本部

お前の料理は豚の餌

影絵 企我

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/08/01 12:43

掲示板

オープニング

「教授めぇ……いきなし山盛り課題だしおって……”リンカーなら寝なくても大丈夫なんでしょ”、じゃねえよ」

 H.O.P.E.東京支部内にある食堂。任務帰りの青藍は、ボソボソと文句を呟きながらモニターを正面に捉える席に腰を下ろす。食べ終わり次第とっとと勉強に取りかからなければならない。エイブラハム・シェリング(現ウォルター・ドルイット)の命で武者修行に出て以来、大学を一年以上休学していたのだ。素うどんをすすりながら、青藍は食堂の隅に設けられたモニターを見つめる。広いキッチンスタジオの中心に立った派手な装いの男が、一人スポットライトを浴びてにんまり笑っていた。

「皆さん初めまして。”はじめてのおりょうり”のお時間です。この番組は、生まれてこの方料理なんてした事ねーよという男子女子の為の番組です」
 男はスタジオを闊歩する。スポットライトが天井から彼の事を追いかけている。
「皆さんは何故料理をしたことが無いのでしょう? コンビニに行けばカップ麺や弁当があるから? 親が作ってくれるから? それとも作れる自信が無いから?」
 ふと、MCの男はからからと笑う。
「ご安心ください! そんな皆さんでも、間違いなく美味しい料理を作る方法がある! それは美味しい料理のレシピを忠実に守る事! 料理は科学と言われます。同じ条件、同じ材料、同じ行程を辿れば、必ず同じ料理が出来上がるのです! ……たとえ、それが”料理ベタ”と揶揄されてきたような人でも!」
 一気にスタジオの照明が輝き、キッチンに立つ出演者達の姿が露わになる。それを見て青藍は思わず啜ったうどんを吐き出しそうになった。
「(あ、あれ!? 何かこの人達見た事ある顔だな!?)」
 そこに立っているのは、エージェント名鑑で彼女も一度その顔写真に目を通したような人ばかりだった。
「今回はH.O.P.E.のエージェントの皆さんに来ていただきました。何せこの番組もはじめて。料理ベタの為の料理番組は常に悲劇を引き起こしてきましたが、彼らならそんな悲劇にも耐えられるだろうと考えてのキャスティングでございます」
「(なにいってんだこいつ)」
「さあ、皆さんには事前にこの『はじめてのおりょうり』からレシピを一つずつ選んでもらっております。その為に必要な材料は既に用意しております。後はこの本のレシピに従って料理を作るだけ! おお、どう考えても失敗しそうにない! そこに控えている、実食役の皆さんも安心して見ていられますね!」
「(自家宣伝かよ節操ねえなあ)」
 MCの派手な身振り手振りを見て、頬杖ついた青藍は呆れて溜め息をつく。しかしうどんを食べる手は既に止まっていた。はらはらしてもう目が離せない。だからって青藍に出来るのは画面越しに茶々入れツッコミ入れする事だけなのだが。

「さあ、張り切っていきましょう!」

 MCは朗々と叫ぶ。エプロンを付けた戦士達は具材に向き合い、ナプキンを付けた戦士達は固唾を呑んでその光景を見守るのだった……

解説

メイン 察しろ

役割分担
基本的にはそれぞれの組を料理する人と食べる人に分ける。知り合いと打ち合わせの上でなら料理だけする組と食べるだけの組が出ても良い。

料理する人
最近出版された『はじめてのおりょうり』に載っているレシピを利用して料理を一人一品作る。カレー、ポテトサラダ、ムニエルなど家庭科の授業で出てきそうな料理がたくさん載っている。(レシピを守れば必ずまともな料理が作れます!)(レシピを守らなかったら大変なことになります!)

料理食べる人
生贄。

放送内容
調理時間は一時間。実食役は料理役の人に口を出すことは出来ず、ひたすら見守る事になる。
その後実食。まずくて倒れそうでも(倒れても)完食しなければならない。美味しいならまあよし。
ギャランティーは10000G。

よくある失敗料理の条件(要するにレシピを守ればいいのだ)
・調味料を間違える(砂糖⇔塩とか)
・調味料を量らない(目分量は慣れてから)
・味見をしない(料理ベタな人ってなぜかこれをやらない)
・時間を量らない(レシピの核は時間といっても過言ではない)
・火力を間違える(いつでも強火にすれば良いってもんじゃねえぞ)
・食材の切り方が雑(火の通りやすさを考えるんだよ)
・不適材不適所(好きだからって何にでも納豆入れるな)
・変なアレンジを加える(北極風とか自分一人で食べるときにやってね!)
・なんかとりあえず身体に良さそうなものいれる(マンガでよくあるよね! もうまぢムリ)

TIPS
MVPの条件は(※お察しください)
表向きはマトモな料理番組なので(※お察しください)
作りたい料理がレシピに載っているかは質問卓で確認可能
調理場には一通りの調理器具が揃っている。使用法も『はじめてのおりょうり』から確認できる
作ったものは責任を持って完食しましょう
あんまり酷い場合は青藍がテレビの外から茶々入れます。

リプレイ

『澪河さん、お隣良いですか?』
「休憩中なのに……ごめんなさい。……澪河さん?」
 メテオバイザー(aa4046hero001)と桜小路 國光(aa4046)が、揃って青藍に尋ねる。しかし彼女はモニターに釘付けのまま反応しない。メテオがひょこひょこ青藍の前で手を振ると、ようやく振り向いた。
「はっ! すいません。全然気づかず……」
「どうしたんですか。そんなに面白い番組でも?」
 メテオの隣に腰掛けながら國光が尋ねると、青藍は小刻みに首を振る。
「いえ。……お、おっかない番組が」
 半信半疑で二人はモニターに目を向ける。
『泉さん! アイドルのお仕事でしょうか?』
「あっ」
 察した。國光もまたその表情を凍らせ、自然と背筋を伸ばして鑑賞の態勢に入るのだった。


――数日前――
『ネーさん、オレ達珍しい仕事を受けたんすよ。お金を貰って料理が食える仕事っす』
 暁の練兵所にて、青槻 火伏静(aa3532hero001)はネイ=カースド(aa2271hero001)に話を切り出す。普段は剛毅な彼女がどうにも神妙な顔だ。しかし食い物の話をされたネイは気づかない。不意に彼女は立ち上がる。
『今その話を切り出したという事は、枠がまだ空いているという事だな』
『はい……察し良いっすね』
 その横で煤原 燃衣(aa2271)は、火伏静の表情の意味を考えていた。美味い物を食べる企画ならわざわざ言い出すまい。取り分が無くなるだけだ。少なくとも美味い物を食べる企画じゃない。
 無明 威月(aa3532)を見ると、隣で筆談用のスマホに目を落としている。相当言葉に迷っている様子だ。
「(……まさか)」
『往くぞ、貴様ら……! まだ見ぬ“味”が、俺を待っている……ッ!』
 ネイは燃衣の背中を叩いて立たせ、近くでゲーム機を触っていた阪須賀 槇(aa4862)と帳簿を不満げに見つめていた阪須賀 誄(aa4862hero001)の肩を掴む。
「え? 漏れらも?」
『言っていただろう? 金に困っていると……』
『まぁ』
 誄は頷き、再び帳簿を見つめる。槇の無駄な出費のせいで、最近三食モヤシである。そうならないように誄が財布を握っていたのだが。
 とまれ、財布役として選択肢はすでに一つしか無かった。
『OK、これ、選択肢ないな……っと』
「……」
 燃衣は何も言わず、ただ待つ未来の地獄へ思いを馳せる。
「(どうか生きて帰れますように……)」


――そして現在――


「杏樹、包丁触るの、初めて」
 泉 杏樹(aa0045)はスパムに向かって逆手に持った安全包丁をどすどす振り下ろす。先が丸い包丁でそんな事しても肉は切れず、ただ潰れていく。

[澪:スパム入れた炒飯、美味しいですよねぇ……]
[桜:開口一番現実逃避止めません?]

「ぴぇぇっ」[メ:ぴぃぃっ……]
 杏樹の振り下ろした包丁の先端がとうとう彼女の手の甲を捉える。やはり肉は切れないが痛いものは痛い。思わず包丁を放り投げてしまった。その切っ先は真っ直ぐに槇へと飛んでいく。
「っどぁああ! 包丁!?」
 突然の事に包丁を避けきれず、槇は脳天に包丁の直撃を貰ってしまった。包丁は宙を舞い、テーブルの端で悟った顔をしている榊 守(aa0045hero001)の前に滑り込んだ。
『安全包丁……これは神が作った道具か……?』
 守は呟く。杏樹は何をするにも不器用で怪我ばかりだ。だから火に刃物に、危ないものだらけの厨房には基本的に立たせないのである。

[メ:何で泉さんがこのお仕事受けてるのです……?]

「お米洗いはアオイさんにお任せなのだ!」
 杏樹の隣で、葵(aa5270)は得意満面にごしごしと炊飯器の中でお米を掻き回している。洗剤のせいで泡がぶくぶくだ。ラコル(aa5270hero001)はそのさらに隣、ブリタニア(aa5176hero001)のキッチンでひたすら何かのイモを石で叩き割り続けている。牛肉(ラム肉)を切るのに四苦八苦しているブリタニアはその姿をニコニコして見守っていた。
『ありがとう。助かりますよ』
 作るブリタニアはいいが喰わされる柳生 鉄治(aa5176)は堪らない。頬を引きつらせて想い人が手料理を作る様子を見つめていた。
「ジャガイモは当然。サツマイモはまあいい。何でサトイモとかヤマイモまであるんだ……」
 王立海軍の魂、カレーを作ると息巻いていた女神様。今の世にはカレールーという便利なものがある以上、いくら失敗する方が難しい。そう高をくくっていた鉄治だったが、メシマズ帝国の女神はやることが違う。
『えーと、カレー粉の材料……なになに、醤油を小さじ一杯……えっと、確かこんな字だったような?』
 手に取ったのは豆板醤。カレーに使うスパイスではない。
「マジか……」

『えっと、お肉、こうやって、こねて……』
 みじん切り……ではなく乱切りの玉ネギを合挽肉の中に入れ、必死にこねるニロ・アルム(aa0058hero002)。食いしんぼなお子様の、正真正銘“はじめてのおりょうり”だ。そもそもレシピが読めないからレシピがあっても意味が無い。こねる回数もこね方も、主人がやっていたようにやっている。だがやはり、どこかぐちゃぐちゃなタネになっていく。
「お料理くらいはちゃんと教えておくべきだったかな……」
 零月 蕾菜(aa0058)は隣でそんなニロの様子を見ながらぽつりと呟く。一家の台所担当にしてみれば、ハンバーグなど簡単な部類だ。しかし今日は手出し無用。彼女ははらはらとニロを見守りながら、煮込んだカボチャと玉ネギをミキサーにかけていた。

[澪:ああ]
[桜:はい?]
[澪:微笑ましい]
[桜:……あ、はい]

「皆さん集中しているようなので、この間に出演者の紹介を致しましょう。テーブルの真ん中に構える5人は小隊“暁”。世界を幾度も救ったエージェント達です」
 司会者がそんな事を言うと、カメラは食卓を囲むエージェント達を映す。しかしいかにも手練れらしく堂々としているのはネイだけだ。燃衣に阪須賀兄弟、ついでに火伏静までもが借りてきた猫になっている。

[澪:料理を作るのは一人だけ……少しでも被害を分散させようという作戦でしょうか]
[桜:一番賢いのは最初からこの仕事受けない事ですけどね……]

「……時に弟者よ」
 既に半分気を失いかけながら槇が誄に尋ねる。誄も半分白眼になっているが応えた。
『OK、どした兄者』
「……”あれ”は、料理と形容して、良いのか……?」

「卵、上手く割れない、の」
 ボウルの縁に卵をがっつり叩きつける杏樹。当然殻も黄身もぐっちゃり潰れて中に混じってしまう。ひょこひょことやってきたラコルはそれをじっと見つめていたかと思うと、彼女もまた卵をぐちゃっと割ってしまう。

[メ:タマゴさん、タマゴさんが……]
[澪:辛いですよね。お菓子はタマゴさん大切にしますからね……]

『お米を研いで……』
 ブリタニアはスポンジを使ってごしごしとお米を研ぐ。釜から泡が零れてくる。そんな様子を、葵はうんうんと頷きながら眺めていた。
「そうそう! 良い手つきだぞ! 心を込めて洗うのだ!」
 鉄治はだんだん真っ青になっていく。作る気の無い料理下手とは次元が違う。
「洗剤はもう何も言わねえ……お米炊いてから煮込みに入れよ。全部煮崩れちまう……」

[ウ:……一体何が起きたんです]
[桜:大惨事大戦です]
[メ:なのです……]

 冷や汗をだらだら垂らしながら、油の切れたブリキ人形のようにがちがちと誄は惨状から目を逸らす。一番端で、一生懸命お菓子作りに励んでいる威月を見つめる。カメラに囲まれる事に慣れていないのか、どこかその手は覚束ない。だがまともに料理をしている。
『……む、無明さんは、普通だし』
「普通? ……普通? 普通って言ったかい?」
 しかし、彼女の料理を知る燃衣はぶるりと震えた。かちかち震えて、若干歯の根が合っていない。
「そんな、そんな生易しいものじゃ断じて無いよ……」

「(ま、まさか、隊長にネイ様、阪須賀様まで居るとは……)」
 何故か舞い込んだオファーを、これまた何故か引き受けてしまった威月。状況がどうにも飲み込めていない。料理は普通に作っていると言うつもりだったのに、初めて料理を作るなどというコンセプトの番組に出ているのは何故なのか。
「(で、でも。いい機会なのかも。何時も、火伏静様に俺が作ると言われるし……今日は、お菓子を沢山作るんだ……)」
 タブレットに映したレシピを見つめ、せっせと彼女は生地をこねる。団子を作るつもりらしい。レシピ通りだ。彼女は分かっている。レシピ通りに作れば、レシピ通りに美味しい料理が出来るのだと。

『……威月……オメーはその可愛らしい菓子ん中に、どれだけの地獄を……ッ!』
 しかし火伏静はそれを見つめてただ呻く。彼女は知っていた。この先に審判の時が待っている事を。選ばれし者は救われ、そうでないものは一切合切浄化の焔へと堕ちる審判の時が。それはもう百戦錬磨の牙狼が怖気づくほどの脅威なのだ。
『……オイ。お前らはどうしてそう真っ青になっている。食べる前から食中りか』
「い、いえ。そんな事は!」
 ネイに睨まれ暁軍団はぴんと跳ねる。裁きの時を逃れる事は何人たりとも有り得ないのだ。

「はゎゎ……」
 杏樹は青くなる。皿を慎重に慎重に持って来たものの、うっかり躓いて調理台の上で皿を叩き割ってしまったのだ。慌てて破片を拾い集めるが、そのせいで手に細かい傷がついてしまう。粉の様に飛び散った欠片もそのままだ。台拭きで拭うという発想がない。
『あんな神包丁用意しておいて、なんで皿は普通に瀬戸物なんだ』
 守は怪我を治してやれない事に焦れ焦れして呟く。仕事を受けたのはそもそも守だが。

[桜:そういえばバレンタインデーに貰った泉さんのチョコレート、普通に美味しかったんですけど……あれはどうしてだったんだろう……まさか……]
[澪:チョコレート菓子だけは滅茶苦茶上手いんじゃないんですかねぇ]

『ふんふーん……』
 鼻歌交じりでニロはハンバーグを焼いている。しかし子どもに火加減など理解できるはずもない。マックス強火、フライパンの外にうっすら青い炎がはみ出ている。外の肉がさっさと焼けて、白い煙が上がりつつある。
「えっと……えーっと……まぁ、初めてだから仕方ないか……」
 蕾菜は曖昧に笑みを浮かべ、濡れ布巾で冷やした鍋を冷蔵庫の中に入れる。初めてとは思えない(初めてじゃない)慣れた動作だ。ついでに余ったカボチャをミキサーにかけて、カボチャプリンの準備にかかる余裕まで見せている。そばには氷水を用意している。そのままでは時間までに間に合わないからだ。全く準備がよろしい。

[澪:普通にあの人上手なんですけど、なんで出てるんですかね……]
[桜:帳尻を合わせる為ですよ……皆不味かったら死んじゃいますよ]

 しかしその時、蕾菜自身でさえ与り知らぬ変化が冷蔵庫の中で起ころうとしていた。まるで契約した悪魔が魂の取り立てに来るような、悍ましい変化が。冷めていたはずの鍋の中で、スープがふつふつと泡立ち始め、鍋はかたかたと震え始めたのである。

『つまみぐいは、めっ! なの……』
 じっとハンバーグを見つめるニロがぽつりと呟く。食いしん坊なニロは、自分で食べてしまいたい気持ちを抑えているのだ。後の哀しい出来事が見えている蕾菜は、ニロには聞こえないように、こっそりと呟く。
「味見とつまみ食いは違うんだよ……」

 しかしそんな彼女も、自分の料理に起きている事にはやっぱり気付かないのであった。

「ふぇぇ」
 五倍希釈の麺つゆをおたま一杯(ホントは大さじ)に入れようとした杏樹だったが、バランスを崩しておたまも麺つゆのボトルも纏めてフライパンの上に落としてしまう。フライパンが跳ね、ご飯が調理台の上にぶちまけられる。杏樹は慌てておたまとボトルを拾うが、ついでにフライパンをべったり触ってしまう。
「ぴぎゃっ」
 もちろん火傷。しかしここには水回りのプロがいた。葵がすぐさま飛び出し、ここぞとばかりに杏樹を流しの方へと引っ張っていく。当然炒飯に火はかけたまま。
「すぐに水でたくさん洗うのだ! 火傷の処理はアオイさんに任せるのだ!」
『もう何でもいい……これ以上怪我を増やすな……』

『知ってますよ、私。ヨーグルトを入れるとまろやかになるらしいじゃないですか』
 一方ブリタニアは最後の仕上げ。酸味とまろみを加えるヨーグルトを隠し味にするのは少ない例ではない。しかし彼女が手に持っているのはフルーツヨーグルトである。
「プレーン味のな。ブルーベリー味のカレーってなんだ……」
 せめてリンゴにしてくれ。しかし鉄治の心の叫びは届かないのであった。

「(なるほど……みたらし一つとってもこんなに細かいレシピがあるのですね……)」
 威月はカメラや司会の視線ももう気にならず、料理にすっかり夢中になっていた。普段から無表情でどこか人形のように思われる彼女だが、こうなるとただのお年頃な女の子である。炒飯を焦がしてぴいぴい言っているアイドルやカレーを焦がしてあらあら言ってる女神様なんて比べ物にならない出来の物を作っている。

 作っている筈なのである。

『(嗚呼、完成する。完成しちまう……ッ!)』



「そこまででーす! ではCMの後、料理の紹介と実食タイムに移りましょう!」



――数分後――
「さて、では料理の紹介と実食タイムに参りましょう! ではニロさんのハンバーグから!」
『うう……』
 ニロはどうにも不機嫌で悲しげな表情でテーブルに並べられた自分の料理を見つめている。それもそのはず、ハンバーグは少し形が崩れ、表面は真っ黒に焦げて固くなってしまっていた。それを前にする実食組も渋い顔だ。

[澪:おい! 女の子が作った初めての料理だぞ! もっと労えよ!]
[桜:急にどうしたんですか……]

『少し焼き過ぎだな。玉ネギも大きすぎる。ちゃんとやれば普通に美味くなりそうだが』
 ネイはじっくりと味わいながら丁寧に感想を漏らした。燃衣も愛想よく微笑みながら頷く。
「食べられなくはないですね。初めてにしては上手だと思います……」
 しかし子供なニロはその言葉を素直に受け止められない。今下手だったことが重要なのである。ぐずぐずと泣き始めてしまった。
『あるじぃ……うまくいかなかったぁ……』
「あらら。今度一緒に作ろう、ね?」
 蕾菜の温かい励まし。実食組も惜しみない拍手を送る。番組の趣旨通りの、ハートフルな展開だ。

 ここまでは。

「では次! 蕾菜さんの料理! かぼちゃの冷製スープとかぼちゃプリン――」
 司会者はそこで思わず言葉を失う。テーブルの上に並べられたのは、紫色に泡立ち、いちいち謎の唸り声を上げる何かと、控えめに言って胃液の塊に見える何かだったからだ。それでいて蕾菜は「どうかしたのか」とでも言わんばかりの顔をしている。
「……漏れ、ずっと幼女の作ったハンバーグだけ食べていたかったお……」
 一切の希望を奪い去られ、槇は顔を覆って呻く。
『……何という事を、してくれたのでしょう』
 人生の終わりを感じ、誄もまた洟をすする。どう考えてもこれは黄泉の料理だ。生者の食べる料理ではない。スプーンが別世界の物質で出来ているかのように重かった。

『ウム……見た目はどうにもならんが、これは美味いな』

 しかし、相変わらず恐れを知らずにばくばく食べているネイは素直に褒め始めた。火伏静もそれを見て、目を閉じ恐る恐る口にする。その瞬間、彼女の世界が変わった。
『威月と同じ能力の持ち主かと思ったが……何だ、店で出された飯みたいにうめぇ……』
「……う、うまい! こんな料理食べたの久しぶりですお!」
『三食モヤシだったもんな、俺達。眼さえ閉じれば……確かにネ申級の料理だ……』
 槇と誄も俄かに食いついている。飢えの前には見た目など無意味なのだ。

「なんだか……腑に落ちないな……」

 そんな彼らを見て、蕾菜はかくりと首を傾げるのだった。

「さあ、次に参りましょう。ブリタニアさんの作った……これは……」
『カレーですよ。ロイヤルネイビーの魂です』
 司会者が失った言葉をブリタニアが勝手に引き取る。しかし目の前にあるのは毒々しい、どこかゴキブリじみた光沢さえ放つ黒い何か。燃衣は黒い眼を見開き思わず呻く。
「絶望っ……! 圧倒的絶望っ……! これはカレーなんかじゃない……!」
「ああ……もう、だめポ……」
 槇も今度こそ絶望する。その横で、葵だけはきらきら目を輝かせていたが。
「見慣れない料理なのだ! これはアオイさんにおまかせなのだ!」
 耳をぴくぴくさせて葵は素早くカレーを一掬い二掬い、三掬い。どんどん口に突っ込んでいく。その顔は、みるみる蒼白になっていき――
「ぴ、ぴぎゃああああ!」
 割と悪食なアライグマでも堪えられなかった。殺鼠剤団子でも飲まされたかのように震え上がり、胸を掻きむしってひっくり返った。誄はそれを横目にうなだれる。
『……OK、死んだなっと……』

[メ:……ひどすぎるのです]
[桜:なんというかこう……ノリが欧米だこの番組……]

「うっごッ、ごわッ!? あがががッ!」
「……ぎ……ィイッ……あああアアアッ!」
 一口口に入れた瞬間、まるで死霊にでも取りつかれたかのように槇と燃衣はがくがく震えて叫び出した。燃衣の顔はみるみるうちに鬱血した紫色になり、そのままテーブルに突っ伏する。びくりびくりと、小刻みに痙攣を続けている。
『隊長おおおッ! 兄者ぁああああッッ!』
 誄は顔まで緑色にして叫ぶ。震えながら起き上がった槇は、取りつかれたように喚いた。
「か、辛い! 辛いのにすっぱい! そして何かブヨブヨしてて炭になってて全てが交じり合わずに互いの存在を主張して、不協和音を……ぐ、ガァアア!」

「(やべぇ、ラムが生臭ぇし固い……具材煮過ぎて形がねぇし、ルーがもうこれ何の味かわからねぇ……!)」
 その横で、したり顔のブリタニアを前に鉄治はただただ脂汗をかいていた。口をわなわな震わせ、鉄治は彼女に尋ねる。
「おい、味見したか」
『何を言うのです。客より先にホストが食べてどうするのです』

[ウ:隣を見るんだ隣を! なんで貴様が英国を名乗っている! ……英国人はそんなふざけた料理作らんぞ! 味付けが個人任せでどんな料理も強火で手早く焼くだけだ!]
[メ:それも美味しくなさそうなのです……]

 鉄治は呻く。ここまで料理が下手だとは思わなかった。すぐにでもゴミ箱に投げ捨てたい。しかし嫁(にしたい女)が可愛いどや顔で見つめている。逃げるわけにはいかない。
「……畜生! 全部食ったるわッ!」
 漢鉄治、気合を入れると、一気にカレー(じゃない何か)を口に掻っ込んだ。
『うんうん。勢いよく食べていますね。たまには私が作ってあげましょうか?』
 ブリタニアが尋ねるも答えは無い。既に鉄治は気を喪っていた。白目を剥き、テーブルに突っ伏している。
『あら……気絶するほど美味しかったのかしら?』

 ブリタニアはやはり何も気づかないのであった。

「えーと、今度は、あんじゅーさんの、料理。えっと、これは……多分……」
「炒飯、失敗したの。でも、ちょこは、美味しいから、だいじょぶです」
 手に火傷や擦り傷を作ったまま杏樹はにこりと笑う。料理を前にした皆は白眼を剥く。焦げて炭になったのか、麺つゆ入れ過ぎで黒くなったのか判別がつかない。その上に何故か粒チョコが大量にぶちまけられている。その隙間からは真っ白い胡椒が見えている。地獄の鬼も泣いて許しを請いそうだ。
『…………』
 ラコルは必死に炒飯の中を掻き分けているが、どこまで行ってもただのダークマター。彼女は言葉を失い、絶望し、そのままこてんと倒れてしまった。

[メ:ちょっとも大丈夫じゃないのです……]

『……ッハ、ハァ、ハッ……う、はぁ……ッ!』
「げ、解毒、解毒……薬……!」
 息を荒げて炒飯を口に運びながら、槇と誄は震えて呻く。既に脂汗が滝のように流れ、氷点下にいるように全身を震わせ、見開いた目からは涙を、膨らんだ鼻からは鼻水をだらだらと垂らし続け、吐き出しそうになるのを堪えながら固まっている。本能が目の前の料理を食べ物として認識しようとしていない。
『(これは、ちゃぶ台返し、普通に許されるのでは……?)』
「あ、隊長……隊長! ずるいお!」
 そしてカレーを食べたっきり“ひんし”状態の燃衣に二人は気づく。自分達が必死に頑張っているのに、隊長だけ逃げるという事は許しがたい。
『隊長ぉぉぉ!』
 二人はいきなり燃衣に掴みかかる。そして無理矢理口を開けさせると、杏樹特製まがまが炒飯をスプーンで流し込んだ。
「ぎゃああああっ!」
 一瞬目を見開いたかと思うと、燃衣は血なのかはたまた別の体液なのか分からないものを吐き始める。そして再び燃衣はその場に倒れてしまった。今度はもうピクリとも動かない。まるでしかばねのようだ。

[桜:もうやめてください……もういいですから……]
[メ:サクラコ!? どうして泣いてるんですか!?]

「どうぞ。榊さんのために、作ったの」
『……』
 既に腹は決まっている。ここで死んでも完食するのは執事、そして親代わりの者としての務め。しかし気掛かりはある。杏樹に刻まれた手の傷だ。後ろ手にスマホを持ち、素早くメールを打つ。

[桜:あ、榊さんからメール来た。泉さんの治療求む……]
[ウ:私のところにも……というか、むしろ自分は良いんですか……]

『いただきます』
 スプーンで一口運ぶ。がり、ごり、じゃり、ばきっ。洗剤塗れな半生の米、じゃこと間違えた煮干し、卵の殻、おまけに皿の欠片。ついでに胡椒でむせかけ、塩分で頭は痛く、そもそも半分炭化して苦いどころの話じゃない。それを全て包み込み暗黒の世界を幻視させるチョコレート。一口食べる毎に死を覚悟する。
 しかし、守は漢だった。難しい顔をしたまま、しかし彼は完食してみせたのである。
『ごちそう……さ、ま……』

 揺らぎ、倒れる。百戦錬磨の戦士は、一人の娘が作った料理によって撃沈したのであった。

「さあ、最後はデザートです。無明さんの作ったみたらし団子……既に三人ほど気絶していますが――」
「きょきょきょきょきょきょ!」
『ぴぃぃぃ……』
 司会者の言葉を遮るアライグマとラッコの悲鳴。話を聞く前に団子を喰った二人は、今度こそ害獣駆除の毒でも飲まされたかのようにぶるぶると震え、その場にひっくり返ってしまった。真っ青な舌をベロンと垂らし、もう動く気配を見せない。

[桜:五人に増えました……]

『……喰った。喰っちまったよ。……真っ白だ……』
 もう一体の獣も安らかな笑みを浮かべて項垂れている。目の前には完食した皿が。地獄の責め苦が彼女には与えられたのである。この場で最強の隊士が倒れた。槇と誄はその事実を受け入れられずに叫ぶ。
「ひぃぃいいい……もういやだぁあああおうぢがえりだいいぃぃぃーーッ!」
『……畜生、おまぃら……よくもこんな基地外企画をッ! 何でこんな、畜生にも劣る事が出来るんだあああッ!!』
「の、呪ってやる……おまぃら全員、呪ってや――」
『煩いぞ。黙って食え』
 不意にネイの手が伸び、団子を槇と誄の口に放り込む。二人は目を見開き、白眼を剥いて椅子ごと後ろにひっくり返った。

 刹那、映像が途切れた。

――食堂――
「ホープマン参上! とうっ!」
(本日は予定を変更し、“それゆけ! ホープマン”をお送りします)
 とうとう放送中止になってしまった。天をしばし仰いでいたウォルター、やがてのっそりと立ち上がり、三人に振り返る。
『い、行きますか。彼らを助けに行かなくては……』
「助ける……でもあれを助けられる薬が一つしか思いつかないんですが……」
『なら十分だ! 私だって胃を全摘した方が早いと思っているよ! 行くぞ!』
 ウォルターは白衣を翻して走り出す。その後ろを國光はとろとろと追いかける。
『こわいのです……皆さんどうなってしまったんでしょう……』
「従魔や愚神にいくら殴られても平気な皆を殺せる料理って……一体……」
 青藍とメテオは、顔を見合わせぶるりと身を震わすのだった。

――スタジオ――
「おかしいですね。味も普通のはずなのに……火伏静さまもたまに、蒼い顔をなさるんですよね……?」
『うむ。御馳走様、だ。……どうしたお前ら。食後すぐ横になるのは体に悪いぞ?』
 名だたるエージェントが倒れて騒然とするスタジオ。局員達がてんてこ舞いの中、大量に残った地獄団子を平然と威月とネイは食べ続けるのだった。


――知ってるか? メシマズは3つに分けられる。不器用なヤツ、味音痴なヤツ、いい加減なヤツ、この三つだ。……こいつらは――……。

――総評。本料理Mz8。豚も食わない――



お前の料理は豚の餌にもならねぇ おわり

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
  • 暁に染まる墓標へ、誓う
    無明 威月aa3532
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 料理の素質はアリ
    ニロ・アルムaa0058hero002
    英雄|10才|?|ブレ
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • エクス・マキナ
    ネイ=カースドaa2271hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
  • 暁に染まる墓標へ、誓う
    無明 威月aa3532
    人間|18才|女性|防御
  • 暗黒に挑む"暁"
    青槻 火伏静aa3532hero001
    英雄|22才|女性|バト
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862
    獣人|21才|男性|命中
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 誄aa4862hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • 惚れた弱み
    柳生 鉄治aa5176
    機械|20才|男性|命中
  • 英国人も真っ青
    ブリタニアaa5176hero001
    英雄|25才|女性|バト
  • エージェント
    aa5270
    獣人|16才|女性|生命
  • エージェント
    ラコルaa5270hero001
    英雄|16才|女性|シャド
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