本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】死んで花実が咲くものか

影絵 企我

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/06/11 12:46

掲示板

オープニング

 そのために命を捧げようという何かを持っていない男は、生きるに値しないのではないか?
 ――Martin Luther King, Jr.


――上官の命令は絶対。当たり前のことだ。組織は一個の生命体のように動くもの。脳に従わない手足が重しにしかならないように、上官に従わぬ部下もまた、組織の足を引っ張る重しでしかない。災害救助のように、一つの判断ミスが明暗を分けるような世界に動くなら、尚の事だ。

 私はそれを人並み以上に理解していた。だからこそ、私は上から与えられた使命を全うしてきた。周囲にも私の働きはよく認められた。少なからず、必要とされる存在となっていた。

 今、私は彼女の命じられるがまま、任務に臨んでいる。三つの橋を吹き飛ばし、四国を本州から切り落とした。上手く行かなかった――これは私の人生最大の汚点となるだろう――が、善通寺の爆破も試みた。人知れず学んできた爆発物にまつわる知識を十全に生かして、私は彼女が与える任務に臨み続けている。

 そして、今日も戦うのだ。爆弾を手に戦いへ臨むのだ。彼女に爆破すべきものを伝えられると、心が躍る。私の持てる全てを尽くして、任務を果たそうと思える。そもそも、持てる全てを尽くす機会などこれまで無かったのだ。爆発物を取り扱うスキルなど持っていても、あの場で生かす機会は殆どありはしないのだから。

 さあ行こう。彼女のために、私は今日も身命を賭す――

 バラクラバとサングラスで顔を覆い隠し、隊服に全身を包んだ男は、ザイルの中身を確かめる。手に入れた爆弾にさらに手を加えた、彼の特製爆弾――ジョワユーズがすっぽりと収まっていた。流石に”デュランダル”には敵わない。だが、威力は十分過ぎるほどだ。周囲を見渡すと、めいめい擲弾銃を提げ、迫撃砲のパーツを背負った隊員達が真っ直ぐに男――古坂を見つめている。古坂は部下を見渡し、小さく頷いた。
「行くぞ。この任務は失敗できない。失敗すれば、この戦局必ずや敵の優位へ傾く。共に戦っている者のため、それだけは阻止しなければならない」
 口の利けない部下は、ただ右手を挙げて答える。彼らはゾンビ。既に抜け殻。しかし、身体に染み込んだ規律順守の精神のみは、失われていなかった。古坂もまた手を挙げ応える。迷彩の袖が破れ、肩口から露わとなったその腕には包帯が巻かれていた。腐った肉を隠すために。
 暗がりの中、死してようやく己が咲く場所を見つけた古坂は、朗々と言い放った。
「横合いから叩く。敵は勢いづき、前線を押し上げている。そこに隙がある」


――高松空港――
 君達は滑走路の周囲に立ち、空から飛んでくる迷彩柄の輸送機を見上げていた。C-1輸送機。型落ちも近いが、今だ現役の中型輸送機だ。その機体に積み込まれた三台のジープに、治療薬の詰め込まれたケースは載っている。荷下ろしで隙を見せることなく、迅速な輸送を試みるための作戦だ。君達は唯一隙を晒す事になる、輸送機の着地際を守るために配備されたのである。
 徐々に高度を下げる輸送機。ジェットエンジンの甲高い音が耳を突く。いつでも迎え撃てるよう、エージェント達は共鳴を果たして武器を構える。同時に輸送機は滑走路へと侵入し、彼らの目の前でスピードを落としていく。運転手を乗せた車両が空港の方から近づく。
 やがて、輸送機はエージェントに取り囲まれるような形で静止した。ややあって車両も傍に到着し、カーゴの蓋が開こうとする。

「今だ。撃て」

 刹那、一人のエージェントが、空を裂く飛翔音に気が付いた。咄嗟に跳び上がると、輸送機の腹を蹴ってさらに高く舞い上がる――
 爆発。その身で弾頭を受けたエージェントは吹き飛ばされて輸送機に叩きつけられる。破片が飛び散り、エージェント達に降り掛かってくる。エージェントは周囲を窺うが、姿が見えない。空港と、それを囲う森林以外には何も見えない。
 どこだ。敵は何処にいる。

「頼んだぞ。……この隙に回り込む」
 古坂はエージェント達の動揺を見ながら、部下の下を離れ走り出す。肩についた鬼面が、その姿を俄かに偽るのだった。

解説

解説
メイン 治療薬の防衛と、ゾンビと化した自衛隊員の撃破
失敗条件 治療薬の破壊

防衛対象
C-1輸送機
最大積載量8tの中型輸送機。治療薬は搭載された3台のジープに積まれている。

エネミー
――PL情報――
古坂
ステンノの配下であるゾンビ。己が置かれた状況を理解できないまま、謎の高揚感を胸に戦い続けている。
デクリオ級ゾンビ
ステータス
物攻B 生命C その他D以下 陸上
使用武器
・拳銃
 物理。単体。射程20sq。輸送機にダメージ無し。弾数15。
・擲弾銃
 物理。範囲1。射程20sq。輸送機にもダメージ。弾数3。
・手榴弾
 物理。範囲2。射程10sq。能力者に高いダメージ。輸送機にダメージは無し。弾数3。
・スタングレネード
 特殊。周囲10sq。煙幕を張り視界を奪う。弾数2。
・ジョワユーズ
 物理。周囲2sq。敵味方判別不可。地形破壊効果あり。輸送機を一撃で破壊する。弾数1。
アイテム
・隠夜叉
 30分の間、その容姿を偽る事が出来る。

部下×4
古坂に従う部下。練度が高く、意識を失くしてなお高度な連携を見せる。
デクリオ級従魔
ステータス
物攻、生命C その他D以下 陸上
使用武器
・拳銃
・擲弾銃
・スタングレネード

(上記五体で共有の武器)
・迫撃砲×2
 非AGW。最大射程2500sq(目標視認の必要有り)。非AGWだが輸送機にダメージを与えるには十分。弾数10。
――PL情報ここまで――

フィールド
高松空港
平地。面積1250sq×30sq(滑走路)
周囲は森林に囲まれている。

時刻
日中。晴れ。

開始地点
滑走路上。輸送機をエージェントが取り囲むような状況からスタート。

Tips
ジョワユーズはリュックの中。威力までPC情報に落とし込むには何らかの工夫が必要。

リプレイ

●急襲
 今回の防衛対象は、ライヴス的な防御能力を持たない輸送機だ。獣ゾンビの数に任せた襲撃が来るとは考えづらい。警戒の中、再度戦闘機を奪取できたとも思えん。
 となれば、警戒すべきは訓練された自衛官ゾンビによる強襲。それも、通常兵器による火砲やミサイルによる長射程の爆撃と、大窪寺で見せた変装能力による至近距離からの爆破か。
 先決は敵の行動を制限する事だ。ターミナル越しの攻撃は無かろう。森からの距離を最大限取るべきだ。荷卸しをする地点も事細かに定めておく必要があるな。鉄条網なり、足止めなり、使えるものは使って敵の接近経路は絞らなくてはならない。
 ……いずれにせよ、最後には我々がどう動くかにかかっているか。

 共鳴した鬼灯 佐千子(aa2526)とリタ(aa2526hero001)の前を、輸送機が通り過ぎていく。滑走路を折れ、それはリタが指定した駐機場のスペースでその動きを止めた。武器を構え、周囲を油断なく窺いながらエージェント達は輸送機の周囲を取り囲む。遠野 真(aa4847)は心奥でガラード(aa4847hero001)とこっそりやり取りを交わす。
「(デュランダル……滑走路破壊用の爆弾……やっぱり嫌な予感がするな)」
『(敵は随分と爆破が御得意な様子ですからね)』
「無理はしないでくれよ、親友」
『ああ』
 真がベネトナシュ(aa4612hero001)の肩を叩く。薫 秦乎(aa4612)と共鳴した今の彼からは、少年じみた面影が失せている。彼は武器を片手に携え、周囲に油断なく気を張り続けていた。
 そんな彼の耳が、微かな音を捉える。風を切って、一発の弾丸が空高くから降ってくる。ベネトナシュは目を見開くと、一気に跳び上がった。輸送機の翼に足を掛け、さらに高く舞い上がる。柄の折れた槍で既に腹が貫かれた、傷だらけの身体を差し出し、彼は迫撃砲の直撃を受けた。
 乾いた音とともに、火薬の匂いと破片が周囲に飛び散る。爆風を一身に受けたベネトナシュは、吹き飛ばされてその身を輸送機に叩きつけられる。その姿に、ガラードは小さく顔を顰めた。
『……早速ですか』
『平気だ、ガラード卿。君に無様な姿を見せるわけにはいかないからな』
 ベネトナシュが立ち上がるところを見ていた零月 蕾菜(aa0058)は、素早く輸送機の上に飛び乗った。
「来ましたね」
『(今度こそ無事に届けますよ)』
「はい、絶対に!」
 十三月 風架(aa0058hero001)の言葉に力強く頷くと、四聖獣の幻影を躍らせ、彼女は素早く魔力の風を起こす。降る一発の砲弾は風に絡め取られ、上空で弾け飛んだ。降り掛かる破片を振り払い、リタは叫ぶ。
『西の森から飛んでいる! 距離はおよそ1kmだ!』
 東海林聖(aa0203)は素早く振り返って彼方を見据える。その間にも一発の砲弾が飛び、佐千子がどうにか撃ち落とす。その弾が飛んでくるのは、滑走路の遥か彼方から。聖は顔を顰める。
「……まずい。敵に突っ込むっても、あんなところまで突っ込んだらいざって時戻ってこれねえ」
『(ルゥも苦手な間合……だけど、あんな距離からなら、向こうもきっと打てる手は多くないはず……)』
 Le..(aa0203hero001)が呟く横を、一つの黒い影が通り抜けた。
「(ムツカシイ事はよくわからないデス! 応援してますから、任務達成に向けて頑張りまショーネ!)」
『(ええ。私は……私の為すべきこと、為しうる事を為します)』
シェルリア(aa5139)と心内で言葉を交わしたクロノメーター(aa5139hero002)は、黒のストールで顔を覆い、音もたてず滑走路を駆ける。影に融けるが得意の二人に出来るのは、影に潜んで影から制する事なのだ。
『(さて、砲弾が飛んできた場所は……?)』
 クロは森にその身を隠し、周囲を窺う。再び一発の砲弾が風を切って飛び、盾を構えた美空(aa4136)にその爆風を凌がれる。彼女は仲間達の堅守を信じ、木の間を縫ってひた走った。
 その姿を見届け、ルゥは聖に耳打ちする。
『(突っ込むのはあの人達に任せて、ルゥ達はもう少し近くに目を向けようよ)』
「(だな。俺もガンガン動きてぇけど、今は我慢か……)」
 聖は狙撃銃を構えて滑走路に立ち、横に沿う森林を射程に収める。射程内に、いや、仲間のレーダー内に敵が入ろうものなら一気に突っ込む。低く構え、銃床を肩に押し付け、聖はじっと敵を待ち構えていた。

――美空が大予測そのいちー、敵は既に死んでいるー
――ひばりが大予測そのにー、敵は陽動を仕掛けてくる~
――そのさんー、本命はきっとかみかぜー
――そのしー、本命はいっけんして無害かめにみえないー……

「よって美空は、大大大警戒網を引くのであります」
 ひばり(aa4136hero001)と共鳴した美空は、二人がかりで練った予測に従いモスケールを起動する。日本の軍人と言えば神風特攻万歳突撃、と少々穿った根拠が散見される論理だが、的外れではない。古坂は、この輸送機を吹き飛ばす為なら文字通りその肉体をも擲つだろう。小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)も、その可能性に思いを巡らす。
『(この国で昔どんな戦いがあったか考えたら……また特攻なんてしてきても不思議じゃないわ。普通ならC4くらいをリュックに積むんでしょうけど、相手は愚神の下っ端だし、何があるか……)』
 いつでも撃ち込めるようにカチューシャを展開しつつ、彼女は滑走路の果てを見据える。能力の上ではこちらが優勢、相手が迫撃砲で牽制するだけなら負けは無い。相手がそれをひっくり返しに来るのを、沙羅は冷静に待ち構えるのだった。
『(兎にも角にも、近づけさえしなければいいのは確かね。……最悪、体張って止めればいいわ)』

 迫撃砲による急襲をどうにか受け流し、エージェントはゾンビとの戦いに臨む。

●霧中
『クロノメーター。迫撃砲の発射地点が徐々に東側へずれてきている。こちらへ近づくように動いているようだ』
『わかりました。警戒を強めます』
 森を駆け抜けるクロは、リタからの連絡で表情をさらに引き締める。狙撃銃を構え、森の茂みの向こうに集中する。彼方から微かな砲撃の音が聞こえた。
『(あの人の言う通りだ。近くにいる)』
「(気を付けてくだサイね)」
『(ええ)』
 クロは木の幹の陰に飛び込み、身をぴったりと寄せる。首だけ少し出して、先を窺う。誰の姿も見えない。クロはさらに別の木陰へと駆ける。発射音が徐々に近くなる。もう既に6発は撃ったのではないか。一体何発敵は砲弾を持っているのだろう。思考を巡らせながら、慎重に音のする先を覗き込む。
『(……いましたか)』
 木陰に身を屈め、彼女は慎重に狙撃銃のスコープを覗き込む。射程の端に、全身を装備でぴったりと覆い隠したゾンビが一体いた。澱みの無いその所作は、火薬の匂いに混じる腐敗臭が無ければ普通に生きているとも錯覚しそうだ。
『(全く、随分とタイミングの良い事ですね。治療薬の到着時間を知った上で準備してきたのでしょうか?)』
「(私だったら、ずっとココで待ち伏せするのデス。いつ来るかわからなくても、ここに来るとわかるならじっと待ちマス)」
『(あなたは前向きで、来ることを疑いませんからね)』
「(もちろん。私には希望がありマスから。いくらでも待てるのデス。……あの方々にも、何か希望があるのデショーか?)」
 シェルリアはぽつりと呟く。奇をてらわない、純粋な疑問。クロもまた、只管に輸送機を狙い続けるその姿をしばし眺める。正確に、それは迫撃砲を操作し続ける。魂の無い機械のように。
『(あっても、もう彼らに語る術は無さそうですね)』
 ゾンビの脳天に銃口を向け、クロは引き金を引いた。

「はっ!」
 五色の水晶の幻影が、蕾菜の杖を振るに合わせて乱れ飛ぶ。上空から飛んでくる砲弾は、光の束に絡め取られ、輸送機の遥か上空で弾けた。これで7発目である。
「この攻撃、ずっと続くのでしょうか?」
『(これは現実の武器です。となれば、持ち込める弾薬には限界があるでしょう。相手を弾切れにまで追い込めば、こちらの有利に戦場は傾くはずです)』
「確かに、一方的な攻撃は無くなりますね。そうなったら、流石に相手もこちらに出てきますかね……?」
 新たな砲弾が飛んでくる。蕾菜が反応するまでも無く、佐千子がヘパイストスを構え、素早く撃ち落としてしまった。佐千子に向かって軽く手を振り、蕾菜は再び杖を構える。しばらく押し黙っていた風架は、念を押すように付け加えた。
『(……もちろん、一方的な攻撃が無くなるというだけで、彼らにしてもこの弾丸の数に限りがある事は前提として動いている筈ですよ)』

「何か来ているであります!」

 刹那、モスケールを掛けた美空が叫んだ。同時に放物線を描いて投げ込まれる二つの小さな筒。乾いた音を立ててエージェント達の前に落ちたかと思うと、耳を劈く爆音と目を潰す閃光が巻き起こった。蕾菜は咄嗟に目を閉じ耳も塞いだが、それでも光は瞼の裏に焼き付き、音は彼女の身体を強引に揺すぶる。
「こんないきなり……!」
『(隙を見せている場合じゃない。構えて)』
 弾けたスタングレネードは、そのままもくもくと蒼い煙を吐き始めた。煙は輸送機とエージェントを取り囲み、視界を覆い隠す。
「こんなもので、私の目を奪えると思わないでください……!」
 蕾菜は魔力の風を自らの頭上に吹かせる。ライヴスで出来た煙を振り払い、青空を切り開く。間髪置かずに降る砲弾を、高く跳び上がって自らの身を以て受け止めた。
「これで……8発目……!」
 輸送機の足下では、沙羅が対物ライフルを構えて周囲を見渡していた。ライトアイで補強した視界は、煙の中を彷徨う一つの影を捉える。
「大丈夫ですか! 援軍に参りました!」
 影はそんな事を言っている。ターミナルにもエージェントは数人いるが、助太刀が必要なほど追い込まれた覚えはない。沙羅は肩を竦めると、影に向かって手をかざす。
『やれやれ。わかりやすいやり方ね』
 沙羅の身体に刻まれた瞳の紋様が歪な輝きを放つ。手の先から放たれた光が瞬き、影を照らす。薄れゆく霧の中で、影は堪らず動きを止めた。
『やっぱりね。そんな所だろうと思ったわよ!』
 対物ライフルの弾丸を影の肩口に叩き込む。何かが砕ける音。
「く……」
 影は仰け反り、一歩二歩と後ずさる。煙の狭間から姿を現したのは、迷彩服とサングラス、ヘルメットにバラクラバで一部の肌も見せない屍兵。片腕にはぴったりと包帯が巻かれている。
「煙幕の中から奇襲か。カシコイ事してくれやがって!」
 黄緑色の気を纏った聖が煙の中を突っ込んでいく。
「敵影の中ではそれが一番ライヴス強そうであります」
「てことは、こいつが頭目か!」
 美空の通信を受け、聖は死臭を漂わせる兵士――古坂に向かって一直線に突き進む。横から次々に弾丸を叩き込み、風の疾さで間合いを詰めていく。
『(……銃って、煩いな……)』
 ぽつりとルゥが呟く中、聖は刀を抜いて古坂に斬りかかる。
「……」
 しかし、古坂は胸元の手榴弾を手に取り聖に向かって突き出す。そのピンは既に抜かれている。まずい。咄嗟に聖は刃を返し、峰打ちで手榴弾を弾き飛ばす。乾いた音と共に、空からぱらりと破片が降る。
 しかし息つく暇はない。古坂は拳銃を抜き、素早く聖の肩口を狙う。聖は身を捻って直撃だけは避け、構えを素早く取り直す。
「どうした。この輸送機を吹っ飛ばしたいんだろ? そんな甘い手じゃ俺を抜くなんて無理だぜ!」
 古坂に向かって挑発を仕込む。しかし、古坂はその心をどこにも露わにしない。表情を隠し、言葉も無い。その佇まいは、屍人よりもむしろ機械だ。
『(気を付けてね。……怪我しないようにするんでしょ?)』
「(わかってるって。こんなとこでやられてる場合じゃねえしな)」

●死花
「通さないわよ!」
 佐千子は盾を構え、飛んできた擲弾銃の弾を受け止める。ライヴスの爆風が彼女を襲うが、どうにか踏みとどまり目の前のゾンビを睨みつける。煙幕を張りつつ茂みから飛び出してきたゾンビ達は、擲弾銃を構えて次々に撃ちかけてきた。盾を構えた沙羅が素早く駆け込み、その身で爆発を受け止める。
『大丈夫?』
「小鳥遊さんこそ。まだいけるわね」
 次々に襲う弾丸を受け止めながら、佐千子と沙羅は目配せする。
『ええ。この程度なんともないわ。迫撃砲の攻撃も止んだし、一気に巻き返したいわね……』

 乾いた音が森に響く。拳銃を取り落としたゾンビが倒れ伏し、その亡骸を晒す。鼻が潰れそうな死臭が僅かに薄れた。銃口を突き付けその死を確かめたクロは、迫撃砲を蹴倒し振り返る。古坂も含めてゾンビが四体、未だに交戦を続けている。
 クロはライフルに弾を込め直すと、森を静かに引き返した。

「貴方がたは、国と国民を守る事が使命では無かったのですか。己に日に当たらぬ方が幸せと耐える美学を忘れ、力で人を支配しようというのですか」
 真は呻く。家族を暴力で支配した父への失望と、人を護る自衛隊への憧れが、目の前のゾンビへの怒りと交ざり彼の心を苛む。苦しみのまま、擲弾銃を投げ捨て銃を構えたゾンビへ巨大な砲門を向けた。その隣にベネトナシュは立ち、ロケット砲を構える。
『主人への忠誠は固く、恐れを知らずに攻め寄せる。結構な事だ、理想的な手足であろうよ。貴様達は。だが、その先には何が見えている』
 火花が散る。飛んだ一発のロケット弾が、一体のゾンビに直撃した。迷彩服が吹き飛び、胸元に抉れたような穴が開く。それでも屍兵は這いずり、拳銃を手に取る。
『その力は無辜の民の希望を奪い去るための物であったか? そうではないだろう。さりとて、貴様達には見えていなかったろう。その力が、何のための力であったか。だから道を踏み外す。……嘗ての私のように』
 ダメ押しの一撃。今度こそゾンビは吹き飛び、神門の呪怨から解き放たれた動かぬ屍が草原に転がる。だが、ゾンビは構わず拳銃を二人へ突き付ける。
『踏み外して堕ちていく君の手を取ってやれなかった事……僕の最大の不覚だよ、親友』
 ガラードは親友の言葉を受けてぽつりと呟き、拳銃を構えるゾンビに向かって砲弾を叩き込んだ。真正面から一発貰ったゾンビは、腕が吹き飛びバランスを崩してその場に倒れ込む。

『終わりにしてやれ。サチコ。この末路は兵としてあまりに不憫だ』
「……そうね」
 四肢をもがれてなお戦いを続けようとするゾンビ。軍人としてシンパシーのようなものを感じたのかもしれない。リタは佐千子にそっと囁いた。佐千子は頷くと、速射砲を取ってその銃口をゾンビの脳天に定める。
「向こうに帰りなさい……!」
 鋭い一発がゾンビの頭を叩き潰す。ゴム鞠のように跳ねあがる間に、その身体は病魔に侵される前の姿へと戻り、地面へと投げ出される。もう二度と動く事も無いだろう。
「……」
 その姿をしばし見つめた佐千子は、最後に残った標的へ銃口を向ける。

「知っているのであります。そのリュックには爆弾が山ほど詰まっているのであります!」
 弾丸を立て続けに古坂の腹に撃ち込む。ただの人間なら、反射でくの字に折れ曲がるところだが、最早この世ならぬ者である古坂は足を踏ん張り、拳銃を構えてのしのしと輸送機に向かって突き進む。聖はその前に立ちはだかり、全体重を乗せた横薙ぎを叩きつける。しかし、古坂はそれでも歩みを止めようとしない。
『(しぶといね……)』
「何なんだよ、お前。死んでるんだろ。死んでるよな。……見えねえもん。狙いも、気迫も、感情も、何もかも!」
 文字通りの死力を尽くし、駆けて脇を抜けようとした古坂を蹴飛ばし、聖は叫ぶ。肉体は傷み、包帯の巻かれた腕は既にあらぬ方向へ曲がっている。それでも、古坂は息さえ荒立てることなく立ち上がる。その姿を見て、ルゥは神妙に声を潜める。
『(……それだけじゃないよ、ヒジリ。この人は全部をルゥ達に隠してる。何を考えてるのか、どれだけ意気込んでるのか、どんな思いでいるのか、全部隠してるんだよ)』
「(隠して……)」
『(ヒジリが目指す強さとは違うけど……この人も、強いんだ。一人の兵士として)』
「……畜生」
 風を靡かせ、聖は古坂に斬りかかる。拳銃が真っ二つになった。斧槍を取り出し、聖は唸る。
「もうお前は死んでる。死んでるんだ。なのにどうしてそこまでやるんだ!」
 懐へ潜り込む。斧槍の切っ先が閃いた。
「終わりにしろ……! 千照流・破斥……空光!」
 立て続けの一撃で古坂は吹き飛ぶ。片腕が千切れ、喉笛も裂かれ、脇腹に穴も空けられ彼は滑走路上に投げ出された。
「……」
 それでも、古坂は立ち上がる。がたがたと震えながら、腐った血を傷口からぼたぼたと垂らしながら。じりじりと残った四肢を動かし、死にかけの虫けらのように、必死に立ち上がろうとする。
 しかしそれだけだ。最早古坂に輸送機まで進むだけの力は残されていなかった。膝で崩れ落ち、残った腕は宙を掻く。
 その姿は、無念を抱き、断末魔の声も無く果てる戦士の姿と見えた。輸送機の前に立ちはだかり、武器を構え、佐千子達は敵の最後を見届けようとする。

 だが、真は予感していた。このゾンビの狙いは薬だけではない、と。薬が破壊できなかったとしても、目の前の屍兵には、まだ目的があるはずだと。
 彼の足下に広がる滑走路。真は気が付いた。皆に伝えている暇もない。真は駆け出す。
『ガラード』
 つられるようにベネトナシュも走る。何のつもりかは気づいていない。しかし、親友が動くなら何か意味があるに違いないと決め込んでいた。

『そこまでして我々の邪魔を……!』
「やっべ間に合うか!」
「……いけない」
 リタに聖、蕾菜も僅かに遅れて気が付く。しかし彼らを後ろへと突き飛ばし、沙羅と美空が駆ける。
「皆突っ込むのは下策であります!」
『そうよ。落ち着いて見てなさい』
 二人は頷き合うと、ベネトナシュ達に抵抗し滑走路に居座ろうとする古坂に向かって突っ込む。そのリュックからは既に蒼い輝きが漏れ始めていた。
「美空! 小鳥遊さん!」
 佐千子が叫ぶ。四人がかりでは古坂も堪らない。全身を抱え上げられ、もがきながら滑走路の外へと連れ去られていく――

 閃光。

『くっ……』
 激しい土煙が巻き起こる。木々が揺らぐ。どうにか衝撃に耐えたクロは、茂みから飛び出す。輸送機の傍で爆風に煽られた三人も、慌てて駆け出した。
「おい、みんな! 大丈夫か!」
 聖は叫んで周囲を見渡す。美空が傷だらけで滑走路に横たわっている。共鳴は既に解けてしまっていた。舌打ち一つ、傍に駆け寄る。
「美空! 何してんだよ! お前がやる事じゃねえだろこんなの!」
「……でもー、聖さんが怪我するのはもっといけないのであります。聖さんには帰るべきところがあるのでありますー……」
「バカッ! そういう問題じゃねえだろ!」
 佐千子はどうにか起き上がる榊原・沙耶(aa1188)と沙羅を茂みの傍に見つけた。二人ともぼろぼろの装いである。沙羅が咳き込むと、案の定血が洩れた。
「榊原さん、小鳥遊さん!」
「あいたたた……ちょっと無茶しすぎじゃないかしらねぇ、沙羅」
『でもこうするしかなかったわよ。あんなの。滑走路の上で吹っ飛んでたら……』
 彼女達は爆心地を振り返る。草原は大きく抉れ、小さく深いクレーターが出来ていた。リタは顔を顰める。
『……しばらくこの滑走路は使い物にならなかっただろうな』

「あの……あの! 大丈夫ですか? 大丈夫ですか!」
 蕾菜はすっかり意識を失っている真達の下へと駆け寄る。起こして揺すぶっても、反応が帰って来ない。
『……息はあるようだ。ともかく病院へ連れて行きますよ』
 風架は素早く応急手当を施し、動ける仲間を呼び寄せる。

「クレイジーデス。……これが世にいうカミカゼなんデスか?」
 シェルリアが珍しく神妙な顔をして呟いた。一発の為に何もかも擲ってしまったのか、ゾンビとしての生を終えれば蘇るはずの死体が、綺麗さっぱりと消え失せていた。
『……私にはわかりません。彼もまた犠牲者のはずなのに、どうしてこうも戦ったのか。私達が手を下したゾンビと同じく、最早語る口を持たなかったのでしょう』
 クロは呟く。時計の針は戻せても、時は戻せない。彼らはもう死んでいた。針を戻されて屍になっても、死んでいるには違いない。そんな彼らの為す事は、全て無為に帰す。クロは小さく首を振った。

『語れたとしても……きっと語る事は無かったでしょうが』

●夢跡
「……全く、無茶ばっかりしてくれるもんだ。傷がつくのは俺なんだぞ」
 病室のベットに寝転び、秦乎は呟く。全身が包帯でぐるぐる巻きだ。ベネトナシュはにへっと笑って獣の手をひらひらさせる。
『申し訳なかったですな。ガラ君が動くのを見たら、私も身体が勝手に』
「……俺はもうそこの奴みたいに無茶してなんぼな歳じゃないんだ。そう言う事に俺を巻き込まないでくれ」
 秦乎は隣のベッドで寝ている真の方をちらりと見る。真はベッドを起こしてラジオに耳を傾けていた。

――治療薬は無事に輸送が完了した模様です。取材によると滑走路が爆破される恐れもあったようですが、H.O.P.Eエージェントの決死の活躍により回避されたようです――

『良かったですね。身体を張った甲斐がありましたか?』
「何だか嫌味な言い方だな」
 ガラードの言葉に、真は口を尖らせる。ガラードもガラードで、否定することもなくこっくりと頷いた。
『危ないところでしたよ。あんな爆発、死んでいたって不思議ではないです』
「けどあの場じゃああするしかなかっただろ」
『妹の為にも、ですか?』
 真はすかさず頷く。
『なら次は、密に作戦を共有しておくのがよろしいでしょう。思い付きのようなことでも、周りの方が知っているのと知らないのとでは大きく変わってきますから……』
 言外に滲む、僅かな無念。誤魔化すように本のページを繰るガラードの横顔を見つめて、真は何も言えぬまま頷くしかなかった。

『そもそも、あんな爆弾を作れること自体は称賛に値する。一体あの技術は何処から仕入れてきたのだろうな』
 リタは皮肉も込めつつ呟く。ベッドには包帯でミイラのようになっている美空が横たわっていた。円らな眼を見張って、少女はリタを見つめる。
「趣味なのではないですか? 日本で生きる限りは必要になる技術では無いのであります」
「でしょうねぇ。日本で爆破解体なんて、ほとんど例がないもの」
 沙耶がゆったりと微笑む。
『趣味……あそこまで極めて、全く役に立たない趣味ってのも辛いわね』
「だからか? ……あんなになっても治療薬破壊の任務をこなそうとしてたのは」
「死んで、ゾンビとして使われるようなことになって初めて、自分の持てる力を発揮する機会が回ってきた……って事になるのかしら。だとしたら皮肉なものね」
 聖の曇る横顔を一瞥し、佐千子は溜め息をつく。
『死んで花実が咲くものか、であります。兵どもは夢の跡、死んでいたあれらがやる事は全て幻の出来事に過ぎないのであります』
『事実苦しめられてはいるけどね……ま、ひばりの言う事も一理あるか……』
 沙羅はひばりの言葉を聞いて肩を竦める。酔生夢死、無為徒食。生きた彼の中に燻っていた思いは如何なものだったろう。如魚得水、捲土重来。死した彼の中に燃えた思いは何であったのだろう。
『(少なくとも、ゾンビになってまで上司にへつらう社畜なんて日本にしかいないでしょうけど――)』
『ヒバリー、そろそろお昼だよー?』
「しみっとしたタイミングだったろ、お前……」



「こんにちはデース!」
「……どちら様です?」
 病院の屋上に佇んでいた蕾菜の背後から、シェルリアが突然話しかける。当然と言うべきか、蕾菜は首を傾げる。シェルリアは微笑み、蕾菜の手をいきなり取る。
「先日一緒に戦いましたヨ? シェルリアデス。あの時戦いここで逢ったのも何かの縁、よろしくお願いしマース!」
「随分と元気のよろしい方ですね……それで、そちらは」
『クロと呼ばれています』
 クロはぺこりと頭を下げる。天真爛漫と寡黙の組み合わせ。蕾菜は目を瞬かせた。
「よろしくお願いします。それで、私に何か御用でしたか?」
「特には無いデース。でも、ここで戦うのならまた逢う機会もあるかと思って、挨拶しておこうと思ったんデスヨ」
「なるほど。……確かに、この戦いはいつまで続くのでしょうね」
『治療薬も続々と届いているらしいですし、決着は近いかと』
「ですね……でも、きっとここからが本当の勝負です……」
 蕾菜は空を見上げる。鈍色の雲が漂っていた。

 治療薬護衛任務は辛くも成功を収めた。屍の夢に思いを馳せながら、エージェントは四国で戦いを続けていくのである……

Fin

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    遠野 真aa4847

重体一覧

  • 譲れぬ意志・
    美空aa4136
  • 気高き叛逆・
    薫 秦乎aa4612
  • エージェント・
    遠野 真aa4847

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
    人間|10才|女性|防御
  • 反抗する音色
    ひばりaa4136hero001
    英雄|10才|女性|バト
  • 気高き叛逆
    薫 秦乎aa4612
    獣人|42才|男性|攻撃
  • 気高き叛逆
    ベネトナシュaa4612hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • エージェント
    遠野 真aa4847
    人間|17才|男性|生命
  • エージェント
    ガラードaa4847hero001
    英雄|17才|男性|バト
  • エージェント
    シェルリアaa5139
    人間|19才|女性|命中
  • エージェント
    クロノメーターaa5139hero002
    英雄|18才|女性|ジャ
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