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春香る湯の楽園へご招待!
掲示板
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【相談卓】
最終発言2017/03/31 13:54:11 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/03/30 22:26:28
オープニング
●湯の楽園、ユトランティス
日本某所、温泉のアミューズメントパーク、ユトランティス。
冬に開園し数か月、今も中々賑わいを見せている。
ユトランティスは更に注目度を上げるべく、二つの浴槽を春仕様へと変更した。
バラ風呂を桜風呂に変え、ワイン風呂を日本酒風呂へ。
そう桜の花見をモチーフに暖かく春の匂いが漂ってきそうな雰囲気へと変貌させた。
相変わらず室内は空調で気温が調節されており暖かく、冬の時とは違い照明はややピンク掛かっている。
中央には「湯上の楽園」と銘打たれている円形の広い浴槽。
周りにはデッキチェアやテーブルが置かれ、各所で休憩がとれるようになっている。今回はテーブルの上に春の花々が飾られており華やかさは格段と上がっていた。
入り口から入って左から順に、時計回りに、日本酒風呂、ヒノキ風呂、桜風呂、死海風呂、ミストサウナと言う作りになっている。
各風呂に向かう際には通る短い洞窟のような通路にも春の花が少しずつ飾られていた。
綺麗に春を感じされる衣替えを終えたユトランティスから、また優待チケットが何枚か息抜き企画部にもたらされた。
是非、春のユトランティスを体験してほしいそうだ。
というわけで、息抜き企画部はいつも通り、優待チケットを希望者に渡す旨を書いた貼り紙を作成した。
●施設説明
「湯上の楽園」
施設中央に設置されている円形温泉プール。深さは中心に向かい五段階変化する。
30、45、60、75、90㎝。分かりやすく床が白、薄水色、水色、青、紺と深さによって違う。
「日本酒風呂」
春仕様の風呂。
日本酒が入っている風呂。日本酒特有の香りが一面に漂っている。苦手な人は酔ってしまうかもしれないので注意が必要。
浴槽は岩風呂で、酒樽から湯が出てきている。壁には綺麗に咲き誇った桜の枝が飾られている。
時間により日本酒を配る。子供にはさくらんぼジュースが配られる。桜風呂と配られる時間帯や飲み物は同じもの。
「ヒノキ風呂」
ヒノキで出来た浴槽。香りが立ち込めてゆったりと浸かれる。
壁には綺麗に花が咲いた梅の枝が飾られている。
一角がジャグジーになっている。
「桜風呂」
春仕様の風呂。
桜の花びらがたっぷりと湯船に浮かび、爽やかな桜の香り漂う浴槽。
浴槽が円形でややギザギザしており、上から見ると花の形をしている。
夜桜のイメージを出す為、区切られた空間は照明が暗めで、湯船の中からライトアップされている。
花見がテーマなので時間により日本酒を配る。子供にはさくらんぼジュースが配られる。日本酒風呂と配られる時間帯や飲み物は同じもの。
「死海風呂」
死海の塩を温泉に溶かした湯船。
海水の約10倍の塩分濃度なので体が浮くことを体験できる。
生傷があるとすっごく染みる。痛いので注意が必要。
「ミストサウナ」
室内へ細かい霧状の湯が噴出している。
普通のサウナより温度が低めで40℃程度。じんわりと温まってくる。
仄かにミントの香りがする。
入り口以外は壁沿いに長い椅子が設置されている。
※「湯上の楽園」以外の風呂は人が10人程度ならゆったりと入れる作りで各風呂からは他の風呂を見ることは出来ない。
※入浴時には水着着用必須。水着の貸し出しも行われている。
解説
●目的
ユニークな温泉を楽しもう!
●ユトランティスについて
日本にある温泉アミューズメントパーク。
少し変わった温泉が幾つも楽しめる。春仕様で季節の花が所々に飾られ、風呂が二つ一新された。
まだまだ知名度はそこまで高くない為、人がごった返しているということはないが一般人もいる。
春休みなので子供が多い模様。
温泉施設のほかに、湯上りに休める休憩処やレストランも併設されている。
温泉施設は必ず水着着用のこと。
男女別れたロッカールームで着替えが出来る。
温泉施設への浮き輪などの持ち込みは禁止。
●当日
入場時間は昼頃、多少前後可能。
天気は晴。
僅かに天井に設置されている窓からは日光が降り注いでいる。
●お酒のついての諸注意
外見年齢二十歳未満の方の飲酒に関しましてはマスタリングをさせて頂きます。
リプレイ
●
寒さと暖かさの譲り合いの日々が流れ、今日は晴天の青空だ。桜も喜んで顔を出し日光浴に勤しんでいる。春の訪れが風に乗ってやってくる。
季節の変わり目に人々は衣替えを行うが、ユトランティスもまた衣替えを終えていた。
「すっげー! シカイブロだってよ、言ってみようぜ!」
死海という聞き慣れない言葉に一般客の少年は心が踊っている。響きがなんとなくカッコイイ。少年は友達を誘って走った。
「おいおい危ねえぞ。転んで怪我でもしたら大変だ。歩け歩け」
ガルー・A・A(aa0076hero001)は年配者として少年達に注意した。素直な彼らは渋る様子もなく返事をすると、歩いて死海風呂へと向かった。
「ガルー来てください! 向こうでイチョウとかアネモネとかが咲いていてとってもキレイだったのですよ!」
さて、紫 征四郎(aa0076)も走っているではないか。
「さっき危ないから走るなって言っただろーが!」
「わわ、つい……」
「まったく、次から気をつけろよ。そんで、イチョウやアネモネがどうしたって?」
「洞窟の中や壁に花が咲いていたのですよ」
嬉しそうに言う紫の背中についていくと。本当に壁には花が彩られていた。微かな香りが、通路の芳香剤になっていた。
麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)も壁に目を奪われている。
「おや、紫さんにガルーさん。お二人も来ていたんだね。その水着、似合ってるよ二人とも」
「どうもなのです。ユフォアリーヤもお似合いなのですよ!」
彼女は麻生の後ろに隠れてしまった。相も変わらず極度の人見知りなのだ。
「こっちは確か桜風呂だったかな。俺たちは最初に湯上の学園に行くとしよう。桜風呂はとっておきだ」
「それでは征四郎達は最初に桜風呂に入るのです。絶対にとってもステキなのです」
「おっと、途中で会っても桜風呂のネタバレは禁止な」
紫達と別れた麻生は最初に楽園に訪れた。プールなだけあって、さすがの人数だ。知名度は低いと言いつつも衣替えの宣伝が効果を示して、遊びにくる一般人は多い。
プールは中心部に向けて深さが増す。
「こりゃ真ん中は俺らにはキツそうだなー」
「……ん、ギリギリ?」
ユフォアリーヤは首を傾げた。
「やってみるか――おっ、これは……結構あるな。あんましゆっくりはできないか」
「ん、ふふ♪」
水に揺られながら麻生の体にしがみ付くユフォアリーヤ、彼女は満足そうに笑っている。のんびりとは行かないが、リーヤが満足そうならと麻生も微笑んだ。
聞き知った声が耳に入って麻生は顔を向けた。ちょうど後ろから聞こえてきて、そこには月鏡 由利菜(aa0873)が立っていた。リーヴスラシル(aa0873hero001)との話し声が偶然聞こえたのだ。
「小さい頃の私に『将来あなたは騎士になる』と言っても信じて貰えないでしょうね……。当時の私は泳ぐのも含め、運動が苦手でした」
「そうだったな。長い修練は確実に実っている」
「はい。ラシルの戦技訓練をこなしていくうちに鍛えられました。それに……第二従者との出会いで、当時望んだ姿のうちの一つも実現できましたから」
子供達が元気そうに遊んでいる。浮き輪を持って、イルカの乗り物を持って。屈託のない空間。
「ユリナ、向こうにアソウ殿もいる。依頼で、こう一緒に遊ぶ機会は全くないだろう。共に遊ぶ、それも悪くない選択だ」
「はい、そうしましょう」
二人は水を押し出すように水中を歩いた。月鏡はその最中に降り注がれる視線にやはり悩ましげだ。彼女は目立つ水着姿を最初から気にしていた。リーヴスラシルは大丈夫だと言うものの。
●
虎噛 千颯(aa0123)が紫を呼ぶ声で彼女は振り返った。桜風呂に一番乗りをしていたのは紫とガルー、木霊・C・リュカ(aa0068)とオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)だけで他に一般客の姿はなかった。
「トラガミ! やっほうなのです」
「おっ、先客発見! 湯加減はどうよ~四人とも」
「良い塩梅かな。ちーちゃんもおいで、気持ちいいお風呂だよ~」
「おうおう。よっしゃ! 琳ちゃん一緒に入ろうか!」
虎噛の後ろからは呉 琳(aa3404)が付いてきていた。最初は琳が案内役として先頭にいたのだが、道中の花に視線を傾けている間に順番が反対になってしまったのだ。
「チハヤ! 本当に桜だ! 桜の匂いがする!!」
「この時期にピッタリだな! お邪魔するぜー」
「どうぞどうぞなのです」
夜桜、その静かな雰囲気を壊さないように二人はゆっくりと湯船に浸かった。
紫は浮いた花びらを両手で掬い上げて、少しだけ開いた隙間から花びらと水を流した。何の意味もない行為だが、紫は何回も繰り返した。
「こうやって、皆でゆっくりできて良かったのです。戦いばっかりじゃやっぱり、疲れてしまうのです」
本来ならば。
まだ齢の低い彼女は戦場に相応しくなかった。教科書を広げて、友人に囲まれる。友情と愛情と、幻想に育てられる歳だ。
彼女は戦場に出て、人々を庇って傷を背負う。
「後で温水プールで遊ぼっか。思い切り泳げるからね。お兄さんは浮き輪でぷかぷか浮いてるけど」
「温水プール! 勿論行くのです。今は麻生達がいるのです――あ、リュカ! 途中で麻生にあっても桜風呂のねたばれはめっ、ですよ」
「ふふ、約束約束」
足音が聞こえてきて、その正体はすぐに笹山平介(aa0342)だと分かった。桜風呂に入るのかと思えば、彼は琳を呼んだ。
「リンさーん、檜風呂ってどこにあるのか教えてもらえませんか」
「へーすけも来てたのか! 檜風呂ならすぐ隣にあるぞ、良い香りだ!」
「ありがとうございます」
笑顔を宿したまま彼は檜風呂とは反対側の方へと足を向かわせた。
「おーいそっちじゃないからなー!」
「分かってます~」
洞窟から声が響いた。
紫達は十分以上も夜桜を満喫している。長風呂を苦手とするオリヴィエはそろそろと立ち上がった。
「……檜風呂に行ってくる」
「一人じゃ寂しいだろうし、俺様もついてくぜ。二人はどうする?」
「もうすぐジュースが来るだろうし、お兄さんはまだここでゆっくりしていくよ」
「それなら征四郎もゆっくりするのです」
噂をすれば、ニコニコと笑顔を浮かべた従業員がジュースとお酒を持ってきてくれた。
「ジュース、日本酒はいかがですか?」
「おお、チハヤジュースだ! お酒もあるんだぞ。チハヤ、お酒好きだろう! 俺はジュースを飲むけどな!」
「花見気分で乾杯だな? くーっ! 最高だぜ。俺ちゃんもおひとつ頂戴っと」
ジュースとお酒が配られてくる頃合いに、プールで遊んで疲れた子供達とその保護者が合わせて五人ほど集まってきていた。各々「綺麗」や「良い趣向だ」や「お腹空いた」と色とりどりの感想等を並べてお風呂に入った。
紫も撮り損ねないようにジュースと日本酒を取った。日本酒はリュカの分だ。手に持ってからようやく気づくのだが、この紙コップには花柄の模様が描かれていた。細かい所まで春模様。
「はい、じゃあ乾杯ね。お酒はまだ駄目だよ、大人になったらね」
「モチロンなのです。それじゃあ、乾杯」
――死を乗り越えて今を生きられた事に。
柔らかなお湯が体を包み込んでくれている。ジュースを飲んで思い出した。優しい色をしていて、仄かに体をくすぐる花びらは甘えるように、人々に体を寄せるのだ。
紫はふと思い立って、花びらを二枚指に浮かべるとリュカの両頬にくっつけた。
「んん?」
「何となくやってみたかったのです。何となく、似合っているのです」
「ありがと、せーちゃん」リュカはそう言ってお酒をまた、一口喉に通した。
「……酒を持ちながら歩くな、本当におっさんに見えるぞ」
ガルーは当たり前のように日本酒を持ってオリヴィエの後ろについていた。
「お酒の匂いダメだもんね。お子様はまだやめときなさい」
「飲みたいと思っていないし、大体どうして酒がダメだと分かっていて持ってくるんだお子様ではない。それにお子様じゃない」
「嘘だよ怒るなって、お前さんは子供っぽくは無いよ」
日本酒特有の香りがオリヴィエの鼻についた。すぐにでも檜風呂に浸かろうと、オリヴィエは足を早めた。檜の香りの方が心地よいに違いない。
●
真壁 久朗(aa0032)は死海風呂で人々が楽しんでいる姿を座って眺めていた。
「なるほど、こりゃすごいな」
中央で浮いていたのは麻生だ。
「これなら本も読めそうだぞ。良いベッドになるな……って、リーヤ? 一体何をしようと」
「ん、こうする」
ユフォアリーヤは寝そべる麻生の体に仰向けになって被さった。ちょうど麻生の胸にユフォアリーヤの頭が乗るように。
「……おー、ぷかぷかする」
傍から見れば浮いているようにも見えるが、麻生は両手で地面を押して沈まないように努力しているのである。しかしながら容赦のない狼である。
「ちょっと休憩、俺は縁で休んでるからリーヤはもうちょっと死海ってのを体験するといい」
「ん、わかった」
「目に入らないようにしろよー?」
他の浮いている客に体をぶつけないようにして麻生は縁に座った。自由になった両手を大きく伸ばしていると、真壁と目があった。
「こんにちは真壁さん。真壁さんも死海風呂、体験してみたらどうだ」
「いや、俺はいい。少し足を入れただけで、死海風呂の事がよく分かる」
「浮いてくるもんな。他の風呂は回ったのか?」
「特に。少し満喫したら上がるつもりだ」
ユフォアリーヤは浮きながら尻尾で呑気に舵を取っている。楽しげな姿だ。こういう場合、大体長引きそうだと麻生は分かるのだ。
「リーヤ、死海風呂は快適だろう」
「ん、快適」
「……そういや、長時間入ってると体が痒くなるんだっけか。そんな話をどっかで耳に挟んだんだが」
ぴくりと耳を反応させたユフォアリーヤは素直に死海風呂から退散した。計画通りだと、麻生は真壁に別れを言うと、次の目標ミストサウナに続く洞窟を歩き始めた。
一人でのんびりしていた真壁は、そろそろ出る頃かと立ち上がった。あまり長居しても逆上せてしまうだろう。出口の道を歩き始めた彼だったが、途中で足を止めた。彼を呼ぶ声が聞こえたからだ。
振り返ってみれば笹山平介(aa0342)が笑顔で真壁を呼んでいた。
「あっちに檜風呂があるようなので一緒にいかがでしょう?」
「檜風呂か」
彼の誘いを断る理由はない。真壁は横に並んで、二人で檜風呂まで歩いた。
●
白虎丸(aa0123hero001)は一番最初から今まで変わらず、檜風呂で心と体を休めていた。戦場では感じられない檜の平和な香りが休息なのだと体に教えてくれる。白虎丸は大きな図体を肩まで沈めていた。
彼の隣には濤(aa3404hero001)がいる。いや、すぐ隣ではない。少し斜め後ろだった。
「木の浴槽って日本ぽくて良いよね。それに何だかいい香りがするよ」
そう語るのはアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)だ。心地よさに体が包装されていくのは日本の文化なのだろう。つい歌を口ずさんでしまうものだ。
「森の香りどすな。リラックス効果があるそうどすえ」
「だからこんなに落ち着くんだね~。ずーっと入ってるとそのうち寝ちゃいそう」
八十島 文菜(aa0121hero002)の言うとおり落ち着く香りだった。目を瞑れば自然と辺りは森の中。鳥の囀りさえ聞こえてくるのではないだろうか。
ところで濤がなぜ白虎丸を盾にしているかと言えば、彼は女性が苦手だからである。
「濤殿はどうかされたでござるか?」
「ど、どうもしてないでござる……」
「ならいいんでござるが……。あ、そうだ。よかったら背中を流して頂けるでござるか……」
「はい、喜んで。いつも苦労されてますから」
「これはかたじけないでござる。でも、濤殿も日頃頑張っておられる、次は俺が濤殿の背中を流そう」
英雄も英雄で苦労する事は多いのだ。二人は湯船から上がった。
意味もないが、流れるままに八十島は二人の背中を見送っていた。
壁には梅の枝が描かれている。
「飛梅って知ってはりますか?」
「トビウメ? 聞いたことないなあ」
「むかーしむかしのお話どす。あるお屋敷には梅と松がなっておりました。そやけども主人がある時、いなくなってしもた。悲しみに暮れた梅と松は主人の後を追って、なんと飛んでいってしまったんどす」
「木ごと?」
「そう。すごい話でしょ」
「あ、だから飛梅って言うんだね。それにしても本当にすごいなあ。主人はとっても優しくて、良い人だったんだね。木が飛んでっちゃうほどのご主人だったんだ」
「フフ、アンジェリカはんもうちが慕って追って行く程の立派なお人になっておくれやすな」
「あはは、頑張るよ」
梅はしっかりと主人の場所に辿り着いたが、松は途中で落ちてしまったのだという。
濤は白虎丸のために日本酒を取りに日本酒風呂へと行った。その間に白虎丸は再び湯に浸かり、檜風呂を体の隅々まで堪能していた。
「飛梅か」
聞き耳を立てていた訳ではないが、白虎丸も話を聞いていた。自分の主人はどうだろうか。一度考え出すと頭の中のアルバムが次々と捲られて、止まらなくなってしまうものだ。濤が戻ってくるまで腕を組みながら、虎噛との日々を夢想した。
●
日本酒風呂はすぐ隣にあって、濤は洞窟を歩いていた。日本酒を取って戻ろうとした時、洞窟の中で花に感激を覚えているリリィ(aa4924)の姿が見えた。
「わあ……」
足元に揺れる花を屈んで見つめる。指先で触れてみて、撫でてみる。花びらの一枚一枚が綺麗でリリィの興味を惹くのだ。
「とても美しいですわ。これが春の花、という物なのですね」
「綺麗ね。こんな綺麗な景色が咲いていたら、歌にしてしまう歌人の気持ちは分かるわ」
ずっと花と戯れていても今日という日は無駄に思えないだろう。
リリィは通行人が歩いてきているのも構わず花を眺め続けていた。
「お、これはアンズだな。立派だな」
「癒やされるねえ父さん。可愛い可愛い」
「そうだな。なんだかパパも元気になってきた。よーしお風呂を出たら卓球勝負だ!」
「いいの?! じゃあ僕負けないよ。容赦しないからな」
大人になった子供とお爺さんになった父の親子連れが過ぎ去っていく。後からまたもう一人、女性の友達連れが花を見て色とりどりの感想を並べるのだ。
リリィは喜びを隠せず、表情に出ていた。彼女は音楽が人を癒やす存在であることを知っているが、花まで人を元気にさせるのだとは思わなかった。今初めて知ったのだった。
「あら、あなたはリンカーですわね。ごきげんよう、初めまして。リリィと申しますわ」
「ど、どうも」
物珍しく花を見物しているリンカーを物珍しく見てしまっていた濤は、早く通り過ぎるべきだったと反省した。女性を見るだけで一歩引いてしまう彼が話しかけられるのだから、心拍数は上昇し放題だろう。
「わ、私は濤と申しまして、あのう友人が向こうで待ってるのですみません」
「その前に一つだけ聞きたいのですわ。濤様はお花、可愛いと思いませんか」
「はい、はいそれはとても」
その答えを聞くと、リリィは更に喜んだ。お酒は飲んでいないが顔が赤くなった濤は、そそくさと檜風呂にいる白虎丸の所へと日本酒を運んだ。
「さ、リリィ。あたし達も行きましょう。あまりここに長居していては皆もお花をよく見れないでしょうし」
二人は日本酒風呂に辿り着いた。何人か一般客もいる中で、やはりこちらのお風呂にもリンカーはいるようだ。
そこにはオリヴィエとガルーがいた。
「……喉が渇いた。ガルー、さくらんぼジュースをもってこい。そうしないとここの湯を飲む」
「そいつは色々と問題だからジュースでも持ってきてやるよ。にしても、匂いだけで酔っ払うんだな」
「はやく」
「はいはい」
――まさか何となく持ってきた日本酒の香りだけで日本酒風呂と知らず入浴するとは思わなかったぜ。
オリヴィエは酔っ払っていた。最初は檜風呂に入るつもりだったのだが、気付いたら日本酒の風呂にいたのだ。ちなみに、今も気付いていない。
リリィとカノン(aa4924hero001)はガルーとすれ違いになって風呂に浸かった。ちょうど日本酒が配られたからとカノンは紙コップを手にした。彼女にとって今回が初めての日本酒の味だ。
「へえ、こんな味なのね。本当に日本の味がするみたい」
「ねえカノン~。さくらんぼジュースリリィもー」
早くもリリィは酔っ払っていた。日本酒を飲んではいない。彼女もまた匂いで酔ってしまったのだ。結果的にいつも以上にカノンに甘えることになった。
「二個持ってきてほしいですわーふたつう」
「皆の分もあるんだから一個だけよ。後で何か買いましょうね」
「ええ~。じゃあ抱っこしてくださると嬉しいのですわぁ」
「後でね、後で」
「じゃあおんぶで我慢しますわ~」
「それも後でね――はい、ジュース」
紙コップに着いた花模様をぼうっと眺めた後に彼女はさくらんぼのジュースを口にした。美味しそうに「はあ」と満足の溜息を吐き出した。
「おそい」
オリヴィエの所にもようやくジュースが届いた。ガルーはちょっとした悪戯心で足取り遅く戻ってきたのだ。
「持ってきたんだからいいだろ。乾杯するぜ」
乾杯して、それぞれコップを口に運ぶ。
ジュースを飲み干したオリヴィエは目的が達成されたおかげかうつろうつろ頭を揺らしていた。
「おーい、大丈夫か?」
ガルーは眠りそうなオリヴィエを抱えて日本酒風呂から脱出させた。その後ろからはカノンも続いた。デッキチェアで休憩だ。
●
ミストサウナではアトリア(aa0032hero002)とゼム ロバート(aa0342hero002)が競い合っていた。我慢大会だ。
「……出たければお先にどうぞ」
「俺はまだ物足りないんでな。お前こそ機械だろ、もう出たらどうだ」
「へっちゃらです、これくらい。それよりアナタも顔が真っ赤ですよ無理はなさらなくていいのですから」
「お前だって髪が真っ赤じゃないか」
「これは元からです!」
四十度だからといって甘く見てはならない。人間の体温以上だということを忘れてはならないのだ。最初こそへっちゃらだったが、二人ともだんだんとぼうっとしてきた。
「なぁ、お前はどこからこの世に来た」
話題を逸らすためにそう言った。
「何処から? 以前の世界のという意味ならば……シンジュクです。この世界にも似たような場所がありましたね。ワタシの世界の方は……殆どが廃墟でしたが。ワタシも言ったのですから、いつかはアナタも教えるのですよ」
「どこか行きたい所はないのか……」
「行きたい所は……全てですよ。陽の光の差す場所、全てです」
「……久朗の事をどう思う」
「……婦女子に根掘り葉掘り訊くものではありませんよ」
話題を逸し続けてきたが、そろそろ退散だ。ゼムは立ち上がった。
「出るぞ……もう充分だろ」
「負けを認めるということですね」
「違う」
ゼムはアトリアの腕を強引に掴むと、無理やり二人で外に出た。
「これでお相子だ」
「あ、ずるい!」
「お前も限界だっただろう。無理するなと言ったのは誰だろうな」
「く……では次は卓球で勝負です! 行きますよ」
二人は温泉から上がって服を着ると、再び勝負事に熱中するのだ。
ミストサウナには次に白虎丸が訪れた。被り物はそのままで。
●
「一足早い桜のお花見ができましたね」
「入浴しながら花弁を眺める、か……こういうのも悪くないな」
綺麗な夜桜を見て月鏡は言った。彼女の近くにいた麻生は壁に凭れながら言った。
「本当にな。こんな贅沢な景色が見られるのはここだけなんじゃないか」
「そうかもしれませんね。今日はチケットを貰ってきてくれたラシルに感謝しなくては」
「当然のことをしただけだ」
連日の疲労が溜まっているから主人のためにその疲れを労う。彼女にとっては当然のことだ。
麻生が酒を取りにいくのを見て、リーヴスラシルは先程日本酒風呂から持ってきた紙コップに残っていた酒を飲み干した。
「ラシルさんも飲むんだな」
「普段は控えているがな。私は教職員だから生徒の前で酔うと示しがつかん。こういう時だけだ」
「その気持ちわかるよ。俺も多くの子供達の前で酔っ払う真似はできないな」
メインの桜風呂には琳と虎噛の姿もあった。途中で虎噛は日本酒風呂に行って酒を持つとすぐに桜風呂に戻ってきたのだ。そして二人でまた、この桜を楽しむ。
檜風呂から移動してきたアンジェリカと八十島の姿も見える。ジュースを貰ったアンジェリカは「やったあ」と素直に喜んだ。八十島は日本酒を貰って、二人で乾杯。桜の花びらが浮かぶ湯に浸かり、日本の春を見る。
「アンジェリカはん、桜が何で綺麗か知ってはりますか?」
八十島は言った。あまりにも突然だったのでアンジェリカは考え込んだ。十秒だけ腕組をして出た答えがこうだ。
「しっかり手入れしているから?」
「実はな、桜の木の下には死体が埋まってるんや。それを養分にしてあない綺麗な花を咲かせるんどすえ」
えっ?! と驚いたのはアンジェリカだけではない。琳も似たような反応で驚いた。
「そうなのか?! このお湯の下には死体がたくさん!」
虎噛も八十島と一緒になってくすくすと笑うのだ。桜の下に綺麗な死体が埋まっているとは大変じゃないか。
「ただの言い伝えどす」
「なんだびっくりした! よかった、死体は埋まってないんだな!」
「もう! 文菜さんが物知りなのは解ったけど背筋がぞっとしちゃったよ。これはもっとしっかりお湯に漬かって温まらないと!」
一安心だ。もしその言い伝えが本当だったら恐怖の温泉になるところであった。
「濤ちゃんはまだ女の子が苦手なの?」
「まだ全然駄目みたいだ!」
「真面目過ぎだなぁ。もう少し力を抜けばいいのに。まあ~真面目過ぎる濤ちゃんも嫌いじゃないけどね」
最初から最後まで流れるゆったりとした時間。格別だ。優待チケットを配ってくれた心優しい人間の望んだ景色が広がっている。日々疲れるエージェントの癒やしの空間。
そろそろ逆上せてしまうだろう。月鏡はリーヴスラシルを連れて、二人で温泉を出た。月鏡はようやく服を着替えることが出来てほっと安心だ。
二人は休憩所にいくと緑茶を頼んだ。別の席ではリュカや紫達四人が昼食を楽しんでいる。アトリアとゼムが勝負をする音も聞こえてきた。
「アトリアさんの言っていた出発前の訓練とは、卓球の事だったのでしょうか」
「後で本人に聞いてみるとしよう。……今日はよくリラックスができたか」
「最初は水着が慣れませんでしたが……やっぱり温泉の効果はすごいと思いました。今はとても落ち着いています。最近愚神が大暴れしたとは思えないくらいに」
「そうか。……また機会があればここに足を運ぼう。良い思い出になったな」
「はい。また来たいです」
良い一日は、良い仲間から。そんな言葉が壁に書いてあった。
今楽しい気持ちにさせてくれるのはラシルがあってからこそかな。月鏡は胸の中で言った。ラシルも楽しんでくれているだろうか。
酔いが覚めたリリィは顔を真っ赤にしてカノンに謝っていた。
「申し訳ありませんわ。もう本当に、どうしてなのか自分でも分からないのですわ」
「別に気にすることないわよ。普段とは違う一面も見れてあたしは悪い気分じゃなかったから」
「普段とは違う一面……」
客観的に先ほどの自分を思い返すと、尚更リリィの顔は赤くなって、視線は下に降りた。
「でも、でも迷惑をかけてしまったのは事実ですわ。罪滅ぼしで、何かカノンのしたい事をしてあげたく思いますわ。何か」
「そうね」
カノンは顎に指を置いてしばらく考えた後、笑ってこう言った。
「じゃあ、またここに来ることを約束してくれるかしら」
「容易い御用ですわ! 約束ですわ。必ずここに戻ることを」
約束を終えた二人は、お腹が空いてきたからと二人も昼食のメニュー表を見回した。そばがあったので、ここは日本らしくリリィはそばを選ぶことにした。
お湯から上がった麻生はユフォアリーヤの髪を乾かしていた。
「……ん、来て良かった」
嬉しそうにその尻尾は左右に揺れている。
「今度はガキ共も連れてきたい所だが……。きっと喜ぶぞ。プールもあるしな」
ユフォアリーヤの髪を乾かした後は梳かす番だが、その時に使う櫛は子供達が作ったものだった。麻生は大切にしていた。
「……ん、貯蓄開始」
そのためにはお金が必要だ。麻生はまた明日から頑張ることを決意した。子供達を楽しませたい、その一心で。
●
檜風呂にいた人々はだんだんと数は少なくなってきていた。エージェント達も夜桜や、ミストサウナに集まっている。アトリアとゼムもミストサウナで勝負をしている。
一般人の数もまばらで、檜風呂は落ち着いていた。
「賑やかな声がここまで聞こえてくるな」
琳と虎噛の楽しそうな声が耳に届く。何をしているのか、言っているのかは分からないが。
「えぇ……こうしているとよく聞こえますね♪」
「冬は寒くて中々外に出れなかったし、春は皆で何処かに出かけようか」
「良いですね♪ またピクニックのような事もしてみたいです♪」
花と春風に囲まれて、お弁当でも作って。セラフィナが精を出しておにぎりを作ってくれるだろう。皆で過ごす楽しい一日は過ぎるのは早いが、一生物の思い出としてずっと残り続ける。
またピクニックでもしたい。
檜風呂に入っていた人々は一人、また一人と別の温泉に移ろいゆく。
「平和だな」
静かな水音。鹿威しの音のようだった。
二人と離れて座っていた老人が風呂から出ると、檜風呂にはついに二人だけになってしまった。貸し切りの状態だ。暫く沈黙を守っていたが、やがて真壁はこう口を開いた。
「悩みという程でもないが……」
そう言った。
「俺はこういう人間だから、あまり人を楽しませてやる事が出来なくて」
人の気持ちはよく分からない。だからどうやって楽しませてやればいいのか分からない。だから――
「皆につまらない思いをさせているんじゃないか、と思う時がある」
真壁はうまく伝えられているのか分からなかった。手探りでゆっくりと、言葉を歩ませた。
彼の言葉に笹山は大きく頷いた。大丈夫、分かっているよと。
「『嬉しい』感情は『楽しい』に近い感情ではないでしょうか」
唐突だった。真壁は最初、笹山が何を言いたいのかが分からなかった。
「貴方と友達になれた日、私はとても嬉しかった……そこからですよ、友達が増えたのは……」
「俺は別に、何も……」
「九朗さんがいなかったら、今の私はありませんでした。……長い間ずっと私を楽しませてくれていた……これはちゃんとお礼を言うべきでした」
貴方にわかるように。
「ありがとう」
遠くではしゃぐ声が聞こえてくる。それは本当に楽しそうである。仄かに香る檜もまた笑っていた。
笹山は真壁の頬を摘んだ。
「な、なんだ」
「だから一つだけ友達として言わせてもらうけど……僕は君といてつまらないと思った事は一度もない……」
そして頬を離した。
すると真壁は僅かに微笑してこう言った。
「皆につまらない思いをさせているんじゃないか、と思う時がある。さっきはこう言って終わったが、続きが出来た」
「続き、ですか。ぜひ聞かせてください」
真壁は少し黙った後に続けた。
「でも、隣で笑っていてくれる奴がいるなら、俺は頑張るよ。お前みたいなさ」
どこからか春の風が吹いてきた。水面を揺らして、それはそれは優しい風であった。暖かい風であった。
担当:玲瓏
結果
シナリオ成功度 | 普通 |
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