本部

払うは煤か煩悩か

一 一

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~10人
英雄
3人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/25 18:25

掲示板

オープニング

●煤を払って煩悩爆発
 夜も明け切らぬ早朝。
 とある寺では僧侶たちがすでに起きだし、日々の修行をこなしていた。
「本日は煤払いの日ですね。御仏や仏具につもった煤を取り除き、新たな年へ穢れを持ち込まぬようにしましょう」
『はい』
 老年の住職による言葉を皮切りに、数十名程の僧侶たちが粛々と寺の掃除を開始した。
 この日は12月13日。日本の神社仏閣では『煤払い』が行われる日である。『煤払い』とは、1年でたまりにたまった汚れを落とし綺麗にすることで、その年の穢れや厄を落とそうという『大掃除』のこと。
 とはいえ、民家と比べると単純に大きい寺の煤払いはなかなかに重労働だ。ここも有名な寺ではないが、それでも数十名の僧が生活するくらいには広さがある。隅々まで行うのは相当時間がかかるだろう。
 僧たちは黙々と、布やはたきや箒を手に敷地内を掃除していく。数年前に傘寿を迎えた住職もまた、修行僧に混じって掃除を行っていた。

 昼頃になると檀家の人々も寺を訪れ、煤払いは順調に進んでいた。
「……ん?」
 寺の半分ほどの掃除が終わった後、1人の若い僧侶が首を傾げる。
「カビ……、か?」
 廊下の床を水拭きしていたとき、黒い斑点のような物が視界に入ってきたのだ。一見するとカビのようなそれは、しかし昨日までは確かになかった汚れ。不思議に思いつつも、僧侶は雑巾でカビをゴシゴシと強めにこすってみる。
「なかなか取れないな」
 しかし、いくら拭いても黒点は消えない。仕方なく、僧侶はカビに効果的な薬剤でも借りようと立ち上がった。
「…………ぁ?」
 瞬間、僧侶をめまいのような症状が襲い、立ちくらみを起こす。
「だ、大丈夫ですか?」
 近くで見ていた中年の僧侶が彼に近づき、心配の声をかけた。
「…………せぇ」
「は?」
「うっせぇんだよハゲ!」
「…………え?」
 すると、若い僧侶から返ってきたのは、予想外に汚い言葉。
「っつか、修行とかもうやってらんねぇわ! 毎日毎日クソみたいな飯食って、辛気くせぇ仏像の面見ながらクソ眠ぃお経を唱えて、むさ苦しい坊主頭に囲まれて! その上、女との出会いなんて檀家のババアくらいしかねぇしよぉ!」
 続く言葉に、中年僧侶ポカーン。
 無理もない。この若い僧侶、10代の頃は相当やんちゃだったようだが、今はとても大人しく勤勉な生活態度の好青年であり、他の僧侶からも慕われる人物だったからだ。
「清貧が美徳だかなんだかしらねぇが、どうせみんな最後は死ぬんだ! 1度きりの人生、やりたいことやって死ぬ方がいいだろ!」
「ちょ、ちょっと…………っ?」
 中年僧侶が我に返り、若い僧侶を止めようとしたところ、同じようなめまいに襲われる。
「……あぁ、そうだ! 自分がやりたいことして何が悪い!? ちょっと負けたくらいで家出て行きやがってあのクソ女! 酒もたばこもギャンブルもやめられるわけねぇだろうが! 俺は今日から、禁欲をやめるぞ!」
 そしてこちらもまた、一気に豹変。この中年僧侶は、諸事情で奥さんに逃げられたことをきっかけに出家したのだが、急にはっちゃけだした。
「何事ですか!?」
 異変を感じ、2人の元に僧侶たちが集まるも、事態が飲み込めず困惑を顔に浮かべる。住職が注意を促すが、おかしくなった僧侶たちは聞く耳を持たない。
「誰か、彼らを取り押さえてください! それと、檀家の方々にも避難するようお伝えして!」
『は、はい!』
 やむを得ず、住職は2人の拘束と檀家の避難を指示した。程なく、この異常により寺は一時封鎖され、警察からH.O.P.E.へと伝わることとなる。

●厄落としならぬ欲落とし
「えー、従魔の仕業と思われる事件が発生しました」
 職員によると、警察からは原因不明の無差別錯乱事件とされ、状況的に従魔や愚神に関連する事案である可能性が高い、と連絡が入ったらしい。
「えー、お寺の煤払いの最中に僧侶2名が騒ぎ出してから事件が発覚し、自主参加していた檀家の数名も被害に遭っているようです。現在は正気を保った僧侶や警察が押さえ込んでいるようですが、改善の兆しは見られないようですね」
 被害者は全部で10名ほど。それぞれ寺の掃除中に突然様子が一変したとのこと。
「えー、症状は共通していて、口々に自身の願望を叫んでいるようですね。一例を言いますと、肉が食いたい、酒が飲みたい、恋人が欲しい、結婚したい、金が欲しい、権力者になりたい、他には何も求めないから暴力を振るわない嫁が欲しい、アイドルにはまって子供の養育費に手を出した旦那マジ殺したいなど、実に様々です」
 なんか最後、切実なのと物騒なの入ってなかったか?
「気のせいです。えー、皆さんへの依頼は、彼らが変貌した原因を調査し、排除してもらうことになります。現状、関係者からは不審な人や動物などを目撃したという情報はないので、状況からして一目で怪しいとは判断できず、かつお寺全体に分布する『何か』に従魔が憑依し、人々をおかしくした可能性が高いですね」
 資料の中には寺の見取り図があり、いつどこで被害者が騒ぎ出したのかが記されていた。それを見ると、時間はともかく場所がバラバラ。被害者がおかしくなってから事件に気づいた点から見ても、職員の意見は的を射ている。
「えー、ちなみに、被害者の1人が奥さんに公開処刑されて意識不明、1人の男性がご近所から白い目を向けられて針のむしろという、二次被害も発生しています。皆さんなら大事にはならないでしょうが、一応注意してくださいね」
 こうして、結婚生活の厳しさを知ったエージェントたちは現場へ急行した。

解説

●目標
 集団錯乱の原因特定・排除

●登場(PL情報)
 カビ従魔…イマーゴ級。主に寺の建材や仏像などに付着し、ゆっくり増殖中。AGWで触れるだけで消滅するほど弱いが、あらゆる刺激を受けると特殊な菌を広範囲にぶちまけ、吸引した人の欲望を表へ引き出す。放出された菌は少量ながらライヴスを含んでおり、元のカビを消滅させてもしばらく効果は残る。
 欲望の内容によっては凶暴化し、攻撃的になる。一般人への影響は従魔消滅まで残り続け、エージェントへの影響は長くとも十数秒程度。共鳴中の英雄にも効果あり。豹変した時の記憶はばっちり残っているので、内容や発言によっては精神的ダメージが大きい。中には肉体的ダメージを負う者も。

●状況
 都内某所、都心から離れた地域にある寺。時刻は午後1時頃で、閑静な住宅街の中に立地。掃除は庭や墓地など半分ほどが終了し、仏像を安置する仏殿、説法を行う法堂、寺院内を繋ぐ回廊など、未着手である建物内部が主な調査箇所。現状、外から見た寺の門扉や塀などに異常はない。
 従魔被害から逃れた人々は寺の門前に集まり、被害者たちを拘束中(内1名が重傷・他1名が傷害の現行犯で逮捕)。被害者はそれぞれのしたいことや願望などが口からダダ漏れ状態。中には拘束を抜け出そうと暴れる者もいるが、間接接触による他者への影響は確認されていない。

リプレイ

●とりあえず避難誘導
 現場に到着したエージェントたちは、寺の前にできた人だかりを確認するとすぐに行動に出る。
「まずは一般人の避難と、敵の正体の確認からだな」
「人物や動物らしき姿はなかったということですから、注意深く探す必要がありそうですわね」
 被害拡大を防止するため、まず赤城 龍哉(aa0090)が寺の関係者や野次馬に避難を呼びかける。ヴァルトラウテ(aa0090hero001)も誘導しつつ、正体不明である敵の探索方法に意識を割いた。
「直接的被害は少ないが、間接的被害は大きくなりそうだな」
「……従魔よりも被害者さん達を先にどうかした方が良いんじゃないかな?」
 同じく避難誘導を手伝っていた御神 恭也(aa0127)と伊邪那美(aa0127hero001)は、一部の一般人へ視線を向けながらポツリと呟く。2人の視線の先には、やたら白い目を向けられる男性の姿が。なるほど、あれが養育費を使い込んだ父親なのだろう。
「……まあ、家族はいろいろ複雑ですから」
 共鳴状態のアセンナス・R・P(aa4788)は恭也たちの視線を追い、少し重めなため息をつく。実は彼女、エージェントとなり家族の稼ぎ頭になれたものの、同時に持つ高い家事能力が災いし家族の家事負担も増えたため、家庭環境が少しギスギスしているのだ。
 カザフスタンから日本に移り、カルチャーショックや気候差によるストレス解消も兼ねて参加したが、もしかしたらやぶ蛇だったかも?
「メインは従魔を含めたお寺のお掃除ですし、ご家庭の事情はひとまず後でいいんじゃないでしょうか?」
 同じく共鳴状態の藤林 栞(aa4548)は彼らを気にかけつつも、合理的な判断を下す。他人である自分たちが無理に介入すれば、余計にこじれることもあり得る。ならば、まずは自分たちの仕事に専念すべき、という意見だった。
「ハウスキーパーでも雇うべきだナ」
「まぁそう言うでない。掃除もたまには良いものじゃ」
 長袖パーカーと迷彩柄のBDUパンツに米軍ブーツという出で立ちの長田・E・勇太(aa4684)はあまり乗り気でない様子。反対に着物姿の碑鏡御前(aa4684hero001)はまんざらでもなさそうだ。
 勇太は退役軍人の女性に拾われ、人間として生きる基本・生存技術・銃火器の扱いを叩き込まれてきた。故に、勇太の中での常識は『軍人』の方へ傾き、効率を重視する傾向が強いようだ。対する碑鏡御前は、戦国時代の姫として生活していた記憶から、寺社仏閣に多少の縁があったのかもしれない。彼らの意欲の違いは、そうした意識の違いも一因なのだろう。
 その後、エージェントたちはまず従魔一掃で意見を一致させる。共鳴をすませた後、被害があった場所を重点的に探すことを決め、寺の敷地内に入って探索を開始した。

●各自見つけた黒いアイツ
 広い境内に散らばったエージェントたちは、それぞれ職員から受け取った見取り図を片手に、主に被害者がおかしくなった地点の周囲に怪しい点がないかを調べていた。被害レベルから敵はイマーゴ級と当たりをつけ、隅々まで目を凝らす。

 龍哉はライヴスゴーグルを使用しながら回廊を歩いていた。職員の予想では従魔の仕業である可能性が高い、ということだったが裏で愚神が糸を引いているとも限らない。些細な痕跡も見逃さないよう、警戒しながら辺りを探した。
 すると、回廊の一部にほのかなライヴス反応を確認して、龍哉は確認のためすぐに接近した。
「……まさか、これか?」
『こう来るとは予想外でしたわね』
「菌て……、もうちょっと敵らしい敵はいねぇのかよ!」
 そこにあったのは、ぽつぽつと浮かぶ黒いカビのようなもの。念のため龍哉はライヴスゴーグルを何度か着脱して確認するが、黒カビからライヴス反応があるのは間違いない。
「これは、離れて退治しても厳しいか?」
『広がる菌まで退治出来れば或いは、というところですわね』
「つまり保証はねぇ、か」
 豹変した人々の被害状況を思いだし、龍哉とヴァルトラウテは少し立ち止まる。このまま退治して、ミイラ取りがミイラになっては意味がない。
「仕方ねぇ、色々試してみるか。ヴァル」
『わかりましたわ』
 相談した結果、龍哉は一時ヴァルトラウテに主導を頼み、幻想蝶からFantome V1を取り出した。

「気休めに過ぎんだろうが、やらないよりはマシだな」
 一方、龍哉のいる回廊からほど近い法堂にいた恭也はマスクと手袋着用で調査している。現状被害者たちに二次感染が無い事から、煤払い中に何かを摂取したか、何かに接触したと考えての予防策だった。
『あ~、その恰好で思い出した。……大掃除、今年もやるの?』
「そういう事は、自分の部屋以外を掃除してから言え。お前の汚部屋に関しては手伝わんからな」
 なお、伊邪那美は完全防備の恭也の姿から年末恒例行事を思い出し、声音に気まずさが混じる。理由は恭也の台詞がすべてを物語っていた。掃除や整理整頓には才能がいるらしい。
「相手の形態は判らんが、少なくとも実態があれば手応えは有るだろうし、イマーゴ級なら消滅する筈だ」
 それから恭也もまた、柱に付着した不審な黒カビを見つけた。しばらく観察して異変がないことを確認し、恭也は建材に傷をつけないよう気をつけつつ、ドラゴンスレイヤーの柄でコツン。
『倒せてるのかな? 騒動が治まってる気配が感じられないんだけど……』
 すると、ピリッと静電気が走ったような感触後、カビは綺麗さっぱり消滅。が、討伐の実感が湧かない伊邪那美は首を傾げた。

「あ、怪しいもの発見」
 こちらは仏殿を軽快に飛び回っていた栞が、天井付近の梁に黒カビ従魔を発見した。家系などの理由から忍者知識を幼少より仕入れていた彼女は、その過程で寺の構造に関する知識も頭に入れている。
 故に、栞は表に見える場所は他のエージェントが見つけるだろうと判断し、人目に付かない場所を重点的に探していたのだ。これまでも栞は怪しいと感じたものを暗夜黒刀の柄で軽く触れて確認しており、今回は消滅が確認できたので従魔の特定ができた。

「カビの従魔なんて余裕でしょ。掃除くらい地元はもっとハードだし」
 一方、寺院の台所も兼ねている庫裏(くり)と呼ばれる建物を調査していたアセンナスは、鈎爪を手に黒カビ従魔を探していく。運良くすぐに黒カビ従魔と遭遇していた彼女は、敵の正体を把握しての探索。そしてまた、立派な窯の中に隠れていた従魔を発見、除去していく。

 そして、僧たちの居住施設である僧坊を探していたのは勇太と共鳴した碑鏡御前。施設へのダメージに配慮しアセイミナイフを手に、従魔らしきものを探していく。
「む、これか?」
 そして見つけたのが、寝具の下に根を張った黒カビ従魔。試しにAGWにライヴスを通して触れると、すぐに黒の斑点は姿を消した。
「ふむ、討伐の労力はさほどいらぬようじゃな。敵の正体も明らかになったことじゃし、早々に滅してゆくとしよう」
『くぁ~ア!』
 勇太の大あくびを聞きつつ、碑鏡御前は引き続き僧坊内の調査に戻った。

 そうして順調に黒カビ従魔をサーチ&デストロイしていくエージェントたち。境内をバラバラに探索したことで効率も上がり、次々と寺院内の従魔は姿を消していった。
『……っ!?』
 しかし、探索開始から1時間が過ぎた頃。
 十分に警戒していたはずのエージェントたちにも、黒カビ従魔の魔の手が忍び寄る。

●煩悩は爆発だ!
 最初に異変を覚えたのはアセンナスだった。
「……ん? なんだろうこの気持ち。猛烈に飾りパンが作りたい、っ!」
 飾りパンとは、パン生地にハンコや彫刻などで模様を刻んで焼く、中央アジアの大きくて平たいパンのこと。アセンナスも故郷にいた頃よく焼いたものだが、謎の衝動により頭の中がそれでいっぱいになる。
「うおおっ! 中国の坊さんみたいなことしやがって! 日本人あんまり精進料理食ってないの知ってるんだよ!!」
 アセンナスはまず、精進料理でイモや小麦粉生地を魚っぽく作る調理用の小麦粉を引っ張り出し、猛烈にこね出す。ついでに口から愚痴が飛び出す。
「うらぁ!!」
 瞬く間に生地を作ると、馬に乗った人がいい感じに走ってる模様が彫られたハンコを取り出し、押し付ける。この配置で見た目が決まるらしい。
「せぇいっ!!」
 で、先ほど従魔がいたピザも焼ける上質な窯に火を起こし、石壁に張り付けて待つだけ。
「イヤァ~ッ!!」
 出来上がる間、アセンナスは口笛でどこからか馬を呼び、境内の庭を思いっきり暴走ヒャッハー。寺の一部が中央アジア化し、彼女のストレスの深刻さが浮き彫りになった。

「……」
 仏殿では梁から降りてすたっと着地した栞が、崩れ落ちるように床へ手を着く。
「…………好きっ!」
 直後、1人の男性の顔を脳内に思い描いて、絶叫した。
「今回の依頼は一緒じゃないし、その分いつも後を追っかけたりしてるけど、それだけじゃぜんぜん足りない! やっぱり1人の女の子として好きっ!! もうだめ気持ちを抑えられない好~き~っ!!!!」
 それだけに飽きたらず、栞はその男性への内に秘めた本音をぶちまけまくった挙げ句、大勢の仏様の前で床をゴロンゴロン転がって悶えまくった。元々節制する気もない栞の欲望の発露は遠慮がなく、夜猫で床掃除するほど転げ回る。
 ……心なしか、栞を見る仏像の目が優しい気がするのは錯覚だろうか?

『HEY? どうしたヨ。ババア?』
 僧坊では突然動きが止まった碑鏡御前を不審に思い、勇太が何気なく声をかけた。
「……今なんと言いおった? 我の事は御前様と呼べといつも言うておろうが!」
 すると、いつもより数段低い声が発せられ、いきなり碑鏡御前の意思で共鳴が解除される。
「ああっ!? 人が心配してやってんのに、逆ギレかババア!?」
 勇太もまた疑問を抱く前に沸点の限界を迎え、言い返す。
「!! またも言いおったな、このガキめ! 大体お前は我をババアと呼ぶが、我はまだこんなにも若いじゃろうが!」
「けっ、若いだぁ? そういうのはボディラインが出せるような服着てから言えよ! 着物で隠してんだろ? 情けねぇ!」
 そこからは売り言葉に買い言葉。日頃から気に入らなかったババア扱いの訂正を要求する碑鏡御前と、彼女を自称姫の幽霊としか思っていない勇太の口論は冷めるどころか、次第にヒートアップしていく。
「我はまだ二十四じゃ! もう許さぬ! 貴様の心に積もった埃をたたき出してやるわ!」
「やれるもんならやってみろヨ、ババア!」
 果ては武器を持ちだしたガチ喧嘩に突入。碑鏡御前は薙刀を構え、勇太はアセイミナイフを拾ってぶつかった。

「……ん?」
 回廊では、ヴァルトラウテによるヴァイオリンAGWの演奏で黒カビ従魔の消滅を確認した後、軽いめまいを覚えた龍哉は攻撃的な殺気を感じて振り返る。
「しっ!」
 すると、視線の先には法堂にいたはずの恭也が剣を構え、こちらへ襲いかかってくる姿が!
「ちっ! ……何のつもりだ、御神?」
 龍哉はとっさにエクリクシスを取り出して恭也の剣を受け止め、真意を問う。恭也が理由もなく味方を襲撃する人物ではないと知るからこその詰問は、しかし獰猛な眼光によってかき消された。
「純粋に自分の力が何処まで有るのかが知りたい……。安全が確保された試合ではなく、ライヴスも使用しない、互いの命を懸けた極限状態で高みを目指したいだけだ。……純然たる剣士として!」
 そう叫ぶと、恭也は伊邪那美との共鳴を解除する。恭也もまた、龍哉が勝負事において正々堂々を好むことを知るからこその行動といえる。
「……面白ぇ! ここしばらく鎬を削りあうような好敵手がいなくて、退屈してたところだ!」
 本気の死合いを望む恭也に、龍哉は止めるどころか何と了承。ヴァルトラウテとの共鳴解除を合図に、英雄を取り残したままお互いに切り結んで回廊近くの庭へ移動する。
「恭也!」
「龍哉!」
 いきなり戦闘を始めてしまった2人を慌てて追いかけ、伊邪那美とヴァルトラウテは彼らへ呼びかけた!
「ボクは国生みの一柱なんだぞ~! ボクをもっと敬え~! 具体的にはボクへの小言を減らして嫌いな物を食べさせようとするのは反対~! あと、友達に聞いたらボクへの御小遣いが少ない~! 依頼にも出てるんだから倍増を要求する~!」
「近頃、心の踊るような作品との出会いがありませんわ! 新たな作品を鑑賞する機会が今以上に必要なのですが、どうにかなりませんの!?」
 が、彼女らの口から飛び出したのは制止の言葉ではなかった。伊邪那美は恭也へ神としての敬意と小遣いが足りないと文句を、ヴァルトラウテは龍哉へ新しいアニメ・コミック・小説の催促を、現状そっちのけで叫ぶばかり。
 寺の各所は、どんどんカオスと化していった。

「じゅ、住職! 寺から凄まじい声や音が鳴り止みません!」
「……拝みましょう。すべては御仏が我らに与えた試練なのです」
 従魔の毒気にやられたエージェントたちが暴れる音は、遠く避難していた住職たちの耳にも届く。あまりに激しい戦闘音が続く状況に僧たちは戦慄したが、住職の諦観した表情での読経で落ち着きを取り戻し、お経の合唱が始まる。ついでに檀家の人たちも合掌して寺へ拝み始めたので、もうしっちゃかめっちゃかだ。
 エージェントを含む被害者全員がおかしくなった原因は、カビ従魔が消滅間際に広範囲へぶちまけた特殊な菌。飛散した菌が彼らの体内に取り込まれ、秘めた欲望を増幅・解放したのだ。
 しかも、エージェントたちが従魔を倒したタイミングがほぼ同時だったことが、事態の悪化を招いた。立て続けに消滅させたことで境内には高密度に菌が拡散し、体内に侵入した従魔のライヴス量も大幅に増加。結果、経験の浅いエージェントは数十分、熟練のエージェントでも数分間の錯乱状態に陥った。
 こうして全員、見事にカビ従魔の術中にはまり、欲望のままに大暴れしてしまったのだった。

●賢者タイムでお掃除お掃除
 その後、エージェントたちは順次従魔のライヴスが消費しきった者から正気を取り戻していく。その間に生じた被害は、飾りパンのために消費された小麦粉と、庭に残る戦闘と乗馬の足跡のみ。幸い怪我人もなく、建物には何の損害も与えていなかった。
 従魔の力を理解したエージェントたちは一度合流し、まず黒カビ従魔の所在のみを調査。残る居場所を明確にしてから1つずつ順番に消滅させていき、一般人の錯乱も無事収めることに成功する。
 念のため背後に愚神の影がないかも調べたが、それらしい痕跡はなかった。どうやら本当に偶発的な事件だったらしい。
 討伐終了後、住職たちに依頼完了を知らせてから、エージェントたちはそのまま煤払いの手伝いも自主的に名乗り出た。
 その時の様子がこちら。
「力に溺れるような願望があるとは、……まだまだ未熟だな」
「もう少しさ、恭也は年頃な願望がないの?」
 従魔に踊らされたとはいえ、考えなしに龍哉へ襲撃をかけた恭也は眉間にしわを寄せて自省する。隣の伊邪那美は恭也の高校生とは思えない願望にちょっと心配になる。
「まあ、ボクも流石に御小遣い倍増は欲張り過ぎたよ。でも、少量なら増額されても良いと思うんだけど?」
「そうだな、……前向きに検討しておこう」
「ボク知ってるよ! それって政治家が叶える気がない時に使う台詞だよね!?」
 なお、外見相応の欲望をさらした伊邪那美の願望は、目をそらされた。とりあえず、自室の大掃除から始めてみてはどうでしょう?
「御神たちは忙しそうだな。……こっちも他人事じゃねぇようだが」
「うぅ、はしたない姿を見せてしまい、お恥ずかしい限りですわ……」
 龍哉はわいわい騒ぎながら掃除をする恭也たちを横目に、物欲を表に出したことに羞恥心を覚えて悶え続けるヴァルトラウテに視線を移し、苦笑する。龍哉の方は数分だが久しぶりに燃える戦闘を味わえ、鬱憤が少し発散されたため表情は明るい。
 とはいえ、普段はあまり欲を出さないヴァルトラウテの願望を聞いて、龍哉は今度買ってやるかと前向きに検討していた。あぁ、伊邪那美の抗議が一層大きく聞こえる。
「まだ痛ぇ、……覚えてろヨ、ババア」
「ふん。減らず口を叩いてなお、その首が繋がっていることに感謝するのじゃな」
 ガチ喧嘩を展開していた勇太たちは、碑鏡御前が薙刀の柄で彼を1発ぶん殴って終わった。ババア属性に極端に弱い勇太が碑鏡御前に一方的にやられて決着が付き、その流れでついでに掃除も手伝わされているのが現状である。
 2人の間に流れる空気はやや険悪だが、喧嘩するほど仲がいい、という言葉もある。お互いに言いたいことをため込むよりも、遠慮なしに吐き出した方が心の距離は縮まるものだ。お互いへ睨みを利かす勇太と碑鏡御前も、きっとそうに違いない。……たぶん。
「迷惑をかけた分は、お掃除で返します!」
 恋心が暴走した栞は、他のメンバーと比べるとあっけらかんとしている。相手がいない場所での告白は彼女的にセーフらしい。すぐさま気を取り直し、忍者の知識をフル活用して寺の掃除に勤しむことに。埃まみれになった忍装束を払った後、普通の人の手が届かない場所を重点的に動き回った。ちょっとだけ、仏像の視線が気にはなったが。
「すみませんでした……」
 一番気落ちしているアセンナスは寺の関係者に何度も謝りつつ、馬の蹄の跡をせっせと整地する。色々大変そうなので、少し休むことをオススメします。ちなみに、馬は彼女が正気に戻ると風のように去っていった。どんなシステムだ?
 こうして、忙しくて騒がしい煤払いはエージェントたちの手も借りて夕方辺りに終了し、大量の飾りパンをお土産に解散の運びとなった。従魔被害に遭って暴言を吐きまくった僧たちは住職の許しを得て修行に戻り、家庭崩壊が心配な檀家の人たちは住職が定期的にカウンセリングを行うことで落ち着いたので、きっと時が解決してくれるでしょう。
 この日、一部の煤払い参加者は小さくない心の傷を抱えた。
 だがまあ、……うん。
 来年に持ち越さなくてよかったね!
 傷は浅いよ、よいお年を!!

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • サバイバルの達人
    藤林 栞aa4548
    人間|16才|女性|回避



  • エージェント
    柊 紅葉aa4606
    機械|20才|男性|攻撃



  • 喰らわれし者
    長田・E・勇太aa4684
    人間|15才|男性|攻撃
  • うら若き御前様
    碑鏡御前aa4684hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 街中のポニー乗り
    アセンナス・R・Paa4788
    人間|23才|女性|命中



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