本部

開け餅! 斬るな餅!

若草幸路

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
6日
完成日
2017/01/23 14:40

掲示板

オープニング

●年の初めのためしとて?
「しんねんめでたやー」
『めでたやー』
 大きな餅と小さな餅が唱和する。だが、これはただの鳴き声だ。彼らに祝う気持ちはひとつもないことは、その周囲にいる人々の苦しみが証明していた。

 新年は事実だが、状況は何ひとつとしてめでたくはない。

●年の初めのいくさとて
「ショッピングモールに従魔が出現。館内の他の場所では避難が完了していますが、イベントと誤認して逃げ遅れた人々がフードコートにいます」
 淡々としたオペレーターの声がブリーフィングルームに響く。現場に急行せずになぜ一度集合を? と言いたげなエージェント達の気配を読み取り、オペレーターが画面を操作した。間の抜けた従魔の姿と共に、負傷の写真や聞き取りとおぼしき幾多のテキストなど、数々の資料が現れる。
「ええと、ご覧のように……近隣の支部から急行した部隊が、こいつらに深手を負わされました。証言からみて、なんらかの特殊能力を持っていると推測されます」
 ワープゲートから現場に最速で移動できるよう準備を整えている間に、討伐のための対策を立ててほしい。そう告げられたエージェントたちは、目の前に映されている間の抜けた従魔たちの姿を見ながら、どうしたものかと思案をし始めたのだった。

解説

●任務
 従魔の討伐、および一般人の保護

●場所
 とあるショッピングモールの3階にあるフードコート。50席程度の広さ。
 建物の一番奥にあり、壁沿いに店舗が並ぶのを見渡せる感じで椅子とテーブルが並べられています。

●従魔
 ミーレス級「もち」×10(バスケットボール大、跳ねるように移動)
 デクリオ級「かがみもち」×1(全高200cm程度、あまり動かない)
 どちらも素早さは鈍いですが頑丈で、接近してから物理攻撃をしてきます。
 ※「しんねん」や「めでたやー」という発声をしますが、ただの鳴き声だという報告が上がっています。

 動きが単調なためそれほど強くないと思われていましたが、討伐に向かった部隊が深手を負って敗走しています。証言によると『斬った瞬間、敵は何もしていないのに傷を負った』とのこと。
(PL情報:どちらも刃物による攻撃のダメージをある程度まで無効化し、受けたダメージの一部は攻撃した者へ防御無視で反射してきます)

●一般人
 3組の家族連れとフードコートの店員(大人12人、子供6人)。ライヴスを奪われているので走るのは難しいですが、指示に従って歩く程度の移動は可能です。

リプレイ

●餅についてのエトセトラ
「おもちー! って事は餅つきだナ、ド派手に行くぜー!」
「……いや、違ぇだろ」
 現場への道すがら。アリス・レッドクイーン(aa3715hero001)の発言を、一ノ瀬 春翔(aa3715)が冷静にたしなめる。
「そうとも言い切れませんよ。なにせ、鏡餅ですから」
 それに隻腕の鬼、茨城 日向(aa4896hero001)が答えて曰く。
 鏡餅とは、正月に神へと捧げる供物。その形がご神体の銅鏡と似ている円状であるため、その名が付いたとされる。その丸いフォルムは家庭円満を表し、大小が重なったスタイルは福徳に満ちた一年を重ねる、という意味を持つともいう。ゆえに、そのめでたい供物、ひいてはご神体の似姿をいただく際に刃物を用いることは、「神様の祝福に刃を向ける」ということになり、古来より忌まれた。鏡餅はまず木槌で『開き』、次いで手でちぎって子供の手の平ほどのかけらにして食すものなのである。
「つまり鏡餅は切ると縁起が悪いから、あの従魔に刃物を向けるとデンジャラスってことネー? ということは、鈍器が一番いいかもしれないネー!」
 アビゲイル・ヘインズビー(aa4764)がワーオ、と大きく得心して腕を振り上げるのを、日向は深くうなずいて肯定した。
「ええ。というわけでガトリング砲で細切れにしてから食べることにしましょう」
「神様の祝福どこいったぁ!?」
 日向の発言に、食べる前提であることはあえて指摘しない村主 剱(aa4896)のツッコミが入る。その声は階上のフードコートへ反響し、もちもちと飛び跳ねる従魔たちのもちもちボディををちょっとだけぷるぷるさせ、エージェントたちの到来をそこに告げるのだった。

●物言う餅をこねて黙らせ
「だ、そうだ。聞いてたか颯佐ぁ」
「……ああ」
 まず伽羅(aa4496hero001)と黒鳶 颯佐(aa4496)が共鳴して敵の前に躍り出た。倒れている人々の救助は仲間に任せ、颯佐は敵を殲滅すべく動く。まずは眼前の飛び跳ねてくる小さいものに狙いを定め、使い慣れたアサシンナイフの刃を、白く弾力のある従魔のボディへ斬り込ませる。と、手応えが大幅に"消え失せ"、次いでばりん、とその手応えが"跳ね返って"きた。腕に刻まれる裂傷は、間違いなく己のナイフの刃筋である。苦痛に顔を歪める颯佐に、伽羅は呆れ半分咎め半分の声を身の内から投げかけた。
『だぁから、斬るなっつってんだろうが。お前人の話聞いてたか?』
「ああ……そうだった。つい、な。」
 颯佐は気のない返事をしながら、賢者の欠片を口に放り込み、噛み砕く。腕の裂傷へたちどころにライヴスが巡り、傷を塞ぎ肉を盛り上げる。その腕へ、颯佐はナイフの代わりとしてゴッドハンドを纏わせた。
「だが、理屈は分かった」
『結果的に、だろ?』
 狙ってやってねぇのは分かってんだよ、と嘆く身の内の伽羅をよそに、颯佐はその無骨な籠手で従魔を殴りつけ、四散させた。――刃物がなくとも、殲滅に支障はない。
『開くどころか砕けてんじゃねえか。縁起とか完全無視だなお前』
「敵相手に、縁起も何もないだろう」

 颯佐と時を同じくしてフードコートの中央に躍り出たのは、銀色の乙女だ。
「一般人には手出しさせないわ……かかってきなさい!」
 レミ=ウィンズ(aa4314hero002)と共鳴している大門寺 杏奈(aa4314)が、朗々と宣言した。《リンクコントロール》を行ったことによりみなぎっているライヴスを込めて旗を掲げる。
「翼よ、誇り高き加護の力を!」
 《救国の聖旗「ジャンヌ」》と名付けられたその旗のもとで、杏奈は《守るべき誓い》を発動させた。その美しい背に翼が生え、その心にふさわしく全身が輝く。まばゆい光に魅せられたかのように、小さい従魔たちが跳ねながら近づき――強烈な体当たりを仕掛けてきた。杏奈はあえて避けず、盾でそれをしのぐ。次いで、のしのしと二段重ねの大きな大きな餅が数歩動き、そのもったりとした腕で盾を殴りつけた。
「……っ!」
 見た目よりもはるかに重量のあるそれらの衝撃は強烈だが、《守るべき誓い》によって守りを固めている彼女に大きな傷を負わせるには至らない。
『攻撃してくる餅とは、まったくめでたくないですわね』
 レミのあきれたような声が、杏奈の魂の裡から聞こえた。そう、先の颯佐の結果を見る限り、攻撃してくる上に攻撃を反射するというまったくめでたくない従魔と今、相対している。だが、その"反射"は限定的だ。
『でも、斬るのがダメなら叩いてよし。どちらが硬いか勝負ですわ♪』
 レミの明るい声色に応えるかのように、杏奈が動いた。強化装甲《レイディアントシェル》を発動させる。そのエネルギーは彼女の翼と共にまばゆく輝き、そして彼女が携えた円盾の輝きに力を加えた。今や盾が纏う閃光は、バチバチと雷のごとき音を立てている。
「――後でおいしく食べてあげるから、大人しくしなさいっ!!」
 その危険物と化した盾で、従魔をひとつ振り抜くように殴り抜けた。電撃で餅がふくれて爆ぜ、香ばしい香りが一瞬漂う。巨大な従魔の打撃を防ぐ必要が出てきたため連撃はかなわなかったが、従魔たちの気を引くことには成功している。仲間へ状況を伝えつつ、次の攻撃に耐えるべく杏奈は盾を構え直した。

 乱戦の様相を呈している中で、背後から杏奈に迫ろうとする従魔を正確に撃ち抜いたのは、鬼嶋 轟(aa1358)だ。
「鏡開き、か。なのに雑煮に入れるのは何でだろうな」
『一年中いつ食べても美味しいからじゃないっすかね』
 着弾を確認し、少女が、否、英雄のかたちを借りた轟が、次の従魔に狙いを定めた。スコープを覗きながら、体に宿したその英雄、屍食祭祀典(aa1358hero001)と会話を交わす。
「随分と人間らしい答えだな、ガブリ」
『ボクは人間っすよ。真実がどうあれ、ゴウが思ってくれるなら、きっとそうっす』
「……皮肉が利いている」
 その答えに耳を塞ぎたくなる。――ヒーローになりたいというかつての願いは、時に晒され劣化していった。なのに今さら、戦うための力を今さら得てしまった。それも、英雄とはいえ幼子の手を借りねばならない――少女に変じている己の肉体の真実への疑念からか、引き金に掛かる指がわずかに硬直する。と、屍食祭祀典がそうだ、といいアイディアが浮かんだ時の声色を脳裏に響かせた。
『そう、ゴウにしてはいい提案っすよ。晩飯は挽肉団子と餅の雑煮っす』
「挽肉じゃなくてだな」
 人の気も知らないで、と轟は脱力する。――そして指の力みが抜けた。
「……まぁ、お前はそれでいい」
 そうだ、難しく考えるのはやめよう。今はただ、かつて望んだヒーローになればいい。その決意と共に放たれた銃弾が、もう一匹の従魔の半身を吹き飛ばした。もう半分が、青年の鉄拳に吹き飛ばされる。轟は颯佐との通信を開き、問うた。
「どうだ、相手の様子は」
「見ていてわかっているとは思うが、刃物でなければ返り討ちにはされない」
 そう手短にやりとりをして、皆に改めて通信を使って周知する。攻撃の反射が起きなければ、怖い相手ではない。

 他方、家族連れの近くに居た従魔に対処するのは、鬼に変じたその姿とは裏腹にあわあわと落ち着かない青年だった。
「いや待って待って待って、ガトリングなんか向けたら罰当たりだよ」
 従魔と倒れ伏していた家族連れとの間に飛び込んだまではよかったが、そこからぶんぶんと首を横に振ってガトリング砲の使用を拒む剱に、身の内に潜む鬼――日向が、『はぁ』とため息をついた。睨まれているようなその息の声色に、慌てて剱は日向へ代案を提示する。
「……ほ、ほら、ちぎって手の平サイズにするとか」
 ふうむ、と日向が思案するような声をだし、そしてやけにはっきりと剱に問う。
『では村主、あれらを手でちぎってくれますね?』
「い"っ!?」
『初陣を素手で飾るとはいい度胸です。感心感心』
「……わ、わかったよ……」
 まさか素手喧嘩(ステゴロ)を要求されるとは、と剱は自分の発言を若干後悔した。しかし日向相手に今さら発言を引っ込めることもできない。武装をガトリング砲から盾に切り替え、そして目の前の餅を、空いたほうの指と握力でもってちぎる――
「やっぱり無理だよー!」
『この軟弱者がぁっ!』
 ――ことはかなわなかった。罵られようがなんだろうが、AGWを用いての攻撃でない以上、無理筋だ。そして従魔は「たやー!」と気の抜けた声と共にバスケットボール大の体を勢い良く伸ばし、そのどっしりとした質量を伴ったライヴスで攻撃を加えてきた。剱は慌てて盾を構えて防ぎ、続いて武器を刀に換装する。
「要は刃物でなけりゃいいんだろー!?」
 抜刀しないまま、鞘ごと使って殴りつけた。ぶにん、と従魔がやわらかくへこみ、のろのろとその形を戻そうとする。危ぶんでいた攻撃の反射は、起こらないようだった。
『はぁ……一匹倒すのにどれだけかかることやら。ガトリングを素直に使えばいいものを』
 呆れたような日向の言葉が聞こえてくるが、剱はあえて無視をする。再び目の前の従魔を鞘で殴りつけると、四、五回ほどで鳴くのをやめ、床にでろんと広がった。後ろをちらりと見やると、既に家族連れは仲間に導かれ、避難を始めている。

 その避難の先頭では、春翔が餅をついていた。もとい、避難経路を塞ぐ従魔を殴り飛ばしていた。
「しん!」
 どっかん、
「ねん!」
 ぺったん、
「めで!」
 べしゃっ、
「たや!」
 ぼごっ。
 鳴き声のリズムに合わせ、春翔の中にいるアリスの意識がその体を操り、ノリノリで鉄拳をたたき込む。ボクシングよろしく軽快な音を立てて二匹の従魔が弾けるさまに、ほお、と春翔が感心したように意識の中から感嘆の声をもらした。
『あながち餅つきってのも間違いじゃねぇな』
「はっはー! アリスさんの直感をバカにするでないぞ!」
『……そっすね』
 眼前に敵影がないことを確認して春翔が後ろを振り向くと、ニウェウス・アーラ(aa1428)が人々を集めて移動させている。ニウェウス、否、彼女の体を使うストゥルトゥス(aa1428hero001)は、きらきらとそのかんばせを人のいい笑顔で彩りながら語りかけていた。
「怖かったよね? でも、おねーさん達が来たからにはもう安心ダゾ☆」
『ちょっと、ストゥル!? 勝手に……』
「いいじゃないのー。子供を元気づけるのは大事、大事」
『それは、いいけど……お願いだから、恥ずかしくない言い方で……っ!』
 肉体をどちらが使うかはストゥルトゥスに決定権があるため、恥ずかしい台詞を止めることができないニウェウスはせめて、といった調子で自らの英雄に頼み込む。そんな中でも二人の視線は安全圏、つまり階下への最短ルートを探しており、それを春翔に伝えて露払いを頼む。確実な避難のためにそうやって四方に気を配っていた時、跳ねる影がこちらに接近しているのを見つけた。
「めでたやー」
 二匹の餅型従魔がぽん、ぽん、と跳ねてくる。杏奈が鏡餅と餅の従魔を相手取っている間に《守るべき誓い》の効果が薄れ、人数の少ないこちらに切り替えてきたのだ。このままだと一団の横っ腹にぶつかる形で接敵することになると理解したニウェウスは、そうはいかない、と《極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』》を取り出した。
『人の避難を邪魔するやつはー?』
 ストゥルトゥスの声に応え、ニウェウスは宝典を構えながら、その手に蝶を生み出した。
「……まるっと、砕くよ!」
 放たれた《幻影蝶》が、二匹の従魔を包み込む。「ねん?」とうまく動けずに立ち往生した従魔たちは、その次の瞬間に衝撃波でそれぞれ撃ち抜かれた。小さくはない音と目の前で行われた戦闘に歩いていた人々の足がすくむのを見て、春翔は大丈夫だ! と声を張り上げた。
「ここは俺らが守る! とりあえず、まとまって出口に向かってくれ!」
 そして春翔は通信回線を開き、小さい従魔の殲滅を頼む、と皆に告げる。自分とニウェウスがついているものの、避難途中で従魔に襲撃されることは避けねばならない。

 その連絡を受け取り、アビゲイルは跳ねて人々の所へ向かおうとする従魔の元へ走り寄り、それを打ち据える。
「オープンザ・モチー!」
 そうのたまいながら虹蛇をまた一振りすると、虹色に輝く鞭が勢い良くしなり、従魔の行く手を阻む。こちらに何事もないのを見る限り、通信の通り攻撃を加えるのが刃物でなければ大丈夫そうだ。ブーメランをやめておいてよかった、と息をつく。ぶんっ、と浅黒い肌の少女に変じたアビゲイルが、再びカウボーイはだしの鞭を振るった。
「めでたー!」
 鞭を二撃三撃ともらった餅がへこみ、床にのびて動かなくなる。まだこちらを狙うものがいないか、と視線を巡らせると、小さい餅ではなく巨大な鏡餅の殴打に盾で耐えている杏奈が視界に入った。駆けつけ、大柄な従魔の片腕を鞭で拘束する。
「アビゲイルさん!」
「困った時はお互い様ヨー! ホールドアップね、カガミモチ!」
 だが、その体格に似つかわしく、鏡餅型従魔の膂力は強い。引き摺られてふりほどかれ、アビゲイルと杏奈は間合いを離して時間を稼ぐのが精一杯だった。

 だが、従魔があまり賢くなく、目の前の敵にしか目が行かないのが幸いした。すでに避難を阻むものはなく、ニウェウスと春翔は人々を導く。
『敵の配置も踏まえたうーえーでー、安全且つ早く行けるルートはー?』
「あっち、だね」
 ニウェウスが指差した先には、望月が手を振っている。
「こっちに逃げてくださーい」
 そう言いながら餅 望月(aa0843)が電柱――という名の巨大な鉄の棒――で確保している通路の先にあるのは、非常階段だ。春翔が先頭、ニウェウスがしんがりを務めながら、声をかけあって人々が全員地上へ向かって階段を降りていく。その様子を背中で聞きながら、望月はすっ、と鉄柱を持ち上げ、戦闘態勢を取った。
「開け、餅」
 そう、すべての小さな餅は倒され、残るは大きな鏡餅のみ。鈍重ではあるが小さいものに輪を掛けて頑丈なその従魔は、言祝ぎに似た鳴き声をあげてゆっくりと歩を進め、エージェントたちに痛烈な打撃を浴びせようとする。アビゲイルがその豪腕を虹蛇で拘束しようと再度試みるが、単純な力比べではこちらが不利。再び振りほどかれ、その拳が少女に叩き着けられようとしたが、しかしその拳は電柱に阻まれ、大きくひしゃげた。たやぁ! と叫ぶ餅に、望月の中の百薬(aa0843hero001)が啖呵を切る。
『ワタシにこの一柱を抜かせるとは、なかなかの敵ね』
 共鳴しているため、百薬の顔は見えない。見えないが、望月には彼女が少しドヤ顔であることがなぜかわかった気がした。そして視線の先には、急ぎ戻ってきたニウェウスと春翔。ヌンチャクを携えた轟の姿も見える。

 そこから、鏡餅を囲んでの十字砲火が始まった。無数の殴打が放たれ、大きな従魔の大きな鳴き声とともに刻まれるその打撃音は、まさしく餅つきを彷彿とさせるものだ。あまり賢くない鏡餅は、誰に反撃すればよいか定める前に次の攻撃を喰らい、圧倒的な勢いで放たれる打撃を受けるがままになった。
「しん!」
「ふんっ!」
「ねん!」
「とうっ!」
「めで」
「開けー」
「たやぁ」
「でいりゃあ!」
「しんね、」
「おめでとうネー!」
「んめで、」
「開けおりゃぁ!」
「た……や……」
「……とどめだ」
 そして数分後、ぺったんぺったんどっかんどっかんと若干緊張感に欠ける音を立てていたその従魔の手応えとライヴスが消滅したのを皆が感じた。そこにあるのは、やわらかな、そう、よく搗(つ)かれてもっちりとやわらかな、物言わぬ餅。

 従魔の危機は去り、ただの巨大鏡餅がそこに出現したのだった。

●何はともあれ今年もよろしく
 全員での安全確認を終え、巨大な鏡餅を目の前にする。それはとても大きく、弾力のある柔らかさが見て取れ、そしておいしそうに湯気をたてていた。
「もちー、煮てよし焼いてよし、醤油に海苔にきな粉にお汁粉ー」
 百薬が上機嫌で歌い、
「餅は万能、あたしも万能ー」
 次いで望月がまったりと口ずさみつつ、餅をちぎってひとつかみ手に取る。と、
「……んん?」
 ざらり、と妙な感触がした。見ると、さっきの瞬間までは確かにあった弾力が微塵も感じられぬこちこちの餅がその手にある。おまけに鮮やかでやわらかな白がたちまちのうちに異様な色に変じていくものだから、二人はたまらず餅を取り落としてまった。
『え、え、ええー』
 欠片だけではない。全ての餅、もとい従魔の残骸が急速に禍々しい緑や黒に染まり崩れていく。ライヴスで保たれていた鮮度の消滅か、はたまた従魔の四散する姿がそう見えているだけなのか、真実は判然としない。しかしこれだけは確実だ――この餅は、食べられない。
「も、もちぃー!」
「見事にカビたねー……」
 望月と百薬が目の前の惨状に嘆いた。いや、二人だけではない。アリスが、杏奈とレミが、日向もちょっとだけ、嘆いている。あんなにもちもちしていたのに、見せつけられていたのに、食べさせてもらえないなんて! 従魔を食べるという少し常識外れな行為をも正当化するほどの美味そうな餅が目の前で無残に崩れていくのを、彼らはただ見送るしかなかった。
「むー、人のお腹を空かせるだけ空かせといてぇ……おなか減ったよ……」
 アリスが回りを見渡し、ある一店に目を留める。『正月特別メニュー、お雑煮あります』と書かれたその店につかつかと歩み寄ろうとするが、そういえば店員は避難していたのだとがっくり肩を落とした。
「……帰りになんか買うか、餅のなんか」
 春翔もアリスの感情にシンクロし、無念さと空腹を覚えながらそうつぶやいた。それを皮切りに、やれ挽き肉団子雑煮だの細切れにするといいだのと餅料理の談義をしながら、エージェントたちは帰路につくべく階段を降りる。
「……あ」
 その最後尾で、ふと杏奈が足を止めた。
「どうしましたの?」
「言い忘れてた」
 そう言うと彼女はレミにくるり、と向き直り、
「今年もよろしくね」
 と深々と一礼する。その改まった挨拶に、レミは思わず笑みをこぼした。
「……ふふっ。毎日一緒におりますのに、確かに言ってませんでしたわね。――わたくしこそ、今年もよろしくお願いいたしますわ」

 鏡開きを過ぎると、正月気分ももうすぐ終わる。餅を開いたエージェントたちの一年が、本格的に動き始めるのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • エージェント
    鬼嶋 轟aa1358
    人間|36才|男性|生命
  • エージェント
    屍食祭祀典aa1358hero001
    英雄|12才|女性|ドレ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 生の形を守る者
    アリス・レッドクイーンaa3715hero001
    英雄|15才|女性|シャド
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 孤高
    黒鳶 颯佐aa4496
    人間|21才|男性|生命
  • エージェント
    伽羅aa4496hero001
    英雄|28才|男性|カオ
  • エージェント
    アビゲイル・ヘインズビーaa4764
    人間|16才|女性|命中



  • もちを開きし者
    村主 剱aa4896
    機械|18才|男性|生命
  • エージェント
    茨城 日向aa4896hero001
    英雄|15才|男性|シャド
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