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クリスマス関連シナリオ

【聖夜】リア充よ、ハピネスランドを救え

高庭ぺん銀

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2016/12/29 18:59

掲示板

オープニング

●聖夜に祈るは売上アップ
「やっばーい!」
 オーナーは絶叫した。ここはハピネスランド。東京某所にある遊園地だ。絶叫マシンではなくスタッフルームに響き渡る絶叫とはこれいかに。支配人は既視感を感じた。冷や汗を拭き拭き、彼は尋ねた。
「何がヤバイんでしょう?」
「客足よ! きゃ・く・あ・し!」
 そんなに叫ばなくても聞こえているのだが――黙って続きを促した支配人は賢明である。
「ハピネスランドは広大な敷地と、どこか懐かしさを感じるような、王・道・さが魅力の遊園地よ。4D? とかプロジェクションマッピング? とかそういうのは敢えて取り入れずに来たわ!」
「そこが老若男女問わず愛される由縁でしょうね」
 胸を張る支配人。しかしオーナーは威嚇するように机を叩く。
「けどさあ、冬はヤバいの! だってほぼ屋根がないんだもん! 屋内型の遊園地が憎い……!」
 赤い唇から覗いた歯をギリギリと噛みしめるオーナー。黙っていれば美魔女、もとい美人なのだが。
「キャンペーンよ! 好評だったカップル割キャンペーンを開催するわ!」

●冬のハピネスランド☆カップルキャンペーン
「と、言うわけで今回も受付の君に協力をお願いしたい」
 支配人は、もこもこしたペンギン帽子をかぶったバイトの肩を叩いた。実はこのバイトこそ『ハピネスランド☆カップルキャンペーン』の産みの親である。
「おっけーっすよ。冬は恋人たちを近づける季節っすからねぇ」
「キミ、恋人とかいたっけ? 聞いたことないけど」
 支配人は一気に不安になった。
「ロマンチックな夜の遊園地でイルミネーションを眺める。そして冷たい手を恋人と温め合う。屋内型の遊園地には真似できないことっすよ」
「そうそう、今年はランド中ぴっかぴかだよ! 中央広場には本物のモミの木を運んでクリスマスツリーに! 僕、頑張っちゃったよ」
 ペンギン帽は人差し指を立てた。
「つまり、来てさえもらえればハピネスランドの魅力は伝わるはず。そうでしょ?」
「よし! そうと決まったら例のバイトを募集しに行こう!」
 支配人はダッシュでスタッフルームを出て行った。キャンペーンを広めるための仕掛け人を募集するのだ。参加資格はシンプル。受付でカップルであるという証明をすること。産みの親いわく――。
「ルールは1つ! 愛し合ってる証拠を入場係に見せつけること! 情熱的にハグするもよし、写真を見せるもよし、遊園地の入口で愛を叫ぶもよし! 入場係が納得すればよーし!」


【アルバイト募集】
ハピネスランドを無料で楽しめるバイト!
条件1:2人1組で応募すること。
条件2:入場口でカップルである証明をすること。
条件3:園内で1枚以上ツーショット写真を撮ること。※携帯の画像でOK
(プリントした写真は、キャンペーン参加者として園内に展示します)

【ハピネスランドについて】
 開園時間は10~22時。
 
1、ウェルカムエリア
 土産屋(屋内)、顔出しパネル、花壇
※開園直後&不定期に公式キャラのハピちゃん・ネスちゃんが出現。ハピちゃんは赤い猫の男の子、ネスちゃんは黄色いウサギの女の子。耳付きカチューシャも販売中。

2、ショーエリア(屋内)
 11時:風船ショー、15時・19時:ハンドベルコンサート、17時:マジックショー

3、ウォーターエリア
 手漕ぎ・足漕ぎボート、ジェットコースター『マーメイド』(水濡れ注意、ビニールポンチョ販売中)、花火(閉演30分前~)

4、ファンタジーエリア
 メリーゴーランド、大観覧車『フラワー』、コーヒーカップ、写真館(貸衣装付き)
 お化け屋敷『呪われた木造校舎』:同時参加は2名まで。順路あり。肝試しで入った校舎で死んだ高校生の霊に呪われ、追い回される。定番の怪談もオールスター出演のため七不思議どころではない。幽霊は一組ごとに違うスタッフが演じる。

5、エキサイトエリア
 ジェットコースター『エンドレス・ループ』、パイレーツ『ビッグ・ウェーブ』、フリーフォール『奈落』、ゴーカート

*中央広場
 ベンチ、噴水、屋台(チュロス、クレープ、温かい飲み物など)、レストラン(新築。席は3階まで。メニューはハピちゃんバーガー、ネスちゃんポテト、たこ焼き、焼きそば、ラーメン、各種デザートなど色々。夏には屋台が増えるためテラス席もあり)
※冬季限定でクリスマスツリーあり。レストランはガラス張りなので良く見える。

解説

【目標】
ハピネスランドの入口で『愛』を証明し、デートを楽しむ。

【補足】
・12月24日。天気は晴れ。12月にしては暖かい日です。この日がキャンペーンの開始日となります。
・二人一組で応募してください。能力者と英雄でも、能力者や英雄同士でも可です。また男性同士、女性同士でも構いません。
・『カップルである証明』ができれば、友人同士などでもあり。つまり何でもあり。※リンクブレイブは全年齢対象です。
・バイトとして採用されればフリーパスが支給されます。割引は適用されたフリでお願いします。
・入退場の時間は自由。ただし園内に5時間以上滞在すること。
・カップルと認定されたら、カップルと書かれたハート柄の缶バッチを服やカバンなどにつけ、自由に園内で遊んでOK。むしろ楽しく遊べば遊ぶほどランド側は助かります。
・缶バッチを見せるとフード類全般でカップル割が適用されます。店員によっては冷やかされます。メニューはOPにないものを書いても構いません。

【注意】
・買い物や飲食によってアイテムが増えることはありませんのでご了承ください。また、通貨も減りません。
・プレイング内で既存の歌詞の使用はお控えください。

リプレイ

●『愛』を見せつけろ!
「クリスマスにデートとは。能力者殿も立派なリア充と言う訳じゃな」
「……いや、リア充ってわけじゃ」
 那由多乃刃 除夜(aa4329hero001)の言葉に無音 彼方(aa4329)は反論する。隣に立っていた依雅 志錬(aa4364)が不思議そうに彼方を見た。今日は志錬の英雄であるS(aa4364hero002)を含めた4人で過ごすつもりだが、受付は2人ずつで行う必要がある。彼方のペアは志錬なのだ。
「リア充以外の何物があろう」
 彼方は相棒の口調に少し棘を感じて尋ねる。
「何か機嫌悪い?」
「別に?」
 それはささやかな焼き餅。彼方が志錬の保護者のような気持ちで参加しているのは察しているのだが。
(せっかくじゃから、彼方と『カップルの証明』とやらをやってみたかったのう。いじり甲斐がありそうじゃし)
 話しているうちに順番が来る。
「こう―で、いいの かな……?」
 志錬は彼方の方に肩を寄せ、手を繋いでみる。
「ん~?」
 受付係は疑いの目を向ける。キャンペーンバイトの顔は知っているのだから、演技なのだろう。「もっとやれ」の合図だ。
「じゃあ」
 少し恥ずかしいが、これくらいなら。
「……わ」
「……だからと言ってお姫様抱っことかするかねお主……わしはSを抱きしめておこうかの」
 除夜の言葉に答えるように、満面の笑みを浮かべたSが横から抱き着く。
「えへへ、いっぱい思い出作っていこっ!」
「そうじゃな、S」
 受付係は人数分のバッチを差し出して小声で言った。
「ご協力感謝します。入園してからもカップルアピールよろしくっす」
 ざわざわと話し合いを始めるカップルたち。麻生 遊夜(aa0452)は頭を抱える。
「無料だからとほいほい来ちまったが……こういうことか」
 無料どころかバイト代まで出るとあっては断るのも勿体ない。諦めるとしよう。
「……ん、計画通り」
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)はクスクスと笑っている。ちらりと見遣って遊夜は思案する。
「カップルの証明、ね……」
「……ん、なにする?」
 背中にしがみ付いて問う声は弾んでいる。無邪気で可愛いような、反省がなくて小憎らしいような。
「そうだな……今までの事もあるし」
 やられっ放しと言うのも、少しばかり悔しい。
「……ん?」
 首をかしげてこちらを覗き込むリーヤ。さりげない仕草で彼女の顎を捉えて、見せつけるようなキス。リーヤの耳とふわふわの尻尾がいっせいに毛を逆立てる。予想外の反撃、だろうか。
「っと、これでどうだろう?」
「お兄さん、めっちゃ悪い顔してるっすよ。ま、文句なしの合格ですが」
 まだ呆然としているリーヤの頭にバッチをつけて、背負って入場する。
「あー、ボクのこと覚えてるスタッフとかいたらどうしよ」
 天野 一羽(aa3515)は夏以来のハピネスランドへラレンティア(aa3515hero002)と共に向かっていた。傍から見れば、女性経験皆無そうな坊やが前の相手とは違う年上のお姉さまを連れてご来園。謎である。
「あ、どうも」
 ペンギン帽子の受付係には物凄く見覚えがあった。それは相手も同じらしい。積んだ。
「……ちょっ、苦しっ!?」
 ラレンティアはしっかりと一羽を抱き締め、受付係に視線を投げた。前門のペンギン、後門の狼。
「……なんだ??」
 これは私のだが何か、と顔に書いてある。一羽は顔を真っ赤にしてされるがままになるしかない。受付係はしばし圧倒されていたが、仕事を思い出したのがバッチをすっと差し出した。
「楽しんできな、年上キラー」
「ちが……いや、違わないけど……!」
 バイトの内容が内容だけに、否定することもできない。ああ、周りの視線が痛い。――ちなみにラレンティアの感情は、例えるなら幼い息子にメロメロな若いママといったところらしい。
 黒金 蛍丸(aa2951)をこのバイトに誘ったのは橘 由香里(aa1855)だった。
(話したいことがあるってお手紙貰ったけれど……僕も答えを出さないと……)
 彼女とは恋人未満の関係なのだ。決意は表に出さず、とりとめもない会話をしながら順番を待つ。そして考えるべきことがもう一つ。『カップルの証明』だ。
「そ、そうだ。橘さん。お互いの誕生日に贈ったプレゼントを見せ合うというのは、どうでしょうか?」
 彼は蛍石に良く似た鉱石をあしらった指輪『ライヴスソウル』を見せる。
「そうね。それなら……こ、恋人、だって信じてもらえそう」
 いつも強気な由香里が照れたような表情を浮かべる。この表情を知る数少ない人物の一人が蛍丸だ。
「カップルキャンペーンの受付、お願いします」
 蛍丸も頬を赤らめて言葉を発する。彼はライヴスソウルを、由香里はハートのペンダントを見せる。それだけでいっぱいいっぱいという雰囲気を醸し出す二人に、周囲があたたかな視線を向ける。
「可愛いカップルさんっすね。じゃ、バッチの装着にご協力くださ~い」
 仲睦まじく手を繋いでやってきたのは鹿島 和馬(aa3414)と天都 娑己(aa2459)だ。ハピネスランドは彼らが恋人同士になった思い出の場所。キャンペーンの話を聞いて二つ返事で駆けつけてくれた。指を絡めて繋がれた手を掲げると、夏に彼らの告白を見守った受付係が言った。
「カップルキャンペーンですね? う~ん、微笑ましくていいけど……どうです、ここで幸せなキスをひとつ?」
 どきり、と和馬の心臓が高鳴る。横目でちらりと桜色の唇を盗み見てしまうが、すぐに我に返って正面を見る。受付係はタコのように唇を突き出している。初々しいふたりの背中を押す気持ち半分、楽しみ半分というところなのだろう。和馬は「コラ」と口パクする。
「……!!? ……ぇ、ぇっと……ぁのっ……キ、キスとか……心の準備もまだで……、それに人前でなんて恥ずかしくて……」
 娑己は真に受けてしまったようで、真っ赤になっておろおろしている。想いが溢れる。大切にしたい子、大事にしたい想い――。自然と和馬の身体が動いた。
「見世物じゃねぇんだよ……ほら、これで証明になんねぇ?」
 和馬の腕がふわりと娑己の体を包み込む。
「ひゃぁ……」
 彼女を大事に想う和馬の気持ちが伝わったのだろう。娑己は温もりと守られているような安心感を感じる。「空気読めよ」と和馬が口の端を上げると、受付係は『降参』のポーズをとった。
「和馬氏ったら……うっかりトゥンクしそうになったよ。これは張り切って見守らなくてはカッコ使命感」
「あたしたちも出番みたいだよ。俺氏さん、ちょっとだけ我慢してね?」
 龍ノ紫刀(aa2459hero001)は俺氏(aa3414hero001)の腕に両腕を絡ませて受付へと進む。
(俺氏は鹿だけど、それでも紫氏が魅力的な存在だという事は分かるよ)
 周りから注目を浴びているのは、俺氏の見た目だけが原因ではない。
「お疲れ様っす。謎の安定感を感じるんすけど、おふたりは……違うんですよね?」
 小声で問う受付。もちろん付き合ってはいない。
(嬉しくもあるけど…………複雑な鹿心だね)
「あぴーる……どうすればいい?」
 志錬は彼方を見上げて首を傾げる。
「楽しく遊べばいいんだよ。志錬の好きなところに行こうな?」
「うん……!」
「と、その前に」
 彼方は持ち込んだコートを志錬に渡して着せておく。
「彼方さん、意外とナチュラルに彼氏力高い?」
「な、彼氏って……」
 今でこそ女子の体だが、もともとは男子である彼方。志錬への好意はどちらかと言えば妹に向けるものに近いが、『彼氏』などと言われると意識してしまうのだ。
「能力者殿、あちらに人だかりが。何の集まりかの?」
 どうやらマスコットのハピちゃんネスちゃんが出てきているらしい。彼らと写真を撮るための列だったのだ。
「そういやノルマがあったな。皆で写真を撮っとくか」
 Sは除夜とネスちゃんの間に入って両方と腕を組む。
「除夜さん~、こっちこっち!」
「これも、あぴーる?」
「多分アリ、か? ダブルデートってことで」
 志錬は除夜と手を繋いで、彼方を手招く。人懐っこく肩を組んでくるハピちゃんにならって、彼方も志錬とハピちゃんの肩に手を回した。

●滑り出しは快調?
「ショーは11時と17時か……」
「……お腹すいた」
 再起動した少女は、早くも充電切れを起こしていた。尻尾がだらり。ついでにバッチがぽろり。それを器用にキャッチした遊夜は言う。
「ふむ、なら先になんか食うか」
「……ん、お肉!」
 尻尾が大きく左右に振られる。
「肉か……あるとしたらレストランかね、中央の方だとさ」
「……ん!」
 背中にしがみ付いでGOだ。
「こうなったら開園から閉園まで、だな」
「……ん。遊夜、意外と乗り気……?」
 入口に書かれていた団体割りの文字はチェック済みだ。
「次回は俺もリーヤも引率係になるだろうからな」
 もちろん下見も大事だが、今日は思い切り楽しむことにしよう。
 中央広場を通ってファンタジーエリアへ。クリスマスツリーは電飾が点灯していない今もなかなかの存在感だ。見上げながら通過していく人々の中に娑己は見知った顔を発見する。
「由香里さんと蛍丸さん?」
「娑己!」
 娑己は由香里の持つバッチを見て、嬉しそうに言う。
「お似合いですね♪」
「な……私たちはまだそういう関係じゃ……」
 そういえば夏にも友達同士での参加者が多くいた。
「ご、ごめんなさい! 早とちりしちゃって……」
 和馬は「まだ」という単語をあえてスルーして行き先を尋ねる。
「僕たちはエキサイトエリアに」
「じゃあ別れちまうな。よかったら写真撮るぜ」
 ジンジャーマンクッキーを模したマスコットに、ベルやキャンディ。可愛らしい装飾のツリーの下でお互いを撮り合う。日が暮れてライトアップしてから同じ場所で撮るのも面白そうだ、と4人は盛り上がった。
 由香里が先導して、フリーフォールやジェットコースターを次々制覇する。
(何か話題を……私がリードしなくちゃ)
 短いはずの列の終わりが遠い。緊張と気負いでうまく話せなくなってしまう由香里。しかし蛍丸が話題を提供しては和ませてくれる。いつしか彼女は順番が来ることの方を名残惜しく感じていた。
 彼方たちが最初に足を運んだのもエキサイトエリアだった。
「アトラクション系か……定番はジェットコースターか」
「おっきい……」
「志錬がいいというなら乗ろうか。大丈夫だ、コワくないコワくないぞ」
 まずは『エンドレスループ』。
「きゃあああほぉぉぉぉいっ!!」
 Sの絶叫が8の字ループする。除夜はSと一緒に両腕を上げ、風を切るのを楽しむ。一方、ほぼ無言なのが彼方だ。
「すごい。いっぱい、どきどき する……」
 初めての感覚に感動した志錬は『マーメイド』にも興味を示す。入口付近で売っていたポンチョは、全員仲良く見逃した。
「思ったより濡れたね~! 最前列だったし」
 Sが笑う。大きめのタオルを購入してレストランへと避難する。
「あったかい飲み物でも買ってくるよ。除夜、タオル預かってて」
「……能力者殿、主は自分の魅力という物をだな。要点を言えば自分の体」
「え? あ、あああ~!」
 彼方は慌ててタオルを取り戻し、体にかけて歩いて行った。
 本物の野性VS造り物の霊現象。勝負は始まる前から決まっていたのかもしれない。ひと時の冒険を共にする幽霊役は、ロッカーから這い出し探索者たちを恐怖のどん底に陥れる予定だった。
「うガアああ」
「ふん」
「ごふン!」
 扉を開けるためのわずかな物音を聞き取ったラレンティアは素早くロッカーに接近し、彼がセリフを発する前にドアを閉めた。
「うわぁ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「なんだ一羽。襲ってくる者を返り討ちにして何が悪い」
「悪いんだよ……」
 仕切り直し。血まみれの白衣をきた化学教師の霊から逃げつつ、ヒントを集めていく。逃げるのは、一羽たちというより幽霊役のスタッフの身を守るためのような気がする。
「あそこに人間がいるぞ」
 古びたトイレを指さしてラレンティアが言う。
(それきっとお化け役~!)
 焦る一羽。しばしの沈黙。見かねた化学教師がゾンビチックな動きでドアをノックすると、血文字の書かれた紙が隙間から出てきた。
(出るに出られなかったのか……)
「……どうだ」
 趣旨を全く理解していない相棒は、得意げに胸を反らす。
「いや、これ、そういうのじゃないから。これね、あの人たちはボクらを怖がらせようとしてるんだけど……」
 ラレンティアは心底不思議そうな顔を見せる。
「怖がらせたいなら、怒り狂った熊でも置いておけばいいだろう。ついうっかりアレの食料を奪ってしまうと、どこまでも追いかけてくるぞ」
 敵役のはずの化学教師にメモを手渡され、次のポイントへ。メモの末尾には「花子」と書かれていた。
「……なんでさっきから手、握ってるの?」
「お前がはぐれたらどうするんだ」
 不安を煽る闇が、赤くなった顔を隠してくれる味方に思えた。敵が味方で、味方が敵で。ちなみに件の化学教師は、恋人の音楽教師の霊と再会されることで浄化され、道先案内人になるのだが。
「そんなものなくても、空気の流れで出口くらいわかる」
 最後の最後までラレンティアに泣かされっぱなしなのであった。
 ゆったりとしたワルツと共にメリーゴーランドが走り出す。カボチャの馬車や作り物のネズミや小鳥。シンデレラをモチーフにしたデザインらしい。
「やっぱりお馬さんに乗りたいですね」
 ポールに捕まり白馬に横座りした娑己。その隣には複雑な表情で黒い馬に跨る和馬。
「和馬さん?」
「いや、大したことじゃねぇんだけど。共食いならぬ……共乗り? って感じで笑えるなと思って」
 宝石に彩られた円形の国で微笑む娑己。まるで童話の中のお姫様だった。
「あ、もうおしまい……」
「意外と楽しかったな。もう一回乗るか?」
 冗談めかして、馬から降りる彼女に手を貸す。
「姫、お手を」
「ふふ、ありがとう王子様」
「カエルの王子様ならぬお馬の王子様か。斬新だな」
 彼女が望むなら王子にだってなってやる。キャラじゃないと笑われたって構わない。
「ふぅ……」
 にょきり、とカボチャから首を生やしたのは俺氏と紫。
「意外とバレなかったね。あたしたちの尾行が上手いのか、娑己様たちがお互いに夢中だからなのか」
「きっと両方だね」
 
●腹が減ってはデートができぬ?
「……ん!」
 リーヤは缶バッチをビシィ! と誇らしげに叩きつける。
「あー……お願いします」
 リーヤの頭をポンポンと撫でて、自分の分の注文をする。
「俺は……バーガーとポテトを」
「……ここから、ここまで」
「そんな言葉、どこで覚えてきたんだ?」
 彼女が示したのは『お肉メニュー』というくくりで囲われた部分だ。厚切りのステーキや大きなチキンレッグも含まれている。
「……ん」
「……割引じゃなかったら悲惨だったな」
 黒いふさふさのしっぽが大きくリズミカルに揺れていた。
「カップルの依頼で何で私も一緒なのかな? ノア」
「私は杏奈と回るのでレミの為に」
「レミも一緒に回れば良いんじゃないかな?」
「杏奈と回るので」
「……リアルタイム爆発しちまえー!」
 とかなんとか小競り合いもあったようだが、Noah(aa4701)とノエル・アコルライト(aa4701hero002)は無事ハピネスランドへとやってきた。
「私はノアと行くとして……レミは?」
「ぐぬぬ……今回はお譲りしますわ。ノエル、行きましょうか」
「よしよし。楽しいデートにしようね」
 ノエルがレミ=ウィンズ(aa4314hero002)の頭を撫でる。彼女と遊ぶこと自体は楽しみにしていたらしい。
「と言う訳でぎゅぎゅ~っと」
「いかがですか、受付係様?」
 小柄なレミを抱き締めるノエルという図は見栄えが良い。友達同士でのキャンペーン参加の見本としても好例だろう。
「ノア、私たちはどうしようか?」
 ノアは無言で大門寺 杏奈(aa4314)の目を見つめ返す。
「ノア?」
 杏奈は首を傾げた。ふいに頬がぬくもりに包まれる。気づけばノアの顔が近くにあって。
「合格~! こりゃ寒さも吹っとぶラブラブっぷりっすね!」
「行こう、杏奈」
 杏奈は真っ赤な顔でその手を取る。頬が熱くてたまらない。受付係が言った言葉も、あながち大げさではないのかもしれない。
 遊夜たちと入れ替わりにレストランへとやってきたのは彼方たち。
「ホットケーキは誰だっけ?」
「私だよ!」
「わらわは天ぷらそばじゃ」
 志錬はバーガー、たこ焼き、焼きそば、クレープにココア。小柄な体格に反してよく食べるようだ。
「……エス、一口食べたいな」
「いいよ。私もクレープ食べたい」
「もっきゅ、もっきゅ……甘くてふわふわ。おいしい」
 彼方はラーメンをすすりつつその様子を見守っていた。アトラクションだけではなく、食事も彼女の好奇心の対象らしい。
「……混んでるなぁ。何か買ってきて外で食べる感じかな」
 一羽に促されて、ラレンティアが選んだのはフランクフルトやハピちゃんバーガー、そしてフライドチキンなどなど。
「…………やっぱ肉なんだ」
「よくわからん。塩かけた芋なんか食べて何が嬉しいんだ?」
 圧倒されながらポテトをかじる一羽の横で、ラレンティアはバーガーを大きく一口。
「……なんだこれは。赤いのに血の匂いも味もせんぞ」
 ケチャップを不可解そうに見つめる相棒に苦笑していると、くしゃみが一つ出る。
「……う、外に長くいたから、あったかい日でも、さすがにちょっと寒いかも」
「なんだ、寒いのか」
 その瞳に宿るのは母性。
「……ほら、こっち来い」
「嘘っ、こんなとこで!?」
 一羽を抱き寄せて頬を寄せる。
「……どうだ?」
 問う声は自然、一羽の耳を至近距離からくすぐる。彼にとっては刺激が強すぎる状況だ。
「うう……あったかいけど」
 抵抗の為の言葉――きっと無駄になるが――を考える一羽の顔に影がかかり、耳にはカシャリと軽快な音が届く。
「な、何で!?」
 シャッターを押したのはまぎれもなく隣に居る相棒。しかし彼女らしくない。
「アイツがこういう時にこうしろと言ってたぞ」
 もう一人の英雄の仕業か。納得。
「ん、血色が良くなってきたか?」
「そう思うんなら離してよ……」
 しかし母性ある狼は少年を解放してはくれない。
「体が冷えていてはいざ襲われた時に動けんぞ」
「ここには敵なんていないってば」
 いつか彼女と純粋に遊園地を楽しめる日は来るのだろうか。前途は多難である。お姉さまたちによるスキンシップがもう少しだけ控えめになれば、3人で遊びに来るのも楽しそうだ。――ランドのスタッフがどんな顔をするかは、不安要素だが。
「……あ、どうも」
 一羽が見つけたのは、白いローブを被った人物。俺氏である。
「夏のときはどうも。えーと、その人は?」
 訝し気に、紫が問う。
「新しい英雄です!」
「ごめんごめん。そんなとこだろうなと思ってたよ」
 とりあえずは奇妙な再会に乾杯を。
「て、店員さん。このストローは……!?」
 娑己の選んだジュースにはハート型ストローが刺さっていた。
「え? バッチをお持ちでしたのでてっきり必要かと」
 2人分の飲み物が乗っているにも関わらず、店員は真面目にそんなことを言う。
「ハピネスランド……なんつー振り切った教育方針」
 ちょっぴり呆れつつ、ふたりは食事を始めることにした。
「それにしても……レストランなら見つかると思ったんだがなぁ」
 和馬は相棒たちを探して周囲を見渡す。俺氏たちは外にいたため、見つかることはなかった。
「一緒に食べられたら良かったんですけど。もしかして、普通にデートを楽しんでいるんでしょうか……?」
 和馬は彼らのデート風景を想像しようとするがうまくいかなかった。
「というか、あのビジュアルだと誰の隣に並んでも違和感がすげぇな」
 と脱線はここまでにして、今は恋人とのデートに集中しよう。
「ま、どこかで会えるかもしれないし、次の予定を決めるか」
「また『エンドレスループ』に乗りたいな。ショーエリアも色々やってるみたいですよ」
「よっし、全部採用! 寒くなったら、ここにコーヒーでも飲みに来るか」
 寒さに負けていては勿体ない。楽しい時間はまだまだこれからだ。

●ドキドキさせます!
 午後のファンタジーエリア。
「コーヒーカップじゃな、全員を乗せて回すとしよう。ふむ、彼方と志錬を隣にして、と」
「回す? どうやるの……?」
 不思議そうに周囲を見回す志錬に、彼方が目の前のテーブルがハンドルなのだと解説しようとしたとき。
「これじゃこれじゃ」
「ちょっと待ておまえええええ!?」
 笑い転げるSに、目を丸くする志錬。顔を青くしているのは彼方だけらしい。
「次は観覧車! これは譲らないからな!」
 何とか休める乗り物を、と彼方は主張する。消化で体力を使うため、あまり大きく動けない志錬にも優しい選択だ。
「じゃ、二人ずつでね」
 Sが手を振って、除夜と共に先行する。
「隣、座っていい?」
 ゴンドラがゆっくりと空へ昇っていく。
(あ……ふたりっきり。それに高い場所だから誰も見てない、よね)
「志錬? どうした、寒いのか?」
「……少し」
「ほら、手つなごう。少しはあったまるだろ?」
 彼方と志錬は寄り添って温まりながら冬の町を眺める。雪はまだないけれど、賑やかに飾り付けられた町はおもちゃのようで可愛らしい。子供が親の手を引いて走っていく。パワフルな様子に志錬の心が少し痛む。
「カナタ、いっぱい遊べなくてごめんね?」
 彼女の内を流れる蛇の血は、なかなか彼女を『常人』と思わせてくれない。
「大丈夫だ」
 彼方は志錬の頭を撫でる。
「俺もあんまり慌ただしいのは得意じゃないからな」
「カナタも、いっぱいびっくりしてた?」
「ああ、志錬と一緒だな。あ、でも除夜には内緒だぞ? 絶対からかわれるからな」
 それは今更なような気もするが。複雑な男心だ。
「カナタと一緒」
 志錬は安心したように、少しだけ微笑む。せっかくの遊園地だ。彼女には楽しんでほしい。そのために、拙いかもしれないが精一杯エスコートをしよう。彼方は思っていた。
「何ですの、この建物は……?」
 レミが自分の両肩を抱いて『呪われた木造校舎』を見上げた。ノエルの後に続いて恐る恐る入ると、暗がりから声を掛けられた。
「いらっしゃ……」
「ぎゃー!!! 出ましたわ!!!!!」
 レミの悲鳴が挨拶を遮る。
「レミ、スタッフさんだよ」
「……失礼いたしました」
 スタッフはレミの様子を見て、懐中電灯を渡す際、作り物の手首をポロリと落とす演出をカットした。
「さぁレミ、まずは……あれ?」
 側にいたはずのレミをいつの間にかおいてきてしまったらしい。というより、彼女はスタート地点から動いていない。
「ノエルぅ……一緒にいてくださいまし……」
 レミは半泣きでノエルに手を差し出す。いつもの元気な様子はどこへやら。
「よし、私についてこ~い! なんちゃって」
 ノエルはレミの手を取って、七不思議の待つ校舎へと踏み出すが。
「わっ」
「きゃあっ!」
 叩きつけるような音が歩みを止める。窓を覆いつくす手形にレミがもう一度大絶叫するまで、3、2、1。
「はい、とっても綺麗に撮れましたよ~」
 写真館。スタッフはカメラの向こうにいる姫と騎士にサムズアップする。
「本当に綺麗」
 騎士は呟く。正体は撮影用の鎧をつけたノアだ。写真の中では盾と剣を構えて、姫を守るように立っている。
「これをハピネスランドに提出するんだよね?」
 ロイヤルブルーのドレスを着た姫――杏奈が言った。
(恥ずかしいけど……この姿なら私だって気づかれないかも?)
 ノアの半歩後ろに立って控えめに微笑む杏奈は、アップにした髪とティアラのお陰もありぱっと見彼女とは気づきにくい。
「あとでレミにも見せてあげよう?」
「そうだね。あ、自分も映りたかったってすねちゃうかな?」
「僕は杏奈の可愛さに感動する方に賭けるよ」
 真顔でいうノアに、赤い頬のままの杏奈がくすりと笑う。
「データは、お二人のスマホにお送りしました」
「ありがとうございます」
 ノアは杏奈の姿を目に焼き付けながら、彼女の髪をほどく。
「着替えて次に行こうか。杏奈はどこがいい?」
 ファンタジーエリアは幼い子供たちと遊べそうなアトラクションが多いようだ。次回の来園時、メインに遊ぶのはここになりそうだと遊夜は思う。
「次は……そうだな、お化け屋敷にでも行くか」
 リーヤの耳がピンと立つ。甘えるチャンスだと判断したらしい。
「おお、中々の作り込みだな」
「やーん」
 ミシミシとなる木製の廊下に遊夜が感嘆していると、ギシイっと大きな音が鳴った。リーヤが背中にしがみついたことで二人分の体重が乗ったのだ。
「……ユーヤ、はやく」
「よしよし、ちょっと待ってろ。こりゃ暗号か」
「……来る」
 遊夜はリーヤの頭を撫でる手を止める。
「……何がだ?」
 ものすごく笑顔の二宮金次郎像が超スピードで迫っていた。
「次は音楽室か」
 息を切らした遊夜が言う。逃げながら暗号を解くという離れ業の後だ。
「……ん?」
 ピアノの旋律に誘われて、扉を開ける。
「エリーゼのために? ……止まったな」
「拍手をせんか、無礼者!」
 リーヤも突然の怒鳴り声にびっくりしたらしい。肖像画を見るとベートーベンの目が光っていた。
「学校の怪談勢揃いか……やりおる」
 ごくりとつばを飲み込む遊夜の口元には微笑みが。しかしリーヤは彼が構ってくれないことに不満気味らしい。
「ギギギ……」
「どうした? 次行くぞ」
 肖像画を嫉妬の目で見つめるリーヤの手が軽く引かれる。
「……ん!」
 手を繋げたことで一気に機嫌を直したリーヤは尻尾をぶんぶん振りながら、音楽室を後にした。
 杏奈とノアは大観覧車のゴンドラの中にいた。
「そうだ、ノア。渡したいものがあるの」
「この前ショッピングモールでレミに太陽のペンダントをあげたって言ったら、ノアも欲しいって言ってたでしょ? 遅くなっちゃったけど、2人きりの時にあげたくて」
 それは銀色の星を象ったペンダント。杏奈のムーンチョーカーとリンクするデザインだ。
「似合ってるよ。持ってきてよかった」
「ありがとう、杏奈」
 愛しさが止められなくて、ノアは思わず杏奈を抱き締める。
(恥ずかしい……けど、もう少しだけ)
 あと3分だけ。ゴンドラの中なら誰にも見られることは無いから――。杏奈はノアの背に腕を回した。
「ふぅ……愚神並みの強敵でしたわ……」
 目尻の涙を拭い、脱力した声でレミが言う。
「私は楽しかったけどなぁ」
「ノエルは反省してくださいまし! 明らかに開けちゃいけない扉やらなにやら手当たり次第に開けて、被害を増やしていましたわよ!」
 レミはぷりぷりと怒っている。
「でもボイラー室のテケテケはレアキャラだって、幽霊役のお兄さんが言ってたじゃない。開けなきゃ会えなかったよ?」
 制服姿の幽霊は本来脅かし役だったが、難易度を下げるため早めに味方になってくれた上、明るく話し相手になってくれた。ただし顔面蒼白で口から血を垂らした同行者の存在が、レミにとってプラスだったかどうかは微妙なところだ。
「まぁまぁ。付き合ってくれたお礼に何か奢るよ?」
 口をとがらせていたレミは、ふと杏奈の言葉を思い出した。
「そういえば、ここのケーキは美味しいって評判だそうですわ」
「いいね! せっかくのデートだもん。それ食べて機嫌治してくれたら嬉しいな」
「……ユーヤセンセのおすすめ、ここ……?」
 ファンタジーエリアで異彩を放つボロ校舎。先ほどとは別種の絶叫系。しかも怖いと評判らしい。彼方は肩を落とす。
「怖いのか、能力者殿?」
「怖いとは言ってない」
 除夜とSに『憑いて』きたのは、顔が確認できないほど髪の長い女子生徒の霊。
「何か嫌な感じ……」
 つかず離れずでついてきて、特にアクションもない。一見静かで害がないからこそ不気味である。
「ふむ、ジャパニーズホラーというやつじゃな……おや、姿が見えなくなったのう」
 チェックポイントの体育倉庫。ヒントに従い忘れ物らしき手帳を拾って――。
「わあああこないでえええええっ!?」
 体育館を出た瞬間、渡り廊下で女子生徒とコンニチハ。
「隠し通路かの? よくできておる」
「悠長なこと言ってないで、逃げるよおおおお!」
 逃げ込んだのは理科室。しかしここが安息の地なわけもなく。
「なに、除夜さん? ……ってきゃああああ!」
 肩を叩かれて振り向くと、ぬめっとした質感の人体模型が素敵な笑顔を浮かべていた。Sが除夜の手を引き、走る、走る。
「先ほどの部屋にもヒントがあったのではないか?」
「うっ……進めば何とかなるよ、多分!」
 あいつの元にすごすご戻るのは嫌だ。人体模型役のスタッフが案ずるのを他所に、二人はごり押し気味に探索を進めた。
「意外に何とかなったのう」
「花子さんはいい子だったね。あの髪の長い霊の正体も教えてくれたし」
 物語は霊の成仏によって終わりを告げる。美術部員だったという彼女の未練は書きかけの絵画だった。血の涙を流して主を待っていた『呪いの絵』に、最後の仕上げとして目を書き込む。
「これでよし、と」
 絵が光ったかと思うと絵の雰囲気が一気に明るいものへ変わり、霊が素顔を見せた。
「ありがとう。これで成仏できる。お嬢さんたち、外へ案内するわ」
 彼方と志錬を追ったのは、床を這いずる用務員だった。匍匐前進の移動は大変そうだが、客の歩調に合わせてのことだったのだろう。ゆっくり歩いていた彼方たちに彼が追いついたのはラストシーンだけだ。
「用務員のおじさんは、娘のことが気がかりだったんだよな。けど、焼却炉で燃え死んだから声が出なくて」
「カナタが、代わりに電話かけて……ありがとうって言ってた」
「なんだか切ない話だね」
 Sが感心する。
「同じアトラクションで違うストーリーが楽しめるとは興味深いのう。どれ、もう一周してみるか?」
 彼方は軽く相棒を睨む。志錬の動じなさに助けられつつ、辛くもクリアしたとは言いたくないが。
「それもいいけど、コーヒーカップとゴーカートがまだだよ!」
「……それ、乗りたい」
 ほっと胸を撫でおろす彼方を見て、除夜がくすりと笑った。

●クリスマスのお楽しみ
 15時。といえばおやつの時間。スイーツ好きの杏奈がここにいないはずがない。チュロスにクレープ、クリスマス限定パフェを並べて、瞳を輝かせる。
「おいしい……!」
「赤はイチゴ、緑はキウイか。クリスマスカラーになってるんだね」
 てっぺんには星形のクッキー。白い粉砂糖が全体にかかっているのは、雪を表現しているらしい。
「杏奈、ボクのブッシュドノエルも食べる?」
「いいの?」
「うん。ほら、あーん」
 杏奈は恥ずかし気にちらちらと周囲を見遣る。皆、自分の恋人に夢中でこちらに注意を払っている者はいない。
「……あーん」
 優しいココアの風味が広がる。上品な甘さだ。少しビターなチョコレートソースが味にアクセントを加えている。
「うう……」
 甘いはずのショートケーキが何だか苦い。レミはレモンティーを啜って小さくため息をこぼす。杏奈からは死角になるテーブルではレミとノエルがティータイム中だった。ここに来れば杏奈たちに会えるのではないかという期待はこっそりしていたが、タイミングもばっちりだった。
「そんな顔してないで、一緒に食べようって誘えばいいのに」
「いいえ、今日はアンナとノアのデートですもの。女に二言はありませんわよ」
 頑なに義理を通すレミにノエルはくすりと笑みをこぼす。
「あ……満面の笑みを浮かべるアンナ! 今すぐ抱き締めて差し上げたいですわ!」
 幸い、あちらの二人には気づかれていない。ノエルはそっとノアは観察する。彼女にとってノアはもう一人の自分であり、可愛い妹のような存在でもある。過酷な実験によってノアが失ったものは計り知れない。けれど彼女は大切な人と巡り合い、今幸せな時間を過ごしている。
(よかったね、ノア)
 その感情表現は他の者からすればわかりづらいかもしれないが、ノエルにとっては充分だ。
「あ、そうだ。写真撮ろうよ、レミ」
「そうでしたわね。店員さんにお願いいたしましょう」
 杏奈からノエルへと視線を移したレミは首を傾げた。
「何だか嬉しそうですわね、ノエル。とっても良い顔をしてますわ」
「そう? だったら余計にこの表情を残しておかなきゃ」
 恋しさと愛しさがマーブルになったティータイムが写真に残された。杏奈とノアが見たら、どんな感想を抱くだろうか。
「綺麗ですね。僕、ベルの音って大好きなんです」
 ハンドベルコンサートの合間、いつもより少しだけ近い距離でふたりは小さく言葉を交わす。
(橘さんの話したいことが気になるけど……無理にはききたくない)
 神聖さを感じさせる音色。由香里も蛍丸も目を閉じて聴き入る。
「次は観覧車でしたよね。行きましょう」
 日が暮れ始めている。藍とオレンジが混じり合う曖昧な色の空。シルエットになった町。白、赤、緑……園内で灯り出すライトたち。由香里は膝の上で何度も拳を握り直す。景色を見下ろす優しい瞳。――誰にも渡したくはない。思えば思うほど、唇は重くなる。言えないまま、時は過ぎていく。
 ところ変わってショーエリア。仮面をつけたマジシャンは、席の前方にいた娑己に言う。
「お嬢さん、このカードの束の中から一枚選んでくれませんか?」
 舞台用に大きく作られたトランプが差し出される。娑己は直感で選んだカードを、指示された通り一番上に置いて彼に返す。
「ではこれをシャッフルして、と」
 滑らかにシャッフルして見せると、彼は一番上のカードを手に取る。
「貴方が選んだカード、それはこれですね?」
「え……」
 もったいぶった手つきで取り出しされたのは、スペードのエース。
「……違い、ます」
 娑己が眉尻を下げる。マジシャンは含み笑いをして隣の和馬に目を移した。
「ではお兄さん、貴方がめくってみてください」
「……ハートのエースだ」
「和馬さん、それ!」
 それは娑己が選んだカードだった。
「おや、これは残念。お嬢さんのたった一つのハートは貴方のものらしいですね」
 マジシャンはウインクした。拍手の中でふたりは照れた笑顔を向け合った。
「おー」
 リーヤは耳ピコピコと動かして、興味深そうにマジシャンの手腕を眺めている。
(……なるほどな。シンプルなカード当てだが、演出の勝利ってところかね? 鹿島さんも天都さんも嬉しそうだ)
 純粋に楽しむリーヤのため、種の考察は心の中にとどめることにした。
「ぶらぼーっ」
 Sが元気よく拍手するのが見えた。
「あっちも楽しんでるみたいだな」
「うん」
 遊夜は、彼方に何事が話しかけている志錬を優しい目で見た。
「夜は冷えるな」
「……ん」
 ショーが終わると「デートの続き」とリーヤに急かされ、再び寒空の下へ飛び出す。リーヤはふわふわの尻尾を彼に巻き付け、体を密着させた。
「お、あそこにいるのは」
 一足先に会場を出た俺氏と紫は、隣のエリアのひときわ大きい喧騒に気づいた。マスコットたちの出現を知らせる放送がかかる。
「せっかくだし俺氏たちの写真は今撮っておこうか。この後も忙しくなりそうだからね」
 プロフェッショナルの風格を漂わせた俺氏が言う。頷きを返す紫もまた、相棒たちを見失う心配はしていないようだ。
「よかったら撮るぜ、お二人さん?」
「麻生さん! 助かるよ」
 遊夜たちも彼らと同じ推測の元、ウェルカムエリアへ向かうらしい。
「行くぜ?」
 俺氏と紫は、肩を組んで楽し気な写真をぱしゃり。次は紫がカメラマンとなる。
「それじゃ交代ね。寄って寄って~……って言うまでもなかったか」
「……ん!」
「やれやれ……」
 遊夜と腕を組んでピースサインを決めたリーヤは大層満足げだった。
(ま、今度連れてくる予定のガキ共の興味は引けるかね)
 ついでに土産物屋にも寄ることにする。
「……ん、これが良い」
 リーヤが指さしたのは耳付きのカチューシャ。これを28人分?
「……マジかよ」
「……ん、皆お揃い」
 お土産には割引は効かないので、ご利用は計画的に。

●光、照らす夜
 すっかり暗くなった遊園地で無数の光が明滅する。今日2度目のツリーは大きくて、温かな光を灯していて。由香里は勇気づけられるような感覚を覚える。
「花火まではまだ時間がありますね。次は……」
「ま、待って。黒が……蛍……丸く……ん」
 由香里が足を止める。数歩進んだ蛍丸は、振り返る。
「今日は……今日こそは言おうって、思っていた事があるの」
「はい」
 蛍丸は短く、しかし優しい響きで答える。
「私は、その……年上だし、他に好きな人とかいるかもしれないし、貴方には相応しくないかもしれない。でも、このまま友達でいるのは嫌……だから」
 由香里は俯いたまま、一番言いたかった言葉を吐き出す。
「貴方の事が……好き……です。ずっと傍にいて欲しい……」
 相手の目を見るどころか、目はずっと閉じられたまま。あんなに温かに思えた光が見えない。自ら作った暗闇の中、由香里は冷たい空気にさらされて凍える。
 常に余裕のない生き方をしてきた。強気な態度で隠した由香里の脆さに彼は気づいてくれた。あの時、自分の手を取ってくれた温もりを思い出す。彼は由香里を思考の迷路から助け出してくれた恩人だった。
「橘さん」
 暗闇を照らすのは、優しくて強い一粒の光。それはだんだんと広がり、ふかふかの毛布のように冷えた由香里の体を包み込む。
「あっ」
 気づけば由香里は――蛍丸に抱きしめられていた。
「いつも強くいようと頑張る橘さんのこと、好きです。でも……僕といる時はありのままでいいんですよ」
 蛍丸君。呼ぼうとするのに、声にはならない。溢れる涙が邪魔をする。
「強がりなところも、弱気なところも。全部ひっくるめて、僕は橘さんが好きなんです」
 由香里が顔を上げる。言葉の代わりに、彼女は素直な心のままに微笑んだ。雫が頬を滑り落ちていく。涙を拭きとるように、蛍丸が由香里の両頬を包む。目を閉じた彼女の唇にふわりとぬくもりが触れる。どこまでも優しい彼の口づけは由香里の心をじわりと温めた。
「綺麗。こんなにきらきらしてる」
 杏奈は目を細める。ノアは杏奈の横顔を盗み見る。白銀の髪がキャンパスのように、様々な色を受けとっては手放し、また受け取る。何時間だって見ていられそうな、生きた絵画。雪の妖精が振り返って、ノアの名を呼ぶ。
「杏奈が一番綺麗だよ」
 言葉にしたら、笑えるほど陳腐。けれど、杏奈の白い頬は美しい桃色に染まった。
「由香里さん、こっちです」
 スタッフに声をかけて戻ってきた蛍丸は、由香里とともにツリーの下に立つ。
「撮りますよ~」
 昼間と同じアングル、けれどツリーは光の魔法でさらに輝きを増し、ふたりの表情は幸せに満ちている。彼らは今、本物の恋人になったのだ。
「そうだ。お土産屋さんに寄っても良いですか?」
 店員は蛍丸からスマホを受け取って、手早く作業を済ませた。
「これ……!」
 由香里に手渡されたのは、幸せそうなふたりの写真が入ったロケットペンダントだった。
 天の川がまるごと地上に落っこちてきたような幻想的な風景。娑己の吐いた感嘆のため息が白い霧になる。
「綺麗……」
「ああ」
 和馬もまた、ため息交じりに肯定する。静かで優しい時間は永遠に続くかのようだ。
「そうだ」
 彼が取り出したのは、想いを込めて編んだ淡い桜色のマフラー。
「ま、クリスマスプレゼントって奴…………イブだとちょい早いか?」
「わぁ……♪」
 驚きと感激に大きな目をきらきらと輝かせる娑己。落ちてきた星は彼女の瞳に移り住んだらしい。ふと和馬の視界の端に、ツリーに飾られたヤドリギの小枝が入り込んで――。
「和馬氏と娑己氏、なにやら良いふいんきだね」
「でもあの二人、ツリー眺めるだけで終わっちゃったりして……」
 ネットスラング交じりの口調に、凛々しい低音が答える。
「待って。何かが起きそうな予感――」
 和馬はマフラーを娑己の首を掛け、そっと額にキスを落とす。「あっ」と相棒たちの声が重なった。
「メリークリスマス♪」
 和馬は娑己を抱き締める。――真っ赤になっているだろう可愛い人が、これからもずっと幸せでありますように。
 額に残る感触の意味を一瞬遅れて理解して、娑己は湯気を上げそうなくらい真っ赤になってしまう。
(いつか和馬さんと……)
 胸の中で想いは育っていく。未来にはきっと綺麗な花を咲かせるだろう。彼とならきっと大丈夫。
「ありがとう、和馬さん、大好きです……♪」
 今はただ幸せな笑顔を彼だけのために――。相手が与えてくれるぬくもりすら愛しく思いながら、恋人たちは見つめ合った。
 ぴかぴか、きらきら。ふたりして光のショーに見とれて。気づけばあっという間に時間が過ぎ、花火の音がこだまする。
「寒い冬に花火なんて、なんだか変。でも、変わらず綺麗」
 言葉少なになっていた杏奈がぽつりとつぶやく。ノアはふと思い出して、ポケットに入れていたものに手を伸ばす。花火に夢中になっている杏奈のポケットへと移動させるのは造作もないことだった。
「ねぇ、ノア?」
 杏奈が隣のノアに振り向く。
「これからも一緒に戦って、一緒に色んなとこ行って……いっぱい思い出、作りたい。ノア、私の側にいてくれる?」
「もちろんだよ。ボクも杏奈と同じ気持ちだから」
「ありがとう。好きよ、ノア……」
 杏奈が微笑む。
「ボクも、杏奈のことが大好き」
 言い終わるのももどかしく、ノアが杏奈を抱き締める。そのとき。
「もう! ずるいですわ!」
 小さな体をいっぱいに広げて、杏奈とノアをまとめて抱き締めたのは、別行動をしていたレミだ。
「……おかえり、レミ」
「ただいま戻りましたわ、アンナ、ノア」
「うん。おかえり」
 ノエルはその様子を見て微笑み、空を見上げた。
「たーまやーっ!」
 Sが空に向かって叫ぶ。彼方、志錬、除夜も後に続く。ムードがないのはご愛敬。わいわい過ごすクリスマスだってきっと正解だ。
 「……楽しかった」
「うん! また来たいね」
 花火を見上げていた蛍丸は、ふと視線を由香里に戻す。
「寒くないですか?」
「ええ。手を繋ぐだけでこんなにあたたかく感じるものなのね」
「あっ、それは……僕の体温が上がってるからかも」
 照れ笑いする蛍丸に、由香里の頬も緩む。
「……それ、私のせいでもあるわね」
 最後の花火が散る。リーヤは満ち足りた笑みを浮かべて言う。
「……ん、楽しかった!」
「そりゃ何より、来た甲斐があるってもんだ」
 出口で例の受付係に出迎えられ、和馬ははっとする。
「あ、写真撮ってねぇや」
 和馬の言葉に娑己も口に手を当てる。
「そんな和馬氏に頼れる鹿英雄、俺氏だよ」
 背後からにゅっと出て来る英雄たち。もう慣れている。
「おまえら、やっぱついてきて……」
「まぁまぁ、二人の写真ならこれをどうぞ」
 鹿皮の中から差し出されたのは、スマホ。光の中でのキスシーンが見事に切り取られている。
「俺氏さん、ナイス激写だったね♪」
 紫はくすりと笑う。娑己は言うまでもなく真っ赤になり、和馬も片手で顔を覆っている。
「俺氏はこう言ってるけどいいか、娑己?」
「は、恥ずかしいですけど……おでこならまだ大丈夫です……」
 受付は短く口笛を吹く。
「これは良いっすね。ぜひ拡大してハピネスランドのポスターに」
「だから、見世物じゃねぇっての!」
 和馬が半眼でツッコむと、娑己がおかしそうに笑う。
「そうだ、今日は皆で帰りませんか?」
「いいの、娑己様?」
 娑己は笑顔で紫に手を差し出す。紫は微笑んでその手を取った。
「さぁ、和馬氏」
「お前もかよ!」
 和馬はやけくそのように俺氏の肩を抱き、歩き出した。

●幸せ願って夜は更ける
 杏奈がノアからのプレゼントに気づいたのは、帰宅した後のことだ。
「ノアったら……。でも、嬉しい」
 サンタクロースは今頃、良い子たちにプレゼントを配っているのだろうか。
 閉園後のハピネスランド。集まった写真を貼り、キャンペーン参加者の集計をしながらスタッフは語る。
「彼らのお陰で、キャンペーンを知らなかったお客さんも参加してくれたようっす。いやぁ楽しかった」
「SNSや口コミでの広がりも期待できるかな。私たちにとっては最高のプレゼントだね」
「やだ、もう日付変わってるわ」
 彼らは一様にため息をつく。
「来年こそはリア充になりたいわ……」
 冬のキャンペーンは順調な滑り出し。救世主たるリア充たちに感謝を。メリークリスマス、そして良いお年を。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃



  • 初心者彼女
    天都 娑己aa2459
    人間|16才|女性|攻撃
  • 弄する漆黒の策士
    龍ノ紫刀aa2459hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中



  • 初心者彼氏
    鹿島 和馬aa3414
    獣人|22才|男性|回避
  • 巡らす純白の策士
    俺氏aa3414hero001
    英雄|22才|男性|シャド
  • 夢魔の花婿
    天野 一羽aa3515
    人間|16才|男性|防御
  • リア充
    ラレンティアaa3515hero002
    英雄|24才|女性|シャド
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • ひとひらの想い
    無音 彼方aa4329
    人間|17才|?|回避
  • 鉄壁の仮面
    那由多乃刃 除夜aa4329hero001
    英雄|11才|女性|シャド
  • もっきゅ、もっきゅ
    依雅 志錬aa4364
    獣人|13才|女性|命中
  • 先生LOVE!
    aa4364hero002
    英雄|11才|女性|ジャ
  • エージェント
    Noahaa4701
    機械|13才|?|攻撃
  • エージェント
    ノエル・アコルライトaa4701hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
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