本部

古城に眠る鉄の処女

中臣 悠月

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/19 20:34

掲示板

オープニング

●中世の城と観光客
 ヨーロッパのとある国。
 中世の面影を残す巨大な石造りの城は、現在では歴史博物館として利用されている。
 中世ヨーロッパの風俗や歴史を追体験できるとふだんから人気の観光名所であるが、この秋は中世の拷問具が展示される特別展が行われるということで、いつにも増して世界各地から観光客が引きも切らずに訪れていた。
「はい、皆様~、右手をご覧くださいませ。こちらに見える古城は、12世紀頃に建てられた歴史的価値の高い建造物です」
 城の脇にあつらえられた駐車場に、次々と大型バスがやって来ては、ガイドが解説をしながら観光客を城の内部へと連れて行く。
「お城というと、貴族や王族の居城として舞踏会が開かれるようなきらびやかな建物をイメージされる方も多いかもしれませんが、この時代のお城というのは、敵の攻撃を防御するための要塞機能を兼ね備えた建物になっております。それでは、ただいま期間限定で行われております特別展にご案内いたします」
 観光客は地元ヨーロッパだけではなく、世界各地から訪れていた。
「どんなものが展示されているんだろう」
「楽しみだなあ」
 様々な国籍の人々が、次々と城の内部へ呑み込まれて行く。

●拷問具博覧会
「こちら、ふだんは入ることのできないお城の地下になります」
 拷問具の特別展示は、城の地下1階部分を利用して展示されていた。
「ここには、地下牢もございますから、実際に拷問が行われた場所で拷問具を見ることができるという趣向になっております」
 観光客たちは、ガイドに続いて城の石段を降りていく。
 まるで、ダンジョンに潜るパーティーのようだ。
「さて、こちらは辱め用の鉄の仮面が並んでおります。たとえば、おしゃべりな女にはこちら、舌が長く伸びたマスク。内側には、口にかませる猿ぐつわとなる部分があり、辱めるだけではなく装着すると、実際に話ができないように……、えっ!?」
 そのとき、展示されていた仮面が重力に反してふわりと空中に浮いた。
 そして、先ほどまで解説を続けていたガイドの顔面にピタリと吸い付く。
「ガ、ガイドさん!?」
「大丈夫ですか?」
 ツアー客たちは、慌ててガイドを取り囲み、仮面を引きはがそうとした。
 しかし、猿ぐつわ部分がしっかりと固定されてしまっているのだろうか。力を込めてもはがすことができないどころか、仮面はピクリとも動かない。
 しばらく呻いていたガイドはまるで貧血を起こしたかのように、突然その場にくずおれた。
「これは……、もしかして従魔?」
 能力者とおぼしきツアー客がポツリと呟いたとき、先を行く別の団体からも悲鳴が聞こえて来た。
「きゃあああーーー、仮面が飛び回って……!」
「やめてくれ、助けてくれ、ムチがぁ!」
 地下室の奥から、避難口を求めて観光客が次々と逆行してくる。
 さらに、彼らを追うように、仮面やムチが空中を鳥のように飛び回っていた。
 運悪く掴まってしまった者は、先ほどのガイドのようにその場に倒れる。
「やはり、ライヴスを集めるために……」
 能力者とおぼしきツアー客は、唇をかみしめていた。

●眠りから覚めた鉄の処女
 たまたま観光に訪れていた何人かの能力者たちが、それぞれ戦闘に入ろうとしたときだった。
 地下室の更に奥から、人ではない何か黒い塊が、ズシンズシンと音を立てて、近付いて来る。
「あれは……、鉄の処女よ! 危ない、逃げないと!」
 どこかの国のガイドが叫んだ。
 その黒い塊は、人間よりも一回りほど大きい人型の鉄の人形だった。
 しかし、ふつうの人形ではない。
 胴体部分が観音開きに開かれており、内部に無数の針が仕掛けられているのが見える。
「あれは、血を絞り出す拷問具よ!」
 先ほどのガイドが叫ぶ。
 しかし、拷問具が一人で勝手に動くことなどあり得ない。従魔でなければ。
 しかも、ただの鉄の塊があのように微笑むことなどあり得ない。
「これは、一人ひとりバラバラに戦っていたのでは分が悪い。おそらく、あの鉄の処女が仮面やムチの雑魚たちの指揮を取っているに違いない」
 能力者の一人が呟いた。
 それを聞いたガイドたちは、逃げるのをやめ観光客たちに向けて叫んだ。
「お客様の中で、ライヴスリンカーの方はいらっしゃいませんか!?」
「ライヴスリンカーのお客様はこちらの旗の下にお集まりください!」
 ガイドたちの必死の呼びかけに応えるように、少しずつ、能力者たちがとある旅行会社の旗の下に集まり始める。
「ガイドさん、あとは引き受けました。観光バスの無線でHOPEにも連絡して応援を頼んでください」
「わかりました! 頼みます!」
 ガイドたちは、数名の能力者を残し、地下から待避した。
「中世の城、その地下通路に従魔って……、ダンジョンRPGか?」
 能力者たちは呟きながら、戦闘態勢に入った。

解説

●目標
 従魔の殲滅と生存者の保護

●登場
デクリオ級従魔『アイアン・メイデン』
「鉄の処女」という拷問具を依り代とした従魔で、身長約2メートル、鉄でできた女性の姿をしている。
 古城地下のミーレス級従魔たちを指揮。
・物理攻撃「ぶつかり」
 近接対象。全体重をかけるようにぶつかってくるが、動きは鈍い。
・物理攻撃「抱きしめ」
 近接対象。抱きしめて全身に針を突き刺す。
 BS「拘束」を付与するとともに、流血が止まらなくなり、BS「減退」を付与。拘束から逃れない限り、毎ターンダメージを受け続ける。

ミーレス級従魔『猫鞭』×8
 拷問具「猫鞭」を依り代とした従魔。
 長さ60センチメートルの柄。鞭も長さ60センチメートルで9本に分かれている。鞭部分は麻縄で作られ、先端部分に星のように尖った鉄の塊が付けられている。
 非常に素早く空中を飛び回り、物理攻撃を仕掛ける。現在は、地下通路の中央から入り口付近にいる。

ミーレス級従魔『スコールド・ブライドル』×8
 鉄製の拷問具「おしゃべりな女のための仮面」を依り代とした従魔。
 素早く空中を飛び回り、人間の顔に貼り付き対象のライヴスを奪う。現在は、地下通路の中央から入り口付近にいる。

観光客とガイド×数人
 『スコールド・ブライドル』に貼り付かれてライヴスを奪われ倒れているガイドと観光客が数人、入り口付近にいる。

●場所
 ヨーロッパ、12世紀頃に建てられた石造りの古城。
 城全体の大きさは、東西に約400メートル、南北に約170メートル。
 地下は、城全体の大きさとほぼ同じだが、一部、牢屋となっている(現在は使用されていない)。
 時間帯は日中。天気は晴れ。展示品を傷めない程度の弱い照明が点けられているが、窓はなく、外よりはかなり薄暗い。ダンジョンのように点在する展示室を通路が結ぶ。
 PCは、観光客として地下室にいた能力者、応援にやって来た能力者、どちらを選んでもかまわない。

リプレイ

●とんだ休日
 ヨーロッパのとある国。
 中世の面影を残す巨大な石造りの城は、現在では歴史博物館として利用されている。特に、この秋は中世の拷問具が展示される特別展が行われるということで、いつにも増して世界各地から観光客が引きも切らずに訪れていた。
 その中には、ふだんはライヴスリンカーとして活躍しているメンバーが休日を楽しむ姿も見える。
 拷問具の数々を興味深そうに眺める客が多い中、展示品に目もくれず、ただぼーっと観覧順路に従って歩いているだけの少女は、佐藤 咲雪(aa0040)という。英雄であるアリス(aa0040hero001)に、
「社会科見学のためですよ」
と無理矢理連れ出されたのだが、目は開いているのかいないのかわからない半目状態。やる気の欠片も見られない表情である。
「咲雪ッ、せっかくの機会なんだからちゃんと目を開いて見なさい」
と、アリスに注意されてもまったく改善する気はないようで、
「……見るの……めんどくさい……」
と気だるげに答えるだけである。
 倉内 瑠璃(aa0110)も、他の観光客と違い、展示物に対して微妙に距離を置いている。しかし、それは拷問具に対する恐怖心によるもののようだ。一方で、彼の英雄であるノクスフィリス(aa0110hero001)は、妖艶な笑みを浮かべながら、そんな瑠璃の様子も拷問具も楽しそうに眺めていた。
 ノクスフィリスの黒く長い髪も、黒いゴシックな雰囲気のドレスも、城の地下室と拷問具というシチュエーションにピッタリとマッチしている。それもそのはず、ノクスフィリスは見た目こそ人間と変わらないが、元いた世界では魔族に分類される存在なのである。
 ちなみに、瑠璃もノクスフィリスも一見したところ、中性的、もしくは女性に見える容姿であるが、れっきとした男性である。

 豊聡 美海(aa0037)とその英雄であるクエス=メリエス(aa0037hero001)が展示品を眺めていたところ、
「きゃああーー」
「助けて!」
という複数の悲鳴が、突如、展示室に響き渡った。
 展示品が拷問具というホラーテイストのものゆえ、悲鳴を上げる客がいても不思議はない。しかし、その悲鳴は明らかに救援を求める悲鳴だった。
「クエスちゃん、行ってみよう!」
 美海とクエスは、悲鳴の元へと走った。
 そこで二人は信じられないものを目にすることになる。
 仮面やムチが空中を鳥のように飛び回り、人々を次から次へと襲っているのである。
 仮面が顔に貼り付いたまま倒れている女性もいる。その周囲に群がる人たちは、仮面を無理矢理引きはがそうとしているようだが、それはビクともしない。
 そうこうしているうちに、助けようとする人々の元にムチがやって来て、空中から攻撃を始めていた。
「痛いっ!」
 見えない誰かが操っているかのように、ムチは的確に人の身体を傷つけていく。
 そのムチは縄部分が9本に分かれていて、すべての先端に尖った鉄の塊が付けられているため、先端が人体に触れると肉をえぐるようにダメージを与えるのだ。
「どうやら拷問器具が従魔と化しているみたいだね。早くしないと観光客たちが危険だ」
と言うクエス。それに対し、
「応援の人たちも来ると思うし、まずは美海ちゃん達でなんとかしよう! 観光客とガイドさんを助けるところからだね」
という美海の言葉にクエスも頷いた。

 同時刻。
 橘 雪之丞(aa0809)は、ほぼすべての展示品を見終わり、最奥に展示されている鉄の処女を見ようと近付いていたところだった。
「まったく、人ってえのは。こんなに恐ろしいモノを作り出せるだなんて、あたしは呆れっちまうよ。ねぇ、トリの字?」
と、英雄であるトリシューラ スプリガン(aa0809hero001)の方を向いて話しかける。
「……」
 雪之丞はトリシューラの視線を追う。
 目の前の、鉄の処女がズシッズシッと音を立てながら、雪之丞の方に向かって歩いて来る。「歩いて来る」と言っても、もちろん拷問具である鉄の処女に足などあるはずもない。
「雪………」
 トリシューラが雪之丞の前に立ちはだかった。
 人間よりも一回りほど大きい人型の鉄の人形だが、195cmという巨躯を持つトリシューラに比べれば、鉄の処女の方が小さく見える。
 しかし、開かれた胴体部分に無数の針が仕込まれているのを見ると、雪之丞ものんびりトリシューラに庇われているばかりではいられない。
「あれは、血を絞り出す拷問具なのよ! 動くなんて……」
 雪之丞の背後で、どこかの国のガイドが叫ぶ。
「雪………」
 心配そうに、トリシューラが雪之丞を振り返る。
「はいはい。判ってますよ。あたしだってあんなののハグやキスなんて御免ですよ。トリの字こそ、そこらの年代物を壊さないでおくれよ」
と、雪之丞は戦闘態勢に入ろうとしながら、ガイドに向かって
「ガイドさんは逃げてくださいよ。こいつは、従魔ですからね。あたしらリンカーに任せてくださいよ」
と、啖呵を切る。
 ところがそのとき、背後の入り口付近からも複数の悲鳴が響いて来た。
 従魔は、目の前の鉄の処女だけではない。この展示室に複数存在するようなのだ。
「これは、あたしらがバラバラに戦っていたんじゃ分が悪いようだね、トリの字?」
「……」
 トリシューラが鉄の処女の体当たりを受け流しながら頷いた。
 2人のやりとりを聞いていたガイドたちは、観光客たちに向けて叫んだ。
「お客様の中で、ライヴスリンカーの方はいらっしゃいませんか!? ライヴスリンカーのお客様はこちらの旗の下にお集まりください!」
 必死に叫ぶガイドたちに向かって、雪之丞は言う。
「こいつはあたしらが足止めしときますよ。ガイドさんたち、他のリンカーが見つかったら、あっちの悲鳴が聞こえる方に誘導お願いできますかね?」
 ガイドたちは頷き、呼びかけを続けつつ走って行った。そして、彼女たちの必死の呼びかけに応えるように、少しずつ、能力者たちがガイドの旗の下に集まり始める。

 ガイドたちの呼びかけを聞いた咲雪は、目の前の状況にうんざりしたように顔をしかめた。
「……ん、他の、人にまかせ……」
 そう言いかけた咲雪の頭を、アリスが拳骨を振り下ろし黙らせる。
「……痛い」
 少し涙目になった咲雪は、アリスを上目遣いに見やる。
 アリスはその顔に笑みを浮かべていた。ただし、目は笑っていないが。
「他の人に任せる?」
 アリスが口だけで笑う。
「……ん、なんでもない。やる」
 咲雪は戦闘に加わるため、呼びかけるガイドの元へと仕方なく歩き出した。

 瑠璃は、ガイドに向かって走りながら、ノクスフィリスに向かって文句を言う。
「フィリスに無理矢理このツアーに参加させられたけど、ただでさえ怖いモノが余計に怖くなっているじゃないかっ!」
「何を仰いますか。私はラピスラズリ様に素直になって頂こうとこのツアーにお誘いしたのですよ?」
と、ノクスフィリスは心から楽しそうに笑みを浮かべる。
「素直になるのと拷問器具に何の因果関係があるんだ!?」
 ノクスフィリスの言葉に不安を覚えたように、瑠璃は尋ねる。
「さて、それはお考え下さいませ」
 ノクスフィリスはさらに楽しげに声を上げて笑っている。
 瑠璃はノクスフィリスにもっと文句を言ってやりたかったが、今は人命救助が第一、と旗を目指し走った。

 個別に救助を始めていた美海とクエスの耳にも、ガイドの声が届いた。
 周囲にいた人たちを出口に誘導してから、美海たちはガイドの元へと走る。
「ガイドさん、あとは美海ちゃんたちが引き受けました! H.O.P.E.にも連絡して応援を頼んでもらってもいいですか?」
 ガイドたちは頷き、自力で歩ける生存者たちを誘導しながら、数名の能力者を残し地下から待避していった。

●応援組、合流!
 緊急の救援要請を受けたH.O.P.E.は、すぐに出動可能なリンカーたちを集め、急ぎ現場へと向かった。
「カトレヤさんと尋さんに頼まれていた、現場の詳細な見取り図やパンフレットが届きました。みなさんの端末に転送します」
 H.O.P.E.職員の言葉に、各自タブレットやスマートフォンなどで資料を確認し始めた。
 右目を眼帯で隠したグラマーな美女、カトレヤ シェーン(aa0218)は、端末を確認しながら、
「拷問器具ね、いい趣味とは言えんな」
と、呟く。
 端末を必死に覗き込む八風 尋(aa0065)の隣に座る英雄のファル・フェイリー(aa0065hero001)は、
「中が薄暗いそうですので、身に付けられるライトを現地で合流する能力者を含めた数用意しておきたいです」
と、H.O.P.E.職員に依頼する。さっぱりとしたショートカットで少年のような尋に対し、尋よりも小柄で少し長めの緑の髪のファルは一見少女のように見える。
「こちら頭に装着できるライトです。ご希望の方はどうぞ。それと現場の状況です。『鉄の処女』はデクリオ級従魔で展示室の最奥にいます。展示室の中央から入り口にかけて飛び回っているミーレス級従魔が『猫鞭』と『スコールド・ブライドル』です。現在、英雄を含め4組のリンカーたちが抗戦中。現場には、怪我で避難が遅れている一般人が残されているとのこと。彼らの保護と、従魔の殲滅をお願いします」
 案内図に一通り目を通しながら、H.O.P.E.職員の言葉を聞いていたシルヴィア・ティリット(aa0184)は、
「まずは一般人の保護と避難誘導を優先、一般人の避難が完了するまで敵への攻撃は牽制を中心にするね。ヴァレ姉、あたしの見えないところに逃げ遅れた人たちがいたら教えてね」
と英雄のヴァレリア(aa0184hero001)に言う。
「不慮の事態は避けたいものね」
と、ヴァレリアも首肯した。
「仲間と合流したら、一般人の救出が最優先だね」
と、尋もシルヴィアの作戦に同意する。
 カトレヤの英雄である王 紅花(aa0218hero001)は、赤い髪を揺らしながら
「おぬしは、どうするのじゃ」
と、無邪気に尋ねる。
 カトレヤは、
「まずは、生存者の保護に俺も賛成だ。それと、怪我人がいるんだな。救急車の手配を頼めるだろうか?」
と、H.O.P.E.職員に依頼した。
 皆が忙しく準備に勤しむ中、悠然と展示物の写真ばかり眺めているのは、ティテオロス・ツァッハルラート(aa0105)だ。
「これと言って目ぼしいものがないわけでもないが……」
と、その赤い瞳を輝かせながらブツブツと呟いている。これから救援に向かうリンカーというよりは、骨董品の買い付けに向かう古物商のような台詞である。そんなティテオロスに奇異の目を向ける周囲の視線に気付いた英雄のディエドラ・マニュー(aa0105hero001)は、
「ティティ、どうやら買い付け気分では居られぬようですよ」
と諫めた。

●現場に突入!
 H.O.P.E.車輌が現場に到着すると同時に、地下室の入り口を目指し一斉に走り出すリンカーたち。そんな中、ティテオロスだけは物見遊山気分でのんびりと歩いている。
「この城の佇まい、なかなか趣深い代物のようだ。重畳、重畳」
 美しいものを愛でること、そしてその美しいものを磨き上げることがティテオロスの最大の趣味なのである。今回の依頼を受けたのも、人命救助や従魔殲滅より何より、12世紀頃に建てられたと伝わるその城の景観の美しさを、自らの目に焼き付けておきたいと望んだためだった。
 ディエドラに引きずられるようにしてようやく城の地下室にたどり着いた後も、
「拷問具が自ら獲物を選ぶとは……いや、剣呑、剣呑」
などと呟きながら、展示された品々のひとつひとつをじっくりと眺めながら歩いていた。

 一方、入り口付近。地下室に走り込んだシルヴィアとヴァレリア、そしてカトレヤと紅花、尋とファルは、従魔たちを牽制しながら一般人の避難を誘導している美海とクエスに合流した。
「応援、来てくれたんですか?」
 美海は合流した仲間たちに礼を言いながらも、ライオットシールドを激しく突き上げるようにして空中からの敵の素早い攻撃を防いでいる。さらに盾によるダメージで動けなくなった敵を剣で突き刺す。そういった一連の動きを繰り返すことで、一般人に空中の従魔が近寄らないようにしているのだ。
「本格的な戦闘に入る前に、一般の人たち全員の安全を確保しながら行動した方が良さそうだね」
 戦いながら美海はクエスや合流した仲間たちに話しかける。
「大分わかってきたじゃないか」
と、クエスが美海を褒める。
「小さい英雄さんのおかげかな! 美海ちゃんも日々進歩してるのです!」
「小さいとか言うなって! 褒めた分を返せっての!」
 子どもにしか見えない身長のクエスだが、実年齢は17歳である美海の倍近い。
 しかし、そんな美海たちの掛け合いも、他の仲間たちの耳にはもう届いていない。それぞれ、この場をどう切り抜けようかと素早く思案し、行動に移し始めている。
「俺が退路を開く。邪魔する雑魚従魔は、生存者に近づけないように陽動する」
とカトレヤ。
 シルヴィアも、
「避難が完了するまでは敵への攻撃は牽制を主にして、時間を稼ぐのを第一とするのが最善策だよね」
と頷く。
「じゃあ、うじゃうじゃ飛び回ってる鞭みたいな敵の始末は私に任せてよ!」
と、尋。
 折しも、急に増えたリンカーたちを攻撃するためか、猫鞭が3体飛んで来る。尋はすかさずグレートボウで打ち落とした。
 それでは息絶えなかったのか、床でバタバタと苦しがっている。
「今は必ずしも倒す必要はない、一刻も早く生存者を避難させるのが先決だ」
とカトレヤは言いながら、三叉の槍のトリアイナで猫鞭を突くと、そのまま器用に回転させムチの部分を巻き上げる。そして、攻撃の自由を失った猫鞭を、そのまま人がいない空間へと放り投げた。
「こんなふうにまずは道を作るだけでいい。それと、自力で動ける者はいるか? もしいるなら、動けない者を担いで行ってほしい。殿(しんがり)は俺が務めるから安心して避難しろ。行くぞ!」
 カトレヤの指示に従って、逃げ遅れていた軽傷者たちが出口に向かって歩き始めた。
 尋もグレートボウで近寄って来る空中の敵を撃ち、退路を開く手助けをする。
 そんな中、避難を始めようとした一人の男性が、仮面がついたままのバスガイドを抱き上げて運ぼうとした。
「とりあえずその仮面を引っぺがさないと!」
と、美海が男性を止める。
「しかし……、大の男が何人かかってもこの仮面をはずすことはできなかったんですよ」
 そう言いながら、男性は周囲のリンカーたちを見回す。
 カトレヤは、
「物理的に力をかけてもはがせないということは、それ以外の力で貼り付いているのではないか?」
と、その男に反駁する。
 紅花が
「それはどういうことじゃ?」
と、カトレヤに尋ねる。
「ライヴスを奪われ続けている、つまりはバッドステータス状態にあるんじゃないか、ということだ」
 言いながらカトレヤは片手で仮面を掴み、状態異常を修復するクリアレイを使用した。
 しかし、仮面は貼り付いたまま、バスガイドの意識も戻らない。
 困惑する輪の中に、長身の女性が近付いて来た。
 既に城の中で、時間稼ぎのために戦っていたようだ。英雄との共鳴は済ませている。
「俺は、ラピスラズリ・クラインだ。俺に考えがある」
 実は、この女性の正体は瑠璃である。もともと女性的な顔立ちの瑠璃だが、ノクスフィリスと共鳴すると、完全に女性化してしまうのだ。
「その仮面、ガイドの説明によると『おしゃべりな女』を戒める拷問具だそうだ。なら、俺がこのガイドよりも『おしゃべりな女』になれば、仮面ははがれて俺の方にやって来るかもしれない」
 説明する瑠璃に、皆が頷いた。
「あたしもその意見に賛成!」
 シルヴィアは瑠璃に、朗らかな笑みを向けた。
「………ラピスの方に寄ってきなよ、従魔さん。こっちだよ、こっち」
 瑠璃が仮面に向かって大声で話しかける。
 先ほどまでピクリともしなかった仮面が少しずつ、揺れ始めていた。
 そして、他の空中に飛んでいた仮面たちも、瑠璃の方へと集まり出している。
「……仮面の従魔さん、おしゃべりな女の口をふさぐのが貴方たちの役目なんでしょっ?」
 さらに瑠璃が声を張って煽る。
 仮面は、重力に反して空中にふわりと浮き上がった。
 その瞬間を見逃さずカトレヤは、トリアイナで仮面を地面に叩きつけると、武器をクリスタルファンに持ち替え叩きつぶした。
 さらに、ライヴスを奪われ続けていたバスガイドに、カトレヤはケアレイを使用する。蝋人形のように蒼白だったバスガイドの頬に赤みが戻った。
「今だ、避難を!」
 瑠璃の合図と共に、避難が開始される。
 カトレヤを殿に、尋や美海も避難する人々を従魔の攻撃から守り続けた。
 一方、瑠璃はそのままおしゃべりを続けながら、地下室の中でも展示物が少なく人のいないスペースへと仮面を誘い込んでいった。
 たくさんの従魔を一カ所に集め、一気に殲滅しようとしているのだ。
 ある程度の数が集まったところで、瑠璃はブルームフレアの火炎を放った。
 そして、シルヴィアも瑠璃と共に、ブルームフレアの炎を敵の集団にぶつけた。

 その頃、展示品の見学を無事終え共鳴を済ませたティテオロスも、一人従魔と戦っていた。
 猫鞭に同じくムチであるローゼンクイーンを絡ませ、振り回した上で床に勢いよく叩きつける。
「振り荒ぶ風切り音、肉に弾ける打衝音……音色には恵まれそうもない、か」
 ティテオロスは武器を大剣のツヴァイハンダーに持ち替えた。
「美しくないものは、不要よな」
 言いながら、ツヴァイハンダーを振り下ろし、猫鞭の柄と鞭を断絶する。
 仮面の残党が、ティテオロスに向かって飛んで来る。現在、この地下室で話しているのがティテオロスだけだからだろうか。
「ああ、まったく。美観を損ねる。早々に火にくべて目の前から消し去りたいところだ」
 ティテオロスのような人間にとって、その醜さを嘲る仮面など、美意識の対極にあるもの。
 ティテオロスはローゼンクイーンで仮面を空中からはたき落とし、踏み付け、がりがりとツヴァイハンダーで圧し切り破壊した。

●アイアン・メイデンとの対峙
 カトレヤ、尋、美海たちが全員の避難を完了させて古城内に戻ったときには、空中を飛び回る従魔たちは既に殲滅されていた。
 残すはボス戦。
 それぞれ、英雄と共鳴を済ませてから、アイアン・メイデンの足止めに徹してくれた雪之丞と咲雪に合流する。
 実は、咲雪は何度も逃げようと試みたのだ。
 しかし、
「他の人に……」
と、言いかけるたびに、ブリザードのごとき底冷えのするアリスの眼差しで射すくめられ、いよいよ逃げられないと咲雪も観念し、おのれの運命を受け入れたようだ。
 アリスと共鳴を行った咲雪のコスチュームは、アニメに出てきそうな体のラインを露出するパイロットスーツを思わせるものへと変化している。
 しかし、咲雪が雪之丞に加勢したのは、共鳴により闘志が湧いたからではなかった。
「……ん、ボス倒せば、烏合の、衆」
という判断からであって、早く終わらせて帰りたいと咲雪の表情は物語っている。
 一方、雪之丞を庇って奮闘し続けたトリシューラは、全身のあちこちから血を流していた。
「トリの字、血だらけで鬼の形相が3割り増しだよ……、大丈夫かい?」
 そう言う雪之丞も肩で息をしている。カトレアはすかさずトリシューラにケアレイを使用した。
 戦い続ける咲雪の表情と口調は、相変わらず戦闘中とは思えぬ気だるげなものである。しかし、
「敵軌道予測。0.2秒後に指定地点に攻撃が来るわ」
とアリスが指示をすると、咲雪は
「……ん、無機物に、抱き着かれる趣味、は無い」
と言いながら、想像以上に素早いステップで攻撃予測地点から飛びすさる。そして、逆にポルックスグローブで殴りかかるのだが……。
「……かたい」
 物理攻撃能力はさほど高くないようだ。
「仲間の支援を推奨、単独の撃破は時間が掛かりすぎるわ」
 アリスの指示で咲雪もいったんアイアン・メイデンから退く。雪之丞もトリシューラとリンクするため、カトレアのいる位置まで下がった。
 アイアン・メイデンの周囲に、リンカーがいなくなったタイミングで、
「みんな、そのまま下がっていて! 避難さえ済んじゃえばこっちのもの、後は出られないうちに倒しちゃわないとね!」
と、シルヴィアが叫び、ブルームフレアを放つ。
 炎は、アイアン・メイデンに見事命中し、減退のバッドステータスを生じさせた。これによって、アイアン・メイデンは生命力を失い続けることになる。
 続けて、マビノギオンに装備を変更した瑠璃も、射程内に捉えたアイアン・メイデンにブルームフレアを放つ。
「ぐ……ぐおぉっ」
 さらに生命力が失われたアイアン・メイデンは、まるで人間のように苦しそうな声を上げた。
「物理攻撃がどんだけ効くか分かんないけど、とりま攻撃し続けるのみ!」
 ファルとのリンクを終え、腰まで届く緑の髪にグラビアアイドル並みのスタイルに変じた尋が、グレートボウでストライクを射出する。
「ヤツは鉄の塊。水をかけてやったらどうなるか。従魔も錆びるのか?」
 カトレヤが水に濡らしたトリアイナで攻撃を仕掛ける。
 続けて、相変わらず気だるげな動作で、咲雪が縫止を放った。発射されたライヴスの針はアイアン・メイデンを突き刺し、封印状態にする。移動力も下がったためか、苦しそうに前面の扉をバタバタと開閉させている。
 その扉を眺めながらクエスは、
「やはりここも盾を利用して開閉部を固定することで攻撃を体当たりだけに絞ろうか」
と共鳴状態の美海に伝える。
「結構リスクのある作戦じゃない?」
と難色を示す美海に、
「誰かが閉じ込められるよりは大分ましだろう。諦めて囮になるしかないよ」
と、クエスはアドバイスする。
 確かに、扉の内側にビッシリと埋め込まれている針の数を見ると、あの中に閉じ込められるのはごめんだと美海は思う。
 バタバタと動く扉が閉まりかけたところに美海は突進し、開かないようライオットシールドで抑え続ける。
「うう、重いです……」
と、美海はうなる。
「血潮を浴び、処女の若さを啜ってでも『美』を守らんとした女の執念……。空説ではない『真作』を、一度見てみたい物だ」
 いつの間にやって来たのか、縁起の悪いことを言いながらティテオロスが美海の背後に近付く。
「ひぃぃ」
と悲鳴を上げかける美海は無視して、ティテオロスは大剣のツヴァイハンダーを振り下ろした。
 ガッ。ガッガッ。
 美海が振り向くと、ティテオロスは平然とした顔で扉の蝶番部分を破壊している。美海と考えていることは同じだったのだ。ならば、と美海はティテオロスが自由に動けるよう、そのまま盾で扉を固定し続けた。その間に、ティテオロスはバネ部分もすべて破壊し尽くした。
「とはいえ、現代では……。鉄の処女は数多の作品において印象的に扱われ過ぎ、ただのありふれた品となってしまっている……」
 言いながら、ティテオロスはアイアン・メイデンから離れていく。扉が開閉する心配がなくなったため、美海も後退した。
 そこにトリシューラとのリンクを終えた雪之丞が、白く変じた髪をなびかせ走り込む。雪之丞は充分距離を取った状態で、ロケットパンチを撃ち込んでから、回り込んで大鎌のグリムリーパーで攻撃し、素早く後ろに飛びすさる。
 雪之丞が後ろに下がるタイミングに合わせ、シルヴィアもグランツサーベルで攻撃する。アイアン・メイデンが反撃する隙を与えないためだ。
「ぐっ……ぐげっ……」
 少しずつアイアン・メイデンが弱っていっているのは、明白だった。
「あとはトドメだ、前衛下がって」
 後方で状況を冷静に確認していた瑠璃が叫ぶ。
 そして、前衛が後退すると同時に、瑠璃は銀の魔弾を撃ち込んだ。
 同時に、尋もグレートボウでストライクを放つ。
 2つの軌跡が弧を描きながら、アイアン・メイデンに迫る。銀の魔弾は頭部を破壊し、ストライクは人で言うなら心臓があるはずの位置を捉えた。
「ぐぉぉぉぉぉっっ!」
 断末魔の声を上げながら、アイアン・メイデンはそのまま動きを止める。
 ただの鉄の塊に戻ったのだ。

「無事終わったね! ファルと一緒に城をゆっくり見学したい!」
 戦いが終わり、リンクを解いた尋はファルに言う。
「ええ、ボクも興味あります」
と、ファルは答えてから周囲を見回す。
 しかし、床には、元は展示品だったが今はただの鉄の塊と化した拷問具が散らばっている。特別展の見学は無理そうだな、とファルは苦笑を浮かべた。
 ともあれ、これだけ多数の従魔が暴れた中、死者を出さずに終えることができたのは、すべてリンカーたちの活躍によるものである。上出来だ。皆の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • クラインの魔女
    倉内 瑠璃aa0110
  • エージェント
    シルヴィア・ティリットaa0184

重体一覧

参加者

  • エージェント
    豊聡 美海aa0037
    人間|17才|女性|防御
  • エージェント
    クエス=メリエスaa0037hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 魅惑のパイスラ
    佐藤 咲雪aa0040
    機械|15才|女性|回避
  • 貴腐人
    アリスaa0040hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • エージェント
    八風 尋aa0065
    人間|20才|女性|生命
  • エージェント
    ファル・フェイリーaa0065hero001
    英雄|17才|?|ジャ
  • 己が至高の美
    ティテオロス・ツァッハルラートaa0105
    人間|25才|女性|命中
  • 豊穣の巫女
    ディエドラ・マニューaa0105hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • クラインの魔女
    倉内 瑠璃aa0110
    人間|18才|?|攻撃
  • エージェント
    ノクスフィリスaa0110hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • エージェント
    シルヴィア・ティリットaa0184
    人間|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    ヴァレリアaa0184hero001
    英雄|19才|女性|ソフィ
  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • 暁光の鷹
    王 紅花aa0218hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 愛犬家
    橘 雪之丞aa0809
    人間|18才|?|攻撃
  • エージェント
    トリシューラ スプリガンaa0809hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
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