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青い鳥を捜して
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【相談】思い出の品を取り戻せ
最終発言2017/06/19 09:05:29 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/06/19 08:07:48
オープニング
その日、リーゼがそのブローチを着けて歩いていたのは、たまたまだった。
楕円の陶器に青い鳥の絵が入っており、金属がフリルのように縁取っている意匠のブローチは、ドイツ在住だった亡き祖父から贈られた、言わば形見の品だ。
“着けていると、幸せになれるからね。リーゼにも、幸せを運んでくれるように”
歌うように言いながら、ブローチをくれた祖父が身まかったのは、三年程前の話だ。
その後、リーゼは時折そのブローチを着けていた。そうしていると、まるで大好きな祖父が近くにいるように感じたからだ。
今日も、祖父と共に散歩に出るつもりで着けて、家を出た。
しかし今日は、この三年の間に起きなかった事が起きた。
突然、何の前触れもなく、ブローチが青白く点滅し始めたのだ。
何だろう、と首を捻る内に、甲高い音が鳴り響く。
流石にびっくりして、足を止めた直後、見知らぬ男達が三人、リーゼを追い抜いて、彼女の前に立ちはだかった。
「間違いない。オーパーツだ」
頷き合った男達の一人が、有無を言わさずリーゼの胸元からブローチを引きちぎる。
「えっ!?」
何で、と思う間に、男達は踵を返した。
「待って! ブローチを返して!」
「ごめんよ。それは聞けない相談だ」
男の中の一人が、振り返って言う。
「悪い事は言わない。俺達はセラエノだからね。でも、大人しくこのブローチを渡してくれるなら、俺達も君には何もしない」
「でも、それはっ……!」
「ごめんよ」
リーゼの意思を聞く気はない。言外にそう示した男は、怯んだリーゼの頭を宥めるように撫でて、仲間達の後を追った。
●
「――という訳で、オーパーツと思われるブローチを急ぎ奪還して欲しいと、ロンドン支部から連絡が入りました」
「具体的に大きさは?」
ブローチというからには、さして大きくはないだろうが、確認を取りたいとエージェントの一人が手を挙げる。
オペレーターは頷いて続けた。
「大きさは縦に四、五センチ、幅はその半分くらいだそうです」
「オーパーツの効能は?」
「それがその……よく判らないとか」
「判らない?」
何人かのエージェントの声が被る。
オペレーターもここは歯切れ悪く言葉を継いだ。
「ええ。セラエノからもはっきりした情報は……まあ、漏らすと思えませんよね。依頼人のリーゼ=ヘルムスちゃんも、お祖父さんから、“着けていると幸せになれるから”とだけ言われていたそうで、オーパーツだとは思っていなかったようです」
恐らく、リーゼの祖父も、そうだとは知らなかったに違いない。
ただ、セラエノがオーパーツと睨んだという事は、“幸運をもたらす”という下りだけが、持ち主に伝わっていたのではないだろうか。それをどこかで聞いたセラエノが、今回それを回収に来た、ということだろう。
彼らが言い伝えを本気にしているのか、真偽を確かめようとしているのか、はたまた言い伝えが本当なのかも、今は定かではない。
「とにかく、今確かなのは、効能の不明なオーパーツがセラエノに奪われたという事だけです。オーパーツの奪還と、セラエノ三名の逮捕をお願いします」
解説
※〈〉内はPL情報。PCがこれを知るには、何らかの行動が必要。
▼目的
1.オーパーツの奪還 2.セラエノ三名の逮捕
▼登場
■リーゼ=ヘルムス…12歳の少女。ブローチ(オーパーツ)『ブラウ・フォーゲル』の持ち主。ブローチは、彼女の亡き祖父から贈られたもの。父親の仕事の関係で、ロンドン在住。
祖母の方は健在で、ドイツ在住。
(▼リーゼへの聞き取り調書より)
■セラエノ構成員…男が三人。全員サングラスをして、黒いスーツを着ていた。
一人はスキンヘッド、一人は茶金の短髪、もう一人は黒髪。
〈装備はそれぞれオートマ拳銃所持。
▼オーパーツについて
ブラウ・フォーゲル…ドイツ語で『青い鳥』の意。形状はブローチ。手にした者に降り懸かった災いを三回だけ回避させてくれる。一度、三回の災いを払ってしまうと、百年の間は普通のブローチになる。
今年が丁度その百年周期らしい。
リーゼの家系では、代々このブローチが、『幸福を呼ぶもの』として伝わっていた。祖母の方に訊けば、もしかしたら正確な所が分かるかも知れません。
(※セラエノ側は、この情報を曲解し、『願いを叶えてくれるもの』と誤認している)
※留意事項
・『災いを回避させる』と言っても、強引に避けさせる力はない。あくまでも警告。
災いの起きる五分前後前になると青白い光が点滅し、直前になると甲高い警告音が鳴り響く。
・ブローチが喋る訳ではないので、『災い』の内容は判らない。
・回避される『災い』は、身近なものに限る。例えば、今回のように何かを強奪される、とか、何かの理由で怪我を負う、など。〉
▼備考
・事情が事情ですので、ブローチは今回、持ち主に返して上げて下さい。
リプレイ
「幸運って厄介ですね」
ロンドン支部内の通路から外へ向かう途中、蝶埜 歴史(aa5258)が呟く。耳敏く聞き付けた血濡姫(aa5258hero001)は「ふふふ、当然じゃ」と微笑した。
「妾のように美しく幸運に愛された存在は、まつろわぬ者にとっては厄介至極であろう」
「いや、姫が厄介なのは主としてその性格なん……」
「な、泣くぞ!」
素早く噛み付いた彼女に「血濡姫様におかれましては、本日も大変お美しく……」と脈絡のない褒め言葉を羅列する。が、適当な機嫌取りだというのはすぐにバレた。
「心が篭もっておらぬ! 妾の傷ついた心を癒すには、激辛オカキ当たり獅子唐丸を十袋程直ちにだな」
「もー話が進まねえ! オーパーツの話!」
苛立った歴史が声を荒げるのへ、葉月 桜(aa3674)が、「ドーナツの仲間?」と、余計に話が進まなくなる事を言う。
『それはない』
相棒のボケにツッコんだ伊集院 翼(aa3674hero001)が、歴史に目で話を戻すよう促す。
歴史は、咳払いを一つ挟み、「だから、連中から取り戻す時、そのオーパーツの能力を使われる可能性があるでしょ?」と続けた。
「そん時、能力が幸運って厄介だなと」
すると、漸く血濡姫も納得顔になる。
「それなら最初からそう言えば良いのじゃ。ただ幸運の女神と振られれば妾の事かと……」
誰も『女神』等とは言っていないが、下手に訂正するとまた話が逸れそうなので、皆口を噤んでいた。
「確かに此方がどう工夫しようと、運の有る無しで決まってしまっては立つ瀬がないの」
「でしょ? で、考えたんですけど、これは確率上げるしかないなと。成功率が低くても、試行回数を増やせば確率は上がる訳です。って訳で、俺達単独で行くんで!」
言うなり、歴史は血濡姫と先に駆け出した。
「スマホは持ってるな?」
確認した真壁 久朗(aa0032)の呼び掛けに、歴史は所持しているスマホを掲げる。
「奪われたオーパーツが、本当に幸運を呼ぶものかどうかもまだ判らないが」
二人の後ろ姿を見送って、久朗が呟く。
『何にせよ、奪い方が気に食わねぇな』
一対一じゃないって所が特に、と忌々しげに漏らすゼム ロバート(aa0342hero002)に、珍しくアトリア(aa0032hero002)が同意を示す。
『幼気な少女から無理矢理奪取とは……愚神ではなくとも容赦はしません』
「まずは情報収集からですね」
笹山平介(aa0342)が言えば、久朗も首肯する。
「と言うか、居所を探る所からだな」
『ええ、必ずや見つけ出しましょう』
言ったアトリアの言葉尻に、「う~ん……」と唸る声が被る。
『どうした? 朝霞』
ニクノイーサ(aa0476hero001)が隣を見下ろした。声の主である大宮 朝霞(aa0476)は、「あのね」と顔を上げる。
「今回の依頼、犯人を捕まえてブローチを取り戻したら、それでめでたしめでたし……になるとは思えないのよ」
『ほぅ。何故だ』
「だってさ、セラエノが絡んでるんだよ? ブローチを狙ってリーゼさんがまた襲われる可能性があるじゃない?」
『根本的な解決にはならない、という事か。しかし、今回俺達が受けた依頼はブローチを取り戻すまでだ。そこから先は、ロンドン支部が巧くやるんだろう』
「そうかなぁ? そうだといいけど」
まだ首を傾げる朝霞に、「それについては、何とか説得してみようと思います」と平介が口を挟む。
「笹山さんが?」
朝霞が平介を目線を移すと、彼は目で頷いた。
「彼らは、リーゼさんには手を上げなかった。僅かでも良心があるのなら、話を聞いてくれるかも知れません」
ゼムとアトリアが揃って胡乱な視線を向けたが、平介は気にしない。
「とにかく、リーゼに会おう。大事なものなら取り返さなきゃね」
十影夕(aa0890)が口を開く。
「形見、とか、俺は持ってないけど……思い出の品は、やっぱり大事だから」
「オーパーツとは、きょうみぶかいね」
うんうん、とシキ(aa0890hero001)が顎先と腰に手を当てる。
「それも、ブローチときた。こったいしょうを、ぜひみたいものだ」
「私もトカゲと行きましょう。リーゼと彼女の親類から、ブローチの事について調べます」
「俺はセラエノの足取りを追う。二手に分かれよう」
久朗の案で、予め全員と通信可能な環境を確認した一同は、一旦そこで分かれた。
●
「さぁ、名探偵朝霞さんの出番ね!」
調べ物をする為、ロンドン支部にニクノイーサと残った朝霞は、腰に手を当てて、空いた手の人差し指を天井に突き上げる。
「セラエノの目的からして、盗品が裏市場に出回るのは考えられないから、その線での追跡は難しいわ」
『ふむ。それで?』
「今回のブローチ強奪犯三人組は、只の実行犯よ。ブローチはセラエノの上層部に渡されるだろうから、そこに網を張って実行犯を確保、ブローチを奪回するって訳!」
『成程。で、この後の行動は?』
「近くにセラエノの拠点と出入りの店の情報がないかを調べるの!」
朝霞は、自信たっぷりのウィンクで持論を締めた。
●
「――という訳で、さしあたっては、まず情報が必要です」
ロンドンの中心街からやや外れた閑静な住宅街にあるヘルムス家を訪ねたエージェント達を代表して、努々 キミカ(aa0002)が口を開いた。
通されたリビングで、リーゼを囲むように、ある者はソファに座り、ある者は適当な場所に立っている。
「辛い事を思い出すかも知れませんが、手伝ってくれますか?」
「リーゼ、げんきをだしたまえ」
リーゼの隣に陣取ったシキは、大事なブローチを奪われた彼女をまずは励まそうと、彼女の肩をポンと叩く。
「わたしたちが、みつけてあげるよ」
『その通り! 安心召されよ、リーゼ殿!』
ネイク・ベイオウーフ(aa0002hero001)も、シキにどこか大袈裟な口調で同意した。
『我らがここに来たからには、祖父の形見のブローチがお主の手に戻る事は必定であるぞ!』
高笑いと共に言われて、リーゼは「はあ」と少し引いた様子で答える。彼女の不安を吹き飛ばすつもりが、どうやらそれを通り越した。
『とっ、とにかく、たまたま付けて外出した事が幸運だったのかも!』
メリッサ インガルズ(aa1049hero001)が、慌てたように口を開く。
『自宅に強盗が入って家族に怪我人が出たり、リーゼさんが誘拐されてブローチと交換交渉される可能性も有ったでしょう? でも、貴方は無事ここにいるわ。お祖父さんが守ってくれたから、かな』
言われて、リーゼは目を潤ませ頷いた。
『ブローチは皆で取り返してくるから安心して。ね、拓海♪』
話を振られた荒木 拓海(aa1049)は、「お? おぅっ」と焦ったように首肯する。
「任せてくれ。オレ以外はベテランだからな」
『以外……』
冷えた流し目をくれるメリッサに、拓海は「そこ突っ込まない!」と小さく抑えた声量で返す。
「じゃあリーゼ、きいてもいいかな?」
話が纏まった所で、シキが切り出す。再度、小さく顎を引いたリーゼに、シキは、最近変わった事はなかったか、と訊ねた。
『それは私も訊きたいと思っていました』
「奪われる前に光って鳴ったらしいけど、その前からセラエノはリーゼを付けていたんだよね」
口々に言うアトリアと夕に、メリッサが補足するように続ける。
『そうそう。知らない人が後を付いてきたり、知らない車が不自然に長い間家や学校の近くに停まってたり、って事はなかった?』
「あの」
そこで口を開いたのは、同席していたリーゼの母だ。
「少し前に、買い物に出ようとして、見慣れない黒い車が、家の近くに停まっているのを見た事があります」
「それ、どんな車だったか覚えてます?」
勢い込んだように桜が訊ねる。
「黒くて、小振りの車でした」
拓海がスマホで幾つかの車種を表示させる。
「この中にありますか?」
画面を見た母親は、その中の一つを指した。
「おとこたちのかおは、おもいだせるかな?」
「皆サングラスを掛けてたし……」
「部分的でも良いんだ。顎の形とか、体つきとか」
具体例を挙げたのは、拓海だ。髪や服は誤魔化せても、誤魔化しようのない点から絞り込めるかも知れない。
「……髪のない人は、大きくてがっしりしてた。茶金の髪の人は、顎が尖ってて、他の二人より背が低くて……黒い髪の人は、顔が小さめで、お父さん位の背だったと思う」
父親を事例に出されて、エージェント達は全員、母親に視線を向けた。
「夫の背丈は、百七十センチです」
「ブローチを奪われたのは、どこ?」
「近所の公園」
公園と言えば、この近辺では一つしかない。キミカは、予め用意していた地図を広げた。
「どの辺?」
「遊歩道に入って、すぐの辺りです。人通りもなかった時で……」
その時を思い出したのか、リーゼが唇を噛み締める。彼女の手を、シキが励ますように握った。
「彼らは、どっちへ逃げたのかな。歩きだった?」
拓海が、リーゼを気遣いながらも、問いを続ける。
「車。黒くって、少し小さめで……公園出て左の方に停めてあって、真っ直ぐ走って行きました」
先刻リーゼの母が示した車を見せると、リーゼもこれに間違いないと答えた。
「ナンバーは判るかな」
残念ながら、それは覚えていなかった。母親も同様だ。
とにかく車種から追ってみよう、と、追跡で分かれた班にその情報を含めて伝達し、拓海とメリッサはヘルムス家を辞した。
「私達も行きましょう、ネイク。ブローチを奪われた現場ははっきりしましたし、一度現場に足を運んで、そこから逃走経路を割り出します」
じゃあ、とキミカはリビングの一同に会釈して、その場を後にする。
『では皆の衆、後程っ』
ネイクは、大仰な仕草で一礼するとキミカに続いた。
「所でネイク」
玄関まで来ると、キミカは声を潜めて、からかうように囁く。
「私にバレちゃったのに、まだ仰々しく喋るんですか?」
実の所、直前の依頼で、彼の素の性格が知られていた事が発覚しているのだ。
『ま、まぁそうなんだけど、誰かを励ますには今まで通り虚勢を張る位で丁度いいかなってさ』
「今回は空振ったみたいですけどね」
微笑して扉を開けたキミカに、ネイクは『それを言わないでよ』と眉尻を下げながら続いた。
●
〈――という次第らしい。俺も今からブローチの奪取現場で聞き込みをするつもりだが……そっちは何か進展はあったか〉
「うん。こっちも支部で調べてね。リーゼさんの自宅に一番近いセラエノの拠点を張り込んでる所」
双眼鏡で拠点と見られるある邸を眺めている時に受けた、久朗からの通信の合間に、朝霞はあんぱんを頬張る。
両手が塞がっている彼女は、ハンズフリーにしたスマホを相棒に持たせていた。
「構成員が出入りしてる場所は、中心街に近い所の店が幾つかあるらしいんだけど、この辺に関しては情報がないみたい。そっちは、蝶埜さんにお願いしといたわ」
〈解った。また新しい情報が入り次第、此方も連絡を入れる〉
「了解!」
ニクノイーサが通信を切るのを横目で確認し、邸を睨み上げる。
「そろそろ、表に回ってみましょうか」
『旅行者を装う訳か?』
「そうした方がいい場所ならね」
言いながら、朝霞は双眼鏡をしまった。
●
ブローチ強奪現場へ、相棒と共に足を運んだキミカは、周囲を見回した。
ロンドンで『公園』と言えばかなり広大で、人目が届き難い。
「もし私がセラエノなら、街の外に逃げる為に取るルートは……」
『リーゼは、左手に走ってったって言ったよね』
「ええ」
公園の出入り口から住宅街までも、少し距離がある。
「二手に分かれましょう。それらしい人物を見つけたら、お互いと仲間に連絡するという事で」
『解った。気を付けて、キミカ』
「あなたもね」
●
「ここも外れかー」
リーゼ宅の近所にある店の一つを出た歴史は、地図に載っている店にチェックを入れる。
「やはり、この辺りには出入りしないのであろうかの」
血濡姫は、今は普通の洋服姿だ。
「とにかく虱潰しに当たりましょう。試行回数、試行回数、と……」
先に歩き出した歴史を、血濡姫は「あっ、待つのじゃ!」と言いつつ慌てて追った。
●
「セラエノは、ブローチがオーパーツかもってどこで知ったのかな?」
首を傾げる夕に、アトリアも口を開く。
『そうですね。彼らがブローチについて知った経緯が判れば、自ずと彼らに繋がる情報が得られる筈です』
自然、エージェント達の視線がリーゼに集まるが、彼女に心当たりはないらしい。
『それに、ブローチの特殊な効果というのも明確にしたいですね』
アトリアは、さり気なく話題を転じた。
「リーゼの両親より、一緒に暮らしてたお祖母さんに訊いた方が判るかも」
夕は、リーゼに「お祖母さんに電話をして貰える?」と自身のスマホを差し出す。
頷いたリーゼが、スマホを受け取って祖母宅へ掛けた。
「もしもしお祖母ちゃん? うん、元気だよ。……うん、うん……あ、あのね。今、H.O.P.E.の人が家に来てるの。前にお祖父ちゃんに貰ったブローチの事で、お祖母ちゃんとお話したいって」
軽く経緯を話したリーゼは、通話状態のままのスマホを夕に渡す。受け取った夕は、耳に当てようとするが、平介がそれを制した。身振りでハンズフリーにするよう示すと、夕が画面を操作する。
「初めまして。リーゼから紹介された、H.O.P.E.のエージェントです。お話伺っても宜しいでしょうか」
〈どんな事でしょう〉
「旦那さんは、どこからブローチを入手されたのか、ご存知ですか?」
〈夫の母親から、彼女が亡くなる少し前に受け取ったと聞いております〉
つまり、元々はリーゼの曾祖母の家に伝わるものだったようだ。
直後、今度はアトリアが口を開いた。
『何故、女性である貴女ではなく、貴女の夫からリーゼにブローチを?』
〈多分、ブローチを受け継いできた直系の者ではなかったからでしょう。仰る通り、女性から女性へ受け継がれるものだったのでしょうけど、義母は息子しか授からず、我が家もまた、息子だけでした。その後、リーゼが生まれたので、夫は直接孫に贈ったようです〉
『そうですか』
他に訊く事はないか、と目で訊ねる夕に、平介が顎を引く。
「ブローチは、『幸福を呼ぶもの』として伝わっているようですが、幸福とは、何を指すのでしょうか」
〈と仰いますと?〉
「例えば、危険を回避する事で得られるモノなのか、目に見えて何かを得られるモノなのか……」
「由来か逸話をご存知なら、聞かせてくれますか」
夕が言葉を添えると、祖母は少し考え込むように間を置き、
〈そう言えば義母から聞いた事があります。義母は、彼女の母親からブローチを受け継いだそうですが、彼女の母親が三度程、ブローチのお陰で命拾いしたそうです。ブローチが青く光り、警告音が鳴った直後、目の前に大木が突然倒れて来たり、車に轢かれそうになったり……ただ、それ以降、ブローチが光と音で何かを警告する事はなかったとも聞いています。今から丁度、百年程前の事だとか〉
その出来事が転じて、ブローチは『幸運を呼ぶ』と伝えられていたらしい。
『その警告は、持ち主が変わってもあるのか?』
〈持ち主が変わる?〉
ゼムが発した問いに、祖母が訊ね返す。
『実は……』
躊躇いがちに翼が口を開いた。
『ある犯罪者に奪われてしまったんだ。リーゼ殿には非のない事だから、彼女を責めないで欲しい。ブローチは必ず、私達が取り戻す』
〈そうだったのですか〉
納得したように言うと、祖母は、宜しくお願いします、と挟んでゼムの問いに答えた。
〈持ち主が変わる事については、私も存じません。お役に立てなくてごめんなさいね〉
「いえ。充分、参考になりました。有り難うございます」
通信を切ると、シキがリーゼに目を向ける。
「――じゃあ、もうひとつ。ブローチのひかりとおとは、たとえるならどんなかんじかな」
「光は青白くて、音は……澄んでて高くて、キーンって感じの」
「金属的な音かな」
桜が言うと、リーゼは頷きながら続けた。
「そう、トライアングルの音をもう少し太くしたような」
「じゃ、音叉だね」
夕が、リーゼの言葉を引き取る。
「これらのじょうほうも、きょうゆうしておきたまえよ、ユウ」
夕は、シキに目で頷くと、リーゼに向かって微笑んだ。
「有難う。後は俺達に任せて」
●
「流石に車種だけじゃ持ち主も登録地も判んないか……」
聞き込みを終えた拓海は、メリッサとの待ち合わせ場所でぼやく。
陸運局へ問い合わせたが、ナンバーが判らなければどうしようもない、と言われてしまった。
現地民に協力者がいる可能性も考え、リーゼの親戚・友人宅にも回ってみたが、それらしい証言は得られなかった。
『拓海!』
益々苦手意識を一人募らせたその時、メリッサが駆けて来た。
『どうだった?』
「この近隣のホテルは真壁が回ってるから、連絡待ち。他はダメっぽかった。そっちは?」
『中に一人、お喋りな小母様がいらしてね。この車、確かに見たそうよ。この辺りでは珍しいから覚えてたみたい。公園から出て、リーゼさんが言った方角へ向かったって確認できたわ』
「リーゼの家に迷惑掛かんないように訊いたよな?」
『勿論。短めに切り上げるのに、ちょっと苦労したけどね。あの手の人って長話好きだから』
互いに苦笑いした後、拓海は「じゃあ、情報共有しとくか」と取り出したスマホが、着信を告げた。
●
強奪現場となった公園付近に急行した久朗は、近所で聞き込みを開始していたが、中々めぼしい成果は得られなかった。
何しろ、公園が桁外れに広い上に、現場には普段からそう沢山人がいる訳でもないようだ。また、住宅の密集地からも少し離れている。その為、音や言い争う声などを聞いた者もいなかった。
だが、拓海から得た情報から、車が逃げたという方面の宿泊施設を調べ、調書、及び先刻アトリアから聞いた詳しい外見特徴と合致する人物が泊まったと思しき施設に行き着いた。
尤も、今は三人とも外出中らしい。
久朗は、自分が聞き込みに来た事を施設側に口止めし、一度そこを出た。組織の特徴から、移動能力や潜伏効果のあるオーパーツを使用している可能性も考えたが、幸いその様子はないようだ。
地図で確認した所、朝霞が見つけた拠点である邸とも近い。ただ、人が寄り付かないような場所は、なさそうだった。あるとすれば、強奪現場となった公園位だ。
(さて、どっちに現れるか……アトリアと合流した方がよさそうだな)
序でに、情報共有のメールを送ろうと取り出したスマホが、着信を報せて震えた。
●
その頃、ヘルムス家を辞した桜と翼も、手分けして聞き込みに走っていた。
セラエノ構成員三名の特徴を詳しく話し、見掛けなかったかと端から聞いて回った。そんな折り、スマホが伝えたのは、歴史からのメール連絡だった。
“それらしい男達が乗った車を、タクシーで尾行中”と。
それを受けた時点で、桜達は合流した。次いで、十五分程した頃、再度、スマホが受けたのは、二つのメールだった。
一つは、歴史の続報で、“ある邸へ車が入って行った”という事と、その住所。もう一つは朝霞からだった。
“私達が張り込んでる邸に、例の車が入ったわ。応援、宜しく!”
添付された住所は、正しく歴史がメールで報せてきた住所だった。
●
『ブローチの音が鳴るなら、それを場所の特定に利用しようと思ってたのにな』
必要なくなったか、と現場に向かって走りながらゼムが呟く。
『五分前に鳴るなら、徒歩でも三百メートル以内にいるのは確実だと思ったが』
「五分前は光の方ですよ、ゼム」
細かい平介の訂正に、ゼムは軽い舌打ちを漏らす。
「とにかく、戦闘開始です」
『だな』
頷き合った二人は共鳴を果たし、走る速度を上げた。
●
小規模な二階建ての邸の前に、黒い車が停まり、車から一人の男が降り立った。スキンヘッドで体つきのがっしりとした男だ。
スキンヘッドが門扉を開け、車が敷地内に入る。男が門扉を閉めた所を狙って、共鳴を果たした桜が門扉を飛び越えた。瞬間、音叉のような音が車内から鳴り響く。しかし、桜は構わず電光石火で襲い掛かり、一番手強そうなのを真っ先に地面に沈める。
それを遠方で見ていた歴史は、「あら、出遅れちゃったな」と呟いて、人通りがない場所でリンクを済ませる。
「えーと、ちょっと相手して貰い……」
すると、リンク済みの血濡姫が、脳内で何やら喚いたので、「うるさ!」と、やっても無駄と解りつつも、耳を塞ぐ。
「しょうがないでしょ、そう言う作戦なんだから!」
もう一人、同様に騒いだのが朝霞だ。
「ニック、私達も変身(共鳴)よ!」
『いいのか、目立つぞ?』
「目立ちたいのよ! 変身、ミラクル☆トランスフォーム!」
ビシィ! と指を天に突き上げ共鳴を果たし、「『聖霊紫帝闘士ウラワンダー(自称)』参上っ!」と叫びながら敷地内へ降り立つ。
「さぁ、観念して大人しくお縄を頂戴しなさい!」
(それ時代劇で聞いたぞ。奴らには意味が伝わらんだろ?)
脳内で正確に突っ込むニクノイーサを無視して、ビシッと両手で引っ張り音を立てたのは、捕縛用に準備していた手錠ではなくノーブルレイだ。
慌てて車から降り逃げ出そうとする残る二人の前に、共鳴したキミカも立ちはだかる。
「ヴィランよ、念の為伺っておこう。もし盗んだブローチを手放し投降するなら、我々に手荒な真似をする理由はないが、どうだ?」
「既に手荒な真似されてんだけど」
黒髪の男が、先に沈んだスキンヘッドを示してぼやくように言う。
「そうか、では仕方がない。諸君の蛮行で少女が涙するならば、私はこの力でそれを止めるのみ!」
同時に舌打ちを漏らした二人の男は、別々の行動を取った。金茶色の髪の男は、何を思ったか、邸に向かって駆け出す。しかし、それを阻むように、夕の威嚇射撃が進行方向の地面を穿つ。
「打ち抜く方が早いんだけどね。そうしちゃおっか」
〈止めといて下さい。一応、依頼は逮捕ですから〉
連携で狙撃協力を約していた平介が、ハンズフリー状態にしたスマホの向こうから制止する。
平介との交互の狙撃で金茶を踊らせる一方、黒髪の方は拳銃を懐から取り出して構えた。引き金を絞るが、心眼を発動させたキミカの前に、その攻撃は無効化する。
「音速程度の銃弾で、我らヒーローが止められるなどとは思うな!」
黒髪はキミカのライヴスリッパーで気絶、朝霞のハングドマンで拘束される。
平介と夕の狙撃で踊っていた金茶は、隙を見つけてあらぬ方向へ逃げ出すが、歴史のストームエッジで足止めを食らう。透かさず拓海の放ったロケットアンカーが、彼の足に巻き付く。
それでもそこから逃れようともがく金茶の目の前に、久朗の放った銃弾が弾けた。
「これで詰めだ。命までは取らないので安心せよ」
キミカの厳かな勝利宣言を、三人共まともに聞いてはいなかった。
●
「敵とは言え、手荒な事をしてすみませんでした」
言いながら平介は、救命救急バッグで、傷を負ってしまった三人(後ろ手に拘束済み)の手当をしている。それをゼムは冷えた目で見つめ、アトリアも『相手はヴィランだというのに全くササヤマは』と呆れている。
「あれが平介だ。仕方ないだろう」
久朗は宥めるように言うが、アトリアはまだ収まらないようだ。
『あの人の優しさが仇とならなければ良いのですが』
「そうならないようにするのが俺の役目だな」
肩を竦めて言う久朗の視線の先で、平介は意識を取り戻したヴィラン達に、ブローチの真の効能の説明を始めている。
「……という訳ですから、そちらで保管した所で後百年はごく普通のブローチです。彼女にとっては亡き祖父の形見の品ですし、彼女に返してあげてくれませんか」
返すも何も、彼らはこれから刑務所行きだ。無言でそれを訴える銘々が目線を逸らすのへ、共鳴したままの夕が「真理の解明だか知らないけど」と口を切る。
「やりかたってのをさ、覚えた方がいい」
冷ややかに吐き捨てた夕に、平介が眉尻を下げて苦笑した。
●
他の仲間が捕らえたセラエノを護送する傍ら、奪い返したブローチは拓海とメリッサがリーゼに返しに行った。
後百年は普通のブローチとは言え、いつまたセラエノに目を付けられるか判らない。それでも、お守り代わりなら持ち歩きたいだろうと、二人は奪われ難いように、ベルトに付ける、腕輪にする等の提案をして、帰路に就いた。
「でも、笑顔を貰うとホッとする」
ブローチを返した時のリーゼの表情を思い出して、拓海も微笑した。
『少しは自信が付いた?』
覗き込むメリッサと視線を合わせ、「皆を見て色々と勉強出来たよ」と返す。
『相変わらずね~』
呆れているのか褒めているのか判らないメリッサの言葉に、二人は一頻り笑い合った。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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