本部

狼少女と白き影

大江 幸平

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
4人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/27 21:17

掲示板

オープニング

●狼少女は月に吠える
 薄っすらと積もった雪の上に、どさりと少女が突き飛ばされる。
「嘘つき!」
「嘘じゃないもの!」
 尻もちをついた少女を取り囲みながら、数人の少年たちがばかにしたような笑みを浮かべている。
「父さんが言ってたんだ。エリナ、お前の家はみんな嘘つきだって!」
「本当よ! 本当に……まっしろな狼が、山羊たちを……!」
「嘘つきエリナ!」
「嘘つきマルク!」
 囃し立てる少年たちを睨みつけながら、エリナと呼ばれた少女が声を荒げる。
「兄さんをバカにしないで!」
 地面に積もっている雪を掴むと、力いっぱい投げつける。
「うわっ!」
 思わぬ反撃に少年がたじろいだ。そこへ血相を変えてやってきたのは兄のマルクだった。
「――お前たち、何してるんだ!」
 年の頃で言えば二十にも満たない青年だが、少年たちからすれば彼は十分に大人だった。蜘蛛の子を散らすように少年たちは逃げていく。
「……兄さん」
 イタズラしているところを見つかってしまった子どものように、エリナが気まずそうな顔でうつむいた。
 そんなエリナをよいせと抱き上げて、マルクが困ったように笑う。
「また喧嘩してたのか? まったく、お前ってやつは……」
「だって、あいつらが私のこと嘘つきだって……それに兄さんのことまで!」
「嘘? ……狼の話か。もうその話はやめなさいと言っただろ」
「だって本当のことだもの!」
 マルクは腕の中で拗ねる妹を見ながら、どうしたものかと思う。

 ここ最近、村で飼われている家畜の山羊たちが何者かに襲われるという事件が何度も起きていた。
 村の周辺には野生の獣たちも生息しているので、犯人は大方そのあたりだろうと目星をつけ、人目のなくなる夜の間は厳重に戸締まりをした小屋の中に避難させるなどして村の皆で対策を講じていた。
 だが、残念なことにそれも徒労に終わってしまった。
 ある朝、家畜たちを放牧しようと小屋を見に行くと、その鍵はあっさりと破壊されていて、貴重な資産である山羊たちはすべて血を抜かれていたのだ。
 そう――血を抜かれていた。
 鍵を破壊するというだけでなく、その犯人は奇妙なことに山羊たちの肉に見向きもせず血だけを吸い取っていっているようなのだ。
 そんな不気味なことが続くものだから、村人たちはすっかり弱っていた。中には犯人を獣ではなく人間ではないかと考えるものたちまで現れる始末で、その矛先は貧乏なマルク一家に向けられていた。
「私、ほんとに見たのよ。がんばって夜まで起きててね、お家の窓からずっと小屋の方を見ていたんだから」
 エリナはこう思ったのだ。
 山羊たちを狙う悪い犯人を自分が捕まえれば、兄も辛い思いをしなくてすむ。それどころか、きっと村の皆から感謝されて自分たちが貧乏だからと馬鹿にされることもなくなるはずだ、と。
「犯人は……まっしろな狼たちだったの。雪みたいにまっしろな。あんなに綺麗な狼……私、見たことなかった」
 その日以来、エリナは事あるごとに奇妙な狼について話すようになった。まるで夢の中で見た、美しい景色を語るように。
 もちろん、信じる者はいなかった。当然の話だ。肉ではなく血だけを啜る狼の話など。
「兄さん……。兄さんまで、私のこと、信じてくれないの」
 エリナは唇をぎゅっと噛み締めて、その幼い表情を歪ませる。

「わかったよ、エリナ」

 マルクの答えは決まっていた。

「――兄さんに任せておきなさい」

●白き夜に這い寄る影
 肌を刺すような冷たい風が吹き荒ぶ。月光を反射して夜の底が白銀に染まっている。
 家畜小屋の陰に隠れながら、マルクは猟銃を握りしめた指を温めるようにこすりあわせた。
 天に月が輝きだしてから、もう二時間ほどが経っただろうか。
 いまだ狼は現れず、マルクはちょっとした疲れを感じ始めていた。
 この極寒の夜にたった一人。実在するかどうかも解らない獣を旧式の猟銃だけで待ち構えるなんて。
(我ながら、無謀というかなんというか……)
 それでも、マルクはまだ帰る気にならなかった。
 村を覆っている不安の影を振り払いたいという想いはもちろん、それ以上に可愛い妹を孤独にさせたくないという気持ちがあった。
 せめて、自分だけは。そう思い、マルクはひたすら待ち続けた。

 ――そして。それはやって来た。

(……雪が、動いている?)
 そう表現するしかなかった。もぞもぞと、雪の塊が動いているのだ。
 マルクは慌てて立ち上がり、その方向へ猟銃を向ける。
 ぴたり、と。狙いを定めて――
「おお、かみ……!」
 雪の中から、ゆったりと姿を現したのは――真っ白な狼だった。
 それも一頭や二頭ではない。それなりの数だ。
「本当に、いたのか」
 戸惑いと喜びの混じった呟きを漏らしながら、マルクは小屋へと侵入していく狼の一頭に忍び寄る。
 静かに銃口を向けて。夜の闇に炸裂するような銃声が響き――
「なっ!?」
 銃弾は狼の腹部に命中した。だが狼に反応は見られない。
 確かに当たったはずだ。どうして。
 困惑するマルクはそれでも二度、三度、と引き金を絞る。
 結果は同じだった。狼は倒れるどころか、鬱陶しそうに首を振っていた。
「……化け物、なのか?」
 ただの獣ではない。そう悟ったマルクと狼の視線が合った。
 金色に輝く瞳。ちらりとのぞく牙は――赤く光っていた。

 その瞬間、マルクは背中を向けて走り出した。

 背後から狼たちの雪を跳ね飛ばすような足音が近づいてくる。
「……はっ……はっ、はっ……!」
 息が上がる。心臓が口から飛び出そうだ。
 狼たちがすぐそこまで迫ってきている。
 目の前には民家の灯り。どの家も戸は固く閉められている。
「だ、だれか……っ!」
 助けを求めようとした――次の瞬間。
「うわあっ!」
 飛びかかってきた狼に驚いて、マルクは勢い良く転倒する。
 そのまま軒先に激突し、その衝撃で柵がバキリと折れる音が響いた。
 柵に掛けられていたランタンが転がり、夜闇に狼の影を映し出す。
(すまん、エリナ……!)
 遺される妹の姿が頭をよぎり、マルクが歯を食いしばっていると――狼たちは、まるで光を嫌がるかのように、後ずさりを始めた。
「……な、なんだ……?」
 そして、狼は恨めしそうに一吠えすると、あっさりとまた雪の中に姿を消した。

 呆然とするマルク。
 物騒な物音を聞きつけて、民家から出てきたのはマルクの友人だった。
「おい! 誰かいるのか!」
「……いたんだ」
「マルク!?」
「エリナの言っていた狼は……本当にいたんだ!」
「……あぁ? お前、何を――」

「俺たちでは、どうにもできない。助けが――助けが、必要だ!」

解説

●目標

・ミーレス級従魔『ブラッディウルフ』の討伐
・村の家畜を従魔から守る

●登場

・ミーレス級従魔『ブラッディウルフ』
サイズ:中型
知能:獣
戦域:陸(雪原)
特殊能力:
《吸血》射程 1スクウェア。物理単体。BS【減退 1d6】付与。傷口から血を啜り飲む。
《疾走》全力移動ペナルティ無視 回数3。

解説:
 凶暴な狼たち。最下級ではあるが吸血鬼の特性を受け継ぎ、獲物の肉よりも血液を好む。
 生物の血を吸うことによってライヴスを奪い、それを自らの力としている。
 白銀の体毛を利用して雪の中に紛れ込み、集団で狩りを行う。逆に雪原以外ではひどく目立つ姿とも言える。
 総数は不明だが、常に群れを大切にするため、一定数の個体を撃退すれば村を危険な場所と判断して二度と近づかないだろう。

ステータス:
 物攻D 物防E 魔攻F
 魔防E 命中D 回避C
 移動C 生命E 抵抗F
 INT D

●状況

・民家が三十軒程度の小さな村。周囲には雪原が広がり、少し離れた場所には森があります。
・住民たちは夜になると外出しません。基本的には全員が家の中に居ます。今までに人が襲われた例はありませんが、従魔たちは鍵を破壊できるので安全は保証されません。
・従魔たちは夜にしか姿を見せないので『夜』から行動を開始しますが、罠の設置や誘導の為の仕掛けを日中に施すことは可能です。
・討伐さえしてくれるのであれば、多少は小屋を破壊するなどの損傷は見逃してくれます。とはいえやりすぎると可哀想なのでやめてあげてください。

リプレイ

●静謐なる檻
 高く広がった藍色の空。満月の柔らかい輝きは孤独だった。
 そんな空の色を下界に映し出すかのように、辺り一面を覆い尽くしている広大な雪景色を、濃い夜の気配が塗りつぶしていく。

 その頑丈な木造りの家畜小屋は、簡素な門を見下ろすように建っていた。屋根の上には雪の白い絨毯が敷かれている。
 そこに――二人の魔女は居た。
『村の外周は完全に凍ってますね。日中の間に水を撒いておいたのは正解でした』
 風にたなびいた神秘的な赤髪を抑えながら、構築の魔女(aa0281hero001)は静かに呟いた。
「いくら狼だって、氷の上では滑るものねえ」
 イングリ・ランプランド(aa4692)が賛同するようにうなずく。
 ノルウェーの魔女――雪国出身者のイングリは、この厳しい寒さの中でも平然とした顔をしている。慣れたものなのだろう。
 イングリが着込んでいたもこもことした白熊の毛皮を、ちょっと羨ましそうな目で見ながら、構築の魔女が白い息を吐く。
『マルクさんとエリナさんから訊いた情報が正しければ、狼たちは森の方角からやって来るそうですし』
「生肉も仕掛けておいたから、あとは血の匂いで誘い込めれば楽勝ね!」
 ふんすと意気込むイングリ。すると、その背後に黒い影が現れた。
「――ロロロ」
「ひゃわっ!?」
 おどろいて飛び上がるイングリを意にも介さず、辺是 落児(aa0281)が感情の読めない顔で構築の魔女を見つめている。
『あら、見回りご苦労さま。……そう、住民の皆さんも素直に従ってくれたのね。よかったわ』
「……ロロ――」
『そうね。狼たちは光を嫌がる習性を持っているようだし、家の前に明かりさえ灯してもらえれば、きっと有効な対策になるはずよ』
 なんとか動揺を隠そうと呼吸を整えるイングリに気づかないフリをしながら、構築の魔女はゆっくりと赤い瞳を雪原に向けた。
『さて……村に近づかれる前にある程度対処したいものですが』

 そんな三人の眼下では、激しく雪の粒が舞い散っていた。
「はっ……ふっ、はぁっ!」
 厚手の拳法着に身を包んだ女性――呉 淑華(aa4437)が、流れるような動きで形意拳の型を確認している。すでに共鳴済だ。
 彼女の脚部は、かつて激しい闘いの中で失われ、今では完全に義体化されていた。しかし、それが逆に淑華を拳法家として更なる高みへと至らせたことは、その力強い踏み込みを見れば一目でわかるだろう。
「ふぅ……いい汗かいたアル」
 ひとしきり汗を流すと、淑華は家畜小屋の正面に仁王立ちをして、闘志とライヴスを漲らせた。
 その姿は、さながら番人。不動の城塞である。
「――打倒惡狼的時刻到了(狩りの時間だ)」
 淑華の頭の中にあるのは『より強い敵と戦う事』。それのみ。
 これから繰り広げられるであろう死闘を想像して、淑華は不敵に笑った。それは狩人というよりも――まるで獣の笑みだった。

 村の東側に設置された門前で、雪原をぼぅっと眺めていたのは、アリス(aa4688)と葵(aa4688hero001)だ。やや距離を置くようにして、八朔 カゲリ(aa0098)とナラカ(aa0098hero001)の姿も見える。
「雪の様に白い狼、か。本当だとしたら、美しいやも知れんな」
 いつものように感情の伺い知れない表情でアリスが呟く。
『……さぞ美しいでしょうが、今はそういう時ではないのでは……』
 冷静に返した葵の表情はどこか冷たい印象を思わせる。
「それもそうだな」
 言ってから、アリスは再び興味を失ったように、どこか遠くの景色を眺め始めた。やはりそこに感情の色はない。
 主従で共通した雪のように白い肌や白銀の髪も相まって、二人はこの冷え冷えとした極寒の世界に恐ろしく溶け込んでいるようだった。
『防衛、か。些か退屈じゃの。そうは思わぬか、覚者よ』
 可憐溌溂な着物姿の少女は、その幼い見目とは裏腹に超然とした雰囲気を漂わせていた。
「特に感慨はない。それに俺たちのやることは一つだ」
『ほぅ?』
 それは彼の意志や覚悟がそうさせるのか。
 まるで白銀の景色の中に異物として在るような。そんな圧倒的な存在感を発しながら、全身を黒一色に染めたカゲリは、なんてことのない口調で言い放った。
「奴らを殲滅する。逃がさず『次』を与えない事こそが肝要だ」
 彼は肯定者。ただ思う事は従魔の鏖殺。
 敵と定めた総てを焼き祓う、彼こそはナラカ曰く――『燼滅の王』であるが故に。
『……それでこそ』
 見守る者はわずかに口元を綻ばせる。
 彼女は意志と覚悟を愛している。それだけで、十分だった。

 静かなる夜の中。灌木の陰に潜んでいた茨稀(aa4720)の青い瞳に月の光が反射していた。
 その華奢な体躯はライヴスに包み込まれ、その存在を違和感なく雪の中に溶け込ませている。
『……どうした、奴らか?』
 隣で身を屈めていたファルク(aa4720hero001)が顔を上げる。
「……いえ。ただ、落ち着くな……と思いまして」
 茨稀にとって、あの孤独な月も静謐な雪景色も、好ましいものだった。雪原の厳しい寒さを差し引いてもなお、この景色は魅力的だ。
『おいおい。俺たちの役割、忘れたわけじゃねえだろ?』
「……当然、です」
 彼らの潜んでいる場所からは、村と森の間に横たわる雪原がおおよそ見渡せる。ここで監視をしていれば、異変をいち早く察知し、すぐにでも行動を起こせるだろうと判断したのだ。

 ――そして、それは正解だった。

 村から約三十メートルほど前方。なだらかに積もった雪の一部が、不自然に盛り上がり動き始めていた。
「――ファルクは合図を。俺は観察を続けます」
『おう』
 茨稀は即座に状況を判断。村の方角へ進み続ける狼の群れと思わしき敵影を注意深く観察する。
 一際大きい個体や、統率能力のありそうな個体が居たとすれば、それが恐らくは群れのボスだ。茨稀はそう踏んでいた。
 彼の纏う退廃的な雰囲気に、濃密な破滅の色が滲み始める。
「咎は断ち切ります」
 そんなパートナーをちらりと見て、ファルクは少し愉快そうに笑う。
『相変わらず、だな……。ただ……一人でぶっちぎるんじゃないぞ?』
「ファルクこそ、相変わらず、ですね……」

 ――合図は受け取った。

 瞬間。赤き魔女と黒き影を覆うように、ライヴスの光が放たれる。
 顕現したるは、究極の果て。歩み続ける誓約の化身。
 水平に構えられたAGC『メルカバ』は、この長距離にも関わらず、なんら問題なく目標を正確に捉えていた。
 闇夜を切り裂くような榴弾の着弾音と共に――戦闘は始まった。

●月下の遠吠え
 遠距離から突然の攻撃を受けた従魔たちは、最初こそ動揺していたものの、すぐに態勢を立て直し、東門へと殺到してきていた。
 真っ白な狼たちが牙を見せ、低く唸る。数十頭はいるだろうか。
「思った以上の美しさだな……」
 長く伸びた美しい白銀の髪を揺らしながら、葵との共鳴を果たしたアリスが群れの侵入を阻むように『弧月』を頭上高く翳した。刃に反射した淡い光が、夜闇に輝く。
「然し、残念ながらお前達の命は此処で終わり、だ」
 爆発的な俊敏さを発揮して、周囲の従魔たちを次々と切り裂く。
「……群るより一匹の方が優美だろう」
 続くように動いたのはカゲリだ。真紅の眼が、その隙を捉える。
「ナラカ」
 ――無論じゃ。
 漆黒の銃身を晒した『魔導銃50AE』から、ライヴスの込められた弾丸が連射され、従魔の身体が爆ぜる。
 情報によれば、あの狼は血を吸うことによってライヴスを吸収している。囲まれぬように一定の距離を取り、確実に仕留めていくべきだ。とはいえ……。
 ――ちと、数が多いのう。
 ナラカの愚痴に同調するようにカゲリの舌打ちが漏れた。
「援護するぞ。とにかく、数を減らす。……葵」
 ――御意。
 自然と並び立つように背中を合わせたカゲリとアリスに、数匹の従魔が一斉に飛びかかる。
 ほぼ同時、半数ほどの従魔が門や柵を飛び越えて、本来の狙いであった小屋の方へと駆け出していった。

 複数の遠吠え。疾走する足音と共に雪が舞う。
 それは逃走ではなく、獣としての本能。狩りの対象は慎重に見定められ、常に弱き者へと狙いを変えていくが必然。
 狩るのならば、虎よりも山羊。そう判断した狼たちは、今宵こそ吸い慣れた血を味わおうと駆けていた。
 だが――それは間違いだった。
「待ちくたびれたアル!」
 重心を深く落とし、滑るような足捌きで前に進み――打つ。
 たったそれだけのシンプルな動作で、淑華は勢い良く飛び込んでくる従魔を弾き飛ばした。崩拳と呼ばれる形意拳の型の一つだ。
 従魔が地面に叩きつけられる衝撃が届くと同時に、歌うような詠唱がその場に響く。
 呪術書『ガルドラボーク』を手にしたイングリの呪歌。神秘的な調べが、破壊の輪郭を描きながら従魔たちの動きを鈍らせる。
「今です!」
 魔女が叫ぶ。頭上には、またも魔女。
 そして彼女は――魔女らしく飛んだ。
 ただし、月を背景に宙を滑空するその両手に握られていたのは、杖ではなく二挺拳銃――『愚か者』の名を冠した、鋼の理。
 炸裂。炸裂。炸裂。
 目にも留まらぬ早撃ちで従魔たちを撃滅していく。
「不要東張西望(余所見するなよ)」
 重い打撃音。畳み掛けるように淑華の激しい拳撃が繰り出される。
 反撃を試みる従魔を紙一重で躱しながら、淑華はにやりと笑う。
 もっと。もっとだ。死に物狂いの死闘。それこそが自分の望み。
「なんか少し可哀想になってきたけど……山羊たちは絶対に守ってみせるわ! 貴重な家畜を奪われる身にもなりなさいよね、まったく!」
 イングリの切実な叫びに呼応するように、家畜小屋を守る戦闘はますます激しさを増していく。

●輝きし道
 一方、門前の戦いは膠着状態になりかけていた。
 カゲリたちと対峙していた従魔の群れが、更に少数の群れへと幾つにも分かれ、距離を取りながら機を伺い始めたのだ。
「面倒だな……」
 ――ふぅむ。まとめて焼き払いたいものじゃが。
 そんなナラカの言葉に、カゲリは一振りの剣を取り出した。
 形状は細身の両刃、鍔は愚か装飾もなく見目としては酷く簡素。だが、その刀身に纏った黒焔の禍々しさは、まさに『魔刃』の名に相応しい。
 そんなカゲリの意図を察して、先程から従魔たちを一匹ずつ着実に仕留めていた茨稀が近づいてきた。その瞳は妖しく金色に光っている。
「カゲリ、アリス。あっちの奥にいる、少し身体の大きい個体が見えるか」
「……あぁ」
「さっき確信したんだがな、あれがきっと群れのボスだ。さっさと潰しちまおう」
 茨稀は戦いの最中でも常に観察を怠らず、この群れを統率している存在を探し続けていた。
 そして、群れの動きにある一定のパターンを見つけ出し、他の狼たちに指示を出しているボスの特定に至ったのだった。
「いいだろう。露払いは任せろ」
 カゲリが『奈落の焔刃』を振り上げる。
「……」
 無言のまま、アリスも弧月を構えた。
 場の雰囲気が変わったことに気付いたのか、従魔たちが一斉に唸り声を上げる。
 一瞬の睨み合い。
「――滅せよ」
 放たれた黒焔。それは浄化の神焔。
 身を焦がされる従魔たち。魔刃によって、その道は拓かれた。
 刹那、茨稀が飛び出した。その鋭敏な動きは、さながら黒豹だ。
 低い体勢のまま、手に携えた金色の太刀『如来荒神』を袈裟懸けに振り下ろす。従魔の鮮血が散る。
 続くようにアリスが斬りかかり、群れの連携に明らかな綻びが生まれた。
 ――好機。そう思った次の瞬間、アリスの目前には牙が迫っていた。
 他の狼よりも、やや大きな体躯。ボスに相応しい力を持ったその従魔がアリスに組み付いて――あっさりと、振り払われる。
 雪原に舞う、鮮やかな振り袖。その流麗な光景はまるで演舞のようだった。
 すかさず、太刀の切っ先が連続して振り払われる。
 それも同時に。分身した二人の茨稀が――別の方向から、である。
『キャウンッ!』
 犬のような甲高い悲鳴。困惑するボスは状況を理解する間もなく――それを見た。
「散る様は美しく、だ」
 アリスが高らかに掲げた弧月の輝き。集約されていくライヴスの光は、もはや月の輝きすらをも呑み込まんとしていた。

 ――斬。一閃。ボスの身体が無残に散った。

●守るべきもの
 まるで波状攻撃のように、数匹の従魔が四方八方から飛びかかる。
 淑華はその動きを超人的な反射神経で捉えながらも、効果的な反撃を与えられずにいた。
「あーもう、うっとうしいアルね。男ならタイマンで来るヨロシ」
 狼相手にそんなことを言っても無駄なのだが、つい不満が口をつく。
 イングリは呪歌攻撃から、銀の魔弾による散発的な攻撃に切り替えていた。ライヴスによって形成された弾丸は効果覿面だったようで、従魔たちは目に見えてイングリを恐れている。
 そんな風に奮闘する二人を援護しながら、戦況を俯瞰的に見ていた辺是は、この高度な連携を統率している存在に気付いていた。
 通信によれば門前の方にいる群れにもボスがいたようだが、この状況を見る限り、どうやらこちらの群れにもボスがいるようだ。
 そう、この従魔たちの群れ。そのボスは、きっと二体いる。
「二人とも……一旦、下がってください!」
「どうしたの?」
「このままではキリがありませんし……群れを瓦解させましょう」
 辺是は二人にボスと思わしき存在の位置を伝えた。それから、素早い動きで小屋を背にするように退避する。
「呉さんとイングリさんで手前の群れを派手に蹴散らしてもらえますか?」
「それはいいけど。どうするつもり?」
 辺是は『メルカバ』を取り出して、穏やかに微笑んだ。
「足を狙ってみます。動きさえ止まれば、それで十分ですから」
 淑華はうなずいて、幻想蝶から取り出した長槍『隼風』を構えた。中距離戦ならば、こちらに分がある。
 小屋の入口を包囲する従魔の群れ。不気味に光る大量の金色の眼が三人を静かに見据え――動く。
 その動きを見越して先に飛び出していたのは、淑華だ。
 地面に這いつくばるような姿勢から、従魔が一気に跳躍する。
 突き出した槍の穂先をかすめ、一匹の従魔が淑華にその牙を突き立てる寸前――
「――太天真了(甘いね)」
 ザクリ。従魔の頭部に鋭利な刃先が突き刺さる。
 頭上には無数の刀剣。無の空間から生み出された大量の刃物が、従魔たちにスコールのように降り注ぐ。
「不浄なる者……忌まわしき者――呪われし霊の風に乗れ!」
 それは黒本に記されし、呪いの言霊。呼び起こすは、災いの風。
 周囲に積もった雪を吹き飛ばしながら、その風は従魔たちを包み込み、肌の表面を腐食していく。
 ジャキリ。重々しい金属音。
 薙ぎ払われた群れの中心で狼狽える大きな個体。その脚部に狙いを定めた『メルカバ』の銃口が――火を吹いた。
 風を切る音。次の瞬間、榴弾が爆発する。完璧な狙撃だった。
『ウォオオンッ』
 咆哮にも似た悲鳴を上げる従魔たち。爆発に巻き込まれた数匹の従魔が吹き飛ばされて動かなくなる。
 拓かれた道。直撃を受け、よろめいたボスの姿が見えた。
 ――それは、十分すぎるほどの隙だった。
「淑華さん!」
 空気を切り裂いて、淑華がボスの正面へと飛び込んでいく。
 それに反応して、ボスが態勢を立て直す。牙を震わせる。それが群れの統率者である所以か、その闘志はまだ失われていない。
「槍は兵器の王、真っ向勝負アル!」
 ボスが一瞬だけ身を屈め、最後の力で跳躍する。
 淑華の槍がまっすぐに突き出された。

 ――肉を貫く音。

 ボスの腹部に、深々と槍が突き刺さっていた。

 ――勝負は、決したのだ。

●真実の価値
 一夜明けて。身を凍らせる冷たい風は、柔らかく穏やかなものへと変わっていた。
 抜けるような青空の下、住民たちが慌ただしく修繕作業に勤しむ音が村中に響いていた。
「……ロロ……」
『えぇ、ちょっとやりすぎましたね』
 榴弾で破損した小屋の修繕作業を手伝いながら、構築の魔女は苦笑した。辺是もまったく感情の読めない顔ながら、黙々と作業を手伝っている。
「大丈夫よ、これくらいなら。それに家畜たちも守れたんだし、問題ないでしょ」
 イングリはやはり慣れた様子でせっせと村人たちに手を貸している。
「……被害が最小限で済んだのも、よかったですけど。狼の群れをあっさりと全滅させられたのは大きいですね」
 群れのボスを失った狼たちは途端に統制を失い、散り散りになるまでもなく、リンカーたちに討伐されたのだ。どこか別の村が襲われるようなことも、これでなくなったと言えるだろう。
『手応えなさすぎっつーか、ほんと数だけだったな』
 飄々とそんなことを言うファルクに、茨稀が嗜めるような視線をやる。
「これ以上、何も失われないことが……一番です」
『……まぁな』
 そんな神妙な二人の背後で、淑華がぶつぶつ言いながら暴れまわっていた。
「もっとタイマンしたかったアルなぁ。やっぱり勝負はタイマンに限るアル。タイマンタイマン、タイマンアル」
 その近くで腰掛けていたカゲリは微妙な表情でそれを見ていた。
「……おい。さっきから、こっちに雪が飛び散ってるんだが」
 言いながらも見事に回避しているので被害はゼロだ。
 ナラカが愉快そうに笑みをこぼす。
『良いではないか、カゲリ。なんなら雪合戦でもするかの?』
「お断りだ」

 そんな平和なリンカーたちから少し離れた場所に、数人の子どもが集まっていた。輪の中心にいたのは、エリナだ。
「……何よ、まだ文句でもあるわけ?」
 あくまで強気な態度を見せるエリナ。だがその内心は不安でいっぱいだった。
 狼たちは居なくなった。凄い人たちがやっつけてくれたのだ。
 それでも何も変わらないかもしれない。もしかすると、また――
「ご、ごめん、エリナ。……俺たちが悪かった」
 だからこそ、そんな素直な謝罪の言葉が信じられなかった。
「え、え?」
「ほんとにエリナの言ってた狼がいるなんて思わなかったんだ。でも、昨日の夜……窓からこっそり見てて……」
 どうやら悪ガキ共はリンカーたちの戦いを見ていて、すべては真実だったのだと知ったらしい。
「あのあと、色んな人たちにすげえ怒られたし……さっきもすっげえ怖い姉ちゃんに睨まれたし……」
 そして、子どもたちはひたすらエリナに謝ってから去っていった。
 当のエリナ本人は、なんだかまだ混乱していた。あいつらがあんなに素直に謝ってくるなんて思ってもみなかったのだ。
 そんなエリナに近づいてきたのは――アリスと葵だった。
 アリスはじっと小さなエリナを見下ろしている。ともすれば睨みつけているようにも見えるだろう。
「……な、なんですか?」
 氷のように冷たい雰囲気を放つアリス。透き通った青い瞳が、何の感情にも揺らがぬまま、エリナを見据えている。
「あ、あの……」
 たまらず声を発したエリナに、アリスは呟いた。
「お前は嘘吐きではない」
 そして、言うだけ言って、静かにその場を去っていった。
 葵は柔らかく微笑み、エリナの頭を優しく撫でて、その後に続いた。
「……」
 なんだかよくわからないエリナだったが、少しづつその言葉を噛みしめるにつれて、胸の奥に温かい気持ちが湧いてくることに気付いた。
「エリナ、良かったな」
「……兄さん」
 こっそりと一部始終を見ていたマルクが笑う。
「どんなところにも、信じてくれる人がいる。それは、やっぱり……嬉しいことだよな」
「うん、そうね。……でも」
 エリナは爪先立ちになり、そっとマルクの耳に囁いた。
「――私ね、兄さんに信じてもらえたことが、いちばん嬉しかったから」
 そう言って、久々にエリナは心の底からの笑顔を浮かべた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
  • クールビューティ
    アリスaa4688

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 武芸者
    呉 淑華aa4437
    機械|18才|女性|回避



  • クールビューティ
    アリスaa4688
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