本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】彼岸の此方

時鳥

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/04/13 20:41

掲示板

オープニング

●花と岸
 四国の地に、二体の愚神が足を踏み入れた。
 それは、濡れ鴉の様な長い髪。
 それは、喪服の様に黒い着物。
 それは、黒い『蝶』を纏っていた。
(命は絶対)
(一時の間)
 2体の愚神は正座したまま神門を見上げる、と同時に口を動かし言葉を紡ぐ。
「『女王の命より、花の名を冠する姉妹。彼岸、参りました』」
「蓮……いや、別の個体か」
 鏡に写したか様に細部まで『同じ姿』の『彼岸』と名を名乗った双子の少女を、興味深そうに神門は視線を向けた。
「『混沌、この地に現れる能力者を倒させてもえらば、そちらの件は全力で受けて差し上げますわ。能力者が作りしモノ、邪魔ですわよね? との事』」
「花の名を冠する姉妹の力、我の為に働いてもらうぞ」
 絹のように白く、枯れ枝の様に細い手を伸ばす『彼岸』に、神門は古い紙で包装した掌より小さなモノを小さな掌に乗せた。
「『感謝します。ヒトは、ヒトを思う力が強い、と聞く。ならば、死んだ者と会い、思う力が高まったままゾンビにしたら、ライヴスは通常より多く奪える、そう思う』」
 『彼岸』は包みをゆっくりと開け、包まれていたソレを口し飲み込んだ。
「汝らの活躍に期待しよう」
「『では、準備を、進めましょう』」
 と、神門に返答しながら『彼岸』は恭しく頭を下げた。

●予知
 香川県高松市の地元警察から行方不明者の調査依頼が入ったすぐ後のことだった。
 プリセンサーが身を震わせ自身の体を掻き抱き目を見開いた。
 赤、赤、赤、と連続で、連鎖するように並ぶ鳥居。
 その中を行く、腐敗しきった悍ましいゾンビの列。
 靄がゾンビ達の足元に広がり、鳥居の赤がより映える。
 そして――、ゾンビの列に混じる一人の少女。
 不可思議で不気味な光景であった。
 靄は朝靄だったのだろうか。
 そういえば微かに明るかったようにも感じる。
 プリセンサーから報告を受けたH.O.P.E.は鳥居の場所の特定を急いだ。
 ゾンビの群れ、それに少女。
 もしかしたら少女は被害者になるかもしれない。
 鳥居、ゾンビ、そのキーワードから今起きている四国での騒ぎの一端に間違いはないだろう。
 そして、つい最近舞い込んだ香川県の行方不明事件。
 朝靄、つまり早朝。
 行方不明事件の調査の最中、ある怪しい儀式が四国八十八霊場、84番屋島寺の奥で行われているのではないか、という情報が舞い込んだ。
 屋島寺の本堂の右奥、裏側の道の先には赤く連なる鳥居が森の奥へと続いている。
 鳥居は徐々に曲がりくねり入り口からでは奥の方まで見えないという。
 屋島寺へ向かっていたのか、はたまた遠ざかっていたのか、プリセンサーの予知では分かっていない。
 ことが起きるか、起きるべき時間が過ぎるまでその鳥居近辺で様子を伺ってほしい。
 という、そういう依頼を出すことにした。

●彼岸の此方
 朝霧と寒さ漂う早朝。
 静かな中、屋島寺は厳格さを保ったまま佇んでいる。
 その中をゆるりとした足取りで進む一塊の影。
 人だろうか。
 ゆらゆらと体が揺れている。
 そして霧に溶けるように漂ってくる腐ったような香り。
 ――ゾンビ。
 それが十体程ゆらゆらと列をなして歩いている。
 ソレ等の前を行くのは一人の少女。
 黒髪に乗せられた青い花を揺らし、草履で白い石畳を踏みしめて。
 遅い足取りだが確実に。
 奥へ奥へと進んでいく。
「邪魔はさせません」
 小さく少女は呟き朝靄の中に鮮明に浮かぶ赤い連続する鳥居を見つめる。
 この先に待つ赤い片割れの元へと。
 急がねば、と。
 青い彼岸は思う。
 ゾンビを先導し、少女は赤い鳥居へ差し掛かった。

解説

【はじめに】
 こちらは紅玉MSのシナリオ『【屍国】彼岸の彼方』と相互に影響を及ぼし得ますが、処理上は独立したシナリオとしてプレイングを取り扱います。
 他のシナリオ参加者との連携は無効となりますのでご注意ください。

【目的】
ゾンビの殲滅

【場所】
香川県高松市にある屋島寺の奥にある鳥居の前です。
(シナリオ『【屍国】彼岸の彼方』は鳥居の奥)
鳥居は連続で赤い鳥居が連なっており、道は蛇のようにくねっている為、入り口から出口までを見通すことは出来ません。
鳥居の数は30程で、通れば長く感じることでしょう。
森の中にある為、日差しは少なく、早朝でやや薄暗いです。
早朝であり、朝靄が発生している為、視界はよくありません。
時間軸はシナリオ『【屍国】彼岸の彼方』でエージェント達が赤の彼岸に接触した後です。

【ソンビについて】
10体のゾンビが青の彼岸に先導され赤の彼岸がいる鳥居の向こうを目指しています。
青の指示に従います。

【彼岸】
花の名を冠する姉妹の『彼岸』
髪と着物は黒く、右が赤、左は青の彼岸花を髪に付けている。
デクリオ級。
黒い揚羽蝶を操っています。
詳しいことは現在分かっていません。
プリセンサーの予知に映っていた少女ですが、遭遇するまでPCは愚神だということは分かっていません。

※『●花と岸』、また、彼岸の敵情報はPL情報となります。『●彼岸の此方』はPCが目撃すればPC情報に落とし込めます。

リプレイ


 林に囲まれた深紅の鳥居の列。
 それは確かに此岸と彼岸を結んでいるかのようだ。
 生ける骸を従えた儚げな少女も現れ、いよいよ夢現、生死の境は薄れていく。
 大宮 朝霞(aa0476)とニクノイーサ(aa0476hero001)は林に隠れ、それを待ち構えていた。
「来た来た。予知の通りね」
『朝霞、いつものヤツは省略して共鳴するぞ』
「……仕方ない。ニック、変身よ!」
 ひそひそとやり取りし、二人は共鳴を遂げる。現れるのは、白と桃に彩られた衣装を身に纏う、『聖霊紫帝闘士ウラワンダー』。いつでも戦えるように杖を握りしめつつ、彼女は少女の様子を窺う。
「先頭のコ、愚神なのか操られているのか、ニックはわかる?」
『どうだかな。状況から考えるに、愚神だとは思うが』
 朝霞は数枚の写真を手に取る。警察から拝借した行方不明者の写真だ。蠢く十体のゾンビと、写真の中の人々を彼女はつぶさに比べていく。
(同じ格好をした人は……いない、ね)

 一方、朝霞達とは反対側の茂みに、アリス(aa1651)と日暮仙寿(aa4519)は潜んでいた。既に互いの相棒、Alice(aa1651hero001)に不知火あけび(aa4519hero001)とは共鳴を済ませている。
 その二人の視線は、鋭く少女の姿を捉えていた。
「……先導している?」
「かもしれないね。ゾンビも列をなしてるし」
 アリス達は囁き合う。動きの鈍い屍を連れて、わざわざ亀の歩みで少女は参道を進んでいる。明らかに怪しい。
 仙寿もまた、少女を見つめていた。彼もまた少女の行動と先導と受け取った。ゾンビが彼女を襲う様子も無い。この先では怪しい儀式が行われているという話もある。
(あのゾンビは、儀式に必要な存在なんだろうが……何故鳥居を通る必要がある?)
(夜にこっそり動く事だってできたかもしれないのにね)
 二人は心の内でやり取りする。ゾンビはこちらに気付かず、少女の背に従いのろのろと彼の前を通り過ぎようとしていた。
(朝霧の中で祠へ参る。これこそがそもそも儀式なのかもしれないな……)
 アリスは魔導書を開き、仙寿は手のひらをゾンビへと向けた。急襲の準備はいつでも整っている。後は仲間の動きを待つばかりだ。


「待て」
 真壁 久朗(aa0032)はアトリア(aa0032hero002)と共に鳥居の影から姿を現す。
「ここは危険だ。事件が起きている可能性がある。だから、俺達HOPEの指示に従って避難してくれないか」
 平静を保ち、慎重な態度で、少女の真っ白な顔を窺いながら久朗は話しかけた。
 その腕に留められたカメラが、少女達に向かって赤い光を放っている。
「……馬鹿なのですか。貴方は」
 少女はぽつりと呟くと、彼らの事は無視して先へ進む。
『クロウ』
「いいんだ。今は通せ」
 久朗達は敢えて素通りを許した。
 奇妙な行列は、まるで久朗達がいないかのように目の前を通り過ぎていく。
「待てよ」
 霧の中から、今度は小洒落た風貌の青年と、その隣にぴたりと寄り添う少女が現れる。炉威(aa0996)とエレナ(aa0996hero002)だ。
「こんな朝早くからガキが独り歩きとはね。目的は?」
『さっさと話しなさい。わたくし達はもっと素敵な所へ行きたいの』
 彼らはまるでゾンビには気づかないような素振りで尋ねる。今度は少女の顔色が曇る。黒髪に乗った青い華が、ゆらりと戦いだ。
「邪魔です」
 少女はそれだけ呟く。そのまま二人を放置して、鳥居の先へと彼女は進もうとする――

「行かせないわよ。こんな時間に祠参りなんて、普通する?」

 しかし、そこへ志賀谷 京子(aa0150)がアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)と共鳴した姿で、少女の前に立ち塞がった。
『これ以上先へ立ち入るつもりなら、無理にでも帰って頂きます』
 既に弓は左手に取っている。横に広げて、少女の進行方向を塞いでいた。少女は何の色も宿らない瞳を京子へ向けたかと思うと、言葉もなく右手を突き出した。
 その指先に、黒羽の蝶が次々と集まっていく。
「邪魔だって、言ってるんです」


 少女の敵意が膨れ上がっていく。その瞬間を見逃さず、朝霞は茂みの中から飛び出した。
「ウラワンダー☆フラーッシュ!!」
 杖の先に集まった光が、敵の正体を明々と照らす。
 愚神だ。少女は紛れもなく愚神だ。
「皆さん! あの女の子は愚神です! 躊躇う事はありません!」
「……」
 少女は黙ったまま黒い蝶を飛ばす。
 光を受けて怪しく羽根を輝かせながら、蝶は正面のエージェントに向かって飛んでいく。
「やれやれ。分かり切ってたことだな」
(全くですわ。さっと片づけてしまいましょう?)
 共鳴を終えた炉威は、アサルトライフルを取り出し引き金を絞る。
 飛び出す無数の銃弾が、蝶とぶつかり弾けた。
「……」
 俄かに始まる戦いに、ゾンビもまた前のめりに戦闘姿勢を取る。
 しかし、突如として飛んだライヴスの網が、そんな彼らの動きを封じ込めた。
 刀を抜いて身を乗り出しながら、仙寿は叫ぶ。
《今だ。美空!》
(レッツパーリィィィィ! 今宵? は殺戮の宴なりぃぃ!)
『面倒くせぇ。纏めて全部ぶっ飛ばしちまうか!』
 そこへ突っ込むは美空(aa4136)とR.A.Y(aa4136hero002)の凸凹コンビ。
 R.A.Yを着込んだ美空は、背中に背負った機械のツバサ――カチューシャMRLを突如としてぶっ放す。網に絡まれたまま動けず、ゾンビは為す術無く爆風に吹き飛ばされた。
腐肉を撒き散らしながら、それはまとめて鳥居の外へと弾き出されていく。
『おいおい。周りを気にして手加減してねえか? それでも世界で最も邪悪なる美空の末裔か?』
(もちろんであります。どんどん行くでありますよ)
 ゾンビはのろのろと立ち上がるが、そこへどす黒い炎の弾が次々に襲い掛かる。
 魔導書を構えたアリスが、参道に姿を現した。
「行こうアリス」
「うん。彼岸の者は彼岸へと帰るんだ。ここは此岸なんだから」
 炎を振り払おうともがくゾンビの内の三体に、光の矢が鋭く突き刺さった。京子はさらに矢を番え、ゾンビへと狙いを定め続ける。
「今はこの敵を片付けないと……」
『知り合いが近くで調査していると言いましたしね……これ以外にもおそらく何かがあるのでしょう。急ぐ必要があります』
 肉を吹き飛ばされ、身体を灼かれ、喉や心の臓を穿たれながらも、ゾンビは尚も立ち上がってエージェント達にその穢れた爪を突き立てようとする。しぶとさだけは並大抵のものではない。
「……あの敵を見ていると、どうにも嫌な予感がします」
『嫌な臭いもな。さっさと行こうぜ』
 二人で戦況を観察していた茨稀(aa4720)とファルク(aa4720hero001)は、今ぞ好機と共鳴しながら飛び出した。
 霧に紛れて大太刀を抜き放ち、他のエージェントに気を取られているゾンビの背後へと回り込む。
「さっさとあの世に帰んな」
 茨稀はドスの利いた声で言い放ち、鋭く首を撥ね飛ばした。
 ゾンビの首が高々と舞い上がり、態勢を崩した胴体はどうとその場に倒れてもがく。
「貴様も。お前もだ」
 冷酷無比の声色で、ゾンビの脳天を刺し貫き、脚を斬り離す。まるで鬼の業である。
「茨稀さん。此方の人手は十分なのであります。あのちんまいヤツの方へ行くであります」
「言われなくてもそうする。奴がこいつらの首魁なんだからな」
 茨稀は駆け出した。ゾンビを吹き飛ばすミサイルの列や炎の幕を切り込むように躱しながら。


 傍らのゾンビを女郎蜘蛛で縛り上げ、背後から少女に向かってつかつかと一人の侍が近づいていく。
 白銀の長髪が揺らめき、羽毛がふわりと散る。仙寿は切れ長の目で霧の中に立つ少女の姿を真っ直ぐに捉えて尋ねた。
《朝霧で可愛らしい姿がよく見えないのが残念だ。名は何と言う》
「いやしくも名を尋ねるならば、己より名乗るのが礼儀ではありませんか」
《これは失礼。俺の名前は日暮仙寿だ。これでよいかな》
 緊張の糸は切らさず、しかし泰然自若に構えて余裕を醸し、仙寿は仰々しく頭を下げる。
「……私は彼岸と申します。邪魔なので、いい加減に通して頂けませんか」
 言い放ち、彼岸は着物の袖から喚び出した黒い蝶を周囲にばら撒く。
 ひらひらと舞い飛び、蝶は仙寿の視界を遮ろうと飛ぶ。蝶の一匹一匹が、彼岸が持つ拒絶の心をその小さな身に抱いていた。
 蝶を切り裂き、迫るゾンビの爪にも応戦しながら、仙寿はやれやれと溜め息をつく。
《花の名を冠する女子は、どうしてこう厄介なのか》
(仙寿様、それって私の事? 彼岸花は毒草だけど、あけびは薬草だからね!)
《冗談じゃないか。そう怒るな》
 仙寿は口元にうっすらと笑みを浮かべると、刀をはすに構えてゾンビへ斬りかかった。
「フワフワと目障りだね……」
 どんなに小さな的も逃さない。それが射手として抱くべき矜持だ。炉威もまた、次々に蝶を撃ち抜いていく。蝶が次々に弾け、黒い鱗粉を撒き散らしながらはらはらと落ちていく。散った鱗粉は、ふわりと炉威へと降り掛かった。
 最初は気にせず撃ち続けていた彼も、今になって体が重くなっていくのを感じつつあった。
(炉威様、何故でしょうか。身体に鉛でも流し込まれたかのような感覚ですわ)
「ああ、本当に目障りだ……」
 余裕もなくなり、炉威はふらつく。毒だ。視界が霞む。指先が痛み、小刻みに震える。
 目を凝らすと、手先に黒い鱗粉が付いているのが見えた。
「蝶に構うな。こいつめ、毒を持ってる!」
 炉威は敵の力に感づき、周囲に向かって言い放つ。
「えっ?」
『あぶねっ』
 朝霞は目の前の蝶を杖で叩き潰す寸前で手を止めた。蝶はひらりと杖を躱し、朝霞に向かって飛んでくる。潰さずに杖で払い除けた彼女は、彼岸の方に目を向けた。
「……く」
 彼岸はほんの僅かに顔を顰める。図星のようだ。
「ありがとうございます。どうか一旦態勢を立て直してください」
 肩で息をする炉威に癒しの光を放ち、朝霞は改めて彼岸へ向き直る。
「彼岸。一体貴方は何の目的があってここに来たのですか!」
「貴方に答える義理などないですよ」
 飛び去った蝶を再び己の手元に集め、彼岸は冷然と言い放った。
 朝霧に濡れた黒髪が妖しく艶めき、彼女がこの世の者ならざる事を知らしめてくる。
 朝霞、炉威、仙寿。彼岸とゾンビ共。その間に緊張が生まれ、ピリピリと張り詰めていく。

「そうだな。確かにお前に答える義理は無い」

 ふと、彼岸の背後で声が響く。鳥居前のゾンビを斬り捨て、その足で駆けてきた茨稀が、大太刀を構えて今にも振り下ろさんとしていた。
「そして俺もお前の目的には興味が無い」
 袈裟懸けに斬りつける。彼岸は黒い蝶を飛ばし、その攻撃を受け止めた。
「……フン」
 しかしその大振りな一閃はフェイク。懐に隠していたライヴスの針を、彼岸の足下に向かって飛ばした。
「煩いです」
 だが、彼岸も懐に忍ばせていた黒い蝶でその針を受け止めてしまう。
 茨稀は分身し、彼岸へ更なる追撃を仕掛けようとする。
「……!」
 ゾンビはそこへ割って入ろうとする。ゆらりと傾ぎ、全身で倒れ込むようにして。
「……そうはさせるか」
 燃えるような赤い髪が靡き、右目が金色に輝く。ライヴスの波動がゾンビの気を無理矢理引き付ける。
 烏の鳴き声を偲ばせる低い鋭い銃声。38口径の弾丸がゾンビの膝や脛を砕き、ゾンビをその場に崩した。茨稀はその隙にゾンビを蹴倒し、一気に彼岸へ間合いを詰めた。
「さすがです! 真壁さん!」
 朝霞の声援に頷きで応え、久朗は銃にライヴスの弾丸を詰め直す。アトリアは己の眼に閉じ込めた情報を読み込みながら、久朗に語り掛ける。
(おおよその戦闘情報は確保しました。分断が出来ているうちに押し込みましょう)
「ああ、わかっている」


(コイツでカンバン、であります!)
 カチューシャの複製発射も終わり、いよいよ美空は本物を持ち出した。機械のツバサを四度広げ、しぶとく立ち続けるゾンビに狙いを定める。
『いい加減にぶっ壊れちまいな、お前ら。死体は墓に入ってろ!』
 まるで羽根が舞い散るようにミサイルは乱れ飛び、空中で炸裂する。腕に脚、首が爆風で吹き飛び石畳の上にぶちまけられる。それでも腕はのろのろ動き、脚は引くつき、首はがたがたと歯を動かし続けていた。
「あんなになってもまだ動くのか」
「仮初の生は随分と強固だね」
 紅蓮の炎を灯し、アリスは殆ど肉塊と化したゾンビを焼き払いにかかる。
 ゾンビと化した者達にどんな人生があったか、どう苦しみに満ちた末路を辿ったのか、そんなものは関係ない。そこに感情を向けている暇があるなら、ひたすら復讐に向かい炎熱を高めるのみだ。
 その炎で死を死へと返せるのならば、遠慮なく燃やす。それだけだ。
 京子もまた矢を番え、ゾンビの転げる頭を一つ一つ撃ち抜いていく。
『向こうが心配です。この辺りで終わりにしましょう。……彼らの為にも』
「うん。もう終わるよ。もう終わってほしい」
 幾度ゾンビに退治しようと、胸にざわつく感覚からは逃れられない。逃れてはいけない。
 それが、死を冒涜された者へと投げかけられる、せめてもの労りなのだ。
「……」
 ようやく従魔としての限界を迎えたゾンビは、その身が急に震えだす。
 飛び散った血肉がするすると寄り集まっていく。
 肉体は死を迎える前の姿まで蘇った。
 腐って黒紫に染まった肉が、綺麗な肌色へと戻る。
 ウィルスから解き放たれた亡骸は、皆揃って安らかな顔をしていた。

 ――ただ、眠っているように見えた。

「……さあ、行こう。残るはあの愚神だけだよ」


「そんなもので俺は怯まん!」
 少女が放つ黒い蝶を掻き分け、茨稀は少女との間合いを詰め続ける。少女は茨稀のマークから逃れようとしているようだが、ゾンビと引き離されてはもう時間稼ぎにしかならない。
《お前は神門の手下か》
 肯定も否定もしない。彼岸は仙寿から投げかけられた言葉を只管に無視する。
《目的は人間をゾンビに変える事か?》
 答えない。頷こうが首を振ろうが仙寿はそれを答えと取る。だから彼岸は知らぬふりだ。
《……お前は手駒が欲しいのか? それともライヴスが欲しいのか?》
『治療薬は完成してる。どっちにしろ無駄だよ!』
 あけびも幻想蝶から叫ぶ。花の名を持つ敵に対抗心を抱いているのだ。
 そんな対抗心も、彼岸にとっては耳障りでしかないのだが。
「煩いです。言っているでしょう。私にそれを話す義理など無いと」
 彼岸は再び黒い蝶を何処からともなく呼び集める。最早ゾンビは倒れたが、意地でも鳥居の彼方、彼岸の彼方へと向かおうという肚だ。

 しかしその時、一匹の蝶が紅く煌く鱗粉を飛ばしながら彼岸の肩に停まる。そのまま羽根を一度二度ひらひらさせると、高く飛び上がって行方を眩ませてしまった。
 彼岸は目を見開き、天を仰ぐ。
「嗚呼……ならば、しようがありませんね……」
『なぁにがしょうがないんだ?』
 入口の方から声が響く。剣をくるくると振り回しながら、美空が歩いてくる。
『残るはあんただけだぜ、愚神さんよぉ』
「その蝶は攻撃手段みたいだけど。他にも何か出来る事はある?」
 アリスもまた、いつでも炎を彼岸に叩き込めるようにしながら間合いを詰めていた。その後ろでは、既に矢を引き絞った京子が的を定めている。
「この先で誰かと待ち合わせでもしてるの? ……でも、一歩でも向こうへ動きなさい。そしたらこの矢がその背中を撃ち抜くから」
「……」
 彼岸はまるで興味が無いとでも言いたげな顔をした。ほんの五秒前まで、彼女は本気だったというのに。
「ならばそのようにすればいいではないですか?」
 少女はくるりと背を向ける。その瞬間、正面に立ち塞がった朝霞がレインメイカーを振るう。
「よくわかりませんが、遠慮はしません!」
 浮かび上がるハート形の光が彼岸に叩きつけられる。少女が仰け反ったところへ、京子が放った矢が突き刺さる。
「……死ね」
 茨稀は大きく刃を振るい、少女を今度こそ袈裟懸けに斬って捨てた。ぐらりと傾ぎ、少女はその場に倒れ込んだ。
 杖を油断せず構え、朝霞は少女の様子を窺う。
「やりましたか……?」
『……いや待て。様子が違う』
 ニクノイーサが感づいた時には、もう既に彼岸の肉体は無数の黒揚羽と化して舞い上がっていた。晴れかかった朝霧の向こうへと、蝶はまとめて飛び去ろうとする。
「逃がすかよ」
「……やれやれ」
 炉威とアリスは共に武器を構え、蝶に向かって攻撃をぶつける。数匹が撃ち抜かれてバラバラになり、数匹が焼き払われて灰になり、残骸となって落ちてくる。しかし蝶は一心不乱に飛び続け、空の向こう側へと消えてしまった。
『終わった……のでしょうか』
 アリッサは京子と共に空を見つめて呟く。
「終わったね。あの愚神にはきっと逃げられたんだろうけど……」
 久朗もしばし彼方を見つめていたが、やがてその耳元でアトリアが囁く。
(連絡を入れましょう。合流しなければ)
「……そうだな」
 無線を取ると、久朗は耳に宛がう。鳥居の向こう側に見える人影を見ながら、彼はゾンビを討ち果たした旨を伝えたのだった。


 ゾンビと化していた人々の亡骸が、寺の広場に集められる。ブルーシートの上に寝かせられた彼らの姿、久朗達と朝霞達はそれぞれ検めていた。
「……行方不明だった方達、では無さそうですね」
「その写真を見る限りはな。きっと探しに行った奴らが見つけてくれるだろうが……それまで確証は出来んな」
「そうですね……むむ……」
 久朗とやり取りを交わしているうち、朝霞はふと眉根を寄せて考え込み始めた。ニクノイーサはそんな相方の顔を覗き込んで尋ねる。
『どうした朝霞』
「ううん。……考えてたんだ。炉威さんが黒い蝶を攻撃し続けていたのに、あの愚神が引き連れてたゾンビには何の影響も齎さなかったよね。蝶を破壊したら、死者の魂が解放される……ってちょっと期待していたんだけど」
『任務前の話か。マジで考えてたのかよ』
 ニクノイーサは少々呆れて肩を竦める。
「期待するのは悪くないでしょ? まあ、実際にはあの愚神の毒を運んでいただけだったけど……って事は、あの愚神……ゾンビそのものとは、あんまり関係なかったのかな……って」
「俺もこっちに来たのは初めてだ。詳しい事はわからん。だが、日暮の質問へまともに取り合わなかったことから考えても、その線は十分にありそうだな」
 能力者二人が考え込んでいる間、アトリアはじっと亡骸を見つめていた。機械に宿るその心を、ずらりと並ぶ遺体が刺激する。彼女にとっては、いつかどこかで、常に見ていたような景色だった。
『……神門、ですか。ヒトを殺めるだけでは飽き足らず、なおその魂を穢す……非道な愚神もいたものですね』
『手段も随分回りくどいもんだよな。何か目的でもあるのかね』
 ニクノイーサはそんな彼女の微かな言葉に応える。アトリアはしばし目を閉じ考えていたが、やがて首を振った。愚神の目的を慮る意味など無い。
『どのような目的が有れど愚神は愚神。黎明を約束する者として、討ち滅ぼすまでです』

「くそっ……大分やられたな。眼が今も霞んでる」
 参道の階段に座り込み、炉威は頭を抱えて呻く。一応の解毒は済ませたが、間が開いたせいで全身の倦怠感までは取れていない。
 そんな彼の肩を、エレナは掴んで容赦なく揺すぶる。
『そんなぁ……デートのはずだったでしょう。一緒に神戸でおしゃれな食事をするのではなかったんですの?』
「待て待て……こんなの想定できるか。具合悪いからゆするのやめてくれ……」
「大丈夫?」
 そんな彼の側に、参道を登ってきた京子が話しかける。隣にはアリッサも一緒だ。
 片や16少女の盛り、片や21大人の雰囲気。
 エレナの警戒度は一気にマックスまで上昇する。
『何ですか! 一体炉威様に何の用事ですか!』
「い、いや……そんな取って食べるみたいなことしないから……」
『そうですよ。具合が悪そうで心配になっただけで……』
 少女の剣幕に京子とアリッサはたじたじとなって顔を見合わせる。
 炉威は溜め息をつくと、身を乗り出すエレナを横まで下がらせ、じっと二人を見上げる。
「悪い。……で、さっきまでどこに行ってたんだ。姿が見えなかったが」
「ちょっと別任務の人と会ってね。情報のすり合わせをしてきたの」
「別任務の人と……やれやれ熱心な事だね」
 面倒くさがりの炉威は感心したような呆れたような呟きを洩らす。彼は任務以上の事をするつもりはなかったからだ。
『まあ、向こうに知り合いの方がいたので。挨拶の意味も込めてです』
 アリッサは肩を竦める。
「で、何か分かったのか。向こうの話を聞いて」
「多少は。向こうにも似たような愚神が出たんだって。名前も同じ『彼岸』」
『ただ、向こうは紅い花を挿していたようですけどね』
「はぁん……二人で一組って感じなのかね。また面倒な奴が出てきたな」
「うん。人を集めて何だか変なもの飲ませようとしてたみたいだし。一体何のつもりなんだろ」
 話を続けながら、何の気なしに京子は炉威の隣に座ろうとする。立ち話も疲れる。それだけの理由だ。
 しかし、やはりエレナは我慢ならないのだった。
『近づかないでくださる!?』
「うわわっ! なんで!?」

『むむむ……彼岸花め。取り逃がしてしまうとは……』
「元々俺はそう追いかけるつもりも無かったけどな。訳の分からない力を使う奴と正面切って戦っても、上手くはいかないだろ」
 大樹にもたれ掛かり、仙寿とあけびはぽつぽつと話をしていた。
 そこへ彼の後輩を常に名乗る美空がやってくる。
「サムライの人、御疲れ様であります」
「ああ。ちび助じゃないか」
「美空であります」
 すかさず訂正。仙寿は苦笑しながら頷く。
「はいはい。美空、相方はどうしたんだ」
「疲れたから寝るそうです」
『まあ、あれだけ暴れたらね……ミサイル斉射四発って……下手したら境内まで吹き飛んでたよ……』
「的確なコントロールで寺社仏閣には傷をつけないようにしていたのであります」
 彼女の言う通り、バカスカにミサイルを飛ばしまくった割に、石畳や鳥居に傷は少なかった。
 傷が多少あったと言えばそれも事実だが。
『ともかく、仙寿様! 次あの愚神に会ったら、全力で戦うからね! 彼岸の毒は私が消してやるんだから!』
「ああ、はいはい。わかったよ」

「……」
 茨稀はスマートフォンを触り、幾つかの写真を確かめていた。戦いの隙に収めた、彼岸の戦いの様子だった。
 彼岸は黒い蝶の羽根を刃のように、また盾のように駆使して戦っていた。時には目くらまし、あるいは己の毒を運ばせ、あらゆる手を尽くしてこちらを煙に巻こうとした。
 ファルクはそんな相方の側で寺の階段に腰を下ろし、じっと彼の横顔を見つめる。
『勉強熱心なこったな』
「……次に逢った時は、必ず仕留めたいですから」
『そうかい。でもあんまり無理はしないでくれよ。無謀をやるにゃあまだ力が足りねえからな』
「わかってます」
 茨稀は淡々と応える。色の白い優男の風貌であるが、その目は虚無を抱えている。全て失くなってしまえばいい。そんな思いだ。
 その虚無に、時は何を埋め込むのか。
「オーダークリアだ」
『今回は大したことなかったね』
「まだ足りない。もっと強く炎を燃やさないと」
『そうだね。まだ届かないかもしれない』
 ファルクは物陰でやり取りを続ける二人の少女にちらりと目を向ける。
 彼女は互いの世界に閉じ籠り、ひたすら互いとやり取りを続けていた。その目は赤黒く塗りつぶされている。同じだ。何もかもを失くした虚無を持っている。そして、彼女達の虚無は復讐の想念が埋めたのだ。
(こいつは、どうなっちまうのかね)
 ファルクは茨稀を見上げて首を傾げる。
「どうかしましたか?」
 気づいた相方はファルクを見返して尋ねる。ファルクは欠伸を一つ、小さく首を振った。
『……いや。何でもねぇ』

 此岸の此方にある者は、誰しももがく。
 彼岸の彼方にある物を、求めてあがく。
 それが生きるという事だ。
 それが死ぬるという事だ。
 決して埋まる事の無い淵を知って泣き咽び、
 せめて此岸の彼方に向かおうと、
 せめて彼岸の此方に来てくれと、
 そう叫ぶのが人なのだ。

 彼岸の此方 Fin.


担当:影絵企我

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
  • 解れた絆を断ち切る者
    炉威aa0996
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 傍らに依り添う"羽"
    アトリアaa0032hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 解れた絆を断ち切る者
    炉威aa0996
    人間|18才|男性|攻撃
  • 白く染まる世界の中に
    エレナaa0996hero002
    英雄|11才|女性|ジャ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
    人間|10才|女性|防御
  • 悪の暗黒頭巾
    R.A.Yaa4136hero002
    英雄|18才|女性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720
    機械|17才|男性|回避
  • 一つの漂着点を見た者
    ファルクaa4720hero001
    英雄|27才|男性|シャド
前に戻る
ページトップへ戻る