本部

【絶零】連動シナリオ

【絶零】その意気やよし

雪虫

形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/02/09 15:43

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-

掲示板

オープニング

●強襲
 ペルミの防衛。
 レガトゥス級愚神への威力偵察。
 「ヴァシレフスキー作戦」と名付けられた一連の任務のため、サンクトペテルブルグ支部は常より少々静かだった。
 いつ何時何が起こるとも分からぬため、それなりの緊張感が支部には充満していたが、それでも「それなり」、実際に現場に向かう者達と差異が出るのは仕方がない。万一に備えているとは言え、自販機で温かいコーヒーを買い、内部から体を温めるぐらいの余裕は勘弁願いたい。
 もちろん有事の際は即座に飛び出す覚悟はあるが、このまま何もなければいい。声に出さずとも誰もがそんな願いを抱きながら、任務に向かった者達の無事を祈りながら、今日も寒さと雪に覆われた一日が、暮れる。
 そう思っていた。

「……、おい、何かこっちに近付いてくるぞ!」
 液晶を見ていた職員の声に、焦燥と緊張がモニタールームに同時に走った。時刻は夕方、空は不気味な朱に染まり、地上は止まぬ地吹雪に無情な程に荒れている。
 その向こうに、朱い空に、鳥のような黒い影が一つ、二つ、三つ……否、それは鳥ではなかった。竜。液晶越しにもはっきりと分かる、数メートル程の巨大な竜が、陣形を組み、かなりの高速でこちらに向かって突っ込んでくる。
「竜型の従魔!? 十……二十、かなりの数だ! 明らかにこっちを目指しているぞ!」
「支部に残っているエージェント達に緊急連絡! 空から攻撃を加えるものと思われる、なるべく射程距離の長いAGWを……」
「待て! ……竜だけじゃない……もう一体いるぞ!」
 それは、異形の怪物だった。至る所に継ぎの入った山羊の頭部、首から伸びる長い鎖、肉体は長身痩躯の男性のそれだったが、人間ではない証拠にその色は雪よりなお白く、露わになった肌には青いペイントが走っている。妙に肥大化した左腕の先には手甲から伸びる巨大な爪……雪原の悪魔。そう呼ぶに相応しい風体の、白い髪を振り乱す、愚神は、荒れ狂う雪嵐をまとい単騎雪原を駆け滑る。
「ヴァヌシュカです! あの山羊の被り物は過去の報告にありませんが、首の鎖、肥大化した腕、鉤爪付きの手甲……トリブヌス級愚神です!」
「任務で手薄になったのを見計らいでもしたようだな……まさか、監視されていたのか?」
「どうします!?」
 指示を仰ぐ部下の声に指揮担当官は押し黙った。ヴァヌシュカを放置すればこの支部にそのまま乗り込むだろう。かといって竜を放置すればこれもまた害を被るだろう。今この支部にいるリンカーの数は限られている。配置を間違えれば致命傷は免れない。
 
●迎撃
 地に届くほどの長髪を揺らし、ヴァヌシュカは独り走っていた。人間共が何を企んでいるかなど微塵の興味も抱きはしない。もしかすればそれを利用して別の策を立てられるかもしれないが、
「『巣』を壊されるのは痛手だろう。俺ごときが心配せずとも我が軍勢は精鋭揃い。俺の任務は人間共の帰るべき巣穴を壊す事……」
 と、吹雪の向こうに影を認め、ヴァヌシュカはふと足を止めた。忌々しい温度を纏う、闘志。それを背後になびかせて、前に立つのは数人の影。
「……は」
 白い山羊の頭部の下で、愚神は呆れたように嗤った。いくら人手が足りぬとは言え、片手程度の人数で自分を止めるつもりなのか? これが苦肉の策だとしたらヴァヌシュカの目論見が成功したという事だし、もし人員に余裕があり、あえてのこの数だとしたら……
「いずれにしろ」
 ヴァヌシュカは鎖を右手に携え、裸足で雪を踏みしめた。いずれにしろ、この程度の数で立ちはだかるその心意気には、誠意を示さねばならないだろう。
 人間共の死をもって。

 背後に立つサンクトペテルブルグ支部は竜の群れに襲われていた。
 幸い抗戦の甲斐あって未だ被害らしい被害は出てはいないが、決して余裕がある訳ではない。少しでも気を緩めれば、あと数匹従魔が増えれば、一気に崩れる。そんな細い糸を極限まで張り詰めたような状況だった。
「時間さえ経てば、任務を終えたエージェント達がここに戻ってきてくれる。それまで絶対に持ち堪えるんだ。無理を言って済まない……必ず生きて帰ってくるんだ!」
 引くつもりは微塵もなく、
 ここで死ぬつもりも毛頭なく、
 それぞれの決意を胸に、対峙するのは、

解説

●目標
 ヴァヌシュカの進撃を食い止める(失敗以下でサンクトペテルブルグ支部に被害が生じる可能性あり)

●状況
・時刻は夕方
・場所は雪原
・ヴァヌシュカの能力により猛烈な寒波に見舞われている
・リプレイ開始時のヴァヌシュカとの距離は20sq
・支部との距離は1km

●敵NPC
 ヴァヌシュカ
 2m近い痩身の愚神。冷気を操り、左腕の鉤爪と右腕に巻いた分銅付きの鎖を駆使して攻撃する。鎖は最長12sqに及ぶ。一定ダメージを受けるか一定ターン経過で撤退
 物攻S 物防A 魔攻? 魔防? 命中A 回避D 移動? 抵抗? INT? 生命A
・ホワイトアウト
 パッシブ。冷気を操る能力により周囲に猛烈な寒波をもたらす。寒波による【劣化(命中)】【劣化(回避)】【劣化(移動)】、稀に奇襲による【狼狽】付与
・オーバーフリーズ
 パッシブ。冷気を纏わせた肉体は氷のように硬く、拳や武器は触れた対象をも瞬時に凍らせ、凍結による【劣化(命中)】【劣化(回避)】【劣化(移動)】、稀に【劣化(物防)】付与。劣化度合はホワイトアウトより上
・ダウンレッド
 アクティブ。鎖を放って標的を拘束したり、引き寄せたりしつつ鉤爪で対象を切り裂く
・チェーンジルバ【PL情報】
 アクティブ。鎖を縦横無尽に振り回し、当たった相手にオーバーフリーズによる凍結効果とダメージ付与。振り回す規模が大きい程隙が生まれる

●その他
・使用可能物品は装備・携帯品のみ
・竜型従魔はPC達の頭上を素通りし、ヴァヌシュカの援護は行わない(PC情報として扱ってOK)

リプレイ

●布陣
 セラフィナ(aa0032hero001)と共鳴し真壁 久朗(aa0032)は駆け出した。先陣を切る久朗の姿に大宮 朝霞(aa0476)がフットガードを展開し、同じく恩恵を得た仲間達もそれぞれの位置へと散開する。
「アイツ、前も突然現れたよな」
 呟く久朗の脳裏には青年の姿の愚神があった。あの愚神は他者に潜伏の能力を付与する力があったはず。ロシアの一連の事件の背後にはシーカがいる。もしかすれば……
「……が、考えるのは後だ」
『はい。必ず此処へ戻りましょう!』
 セラフィナの声に小さく頷き、久朗は山羊の頭部を頂く愚神の前へ躍り出た。飛盾「陰陽玉」をかざしながら、敵が仲間達へその暴虐を向ける前に、
「その頭は何かのおまじないか?」
「言ってくれる」
 久朗の挑発にヴァヌシュカはふっと笑みを漏らし、望み通りと言わんばかりに鎖の先を久朗へ放った。陰陽玉で受け止めるも、防ぎ切れない衝撃と冷気が久朗の腕を押し戻す。
 そこに、久朗を援護するかのように、久朗が駆けてきた先からロケット弾が飛来した。愚神を中心に炸裂したライヴス弾は雪を周囲に大きく巻き上げ、その光景に秋津 隼人(aa0034)は目の険しさを強くする。
「ヴァヌシュカ……!」
『こんなにも早く、再び相見えようとはの』
「あの時はダメだった……甘くて、頼り切ってた」
 先の戦いを思い起こし、隼人の周囲にわずかに火の粉のライヴスが散る。感情の昂る相棒に椋(aa0034hero001)が対称の声音を掛ける。
『今は、違うじゃろ?』
 その声に、隼人は首を縦に動かす。
「当たり前。今度こそ……この手で、足で、止めてやるさ」
『その意気や良し、とな。ああ、わかっとると思うが……』
「『死なず、またを繰り返す!』」

「さーて、今回は趣を変えようかと思ったんですがなー」
 交戦する久朗とヴァヌシュカより60m離れた地点で、フィー(aa4205)はハウンドドッグを構え紅に染まった瞳を細めた。フィーと視界を共有しヒルフェ(aa4205hero001)は軽く息を洩らす。
『コノ吹雪ジャナア』
「この調子じゃこれを本格的に使うのは次になっちまいますかなー、まぁ今回は遊撃に務めましょーかねえ」
 粗雑と敬語が入り混じった独特の口調でそう述べて、フィーは山羊頭へと狙撃銃を撃ち放った。「猟犬」の働きを双眼鏡で素早く確認した後、敵から右舷方向へすかさず位置を変更する。
「ま、流石にこの距離ならあの鎖も届かねえでしょーて」
『マァ未知ノスキルヲ使ッテ来ル可能性モ有ルケドナ』
 故に念には念を入れ、一射毎に位置を変えて阻害役の狙撃に徹する。荒れ狂う雪は間違いなく自分達への脅威だが、逆に自分達を援護する隠れ蓑にもなってくれる。
「……しっかしタイミングがよすぎるっつーか……いや、ルタとやらとレガトゥスが出現してる以上そっちに戦力割くのが道理なんでこっちが手薄になんのも当たり前なんですがさあ」
『今マデ全然関ワッテ来ナカッタカラナー、マサカ初ノ絡ミガコンナ面倒ナ仕事ナンテナ』
「内通者……はこの前始末したっつー報告があったばっかですしなあ、まだ居るっつー可能性もなくはねえですが……」
 いずれにしろ追及は帰ってから為す仕事。今は今の役割をとフィーは雪の上に伏せ、再び猟犬の牙を定める。

「よっぽど強ェんだろうな、そのヴァヌシュカっての」
 布野 橘(aa0064)の放った声は緊張にわずかに強張っていた。今回の作戦には幾度か身を投じているが、これだけの大物と対峙するのは今作戦では初である。
「今回は様子見といったところだろう。正直、まともに戦っても勝算は……」
「だが、黙ってやられるつもりもねェ。こういう時は、ゲリラ戦法だ。アルテミス、地図を見せてみろ」
 アルテミス(aa0064hero002)から紙面を受け取り橘はそれを素早く広げた。必要になると思って手に入れたこの周辺の簡易地図。見ればそこかしこに身を隠せそうな岩陰あり。おおよその位置を記憶の端に叩き込み、橘はアルテミスを伴って白の中へと姿を消した。

●抗戦
 盾に当たる衝撃に久朗は「ぐっ」と声を漏らした。防御力の高さ故それ程大きなダメージはない。しかし這い上る冷気は着実に久朗の自由を蝕んでいく。
「いつまでそうして張り付くつもりだ」
 雪原を這う愚神の声に、しかし久朗は腕を下ろしはしなかった。自分の役目は妨害壁。常に愚神の正面を捉え、盾と我が身を張り付かせて愚神の視界を妨害し、とにかく時間を稼ぐ事。そして仲間達に矛先を向けさせぬ事。せめて仲間達の布陣が完成する間までは。
 愚神の鎖が久朗を打ち据え髪の先まで凍てつかせる。それでも離れぬ久朗に再び冷気の鎖が向く――その時、ヴァヌシュカの背後から零月 蕾菜(aa0058)が出現し、朱鳥と白獣の幻影と共に聖杖「ミリオンゲート」を振り上げる。
「久朗さん、お待たせしました」
 寒波に紛れ隙を突いての攻撃に、しかし愚神は堪えた様子を見せなかった。だが、これはあくまで布石。すかさず飛び退き距離を開け、一瞬だけ緑眼が支部の方へと向けられた。蕾菜の抱いた無意識を十三月 風架(aa0058hero001)が静かに諫める。
『後ろが気になるのはわかりますが今は前に』
「……はい、目を覚ましていきましょう。帰る場所は、絶対に守ります」
 聖杖をぎゅっと握る蕾菜に風架はわずかに嘆息した。決して蕾菜の力量を軽んじている訳ではないが、
(『さて、敵はトリブヌス級……今の蕾菜がどこまで戦えるか』)

 朝霞もまた仕掛けるべく白原野を蹴り駆けていた。フットガードがあるとは言え、寒波はリンカー達の移動力を遠慮容赦なく削いでいく。しかしようやく辿り着き、同時に敵の意識を引くべく声高らかに名乗りを上げる。
「聖霊紫帝闘士ウラワンダー参上! ここから先は通行止めよ!」
『朝霞、側面から仕掛けろ』
「了解、ニック!」
 ニクノイーサ(aa0476hero001)の愛称を呼び、朝霞はレインメイカーを敵の側面へ叩き落とした。踊るハートのエフェクトを岩陰から眺めながら、橘は虎視眈々とその機会を伺っていた。
「まだだ、まだ引きつけるぞ」
「……しかし、正々堂々とはいかないな」
「それで勝てたら苦労はねぇって。行くぞ、共鳴だ」
 愚神が自分達に背を向けたタイミングを見計らい、橘はアルテミスと共鳴し前線目指し駆け出した。ギリギリまで近付いた所で竜玉にライヴスを送り込み、直線ビームを一撃浴びせすぐさま逃げに身を転じる。そこに隼人とフィーが遠方から狙撃を行い、彼らに矛先が向けられるのを久朗が身を呈して止める。
 持久戦にて時間を稼ぐ、これがリンカー達の作戦だった。口惜しいがこの人数で攻勢を敷き撤退に追い込む事は難しい。故にヒット&アウェイにて愚神の進行を妨害し、援軍の到着を待つ。敵の時間切れを狙う。そして揃って無事に帰る。
 予定調和のような攻防がしばらくの間続いていた。久朗が盾の役割を為し、他の仲間がそれぞれの位置から愚神の身体に傷を負わせる。避けもせずひたすら久朗を打つ愚神に傷んだ様子は見られないが、着実にダメージは溜まっているはず。それを頼みに攻撃を続けるより今の所は道がない。
 アルテミスもまたゲリラ戦法に徹底し、一撃を浴びせた後は新たな岩場に身を潜めた。意識は橘と共存しているが基本的にはアルテミスが優位に立つ。撃っては退き、退いては撃つ。これが今取れる最善の策とは分かっているが……
『しかし私は、約束したのだ。キミの力になると』
「十分だ、アルテミス。さ、もうひと踏ん張りだな」
 橘はそう鼓舞してくれるがもどかしさは拭えない。確かに今は拮抗状態を保っているように見えるが、
(『しかし、このままでは限度がある。せめて大きなキッカケがあれば……』)

(「せめて、俺に完全に狙いを定めてくれればいいのだが」)
 陰陽玉で身を守りつつ久朗は苦い色を浮かべた。狙いを完全に自分に向けているのなら、後衛の味方から引き離すべく後退したい所だが、愚神の視線が久朗一人に固定される事はない。そんな久朗の歯痒さを見透かしでもしたように、山羊の被り物の下で愚神が低い声で笑う。
「なるほど、ゲリラ戦法の持久戦か。数は6……だな。お前の相手も流石に飽いた。耐久の低い者から倒すべきか、あるいは火力の高い者か……」
 その言葉に、久朗は脚に力を込め愚神の眼前に飛び出した。敵がそれを考えるのは当然。自分はその思考を妨げ盾の役目に徹するだけ。
 しかし、愚神の視線は、久朗をしっかり向いていた。他の者には目もくれず、飽くまで立ち塞がる強固な、獲物を。
「やはり立ち塞がる盾を壊して進むが一興か」
 そして久朗を捕らえるべく飛び掛かってきた鎖から、逃れようと久朗は再び雪を踏みしめた。しかし度重なる冷気は久朗を墜とすには足りずとも、その身の自由を奪うには十分を既に超えていた。拘束された体に巨大な鉤爪が叩き込まれ、切り裂かれた肉さえ無情な冷気に凍り付く。
「久朗さん!」
 隼人は久朗を援護すべくフリーガーファウストの引き金を引き、フィーと橘もそれぞれの位置から己の得物を叩き込んだ。しかし愚神は気にした風もなく視線を久朗に向けている。朝霞が久朗を回収しクリアレイの光をかざし、そして蕾菜が死角から幻影蝶を解き放つ。
 蕾菜はミリオンゲートを振るいながらこの瞬間を待っていた。攻撃能力の低さを逆手に幾度も打ち込み印象付け、敵の意識が自分から逸れた時を狙って幻影蝶を叩き込む。これで敵の動きが止まってくれれば大きな隙が出来るはず。
 愚神の視線が久朗から上空を舞う蝶へと向いた。美しく踊る蝶の群れを、愚神は見上げ、そして、
「俺を惑わすにはあと一歩足りぬようだな」
 そして振るわれた鎖の乱舞に蕾菜の身体は凍り付いた。『報告に合った性質を覚えていますね? 下手に受け止めれば不利になるだけですよ』、風架の言葉が頭を過ぎるがこれは避けようがない。弾きようも。ならばと蕾菜は己の喉にライヴスを込めた。敵を従属させるライヴスを。
「【武器を放棄せよ】」
 警戒を強められれば次はなく、またこれ以上の機会もない。故にカウンターのように。体が凍ろうとも言葉は放てる。せめて隙を。一瞬でも構わない、鎖や鉤爪を手放させ隙を。
「心意気は買うが、やはり今一歩足りない」
 蕾菜の言葉は愚神の声に打ち砕かれ、鎖はそのまま蕾菜の身体を雪の上に弾き飛ばした。鎖は次いで朝霞と久朗に襲い掛かり、朝霞は即座にディフェンダーに変え受け流しを試みるが、
『朝霞、まともに喰らうのは危険だ。受け流せ!』
「そうは言うけど、衝撃が凄すぎて……」
 そして朝霞と久朗もまた雪原の上を転がった。痛む体をなんとか起こすと、その先には倒れ伏す蕾菜。即座に朝霞と久朗がケアレイを放つも蕾菜の傷は十分に癒えず、傷付き倒れる蕾菜の頭蓋を愚神の瞳の赤が見下ろす。
「温い光だ。そろそろ一匹ぐらい『零』にさせてもらおうか」
 フィーの弾丸が愚神の胸に当たったが、ヴァヌシュカはやはり気にした様子を見せなかった。その命も存在も「零」にするべく、愚神が蕾菜目掛けて鉤爪を振り上げる――
『止まれ、ヴァヌシュカ!』
 アルテミスは声を上げ弾かれたように飛び出した。ライヴスを集約する相棒に橘が内から制止を上げる。
「バカ、まだ早――」
『これ以上先へ、行かせてなるものか。私はルナセイバー・アルテミス。この名を、胸に刻んで逝け! デァァーーーーッ!!』
 独断で駆けたアルテミスは愚神へライブスショットを放った。激突した気弾は爆発を起こし、その中心へアルテミスが叫ぶ。
『力になると、決めた! 私は、私は橘と共に、この身朽ち果てるまで!!』
「ならば、望み通りに果てろ」
 無情な冷気がアルテミスの心臓を撃つ、その瞬前、ヴァヌシュカの側面をロケット弾が叩き弾いた。生まれた隙に橘が主導を奪って逃げに転じ、入れ替わるように隼人が現れ愚神の意識を自分へと引く。
「死に損なった俺がいますよ……ここに!」
「そうか、それは悪い事をした」
 無慈悲に、愚神は声を落とし、「死に損ない」を仕留めるべく鎖を放ち隼人を捕らえた。ライオットシールドを構えるが巨大な鉤爪はシールドごと隼人の体を叩き潰し、強烈な一撃に隼人の肺が動きを止める。
「隼人!」
 咄嗟に久朗と朝霞がケアレイを飛ばしてきたが、強すぎるダメージは隼人に一つの事を教えた。あと一撃でも喰らえば確実に意識が飛ぶ。スキルとアイテムを駆使しても次を凌ぐ手段はない。
 以前より強くなっている? 疑問が頭を過ぎったが、いずれにしろ考える時間は隼人に存在しなかった。仲間達の攻撃を堂々と受け止めながら、愚神の注意は完全に隼人の方を向いている。
 だから
「覚悟は、してるんですよ。今ここで貴方を止めなければ……もっと酷い事になるんだろう、と予感もあります。だから、ここが俺の命の使い所、と」
 隼人は秘薬を取り出すとそれを自身の内へと入れた。事前に久朗と相談していた。本当はスキルとアイテムを使い切ってのつもりだったが、いずれにしろここが瀬戸際。故に使うのはこの場面。
「……そういえば、尋ねておいてこちらは名乗っていませんね。秋津隼人」
『その英雄、椋』
「覚えておいてください、我らの友に顔を斬られた、大層御強いヴァヌシュカ!」
 そして隼人は宙を駆り、薙刀「冬姫」をヴァヌシュカの顔面に振り下ろした。偽りない殺意と闘志を以て、友の影をなぞるように。
「覚えておこう。だから安らかに死ね」
 次の瞬間、隼人の身体は白に叩きつけられた。その身体から赤が漏れ、白に埋もれて凍り付く。残骸をさらに「零」にしようとヴァヌシュカが肥大した腕を上げ、そこに蕾菜がブルームフレアを敵の視界で炸裂させた。
「……」
『鎖はやっかいだ。鉤爪の方がまだ受けやすい。左に回り込め!』
「了解!」
 ニクノイーサの指示を受け、朝霞は愚神の左に回りレインメイカーを叩き込んだ。蕾菜の放った目隠しに合わせ、橘が、フィーが、攻撃を撃ち込む。久朗は爆導索に武器を替え、仲間達の攻撃に合わせ敵の頭部に巻き付けた。仲間がつけた顔の傷、一目見れればそれでいい。遠き仲間へ克明に伝える為、その傷を今一度白日の下に晒したい。
 そして隼人の想いも。隼人から聞かされた時は危険過ぎる賭けだと思ったが、同じ仲間を護る盾として、体を張ってでも一矢報いたいという気持ちは同じはず。そして隼人の根源たる望みを叶える事ができたらいい。
 故に
「隼人。お前の命、使わせて貰う」
 爆発したワイヤーが愚神の素顔を露わにした。くっきりと残る顔の傷。白髪から覗く赤の瞳。血のような色にしかし何の温度も灯さず、愚神は右腕の鎖を構える。
「満足したか。ならばあの世で大事な仲間によくよく礼を言うのだな」
 二度めのチェーンジルバが朝霞と久朗を打ち据えた。久朗はなんとか膝を付きつつ起き上がるも、朝霞の生命力は底に達しようとしていた。生命力には一家言ある朝霞だがとにかく一撃が強過ぎる。
『朝霞、さっき話したアレは用意してきたな?』
 ひそひそと、響いてきた声に朝霞は顔を上げかけた。『バレる、動くな』というニクノイーサの声と共に過ぎるのは先程の会話。

「トリブヌス級が相手か。いざとなったらアレを……」
『……リンクバーストはリスクが高過ぎる。それにアレは持久戦には向かないと思うがな』
「そっか。それじゃあやめとこっか」

「!? ダメだよニック! やっぱりニックの負担が大きすぎるよ!」
『俺は朝霞を必ず無事に日本へ帰すと伊奈とも約束したんだ。やれ!』
「……」
『いま使わずにいつ使うんだ? やれ、朝霞!』
 普段は「小娘」と呼んでいるのに、ニクノイーサはもう一人の英雄の名をはっきりと口にした。その意味と覚悟に朝霞はライヴス結晶を取り出し、結晶中のライヴスを身の内へと取り入れる。
 愚神の視線は朝霞から逸れ久朗の方を向いていた。久朗は愚神を引きつけようとじりじりと後退する。鎖が盾を砕かんと宙空へと振り上げられる――
「ウラワンダー☆スーパー☆アタック!!」
 朝霞は……聖霊紫帝闘士ウラワンダーは、ヴァヌシュカの背後から飛び掛かり渾身の一撃を叩き込んだ。リンクバーストの恩恵で全回復した朝霞の内で、ニクノイーサがぼそりと呟く。
『……汚いな』
「正義の戦いに汚いもへったくれもないのよ!」
「ほう、面白い。中々叩き甲斐のある輩ばかりだ!」
 ヴァヌシュカはにやりと口を歪め、宙を舞わせていた鎖を朝霞目掛けて打ち落とした。絡み付く鎖を、しかし朝霞は甘んじて受け、ライヴスで冷気を退けながら仲間達へと声を上げる。
「いまです!」
 蕾菜は至近距離から愚神の足場の雪を穿った。賢者の欠片で回復したからあと一撃は耐えられる。再び打ちのめされようともここは一矢報いなければ。
 合わせて橘がライヴスショットを撃ち放ち、崩れた足場と爆風に愚神の身体がわずかに揺らいだ。その背後から隼人が――雪に伏せたはずの隼人が冬姫を高く振りかぶる。
 半分は欺くためだった。でも半分は本当に死んだと錯覚する程だった。いずれにしろ迫真の演技。死んだと見せかけ隙を引き出し拾った命でもう一度、
「九死に一生を、得ましたよ」
 隼人が愚神の背に薙刀の白い刃を走らせ、同時に久朗が反対からフラメアの穂先を突き入れた。貪欲なる一撃。その闘志に、熱に、愚神は引き攣ったように笑う。
「全く……疎ましくも興の乗る! だがやはり忌々しき正の値よ!」
 そして振り上げられた左腕を、20mmガトリング砲「ヘパイストス」の雨が打った。オプティカルサイトも併用した、精度100%の弾丸の雨。ヴァヌシュカは硬い雨の先、フィーの方へ視線を向けると、目を細めて「ふっ」と笑った。そして力む様子もなく鎖を軽く振り上げる。
「時間切れだ。この程度で手こずるとは、俺もまだ生温い」
 鎖はエージェントではなく周囲の雪を打ち払い、雪の幕が晴れた頃には愚神の姿はそこにはなかった。しばらくしてから寒波も失せ、見上げればビロードの夜空に星の光が見え始めている。
「終わった……のか」
 それを、呟いたのが誰だったかは分からない。だがその言葉はじわじわと凍えた芯に温度を送った。終わった。全員無事に立っている。支部を見れば竜の群れもいつの間にか失せていた。耳をすませば援軍の張る声も微かに聞こえてくる。
 共鳴を解いた橘は拳を握り締めていた。生きている。二人揃って。だがそれが自分だけの力ではない事を知っていた。約束したのだ。キミの力になると。アルテミスの口にした言葉が耳の奥に木霊する。
「バカ野郎が……。そんなやり方って、あるかよ。自分で、正面からじゃ無理だって、言ったクセに」
 またこういう事があるかもしれない。そう思えば、握り締めた拳が更に痛みを訴えてくる。もう二度と失いたくないから。亡くしてしまった両親と愛犬、そして手にある今を思い、橘は奥歯を焦げる程に噛み締めた。

「結果として、スキルが随分残ってましたね」
 隼人の言葉に久朗はふっと苦笑を漏らした。ヴァヌシュカの攻撃が凄まじく、回復の機会があまりなかった見返りとでも言うべきか、余ったスキルは全員の傷をちょうど癒せる量だった。
 だがそれは、ヴァヌシュカの脅威が更に増している事を示しているものでもあった。蕾菜の行動と愚神の言動により魔法防御は判明したが、まだ分からない事もある。強襲を可能とした理由も。
 しかし
「とりあえず、帰ろうか」
 何にしろ、戦いは終わった。顔を上げればその向こうに帰るべき場所がある。繋いだ命を大事に抱え、仲間と共に、仲間の元へ。
 守り抜いた場所へ。

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結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 挑む者
    秋津 隼人aa0034
    人間|20才|男性|防御
  • ブラッドアルティメイタム
    aa0034hero001
    英雄|11才|男性|バト
  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 信念を抱く者
    布野 橘aa0064
    人間|20才|男性|攻撃
  • 月光の巨人
    アルテミスaa0064hero002
    英雄|24才|?|ブレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ボランティア亡霊
    ヒルフェaa4205hero001
    英雄|14才|?|ドレ
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