本部

フラワーウォールに囲まれて

ガンマ

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
24人 / 0~25人
報酬
無し
相談期間
4日
完成日
2017/05/23 17:00

掲示板

オープニング

●いろとりどり、よりどりみどり

 赤、白、桃――

 一面が花の壁だった。視界いっぱいに咲き誇っていた。
 花の名はツツジ。日本人なら馴染みのある花だろう。もっとも、こんなに大量のツツジが咲いている光景はそうそうないだろうが。

「素晴らしい景色ですね!」

 エージェントに同行したオペレーター、綾羽 瑠歌が一同へと振り返った。
 さて、ではなぜエージェントが初夏の花園にいるのかというと。

「こちらのツツジ園ですが、オーナー様が過去に従魔事件に巻き込まれた際、H.O.P.E.に救出されたことがある、ということでして。
 今回はその恩返しとして、一日ツツジ園をH.O.P.E.のために貸しきって下さるそうです。ありがたいですね」

 それが、出発前にオペレーターから聞かされた経緯。つまり今日のミッションは――花を楽しめ、という内容だ。
 時期もツツジが一番見ごろの日。天気は快晴。初夏の眩しい太陽がきらめき、心地良いそよ風が花を揺らす。絶好のお出かけ日和である。

「ツツジが食えるってマジで!? マジで!?」
 どっこい、花より団子という存在もいるようだ。ヴィルヘルム(az0005hero002)が目を輝かせてツツジを見渡している。その近くには彼女――ジェンダーは彼だが――と相棒を同じくする英雄、アマデウス・ヴィシャス(az0005hero001)がいつもの仏頂面をしていた。
「食すのではない。蜜が吸える、とのことだ。ただし花を荒らすなど無粋なことはせぬように。此度は人々からの善意によって成り立っている状況であり――」
「蜜飲み放題!? ヨッシャー!」
「話を聴け馬鹿者!」
 いつもの光景。それをジャスティン・バートレット(az0005)――我等がH.O.P.E.会長がほのぼのと眺めていた。それから紳士は一同へと振り返り、穏やかにこう続けた。

「【絶零】ではお疲れ様だよ、エージェント諸君。今日は目一杯、羽を伸ばしてくれたまえ!」

 ――長い冬が終わり、春が来て、そして季節は夏へと移り変わってゆく。
 春と夏の境界を告げる色とりどりの花が、優しくエージェントに微笑んだ――。

解説

●目標
 ツツジ園を楽しもう。

●状況
 郊外にあるとあるツツジ園。敷地はとっても広く、ツツジの花が満開。
 天気は快晴! 滞在可能時間は昼~夜まで。

【迷路】
 花垣で作られた迷路コーナーがある。難易度は割と高い。挑戦してみよう!
 方向音痴さんは気をつけてね。

【蜜】
 より蜜が飲めるように品種改良されたツツジが咲いている。
 飲んでOK! 甘くておいしい。

【丘】
 ツツジ園が一望できる小さな丘がある。
 レジャーシートを広げてお弁当を食べるならココ! 絶好のお昼寝スポットでもある。

【夕景】
 夕焼けのツツジ園はまた格別。

【夜景】
 日が沈むとライトアップされる。幻想的。デートにオススメ。


●NPC
綾羽 瑠歌
 オペレーター。のんびり散策している。

ジャスティン・バートレットとその英雄二人
 ジャスティンはのんびり散策している。
 ヴィルヘルムはだいたい蜜のんでる。
 アマデウスはヴィルヘルムの監視をしている。

※注意※
 「他の人と絡む」という一文のみ、名前だけを記載して「この人と絡む」という一文のみのプレイングは採用困難です。
『具体的』に『誰とどう絡むか』を『お互いに』描写して下さいますようお願い申し上げます。
 相互の描写に矛盾などがあった場合はマスタリング対象となります。(事前打ち合わせしておくことをオススメします)
 リプレイの文字数の都合上、やることや絡む人を増やして登場シーンを増やしても描写文字数は増えません。
 一つのシーン・特定の相手に行動を絞ったプレイングですと、描写の濃度が上がります。ショットガンよりもスナイパーライフル。

リプレイ

●カラフルデイ

 五月某日。天気は快晴。
 降り注ぐ初夏の日差しが、満開の花々を千々の色に輝かせている――。

「こいつぁまた、壮大な光景だな……」
 麻生 遊夜(aa0452)は手にしたカメラを起動しながら、視界一面に映る色彩に思わずと言葉を漏らした。
「……ん、綺麗だねぇ」
 その隣ではユフォアリーヤ(aa0452hero001)が、黒狼の尾をブンブン振りつつ同意を示す。

 綺麗。その言葉は、この場では誰しもの言葉。

「綺麗だね……」
 笹山平介(aa0342)がそう呟けば、同じ景色を見やる柳京香(aa0342hero001)が表情を綻ばせた。
「そうね……それに良い匂い」
 甘い蜜の香りを含んだ初夏の風が、京香の長い髪を遊ばせる。豊かな髪が遊ぶ様は、さながら銀の波のようで。
「良い天気でよかった……」
「だな☆」
 平介達の隣には無音 冬(aa3984)とイヴィア(aa3984hero001)。冬は冷めたような無表情だが、ツツジを見渡す瞳は凍てついておらず。

「いい天気……それにツツジが綺麗」
 光景はまさに初夏の祝福。千桜 姫癒(aa4767)が表情を和らがせれば、隣の日向 和輝(aa4767hero001)は「な、来て良かっただろ?」と得意顔。
「弁当もバッチリ気合い入れて作ってるからな」

 絶好のお出かけ日和だ。見やる向こうには小高い丘もある。

「ほら、ニック! すごく綺麗だよ!」
 そんな光景を指差し、大宮 朝霞(aa0476)は表情を華やがせていた。少女の軽やかな足取りにのんびりついてくるのは、彼女の英雄ニクノイーサ(aa0476hero001)だ。
「そうだな。小娘も連れてきてやりたかったな」
「うん、次は三人で来よう!」

 ツツジは決して逃げないけれど、これは浮き足立っても仕方ない。

「ルーシャンちゃん久しぶりだね」
「うん! 猫お兄ちゃん、今日はいっぱい遊ぼうね!」
 猫井 透真(aa3525)が微笑みかければ、ルーシャン(aa0784)が花よりも眩しい笑顔を彼に返した。傍らにはルーシャンの英雄、アルセイド(aa0784hero001)も従者然と控えている。
「うちのも誘ったんだけど『猫のオフ会がある』とか言って来なかったんだよ」
 透真は苦笑して『からっぽ』の幻想蝶を見せる。「だから今日は精一杯エスコートするね!」と続いた言葉に、ルーシャンは快活に頷いた。
「沙羅ちゃんにもお土産話いっぱい作るの……♪」

 様々な景色。色とりどりの光景。

 構築の魔女(aa0281hero001)は薫風に髪をかき上げる。
(季節が巡っていく様子は、やはり得難いものですね)
 視界に映るのは魔女が招かれた『異世界』。折角だ。この世界を、感じるとしよう。初夏の陽気に誘われるように、構築の魔女は歩き始める――。



●数多の花に囲まれて

「ん、ギール、花を楽しむって、どうすれば良い……?」

 小さなエミル・ハイドレンジア(aa0425)を取り囲むのは大きな花壁。少女が振り返れば、これまた大きなギール・ガングリフ(aa0425hero001)が「む」とアゴをさすりながらエミルに答えた。
「他の者達に習い、好きに遊べば良いのではないか?」
「ん、なる。なる。それなら……」
 指をさした方向。そこにはツツジの生垣で作られた迷路が。
「ん、我が行くは、花々の迷宮……」
 乗り込めー……と物言いはローテンションではあるものの、その瞳はキラキラと輝いていた。足取りも軽快だ。
「迷宮クイーンに、ワタシはなる……!」
「仰せのままに」
 そんなエミルに、まるで保護者のような眼差しを向けつつ。ギールもゆったりとついていくのであった。


「あったかくなると、ホッとする……」
「ロシアは寒かったものね」
 木陰 黎夜(aa0061)とアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)も、園内案内図を手に迷路をのんびりと歩いていた。
「寒いのは、歓迎しねーけど……あったかいのは、歓迎……」
「ツツジも綺麗だし、良い日和ね」
 極寒のロシアとは打って変わって、朗らかな陽気。黎夜は眩しい日差しに目を細めつつ世界を見渡した。たわわに咲いた鮮やかな花。空の青と良く映えている。
「……ハル、あそこ、撮ってもいい……?」
 アーテルへと振り返る。その手の中ではスマートフォンのカメラを起動させていた。英雄はもちろんと笑顔で頷く。
「ええ、良いわよ。お土産ね?」
「うん……真昼にお土産……。キレイなの……真昼だけが見れねーのは、もったいないから……」
 言い終わりにはカメラを構える。「歩きスマホにならないようにね」「うん」なんてやりとりもしつつ、アーテルもまた光景を写真に収めていた。彼の撮影はいわゆる目印用だ。

 そんな感じで二人は迷路を歩いていたのだが。

「……迷った……?」
「すごい迷路だものね。のんびり行きましょう?」
 方向音痴ではない。が、どうもあちこちふらふらしていたからか。キョロキョロ、周囲を見渡しつつ黎夜は進んでみるけれど。
「行き止まり……」
「あっちにも道があったからそっちに行ってみましょう、つぅ」
「うん……」
 アーテルが指差す方へと歩き始める。彼は記憶や写真、そして園内図も頼りに、あくまでも少女のアシストに努めるつもりだ。
「共鳴して……ジャンプしたら、どこらへんかってわからねーかな……?」
「どうかしらね……」
 それはちょっと最終手段かなーと思いつつも、黎夜のアイデアにアーテルはくすりと微笑む。

 と、その時だ。

「ん、ひゃっはー……?」
 がさ。生垣から急に生えてきた(?)エミルが、花をパッと黎夜達に降り注がせた。
「わ……!? ああ、ビックリした……」
 髪に花がついたまま瞬きを繰り返す黎夜。
「袖触れ合うも他生の縁、みたいな……。とにかく、れっつ妨害……」
 親指を立て、イタズラ好きのエミルはガサリと生垣の中に消えて行った。
「ん、それにしても、花……綺麗……」
 ちなみにエミルは共鳴状態で、その証である角に花を引っかけたまま生垣の中をほふく前進していた。「確かに」とライヴス内のギールが同意を示す。
『こうして迷っているだけでも十分楽しめるものだな』
「ん、迷ってない……」
 むすり。全力でこの迷路を制覇してみせる所存のエミルは唇を尖らせた。右手法、棒倒し法、直感法、いろんな手法があるのだから。なんてゴソゴソ進んでいると、開けた場所に出た。というかいつの間にかほぼさっきの場所と変わらない場所に出て――黎夜達と再び鉢合わせたのである。
『ほらやっぱり迷っているではないか』
 ギールの含み笑い。黎夜は目をパチクリとさせ、エミルを見やる。
「一緒に、行く……? うちらも、手探り中、だけど……」
「ん、迷ってないけど、行く……」
 袖触れ合うも他生の縁、旅は道連れ世は情け。


「花垣で出来た迷路かぁ……面白そう」
 伊邪那美(aa0127hero001)は鮮やかなツツジの壁を見上げ、表情を綻ばせていた。
「恭也に迷路の脱出方法を聞いたから、踏破まちがいないね」
 ふふん、と得意気にしながら小さな左手を花の壁に触れさせる。神を名乗る小さな少女の大冒険の始まりだ。ちなみに御神 恭也(aa0127)は「丘の方にいる」と言って迷路にはいない。伊邪那美一人だ。
「まあ、攻略方法は教えてもらったけど、恭也なしでも余裕なんだから」
 迷子にはなってくれるなよーという相棒の言葉を思い返しつつ、意気揚々と出発だ。好晴、快晴、世界が輝いていて、手に触れる花の瑞々しい感触にも心が弾む。
「辿った道を紙に書き残しておけって言われてたけど……面倒くさいしやらなくて良いかな」
 こんなにいい天気で花も綺麗なんだから、そっちに集中した方が良いもんね。そう結論付けて伊邪那美は歩き続ける。歩き続ける……。
「も……もし迷っても、途中で誰かに会ったら、いろいろ聴けばいいし、うん」
 いや迷ってないけど。自らを鼓舞しつつ少女はまだ歩く。まだまだ歩く。
「……。迷った……? う~ん、横着しないでちゃんと経路を書いておけば良かったかな? いやでも、左手はちゃんとつけたままだから、まだ希望は……」
 迷ってない。絶対に迷ってなんかない。たぶん。

「おー、やってるやってる……」
 恭也は丘の上からそんな英雄を眺めていた。そのままアクビ。ついさっき、作ってきたサンドイッチを英雄と共に食べたもので――食後のまどろみが穏やかに目蓋を重くし始めていた。
(流石に伊邪那美が迷路から出て来られないってことはないだろうからな)
 英雄と、それからツツジをのんびり眺めつつ。ゆっくりと眠らせて貰うか。恭也はゴロンと芝生の上に横になる。お日様という最高の布団が温かくて心地よい。
「偶にはゆっくりとしても罰は当たらんだろう……」
 もう一度アクビ、それから緩やかに目蓋を閉じるのであった。


「花より団子。そう思っていた時期が、ボクにもありました」
 花に囲まれ、ストゥルトゥス(aa1428hero001)が神妙に呟いた。
「……今も、だよね?」
 ニウェウス・アーラ(aa1428)が右に二〇度首を傾げる。「いやいや」とストゥルトゥスはわざとらしく肩を竦めてみせた。
「今のボクは、もっと上のレベルに到達しているのです」
「どんな?」
「花より迷路」
「悪化、してない?」
 首の傾斜が二五度追加されたニウェウスであった。
「見なよマスター、この世界的な樹みのある迷宮を。踏破してくれとガイアが囁いているようではないか」
「若干日本語がエキサイトしてるね……?」
「ボクはいつだって超エキサイティンさ。いいかい、マスター。この手の迷路を甘くみてはいけない」
 入念に準備運動をしているストゥルトゥスがニウェウスへ振り返る。その入念さを不思議そうにしつつ、少女は英雄に問い返した。
「一応、聞くけど……何で?」
「鹿の強襲によって、瞬く間に轢き殺されたり」
「ゑ」
「毒を甘くみたせいで、流れるように全滅したり」
「……それ、ゲームの話、だよね」
「糸は忘れるな。いいか、絶対にだ」
「何の糸?」
「hageるぜ?」
「ふさふさだもん!?」

 とまあそんなこんなで、いざ出発。ボウケンシャーは進むのだ。

「とにかく……オートマッピングシートを、使えば……すぐ、だよね」
 ごそごそ。幻想蝶より便利アイテムを取り出すニウェウス、であったが。
「はい没収ー」
 光の速さでストゥルトゥスに没収された。「えー」と抗議の顔を上げれば、英雄はついて来いと言わんばかりに歩き始めるではないか。
「真の冒険者たるもの、オートマッピングに頼るべからず!」
「……面倒くさい」
「シャラップ! 回転床に乗せて、泣いたり笑ったりできなくしてやる!」
「流石に、回転床は無いと、思うけど……」
「アキレス腱をズタズタにした上で内臓を全部引きずり出してやる!」
「なんで急にグロくなったの!?」

 賑やかな道中である――。

「どっちの道だー?」
 彼杵 綴(aa5062)もまた、英雄のツツジ(aa5062hero001)と他愛もない会話をしながら迷路を進んでいた。キョロキョロ、右も左も満開の花。「それにしても見事なもんだなー」なんて呟いて、それから英雄ツツジの方へ視線をやって。
「なあツツジ、次の曲がり角だけどお前はどっちだと思……」
 無。
 そこには無があった。
 つまり、さっきまでいたはずのツツジがいないではないか!
「えっ」
 見る見るうちに青ざめていく綴の顔。
(迷子!? 嘘ぉ!? ただでさえ面倒な迷路の中なのに!?)
 もはや迷路どころではない。
「ツツジー! ツツジーーー!? どこいったーーー!!」

 一方。

「ふんふんふーん♪」
 当のツツジは鼻歌交じりに大冒険の真っ只中だった。迷子ではない、なぜなら気の向くままに歩いているだけだからだ!
「っつつー、つつじ! つつのお花! こんにちはー!」
 ツツジ、それは彼女と同じ名前の花。色鮮やかな花。ズルズル袖を引き摺って、とてとて上機嫌に歩いてゆく。小さな少女を取り囲む花は綺麗で、とても綺麗で――ツツジは夜色の瞳を星のように輝かせていた。

 まあ、綴はそんなツツジとは対照的な心境なのだが!

(こうなりゃ最終手段だ……!)
 いくら名を呼んでも現れる気配のない英雄に、綴はスゥッと大きく息を吸い込んだ。そして……。
「あんまり出てこねぇと激辛せんべい俺が食うからなああああ!!」
 腹の底から声を張り上げる。食うからなー、食うからなー、食うからなー……とエコーが響く。
 そんなエコーが止んで間もなくだ。
 ずだだだだ……遠くの方から怒涛の足音が聞こえてきて。
「やーー!!!」
 がさぁ。生垣から飛び出してきたのは、ツツジだった。
「!?」
 流石にこの登場は予想外で、綴はビクッとしながらも。
「つづ、お前な! 勝手にいなくなるなって言ってるだろ!」
「せんべえーーーーー!!! いやああああーーーー!! あ゛ーーーーー!!!」
「いてていててててポカポカするな! 食べない! 食べないから! 俺の靴紐をほどくな! 地味に困る!!」

 色とりどりの花のように、エージェントの過ごし方もそれぞれで。

「なるほど。花垣で作られた迷路か」
「そうだよ、これがツツジ! 蜜が飲めるんだよ!」
 朝霞とニクノイーサのコンビも、花の迷路を歩いていた。「たいしたもんだ」と英雄は花の景色に周囲を見渡している――そう、今日は彼の羽を伸ばさせてあげる日だ。意気込む朝霞は、ツツジの花をまじまじと見つめているニクノイーサに声をかける。
「……コレは品種改良されたのじゃないかもね。でも、子供の頃、ツツジの蜜をよく吸ってたなぁ」
「ほぅ、蜜が飲めるのか?」
「飲めるって程でもないんだけどね。さぁ、行くよ!」
 英雄の手を引いて、二人は花の中を進んで行く。
 進んで行く、のだが……。
「朝霞。ココはさっきも通ったぞ」
「え? うっそだぁ」
「嘘じゃない、この一面白い花の生垣はさっき見ただろ」
 肩を竦めるニクノイーサ。朝霞は「あれぇ」と周囲をキョロキョロ見渡している。
「おかしいなぁ。コッチに行って、アッチでしょ? そしたらこう行って……」
「……感覚重視なんだな」
「人間、最後に頼るのは、本能よ!」
「まだそこまで追い込まれているとは思えないがな」
 まあ、花を見るのが本命なのでこれはこれで悪くはないが……そう結論付けては、ニクノイーサはのんびりと朝霞についていくのであった。


「猫お兄ちゃん、どっちが先にゴールできるか競争だよ!」
「競争? うん。分かった。お兄ちゃんも頑張るぞ」
 快活に駆け出したルーシャンを、透真は微笑ましく見守りながらのんびり歩いて後を追う。
「負けないんだからねー! アリスはゴールで待っててね~!」
 ころころ笑う少女が遠い所で振り返り、透真とアルセイドへ手を振った。透真は「のぞむところだー」と優しく笑み、アルセイドは「行ってらっしゃいませ」と恭しくかしずいた。

 かくして、花の迷路。取り囲む満開に、ついつい視線も移ろってしまう。
 だからだろうか。

「……う……どっちから来たのかも分からなくなったの……行き止まりばっかりなの……」
 出発からしばし。ルーシャンは完全に迷子になっていた。あんなにも綺麗に見えていた花の壁も、幻想的ゆえに知らない世界に迷ってしまったような心地を覚えて「もう二度と帰れないのではないか」とすら思ってしまう。
(このまま迷路の中で夜になっちゃうのかなあ……独りぼっちやだよう)
 じわじわ、涙が浮かんでくる。少女はスカートを握りしめて俯いてしまった。

 その一方で。

「ツツジが綺麗だなー……」
 透真は花を楽しみつつゆっくりと歩いていた。そしてふと、視線を前に戻してみれば。
「あれ。ルーシャンちゃんどうしたの?」
 見知った少女が立ち尽くしているではないか。声をかければ彼女はパッと顔を上げ、
「……あ、猫お兄ちゃん……!」
 言うが早いか透真へ駆け寄り、その腰にぎゅむーっと抱きついた。
「うー……やっぱり一緒のが良かったの……」
「あらら。迷子になった? もう大丈夫だよ。疲れてない?」
 めそめそしているルーシャンを抱っこして、透真はその背をポンポンと叩く。「ここ出たらお弁当にしようね」と慰めつつ、ゴールを目指して歩き始めるのだった。

 そうして間もなく、出口が見えてくる。そこでルーシャンの言いつけ通り待っていたのはアルセイドだ。
「あ、アルセイドさん! 待ってて頂いてすみません」
「いえいえ」
 そう言って麗しい青年は、透真の腕の中でまだしょんぼりしているルーシャンを見やった。苦笑を浮かべる。
「ルゥ様の自主性は尊重して差し上げねばと思った結果がこれでした……。迷い困窮する経験も大事ではあります。猫井様、お手間をかけて申し訳ありませんでした」
「いえっ、そんな」
「さぁルゥ様、もうご機嫌を直して下さいね」
 透真から少女を受け取るアルセイド。ルーシャンを抱きしめるその腕には、多少の独占欲があったことは否めない。


「ふぃ~、やっと出られたよ。ニックももっと助言してくれたらいいのに!」
 ようやっとの出口。朝霞はやれやれと伸びをした。ニクノイーサは「お前の感覚を信じてただけ」と悪びれない顔で答えたのだった。

 ゴール者はひとりまたひとり。

 ニウェウスも歩き疲れてヘトヘトになった頃、ようやっとゴールにたどりついた。
「やっと、出られた……」
 そんな彼女にストゥルトゥスは「おつかれー」と労いつつも、謎のドヤ顔で眼鏡を押し上げる。
「ふっ、この程度はまだ序の口。暗闇ゾーンとか一方通行とかなかったしね!」
「そんなのあったら、帰るよ!?」



●丘の上から

「情報によるとこの辺か?」

 カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)が顔を上げれば、一面のツツジの花――丘の上の最高の眺望ポイント。カイが事前にネットで調べた賜物だ。
「うわー! きれー! すごーい!」
「これは凄いな」
 思わず感動の声をあげる御童 紗希(aa0339)。鮮やかな色彩の絨毯に、非日常的ですらある光景に、カイも納得の頷きを示す。目に景色を焼き付けるカイとは対照的に、紗希はスマホで写真を撮りまくっていたが。
 さてさて、目的地にたどりつけばお楽しみの時間。カイは大判レジャーシートを敷き、肩に担いでいたクーラーボックスを下ろし……、
「今日はもうこっから動かないぞ」
 取り出しまするはキンッキンに冷えたビール。表情を綻ばせるカイの一方で、紗希もお弁当を広げていた。女の子らしい可愛い出来映えだ。
「じゃーん! 今日は頑張って早起きしてお弁当作りました! すごいでしょ!」
「おー、朝っぱらから何かしてるなーと思ったら。んじゃ早速、いただきまーす」

 二人で手を合わせて、いただきます。

 花を眺めつつ、お弁当を頬張り――二人が交わすのは他愛も無い雑談で。そんな時だ。少し遠くからウグイスの囀りが聞こえたのは。
「この鶯なんか鳴き方ヘンだね。なんかちょっと……下手っていうか……」
「それな。若い鳥で囀りを練習中だとか、生まれつきセンスなくて上手に囀れないとか、理由あんだけどな」
 苦笑した紗希に、カイが得意気にウンチクを語り始める。
「一個悲惨なのがあって、自分にセンスはあったものの周りのパイセン鶯がアレでな。綺麗な囀りというものを知らずに育ったっていう……」
「わー、それは悲惨」
「こないだ新人の研修にあたる機会あったけど、能力のあるやつを正しい方向に導くのも俺らの仕事だよな」
 なんて、呟いて。カイはビールをぐいとあおった。


「アリスや猫お兄ちゃんのお弁当美味しい……♪」
 アルセイドと透真が作ってきたお弁当を頬張り、ルーシャンはすっかり機嫌を直していた。
「喉も潤して下さい、アイスティーをどうぞ」
 アルセイドが透真へとお茶を差し出した。彼の手を包むように丁寧に、王子様スマイルまで浮かべて。
「あっ、どうもご丁寧に……、」
 なんだろうこのイケメンオーラ。一瞬、透真の動きが止まる。
(女の子の気持ちが分かった気がする)
 と、透真は赤面させた顔を俯かせるのだった。その傍らではルーシャンが「丘から見るツツジも綺麗ね!」と無邪気なもので、
「皆で色々お写真を撮ってね、今日の記念とお土産にしようね!」
 そう、楽しそうにしていたのであった。


「会長! 先日のヴァルリア戦ではお疲れ様でした!」
 朗らかな丘の上。エージェントの中にはH.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットの姿もあった。朝霞が彼へ気さくに声をかければ、ジャスティンもまた笑みを返す。
「やあ、大宮君にニクノイーサ君。諸君こそ、お疲れ様だよ」
 その言葉にニクノイーサは「ども」と会釈しつつ、次いで言葉を続けた。
「衛星砲だったか、あんな兵器が極秘裏に作られていたとはな。H.O.P.E.の諜報部は、もう少し頑張った方がいいな」
「ニックはそういうこと言わないの! みんな頑張ってるんだからね!」
 そんな二人のやりとりを、ジャスティンは微笑ましく見守っていた。
 と、そこへ不知火あけび(aa4519hero001)が「こんにちは!」と声をかけつつコーヒーとクッキーを彼に勧める。「ありがとう」には「どういたしまして」――そのやりとりを、日暮仙寿(aa4519)は驚いた様子で見つめていた。
「知り合いだったのか?」
 仙寿からすれば、すぐそばにH.O.P.E.会長がいる状況は「ツツジを見ながら一休み」どころではない。「ううん、初めてだよ」とあけびは彼の問いにサラリと答える。
「元の世界の学園長も生徒と気軽に遊ぶ人だったから、会長もそうかな? って。上の人って案外気さくだからね!」
「そういうもんなのか……?」
 見やれば、会長と目が合った。改めて挨拶を。それから仙寿は「新人らしく色々聞いてみるか」と思い立つ。上の人間について知っておくのは悪くない。それに……。
(正義のヒーローになりたいって気持ちは一緒だからな)
 親近感。ゆえに、仙寿は口を開いた。
「会長は……」
「会長は子供の頃どんな遊びをしましたか!」
 割って入ったのはあけびの元気な声。「めちゃくちゃ唐突な質問だな!?」と思わず仙寿が目を丸くしたほどだ。
「ここのツツジの蜜、美味しいんですよー! 子供の頃よく吸ったから懐かしくなっちゃって。あ、私は実家が忍者屋敷だったから毎日家のしかけを探して遊んでました! 仙寿様は?」
 ツツジの赤い花を手に、あけびが仙寿を見やる。その眼差しに彼は言いよどんでしまった。子供の頃、と言われてまず思い浮かんだのは……刺客の仕事。それから剣術の鍛錬、表向き用の習い事と礼儀作法の勉強。それぐらいだった。仙寿は肩を竦めてみせる。
「あんまり遊んだことねーな……」
「えっ!? 能力者なのに!?」
「お前は能力者を何だと思ってるんだ」
「今からでもいっぱい遊ぼう! ヒーローにも遊び心は必要だからね! ですよね、会長!」
 あけびが見やれば、ジャスティンは微笑ましげな様子で「もちろんさ」と頷いた。
「私も幼少期は友人とヒーローごっこにあけくれたものさ。あの時の遊び心は今も大事にしている」
 優しい眼差し。やっぱり悪い奴ではないな――仙寿はそう思った。そんな彼にあけびがヴァイオリンの演奏をねだる。「しょうがないな」と、しかし満更でもない様子で、少年は美しい旋律を奏で始める……。


「さて、会えるといいのですけど……。いろいろ歩いてみましょうか」
 一方。構築の魔女は気ままにツツジ園を歩いていた。ヴァイオリンの旋律が聞こえてきたのは間もなくで――誘われるように丘へ向かえば、そこに目当ての人物が。
「あら、お久しぶりです会長。少しお隣よろしいですか?」
 原っぱに腰かけ、ツツジを眺めていたジャスティンへと構築の魔女は微笑みかける。「もちろんだよ」と隣を示されれば、彼女は静かに腰を下ろした。薫風が頬を撫でる。煌く景色に構築の魔女は目を細めた。
「氷の世界も美しいものでしたけど、やはりこちらが落ち着きますね」
「花は良いね。心が潤うよ」
「ええ、全く。……会長も心に残っている風景とかありますか?」
「心に……」
 と、ジャスティンの言葉が途切れる。どうしたのだろうと魔女が見やれば、彼は目頭を押さえて肩を戦慄かせていた。
「会長!?」
「いや、すまん、テレサが生まれた瞬間のことを思い出すと うむ」
「な、なるほど……」
 世界級の親馬鹿と言うかなんというか。苦笑する構築の魔女。この話題を掘り下げると多分会長が世界とテレサに感謝し始めて死ぬ。
「っと、よければ昼食にでもいかがですか?」
 話題をそらそう。構築の魔女は持参したお弁当を広げ始めた。
「サンドイッチをこしらえてきました。マヨネーズと細かく刻んだ卵を和えたもの、燻製肉とチーズに葉野菜を挟んだもの、魚の油漬けとマヨネーズを和えたもの……味はそこまで期待しないでただけるとありがたいです」
「これはこれは、美味しそうだ。お言葉に甘えるとしよう」
 と、顔を上げたジャスティンだが。ふと、気付く。
「そういえば……辺是君はどこに?」
「あぁ、落児はそこらへんでのんびりしているかと思います」

「ロローー……」
 ツツジの花に囲まれて。落児はヴィルヘルムとアマデウス・ヴィシャスのやりとりを眺めていた。「迷子になるなよ飲みすぎるなよ」「うるせーわかってる蜜ウメーめっちゃウメー」と英雄たちは終始賑やかである。
 対照的に物静かな落児はそれらを見守りつつ、アマデウスには労わりの視線と飲み物を。それからヴィルヘルムには蜜でベトベトの手を拭くためのハンカチを。意思が通じにくいことは考慮の上。会釈をして、彼は再び花の中へと歩いて行った。


「私の為に……ありがとう。ラシルも料理が上手よね」
 丘の上。月鏡 由利菜(aa0873)は広げられたお弁当の出来映えに感嘆していた。ごまふりかけご飯、卵焼き、かぼちゃの野菜サラダ、ステーキ……盛り付けまで美しい、見事な逸品だ。デザートにはイチゴまである。
「涼風邸では私も調理を担当するが、学園や行楽ではユリナに作って貰う方が多いからな」
 紅茶を淹れつつ、お弁当のシェフであるリーヴスラシル(aa0873hero001)が答える。
 というわけでお弁当タイムなのだが。
「ユリナ、口を開けてくれ」
「ラ、ラシル、恥ずかしい……」
 大真面目な顔で、リーヴスラシルはいわゆる「あーん」を由利菜に行っていた。しかし差し出された卵焼きに、由利菜は顔を赤らめている。すると英雄が小さく肩を竦め、
「……学園の昼食の弁当でよくユリナが私へやるのに、私の方からはダメなのか?」
「うぅ……わ、分かりました」
 観念しては、控えめに口を開けて卵焼きを頬張る由利菜。恥ずかしそうに顔を背けて、むぐむぐと小さく咀嚼している。
(……ユリナが私に、親愛以上の好意を抱いているのには気づいている。彼女はそれに戸惑い、迷っている)
 リーヴスラシルは「口に合うか?」と問いかけつつ、思う。
(私自身がこういう行動を取ったのは……その想いを少しでも受け止めたいからか? それとも……)
 問いの返事に、由利菜はコクンと頷いた。その間にもリーヴスラシルの思考は続いていて――答えは出ず。保冷剤でよく冷やされたイチゴを口に含んだ。甘酸っぱい味がした。


「ここの蜜はたくさん飲めるんだってさ。品種改良されてて甘くて美味しいらしいぞ」
 のんびり。花を眺めて歩きつつ、和輝は姫癒へ振り返った。花々に囲まれて姫癒は穏やかな様子で、光景に双眸を細めている。
「花の蜜って子供の時以来な気がする……」
「あー確かにな。はい、どーぞ」
 答えつつ和輝は、白いツツジを相棒へ手渡した。姫癒は甘いものが好きだ。「ありがと」と彼が花を口に含めば、ぱぁと表情が華やいで。
「甘くてすごく美味しい……持って帰れないかな? 喫茶店で何かに使えたら嬉しいんだけど」
「それって、作るのは俺だよね?」
「うん」
 何か問題が? という眼差しである。和輝は肩を竦めるのだった。とはいえツツジ園の管理者から許可も出たので、幾つかの花を持って帰ることにしたのだが。

 そうして花を楽しみつつ、ツツジ園を歩いて――二人は小高い丘にたどりついた。ここから景色が一望できる。「綺麗だね」「そうだな」なんてやりとりしつつ、日陰の原っぱに腰を下ろせばお弁当タイムだ。
「わ……すごい」
 広げられゆくお弁当に、姫癒は目を丸くした。「気合い入れて作った」と和輝の言葉通りの豪勢さ。炊き込みご飯のおにぎり、唐揚げ、卵焼き、肉団子、野菜のピクルス、巾着かぼちゃ
、別容器でサラダも。彩り豊かで盛り付けも素晴らしく、栄養面もバッチリだ。「おしぼりもあるから、あとお茶も」と食事周りの気遣いも完璧である。さっそく、手を合わせて頂きます。
 ――味についての感想は、言うまでもない。いつもおいしい、いつでもおいしい。
「いつも完璧なお弁当……掃除も洗濯も買い物もできて、和はいつでも嫁に行けると思う」
 おいしい味を噛み締めて、姫癒はしみじみと頷いた。お茶を飲む英雄は苦笑を浮かべる。
「俺は可愛いお嫁さんが欲しいかなー」
「和が可愛い女の子なら良かったのにな」
「ひめちゃん家事苦手だもんね」
 からから、和輝は快活に笑った。
 穏やかな風が吹く。お弁当が終わったらお昼寝するのもいいだろう――姫癒が原っぱに寝そべり、それを見守っていた和輝も陽気に負けて目蓋が落ちたのは、食後のお話。


「この広さを管理してんのか……すげぇな」
「……ん、びっくり……甘い、おいしい」
 遊夜とユフォアリーヤは丘を目指して歩いていた。二人の口には花がある。甘い蜜は心まで蕩けるような美味しさで、英雄はつい耳がピコピコと動いてしまう。
 花に見蕩れて歩いていれば、丘への到着はまもなくで。二人で協力してレジャーシートを広げれば……。
「おまちかねのー」
「お弁当、タイム~」
 初夏の陽気さは二人の陽気さもアップさせる。「じゃーん」「わーい」なんてはしゃいでみたりして、肉多めのお弁当のお出ましだ。
「しかし、こういう景色の中で食べるのは格別だな」
「……ん、ふふ……やっぱり外は良いねぇ」
 目で花を楽しみ、舌で食事を楽しむ。ユフォアリーヤは初夏の風に尾を揺らし、淹れた紅茶にツツジの蜜を垂らした。それを遊夜と分け合いつつ――聞こえてくるのは賑やかな声。仲間達の楽しげな声。
「……風情だなぁ」
「……風情だねぇ」
 他愛もない、されど賑やかな日常の一幕。遊夜はカメラを取り出して、パチリ。
 そうして過ごしていると意識に寄り添ってくるのはまどろみだ。昼寝でもするか、と遊夜が思えば……彼の膝枕で先に陥落していたのはユフォアリーヤ。すぅ、すぅ、穏やかな寝息。
「やれやれ……ま、しばらく寝顔見るのも悪くねぇか」
 空になった弁当を片付けて、防虫して、ブランケットをかけて……英雄の頭を撫でたり、寝顔を撮ったり。くす、と微笑んだ遊夜もまた横になる。愛しい温もりに寄り添って、目を閉じた。
「……あー……久々だな、この感覚……」

 花が見守る、穏やかなひととき。

 色彩を、人々を、紫苑(aa4199hero001)は丘の上から興味深げに眺めていた。その隣ではバルタサール・デル・レイ(aa4199)――紫苑に引っ張ってつれてこられた男が、気だるげに寝転んでいる。
「きみって、花とは縁遠そうだよね」
 ひとしきり景色を見て、紫苑はバルタサールへ振り返る。サングラスの奥の瞳は眠っていなかったようで、面倒臭そうな声が返ってきた。
「花なんてみんな同じだろう」
「女性にプレゼントとかしなかったの?」
「女は金が好きだろ」
「きみと同類の女性しか寄ってこなかったんだね」
「花は枯れるが金は枯れない」
「財布は枯れるけどね」
 ああ言えばこう言う、もはや日常茶飯事。バルタサールの溜息で打ち切られるのもいつものこと。そして、そんな男を気にせず紫苑が会話を続けるのもまた、いつものことで。
「ツツジの漢字って、てきちょく……とも読めるんだよ。まあきみは漢字、読めないからどうでもいいだろうけど」
「日本語、難しすぎるぜ……」
「語源については、色々とあるみたいだけど。羊がその葉を食べると、躑躅――足ぶみしてもがいて、うずくまって死んじゃったって説もあるみたいだね。美しいものには毒があるって、ね」
 紫苑の豆知識に、バルタサールは「へー」と呟いた。が。
「おい、あの蜜ずっと飲んでるアイツは大丈夫なのか?」
 アイツ、つまりヴィルヘルム。「あー」と紫苑が彼を見やる。
「品種によるみたいだけど……英雄だから平気なんじゃない?」
「お前も相変わらず冷たい男だな」
 そお? とわざとらしく紫苑が言う。バルタサールは答えない。くす、と紫苑は含み笑った。花の景色に視線を戻す。
「僕の名前の紫苑も、花の名前なんだよ。見たことある?」
「花は全部、同じに見えるっつってるだろ」
「ちょっと興味なさすぎだよね、これから毎週、庭園巡りを義務づけないと」
「勘弁してくれ……」
 バルタサールの盛大な溜息。それは優しい薫風に吹かれ、初夏の空に消えて行く。爽やかな陽気と温かい原っぱは、どんな人間も受け入れる。男は緩やかに目蓋を開き、サングラス越しの太陽を見やった。
「……まあでも、たまにはのんびり、原っぱで昼寝ってのも悪くはないな」
「じゃあまた来週来よう」
「たまにはっつってるだろ」


 穏やかな空が見える――平介と冬、その英雄達はシートに寝転び、緩やかな時を過ごしていた。迷路をめいっぱい遊んだ後の心地よい疲労感。涼しい風が肌を撫でてゆく……。
「こんなに綺麗な空だったら……雪はまだ降らないね……」
 冬が呟けば京香「そうね♪」と、日差しに目を細めつつ。
「雪はまだまだ先になるかしら♪」
「平介の家には炬燵はあるか? 冬になったらお邪魔するか☆」
 雪という話題にイヴィアが平介を見やれば、彼は「ええ、用意しておきますね♪」と頷いた。
 眩しい青空は、すっかり冬が終わった季節。ポカポカ陽気が心地よい。
「おっと。このままだと昼寝しちゃいそう」
 まどろみかけたところで京香がおもむろに身を起こす。彼女がメインでお弁当を作ってきたのだ。カラアゲ、オニギリ、卵焼き……スタンダードながらも、整っている逸品だ。
 めしあがれ、の言葉には、皆で声を揃えて「いただきます」。鮮やかな花を眺めつつ、おいしいお弁当に舌鼓。
「……ん、卵焼き上手にできてるよ♪ おいしい♪」
「これなら良いお嫁さんになれるぞ☆」
「そ、そう? よかった……」
 微笑む平介とイヴィアに京香はしどろもどろ、顔を赤らめ握りしめた箸を圧し折りそうな勢いで。初めて卵焼きを作った時には殻が入ってしまったものだ。
 そんな英雄を微笑ましく見守りつつ、平介は保温瓶に淹れてきた紅茶を冬へと差し出して。
「冬さんは温かいものが好きだとうかがっていたので」
「ありがとうございます……」
 平介の言葉通り、冬は温かいものが大好きで。平介にその情報を伝えたイヴィアは、ドヤ顔でサムズアップしているのだった。と――そうだそうだ。イヴィアは「実はさっき……」と言いながら瓶を一つ取り出して。
「ツツジの蜜をもらってきたんだがな、飲んでみな、結構うまいぜ? 紅茶に入れたらうまいかもな……?」
「……」
 英雄の言葉に、冬は手元の紅茶を見つめる。それから蜜を少し注いで、一口飲むと。
「結構合うかも……」
「おいしいですね♪」
 平介もまたツツジの蜜入り紅茶に相好を崩す。すると京香も興味を持ったようで、
「私も飲んでみたいかも……貰っていいかしら……?」
「どうぞ……」
 冬がそっと、京香の紅茶にもツツジの蜜をおすそ分け。一口飲めば華やかな甘さ――「甘くておいしい……」と京香は目をキラキラとさせた。
 ホッっと一息、幸せな時間。冬はおもむろに立ち上がる。
「……ごちそうさま……。少し……あっちの方を見てくる……」
 お礼の花を探すため。彼は初夏の中を歩き始めた。


「昔は良く吸ったものだけどね、懐かしいな」
 鮮やかな花を咥え、木霊・C・リュカ(aa0068)は幼少時代に思いを馳せる。傍らで凛道(aa0068hero002)が、「蜜蜂にでもなった気分です」と相棒の真似をして花を口に含んでいた。
「リュカ、手を繋いでも良いですか?」
「丁度良い。荷物は我輩のも頼む、竜胆」
 そんな彼ら――リュカの顔を見上げたのは紫 征四郎(aa0076)で、有無を言わさず荷物を凛道に押し付けたのはユエリャン・李(aa0076hero002)だった。
 というわけで、四人はのんびり丘を目指して花の道を行く。リュカの手を引く征四郎はツツジよりも満開の笑顔だ。
「丘のてっぺんでお弁当を食べるのです! 今日は征四郎、ガルーの手を借りずに作ったのですよ!」
「じゃあ今日は一人で全部作ったんだ! 頑張ったねぇ」
 ニコニコとリュカが返事をする。するとユエリャンもニコッと微笑み、
「我輩も作ったのだぞ」
「「えっ」」
 リュカと凛道の声が重なった。
「今回ユエさんも作ってるんですか えっ」
 凛道に至っては二回言う。
「おチビちゃんも花嫁修行せなばならんしな」
「はなよめ!!」
 対照的にユエリャンはニコヤカで、征四郎も顔が真っ赤っ赤だ。
「どうして今日に限って『紫家第一英雄<おかん>』と『木霊家第一英雄<うちの大将>』は働いてくれなかったの……?」
 リュカの小さな呟き。ちなみにガルーは仕事的修羅場だったそうです。

 そして不穏な気配は的中する。
 丘の天辺、レジャーシートを広げて、ユエリャンがフフッと微笑み広げたお弁当は――赤かった。香辛料で。

「こう、母親らしいことも出来るようになっておきたいと、な」
 はにかむユエリャン。とてもとても穏やかな顔の死刑宣告。悪意なし。カラアゲにエビフライと上手に揚がっているのだが嫌がらせのように一味オブ一味。なお本人の適量。
「なんで頑張ろうと思ってしまったんですか」
 食べてないのになんか目とか粘膜がピリピリする。凛道は冷や汗を感じた。
「む。香辛料は腐敗を防ぐし、弁当には丁度良いと思ったが……」
 などとユエリャンは供述するが、いくら親友であろうと凛道には解せなかった。おそらく……いや絶対、彼の息子へのお弁当の準備段階なのだろうが。
 そしてそんな凛道に、ユエリャンごはんをおそるおそる一口食べたリュカが残りを全て押し付けている。
「まだお兄さん痔にはなりたくないんだ……」
 凛道の顔が無になった。食べ物を残すとバチが当たるらしい。残すわけにはいかない。男は覚悟を決めた――。

「お、お口に合えばいいのですが……っ」
 一方で征四郎ごはんは平和そのものだった。大きさが不揃いなオニギリ――シャケ、オカカ、梅――に、ちょっと歪な卵焼き、ベーコンがちょっとほどけたアスパラベーコン巻き。頑張った跡がなんともいじらしい。
 ハラハラそわそわ、征四郎はリュカが卵焼きを頬張る姿をチラチラ見ていた。「うん、おいしい」と笑顔のリュカの言葉に、少女は真っ赤になるのだが。
「ぼふもせいひろーはんのおへんほうはへはい……」
 過剰スパイスでダラダラ汗を流す凛道が、切なく呟いたのだった。

 食後のデザートは、甘いツツジ。
 満開の彩りがとても綺麗で、征四郎はつい見蕩れていた。するとリュカが彼女を手招き――
「はいせーちゃん、あーん」
 ツツジを差し出すではないか。
「わ、わ、えっと、あーん……」
 恥じらいながらも、花を口に。甘い味に、少女は目を丸くした。
「本当に、おやつみたいに美味しいのですね」

 そんなリンカー達の近くでは、英雄達も花を手にしていた。
「ガクをとって、ここを口に含むんですよ」
 ユエリャンからツツジの蜜の吸い方を尋ねられたので、凛道は実際にやって見せて解説していた。「なるほど」と頷いたユエリャンは教わった通り、赤いツツジを口に含む。花の蜜を吸うのは初めてだった。悪くない味がした。
「ユエさんは赤いツツジ似合いますね」
 そんなユエリャンをまじまじと見て、凛道が言う。花を咥えるその姿は、いつもの乱暴で理不尽な姿を連想させなくて。ちょっとした感動すら覚える。
「……、」
 ユエリャンは凛道を見やる。振り回されつつも、いつも付き合ってくれる友人――。
(……帰りの荷物くらいは代わりに持ってやるか)


 昼下がり、食後の緩やかに満たされた心地の中、由利菜とリーヴスラシルは丘をのんびりと歩いている。見える花の景色は美しい。
 ジャスティンと会ったのはそんな頃で、挨拶もほどほどに。リーヴスラシルは花の景色に目を細め、傍らのジャスティンへと言葉をかけた。
「私達の活動で地球の草花や人々の笑顔が守れるのなら、騎士としてこれ以上の喜びはありません」
「ああ。こんな景色を護るためにも、一緒に頑張っていこうね。胡乱な噂は絶えないが――」
 その言葉に「大丈夫です、会長」と凛と答えたのは由利菜だ。
「私はラシルと第二従者のあの子と共に、H.O.P.E.のエージェントとして歩み続けます」
「頼もしいよ。これからもよろしく頼むよ、月鏡君、リーヴスラシル君!」
「「はい!」」



●黄昏れ、夜にうつろいて

 空の天辺から太陽が落ちるにつれて、青は茜に。昼間よりは静かになって、花の壁が長い長い影を作る。

「逢魔時、大禍時。黄昏時に誰ぞ彼……いやぁ、妖怪に出会えそうな、いい時間帯だね」

 シセベル(aa0340hero002)は陰りゆく花々を見やる。いつもよりはテンションは抑え目である。
「……会いたい?」
 問うた佐倉 樹(aa0340)はいつもの様子。「いいや」とシセベルは首を振った。
「うっかり廻り逢ったり遭ったりが本来。……大丈夫だよ、ありがとう」
「……どういたしまして」
 二人は丘の上。原っぱに長い影。周囲にはもうひとけはない。迫る夜帳に、昼間の色彩も鳴りを潜めている。
「“信徒”の方々はどうだった?」
 その中で、言葉を発したのはシセベル。樹は横顔のまま答えた。
「おかげさまで『素晴らしい』のお褒めの言葉は貰ったけど、どこまで合ってて違ってるかは不明瞭。囃し立てもない、ただ一言ってだけ」
「諦める?」
「まさか。どこまでも喰らいつくよ」
「じゃあ、私達はどこまでも付き合おう!」
 歌うような物言いで、英雄は樹を見やった。樹もまた、英雄を見やる。「誰ぞ彼」の時間帯、二人の表情には薄闇のベールがかかっていた。けれどこの距離ならば、お互いの瞳の色も分かる。先に微笑んだのは樹だった。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
 シセベルも笑みを返す。笑みを交わす。夕日もそんな二人を祝福しているかのようで。
「さて……と。お土産、手に入れないとね」
 緩やかに樹が歩き始める。シセベルがそれに続く。
「何が喜ぶかな」
「そうだね、花を持って帰ろうか」
 ツツジの蜜がおいしいと聞いた。ならば蜜を頂いて、その後の花を第一英雄のお土産に。
「できるだけ鮮やかで、綺麗な色がいい」
「だね。……あー、夕方でちょっと暗い」
「スマートフォンで照らせばいい、文明という叡智の光で」
「はーい」
 花を手折る。瑞々しい色。口に含めば、甘い味。それからカメラで、この幻想的な光景の撮影も。
「あとは……」
 樹はツツジ園の出口の方を見る。お土産コーナーがある場所だ。第一英雄が遊びに行っている先の、『親密なる宿敵』宅にもお土産がいるだろう。ツツジっぽい形だけのクッキーにするか押し花の栞にするか……考えながら、歩き始める。


「おー綺麗なツツジだな、烏兎ちゃん楽しもうな!」
 茜色に染まる神秘的な花の園。虎噛 千颯(aa0123)は笑顔で振り返る。だが、その視線の先にいた烏兎姫(aa0123hero002)はというと。俯き、そして、黙り込んでいた。
「烏兎ちゃん? うーん、どしたのかなー?」
 千颯はいつもの――いやいつも以上の笑みを浮かべている。それもそのはず、その服の下には痛々しいほどの包帯が。依頼で無理をしたためだ。だが可愛い『娘』のため、持ち前の生命力の強さでパパとして張り切っていた。
 が。対照的に烏兎姫は笑顔すら見せない。なぜだろう? 俯いた彼女の顔を覗き込もうと、烏兎姫の前にしゃがみこむ千颯。しかし英雄は目を合わせてもくれなくて。
「烏兎ちゃん、」
「ずるい」
 ようやっと、絞り出すように少女が発したのは、そんな一言だった。
「依頼も一緒にいってくれるけど……それはいつもこういう危険じゃないものばかり」
 俯いたまま、自分の服を強く強く握りしめて、烏兎姫は声を震わせる。
「パパがボクを大切に思ってくれるのは嬉しい……けど……。パパ……ボクもパパと一緒に戦いたい……」
「……、」
 返事は沈黙。永遠にも感じられる静寂。烏兎姫がそろりと顔を上げれば、唇を引き結んだ父の顔があった。

「――駄目だ」

 たった一言。
 千颯のその言葉に、烏兎姫は泣きそうなほど顔を歪ませる。
「なんで!? がおーちゃんは良くてっ、なんでボクはダメなの?」
「烏兎ちゃんは別だ」
 毅然とした声で、千颯は言い放つ。烏兎姫が戦場で傷つく姿を、彼は見たくはなかった。だから彼は烏兎姫を戦闘依頼には連れて行かないと、決めているのだ。
「なんで!」
 そんな彼に、少女は叫んだ。
「ボクはもうパパが帰って来るのをずっと待ってるのは耐えられないんだよ! パパがボクを置いていってしまいそうで……こわいよ……」
 言葉の後半は涙に潤み始めていた。ぐす、と鼻を啜る音が聞こえる。
「烏兎ちゃん……」
 千颯は烏兎姫の涙を拭おうと手を伸ばした。
「……それでも駄目だ」
「パパのわからず屋!」
 伸ばされた手を、少女は痛いぐらいの強さで振り払い。そのまま逃げるように走り出してしまった。
(パパがボクの前からいなくなるなんてやだよ……! またボクを一人にするの?)
 涙の雫が、夕方の光に煌いた――。


「暖かくなったよね、Alice」
「そうだねアリス。過ごしやすくなったね」
 アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)は春が好きだ。寒くないから。
「色んな色があるわね、Alice」
「そうだねアリス。花は嫌いじゃないわ」
「同感だわAlice。だって花はうるさくないもの」
 鏡合わせの見た目をした少女は二人、並んで歩く。特に目的地もなく、何をするでもなく。おそろいの靴で花の中を歩いてゆく。空は夜も近い夕暮れ、二人分の長い影。色の変わる空を、少女達は見上げていた。
「「あの寒さもようやく終わったのね」」
 実感と共に、二人は言う。同じタイミングで息を吐いた。吐いた息は白くない。寒くないから、白くない。
 季節は、初夏。春と夏の間。五月――それはアリスの誕生月。Aliceは横を見やる。人形のような横顔と、その向こう側にツツジの花。五月の花。
「五月、誕生日だった、アリス。もう一度おめでとう」
 するとアリスがAliceを見る。ちょっとだけ目を丸くして、それから、くすりと含み笑った。
「……めでたいかは分からないけど、ありがとう。……Aliceも、おめでとう?」
「……私は覚えてないって、去年も言ったんだけど……とりあえず、ありがとう」
 尤も――ひとつ歳を重ねたところで何も変わらない。アリス達はそう思ってはいる。とはいえAliceは誕生日については「忘れた」と言っている。でも、アリスはAliceの誕生月は五月のような、そんな不思議な気配を感じていた。
 それからまた、二人のアリスは花の道を歩き始める。空は次第に暗くなりゆく。
(……)
 Aliceは薫風に目を細めた。本当は――覚えている。自分の生まれた日のことを。それはアリスと同じなのだけれど、彼女は忘れたフリをしていた。だから黙ったまま、二人で並んだまま、Aliceはアリスと共にどこまでも歩いてゆく……。


「私はちょっと歩き回ってくるね!」
 にこ。御代 つくし(aa0657)はカスカ(aa0657hero002)へ振り返り、そう告げた。
「ぅ、う……? ……うん……気を付けて、行ってらっしゃい……だったり……」
 ひらひら、カスカは控えめに手を振って歩いて行くつくしを見送った。花垣を曲がった少女の姿はすぐに見えなくなる。
(……大丈夫。ずっと、続けていけばいいんだから。終わらせなければいいだけだから)
 あてどなく、つくしは歩く。歩いていた。どこかに行きたいような、どこにも行きたくないような、一人でいたいような、一人でいたくないような。
(でも、戦いが終わったら……? カスカやメグルは……部隊の皆は?)
 ぐるぐる、思考は止まらない。我武者羅に歩いても止まらない。
(ずっと続くのかな。ずっと、一緒に居られるのかな)

 開いた花は、何も語らず。

「……、」
 カスカは何度も、つくしが歩いて行った方向を振り返りつつツツジの中を歩いていた。そうしてしばらく歩いていると小高い丘にたどりつく。
 そこにはイヴィア達四人が、紅茶を片手に景色を眺めている姿があった。目が合えば手招きされる。誘われるまま、カスカはそこへトテテッと駆け寄った。
「紅茶……いい匂いだったり、です」
 鼻腔をくすぐる芳しさに、カスカの表情も和らいだ。紅茶をおすそ分けされて、それをご馳走になりながら……けれどカスカが気がかりなのはつくしのことだ。
(“楽しんできてください”……ってメグルさんに言われた、り……だけど……つくし、さん……楽しかったり……なのかな……)
 そんなカスカの揺れる眼差しに。そして、いつも一緒の筈のつくしの姿が見えないことに。平介達は、それとなく事情を察した。
「さて……散歩がてら散策しようか。綺麗な夕焼けだしね」
 レジャーセットを片付けつつ、京香がゆったり立ち上がる。「閉園前に合流しておいた方がよさそうです」と平介もカスカにウインクしてみせる。

 そして、夕日の中を歩き始めて……。
 間もなくだった。佇むつくしを、一同が見つけたのは。

「……一人でいると……寂しいから」
 ぽつ。そっと隣に来た冬が、そう呟く。弾かれたように顔を上げた少女は――
「寂しくはないよ! 大丈夫っ! 元気なのが取り柄だし!」
 いつもの元気な笑み、だった。無い元気をかき集めた必死の元気、だった。
「ただちょっとだけ……んーと……浸ってた……っていうのかな……それだけ、だから!」
 そこで会話は途切れる。いつもだと、もっと会話が弾むはずなのに。「もうちょっと奥まで行ってくる!」とつくしはふらりと歩き始めてしまう。
「……、」
 見守るカスカの獣尻尾が、不安そうにパタリと揺れた。


「少しは楽しめたかな……」
「……えぇ」
 平介と京香は引き続き、夜へ移ろいゆく夕日の中を歩いていた。京香は花々を見渡す。前に居た世界では、こうもゆっくり花を眺めるなんてできていなかったかもしれない。
「今日は楽しめた……ありがとう平介」
 相棒へ振り返り、英雄は笑む。いつも、自分の好きなものに合わせてくれる平介。今度は――彼の好きなものに、合わせてあげたい。そんな想いを、心に秘めて。


「「ギャーーー!!」」
 カイと紗希の悲鳴が重なったのは、デスソニックの二度寝防止用爆音が炸裂したからだ。
「びっくりしたぁ……これホント殺人的な音が鳴るんだ」
 原っぱでうとうとお昼寝していた紗希だったが、一瞬で眠気が消し飛んだ。「もうこんな時間か」とカイも心臓をバクバクさせながら身を起こす。
「目覚ましかけといて正解だったな。そろそろ帰るか」
「そうね。はー楽しかった!」


 遊夜が目を覚ますと、ユフォアリーヤの膝枕状態だった。
「あ、起きた」
「……おぅ、随分寝ちまったみたいだな」
 くすくすと微笑むユフォアリーヤに頭を撫でられつつ、遊夜は彼女越しに見える黄昏空に目を瞬かせた。
「……ん、そろそろ、ライトアップ」
 こくりと頷く英雄。「ふむ」と遊夜は身を起こす。
「それじゃ夜のデートと行くか」
「……ん!」
 心から嬉しそうに、ユフォアリーヤは遊夜に腕を絡めるのであった。


 アザレアはふっくらしてるのに、ツツジは線が細くて――
(まるで私と墓場鳥)
 ナイチンゲール(aa4840)は伏せ目に花を見、溜息を零した。すると英雄の墓場鳥(aa4840hero001)が問いかける。
「どうした」
「……なんでもない」
 言葉の終わりにナイチンゲールは歩き出す。花に囲まれた道。「まあ素敵」と素直に喜べたらどんなによかったか、それすらも出来ない自分に嫌悪が湧いた。道中、幾人か知り合いにも会ったけれど。表面上は友好的に会釈もしたけれど。ナイチンゲールの心は暗い。
 墓場鳥はそんな彼女について行く。知人の前でナイチンゲールが明るく笑んでいたのを珍しいと眺めていたが。今のナイチンゲールは、トボトボと迷子のような足取りだ。
「生きとし生ける全ての者はその世界の為に在る。そして同じ瞬間、世界もまた生者の為に存在する」
 おもむろに英雄が語り始めたのはそんな時。
「世界の為だなんて」
 ナイチンゲールは重い溜息のように絞り出す。されど。小夜に啼くが如く、墓場鳥の涼しい声は淡々と続いた。
「特別なことではない。在るがまま生を全うすれば自ずとそうなる。この墓場鳥と誓約を交わし、異界の脅威に抗う剣にして防ぐ盾たること。時には歌をもって人の心を動かすこと。どちらもお前が実際に為した在るがままの姿に他ならない」
「でも……私は……」
「見ろ」
 墓場鳥が足を止め、彼方を指差したのは直後。つられるようにナイチンゲールが顔を上げれば――視界いっぱいに広がる数多の花、それが日の沈む寸前の光に照らされて、この世のものとは思えぬ幻想的な風景を作り出していたのだ。

「……綺麗だなあ……本当に綺麗」

 気が付けば、丘の天辺に立っていた。そこから見える世界。夜の寸前、黄昏の美しい空。ナイチンゲールは羨望に似た眼差しで、見惚れていた。
「……、」
 夕日に目を細めるナイチンゲールを、墓場鳥もまた見つめている。「世界が美しい時、お前もまたそうなのだ」――それは心の中だけの声にして。ただ一言、「そうだな」と返すのみ。いつかナイチンゲールが心からそう思える日を願いながら……一日の終わる瞬間を、墓場鳥は眺め続けていた。

 そして夜になる。
 ライトアップされるツツジの花が、夜の中に浮かび上がった。

「……ん。綺麗……」
「ええ、本当……」
 煌く光と花々に、氷鏡 六花(aa4969)とアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は感嘆の息を零した。初夏、名に夏はあれど、夜になれば涼しいもので。二人にとっては動きやすい気温だった。
「……ん。蜜、飲んでいいって、ほんとかな……」
 ツツジを眺めて歩きつつ。六花は瑞々しい花に手を触れ、しげしげと眺めた。
「そのようね。せっかくなら、たくさんお日様を浴びた花の蜜を頂きましょう」
 ニコリと微笑んだアルヴィナは、言葉終わりに小さな六花を抱き上げて。「わわ」と一瞬ビックリしつつもツツジの天辺、ひときわ力強く咲いた花――雪のように白い色を二つ、六花は手に取った。前もって園内スタッフに教えてもらった通り、ガクを取って口に含めば甘い味。
「……ん。甘い……」
「ふふ。そうね」
 アルヴィナは氷雪を司る自然神。本来の自分の管轄とは違う季節とはいえ、自然の恵みという範囲では同じだ。白い花を唇に微笑む、冬の女王の優しい微笑み――ライトアップもあいまって、それはとても幻想的で美しくて。つい、六花は見蕩れてしまった。
 そして、アルヴィナもまた。甘い蜜に表情を和らがせる少女を見て、こみ上げるような愛くるしさを心に覚える。
(この娘は私が守ってあげないと……)
 六花との出会いは幸福な運命の必然だ。そう思えば、改められるは守護の決意。アルヴィナは白い掌を差し出して、小さな六花の手を取った。柔らかくて、ヒンヤリ、心地よい。
「……ん。アルヴィナと、一緒で……良かった。二人なら、寂しくない……の」
 ぽつり。歩き始めた少女がこぼしたそんな言葉。アルヴィナは首を傾げつつ――その表情は穏やかで。
(人の感情の温もりなんて、解せぬとすら思っていた……)
 心まで凍てついた女神の筈だった。されどこの世界で六花と出会い、冬の心に春が芽吹いた。一人の人間を、かくも愛しく大切に思える日が来ようとは。
(感謝するのは、むしろ私の方――)
 でも、難しい話をして困惑させてもいけないかな。アルヴィナは万感の想いを胸に秘め、優しく少女の頭を撫でた。
「私も六花と一緒で良かった」
 花のような笑顔。六花もはにかみ笑いをそれに返した。
 繋いだ手はヒンヤリしているけれど、繋いだ心は温かい。二人は穏やかに、花の中を歩いて行く……。


「……」
 冬とイヴィアは黙したまま、照らされる花々を眺めていた。
「静かで良いか?」
 先に声を発したのはイヴィア。しばしの間の後、冬は小さく息を吸い込み。
「……うん」
 あいかわらず、冬の表情は凍ったまま。けれど言葉に出来るだけ、少しは成長したのかも――なんて思い、「そうか」と答え、イヴィアは再び夜の景色に目を移すのであった。


 閉園のアナウンスが鳴り響く。
 最後にツツジ園から出たのは、共鳴を解いたエミルだった。なんとあれからずっと、迷路をクリアしては再挑戦し続るというやり込みプレイをしていたのだ。
「ん、やりきった……」
「まさか本当にずっと篭もるとは思わなんだ」
 ギールは驚嘆を通り越して感心していた。「ワタシは、タイムリミットまで、入り浸る所存」と言っていたが、本当に有言実行するとは。
「ん、楽しかった……。満足、満足……」
 少女は瞳を輝かせ、むふんと得意気に息を吐いた。

 さて、周囲はもう暗い。

「帰りますか、エミル」
「ん」



『了』

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • 雨に唄えば
    烏兎姫aa0123hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • エージェント
    シセベルaa0340hero002
    英雄|20才|女性|カオ
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • 薫風ゆらめく花の色
    柳京香aa0342hero001
    英雄|24才|女性|ドレ
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 想いの蕾は、やがて咲き誇る
    カスカaa0657hero002
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 希望の守り人
    ルーシャンaa0784
    人間|7才|女性|生命
  • 絶望を越えた絆
    アルセイドaa0784hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • エージェント
    猫井 透真aa3525
    人間|20才|男性|命中



  • 穏やかでゆるやかな日常
    無音 冬aa3984
    人間|16才|男性|回避
  • 見守る者
    イヴィアaa3984hero001
    英雄|30才|男性|ソフィ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • ひとひらの想い
    千桜 姫癒aa4767
    人間|17才|男性|生命
  • 薫風ゆらめく花の色
    日向 和輝aa4767hero001
    英雄|22才|男性|バト
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • The up-and-comer!
    彼杵 綴aa5062
    獣人|22才|男性|生命
  • 薫風ゆらめく花の色
    ツツジaa5062hero001
    英雄|6才|?|シャド
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