本部
聖夜に響くは賛美の歌か鎮魂歌か
掲示板
-
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/12/22 15:40:18 -
【相談卓】樹木型従魔退治
最終発言2016/12/24 10:35:17
オープニング
●
凍えるほど寒い森の中を男が歩いている。
「うーん……ちょっと形がなあ」
樅の木を見付ける度にじっくりと見て首を振っては次を探す。
男は森の近くにある小さな田舎町に住んでいる。
クリスマスツリーに使うため樅の木を探しているのだが、なかなかお眼鏡に叶う物がないらしい。
「初めてのクリスマスだし、いいのにしないとな」
今年は春先に生まれた娘が迎える初めてのクリスマス。
妻はまだ赤ちゃんなんだから分からないわよと笑っていたが、娘はキラキラした物によく反応するのだ。
キラキラ光るオーナメントを目いっぱい飾ったツリーを作ってやりたい。
「お、これはいいな」
枝ぶりがよく全体の形も良い。オーナメントがよく映えそうだ。
これにしようと担いできたチェーンソーのエンジンを掛けた時だった。
どんっと何かに背中を押されて前のめりに倒れそうになる。
「おわっ?!」
目の前にはエンジンが掛かったチェーンソー。慌てて別の方向に転ぼうとしたが、どうした事か体が宙吊り状態のまま動かない。
「なんだこれ……」
呟いた口からぽたりと血が流れ落ちる。
男の腹から木の枝が突き出ていた。
何の枝かは分かる。樅の木だ。何故自分の腹から生えているのか分からないが、頭で考えるより先に手がチェーンソーに伸びる。
しかし、チェーンソーに触れる事もできずに男の体が宙に浮いた。
腹の中で枝がずりずりと動く激痛と不快感に胃の内容物と血がせり上がる。
「待てって……嘘だろ……」
娘にクリスマスツリーを作ってやるのだ。
妻はちょっと呆れていたが、実は自分も楽しみにしているのは分かっている。
本当は妻にもプレゼントを用意してあるんだ。俺が隠したら絶対ばれるから友人に預かってもらってる。
必死にもがこうとした男は後ろを振り返る余裕はなく、幸か不幸か背後に何があるのか見えなかった。
一本の樅の木が立っている。
枝葉は緑と赤の斑になっていて、根元には干からびて凍り付いた動物の死体が折り重なっている。
一本の枝に突き刺さった兎が今息絶え、振り落とされてその上に落ちた。
男も近い内にそこに加わるだろう。
●
「緊急事態です! プリセンサーがデクリオ級従魔の出現を察知しました!」
派手な音を立てて飛び込んで来た職員にリンカー達の驚いた視線が集中する。
はっと我に返った職員は慌てて居住まいを正し、走ってきたため乱れた髪と呼吸を整える。
「し、失礼しました。状況を説明します」
従魔が出現したのは小さな田舎町の近くにある森の奥。
クリスマスシーズンになると町の住民がツリーに使う木を伐りに行くのだが、その内の一人が運悪く従魔に遭遇してしまった。
「従魔は樅木に憑依して近くに来た動物を獲物にしていたようです」
移動能力を一切持たない代わりに伸縮自在の枝に似た触手を三本持っており、それで獲物を捕らえて自らの糧とする。
枝には百舌の”はやにえ”のように動物が突き刺され、息絶えれば無造作に根元に捨てられる。
「枝に捕らえられると脱出しない限り拘束状態が続きます。みなさんなら他の人が枝を集中攻撃をして破壊するか、多少時間をかければ自力で脱出する事もできるでしょうが、注意は必要です」
この枝だが、一本につき一体しか確保できないらしい。
従魔の知能が低いのもあるのだろう。獲物を捕らえるか、獲物がない状態で攻撃するかのどちらかだ。
「男性を捕らえている枝は攻撃してきません。……少なくとも、男性が息絶えるまでは」
森の気温は零下まで冷え込んでいる。寒さで出血と体の動きが鈍っていたために男性はまだ生きている。
他の枝も獲物を捕らえればその獲物が死ぬまでは攻撃を封じる事が出来る。
かなり乱暴だが、戦力を落とすデメリットを承知の上ででわざと枝に捕らわれる方法もある。
「ただし枝はあくまで攻撃手段です。枝を全て破壊しても従魔本体を倒せません。倒すためには幹を攻撃する必要がありますので、実質従魔を二体相手にするようなものです」
男性を捕らえている枝は戦闘中確実に自由になる。
それも踏まえて戦わなければならない。
「……男性は腹部に致命傷を負い、衰弱もしています。そう長くはもたないでしょう」
例え従魔の枝から救出したとしても中途半端な対応では助からない。一度でも従魔の攻撃範囲に巻き込んでしまえばそれで終わりだ。
下手に男性に気を取られていればこちらの被害が大きくなってしまう。
「もし皆さんが従魔に負けてしまえば、従魔は成長して被害が拡大するでしょう。どうか、冷静な判断をお願いします……」
解説
●目標
従魔の撃破
●補足
捕らえられている男性の生死は成功判定に影響しません
●状況
・時間・天候:
昼間。冬の曇り空ですが、森は十分に空が見えるので明かりは必要ありません。
・移動手段:
現地まではH.O.P.Eが送迎します。森のどの辺りか場所は分かっているので迷う事もなく到着できます。開始は従魔の姿が視認できる距離(大体5スクエア)からになります。
この時点では従魔も捕らえられている男性もこちらには気付いていません。
●敵
・樹木型従魔
高さ約6mの樅の木に憑依したデクリオ級従魔。
デクリオ級の中でも強い部類に入り、特に本体である幹の防御力と生命力はケントゥリオ級に迫ります。
ただし移動能力は一切ありません。移動できないため回避能力もなく、高い防御力と生命力でひたすら耐えるタイプと言えるでしょう。
注意点は攻撃を担当する三本の枝と本体である幹の生命力が個別になっている点です。
枝はデクリオ級の中では並程度の防御と生命力ですが、枝を全て落としても本体を倒す事になりません。倒す場合は必ず幹を攻撃して下さい。
・スキル
攻撃を担当する枝のみスキルが使えます
幹は攻撃能力が一切ありません
『バインドスピア』:射程は本体から直線範囲3スクエア。単体のみ有効
枝を槍のように突き獲物を串刺しにします。バッドステータス「拘束」効果。
どの方向からも攻撃できるので、死角はないと考えて下さい。
脱出するには枝を破壊するか、捕らわれた本人が3ターン消費する必要があります。
『ニードルウィップ』:射程は本体を中心に半径3スクエアの円。範囲内すべての対象に有効
枝を振り回して範囲内すべてに攻撃します。硬い葉が生えているため痛い。
枝葉柔軟に動くためしゃがんでいても当ててきます。また空中では回避が難しいので要注意。
リプレイ
●淡雪の森
雪に薄く覆われた森。それほど鬱蒼した森ではないものの、所々に視界が遮られる程度の木は立ち並んでいる。
しかし、その森の中は舗装された道こそないが何度も人に踏みしめられ歩きやすくなっている箇所がいくつもあった。近隣の住民が薪やクリスマスツリーを作る木を求めて歩いた道だ。
「もう!聖なる樅の木の姿を借りて悪いことをするなんて、許せない!」
修道服のベールから飛び出た白い耳と尾を怒りにぴんと張り、目尻の上がったエメラルドの目も怒りで光って見える。そんなマナ・クロイツ(aa4761)の様子を眺め、パートナーのヴァナルガンド(aa4761hero001)はふむと腕を組んだ。
(危ない事はさせたくないが……マナは聖誕祭に思い入れがあるからな)
道にうっすら積もった雪を少々強めに踏みしめて歩くマナが考えを変える事はないだろう。
ならば自分にできる事は黙って護ってやる事だけだ。
「……彼を、見捨てるべき……ですよ。……兄さん」
海神 藍(aa2518)は他の誰にも聞こえないように言ったパートナーの禮(aa2518hero001)の低い位置にある黒髪に包まれた頭を見下ろす。
「……あいかわらず、君は嘘が下手だね」
彼女が何故こんな事を言い出したか、藍は分かっている。
名前に合わせたように青みの強い青紫の瞳で彼女を見詰め、少し褪せた自分の黒髪よりもずっと濃い色をした頭をそっと撫でる。
「……鎮魂歌は歌いたくないだろう?」
見上げて来た黒い目を見れば、本音が違う所にあるのは一目瞭然だ。
大丈夫だと言う代わりに、藍は他の仲間達に目をやった。
「冷静な判断を、か。冷静に考えてもやることは決まってるな」
同じ道を歩きながら、月影 飛翔(aa0224)はここに来る前に言われた事を思い返す。
男性が助かる可能性は低い事を告げ冷静な判断をと求めていたが、それに対して飛翔達が出した答えはただ一つ。
「当然、男性を救出し従魔を倒すこと、ですね」
森を歩くには不釣り合いなほど洒落たメイド服で難なく突き出た枝葉を避けて歩くパートナーのルビナス フローリア(aa0224hero001)に、当然だと飛翔は頷いてフィンガーレスのグローブを軽く嵌め直す。
「ああ、二つとも成し遂げる」
そう言った飛翔の表情は一見するといつもと同じ冷静な様子であったが、黒い瞳からは表に出さない感情が見て取れる。
表面的には冷静に見せていても内にある感情も性格も知っているルビナスは、パフスリーブに包まれた肩をかすかな微笑みに揺らす。
従魔を倒し、捕らえられた男性も救って見せる。
そのためにリンカー達はここに集い、考え得る限りの手段を以て挑むのだ。
「家族の人、心配してるよね」
「ああ、早く安心させてあげよう」
藤咲 仁菜(aa3237)は茜色の髪に映える白い兎の垂れ耳を緊張させていた。
気弱な性根を奮い立たせ空色の目を道の向こう、従魔がいる森の奥へ向ける彼女に、パートナーのリオン クロフォード(aa3237hero001)は励ますように背中を軽くたたく。
いつでもポジティブな少年英雄は振り返る仁奈を元気いっぱいに光る橙色の瞳で見返しにっこりと笑って見せると、彼の笑顔に励まされた仁奈もしっかり頷きを返す。
「桜や梅の従魔と戦ったことはあるけれど……」
「今度は樅の従魔か。なかなか節操のないことだ」
そんな会話をしているのは重量感のある足音で落ち葉や土が重なった道に足跡を残して歩く鬼灯 佐千子(aa2526)と、パートナーのリタ(aa2526hero001)。
「樅の次は杉あたりかしら。花粉症を撒き散らす従魔とか出たら、厄介そうよね」
佐千子は毎年花粉症に悩む人々が悲鳴を上げそうな事を言いつつも、 あまり気を遣われていなさそうな黒髪の下から除く黒い目は待ち受けるものと救うべき命を思って静かに光る。
「鮮血のクリスマス、なんて趣味じゃないのよ」
がしゃりと音を立てて取り出された銃器の数々。
軍人気質であり実際に軍人であった事を思わせるパートナーのリタの影響からか常に数種の銃器を持ち歩く彼女であったが、今回はそれだけではなかった。
「クロイツさんは遠距離の攻撃手段は持っていませんでしたね。私の予備武器でよかったら使って頂戴」
「えっ?!」
水を向けられたマナは驚きつつも、自分の武器と能力を思い浮かべ確かに自分には遠距離攻撃の手段がないと恐る恐る佐千子が差し出した銃に触れる。
「い、いいのかな? マナ、銃は訓練以外で使ったことない……」
エージェントであるからには武器の扱いは必須。望めば各種武器の訓練もできるが、やはり得手とする物は違いがある。
「大丈夫だいじょーぶ。銃弾は真っ直ぐ飛ぶのだから、銃口さえ、ちゃんと相手に向いていれば当たりますよ 」
マナの気を楽にしようと軽く言う佐千子と何も言わないながら反対もしないリタ、そして自分の方をじっと見ているヴァナルガンドを順に見やったマナだったが、彼が頷くのを見て心を決めた。
「ありがとう佐千子ちゃん!」
共に戦う者同士の交流が零下の森でもほんのりとリンカー達の心を和ませる。
仲間達の様子を見ていた藍は禮の顔を見る。
「……その”日常”の為に。”希望”は最後まで諦めない……行こう」
「ええ、行きましょう!」
誰一人として男性の命を諦めていない。禮は迷いなく顔を上げた。
しかし、森の奥へと踏み入ったリンカー達を待ち受ける光景はその温かさを微塵も残さず消し飛ばす。
●血と死で飾ったクリスマスツリー
他の木が雪で白くなっている中、血で赤い斑に染まる樹木。
樅の木に似た形状の根元には干からびた動物の死体が折り重なり、枝には人間が―――運悪くこの従魔に遭遇し捕らえられた男性が突き刺されている。
「モズならぬモミの早贄と言えばいいのかな……なんにせよ趣味の悪い飾りつけです。」
九字原 昂(aa0919)が凄惨な光景を作り上げた従魔に対して嫌悪を露わにした。
枝に貫かれた男性は口に白い呼気が見て取れるが、青ざめた肌とそんな状態になっても身じろぎ一つしない様子から生気が消え去ろうとしているのは明らかだった。
『腹に穴が開いているんじゃ、そう長くは持たんな。救出するなら時間との勝負だ。』
共鳴しているベルフ(aa0919hero001)の言葉に唇を引き締める。
本来なら柔和な微笑みが似合いそうな昴の顔立ちはベルフと共鳴した事で表情が抜け落ちたような真顔になり、嫌悪すべき従魔と、捕らわれた男性の命を前に冷静に頭の中で自分のすべき事を組み立てていく。
悲惨な光景にごくりと息を飲む小宮 雅春(aa4756)に、パートナーのJennifer(aa4756hero001)は中世の仮面舞踏会の貴婦人そのものの姿でひっそり笑う。
「どうしました? 帰りたくなったのですか?」
あえて問いかけると、雅春は野暮ったい服を着た体ごとJenniferに振り向いた。
穏やかな顔はやや強張っていたものの、彼女の問い掛けを否定する事に迷いはない。
「行かなきゃ……助けられる命を見捨てたくないよ」
その答えを聞き、Jenniferの笑みは仮面の下で深くなる。
ならばお手並み拝見と行こうかと。
『力を貸しましょう、貴方がそれを望むなら』
共鳴した雅春から表情が抜け落ち、その体の主導権がJenniferへ移る。
一見すれば魔術師のような風貌ながら目の下に現れた睫のような意匠は道化師のメイクにも似て、操り人形のような印象を醸し出す。
ひっそりと身を潜めながらその様子を見ていた迫間 央(aa1445)はすでにマイヤ サーア(aa1445hero001)と共鳴しており、鋭く従魔と男性の姿を見詰めながら突入の時を待っていた。
映画などのフィクションを見慣れた者が「エージェント」と聞いて思い浮かべるだろう黒髪黒目に黒いスーツと言った出で立ちはこの森では逆に目立ちそうなものだが、ライヴスの膜に覆われた姿は従魔からも発見されにくくなっている。
『まだ彼は生きているのよね……?』
マイヤの問い掛けに、央は男性の口から漏れる白い呼気を確認する
『従魔が捕らえている間はな』
冷淡な物言いだが、状況は甘くない事などこの場にいる誰もが知っている。
しかし、この場にいる誰もが。無論央も男性の命を諦めてはいない。
「帰りを待つ家族の事を思えば、男性は生かして帰さねば、我々エージェントの名折れともなりましょう 」
『ええ、その通りね』
共鳴している時には珍しく、いつもの彼と同じ口調での言葉をマイヤが肯定する。
その時、わずかに男性のひび割れた唇が動いた。
声は出なかったが、注意深く観察していた央は女性の名前らしきものが紡がれるのを見た。
「……! 俺が行く、バックアップを頼む」
潜伏していた場所から飛び出した央は自身の持てる速度を最大限に駆け、天叢雲剣を抜く。
全85cmに及ぶ長刀から放たれるオーラに気付いたか、従魔の赤と緑の斑の枝葉がざわりと揺れた。
「遅い」
それ以上の反応を許さない央の一撃が男性を捉えた枝に命中する。
「ぐぶっ……」
振動が伝わり男性の口から濁った苦痛の声が漏れた。
動いた拍子にじわりと枝に血が滲みだす。
一撃で落とせなかった事に内心舌打ちをする央だったが、悠長に悔しがる事もしない。
続く仲間達の進路を遮らないよう素早く立ち位置を変えながら次の攻撃を狙う。
「兎に角、救出するための隙を作らないと……」
あえて目立つように従魔の目の前に飛び出した昴が月の名を冠した刀を手に従魔を撹乱する。
『一度枝が動けば、次の攻撃までに多少の溜めができる。攻撃をお前さんに引き付けろ。』
ベルフのアドバイスの通りに動く昴に、さほど知能が高くない上に動きも機敏ではない従魔は翻弄されるがままだ。
「今の内に……」
リタと共鳴し黒髪黒目を赤く染めた佐千子が従魔に接近する。
男性を捕えている従魔の触手の位置を見て位置を決めレアメタルシールドを構える。
彼女の横を駆け抜けた飛翔が金色に変化した目で従魔の枝に狙いをつけて、血で鍛えられたと言う不気味な魔剣を振り下ろす。
「中々固いか、でも折れないほどじゃない」
半ばへし折れているように見えても男性を離さない枝に似た触手。
『一度で斬れないなら、何度でも同じ場所を斬るだけです』
捕らえられた男性の状態は一秒を争うと言っていい。
死は確実に近付いている。
「舞え、幻影蝶……聖杖よ、彼を守り給え。……頼む」
『守りましょう。その日常を!』
朗々と紡がれる声に続く思いを込めた小さな呟き。
黒髪に青紫の瞳。華やかさもある黒い海軍風の衣装を身に纏う姿となった藍の手から幻想蝶が舞う。
タンザナイトのブレスレットから現れた蝶が従魔のライヴスを奪い取り、幾重にも重なる状態異常を与えた。
この好機を逃さず従魔の触手に集中攻撃が加えられる。
攻撃の衝撃は捕えられた男性にも確実に影響を与えていたが、突入組に入っていない者達が必死のフォローを行っていた。
「絶対、助けるんだ……!」
『勿論! 命を守るのが俺達の戦いだからね!』
リオンと共鳴した仁奈は髪も瞳も強く影響を受けて変化し体の主導権もリオンに任せる事になるが、男性を助けたいと言う気持ちは仁奈の心そのままだ。
『必ず助けてみせます。だから、今は耐えて下さい』
人形のようにJenniferの思うが儘使われている雅春の心が、一時Jenniferの意志を上回る。
(甘ったれめ……)
そう思いつつもJenniferはストックしておいたライヴスを解放する。
リオンとJennifer、二人のエマージェンシーケアが男性の生命力を回復し、死までの時間を引き延ばす。
「クリスマスに血は似合わないんだから!」
ヴァナルガンドと共鳴したマナが丈の短いチャイナ服の裾をはためかせ従魔に向かって突撃する。
まるで怒り狂った猫のように手にした鉤爪で触手を引き裂き、飛び離れてはまた突撃して行く。
従魔とは言えここまで攻撃されてはたまらない。
自由に動く日本の触手を振り回し攻撃するが、重なった状態異常に加え昴による撹乱で狙いを引き付けられている。
「従魔の攻撃は僕が凌いで見せます!」
「私の盾も忘れないでよ!」
昴から逸れた攻撃を佐千子の盾が受け止める。
「そうそう好きにさせると思うな」
央は己の剣戟が盾の代わりであるとでも言うように攻めていく。
「最初は男性の回復優先になっちゃうから、大怪我しないでよー!」
リオンは男性を助けるために回復を思うように使えない事にじりじりとしながらも仲間を信じていた。
もう少し、あと少し。
その願い通り、飛翔の剣が枝を切り落とした。
「あと頼む!」
「任せろ」
飛翔が言うと、央が男性の下に駆け付ける。
獲物が奪われた事に反応した従魔をマナが放ったストームエッジが切り裂き、その隙に央は男性を抱えて従魔の射程外へと駆け出す。
その背後に盾を構えた佐千子が続き、振り回される触手から央と男性を守る。
ケイローンの書に武器を持ち変えた藍は生気の欠片も感じない男性の姿に、病死した父親の姿が重なる。
「諦めるな、必ず家族のもとに帰るんだ。……父親の代わりなど居ないんだから」
あの悲しみを男性の家族に味わわせたくない。藍は従魔に向き直る。
昴と央のターゲットドロウの効果は男性を守り抜く事で使い果たされ、幻想蝶の影響も薄らいだ従魔の攻撃は徐々にリンカー達の傷を増やして行く。
『マナ!』
ヴァナルガンドの叫びがマナの頭に響く。
射程外に離れようとしていたマナだったが、従魔の一撃がそれを繋ぎ止めた。
激しい衝撃。一瞬遅れて襲い掛かる熱と激痛に歯を食いしばる。
「っ、こ……これで、動くのはあと一本だけだよ!」
もう一本の触手が自分に向けられたのを見てもマナは気丈に声を張り上げる。
「追撃などさせない!」
「すぐに助けます!」
一度だけマナの姿に唇を噛んだ藍が従魔を挑発するように立ち回りながらリーサルダークを繰り出し、昴も極みと銘打たれている苦無に持ち替えて攻撃を続けた。
●消える命を救うために
『みなさん、待っていてください』
その光景から無理やり顔を背けた雅春はJenniferに明け渡している主導権をもどかしく思いつつも、託された男性を抱え、同じく従魔から離れたリオンと共に男性を従魔の射程外に降ろす。
雅春が回復拠点として用意した場所だった。
そのためもあって味方の補助には注力できなかった分も、男性を助けるために全力を注ぐ。
『意識は……なし。発汗なし、脈拍、呼吸は……』
Jenniferを通して男性の様子を確認していた雅春だったが、そのもどかしさに耐えきれなくなった。
「貴方は必ず、僕たちが助けます」
動いた口は雅春の意志によるものだった。
(甘ったれめ!何故相識の仲ですらない人間のために涙を流す?)
Jenniferはその事に驚きつつも、そのまま雅春の好きなようにやらせることにした。
主導権を奪った雅春は手早く用意していたタオルや包帯を取り出し、処置をして行く。
「お手伝いします!」
「ありがとう」
リオンと共にケアレイで生命力を回復させながら持って来たタオルや包帯、防寒具などを使って雅春は自分が持っている知識と手段で考え得る限りの処置を施して行く。
「あとできる事は……これ!」
リオンが置いてある物の中からまだ使われていない物を拾い上げた。
それは先に託されていたバイタルバーやヒールアンプルなどの能力者や英雄向けに作られたアイテムだった。
「使える?」
「やれる事はすべてやりましょう」
他にもあった霊布はすでにガーゼ代わりに使った。
これも能力者向けではあったが、雅春は少しでも役に立てばと託された物を惜しみなく使う事にした。
「もうすぐ救助隊の人達も来るよ! 頑張って!」
「大丈夫。必ず家族の所に帰れますから」
予め待機してもらっていた救助隊に連絡をしたリオンが意識のない男性に声を掛ける。
反応はなかったが、雅春も男性に声を掛けながら処置を続けた。
背後では従魔と仲間達の戦いが続いている。
「月影さん!」
佐千子の盾に弾かれた従魔の触手が狙いを変えて飛翔に迫る。
警告の声を聞いていた飛翔だったが、回避が間に合わない事を悟ってあえて剣を振るった。
「……流石に、植物型だけあってしぶといな……」
斬りつけられながらも、触手は飛翔を貫いていた。
『……斬り落としてしまえば終わるかと』
ルビナスの感情を抑えた声に、その通りだと飛翔は答える。
「往生際が悪いぞ」
央の天叢雲剣と佐千子のライヴスガンセイバーが交差するように飛翔を貫く触手を弾き飛ばす。
根元近くからへし折られた触手は一瞬で硬度を失くし、飛翔は豪胆にも腹に残った物を一気に引き抜いた。
「ごめん! 遅くなった! 今、治すから頑張って!」
大出血に見舞われるかと思いきや、背後から届いたリオンのリジェネ―ションがその身を包む。
「男性は救助隊にお任せしました。後は従魔を倒すだけです!」
Jenniferを通してではなく自分の声で雅春が仲間を激励する。
リオンも雅春も男性を助けるために回復能力をほとんど使い果たしていたが、彼等の行動ともたらされた報告は仲間の気力を十分に満たした。
『マナ、まだやれるか?』
「当たり前だよ!」
ヴァナルガンドにマナはしっかりとした声で言って銃を構えた。
これまで受けたダメージの影響が一番大きいマナだったが、従魔の攻撃の射程外からの攻撃に切り替えて仲間の援護を続ける。
気兼ねする物のなくなったリンカー達の攻撃は残った従魔の触手を破壊し、遂に従魔は本体だけを残し攻撃手段を失ってしまった。
従魔に恐怖があるかどうかは分からないが、反撃する事も逃げる事もできない樅の木の葉がざわざわと鳴る。
「その葉、焼き払ってあげましょう」
藍が掲げたミリオンゲートから従魔を浄化すべく燃え盛る火炎が迸り、樅の木を模した枝葉が焼け落ちる。
『赤黒いクリスマスツリーなんざ、誰でも願い下げだ』
「クリスマスにこんな物を残しておけません」
従魔の射程外から放たれた昴の一撃で幹が揺れる。
「斬り倒してやるよ」
飛翔も少なからず従魔の攻撃による影響が残っていたが、魔剣から迸る衝撃波が弱っていた従魔の幹を半ばまで切り裂く。
「こうなったらただの的ですよね」
ガシャンと重たい金属音が鳴る。
佐千子は武器を多連装ロケット砲であるフリーガーファウストG3に持ち替えていた。
担いだ肩に響く衝撃を残し発射されたライヴスの弾丸は凄まじい轟音を伴い、樅の木の姿をした従魔を完膚なきまでにへし折った。
ぱらぱらと落ちる土くれに樅の木の木片は混じっていない。
へし折られた従魔の欠片はその存在ごと跡形もなく消え去ったのだ。
●聖夜に響くは……。
森に木霊す砲撃の音を聞きながら、リンカー達は武器を下ろす。
そこで昴は従魔がいた地面を確認している飛翔に気付く。
「何をしているんですか?」
飛翔は根が残ってはいないかと確かめているらしい。
「流石にないとは思うが、念のためにな」
そう言って地面を掘り返した飛翔だったが、従魔は文字通り根こそぎ消え去っていた。
『お疲れ様でした。あとはあの方が無事に助かることを祈りましょう』
あの男性がどうなるかは分からない。
救助隊に連絡をとった央はその答えを誰にも言わず、通信を切り周囲を見回す。
「……男が持ち込んだと思しきチェーンソー。樅の木の多い森……まぁ、そういう事か」
戦闘の余波でめくれた地面に半ば埋まっていたチェーンソーを拾い上げる。
『従魔如きに誰かの細やかな幸せを奪わせる訳にはいかないわ、私達はHOPEだものね』
マイヤがそう言ったのが聞こえていたかのようなタイミングで、マヤが駆けて来た。
「それ、あの男のヒトのですよね! 私達でちゃんとした樅の木を切って届けてあげましょう!」
その一言で俄かに樅木選びをする事になったリンカー達。
『……後は祈るだけ、ですね』
ふと、禮が呟いた。
「守り切れた、かな」
『大丈夫ですよ、きっと。諦めなければ奇跡は起こるものです』
ここに来た時は自分の気持ちを押し殺していた禮だったが、今その言葉に迷いはない。
「だと良いね……そうだ」
藍は手にしたミリオンゲートを掲げると、多くの人々を守り救って来たと言う聖杖に祈りを捧げた
それから数日後。町には明るい光が溢れるていた。
家族と共に祈りを捧げて過ごす者もいれば、光に溢れる町に繰り出して行く若者もいる。
とある小さな田舎町にある教会では、聖歌隊の讃美歌が響いていた。
本来なら教会の一席についているはずの若い女性とその夫、彼等の間に生まれた幼い娘の姿はない。
彼等の家に明かりはなく、そこで見られたはずの笑顔とクリスマスツリーはどこにもなかった。
小さな田舎町から離れた場所には、大きな病院があった。
クリスマスの時期には病院にも飾り付けが施されロビーにもクリスマスツリーが飾られている。
いつもはロビーに一本のクリスマスツリーだったが、今年はもう一本誰かが持ち込んだクリスマスツリーが飾られていた。
立派な枝ぶりのクリスマスツリーはきらきらと光るオーナメントがふんだんに飾られており目が痛いくらいだったが、主に子供達の人気を集めていた。
その様子を、見舞いを終えた若い女性が見詰めている。
腕に抱いている赤ん坊がそのツリーに手を伸ばしているのを見て微笑み、先程峠を越える事ができた夫がいる治療室の方を振り向く。
「ありがとう……」
母親の呟きに振り向いた娘にキスをして、女性は病院から出て止まっている宿に帰る事にした。
夫が意識を取り戻したら、ガラス越しでもいいから娘を連れてもう一度会いに行こう。
彼が友人に預けていたと言う小さなネックレスを付けて。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
---|