本部

凍てついた心は混沌を秘める

岩岡志摩

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/08/02 12:25

掲示板

オープニング

●凍てついた心
 レガトゥス級愚神ヴァルリアやその軍勢によって破壊されたロシア各地の復興活動は、ロシア政府のみならずH.O.P.E.など各組織が力を合わせて取り組んでいた。
 一時的とはいえ、慣れ親しんできた故郷を愚神達に追われ、蹂躙された爪痕は深く、再建は容易ではなかったが、それでも人々は徐々に新しい日常の構築に勤しんでいく。
 そんな中、H.O.P.E.にある経緯をたどって『救助された』子供達が保護されたが、その子供達がH.O.P.E.に向ける感情は『凍りついた』という表現に近いものだった。

●救われた経緯
 その子供達は、かつてヴァルリア勢の大侵攻に飲みこまれた集落から避難した住人達の一部だった。
 もちろん集落の人々を救うため、ロシア軍も精力的に動いていたが、当時ロシア軍上層部を『調停』で束縛していた秘密結社シーカの暗躍もあり、H.O.P.E.への救援要請や実働が遅れた。
 その結果、その子供達は自力で避難する途中で愚神勢に飲みこまれ、子供達の生存は絶望視された。
 だがヴァルリア勢を撃破後、ロシア軍がH.O.P.E.の支援を得ながらかつての生活圏を愚神達から取り戻す活動の中で、H.O.P.E.に1本の密告が届く。
 密告者の名はトリブヌス級愚神ニア・エートゥス(az0075)。
 ニアの話では、ヴァルリア勢がドロップゾーンから西へと進撃する際、途中で取り残された子供達を保護していたらしい。
 ニアがその子供達を救った理由だが、ひどく曖昧なものだった。
『彼らは私に助けてほしいと願いました。だから私は彼らの願いを叶え命は守りました』
 ニアが人間の願いを叶える性質があることは、これまでの数々の事件や交戦記録から判明している。
 ただしその願いの叶え方はニアと関わることになったエージェント達の尽力がなければ、周囲に災厄をもたらすか、願った人間達を破滅させる危険が常にあった。
『私は貴方がたの敵であり、いつも答えを貴方がたに明示する義理はありません。裏があるとお思いでしたら、どうぞそちらでお調べ下さい』
 ニアは子供達の居場所を伝えると、一方的に密告を終え姿を消した。
 H.O.P.E.は当初この密告が子供達を餌にしたニアの罠である危険性を疑った。
 それでも子供達の救出を緊急性の高いものと判断し、直ちに依頼を斡旋してエージェント達を募った。
 この時救助活動に志願してきたエージェント達の中に、数人ほど問題行動を引き起こすという噂のある者達も含まれていたが、依頼の危険性及び緊急性の高さからその人物達も使わざるを得ず、彼らは救助部隊に組み込まれた。
 そして指定された現場で従魔達に包囲された子供達を発見し、従魔達を撃破して救助することには成功したが、問題のエージェント達が引き起こした過ちが、子供たちの心を『凍らせた』。

●過ち
 その過ちとは以下の3人の行動だ。
 1人目は子供達を助けるときだったが、そのエージェントは立ちはだかる従魔の周囲に子供達がいる状況の中、子供に向け『従魔ふぜいが人質なんかとりやがって! なら人質ごとぶっ潰す!』と叫び、従魔でなく子供達に飛び蹴りを放ち続けた。
 この時は救助に駆り出されていた真継 優輝(az0045)が子供達を庇い続け、そのエージェントの飛び蹴りを全て受け止めたため、子供達がそのエージェントに蹴られて死ぬ事態は避けられた。
 2人目のエージェントは、救助した子供達を搬送する際、子供たちの頬を次々と平手打ちして回り、こう言った。
「てめーらは愚神に保護されていた弱者だ。敗残者ってやつだな。俺様達H.O.P.E.は強者の味方だ。てめーらが自分の弱さに反逆して強くなれるよう、俺様が教育してやるからありがたく思え」
 そのエージェントはなおも周囲が理解不能な説教を子供達にして回り、自分の正義を主張し子供達の心身を傷つけた。
 そして3人目のエージェントは、保護した子供達を収容した施設内で、子供達を敵扱いして『支配者の言葉』というスキルも行使し、執拗に子供達を尋問してニアに関する情報を得ようとした。
「私の推理は完璧ですわ。あのトリブヌス級愚神が何の見返りや謀略もなく、貴方がたを守ったり解放するはずがございません。私達に被害が出るような謀略を仕組んでいるに違いありません。さあ貴方がたの役割や、あのニアに何を仕込まれたか言いなさい。お早目に白状した方が身のためですわよ?」
 当然子供達からすればこのエージェントの言動は言いがかりであり、救助された子供達の心を深く傷つけた。
 これら3人のエージェントの行為は直ちに上層部の知るところとなり、3人のエージェント達の処遇はH.O.P.E.情報部預かりとなったが、3人の言動で深く傷ついた子供達はH.O.P.E.を敵とみなして心を『凍りつかせ』、子供達の中からかつて自分達を救った愚神ニアの助けを求める者も出始めた。
 これ以上の事態の悪化は避けたいH.O.P.E.は、今度こそ心を凍てつかせた子供達を救うべく、依頼を斡旋する。
 『あなたたち』のできる平和的な手段で、どうか子供たちの凍てついた心を溶かし、救ってほしいと。

●真意
 どこかの場所でニア・エートゥスは傍らにいる邪英ラビスに、子供達の命を救った真意を聞かれ、答えていた。
「私が保護していたという要素があるだけで、私がそれ以上何もしなくても、H.O.P.E.の中で自分が正義だと思い込んでいる人間達は暴走し、勝手に事態を混沌化させます。もっともH.O.P.E.がそのことに気づいた頃には、手遅れでしょうが」
 ニアは自分が人間を助ければ人間達が勝手に『これは罠だ』と邪推し諍いや混沌が生じると判断し、あえて子供達には助ける以外のことはしていなかった。

解説

●目標
 心を閉ざした子供達を救い、これ以上の影響拡大を防ぐ
 失敗条件:子供たちの心身をさらに傷つける言動を行う

●登場
 子供達×複数
 愚神ヴァルリア勢によって住処を追われ、ニア・エートゥスに保護されていた難民達。3人のリンカー達の言動で深く傷つき、自分達を現在保護するH.O.P.E.には敵対感情を見せている。
 
 ニア・エートゥス
 トリブヌス級愚神。子供達を保護していたが、その真の動機は不明。
 PL情報:自分が人を救えば、その人間達に罠を仕組んでいる筈だとH.O.P.E.や人間社会は勝手に邪推し混沌を生むはず、という悪意があった。

 エージェント×3
 思い込みや独善体質から子供達に言いがかりをつけ、暴力を振るったH.O.P.E.所属のエージェント。現在身柄はH.O.P.E.情報部の監視下にある。反省の気配なし。

 真継優輝
 今回の『あなたたち』への唯一の増援。『あなたたち』の指示に従う。

 状況
 H.O.P.E.管理下のとある施設。子供達を遊ばせるために必要な道具や施設は一通りそろっており、ある程度のものは申請すれば用意してくれる。子供達の逃亡を防止する為、周囲には施設職員が交代で監視についている。

リプレイ

●接触開始
 ある事情によりH.O.P.E.に保護された子供達が収容された施設の中を、依頼を受けたエージェント達が進む。
「俺が言えた義理じゃないが、大人ってのはカッコいいもんだ。特に、子供にとってはそうでなくちゃならない」
 ベルフ(aa0919hero001)の言葉に横を歩いていた九字原 昂(aa0919)は頷いた。
「……少なくとも、あの人たちは大人じゃないんだろうね」
「子供に手を出す輩を、大人とは認めたくないな」
 昂やベルフの言う『大人じゃない人』というのは子供達に暴力を振るい、その心を『凍らせ』、この事態を引き起こした3人のエージェントのことだ。
 彼ら3人は、現在もH.O.P.E.情報部の監視下に置かれているが、この依頼に参加したエージェント達からの評価は最悪に近い。
 まず藤咲 仁菜(aa3237)とリオン クロフォード(aa3237hero001)は、自分達を案内する真継 優輝(az0045)に実情を聞くうちに、非難の声をあげた。
「そんな酷い事するなんて……」
「愚神に恨みを持つエージェントも多いけど、そういうのはやっちゃ駄目だろ……」
 仁菜もリオンも、当初は3人が子供達に暴力を振るった理由を怨恨の暴走と考えていたが、話を聞くとその3人からは『自分こそ正義』という思い上がりが透けて見える。
「ああ、まったく……」
 同じく優輝から詳細を聞いていたエイアス・スノードロップ(aa5072)は、普段演じている物静かで気さくな人柄にそぐわない言葉を発しそうになったが、寸前でしまいこみ、隣を歩くリバーヴ=イーター(aa5072hero001)は普段からエイアスの前では寡黙で、今も無言を通し続けている。
「赦される問題じゃないね……」
 その近くを歩くシオン(aa4757)は、暴力を振るった3人のエージェント達に美しさはないと嘆き。
「……ええ。そして……とても悲しいですわ」
 シオンの近くにいたファビュラス(aa4757hero001)も、その3人の引き起こした事態に心を痛めていた。
「せめて、俺達だけでも子供達に美しさをもって救おう」
「ええ、子供達の美しさに敬意をはらって。あたし達の生み出せる精一杯の美しさで」
 シオンとファビュラスも独特の価値観に基づく言い回しながら、ともに子供達を救いたいという意志は同じだ。
 その一方で仲間達と同じように説明を聞いていた九重 陸(aa0422)と(HN)井合 アイ(aa0422hero002)は、被害者である子供達の怪我の有無の他、3人の暴行から子供達を庇った優輝の状態も気にかけていた。
「優輝、その連中からの子供達への攻撃を全部庇ったって聞いたが……その時の怪我とか、もういいのか?」
 陸に話を向けられた優輝は緊張しつつも『大丈夫です』と応え、陸は『そうか、それなら良かった』と安堵する。
「俺達の防御力や生命力じゃ、全部の攻撃を庇うなんて難しいからな。尊敬するよ」
 実際のところは陸やアイのほうが優輝よりも守る力に優れているが、アイは優輝の行動とその結果を褒めていた。
「同じH.O.P.E.に所属する仲間として見捨てるわけにはいきませんが、今はまず子供達のことを優先しましょう」
「ユリナ、甘すぎる。それでは組織内外に示しがつかない。が、子供達を優先する事には賛成だ」
 月鏡 由利菜(aa0873)は件の3人について見捨てないという方針で、隣にいるリーヴスラシル(aa0873hero001)はその性根を叩き直したいと方針は異なるが、子供達の救済が先という点では一致していた。
「……エージェントにも、いろんな人がいるんだね」
 御代 つくし(aa0657)は3人のエージェント達の所業を許してはいないが、更生する可能性があることも考慮し、そう表現するにとどめる。
「H.O.P.E.も組織の一つです。全員が同じ方向を向いているわけではないんでしょう」
 もっともメグル(aa0657hero001)は、どんな組織でも愚かな真似をする者はおり、そういうものだと冷めた見方をしているが、今回は最初に子供達を匿っていた愚神ニア・エートゥスの真意が気がかりではある。
 それでもつくしとメグルはいま問題になっている3人のエージェント達には関わらず、子供達の心のケアに尽力するつもりだ。
「ニアの目論見はひとまず横に置いとくかねえ」
 百目木 亮(aa1195)は今回の事案でもニアからの密告があったことから、ニアの意図を推し量ろうとしていたが、子供達の心を救うことが先だと判断し、ブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)も亮と同意見だった。
「そうさのう。まずは目の前からじゃ」
 やがて8組のエージェント達は子供達が保護されている部屋へと到着し、子供達と対面する。
「ブラックウィンド 黎焔じゃ。おじいちゃんで構わぬよ」
「俺は百目木 亮だ。よろしく頼む」
「はじめまして。H.O.P.E.所属のエージェント、御代 つくしっていいます」
「……彼女の英雄でメグルと申します」
 まず亮、黎焔、つくし、メグルが挨拶をはじめ、残るエージェント達もそれぞれ子供達に挨拶していく。
 それを受けた子供達から、エージェント達を拒絶するような意志や雰囲気は感じられないが、歓迎する様子も見られない。
 どの子供達も無表情で、愚神勢によって強いられた放浪と、救出の際に例の3人のエージェント達より受けた苦痛が、その心を氷雪の原風景の中に閉じ込めてしまったかのようだった。

●溶ける心
 シオンとファビュラスが周囲で監視についていた施設職員達に、一時的に子供達から見えない位置に移動してくれるよう要請し、職員達を遠ざけると、エージェント達は動きだす。
「エージェントのアイだ。みんなに辛い思いをさせたことは、本当に……本当にすまなかった」
「陸っす。今回のこと、本当に申し訳ないっす」
 部屋に入る前にウィッグとバイザーを外し変装を解いたアイと、口調を年長者に向けるものへ切り替えた陸がしゃがんで子供達との視線を合わせ、頭を下げる。
「仲間が貴方達に酷い事をしてしまって、ごめんなさい」
 仁菜、そしてリオンもまた謝罪する。
 仁菜もリオンも『傷つけたのは一部の問題あるエージェントで自分達とは無関係』という言い訳はしなかった。
 子供達に威圧感を与えないよう、一歩引いて記録役を行おうとしていた昴やベルフも謝罪する。
「同じエージェントが手を出したこと、ごめんなさい」
「すまなかった」
 当初は警戒が解けるまで待機する予定だったエイアスも、今がその時と判断し膝をついて視線を子供達に合わせてから頭を下げる。
「皆さんに謝罪を。皆さんを傷つけたエージェント達は、やってはならないことをしてしまいました。同じエージェントとして、ごめんなさい」
 はじめは仲間達の補助役となり、見守るつもりだった亮や黎焔も予定を前倒しして謝罪から始める。
「怖い想いをさせたこと、H.O.P.E.のエージェントがお前さん達を傷つけたこと、本当にすまなかった」
「嫌な思いをさせてしまったこと、苦しい目にあわせてしまったこと、本当にすまん」
 そしてつくしとメグルもまた謝罪する。
「たくさん怖い思いをしたと思う。それなのに、もっと傷つけるようなことをしてしまって、本当にごめんなさい」
 メグルはつくしの横で何も言わずつくしと一緒に頭を下げる。
 言い訳の余地はないほどあの3人がしでかしたことはひどいものだから。
 だからつくしは子供達に、今回のことは隠さずにしっかりと改善する事を約束する。
「でも、みんながみんなあんな人たちじゃないから……それだけは、分かってほしい」
 ほぼ全員からの謝罪とつくしの嘆願を受け、子供達から張り詰めたものが消えていく。
 やがて子供達から、おずおずと窺うような口調でエージェント達に問いかける。
「……僕達、いても……いい、の?」
「不要だって……言われた。だから……ニアのところに、戻るしかないって」
 子供達の心を覆う氷が一部溶け、それまで氷に覆われ隠れていた内面が現れる。
「……話、聞かせてもらっていいか?」
 ベルフがそう言って慎重に聴取し、昴が注意深く聞き役に徹することによって、実情がさらに明らかになる。
『邪魔なガキなんざに屈せず敵を華麗に倒す俺こそH.O.P.E.のヒーロー!』
 ――飛び蹴りをしてきたエージェント、友衛(ともえ)鉄男(てつお)は、そう言って子供達など邪魔だと言った。
『心の広い俺様は謝罪なんて求めないぜ。ヘドの出そうな軟弱なてめえらとは違うからな』
 ――平手打ちと説教をしてきたエージェント、指宿(いぶすき)義亜(よしあ)は、そう子供達を切り捨てた。
『愚神に助けを求めた卑しい貴方がたなどこの世界に不要ですわ』
 ――敵を見る目と態度で子供達を尋問し、術まで使った女、美年(みとせ)愛(あい)は子供達を不要と言い切った。
「大人とは認めたくないと言ったが、訂正する。同じエージェントとは認めたくないな、これは」
「ひどい言いがかりだよね。こんな暴力を受けてもH.O.P.E.に文句を言わなかった子供達の方が大人だよ」
 子供達からその内容を聞き出したベルフと、聞き出せた内容をとりまとめた昴はそう言って、それぞれため息をつく。
 ニアのもとへ子供達が戻ろうとしたのは、この世界に不要だと思い込まされていたから。他ならぬそのエージェント達によって。
 話を聞いていたつくしは子供達に『ごめんなさい』と頭を下げる。
「それでもニアのところに行かせることは出来ない。あなた達が大切だと思っているから」
 だからニアのもとには行かせないと、つくしは訴える。
「ニアは愚神です。貴方達を救った恩人であったとしても、危険な存在である事に変わりはありませんから」
 例え子供達に嫌われようと、人間にとって危険なニアという存在には近づけさせないと、メグルも譲れない部分を訴える。
 そして昴やつくし達を援護する形で、黎焔が緊張が幾分解けた子供達にあやとりを教えたり、亮から預かったチョコクッキーを与えていく間に、亮もニアに関する内容を聞き出そうとしていた。
 ただあまり様々な事を子供達からしつこく聞き出そうとするのは、例の3人と同類に見なされると思い直し、亮は一つだけ問う形に修正する。
「俺はお前さん達の言葉を信じる。お前さん達はニアに助けられただけ。そういうことだな?」
 亮の確認に、子供達は小さく『うん』と口を揃えて頷いた。
「答えてくれてありがとよ。言うのが遅れたが、おかえりよ」
「よく生き延びてくれたものじゃ。よく、帰ってきてくれた」
 亮が感謝と共に生還を迎える言葉を子供達に向けると、黎焔も子供達を労うと、それまで見守っていた由利菜やリーヴスラシルも子供達へ生き延びてくれた事への感謝と祝福を送る。
「私達は、人の命を救うことが何よりも大切と教えられています。あなた達が生きていてくれて、本当に良かった……」
「私達はあくまでも誰かが生きることを後押しする役でしかない。あなた達が生還を成功させたのは、あなた達の生きる意志あってこそだ」
 待機に戻っていたエイアスも、再び膝をついて視線を子供達に合わせ、頭を下げる。
「謝罪の次は感謝を。生きていてくれて、ありがとうございます」
 そんな中、突如部屋にシオンの歌声が響き、子供達の注意がシオンに向く。
 歌詞は聞いた事のないものだったが、シオンの温もりある歌声に持参したシンセサイザーの音色が重なっていく。
 それはただ此処に居てくれることへの感謝と喜びを謳う歌だった。
 やがてシオンの歌声とシンセサイザーの音色が1巡し、2回目に入ると、陸の弾くFantome V1の音色が寄り添う。
 陸のFantome V1はライヴスを介さず普通に楽器として弾く事も可能で、陸の作曲能力と合わさってシオンの曲調を陸がある程度把握し、即興でシオンの旋律に合流した結果、それまでのシオンの歌に陸の伴奏が深みと彩を増やしていく。
 シオンと陸の協演が続く中、ファビュラスは『おかえりなさい』と子供達を抱きしめていき、アイも感謝を添えていく。
「みんなが元気で、こうやって会う事ができて良かった。生きていてくれてありがとう」
 広がっていく感謝の感情に戸惑う子供達のもとへ、仁菜とリオンも合流する。
「貴方達が生きててくれてよかった。頑張って生き抜いてくれてありがとう。それが私達は嬉しいんだよ」
 仁菜は感謝と共に、喜びを子供達に伝える。
「帰って来てくれてありがとう! どうか俺達と一緒に生きてほしい。愚神の世界じゃなくて、こっちの世界で」
 リオンは感謝と共に、『一緒に生きよう』と手を差し伸べる。
 ――幸せの場所は、ニアのところにしかないと思っていた。けれど。この人達の周囲は、もっと暖かく優しい。
 ――この人達は必要だと言ってくれた。生きていてくれて嬉しいと。
 エージェント達の温もりある意志と手が子供達の心を溶かし、それまで子供達の心の奥に閉じ込めたものがあふれ出してくる。
 いつしかシオンの歌声と陸の演奏は終わり、ファビュラスに抱きしめられていたり、他のエージェント達にしがみついた子供達から、しゃくりあげるような声が上がっていた。
「大丈夫ですわ。誰も、皆さんの涙を責める人などここにはいませんわ」
 子供達の震える背中をさすりながら、ファビュラス達は縋りつく子供達を宥めていた。

●陽だまりの時間、懲りぬ3人
 ひとしきり泣いた子供達が落ち着きを取り戻したところで、仁菜が周囲に呼びかける。
「じゃあ暖かいご飯でもみんなで食べよう」
「俺達だけじゃなく、周りの人達も一緒にね」
 リオンも仁菜の意志を後押しし、周囲で待機していた施設職員達を呼び集めると共に、仁菜と一緒に施設にある厨房を借りて料理を作り始める。
「そういうことでしたら、こちらもどうぞ」
 由利菜が持参してきたH.O.P.E.ボルシチを、食事の場に提供すると、仁菜やリオンが協力して追加のボルシチや、ボルシチに合いそうなロシア料理を人数分調理していき、子供達の前に並べていく。
 まずはボルシチと共に出されたのは、ロシア版ポテトサラダと言えるサラートオリヴィエ。
 野菜は全て一口大に切られ、ボルシチ同様力を入れなくても噛み切れる柔らかさが食した口に残る。リオンが丁寧に処理し、仁菜が煮込んだからこそできる食感だ。
 メイン料理は牛ひき肉のコトレータ。ハンバーグとよく似たタネにパン粉をまぶして揚げた家庭料理で、一口噛むごとに整えられた肉汁と香辛料が口の中にあふれ、あわせて用意されたピロシキ(ロシア料理版惣菜パン)と一緒に食せばサクッとしたピロシキの食感と同時にコトレータの滋味が広がり、飲みこんだ喉元を通過していく、といった具合。
 なお由利菜はリーヴスラシルと共に、例のエージェント達、の性根を叩き直すという案件があったので食事の席を途中で退出したが、その直前に由利菜は仁菜に呼び止められた。
「由利菜さん。可能であればでいいんですが、私達からの3人への伝言を預かってくれませんか?」
「かしこまりました、藤咲さん。伝言をこちらのスマートフォンにお願いします」
 由利菜は仁菜とリオンからの伝言を自分のスマートフォンに録音すると、改めてリーヴスラシル、亮と黎焔、エイアスとリバーヴ、陸やアイ達と共に問題の3人がいる場所へと向かう。
 やがて子供達がエージェント達やこの施設の職員達との食事を終えたところで、ファビュラスは持参した赤いゼラニウムの花束から1輪ずつ子供達の髪や胸に挿そうとしていた。
 赤いゼラニウムの花言葉には、『君ありて幸福』という意味も含まれている。
 ただこのときシオンより『全員がそうではないが、ゼラニウムの花で皮膚がかぶれる人もいる』という話が伝えられ、ファビュラスは無理強いはしない形で子供達に1輪ずつゼラニウムの花を手渡す形に行動を改めた。
「あらためて皆さんが生きて帰ってきてくれたこと……それだけで幸せなのですわ」
 子供達は、シオンとファビュラスが自分達のことを祝福してくれているという意志は伝わったため、今はファビュラスの花束を受け取り『ありがとう』と御礼を口にしている。
 心に温もりが戻った子供達には、引き続きつくしやメグルが話を聞き、昴やベルフが時々会話に混じりながら情報を集め、整理分析していた。
「もし、何か他の人達に伝えたいことがあったら教えてほしいな。絶対どこかで会えると思うから」
 つくしの言葉につられるように、子供達から愚神ニアへ助けてくれたことのお礼を伝えてほしいと請われ、つくしは頷いた。
「わかった。みんなの言ってくれた内容はしっかり伝えるよ。約束する」
 つくしがそう子供達に約束する中、メグルは子供達に、今仲間達が会おうとしている3人のエージェント達の処遇について希望を尋ねたところ、『謝罪はいらない。関わりたくない』という返事が返ってきた。
「わかりました。あの3人を今後あなたがたに関わらせないようにします」
 メグルは子供達の希望に従い、コンビニで購入したお菓子を子供達に分け与えながら子供達の発言を記録していた昴やベルフにもその旨を伝える。
 昴とベルフは活動を中断し、子供達に聞こえない場所までメグルと共に移動して話を詰めていく。
「俺が把握している限りでは、ニアが子供達に何か被害を及ぼしたという話はない」
 ベルフの発言にメグルも頷き、自分の意見を添える。
「あのエージェント達の対応によって、子供達に被害が出ているようです」
「そうなると、ニアはH.O.P.E.に疑心暗鬼をもたらすため、あえて何もしないで保護したと考えるのが自然ですね」
 ベルフとメグルの発言を受け、昴はニアの目論見をそう推測し、報告書にまとめていくと共に、移動中の仲間達にもスマートフォンのメール機能を介し伝えられる。
 昴からの情報を受け、亮と黎焔はこれまで得た情報とあわせ今回ニアが起こした行動の真意を探っていた。
「ニアは人間の願いを叶えるという特性がある愚神だ。ただし願った人間もしくは周囲に災厄をもたらす形でな」
 しかしこれまで得た情報と子供達を見る限り、ニアは救う以外何かをした様子はない。
「では今回子供達の願いをニアが叶えた結果どうなったか、という視点から考えてみてはどうじゃ?」
 黎焔の助言を受け、亮は事象を見る角度を変えて考える。
「疑ってかかったH.O.P.E.に子供達を傷つける真似をさせ、自滅させる。そんなところだろうな」
 亮は自分の考えを仲間達に伝え、今回問題を引き起こした3人のエージェント達のいる部屋へと入っていくと、部屋を監視下に置いていたH.O.P.E.情報部員達より、3人の名前が伝えられる。
「まず、お預かりした伝言からお伝えします」
 そう言って由利菜がスマートフォンに録音した仁菜とリオンからの伝言を友衛、指宿、美年へと伝えていく。
 ――仁菜曰く。
『愚神の罠を警戒する貴方達のような人もH.O.P.E.には必要でしょう。でも、どんな理由があっても人を傷つけていい理由にはならないです』
 ――リオン曰く。
『H.O.P.E.が強い奴の味方とか、弱い奴は死ねとか、随分横暴だよね。皆が強かったらエージェントなんていらないよ? 俺達は愚神を倒すためだけにいるんじゃない。よく、考えてみて』
 由利菜を介し仁菜とリオンからの伝言を受けても、友衛、指宿、美年達は全く反省の色を示さなかった。
「他人がどうこう言おうが、生き様を曲げる気はねーんだ。つーかな、我が身可愛さで簡単に曲がってちゃあ男じゃねえだろ!」
 子供達を蹴り殺すところだった友衛はそう吼えた。
「自分で更生する気もねぇガキどもにつきあったってろくな事はねぇぜ。いつかはガキどもも、一人で歩かなきゃなんねぇんだよ」
 子供達を平手打ちし説教をかまそうとした指宿は、そううそぶいた。
「何故このような仕打ちを受けねばならないのか理解できませんわ。人を人と思わぬような言動をして私を苦しめて何が楽しいんですの?」
 子供達を敵扱いし、疑いと術も含めた尋問という名の暴力を振るった美年は、H.O.P.E.情報部の監視下にある自分の身や仁菜とリオンの言い分に、被害者意識をあらわにした。
 3人の言い分を聞き終えたアイは友衛、指宿、美年に『これは俺個人の責任によるものだ』という前置きのもと、手加減なしの拳骨を見舞った。
「友衛と言ったな。大量殺人の実行犯に成り下がる真似はするな! 次に指宿という奴。人より少し強いくらいで『教育してやる』など思い上がるな! そして美年とやら。そんなに頭の良さに自信があるなら、言われた子供達がどう思うか考慮したらどうだ!」
 友衛、指宿、美年の順にアイはそれぞれの改善すべき点を突き付けると『用事は以上だ。邪魔したな』とその場を後にする。
「あの……俺たち、皆さんなら次は同じ失敗はしないって信じてますから。それじゃ、失礼します」
 陸もそう言ってぺこりと頭を下げると、立ち去るアイを追いかけ立ち去っていく。
 外へ通じる道から『悪いな、こんなところまで付きあわせて』『気にしなくていいっすよ。俺たち相棒じゃないっすか』という声が流れてくる中、それまで様子を見ていたエイアスも興味を失ったのかリバーヴを残して部屋から退室し、由利菜が口を開く。
「H.O.P.E.は人と世界のための組織。人命だけでなく、人がこの世界で生きるための権利も尊重しなければなりません。ニアが人の機微を読み、自分の思い通りに事を動かすことに長ける愚神である事は、あなた達もご存知でしょう?」
 リーヴスラシルは3人に由利菜の発言をを踏まえたうえで警告する。
「また今回のような事態が発生したとして同じことを繰り返せば、H.O.P.E.の信用失墜という愚神ニアの思惑を助ける事になるぞ」
 人間が組織という『集団』を運営するには、采配以上に評判が影響を及ぼす事を由利菜やリーヴスラシルは熟知しており、これまで仲間達の得た情報からニアのとった行動の意図を見抜いていた。
 同様の見解を亮も友衛、指宿、美年達に告げる。
「あの月鏡の嬢ちゃんたちの言った通りだ。ニアは秘密結社シーカを壊滅させる為、シーカの評判を失墜させ俺達H.O.P.E.を利用した。これと同じことをH.O.P.E.にも行わない理由はないだろう?」
 それまで黙っていたリバーヴも、エイアスに聞こえないと判断できたのか口を挟む。
「疑う事は必要な範囲の中でなら悪ではありません。子供が無力なのは当然です」
 そういった抗う術のない存在に手を差し伸べ、身を挺して守る事ができるからこそ正義だとリバーヴの説明は淀みない。
「強者に媚びるような正義をふりかざすのは、自身が何もできず思考停止に陥っている人間だと公言しているようなものです」
 何の感慨もなく、淡々と告げるリバーヴの後を、黎焔が継ぐ。
「おぬしらの行動が何をもたらすのか想像力を働かせる事じゃ。さすれば独りよがりの正義ではなくなるじゃろう」
 ひとしきり話を終えた亮や黎焔は、由利菜やリーヴスラシル、リバーヴと共に部屋から退出していく。
 もし友衛、指宿、美年が自分という強者に媚びる性格だと認識し、自分達の方がより上位だと認識させるような何らかの行動が伴っていたら、3人への諫言や忠告、警告も効果があったかもしれない。
 結局友衛、指宿、美年たちは『自分こそ正義』という認識を最後まで改めることはなかった。

●取り戻したもの
 こうして8組のエージェント達は心を『凍らせた』子供達の心を溶かし、救うことができた。
「誰かの命を救うことが出来た。それこそが、私たちにとって最高の報酬なので」
 そう言ってエイアスは報酬を返上し、子供達のために使ってくれるよう申請したが『それでは謝罪すら忘れていた自分達の立場がない』と子供達を収容していたH.O.P.E.施設職員達からの訴えを受け、報酬を受け入れている。
 H.O.P.E.の施設より巣立った子供達は、昴からの『このまま子供達を受け入れるべきでは』との提言をH.O.P.E.が容れ、かつて住み慣れた場所へと戻っていく。
 故郷に戻った子供達は気づく。
 世の中とは、こんなにも暖かく爽やかだったのか。こんなにいい香りをともなう、美しいものだったのか。
 同じ風なのに、あの氷原を渡る寒風とは全く違って、木々の葉を鳴らし、心を騒がせてくれる微風がある。
 8組のエージェント達が気付かせてくれた、当たり前の光景には子供達や人々が穏やかな日々を過ごすことができる優しい世界がある。
 『あなたたち』に救われた子供達は、今日も笑顔と明るい声を世界のどこかで咲かせている。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 無名の脚本家
    九重 陸aa0422
    機械|15才|男性|回避
  • 叛旗の先駆
    (HN)井合 アイaa0422hero002
    英雄|27才|男性|ブレ
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    メグルaa0657hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • HOPE情報部所属
    百目木 亮aa1195
    機械|50才|男性|防御
  • 生命の護り手
    ブラックウィンド 黎焔aa1195hero001
    英雄|81才|男性|バト
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 藤色の騎士
    シオンaa4757
    人間|24才|男性|攻撃
  • 翡翠の姫
    ファビュラスaa4757hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • エージェント
    エイアス・スノードロップaa5072
    人間|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    リバーヴ=イーターaa5072hero001
    英雄|20才|女性|カオ
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