまま、彼女の表情も見ずに首を振る。
『それは俺達が気にする事じゃねえだろ。アイツは暫く暴れられない。それが確実にできたんだから、それで十分だろうが』
「でも、剣士が腕を無くしたら、もう……」
『マリ』
 振り返り、カイは説き伏せるようにその名前を呼ぶ。紗希は返す言葉も見つからず、ただうつむくしかなかった。
「それにしても……死神、死神って、最後のは一体何だったのかな」
 フードを被り、アイリスの傍にじっと寄り添っていたイリスがぽつりと呟く。百薬は羽をぱたぱたさせながら頷くと、隣の望月を窺う。
『その死神に痛い目に遭わされてあんなになってるってのが順当な所よね』
「その“死神”も愚神なんだろうけど……愚神が愚神に敵意を向けるって、多分相当な事されたんだね」
 イリスは満身創痍の愚神が最後に晒した強烈な殺意を思い起こす。しかし同情はしない。どんな愚神も敵には違いないのだ。
「……何があったとしても、愚神なら倒すだけ、だけどね」
『死神と言えば……この前その死神と戦ったわね。きっとアレが恨みを抱いている対象では無いのでしょうけど』
『レミア。お前も考えてたか』
 腕組み崩して頬杖をつくレミア。カイも岩に腰を下ろしたまま彼女の方へ目を向ける。そんな二人を交互に見渡し、千颯が尋ねる。
「その死神って、一体どんなヤツだったんだ?」
『紅い騎士の姿をした死神よ。戦争を司ると言われるそれに相応しく、何人もの兵士を連れて街に現れたわ』
『叩き潰してやったけどな。でも気になるんだ。調べてみたら、その紅い騎士によく似た出で立ちの、蒼い騎士が出たっていう任務の報告書が見つかったしな』
 カイの話を聞いていたアイリスは微笑みを湛えたまま頷く。彼女もその死神の話は風の噂に聞いていた。戦友が多ければ、自然と話は耳に入ってくるのだ。
『蒼い騎士に紅い騎士か。そういえば居たらしいね。どちらもケントゥリオ級だったそうじゃないか』
『ああ、そうだ。こいつは俺の勘だが……この騎士どもと騒速、一つの点で繋がってる気がするんだ。それがアイツの言った“死神”なんだろうと思う』
 杏奈は右のこめかみを押さえながら考え込む。漫画もゲームも好きな彼女は、その騎士が抱くモチーフをよく知っていた。原典にも興味本位で手を伸ばしてみた事があるくらいだ。
「その紅い騎士と蒼い騎士、それが仮に、“黙示録の四騎士”だとしたら、あと白いのと黒いのもいますよね。支配を司る死神と、飢餓を司る死神です。その四騎士の登場が、最後の審判の始まりだって言われてますが……」
『そいつらもきっとケントゥリオ級よね……従魔と言ってもケントゥリオ級で、その四体を率いる事が出来る愚神なんて……』
 ルナは思わず生唾を呑むような仕草をする。悠々と構えていた千颯の眉が、ふと引き締まった。戦を積み重ねて磨いた勘が、彼に警告したのだ。
「それがマジなら、トリブヌス級でもおかしくはないんだぜ。その死神」
『最近屍の王とやらを倒したばかりだというのに、難儀なものだ……でござる』
 白虎丸も思わず素に返りかける。口を挟まずじっと話を聞き続けていた望月と百薬は、互いを見つめて肩を竦める。
「ようやく四国に平和を取り戻したと思ったら、今度は死神か」
『最近強い愚神がどんどん出てきてるけど、一体何が起きてるんだろ……』

 エージェント達はふと東尋坊の崖の先を見つめる。西に傾き始めた陽の光が、波打つ海を照らしている。雲一つ無い空と澄んだ海が、くっきりと鮮やかな水平線を作っている。

 東尋坊。そこは古くから数え切れない命を呑み込んできた。西の果てへと続く海は黄金に煌き、あの世までも繋がっているように錯覚させる。

 その景色は、ぞっとするほどに美しかった。



 名も無き海辺。うっすらと目を開いたずぶ濡れの狐は、右腕の違和感に気付いてはっとなる。その腕は、肘の先からすっぱりと何かで切り落とされていた。
「……何故腕が。……どうして腕が無い」
 必死に記憶を手繰るが、魔女から殴られた瞬間からもう記憶がない。あるのは、無理に身体を動かし続けて残った倦怠感と激痛だけだ。ふと、狐は目を見開いて喚く。
「違う! 私には腕まで犠牲にして欲しい力など無い! 私はただ……ただ……」
 狐は叫ぶ。そこにはもう強者へ恐れず挑む“騒速”の姿は無い。海に揉まれて化けの皮がすっかり剥がれ落ちた、一匹の愚かな“ルナール”がいるだけだった。
「ああああっ! 何故だ。何故、どうして!」

「あの時、一体何が起きたというんだ……!」

to be continued…

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447

重体一覧

参加者

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
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