本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】感染封鎖線

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/05/23 13:18

掲示板

オープニング

●セシウム
 愚神ウルカグアリーのゾンビ輸送計画を阻んだエージェントたち。
 その際、エージェントは多数の感染者および感染の恐れがある乗客たちを保護していた。彼らは医療機関によって香川県観音寺市の収容施設へ搬送され――未だそこにいる。
 施設側は、感染が認められなかった人々を含めて退院も一時帰宅も禁じている理由を、香川県知事が発した「非常事態宣言」を受けてのものであると説明した。
 県知事の非常事態宣言に法的な効力はない。が、人々は理解せざるをえなかった。
 四国は対ゾンビ戦の最前線であり、この施設こそが感染を後方へ漏らさぬために引かれた封鎖線なのだと。
 だが、しかし。

「つまりー、クサイモノニフタよねー」
 肩をすくめ、少女は木々の狭間から施設を見下ろした。
 その体は、長く伸ばした髪から肌、まとう衣、そして両眼までもが金がかった銀白。
 人ではありえない金属の体をかろやかに弾ませ、彼女は木々の隙間を抜けていく。
「で。フタがあるってことは、下にクサイモノがいっぱいあるってことだからー」
 彼女がにじった下生えから、青臭い黒煙があふれ出す。
「っと。気をつけないとー。安定安定」
 歩調を忍び足に切り替えて、彼女は施設を囲むコンクリートの塀へ。
 少女のあまりに気安く無防備な足取りは、守衛の目をかなりごまかせたのだが。
「申し訳ありません。一般の方の立ち入りは――」
「見つかっちゃったー。あのー、中に家族とかいるんですけどー」
「!! ぐ、ぐし」
 金を帯びた銀白一色の少女の姿に、歩み寄ってきた守衛が声を詰まらせ、腰に下げた通信機のエマージェンシーコールボタンを連打した。
 不愉快にがなりたてるサイレンの向こうから、ライヴスを装填した魔導銃を手にした警備員たちが駆けつけてくる。
「あんまり刺激しないほうがいいかもー。ウチ、不安定だからー」
 魔導銃のライヴス弾が少女へ突き立つ。
 やわらかな体はあっけなく弾に削られ、穿たれ、その摩擦熱で溶けた飛沫が飛び散った瞬間。
「!!」
 飛沫が燃え上がり、地面に火花の畑を焼きつけた。
「病院行けたらよかったわねー。人間って怖いんでしょ、被爆ー?」
 少女は体の内より2対4本の腕を伸ばして“6本腕”となり。
 1対めの腕がライヴスの針を飛ばして警備員たちを縫い止め、2対めの腕で重圧空間を編み、地へと押しつけ、3対めの腕が自らの支配下に置いた鉱石と金属とを杭に変えて地より迫り出させ、心臓を貫いた。
「ウイルスつきの杭だから、運が悪かったらゾンビになっちゃうかもねー」
 自らを突き上げた杭にもたれかかるように立つ警備員たちの間を抜けて、金属製の少女は笑んだ。
「今度の種、ちゃーんと芽が出るかなー」
 マイナス116度の水中ですら自然発火する過剰な反応性を持つ放射性物質で、わずか28度で液化するやわらかさと、比重が鉄の25パーセントという軽さとを備えた金属――セシウムを現し身とした愚神が今。施設へと踏み入った。

●地獄
 どこからか現われた数十の死体ゾンビを引き連れ、少女は検診よろしく施設を行く。
「はいはい愚神ですよー。感染してない子はそのままステイ! 感染してる子はお注射しましょ?」
 施設のすべてを重圧空間で押さえ込んだ彼女は、床に張り付けられた感染者へ爪先を突き立て、新たなゾンビウイルスと、自らのセシウムを変換したセシウム137(原子爆弾の爆発や原子炉事故で発生する放射能汚染物質)とを流し込んでいった。

 そして数日後。
 死体ゾンビと化した感染者たちと自らの連れてきた死体ゾンビどもへ、少女が命じた。
「みんななかよく喰らい合えー」
 ゾンビがゾンビを喰らい、喰らわれる――餓鬼地獄が開演する。
 それを見届けた少女は、食堂に軟禁していた非感染者たちへ笑顔で告げた。
「一般人のみんなはそろそろお家に帰っていいわよー。大丈夫。感染も被爆もしてないからー。あ、通報するんだったら言っといて。ウルカグアリーが来たってねー」

●HOPE東京海上支部ブリーフィングルーム
「ケントゥリオ級愚神、識別名“ウルカグアリー”が讃岐山脈の感染者施設を強襲! ゾンビといっしょに籠城中だって、施設から脱出してきた人たちに通報もらったんだけどね……」
 礼元堂深澪(az0016)が深いため息をついた。
 収容施設から関連機関の許可なく帰り来た者たちを、各自治体は扱いかねていた。理由は単純だ。ゾンビが押し詰められた施設から逃げ出してきた人間に「自分は感染していない」と言われて信じられるわけがない。
「帰還者の人がターゲットにされた暴行事件、もう起きてるんだ。逮捕された自治体の人たちの言い分はね、「帰還者は新種の潜伏型ウイルスを仕込まれてるにちがいないから、排除するしかない」だったよ」
 証明しようのない無実を連呼するよりない帰還者と、それを信じられない住民。ひとつの暴行事件が遠からず大事件へ発展していくだろうことは明らかだった。
「上層部はウルカグアリーの策だって判断してる。感染してない人たちに持ち帰らせた「疑惑」を拡散させて、社会を混乱させる気なんだろうって」
 深澪が八の字に上がった眉根を無理矢理引き下ろし。
「とにかく! 今ボクたちがやらなきゃいけないのはウルカグアリーの討伐!」
 そして資料を広げながら。
「ウルカグアリーはセシウムのアバターを使ってるみたい。セシウムは放射性物質だけど、リンカー的には問題になんない。気になるのは死体ゾンビ量産して殺し合わせてるって情報なんだけど……なんでわざわざセシウムなのかも謎だよね」
 今ひとつ歯切れ悪く、エージェント一同へ告げた。
「ウルカグアリーがなにしようとしてるのかはわかんない。でも、犠牲になる人が増えるの、食い止めなきゃダメだから。みんな、頼んだよ!」

解説

●依頼
1.ウルカグアリーを撃破ないし撃退してください。
2.死体ゾンビを殲滅してください。

●状況
・施設内には死体ゾンビ(激しく欠損しており、能力値低下状態)が数十体徘徊しています。
・死体ゾンビの内に「変異体」と「強化体」がおり、敵味方関係なく攻撃してきます(変異体と強化体は後述)。
・ウルカグアリーもまたゾンビの内にいます。
・ゾンビは基本的に外へ向かおうとします。

●ウルカグアリー(ケントゥリオ級相当)
・基本的な性質はオープニング参照。
・6本の腕を持ち、それぞれ対になっている2本の腕でソフィスビショップ、シャドウルーカー、鉱石を操作する能力を組み合わせて使います(1ラウンドに最大3回行動)。
・防御力は低め、回避能力が高い。ただし攻撃を受けるとブルームフレアに類似した範囲攻撃をばらまきます(範囲1~3)。

●死体ゾンビ・変異体(デクリオ級従魔)×3
・ライヴスと放射能によって奇形化したゾンビです。
・極端に高い能力と低い能力を併せ持っています。

●死体ゾンビ・強化体(デクリオ級従魔)×5
・損傷したゾンビを金属の骨や皮で補強したタイプです。
・金属部は剥き出しになっています。
・防御力が高く、打たれ強い代わりに移動力や反応速度は低いです。

リプレイ

●先行
 ゾンビウィルス感染者収容施設へ迫ったエージェントたちが散開。それぞれの持ち場へ向かう。
『ABC兵器――現代戦における禁忌。もっともそれは、人の世の理に過ぎないわけだが』
 下水へのウィルスおよびセシウムの流出を封じるべく施設の水の元栓を止めたファリン(aa3137)の内より、ヤン・シーズィ(aa3137hero001)が声を発する。
『水は止めた。塀は幸い壊れている箇所はないからいいとして、窓はどうする?』
「外への道はここだけですわ。ここを抑えておけば、とりあえずはいいでしょう」
 施設を囲う塀の一点に穿たれた門を返り見て、ファリンは厳しいまなざしを施設の玄関へ向けた。
「せめてあなたがただけは逃がしませんわよ。本当に漏らしたくなかったものはもう、あふれ出てしまっていますもの」
『漏らしたくなかったもの?』
 ヤンの問いにファリンは唇を噛み。
「世論、ですわ」
 その傍らでゾンビの奇襲に備えるツラナミ(aa1426)。
『セシウム……みんな気にして、る。……なに?』
 内の38(aa1426hero001)へ、ツラナミは眉をひそめてみせ。
「ああ――あれだ、いろいろあるんだよ。つうかおまえ、知らねぇの?」
『……?』
「まあ、なんだ。体に悪ぃもんだって思っとけばいいんじゃね?」

「ん、また来たんだ。うる……うるうるかり?」
 舌を噛みそうになるエミル・ハイドレンジア(aa0425)へ、内からギール・ガングリフ(aa0425hero001)が重々しく。
『ウルカグアリーだ』
「ん。ワタシが今……言った、ばかり」
 ふんす。鼻息を吹くエミルと、絶句するギールであった。
「……思い出したぞ、ウルカグアリー。砂嵐の中で会ったときは水晶だったか」
『それが今度はセシウム? 質が悪いわね。謎解きには飽きたってことかしら?』
 迫間 央(aa1445)とその内のマイヤ サーア(aa1445hero001)が交わす言葉に、通信機越し、カグヤ・アトラクア(aa0535)が割り込んだ。
「謎解きはあるのじゃ。ウルカグアリーがなにを狙っておるのかという、の」
『パズルがミステリになっちゃった感じー?』
 内からクー・ナンナ(aa0535hero001)が眠そうに言った。
 カグヤはゆっくり歩を進めながら、小さくかぶりを振る。
「そんな大層なものではあるまい。ただ『ウチの狙いはなんでしょう?』と訊かれておるだけじゃからな。ま、せっかくのお誘いじゃし、うきうき遊びに行くとしようかの♪」
『勝手なことしてみんなに怒られないようにねー』
「前向きに善処しなくもなくもないのじゃ。……さて、そちらはどうじゃ?」

 防弾ガラスが溶け落ちた後に残された窓枠を探ってトラップがないことを確認し、ギシャ(aa3141)が施設内へぬるりと這い込んだ。
「こちらギシャ。施設のいちばん奥の窓から侵入成功。目印置いとくよ」
 細く、しかしはっきりと相手の耳に届く声音で告げ、周辺を見やりながら潜伏移動を再開した。
『ゾンビ殺すのお初ー。……ん? 死んでるゾンビって殺せるのかな?』
 内で小首を傾げたギシャにどらごん(aa3141hero001)が告げる。
『俺たちの仕事は、眠りを忘れた死人どもを手早く寝かしつけてやることだ。やりかたはわかるな?』
 ギシャは吹き消すことのできぬ笑みをまっすぐに据えて。
『多分ねー』

 鬼灯 佐千子(aa2526)はロケットアンカー砲を屋根へ撃ち込み、そのワイヤーで急勾配へ自らの体を固定。視界と射角を確保する。
「屋根まで頑丈で助かったわね。――ファリンさんとツラナミさんが施設正面を守るそうだから、私たちは左右と奥を見張るわよ」
『必要ならそちらへ追い立てる――だな。セシウムや世論についての対策はどうする?』
 リタ(aa2526hero001)の問いに、佐千子は警戒を継続しつつ応えた。
「そんなコトを考えるのって……私たちの仕事?」
『否定だ。我々の任務は愚神討伐とゾンビの殲滅、それ以外の何物でもない』
 迷いのないリタの言葉。
 佐千子は目線と共に、バイポッドを装着した20mmガトリング砲「ヘパイストス」の銃口を巡らせて。
「そうね。だから、いつでも始められるように保つだけ」

『少佐殿、小隊各員、第一行動目標を達成したようです』
 ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)の報告を受けたソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は鷹揚にうなずいた。
「うむ。ならば小官らも前進するのである」
 人型戦車を成す共鳴体が、ファリンやツラナミを追い越し、施設の正面口を押し広げるように内へ踏み入った。そして。
「黙って押し入るのは国際法違反であり、野暮でもある。宣戦布告するぞ。照準合わせ」
『了解であります』
 頭部に装備された12.7mmカノン砲2A82改2型がその長大な砲身を直ぐに伸べ、照準を固定。
「てぇーっ!」
 ズドム! 押し詰められた爆音が空気を低く揺るがせ、廊下の真ん中を砲弾が飛ぶ。
 1秒もかけず、砲弾は突き当たりの壁へぶち当たり、轟音と爆炎とをまき散らした。
「先日は取り逃がしたが、此度こそ引導を渡してくれる」

「ハデなのが来たわねー」
 揺れに乗って発火しかけた銀白色の体を鎮め、ウルカグアリーは金を帯びた肩を小さくすくめてみせた。
 もちろん揺れの主が単独で乗り込んできたとは思っていない。多勢のはず。そうしてもらうため、多くの人間を無傷で放したのだから当然だが。
「しかけはもう終わってるからねー。思いっきりクライマックス、がんばってもらいましょー」

●不穏
 砕けたコンクリートの粉塵が吹き返す廊下へ突っ込んだのはエミルである。
「ん、のりこめー……」
 口調こそこんな感じだが、その足取りはかるく、速い。横路や部屋の中をチェックし、ゾンビがいれば魔導機械「くまんてぃーぬ」が口から吐き出す弾丸で攻撃、あるいはライヴス通信機「遠雷」で仲間に告げて駆け続ける。
「ん、助けた人たち、ムダになった、ね……」
『ふん、相も変わらず不愉快な連中だ』
「なむなむ……なむさん」
 ギールに返答し、エミルは廊下で出くわしたゾンビを踏みつけ、ぽーいと跳んだ。
 振り向きもせずに背の「くまんてぃーぬ」でゾンビを蜂の巣に変えたエミルは、着地してそのまま施設の奥へ向かう。

『デグチャレフである。ロビーからのびる廊下にカノンを撃ち込み、施設最奥を破壊した。穴は空いたが、壁が崩壊する気配はなし。頑強な造りであることは確認できたな』
 ソーニャからの通信に「了解」と返した央は、侵入した部屋から件の廊下を窺った。
「音とライヴスに惹かれて群がってくるか」
 マイヤはふと笑み。
『来てくれると信じて、ここで待つの?』
「いや。そこまで信じられるほどの付き合いじゃないからな」
 影のごとくにすべり出す央。収容者の脱走防止を意図してか、複雑に入り組んだ廊下を音もなく流れゆく。
「今日はワルツを踊る必要もないようだ。俺の一番得意なステップで誘いに行くさ」
 角から這い出してきた脚のないゾンビ、その眉間に天叢雲剣を突き立て、一気に股下まで斬り裂いて。
「――はぐれてうろついているゾンビもいるようだ。出会い頭に気をつけろ」

「了解である」
 ラストシルバーバタリオンの頭部に装備されたカノン砲を巡らせ、右半身を裂かれたゾンビを爆散させたソーニャが、次のゾンビを鋼鉄の拳で床へ叩きつけ、砲弾をぶち込む。
『食堂に多数のゾンビ・パターンを感知。各員にデータを送ります』
 ラストシルバーバタリオンが、レーダーユニット「モスケール」が知らせてくる周辺域のライヴスパターンを算出し、付属ゴーグルに映しだした。
「愚神は指揮を執っておらんのか? ふむ、中尉。想定される愚神の意図を述べよ」
『我々に対する牽制及び攪乱と愚考いたします』
「小官もそうあってほしいと思うが……問題はファリン殿も言われていた、世論だ」
 ソーニャはその身の鋼をきしませ、人型戦車を成す共鳴体を前進させる。
 施設の見取り図を始め、必要となりそうな情報はすべて収集した。その上で、適当――適切に当然を成す――に動く仲間たちを支援することを、彼女は決めていた。
『一般人のセシウムに対する認識は甘くあります。誇張した情報を喧伝されれば、我々と市民との信頼は容易く損なわれることになるろうかと』
 ラストシルバーバタリオンの言葉に重々しくうなずき、ソーニャは目線を、“改2型”の砲口共々巡らせた。
「敵の目的は離間。その企てを速やかにくじくぞ」

「ゾンビ確認。マーカー反映よろー」
 潜伏しての偵察に徹していたギシャが、ライヴス通信機「雫」で仲間たちへ語りかけた後、カグヤを呼んだ。
「おーい、カグヤー」
『なんじゃ? なにかおもしろいことでもあったか?』
「おもしろいんじゃないけど、ヘンなことー」
『ほう』
「ゾンビ全部、ちぎれたり切れちゃったりしてる。ケガゾンビ? で、今んとこうろついてるだけだね。ゾンビってそんな感じ?」
『命令が与えられず、周囲に襲うべき人間がいなければそうなるやもしれんの。いずれにしても動きには最大限注意じゃ』
 うなずきかけたギシャの眉が跳ね上がった。
「感じだけじゃなくておかしなのがいる」
 他のゾンビと同じように欠損した体を、ステンレス板やアルミパイプで補強したゾンビ。
『見覚えがあるな。あれは確か……バグダード。ハカマーニシュとやらの兵士どもだ』
 どらごんの言葉に、ギシャは過去の戦場を思い出した。
 乾いた骸を鉱石で繋いだ不死の兵士たちのことを。
「とりあえずギシャは偵察続けるよ。おーばー」

『帰って寝たいー。聞こえなかったことにして寝たいー』
「本音を語るなら、せめて建前を口にしてからじゃろ」
 めずらしくボケとツッコミを交換したクーとカグヤである。
「感染者収容室もずいぶん狭かったが、事務室も狭いの」
 カグヤは応急修理セットを駆使し、壁のエアコン操作パネルをいじっていたが。
「だめじゃな。中のどこかで電線が切れておる。探す手間をかけるだけの価値はなかろう」
 エアコンによる施設内温度の低下を図ろうとしたカグヤ。しかし、その計画はあっさりと頓挫した。
 と、そこへ。
『ん、ワタシは、“うどんの妖精”……。なんだか、超すごい、速いゾンゾン、見つけた……。形も、おかしい。ヘンな……やつ』
 カグヤはぎちりと口の端を吊り上げてカロル・サカルを装着。壁に掌打を打ちつけ、熱を奪って凍りつかせた。
「ま、やらぬよりはやるべきじゃろうよ」
 セシウムは28度を越えれば液化する。本当に液化するかどうかも知れないが、ウルカグアリーに液化されれば、おそらくは固体状態以上に手こずることとなるだろう。
「そんなことよりも……ウルカグアリーが依り代にセシウムを選んだ理由のひとつが見えたな」
『えー、どういうことー?』
 壁を凍らせながら、カグヤはギシャの索敵とソーニャからの情報に従い、敵の少ない路を行く。
「ヘンなゾンビを生み出す実験をしておったのだろうということじゃ」

『……金属で強化されたゾンビと、形が変容し、高速移動するゾンビか』
 ヤンの言葉にファリンはうなずき、次いでかぶりを振った。
「ここが実験場だというカグヤ様のご見解は正しいのでしょう。ただ」
『ただ?』
「それだけなのであれば、感染していない方を見逃す意味がありません。わたくしはウルカグアリー様のしかけた世論操作だと考えてはいるのですが……わたくしたちをあえて呼び寄せたことに、いったいどれほどの効果を見込まれているのでしょう?」
 放射能はライヴスリンカーを侵せない。
 そもそもセシウムの発するベータ線は微弱で、プラスチック板1枚で遮蔽できる程度のものだ。これはH.O.P.E.の要請により、ニュースで繰り返し報道してもいる。

「さーて。そろそろイっちゃおっかー?」
 食堂の最奥に陣取ったウルカグアリーが、まわりに控えていたゾンビどもへ命じた。
「お外に向かって逃げろー」

 廊下に押し詰まるようにして緩慢に、しかし確実に外へ向かうゾンビども。
『ゾンビが動き出したみたいね。迎撃は?』
 マイヤの問い。
 天井の照明へ指をかけてゾンビ雪崩をやり過ごした央は、唇に挟んだ天叢雲剣を右手へ落とし、すがめた目を雪崩の一点に据えて。
「規格どおりのゾンビはツラナミさんたちに任せる。俺たちは」
 跳び降りながら真下へ突き込んだ直刃が、ガギリ。固い音を立てて止まり。力任せに振り払われた。
 欠損部をセラミックで塞がれたゾンビが、目玉代わりのアンテナをひくつかせ、央へ殴りかかる。
 その太い拳を、ただ一歩下がってかわした央は、そのまま拳の甲を踏んでその腕を駆け上がり、直刃でアンテナを斬り飛ばした。
「規格外を狩る」

 仲間の警戒網を外れた場所から外へ出ようとしていたゾンビの首を、白龍の爪牙“しろ”で斬り落としたギシャ。動きを止めずにゾンビの胸を前蹴り、掴みかかってこようとする腐れた腕を“しろ”で斬り飛ばす。
「ゾンビ退治は、動かなくなるまでみじん切りー」
 角切りを量産し、脅威が消えたことを確認して、あらためて身構えた。
「あれもいっしょかな?」
 ギシャの前に進み出てきたのは、骨の代わりにステンレスで軸を通されたゾンビ。
『おそらくはな。が、やることはどうせ変わらん』
 どらごんの言葉に、龍娘は消せぬ笑みを返し。
「だねー」

『こちらギシャ。玄関のほうにゾンビが行ったよ。あと右側の奥のほう――ギシャが入ったとこ。左側は今んとこ大丈夫かな。そういうわけで、よろー』
 ギシャの通信が切れたすぐ後、玄関口へゾンビの群れが押し出ようと押し寄せる。
『ようやく出番か。一気に減らすぞ』
「死した身でも、この熱は感じられますかしら?」
 フリーガーファウストG3を肩に担ぐやいなや、ファリンが引き金を引き絞った。
 あえてここまでの路を優先的に開けていたこともあり、ゾンビの進路は限定されている。狙うまでもなかった。
 果たして飛んだライヴスのロケット弾がロビーを叩き、ゾンビの足の行き場を爆炎で止める。
「……めんどくせぇけど、な」
 ファリンの前に立ち、爆炎の向こうから這い出してくるゾンビどもへすがめた目線を投げたツラナミは、幻想蝶――藍色のぐい飲み型ペンダントトップへ手をかざす。
 そして顕われた数十もの群青の玻璃が、甲高い共鳴音を鳴らしながら光線を弾き出し、雨のごとくに降りそそいだ。
 実体なき雨に切り刻まれ、丹念に焼き払われていくゾンビ。
「脚狙いってほど器用にゃできねえか」
 ま、目的が達成できてりゃ問題ねぇけどな。
 うそぶくツラナミに、38がぽつり。
『ツラナミ』
「見えてる。くっそだりい……なんだよあれ」
『多分、ハイドレンジアさんが……言ってた、ヘンなゾンビ』
 エミルが言う速さはなかった。
 ただ、固まりかけた飴細工を無理矢理引き伸ばしたかのような醜悪な体からは無数の棘が突き出しており、それをつたって血がしたたり落ちていた。
 さらにはそれを守るように立つ、体のほとんどがアルミで覆われたゾンビ。
『楽、するの……ここまで、だよ』
 ツラナミは応えず、三日月宗近を収めたEMスカバードを左手に携えて踏み出した。
「ファリンさん、雑魚の仕末は頼む。俺のほうは――まったく気は乗らねえが、不健康の極みと戯れて、自分の健康を噛み締めてくる」

 屋根上に陣取り、建物の窓からあふれ出してくるゾンビへ20mm弾を浴びせかける佐千子。
「左からゾンビが出てこないのはきっと、突入班のおかげね」
『ああ。照準の心配より、むしろ砲身の過熱が心配になる状況だが……連絡にあった妙なゾンビは気になるところだな――』
 佐千子の内より鋭い視線を巡らせていたリタがなにかを発見した。
 他の欠損ゾンビの隙間を這い進んできた、妙に小柄なゾンビ。地へべしゃりと落ちると、体のあちらこちらから吹きだした瘤が割れ、金がかった銀白の液体が流れだす。
『サチコ、あの色合いは――!』
「――セシウム!」
 佐千子が塀へ向けて四つ足で駆け出したセシウムゾンビの額を、テレポートショットで撃ち抜き、施設の側へ押し戻した、そのとき。
 セシウムゾンビが半壊した顔を佐千子へ向け――その体のいたる場所から銀の散弾を撃ち出した。
『銀の魔弾――まさか、ウルカグアリーの遠隔操作か!』
 リタの声が吹き上げられ――否。佐千子の体が落下していた。
 魔の散弾が、佐千子の体を支えていた屋根を撃ち壊したのだ。
 体を固定していたのが仇になった……佐千子は落ちながら奥歯を噛み、衝撃に備えて背を丸めた。
「敵変異体、愚神の触媒として機能!!」
 通信を飛ばし、佐千子はセシウムゾンビへ「ヘパイトス」を連射する。

●攻勢
『――壁、いや、屋根が落ちたか』
 施設を揺るがす轟音に耳を傾けたどらごん。
 それを機を見たか、ステンレスゾンビがパイプイスを投げつけてくる。ちなみにこのイス、ゾンビ誘導のためにカグヤが積んでいったバリケードの一部である。
『動きは遅いが、固い。うまく斬らんと刃が欠けるぞ』
 イスをスウェーバックでかわしたギシャの内、どらごんが着ぐるみめいた龍面を引き締めた。
「りょーかい」
 体を前へ振り戻す勢いに乗り、ギシャが前へ跳んだ。
 ステンレスゾンビが闇雲に振り回すイスの座面を尻尾で弾き、背の小さな翼をいっぱいに拡げて風をつかみ、急制動と方向転換を同時に実行。
 ゾンビがイスを振り切り、動きを止めた瞬間――その右腕を“しろ”で斬り飛ばした。
「固いのは引きながらさくーっ」
 斬られながら、ゾンビがステンレスの牙を剥き、ギシャへ喰らいつく。
「重たいのは斬りやすいから」
 両脚を開脚して体を沈み込ませ、牙をやりすごしたギシャは“しろ”を、自重で固定されたゾンビの右脚へ突き込み。
「すかっ」
 爪でつまむように左右からするり。切断した。
 左腕と左脚ではバランスがとれず、その場で跳ねるゾンビ。
 ギシャはこの間に延髄や脊椎を“しろ”で斬り裂いたが、それでも動きは止まらない。
 先ほどの学びを実践してゾンビを仕留めたギシャは、壁際の影に身を潜め。
「これだとウルカグアリーがいるの、食堂かな。ギシャはヘンなのがまだいないか探してから行くよ」

 セラミックゾンビの太い腕が央へ降りかかる。
『私たちに追いつきたいならもっと急がないとね』
 マイヤの嘲笑を含めた眼光が、央のターンに乗って半円の軌跡を描いた。
「急いだところで――追いつけるかよ」
 薙がれた直刃はゾンビの腐った腕の肉を削ぎ、詰め込まれたセラミックの欠片をぶちまける。重さで破壊力を増していた腕が、その必殺を失くして宙に泳いだ。
 央は体を止めずにそのままもう半回転。強烈な横蹴りでゾンビをよろめかせておいて、さらに身をかがめながら半回転。ゾンビの脚を斬り払って跳んだ。
 今まで央がいた場所へ倒れ込んでくるゾンビ。
 その脛骨を神経接合ブーツ『EL』の踵で踏み砕き、直刃で刻んだ央は駆け出した。
「エミルが言った速いゾンビを探す」
『ワタシと央に追いつけるかしら?』
 マイヤの言葉に央は獰猛な笑みを返し。
「死人は成長しない。だから永遠に追いつけない」

「ん、排除……お掃除」
 エミルは「くまんてぃーぬ」をずいと前へ出し、間合を測る。
 敵は欠損ゾンビ数体と、その先頭に立つ、通常の2倍以上も伸び出した四肢に赤黒く乾いた体を持つ“ヘンなゾンビ”。
 ほう。声とも息ともつかぬ音を放ったそれは、次の瞬間にはエミルの眼前にいた。
『転がれ!』
 ギールの声がはしると同時に、エミルの小さな体が床を後ろ回り。その上空を、長細い両手による連続突きが行き過ぎていく。
『このゾンビはなんだ? 突然変異でも起こしたか?』
 炎剣「スヴァローグ」を手にしたエミルは、刃に宿った炎と吸血茨とに命を吸わせながら「ん」。
「全部かわして、ビシっと、バシっと……」
 と。
 その体が強く床へ引きつけられた。
『なに!?』
 これはソフィスビショップの魔法、重圧空間。
『触媒――金属操作ばかりでなく、魔法までもか!』
 ギールが歯がみする中、超重力でエミルの頬が引っぱられ、うどん生地のように伸びる。
 それを嘲笑うように見下ろした細長ゾンビが、手近な欠損ゾンビを掴み、喰らった。
「ん、食べると……どーなる、どーなる……?」
 結果、さらに四肢が長さを増した。
「ん、うどんの妖精。ヘンなゾンゾン、仲間、食べると、伸びる……かも」
『個体差によるのだろうが……よりによって我々とは最悪な相性の敵が来たな』
 細長ゾンビが風を逆巻き、エミルへ迫る。

「なるほど。ギシャの言うたとおりじゃったな」
 食堂へ踏み入ったカグヤが満足気にうなずき。
「あらー。最初に来たのは赤衣ちゃんかー。オトモダチはゾンビ退治してるみたいだけどー?」
 テーブルに腰かけたウルカグアリーが笑む。
「わらわが先に贈った石は使ってくれなんだのか」
 巻物「降雹ノ書」から周囲に氷弾をばらまきつつ、カグヤが訊いた。
「トモダチの証でしょー? そーそー使わないわよ。あ、別に氷まいてもウチ、発火はするのよー。不安定だからね」
『今日はかるいねー。頭の中もそうなのかなー?』
 小首を傾げたクーに、カグヤは内でかぶりを振って見せた。
『見た目に惑わされると化かされるぞ。ま、最終的な目標はともあれ、その目的は人間に対する嫌がらせじゃろう。そう思うておけば大きな失敗はせずにすもうよ』
『さすがカグヤのお友だちー』
 カグヤは思考を巡らせた。
 相手は策を弄する質。それがただ独りで、隠れもせずにここにいる。だとすればウルカグアリーの策はすでに、ある段階以上には成っていると考えるべきだろう。
 ――まさに直接本人に確かめるよりないというわけじゃ。
 再びカロル・サカルへ換装したカグヤがウルカグアリーへ。
「おかしなゾンビを造っておるようじゃが、それも嫌がらせか?」
 ウルカグアリーは笑みを絶やさぬままテーブルから降りた。
「強化ゾンビは普通にニギヤカシかなー。なんせ本命、3匹しかできなかったしー」
 6本の腕、その内の1対から飛んだライヴスの針がカグヤの脚を縫い止めた。
「今確認できておるゾンビの内容から考えれば、本命とやらは金属で繋いだほうではなく、形を変じておるほうか」
 こともなげにBSを退けたカグヤが、これまでの会話が通信機を通してエージェントへ届いていることを確認する。
「と、いうことじゃ。皆、率先して形を変じたゾンビを叩いてくれ」

 落ちながらも佐千子はセシウムゾンビを撃つ。跳ね回る銃身へしがみついて反動を抑え、なお撃ち続けるが……欠損ゾンビの群れが射線を塞ぎ、標的まで届かない。
「っ」
 かくして床へ叩きつけられた佐千子だったが、その衝撃は外骨格式パワードユニット「阿修羅」が吸収した。
 床にめり込んだ背を引き抜き、上体を持ち上げた佐千子が、バイポッドを据えぬままさらに撃つ。
 しかしその弾は、先ほどまでと同じく他のゾンビに阻まれ、さらに。
「!?」
 すさまじいまでの重圧が佐千子を押しつけ、動きを封じた。
「重圧空間!」
 エミルの通信で、変異体が魔法の起点になることは知れていた。しかし。このタイミングでしかけられては、いくら情報があったとしても回避はできない。
「阿修羅」の駆動部が、佐千子の機械化された四肢が、凄絶な負荷に低くきしむ。
『しかしあのゾンビはやわらかい! 直撃すれば倒せるはずだ!』
 リタとライヴスを併せて超重力へ対抗し、佐千子は「ヘパイトス」のバイポッドを床に突き立てた。あと10秒稼ぐことができれば必中の一撃を叩きこめるが――すでに移動を再開しているセシウムゾンビを見失うには充分すぎる時間だ。
「――敵歩兵の遅滞行動を突き崩す」
 400kgの鋼鉄が防弾ガラスを割り砕き、コンクリートを削る音が鳴り響いた。それはソーニャの到着を告げるファンファーレだ。
『照準固定。対衝撃姿勢確保』
「てぇーっ!」
“改2型”の砲身に刻まれた“ディエス・イレ”の印がわずかに後退し、代わりに前方へ砲弾を送り出す。
 音を裂いて飛んだ弾は直撃したゾンビの体を爆散させ、さらにそのライヴスの爆発でセシウムゾンビを含むまわりのゾンビどもを引き裂いた。
 揺らされたセシウムゾンビの体からセシウムが散り、発火。ウルカグアリーのライヴスを含んだ炎に焼かれたゾンビどもが次々と倒れ伏す。
「重友よ。見えるか、撃つべき標的の姿が。そなたの弾道が」
 ラストシルバーバタリオンの奥から発せられたソーニャの声音。
「ありがとう、デグチャレフさん。はっきりと――見えたわ」
「阿修羅」が重圧を押し上げ、彼女の体を伏射姿勢に整えた。「ヘパイトス」が指すその先へ、佐千子は引き金を引き絞る。
 1秒を埋め尽くす無数の弾、そのうちの1発がふとかき消えた。
 そして細挽きにちぎれたセシウムゾンビを真上から撃ち据えて地に叩き伏せ。
 セシウムをばらまくことをゆるさぬまま、一点の炎の内で燃え尽きさせた。
『変異体1、撃破した。これより掃討任務に移行する』
 リタの報告を聞きながら、佐千子は砲身の熱を振り払い、残るゾンビへ照準を合わせた。

 ツラナミは左手でスマホを操作し、電子音を鳴らす。
「電話が鳴ってるぜー。出ないと課長が怒るんじゃねえ? ――って、ふたりがかりで取りに来られてもな……」
弱音を吐く口とは裏腹に、その眼は鋭く輝き、間合と機とを探り続けている。
『アルミのほうは……動きが、遅い。後ろのトゲが、そっちに合わせてくれれば……』
 38の言葉に口の端を歪め、ツラナミは三日月宗近の鯉口を切った。
「どうなるかは、つっかけてみるしかわからねえか」
 ふ。呼気を押し出すと同時に、駆ける。
 EMスカバードの電界で加速させた刃が抜き打たれ、銘のとおりの三日月を描く。
 ぐじり。湿った肉が刃にからみつく感触。
「って、あんたが守んのか……」
 変異体が後ろから伸ばした腕が、しっかりと刃を受け止めていた。しかも。
『ツラナミ、飲まれる』
 血まみれの肉へ刃が沈み込んでいく。まるで喰われるかのように。
「防御型なんだったらよ、トゲなんか生やしてんじゃねえ」
 引き斬る要領で刃を肉の拘束から抜き出したツラナミは、アルミゾンビの腕をくぐって後ろへ。着信音を鳴らし続けているスマホを印籠さながら掲げてみせた。
「ちょっと俺が後ろに回ったからって、よそ見すんじゃねえぞ?」
 ゾンビの目を引きつけることはできている。できてはいるが。
『問題は、手数……だね』
 数で勝れば2倍の手数で敵を責め立てることができる。対して数で劣るこちらは、自身の2倍の手数を捌いた上で反撃までしなければならない。ましてや距離をとれない接近戦、速さだけで切り抜けられようはずがない。
「他のゾンビはもういません。これで進化される恐れはなくなりましたわ」
 ツラナミのほうを向いていたアルミゾンビの後頭部に、ファリンの九陽神弓から放たれた矢が突き立った。
「相手が2匹じゃ、ちょいもったいねえがな」
 つんのめったアルミゾンビの脇を抜けながら、ツラナミが繚乱の影薔薇を吹き散らす。
 薔薇に巻かれ、惑うゾンビども。
『死人も惑うか。それとも、生ありしころをなぞっているばかりか』
「だとすれば、わきまえていただきましょう。ご自身の現状を」
 長巻野太刀「極光」真打へ換装したファリンは右足を大きく踏み出し、踏み止めた。
 踏み出した距離と踏み止めた反動が、彼女の振り下ろした重き刃をさらに加速し、その刀身に灯ったオーロラ光で孤月を描く。
 ギジャ! アルミが断ち割られる音と腐った肉が押し潰れる音が不愉快なハーモニーを成し。
 地に這ったアルミゾンビが、潰れた頭を抱えて激しく跳ねた。
「もう少しだけ我慢してくださいましね? すぐにあなた様の思い違いを正して差し上げますから」
 純白の衣をまとい、やわらかな薄笑みを浮かべてゾンビを踏みにじる少女の内で、ヤンは小さくため息をついた。
『今語っている間にもう一撃入れられた。現状もっとも優先されるべきは効率だ』
 トゲゾンビの胸元へ宗近を突き込み、そのまま背後へ回り込んで表皮の守りを斬り剥がしたツラナミと38は、内で思わず顔を見合わせる。
『どっちもなんかズレてて怖えんだけど?』
『結果、オーライ……じゃないかな』
 と。アルミゾンビの体から金属針が噴き上がった。
「申し訳ありません。あなたがたがウルカグアリー様の分身として機能することは予測しておりましたし、すでに確認もできておりましたので」
 必要分の距離を跳び退きながら、ファリンは「極光」を振り上げ。
「それでは。おやすみなさいませ」

●予感
 食堂ではカグヤとウルカグアリーの対決が続いている。
「わらわへの攻めがぬるいようじゃが、なんじゃ? 6本腕の2本しか使っておらんではないか」
 ふわり。大きく広げた両腕で巻き取るように、ウルカグアリーへ踏み込むカグヤ。
「そっちがバラバラに動いてくれてるからー、ウチもいそがしくってねー」
 カロル・サカルの掌打をかわし、ウルカグアリーは貫手をカグヤの腹へ突き込む。
「腹の中は生憎と生身じゃ」
 カグヤは腹の傷をえぐるウルカグアリーに掌打を叩きつけた。
 温度を下げられたウルカグアリーはぶるりと震え、その場で発火。カグヤを炎で包み込む。
『クリアじゃなくてケアでいいね』
 炎ごと体に貼りついたセシウムを振り払ったカグヤの内で、クーがケアレイを発動した。
「今日もゴリ押しねー。なにそのムダにたっかい抵抗力!」
「嫌がらせじゃからな! そなたも好きじゃろ嫌がらせ。気が合うのぅ、さすがは気の置けぬ友じゃ。さ、場をあたためる小粋なトークを交わそうぞ」
「悪くない提案である。小官も混ぜてもらおうか」
 ウルカグアリーの背に、イジェクション・ガンの弾頭が突き立った。
 ミリ単位での静音移動により、射角を確保できる位置にまで近づいていたソーニャの一撃である。
「あらー、水銀」
 背中に回した指で弾頭を抜き取り、放り捨てるウルカグアリー。
 水銀はセシウムと反応し、アマルガム化する。ウルカグアリーを変質させて安定化を図る――それがソーニャの策ではあったが。
「ウチのこと安定化させちゃうにはライヴスが足りないわねー。ま、手としちゃ悪くなかったんじゃない?」
 ソーニャは鼻を鳴らし、“改2型”へ砲弾を装填する。
「ふむ、“体”であるうちは小細工の効果は見込めぬようじゃの」
 カグヤの言葉をソーニャが継いで。
「ならばセシウムを刻み、“体”ならぬ“欠片”にした後、安定化を図るばかりである」

 襲い来る強化体の股をくぐった央は、その足指へ雲剣の切っ先を突き立てて切断、さらには床まで突き通った切っ先を軸に体を翻して上へ跳ぶ。
『央、首を落としてもゾンビはまだ動く。それに皆からの通信、憶えているわね?』
 強化体にせよ変異体にせよ、ウルカグアリーによって歪められたゾンビはその能力の触媒となる。
「ああ」
 常ならば延髄を裂く刃を、強化体の背の真ん中へ突き立て。
「動かなくなるまで壊してしまえば、触媒としての機能も失う……そうだろう?」
 今まで無数に刻みつけてきた傷が、最後の一点を穿つことで繋がり。
 ゾンビは音もなく、バラリと散り落ちた。
「こちら迫間。強化ゾンビとやらを1体片づけた。このままウルカグアリーへ向かう」

「ん、ぐ、ぐぐ、ぐ……」
 重圧の中を押し退け、エミルが踏み出す。炎剣を振り下ろす。踏み出す。炎剣を振り下ろす。踏み出す。炎剣を振り下ろす。
 細長ゾンビはするするとそれをかわし、エミルを突き、裂き、えぐる。
『エミル、なにか考えはあるのか?』
 頑なにまっすぐ攻め続けるエミルにギールが問う。
「ん、接近。接敵……。魔法、解けるまで」
 言葉足らずなエミルの真意を悟ったギールがライヴスを高め。
 ついに重圧空間がかき消えた、その瞬間。
『行け!』
 ドレッドノートドライブが発動。
 引き絞られた矢のごとく、エミルが跳んだ。
 かわすには距離が近すぎた。あえなくエミルの炎剣を突き込まれる細長ゾンビ。
「こねるのに、力は……いらない」
 エミルの命を糧に燃え立つ刃が、円を描いてゾンビを斬り裂き、断ち斬り、焼き払った。
「やさしく、まぜまぜ……あとは、踏み踏み」
 床に散った火の粉を踏んで消火し、エミルは残るゾンビへ剣を振りかざした。

『後続のゾンビは見当たらない。私はこのまま哨戒を続けるわ』
 施設右側からあふれ出たゾンビを掃討した佐千子から通信が入る。
『左側は問題ないな。もうひと巡りしてから戻る』
 こちらは施設左側へ偵察に出たツラナミからの通信だ。
「了解しましたわ。わたくしたちも警戒体勢を維持して待機します」
 正面玄関前に待機するファリンは通信を切り、薄影に満たされた施設内を見やる。
「このまま事件が終わってくれれば、と願わずにいられませんわね」
『……』
 答えないヤンに、ファリンは問わなかった。
 ふたりとも、このまま終わるなどとは信じていなかったから。

『機を二度もらえると思うな。結果によらず、しかけた瞬間に終わる』
 影に潜むギシャの内で、どらごんが重々しく告げた。
 そしてギシャの返答は。
『知ってる――知らないのは、死なない敵の殺しかただけさー』

●活
「撃つべし……撃つべし……」
 食堂にたどり着いたエミルは隅っこを渡りながら「くまんてぃーぬ」を連射する。当てるのではなく、ウルカグアリーの足止めを狙っての威嚇攻撃である。
『それでいい。飛び散らせると厄介だからな』
「ん、うるうるかり、ぼっちだから……やりやすい」
 ギールとエミルの会話を遮るように、ウルカグアリーは散っていたセシウムを起点にしてゴーストウインドを巻き起こす。
「ん、やーらーれーた……」
 劣化を負わされ、ぱったり倒れたエミル。その体をクリアレイを湛えたカグヤの手が引き起こす。
「どうせならステゴロで来よ。タイマン張ったらマブダチだそうじゃしの」
 和装の袖をはためかせ、カグヤが往年の香港映画スターばりのジークンドースタイルでウルカグアリーを手招いたが。
「やー、セーシュンも大好きなんだけどー、ちょっと時間稼ぎしとくべきかなーって」
 ウルカグアリーの両手から、黒き薔薇の花弁が舞う。
「下がれ!」
 カグヤの警告に、エージェントたちがウルカグアリーから距離を取った。
 繚乱の薔薇に取り憑かれたカグヤが膝をつく。
 薔薇はそれでも消えることなく舞い続け――
「あらー?」
「影の技は使い慣れていないか。いや、比重に合わせて頭の中身も軽くなっただけか?」
 薔薇のただ中へ溶け出すがごとくに姿を現わした央が、ウルカグアリーの片脇を抜ける。
『そうね。自分の技と私たちの技の見分けもつかないのだから』
 マイヤが酷薄な笑みを投げた。
 央とマイヤは、身を隠しながらこの機を待っていた。ウルカグアリーがシャドウルーカーの技を使うときを。そして愚神の繚乱に数瞬遅らせて自らの繚乱を重ね、その隙を突いたのだ。
「頭はともかく、ずいぶんと“アバタ”の趣味が悪くなったな? 趣旨替えしたのは、おまえの上にいる神門の差し金か?」
 女郎蜘蛛でその6本腕の左半分を絡め取った央が、ウルカグアリーの背に自らの背を合わせて背中越しに問う。
 セシウムの飛沫と自分の間にウルカグアリーを置き、能力への対策も怠ってはいない。
 が、ウルカグアリーは特に悔しがる様子もなく。
「神門とは関係ないわねー。ウチ、神門助けるって規約があるからー。いちばん効率よさそーなことしてるだけでー」
 央は眉根を引き絞る。
 ウルカグアリーが単独で行動しているなら、この二面作戦の効果と結果を愚神内で共有される前に潰さなければ。
『央!』
 マイヤの警告。
 いつしか煙を上げ始めたウルカグアリーの後頭部へ雲剣の柄頭を叩きつけ、離脱する。
「痛った!」
 たたらを踏んだウルカグアリー。その銀白の体に、ライヴスの鎖が巻きつき、引き倒した。
「機を待っていたは小官も同じである」
 ソーニャがウルカグアリーを捕らえた鎖は、先のロシアでの戦いでのヴァヌシュカの得物を元に考案されたアイシクルチェイン。
 身動きを封じられたウルカグアリーは肩をすくめ。
「ま、力使うだけなら困んないんだけどねー」
 拘束を受けていない指先から、セシウムの針を――
『死中にこそ活はある……拾いに行こうか、ギシャ』
 どらごんの言葉が、ギシャと接続した緊張化体感時空間圧縮装置を起動した。
 倍加した“迅さ”がギシャに針の拡散を、軌道を、空気の振動までもを見切らせ、ウルカグアリーまでの進路を見せる。
 ――飛ばしちゃったら“アバタ”ががらあきだよ。ウルカグアリー。
 ギシャの五指に沿い、その動きのままに爪を閃かせる“しろ”、その中指がウルカグアリーの首筋へすべりこみ。
「首刈り龍だよ」
 ずるり。斬り落とした。
「今である。中尉!」
『了解であります、少佐殿』
 ソーニャの“改2型”が、頭部を失くしたウルカグアリーの胴へ撃ち込まれた。

●一穴
 ウルカグアリーの欠片はソーニャによってアマルガム化され、カグヤのクリーンエリアをもって無力化された。
「これで近隣を封鎖する必要はなくなったかの」
 カグヤの言葉に、セシウムの染みた土砂を積んでいた佐千子がうなずいた。
「そうね。ただ、ウルカグアリーは本当に、ゾンビの変異実験がしたかっただけなのかしら?」
「そうではないでしょうけれど」
 ファリンがかぶりを振る。
 疑問に答えるウルカグアリーはいない。少なくとも、セシウムという“アバタ”を失った彼女が次の企みを進行するには時間がかかるはずだ。
「世論への対策で、ウルカグアリー様の目論見を潰せれば……」
 ファリンの言葉を引き継いだのはツラナミだ。
「あー、パフォーマンスの準備はできてる。元施設収容者の再検査が実施中だ」
 さらに央も。
「もうすぐ到着するH.O.P.E.の除染部隊に、俺たちも同様の検査をしてくれるよう頼んである。これでウルカグアリーの風評被害は潰せるだろう」
「ん、検査が終わったら……うどんも、出る……よ」
 エミルがサムズアップ。
 全行程はライブ中継され、「絶対の安全」をアピールする手はずが整っていた。

 果たして。撮影班の注文を受けながら安全をアピールするエージェントたち。
 同時中継されていた元施設収容者たちの検査も順調に進んでおり、画面下に映し出される番組公式HPへ寄せられたコメントも好意的なものばかりだ。
 これですべてが終わる。
 誰もがそう思っていた。
 あるコメントが映るまでは。

『愚神はウィルスを変異させられるんですよね? なら、施設から逃げてきた人にそういうウィルスが仕込まれた可能性は? 例えば潜伏型とか』

「……我が友の底意地の悪さは折り紙付きじゃな」
「ウルカグアリーが一般人を留めていた理由は、市民の口から“疑惑”を語らせるためであったか」
 カグヤに続き、ソーニャが苦いつぶやきを漏らした。
 ゾンビの喰い合いも強化型も変異型もセシウムも、それどころかウルカグアリー自身の能力すべて、ただのブラフでしかなかった。――「変質したゾンビウィルス」というありもしない疑惑を人間の内へばらまくための。
「これじゃ検査も中継も逆効果ね……」
 ため息をつく佐千子。
 その後方で、ギシャは“しろ”をつけた右手を握り、静かに開いた。
「次はもっとうまく殺すよ。ウルカグアリーが動くより速く。考えるより速く」
 それぞれの思いを込めて画面を見やるエージェントの内、ファリンは銀眼を閉ざす。
「ウルカグアリー様のブラフは暴きました。あの方の植えた疑惑という種が芽吹いたというなら……咲く前に蕾を刈りましょう」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141

重体一覧

参加者

  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
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