本部

頑張れ海鈴・ユーリ

玲瓏

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/01/23 20:20

掲示板

オープニング


 怒りん坊の空が厳しい雨を降らして、窓を叩いていた。海鈴・ユーリは暖かな部屋のソファに腰かけながら水滴が纏う窓を無心に目を向けているが、景色を見ているのではなかった。
 お仕事をしてみたい。人と触れ合いたい。新たしい場所に行きたいと、夢現の真っ只中でそう考えていた。
 海鈴は一年前にこの世界にやってきた少女の英雄だ。当時、全ての記憶を失った彼女は言語すら話せなかった。
 赤ん坊の彼女を一時的にお世話をしたのはH.O.P.Eのエージェントである。海鈴・ユーリという名前もエージェントがつけてくれた名前だった。動物園に連れていってくれたり、キャッチボールをしたりとお世話になった恩を、まだ忘れていない。
 エージェントのお世話になった後はナディアという誓約者が見つかって、彼女の下で今は暮らしている。
 暮らしの中で、全ての事柄が新鮮だった。一番興味を抱いたのはアルバイトという仕事だ。
「やってみたい」
 彼女は言った。窓の方角をまだ見ているということは独り言なのかもしれないが、ナディアは返事をした。
「アルバイトの事、よね」
「うん。駄目?」
「ううん。駄目じゃないんだけれど……、でも、どうしよう。ユーリってまだ一歳も同然よね。見た目は十五歳くらいだけれど」
 日常的な言語を喋られるようになるまで教育を施された海鈴だが、社会を経験するにはまだ早い。
「やってみたい?」
「うん」
 まだ早いと考えられる……のだが、ナディアは一つ名案を思いついていた。その名案をユーリに話す前にこう尋ねた。
「どんなことをしてみたい?」
「人をお話して、元気にしてあげるお仕事。ユーリ、お話はできるから」
「接客業っていうことね。うんうん、それなら大丈夫そう。えっとね、ユーリ。戸籍上ユーリは十五歳っていうことになってるから、労働はできるの。だけれどまだ心配なのよね。だから、心強い仲間と一緒にお仕事をするっていうのはどうかな」
「仲間?」
「エージェントよ」
 その案を聞いて、ユーリは両手を上にあげた。喜びの表現だ。
「英雄がアルバイトをするって、それだけでお客さんが集まりそうね。それに加えてあなたは可愛らしいから、きっと上手にできるわ。頑張ってねっ」
「うん!」
 父親はまだ帰ってきていないが、特大ニュースになりそうだ。
 雨は強いから、きっと濡れて帰ってくるだろう。二人はハンガーとバスタオルを持って父親が帰ってくるのを待った。
「たくさんの人を元気にさせたい、ユーリ」
 その白い心は純粋そのものだ。

解説

●目的
 ユーリのアルバイト経験を成功させてあげよう。

●勤務可能店舗一覧
 どの店舗でユーリを経験させるべきかナディアはエージェントに相談する。ナディアの住んでいる地域には下記のお店が存在する。

・飲食店(レストラン、喫茶店のどちらか)
・図書館
・花屋
・映画館
・美術館

●ユーリの苦手なこと
 まだ幼い彼女は、物を覚えることと読み書きが苦手。複雑なことはできず、シンプルな仕事しかまだできない。意味の分からない言葉もまだ多い。
 反対に一番得意なのは笑顔だ。

●お手伝いの仕方
 エージェントの皆さんは、ユーリと同じアルバイトに就いて手伝うかお客さんとなって手伝うか、様々な方法で支援ができる。お手伝いをする以外にアルバイトを純粋に楽しむのも良い。例えば見知ったエージェントがお客さんとして訪ねてきたら、悪戯をして遊ぶのも楽しい。
 お客さんの中にはユーリを困らせる人物も出てくるだろう。そんな時はエージェントが追い払ってほしい。

リプレイ


 喫茶「クイーン」の店長は丸顔で、団子のような人だ。白玉団子で、その歯ごたえは柔らかい。店長もそうだ。柔らかく、優しい人のように感じられた。
「今日は皆、来てくれてありがとう。沢山いるなあ。うちのバイトの人数を合わせても、こんなにいた事はないや」
 事務所じゃアルバイトに来てくれたエージェント全員は入り切らなかったので、開店前の店先での挨拶会だった。
「皆アルバイトは初めて、なのかな?」
「俺は全く初心者だが、良い社会勉強だと思って頑張ってみよう。聞く限りじゃあんまり難しそうじゃないしな」
 賢木 守凪(aa2548)の健気な姿勢を店長は褒めた。
「社会勉強か。うんうん、たしかに勉強にはなるかもしれないなぁ」
 アルバイトをしたい! と言い出したのはユーリだった。全くもって個人的過ぎる私情だがエージェントは付いてきてくれた。ユーリはその事を、親のリディアから教わっている。参加してくれたエージェントは皆優しい人なのだ。
 ところが店の扉を通り抜けた後、店の空気を吸った時だった。緊張が彼女の顔を強張らせた。
「ちゃんとできるかな……」
 自信が床に落ちていった。綺麗な床だった。木板で、釘がいくつも打ち込んである。埃は見えない。
 落ちた自信を、カール シェーンハイド(aa0632hero001)は拾った。
「そんなんじゃお客さんは寄ってこないって。ユーリは魅力的なんだから、大丈夫だって思ってやってみような!」
「出来る?」
「やる気がありゃ、できない事はないんだ。ユーリは、お客さんに笑顔になってほしいよな」
「うん」
「人を笑顔にするには、まずは自分が笑顔を作んなきゃな。ってことで頑張ろう、ユーリ!」
「頑張る」
 厨房担当のカールはユーリを励ましてすぐに厨房に向かった。要(aa4229hero001)と二人で厨房のリーダーからメニューを教わることになった。有名なメニュー、ちょっとした工夫。盛り付けについて……。
 料理の得意なカールは速い飲み込みでリーダーから褒められていた。
 接客担当のエージェント達は店長から直々に、一時間以上かけて接客について教わっていた。アルバイト経験の有無に関わらず、全員に教えている。
「意外と何とかなりそうだな」
 賢木は自信満々だ。
「見た目は簡単だよ。でも接客は奥が深いからね。色々と大変な所も出てくるだろうけれど。そこは、友達に任せられるかな」
「はい、私がフォローしますっ」
 笹山平介(aa0342)は賢木やユーリの先輩だ。頼りになるお兄さんであった。
「何かあったら頼んだよ、平介。ユーリも、一緒に頑張ろうな」
「うん」
 口数の少ないユーリだが、元気がいい。意思表示の難しさを態度で表現しようと努力しているのだった。
「頑張りましょうね♪」
 平介は彼なりにユーリの頭を撫でてやって激励した。
「それじゃあ教える事はこれくらいかな。早速アルバイトをしてみよう、さあさあ開店だ」
 店長は閉店の札を取り下げて店を開いた。ユーリはまた緊張したが、自信を失うことはなかった。


 朝の十時。最初の数時間は客足が少なく、ユーリを含めて何人かのエージェントは店内の掃除をしていた。
「皆さん、はじめまして! 私は六道夜宵。今日から少しの間よろしくお願いします」
 六道 夜宵(aa4897)は頭を下げて、元気な挨拶だ。
「よろしくな。……それじゃあお客さんが来るまで掃除を頑張ろうか」
 バイトの経験が豊富だと一ノ瀬 春翔(aa3715)はどこを掃除すればいいか意識せずとも分かっていた。彼は今回、その経験を生かして模範として動くよう気を付けていた。
 掃除の途中、面白いものを発見した柳京香(aa0342hero001)は笑顔で他のエージェントを呼んだ。
「みてみて。花が咲いているのよ」
 喫茶店は凹字型の作りになっている。中央にカウンターがあって、長方形に耳ができたように、左右に客席のスペースがあるのだ。柳は右耳の客席を掃除していたのだが、窓からの木漏れ日の先に咲いていた花を見つけた。
「綺麗だなこれ! なんて名前の花なんだ?!」
 呉 琳(aa3404)は白い花びらを指していった。なんだなんだと店長が駆けつけたが、彼は花を見るやいなやすぐに応えた。
「喫茶店を建てる前ね、ここは更地だったんだよね。なのに綺麗な花が咲いているでしょ。他にはないのに、このお花だけだったんだ。僕は抜きたくなくて、工事の人にお願いしてそこだけ床を無くしてもらったんだ」
「へえ、そうなのか! それでお花の名前は」
「あはは……実は分からないんだ。だから僕はグレーブと呼んでいるんだ。グレーブは人につける名前なんだけど、名前の由来を調べてみたらそれが一番しっくりくると思ってね」
「どんなゆらいがあるのー?」
 ザフル・アル・ルゥルゥ(aa3506hero001)は興味津々だ。彼女のすぐ隣では客席で鵜鬱鷹 武之(aa3506)が座っていて、彼は花よりもメニュー一覧に興味を抱いている。
「神の愛……。このお花は、神様に愛されているとしか思えなくてさ」
「そうね。色んな奇跡が詰まってると思うわ。孤独で寂しい中を、店長さんに見つけてもらって今はたくさんの人に囲まれて、寂しくないものね」
「いやあ、きっと皆そうしたよ。僕じゃなくてもね」
 店長は照れくさそうにはにかんで、花を見つめた。ユーリは柳の隣にしゃがんで花に触れた。
「ユーリ、エプロンが解けてるわよ」
「え? ほんと……」
「結んであげるわ、そのままにしててね」
 柳がユーリのエプロンを結んでいる時、ベルが鳴った。喫茶店の扉が開いた証拠の音色だ。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか!?」
「あ、ああ一名だ」
 呉の意気揚々の元気さにお客さんは若干戸惑った。
「禁煙席と喫煙席があるぞ! どっちがいいですか!?」
「禁煙席でいいよ。元気だね、君」
「ありがとうございます! こちらへどうぞ!」
 派手な仕草を差し出して、彼は右耳の禁煙席に案内する。
「オーダーが決まったら教えてくださいでは!」
 二人目のお客さんが入ってきて、今度はユーリとルゥルゥが担当した。一人じゃ不安だが、二人なら。
「いらっしゃいませーなんだよー!」
「い、いらっしゃいませ」
 今度のお客さんはお年寄りで、二人の元気なお出迎えには笑みを向けていた。
「可愛らしいウェイターだこと。私は禁煙席でいいよ」
 お年寄りは足腰が悪そうだ。ユーリは先ほどの店長の言葉を覚えていた。足腰の弱い方はなるべくトイレとカウンターに近い席がいいのだ。中央よりもやや上の席に二人で案内した。
 先ほどの男性客が店員を呼んだので、六道がメモとペンを片手に席へ向かった。彼女の隣にユーリもいたが、ユーリはどうオーダーを取るのか六道のを参考にするみたいだ。
「ボルシチを一つ。後ドリンクでミックスベジタブルをいただけますか」
「分かりました、ボルシチ一つ、ミックスベジタブル一つでよろしいですか」
 お願いするよと、客は手を振った。
「うーん……」
 メモ帳を厨房に届けた後、ユーリは気難しい声を漏らす。
「やり方は分かったかな?」
「ユーリ、難しいかも」
「あ、そっか。まだ文字の読み書きとかできないんだもんね。……それならユーリは注文を取るんじゃなくて、案内とか別の接客をするといいんじゃないかな」
「別の接客……? 案内以外に、ある?」
「店長さんを見て」
 店長は先ほどのお年寄りのお客さんと笑顔で話していた。どうやら常連さんだったようだ。新しい子? といった会話の断片が聞こえてきた。
「来てくれた人を楽しませるのも仕事の一つだからね。ユーリさんも自分なりに、頑張ってみて!」
 六道がそう教えていると新しいお客さんが入店だ。
「今度は一人でお客さんを案内してみて! 大丈夫、私だけじゃなくて、皆見守ってるからね」
 心強いサポートだった。ユーリはまだ硬い体つきだが、何とか笑顔を作ってお客さんを案内できた。若杉 英斗(aa4897hero001)は「ありがとう」と席に着いた。
「ご注文は……」
「そうだなあ。それじゃあスマイル一つください!」
「ス、スマイル?」
 笑顔のことかと分かったユーリは、戸惑いもしたがニコリと笑った。照れ気味な仕草が笑顔を際立てていた。
「いやぁ、ウェイトレスさんの笑顔は最高だね! ココは素晴らしいお店だね!」
「ありがと……注文は?」
「ああそうだったね。ユーリさん、しっかり仕事が出来てて偉いな。それじゃあ俺はコーヒーください、ホットで」
「分かった」
「頑張って、応援してるよ」
 若杉は手を振った。するとユーリも手を振り返した。


 昼頃。ピザの注文を受けていた厨房は、トースターでしっかりと焼いていた。要は焼き具合を度々確認して調整している。
「へえ、君ベースをやっているのか」
 ピザが焼き終えるまで店長はカールに話しかけていた。
「まだ練習中だけどな。だけど簡単な曲ならもう弾けるんだ」
「ほお。私はサックスとピアノが弾けるんだ。よかったらそのうちセッションしないかい? 電子ピアノが私の家にあってさ」
「そりゃいいアイデアだな! 喫茶店で弾くのか?」
「勿論! お客さんが楽しむのは間違いないだろうね。ピアノとベースのセッションか。うん、あまり見ないけど面白そうだ」
「ギターボーカルもいるぜ。レイっていうんだが、オレの相方だ。二人じゃ寂しいんじゃないかな」
 レイ(aa0632)はバンドに所属していた。その筋の腕は高く鳴るのだ。
「それは心強い! ぜひレイさんも呼んでくれるといいよ。いやあ、楽しみだなあ」
 客席では無音 秋(aa4229)が、淑やかで美しい女性客の相手をしていた。といっても彼女はエディス・ホワイトクイーン(aa3715hero002)であるが。
「案内、ありがとうございます。皆さんの調子はどうでしょうか」
「初めてとは思えないくらい、皆頑張ってます。ユーリも慣れてきて、案内は完璧です」
 店の入り口から「いらっしゃいませー!」と元気良い声。呉は店内に響き渡る声量を鳴らしている。
「全力ですね、ふふ」
「それはもうとても……。オーダーが決まりましたらおよび下さい……」
「はい、ありがとうございます」
 エディスと別れた無音は、なんとなくチラリと彼女の様子を窺った。無音はチラリと窺っただけであったが、エディスは熱のある視線を一ノ瀬に送っていた。
「……」
 ユーリはトレーの上にピザとココアを乗せて運んでいた。二人組できた婦人に届けるために。彼女はこぼさないように丁寧に、こぼさないことだけに集中していた。
「あっ!」
 彼女の腕に椅子がぶつかった。ここのお店は背もたれが扇状になっているのだが、一番端に肘をぶつけてしまったのだった。更に運も悪く、その椅子にはお客さんが座っていた。
 ピザは水分を吸い取り、お客さんの靴とジーンズの裾を濡らした。
「ごめ、ごめんなさい」
「大丈夫か?」
 コップが倒れただけで、割れはしなかった。手が空いていた一ノ瀬はすぐに駆けつけた。
「すみません、ごめんなさい……」
「あはは、大丈夫だよ。だけど布をいただけるかな」
「はい、はいすみません」
 オーダーを厨房へと届けていた平介はカウンターにある綺麗な布を一ノ瀬に手渡した。彼はお客さんの元に早足で寄って、更に手渡した。
「ありがとう」
 ちょっとした事件、だがユーリにとっては大きな事件だった。それが片付くとユーリはすぐに厨房に引っ込んだ。
「ごめんなさい、ピザが……」
「……分かった。作り直そう。その間にユーリは、汚れた床を綺麗にするといい」
「うん……」
 モップを持って清掃に向かったユーリ、それが終わって帰ってきて、また謝った。
「そんな落ち込むなって」と、一ノ瀬。
「うん……」
 まだ晴れない顔をしている。
「お客さんだって怒ってた訳じゃないんだ。アルバイトは楽しいだけじゃ無い。やっちまった、とか辛いこともあるさ。それでもガンバんなきゃな」
「そうとも、一ノ瀬君の言う通りだよ」
 店長が彼の言葉に続いた。
「やっちまったな。そう思ったらね、その失敗を覆すような働きをするといいんだ。挽回するんだよ」
「おうよ、店長の言う通りだぜ。まだ取り返せる」
「うん、分かった」
 どうやらさっきココアを掛けてしまったお客さんから飲み物のオーダーが入ったみたいだ。カールはルゥルゥの手からそれを受け取るとすぐに飲み物を作り上げた。
「ほら行ってきな。お客サンを幸せにご招待……ってね」
 挽回のチャンスだ。ユーリは積極的にトレーを持って、飲み物を運んだ。今度厨房に戻ってきた時、彼女の顔から雲が消えていた。
 夕方近くになって、若杉は退店しようとレジに向かった。レジには六道が立っていた。
「夜宵、レジできるのか?」
「当たり前よ! さっきしっかり覚えたんだから。ちょっとむずかしいけどさ」
「へえ。あ、これ伝票な」
 六道は急に真面目な店員の顔になってこう言った。
「ありがとうございました。五千五百円になります」
「はっ!? コーヒー一杯で!? なんで!?」
「スマイルも注文したでしょ! まったくなにやってんのよ!」
 笑顔も高くつく時代だ。
「……いや、笑顔が素敵なコだってきいたからさぁ」


 次の日の喫茶店も同様の風景が流れていた。カミユ(aa2548hero001)がお客さんとして中央の席に座っている。彼は笑っていたが、面白い応酬が聞こえるせいだった。
「……武之さん、まずエプロンをつけて! 髪を整え! 髭を剃る!」
 濤(aa3404hero001)の、必死の声かけだ。
「あぁ……俺のトレードマークを剃るなんて……これはもう濤くんは俺を養うしかないね。濤くん、働くのは若い子の任せて俺は裏で監督しておくよ」
「武之さんもまだまだお若いでしょう! 監督は店長さんがします。とりいそぎ注文を取ってきてください! 良いですか? 笑顔ですよ? エ・ガ・オ!」
「難しい事を平気で言うな」
「武之もがんばってはたらくんだよ! 武之かっこいーなんだよ!」
「働いて役に立つ所をアピールすれば、誰かが養ってくれるかもですよ?」
 六道とルゥルゥが希望に満ちた励ましをしてくれたもので、それもそうかもと勘違いした鵜鬱鷹は店員を待つ、眼鏡をかけた鵜鬱鷹と同世代の婦人の所へ急いだ。
「オーダー、受けますが」
 あれだけ濤が念を押したのに笑顔を厨房に忘れている。
「コーンポタージュとサラダをお願いします。後、飲み物の水って頼めるんでしたっけ……」
「多分大丈夫だと思います」
「それじゃあお水、お願いします」
 オーダーの書かれたメモを要に渡して、仕事終了。厨房の椅子に座って大きなあくび。
「はい次! 水を持っていく!」
「喉が乾いたから飲んでもいいかな」
「あ と で!」
「はあ」
 カミユは喫茶店に訪れて何をするもなく椅子に座っていたが、何も頼まないというのも退屈だった。丁度ユーリが側に通りかかったので、彼女を呼んだ。
「ユーリさん、オーダー頼めるかなぁ」
「え、あ……ごめんなさい。まだ難しい、です」
「そっかぁ。……じゃあボクを練習台にして一つ、受けてもらってもいいかな? あまり忙しそうじゃないし」
「練習。分かりました」
「ありがとねぇ。んん、そうだなぁ、オムライスがいいかなぁ。それ一つ、頂いてもいいかな?」
「オムライス。はい」
「以上だよぉ。頑張って」
 ユーリはオーダーを忘れないうちに早歩きで、椅子に体をぶつけないようにして、厨房に向かった。オムライス! とカールと要に元気よく伝えた。
「オーダー、取れたんだな」
「うん」
 ところで今日もエディスは来てくれているが、今日も一ノ瀬の頑張りを見に来ているのだった。彼に対する愛が伝わってくる。
 オムライスが出来たようで、要は柳を呼んだ。先ほどオムライスを作っている時、ケチャップで文字を記したいという熱意が伝わっていたからだった。
「い、いいの?」
「構わない」
 一度きりの挑戦だからと柳は集中して文字を書き始めたが、実に綺麗に仕上がった。「カミユ」と書かれていて、こちらも彼に対する愛が伝わるような文字だ。
「カミユ」
 ユーリは声に出して読んだ。
「運ぶわよ。ユーリ、運んでみましょうか。ルゥもおいで」
「分かったー!」
 お客さんの動きがなく暇そうにしていたルゥルゥも呼んで、三人でカミユの席まで向かった。ユーリは「はい……どうぞ」とオムライスをカミユの前に置いた。
「どうもありがとう――おや、これは……」
「け、ケチャップはサービスだから」
「京香さんが書いてくれたのかな?」
「そうよ、そうだけど……二人とも、次行きましょう。お客さんを待たせないようにね」
「わかったんだよー!」
 照れ隠しの逃走は、カミユをニッコリとさせた。その時彼は、オムライスを残さず食べることを決意したのだ。


 店頭のゴミ拾いはユーリに任せられた。昨日は無音の仕事で、ユーリは傍から見ていた。
 店内からは鵜鬱鷹はお客さんにメニューを運んでいる姿があった。ユーリは真面目に働いているのかなとよく見ていたら、メニューを机に置いた後何か口走って、濤に回収されていた。
 多分――
「こんなお店に来れるならどうだい? 俺を養ってみないかい?」
 と言って――
「武之さんあなたという人は! こっちにきなさい。お客さん、すみません。今のは聞かなかったことに」
 と言われて回収されたのだろう。ユーリはそのやり取りを見て笑った。同時に、羨ましいなとも感情を抱いた。
 ユーリには友達がいるが、笑いあってふざけあう仲間はいない。ユーリの持つ言葉では説明しきれない絆が見えたのだ。その絆をユーリは欲しがった。ぼうっとすると、箒の手が止まるものだ。
「おい、お前この店の店員か?」
「うん?」
 ユーリはすぐに分かったのだが、突然話しかけてきた男は酔っていた。どこから来たのか分からないが、彼は怒っているように見えた。更に彼の後ろには同じような態度の男たちが三人もいた。
「丁度いいわ。こっちこい、ここのアホ面親父に思い知らせてやる」
 強引にユーリの手を引っ張る男だが、彼女は反抗した。男の力は強く、恐怖心がユーリに湧き上がり始めた。まだ感情の付け方が上手くないユーリはもう涙目で訴えるしかなかった。
「泣くんじゃねえよ。誰かきたらどうすんだ」
 突然引っ張られていた手が離れて、ユーリは驚いた。強く握られて痛い手首を、反対手で擦って何があったのか見た。
「誰だてめえ」
「ユーリ、店の中に入っていろ。外は寒い」
「分か、た」
「おい逃げんな!」
 矛先はレイに向いた。男たちは以前にこの喫茶店から追い出された連中だと、自分らで告白した。
「あんたが誰だか知らんがぶっ飛ばしてやる! いくぞオラ!」

 ユーリは柳の着けているエプロンに顔を埋めていた。
「居酒屋とかならまだしも、こんな平和な喫茶店にも野郎共は来るんだな」
 厨房に入ってきた平介は、オーダーをカールと要に手渡した。コーヒー、ブラックだ。
「要さん、もしよかったらこのオーダー、ユーリさんに任せてあげてください♪」
「分かった。……ユーリ、作り方は分かるか」
「分からない」
 初めてのコーヒー作りに、ユーリは興味津々だった。先ほどの涙目はまだ残っているが、心は要の手ほどきに夢中だ。時間をかけてコーヒーを作り終えると、ユーリはカップを持って客席へと歩いた。
「お待たせです」
「ご苦労様。……機嫌は治ったか」
 コーヒーを頼んだのはレイだった。ユーリは彼の問いかけに、首を横に振った。
「認めるのは難しいが、仕事は楽しいだけじゃない。稀に、ああいった客が来る事もある」
「うん……」
「人を幸福にさせるのは本当に難しい、だができない事はない。経験を積むといい。その内、涙は出なくなる」
「うん。ありがと」
 ユーリは厨房へ戻っていった。入れ替わりに店長がレイの席を訪れた。
「貴方が噂のレイ君だったかな?」
「噂の?」
「いやあぜひカール君と僕と三人とで、ここでセッションしたいんだ。スピーカー、アンプならちゃんとあるよ。ちょっと練習して、一緒にやってほしいなあ。私の好きなジャズで!」
「ジャズは俺の音楽とは逸れているが……良い機会になるかもしらんな」
 店長は既に用意してあった楽譜を渡して、ウキウキしながら戻っていった。


 何日かたって、その日がエージェント達のバイト最終日となった。その日は全員のエージェントがお客としても集まっていた。
「お客役皆かっこよすぎるぜ……」
 彼らは喫茶店に似合うと呉の感想だ。
 夕方になって、お客さんの数も増え始めた頃に店長が喫茶店に流れる音楽を止めて、マイクを持って客人達の注目を仰いだ。後ろからはギターボーカルのレイ、ベースのカール、練習を努力したドラムの賢木が立っていた。
「さあさあ皆さん、今日は特別な一日になることを約束しましょう! なぜならばエージェントと私の、セッションが始まるのです」
 曲名は『I REMEMBER YOU』。編曲は店長が頑張った。
 私は貴方を覚えている。どうやらこの曲は、店長からのメッセージのようだった。店長からエージェントへのメッセージ。ユーリは静かに、レイの歌声を聴いていた。誰もが食事の手を止めて、四人のセッションを聴いていた。
 カミユは珍しく賢木が楽器を叩いているところを眺めていた。
「かっこいい……」
「すごく綺麗な音色なのだよっ」
「あれだけ技術があるなら養ってもらおうかな」
「素敵なセッションですね♪」
 曲は終わり、全員が一礼すると拍手が巻き起こった。その日は店長の言う通り、誰もが特別な一日になったことだろう。同時に幸せでもあるのだ。ユーリは感動していた。音楽という力に感動した。


 時間は過ぎて、ついに終了した。
「みんなといっしょでルゥたのしかったんだよー! ユーリちゃんもたのしかった?」
「うん! ルゥルゥありがと。楽しかった」
「ルゥもたのしかったー!」
 二人は抱き合ってお互いに愛情を確かめあっていた。
「……ご褒美だ」
 要はムースプリンをユーリの前の机に置いた。店は十八時に閉まって、名残惜しいと思っていたユーリはまだ帰らなかったのだ。ユーリだけではない。全員がまだ残っていた。
「まだお仕事は残っていますよ♪ お掃除です♪」
 笹山は幻想蝶の中から箒を出して残業をしていた。店長は「いいよいいよ、そこまでしなくても」と断っていたが皆協力的だ。立つ鳥跡を濁さず。
 その間店長は、ムースプリンを食べているユーリの前の席に座って、彼女と話をした。
「アルバイト、続けたいと思ってくれたかな。色々なことがあったけれど……もし、続けたくないなって思ったら素直に言っていいからね」
 失敗はしたし、怖い思いもした。それにこれからは先輩エージェントの手はないのだ。ユーリは悩んだ。だがその答えはすごく明快に返ってきた。
「続ける。ユーリ、頑張る」
「そうかい。ああ、そうか。私は嬉しいよ」
 その会話をきいていたエディスは、微笑みをユーリへと向けてこう言うのである。
「頑張ってくださいね。たまに顔を出しにくるかもしれません。その時はまた、綺麗な笑顔を見せてくださいね」
「うん。またきてね」
 掃除が終わった。笹山は店長にその事を報告すると同時に、提案を口にした。
「全員で写真を撮りませんか?」
「それは中々! 良いアイデアだね平介君。それじゃあ撮ろう撮ろう。良い思い出になるよ」
「じゃあ、あのお花も仲間に入れてあげましょうよ」
 柳が言った。
「それもまた名案だなあ。私には思いつかなかった――そういえば、あのお花の名前調べて見たんだけれど、マルヴァっていうみたいなんだ」
 十七人が入るには丁度良い大きさの右耳だ。窓の外は暗いが、月が見えていた。
 店長は笹山からカメラを受け取った。彼は輪の中には入らないというのだ。彼なりのプライドなのだろう。
「ああそうそう賢木君、ドラム頑張ってくれてありがとね」
「簡単だったしな。別に苦じゃなかった」
「そうか、それなら君は才能があるかもしれないな。……じゃあ撮影するよ」
 店長は「スイール!」といってカメラのシャッターを切った。これはこれは、とても良い写真が撮れた。


 若杉は次の日、ユーリの働く姿を見に六道と二人で喫茶店に立ち寄った。
 真面目に働くユーリがそこにはいた。メニューを運ぶ時、まだ動きは慣れていない。落としたら大変だと分かっているから。
「頑張ってるみたいだな」
「そうね。後は先輩店員さん達に任せて、私達はコーヒーでもいただきましょ。……でも不思議ね、客としてきたのに、無性に働きたくなっちゃうわ」
「また機会があったらここで働かせてもらおうな。夜宵もお疲れ様、頑張ったね」
「どうも!」
 二人は席について、コーヒーを頼んだ。コーヒーはユーリが運んできたのだが、ユーリは手を振って厨房に戻っていった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • 薫風ゆらめく花の色
    柳京香aa0342hero001
    英雄|24才|女性|ドレ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • コードブレイカー
    賢木 守凪aa2548
    機械|19才|男性|生命
  • 真心の味わい
    カミユaa2548hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • やるときはやる。
    呉 琳aa3404
    獣人|17才|男性|生命
  • 堂々たるシャイボーイ
    aa3404hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 駄菓子
    鵜鬱鷹 武之aa3506
    獣人|36才|男性|回避
  • 名を持つ者
    ザフル・アル・ルゥルゥaa3506hero001
    英雄|12才|女性|シャド
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 希望の意義を守る者
    エディス・ホワイトクイーンaa3715hero002
    英雄|25才|女性|カオ
  • 名助手
    無音 秋aa4229
    人間|16才|男性|回避
  • 沈黙の守護者
    aa4229hero001
    英雄|23才|男性|シャド
  • スク水☆JK
    六道 夜宵aa4897
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    若杉 英斗aa4897hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
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