本部

飛んだ!? 鯉幟

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/05/27 19:21

掲示板

オープニング

 こどもの日の数日後。
 藤森昌明は、こどもの日の為に揚げていた鯉幟を下ろす作業をしていた。
 藤森の子供達は、既にそれぞれ家庭を持っているし、孫達ももう『こどもの日』を祝うような年ではない。だが、近所の幼い子の為に、藤森は毎年鯉幟を揚げていた。
 ベランダに飾るような小さなモノではなく、庭先に設置した太いポールに取り付ける、本格的なそれだ。
 おかげで、最近は年の所為もあるのか、揚げ下ろしの作業が少々辛い。
 後どのくらい、こうして飾る事ができるだろうか。考えるともなしに考えながら、幾度か飾り紐を手繰る。
 やがて地面へ横たわり、折り重なった鯉幟達の、一番上になった真鯉から片付けようと手を伸ばしたその時、鯉幟が藤森の手をすり抜けた。

「――という訳で、今日は鯉幟捕獲任務です」
「鯉……幟?」
 ただの鯉ではなくて? というエージェント達の音にしない疑問に、女性オペレーターは頷く。
「依頼人の藤森昌明さんは、現在この近くの病院へ入院しています。藤森さんの話によると、片付けようとした鯉幟が突然動き出して、身体に強く巻き付いたんだそうです」
 要するに、簀巻きの状態だ。
「もがく内に意識を失って、次に目覚めた時は病院のベッドの上だったそうです。通報した奥様も、救急隊員も、現場に駆け付けた時には藤森さんが倒れていたのみで、鯉幟は影も形もなかったとか」
 普通に考えれば、鯉幟が自発的に動く事はまずないだろう。
「従魔が憑いている以外に原因は考えられません。しかも、被害の報告は一件だけではありません。この一帯の民家から、無数に寄せられています。また、鯉幟が空を泳いでいるのを見たという目撃情報もあります」
 その為、この支部を中心に、半径一・五キロ圏内を、HOPEの主導で全域避難させる事態に至っている。
「もう程なく、避難は完了するでしょう。この近辺は無人になりますので、思い切りやって下さい」
 何を、と突っ込みたい気分になったエージェントは、少なくない。それに答えるように、オペレーターが続ける。
「戦闘で出た家屋破損等の被害については、HOPEで全責任を負います。何としても、鯉幟を全て回収して下さい。今はまだ、被害状況は揃って、簀巻きの状態にされた被害者が意識を失う程度に留まっていますが、放置すれば鯉幟の凶暴化も有り得ます」
「全て?」
 一匹じゃないのか? という空気がまたも室内を支配する。
 それを感じたのか、オペレーターは疲れた顔で言った。
「どうも、あの歌のように家族連れみたいなんですよね……」
「家族連れって」
「全部で五匹です。両親鯉と子供が三匹」
 マジかよ。
 と言うか、例の歌では数は正確には明示されていないが、今それはどうでもいい。
 でも、何でこんな――しかもその内、凶暴化するかも知れない鯉幟って。
 今は軽微とは言え、怪我人も出ているのだから、事態は深刻な筈だ。しかし。
 微妙な顔つきになった一同の脳裏を、龍のように空を飛ぶ鯉幟という、何ともシュールな情景が過ぎったのは、言うまでもない。

解説

※〈〉内はPL情報。これをPCが知るには、何らかの行動が必要。
▼目標
従魔の討伐、及び鯉幟の回収。

▼登場
・藤森昌明…老齢の男性。鯉幟の所有者。今は妻と二人暮らし。

▼従魔情報
・全てミーレス級。
・大真鯉(体長6m程)が一匹、中緋鯉(体長5m)が一匹、小緋鯉(体長3m)が三匹。
・攻撃→人間を簀巻きにしてライヴスを奪う。まともに食らえば気絶。〈個人差があるが、一般人だと大体簀巻きにされてから気絶まで五分前後。能力者ならもう少し持つ。意識のある内に抜け出せば、ライヴスは多少奪われるが、気絶は免れる。
・弱点→目玉。そこを強打すれば、憑依した従魔が出て行く。飛び出した本体を叩けば倒せる。〉

▼その他
・住宅街は基本的に無人です。とは言え、今後の生活もあるので、できれば破壊は押さえて、と言いたい所ですが、まずは自分の身の安全と従魔退治を優先して下さい。
・逃げ遅れた人はいない想定です。
・鯉幟は、なるべくなら破ったりしないで持ち主に返してあげて下さい(但し、持ち主も破損の可能性は承知しています)。

リプレイ

「オレの英雄とは、鯉のいる池で出会ったんだ。だから鯉のつくこの依頼に行こうと思ったんだよね」
 相棒と既に共鳴を済ませた最上 維鈴(aa4992)は、伸びをしながら空を見上げるが、視界の範囲に、お目当ての鯉幟の姿はない。
「にしても、H.O.P.E.女子としては、コイノボリを叩くなんて……」
 気が進まないなぁとばかりに小首を傾げた餅 望月(aa0843)に、百薬(aa0843hero001)が『実はあんまり関係ないような気もするよ』と尤もなツッコミを入れている。
「そんな事言わないの。まあここで一発、屋根より高いホームランといっとこうか」
 それを聞いた水竹 水簾(aa5022)は、自分も早く『屋根より高いうぱのぼり』を実践したいとばかりに、「さて、やるか」と呟き、ウー パルーパ(aa5022hero002)を引きずって住宅街へ歩を進める。ウーは勿論、この後自身に降り懸かる災難を知る由もなく、水簾に引きずられるまま小走りに後を追った。
「あー、お二人さん、ちょい待ち」
 言った逢見仙也(aa4472)が、イヤーカフ型の通信機を放る。振り向いた水簾が、それを受け取るのを確認しながら、他の仲間にも配った。
「ライヴス通信機、持ってない奴もいるからな。支部で借りて来た。この範囲なら通じるってよ。余裕あったら、全員で情報共有した方が良いだろ」
 言いつつ、自身のものを装着すると、「よーし、しばいて捌いて刺身にするぞー」と掌に拳をぶつける。ディオハルク(aa4472hero001)が呆れたような目線を向けて、『捌くな刺身にするな、と言うか、その前に布地を食おうと思うな』とこれまた尤もなツッコミを入れた。
「マゴイとヒゴイ、小さいのはちょっと多くないかね」
 支部で知らされた情報を反芻する望月に、百薬が『小さいけど結構大きいよ』と指摘する。
「うむ、お子様の成長を願った、立派なこいのぼりだね」
 百薬のツッコミから、微妙にズレた答えを返す望月に、維鈴は真面目に同意する。
「オレも、子供の日に院で鯉幟上げて貰った事あるんだ。その後、柏餅とか出して貰ったのも美味しかった……だから、そんな楽しい鯉幟に、悪さなんてさせちゃ駄目なんだ!」
 孤児院での思い出が過ぎったらしい維鈴は、ご立腹の様子だ。
「ともかく、空飛ぶコイノボリね……狙い撃ちし放題じゃない」
 それを余所に、エレオノール・ベルマン(aa4712)が、愛らしい顔に似合わぬ物騒な言葉を口にする。
 巻き付き攻撃をされたら弱いだろうけど、雷書で感電返しできないかしら? などという戦略と外見にはかなりギャップがある。
「だが、どの道ここからでは空全体は見渡せないな」
 そんな彼女の隣に立ったトール(aa4712hero002)は空を見上げるが、住宅街という立地の所為か、見えるのは精々真上か正面の空だけだ。
「でも、あれって高いんでしょ? オレも出来れば銃使いたいけど……」
 破いちゃ悪いもん、と勢いそのまま鯉幟を台無しにしそうな仲間達を、維鈴は控え目に牽制する。
「出来るだけ破らなければいいんだろ? 威力がない武器で殴ればいいじゃないか」
 長く楽しめて一石二鳥だ、などと、如何にも好戦的な台詞を吐きながら相棒と共鳴した仙也は、ミラージュシールドを顕現させて、跳躍した。
 望月も百薬と共鳴すると、仙也に倣って、塀やベランダなどを経由し屋根へ登る。
 アナー(aa5188)とナテリー(aa5188hero001)を含む他のエージェント達も、次々と屋根へ続いた。

 屋根の上に登れば、普通の邸宅でも六、七メートル以上はあり、避難の済んだ範囲の住宅街の空を一望できる。
 オペレーター曰くの“家族連れ鯉幟”は、今や四方へ散ってウロウロと飛び回っている。不意にライヴスを奪うべき人間が消えて、戸惑っているらしい。
 共鳴しない状態で、どうにか屋根に登った水簾は、一番大きな的となる大真鯉を見つけると、一度地上へ降りた。ウーを連れて、その側まで移動し、再度屋根へ登る。
「よし。ウー、飛べ」
『うぱー』
 ウーはウーパールーパーであって鳥じゃないよ! と言わんばかりの顔をした相棒にお構いなく、水簾は彼をよっこらしょと担ぎ上げた。予想より重い。
 だが、とにかく当初の目的を果たすべく、狙いを定める。
「尾の方じゃ、滑って掴まりにくそうだからな……目か口の付近を狙うか」
 気遣いのつもりで言う水簾の肩先で、止めて! と暴れる彼を、こちらめがけて来る大真鯉の顔に向かって「そぉい!」と投げる。
『うぱー!?』
 しかし、あまり勢いは付かなかった。飛距離も出ず、ぶつかるにはぶつかったが、うまく掴まる事も出来なかったウーは、地面へ落下する。
 水簾は、彼を追って、一度地面へ降りた。
「ちぇー。“やねよーりーたーかーいーうぱのーぼーりー”って歌う意味なくなったなぁ」
『るぱー……』
 助け起こされたウーは、地面に激突した痛みで、涙目になりながら水簾を睨め上げる。けれど、水簾は、鯉幟と共にはためくウーを見て満足する予定が、などと口の中で呟いていた。
「柏の葉っぱに包んでみたい衝動に駆られたろうに」
 まだ言うか、とでも言いたげなウーと、彼を従えた水簾の頭上で、別の屋根から大真鯉に飛びついたのは、相棒と共鳴を果たしたアナーだ。
 ピラニア・ナッテリーが英雄化したナテリー寄りの共鳴だと、空を泳ぐ鯉幟の相手は出来ないので、今日はアナコンダのワイルドブラッドであるアナーが主の共鳴だ。
 通常は、オイルレスリングがベースの戦い方で、オイルを身体に塗って戦っている。が、今回は滑り止め粉を全身にまぶし、全身を使って鯉を締め上げた。ウーの攻撃(?)に共感を覚えたのだが、しかし、特に真鯉がダメージを受けた様子はない。
(やはり、AGWでないとだめか)
 けれど、それも想定内だ。真鯉から一度手を離して地面に着地すると、アナーは鉤爪を取り出した。

「こっちだよ!」
 鯉幟達の注意を引くように叫びながら、維鈴は屋根伝いに、手近な所にいる一匹の小緋鯉の方へ向かった。
 共鳴状態で近くを彷徨けば、他に人間がいないこの状況なら、他の鯉幟も寄って来てくれるかも知れない。自身の特性を生かして、囮として動いてみるつもりだ。初めてだし、仲間に迷惑は掛けられない。
 向こうも獲物を探していたのか、自分の方へ向かって来る維鈴の方へ突進してくる。零距離回避を発動した維鈴が、紙一重で避けた小緋鯉を、近くにいた望月が槍を構えて迎え撃つ。
「まずは相手の手数を減らす所から、ですね」
 これだけの巨体、弱点があるとすれば、頭か鰭か背中だ。
 ヒュ、と風切り音と共に振るった槍の先が、鯉の口先を掠め、布地が裂ける。ダメージを与えられた所為か、小緋鯉は緩やかな動きで方向転換した。それを追うように望月は屋根の上で跳躍し、背中を狙って槍を振り下ろす。
 またもそこは裂けるものの、決定的なダメージには至らない。
 舌打ちしながら一度屋根に着地する間に、体勢を立て直した維鈴が、レガースを着けた足を振り抜いた。その蹴りが、鯉幟の目玉を直撃すると、途端に鯉幟は力を失い、本体が飛び出す。
「鯉の道を邪魔する者には、退場願います!」
 飛び出た本体に向かって、望月がパニッシュメントを放つ。鋭いライヴスの光を浴びた従魔が、動きを鈍らせた所を狙って、望月はバット――基、電柱に持ち替え、容赦なく叩く。従魔は消滅した。

〈皆、聞こえる? どうも、弱点は目玉っぽいよ! それで一体倒した!〉
「目玉?」
 通信機から聞こえたのは、維鈴の声だ。眉根を寄せた仙也は、「具体的にどうすりゃいい」と訊き返す。身体の下では、盾で押さえ込んだ中緋鯉がそこから抜け出そうともがいていた。
〈思いっ切りぶっ叩けば、本体が飛び出て来ます。それを倒せば〉
「りょーかいっ」
 説明を補足した望月の声に答えると、仙也は盾で抑え込んでいた中緋鯉から一度距離を取った。
 暴れて仙也の下から抜け出そうともがいていた鯉は、鈍い動きで頭をもたげ、仙也に向き直る。
「聞こえたか?」
 仙也は、鯉幟から目を離さないまま、地上にいるエレオノールに声を掛ける。
「ああ」
 既に彼女も、相棒と共鳴を済ませ、雷光を纏った状態だ。顕現させた雷書を片手に身構える。
 見当は大体付いてたがな、と口には出さずに彼女は続けた。
 エレオノールは、雷の神トールと誓約した所為で、雷以外の属性魔法が使えず、今までずっと攻撃手段は銀の魔弾しかなかった。しかし、それ故に、ライヴスエネルギーの収束、発散や狙い撃ち、大小撃ち分けや、変わった形の愚神でもどこを狙えば効果的かというノウハウをため込んでいたからだ。
「来るぜ!」
 思考に沈んでいたエレオノールを、仙也の叫びが現実に返す。と同時に、中緋鯉は仙也に襲い掛かった。盾がまるで闘牛の赤い布であるかのように、仙也は突っ込んでくる鯉幟の軌道を逸らす。
「行ったぞ!」
 軌道を逸らされた鯉幟は、エレオノールに矛先を変えざるを得ず、そのまま彼女に突進する。
 その先にいたエレオノールは、高速詠唱で雷書を介した銀の弾丸を発射した。それを回避した鯉幟が、空へ舞い上がるタイミングで、仙也は跳躍し、盾で目玉を強打する。
 飛び出した本体めがけて、エレオノールはウィザードセンスで強化した魔弾を放った。

 一方、地上で大真鯉と睨み合っていた水簾とウー、それにナテリーと共鳴したアナーも、維鈴達からの報告を聞いていた。
 弱点が判ったからには、と水簾は、ウーと共鳴を済ませる。しかし、途端に「はあ……だる……」と溜息を吐いた。
 ウーの影響なのか、共鳴するとのんびりした性格になり、早くも“もう休憩したい”というのが水簾の本音となっている。
「まあ、給料分は仕事するけどね……」
 心底億劫だという口調を隠さずに言いながらも、ライヴスフィールドを展開する。識別は可能なので、側にいるアナーは巻き込まれない。
 弱体化し、動きの鈍った鯉幟にアナーが突進し、鉤爪を振るう。しかし、大真鯉も簡単には弱点を突かれまいと、身を捩る。
 アナーを援護する為、ハイジーンスピアを顕現させた水簾も、地を蹴った。何度目かでアナーが振るった鉤爪を避けた大真鯉の目玉に、水簾の繰り出した槍が直撃する。
 飛び出した本体を、アナーの鉤爪が捉えた。

〈こっちは倒した! 今から残りと、逃げ遅れを捜索する〉
〈こっちも一体片付けたよ〉
 通信機からは、それぞれ仙也と水簾の声が告げる。
「了解! こっちは今一体相手にしてるとこ!」
 走りながら答える維鈴に、「最上君、上!」と望月の鋭い声が飛んだ。
 え、と漏らして頭上を降り仰ぐ。そこにはパックリ開いた――というより、元々開いていた鯉幟の口がある。
「ひぇえっ!」
 間一髪、零距離回避で躱すが、さっきまで走る足場にしていた屋根の瓦は、無惨な事になった。
 ごめんなさい、誰の家か知らないけど、と維鈴は心の中で謝罪する。
「最上君、伏せ!」
 続いた叫びに、反射で従い、しゃがみ込む。その頭上スレスレを、望月の振るう電柱が通り過ぎた。
 ぼふっ、と何とも微妙な音を響かせて電柱の直撃を受けた鯉幟は、逆立ち状態からグラリとその巨体を傾がせる。が、電柱は目玉に当たった訳ではなかったらしい。道路越しの向かいの家の屋根へ尾を引っかけた鯉幟は、こちらへ向き直った。

(盥の雨を降らしてる気分だな)
 屋根から屋根へ飛びながら、周囲を見回す仙也の中で、ディオハルクが呟く。喩えは的確ではないが、言いたい事は理解できた。これでもう少し敵の数が多ければ、休んでいる暇もないだろうけれど。
「とにかく、残りは後一体の筈だ」
 敵の捜索と平行して、仙也は逃げ遅れがいないかも確認していた。今のところ、幸いと言っていいのか、その気配はない。
 ま、半分は敵を誘い易いってのもあったけど。
 そんな、少し不謹慎な事をチラと頭に浮かべた、直後。
「逢見、後ろだ!」
 エレオノールの声が鋭く飛ぶ。ハッとして振り返り掛けた刹那、布地が視界を覆った。
 舌打ちを漏らして、両腕で顔面を庇い、呼吸だけはどうにか確保する。外から見えなくなったその顔の中で、口角がニヤリと吊り上がった。
(いらっしゃい? だな)
「おいおいおい、御触りは厳禁だぞ? 今俺の半分は俺に被害が出ても気にしない奴だからな?」
 そう言った仙也の周囲には、ロストモーメントで顕現させた武器が展開する。攻撃の標的は鯉幟だが、その中には仙也も包み込まれている状態だ。
 彼のしようとしている事を悟り、エレオノールは思わず叫ぶ。
「何を考えてる! そのまま攻撃したら貴様が……!!」
「俺への被害? 気にするな!」
 どうせ生きてさえいればアンプルとかでどうにかするし。
 あまり派手に破らない事には注意――してたつもりだけど、そこはもう仕方がない。頭の端で、持ち主へ申し訳程度に謝罪し、受けるだろう痛みへの覚悟だけを決めると、仙也は遠慮なく攻撃を炸裂させた。

 鎌首をもたげた鯉幟と対峙した維鈴は、ジリ、と片足を引くと、「こっちだ!」と叫んで駆け出す。その間際、チラと望月に目線を投げた。
 自分が囮になるから、その隙を突いてくれという意味を、彼女は正確に汲んでくれたらしい。小さく彼女が頷くのを確認するや、走るのに集中する。
 屋根から屋根へすばしこく移動し、飲み込まれそうになると零距離回避を繰り返す。ある家のベランダで鯉幟をやり過ごし、通り過ぎたその尻尾目掛けて跳躍した。
 そのまま自重で引きずり下ろす。
「ここからが本番です!」
 尻尾を掴まれ、自然上がった頭を狙い、望月が屋根の上から電柱を振るう。目玉を強打された鯉幟は、空気が抜けたように地面へ落ちた。
 飛び出た本体を、望月は先刻と同様、パニッシュメントと電柱の連携で叩く。
「今夜はホームランですね」
 ふう、と額を拭う仕草をした望月の周囲を見て、維鈴はやや複雑な心境になった。
 電柱で殴れば、確かに鯉幟に傷は残らない。
 しかし、鯉幟より、主に本物の電柱の被害が甚大な気がした。

 仙也が放ったロストモーメントが炸裂する。展開させた武器は、9-SP。従魔が抜け、ボロボロになった鯉幟諸共、仙也は屋根からその家の庭へ転げ落ちた。
 舌打ちと共に、エレオノールは彼の元へ駆け寄ろうとする。が、塀が邪魔で、仙也がどうなっているのか確認できなかった。
「誰か、回復スキルの使える奴はすぐ来てくれ」
 通信機に向かって早口に言いながら、抜け出た従魔を目で追う。
「逃がすか!」
 そう低く落として、雷書を構えた。
 高速詠唱はもう使えないが、ウィザードセンスと銀の弾丸はまだそれぞれ一度ずつ使える。
 身体を張った仙也の為にも、必ず仕留める。
 逃げようと上空へ向かっていた従魔に、雷光を纏った銀の弾丸が放たれた。

「……うん、まあ、何て言うか」
「無茶しやがって、コノヤロウ」
「ですね」
 その場へ駆け付けた、回復スキルの使える二人――基、望月と水簾は口々に言いながら、代わる代わる仙也にケアレイとクリアレイを重ね掛けしてくれた。
 二人の表情は、呆れたと言わんばかりだ。しかし、おかげで起き上がれるまでに回復した仙也本人はと言えば、二人のその顔には構わず、救命救急バッグを取り出して、スキルで治り切らなかった傷の応急処置をしている。
「まあ、良いだろ。結果オーライって奴だ。ありがとな、二人共」
「オーライなのかなぁ」
 どこかしょげた口調で言った維鈴は、自分達が最初に対峙した鯉幟を抱えて、溜息を吐いている。
 その小緋鯉は、口の先と背中が裂けてしまっていた。なるべくなら、そのまま持ち主に返したかったのに、と眦が下がる。
「ちょっとの傷なら繕いましょうか」
 貸して、と望月は維鈴の手からその鯉幟を取り上げた。
『専門家に任せた方が良いんじゃない?』
 仙也の手当を終えて、共鳴を解いた百薬が、胡乱な横目で望月を見る。
「目立たない色で縫えば、どうにかなるんじゃないか」
 使うか? と仙也が差し出したのは、応急修理セットだ。飽きたのか、自分がやる、とは言わなかったが。
 望月の持っていた鯉幟共々、修理セットを無言で奪い取ったのはディオハルクだ。
 ちなみに、仙也達が心中的に攻撃してしまった鯉幟はと言えば、原型は留めているものの、全体的に灰色に煤け、毛羽立ってしまっている。元通りにしようと思ったら、これは完全にプロの職人に依頼すべき仕事だ。
『うぱー』
 同じく、水簾と共鳴を解いたウーは、そんな灰色に煤けた鯉幟を見て、何故かタイ焼きを連想したらしく、涎を垂らしている。
 それを、的確に見抜いたのだろう。
「帰り、タイ焼き買っていくか」
『るぱ!』
 水簾に言われたウーは、“わーい! 大好きー! 粒あんをお願いします!”という顔をして水簾に抱き付いた。
「ったく、現金な奴だな」
 苦笑する水簾を横目に、見える範囲の傷の応急処置を終えた仙也は、「……なあ」と遠慮がちにディオハルクに声を掛ける。
 ディオハルクは、縫い途中の鯉幟に目を落としたまま、『ん?』とおざなりな返事をした。が、仙也はそれには頓着しない。
「俺達も、報酬で寿司行こう。回らない系の店」
 すると、何故かディオハルクは、据わった流し目をくれた。
『今回屋根より高い物を守ったんだから、同じくらい高そうな物楽しんでもいいよな――』
「え、マジで?」
『とかいう冗談吐く気なら、絞めるぞ? 鯉幟よりもキツく?』
 繕いの処理を終えて、糸を切ったディオハルクの腕が、素早く仙也の首に回る。既に裸絞の構えだ。
 それこそ冗談だろ、などとジタバタする仙也達を見ながら、「いっぱい動いたら、オレもお腹減ったかもー……」と維鈴は小さく呟く。
「そろそろ梅雨の季節か……ウーが喜びそうだ」
 脈絡なくそう漏らした水簾が空を見上げた時、ぐぅ、と維鈴の腹の虫が鳴いた。
「……カエルか? なんてな」
 誰にともなく言う水簾の台詞に、維鈴が一人赤面していた事を、その場にいた誰も知る由もない。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • エージェント
    エレオノール・ベルマンaa4712
    人間|23才|女性|生命
  • エージェント
    トールaa4712hero002
    英雄|46才|男性|ソフィ
  • 着ぐるみ名人
    最上 維鈴aa4992
    獣人|16才|男性|回避



  • 落としたか?
    水竹 水簾aa5022
    獣人|20才|女性|回避
  • ウーパールーパー、好き?
    ウー パルーパaa5022hero002
    英雄|6才|?|バト
  • エージェント
    アナーaa5188
    獣人|19才|女性|生命
  • エージェント
    ナテリーaa5188hero001
    英雄|16才|女性|シャド
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