本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】 闇に沈む街と本四橋の花火

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/04/16 00:23

掲示板

オープニング

●闇に包まれる街
 大鳴門橋が爆破された夜、四国の北東部に位置する鳴門市は大混乱に陥った。
 橋の爆破という大事件に続いて、市内全域が停電に見舞われたのである。
 多くの店舗はかろうじて非常灯をともせるだけの非常電源を備えていたし、一般家庭にも懐中電灯や蝋燭程度の備えはあった。
 しかし遠目には、市内のあかりは次々と消え――まるで、鳴門市全域が深い闇の底に引き摺りこまれていくように……見えたのである。


 藤岡 正治は、勤務中にその報を受けた。
 彼は四国の電力会社にもう30年あまり務めていた。もう中堅以上と言っていいだろう。
 大鳴門橋の電源に異常があり、ついで市内全域に電力異常――停電が起こっていることが示された。
 社内のシステムにより、停電の原因は市内に二つある変電所の、直前にある高圧電線の異常によると知れた。夜間対応の映像モニターも設置されているはずだが、映像は上がってこない。
「ともかく行ってくる。即復旧は難しいかもしれないが、現況を把握し、連絡する」
 電力技術者にとって、停電は恥だ。
 ライフラインは、人々の生活に欠かせないもの。「あってあたりまえ」を守るのが彼の仕事であり、誇りでもあった。
 部下を二人引き連れ、社用車に乗り込む。
 噎せるような闇を、車のヘッドライトが照らした。


●鬼神との遭遇
 信号システムが停止した市内は、渋滞していた。
 といっても、完全な混乱ではない。大きな交差点では非常電源により信号機が作動し、別の交差点では警官が出動して交通整理を行っている。
 街は突然に訪れた混沌を、粛々とやり過ごそうとしていた。

「一体、何が起こっているんだ……」
 これだけの規模の停電は、彼の勤続歴の中でも類を見ない。
 単なる老朽化やシステム異常とは、考えにくい。
 見知った道を通って、市内電力のほとんどを支える鳴門第一変電所へと到着する。
 変電所のほうは、目視で異常は見られない。
 ただ、普段なら赤白で塗られた鉄塔から鉄塔へと緩やかなカーブを描いているはずの高圧電線のほうは、すべて切断され地面に垂れ下がっていた。

「鳴門第一変電所より報告! 高圧電線が断裂! すべてだ! 至急、全社に電線設備の在庫を当たれ!」
 藤岡は手持ちのスマホから支社へと報告を上げる。
 この被害状況では、復旧に何日かかる? 
 きわめて強度の高い高圧電線の断裂、しかも一度にすべての電線がとなると、前例がない。
 まともに想定すら、されていない。
 鉄塔間の電線をを再び接続するために必要な資材と重機を、すぐに手配する必要がある。
 四国だけではない、他地域の電力会社の協力さえ必要だ。
 現況を写真に撮って送信すべく、鉄塔の足元まで車を回す。持ってきた投光器の明かりだけで撮影が可能だろうか?
 焦る藤岡の視界に、人影が映る。
 昼間でも訪れる人などほとんどいない筈の場所に、大勢の何者かがいた。
 白い特攻服、黒いヘルメットの群れ。
 そのなかに闇夜にもあでやかな、和装を纏った女が立っている。
 長くうねる髪を結い上げ、着流しの下に緋袴を着、長い何かを持っている。

「何だ、お前らは?!」
 大鳴門橋の爆破という異常事態、そして高圧電線の断裂。
 そこで唐突に出会ったこの集団に警戒しないはずがない。
 扉はロックしていたし、窓もまったく開けはしなかった。
 それでも、女の声は驚くほどよく聞こえた。

「おや、もう人が来たのか。早いな」
 車のヘッドライトに照らされながら、女はこちらに近づく。
 紅い唇を曲げて、笑みを浮かべる。
「仕事熱心な男は好きだ。――仲間にならないか?」
 それが藤岡が生きているうちに聞いた、最後の声になった。


●四国侵攻作戦開始
「鳴門市の電力設備に緊急事態! 二つの変電所に異常があり、市内広範囲に停電状態が続いています!」
 三つの本州四国連絡橋爆破のあと大鳴門橋のある鳴門市にも異変が起こったことで、H.O.P.E.東京支部は警戒を強めていた。
 新型感染症の蔓延の裏に見え隠れする敵の存在。今回の事件も無関係であるはずがない。
「地元電力会社からの通報では、異常のあった鳴門市第一変電所へ現況確認に行った社員三名からの連絡が途絶えており、最後の通信では『薙刀を持った女がいる』との証言があったそうです!」

「薙刀を持った、女……」
 その言葉を聞いた大門玄之介の脳裏に、嫌な記憶が蘇った。
 愛媛のテレビ局に侵入した女性型の敵性体が、薙刀を振るい多くの命を奪った。
 送り込んだエージェント達も負傷し、重傷を負う者すら出た――。

 ロシア方面に動員されず東京に残ったプリセンサーたちは、四国でこれから起こる異変について次々と予知を始めていた。
 大きく、何かが動く。
 闇に隠れていた者たちが、蠢きだす――?

「危険な任務に、なるかもしれん」
 彼は拳を固めた。
「それでも、退くわけにはいかない。敵が表立って動いたこのときこそ、反撃の好機」
 テレビ局の事件のあと、敵はまたいずこかへと姿を消した。
 そして四国には新型感染症が蔓延し、電波による洗脳効果も人々の心の奥底に根を張っている。
「エージェントを招集しろ。心して掛かれと伝えてくれ」
 そして彼はまた、次の事件の対応へと急いだ。

解説

●成功条件
徳島県鳴門第一変電設備を防衛しつつ、朱天王とその配下たちを撤退させる。

●現場状況
・鳴門第一変電所は鉄条網で囲まれた電気施設。
・丘の上にあり、周辺に民家や建物はない。
・山の上を通って高圧電線が通っており、変電所に接続する直前の鉄塔で爆破切断された。
・問題の鉄塔の足元は10×20スクエアの草地になっており、南側に変電所の鉄条網、その他三方は林地。
・北に山があり、傾斜している。
・車が入れるよう道は簡易舗装されている。

●登場
朱天王
・毒百足(ドクムカデ):愛用の薙刀【毒百足】には常にライヴスで作った毒が纏わせてあり、刃で切りつけた相手に物理攻撃とBS【減退(1)】を付与。
・薙ぎ払い(ナギハライ):薙刀に攻撃用のライヴスを纏わせ、薙ぎ払う動きに載せて飛ばす。対象範囲は横3スクエア。この攻撃に毒効果はない。
・黒雷(クロイカヅチ):黒い雷により対象1人に電撃攻撃を行う。

百鬼夜行Aチーム(リーダー隆司+メンバー5名+元テレビ局員ゾンビ10名)
・すべて黒ヘルメット、白特攻服、手袋。隆司のみ左肩に鬼の面)。
・使用武器:サブマシンガン、小銃(共にAGW)

死体ゾンビ化した電力会社職員三名
・背中か胸に袈裟斬りの刀傷がある
・使用武器:刃渡り15cm程度のナイフ(朱天王が貸与したAGW)

リプレイ


 夜の山は、静かだった。
 鳴門第一変電所は山の中腹にあり、ときおり木立が風にざわめく音がさわさわと響く。
 普段であれば街の夜景が見えるのだろうが、いまは明かりは何かの非常灯の類しか見えず、あとは闇の中に沈んでいる。
「ふむ、変電所の見取り図は送って貰ったが、四角と等高線しかないな」
 ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)はプリントアウトした紙をがさがさと取り出した。
 電力会社に協力を仰いで周辺見取り図を送って貰ったのだが、周辺には変電所の四角と等高線しかない。
 そこに職員が赤で書き足したらしい鉄塔の位置と、細い侵入路。周囲には針葉樹林を示すたった一種類の地図記号が散在している。
 同行のラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)には、動くときの音がなるべく小さくなるように念入りに油を差してある。
『変電設備を破壊するではなく、送電線を断ったという事は……』
「人間への電気供給を断つ以上の目的がある、と見るべきか?」
 英雄マイヤ サーア(aa1445hero001) の発した台詞を、迫間 央(aa1445)がなめらかに受け取る。
 息の合った二人である。
『治療薬を狙ってきた神門の例もあるわ。四国の敵が何を考えているのか……』
 マイヤは思索を深めるが、姿の見えない敵の考えは、まだ掴めない。
 切断した高圧電線から敵が電力を奪うのを阻止するため、電力会社には付近への給電を停止して貰った。
 敵の想定外をひとつでも増やすのが目的だ。
 ツラナミ(aa1426)は目的地から離れている間は、懐中電灯を腰から下げて点灯させておいた。
 英雄と共鳴して【鷹の目】で小さめのチョウゲンボウを生成し、いつもどおり視界は38(aa1426hero001)に任せて飛び立たせる。
「鷹は充分夜目が効く生き物らしい……まあ大丈夫だろう」
 ツラナミは宵闇に溶けるように消えてゆく鷹を見送りながら呟いた。
 目的はあくまで、大まかな敵の数と位置確認だ。

「また犠牲者が……! どんだけ人を殺せば気が済みやがる……!!」
 沖 一真(aa3591)は、静かに怒りを滾らせていた。
 朱天王とその仲間達は、あまりに簡単に人を殺す。どうしてもそれが許せない。
『一真……、落ち着いて……私達がこの惨事を終わらせる。弥生ちゃん、一緒に頑張ろ』
 そんな一真を宥めつつ、月夜(aa3591hero001)は三木 弥生(aa4687)を励ますように声を掛ける。
 後輩でありつつ家臣、防御を任せることもあるが、守ってやるべき相手でもある。
「はいっ! 御屋形様のことは全力でお守りします!」
 弥生は元気いっぱいで答える。
 一真も、いくら訂正しても改まる気配のない御屋形様呼びは受け入れた模様である。
 そんないつものやり取りを、英雄の三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)は少し離れてにやにや聞いていた。

「冷気の次はゾンビですか……」
 逢見仙也(aa4472)はぽつりと呟いた。彼はロシアから帰ってきたばかりだ。
『こないだも戦ってただろうが』
 ディオハルク(aa4472hero001)は同行していないが、仙也がゾンビ依頼を受けていたことは知っている。
「【鷹の目】で、現場は暗いが見えたっちゃ見えたらしい。情報どおり鉄柵の変電所の向こうに草地、人影は20、メット被ってんのが16名、作業服が3名、1名は、薙刀を持ってる……テレビ局で見た女だ」
 ミヤが見た情報を、ツラナミが伝える。
 作業服を着た男達はどれも「到底生きてはいないだろう」というほどの深手を負ったまま立っている。
「死んでも忙しいとは、人類はワーカーホリックですか?」
 仙也は殺されたばかりの職員がゾンビ化しているという情報に、やや同情的だ。
『ゾンビの使い方としては休息なしの労働は正しいらしいぞ?』
 H.O.P.E.の情報によれば、ゾンビは痛覚もなく急所もない。
 ならば壊れるまで使うのが正しい使用法なのだろうと、ディオハルクは考察した。
『(薙刀の女……つよかった)』
 ミヤはかつての戦いを思い起こしつつ、ツラナミの中から囁く。
 ツラナミもうんざりしたように溜息をついた。
「あー、そうね……何時も通り面倒だった記憶はあるが……。今回もそうなんだろうな……ハァ」


 鋼野 明斗(aa0553)とドロシー ジャスティス(aa0553hero001)のペアは、一団から離れてゆっくりと歩いていた。
「ライフラインの切断は、人間同士の争いならよくある戦略だが……今回の相手は人間じゃないしな……」
 歩きながら、気だるげにぼやく。
『弱き者を助けるのです』
 ドロシーの掲げるスケッチブックは、暗闇のはずなのに文字が浮かび上がっている。……というか、発光している?
「こいつ……蓄光顔料ペン買ったのか……! 敵より味方の経済にダメージを与えてどうする」
『犠牲は付き物!』
 前に掲げた顔料が発光しているお陰で、ドロシーが自信満々の表情をしていることまでわかる。
「そうか、じゃあお菓子の予算も半分。犠牲は付き物だろ?」
 明斗の言葉にドロシーはぶんぶんとかぶりを振り、袖を引っ張る。
 もう何度目かもわからないやり取りは、暗くても相手の反応など丸わかりだ。
「……解った解った、その代わり、無駄遣いの分はここでキッチリ稼ぐからな」
 譲歩の言葉に応えるように、袖を掴む手にぎゅっと力が入る。同意の証だ。
 ドロシーの やるきは アップした!



 シールス ブリザード(aa0199)は誰よりも先行して、敵がいるという鉄塔周りの草地をライトで照らした。
 明かりを消して近づいても、足音や気配で気づかれる可能性がある。
 ならばむしろ、「ここにいる」と示すほどに使った方がいい。
『(この暗闇に敵がまぎれている可能性もある。油断はするな)』
 99(aa0199hero001) が内側からシールスに警告する。
 規則正しい間隔で立ち並ぶ針葉樹の向こうまで照らすようライトを動かすが、人影はまるで集会でもするかのごとくに草地に集まったものたちだけ。

「呪を受けよ、急々如律令!」
 まず攻撃を仕掛けたのは、共鳴した一真だ。シャラッと澄んだ音を立てて錫杖を掲げ、スキル【リーサルダーク】を敵の首領、朱天王に向かって叩き込む。
 呪力を込めたライヴスの攻撃に手ごたえはなく、代わりに目の前に女の顔が迫った。
「俺好みの挨拶をするようになったじゃないか、仲間になりに来たのか?」
 スキルを放つ一瞬で間合いを詰められていたのだ。朱天王の振り下ろす薙刀を、錫杖で受ける。
 腕がびりびりと痺れるほどに、重い一撃。
「んな訳ないだろ! お前を倒しに来た!」
 怒りを込めて言い返すと、女はさも楽しそうに笑む。
「御屋形様っ! 助太刀いたしますっ!」
 弥生が小烏丸切りかかると、あっさりと退いてこれを躱す。
 同時に張りのある声で、女はあたりを一喝する。
「散開せよ!」
 女首領の命令で、黒ヘルメットの集団は統率の取れた動きで周辺の人工林に身を隠す。
 潜伏しつつ距離を詰めていた日暮仙寿(aa4519)の【女郎蜘蛛】は、空を切る形となった。

「どれだけの仲間を連れて来た? 少しは楽しめそうだな?」
 女は紅い唇を歪めて嗤う。

「お前は武人風の出で立ちだが、配下に自分を守らせてばかりの臆病者と聞いている……!」
 不意打ちを読まれた仙寿は、潜伏を解いて朱天王の前に立った。
 不知火あけび(aa4519hero001)と共鳴した姿は、羽織袴の和装で侍風である。
 その心にあるのは、怒り。
 かつて、何の罪もない女性たちが刃物で襲われ感染し、自身も感染させる側に回るという事件があった。
 ある者とは四国を守ると約束し、またある者は助けられなかった。
 その事件も、この朱天王の配下が起こしたものだと推測されている。
 彼女たちは何のために感染させられ、何のために自ら死なねばならなかった?

「ふむ、謗りは受けよう。役割も、約束も、ときには名誉より優先する」
 仙寿の挑発にも、女は余裕の笑みを崩さない。
「人類も馬鹿ではない。新型感染症はもう治すことが出来る。遥か昔の空海上人の結界にすら阻まれるお前達は敗北寸前だ。仕える主もさぞ無能なのだろうな」
 武闘派が忠誠を誓うのなら、主人を心底敬っているはず。
 剣士でもある仙寿はそう推測し、あえて神門を侮辱する暴言を吐く。
 空海上人の結界の話はH.O.P.E.東京支部で聞いた仮説であり、一種の鎌掛けだ。
 しかしそれでも、女は乗ってこなかった。
「もとより、希望を名乗る者達と理解しあえるとは思っていない」
 そうして持っていた薙刀を構えた。柄の飾りのように巻きつく百足が、ぞわりと神経を逆撫でする。
「それより、刃を交えようか。そのほうが、余程深くわかり合えるだろう」
「あら、賛成だわ。きっと楽しくなるわよ」
 フィリア(aa4205hero002)と共鳴して和装の成人女性となったフィー(aa4205)がそこに現われる。
 真っ白な柄と鍔を持つ「雪村」を携えて進み出、不敵な笑みを浮かべて銀髪を揺らした。


(狙いは変電所ではないのか? 施設を攻撃せず林に逃げ込んだ……どういうことだ?)
 ノクトビジョンの青い視界で事の成り行きを見守っていた央は、敵の狙いが施設の利用あるいは破壊だと予想していたが、外された形だ。
(しかし下っ端達が潜むなら……こちらも潜むまで)
 ばらばらに潜んだのなら、より好都合だ。端から仕留めればいい。
 障害物に隠れる敵を慎重に捕捉し、息を殺して近づく。
 急所のないゾンビを相手に、まずは小銃を持つ腕の切り落としを狙う。
 気づかれる前に、腕が落ちているはずだった。
 しかし剣を抜くほんの直前で、標的が体ごとこちらを向く。
 狙いが逸れた上、小銃がこちらを狙っている。
 【潜伏】使用中であるので、英雄経巻も展開させてはいない。
 ドッ、とわずかに音がして、銃口が逸れた。
 ゾンビの銃を持つ腕に、苦無が刺さっている。
 そのまま央は、天叢雲剣を抜きざまに苦無ごと腕を切り落とす。
 返す刃で、胴体に深く一撃を入れる。
 間合いを詰めたツラナミが続けて低く刀を振り抜き、両足首を切断する。
「やっぱ……面倒だわ、こいつら」
 落ちた腕から苦無を回収しつつ、ツラナミが独り言のように言う。
「本当にな……」
 考えていることがわからない。行動も読みきれない。
 それでも、いま出来ることをしなければ。
 片手と両脚を落とされ、胴を切り裂かれてもまだ向かって来ようとするゾンビの動きを止めるべく、央は剣を持ち直した。



「隆司は? あいつはどこだ? お前とも戦いたいとこだが、俺にこの前の決着をつけさせてくんねぇかな?」
 一真の目的は朱天王ではなく、百鬼夜行のリーダー、隆司である。
 彼が暴走族として徳島を走っていた頃に会い、前回は決闘まで持ち込んだが、すんでのところで水を差された。
「それは尤もだが、決闘は許可しない」
 朱天王は面白がってやらせるだろうと踏んでいたのだが、帰って来たのは冷徹な返答だった。
「俺は一度認めた相手を侮りはしない。男子三日会わざれば……と言うだろう。いまのお前は、危険だな」
 彼女は値踏みをするような目で一真を見る。
「それでも若い奴は勝手にやりだすだろうから、この朱天王の名にかけて命じるよ、隆司。無茶はするな、油断するな。全力で切り抜けろ。いま欠けることは許さない」
 女は断固とした口調で言い切ったあと、視線を脇へ移す。
 そこには闇から湧き出したように、一人の男が傅いていた。
 黒いヘルメットに、白い特攻服、左肩には四本角の鬼の面。
「はい」
 おごそかな調子ではあるが、その声にも聞き覚えがある。
「お前……隆司、か?」 
 一真は自信を持てずに問いかけた。
 何度か闘った相手ではあるが、顔を見たことはない。
 黒ヘルメットは一真のほうに顔を上げた。
「なんだよ、殺すぞ。次に会ったら、ぜってー殺す! って言っといただろうが。まあお嬢の命令は守るけどな。許さないとか言われるとゾクゾクするよな」
「お前いま、どんな顔してんだよ」
「馬鹿か。俺はとっくに死んでんだ。腐ってるに決まってんだろ」
 そう言われてみれば、実際そうなのだろう。
 けれどそのヘルメットを脱げば、普通の少年の顔が笑みを浮かべているような気がしたのだ。
「教えろ、お前達はなんでこんなことをする?! 仲間は思いやれるのに、沢山の人を殺すのは何故だ!!」
「ああ、それだったらさ」
 隆司の声は仲間と談笑するように軽やかだった。
 すいとその両脇に、サブマシンガンを構えたメンバーが現われる。
 その銃口は、ぴたりと一真を狙っていた。
「俺がどうしようもない、クズだからじゃねえか?」


「なにやら敵には隠密行動が効きにくいらしいな! ならば正面から渡り合うまで!」
 ラストシルバーバタリオンと共鳴したソーニャが、重苦しい足音を響かせて歩いてきた。
 稼動部には油を差してあるとはいえ、400kgもある人型戦車である。こっそりというわけにも行かないだろう。
「ふはははは……、見える、見えるぞ、闇に潜むものたちが……! そこだぁっ!!」
 ソーニャはその巨体に、レーダーユニット「モスケール」をも装備しているのである。装着したゴーグルの視界ではレーダーユニットにより検出された敵の位置がチカチカと光っている。
 腰溜めにした12.7mmカノン砲2A82を構え、思い切り良くぶっ放す。
 近くにあった木が幹ごと打ち抜かれ、その向こうにいたらしきゾンビにも大穴が開いた。
 幹の一部を失った針葉樹も上部の重みに耐えきれず、みしみしと音を立てて倒れる。

「なんか無茶やってる人だかロボだかがいるな……」
 明斗は先発隊の邪魔にならないよう後方で観察していたが、危なそうなことになっているので心配になって出てきたところだ。視野はライトアイで確保してある。
 倒木で新たな被害が出なければ、そしてその被害が連帯責任で自分に請求されなければいいが、と思いつつ、騒ぎで動いた敵をアーバレストで狙い撃ちにしてゆく。
 最優先は、武器を持つ腕。
 そこさえ潰すことが出来れば、前で闘うエージェントがぐっと動きやすくなるはずだ。

「2時の方角に敵影! 11時の方角にも! 隠れても見えているぞおおおお」
 ソーニャは「モスケール」で発見した敵の位置を味方に共有しつつ、ライヴスショットで敵の炙り出しを目論む。

 得体の知れない敵でも、体勢が崩れてしまえば脆い。
 ツラナミが木立の間を駆け、ジェミニストライクで両側から同時攻撃する。
 英雄経巻を忍刀に持ち替えた央は、二刀流で炙り出されたゾンビ達を屠ってゆく。
 夜の森には、撃破されたゾンビ達が一体、また一体と増えていった。
 

 朱天王の薙刀が、轟! と風を切る。
 その刃から強い圧力を帯びたライヴスが飛び、周囲を薙ぎ払ってゆく。
 盾持ちではないフィーも仙寿も、これは避けるしかない。
「あんまり大振りすると、背中がガラ空きよ?」
 避けた動きのままフィーは背後から切りつけるが、薙刀の柄で防がれてしまう。
「心配ありがとう、だが大丈夫だ」
 余裕の笑みを浮かべる朱天王。
「後ろかと思ったら、前かもね!」
 離れた位置からシールスが射た九陽神弓は、そのまま薙刀に叩き落される。
 薙刀は間合いが広い分扱いが難しい武器だが、朱天王は余程慣れているのか、まるで自分の体の一部のようになめらかに操る。
「くっ!」
 仙寿は【縫止】を試みるが、何かに弾かれたように失敗した。
 その隙を縫うように、毒々しい刃が迫る。
 小烏丸では受けきれず、腕から血が噴き出す。
 薙刀相手に刀での接近戦は不利と悟り、距離を取って月弓に持ち換えるが、毒に侵された腕が震える。
(この布陣では……あまり、長くは保たない……)
「仙寿! しっかり!」
 シールスのクリアレイが仙寿の毒を癒す。
 だがそれは、攻撃の機会を一度失った事を意味する。
 同じように距離を取ったフィーの「ケラヴノスA29」が、二連の火を噴く。
 一発は外れ、一発は朱天王の腕に命中した。
 ……かに見えたが、その腕から血が噴き出すことはなかった。
 なにごともなかったかのように薙刀を構え、あたりを見据える。
「可愛いのだから、肌は大事にしなくてはダメよ?」
 フィーの言葉に、朱天王はあでやかに微笑んでみせる。
「お前は間違っている。俺は内面も外面も、可愛くなどないのだよ」


「御屋形様っ!」
 一真が二つのサブマシンガンに蜂の巣にされる寸前、弥生がミラージュシールドを掲げて飛び込んできた。
 蜃気楼の盾が散弾の雨を防いでゆらめく。
「はは、さんきゅ……助かった」
 手足は多少被弾したが、まだ……賢者の欠片で回復すれば、闘える。
「朱天王をやる予定だったのに、悪かったな」
「私は! 御屋形様を御守りするためにいるのです! 御屋形さまが無茶し過ぎたら、全力で助けに行きます!」
 そして四本角の鬼の面をつけた男、隆司に向かって【縫止】を放つ。
「御屋形様に危害を加えるなど、この私がさせません!」
「隆司」
 一真は顔も見たことのない、しかし多少は見知った相手に向かって呼びかける。
「俺は陰陽師だ。お前の罪も、すべて祓ってやるよ!」
 ブレームフレアを放つと、隆司は両脇の二人を散らし、ひとり魔法の炎に灼かれた。
「陰陽師か。お前、甘いよ。こんな炎で、何が祓える? 俺の何がわかる?」
 隆司はライヴスの炎にも動じることなく立っている。
(こいつらは邪英の類と見ていいのか、それとも従魔みたいなもんだと思っていいのか、或いは――ウィルス型の従魔との疑似共鳴とでも見るべきか?)
 何もわかっていない、という隆司の言葉は、ある意味的を射ていた。
 相手を知れば、対策も取れる。
 しかし一真達は、まだ敵の目的も、正体も掴んではいなかった。
 ブレームフレアの炎が収まれば、次は三方向からマシンガンで狙われる。
「――攻めるだけが華でもないし、たまには舞と行こうか」
 仙也の声と共にあたりには金色の扇がいくつも広がり、散弾を受け止める。
 金色の扇がキラキラと舞い散りながら、護りの力を発揮する。
「じゃあお前ら、何が目的なんだ。何のために高圧電線を切断し、ここに留まってたんだよ」
 敵の狙いは電気設備だという予想の元に仙也は変電所を守っていたのだが、すぐに周囲の林の中に散ってしまい、設備を攻撃するそぶりもない。
「難しいことは、俺に聞かれても困るな」
 戦略に対する隆司の答えは、あっさりしていた。
 その声色からは、何の情報も読み取れない。
 おそらくその問いに答えられるのは、朱天王だけ。
「私は三木家23代目頭首、三木弥生。剣を修行し、御屋形様に仕える巫女侍……! いざ、尋常に参ります!」
 弥生が小烏丸を構え、隆司に向かってゆく。
 援護するように一真も、サンダーランスを放った。
「今度はしっかりと受け止めろよ! ――九天応元雷声普化天尊!!」



「電機会社の技術者を役立たずのゾンビにするなど、言語道断である」
 ソーニャは撃破したゾンビの体が、元の電気技術者らしい顔に戻ったのを見て呟いた。
 日本に最先端の対愚神技術を学び取りに来ているソーニャとしては、ライヴズが無くとも技術者たちには敬意を払っている。
 特に大停電に対応して真っ先に動いた経験ある職員が犠牲になったのは、由々しきことだ。
「リーダー格は生かしておいて、その辺を徹底的に尋問せねばならんな」
 相手は死体だからどんな拷問をしてやろうかと思案しつつ、レーダーに目をやる。
 残っている光は親玉がひとつ、リーダー格のあたりに三つ。


「おや、藤岡まで殺してしまったのか。あれは役に立つ男だったのに」
 薙刀を振りぬいた朱天王は、突然に犠牲となった電気会社の男の名を口にした。
「殺したのは、あなたでしょ?」
 朱天王の足止めを続けたフィーも、かなりBSとダメージを喰らっている。
 シールスのリジェネーションとクリアレイがなければ、かなりやばかった。
「お前達は、枠を外れたものには慈悲がないな。こちら側に来たとはいえ、あれはまだそこにいた。まだ聞くべきことがあったのに」
「死者は、お前のものではない……! 冒涜、するな……!」
 月弓を構えた仙寿も、息が上がっている。
 ケアレイでの回復を受けたが、この人数で相手取るには困難な相手だった。
「見解の違いだな。俺とて敬意は払っている。だが、潮時のようだ」
 戦意を無くしたように背を向ける敵に、あともう一矢を射かける力は、誰にも残っていなかった。

「よくやった、隆司、退くぞ」
 一真の放ったサンダーランスは、隆司を庇った別のメンバーが受けた。どちらも撃破には至っていない。
「待てよ」
 去ろうとする敵に、一真は問いかける。
「こんなことをする目的はなんだ。今夜は何のために――」
「お前が仲間になるというなら、引き換えに教えてやってもいいがね、『オヤカタサマ』」
 朱天王はまだ余裕を残していた。軽く笑みを浮かべる。
「すぐにわかるだろう。夜が明ければ」
 着流した着物の裾を翻しながら、悠然と歩き去る。
 後ろを散弾銃で警戒しつつ、隆司と残り二名が女首領につき従った。



「変電所内は一応見て回ったがね。目立った異物は発見できなかった。正直、メーターの類は見てもわからんから、あとは専門家任せだわな」
 鉄条網に囲まれた変電所内をざっと見て回ったツラナミがそう報告した。
 無人施設だけあって、素人が簡単に弄れるような部分は露出していない。
 爆発物の類も、ひとまずは発見できなかった。
 林内でゾンビを相手取ったエージェントは明斗のケアレインで回復を受け、すでに施設周辺の点検に散っている。
 隆司と朱天王と闘ってダメージを受けた面々も、シールスと明斗のスキルで回復してきていた。
「朱天王はすぐにわかると言っていたが、なんだと思う?」
 仙也の問いかけに、央はスマートフォンを取り出す。
「本部に連絡してみましょう。何か分かるかも――」


 央は本部に連絡して朱天王の撤退を報告した。
 H.O.P.E.は停電の起こった鳴門市街地に対しても、できうる限りのエージェントを派遣していた。
 何者かに襲撃された、という報告が相次いでいたからだ。
 ある者は偶然外を歩いているときに停電に見舞われ、闇と混乱の中、犬のような生き物に咬まれた。
 ある者は自宅で蝋燭、あるいは懐中電灯の明かりで停電の回復を待つ中、乱暴にガラスを割って押し入ってきた何者かに切りつけられた。
 彼らはいずれもごく軽傷で、エージェントが駆けつけた時には犯人はまた闇の中へと去ったあとだった。
 大停電の闇に紛れた襲撃にH.O.P.E.側も救助に追われて後手に回り、連絡網の混乱もあって襲撃者の姿を捉えることすら出来なかった。


 鳴門第一発電所では、エージェントの活躍によって夜が明けないうちから電気設備の修復作業が始まったが、高圧電線の復旧には少なくとも数日は掛かる見通しだ。
 もし変電施設が丸ごとやられていた場合、完全復旧には数ヶ月単位の時間が掛かっただろう、と電力会社は見積もった。 
 高圧電線の爆破に使われたのはダイナマイト系の爆発物で、本四連絡橋の爆破に使われたのと同系統のもの。おそらくはどこかの工事現場から強奪されたものと見られている。


 夜が明けて、軽傷者の中に、新型感染症の発症者がいる事が判明し始める。
 通常の体液感染の場合、発症までの時間は、数時間から24時間と言われている。
 不安になって受診した人々から次々に発症者が見つかり、医療機関は緊急対応を求められることになった。
 鳴門市の人口6万に対して、軽傷者の数は、およそ一万あまり――
 正確な感染者数は、まだわからない。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
  • Dirty
    フィーaa4205
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519

重体一覧

参加者

  • 希望の守り人
    シールス ブリザードaa0199
    機械|15才|男性|命中
  • 暗所を照らす孤高の癒し
    99aa0199hero001
    英雄|20才|男性|バト
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ステイシス
    フィリアaa4205hero002
    英雄|10才|女性|シャド
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 護りの巫女
    三木 弥生aa4687
    人間|16才|女性|生命
  • 守護骸骨
    三木 龍澤山 禅昌aa4687hero001
    英雄|58才|男性|シャド
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
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