本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】跳梁跋扈――滅びの為にそれは啼く

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/03/20 13:48

掲示板

オープニング

●事の起こり
 餓鬼ヶ森。古くより鬼が住むと伝えられる山だ。頂上には白山権現が祀られており、また風光明媚な山頂の景色を眺めるためにこの山を登る者もいる。その登山客は主に国道33号線を通ってこの山の近くまでやってくる。その国道33号線は高知県高知市から愛媛県松山市までを一本で結ぶ道路である。つまりここは、此度の事件の黒幕、神門が潜む土佐の地と、ヨモツシコメ三姉妹が末席、芽衣沙が狙う伊予の地を結んでいる、HOPEにとっても屍王勢にとっても重要な地点であった。芽衣沙がこの地を押さえれば、愛媛から高知へ向かうために大幅な迂回をすることになるからだ。
 そして、芽衣沙はこの地を制圧するために自らが作り上げた”人形”を送り込む。それをプリセンサーの活躍によって察知したHOPEは、選り抜きのエージェントをその地へと送り込んだのだった。

●夜に啼く物の怪
 ……以上の通りで、君は夜の餓鬼ヶ森に足を踏み入れた。この地は原生林ではなく、大方が人工林である。そのため、天に向かって真っすぐに生えそろった木々が、割合綺麗に並んでいる。足下にはおぼろげながらも登山道も存在し、君の道標となっている。懐中電灯なりランタンなりを手に、君はしんとした山道を登っていく。枯草枯葉を踏む君達の足音だけが、森の中には響いていた。不穏だ。手に持つ光源は、一振りの刃となって包み込む闇を切り裂くが、やがて勢いを失して暗きに飲まれていく。従魔に汚染されたこの四国、この山にもどれほどの生き物が残っているのだろうか。死霊の宴は、そろそろ終わりにしなければならない。
 山を登るうち、登山道はさらに狭く、薄くなっていく。君を取り囲む細い木々は、並んで厳めしい顔で睨みつけているかのような風貌である。鬼が住むと想像され、伝えられてきたのも無理からぬ事と君には思えた。次第に坂も険しくなってくる。一体この闇の中のどこに物の怪どもは潜んでいるのか。目の前に岩も見え、やや気持ちが下向きになりかけた。
 その時である。彼方から、けたたましい啼き声が響く。心臓を握りつぶそうとでもするかのようなその気勢、それは二之太刀不要の使い手が用いる猿叫とまるで同じである。エージェント達は一気に武器を構えた。ずんずんと土を踏みしめ、ぱきぱきと枯れ枝を折り、ざあざあと茂みを掻き分けてその猿叫の使い手は一気に君達に向かって飛び出した。紫色に鬱血した猿の頭。至る所が剥げ散らかり、蛆に喰われた猪の躰。肉が腐り血の溢れる虎とも猫とも付かない脚、白濁した目で周囲を睥睨する蛇の尻尾。至る所にタコ糸のような何かで縫い止められた痛々しい跡がある。鵺だ。芽衣沙がうろ覚えで作った、悍ましい鵺だ。再び鵺は一声叫び、一人のエージェントに向かって穢れた爪を伸ばす。そのエージェントは身を翻して素早く避けた。そのまま、鵺の背に向かって攻撃を見舞おうとする。
 刹那、目の前に存在した岩と見えた何かが不意に蠢き、まるで風のように飛び出しその一撃を何かで受け止めた。エージェントはハッとなる。それは、巨大な蛇の尾だった。今の一撃で肉が裂け、穢れた血が地面に向かい滴っている。その血を素早く払って一歩二歩と後ろに下がる。その間に肉はずるずると形を取り戻していく。その大蛇は再びとぐろをまき、一つの大岩となってエージェントを睥睨した。大量の眼が歪に輝く。その時エージェントは気付いた。それもまた、蛇の死体が大量に継ぎ合わされて出来た存在なのだと。そのおどろおどろしい容貌に、思わず一人が身を固める。
 そこに向かって、天から飛んできた一羽の鳥が黒い炎を吐き出した。その炎の塊は中空で弾け、エージェントの頭上に向かって襲い掛かる。身を伏せ、飛び退き、無様を晒してでもその攻撃を躱す。仕返しとばかりに睨みつけると、それは一羽の鳳凰とも見紛う姿だ。だが冷静になってその姿を見直すと、それもやはり腐っていた。痩せこけ肉の落ちた鶏だ。その翼は弄繰り回されたせいか骨と肉と糸が剥き出しだ。その眼は腐った血の涙を流し、割れた嘴からは内側に燃える黒い炎が燃え盛っているのが見える。

 三体の妖魔は、振り返って真っ直ぐにエージェント達と相対する。エージェントもまた、姿を現した彼らに向かい武器を突き付ける。

 エージェントの気勢と、鵺の猿叫が、森の中に響いて消えた。

解説

●依頼内容
餓鬼ヶ森に現れた動物ゾンビ3体の討伐

●敵戦力
変異動物ゾンビ
 芽衣沙が従魔に憑りつかれて死んだ動物の亡骸を弄んで作り上げたゾンビ。餓鬼ヶ森周辺の交通網を遮断しており、放置は出来ない。
・鵺(ぬえ)
 猿の頭、猪の躰、蛇の尾に虎の脚を持つ妖怪。体高1.5m。
・伸上(のびあがり)
 あらゆる姿に形を変える大蛇の妖怪。体高7m(とぐろを巻いた状態)。
・波山(はざん)
 他人の魂魄を脅かす炎を吐き出す鳥の妖怪。体高1m。
※いずれもデクリオ級。

ステータス
(鵺)物攻・命中A、生命B、その他C以下
(伸)物防・魔防A、生命B、その他C以下
(波)魔攻・回避A、生命B、その他C以下、飛行。

スキル
(鵺)
猿叫 全体、物理、命中時、PCに翻弄を付与する。狂ったような叫び声。
虎爪 単体、物理、命中時、PCに減退(1)を付与する。腐肉に塗れた汚い爪。
蛇牙 単体、物理、命中時、PCに劣化(命中1)を付与する。数値は100。目を潰す毒。
猪突 直線、物理、命中時、PCに転倒を付与する。真っ直ぐに突進。
(伸)
疾風 リアクション、ハイカバーリングと同効果。風のように動き行く手を遮る。
徐林 パッシブ、精神系BS無効。林のように、何があろうと動じる事はない。
掠火 前方3sq、[魔攻vs魔防]対抗、PCに封印付与。火のように心身を脅かす眼光。
泰山 パッシブ、ノックバック無効。山のような巨体を退かせる事は出来ない。
(波)
鳳仙 前方扇7sq、魔法、最低5ダメージ。鳳仙花のように黒い炎が飛び散る。
豌豆 直線10sq、魔法、最低7ダメージ。エンドウの如く一直線に炎が並ぶ。
芥子 周囲5sq、魔法、最低3ダメージ。芥子のように炎を撒き散らす。

●フィールド
 森の中。木の密度が高く、剣以上の得物は大きく振り回せない。回避に+100。

●Tips
 開始状況……戦闘突入、鵺が猿叫を使用した時点からリプレイスタート。

リプレイ

●三つに断て
 心の臓も震わす猿叫が森の中に木霊する。敵の気勢を削ぎ、一息に討ち果たすために放つ気合だが、目の前の化け物のそれにはエージェントすら惑わす力が篭っていた。リタ(aa2526hero001)はすぐさまその力を察知する。
『(この声、ライヴスを帯びている…? 奴は危険だ。すぐに討て!)』
「分かっているわよ……!」
 鬼灯 佐千子(aa2526)は両腰に収めた二丁の拳銃を抜き放ち、鵺の顔面に向かって銃弾を一発二発と撃ち込む。銃弾はどす黒い鵺の顔面に弾かれてしまうが、彼女の方へと注意を引くには十分だった。
「こっちに来なさい!」
 佐千子はスラスターを噴かして鵺から距離を取ってみせる。飛び込めば届く、絶妙な距離感だ。鵺は毛を逆立てて腐臭を撒き散らしながら、佐千子に向かって一直線に突っ込んでいった。

「くふふ、今宵のチェーンソーは血に飢えておるのう!」
『(鬼ってより、妖怪だよねー)』
 呑気しているクー・ナンナ(aa0535hero001)の言葉を聞きながら、カグヤ・アトラクア(aa0535)は猿叫など気にも留めずに伸上の巨体に向かって突っ込んでいた。石になり切る大蛇に、彼女は思い切りチェーンソーの刃を振り下ろす。固い鱗と刃が擦れ合い、激しく火花を散らせた。大蛇はうざったそうにちらりと舌を鳴らし、その巨大な尾を一薙ぎする。カグヤは素早くチェーンソーの刃を合わせてその一撃を受け止める。尾に光る幾つもの目がチェーンソーの回転に巻き込まれてぐちゃぐちゃに潰れた。しかし大蛇は気にも留めずカグヤを押し込んでくる。
「こっちにゃん!」
 ミーニャ シュヴァルツ(aa4916)は猫耳をぴくつかせ、伸上の身体を素早く駆け登ってその頭上を飛び越える。そのまま、一際大きな目に向かってライヴスの毒に浸した苦無を投げつける。至近距離で放たれた飛び道具をその巨体で躱せるはずもない。が、苦無が目に突き刺さっても蛇は動じる気配が無い。喩え一つ目が潰されても、全身に開いた小さな目がその代わりをするだけなのだ。風魔・影丸(aa4916hero002)は異様な大蛇の姿に緊張を強める。
『(主殿、お気を付けくだされ。この蛇厄介で御座る)』
 蛇はミーニャを幾つかの眼でちらりと見た後、不意にその岩への擬態を解いて素早く動いた。木々の中を旋風となって突き進み、それは波山と対峙するアリス(aa1651)の前に立ちはだかり、彼女が放った炎をその身で受け止めた。アリス、そしてAlice(aa1651hero001)は目の前に立ちはだかる巨体を見上げて溜め息をつく。
「やれやれ。面倒な奴だな」
「すまんのう。頑張ってピンは打つから、そっちの方でその鳥は追い払ってくれんか」
 追いかけて伸上の継ぎ目にチェーンソーを突っ込みながら、カグヤはアリス達ににやりと不敵な笑みを見せる。その言葉を理解してかしないままか、夜に啼く獣の一と化した刀神 織姫(aa2163)は、赤黒のライヴスを身に纏って一気に飛び出した。
「グアアアアァッ!」
 猿叫もかくやの叫びをあげ、伸上を跳び越した織姫は宙を漂う波山に向かって斬りかかる。全身に刻まれた紋様が歪に光り、大剣の刃は目の前の木を縦へ真っ二つに立ち割った。しかし波山はふわりと舞ってその刃を躱す。織姫は大剣を振るった勢いに任せ、さらに波山へと斬りかかっていく。波山は悠々と逃げる。思考が殆ど獣と化している彼女は、ただ目の前の獲物を狩るべく猛然と突っ込んでいった。その荒々しい挙動に、彼女を率いてきたErie Schwagerin(aa4748)は慌ててその後を追いかける。
「ちょっと琴姉ぇ前出過ぎ! 突かず離れず! Notバーサーク!」
『(あなたまで突出したらいけないわ。慎重に動いて)』
 理性のタガを外した獣の手綱を取ろうと慌てるエリーを、フローレンス(aa4748hero001)は中で諭した。

『さあて、こっちじゃぞ鵺よ』
 ノエル メイフィールド(aa0584hero001)は佐千子に狙いを定める鵺の側面を光の拳で殴りつける。固い毛皮がその一撃を殆ど遮ってしまったが、獣を挑発するには十分だ。佐千子へ向かおうとしていたその足をくるりと転じ、真っ直ぐにノエルへ向かって突っ込んでくる。ノエルは素早い身のこなしでその一撃を逸らした。鵺は素早く振り返るが、目の前には燐の光が迫っていた。
「貴方はさっさと始末するのが良さそうね。行くわよ」
 水瀬 雨月(aa0801)は半分寝ているアムブロシア(aa0801hero001)に呼びかけつつ、鵺に向かって手をかざした。燐光はその瞬間に一つの球となって浮かび上がり、名状しがたい異形の姿を取って鵺へ襲い掛かる。触手を伸ばし、鵺の全身に纏わりついて締め上げていく。流石の化け物も、堪らず甲高い叫びを上げた。腐った眼下から零れ落ちそうな瞳が、ぎょろりと動いて雨月を捉える。鵺は燐光に纏わりつかれたまま、雨月に向かって強引に突っ込んだ。そこにノエルが割って入り、盾で殴りつけて鵺の脚を止める。
『させんぞ。大人しく成敗されるがよい』

 片や挑発に負け、片や荒々しい獣の攻撃に押され、鵺と波山は伸上の盾から引き剥された。餓鬼ヶ森の中で、三様の戦いがこうして幕を開いたのである。

●三面作戦
「くらえええい!」
 荒々しくチェーンソーを振り回し、カグヤは伸上の頭を真っ二つにしようと迫る。大蛇は素早く後ろに下がり、固い尾でその一撃を受けようとする。しかしカグヤはそれを踏み越え、右手にこっそりと作っていた光のメスを蛇の縫い目に突き刺した。ライヴスで作られた糸をメスは易々と切り裂き、縫い合わされた一匹分の肉を引き剥す。汚れた血が噴き出し、伸上は全身を震わせ舌をぶるぶると鳴らした。
「くふふ、たまには馬鹿になって戦うのも良いものじゃのう」
『(ボクからしたらカグヤはいつも馬鹿だけどね)』
「言っとれ」
 伸上の傷口がむくむくと盛り上がり、露わになった肉を塞ごうとする。しかしミーニャが素早くその傷口に飛びつき、再び毒に塗れた苦無をざっくりと傷口にねじ込む。既に死んでいるとはいえ、多少は堪えるのか蛇は全身の眼を見開いた。ミーニャは普段の陽気な笑みを潜め、真剣に囁く。
「苦しいかにゃ……? でも、これで楽になれるにゃん」
 毒が傷を塞ごうとする肉を溶かし、ミーニャはその傷口を苦無でぐちゃぐちゃに掻きまわす。のたうち回りこそしないが、蛇の尾はぶるぶると震えている。その姿を見やり、カグヤは愉しげな笑みを浮かべる。
「ミーニャよ。傷口に塩どころか毒を塗るとは、おぬしも中々えげつない真似するのう」
「今のミーは忍者だもん。どんな手だって使うにゃん」


「その羽根、毟ってあげるよ」
 森の中を飛び回る波山に、アリスは銀の魔弾を飛ばす。しかし、木々の間を縫うように飛ぶ波山は、木を盾代わりにしてその弾丸を防いでしまう。
「ウウウッ!」
 喉を潰しそうな唸りを上げ、織姫は思い切り剣で斬り上げる。波山の止まった枝が、一撃で折れて空へ舞い上がる。波山自身はふわりと飛んで距離を取っていた。エリーは魔導書を開いて羽ばたく鶏に追撃を仕掛ける。
「これでどうかしらぁ」
 甘ったるい口調で腐った鶏に語り掛け、銀の弾丸を投げつける。波山は一つ羽ばたいて高度を上げると、弾丸を紙一重に躱しながらその口蓋を開いた。黒い炎が口の中に燃え盛り、鳳仙花のように弾けた。アリスは呼び出した黒猫に紅の壁を作らせ黒い炎を受け止めるが、他の二人はそんな暇もなく黒い炎に包まれる。身を焦がさぬ冷たい炎は、急激に二人のライヴスを涸らしていく。
「グ、ウウウゥゥ……!」
 それでも織姫はその戦意を絶やさず、木を足掛かりに跳び上がって波山に迫っていく。慌てて炎を消し去ったエリーも、彼女を援護するためその手を伸ばす。
「やってくれたわねぇ、にわとりちゃん!」
 闇に紛れる穢れた風が、夜の山に吹き荒れた。


「そう何度も同じ手は喰わないわよ」
 脚を曲げて溜めを作った鵺に向かって、深紅の髪を流して佐千子は銃弾を撃ち込む。燐光を纏った弾丸は周囲の木々や崖に当たって甲高い音を立てつつ跳ね回り、鵺の首の縫い目に突き刺さる。喩え化け物でも不意に急所を突かれては堪らない。その場で足を止めてしまった。
「さて、さっさと決めてしまおうかしら」
 その隙を雨月は見逃さず、再び形持つ燐光を放って鵺を攻める。光に包み込まれた鵺は、キィキィと甲高い声で呻いてのたうち回る。ライヴスの糸の縫い目が緩み、腐った血が溢れてくる。哀れな有様である。
『このまま一気に押し切りたいところじゃのう。こやつの為にも』
 ノエルは雨月の前に立ち、盾を構えて鵺の出方を窺う。鵺の背後には崖がある。最早鵺は尻尾を巻いて逃げ出す事も出来ないのだ。全身から黒い煙をぶすぶすと上げながら起き上がり、傷の裂け目から肉を露わにして鵺は低く構える。腐った足の先から、ぬらりと鋭い爪が露わになった。鵺は跳びあがり、雨月に向かって突っ込んだ。ノエルはそこへ割り込んで鵺の体当たりを受け止める。しかし鵺は爪を盾に喰い込ませて張り付いたかと思うと、そのまま蛇の頭を持つ尻尾を伸ばして雨月に噛みつこうとした。
「させない!」
 そこへさらに佐千子が割って入る。蛇は佐千子の腕を掻い潜り、生身の肩口へ強引に齧りついた。神経を侵す毒が、彼女の中へじんわりと流れ込んでいく。眼が痛み、視界が霞んだ。
『(いかんな。これではまともに射撃が出来ん)』
「いいのよ、これで!」
 佐千子は蛇の頭を強引に掴み、全力で引っ張った。結び目が緩み、蛇が引っこ抜けそうになる。眼がまともに見えなくてもそれくらいは簡単だ。鵺を弾き飛ばしたノエルは、そのまま拳で鵺の側面を殴りつける。その一撃の勢いに腐った肉は堪えきれずに千切れた。鵺は横ざまに倒れ込み、佐千子の手で蛇はぴたぴたと暴れ回る。顔を顰めて蛇を投げ捨て、佐千子は起き上がる鵺を歪む視界の中で睨みつける。
「やってくれたわね……」
『傷は大丈夫か、ぬし』
「問題ないわ。頑丈さが取り柄よ」
『(処置は間違いなく必要だがな)』
 鵺はむくりと起き上がると、三人に向かって猿叫を放つ。二度目の死を前にした、せめてもの抵抗である。禁忌に踏み入る魔導士は、そんなもの意にも介さないが。禁呪の法を唱え、鵺を真っ直ぐに見据える。迫る危機を肌で感じた獣は、全身の毛を逆立てて雨月に襲い掛かった。ノエルと佐千子は並んで身構えるが、雨月はそんな二人の間を擦り抜け前へ一歩踏み出した。
「さよなら」
 魔導書から闇が噴き出す。飛び出した鵺の顔面に纏わりついた闇は、そのまま鵺を地面に叩きつけ、縫い止め、全身を締め上げる。その一撃で意識どころか仮初の命も奪い取られた鵺の身体は、そのまま光に包まれた。その身体を繋ぎ合わせていたライヴスの糸が解れ、頭と体と四肢がバラバラに外れて散らばる。やがて頭は小さなサルに、身体はイノシシに、四肢はネコに戻っていく。遠くでぴちぴちと跳ねていた蛇も、元通りの死体へ戻って動かなくなる。土や泥にまみれ、鼠か虫かに喰い散らかされた無残な死体に。
『終わった……かの』
 散らばる四つの死体を見渡し、ノエルは一つ溜め息をつく。毒が緩んで視界も僅かに戻った佐千子は、闇の中に灯る彼方の火に目を向ける。黒い炎と紅の炎がコントラストを為している。
「こちらはとりあえずですが、向こうはまだみたいですね」
「さっさと行きましょう。波山に対峙していた方達、お世辞にも頑丈とは見えなかったわ」
 三人は頷き合うと、火の見える方角に向かって駆けだした。

「アアアッ!」
 織姫は一声叫び、片腕でエリーを抱えて波山から距離を取る。その背後には豌豆のように飛び散る炎が舞っていた。エリーは織姫の腕から離れると、波山に向かって不浄の風を放つ。悠々と宙を舞っていた波山も風の煽りを受け、僅かによろめく。そこへ、一度四つん這いになった織姫は両手剣を振り回して波山に斬りかかった。身軽に刃を避け続けていた波山も、力任せの三連撃を前にしては堪らない。一発を翼に受けて地面に叩き伏せられた。翼が拉げ、肉を継ぎ留めていた糸が切れる。織姫はそのまま波山を組み敷いて翼を根元から毟ろうとするが、エリーの叫びがそれを遮る。
「琴姉ぇ、下がって、下がって!」
 切羽詰まった叫びに、織姫は反射的に一歩下がる、その瞬間、アリスの肩に乗っていた猫が跳び上がる。
「……燃やせ」
 アリスの言葉と同時に、猫はその眼を輝かせる。波山の羽根に火が灯り、一気に全身へ燃え広がる。怯んだように喉を鳴らす鶏だが、やがてそれは翼を広げ、激しい黒炎を吐きだした。躱す間もなくアリス達に炎は降りかかり、エリーと織姫は積み重なる重いダメージに堪えかね軽く膝をついてしまった。
「あらぁ……ちょぉっと、まずいかしらね……ここは助けを呼ぶ方がいいかしらぁ……」
「グググ……」
 鉛のように重くなる全身の感覚に、エリーは冷や汗垂らして呟く。織姫も闘志こそあれ、身体がついて来ようとしない。アリスにしても、足元がやや覚束ない。だが、アリスは勝ちを譲らない。
「ふざけるな」
「こんなところで私達は燃え尽きたりしない」
「そうだ。〈炎を吐く獣〉を、その炎ごと焼き尽くすまで、私達はこの炎を燃やす」
 黒猫を闇に放つと、アリスは懐からアルスマギカを取り出す。炎を炎で征さねば、彼女達の復讐は果たせない。


「堅いのう。馬鹿みたいに堅いのう。かと言ってそれ以外に特徴も無し。飽きそうじゃ」
『(えー……)』
 堅い壁を斬って殴ってを繰り返すだけの戦い。いくら馬鹿になったところで、怠くなって飽きてくる。蛇を一匹分一匹分剥いでいく楽しみも見つかりかけたが、それもそれで悪趣味だしつまらない。やはり死は死へとさっさと還すが一番だ。カグヤは乱暴にチェーンソーを蛇に向かって振り下ろす。鱗が剥がれ、肉片と血が飛び散っていく。
「にゃーっ!」
 蛇の巨体を再び駆け登り、蛇の頭上に土をつけたミーニャは鉤爪振り回して伸上の眼やら口やらを引っ掻く。蛇を結ぶ継ぎ目を狙って、鋭い爪の先を捻じ込む。大蛇は嫌がり、頭を振ってミーニャを払い落す。裂けた頭の肉が盛り上がり、傷口を塞いでいく。小さな蛇で出来た舌をパタパタと振りながら、伸上はミーニャを睨んだ。
「ふーん……やっぱり中々倒れてくれないにゃん」
「こいつと戦うと言った以上、投げ出すわけにもいかんがのう」
 遠くに紅の炎が燃え上がる。二人に威嚇を続けていた蛇だったが、不意に頭を転じて炎の方へと向かい始めた。カグヤはその尻尾に思い切りチェーンソーを突き刺し、ミーニャも胴体の眼を潰して攻撃するが、蛇は意にも介さない。ミーニャを載せたまま、カグヤも引きずり波山の方へと向かう。二人の力では、蛇の巨体をその場に留める事など出来なかった。

「むしろ近づいてくれたなら、有難いかもしれないわね」

 夜闇の中で輝きを放つ蝶が、一匹、また一匹と飛んでくる。その数は数えきれないほどになり、蛇と波山を一気に覆い尽くした。無数の蝶に全ての視界を覆い隠された蛇は、進む方向を見失ってその場でのたうち回る。そのうちに蛇の肉体に蝶は溶け込んでいき、全ての縫い目から血がじんわりと溢れ出す。
「調子はいかが。カグヤさん」
 手の甲に一匹の蝶を止めながら、悠然と雨月が姿を現す。その影から銀髪の鬼が飛び出し、光の拳で蛇の脳天を殴りつける。
『カグヤ、助太刀じゃ』
「これこれ。人の獲物を勝手に取るもんでない。……にしても、そっちはもう終わったんじゃな」
 カグヤは蛇の頭を切り落としにかかりつつ、大蛇の尾を踏みつけるノエルと、その背後でショットガンを構える佐千子を交互に眺める。
『(まあ、盾役と引っ掻き回し役じゃすぐ倒すなんて無理だよねぇ)』


「……!」
 アリスの目の前で波山が無数の蝶に包まれていく。アリスと炎のぶつけ合いを演じていた波山は、蝶が迫っていた事に気付けなかったのだ。波山は喉を詰まらせ呻きながら、力無く地面に墜落する。アリスはしばし目を見開いてその姿を見つめる。アリスと化け物による炎のワルツが途切れた。その隙に、エリーと織姫は動く。
『Non mihi, non tibi, sed nobis.よ、エリー。今こそ攻めて』
「ええ。共に行きましょうねぇ。琴姉ぇもお願い」
 エリーは華炎を地面でのたうつ波山に放つ。さらに織姫も飛び出し、思い切り剣を振り上げた。波山が立ち上がった瞬間に、織姫の一閃は波山の首を斬り飛ばした。小さな頭が高々と宙を舞い、枯葉の上にどさりと落ちる。波山は首を落とされた鶏のようにバサバサと跳ね回り、首の断面から黒い炎を噴き出しながら暴れ続ける。
「……」
 アリスは火を噴く怪物の哀れな姿をしばし無言で眺めていたが、やがて不意に唇をかみしめ、アルスマギカを開いて炎を投げつけた。力無く吹っ飛んだ波山は、炎に包まれながらもしばらく痙攣を続けた。それもやがてなくなると、波山の肉は炎の中で蠢き、首があらぬ方向へと曲がった鶏の骸へと変わる。
「ああ……やっぱりダメだ……」
 アリスは小さな拳を握りしめ、憎悪を隠そうともせず目の前の死体を見下ろしていた。

「こいつで、シメじゃ!」
 大きく飛び上がったカグヤは、大蛇の首に回転する刃をぶち当てる。肉を削り、骨を断ち、首を叩き切りにかかる。雨月は魔導書を開き、大蛇の尻尾を束ねる糸を質量持つ燐光で解きにかかる。糸が切れ、バラバラになった肉片や骨が地面にバラバラと落ちていく。
「コイツも喰らっておきなさい!」
 佐千子は火竜を構えて伸上に引き金を引く。飛び散った大量の弾が、まとめて伸上の巨体にぶち当たる。ノエルは蛇の口の中へと光の拳を叩き込み、ミーニャは開いた蛇の傷口に刀を突き立てた。
「これで終わりにゃん!」
 カグヤのチェーンソーが首を斬り飛ばし、ミーニャの刃は動かぬ心臓を刺し貫く。高々と舞う頭から、下でのたうち回る胴体から、芽衣沙の縒ったライヴスの糸が解けていき、蛇の巨体は見る間にバラバラとなっていく。巨大な肉片も小さな肉片もずるずると形を変えていき、やがて伸上は蛇の死体の山と化した。少女達の頭にも、蛇の死体が何匹かぽろぽろと降ってくる。死体の山の上に立つような状態になったミーニャは、その細い足が山の中に埋まり、避ける間もなく蛇を被ってしまった。耳をぶるりと震わせ、ミーニャは慌てて山から飛び出す。
「うにゃぁあ! こんなの聞いてないにゃん!」
「壮観ね……全く」
 雨月も顔を顰めて蛇の山がずるずると崩れていく様を眺める。マムシ、ヤマカガシ、アオダイショウ。選り取り見取りの蛇の種類だ。その見た目は、数多の触手を絡み合わせた怪物のようにも見える。アンブロシアは雨月の中で不快感を隠そうとしていなかった。彼の心の奥底に、その外観はどうにも引っかかるのである。
「ふむふむ。これは処置に中々骨が折れそうじゃのう」
 カグヤは一匹の尻尾を捕まえてぶら下げながら周囲を見渡す。その数、少なくとも百匹はいるように見える。
「そちらは、終わったみたいだな」
「うわぁ……見ただけで嫌になってくるわぁ」
 見れば、刀神 桜(aa2163hero001)を傍に引き連れて立つ織姫と、その隣に従うエリーとフローレンスが蛇の山を前にし立っていた。アリスは右手にぶら下げた鶏の死体を放り投げ、カグヤを見上げる。
「こっちも終わった。とりあえずこれで仕事は完了だ」
「うむ。……後は片づけじゃな」


●送り火
掘り下げた穴の中に火を投じる。中に投げ込まれた大量の蛇、猪、猿、猫、そして鶏の死体が、じっくりと燃え始める。死体をこのまま放置すればどうなったものかわからない。燃やしてしまうのが一番だ。カグヤは手を合わせて目を閉じる。
「安らかに眠るがよい。南無南無」
「こうしてみれば、随分と敵の方は命を弄んだものですわね」
 隣で燃えゆく死体を見つめて、ヴァイオレット メタボリック(aa0584)はぽつりと呟いた。しかしまだまだ序の口、芽衣沙はこれからどんな化け物を放り込んでくるか分かったものではない。ノエルは溜め息をついた。
『元が動物であっても、こうして丁重に葬ってやらねばならんの』

「駄目だ……足りない。全然」
 木にもたれ掛かって空を見上げ、黒いアリスは苦しげに呟く。隣で赤いアリスもまた呟く。
『これじゃあきっと、アイツには届かない』
 波山との戦いを思い起こす。炎に炎をぶつける死闘。自らに宿る怨念を余さず込めてぶつけた炎は波山の炎を掻き消したが、波山を燃やし尽くすまでには至らなかった。雨月の蝶が無ければ、スタミナ切れで逆に追い込まれたかもわからない。いつか来るべき戦いの日を思い、己の無力を知るのだった。

「やれやれ、危ないところでしたわぁ」
 バイタルバーをくわえながらエリーは溜め息をつく。全身に圧し掛かる倦怠感は未だ取れない。ひとまずライヴスの回復を待つ他なかった。フローレンスは忸怩たる思いを抱えて呟く。
『戦う相手を少々間違えたかもしれないわ。エリー、危ない目に遭わせてしまってごめんなさいね』
「私ももっと強ければエリーをもっとよく守れたのだが……」
 腕組みをして織姫も俯く。桜はそんな彼女を幻影蝶越しに眺め、複雑な表情をする。力を使えば使うほど、織姫は歪みを強めていく。その果ては、目の前で燃える死体の末路よりも惨く儚いものかもしれない。今はまだエリーが手綱を取れる。だが彼女でさえ間に合わなくなったら? しかし桜は彼女の剣。彼女自身が彼女を止める事は出来なかった。

「カゲさん、お疲れ様!」
 ぴょんと跳ねた声で、ミーニャは相方の影丸を労う。影丸はミーニャに向かって跪き、頭を垂れてミーニャに傅く。
『その言葉を戴けただけで、僕、力を奮った甲斐が有り申した。これからも主殿の為に、風魔の業、そしてこの命、奮い御座候』
 彼女への忠誠をこれでもかと並べ立てた後、影丸はおもむろに立ち上がって傍の少女に目を向ける。佐千子は上着を軽く捲り、肩口の傷をカグヤに見せていた。普通ならすぐに塞がるような傷だが、毒のせいか未だに傷口はぐずぐずしていた。
「これまた思い切り噛まれたのう」
「水瀬さんがやられて総崩れになるよりマシですよ」
「まあ、能力者がゾンビになったなんて話はまだ聞かんし、手当すれば何とかなるじゃろう。ほら、もう少し広げてくれんか。見づらい」
「……はい」
 一瞬渋った佐千子だったが、諦めて上着をはだける。カグヤの右手がうっすらと輝き、佐千子の首筋にぴたりと当てられる。一通り様子を窺った二人は、共に佐千子達の方へと歩み寄る。
「みんなっ、お疲れ様!」
『尽力御疲れで御座った』
 佐千子はミーニャを見上げると、ふと柔らかく微笑む。
「ええ。あなた達もね。あの蛇の注意を引いていてくれたお陰でこっちもすぐに片付いたわ」
『きみは大事無いか』
 リタは相変わらずの仏頂面だが、努めて明るい声色を作りミーニャに尋ねる。ミーニャはにっこり笑って頷く。伸上が蛇の山に代わって驚きはしたものの、彼女も一人の戦士として肝は据わっていた。

「……ふぅん」
 雨月は治療の様子を遠くで眺めながら、彼女自身はヴァイオレットと共に死体が燃え尽きていく様を見つめていた。ウィルスに侵された亡骸は、次第に灰となって崩れていく。
「芽衣沙は、これからも仕掛けてきますかしらね」
「当然でしょう。もっと際どいところに仕掛けてくるかもしれないわ。向こうにしてみれば治療薬が行き渡るなんて勘弁願いたい事でしょうし」
『そうじゃな。だが来ればまた我らが叩けばいいだけの事じゃ。交通の要衝を押さえるだけで、毒牙が一般人に届かぬというなら、こちらとしても気が楽じゃしな』
 ノエルは太ましいその腰に両手をあてがい頷く。雨月もノエルの言葉に納得して頷きかけたが、ふと彼女の胸元に留めてある幻想蝶から唸るような声が発せられる。雨月は驚いたように目を開き、首を傾げる。
『わからんな』
「……起きてたの。珍しいわね」
 雨月のからかうような言葉はさらりと無視し、幻想蝶に引き籠ったままアンブロシアは言葉を続ける。
『それは楽観的なものの見方ではないか。私が奇病を蔓延させるなら、喩えエージェントに対しても、タダで済ますような真似はしない』
「何か裏があるかもって事かしら?」
『わからん。あくまで私はそうするというだけだからな』
「……あのねぇ」
 雨月は呆れたように肩を竦めると、改めて佐千子の方へと目を向ける。カグヤがケアレイとクリアレイの治療を終え、そっと首筋から手を離したところだった。

 傷口の腫れは収まり、徐々に赤色は薄くなっていく。

 白い肌が、何事もなかったかのように傷を塞いだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
  • 紅の炎
    アリスaa1651

重体一覧

参加者

  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命
  • 難局を覆す者
    アムブロシアaa0801hero001
    英雄|34才|?|ソフィ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • エージェント
    刀神 織姫aa2163
    機械|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    刀神 桜aa2163hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • エージェント
    Erie Schwagerinaa4748
    獣人|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    フローレンスaa4748hero001
    英雄|22才|女性|ソフィ
  • おもてなし少女
    ミーニャ シュヴァルツaa4916
    獣人|10才|女性|攻撃
  • 主の守護
    風魔・影丸aa4916hero002
    英雄|25才|男性|シャド
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