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リンブレ夢十夜
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最終発言2017/05/22 03:46:06
オープニング
●第零夜
こんな夢を見た。華奢な女が街を破壊している。白い肌、白い髪、つぎはぎの白いローブ。血の気の失せた唇は深く笑んでいる。手にした金属の杖が冷え冷えとした光を放つ。空は太陽を雲の背に隠して、まだらの灰白色。色彩のかけらを端々に残して、街は雪に覆われている。景色はことごとく白い。頭は鉄の粒でできた濃霧にでも巻かれたように、ひどく重かった。
遅れて気が付いた。殺戮の限りを尽くしているのは――自分だ。普段の共鳴時の姿とは細部が違っていたが、見間違えようがない。一見女のようにも見える顔は、まぎれもなく17年間連れ添った己のものだった。
自分は邪英化したのか。いやに冷静な頭で理解した。
「ユキ」
邪英が自分を呼んだ。
「そんなカッコじゃ寒いだろ」
少女の声が何事か呟くと、大きな火炎が街を丸呑みした。なるほど。邪英化した己は英雄の声で話すらしい。計算しつくされた絵画のように点在する赤い色彩。こんなにも美しい色が命を奪うのだ。
「わりぃ、ユキ」
なぜ謝るのだろうと思うが声が出ない。そもそも共鳴した自分を見ている今の己は何なのかと考えて――目が覚めた。
「おはよ」
ベッドのそばに立つのは、褐色の肌に白い髪の少女。英雄の陽(ヒカリ)である。
「で、悪ぃなユキ。お前の分の卵焼き、炭にしちまった」
血色の良い唇があっけらかんと言う。背筋が寒いのは蹴り落してしまった布団のせいではない。
「……料理するときは声かけてって、いつも言ってるのに……」
台所から母の悲鳴が聞こえてきた。
「うわ、こげくさ」
●小説家の息抜き
「まぁ、オチはついたけどさ」
入鹿 雪人(いるか ゆきと)はエージェントである。ついでにいうと現役高校生で、趣味は小説を書くこと。今ネットで連載しているのは弱小バスケ部を描いた青春モノだ。文化系一直線の彼だが、スポーツ好きの英雄からネタをもらいつつ執筆を続けてきた。彼らに邪英化の経験などないのだが、今朝の夢に心当たりはあった。
「もー、反省してるってー」
「してない。してたら、母さんからの『キッチン使用禁止令』は無視しない」
英雄と喧嘩中なのである。おかげで連載も滞ってしまっている。同年代でありながら小学生のような行動をする相棒には、困らされっぱなしだ。つまり英雄とのささいなトラブルがライブス制御への不安を生み、悪夢になったのだろう。
「気持ちはわかるかも」
赤須 まこと(az0065)が言った。学年は一つ上、HOPEエージェントとしてはほぼ同期にあたる友人だ。「依頼で体を動かしたい」とヒカリに引っ張られて来たところに偶然出くわし、談話室で話し込んでいたのだ。
「邪英化は極端だけど……。共鳴中って現実感がないというか、違う自分になっちゃった気分と言うか……ちょっと怖いときあるよねぇ」
まことは苦笑した後、自分が昨日見た夢の話を始める。ゆうべ読みながら眠った愛読書が頭に浮かんで、つい小説風に同時通訳してしまった。
●第一夜
こんな夢を見た。おつかいをしている。森の奥に住む祖母にパンとワインとを届けねばならない。頭にはなぜか赤い頭巾をかぶっている。
家に行くと祖母は床に伏していた。ベットから毛むくじゃらの足がはみ出している。えらく窮屈そうだ。
「おばあちゃん、なんだか大きくなってない?」
「お前を食べるためだよ!」
「早っ! ちょっと文字数全然足りないって!」
盛大なメタ発言ごと呑み込むように、狼が大きく口を開ける。もうおしまいかと目を瞑る。
「俺に任せとけ!」
言葉と共に現れたのは、立派な銃を抱えた猟師であった。
「ダメだよ! 私たちの誓約は『犬を大事にすること』だから、狼さんは殺せないって!」
「あ、やべ」
二人は食べられてしまったとさ。
続けてこんな夢を見た。自分は嘘を吐くことに楽しみを覚える人間である。
「狼が出たぞー!」
一声上げれば大人も子供も泡を食って逃げ惑う。それが楽しくて仕様がない。
ある日、本物の狼が自分の前に現れた。
「狼が出たぞー! 今度は本物だぞー!」
しかし今や自分は、嘘吐きで有名なオオカミ少女。誰も信じない。
「今度こそ、俺に任せとけ!」
通りすがりの猟師と共鳴したオオカミ少女に、本物の狼が迫る。しかし少女は余裕の表情だ。
「ふっふっふ、私はリンカーだよ? 噛みつけるもんなら噛みついてみなさーい!」
のどを反らして得意げに笑う少女に、狼が『言った』。
「俺、愚神なんで」
オオカミ少女は――ライヴス的な意味で――食べられてしまったとさ。
解説
HOPEの談話室で、雪人に夢の話をしてください。
【内容の例】
☆未来の自分に対する予想、または願望
☆過去の出来事:英雄との出会い、英雄と馴染んでないころの思い出や失敗談、小さい頃の思い出など
☆悩みが具現化したもの:日常的なものからシリアスまで
☆パラレル設定の小話:童話パロディ、年齢や性別の変化、英雄との関係変化(親子、恋人、主従逆転etc)など
※パロディの場合、版権に引っかかる内容は大幅にマスタリングすることになってしまいますのでご注意ください。
【補足】
・2種類以上の夢を書いても構いません。その場合は『第一夜』のように合わせて一夜(一話)と数えることになります。描写の濃さはそれなりになりますのでご注意ください。
・夢へのコメントやNPCたちとの会話は、入れても入れなくても構いません。
・このシナリオに参加していないPCの描写はできませんのでご注意ください。エキストラが必要な場合、雪人の脚色としてNPCたちが出演するかもしれません。
リプレイ
●9つの夢
談話室には雪人たち以外に18人のエージェントがいた。言い換えれば9組。人から聞き集めた話で十夜を揃えることができる。雪人の作家魂に火が付いた。
「ほほう、夢の話でござるか!
真っ先に言ったのは小鉄(aa0213)だ。
「拙者の夢はHOPEで一番の忍びになることで……」
語り始めた彼にまことがストップをかける。
「え、違うでござるか? 寝たときの方? 夢というのは起きたときには忘れていることが多いものではござるが…はて、何ぞあったものか」
小鉄が首を傾げると、稲穂(aa0213hero001)が助け舟を出す。
「夢日記とかいってその日の夢を書き残す人も居るらしいわねぇ」
「もしかして稲穂ちゃんも?」
「わたしは……うーん、起きたら朝ごはんとか作らなきゃだから、やったことはないのよね」
彼女は申し訳なさそうに、眉を下げた。
「あっ、こないだのはまだ覚えてるんじゃない? 懐かしい夢を見たでござるーって言ってた奴」
「む、その話でござるか……うーむ」
目をそらす小鉄を見て、半眼になる稲穂。
「あら、話しにくい夢でも見ちゃったのかしら?」
「いや、稲穂と会ったときのことでござるよ!?」
「……確かに懐かしい夢ねぇ、それ」
●第ニ夜
こんな夢を見た。夜も開けきらぬ頃、騒がしい声で目が覚めた。外へ出て村人に尋ねれば従魔が出たと知れた。これは自分の出番である。意気揚々と駆けて行った。
唐突に場面が切り替わる。この世の終わりが来たような声で自分は呻いている。立っていることはできない。手足を喰われたのだ。大量の血が地面に染み込んでいく。
己は未熟だった。修行中ゆえそれは仕方がない。恥ずべきはその未熟さを理解せず、目の前の敵に勝てると過信したことである。
そのときーー不可思議な光と共に着物姿の少女が現れたかと思うと、従魔に飛び蹴りを食らわせた。傷こそ付かなかったが、敵は驚くほど遠くへ吹き飛んだ。
「見事でござる」
少女と小鉄は誓約を交わした。誰に教えられずとも共鳴は成った。驚くほどの力が溢れてくる。少女も力強い声で身の内から鼓舞してくれる。従魔がゆらりと身を起こす。
「残った手でぶんなぐりなさい! 骨がないとこ狙うのよ!」
「合点承知!」
木々の間から差し込む光が朝の訪れを告げる。もう負けるとは思わなかった。
無事に従魔を絶命せしめたときには、朝日は完全に登り切っていた。陽光は彼らを包みこみ、勝利を祝福していた。
*
「ちょっと!」
「む、なんでござるか、まだ話は終わっておらぬが」
稲穂はぷりぷりと怒っていた。話の途中にも声をかけたのに。
「所々捏造入ってない!? 私そんな乱暴なこと言って無いわよこーちゃん!」
「それは無論のこと、なにせこれは夢の話でござるからなはっはっは!」
「……今日の夕飯、覚悟しておきなさいね」
「不穏なことを言わないでほしいでござる!?」
じゃれ合う二人をナイチンゲール(aa4840)は羨まし気に見ていた。
「その、細部はわかりませんけど……英雄が命の危機を助けてくれたっていうのは、素敵な出会いだと思って……」
彼女は自身の夢について問われると、赤面して俯く。
「……やれやれ。では僭越ながらこの墓場鳥がひとつ。些か条理に欠く話故参考になるか分からないが」
●第三夜
こんな夢を見た。墓地の夜回りをしている。寂しげな雨音。いつしかすすり泣きが混じっていた。
其は何処と探し回れば、辿り着いたのはさる高貴な英霊の墓。女が諸手で隠した面を伏せ、さめざめと泣いている。手にしたカンテラの火は女を照らすことはなく、傘を持たぬ彼女が雨に濡れた様子も無い。
「何故私は死して尚現世に在るのでしょうか。せめて冥府にて貴方様と添い遂げとう存じますものを」
言葉の意味を質そうとした声は、喉奥で止まってしまった。女が振り返ったからだ。
喉には深々と短刀が食い込み、仕立ての良いドレスの前面を血の色で見事に染め上げていた。想い人の訃報を受けて自刃したのか、と理解した。
「何が私を縛り付けているのでしょう」
簡単な話だ。
「所詮冥府と言う概念は信仰から染み出した現世の延長に過ぎない。ならば逆説的に貴公の望みは現世で結ばれること。永遠に叶わない絶望の中、死をもってそれを購おうとしたのだ」
自分はすらすら言葉を紡ぐ。まるで自動再生のように。
「そんな呪詛めいた慕情では自分自身を死で束縛するだけなのに」
女は目を瞠って聞いていたが、やがてすすり泣きの延長のような声で言った。
「その顔で、その声で、よくも言えたもの」
半ば透けていた体が実体を取り戻す。
「……貴方さえ生きていてくださいましたら私が死を選ぶこともありませんでしたのに!」
自分の首に掴みかかる女。その顔をまじまじと見た。
これは「私」だ。碧色の目を覗き込めば、若い男が映り込んでいる。
絞められるに任せたまま「私」の背中から自分ごと剣で貫いた。「私」は一瞬身を強張らせた後、安らかな笑顔を浮かべて目を伏せた。それきり自分も意識を失った。
次に目を覚ました時、水溜りに映ったのは金の髪を持つ冷たい表情の女。墓守の姿は、この「私」にとって代わっていた。
戦は時に戦地から遠く離れた場所に於いても人を殺す。ならば「私」もまたこの身に数多宿る英霊達と同じ戦没者なのだろう。そんなことを思いながら夜回りを再開した。
雨はまだ止まない。
*
「それって」
「只の夢だ」
動揺を隠しきれない相棒に、墓場鳥(aa4840hero001)は答える。
「でも……」
墓場鳥は眠らない筈。真実か否か、夢か現か。
「そんなことよりお前の夢は?」
またしても赤面した彼女の夢が語られることは最後までなかった。
●第四夜
こんな夢を見た。時代は平安辺りだろうか。天変地異に相次いでさらされ、都は荒廃していた。自分は主人から解雇を告げられた。行くところもなく、大きな門の下で雨宿りをしていた。
生活する糧は最早ない。しかし盗賊になる勇気もない。考えて、考えて、どれくらいの時間が過ぎたことだろう。門の二階に人の気配を感じた。
楼閣の上には身寄りのない死体がいくつも転がっていて、それをカラスがついばんでいる。自分は幅広い梯子の中段に誰かいるのを見つけた。
こんな夢を見た。ある大きな門の中でどうにかこうにか命を繋いでいる。裸の死骸や着物を着ている死骸。彼らを同居人とするのは辛い。ちぎれてしまった自分の手足を思い出して落ち着かないのだ。腐乱臭も心身を蝕む。
自分は死体の髪をむしってカツラを作らないといけない。理由は知らないが、きっとやらないと死んでしまうのだ。発狂しそうになっていたとき、下から銀髪の若い男が上ってきた。男は異界にでも迷い込んだような表情を浮かべていたが、目が合うと飛び掛かって来た。
「何をしていた。言わぬとこれだぞ」
「やめてよ、刀抜かないでよ! 私、死骸ばっかのところでカツラ作る役だからすごい心細かったのに!」
アンドリアナ クリスティー(aa5079)は思い出した。やらないと飢えて死んでしまう役を演じているから、彼女はこんなことをしなくてはならなかったのだ。エルノ ゴールドビートル(aa5079hero001)が飛び掛かって来たのも同じ理由。
「役を演じてるだけなんだが」
「それって、私が引剥されちゃうじゃん。えっちすけべへんたい」
「しねーよ!」
もはや時代考証なども必要ない。彼らは夢と気づいたのだ。
「だよね。私の体なんか、誰も興味なんて持ってくれないよね。右手右足もないし。私なんてどうせ……」
「めんどくさいなお前」
きつい物言いは、彼女の自己否定を加速させる。
「うん、だよね。だって、寂しかったし、嫌なこと思い出したし。私、こんな時にも不遇な役回りだし。また迫害とかされそうな立場だし……」
「気にすんな。現実じゃないんだから」
「うん、わかった。私、カツラ作るからまた後で」
死体に向き直るアンドリアナ。エルノは苦い顔をした。
「いや、それだと俺、服剥ぎ取らないといけなくなるんだが」
「……エルノなら許す」
「そこは怒れ」
夢はそこで終わってしまった。
*
(エルノなら許す?)
さらりと投下された爆弾発言。雪人はそれ以上ツッコめなかった。かの名作通りなら両者はここでお別れだが、夢の中の二人は仲良く暮らしそうな気がした。
●第五夜
こんな夢を見た。目線が低い。自分は子供になっていた。まだ能力者になる前だろう。
居間の掘りごたつの周りで家族が笑っている。愛猫を膝に乗せ、暖かい朝食をかきこんだ。早くしないと学校へ遅刻してしまう。家を飛び出すと、稲の苗が揺れて輝いている。こんな日々がずっと永遠に続く。そう信じていた。
気づけば場面は下校の時間へと切り替わっている。何気なく窓の外を見て、体が硬直した。赤い空を覆う黒い影。否。――学校が、近所の家が、村中のすべてが黒い物に襲われている。
必死で走った。もつれる足。けれど止まるわけには行かない。
どくりどくり。走るのはやめたのに、鼓動は大きくなるばかり。身体ぜんぶが心臓になったようだ。暑いとも、熱いとも思えなかった。目の前には業火に包まれる自宅があるのに。
言葉なく立ちすくんでいると、ひときわ大きな影が現れた。
――わたしの全てを滅ぼした愚神。血と汗と涙にまみれた顔でそれを見上げた。
目を開ける。茶色の髪が視界に入って来た。
「ママ、大丈夫? 泣いてたよ?」
幼い声音にふっと笑みが零れた。
「子どもの頃の夢を見たの。愚神に襲われて、ママの家族も、住んでた村も、全部燃えてしまった……」
「……わたしも、ママの家族だよ。今は、わたしやみんながいるよ」
この幸せの中にあってなお、愚神への憎悪は消えない。そしてこの身は絶えず血風にさらされる。共鳴という形で彼女を巻き込んで。
「ごめんね、ひかるん。私の英雄になったばかりに、実の娘に人殺しをさせるとか……」
だから、戦いの前には必ず「ごめんね」と言ってしまう。
「ごめんねはいらない。わたしは、そのためにここに来たんだ。ママと、この世界の未来を創るために」
力強く言い切る少女。見つけたのは、愛しい面影。
「うん、そうだね。未来のために……」
異なる世界からやって来た娘は、元の世界のことを覚えていない。だからこそ、この世界で幸せな未来を得てほしい。視界がぼやける。少女も周りの景色もフェードアウトした。
目が醒めると、ひかるが心配そうにゆらを見下ろしていた。今度は現実らしい。
「ひかるんが、私のとこに来てくれた夜の夢を見てたんだ……。ひかるん。ママのとこに来てくれて、ありがとう」
娘にかける言葉は、「ごめん」より「ありがとう」の方がずっといいから。
*
語り終えた加賀谷 ゆら(aa0651)は、傍らの加賀谷 ひかる(aa0651hero002)に穏やかな笑みを向ける。ひかるはくすぐったそうな顔で微笑みを返した。
●第六夜
こんな夢を見た。血と煙と油の匂いが立ち込めている。
ここは化学プラントの最深部で、敵の拠点だ。自分は奴らを征圧するためにやってきた。
血走った目の男が斬りつけてくる。さすがに必死だ。まともな兵士だったならば致命傷だろう。刃を抜いた側から、この身は早回しの映像のように傷を塞ぐ。そうやって無数の弾丸と刃をかいくぐってきたのだ。
(俺は死なない。死ぬことを許可されてない)
化け物、と刀の男が言った。言いたければ言っていろ。声が震えている。つまるところ負け惜しみなのだ。事実、彼は次の瞬間には絶命した。別の敵が泡を食って逃げ出す。捕まえて、屠る。その怯えごと絶えさせる。
(折れた、か)
即席の相棒はこれで何本目だったか。脆いものだ。
味方によってセキュリティコードが解錠され、通路の奥にある扉が開く。自分の瞳孔は拡大していたことだろう。ケースに収まる白銀の剣。最新型AI搭載の武器だ。迷わず手を伸ばすと自分を制する声がした。のみならず自分を羽交い絞めにしようとまでする。誰だろうが構わない。殴り払って剣を手に取った。どんな金属が使われているのか、驚くほど軽い。
『おまえごときが、我が主になれるとでも?』
剣が言った。
『血と魂で誓約せよ、我が力を振るうための下僕となれ』
「……魂なんて無ぇだろ、んなモン。誓う気も無ぇし」
そう答えた。唐突に降ってきたファンタジィを自然と受け入れていた。
『遅い。すでにおまえの血は』
傷から流れた血が、握った柄に、刃にしみ込んでいく。
(やっべェ。喰われる……!)
力が満ちていく。同じ速度で、自分の中の何かが消失していく。『俺』はじきに食い殺されるだろう。その代わり――全てを飲み込み、破壊できる。右手を軽く薙ぐ。今死んだのは果たして敵だっただろうか。それすらもどうでもいい。
「貴様……裏切る、のか……」
足首を掴んで、味方だった男がいう。
「裏切る?」
任務も、命令も、死ぬ許可も必要ない。己の世界に裏切りがあるとするならば、この剣を捨てることだけだろう。
*
「……で、何だ? その剣が私で、おまえは私との絆を夢で再認識したというわけか』
ミツルギ サヤ(aa4381hero001)は鼻を鳴らす。ニノマエ(aa4381)は顔をしかめた。
「どうしてそういう解釈になる。だけど、夢にしてはやけにリアルで」
あの匂いが今でもまとわりついているようだ。
「おまえも修羅場の経験があるし、それをもとに夢を見たのだろうよ」
「だけど」
「気にしすぎだ、ニノマエ」
彼女は笑顔で紅茶を飲み干す。
「何だか緊迫した夢ですね。僕は、何かあったかな?」
天宮城 颯太(aa4794)は、前のめりで聞いていたせいでずれた眼鏡を押し上げる。のほほんとした主婦系男子である颯太だがそれはそれ。勇ましく戦う夢にもロマンを感じたのだろう。光縒(aa4794hero001)は無表情で茶をすすっているが。
(あいつの記憶の断片がライブスを介して……とも思ったが)
まさかな。ニノマエは軽く息を吐くと小洒落たクッキーを口に入れた。
「ミツルギさん? このお菓子、紅茶に良く合いますよ!」
「……ああ、頂こう」
頷いて、まことから袋を受け取る。反応が遅れたのは、ふと蘇った匂いと感触のせいだ。錆びて腐ったような鉄の匂い。そして忘れたはずの主。思い出せそうだと思ったが、菓子と紅茶の芳香にかき消されてしまった。――今はそれでいいのだろう。
●第七夜
こんな夢を見た。朝起きると、英雄の姿になっていた。紫の髪を持つ可憐な少女である。
(ドロップゾーンの中で女の子になったことはあったけど、このパターンは初めてだ)
新手の愚神の攻撃でも受けているのか、もしくは夢か。ねぼけ眼をこすりながら考えた。意外と冷静だ。冷静だったので、とりあえずトイレに行くべきだとも思った。
(まぁ、お約束だし)
トイレへと続く廊下を歩いていると、背後から聴きなれた声がした。
「ナチュラルにセクハラをかますとはいい度胸ね」
同時に感じたのは、殺気。地面を蹴る。足があった位置には、1秒遅れで飛んで来た剣山が突き刺さった。身軽なこの身に感動する暇さえあった。これが英雄の力か。
(やっぱりというかなんというか)
舌打ちの音に振り返ると、そこには半ズボン姿が眩しい少年の姿があった。こうして見ると、なかなかどうして、いい男である。内に在る少女の影響か、少し目付きが悪いのがいいのかもしれない。
(次からちょっと、こういう表情も試してみよう)
少年の中の彼女は気が済んだのか、それ以上は攻撃してこなかった。一先ず着替えて、外へと誘う。
隣を歩く少年は普段の英雄を思わせる仏頂面だったが、逆に英雄の表情は豊かだった。
(そうか。光縒さんは、笑うと、こうなんだ)
窓に映る少女を見て、クスリとすれば、隣の少年は不機嫌さを増す。しかしそれは普段の自分がしない表情で、やはり新鮮に思えた。
「ふふ……。ね!折角だから、ちょっと遠くへ行こうよ!」
ふわりと笑い、自分の体ごしに彼女の手を握る。手は少し硬い。色々な仕事をしてきた、苦労の手だ。
「好きにすればいい……。どうせ、この身体は幻想蝶の中には戻れないもの」
「あ、そうなんだ」
ならば――。
「今、じゃあ自分は幻想蝶の中に入れるんじゃ? って思ったわね」
「思ってないっスよ」
「颯太のDドライブ、どうなっても知らないわよ」
「ごめんなさい」
歩き出す少年。右手はポケットに、左手は握られたままだ。男らしいその姿に少しドキリとして、少女がしおらしく俯く。
(ん? もしかして僕達、中身逆の方が、しっくりくる……?)
「という夢でした」
颯太は語り終えた。無意識に内股になっていた足を慌てて直す。次は隣にいた佐和 はじめ(aa5052)の番だ。
「……俺の夢で大丈夫でしょうか。黒闇はふよふよ漂ってるだけだし……」
「夢……?」
黒闇(aa5052hero001)はその名に似つかわしいどんよりした空気を漂わせている。その姿は男とも女とも取れず、人の形をとる何者かであることが知れるのみだ。
●第八夜
こんな夢をみた。まず、ここはどこだろう。自分の部屋でネットゲームをしていたはずである。
「はいっ、あたしクロだよ」
ポニーテールの美少女が親し気に話しかけてくる。服装はパンキッシュとかロックとかそういった類のものだろう。色は黒でまとめられていて、彼女によく似合っていた。それより気になるのは彼女が手にしたエレキギター。となれば服はステージ衣装だろうか。
「ね、君も一緒に行こ」
彼女が指さすのはまぶしく照らされたステージ。ここはライブ会場なのだとようやく気付いた。
「お、俺には無理だよ」
観客の熱気が伝わってくる。応えられる気がしない。そもそも自分は楽器ができただろうか。
「せっかく夢の中なんだし、はじけちゃお♪」
断ったはずなのに、気づけばステージの上にいる。なるほど夢である。
「お気に入りのこの曲、誰かと一緒に歌いたいなって思ったの」
彼女はマイクに声が入らないように、耳元で囁く。そして観客に告げる
「曲名は『まっクロロック』。みんな覚えてくれたかな」
腹に響く歓声。目の前にはスタンドマイク。
「そこの少年は猫背になっちゃダメだよ。背筋を伸ばしてシャウト!」
――クロック! 迷ってる間にカチカチ進んで
いつのまにか踊りながら歌っていた。照明がまぶしい。
――ブラック! 身動きも取れない状態
クロは隣でギターを弾いている。
――だからロック 外せないなら叩き割ってやろう
こぶしを突き出せば、観客も同じ動作で答える。
――もっとロック 歌いだせ、かすれた声で
Bメロまでに温まった空気のまま、サビへ突入する。
――まっクロな世界 俺は同化してって
――今さら天使も悪魔にもなれそうにないんだ
――まっクロな俺が 世界にケンカふっかける
――全部喰ってやるから覚悟しやがれ、ってさ
歌い切って、隣を見る。汗に濡れた髪を払って、微笑むギタリスト。
(このカワイイ子、誰だっけな。心あたりがない……)
いつの間にか、彼女のことを忘れていた。
*
「ロック好きなの?」
まことが首を傾げる。
「まぁ、普通に……?」
願望の実現として片づけるには中途半端な夢だ。しかし夢の中の少女は本当に可愛かった。
「おーい?」
自分の世界に入ってしまった彼の代わりに、雪人が進行する。
「よかったら貴方のお話も聞きたいのですが?」
水を向けた相手は、端の席で話を聞くともなく聞いていたヨハン・リントヴルム(aa1933)。
「そうだね……、何だか救われない夢ばかり見ている気がするな。でもまあ……僕としては、妻と娘と辛うじて生活できている今の暮らしの方が夢みたいだけど」
彼は暗い瞳で言う。
「今この瞬間ふっと目覚めて、またあの日の当たらない暮らしに逆戻りするんじゃないか、ってね」
●第九夜
こんな夢を見た。傷だらけの少年が地に伏している。誰かの足がためないもなく細い体を踏みつける。とめどない悪罵が降り注いでいた。
小さなヨハンはヴィランズから逃げ出したかった。だから脱走した。捕まれば痛い思いをすることは容易に想像できた。それでも実行に移したのは、希望という推進力が彼を動かしたからだ。
(……ああ、そっか)
延々と繰り返される痛みと苦しみ、屈辱に彼は悟った。自分の無力さと、理不尽に抗うという行いの愚かさを。
(希望なんて、なかったんだ)
虚ろに『された』瞳で、彼は笑った。
「まぁ……、そういう夢ばかり見てるってことは、実はどこかで望んでいるのかもしれない。希望の欠片もない、最低最悪なバッドエンドを」
現実の彼もまた自嘲の笑みを浮かべる。
夢の続きはこうだった。邪英化したパトリツィアがHOPEに攻撃を仕掛けている。彼女は恐ろしい竜人の姫へと姿を変えていた。
「ああ、ヨハン。あなたが果たせなかった復讐を、私はようやく叶えられる」
彼女は、彼女の中に眠る夫に語りかける。
「件の協定以来、元ヴィランの連中がエージェント達に温かく迎え入れられる姿を、主人はどれほど悲痛な気持ちで見ていたことでしょう。彼はあまりにも無力だった……運命が己を翻弄するのを、指を銜えて見ている事しか出来ないほどに」
狼の耳を生やした少女が邪英へと向かっていく。彼女は言う。罪を認め悔い改めれば、ヴィランだってやり直せると。パトリツィアはますます怒りを燃え上がらせ、少女を地面へと叩き付ける。
「そのような屈辱も、もうこれっきり。ヴィランズも、それに擦り寄るHOPEも、みな消し去ってしまいましょう。ヨハン……地獄で会ったら、私を褒めてくれますか?」
その瞬間、一斉攻撃が始まる。虫けらたちも数が多過ぎれば払いのけきれなくなる。彼女の肌に一筋傷がついたかと思うと、後は傷が増えていくばかり。やがて狼少女の向けた刃が彼女の心臓に突き立った。彼女は諦めず立ち上がったのだ。その胸に希望を灯して。
望み通り、元ヴィランが一人死んだ。そう思った。
*
語り終えたヨハンは、パトリツィア・リントヴルム(aa1933hero001)の姿がないことに気づいた。彼女は部屋の外で、悪夢を語る彼に思いを馳せていた。抜け出して来たヒカリに請われて、夢の話をしていたのだ。
英雄も世界蝕もなく、ヴィランズもヨハンが拉致された過去もなかった世界。彼は普通の青年として両親の元で幸せに暮らしている。
「誰を憎むこともなく、心穏やかに生きられたら、それが一番いいのです。しかし……主にそれを期待するだけ、酷というものなのでしょう」
●第十夜
こんな夢を見た。月灯りが照らす縁側にいる。隣にいるのは師匠と慕う男である。長い髪は月と同じ白銀の輝きで冴えている。
「仙寿さま、もう一杯いかがですか?」
彼が頷くと、自分はすかさず酌をする。ほのかな酒の香りが鼻腔を刺激する。
「敬語とは他人行儀だな。子供の頃の様に話せば良いものを」
「私も立派な大人ですからね!
「前に様は要らないとも言ったが?」
背中に翼を持つ男は、柔らかな声音で尋ねる。
「以前もお伝えしましたが……貴方は私にとって憧れのヒーローで、師匠で、目標です。だから呼び捨てになんて出来ない」
そう答えてかぶりを振る。
「でももし貴方に勝つことが出来たら対等になったという事だから……その時は遠慮なく呼び捨てにさせて貰います」
「……変わらないなお前は。どこの世界でも」
男が笑う。頭を撫でられると、懐かしさで泣きそうになった。彼は生きている。そう思えた。
「あの、翼もふもふしても良いですか?」
「ん? 突拍子もないな?」
「だって私が貴方を天使だと知った時には敵同士だったから」
表面は滑らかだった。雨が降れば、弾かれた水が玉になって流れるだろう。
(様とか敬語が要らないっていうのは、私を騙してた負い目……?)
願わくは、昔の様に隔たり無く接したいという心の表れであることをーー。ふわりふわりと感触を伝える翼。雲を撫でるような心地である。
「蕾とは上手くやれているのか?」
「蕾?」
「俺の若い時分の姿の男だ。能力者、だったか」
手を離し、弾かれたように顔を上げた。
「はい、まだまだお互い未熟ですけど何とかやってます」
相棒と瓜二つの男と視線が絡む。優しい瞳だ。
「誰かを救う刃でありたいとお前は言っていたな。蕾となら出来そうか」
師匠をいくらか幼くしたような姿の相棒は、出会った頃は怒ってばかりだった。怖い人だと気を重くしたものだ。今は、違う。
「二人でなら貴方にも追いつけるような……そんな気がします」
「そうか。お前が笑っているならそれで良い」
翼がたっぷりと空気を含んで、視界いっぱいに広がる。師匠が立ち上がったのだと遅れて認識した。
「俺もお前達が命を賭し、果たしてどのような道を歩むのか見届けたくはある。が……」
「が?」
「知っての通り俺は天使。次元を渡る侵略者だ
「蕾と何かあったら言え。すぐお前を元の世界に連れ戻してやろう」
天使は振り返り、微笑んだ。
*
「そこで目が覚めたんだ!不思議な夢だったよ」
不知火あけび(aa4519hero001)は言った。
「でも枕元に白い羽が落ちてたんだよね。何でだろう?」
窓はしまっていたのだと彼女は言う。皆が羽がどこから入り込んだのかの推理に興じている中、日暮仙寿(aa4519)だけは別の思考で頭が一杯だった。
(本物だ……!)
彼は先日、あけびを探してこの世界に来たという『師匠』に出会った。のみならず一戦を交えた。一矢は報いたが完敗だった。
(あの娘と共に歩んでみろとは言われたが……)
あけびを連れ戻す。彼ならばできるのかもしれない。仙寿の背を冷や汗が伝った。
●夢のあと
夢語りの集いはこれにてお開き。十夜の夢で溢れた談話室は、間も無く空の箱に戻るだろう。
現実は、時に夢よりも小説よりも奇なるもの。明日会うのはどんな現か。楽しみに待つとしよう。
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結果
シナリオ成功度 | 普通 |
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