本部
掲示板
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【DF】北方面大通り防衛線
最終発言2016/12/30 17:14:01 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/12/27 02:37:18 -
hide-and-seek Z
最終発言2017/01/01 04:05:08 -
【SB】東の従魔対処班
最終発言2017/01/01 06:05:03 -
【WG】大通り爆破班
最終発言2016/12/30 14:11:27 -
【GK】対ケントゥリオ級班
最終発言2016/12/31 16:35:30 -
質問卓
最終発言2016/12/26 07:52:59
オープニング
●思惑
「我ガ大隊ハ前進! 前進デアル!!」
この作戦の総指揮を執るデスサージェントが、凍りついた指で前を指した。
その命令に従い、ノリリスクの玄関口である高速鉄道ステーションへ続く大通りを従魔群が前進。
防御特化型アイスゴーレムを先頭に押し立て、デスアーミーとルサールカが続く布陣は、単純だがそれだけに効果的だ。
「サージェントさんよぉ、そっちの作戦はどんな感じだい?」
デスサージェントの後ろから、細身の男が訊いた。
面には感情があり、眼光には意志があり、ライヴスには強い圧がある。従魔でも人間でもありえない。愚神だ。
「大通リヲ南下シテ駅ヲ攻メ立テツツ、東側ヨリ浸透スル予定デアリマス」
男にぎこちなく敬礼し、報告するサージェント。
「ようはぶっ壊すついでにぶっ殺すってこったろ。……これ、合ってる?」
サージェントならぬもう1匹の大柄な人狼が肩をすくめ。
「合っていようと合っていまいと、我々に関係がありますか?」
先の男もまた人狼形態をとり。
「ねぇな! オレらは兵隊。考えんのは大将に丸投げだぜ」
「突っ込む時と場所は考えてくださいよ。無駄死は禁じられているのですから」
大柄な人狼が渋い表情で細身を諫めた。
「わかってらぁ。――サージェントさんよぉ、そっちのデカイのが線路ぶっ壊し隊に加勢する。オレはニンゲンが嫌がるとこにぶっ込んで引っかき回す。鋼の縁とかってのがあったらまた会おうぜぇ?」
●苦渋
ノリリスクの玄関口である高速鉄道ステーション。
焦燥の赤と恐怖の青で面を染めた避難民が、発車間近の臨時列車へ殺到する。
『走らないでください! この駅はロシア軍によって守られています! あわてず! 係員の指示に従って! 順番に! 臨時列車へ乗り込んでください!!』
ステーションの3階にある駅長室からは避難民の誘導にあたる兵、そして乗車率200パーセントを越える臨時列車の先陣がのろのろと動き出す様がよく見える。
高みよりままならない避難状況を見下ろしつつ、ステーション防衛の指揮を執るロシア陸軍の少佐が歯がみした。
「現在の状況は!?」
オペレーターのひとりが沈痛な表情で答えた。
「多数の従魔が北部の工場地帯より大通りを続々と南下! 現在我が中隊の三個小隊が交戦中であります! さらに東の線路上に多数の従魔が展開! こちらには一個小隊が対応しております!」
臨時列車は西へ向かう。道を塞がれたわけではないが、しかし。
「防衛線を喰い破られれば終わりか」
敵の狙いはインフラの破壊――この場合は鉄道の切断によって最大の輸送・運搬経路を封じてノリリスクを孤立させることだ。そうなれば遅かれ早かれ市民は死に絶え、この地は愚神の領土と化す。
と。ここで別のオペレーターがヘッドセットをもぎ離し、
「HOPE本部より増援が来ます! なお、HOPE代表より『耐えよ、けして希望を捨てられるな』との伝言が」
少佐は増援の報を各員へ伝えるよう指示し、苦いため息をついた。
HOPEからの援軍が来ることに彼は安堵している。これで無駄死する部下の数は大きく減らせるだろう。が、その希望を自分ではなく、他人にもたらしてもらわなければならないことを恥じてもいた。
――部下に死んでこいと命じられない自分は、よき軍人ではないのだろうな。
自嘲しながら、彼は声を張り上げた。
「援軍と連動して市民を守る! 肝に銘じておけ、貴様らが死ぬのはここではない……今日より何十年か後の、清潔なシーツで包まれたベッドの上だ!」
しかし、彼の高潔な心は愚神ならぬ同胞によって穢されることとなる。
●判断
『ロシア軍司令部から通達。HOPE各員に許可されるのは、愚神群との戦闘行為のみ……だって』
高速鉄道ステーションに到着したエージェントたちに、礼元堂深澪(az0016)からの通信が入った。
司令部は判断したのだ。外部の援軍に功を奪われ、国と軍の威信が損なわれることはゆるされないと。
『今、ほかのエージェントが軍司令部と交渉してくれてる。その結果が出るまで、みんなはロシア軍と連動したり避難してる人たちを助けたりできないんだけど――ロシア語とかよくわかんないから、ボクはこれから日本語で独り言言うよ』
万感押し詰まる中、深澪が口を開いた。
『みんなはいくつかの班に分かれて行動。最初に地図送るから、班分けはデータ確認して決めて。決まったらすぐ行動開始。どうせどこに行ったって従魔はいるんだから、あとはもう現場の判断だよね?』
【防衛線簡易地図(ノンスケール)】
アイウエオカキクケコサシスセソタチツテトナニヌネノハ
A■□■■■□■■□□□□□■■■■■■□□□□□■■A
B■□■■■□■■□□□□□■■■■■■□□□□□■■B
C■□■■■□■■□□□□□□□□□□□□□□□□■■C
D□□□□□□□□□□★□□□□□□□□□□□□□□□D
E■□■■■□■■□□□□□■■■■■□■■■■□■■E
F■□■■■□■■□□□□□■■■■■□■■■■□■■F
G■□■■■□■■□魔魔魔□■■■■■□■■■■□■■G
H□□□□□□□魔魔魔魔魔魔魔□□□□□□□□□□□□H
I■□■■■□■■□□□□□■■■■■□■■■■■□■I
J■□■■■□■■□□□□□■■■■■□■■■■■□■J
K□□□□□□□□◎◎◎◎◎■■■■■□■■■■■□■K
L□□□□□□□□□◎◎◎□□□□□□□□□□□□□□L
M駅駅駅駅駅駅駅駅駅〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓M
N駅駅駅駅駅駅駅駅駅〓〓◎〓◎◎〓〓〓〓〓魔魔魔魔〓〓N
O駅駅駅駅駅駅駅駅駅〓〓◎〓◎◎〓〓〓〓〓魔魔魔魔〓〓O
P駅駅駅駅駅駅駅駅駅〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓P
Q■〈↑避難民〉□□□□□□□□□□□□□□□□□□□Q
アイウエオカキクケコサシスセソタチツテトナニヌネノハ
□=道路 ■=建造物(ビルや家屋。1マスにつき20÷(破壊エージェント数)ラウンドで破壊可能) 〓=線路 ◎=ロシア軍 魔=愚神群 ★=デスサージェント
※注:“◎”と“魔”はあくまで展開状況を示すもので、数を表わすものではありません。
『お尻はボクとえらい誰かが持つ。だから思いっきり現場の判断でやっちゃって!』
解説
●依頼
約3時間、全力でステーションを防衛し、市民をノリリスクから脱出させてください。
●状況
・ロシア軍とは連動シナリオの結果次第で、途中から連携が可能となるかもしれません(連携する、連携は考えない、どちらを想定してプレイングしていただいても構いません)。
・北からの従魔群は、デスサージェントに指揮されたアイスゴーレム×6、デスアーミー×20、ルサールカ10のチームで、アイスゴーレムを盾にじりじりと前進してきます(30ラウンドにつき1チームが合流します)。
・東からの従魔群は、デクリオ級愚神(人狼型)に率いられた人狼(アサルトライフル、手榴弾、爪牙で武装)×20とデスアーミー20。
・ロシア軍は装甲車や土嚢を盾に戦闘中です。
・ケントゥリオ級愚神(人狼型)1体が遊撃戦力としてなにかをしかけてきます。
・ステーション内は避難民でごった返しており、列車がピストン輸送中です。
●タグ
【DF】=大通りを南下してくる従魔群を押し止める班。
【WG】=大通りのどこかを爆破し、敵の後続が南下してこれないよう工作する班(道路1マスを無音で液状化し、通行不能にする音波爆弾×4が支給(しかける・爆破で2ラウンド消費))。
【SB】=線路上に展開して東からの従魔群に当たる班。
【GK】=ケントゥリオ級愚神の行動を予測し、その対処にあたる班。
●備考
・愚神および従魔の殲滅は必要ありません。市民の脱出が完了すれば勝利です。
・ロシア軍兵士の生死は成功条件に影響しません。
・みなさんがある程度以上“勝手”に行動するのは自由です。
・各班の人数分けが最重要課題となります。
リプレイ
●推理
ノリリスクの高速鉄道ステーションへ着くやいなや、エージェントたちはそれぞれの任を果たすために散っていく。
「ニック、変身よ!」
愚神の奇襲に対する【GK】班4組の中、大宮 朝霞(aa0476)が契約英雄のニクノイーサ(aa0476hero001)を促した。
『もう、している』
「やる気とか心意気の問題だから! ミラクル☆トランスフォーム!!」
ポーズを決めた聖霊紫帝闘士ウラワンダー(自称)が、東からの従魔を足止めする【SB】班の後方へ駆けていった。
「最優先すべきは愚神の居場所の特定だが……ぼくたちの任務はボルシチ作りに例えればパセリとニンニク、サーロを投入する下ごしらえ。ヘラならぬこの目で、よどみなく繊細に戦場を攪拌して探る必要がある」
鶏冠井 玉子(aa0798)の語りに、内からオーロックス(aa0798hero001)が斜に構えたサムズアップで応えた。
一方、ステーション前へ向かう迫間 央(aa1445)の内で、マイヤ サーア(aa1445hero001)が促した。
『ワタシたちも行きましょう』
「問題は、敵に攻められていちばん痛いのはどこかだな」
その言葉に続き、紫苑(aa4199hero001)と共鳴したバルタサール・デル・レイ(aa4199)が口を開いた。
「敵さんは素早い移動と潜伏が得意らしい。となると、西か南から回り込んで避難民を混乱させる、その上で北か東の敵と挟撃する。ということもあるか」
『誰も唄わない物語にこそ真実が潜むものだよ』
紫苑の皮肉な言葉に、バルタサールはしばし黙考した。
戦況からすれば、愚神は北から小路を抜けて襲撃してくる可能性が高い。しかし警戒がもっとも薄いのは南。……こちらを嫌がらせられるのは、どっちだ?
●希望
北から迫る敵の本隊に当たる【DF】班は、敵弾をくぐり、ロシア陸軍の築いた防衛線を跳び越え、前線へと躍り出た。
「待たせたな、“希望”のお出ましだ!」
狩衣を翻して告げた沖 一真(aa3591)。その脇からあふれ出した【戦狼】小隊が従魔群へと向かう。
「ここから先には行かせねェ! 全部まとめてぶっ倒す!!」
【戦狼】小隊のアタッカー、東海林聖(aa0203)がイグニスを構え、ライヴスの火炎を放射した。
腰を落として炎を受け止めたアイスゴーレムは、体を溶かされて半歩後退するが、防御特化型の名に恥じぬ頑健さを発揮し、持ちこたえる。
「もっとピンポイントでぶっ叩かねェとダメか!」
『……攻撃より、防御。後ろの人の……安全、確保しなくちゃ……』
Le..(aa0203hero001)の言葉が聖を引き戻し。
『そうだよ! この戦いは護るための戦いなんだからね!』
じりっと前進してきたアイスゴーレムの足元をレーヴァテインで牽制する柳生 楓(aa3403)の内から氷室 詩乃(aa3403hero001)が声をあげた。
そして青きバトルドレスの裾をなびかせ、敵の前に立つ楓もまた。
「ここは任せてください。なにも通しません」
あくまでも独り言を装い、後方のロシア兵たちに聞こえるよう言い放った。
「こうしてはいられんな! 私も出るぞ」
『やれやれ、寒いのに主は元気ね』
うずうずと駆け出す火乃元 篝(aa0437)と、その内で肩をすくめるヤス・オーダー・鳥羽(aa0437hero002)。
篝は仲間を援護する【戦狼】のリーダー、八朔 カゲリ(aa0098)へすれちがいざま言葉を投げた。
「行ってくる!」
「ああ」
ふたりは小学校時代からの腐れ縁。言葉と拳でさんざん語り合ってきた仲だ。これだけで、互いのすべてが通じ合う。
『篝様、皆様、お気をつけて』
通信機ごしに淡々とした、しかし過ぎるほどに律儀な言葉を送ってきたのは篝と三世の誓いを交わした忠臣、灰堂 焦一郎(aa0212)だ。
ストレイド(aa0212hero001)と共鳴した彼は今、敵群に側面攻撃をかけるべく側道を進んでいる。
『忠義は何処にて太陽の無事を祈り、太陽の背は覚者(マスター)の友誼に托された。我らが背に負うは、もどかしきとまどいなれどな』
カゲリの内のナラカ(aa0098hero001)がおもしろげに語る。
カゲリは背に負ったロシア軍に目を向けることなく、従魔へ引き金を引き続けた。
「あいつらが負うのは国民だ。俺たちが負うのは仲間とあいつらだけ。重さがちがう」
だから、負担の小さなこちらがかまわず負ってやるだけだ。言外に含めたカゲリの意志を察したナラカは『そうしたもの、か』。
『でも、ロシア軍の援護が受けられないとなると厳しい戦いになりますね』
ラウラ スミス(aa1148hero001)の言葉に、六鬼 硲(aa1148)はLAR-DF72「ピースメイカー」でアイスゴーレムの隙間を狙い撃ちつつ応えた。
「交渉にあたってくれている仲間たちが、かならずどうにかしてくれます。それまで絶対に持ちこたえましょう」
「そういうことじゃが、やっておくべきことはある。上の思惑がどうあれ、ここは上の目なぞ届かぬ末端の現場じゃからのう」
アイスゴーレムの列へカチューシャMRLを撃ち放し、味方の突撃を支援したカグヤ・アトラクア(aa0535)が、武装をパージしつつにやりと口の端を吊り上げた。
『悪い顔ー。寒いから早めに終わらせてね』
眠そうな声で言うクー・ナンナ(aa0535hero001)を、カグヤはばっさり。
「いやいや目いっぱい長引かせるぞ。――司令部での交渉とやらが終わるまで、の」
カグヤは異色で彩った右の義眼を閉ざし、白旗代わりの救国の聖旗「ジャンヌ」をかついでロシア兵へと歩み寄り。
「これは独り言ゆえそのつもりでの。あー、こちらはHOPEのエージェント部隊じゃ。この防衛線を受け持つ部隊長の独り言が聞きたいのじゃが。あと、傷ついた者がおればわらわのほうへ。偶然ケアレインに巻き込んでやろうゆえ」
側道へ入った側面攻撃班。
「接近しようとすれば銃撃と呪声に晒される。接近すればしたでアイスゴーレムが待ち受けている。……厄介だな」
『敵の連携を断てれば活路はあるよ!』
眉をしかめる一真の内から月夜(aa3591hero001)が言った。
『横から攻撃できたらまず、ルサールカはなんとかしたいね』
「ああ、普通に厄介だし、ロシア兵は抵抗力もなさそうだしな」
ずいっと進み出たのは、一真の家臣を名乗る武者巫女、三木 弥生(aa4687)だ。
「まるで城防衛戦ですね! この日のために超強化した私が立ちはだかりますゆえ、御屋形様は心安く私についてきてください!!」
弥生の骨鎧と化した三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)は、鼻息を噴く契約主へ低い声で念を押す。
『いーか、盾使えよ? まちがっても他人かばったりすんなよ? 俺が壊れたらてめぇ、末代まで祟ってやっからな?』
「そうなったら御屋形様にお祓いしてもらうから大丈夫です!」
『……騒がしい』
ストレイドがぼそり。
焦一郎はかぶりを振って。
「しかし、心強い」
一方、“Jア”のビルをよじ登り、屋上へ出たギシャ(aa3141)は留まらずに北へと向かっていた。
「“わんわん”より報告。敵陣に大きな展開はなし。初期配置のままちょっとずつ前進中。こっちはこのまま狙撃ポイントに向かうよ。おーばー」
飛ばした鷹からの情報を仲間へ流しつつ、ギシャは一気に横路を跳び越え、“Gア”のビルに貼りついた。
『犬というよりは猿だな』
内で肩をすくめるどらごん(aa3141hero001)に、ギシャはビルの窓を白竜の爪牙“しろ”で切り取り、するりと内へ潜り込みながら応えた。
『いもスナの時代はギシャが終わらせる! 移動式狙撃屋さん開店だー』
東を固めたロシア軍の後方、線路上に位置取った朝霞は双眼鏡を巡らせ、戦場を俯瞰する。
『こらえろよ、朝霞』
ニクノイーサに厳しい声に、朝霞は小刻みに動いていた両脚を手で押さえた。
「わかってる。みんなを守れないのは辛いけど」
『敵はケントゥリオ級だ。生半可な相手ではないぞ』
「それもわかってる。今回は列車が脱出し終わるまで時間稼ぎよね」
『幸いウラワンダーは時間稼ぎに定評があるからな』
「正義っぽくない……」
●制止
「援護頼む」
線路上で東からの敵に当たり、西へ向かう列車を護る【SB】班の仲間に声をかけ、加賀谷 亮馬(aa0026)が敵群へ走った。
北の敵は距離を詰めてきているのに、こちらの敵は積極的に動く様子がない。その分、余裕があると言えばそうなのだが。
『はてさて、敵はなにを企んでいるのやら』
内のEbony Knight(aa0026hero001)が眉根をひそめた。つるつるの額に
「ゆらとは別行動か……いや、後ろにいてくれるほうがまだ安心できるな」
『気持ちはわかるが自身の心配が先だ。すぐに無茶をするからな、おまえは』
Ebony Knight(aa0026hero001)の説教に「前向きに善処するさ」と応え、青き機械鎧の騎士“モード・タイタン”となった亮馬は、エクリクシス――かつてEbonyが振るっていたという機械剣を再現すべく改造したもの――を高く掲げた。
「撃ってこいよ。俺がおまえらの前にたどりつく前にな」
突出することで敵の目を引き、仲間に展開の、ロシア軍に立て直しの時間を作ることが彼の意図。しかし敵41体分の攻撃は鉛の豪雨と化して彼を激しく叩く。
『それでも行くか。相も変わらず引き出しの少ない男だ』
ため息をつき、それでもEbonyはライヴスを高めて亮馬を支えるのだった。
その後方、シド(aa0651hero001)と共鳴する加賀谷 ゆら(aa0651)は、夫たる亮馬へ迫る敵先陣にブルームフレアの炎を巻きつけた。
『図らずも亮馬を支援することとなったが……しっかりと戦況を見定め、役割を果たすぞ』
なによりも“役割”を優先することを確認したシドに、ゆらは内なる声を返した。
『うん。避難してる人たちに怖い思いをさせないようにしなきゃ』
そして共鳴体に意識を戻し。
「京子、状況はどうだ?」
「はいはい京子でーす。ケントゥリオ級の姿はなし! 【WG】のみんなは今のとこ順調に予定ルートを進撃中だよー」
ロシア軍の構築陣地にちゃっかりと身を隠した志賀谷 京子(aa0150)が気楽な口調で通信機に応えた。
『……どうしてアリッサたち、ロシア軍に混ざってるんでしょうね?』
内で解せぬ顔を傾げるアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)。
京子はフリーガーファウストG3の弾倉を確認しつつ。
「現場の判断っ! いいよねぇ、勝手にやらかしちゃえるのって。あ、ハロー、お邪魔してまーす」
とまどうロシア兵に笑顔を向けた直後、敵へは鋭い視線を飛ばし、遮蔽物の向こうにいるデスアーミー、その2列めへロケット弾を撃ち込んだ。
「まずは敵を減らして勢いを止めなくちゃね」
その京子から数十メートル距離を離し、線路外から援護射撃を担う構築の魔女(aa0281hero001)がつぶやく。
「愚神はさすがに前へは出てきていませんね。そして今のところ、敵陣に不穏な動きもなし――ですか。いえ、人狼共々後方待機というところ、最初から不穏ではありますね」
『ロロロ、ロロロロ……』
本当はステーション舎によじ登って、高さを得ておきたかったところだが……。魔女の内で辺是 落児(aa0281)が小さく息をつく。
「そうですね。ですが、距離の問題もありますから」
37mmAGC「メルカバ」から撃ち出されたHEAG弾が敵陣へ落ち、粘りつく炎で盾役を担うデスアーミーを包んだ。
「ともあれ今は我慢の時間です。敵の連携をわずかずつでも崩してずらし、齟齬を拡げていきましょう」
そこへ共闘する京子からの連絡が入った。
『よろしく魔女さん。今日もしばらくおつきあいのほどを、ってね』
魔女は薄く笑み、「こちらこそ」と返して再び敵へと集中した。
簡易地図上の“イ”を南北に貫く小路の口に玉子が仁王立つ。
方々からの通信に、ケントゥリオ級の出現を告げるものはない。
「寒いな」
玉子は静かに息を吐いた。この気温では、息がそのまま煙幕になって視界を奪う。眼球に貼りつけば氷のヴェールと化して目そのものを塞ぐ。それだけは避けなければ。
こいつはタフなバトルになりそうだぜ。内のオーロックスは表情だけで語った。
●散開
東の線路上、コンテナの残骸等を再利用した遮蔽盾に隠れ、位置取りを細かに変えながら攻撃してくるデスアーミー。
弾雨に晒されながら、常は【鴉】小隊を率いる真壁 久朗(aa0032)は撃ち終えたウーリーMGLから鈍色のフラメアに換装し、前へ出る。
「細かい芸を見せる」
久朗は左翼から前進してきたデスアーミーの銃剣を突きだした石突で横薙ぎに払い、その回転に乗せて穂先を叩きつけた。
と。他のデスアーミーはするすると下がり、盾の裏からの銃撃にスイッチ。久朗を始めとした【SB】前衛の攻勢を続けさせずに断ち切った。
『愚神の指揮のせい、ですね』
セラフィナ(aa0032hero001)にうなずきを返し、久朗は目を細めて敵陣の奥を透かし見た。
人狼型愚神は部下共々後方に位置し、デスアーミーを支援するばかりだ。
――あの愚神、なにを企んでいる?
ここで通信機からゆらの声が流れ出した。
『【WG】が来る。サポートを』
これを聞いた笹山平介(aa0342)――この場では唯一の【鴉】の同僚だ――が久朗の背にかるく触れ。
「少しの間頼みます」
続いて内のゼム ロバート(aa0342hero002)が、平介を『行くぞ』と短く促した。
通りの破壊をもって敵増援を留める役割を担う【WG】班は、線路沿いの小路を通って北へ向かう。その爆破が完了するまでの間の護衛を、平介は買って出たのだ。
「行ってこい」
『急がなくても大丈夫ですからね』
『ここは通さない! だからへーすけ、安心してがんばってな!』
「えぇ、ここは琳君と私が絶対に抑えますので」
久朗とセラフィナに続き、平介の友人である呉 琳(aa3404)と藤堂 茂守(aa3404hero002)もまた言葉を紡いだ。
敵から平介を隠して九鈎刀を大きく振り回した。茂守に主導を渡した共鳴体は、無駄なく鋭い軌道を描いて敵を討つ。
「義とは、この世界においてもっとも重きを置かなければならないルールであるものと聞きました。ですので、義によって助太刀します」
『ちょい頼りないかもだけど、俺、がんばるからな! くろー』
茂守と琳がそれぞれに言う。
久朗はうなずき、フラメアの柄を強く握り締めた。
「今のところ進路に問題なしだな。よし、このまま先導するぞ」
【WG】班に先行しての進路の安全を確かめつつ進むニノマエ(aa4381)に、内からミツルギ サヤ(aa4381hero001)が声をかけた。
『我らが務めるべきは先導ならず殿のようだ』
「ん、お務めおつかれ……。あと、よろしく」
『我らは先に行く。万一のときは頼むぞ』
ニノマエを追い越し、遠ざかっていくエミル・ハイドレンジア(aa0425)とその内のギール・ガングリフ(aa0425hero001)。小さな体の前後に重い爆弾をくくりつけているとは思えない、凄まじい速度だ。
「隠れる場所がないのが怖いとこだな」
『にゃ』
数十秒遅れでニノマエに追いついてきた谷崎 祐二(aa1192)がぼやき、その内でプロセルピナ ゲイシャ(aa1192hero001)がうなずいた。
「背中は頼んだ」
左右の腕に爆弾を抱えた祐二もまた、そのまま全力で走り去って行く。
『我らも急ぎ小路を塞ぐぞ。なにせ私たちの姿は丸見えだ。追撃はかならず来る』
サヤに促され、ニノマエも全力移動を開始した。
『かったりーなー。こたつでごろごろしてー』
【WG】班の進軍ルート脇のビルの屋上を伝って北上する美空(aa4136)の内で、R.A.Y(aa4136hero002)がだーっと声を上げた。
「そんなっ。R.A.Yちゃんの、ちょっといいとこ見てみたい」
『ネタふりーぞ。昭和のおっさんかよ』
「古――まじでありますか!? まじと書いて本気でありますか!?」
『それも昭和。ガチ昭和』
先行はしていたが、全力移動するエミルと祐二にはもう追い抜かれている。しかし、移動しづらい屋上を無理に急ぐよりは、確実な援護を心がけるべきだろう。
「北の本隊と東の分隊、どちらから敵が来るかわからないのであります。備えだけは完璧に……」
美空はLSR-M110を構えたまま、ちんまりとした体を丸めてよりちんまりしつつ進軍を再開した。
央は今、“イ”と“カ”の小路の口の間に潜んでいる。
『あなたが気にしている人を脅かすようなものは見つからないわ』
“カ”の小路にオジロワシを飛ばし、ケントゥリオ級の襲来を探るとともに、その路を進む【DF】側面攻撃班の進路の安全を確認したマイヤが薄く笑んだ。
『気にしてるって……灰堂さんだけどな』
内なる声で返した央は体の関節を順に動かしていく。いつでもすぐ、跳び出せるように。
●突撃
「なに、ただ敵へ目がけて山なりに榴弾など撃ち込めばよい。共闘ではなく、弾の飛ぶ方向がこちらと一致しておったという偶然の結果としての」
GVW『ワールドクリエーター』と聖旗を並べて突き立て、ロシア軍の攻撃と防御を強化したカグヤがのんびりと語った。
彼女が常の外連味を発揮すれば、切迫感を押し出すことはできる。しかしそうしてしまえばロシア軍をかえって迷わせる。HOPEが苦戦し、助けを求めているのではないかと勘ぐらせ、極端な行動に走らせる結果を招きかねない。
『いちばんしてほしくないのは、わらわたちを押し退けて突撃されることじゃからな。……わらわの前で、誰ひとり死なせはせぬ』
内なる声で語ったカグヤへ、クーは眠たげにぽそり。
『わー、カグヤっていい人ー』
『良きも悪きも併せ持つのが人というものよ。修行が足りぬぞ、クー』
駆けながら耳を塞ぎ、ルサールカの発した混乱の歌声に耐え抜いた篝が、アイスゴーレムの影からの集中砲火で吹っ飛んだ。
『あたしとしては主のやりかた、おもしろいからいいんだけど、灰堂君の援護がないんだから連携しないと』
「そのへんはカゲリに丸投げだ! それに灰堂の心は常に私と共にある!」
ヤスの進言に一応はうなずきながらも、跳ね起きた篝はまた敵陣へと走る。
「ったく、無茶すんなって!」
『ヒジリーに……言われるとか、屈辱』
「カバーします」
『痛いと辛いはボクらのトモダチだからね! ――んー、絶交したい』
聖・Le..、楓・詩乃組が篝の左右を固め、アイスゴーレムを押し返しにかかるが。
ゴーレムの後方より、横列を組んだデスアーミーがロケットランチャーを撃つ。
散開し、これをかわすエージェントたちだったが、その耳へ、爆音を隠れ蓑にしたルサールカの声音がねじり込まれた。
「オオオオオ」
歌声に正気を奪われた聖がアイスゴーレムへ打ちかかる。吸血茨を巻きつけたヴァルキュリアが低く吠え、ゴーレムが十字に組んだ腕へ深く食い込んだ。
ゴ、オ!! 左右のゴーレムが拳を固め、聖を打ち据えにかかったが。
『さすがはあたっかぁだよ。闇雲に打ち込んでいながら、弾かれずに残った』
「ああ」
ナラカに短く応えたカゲリが、ライヴスリンカーとなる前にある情報屋から渡された魔導銃50AEを撃ち込み、聖を援護する。さらに。
『ボクらの目の前で好きにやらせないってば!』
詩乃のセリフと共に楓が聖をカバー、左右からの氷槌をその体で受け止めた。
「……誰ひとり、傷つけることは許しません」
聖の剣圧で縫い止められたゴーレムの脚へ、渾身の力でレーヴァテインの切っ先を突き込んだ。
再生する間もなく脚を割り砕かれたアイスゴーレムが、聖に押し込まれるまま仰向けに倒れていく。
「オレ――え? ゴーレム倒れてるし!?」
『……よく、わかんないうちに……やったね』
裕のクリアレイでBSを解除された聖とLe..がよくわからない顔でサムズアップを交わし。
「【戦狼】、風穴を維持するぞ」
「はい」
「お、おう!」
聖と楓と共に、とにかく敵陣に斬り込んでいった。
『結果的にうまく行きましたね』
息をつきながらも厳しい顔を崩さないラウラ。
「ここからが正念場ですよ。私たちは防御と攻撃を繋がなければならないのですから」
一度後方を見やった裕はほろりと薄笑んだ。
そこにはHOPEとロシア軍の繋ぎを任せられる仲間がいる。自分は自分の仕事に専念すればいい。
『ラウラたちは側面攻撃班の援護を』
「攻撃は私が。ラウラはいつでも回復を行えるよう、状況判断を」
側道を進んできた焦一郎は今、十字路の影に身を潜めていた。
敵側面からの攻撃路となる場所には数体のデスアーミーが控え、警戒中。短期制圧するには手が足りず、かといって長引かせれば班を分けた意義がなくなる。
焦一郎の後ろから一真が声をかけてきた。
「逸ればそれこそ意味も意義もなくなるからな」
『六鬼君から連絡が来るまでガマンだよ』
月夜もやわらかな声音を添えた。
「うう、御屋形様。待つのは温度的に辛いです」
『このまま帰って隠居決めてーわー』
大きく拡がる袴の裾を手で絞り、這い上ってくる冷気を少しでも遮断しようとする弥生と、あいかわらずな禅昌。
『背部兵装・展開中。ターゲット・ロック。発射姿勢・維持』
幾度めかのストレイドのナビが響く。
今、焦一郎の背からは鋼鉄の翼が拡げられていた。翼は彼を飛ばしてくれはしないが、代わりに16本のロケット弾を飛ばし、敵を打ち据えるのだ。
じりじりと時間は過ぎ、側面攻撃班がこのまま小路ごと凍りつくかに思われた、そのとき。
『沖君、いつでもどうぞ! 合わせます!』
裕の鋭い声音が一真の耳を揺らし。
『私が突貫する!! 続け灰堂ーっ!!』
篝の遠慮も配慮もない号令が焦一郎の耳を揺らした。
……「私は」ではなく「私が」とは、あの方はいつであれあの方なのだ。
「その輝きには遠く及びませんが、最大火力で王の道を飾らせていただきます、篝様」
一塊の駆動体と化した巨体を十字路の真ん中に晒し、カチューシャMRLのトリガーを引いた。
『照準補正……全弾射出』
東の線路上、人狼どもの支援射撃に支えられ、押しては退き、退いては押し寄せるデスアーミー群。
能力では圧倒的に勝るエージェントたちだが、的確に攻防を切り替える敵に対し、数で大きく劣る前衛は引き気味に構えての防戦に徹するよりなかった。
「煮え切らないな」
『それでも数体は減らした。――突出しすぎるな。連携が崩れる。崩さぬよう、冷静に踏み出すのだ』
Ebonyに言われ、自分が想定していたよりも数歩分前へ出ていたことに気づいた亮馬は、義腕を伸ばしてデスアーミーを突いて牽制し、下がった。
先ほどまでなら、こちらの後退に合わせて前進してきていたはずのデスアーミーが追って来ない。隙間のない横列を組んだ骸は、まるで壁のごとくに――
『亮馬!』
皆まで聞かず、亮馬が通信機に向けて叫んだ。
「なにか来る! 備えろ!!」
亮馬と同時に、魔女が後方支援にあたっていた仲間とロシア軍へ告げる。
「敵前衛が壁を作りました! しかけてきます、注意してください!」
その言葉尻へ噛みつくように、デスアーミーの左右から巨大な灰色狼どもが躍り出た。
「ここでぶっ込んできたー!?」
声を上げながら、京子はよどみない動作でカチューシャMRLを展開した。
「まだまだここからでしょ! 派手に花火上げてくよっ!」
あえて陣を組まずにバラバラと駆け込んでくる狼の鼻先へ16発のロケット弾が着弾し、炎と爆風で壁を作る。
「次はやな相手を確実に! って思ったけど」
『選んでいる場合ではありませんね。制圧を』
アリッサの言葉に乾いた唇をなめ、京子が再びG3を手に取った。
「わたしが敵を逃がしたら、後ろは避難してる人たち。絶対食い止めるから」
「敵の数は――!?」
メルカバをパージ、京子と同じくカチューシャMRLで壁を補強した魔女がゆらに問うた。
「11。今の爆撃で1体の撃破を確認した」
ゆらは通信機ごしに答えながら、壁のその先へと目をこらした。しかし濃い煙に阻まれ、前線はよく見えない。
「【SB】前衛、人狼の動きは?」
『8体中6体が北へ――【WG】を追ったものかと』
茂守の返答に、ゆらは奥歯を噛み締め、そして。壁を突き抜けてきた狼どもへ飛ばした幻影蝶を爆ぜさせた。
『今はそれでいい。目の前の任を果たし、あとは信じるよりない』
シドの言葉に、ゆらがラジエルの書を開いた。
「ニノマエ、そちらに人狼6が向かった。迎撃を頼む。京子と構築の魔女はロシア軍を後退させて射角と戦域を確保!」
時間は10秒巻き戻る。
亮馬の警告が響くと同時に、久朗と茂守は前へ飛び出していた。
「なにをしかけてくるのだとしても、出足はくじいておきたいところですからね」
茂守が言い終えた、その瞬間。
デスアーミーの壁の左右からあふれ出す灰色狼。
『しげもり! あいつらを行かせちゃダメだ!』
琳の言葉に、縫止を発動しようと構える茂守だったが。
「待て。後ろだ」
久朗が機械の青眼を鋭く細め、全速力で駆ける灰色狼をスルー、デスアーミーの壁を跳び越えた。
『人狼です!』
セラフィナが指したのは、北へ駆け出した6体の狼。
「行かせるか――!」
宙を飛びながら、先頭を駆ける狼へフラメアを全力投擲。
過ぎるほどに無骨な槍は、ブレず、逸れず、愚直なほどまっすぐ飛び、狼を地に縫い止めたが……狼の群れは止まらない。
「目当ては【WG】ですか!」
茂守の縫止が別の1体の後ろ足に突き立ってその脚を鈍らせ。
「おおっ!」
駆け込んできた亮馬の振り下ろしで胴を両断され、絶命した。
『しげもり、くろー、狼が』
駆け去っていく狼群。
狼から槍を引き抜き、仲間と共にとどめを刺した久朗が、こちらへ向かってこようと動き出したデスアーミーへ穂先を向け。
「指揮官と思われる狼はいなかった。心配ない。あちらは平介が――護衛担当がいる」
●忍耐
全力移動で路を駆け抜け、途中に置かれていたバリケードはジェットブーツでひとっ跳び、エミルが爆走する。
『爆弾を無駄に消費してはならんぞ』
内からギールが重い声を発したが、エミルはあいかわらずの調子で。
「大丈夫大丈夫。使う場所は、もう聞いてる……問題ない」
敵増援の到着予定時刻まで3分以上ある。余裕で爆破地点――“Eネ”に爆弾をしかけ、エミルはこっそり大通りをうかがった。
『デスサージェントは指揮に夢中だな』
彼女はビルの上へ跳び、屋上を通って“Eテ”に向かう。
「ん、エミルだけど……。こっちに、ケントゥリオ級……いなかった。あとちょっとで、爆弾、ワタシの分……しかけ終わる」
仲間への報告もすませた。あとは祐二が到着すれば、大通りと側道を塞いで敵増援を封じられる――
『ハイドレンジアさんか!? ニノマエだ! 南から人狼が5体来てる! 2体が回り込んでそっちに向かった!』
背を揺らす戦闘の様子を見ないよう自分に言い聞かせ、祐二は駆け続ける。
「せめてあとちょい足が速かったらなぁ」
『にゃぎゃ!』
プロセルピナが厳しい声を発した。
「今悔いるのは後悔じゃないぜ。反省からのKAIZEN、これが正しい日本の心さ」
『みゃにゃにゃ』
「ああ。今は全力、それだけだ」
互いになんとなく通じ合いながら、今このときの祐二はひた走る。
北上する祐二を守り、“Iテ”で狼4体を押し止めるのはニノマエだ。
「この中に愚神はいないようです。手早くすませてみなさんのサポートに向かいましょう」
ニノマエから一歩分離れた後方に立ち、援護しつつ西側で【DF】と交戦している従魔を警戒する平介。
「ああ。出し惜しみはなしだ」
人狼どもが牙を剥き、迫る。
ニノマエはそれを避けずに前へ踏み出し。
『刃よ、兄弟を呼び、共に行け』
サヤが呼び出した無数のゴルディアシスがコンクリートを削りながら降り落ち、狼どもを貫いた。
「さて、試させていただきましょうか」
さらにその後ろから、平介が狼の鼻にフタを開けた香水の瓶を叩きつけた。
ギャウ! 強烈なにおいに平衡感覚を狂わせ、ふらふらと横に逸れていく人狼。
『叩きつければ効くか――効率が悪いな』
ゼムが吐き捨てる。
犬の鼻は鋭いというより、嗅ぎ分ける能力が高い。地面に撒いた程度では惑わせることができなかったが、直接鼻に強いにおいをねじこんでやれば、それなり以上に効果を発揮する。
「いえ、効果がはっきりしただけでも収穫ですよ」
平介は枯れぬ笑みを跳びかかってきた狼へ向け、顎をアンチマテリアルライフルのストックでかち上げた。
『接近戦をする気か? 傷つくことはゆるさんぞ』
「そのつもりはありませんよ。――約束、しましたからね」
平介はゼムに応えながら背をアスファルトに落とし、ライフルの銃口を真上に向けて。
「まずは、1体」
反動をすべて路に預けた平介の一射が、狼の頭を湿った塵に変えた。
『――ニノマエ、頭は冷えているか?』
3体に攻め立てられながら耐えるニノマエに、サヤが冷たい声音を投げる。
「血が足りてないからな」
『ならば私を振るえ』
ニノマエはゴルディアシスを逆手に握り、肩口に食らいついた狼の首筋へ切っ先を潜り込ませた。
悲鳴すら鋼に塞がれたまま地に落ちる狼。
自身の血と返り血とで赤く塗り潰された顔を残る2匹に向け、ニノマエは賢者の欠片を無造作に口へと放り込んだ。
「綺麗に勝とうとか、始めっから思ってねぇんだよ」
噛み締めた欠片は、愚か者の味がした。
大通りの側道から焦一郎が発射したロケット弾の爆圧は、側道を警戒していたデスアーミーごと敵の陣をかき乱した。
「ナント! 奇襲デアルカ!」
デスサージェントが腐った舌を打ち、その衝撃で残っていた歯の1本を抜け落ちさせる。
「もうすぐぶん殴りに行くから、今のうちに残ってる歯を食いしばっておけ!」
【戦狼】のキープした陣の穴へまっすぐ突っ込んだ篝がデスアーミーを踏み台にして跳ぶ。
後方に固まっていたルサールカの1体を蹴り倒し、叫び声をあげようとしたその口へ軍靴の踵を突っ込んだ。
『その声はちょっとうるさいから、黙って寝てなさい』
「かまわん」
鼻を鳴らすヤスに鋭く告げる篝。漆黒に染まった長い髪が、彼女から噴き上げるライヴスにあおられて宙に躍り――中空に、無数のPride of foolsを召還した。
「黙る前に黙らせる!」
そして一斉発射。轟音が従魔どもを、区別も差別もなく引きちぎった。
「横陣ヲ組ミ、ルサールカ隊ヲ守レ!」
デスサージェントの護衛についていたデスアーミーが横列を組み、突撃銃の先に装着した銃剣を突き出して篝へ向かう。
「楓、弾けッ!」
「はい」
聖の合図を受け、篝の前に割り込んだ楓のレアメタルシールドがデスアーミーの銃剣を下からかち上げ、体勢を崩させた。
「私がいるかぎり、ここから先へは一歩たりとも進ませません……!」
守るべき誓いを発動させた楓に、デスアーミーの白濁した目が引き寄せられる。
「後ろは私が支えます! 行ってください!」
左翼に回り込み、スターライトシャワーによる星型の防御フィールドを展開、側面攻撃班を支援していた裕が、聖にリジェレネーションをかけ、前を指した。
「行かせてもらうぜ!」
『……ありがと』
突撃する聖とLe..のライヴスが、その体を、剣身を、ライトグリーンに輝かせる。
「千照流――」
アスファルトを砕くほどの強さで体を踏み止めた聖が、刃に、それを振りかぶった腕に、体に、すべての力とライヴスを注ぎ込み。
「散華ッ!!」
体勢を戻しきれないデスアーミーどもへ、チャージラッシュを乗せた怒濤乱舞を叩き込んだ。
死せる兵士が爆散し、残されたのは陣の穴。そこへ。
獣のごとき勘で動き出していた篝と、戦局を見定めて駆けていたカゲリが突入した。
「背中は任せる」、篝が言い放ち。
「背中は預けた」、カゲリが返した。
二丁拳銃から鉛弾をばらまく篝と背を合わせ、カゲリは無形の影刃<<レプリカ>>――黒焔まといし“奈落の焔刃”で篝と自身に迫る攻撃を焼き落としていく。
『覚者、まわりはもれなく敵だ。二面四臂では少々足りぬようだよ』
「あとの六面二臂分は俺が負うさ」
ナラカに応えたカゲリが踏み出し。踏み込み。踏み止め。篝という軸にからみつくがごとく動き、撃ち続ける彼女を守る。息を合わせるどころか、その呼吸を完全にシンクロさせて。
『これが人の縁の有り様か。人という文字は支え合って造られると言うが……やはり人とはおもしろく、愛おしい』
側道に差し向けられたデスアーミーの小隊が、前進する側面攻撃班へロケットランチャーを撃ち込んできた。
一真をターゲットドロウでかばった弥生が、大きく口を開けて爆風をやり過ごす。
「こんなへろへろ弾、当たったところでどうということなしです!」
『当たってるし俺がポッキリいっちまうだろーが!』
弥生は得意げに小鼻をふくらませたが、骨鎧担当の禅昌は不満たらたらである。
『距離も準備も大丈夫だよ』
月夜の声にうなずき、一真が金烏玉兎集を紐解き、宙に投じた。
彼と月夜の霊力を吸った巻物は堕ちることなく、彼の周囲を龍がごとくにゆるゆる取り巻いて舞う。
「出でよ、十二天将――主命である、彼の敵を祓い給え!」
巻物から抜け出した12の霊体が宙を駆け、手にした法具をデスアーミーへと振り下ろした。
そんな彼らの後方より、焦一郎がトリオを乗せたRPG-49VL「ヴァンピール」の業火でデスアーミーどもを焼き、足元を揺るがせた。
『着弾・確認。砲身温度・許容範囲内。リロード・開始』
ストレイドの報告を聞きながら、焦一郎が通信機に報告。
「灰堂より皆様へ。現在側面攻撃を実施中。前進して敵陣を崩します」
「デスアーミー隊ハ、ルサールカヲ守レ! ゴーレム隊ハ後退、西ト南カラの浸透ヲ防ゲ! ジキニ増援ガ届ク……」
慌ただしく指示を飛ばすデスサージェント。
その様を北のビルに留まらせた鷹の目で確認したギシャは、西北のビルの屋上で伏射姿勢を崩さぬまま通信機にささやきかけた。
「こちら“わんわん”。敵がちょっと下がり始めてる。横からの攻撃、いやがってるね。指揮官撃つから、それに合わせてよろしく。カウントとるよ。5、4――」
どらごんはギシャの集中を保つため、無言でライヴスの流れを整える。
果たして。
「0」
ライヴス狙撃銃ハウンドドッグが、ため息のような発射音を漏らし。
「ベっ」
デスサージェントの右のこめかみに潜り込んだ弾が、突き抜けながらその頭の左半分を爆ぜさせた。
「――狙撃手ガ潜ンデイルカ。カマワン。陣ノ再構築ヲ優先セヨ」
『死人にヘッドショットは効かんか』
すばやく撤収にかかったギシャの内、どらごんが肩をすくめた。
『だったらしつこく嫌がらせー』
ギシャの機動力をもってすれば射角はいくらでも拡げられる。道すがら確認しておいた次の狙撃ポイントへ向かい、竜娘は姿を消した。
●苦境
「――エミルさん、祐二さん、狼が2体、東から急速接近中! 爆破作業を急いでほしいのであります!」
“Eツ”のビルの屋上に位置取り、爆弾を設置する他の【WG】班員を支援する美空が通信機に叫んだ。
狼は小路から大通りに出て、爆弾設置中の祐二を目ざしている。
「R.A.Yちゃん、いっしょに――」
『あー、こたつがあったら俺、なんだってしてやんだけどなー』
「サンドエフェクトがあるでありますよ? 気分はもう、こたつなのであります」
『遠赤外線が足りねー』
雪をまぶした疑似迷彩仕様のサンドエフェクトをかぶった美空は、バイポッドで固定したLSR-M110を伏射。先行する狼の胴に斬り込み線を刻みつけた。
『エミル、北から増援が来ている。……敵増援の本隊合流までが5分ということは、当然その前に姿を現わすのだということを失念していたな』
北から列を成して迫り来る従魔群を見やり、ギールがため息をついた。
「ん、でも……確認できた。先行したの、ムダじゃない……」
本当なら祐二とタイミングを合わせたかったが、とにかく敵からもっとも近い爆弾は起動させておかなければ。
「まだ、間に合う。ドカンと……決める、よ」
「設置は終了――だが」
祐二は飛び込んできた狼にブーツの踵を食らわせて止め、強引に牙を振り払った。
「起爆する前に持ってかれちゃ困るんでな。――エミルさん悪い。打ち合わせとちがうが、急いで作業にかかる」
『ん。適当に、合わせる……』
「美空さんも援護よろしく」
『了解であります』
東で低い衝撃が弾け、祐二の踏むアスファルトがビリビリと揺れた。エミルのしかけた爆弾が起動したのだろう。
「なあセリー、俺、あいつらに何回噛まれたら死ぬかな?」
『うなう』
彼の内にいる猫少女が猫語で返した内容は多分、『知らにゃい』。
「ま、結果はCMの後で」
祐二は狼を見据えたままかがみ込み、爆弾のピンを引き抜いた。
ギシャが最初の足がかりにした“Jア”のビル上より、バルタサールはステーションと周辺を見張っていた。
「どれほど効果があるかわからんが」
スキットルから少量のウイスキーを足元に撒く。ケントゥリオ級を酔わせるつもりはない。ここにいる自分のにおいをごまかすためだ。
『僕らは弱き民を守る勇者だよ。場にふさわしい騎士譚を演じるべきじゃないのかな?』
小細工などせず、敵へ特攻すればいい。言外にそう含めて、喉の奥をくつくつ鳴らす紫苑。
バルタサールはおもしろくなさげに眼鏡を押し上げ。
『空気なぞ読まん。手段も選ばん。俺は目的を果たすだけだ』
ここからでは駅の南側は見えないが、駅でなにかあればすぐわかる――
と。
ステーション構内に不穏な気配が沸き立った。
『ぐ、愚神!! ぐし』
唐突に飛び出し、ブツリと途切れた通信は、ステーションの防衛にあたるロシア軍からのものだ。
「中だ!」
短く他の【GK】に通信を飛ばし、バルタサールがビルを跳び降りた。
『ステーション内にケントゥリオ級が出現! 詳細はわからんが、【GK】急行中だ!』
央からの緊急連絡がゆらの耳を刺した。
しかし、ゆらは動かない。仲間を信じるがゆえに。目の前の敵が、たやすい相手ではなかったがゆえに。
「“中尉”に合わせて突入したかったんですが、さすがにそこまで甘くないですね」
灰色の体毛に覆われた大柄な人狼が口の端を吊り上げた。
「こちらも甘く見られたまま終わらせるつもりはありませんよ」
RPG-49VL「ヴァンピール」に換装した魔女の赤眼が、光学照準器ごしに人狼を見据えた。
「はっ、熟練の射手に挑めるとは光栄の至りですな!」
人狼が跳ぶと見せかけ、線路を滑って魔女の脚を狙う。
『ロロ、ロロロ』
落児がつぶやき終える前に、魔女のファストショットが人狼の胸元を捕らえ、その体に衝撃と爆炎とをねじり込んだ。
「機先を制したいなら、よく動く口は閉じておけ。――私の契約主からの伝言です」
体毛を黒く焦がして立ち上がった人狼が、笑んだ。
「ご忠言、痛み入りますな……ですが、自分もそれほど甘くはない」
「くっ」
ロケット弾をあえて避けずにその体で受け止めた裕がうめいた。彼の後方にはロシア軍との粘り強い交渉を続けるカグヤがいる。今攻撃を通せば、彼女のしてきたことが無駄になる。
『攻めてきた側が防衛戦に移行するなんて……』
ラウラが歯がみした。
エージェントによる側面攻撃は成功した。しかしデスサージェントはエージェント前衛が食らいついたアイスゴーレムを犠牲にし、群を大きく後退させたのだ。結果、多くの従魔が生き残り、残されたアイスゴーレム4体を押し立てて戦線を維持している。
そして現在、側面攻撃班は正面攻撃班と連動しつつ左翼から敵にあたっていた。
『あの愚神、増援が来るの待ってるね』
月夜が厳しい声音を紡ぐ。
敵が数で勝りながらも攻め立ててこないのは、より確実な勝機を得るためだ。
「ステーションに俺たちの気を向けたくないのもあるだろうが」
前に立ち塞がろうとした弥生の巫女服の襟をついと引き、アイスゴーレムの投げた氷塊を避けて跳ぶ一真。
主に促されて共に跳んだ弥生が、宙で一真に問うた。
「けんとぅりお級に向かいますか?」
「そちらは仲間がなんとかしてくれる。俺たちはこいつらを抑えるのに集中だ」
正面攻撃班でもまた、同じような会話が展開していた。
『亀みたいに守りを固めて――これじゃぜんぜん楽しめないわ』
篝の内でヤスが鼻を鳴らす。
『肉を喰らうためには甲羅を剥がしてやらねばなるまいよ』
カゲリの内から、ナラカ。
『でも、あのアイスゴーレム、攻撃力低いけど防御力高いよ』
『……ルサールカ、残ってるし……ね』
楓の内の詩乃、聖の内のLe..が苦い声音を発した。
無形の影刃<<レプリカ>>――“奈落の焔刃”に換装したカゲリが一同に、通信機を通して側面攻撃班にも告げる。
「もう一度穿つ」
●抗戦
南からなだれ込み続ける避難民のただ中で、細身の男が立ち止まった。
「みなさんハジメマシテってな。愚神さんのご登場だぜぇ」
10秒で人狼と化した細身の男――東のデクリオ級愚神に“中尉”と呼ばれたケントゥリオ級愚神は悲鳴と混乱の渦の中心で鼻先に皺を寄せ。
「さっさと殺っちまうか」
爪を振り下ろし……途中で止めた。そして背中に当たったナイフの切っ先を流し見て。
「銃だとニンゲンに当たっからナイフ。これ、合ってる?」
「正解だ」
後の指揮を副官に托し、避難民の誘導にあたっていたロシア軍の指揮官が脂汗の浮かぶ顔を無理に笑ませた。
――保たせるのだ、“希望”の到来まで!
「市民のみなさんは焦らず急いで列車へ!!」
彼はナイフの柄を離して蹴りを放つ。
「格闘技か。でもよ」
中尉は体を翻し、指揮官とまったく同じ型の蹴りを打った。
「オレもそれ、得意だぜぇ?」
胴を両断された指揮官の上体が、回転しながら宙を飛ぶ。希望――音にならない声で紡ぎながら。
中尉はそれに一瞬、目を奪われた。だから。
「!?」
上体と逆の方向に現われた銃弾に反応できず、背を撃たれてよろめいた。
「自分を希望だなんぞと思い上がれはしないがな」
テレポートショットを決めたバルタサールが、頬づけに構えたLSR-M110のスコープごしに人狼を見据え、言った。
『勇者の死は新たな唄を生む産道だ。勇者のため、僕らは火と鉛の産声をあげようか』
紫苑の詩めいた言葉を聞きながら、バルタサールは引き金を引き絞る。同じ戦場に立ち、散った者へ手向けるものは敵の血、それだけだ。
「ニンゲンに当たんねぇようにテレポートか! ま、どうでもいいけどよ」
中尉はバルタサールを無視してそちらへ向かおうとしたが。
「弾が気に入らないなら刃はどうだ?」
染み出すように現われた央が分身。中尉の目をさらうように左右からすべりこみ、首筋に忍刀「無」を巻きつけた。龍紋が灯る2枚の刃が、ざん。頸動脈を斬り払う。
血を噴く中尉の体がまっすぐ下へ落ちた、と思いきや。
「ニンゲンだったら死んでたぜ」
沈むことで反動をつけた中尉が跳ね、刀を持つ央の右腕にからみつく。
『央!』
マイヤが右腕の主導権を奪い、共鳴体の関節を一気に外した。
その間に央は体をひねりながら右腕を強引に引き抜き、後ろへ跳ぶ。
「ヤポンスキ・ニンジャは小器用だねぇ」
中尉の目を避難民に向けさせぬよう、あえて人狼の間合の半歩外に留まった央が、息を詰めると同時に関節を入れなおした。
「取られれば、折られる……」
中尉が狙ったのは央の関節だ。沈み込み、飛びつく時間があったからこそかわせたが、虚をつかれればおそらくは……。
『かわせないなら――折られている間に斬る』
愚神への憎悪の内に切っ先のごとき冷徹な戦意を閃かせ、マイヤがつぶやいた。
「ああ、覚悟するか」
「今ぼくたちが見せなければならないのはまさにその覚悟だ!」
央の言葉に、駆け込んできた玉子が吼える。
彼女は隠れず、弄さず、考えず、ただまっすぐに中尉へと駆け。
「行くぞオーロックス!」
内のオーロックスがぶっ飛ばせ! という表情で、アックスチャージャーへ流し込んだライヴスを燃え立たせた。
「愚神くん、ぼくのありったけをきみにごちそうするよ!!」
鈍く輝くシャムシール「バドル」――彼女曰く“満月包丁”――が大上段から人狼に叩きつけられ、さらに反動を利して回転、下から斬り上げ、もう一度斬り下ろされた。技も術もない、気合と覚悟だけを乗せた疾風怒濤……!
「いいねぇ! こういうの大好物だぜぇ!」
十字に組んだ両腕でこれを受け止めた中尉。ただ、阻みはしたが、玉子の全力に押しつけられて切り返せない。
「……ロシア軍人諸君。ぼくたちはぼくたちの全力をもって愚神を止める。きみたちはきみたちの全力をもって市民を――仲間を守れぇ!!」
中尉が全身に力を込め、玉子を吹き飛ばした。
「演説ぶってんじゃねぇよ。兵隊は上の命令どおり戦っとけ」
「思いとは、すべての人の胸に輝く光!! それを守るために私たちはここへ来たのです!!」
魔法少女仕様に改装された白地にピンクのレインメイカーがきらめいた。
朝霞がハンマー投げのように体を回し、踏み止め、回し……全長200センチの大杖を加速する。杖の先が床をこすり、ハートのエフェクトをばらまきながら太い唸りをあげる。
「ワンダースマッシュ!!」
中尉の臑を狙ったこの一撃は、跳躍してかわされた。しかし。
『体を起こせ、朝霞』
「了解ニック!」
回転に抗い、体ごと腕を引き起こす朝霞。大杖は軌道を上に跳ね上げ、宙にある人狼の膝下を打ち上げた。
「痛ぇじゃねぇか!」
体勢を崩しながらも着地した中尉がわめく。
朝霞はバイザーの奥に隠した両の瞳を大きく開き、身構えた。
『俺たちに、命を捨てて時間を稼いでくれた男の死を嘆く資格はないが――』
「――あの人が残していった願い、私たちが継ぎます!」
エージェントの背中を見ているばかりだったロシア軍人が、持ち場から駆け出して避難民の護衛と誘導を開始した。
この場にいる誰もが覚悟を決めたのだ。できることをやりとおす。死せる勇者の遺志を果たすために……!
【WG】班の3組は今まさにクライマックスを迎えていた。
『おー、敵さんいっぱいじゃん? 殺す? 殺っちまう? それともさ・つ・が・い?』
接近する従魔の増援を見てうれしそうなR.A.Y。
「一択でありますか」
眉を八の字に困らせながら、美空は敵の後方にライフル弾を撃ち込んでいく。
今、祐二がふたつめの爆弾のピンを抜いたところだ。そちらに目を向けさせたくない。
「従魔は美空がジェノサイドであります! はい、R.A.Yちゃんもごいっしょに!」
『全部ぶっ殺す! かかって来いよ殺してやっから死ね!』
大きな声で従魔の気を引いておいて、美空はバイポッドを装着したままの狙撃銃を抱えて立ち上がった。
「第二防衛ラインまで後退、増援を警戒するとともにエミルさんと祐二さんの援護を続けるのであります」
「――正解は、意外と死なないもんだが猛烈に痛い」
アイテムがなきゃ微妙に死んでたかもしれないけどな。賢者の欠片と共にぼやきを噛み殺した祐二は、ピンを抜き終えたふたつめの爆弾から離れつつ、肩口に噛みついた狼を分身の手を借りてしとめた。
『にゃみゃ!』
プロセルピナの指示どおり、骸はひとつめの爆弾が起動した跡地――液状化し、蟻地獄の様相を呈する穴へと放り込む。
祐二は背筋をぶるりと震わせて。
「――谷崎だ。【WG】班、任務完了。これより敵の監視任務に移る」
街を覆う凍雪の白に溶け込んだ。
「ん、爆弾、一瞬で液状化……。現代科学、すごい」
こちらもふたつめの爆弾の起爆を終えたエミルが、ビルの上から蟻地獄を見下ろして言う。
『まもなく増援が爆破地点に着く。さて、このまま終わってくれるものかどうか』
ギールの言葉に「ん」、エミルは増援の動向に目を向けた。
●不屈
祐二からの連絡を受けた【DF】班。
これで増援の合流はなくなった。目の前の敵に、全力をぶつけられる。
「ここからは1秒も止まらない」
カゲリの言葉を合図に、全員が動き出す。
「『九天応元雷声普化天尊――急々如律令!」』
一真と月夜の唱え合わせた呪句が雷となってアイスゴーレムの右脚を穿ち。
『擲弾・装填。照準・固定』
「発射」
焦一郎のヴァンピールが、さらにその体を爆ぜさせるとともに足元を揺るがせた。
そのカバーに入ろうと、他のアイスゴーレムとデスアーミーが前進するが。
「進ませないと言いました」
レアメタルシールドを装備した楓が守るべき誓いを発動し、前へ。
アイスゴーレムの拳が盾に叩きつけられる。
デスアーミーの弾が盾の守りから外れたその身を撃ち据える。
ルサールカの声音が心をかき乱して削る。
デスサージェントのロケット弾が、すべてを吹き飛ばそうと爆炎を上げる。
『みんなには楓がいる。楓にはボクがいる』
崩れ落ちかけた楓の心を詩乃のライヴスが支えた。
「前に立って仲間を守るのがブレイブナイトなら、後ろから仲間を守るのがバトルメディックです」
『柳生さんがラウラたちを支えてくださるように、ラウラたちも柳生さんを支えますから』
裕とラウラがケアレイで楓の体に力を注ぎ込んだ。
体勢を立てなおした楓は強く一歩を踏み出し。
「私はけして退きません。私は、けして折れたりしません!」
かくしてエージェントたちがアイスゴーレムへ殺到する。
「甲を剥がすぞ」
「おおッ!」
「三木 弥生、推して参ります!」
カゲリ、聖、弥生が正面と側面から、傷ついたアイスゴーレムへと向かった。
「カばっ」
それを阻むべく指示を飛ばそうとしたデスサージェントの喉に穴が空いた。
「“わんわん”任務遂行。次の嫌がらせに移るよ、おーばー」
ハウンドドッグから冷めた薬莢を排出し、ギシャは再び移動を開始した。
「ここだ」
銃弾の雨をスライディングで一気に抜けたカゲリが、“奈落の焔刃”からほとばしる黒焔をゴーレムの脚に巻きつけ、引いた。
脚を砕かれたゴーレムは転倒し、続く聖と弥生の攻撃で残る脚にも深い傷を負う。
「ルサールカの声が来る。六鬼、サポートを」
「わかりました」
クリアレイの準備を整え、裕がうなずいた。
「私が混乱したらば御屋形様が介錯を!」
「いや、普通に助けるけどな」
盛り上がる弥生へ冷静にツッコみ、ルサールカどもをブルームフレアで焼く一真。
――仲間の奮戦を腕組みして見守っていた篝が、吼えた。
「ロシア軍! おまえたちの指揮官は同胞のために命を張った。その死を――その覚悟を知りながら、おまえたちは打ちひしがれるだけか!?」
篝がついに駆け出した。
指揮官の訃報を聞き、沈黙していたロシア軍が再開した援護射撃を引き連れて。
「……わらわの前では誰ひとり死なせぬよ。けしてな」
カグヤは自分の後ろで死んだ男に約束する。
『そうだね』
今度ばかりは、クーもただうなずいた。
果たして戦場に、癒やしの雨が降りそそぐ。
『距離を詰められるな――とは、言っていられない状況か』
ゆらの内でシドが苦いため息をついた。
青竜刀を抜き放った人狼が狼を率いて【SB】後衛へ迫る。
「楓ではないが、ここは一歩たりとも通さない」
7体の狼が、華奢な体へ跳んだ。
次々と穢れた牙はがに突き立つが。ゆらは刃を放つことなく、狼どもをぶら下げたまま人狼をにらみつける。
「屍を越えて行かせていただく」
人狼の重い刃がゆらの頭頂を割り砕く――
「待っていた。おまえたちが私を殺しに来てくれるのを」
人狼の刃を、左右から閉じられた書が受け止めていた。
「本で白刃取りですか!」
驚愕した人狼が、他の狼ごとブルームフレアに巻かれて燃えた。ライヴスの炎を体に灯したまま、一歩二歩と後じさる。
「愚神を中心に最大数を巻き込みます」
シャープポジショニングで最適解を導き出した魔女がヴァンピールを撃ち放した。
『ロロロ、ロロ』
これは終わりじゃない。始まりだ。落児のつぶやきは擲弾のあげる轟音に紛れ、消えた。
「っ。狼隊、一度下がって立てな――」
鈍色のフラメアが、狼に指示を出そうとした人狼の背から腹へ突き抜けた。
「これ以上はやらせん」
仲間を傷つけられた怒りを氷炎がごとくに燃やす久朗。
デスアーミーの執拗な遅滞戦術を振り切り、【SB】前衛が駆け戻ってきたのだ。
「がああああ!」
刀を取り戻した人狼が貫かれたまま吠え、傷ついたゆらへ斬りかかる。
「――遅くなった」
横から差し込まれ、青竜刀をがっきと受け止めたのはエクリクシス。
「援護する」
ゆらは亮馬の顔を見ず、後方へ飛び退いて書を開いた。
「ああ」
亮馬はゆらの無事を確かめず、前へ踏み出して大剣を振りかざした。
ふたりの間を繋ぐものは、なによりも強い信頼と愛情。それ以外に、それ以上に求めるものはない。
『今ばかりは怒りの丈を叩きつけてやれ』
亮馬が跳んだ。すべての力と重さを乗せたヘヴィアタックが、槍によって筋肉を引き攣れさせ、動きを鈍らせていた人狼をうつ伏せに叩き伏せる。
『……すごいな』
ゆらの救出を亮馬に譲った琳が感嘆を漏らした。
「夫婦愛ですね。さあ、私たちは狼をかき回しますよ」
指揮を失い、目先の仲間へ襲いかかろうとする狼どもの前へ割り込んだ茂守。その手には香水の瓶がある。
「直接当てろ、でしたね」
平介からの情報で、正解はすでにわかっている。襲ってきた狼の鼻にサイドスローで香水をぶっかけ、そのまま大きく回転して他の狼の目を奪った。
『俺たちはみんなが攻撃できる隙を作れたらいい! がんばろうな、しげもり!』
「ええ。下支えは得意ですから」
琳に答えながら茂守は眼を半ば閉ざした。柔和な表情の奥に潜めたものを封じるように。
「ぐ、ぐぐ」
地に突き刺さった槍に縫い止められた人狼が、強引に体を起こした。
と。
『もう少し寝ていてください。私の弾が届くまで、ね』
やわらかい声音が通信機ごしに一同の耳へ届き。
ライフル弾が、人狼の後頭部を弾いてまた伏せさせた。
「思いがけず遠出になり、お待たせしてしまいました」
久朗に並んだ平介が笑みを向け、かすかに息を跳ねさせた。
「気にしていない。気になるのはおまえの傷だ」
久朗は最後のケアレインを敵と戦う味方に降らせ、平介に賢者の欠片を握らせた。
『約束、ですものね』
セラフィナの微笑みを感じながら、平介は「はい」。欠片を口に含んだ。
そして。
「道を開けてくれ!」
空へ弾けたニノマエの声に、エージェントが迅速に散開し。
『魔刃よ――来い!』
ニノマエの内でライヴスを燃え立たせたサヤが千の水晶体を展開。嵐のごとくに狼どもとその先の人狼へ魔法刃を真っ向から叩きつけた。
「がっ」
地に転がる人狼。
その姿をスコープごしに見定めた京子が、引き金にかけた指に力を込めた。
「――もう逃がさない。誰も傷つけさせない。終わらせるよ」
SVL-16が火を噴き。
人狼の頭を消し飛ばした。
●結末
「くぅっ!」
中尉の回し蹴りを肩でブロックした朝霞が大きくたたらを踏んだ。
ただの一発で体中から湿った悲鳴があがる。おそらく二発めをもらえばどこかが破れるか裂ける。
「でも!」
怯えるわけにはいかない。継いだのだから。あの人の遺志を。
「だから!」
朝霞はダメージで震える両脚に平手を打ち込み、踏ん張った。
「私は、一歩だって退かないんです!!」
「気合はキライじゃねぇけどな」
中尉は爪を立てた左手を振り込み、顔を守る朝霞の両腕を削る。そうして意識を上に向けておいて、ローキック。
脚を刈られた朝霞の体が宙を舞う――が、朝霞はその場で側転、自らにケアレイをかけ、体勢を立てなおす。
『これで定評が更新されたな』
朝霞の内で言うニクノイーサ。
その横から、玉子が突進をかけた。
「体中がら空きじゃねぇか」
玉子の顎を膝で打ち上げる中尉。玉子はその膝に両手でしがみつく。
中尉が玉子の手の甲に肘を打ち下ろす。玉子は残った片手で中尉の体毛をつかむ。
中尉が貫手でその手を突き放す。玉子は中尉の肩口に噛みついてこらえ、脚でバドルを蹴り上げて中尉の胴を打った。
「これがぼくの覚悟だ。何度だって見せる。ぼくの心臓がスライスされてハツになるまで!」
「――肉弾戦は不利だな。いや、銃撃戦でどうにかできる相手でもないが」
後方援護を務めるバルタサールが央に声をかけた。
「なにか手はないか? しつこいってだけじゃないところを見せて警戒させたい」
朝霞のタフネスと玉子の攻撃力で見せかけの均衡を保ってはいるが、それも敵が格闘にこだわっていればこそ。東の戦線は敵指揮官を討ち取り、殲滅戦に移っている。合流してもらえればこの状況を動かせる。それまで保ちこたえたい。
「きっかけをくれ。奥の手を試してみる」
玉子と朝霞が体を張って作ってくれている中尉の死角へ、央が影のごとくに滑り込んだ。
『僕らは影に紛れるわけにはいかないけれど、どうする?』
「柱の陰を渡る」
紫苑に応えたバルタサールは敵の死角を探りながら移動し、撃つ。そして。
「ここだ」
唐突に姿を晒し、銃口を見せつけた。
中尉が反射的に回避行動へ移る、その先に。
「安酒で悪いが」
スキットルに残っていたウイスキーをぶちまけた。
強い酒精に鼻を刺された中尉の動きと眼が止まった。
「きっかけ、確かにもらった」
場のどこかで、風を巻く気配がした。
中尉へまっすぐ駆けていく央。
中尉はそれを蹴りで迎えたが、打たれた央の姿がふとかき消える。分身だ。
「!」
顔を上げる中尉。その後ろに音もなく現われた央が、忍刀を延髄に突き立てた。
「ちいっ!」
中尉が背中越し、央の腕をつかみに来る。右腕を取られた央はすぐに刀から右手を離し。
『央も私も、覚悟なんて決めているのよ』
右肘をへし折られながらマイヤが笑んだ。
央は左手ひとつで刃をさらに深く潜り込ませる。
そこへ。
『こちら【SB】、線路上の敵の殲滅に成功。合流する』
ゆらの通信が入った。
「……伍長は死んじまったか。くっそ、聞かなきゃ知らなかったで通せたんだけどな」
中尉が体を振った瞬間、その体から衝撃波が噴き、央の体を刃ごと弾き飛ばした。
そして駆けながら狼と化し、何処かへと駆け去っていった。
「迫間さん、肘! 肘見せてください!」
駆けつけてきた朝霞が、救命救急バッグでの応急処置を央の肘に施す。
「逃げたか」
「囲まれる愚を避けたわけだ。……俺たちを含めて、あいつを追い詰めるだけのスキルが残っているか怪しいところだがな」
息をつく央に、バルタサールが肩をすくめてみせた。
「ともあれぼくは避難を手伝おう」
「愚神のせいでケガした兵士の人もいるみたいですしね」
玉子は避難民の列に向かい、朝霞はそのままバッグを抱えて兵士らのほうへ向かう。
戦いはまだ終わってなどいないのだ。
【SB】および【GK】、ここに来てついに司令部からの共闘許可を得たロシア軍の助勢を受け、【DF】は抗戦を続ける従魔群を押し込んでいった。
『ん、エミルだけど……。北から、新しい増援……来ない』
『美空であります! 現在爆破地点前にいる増援は、半数が液状化した道路に身を投じて穴を埋めようとしましたが、溺れて沈んだのであります。狙撃でいくらか減らしましたが、後ほど空爆等での殲滅をお願いしたくあります』
見張りに残ったふたりからの連絡を聞き、カグヤが一同に告げる。
「では、こちらもそろそろ終いとしようか」
「あいさー」
ギシャの狙撃を合図に、エージェントたちがデスサージェントへ向かった。
かくして、ただひとりの犠牲を出しはしたが、エージェントたちの尽力により、ノリリスクは孤立の危機から救われた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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