本部

一寸先も霧

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/02/09 15:39

掲示板

オープニング

●冬霧
 気づけば、その住宅街は真っ白な霧に包まれていた。あまりの濃さに、一メートル先も見渡すことが出来ず、外に出ただけで全身がずぶぬれになるほどだった。路面も見事に凍り付き、人々はろくに外へ出ていく事も出来ない。そもそも、外に出ていく気が起きない。人々はベッドに潜り込んだまま、ひたすら眠り続けていた。今日も学校、仕事があるはずなのに、彼らは動き出すことが出来なかった。ある者はこんこんと眠り、またある者は虚ろに目を開いたまま、布団の中に潜って動かない。まるで生きる意欲すら拭い去られてしまったかのように、まるでその町だけ時が止まってしまったかのように、人々は寝台の上に倒れていた。

 そんな霧の中を蠢く影。蒼い死の煌きを残し、それらはふわりと住宅街の道の上を滑っていく。家の中を覗き込む。虚ろな目で天井を見つめる少女の顔を覗き込む。それは窓ガラスにへばりつくと、まるで竪琴の音のような鳴き声を上げながら、口のような部分を窓ガラスに押し当てた。その瞬間、少女はぽっかりと口を開く。文字通り蒼い吐息を洩らす。その吐息を、ガラス越しに影は吸い上げた。少女の命を、それは今まさに吸っているのだ。
「……」
 影はそのまま身を翻し、再び霧の中へと消えていく。今まで虚ろに目を開いていた少女は、ふっと目を閉じ、そのまま眠りについてしまった。永久のものとなるかもしれない眠りに。



「……何も見えない。何も……」

 きいきいと、鉄の軋む音がする。乳白色の世界の中で、一際昏いライヴスの波動を放つ存在が一ついた。それはぶらぶらと足をふらつかせ、一人座って呟き続けていた――

●霧を払え
 ブリーフィングルームに集められたエージェント達は、オペレーターに説明を受ける。モニターには、濛々と立ち込める霧に包まれた住宅街の様子が映されていた。
「プリセンサーが感知した情報によると、この中にはミーレス級の従魔が10体、そして何とも判別の付かないデクリオ級相当と見られる脅威存在が存在しているようです。既に住宅街内部からの連絡が完全に断たれているところから考えるに、非常に危険な状態にあると考えられます。敵の勢力そのものは弱小です。敵の急襲を受けないよう注意し、迅速な排除をお願いします。お分かりの人もいらっしゃるでしょうが、とにかく視界が悪い空間で戦う際には仲間同士での連絡、連携を絶やさないようにしてください。お互いの位置を確認し合うという意味もありますが、いつどこで襲われるかわからないという恐怖を軽減します」
 オペレーターは改めてエージェント達の顔を見渡す。
「同士討ちなど決して無いように。住宅街の皆さんを速やかに救助してください」

解説

メイン 濃霧の中に潜むゴーストを探し出し、全て撃破せよ
サブ 霧の発生源を突き止めろ

エネミー
ミーレス級従魔『ゴースト』 ×10
 霧に紛れて住民達のライヴスを吸収している従魔。ライヴスを吸収された住人達は意欲を喪失し、憂鬱になってただただ眠り続けるようになってしまった。今は眠っているだけだが、いつかは呼吸不全となって死んでしまう事も考えられるため、撃破を急げ。
〇ステータス
 命中B、魔攻・魔防D、その他E。地上数センチを滞空。
〇攻撃
・魂魄吸収
  魔法攻撃。自分の前方、半径3sq以内に存在する敵へ攻撃する。必ず命中。敵の魔防に関係なく(15-敵の特殊抵抗)分のダメージを与え、同じ数値分体力を増加させる。障害物など貫通する。
・呪いの声
  魔法攻撃。射程1-6sq、ランダムに1体を対象とする。防御、カバーリング不能。障害物など貫通する。
〇性質
 突入と待機を繰り返す。一部が戦闘に突入した場合は速やかに合流してくる。

unknown
 霧の発生源と思しき存在。フィールドの中を滞留している。発見された場合、戦闘には入らず速やかに戦闘区域から離脱していき、霧は晴れる。ゴーストが全滅した場合も、1分後には離脱する。デクリオ級相当。
〇性質
 常に潜伏。PCが突入を選んでいる場合、イニシアティブ%の確率で遭遇する。プレイングによっても遭遇できる。

フィールド
〇住宅街
・庭
 高級邸宅の庭を選べばそこそこ広く戦うことが出来る。人の庭なので物損に注意。
・道路
 物損はそこまで気にしなくていい(塀除く)が、幅10mと狭い。
〇団地
・公園
 一通りの遊具が揃っている。上手く利用したい。
・駐車場
 普通に戦えるが人の車を壊さないように。

Tips
 当シナリオは遭遇戦ルールを採用しています。
 また、濃霧により非常に視界が悪いです。PCの命中、回避は1/2となります。
 また、命中判定でファンブルとなった場合、味方に攻撃が直撃します。

リプレイ

●幽鬼蔓延る霧の中
「この霧……不意打ちを仕掛けるのには絶好の状況だな」
『全てが霧に飲まれたみたいで、何か怖いね』
 一メートル先も見渡せない不気味な白の世界。目を凝らして耳を澄ませ、御神 恭也(aa0127)と伊邪那美(aa0127hero001)はその中を歩いていく。背後に、無音 冬(aa3984)とイヴィア(aa3984hero001)のおぼろげな影を引き連れて。
「本当によく見えない……アレが御神さん達でいいんだよね……」
『これがお互い不利な状況……だったらいいんだがな。そんな事はねえだろうな』
 冬はマップを念入りに確認しながら公園へと向かう。凍った道を踏みしめるぱきぱきという足音だけが、纏わりつく冷気の中で響いた。何処かで何かが動いた気配を感じた気がして振り返るも、そこには何物もいない。
「気を付けないと……」
『ああ。いきなりゴースト全員に取り囲まれてがつがつ魂喰われちゃたまらないからな』
「じゃあ、ひとまず共鳴してから行こうか……」
 いつの間にか一つになった恭也達の影を追い、彼らもまた共鳴するのだった。

「さて♪ 颯太様にエスコートをお願いいたしますの♪」
「は、はい。よろしくお願いします……」
 セリカ・ルナロザリオ(aa1081)に手を差し伸べられ、天宮城 颯太(aa4794)は少々ドキドキしながらその手を取った。霧に纏わりつかれた彼女は、いかにも妖しい雰囲気を漂わせている。見た目はともかく歳はいっぱしな颯太、軽く目を逸らしつつ赤いタスキを差し出す。
「とりあえず、これを付けてください。そうすればボク達も見失わないで済むので……」
「あら、しっかりしてますわね。まだ小さいのに」
「……一応十七歳です」
 やっぱり子ども扱いされた。颯太は頬をひきつらせたが、セリカはどこ吹く風、両手を合わせて微笑む。
「あら♪ じゃあわたくしと一つしか違わないんですのね。なおさら安心して背中を任せることが出来そうで、安心しましたわ」
『(全く、いつもながら緊張感が足らんな……)』
 リゼア(aa1081hero001)はそんな相方の態度に呆れるしかなかった。セリカの手でひらひらしているタスキを取ると、リゼアは素早く彼女の腕にタスキを結び付け、そのまま彼女の手を握る。
『さあ、さっさと行くぞ、セリカ』
「はぁい……ふふ。楽しい事になりますかしら」
 二人は共鳴を遂げる。先が深紅に染まった髪を掻き上げた彼女は、颯太にちらりと視線を送ってさっさと歩き出す。その背中を目で追いながら、颯太はぽつりと呟く。
「霧と静寂の世界か。……まるで世界から切り離されてるみたいだ」
『そうね……この任務。従魔を倒すだけでは意味が無いわ。カビは根元から断つものよ』
「簡単に言うよ……」
光縒(aa4794hero001)の呟きに、颯太は溜め息をついた。もちろん、倒すに越したことはない事は分かっていたが。颯太は光縒と共鳴を行う。金と碧のオッドアイの眼光が鋭くなり、左の前髪が紫色に染まる。
「……ま、叩きのめせばいいだけか」
 彼は眼鏡をそっと外し、小さく吐き捨て歩き出した。



『気に入らない状況ですね……』
「ドロップゾーンじゃないし、強力な相手でもなさそうだけど……まずは住んでる人を助け出さないとね。よろしく、ココロさん」
志賀谷 京子(aa0150)はアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)と共に羽跡久院 小恋路(aa4907)に振り向く。見た目ほどには若くない小恋路、大人らしくゆったりと頷いた。
「ええ。私は初めての依頼なのだけれど……よろしくねぇ、キョウコさん」
『あまりお役には立てないかもしれないが、どうぞよろしく』
『よろしくお願いします。ひとまずわたし達が先行するので、背後をお願いします』
 アリッサは白兎子爵(aa4907hero001)と軽く握手を交わしてから、京子と共鳴を遂げる。弓を左手に取った彼女は、踵を返して霧の中へと突っ込んだ。速攻を目指す彼女達はずんずん突き進んでいく。置いて行かれそうになった小恋路と白兎は、急いで共鳴しその後を追いかけた。朧げになってしまった影を追って。
「ふぅ……あんまり走るのに慣れてないから、追いかけるのも一苦労だわぁ」
『(……頑張り下さい、女王陛下。初めての依頼で足を引っ張るわけにはいかないでしょう)』
「そうねぇ」

「……ああ、こっちは公園に着いた。まだゴーストには遭遇していない」
「そう。こっちもまだ。霧の中心はそこにありそうだから、わたし達も一旦そっちに向かうね」
 京子は恭也とのやり取りを終え、さらに歩き続ける。射手としての神経をぴんと研ぎ澄ませ、慎重に気配を探りながら、しかし大胆に突き進んでいく。
「さあ、来なさいゴースト……こっちの準備は出来てるんだから……」
 ぽつりと呟いた時、霧の向こう側の澱みがするりと蠢いたように見えた。京子は振り返る。ヒールを鳴らしながら、小恋路は慣れないながらも京子の速さについてきていた。彼女はそれを確かめると、小恋路の影に向かって腕を大きく振って手招きし、翻って弓を強く引き絞った。
「まずは一発!」
 放たれた一矢は、ふわりふわりと滑る影に直撃した。綿でも口に詰めたかのような悲鳴が霧を裂いたかと思うと、吹きすさぶ寒風に乗って、四方八方から一体二体三体と次々にゴーストが飛んできた。京子に追いついた小恋路は自分達を取り囲むように飛び回るゴーストを見渡し、余裕綽々の面持ちで微笑む。
「あらあら。たくさん来たわねぇ」
「牽制しながら公園に向かうよ。しっかりついて来てね!」
「わかりましたわ。……中々この杖を使う機会がありませんわねぇ……」
 目まぐるしい機動戦に、小恋路はワールドクリエイターを軽く持て余していた。



「どこに行くつもりだ?」
 目の前を横切ろうとしたゴーストに向かって、颯太はハルバードで上から下に唐竹割りを叩き込む。不意打ちを貰ったゴーストはぺしゃんこになって消えた。それを見て動きを止めたゴースト四体、青白いおぼろげな姿をゆらゆらさせて颯太へ近づき一斉にその口を開く。
「……!」
 響き渡る悲鳴のアンサンブル。一気にライヴスを吸われ、颯太は唸る。殆ど身に影響はないが、囲んで叫ばれると鬱陶しい。
「ちっ……」

「寄って集って、皆わたくしの的になってくれるんですのね」

 鋭く飛ぶ二発の弾丸。間合いを詰めようとしていたゴーストは、弾丸の直撃を受けた。その身体は不安定に波打ち、呻きを上げてゴーストは舞い上がる。そのままそれらは霧の中へと身を隠した。しかし、突き刺すような敵意だけははっきりと感じる。リゼアはセリカにそっと耳打ちする。
『(視界の悪い場所では、心の眼で標的を捉えるんだ)』
「そんな面白そうな事、出来ればとっくにやってますの」
 セリカはムッとして首を振る。上空から呻きを上げると、ゴーストは霧を割ってセリカに手を伸ばして迫ってきた。紙一重でそれを躱し、セリカはゴーストの頭に向かって引き金を引く。ひりひりする感覚。セリカは愉しげに微笑んだ。
「……この緊張感を楽しみましょうか♪」

「セリカさん、俺が突っ込むから背中は預けたよ。少しなら誤射ってもいいから」
「本当ですの? 遠慮なく撃ちますわよ♪」
 ゴーストへ突っ込みながら勇ましく叫ぶ颯太。セリカは意を得たりと二丁拳銃を颯太へ向けて引き金を引く。
「うわっ」
 目を白黒させて身を伏せると、颯太の背後に迫っていたゴーストが弾丸を受けてくの字に折れ曲がっていた。容赦ない手筋に、颯太は苦笑いを浮かべる。
「……いや、できれば当てないでね」




 ――きぃ、きぃ

「……する。音が……」
 公園の中に立ち、冬はぽつりと呟いた。霧の中で島のように浮かぶ遊具。その不可思議な景色の中に、鉄の擦れ合う耳障りな音が混じっている。
「そうだな。ここに間違いなく、元凶はいる……」
 隣に立つ恭也も気が付いていたらしい。既に銃を取り、目を閉じて耳に神経を集中させていた。伊邪那美は不安げに呟く。
『(まるで、ボク達しかいないみたいなのにね)』
「(そうだな。だが、間違いなく敵はそこに居る……)」
 恭也と冬は慎重に歩き出す。ふらふらと鎖が動き続ける、ブランコに向かって。

●霧に消えゆく影
「何も見えない。何も……」
 ブランコに乗った影は、ゆらりゆらりと形おぼろげな足を動かし、目鼻立ちも判然としない顔を宙へと向けていた。その目の前に恭也と冬がやってきても、まるで気が付く素振りを見せなかった。
「おい。……貴様は一体何者だ。ここで何をしている」
 恭也が尋ねる。だが、それはうわごとのように何も見えない何も見えないと呟くばかり、何の反応をも示そうとしない。
「……きっとこの霧は、きみが作り出したものだよね。どうしてそんなことを……?」
 やはり答えはない。うわごとを続けるだけだ。イヴィアは退屈そうに冬の中で欠伸する。
『(問答無用で潰しちまえばいいんじゃねえか?)』
「(いや……せめて目的くらいは見ておきたいよ。背後に何かあるのかもしれないし……)」
 冬はスマートフォンを取り出し、影に向けてシャッターを切った。霧だらけだが、一つの記録くらいにはなる。
「おい、聞いているのか」
 恭也は一つの呟きを繰り返す影の有様に焦れ、右腕を影の肩口へと真っ直ぐ伸ばした。その瞬間、影は反射的に左手を伸ばし、その手を弾いた。
「ころしだころしだきょうもころしだあいつがきたぞ」
 影は突如早口で気が狂ったようにまくし立てると、ふわりと浮かび上がっていずこともなく消えゆこうとする。恭也は慌てて銃を構え、背中を見せた見知らぬ影に向かって叫ぶ。
「止まれ。撃つぞ」
 しかし聞こえていないかのように影は離れていく。ならばと恭也は影の背に向かって銃弾を撃ち込むが、それでもその影は意にも介さず霧の彼方へと消えてしまった。恭也と冬はその後を追うが、既に気配は無くなっていた。銃口を下ろすと、恭也は僅かに首を傾げる。
『(……逃げちゃったね)』
「(何だったんだ。逃げた所を見ると、戦うつもりは無さそうだったが……)」
「あ……霧が晴れてきたかな……」
 冬は周囲を見渡した。乳白色の景色が薄れ、傍に建つ団地の外観を見て取れるようになっていく。恭也は彼方に見える薄青の空を見つめて呟く。
「あれが霧の発生源だったらしいな」
「そうですね……アレは愚神、という事でいいんでしょうか……」
「おそらく。明らかに人間の動きをしていなかった」
「うーん……」
 結局目的はわからずじまいだった。むしろ、目的があって彼がそこに居たようにも見えない。ただ、迷子の子どものように、世界に盲目なまま投げ出された存在に見えた。顎に手を当てて考え込む冬だったが、イヴィアが彼を慌ててせっつく。
『(おい、ぼやっとすんな。お化けが来たぞ)』
「おっとと……」
 冬と恭也は素早く武器を取る。公園に飛び込んできた京子と小恋路。それを追って現れる四体のゴースト。霧が晴れかかった事でその青白く頼りない外見がはっきりと見て取れる。京子は冬と恭也に背を突き合わせ、肩越しに微笑む。
「この霧……二人が何とかしてくれたのね」
「……うん。何とかした、というか、勝手に何とかなったというか……」
「はぁぁ。あんまり走るのに慣れてないから疲れたわぁ……でも、ここまでくればこっちのものねぇ。ついでだし、一気に優位に立ってしまいましょう」
 小恋路はワールドクリエイターを取ると、頭上でくるりと回して公園の土に突き立てた。その瞬間、周辺に漂い続けていた霧は一気に払われる。
「……!」
 隠れる場所を失ったゴーストは、群れたまま惑う。恭也は音もなく前に出た。霧も無ければ派手に立ち回る必要もない。ゴーストが気づいた時には、もう恭也はその懐に飛び込んでいた。ゴーストは一斉に恭也のライヴスを取り込もうとするが、そんなものは意にも介さず、恭也は目の前のゴーストに向かって疾風怒濤の三連撃を叩き込んだ。上から一発、そのまま切り返して二発。たかがミーレス級の雑魚従魔にその一撃を耐えられるわけも無い。大量の蛍が飛び散るように、玉の光となって消え去った。
「僕も行きます……!」
 小さいながらに確かな掛け声を発して、冬は魔導書を開き、その狭間から無数の蝶を飛ばす。蝶は燐光を散らせて羽ばたきながら、ゴーストの群れに押し寄せる。ふらふらと躱そうとするゴーストだったが、一瞬のうちに纏わりつかれ、ライヴスの流れを乱された。
「……!」
 ゴーストは言葉にならぬ悲鳴を上げ、腕を振るって蝶を必死に振り払おうとする。しかし蝶はゴーストに張り付いたまま動こうとしない。小恋路はふっと微笑み、もがくゴーストへ手を差し伸べる。
「これなら、遠慮なく使えるわね」
 空に現れる無数の武器。ストームエッジだ。
「一旦下がって頂けるかしら?」
 言うや否や、小恋路はゴーストに向かって武器を叩きつけた。ライヴスを乱されたゴーストは躱す事もままならない。京子は止めとばかり、アルテミスを一気に引き絞った。
「これで、おしまいよ!」
 鋭く放たれた一矢は、空を裂いて飛び、三本に分かれてそれぞれのゴーストに突き刺さった――



「あらあら。すこーし霧が晴れてきましたわね」
『(公園に向かった組が黒幕を見つけたか……あるいは討ち取ったか、か)』
「(見つけただけの方が嬉しいのだけれど。私の眼の届かないところで事が終わっているなんて、面白くありませんもの)」
 霧が切れていき、広い庭の外観が見渡せるようになっていく。二人を取り囲むゴーストも。セリカは二丁拳銃をくるりと弄び、口を尖らせた。デクリオ級相当の存在。出来るものならその眉間に銃弾を叩きつけてやりたかったのだ。
「よし。一気にぶっ叩くぜ」
「わかりましたわ。私が後衛をかためますから、遠慮なく前へ進んでくださる?」
「ああ。決めてやる!」
 颯太はハルバードを両手に持ち、高く跳び上がってゴーストに叩きつけた。
「お前らみたいなアンデッドには斧がつきものだろ。喰らいやがれ!」
 引き攣れたような悲鳴を上げて、真っ二つに割れたゴーストは薄れる霧の中へと消えた。新たなゴーストがさらに迫り、颯太に向かって呪いを放とうとする。
「させませんわよ♪」
 機先を制してセリカが一発お見舞いする。頭に一撃を受けたゴーストは仰け反り動きを止めてしまう。颯太はその隙にハルバードを担ぎ直し、左から右へと思い切り振り薙いだ。
「黄泉の国に強制送還だオラァ!」
 遠心力の乗った重い刃は銀の残像を描き、ゴーストの上半分と下半分とを真っ二つにした。バラバラになった霊体は波打ち、ぐらぐらと崩れていく。得物を振り回して石突を芝に叩きつけ、颯太はそんな従魔軍団をじろりと睨めつけた。
「じゃあな」
「……!」
 従魔は絶望に塗れた表情で、呻きながら消えていく。後には、薄れゆく霧と冷え切った広い芝生、立ち尽くすエージェント二人だけが残されていた。

「あら。これでもう終わりなんですの?」
 セリカはしばし銃を構えて周囲を見渡していたが。一向に新手がくる気配がない。銃を下ろし、半ばつまらなそうな口調で呟いた。
「増援もねえし、そうなんだろ。大したことなかったな」
「うーん。もう少しひりひりするような感覚を味わいたかったですのに……」
「簡単に済むならそれでいいよ、俺はね。人の生活を守る為にこうしてここにいるんだから」
 露骨に残念がるセリカの横でつんと強気に澄ます颯太。その顔を覗き込んで、セリカはその鼻を指で軽くつついた。
「ふむむ? 殊勝ですのね。他に理由もあるのではなくて?」
「まあ……多少は稼ぎになるってのもある、けど」
 颯太がぼそぼそ口ごもっていると、不意に通信機が呼び出し音を鳴らした。
「そっちの状況はどう? 助けは必要かしら?」
 小恋路だ。
「いや。全部片付いた。そっちも片付いてるんだろ?」
「ええ。霧を創り出していた愚神には逃げられてしまったみたいだけれど……」
「わかった。今そっちに向かう」

●青空の涯
 霧は一時間ほどですっかり晴れた。元々の天気は快晴。高く昇った太陽がほのかな温かみを住宅街に与えている。ゴーストによってライヴスを吸われ続けていた人々は徐々に回復しつつあった。エージェントは調査のためにやってきたHOPE職員があくせく被害状況の確認を続ける様子を見つめながら、やや手持ち無沙汰な様子で公園に留まっていた。
『では、本当にすぐ逃げ出してしまった、と』
 愚神に出くわした恭也と冬の話を聞いて、アリッサは顎に手を当てて考え込む。一メートル先もろくに見渡せないような霧を創り出してしまう愚神が、手練れとはいえただのエージェント二人に出くわして逃げ出すとは思えない。だが事実だ。伊邪那美とイヴィアはそれぞれ頷く。
『うん。いきなりころしだころしだー、ってわけのわかんない事言い出してね』
『アレはまともじゃなかったな。いや、まともな愚神なんているわけねーわけだが。何か、狂ってるってよりは呆けてるって感じだったな』
『呆けてる……それじゃあ、出てきたゴーストを統率しているとか、そういう感じじゃなかったのね』
 光縒は人形のような無表情のまま、淡々とした口調で尋ねる。その顔からは何を考えているのかよく読み取れない。ベンチに腰を下ろしていた恭也は、光縒をこれまた乏しい表情で見上げた。
「ああ。奴が霧を撒いた結果、ゴーストが吸い寄せられたという可能性はあるかもしれないがな」
『そう。……また会えるかしら。今度はこの手でべこべこにしてあげないと』
「な、何だか盛り上がってる……」
 隣に立つ颯太は殺る気満々になった相方を見て肩を縮こまらせる。さりげなくその両肩に手を載せながら、小恋路は伊邪那美の顔を覗き込んだ。
「ねぇイザナミちゃん、その愚神さんって、一体どんな姿をしていたのかしら? もしかして子どもの姿だったりしたかしら?」
『ううん。そんなことは無かったよ。そもそも人間らしい姿じゃなかった。どっちかというと、幽霊みたいな感じかな……』
「幽霊……そう。残念ねぇ」
 伊邪那美が半歩後ろに退いて首を振るのを見つめ、彼女は溜め息をつく。隣でじっと見つめていた白兎は、懐中時計を弄びながら怪訝な顔をする。彼のよく知る“女王陛下”は、こうではなかった。
『女王陛下。何故にあなたはそれほどまでに子どもを愛するのですか』
「ふふ。それはもちろん、特別な存在だからよ」
 そう言うと、どこからともなくトランプを取り出して伊邪那美と、それから颯太に手渡す。きょとんとしている二人に、小恋路は微笑みかけた。
「もし愚神さんが子どもだったらあげるつもりだったけど……あなた達にあげるわね」
『あ、ありがとう……』
「……ボク、子どもじゃ……ないんですが……」
 颯太は再びの子ども扱いに頬をひくつかせる。とはいえ好意を無碍にしてまで強弁する事も出来ない。とりあえず困ったように苦笑いしていると、セリカが脇に立ってくすりと笑う。
「そうですわね。ちゃんとわたくしの前に立って、ゴーストの攻撃から守ってくれたんですもの」
『そうだな。お陰で被害を少なく済ませることが出来た。礼を言う』
 リゼアもうっすらと颯太に微笑みかけた。颯太がどう反応してよいやら困っていると、小恋路もまた艶然と猫撫で声を発した。
「あら……そうなの? いい子ねぇ……」
『颯太のくせに、やけにちやほやされるわね今日は……』
 そして光縒のぼそっとした呟き。颯太は全身が総毛だつ思いだった。
「(な、何なんだこの人達……!)」

「うわっ」

 戻ってきた平和な一時にエージェント達が馴染みかけていた時、不意に冬が眺めていたスマートフォンを思い切り離した。真っ先に気付いた相方のイヴィアが傍に近寄る。
『おいおい、どうしたんだよいきなり……って、何だこれ』
 ヘラヘラした調子のイヴィアもそのスマートフォンを覗き込んで一気に顔を顰める。ただ事ではないと気づいたエージェント達は、一人、また一人と冬の周りを取り囲む。
「一体どうしたの?」
 向かい合った京子が冬に尋ねると、彼はそろそろと手に持っていたスマートフォンを彼女に向かって突き出す。そこに映し出されていた一枚の写真を見て、思わず京子は目を見開いた。
「うわぁ……」
 ブランコに座り込む一つの人影。それは、血を頭から被ったかのように赤黒く染まり、やせこけ落ち窪んだ瞼の奥には、ぎらぎらと光るおぞましい眼が嵌まっていた。その全身から立ち昇る狂気と憎悪は、カメラ越しでもはっきりとわかる。周囲の乳白色との激しいコントラストに、アリッサは戸惑いがちに尋ねた。
『これが、愚神ですか?』
「……違う。写真に撮った時は、こんな感じじゃ無かった……」
「とすると、撮った時にこうなったって事になりますわね。不思議ですわあ。まるで本物の心霊写真じゃないですの」
『楽しそうに言うな。……現れた愚神は幽霊のようだと言っていたな。だが、これはまるで……』
 茶々を入れようとするセリカに軽く釘を刺しつつ、リゼアは眉間にしわを寄せる。
「殺人鬼ですね。それもとびきり残酷な」
「殺人鬼……」

 現れた従魔ゴーストをエージェント達はいとも簡単に払い除け、魂を喰い散らかされていた人々は救われた。しかし彼らは写真の中で姿を変えた、臆病者の愚神を見て僅かな危機感を覚えるのだった……



――本日発生した超局所的な濃霧、同時に現れた従魔は現在HOPEエージェントによって既に排除されました。付近の交通規制などは既に解除されております――
 街中のスクリーン。キャスターは淡々と今朝がたの事件の報告をしていた。世界蝕から二十年。エージェントも、ヴィランも、従魔も愚神も、人々にとっては身近な存在であるはずなのに、画面越しに話を受けるとどこか遠い世界の出来事のように感じられてくる。一瞬足を止めてスクリーンを見上げる人はいるが、そのうちまた気にせず歩き始める。自分とは関わりない事。そう思って多くの人は気にも留めないのである。

「……」

 そんな街の一角。ビルの屋上に一匹の野良猫が座っていた。屋上の縁という危なっかしいところにいるその猫は、ただただ黙ってスクリーンの中の人間が声を発する様子を見つめていた。

 血のような深紅に輝く瞳で、じっとスクリーンを眺めていた。



 一寸先は霧 Fin

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 繋がれ微笑む『乙女』
    セリカ・ルナロザリオaa1081
    人間|18才|女性|命中
  • エージェント
    リゼアaa1081hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 穏やかでゆるやかな日常
    無音 冬aa3984
    人間|16才|男性|回避
  • 見守る者
    イヴィアaa3984hero001
    英雄|30才|男性|ソフィ
  • エージェント
    天宮城 颯太aa4794
    人間|12才|?|命中
  • 短剣の調停を祓う者
    光縒aa4794hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 鎖繋ぐ『乙女』
    羽跡久院 小恋路aa4907
    人間|23才|女性|防御
  • 妙策の兵
    白兎子爵aa4907hero001
    英雄|26才|男性|カオ
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