本部

未知なる味を異界に求めて

ゆあー

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~10人
英雄
7人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/12 15:20

掲示板

オープニング

●おお、鶏達の王よ。母なる卵鶏よ。
 その日も老人は一日の仕事を終え、縁側で一人晩酌を楽しんでいた。
 牧場や農地の他には雑木林が広がるばかりでこれといった娯楽も無い田舎だが、自家製の鶏ハムと月夜を肴に飲む酒はなかなかどうして旨い。
 一献、また一献。そうして老人がささやかな楽しみを満喫していたその時だ。大気を震わすような、この世のものとは思えぬ恐ろしい雄叫びが聞こえたのは。
「……!?」
 60年来の生命の危機を敏感に感じ取った老人は本能的に縁側の下へと潜り込み、雑木林の先の暗闇へと目を凝らした。断続的に続く雄叫びに悲鳴をあげかけ、老人は何とか堪える。
 おぼろげな月明かりの下、番いの鶏が月に向かって雄叫びをあげている。……そう、鶏だ。だがその大きさが尋常ではない。周囲に立つブナの木と比較するに小さく見積もってもヒグマ並だ。
「コケーッ!! ココココココ」
 堂々たるトサカを持つ雄鶏が喉肉を震わせる度に老人は心臓を鷲掴みにされるような不安を覚え、必死に耳を塞いで耐えた。
「コッコッコ……ゴボーッ!!」
 恐るべき雄鶏の傍らに立っていた一回り小さな雌鶏が、突然極端な前傾姿勢を取り、その口から稲妻の如く卵を吐き出す。卵が命中したブナの木が、爆発四散した。
「ひいいい……」
 縁側の下で震える老人に気付く素振りも無く、雄鶏は木々を足場に蹴倒し跳びはねながら、雌鶏は口から吐き出す卵で木々を粉砕しながら、嵐の如く夜闇に消えた。

●A Chicken in the Kitchen is making the sound
「あんた正気か?」
「私は至って本気だよ」
 情報提供者である小太りの紳士の言葉に頭痛を覚え、中年事務員はこめかみを指で押さえた。
「なに、言ってしまえば単純な従魔の討伐だ。そちらにとっても協力する事にデメリットはあるまい? むしろメリットしかないな。そうだろう?」
 大仰な身振り手振りを交え、小太りの紳士が言葉を続ける。一方の中年事務員はもううんざりといった表情だ。
「で、首尾良く討伐したその従魔をどうするって?」
「美味しく調理して食べる」
 顔色も変えずにそう言ってのけた紳士に、中年事務員はいよいよ頭を抱えて唸った。
 小太りの紳士改め、カーネル・マルク40歳。職業は料理人にしてフリーランスの能力者。
 どういった情報網を持つのか、H.O.P.Eにたびたび従魔の情報を持ち込んではこのような形で協力を求めてくる、かなり困った分類に入る人間だ。
 元より能力者は色々とおかし――もとい、一風変わった人種が多いのだが。
「この従魔……家畜を依代にしてるのかと思ってたが、もう独立しちまってるんだな。デクリオ級か」
「その通りだ。これ以上成長してしまえば面倒な事になるだろうね」
 プリセンサーからもたらされた裏付け情報に訳知り顔で頷くカーネルに対して、中年事務員の表情はあくまでも渋い。
「……カーネルさんよ。一応聞くが、従魔の死骸を利用して一儲けとか考えてねぇだろうな?」
「無論、これは営利目的などとは無縁の純然たる私の趣味だ。ライフワークと言っても良いな……だから安心してほしい」
 今の言葉のどの辺りに安心出来る要素があったのだろうか? 中年の事務員は椅子にもたれて天井を仰いだ。思考の整理が必要なのだ。
 ――従魔の性質上、討伐に時間をかけてはいられない。討伐にサポートを得られるなら、討伐に当たるエージェント達にとっても好ましい事ではないか?
 腹立たしい事だが、カーネルはこれでもプロフェッショナルだ。少なくともエージェントの足を引っ張る事はしないだろう。
「……今から有志を募るから、従魔の死骸についてはそっちで相談して好きにしてくれ」
「素晴らしい! 君達H.O.P.E.こそ、まさしく『創造の20年』に培われたフロンティア・スピリッツの体現者だ!」
 興奮を抑えきれない様子でウキウキと準備を始めるカーネルを横目に、中年事務員が溜め息をつく。
「ったく……にしても、エラい大荷物だな」
「調理器具一式と油、付け合わせの食材に調味料や各種スパイスの類が入っている。なに、料理人の嗜みさ」
 果たして討伐にサポートを得られるのだろうか?
 中年の事務員はこの依頼を引き受けてくれる物好きな……あるいはお人好しなエージェントが現れてくれる事を祈った。

解説

●雄鶏の従魔……デクリオ級従魔。立ち上がったヒグマ並にデカい。鋭い嘴と蹴爪を持ち、強靭な脚力で雑木林を縦横無尽に跳ね回る。
 その雄叫びは特殊抵抗力による対抗判定に失敗した者へバッドステータス『衝撃-30』を与える。
●雌鶏の従魔……デクリオ級従魔。トサカが無く、雄鶏より一回り小さい。雄鶏に対して機動力に劣るものの体内に特殊な卵袋を備えており、
 極端な前傾姿勢から吐き出されるボーリング玉ほどの卵はブナの木を粉砕する威力を持つ。
●カーネル……ジャックポットの英雄を相棒に持つフリーランスのリンカー。特に指示が無ければブナの木に隠れて援護射撃に徹する。
 食材を色々と持ち込んでおり、欲しいと言えば快く分けてくれる。

●雑木林……ブナの木が立ち並ぶ未開発の土地。従魔による破壊の爪痕がそこかしこに残されている。
●周辺住民……既に避難が完了しており、二次被害発生の危険は無い。また、一部の農地で作物が荒らされているとのこと。

リプレイ

●類は友を呼ぶか
「愚神のスパイス……実に、実に興味深いね、ミスター・キクジロー。現物を手に出来ないのが残念で仕方がないよ」
「本部からの許可さえ下りていれば……!」
 感嘆とともに頷くカーネルに、石井 菊次郎(aa0866)がなにやら悔しげに歯噛みする。
 最近愚神・従魔と料理の関係について目覚めちゃった感がある彼は、現場への道すがら熱心にカーネルとの議論をたたかわせているのだ。
「ワザと取り憑かせて養殖しようとか言い出しかねんなこ奴等」
 その遣り取りを半目で眺めるのは、彼と誓約を交わしたテミス(aa0866hero001)である。
 彼女の危惧していた左道に寄るどころか、そのまま落ちていきかねない勢いのパートナーを見れば苦言をこぼすのも致し方あるまい。
「はは。私はそこまで傲慢ではないよ、ミス・テミス。我々が愚神や従魔に抗う事と同じように、食べられるために存在する命など無いのだから」
「その通りだ。それに……当然の事だが鶏はのびのびと育ったものの方が美味い」
 菊次郎が熱く語る愚神スパイス話にいつのまにか混ざっていた鶏冠井 玉子(aa0798)が言葉を引き継ぐ。
 養殖の是非はともかく、冒険家でもある彼女とそのパートナーのオーロックス(aa0798hero001)にとっては獲物を自らの手で捕らえ、仕留める事も重要なファクターだ。
 鶏冠井の隣に佇むオーロックスは一言たりとも言葉を発さないが、サングラスに隠れた両目にはハンターとしての闘志が静かに燃えている。
「従魔タンドリーチキンとフライド従魔チキン、最初に試すならどちらと考えますか?」
「ふむ……それは高度に形而上学的な問題だ。ミス・カイデ、ミスター・オーロックス。君達の意見を聞かせてほしい」
「揚げ物か。悪くないが、やはりここは鍋……そう、鳥鍋をチョイスしたいな」
「……」
「なんと! そこまで考えて居たとは……世の中は広いと痛感しました」
 色々な意味で引き気味のテミスを置いてけぼりにして議論と談笑が続く。オーロックスは無言のままだが菊次郎達には問題無く伝わっているのだろう。多分。
「こ奴等はなんなんだ……」
 食の奥深さに目覚めたどころか、第三の目を開いてしまったとしか思えない者達ばかりだ。テミスは今、己がアウェー空間に放り込まれたのだと気付いた。

「愚神を食べられる滅多にない機会だ! これに参加しない手はない!」
 谷崎 祐二(aa1192)がウキウキしながらハンズフリー通話に備えてイヤホンを耳に着ける。
 耳を塞ぎ、なおかつ仲間との会話可能な状態。超常の効果を発揮する従魔の雄叫びに対してどこまで有効かは保証しかねるものの、やらないよりは良いに決まっていた。
「愚神ゆうか、チキン喰い放題なんやろ? そりゃ、いかなあかん」
 そんな祐二に同調するのは彼の相棒の猫……とは似ても似つかない、どことなくジャコウネコを思わす怪生物、スケジロー(aa1493hero001)である。
 祐二の相棒である猫はこんな風に喋らない。少なくとも祐二はそう思っている。
「スケジロー、困ってる人助けるカラだからね」
 自分の用意したヘッドフォンを装着しながら、シャンタル レスキュール(aa1493)がスケジローへと釘を刺す。
 シャンタルの言う通り依頼の目的はあくまで従魔の排除なのだが、食べる事を目的に集まった者達の方が多いという恐ろしい事実がある。

「今日の獲物も大物だな、ガキ共への土産も期待できそうだ……見ろ。この荒らされっぷり」
 あらゆるものを受け入れるがモットーの麻生 遊夜(aa0452)もまた、従魔食に難なく順応した内の一人である。
 常にダンディでワイルドなナイスミドルであろうとする彼だが、些かワイルドに傾き過ぎているのではないだろうか? そのような疑問を抱く者は、この場に居ない。
「好みの作物を……と思ったが、まんべんなく食い荒らされてるな。好き嫌いの心配は無さそうだぜ」
「……ん、狩りの時間」
 屈み込んで荒らされた作物の検分をする遊夜に、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)も上機嫌で頷き返す。
 言葉こそ短いものの、ふさふさの尻尾を揺らす彼女の黒い眼はある種の狩猟欲求に爛々と輝いていた。
「……肉の塊だった前回に比べれば、今回はまだ真面な方だな」
 つい先日こなした依頼を思い返しながら御神 恭也(aa0127)が呟く。
「あれ。恭也、鶏肉の方が好きだったんだ?」
「違う……そういう意味じゃない」
 意外そうな伊邪那美(aa0127hero001)のどこかズレた言葉に、恭也が少し脱力した。
 牛肉と鶏肉、加工肉と生肉程度の違いだが、この違いは大事にしていきたいものである。
「大きい鶏肉が食べられるって聴いてきたのに詐欺ねっ」
 わざとらしい嘘泣きをしながら嘆く木霊・C・リュカ(aa0068)を程よくスルーしながらも先導し、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が仲間の電話番号を確かめる。
 英雄の身には必要が無い事であるとして、普段から食事の習慣が無いオリヴィエ。
 リュカがこの仕事に赴いたのは、そんな彼に食べる事の楽しさを教えてやりたいという想いが故だ。
「餌を設置すれば誘き出せるか……」
 そんなリュカの想いに気付く素振りもなく、オリヴィエは鶏冠井達と設置場所を相談しながら淡々と撒き餌の準備を進める。

「……愚神って、食べれるのかしら? ……食べてみたい?」
 少し距離を置いて一同に続く言峰 estrela(aa0526)が己に寄り添う英雄へと問いかけた。
「レーラ……今回の敵は従魔だ」
 言葉のあやのようなものをキュベレー(aa0526hero001)が指摘して訂正する。が、問いかけそのものに対しては答えない。
「あっ、そうだっけ。……で、きゅうべーは食べてみたい?」
「……」
「食べてみたい?」
 再三の問いかけにキュベレーがいよいよ渋い表情を見せる。敵は全て殺すものと考えているキュベレーにとって、その敵を食べるなど控え目に表現して沙汰の外なのだろう。
 ひたすら無言の拒否を貫くキュベレーだが気の毒な事に言峰の目標は既に固まっていた。言峰の目標、それすなわち――鶏を倒して食べる!
 彼女はもう既にポイント・オブ・ノーリターンへと踏み込んでいたのだ。

●撒き餌に鶏
 従魔と愚神の違いは色々あるが、その最たるものが知性と自我の有無である。
 例えば作物を荒らしてライヴスを得る、目の前に立つ生物を殺してライヴスを奪う……備えた能力に差こそあれ、上位存在の支配下に無い従魔が取り得る行動パターンは往々にして単純だ。
 それが罠だと見破る知性など持ち合わせず、二体の従魔はオリヴィエと鶏冠井、祐二の仕掛けた餌にまんまと誘き出されてきた。従魔の機動力を考えるならば、追跡戦を挑むよりも誘き出す方が理に叶っていると言えるだろう。
「来た……。成る程、大きい、な」
 樹上に身を潜めたオリヴィエ……あるいはリュカが小さく呟く。彼の体はリュカのそれを思わす白に染まり、その瞳は金木犀の様な赤金色へと変化している。彼は既に、オリヴィエでありリュカだ。
 リュカは構えたオートマチックを雌鶏へと向けた。奇襲のタイミングはハンズフリー通話を通して合わせられる。
 ブナの木陰に隠れた遊夜とカーネルがリュカのストライクに呼応して雌鶏へと射撃を行い、恭也が祐二の大鎌による攻撃に合わせて側面からヘヴィアタックを叩き込んだ。
 今なら確実に当てられると踏んだ言峰が雄鶏へとブラッディランスを投擲し、別の樹上に潜んでいた鶏冠井がパルチザンを掲げて飛び掛かる!
「ヤってキマシタブレイドムスク――ウわワっ!?」
 シャンタルがどこか気の抜ける名乗りを上げながら一撃を加えた直後、とどめとばかりに放たれた超常の爆炎が二体の従魔を包んだ。
「……焼き尽くして骨も残らん様にした方が良いか? 真剣に悩む」
 アウェー空間を根に持っていたのか否か、菊次郎と共鳴状態のテミスが低い声で漏らしたのと同時。
 ブルームフレアの爆炎の中から、炎上する翼をはためかせて二体の番いが跳ね出でリンカー達を睨んだ。
「なかなかどうしていい面構えをしている。……それに、活きも良いな。中々に期待できる食材と言える」
 絶好の獲物を前にしたオーロックスの昂りを感じながら、鶏冠井が巨大な雄鶏と対峙する。
「ココ……コケーーーッ!!」
 言峰のブラッディランスと鶏冠井のパルチザンで喉肉を深く抉られ出血しながらなお響く、恐るべき雄叫びが戦闘開始を告げる合図となった。

●鶏達の最後
「……あとドウシヨウ」
「あいつらの距離を引きはがすんだっ」
 黒髪赤目へと変化した祐二が誰よりも早く雌鶏へと駆け出し、シャンタルがやや遅れて雄鶏へと武器を構える。デクリオ級の従魔二体に連携を取られれば厄介な事になると考えたエージェント達は、攻撃対象をあらかじめ分担、戦闘中に誘導する事で雌雄の連携を封じにかかったのだ。
 そしてその選択は、この戦闘において極めて正しい。
「ちょこまかと……ッ」
 樹上にて雄鶏の動きを観察しながら、その目を狙ってテルプシコラを投擲した言峰が苛立たしげに舌打ちした。
 反応速度に優れる雄鶏の眼球を狙い撃つ事は、キュベレーの力を借りてもなお困難を極める。
「速い……が、俺の目から逃れられると思うなよ?」
 しかし、言峰の短剣を跳ねるように回避して着地した雄鶏のモモを、ブナの木に隠れた遊夜の狙撃が捉えた。
 脚力が脅威となるならば、そこを潰せば良い。無論その一発で潰れる程やわな脚ではないが、狙撃を受けた雄鶏が一瞬ぐらりとバランスを崩す。
「今だ!」
 鶏冠井とシャンタルが得物を手に、雄鶏を一気呵成に攻め立てる。蹴爪による反撃が彼女らの肉を裂くが、怯む事無く槍を突き立て鎌で切り裂く。
 地道な事前対策の賜物か、それとも鶏冠井の奇襲が喉首を抉っていた事が功を奏したか、雄鶏の雄叫びがもたらす衝撃は半減されている。奇襲で得たアドバンテージをそのままに、鶏冠井達は一気に決着を付けるべく力を振り絞った。

「恭也、駄目だよ! そんなに斬り付けたら食べる所が無くなっちゃうよ」
 行動を読ませぬよう無感情に雌鶏へ斬りかかる恭也の頭に、伊邪那美の場違いな悲鳴が響く。一周回って頼もしさすら感じさせる辺り、伊達に神の一柱を名乗っているワケではないという事かもしれない。
「……!」
 最初の奇襲で小さくないダメージを負った雌鶏の動きは、祐二と恭也の二人を近接戦闘で相手取るにはやや鈍い。加えてカーネルが執拗な援護射撃を加え続けているのだ。
 嘴による反撃を受けながらも、恭也の無骨な大剣による重い一撃が雌鶏の身体を斬り飛ばす。――その直後、血まみれで跳ね起きた雌鶏がバックステップと共に極端な前傾姿勢を取った。
「来るッ」
 ハンズフリー通話を通してリュカの警句が全員に行き渡る。雌鶏が狙うその射線上には、番いの雄鶏と戦う仲間の背があった。
「コッコッコ……ゴボーッ!!」
 雌鶏が卵を吐き出す異音、銃声、爆音とが同時に響く。
 射線上に立っていた仲間に怪我は無い。代わりに、首から上を失った雌鶏が血の噴水をあげながら倒れ伏した。
「はは、君たちはずいぶん無茶な事をするね。ミスター・キクジロー、ミスター・リュカ」
 雌鶏が前傾姿勢を取るその瞬間を待ち続けていたリュカと菊次郎は卵が発射されるその瞬間、咥内の卵へと攻撃を加えたのだ。
 転がり落ちた母なる卵鶏の生首が最期に見たものは、硝煙を漂わせるリュカのオートマチックと逆光の中で十字に輝く菊次郎の瞳孔であった。

「しぶといわでか過ぎるわで……食欲失せてきたわ」
 ブレイドムスクと化したシャンタルが、スケジローのうんざりとした声を聞きながら雄鶏と切り結ぶ。
 既に均衡は破られ、雄鶏の動きは明らかに精彩を欠いている。ダメージの蓄積が大きいのだ。
「クク、どうした? 足が止まっているぞ?」
 機先を制した言峰の短剣が今度こそ眼球を掠め、雄叫びをあげようとした雄鶏の視界を奪った。
 好機を逃さず裂帛の気迫とあらん限りの力を込め、鶏冠井が槍の穂先で雄鶏の喉首を再び抉る。
「さようなら、良い旅を」
 身も凍る雄叫びではなく、遊夜のライフルから放たれた銃声が響く。
 脳天を撃ち抜かれた鶏の王がゆっくりと倒れ伏す。油断の無い警戒と沈黙が暫し続き――勝利を確信したエージェント達が顔を見合わせ快哉を叫んだ。

●リンカークッキングシヨウ
「ねえ恭也。なんで態々お湯に鶏を入れたの?」
「羽を毟り取り易くする為だ。湯通しをしないと身がボロボロになる可能性があるからな」
 小首を傾げて問う伊邪那美に、茹で上げられた鶏の羽を黙々と毟りながら恭也が答える。
「これが鶏肉なのか?」
 羽を毟るのを手伝いながら、今度はオリヴィエが疑問符を浮かべた。サイズは色々とおかしいものの、その姿形は鶏のそれから逸脱していない。
 スーパーや生鮮食品店で加工済みの鶏肉を見たり食べたりする機会こそあれ、それが生きていた姿を見た事が無いオリヴィエは新鮮な驚きを見出したようだ。
「さて、解体作業だが……体の大きい雄鶏はミスター・キョウヤ達に任せようか。雌鶏はミスター・オリヴィエと私がやろう」
 カーネルはそう言うと、荷物からヒヨコ柄のエプロンを取り出してオリヴィエ達に着用を促した。
 オリヴィエがぶっきらぼうにカーネルへと頭を下げる。リュカが混ざらないのは血抜きの際、臭いで早々にダウンしてしまったためだ。
「遠慮無く、心行くまで捌きたまえ。この鶏は此処に居る皆と、他ならぬ君とで勝ち得た獲物なのだから。……ちなみに、その筋は硬いから気を付けるのだよ」
「……あ、あぁ……」
 カーネルの言葉に無愛想に頷きながら雌鶏の解体に四苦八苦するオリヴィエ。何時の間にか起き上がっていたリュカが、その様子を見えない目で微笑ましげに見守っていた。
「恭也、解体なんてできるの? お料理は?」
「出来ない訳では無いが、自慢できる程でもないな」
 そんな中カーネルの言葉を受けて伊邪那美がまた首を傾げ、エプロンをかっちりと身に着けた恭也が答える。
「やっぱり鶏肉が好きだった?」
「違う……そういう意味じゃない」
 肉の好みが知りたいのか、人ならぬ神ぞ知る深淵な理由からか。何度も尋ねてくる伊邪那美に少し脱力しながら、黙々と雄鶏を捌く恭也だった。

「ガッツリ作るぜ!」
 従魔の討伐にあたって周辺住民の避難は既に済んでいる。すなわち誰はばかる必要も無く調理器具を広げる事が出来るという事だ。
 上機嫌で手羽元と手羽先の甘辛ダレを焼き上げる遊夜だが、そこでふと視線を感じて顔を上げる。
「……ん!」
 ふさふさの尻尾をぶんぶんと揺らして物欲しげな視線を送るユフォアリーヤ。もも肉やせせりの照り焼きをご所望なのだと遊夜は察し、手早く調理にとりかかる。
 作ってる間の口寂しさを紛らわすため、さっと湯通しした鶏刺しを差し出す辺りが手馴れている。既に慣れっこといった所か。
「……ん、あーん♪」
 ユフォアリーヤが口を大きく開けて見せる。……この要求に応じねば己が齧られる事も、遊夜は経験則で知っているのだ。
「トサカでけぇ」
 スキンシップ過多気味のユフォアリーヤ達の隣。持参した小型燻製器で鶏肉を燻しながら、祐二は水洗いしたトサカをまな板に載せて唸っていた。
 料理本の影響を受けてチップから拘った燻製器内では、遊夜から頼まれたジャーキーも並行して燻し中である。
 とりあえずトサカを刺身にして齧ってみる。独特の食感と野性味、クセがあるものの酒が欲しくなる味わいだ。
 半分を刺身にして皿に盛り、もう半分は串に刺して直火で炙る。コラーゲン質がパチパチと小気味良い音を立てて弾け、食欲を煽った。

「急に料理を覚えたいなんて、どういう心境の変化だ?」
 カーネルと鶏冠井の指示を受けて食材を刻む伊邪那美に、今度は逆に恭也が尋ねる番だった。
「今回の一件で気が付いたんだよ。これから先も愚神との戦いは続くでしょ?」
 どことなく危なっかしい手付きでモモ肉を鍋用にスライスしながら伊邪那美が答える。
「戦った相手が食べられる存在なら、誰かに頼まないでも美味しく食せるようになるって」
「……そうか、動機はどうしようもない事だが料理は覚えて損はないからな」
 従魔を使役する愚神も、まさか自分の配下を料理されるなどとは思うまい。
 恭也は呆れながらも、伊邪那美が見せたある種の向上心を褒めておく事にした。
「鍋の材料はこんなもんでええんかな?」
「あぁ。あとは、ぼくに任せて休んでくれ」
「オネガいシマス」
 伊邪那美が刻んだ具材を運んできたスケジローとシャンタルの背を見送ってから、鶏冠井が真剣な目つきで大鍋に向き合った。
 鶏ガラと昆布から出汁を取り、逐一味を確かめて整える。過剰にならぬよう細心の注意を払いながら味付けを行うのは、優しく身体を包み込み、尚且つ胃にも優しい一品としたいという彼女の真摯な気持ちの表れであった。
 大鍋から芳しい香りを乗せた湯気がもうもうと溢れる。オーロックスはサングラスの曇りを拭う事もせず、珠の汗を浮かべて戦う鶏冠井を見守っていた。

「――やはり究極は胡椒、でしょう」
「ふむ、落ち着くべきところに落ち着いたという感じだね。……しかし日本のテリヤキソースも捨て難いものがあるよ、ミスター・キクジロー」
 アウトドアテーブルを挟んで談笑ついでに『鶏に合う調味料』について議論をたたかわせる菊次郎とカーネルを、テミスがうんざりとした目で見遣る。
「鶏鍋を手伝わなくて良いのか?」
「そちらはミス・カイデに任せる事にしたよ、彼女はプロフェッショナルだ。それに……この年になると他人の手料理が恋しくてね」
 テミスの指摘にカーネルは悪びれもせず肩を竦めて見せる。テミスはギリギリで舌打ちを堪えた。
「鶏鍋だって。きゅうべーも食べるよね?」
 特に調理を手伝うワケでは無いが、期待を膨らませながらテーブルで待つ言峰が傍らのキュベレーに問うた。
「レーラ……英雄は思念のみの存在。食事も睡眠も……」
 どこかで聞いたような台詞に、言峰がなまぬるい視線を送ったその時だ。
「ぼくたちは食べねばならない。今日も、明日も」
 茹だった大鍋を事もなげに運ぶオーロックスを従えて、鶏冠井が現れそう言った。
 示し合わせたかのように遊夜とユフォアリーヤ、祐二が料理を持ち寄って来る。
 テーブルから溢れそうなほどの鶏肉料理を囲んでエージェント達が顔を見合わせた。
「そういえば、日本にはこういう時のための言葉があったね。さぁ、みんなで声を合わせようじゃないか」
 カーネルがそう言って合掌して見せると、ある者は嬉々として、ある者は渋々と、あるいは憮然としながら、またある者は厳粛な面持ちで両の手を合わせた。
 いただきます。

「あー、やっぱこれ酒欲しくなるな。……セリーも食うか?」
「きゅうべー、食べるよね? ……ね?」
「レーラ……それを近づけるのはやめろ」
「こら大量食いせんとなあ。滅多に食えんで」
「ソンナに食べタラおなか壊しマスカラ……」
「ユーヤもあーんして……!」
「ちょっと待てリーヤ――熱ッ!?」
「また美味しそうな従魔を倒したら恭也にご馳走してあげるね」
「伊邪那美……普通の食材で頼む」
「うん。こうして外で食べる鍋は野趣に富み、また格別というものだ」
「……」
「此れだけ大きいと部位によっては大味になるかと思いましたが……」
「我はもう寝る。起こすなよ?」
「さて……今日の物語はどうだったかな?」
「……まぁ、悪くはなかった……かもな」

●開拓者達に祝福を
「今回の仕事は私にとって、とても素敵な体験だった。どうもありがとう」
 一夜が明け、H.O.P.E.本部にて。依頼を終えたエージェント達にカーネルはそうやって礼を述べた。
「君たちと出会えて良かった。また縁があれば会おう、勇気ある開拓者(パスファインダー)たちよ」
 小太りの紳士はそう言って踵を返し、振り返る事無くその場を後にした。
 カーネルの別れの言葉に対するエージェント達の反応は十人十色であったが、彼らにとってこの戦いが色々な意味で糧となった事は間違いない。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798
    人間|20才|女性|攻撃
  • 食の守護神
    オーロックスaa0798hero001
    英雄|36才|男性|ドレ
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • Foe
    谷崎 祐二aa1192
    人間|32才|男性|回避



  • 悲劇のヒロイン
    シャンタル レスキュールaa1493
    人間|16才|女性|防御
  • 八面六臂
    スケジローaa1493hero001
    英雄|59才|?|ブレ
前に戻る
ページトップへ戻る