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エルフィングリーン
掲示板
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作戦、ですね。
最終発言2017/05/07 10:44:24 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/05/04 21:31:21
オープニング
●発覚
最初に見つかったのは鹿の遺骸であった。
「なんだこれ」
「鹿だな」
道道を塞ぐように倒れていた鹿の遺骸を見つけて車を降りたのは3人組の男達である。
ここはとある県境の山道。ちょっとした小旅行を満喫していた男達は幸いそれを踏みつけるより先に気付き、車を止めていた。
――いや、果たしてそれは幸運だったのか。
「野生の鹿だろうなぁ。轢かれたのかな?」
「いや、違うみたいだぞ」
男の一人が指さした先には鹿に突き立てられた一本の矢があった。
「んじゃ、狩りか」
「今時弓矢で? 誰が?」
ぼそりと呟く男の言葉に残る二人の脳裏に嫌な想像が浮かぶ。現代の常識から離れた者達。すなわち、愚神や従魔の存在である。
「いや……H.O.P.E.のエージェントは弓矢も使うって話だし……」
「英雄にもそういう人は多いって話だしな……」
一種の正常性バイアスの効果で『そうではない』理由を探し出し口にする男達。
「……でも、まあ……今日は帰るか」
「そうだな……」
しかし、男達は恐怖の方が押し勝った。
その鹿の遺骸に触れる事無く、男たちは車へ戻り山を下っていった。
彼らは賢明であり、そして幸運だった。
それはその後の出来事で証明されることになる。
●飲み込む森
「特定の山へ入った人が行方不明になっています」
開口一番ジェイソン・ブリッツ(az0023)はそう切り出した。
「まずは登山客数名が登山に入ったまま行方不明。さらにそれを捜索に出た地元の山岳会の方も戻りません」
プロジェクターに山の地図を表示させる。
「山に精通した山岳会の方が遭難する可能性は低く、何らかの事件性が起きてるのはまず間違いないでしょう。警察も愚神、従魔の関連を考慮し、我々に協力を要請してきました」
続いて地図の横に一体の鹿の写真が映り、同時に地図の一か所に赤く点が打たれる。
「行方不明事件が起きる前日に峠に一頭の鹿の遺体が確認されています。矢で射抜かれたもので、矢じりには毒が塗られていました。そして、ここ一週間でこの山で狩猟の申請が入った事はありません」
つまり、それは弓矢を扱う何者かが山の中にいる、という事に他ならない。
「愚神なのか、従魔なのか……あるいはヴィランや単なる人間の犯罪者、はたまた運の悪い事故という可能性も含めて、まだ不明な点が多いですが、今回の事件は我々H.O.P.E.で預かることになりました。この山の脅威を取り除いてください」
解説
●目的
敵の殲滅
●敵(すべてPL情報)
・ミーレス級従魔『エルフの弓使い』×10
ファンタジーで見かける『エルフ』の格好をした従魔です。
隠密と射撃に優れ遠距離から弓矢を放ってきます。
人型ですが愚神ではなく従魔でありコミュニケーションは不可能です。
毒矢を使用しており【特殊抵抗判定】で【BS減退(2)】を付与してきます。
・デクリオ級従魔『エルフの双剣使い』×3
隠密と俊敏性に優れ、一気に接近しての奇襲を得意としています。
攻撃力もそれなりにありますが、反面軽装で撃たれ弱い面もあります。
・デクリオ級愚神『エルフの呪術剣士』×1
魔力を帯びた剣を持ち、遠近両方で戦闘を行います。
【BS衝撃】を付与する近距離攻撃、【BS劣化(防御)】を付与する範囲攻撃などを行ってきます。
また、1mほどの短距離を瞬間移動する能力を有しています。ただし、連続では使えず1分ほどのクールタイムが必要なようです。
●状況
戦場は非常に広く、直径10kmほどの山の中全域になります。
中は鬱蒼とした森で、視界も足場も共に良好ではありません。
また、森に立ち入った時点で敵の魔法で感知されます。
敵の待ち構える場所へ乗り込んでいく形になるので、罠などの存在も考えられます。
リプレイ
●やる気
「ここが問題の森ですね」
立ち入り禁止のテープを張り巡らされた森の入口を望みながらアイリーン・ラムトン(aa4944)が言う。
「そうみたいだねぇ。これと言って変なところは見当たらないけど」
「まだ入り口ですからね」
ラムトンワーム(aa4944hero001)の言葉に灰堂 焦一郎(aa0212)が返す。
「何か気配は感じますか、ストレイド」
「何も。我は現れた外敵を滅するだけだ」
傍らに立つ鋼鉄の巨人ストレイド(aa0212hero001)に話しかけるが返事は素っ気ない。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「少なくとも、弓矢で歓迎する輩は出るな」
「もう少し穏便な歓迎を希望したいところだけどね」
ハットを抑えながら呟くベルフ(aa0919hero001)に九字原 昂(aa0919)が返す。
「弓矢には毒が塗られていたらしいな」
今回の事件の概要が書かれた資料に目を落としながら桜庭 燐(aa0523)が呟く。
「毒だね」
「毒だね~」
それに反応したのは白雲 夜美霞(aa3523)と待雪 雲瑠花(aa3523hero001)のコンビ。
髪の色以外鏡映しのようにそっくりな彼女達は並びならわずかに違う表情を浮かべる。
「……許せないね」
「ん~? あたしはベツに~、楽しければよし!」
真剣な表情を見せる夜美霞とは裏腹に雲瑠花はんーっと伸びをして緊張感を感じさせない。
「もう……」
その様子に夜美霞も毒気を抜かれた様子で溜息を吐く。
まあ、戦いは好きな彼女の事だ。心配はしなくても大丈夫だろうが。
「一般人が毒を使用した弓で狩りをするとは思えないな。ヴィランも可能性は低いだろう」
「なら愚神か従魔、またはその両方ですね」
顎に手を置き敵の考察をするのは月影 飛翔(aa0224)。その横には従者のルビナス フローリア(aa0224hero001)も控えている。
「弓を使うって事は人型の敵ってことかナ?」
「んー、それはどうだろうな。どこまでを人型とするかにもよるが」
続けたキトラ=ルズ=ヴァーミリオン(aa4386)の言葉にイフリート=ドラゴニア(aa4386hero002)が付け足す。
「というと?」
「腕が十本あったり、脚で弓を扱ったりするのも精霊や神々の間では珍しくないからな」
「……なるほどね。あまり決めつけも良くないネ」
イフリートの意見に素直に頷くキトラ。
「そうですね。精霊とは自由なものですから」
その話に乗ったのはパデーダ(aa4961hero001)。それにルイン(aa4961)も続く。
「ま、あたし達にとっても木ってのは結構神聖だ。何が出てきてもおかしくはないな」
「森は元来神聖なものです」
ディエドラ・マニュー(aa0105hero001)が隣に姿を現す。
「故に侵入を拒む者は古くより枚挙に暇がありません。しかし、今世においては調和こそが森の在り様。私はそれを信じ守りましょう。森の巫女として」
「今回はまた一段と入れ込んでいるな、ディエドラ」
ティテオロス・ツァッハルラート(aa0105)がアンニュイな表情を浮かべて歩いてくる。
「はぁ……いいかね、仕事が終わったら体は洗って返すのだよ。それから傷には気を付けてくれたまえね。私の身体なのだから」
「えぇ、えぇ、分かっていますから。少々私の勤めに付き合ってくださいな」
ここに来るまでも何度か話したのだろう。ディエドラにしては珍しく諫めるような口調で返す。
「ディエドラさんは森のいっぱいあるところから来たんだね。あたしの故郷も山だからさ。こういうところは得意だよ」
「ええ、よろしくお願いします」
そんな微笑ましい挨拶をするルインとディエドラを尻目に、乗ってきた車の影でうずくまる人影が一つ。
「マ、マジで行くのか弟者よ……」
「……兄者、任務も大分こなしてるのに、まだブルってるのか」
割と珍しい兄弟のエージェント阪須賀 槇(aa4862)と阪須賀 誄(aa4862hero001)である。
「しょしょ、しょうがないじゃまいか……」
「……ハァ。無理にとは言わんがな。今からでも帰るか?」
戦場を目の前にして急に襲ってきた恐怖に震える槇に弟の誄がそう提案する。
「……OK弟者、それはナシだ」
その言葉に縮こまっていた槇がすっくと立ちあがる。
「お、どうした急に」
「……時に恐らく、人死に出てるんだ、この件。人として……そんなの見過ごしちゃあ……だ、ダメだろ?」「OK、兄者。リアルサバゲ開始だ」
カッコつけながらも膝がガクガク震えている兄を見ながら誄が微笑む。
なんだかんだで最後には格好つけてくれる兄なのだ。それを誄は知っている。
「へぇー……お兄さん、良い人なんだね~」
「……うん、あたし達も小隊のよしみで、援護するよ」
「おや、夜美霞さんに雲瑠花さん。時によろしくお願いしますよっと」
槇の背後から雲瑠花と夜美霞が姿を現す。二人とは所属する部隊が一緒で顔は見た事があった。
「……そーだぁ~槇くん、仕事終わったらデートでもするゥ~?」
「――!」
いきなり夜美霞が後ろから槇にしな垂れかかる。
彼女の巨大な「質量」が槇の背中を圧迫した。
「あ、いや、あの――」
「こら雲瑠花、そう言うのはダメだって」
顔を真っ赤にしてフリーズした槇の様子に、夜美霞が叱りつける。
「うっさいなーヨミはぁ~、じゃ……宜しくネ」
不満げな顔をしながらも素直に従い、ウィンク一つだけを残して去っていく雲瑠花。
後には急な展開にポカーンとした兄弟だけが残された。
「弟者よ」
「OK、何だ兄者」
「今日は頑張れる気がする」
「絶対碌なことにならないパータンだ、これ……」
初っ端から不安に苛まれながら誄は溜息を吐いた。
●虎穴に入らずんば虎子を得ず
「この世界にも良い樹がありますね」
「そうですね。とても生き生きとしています」
「自然の赴くままに任せていた私達の森とは少々趣が異なりますが……これがこの世界の森との調和の在り方なのですね」
「なるほど、そうかも」
「OK、時にお二人とも。もう少しゆっくり歩いていただけませんか」
森トークで盛り上がるディエドラとルインに槇が思わず声を掛ける。
人数を二手に分けての行軍。こちらは積極的に探索し先行する班である。
その先頭には森を歩くのに長けた二人が道なき道を開拓しながら歩いていた。
「あ、すみません。ついいつもの癖で」
「敵の気配や罠には気を付けています。ご安心ください」
テヘっと舌を出すルインと対照的に臆面もなく真面目な顔で言うディエドラ。
「そりゃおまえ達は大丈夫なんだろうが、こっちは慣れない山道を敵と罠の両方を警戒しながら歩いてるんだ。少しは気を使ってくれ」
「これは失礼しました」
静かに息を吐きながら言う燐に素直にディエドラが頭を下げる。
「しかし、結構歩いたはずだが未だに仕掛けてこないな。臆したか、それとも……」
『まず間違いなく待ち伏せだろう』
「私もそう思います」
燐に続いたティテオロスの声にディエドラが答える。
「私達の戦士であれば……そうですね、例えば大樹あるような場所に誘い込み、罠を落とし、一斉射でしょうか。私は弓は苦手で“農具”ばかりでしたが」
珍しくばつの悪そうな顔でディエドラが目を伏せる。
『大樹、か。調べられるか、兄者』
「よーし兄者地図探しちゃうぞー」
槇が懐からスマホを取り出し、現在位置のGPSと地図を照らし合わせる。
「OK地図ゲット! んー、見たところここからそう遠くない所に結構密集して木が生えてるところがありますよっと」
「ん、槇さん、ちょっと見せて?」
槇の後ろから夜美霞がスマホを覗き込む。しばらくそれをじっと見つめたあと、数秒間だけ目を閉じ夜美霞が改めて辺りを見渡す。
「……なるほど、意図的に罠が薄くて通りやすいルートがあるね」
罠師のスキルで森に隠された罠の配置を確認しながら夜美霞がそう告げる。
「そうやって誘導して一網打尽ってわけね。……さて、どうする?」
ルインの問いに燐の口の端が薄く笑みを浮かべる。
「もちろん、招待してくれてるってんだから、応じてやらないとな」
麟のこの言葉に一同が頷く。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
ここから先は虎の巣である。
●隠密
《と、いうわけでこれから危険地帯に突入するからよろしくお願いしますよっと》
「分かりました。こちらも警戒しますが、見つけられるとは限らないので気を付けてください」
槇からの通信に昂が手短に返す。
こちらは班分けした後方で警戒する班である。
「手際よく見つけられるでしょうか」
「どうだろうな。ここは相手のテリトリーだ。森に入った時点でこちらの存在は発見されてると思った方がいい。そう簡単に見つけられるような敵ではないだろう」
不安そうなアイリーンに飛翔が答える。
「囲い込むのであれば頭上を確保しようとするでしょう。周辺の木々の上は特に注意ですね」
スナイパーゴーグルを覗き込み、周辺の木々の上を警戒しながら焦一郎が呟く。
「ある程度距離を取った所でこちらも樹上を確保した方がいいかもな」
「ふむ、それも一理ありますね。我々に今求められているのは動きやすさよりも索敵能力ですから」
飛翔の提案に焦一郎が同意する。
「僕は下で待機してようかな。その方が動きやすい。敵が見えたら教えてください」
「キトラもそうするヨ。じっと待つのはあんま性に合わないからナ」
「ではアイリーンも。前衛には回復が必要でしょうから」
昂の意見にキトラとアイリーンが乗る。
「大体方針は決まりましたね」
一同を見返し昂がこくりと一つ頷く。
「では、気を引き締めていきましょう」
外套や森林に迷彩したイメージプロジェクターなどの隠密装備がしっかり体が隠れていることを確認しながら、エージェント達は各々歩き出した。
●奇襲
「さて、この辺りから危険区域かな?」
木の密度が増してきたのを感じ取って燐が呟く。
『足元の草も増えてきて視認性が悪い。今までの管理された区域とは大違いだ。不自然だよ、これは』
「後から来たものがここを狩場と定め、草を育てたという事でしょうか。森の扱いに長けた者達ですね」
ティテオロスの警告を聞きディエドラが考察する。
「罠もいっぱいだよ。間違いなくここは『当たり』だね」
「なにそれこわい」
改めて罠師を発動した夜美霞の言葉に槇の身体が震える。
「ということは、近くに敵がいると思うんだけど……全然見つからないね」
ルインが注意深く辺りを見渡すが敵影らしきものを見つけることはできない。
「そっちからはどうだ?」
《残念ながらさっぱりと言わざるを得ませんね》
通信で後方班の焦一郎に問いかけるが返答は頼りない。
《しかし、優れたギリースーツを着た兵士は動かぬ限り見つけることはできないといいます。いる事は状況的にまず間違いないと思っていいかと》
「だろうね」
「如何いたしましょう? あえて罠に引っ掛かってみるというのも一つの手段ですが」
「いやいや、さすがに危険すぎるでしょ。ここは我慢比べで――」
と、そこまで槇が喋ったところでその耳に鋭い風切り音が届く。
「おわっ!」
それが何なのかを思考するよりも早く槇は身を屈める。
次の瞬間、槇の胸元を目掛けて矢が飛来した。
「いってぇぇ!」
「来たぞ、警戒しろ!」
一拍遅れて槇の口から出てきた悲鳴と燐の警告が同時に響く。
エージェント達が武器を構え見上げると同時に視界に入る追撃の矢。
「舐めるなよ!」
「こんなの!」
来ることが分かってさえいれば、そこまでの脅威ではない。生い茂る木々などを上手く盾にし、エージェント達が矢をやり過ごす。
「場所は分かる!?」
《見つけました。とりあえず見える範囲で5体。何れも樹木の上に陣取っております》
如何に従魔と言えど寝ころんだまま矢を放つのは困難である。
自然上半身が浮き上がり、遠目から観察していた焦一郎がそれらを発見した。
《何でしょうね、あれは。私はあまりそちらには詳しくないのですが、エルフ、と呼ばれるものに似ていると思います》
「――!」
焦一郎の報告にディエドラの表情が一瞬険しくなる。
「二射目来ます! 備えて!」
焦一郎の手引きで地上からも敵の姿を捉えたルインが叫んだ。その声に全員の視線が飛来する矢に備え上へあがる。
――その瞬間、夜美霞の背筋に怖気が走った。
「下に何かいる! 構えて!」
それはエージェントの勘。経験と技能が生んだほんの少しのライヴスの動きの観測による無意識の発露。
「――!」
その声に視線を下げると両手に剣を携えた一人のエルフが腰よりも低い姿勢でディエドラに駆け込んできていた。
「――くっ!」
下から救い上げるような剣筋をギリギリで何とか受け止める。しかし、それ故に矢への警戒が薄くなり、その肩に一本の矢が突き立てられた。
「貴方達! 何処の一族かは存じませんがこのハルゥプ神が巫女ディエドラが命じます! 即刻土へ帰り豊穣へと捧げなさい!」
「――」
剣士エルフは攻撃が防がれたと悟ると、まったく聞き取れぬ言語を発しながらすぐさま下がり、距離を離す。
「言語が異なりますか? 会話が不能ですか? 宜しい、そのまま黙して埋まりなさい」
ディエドラの目からスッと感情が消える。神の巫女として逆賊たる者達を粛正するスイッチが入ったのようだ。
「そっちは任せるぜ、ディエドラ」
ディエドラと剣士エルフが正対するのを見て燐がそう告げる。
「まずは俺達はこの邪魔な矢の雨をどうにかしないとな。阪須賀、立てそうか」
「OK、回復ゲット。流石だよな、オレら」
『俺らって言うかルインさんのおかげだけどな』
ルインから毒を回復してもらった槇が武器を片手に立ち上がる。
「ディエドラさんも!」
ルインは続けて同じく矢を喰らったディエドラへクリアレイを飛ばした。
《早急に数を減らしましょう。1体は私の位置から狙えそうです。他をお願いします》
『兄者、二時の方向に一つ、10時に2つだ』
「責任重大すぎワロス。もうね、アホかと。馬鹿かと」
焦一郎と誄の二人から同時に跳んでくる指示に、文句を言いながらも銃を構える槇。膝を立てた姿勢で狙うシッティングポジション。回避よりも命中精度を重要視した構えだ。
「よし、狙いをつけるための時間は……俺達で稼ぐぞ」
「OK! 任せといて!」
燐と夜美霞があえて目立つように大きく武器を掲げながら敵の方を見る。
(守るべき誓い……は射程外か。素で守るしかないな)
今ここで使っても範囲内にいるのは剣士のみ。あれのターゲットを自分に移してもあまり意味はない。
「さあ来い!」
夜美霞の気合に合わせたかのように飛来する矢の雨。
「ふん!」
燐と夜美霞は自分たちを狙う矢は華麗に避け、そして味方を狙う攻撃はしっかり防御し、斉射をやり過ごす。
『今だ、兄者!』
「……逝ってよし!」
《撃ちます……》
森に立て続けに射撃音が響き渡る。
「OK、流石だよな、オレら」
二人の弾丸は全て命中。樹上から計4体の従魔が力なく地面に落ちた。
「――」
「余所見をするとは愚かな」
包囲網の崩壊に動揺した剣士にディエドラが一瞬で距離を詰め、巨大な大鉈を振りかぶる。
「――!」
渾身の力で振り下ろされた鉈が剣士を武器ごと叩き潰す。
「豊穣の神へ祈りを」
そこからさらにグロウスヴァイルが火薬を炸裂させ、文字通りの木っ端みじんに吹き飛ばす。
「貴方の血肉は豊かな森の栄養となり、やがて全ての生命の支えとなるでしょう」
「うわぁ……」
そのまま神への祈りを捧げるディエドラに槇がドン引きした顔を見せる。
「――」
さすがに残る一人ではどうしようもないと悟ったのか、唯一残った弓兵が木から木へ飛び移りながらエージェント達から離れていく。
「撃つ?」
「いや、大丈夫。これがあるから」
槇の問いに夜美霞が肩にライヴスの鷹を乗せながら答える。その足には夜美霞のものらしきスマホが掴まれていた。
「それっ!」
その鷹を離し、エルフに悟られない様に気を付けながら後を追わせる。
《逃げようとも逃げ切れるようなものではありません。あの敵はすでに『網の中』です》
意味深に呟く焦一郎の言葉が傷を癒すエージェント達の耳に届いた。
●追撃
「っしゃオラァ!ナマっチぃぞコラあ!」
「ちょ、雲瑠花……」
これ見よがしに大声を出しながら逃げるエルフを追う一同。声を出しえるのは主に夜美霞……いや雲瑠花だが。
「露骨すぎませんか?」
「これくらいの方が意外と効果があるもんだぜ」
頬を掻きながら呟くルインに燐が返す。
「――」
とそこで今までずっと背を向けていたエルフが足を止め、こちらを振り向く。
「ようやくゴールかな、っと」
『油断するなよ、兄者。足を止めたという事は迎撃する算段があるという事だ』
誄の言葉を裏付けるように、立ち止まったエルフの後ろから三つの人影が現れる。
「我が森に足を踏み入れるものに平等なる死を」
その中心にいる人影がここに来て初めて意味のある言葉を喋る。
他のエルフとは明らかに服装の装飾が違う。そして、持つ武器も他のエルフよりも長い長剣が一振り。
「喋れるって事は……」
『ええ、従魔でなく愚神。そして恐らくは彼らのボスでしょう』
ルインの呟きにパテーダが続く。
「ここは貴方達の森ではない。侵入者は貴方達の方です。速やかに土へ還りなさい」
「我がいる森こそ聖域の森。故にここは我らが聖域である」
「んー、聞く耳持たずって感じね。分かってたけど」
会話が成り立ってそうで微妙に成り立っていない相手の返事を聞いて夜美霞が肩をすくめる。
「全ての者に――」
エルフの長が片手を挙げる。それと同時に、遠方の木々の数カ所が慌ただしくうごめき、弓を構えたエルフが姿を現す。その数5体。
「まだこれほど……!」
長が攻撃の合図の為、手を振り下ろさんとし――
《いつまでも自分が狩る側だと思いましたか?》
それに割り込むように昂の声がエージェント達の耳に届いた。
●攻防
気配を消して弓を構えるエルフのすぐ後ろまで接近していた昂は、氷のようなきらめきを纏う刃で容易くその首を絶った。
『耳長相手に、森の中で背後をとれりゃ及第点だ』
「それは行幸だね」
敵の無力化を確認すると、素早く木から降り立つ。
「よっしゃあ、開演のファンファーレだヨ! くらいナ!」
『射角60・9時方向。遮蔽を感知』
「弾頭転移を」
さらに離れたところにいた弓使いをキトラと焦一郎がそれぞれ一体ずつ仕留める。
「脆い脆い! かくれんぼしか能がねぇチキンかヨ!?」
「今だ、乱戦に持ち込む!」
奇襲によって生まれた敵陣の隙に、燐が号令をかけ、先行班が一斉に敵の集団へ駆け込む。
「前線を作れ。身を捧げよ」
長の指示に従い、双剣使いのエルフが二人エージェント達に突撃する。
「おまえ達の相手は俺だ……、来い!」
燐が守るべき誓いを発動させ、迫りくる双剣使いの攻撃を自分に集中させる。
「援護します! 展開しろ、ライヴスフィールド!」
ルインの張った結界がエルフの剣士たちのライヴスを乱す。
「ふん……融けよ」
長が剣を横に掲げ、そこから前方広範囲に渡り強烈な風を吹き付ける。
「これは、魔法……!」
吹き付ける風に含まれるライヴスを感じ取りディエドラが呻く。
「死すべき運命に抗うな」
長が、さらに追撃の構えを取る。
「そうそう好き勝手にさせるか」
しかし、その背後から飛翔が巨大な大剣を構えて迫る。
「もらった……!」
会心の手応え。ほぼ真後ろから棒立ちのところを横薙ぎに一閃。避けられるようなタイミングではなかった。
――はずだった。
「何!?」
しかし、大剣が長に当たるその瞬間、長の身体が目の前から消失する。
当たるはずだった渾身の一撃が空振りし、飛翔の身体が大きくバランスを崩す。
「死ね」
「月影君!」
飛翔の背後から長の剣が振り下ろされるが、それをアイリーンが寸でのところで割り込み盾で受け止めた。
「くっ!」
「ちっ」
反撃が失敗に終わった事を悟った長が後ろに下がり距離を取る。
「すまない助かった。大丈夫か」
「は、はい、大丈夫です」
強い衝撃にしびれる腕を振りながらアイリーンが答える。
「今のは……瞬間移動って奴か、厄介な」
今の攻防を思い返し、最も可能性の高い選択肢を判断する。
『近接戦で瞬間移動は厄介です。今は相手の情報を集めましょう』
「ああ」
ルビナスの忠告に素直に頷き、慎重に構える。
「私も加勢いたします。同じ森の民として許すわけには行きません」
飛翔の隣に並ぶのはディエドラ。燐が敵を引き付けている間にこちらへ走って来たらしい。
「この聖域に入る者に死を……」
うわ言のようにぶつぶつ呟きながら長は再び剣を構えた。
●蝶のように舞い、蜘蛛のように絡めとる
「ほらほら、こっちこっち!」
翻弄するようにあえて敵に過剰に接近しながら夜美霞が舞うように体を動かす。
「――」
剣士の剣閃もかなりの速度であるが、時には木々を盾にしながら彼に避ける夜美霞を取られられずにいた。
(とはいえ、あたしじゃちょっと決定力不足かな……)
敵の隙を突いて夜美霞の方からも時たま攻撃を仕掛けるが、敵も然るもの。きっちりその双剣で受け止められている。
つまり、互いに決め手に欠ける状況に陥っているといえた。
(もう少し……)
しかし、夜美霞もただ闇雲にこのような状況を作り出したわけではない。彼女には目指す場所があった。
少しずつ悟られない様に、敵の攻撃を避けながら誘導していく。そして――
「OK! その命貰いますよっと!」
ある地点に剣士が踏み込んだ瞬間、その足元から突然槇の声が響く。
――罠だ!
そう、判断し剣士が足元からくる衝撃に備える。
《なーんてね。時におたく等が森に強くても……森にこれはないだろってね》
しかし、そこに槇の姿はない。あるのはただの通話中になっているスマホが一台。
「ハッハァ! 隙だらけだ、オラァ!」
完全に夜美霞から目を離してしまっていたその胸に彼女の小太刀が突き刺ささり、剣士のその場に崩れ落ちるのだった。
●よろめき
「焦一郎! 最後のは任せるヨ!」
《御意。お任せください》
《システム・索敵モード。決して逃がさぬ》
焦一郎と協力して弓使いの数を減らしていたキトラが、残る一体が距離を取ろうと戦場から離れたのを機にそう叫び、乱戦となっている戦場へ駆ける。
「やっぱりキトラはこっちの方が性にあうヨ!」
武器を銃から大剣に持ち替え、駆け寄りざま双剣使いに斬りかかる。
「おらぁ!」
「――!」
ギリギリで双剣をクロスさせそれを受け止める従魔。
「桜庭君、今の内に回復を」
「……ありがとう」
キトラの乱入に出来た隙に、ルインが後ろから燐を回復する。
「キトラ、だっけ。ようやく来たか、待ちくたびれたぜ」
「そいつは悪かったナ。遅刻した分はきっちり取り返すゼ」
「ま、二人でもギリギリ何とかなりそうなレベルだったから、おまえが来てくれたんなら一瞬だ。……さっさと片付けるぞ」
「OK」
そうと決まれば善は急げだ。
キトラは一瞬で双剣使いとの距離を詰め、大剣に渾身の力を籠め横薙ぎにフルスイングする。
「どらぁ!」
「――!」
何とか受け止めるものの抑えきれるようなものではない、双剣使いの態勢が大きくよろめく。
「そらっ、背中ががら空きだ!」
その間に後ろに回り込んだ燐が背中側から斬りつける。
背中に斬撃を受けた双剣使いが前方へたたらを踏んだ。
「これで……」
そこに待つのは改めて大剣を振り上げたキトラ。
「終わりダ!」
振り下ろされた大剣の一撃は防御の暇すらなく、その体を真っ二つに切り裂いた
●
「踏ん張ってください、エーマジェンシーケア!」
「助かる!」
手傷の増えてきた飛翔にアイリーンからの回復が飛び、その傷を癒していく。
『……おおよその状況は掴めてきましたね』
「ああ……」
先ほどの攻防から今までの間、飛翔は隙の大きな攻撃は避け、敵に対するけん制に徹してきた。それによって敵の情報を集めようという判断だ。
その甲斐あって、最も厄介な能力である瞬間移動に関してはある程度その傾向が掴めてきた。
「ディエドラ」
共に戦線を張っているディエドラに声を掛ける。
「あいつの瞬間移動だが……」
「はい、とても厄介です。強敵と言えるでしょう」
「ああ、だが一つ戦って分かった事がある。奴の瞬間移動にはインターバルがある」
「インターバル……」
それが飛翔の結論だった。
この攻防の中で何度か長に対して致命的とまでは行かないまでも攻撃が当たったタイミングがある。
それは瞬間移動をした直後の攻撃だ。つまり、あの瞬間移動は連続では使えず、使った後にしばらくのインターバルがあると飛翔は踏んでいた。だから、攻撃を避けきれず当たったのだ。
「何をぶつぶつと喋っている」
長の剱から火の玉が現れ、二人の方へ飛来する。
「そこを狙うぞ!」
長々と相談している暇はない。短くそれだけ叫び、その火球を避け二手に分かれる。
「行くぞ、エルフの長!」
回避し跳んだ勢いのままに近くにあった木を蹴りつけ、飛翔が跳躍する。
「愚かな……死すが良い」
剣を構え落下してくる飛翔を迎撃しようと長が剣を構える。
「――!」
しかし、そこへ横から飛来した鋼線付きの一対のナイフ――ハングドマンが長の両手を拘束した。
「僕の事、忘れてました?」
それは敢えて潜伏し機会を窺っていた昂の投擲したものだった。
「もらった!」
動きを制限され、飛翔の攻撃に対する対処を失う長。
(となれば――)
予想通りである。飛翔の剣が長に到達する寸前にハングドマンの拘束の中から長が消える。
同時に長が姿を現したのは大鉈を構えるディエドラの背後。
「死ね」
長の振るう長剣がディエドラの身体を捉える。
「必ず――」
しかし、ディエドラは狼狽えない。最初からそうなる事が分かっていたかのようなよどみない動きで大鉈を横薙ぎに振るい、長の身体を大きく跳ね飛ばす。
「瞬間移動であってもその剣で攻撃するのならば必ず近くにいます。ならば当てられる」
「うっ――ぐ」
メーレブロウで跳ね飛ばされた長が、無防備な体勢で後ろによろめく。
「避けてみろ、エルフ。続けざまに瞬間移動できるのならな」
すかさす駆け込んだ飛翔が全身のライブスを大剣に籠め、必殺の一撃を振りかぶる。
「おのれっ……侵入者ごときが……!」
「先ほど言いました。侵入者は――」
「お前だ……!」
飛翔の続けざまの三連撃がエルフの長を細切れにして滅ぼしたのだった。